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我が財団では遅ればせながら、今日が科研費の監査。研究者である上役が、科研費をとることには熱心でも、システムとしての科研費のことを理解しようとしないので、なかなか監査までたどり着けないのだが、平成18年度分の申請に併せて、文部科学省と日本学術振興会に監査報告をしなければならないことを説明して、ようやく本日実施の運びとなった。監査の件数は経費の使用状況の把握や事務手続などがきちんと行われているかどうかを見る「通常監査」が採択件数の10%以上、さらに不正な使用がないかどうかを見る「徹底した監査」が通常監査の件数の10%以上ということになっている。昨年度、我が財団では4件が採択されていたので、1件について「通常監査」「徹底した監査」をすれば25%の監査率で、十分に必要件数をクリアでき、同時に小さな事務組織ではそれ以上の件数の監査をすることができないので、1件のみ監査をすることになった。14時30分より監査を開始して、16時30分に終了。研究者が事務局員を兼ねる我が財団では、よっぽど注意しないと手前味噌で監査が監査でなくなってしまう。従って、法的な扱いの説明などをして、本来は事務担当者として小生も監査の対象となるのだが、時折、監査の不備などを指摘しながら進行。なかなかスリルに溢れる1日だった。 ~~~~~帰り際、横浜そごうの紀伊國屋によってK女子大の講義用の星図を探すも、なかなか良いのがない。結局、星図の大きさと値段の点から、誠文堂新光社の『星空観察野帖』を採用することにした。ただし、星図が縮小されている関係から文字が小さく、さらに網掛け印刷の関係で文字がかすれて読みづらいのが、きわめて難点である。誠文堂新光社の方、もしこのブログを御覧になっていらしたら、是非とも『全天恒星図』の復刊をお願いします。
2005.10.31
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今日は、M家の一周忌兼七回忌。一周忌は、昨年のこの日に亡くなった、M家の主人のもの。七回忌は、6年前の8月31日に亡くなった、その夫人のもの。M家との関係は、6年前の8月に末に遡る。ちょうど、父を亡くして1週間後、父の知人のS夫妻から、その知人の奥さんが亡くなりそうなので、いざというときには小生に葬式を頼むと電話があった。小生は、寺住まいでないので葬式の経験もほとんどなく、父を亡くしたばかりで不勉強のままだから………と断ったのだが、いずれは自分でしなければならないのだから…と説得された。結局、その3日後にM家の夫人が亡くなって、亡父の葬儀から10日後、初めて一人で葬儀をすることになった、そのような因縁がある。結果として、それは独り立ちするのによい経験だったし、その後2度ほど葬儀もした。都合3度の葬儀の3度目が、ちょうど1年前のM家の主人のものであった。それまで全く見ず知らずだった人の葬儀を、父の葬儀の後すぐにした。そこでの信用が、さらに続いて、毎年の供養をし、そしてさらに葬儀をし、さらに供養をする。この奇縁のことを思うとき、自らの成長はいかほどなものかという自省とともに、万感胸に迫るものがある。独り立ちしてようやく七年、されど七年。月日はかくも過ぎていくものか。
2005.10.30
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失物探し…まだ続くも、結局見付からず。そうそう、K女子大の来年度の講義概要(シラバス)を作らなければ!と思い、作業開始。来年度は、現在もっているセメスター(前期・後期別単位制)の日本文化史の講義が、日本文化史特論という形になって、しかも3年間で1サイクルという講義体系になるので、上手く計画していかなければいけない。3年間で1サイクルというのは、毎学期毎に新規の学生がいる上に、3年間計6回、小生の日本文化史をとる学生もいるわけで、教科書もそうそう変えられないのである。現在は、小生も執筆した陰陽道の教科書を使っているが、これが「文化史」の教科書として6回分のネタがないのである。「日本文化論」ならば、6回分以上のネタがあるのだが…さらに、K女子大の講義は来年度から新規に2コマ(前期1コマ、後期1コマ)増えて、こちらは博物館学芸員教育科目ともなっている「文化交流史」。もっとも、こちらの方は前期に星と星座のこと、後期に暦のことを話すことをすでに決めているので、割合とスムーズにシラバスは作成できた。もっとも、参考書にしようとした『中国占星術の世界』(東方選書22)はすでに版元にもなく、全員必携としようとした誠文堂新光社の『全天恒星図2000』もどうやら絶版のようで、こればかりは悩みの種である。いろいろと探してみると、星図は軒並み絶版のようで、これはパソコンによる星図の表示やそのシミュレーションが簡単にできるようになったのが原因のようである。だから、現在、星図のついている本はあるが、版が小さくなっているようだ。版が小さいということは、星図が縮小されているということであって(分割が細かくなるということは、星図の性格上考えられない!)、そうすると、星図や星空に慣れていない学生達に教室で眺めさせながら講義するには、かなり厳しいだろう。それにしても、『全天恒星図2000』はいい星図だったのに、惜しいことをしたものである。ここでも、失物探しの状態だ!
