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一昨日の夜中に漬けた梅酒が、早くも変化してきております。国産ラム - 黒砂糖ウィスキー - メイプルシロップ大吟醸 - 氷砂糖芋焼酎 - ざらめなど合計7種類の梅酒たちは、ガラス瓶に並べられ梅酒に変化していく様子を楽しませてくれます。一番美味しそうに感じるのは、ラムと黒砂糖の組み合わせです。どちらも鹿児島県徳之島産の黒糖を原料としているため、かなり相性が良いハズです。意外なところでは、大吟醸あたりもあっさりとしてイイんじゃないかなと思っています。設計図どおりにいっても、いかなくても個人的にはスゴク楽しみです。
Jun 30, 2005
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和歌山の梅農家の方から、完熟南高梅が届きました。スーパーでも青梅の売り場が無くなってしまい、大丈夫かなと思ってたんですが見事な完熟梅に感動しました。青梅よりも、かなり柔らかく生でも食べたいくらいの雰囲気です。一日店内に置いてたんですが、お客様全員が「この甘~い香りはなんですか?」と驚いていました。店内においていた数十粒の梅なのに、どんな芳香剤よりもイイ香りを放っていました。夜中、自宅に帰ったのは1時くらいだったんですが、丁寧に水洗いし「グラッパや徳之島の国産ラム、鳥取の大吟醸などで数種類漬けました。出来上がるのが、とても楽しみです!
Jun 29, 2005
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日曜日にテレビでバレーボールをやっていました。ワールドグランプリという大会で世界12カ国の国々が参加し、ナンバーワンを決める大会です。日本は世界ランク2位のブラジルと大接戦を演じていましたがフルセットの末、惜しくも負けてしまいました。何度もマッチポイントを握りながら決めきれないトコロに世界のトップとの差があるのかもしれません。あるサッカーの解説者が、先日のコンフェデ杯「日本vsブラジル」の試合で日本の善戦を見て、本当にいい試合でした。でも負けないブラジルの強さが際立った試合にも感じました、とコメントしていました。スポーツの世界では、強い相手に立ち向かうとき、自分達を信じて全力で掛かっていく場合が多いので、比較的戦いやすいと言われています。逆に力が同等、もしくは自分達以下の相手と戦うとき受身になってしまう場合があります。そういった場合において負けない試合をするということは、非常にストレスがたまり、難しい試合になります。今回のバレーボール、サッカーではそういった世界トップレベルの負けない強さを感じました。
Jun 28, 2005
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昨日はお休みをいただいて、北堀江に行ってきました。日曜日でイイお天気ということもあり、大勢の人で賑わっていました。大阪の若い人に注目の街は?どこに遊びに行く?お洒落な店が集まる場所は?なんて質問をすると必ず返ってくる答えが「堀江」です。しかしながら、そんな「エンターテイメントタウン」となった、この街にも大きな変革の歴史があるんです。水都大阪と言われるだけあって、道頓堀川周辺は運搬に便利な理由で昔から木材屋や家具屋さんが発達していきました。1960年代、高度成長期に入ると、堀江は家を買う人や家具を買う人のラッシュで売上は大きく伸び、全国でも有数の家具ストリートとして栄えていきました。そんな堀江に危機が訪れたのは1980年代に入ってからです。時の流れとともに郊外型の大型家具店などが増え始め、これまでの値引き売りに力を入れていた家具店は、「買い手」の価値基準の変化に気付きませんでした。家具をライフスタイルの一部としてとらえ、ファッション性や便利さを求めていた消費者のニーズが見えていなかったのです。時の流れに乗り遅れた堀江は、日に日に売上を落とし、店をたたむケースも出てきたといいます。壊滅の危機さえ感じ始めた商店街の人たちは1992年に『立花通活性化委員会』を発足。大阪市の“商店街をバックアップしよう”という動きも手伝って、街を若返らせる作戦へと転じました。その年の冬に立花通りの愛称を新聞で公募。1,000通を越える応募の中から『Orange Street』という名前が決まりました。それから委員会は、国内外の活気ある商店街や家具店街を視察してまわり、この時、委員の一人が訪れたイギリスのポートベローやカムデンロックのイメージが堀江の将来像に大きなインパクトを与えたそうです。この二都市はアンティーク家具の街として世界的に有名だそうで、ここで行われていた“アンティークのフリーマーケット”からヒントを得、オレンジストリートでもイベントを開催できないかと考えました。アメリカ村からも近いということで、若者をターゲットにしたフリーマーケットを提案。当時、オレンジストリートに点在していた駐車場を活用し、試験的に行われた第一回のフリーマーケットでは、2,000人を集め、大成功だったといいます。