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最近、特に思います。私は「感動」するために生きているのだと。。。。 戦後に生まれた私たちは、この平穏な日本に住んでいて、「そろそろ大地震がくる」とか、「日本の借金は1000兆円を越えてしまった」とか、「格差社会」、「国家破産」などという言葉を聞いても、どこか上の空で、何とかなるだろう、政府が何とかしてくれるだろう.....という風に考えているのではないでしょうか。 驚くほど、依存体質なのですよね、大半の日本人というのは。 私はそれこそ政治経済のことなど、まったくの素人なのですが、けっこう本だけは読んでいます。情報というよりは、直感なのですが.....日本はとっても危ういと思っています。日本は、というより世界的に、地球が、という話なのですが、まずは一番身近なところで、私たちが生活しているこの日本です。 そう遠くない将来、必ず消費税はアップし、定年はのび、退職金はカットになり、年金も出ないという事態になるでしょう。そうした時期に備えるために、コツコツと貯金をしていた方は、多少の心の余裕はあるかもしれません。しかし、それまでの人生の時間を無駄にしたという思いが全然ない、といえるでしょうか。 普通に考えますと、生活を楽しみながら、学ぼうと努力しながら、自分を磨こうとしていたら、必死に貯金なんてできないはずです。若い頃から貯蓄に励んでいる人がいるなら、その人は人生の多大な時間を使って、経験しなければならないはずの、大半の経験をしていないと見ていいと思います。 このブログを読んで下さっていて、「感動」を大切にして生きている方へ、お伝えしたいことがあります。 世の中は------近い世間でいえば、あなたの会社の上司、上層部たち。頭のかたい中高年のオジサンたち。こうした方たちと、価値観を共有することはあきらめた方がいいかもしれません。 この人たちの大切にしていることは、今の地位・年収・肩書き、といったものです。保身です。感動を大切に生きている、なんていう話をまじめに聞いてくれるはずがありません。 もっと権力者になれば、その人の大切にしていることは「快楽」かもしれません。よほどの人格者か、強いミッションを持ち続けている経営者は別にして。 こうした方たちと仲良くやっていこう、と努力しても、消耗するだけです。自分自身がボロボロになるだけでなく、しまいには、怒りや憎しみを抱くようになってしまいます。それは無駄なことなんです。自分の「魂」を傷つけることは避けなくてはなりません。 私は、これまで自由奔放に、好きなように生きてきたことに対して、本当によかったと思っています。その時代にしかできないこと、その年代だからこそ吸収できたことって、たくさんあるんです。40代とか50代では遅いことって、やっぱりあります。一番価値のある人生は「どれほどの感動を自身が得て、また、他者と共有できたか」ということだと思います。これは私自身の哲学です。他人がなんと言おうとも。。。。。 数年前、写真家の藤原新也の著書をむさぼるように読んでいました。彼の著書の中に、たった1行、この言葉を見つけました。 わたしは、あきらめない そう、私はあきらめません。自分なりの哲学に沿って生きることを。 感動するために生きているんだ、と堂々と言える人生を送ることを。
April 21, 2006
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あと、3ヶ月しか生きられないとわかっていたら...? あなたの生き方は変わりますか?という質問、よく見かけますよね。 あと、1年でも半年でもいいのですが。 私自身、よく心に聞くことがあります。あと10年と言うと長すぎてピンとこないので、あと1年と区切ってみます。1年くらいだと見えやすいですね。10年先なんて、日本の状況があまりに悪すぎて、もしかしたら国家破産しているかもしれない。そうした状況下では、今考えていることは通用しませんから、考えても無駄ということになります。 本当は、「もし、○○だったら~」という問いは、問いになりません。だって、人はその状況におかれて初めてその体験ができるのですから。今、考えていることと、その時、その土壇場の立場で考えて出す回答は、決して同じではありません。 あと10年生きなければならないのなら、優先順位は生活のための仕事にならざるを得ません。その代わり、仕事の質は変わってくるでしょう。10年後、最高の水準に到達するように逆算し、今の仕事を決めるということですね。今、50代の会社にお勤めの方と、20代の方の仕事の質は違って当たり前です。残り人生の時間が違うのですから。 