2005.10.29
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今日は、世田谷のK大の講義の後、お茶の水まで出ることになっていた。したがって、電車で行けるよう、前夜に講義の準備を十分に整えておいたのが功を奏し………眠い1日だった(笑)で、予定通りK大の講義が16時10分に終わった後、そそくさとお茶の水へ。目的地は研究所ではなく、順天堂大の近所のとある会社だったのだが、18時30分にそこへ行くことになっていたので、一旦研究所に行った。17時30分頃に研究所に到着し、若干仕事をして18時15分に出発。目的地である順天堂大の近所のその会社は、小生の弟弟子(とは言っても、年は20歳ばかり向こうが上だが)の会社である。その弟弟子は、山形の俗家の生まれだが、高校の時だったかに出家し、K大で亡父の門を叩いたお人である。もうかれこれ35年ほどの付合いになる。実は、8月の亡父の七回忌の時、その弟弟子から、群馬のとある寺の住職にならないかという話を持ちかけられていた。その寺は、日蓮宗系の寺として建立されたが、実際には無宗派(単立)で、現在はハワイ在住の天台宗の僧侶が住職となっているそうだ。ただ、この住職、月に一度ほどやってきて寺の様子を見るだけで、住職としてのはたらきは何もしていないということから、解任して新たに小生を住職としてS宗系の単立寺院としたいということであった。で、小生は月に2度ほどその寺に行き法話をして欲しい、という主旨なのだが、実はこの話は弟弟子の直接関わっている話ではなく、その会社に関係している関西のとある仏教系大学の退職した教授から持ちかけられた話だそうだ。小生は、11月にS宗の寺院の住職となることが決まっている(ただし、お寺は廃寺同然で、名目住職だが)し、現在の仕事が忙しいので、すでに断ることにしていたのだが、「とにかく、話だけでも」ということだったので、逆にきちんと断るために紹介者に会いに行ったという次第である。結局、自分が住職になることが決まっていて宗門の拘束がかかることや、法話をするのに年齢・経験が不足していること、第一、仏教の勉強をきちんとしていないので法話そのものが無理であること、さらに現在の仕事のうち特に教育面においてある目論見があるのでできれば大学教員になりたいことなどを話して、先方の納得を得た。ここでも時折記す教育論を話したら、先方は「実に惜しい。だけれどもその教育姿勢は十分に価値があるから、やはりそれに邁進して欲しい」と大変惜しがってくれた。こちらとしても、亡父がさんざん世話になった弟弟子の顔を立てられず、心中複雑であるが、諸事情から仕方がない。まぁ、弟弟子もそれなりに苦労をしている人なので、小生のあり方を十分に理解してくれたのが救いであるが。さて、その群馬の寺、後はどうなることやら。断ったけれども、先行きが気になるところである。
2005.10.28
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細君の足首がものすごく腫れ上がっていたので、早起きして車で駅まで送っていった。本当は会社まで送れればいいのだが、今日は武蔵野のA大と世田谷のK大の日で、とてもそれはできない。しかし、早起きしたのを幸いに、準備を十分に整えて、昼過ぎにいざA大に出発。いつものように、14時30分から17時40分まで、2コマ続けて講義した後、ロイヤルホストで夕食。今日は、そんなに客が入っていないにも拘わらず、オーダーしたものがなかなか出てこないで、いつもより10分遅れてロイホを出発。世田谷のK大にも、いつもより10分遅れで到着した。前期の半ばから読み始めている鎌田東二氏の神仏習合に関する論説を、ようやく読み終えた。本当は、前期の間に読み終わるはずだったのだが、解説を挟みながら読んでいって、随分と時間がかかってしまった。この講義は、日本に仏教が定着した仕組みや意味を講義することにしていて、プログラム上は後期は陰陽道と修験の話をすることにしてある。ただ、この状態ではどちらかを削らなければならないので、より仏教色の強い修験のことを次回から話すことにした。それにしても細かすぎるプログラム作成をどこの大学でも要求するが、特講や演習科目では無理があると毎年思う。文部科学省の指示だと大学はいうが、なんとかならないものだろうか。