当日は、ジャズのストリートライブ、スタンプラリー、学生や若手アーティストによるライブペインティング、大道芸人の火を噴くパフォーマンスなど、さまざまなコンテンツをミックスさせて、集客していきました。しかし、ここで忘れてはならないのが成功の裏には必ず苦労があるということです。この時もトラブルは続出しました。ライブペインティングで汚れた道路に対して住民がクレームを出したり、商店街の中でも利害関係のもつれで、時にはつかみ合いのケンカが起こったりと、さまざまなアクシデントがあったといいます。しかし、そのトラブルの大半が“堀江を盛り上げたい”という人々の想いからだったため、最悪の事態は免れました。このような委員会の努力が実り、1998年、トレンドリーダー・藤原ヒロシ(東京の有名DJ)氏がプロデュースする某カリスマショップ、shop DetailやMuse osaka、factory cafeなど、大阪での火付け役たちが次々とショップをオープンさせていきました。その後、A.P.C.をはじめ、東京系のテナントも続々と堀江に進出し、ショップ進出のラッシュは続きました。多いときには1ヶ月に10軒以上のペースで新店舗が登場していくような状況になり、現在でも土地を争うようにショップやカフェが次々とオープンしています。関西でも最も活気のある街へと変革を遂げた「堀江」は、若者の街として完全にそのイメージを定着させ、かつての家具店も時代のニーズに合ったインテリアショップとして、街と一体になったています。家具店街のイメージこそ薄れたものの、Orange Streetの家具店商店主らの地道な努力があったからこそ、今日の堀江が誕生したといっても過言ではありません。日々、変わり続ける堀江の街並み。これからも刺激的な新しい街として成長を続けていく姿は僕らのような小さな店にも大きな刺激を与えてくれます。
Jun 27, 2005
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金曜日の午後に大阪を出発し、先ほど大阪に戻ってきました!奈良県の酒蔵さんを訪問し、今年の梅酒の仕込みについて意見交換をしてきました。ホント手作業でやっている酒蔵さんのため仕込める量にも限界がありますが、今年も丁寧に仕込んでいただけます。その後、24号線を南下し和歌山に入っていきました。大学時代の友達が県立高校の先生をしていて、夜はそこに泊めてもらおうと前日に電話しておいたのですが、予定よりも早く着いたので、学校を訪ね野球部の練習を見させていただきました。「そんなんで甲子園行けるかー!」なんて大声を張り上げてる友達の先生と、「ハイッ!」と素直に応える生徒、夏の予選も近いからか、緊張感が漂ういい練習をしていました。練習の最後、全員が並んで一礼する姿は見ているだけでも清清しい気持ちになりました。先生の着替えるのを待ち、ご飯を食べながら夜中まで昔の話や、野球の話し仕事の話しなど盛り上がりました。同じ釜の飯を食った中なんで、遠慮も気遣いも無く話が出来、しかも相手の悩みややりがいなんかも手に取るように分かります。嘘もつけない相手なんで、いい意味で「コイツには負けたくない」と思えます。近いうちに彼が甲子園のベンチで采配を振るう姿が想像できるので、もっともっと頑張ろうと思います。翌日、和歌山の酒蔵さんに訪れるため7:30には出発しました。その酒蔵さんも、年が近いのでかなり本音で話しが出来ます。もっともっと会話をし、お互いが何を考えているのか、どうしたいのか、そんなコトが手に取るように理解できれば、本当のパートナーに近づけえると思います。でも彼と話しをするのも、前向きな話しばかりなんで楽しく感じます。12:00には酒蔵さんを出発し14:00にお店に戻りました。その後、溜まっていた配達を速攻でこなし、小さな酒屋の遠征は一段落いたしました。
Jun 25, 2005
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昭和50年、まだ酒屋さんに活気がある時代の当店のある日です。一番奥に映っているのが先代にあたる親父で、真ん中がオカン、そして背中におんぶされているのが、僕のようです。
Jun 24, 2005
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先日夜中にテレビを見ていたら、全日本大学野球選手権の決勝戦がやっていました。青山学院vs近畿大学の試合だったんですが、決勝戦らしくレベルの高い試合でどちらも一歩も譲らぬ好ゲームでした。久しぶりに大学野球を見たんですが、一気に学生時代にタイムスリップしてしまいました。高校野球をみると自分の高校時代に、大学野球を見ると大学時代に・・、ホント単純なんだと思います。自分の大学時代を思い出してみると、部員100名を超える大所帯で上下関係はもちろんのこと、試合に出るコト、メンバーに入るコトも本当に大変でした。毎年2月に四国で行われる2週間のキャンプでは、体作りというよりも、ふるいにかけることの意味も大きく、ブルペンでの投球、バッティングピッチャーでの様子、紅白戦での結果というように、毎日緊張感の連続です。