50代の人は、20代の人に叶わないスキルを武器に、仕事をしなくてはならないのに、20代の人の仕事を奪ったり、その手柄を称えず逆にモチベーションを下げているケースが多々ありますよね。困ったものです。20代だからこそ!の魅力で仕事をすべきであり、年配の人はそのチャンスを奪うべきではありません。 ・・・話がずれてしまいましたね。 「人生の残り時間」について、話していたところでした。 あと3ヶ月と言われても、10年と言われても、生き方は同じ!って人は(そんな人がいるとしたら)大変に幸福な人だと思います。迷いがないから強いですよね。 私なら....やっぱり違います。 10年、20年先というのは考えても仕方がないので、考えないです。今の状況で、一生懸命に生きるだけでしょうね。でも、あと1年以内ということであれば....今の仕事をしていないだろうな、と思います。もっと身近な人のために、限りある時間を使いたい。それが自然な思いなのではないでしょうか。 人生の残り時間はわからないからこそ、人は生きていける。 それは真実であると思います。 でも、私はおそらく自分の死の時を、自分自身で予感することができるような気がします。その時にパニックになるのはあまりにつらいので、最後まで冷静に判断し、残したいものは残し、処分すべきものはすべて処分をして、大切な人には残らず感謝の気持ちを伝えて、その時を迎えたいと思っています。
April 18, 2006
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どちらかいうと、憧れの人とかお手本にする対象を持たないタイプです。 「芸能人で誰が好き?」と聞かれると、答えに窮するんですね。芸能人とかタレントという人種が、まず好きになれないのね・・・女優。うん、これならわかる。でも、日本の女優さんでプロ!って人は少ないと思います。岸惠子さんは「いい女」だと思いますが、それは女優だからではなく、生き方に惹かれるし、彼女はエッセイストとしても一流だと思うんですね。 「男の人に感謝して生きてきた」 ・・・って、今時なかなか聞けないような台詞です。これを語っていたのが、作詞家で宇崎竜童氏の奥さまである阿木耀子さん。明治大学在学中、所属していた軽音楽クラブで知り合い、そのまま結婚。そして数十年後も仲むつまじく、相変わらずお二人とも素敵。。。 こんなカップルって、すごく少ないですよね。 いつの頃だったか、「理想の女性像は?」って聞かれた時、「阿木耀子さん」と答えていた時代があったことを思い出しました。 彼女が素敵だな、と思っていた理由は、大体以下のようなことからです。 作詞家と作曲家というパートナーの関係 芸術家同士の夫婦 子供がいない 今も魅力的な容姿 ギスギスしていない たおやかな優しさを秘めている エレガントで上品 旦那サマが男っぽくてカッコいい フラメンコなどを楽しんでいる 女優の顔も持つ 小説・随筆家の顔も持つ 岸惠子さん、素敵だと思いますが、どっちがいい?って聞かれると、阿木耀子さんなんです。この深層心理を探っていくと、自分自身のことがよくわかります。今、現在そのような生き方をしているかどうかは別の話ですが。 私が理想としているカップルのか・た・ちというのは、まず、「創作」する仕事に携わっていて、子供を中心とせず、ずっと二人で寄り添い、長い歴史を経て尚、恋愛ムードを漂わせている、というイメージなんです。 ライフスタイルとしては、仕事とプライベートの区別があまりなく、「芸術」に根ざしているということ。 途中で離婚したりせず、できれば添い遂げたい。相手への信頼感と尊敬心がある、ということ。 そうした心の安定感と、経済的な基盤が、女性をゆったりと美しくエレガントに見せている。 上記、カップルのか・た・ちに、お二人はぴったり合っています。阿木さんてとても育ちのよい方だと思います。苦労や心労が外見に出ていない。今も純粋さとあどけなさを残している感じがするんです。。。 子供の頃を思い返してみると、私自身はどちらかというとそういうタイプだったと思います。「夢見る少女」であり「つらいことは大嫌い」。好きなことだけしていたい、怠け者なんです。 それなのに、あぁ.... 今は「キャリアウーマン」って人から言われるし、そう見られます。 仕事は好きですけどね....人間を嫌いになりたくない、という気持ちがとても強いんです。ちょっとしたことで傷つくタイプですから。 阿木耀子さんのような女性、やっぱりいいな。 久しぶりに、そんな感覚を思い出しています。 春。桜散る季節だからかしら。。。
April 6, 2006
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