2005.10.27
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K女子大の出講日。それにしてもいい天気だねぇ。でもって、講義の開口一番「こんなにいい天気なのだから、部屋で講義じゃなくて、外でピクニックということにしたいねぇ」と言ったら、学生達は「うんうん」と頷く。その反応を十分に堪能してから、「でもねぇ、講義をしなければならないんだぁ」と言うと、大爆笑。今日のつかみはOKである。…何を狙っているのかねぇ(笑)もっとも、講義の本題ではポカポカ陽気にほだされて………大半の学生が夢を見ていたようだったが(爆)(あくまでも、陽気のせいだ!)講義が終わる頃には天罰か、小雨が降り始めた。さて、講義が終わってから、いつもの通りナッコ嬢ともう一人M嬢とお茶を飲みに行こうとしたら、今日はナッコ嬢はダメとのこと。小生は、ロイヤルホストの栗のパフェがどうしても食べたかったのと、細君を大井町の会社まで迎えに行くことになっていたので、M嬢と仙川(調布市)のロイホまで行って食べることにし、ナッコ嬢も仙川まで小生の車に便乗することになった。途中で、雨は激しくなってしまったが、仙川の駅前に車を入れるのが面倒だったので、ナッコ嬢をロイホの駐車場でおろし、こちらはM嬢といざ、スウィーツ!16時10分頃に雨が少し弱くなったのを見計らって出発。途中でM嬢を降ろし、こちらは世田谷通り~環状7号線と通って大井町へ。17時30分に到着。大した渋滞もなく、予想以上に早く着いたので驚いた。 ~~~~~ちなみに、今朝方、細君からメールがあって、電車を降りる際に、ドアのガイドレールにつっかかってホームに正座したとのこと。大井町まで向かったのは、足を引きずる状態だと連絡があったからである。皆様、電車の乗り降りには御注意下さい。
2005.10.26
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今日はお茶の水の研究所の日。月に一度の科研費の清算をすることになっている。大学のように事務組織がしっかりしているところだと、大抵のものは事務局を通して購入したりするので、研究者が領収書をもっていくということはあまりないようであるが、我が財団の場合は、研究者が立替払いをして、領収書を小生に提出してもらい、1ヶ月に一度それを清算するということにしている。そして、今日の帰りがけに宗門の役所(我が宗門では「宗務庁」といっている)に寄らなければならないので、いつもより少し早めに出発。10時30分には研究所に到着し、早速、15日締めの科研費の清算。立替清算の明細を作り、額を確定させてから銀行へ。あまり混んでいなかったので、早く済んだのが幸い。そそくさと研究所に戻り、残余の作業をして、16時には研究所を後にした。ここから、某所(場所を書けば何宗かわかっちゃいます………知ってる人には!)の宗務庁まで、地下鉄を乗り継いで25分ほど。所用を済ませて、16時40分。珍しく、時間に余裕があるので、横浜そごうに行くことにした。目的は、ワイシャツを作ること。小生、首の太さに比べて腕が少し長い関係で、市販のワイシャツを着ると、腕が短いか、首が太いかする。そこで、5・6年前からそごうで始まった、セミオーダーのワイシャツを作ることにしているのである。値段は、普通のワイシャツが安くて7,700円程度であるのに比べて、ちょっと割高の8,900円。ただし、首の太さと腕の長さが自由になるので、結果的には着心地もよい。難をいえば、生地の種類が少なくて、なかなかよい柄物がないことかなぁ。今回は、柄物ばかり3着を作ることにした。出来上がりは11月の4日だそうだ。………出張の初日なわけだねぇ。そうそう、灰皿代わりの榮太郎の飴も買わなければ。あの、平べったい蓋付きの飴の缶が、灰皿としてまことにいい具合なので、10年ばかり使っているのだが、2代目となる黒飴の缶がこの10月でいよいよ穴あきになってしまった。しかし、そごうを探しても榮太郎がなかったので、横浜駅西口の高島屋へ。さて、灰皿として缶を使うためには、飴をなめなければならない。従って「今日なめたい飴」が、次期灰皿を決定するのである(笑)初代、2代と黒飴だったが、今回は紅茶飴………紫の缶となった。さらに東口のそごうに戻って、コーヒーを購入。今日は「5」のつく日だから、2割引なのである。帰宅は19時30分。研究所の出勤日にしては、早く帰ることができた。大抵、20時30分をまわるので、母も細君もビックリ。そんなに驚かなくてもいいと思うんだけれども………