そういった中で結果を出していった者だけが、遠征メンバーに選ばれ、公式戦のベンチに入り、試合に出場していきます。各選手が高校時代、主力選手だったためプライドはもちろんのこと、出身校の看板も背負って凌ぎをけずります。そのような環境では過去の実績や、自慢話だけでは全く通用しません。足の速い人間はバッテリーに外されても盗塁を成功さすコト、バントの得意な選手はしびれる場面でもきっちりバントを決めるコト、投手は先頭打者を出塁させないコト、そんな当たり前のコトを徹底的に追求されていきます。基本を何度も繰り返し個人力を高めていき、その力を戦術、状況判断で活かしていく、そのレベルの高いところが日本一のチームだと思います。野球というスポーツは必ずしも強いものが勝つとは限りませんが、本当に強い組織、チームはその確率を高めていきます。その作業は地道で、基本練習の繰り返しです。今回の大学野球の決勝戦を見ていて、そんなことを考えながら過ごした学生時代を思い出しました
Jun 23, 2005
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昨日は宮崎県にある、すき酒造の児玉さんがご来店してくださりました。「宗一郎」という芋焼酎のように、実直で控えめで真面目な人でした。そんな焼酎を試飲でいただいたり、蔵の造りや姿勢について話しが弾んでいたんですが、ひょんなコトから「漬物」を作ってることを聞きました。全て宮崎県さんの野菜を使って、保存料は使わず、味の調整も天然成分に由来するものだけで作ってるそうです。さっそく一口頂いたんですが、もの凄~く素朴です。スーパーなんかで売られてるモノと比べると拍子抜けするくらいです。そんな僕を見ながらニコニコと「毎日食べるものですから、普通でいいと思ってます」なんてサラリと言っていました。普通でいいんです、なんて当たり前のセリフを造り手から聞けるコトほど安心することはありません。漬物の裏を見ると「中国産」と書かれたモノがほとんどの中、地元須木村の切干大根、キュウリ、人参、高菜を使ってますなんてコトが本当に嬉しく思いました。
Jun 22, 2005
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毎週通っている「決算書講座」が面白くてたまりません!今まで勉強する習慣が無かったので、点が線になる感覚に物凄い喜びを感じています。こんなコトなら、学生のときにちゃんと勉強すれば良かった・・と思うのは子を持ってはじめて親の気持ちを知る、なんてコトと同じでしょうか。1万2千円のセミナーにこれだけ喜びを感じているのに、○百万円を親に払ってもらいながら、ほとんど学校にも行かず過ごした4年間はなんだったんだろう?なんて思いながら、自分の学びたい大学院を見つけてしまいました!早速願書を取り寄せ、秋入学に向けて受験勉強を始めようかなと思っております。「酒屋さん、大学院へ進む」編をお楽しみに!試験受かるかな?
Jun 21, 2005
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昨日は「父の日」ということで、普段は定休日の日曜日なんですが、お店を開けました。遠方などから、たくさんのお客様にご来店いただき、感謝感謝の一日でした。ラッピングや手書きメッセージなど、酒屋として出来ることに普段から精一杯取り組んでおります。お客様から「コピーですか」とか「何枚か書置きしてるんでしたら欲しいんですけど」なんて尋ねられるんですが、すべて一枚一枚手書きなんです。初任給でお父さんに送られるお客様、あまりお酒を飲まないお父さんへのメッセージ、飲みすぎのお父さんへ飲み過ぎないようになんてメッセージ、10人のお客様が居られたら10人のお父さんとの関係があると思います。普段お酒を飲まない方も、大切な方に送られるときに当店を思い出してくださる、そんなお店になれたらと思います。昨日は贈り物をされるときの感謝の気持ち、選ばれるときの幸せな気分、そんな素晴らしい気持ちが充満した店内になりました。
Jun 20, 2005
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昨日、当店の近所にある酒屋さんから店舗閉鎖の葉書をいただきました。商品が足りない時など、お互いに融通をきかせたりする仲のいいお店でした。おっちゃんはもう60歳を超えているんですが、まだまだ元気で創業もだいたい同じくらいの歴史ある「街の酒屋さん」って感じのお店でした。今年の初め、近くのスーパーでお酒を販売しだしてから「売れなくなったよー」なんて言っていました。この酒屋さんのある場所は商店街で、昔は豆腐屋さん、八百屋さん、魚屋さんに和菓子屋さんなどが軒を並べていて、小さい頃よくお使いに行った記憶があります。2、3歳の頃から顔見知りのおっちゃんなんで、中学なんかで悪さをするようになった時も「コラっ!何時まで遊んでんねん」なんて平気で怒ってきました。僕が酒屋を継ぐときも「頑張れよ!」なんて応援してくれました。そんなおっちゃんが閉店の知らせを送ってきた気持ちを考えると、寂しさや悔しさを感じました。近所の商店街や個人商店には売上や利益だけでない使命があると思います。もちろん企業努力が必要で、競争社会やから仕方ないと言うことは十分理解しているんですが、それだけでは片付けられない地域との係わり合いがあると思います。自分の子どもに近所のおっちゃんやおばちゃんが「アンタ、そんなんしたらアカン!」とか「暑いなージュース買うたろか」なんて普通に話しかけてくれるのを見ると、自分と同じようにヤンチャになったとき「コラっ!」って怒ってくれるんやろな、と思います。感傷的で合理性の無い考えですが、スーパーやコンビニには絶対出来ない、地域貢献のできるお店が無くなることにやるせない気持ちを覚えてしまいます。小さなお店でも頑張れること、地域に貢献できること、そんなことをキチンと証明するためにも頑張っていきたいと思います。
Jun 18, 2005
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こんなに格好イイ選手がいるでしょうか?1994年のシーズンオフ、まだ日本人とって夢の世界と思われていたメジャーリーグに、日本のエースは挑戦しました。ソウルオリンピック日本代表、最優秀防御率、さらに新人王と沢村賞、MVP、ベストナイン、最多勝と最多奪三振王。プロ野球の投手としてのタイトルを総なめにし、将来の保障もありながら、全てを捨て、自らの右腕だけを信じて海の向こうへ渡りました。マスコミや球界のOBが「無理だ、通用しない」と批判する中、何の躊躇も無く進みだした彼の姿は、格好イイとしか言いようがありませんでした。「トルネード」と表現される独特のフォームに批判が上がったときも「今まで通りにやらせてください」と自らを貫き、食事・トレーニング方法・メンタルトレーニングに至るまで徹底的に自己管理し、結果を出してきました。自分が抱いたメジャー・リーグ挑戦という夢に対して、それがただの絵空事だなんて否定的に思ったことは一度もありません。メジャー・リーガーになるんだという強い意志さえ持っていれば、いつかはきっとかなう夢だと信じてやってきました。野茂投手が書いた著書「ドジャーブルーの風」という本にはこんな言葉が書かれています。僕が野茂投手を好きなのは、彼のこんな姿勢が常に一貫しているからです。ドジャースを移籍した後、数々の球団を渡り歩き、一時は自由契約になり、マイナーリーグも経験し、わずか20万ドルで契約したコトもあります。それでも彼はメジャーリーグという舞台へもう一度上がる夢を捨てず、挑戦し続けました。どんな中傷や冷やかしにも臆することなく、どんな小さな事にも決して妥協せず、実績を残すことによって、彼は周囲の理解と共感を勝ち取っていきました。そして昨日ブリュワーズ戦で見事、日米通産200勝を達成しました。現状には決して満足したくない。 それなら最後まで自分がなりたいピッチャーのイメージを持ち続けて、挑戦していこうと思うんです。なれるとかなれないとか、考えていたって一歩も前には進めません。メジャーに挑戦したときの気持ちと同じ。やるかやらないか、それしかないのですから。弱冠、26歳で日本を離れたメジャーリーガーは決して満足することなく、自らの描く理想の投手像に向かってまた歩き出します。
Jun 17, 2005
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家の近くに子ども達が「プールのお風呂」と呼ぶお風呂屋さんがあります。3歳になる子どもと、たまに行くんですがとにかく大喜びです。プールといっても、大きな水風呂のようなモノなんですが、小さな子どもにとっては豪華なホテルのプールよりも満足度が高いようです。(まあ、豪華なホテルのプールなんて連れて行ったコトなんてないですが・・)先日もビーチボールを片手に(笑)プールお風呂へ出かけたんですが、あいにく小学校高学年のお兄ちゃんたち4~5人がすでに入っていたため、空くまで待ってると番台にいたおばあちゃんが「小さい子も入れたってや!」とわざわざ言いに来てくれました。子ども達も素直に「うん、分かった」と答え、「こっちにおいで!」と一緒にプールで遊んでくれました。おじいちゃんとおばあちゃんで切り盛りしている昔ながらの銭湯ですが、子ども達にとっては重要なコミュニケーションの場であるみたいです。そういえば僕も、よく銭湯に通ってました。
Jun 17, 2005