2005.10.25
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失物になっている、我が保険証。失物のままでは困るので、朝から我が部屋を捜索。まぁ、片付けなければ見付からないわけだけれども、この、部屋の片付けが一苦労。なんたって、部屋で仕事をしているのだから、現在進行形の仕事の道具や資料が散乱している。下手に片付けると、それらがどこかへ行ってしまうのである。大体、仕事中は資料などがいろいろと展開していて、それらを片付けのために閉じたり、積み上げたりとまとめると、その時点で後の作業ができなくなる。展開させることが、思考の手順にもなっているのである。………だもんで、片付けをしながら、思いついたことにあれこれと手を出して、つまりは、片付けにならず(笑)結局………失物は、見付からないのである。どこ行っちゃったんだろうナァ………
2005.10.24
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昨日に引続き、信州旅行。2日目兼最終日の今日は、諏訪を散策。朝風呂をひとっ風呂浴びた(昨晩は6人ほど入れる風呂、今朝は…2人しか入れない風呂!)あと、「所さんの目がテン」を見る。今日の話題は………レッサーパンダだぁ!小生鱸、大のレッサーパンダ好き。というわけで、朝からニコニコ、上機嫌。8時30分頃に食堂で朝食をとり、9時過ぎに出発。昨日とは打って変わって、今日はいい天気!宿のある旧中山道も好天に映えて、なかなかいい具合である。まずは諏訪大社下社秋宮へ。諏訪大社は上社・下社に分かれていて、そのうち上社は本宮と前宮、下社は春宮と秋宮にそれぞれさらに分かれている。折角のことなので、その4宮全部に参っておきたいのだが、時間の関係もあって少なくとも宿の近くの下社の2宮に参ることにした。神楽殿の後に、左右両側に「片拝殿」という1層の建物を付属させた、立派な2階建ての拝殿がある。まずは、拝殿にて参拝。ちょうど七五三の季節でもあって、七五三詣での親子連れもそれなりにいた。さて、諏訪大社といえば、御柱を見ておかなければならない。で、よく見渡すと、左右の片拝殿の端辺りに2本の御柱が立っている。同時に、参拝者の禁足地にも2本。ちょうど、本殿の区画を取巻くように4本が立っている。テレビなどで諏訪の御柱引きの様子を見ると、上に跨る人が割合と脚を拡げているように見え、結構太いように感じられるが、実際には直径1mほどであろうか。思ったほど太くはない。ただし、坂を落すときの衝撃は………テレビで見るとおりであることは容易に想像できる。秋宮を10時過ぎに出発し、昨夜の宿の背後の道を通って、慈雲寺へ。鎌倉時代の臨済僧一山一寧が開いたということになっているので、禅宗寺院と風水との関係を明らかにするという研究課題を持っている小生としては見逃すわけにはいかない。ちょうど、春宮のすぐ近くということもあるので、ちょっと寄ってみた。参道の杉並木は短いながらも割合と綺麗だし、本堂の前庭も綺麗に手入れしてあり、その点ではいい雰囲気である。………研究の資助には、ちょっとならなかったかなぁ。まぁ、参道入口の苔が綺麗だったから、よしとするか。慈雲寺の脇を通って、春宮へ。その途中の道案内に「信玄隠し湯/隠し金山」の文字。一時期、隠し金山や埋蔵金の話題が日本中を席巻し、あちらこちらで探索されたけれども、あれって見付かったのかなぁ?ちょうどバブルの頃で、みんな熱が入っていたような気がするが…それにしても、諏訪の周辺に金山ってあったっけ?謎の道案内である。