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港町に行けば、そこにしか存在しない珍しい魚に出会ったりします。山里深い田舎に行けば、そこにしか存在しない木の芽やキノコに出会ったりします。その土地にいかなければならないものや、地元の人しか食べれないものに出会えたとき、物凄く幸せを感じます。梅酒にも、そんな生産者しか知らない梅酒があったんです☆ http://www.rakuten.co.jp/umeshu/601252/601269/624037/ 今年の初めに和歌山の酒蔵さんを訪ねて以来、月に一度は訪問しようやく蔵人の梅酒を商品にしていただきました。 十数年前から梅の本場、和歌山でコツコツと梅酒を造ってきた酒蔵さんの造る梅酒は正直「日本一!」と言っても過言ではありません。梅酒屋をはじめて、おそらく100種類以上は飲んできましたがハッキリ言ってレベルが違うとしか言いようがありません・・。梅酒造りの現場にいる蔵人が自分用に持って帰る、そんな「究極のわがまま梅酒」が、本日たった今入荷いたしました!【八岐の梅酒】http://www.rakuten.co.jp/umeshu/601252/601269/624037/
Jun 16, 2005
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昨日は「大阪が熱くなる情報誌 b-platz press」の取材を受けました。この情報誌は関西が元気になるには関西人が頑張ってることを伝えるのが一番という理念の下、元気でパワフルな経営者や創業を目指す人にフォーカスした記事を掲載する日本一オモロイ行政情報紙なんです。大阪地下鉄なんかで無料配布しているので、見たコトある人もいるんじゃないかと思います。ただ、そんなにメジャーな情報誌ではないみたいです・・。でも、この「b-platz press」で取り上げられるコトは、自分の中の密かな夢でした。と言うのも、梅酒屋で伝えようとしている「関西の酒蔵と酒屋から商品と情報を発信したい!」っていう理念とすごく共通する部分が多いと思っていたからです取材の中でも「関西から発信したい理由ってなんですか」なんて聞かれ、「自分の住んでる街、自分の出身校、自分の家族が大切な気持ちと同じで、自分達が商売させていただいてる関西に愛情を持ってるからじゃないでしょうか」と答えました。これは奇麗事のように聞こえるかもしれませんが、自分が酒屋さんに入った大きな理由は「酒屋さんや米屋さん、八百屋さんを元気にしたい」っていう思いがあったからです。酒屋さん、米屋さん、八百屋さん、魚屋さん、すべて僕らの小さい頃には元気の良かったお店です。学校にも何人かは、そんなお店の息子がいて、将来の夢は「八百屋さんになることです」なんて胸を張って発表していました。いつか、自分の子ども達が将来の夢は?なんて聞かれたとき「プロ野球選手か酒屋さん」なんて言わせてみたいと思います。取材の最後に将来の夢は?なんて自分が聞かれましたが、1.情熱大陸にでるコト2.日本一格好イイ商店街をつくるコト3.子どもに「野球選手か酒屋さん」という選択で悩ませたい特に2番は、おっちゃんが威勢良く「旨い魚あるでー」とか白髪のおばあちゃんが海外の絵本を子どもに読んでくれる本屋さんとか、そんなオモロイお店の集まる商店街が出来ればいいなと本気で思っています。
Jun 15, 2005
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先週から決算書講座なるモノに参加しております。毎週月曜日、18:00からたっぷり3時間の講習なんですが、かなり面白いです。一昨年簿記の試験を受けて、仕分けや出納帳などの日常経理に関しては「弥生会計」のお力を借りてこなしているんですが、どうも決算書の読み方や「バランスシート」と呼ばれるモノには中々馴染めず、全6回の講座に参加いたしております。昨日はその第2回目だったんですが、「あ~こういうことか!」ってコトばかりでかなり面白かったです。今まで勉強してこなかった29年間を大きく反省しながら当店の弱点に凹みながら、更なる気合を注入いたしました。固定資産が大きいことが良しとされたバブル以前の形が、現在では「肥満体系の決算書」として好まれず、小さな資本で回転率の高い会社が「筋肉質な会社」として評価されるようです。難しい言葉がたくさん出てきましたが、最後の筋肉質な会社という言葉だけスーと理解できるコトに、何事にもスポーツに例えてしまう単純な性格を感じてしまいました。
Jun 14, 2005
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「月ヶ瀬の梅酒」を造る八木酒造の社長から「明日、梅の実の収穫に行くんやけど一緒に行くか?」と誘われ、月ヶ瀬まで行ってきました。前回訪ねた時に、一面咲いていた梅の花は大きな梅の実に変わり、大勢の人で溢れていた「梅まつり」の時とは一変して、ひっそりとしていました。「月ヶ瀬の梅でもっともっと美味しい梅酒を造って、梅酒を漬けるときには月ヶ瀬の梅で漬けたいって思って欲しいよなー」なんて雑談を八木社長と話しながら、梅林の奥へ入って行き、梅の実をたくさん収穫してきました!青々となる大きな梅の実に思わず「旨そう~」なんて言ってると、これを収穫してからの作業が大変なんや、と社長が梅酒造りの大変さを教えてくれました。その後も、社長の学生時代の話しや子どもの話し、酒蔵を継ぐときの想いなどたっぷりと話しをしながら収穫していきました。一日ゴルフを一緒に廻るとその人の性格が分かるなんて言いますが、一日梅の実を収穫して八木さんの性格を把握した一日でした。月ヶ瀬には今年だけで5~6回訪ねていますが、本当に人も村もいいところだと思います。小雪舞い散る寒い中で梅の花が咲き、暖かくなってくると大粒の梅の実をつけ、そんな梅の実を奈良の酒蔵が丁寧な酒で仕込む、こんな一年のサイクルが成り立つのを見ているだけで、幸せを感じます。今年の「月ヶ瀬の梅酒」も美味しい梅酒になりそうです。
Jun 13, 2005
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兵庫県東灘区、いわゆる灘の酒どころにある小さな酒蔵さんと一緒に企画した梅酒「神戸梅酒」が今日の新聞に掲載されました。この梅酒は阪神大震災で全壊した酒蔵において、奇跡的に無事だった梅酒タンクを丁寧に瓶詰めし、商品化したモノです。今年の初めに、こんな梅酒があるんですがと聞いたときは、あの被害を考えるととてもじゃないですが、商品化を考えられませんでした。でもこの酒蔵の専務さんが「震災から立ち直れたコトを考えると、いまの日本酒の低迷なんて優しいもんや」と気丈に振舞う姿を見たときに、あの復興のパワーを忘れず、支えてくれた人に感謝する気持ちがあれば、酒屋さんも酒蔵さんも必ず立ち直れると思いました。阪神大震災から10年がたった今年、二度とあのような被害が無いように、そしてあの甚大な被害から復興できたパワーをもう一度という願いを込めて皆様にお伝えできたらと思います。「神戸梅酒」http://www.rakuten.co.jp/umeshu/601252/601269/619700/
Jun 11, 2005
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先日、知り合いの方から「ブログ」見てますよ、と声をかけていただきました。「毎日更新って大変でしょ」と言われたんですが、これが特別大変ではなく、日常の生活として慣れてしまっています。日記を書き出したのは高校一年生の時からなんですが、それまでは全く縁の無い慣習で、三日坊主とは自分のためにあるとさえ思っていました(笑)小学生のときの、夏休みの絵日記なんか最終日に天気欄がかけなくて、困り果てたコトばかりで、今だったらインターネットで調べられるのに、って悔しささえ覚えます。それが高校の野球部で、当時の鬼コーチに「毎日、日記を書け!」と強制され、最初「今日の晩御飯はハンバーグでした」とか書いてしまい、ふざけてんのかっ!と思いっきり怒られました。そのうち、ピッチングフォームや試合に入る時の心構えなどを書いていると、調子が良かったときの要因なんかが見えてきて、だんだん楽しくなってきました。大学に入った後も書き続け、日記経歴はとうとう10年以上になってしまいました。いま当時の日記を振り返ると「怪我したけど、あきらめずに絶対頑張る!」とか「彼女がどうした」とか熱いコメントばかりで、かなり恥ずかしいモノです・・そんな10年間の日記歴があるので、毎日書いていくのはあまり苦痛にはならないようです。あの時、鬼コーチが「日記を書け!」といってくださったコトが、まさか10年も続き、習慣になるとは全く思いませんでした。
Jun 10, 2005
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もうそろそろ梅雨にも入ろうかという季節で、ジメジメとした暑さが続いています。こういった時期になると必ず「夏場はビールが売れるから大変ですね」なんて言われます。でもほとんど変化ないんです。と、いうのもリーチインに入ってるビールはわずか数種類という状況なんで、「ビール1ケース頂戴!」なんて言われると、在庫があったかな?なんて状況で「3ケース頂戴!」ってなると「申し訳ございません」状態です。こういった話をしていると、利益が低いから扱わないの?とか、安売り商材だから?とか、いろんな理由を聞かれるんですが、個人的にはお酒は毎日飲まなくてもいいんじゃないっていう単純な気持ちからなんです。僕も試飲以外には、週に2回くらいしか飲まないんですが、その中でも週末仕事を早く終わって飲むお酒が一番美味しいと思ってるんです。家でくつろぎながら、何も考えずにベルギービールを飲んだり、美味しい梅酒を飲んだりしてると、本当に贅沢な気分を味わえます。手動式のクラッシュアイス製造機?みたいなもので氷を砕き、お気に入りのグラスで好きなお酒を飲む、ただそれだけなんですが、どんな高級バーで飲むよりも満足感を感じることが出来るんです。「梅酒屋」はそんな時間や空間を楽しんでいただけたらと思っています。
Jun 9, 2005
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昨日、大学時代の後輩と会いました。彼は学校を卒業後、アメリカのマイナーリーグでもプレーし、日本に戻ってからは社会人のクラブチームに所属しながら、教職課程をとって今年の4月から大阪の高校で先生として働いています。高校時代は大阪の公立高校から、数年ぶりに甲子園へ出場する快挙を成し遂げ、投手として期待されて大学へ入学してきました。大学時代の4年間は怪我や運にも見放され、苦労していましたが一切妥協しない人間で、後輩ながら尊敬できる部分が多分にありました。大学時代、2学年年上の僕らがウェートトレーニングの重要性やインナーマッスルの強化というモノを取り入れ始めた頃、高校生の彼は黙々と同じ施設でトレーニングに取り組んでいました。常に高い目標を設定し、日々こなしていける姿は人間としても尊敬できる後輩でした。先生を目指すとき「自分は野球を通して、いい経験も苦しい経験も体験させてもらいました。それをきちんと伝えていける先生になろうと思います」と目をキラキラさせて話していました。そんな彼が先生になって一番肝に銘じているコトは野球の話ではなく、教職課程の講義で教授が言ってた「教えるということが、こんなもんかって思った瞬間、先生としては成長しないよ」っていう言葉だそうです。クラブの練習を終えて帰りが夜中になろうと、自分の担当科目の予習復習は欠かさず、とにかくいい監督の前に、いい先生になりたいし、尊敬されるだけの人間になりたいと言います。職員室で聞こえてくる「○○先生、先生が勉強してどうするんですか?」「僕らがやってないように映るから向こうでやってくださいよ」なんて声に負けず、先生の常識に疑問を持ってカイゼンして欲しいと思います。ピュアで熱血で、真正面から生徒とぶつかれる数少ない先生が誕生したと思います。昨日も、またまた熱い刺激をもらいました!
Jun 8, 2005
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日曜日は兵庫県にある酒蔵さんの「田植え」に行ってきました。お酒の製造については、何度か体験させていただいたことがあるんですが、原点の米作りに関しては初めてでした。酒米を仕入れて造るという感覚の酒蔵さんも多い中、酒造りを農業の一環として捉え、米を育てて酒を造るという観点で取り組む酒蔵さんは、まだまだ少ないような気がします。現在の食品業界は不正表示や偽装といったコトが頻繁に行われています。モノづくり、特に人が口にするもので商いをさせていただくには農業や漁業、酪農業といった一次産業の大切さ、ありがたさを十分認識しなくてはならないと思います。今回、田植えを指導してくださった農家の人も「昔は田んぼにタガメやドジョウなんかがたくさんいた。でも、農薬を使うようになってから、そんな生き物を見る機会がほんとに減った。少しずつでも、そんな生き物が住める田んぼにしなくちゃアカン」と言っていました。今回、田植えに参加させていただいて感じるコトがたくさんありました。酒蔵のある、播磨地方の酒米と水を使って地元の人間がお酒を造るという、地酒の原点がどんなに大事か、それによって地元の自然環境にどうやって係わっていくか、農業から見る酒造りには地域の文化や自然にも密接につながってると思いました。
Jun 7, 2005
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昨日のスポーツニュースを見ていたら、何気なくアナウンサーが「オリックスvs広島戦、8回4-4の同点の場面で代打下山が決勝ホームラン」というではありませんかっ!思わず画面を見ると、背番号36が映ってるでは・・。今シーズン、中々チャンスが巡ってこず精神的な苦しさも十分感じていたと思います。もともと明るいタイプなんで、顔には出さないですが、昨年結婚し夏ごろには子供も生まれるので、そのプレッシャーは半端なモンじゃなかったと思います。代打でホームランを打った後の最終打席もヒットを打ち打率.286、ホームラン3本まで引き上げてきました。29歳という年齢から、毎年崖っぷちで結果を求められますが、頑張って欲しいと思います。最終回、同じく大学の後輩「大久保投手」が見事セーブを上げました。彼も入団1年目に新人王を獲りながら、けがで2シーズンを棒に振って今年にかけていました。今シーズン、途中から1軍復帰し1勝、9セーブ、防御率0.00完璧な復活を遂げています。プロという華やかな世界の裏側に、真っ暗闇の世界があると言います。スポットライトを浴びた人間が、怪我や出場機会に恵まれない苦痛は、普通の人の何倍もキツイものだと思います。下山にしろ大久保にしろ、プライドをかなぐり捨てて取り組み、復活への一歩一歩を進んでいると思います。テレビで彼らの活躍を見ることで、本当に刺激をもらいます。今シーズン、彼らがいいシーズンを送って、美味しいご飯を食べに行きたいと思います。「下山真二応援サイト ~パワーオブ シモ~http://homepage3.nifty.com/kouzumougyuu/
Jun 6, 2005
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本日は早朝から和歌山の梅酒蔵へ訪問してきました。朝9:00に店を出発し、たったいま戻ってきたんですが、「疲れた~」って感じです。デザイナーも含めて3名で訪問したんですが、3~4時間の熱いディスカッションの末に「最高の梅酒」がいよいよ完成しそうです!酒蔵さんも含めた4名全て20代という熱いチームなんですが、妥協という言葉とは無縁の話し合いが出来たと思います。得意先とか取引先とかいう領域を超えて、お互い本音でガンガンぶつかり合ったので、本当の意味での信頼感が深まったと思います。造り手も他のメンバーも一切の妥協をせずに取り組んだ「渾身の梅酒」です。今月中旬にはご案内できると思いますので、期待していてください。
Jun 4, 2005
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最近よく「経営とは・・・」とか「マーケティング・・」なんて本を見ます。学生時代、勉強しなかったツケを払おうと、とにかく書物やセミナーなんてものには参加するようにしているんですが、読めば読むほど野球に似ている気がします。たとえば「ランチェスターの法則」なんて戦略も、プロ野球で野村監督が「弱者の戦略」なんてモノを実践してヤクルトを日本一に導いたり、高校野球で豪腕「江川投手」が率いた作新学園を広島商業がバント作戦で破ったりという例と似ているような気がします。マーケティングや戦略を立てて、実践することが大事!なんてコトも、投手が打者を抑える際、その打者の得意なコースや苦手なコースを分析し、配球どおり投球して抑えるなんていうピッチングに似ていると思います。そんな風に感じながら捉えていくと、容量の小さな僕の脳みそも少しは作動してくれそうです。
Jun 3, 2005
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昨日はホームページ製作会社に一日研修に行ってきました♪デザインなどを指導してもらったりする仲なんですが、かなり無理を承知で社会見学させてもらいました。普段、お酒を運んだりして汗を流すのが得意な酒屋さんが、パソコンの前で終日いることの難しさ、しかもプログラマーやデザイナーの間で飛び交う専門用語は完全に異国に迷い込んだ日本人状態でした。僕らが簡単に思うことでも、実はスゴク深く考えて製作したりするなど、製作現場ならではの緊張感を感じました。そのお返しといってはなんですが、明日の土曜日は一緒に和歌山の酒蔵さんに訪問します。お酒造りの現場をじっくり見てもらって、同じ目線でお酒への想いを共有できたらと思います。立場を変えて物事を見てみると、勉強になることが本当に多く感じます。まっすぐに伸びながらも、とにかく柔らかく柔らかく、しなる木のような強さを身につけたいと思います。
Jun 3, 2005
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昨日「神戸梅酒」の件で取材を受けました。関西の新聞社なんですが、やはり関西に住むものにとって10年前の阪神大震災は特別な出来事です。あれだけの被害があった大地震なんで、酒蔵さんも僕らも商品として販売するまで本当に複雑な心境でした。ただ神戸の町が綺麗になっていき、灘の酒蔵さんも普通に酒造りが出来るようになった今、逆に風化されそうなことが怖いという気持ちもあります。阪神大震災のあった年、大学一年生だった僕は1995年の1月17日、野球部の合宿所での宿直当番のため、朝の5時45分に掃除をしていました。木造の合宿所のため壊れそうなくらい大きく揺れ、本当に怖い思いをしました。その後、神戸出身の選手達は自宅に連絡しても連絡できない状態が続いたため、原付バイクで京都から神戸まで駆けつけたり、途中進入できない友人などは歩いて自宅を目指していました。あの地震から立ち上がった人の頑張りは半端じゃありません。日本酒業界、酒屋さん業界が大変だと言っても、酒蔵が壊れ、全てのお酒が流れ出るようなあの状態よりは、全然ましなハズです。阪神大震災を風化させないためにも、関西の酒蔵さんや酒屋さんが立ち直るためにも、マイナスの状態から復興した「神戸」のスピリッツを思い出したいと思います。「神戸梅酒」には、震災からの10年間のいろんな想いがたくさん詰まっていると思います。
Jun 2, 2005
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昨日は税理士さん3名とお会いしました。3人?と思われるでしょうが、そういった仲介サービスをするような会社があり、「税理士さん」や「司法書士さん」「弁護士さん」などという賢そうな先生とお客様をマッチングしてくれるんです。営業が苦手な先生方と、人材派遣をミックスしたようなサービスで僕らにとってもありがたいサービスだなと思いました。「税理士」さん、なんて職業の方は皆同じ考えで、同じコトをしゃべるんだろうなと思っていたんですが、財務に関する考え方もそれぞれに個性があり、お話しをしていてとても勉強になりました。侍業と言われる先生職も、非常に競争が厳しく「税理士」や「歯科医」などという肩書きだけでは通用しない時代に入ったなんていう、裏話を聞きながら数字から見た当店の課題点などを相談しました。とにかく頭の中が汗だく(笑)になりながらお話しさせていただいた貴重な時間でした。
Jun 1, 2005
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