ちょうどこの看板は、Y字路の所に立っているのだが、この看板の向かいの道を降りていくと春宮に当る。………春宮のことは道案内されていないゾ!案内の地図を片手に、Y字路から道を下っていくと、眼下に春宮が見えた。さらに下って、春宮の正面に行くと、人気が少ない。どうやら、秋宮には参拝者が多いが、春宮には少ないようだ。まるで、村の鎮守のような雰囲気が漂う。ここにも御柱が4本。人気の多い秋宮と打って変わって静かな春宮は、写真撮影にもってこいだった。で、御柱に沿って上を見ると、晴天に緑や赤の葉が美しい。これは撮らずにおられるものかと、早速、アングルを「あーだ、こーだ」と変えながら撮影。ひとしきり撮影したあと、正面を向くと、諏訪湖が拡がっていた。この、諏訪湖が一望できるということが、春宮のひとつの特徴かとも思う。地図で見ると、諏訪大社の他の宮はどうやら諏訪湖を正面に見ることはできないようだ。春宮を出て、すぐ近くの石仏に参拝。それから下諏訪駅まで約30分。途中の家の屋敷神など見てみると、諏訪大社と同じように祠の四角に柱を立てている。下諏訪駅には12時前着。12時2分の普通列車に乗って、上諏訪には12時6分到着。折角信州に来ているので信州蕎麦を食べることにし、駅前の観光案内所で上諏訪の案内図をもらう。上諏訪の目的地は、まずは高島城、それから諏訪湖。諏訪大社の上社は随分と離れているので、またの機会とすることにした。昼食は、高島城に行く途中の創業80年の蕎麦屋でとった。こぢんまりとしたその店はなかなかいい蕎麦を出したが、出しゃばりのおばちゃんに閉口。「うちの蕎麦自慢」はいいが、そばつゆを出しておきながら「つゆにつけずにそのまま食べてください」とは仰天!そして有名人が多数来るらしく、「その席は誰が座った」のだのなんだのと少々うるさい。折角の蕎麦が、おばちゃんのために台無しである。13時00分頃に蕎麦屋を出て、高島城へは歩いて15分ほど。期待して行ったのだが、大した収穫なく、諏訪湖へ向かう。諏訪湖も単に向かってはつまらないので、間欠泉センターを目的地とした。この日開催された「諏訪湖マラソン」が終わったのが昼頃だったらしく、あちらこちらで「ああ、走ったねぇ」という人達に遭遇。20分ほど歩いて諏訪湖にたどり着いて、緑の湖面にビックリ!諏訪といえば、諏訪湖の水が綺麗なことと周囲の山林の鮮やかなことから「日本のスイス」とも呼ばれた………と記憶していたので、アオコの大増殖で緑となった諏訪湖には驚きを隠せない。もっとも、諏訪湖のアオコの大発生は、以前にテレビで見たような気もしないでもないが。14時10分頃にセンターに着くと、案内板が出ていて、間欠泉噴出の時刻が記してある。それによると、次の間欠泉噴出は15時頃とのこと。噴出の時刻は1時間30分毎になっていて、9時、10時30分、12時、13時30分、15時、そして16時30分。一瞬「?」と思った。それは、16時30分以降のが記していないからである。「もしや、これは、タイマーか何かで、観光用に時間調節しながら吹き出させているのか?」と思い、少々興ざめ(もっとも、これは後で誤解と解ったが…)それはさておき、間欠泉センターで真っ先に向かったところ………それは、トイレである。いやー、随分我慢したねぇ。30分くらいかなぁ?高島城を出た頃から、トイレに行きたくなったもんねぇ(笑)トイレは屋外だったけれども、いってスッキリ。そして出てきて見付けたもの………タケヤ味噌会館!「あぁ、『ひと味違うタケヤ味噌』は、諏訪の味噌だったのね」と思い、間欠泉噴出まで時間があったので早速行くことに。看板に書いてあったもの………売店………まぁ、この手の施設は企業の広告用だから、当然、売店もあるだろう。蔵出し直売・おみやげ………売店だったら、当然そうだよなぁ。みそ汁・コーヒー………!、みそ汁の販売もしているの?温室………???というわけで、興味津々で、いざ中へ。入って、すぐに2階に上がると味噌の香り。ここではタケヤ味噌の試食もできるとあって、20種類くらい(かなぁ?…売店の広さに比べて結構あったゾ)の味噌が、試食販売に陳列されている。試食好きの小生(別名「デパ地下キラー」…もとい「デパ地下の厄介者」)、当然、味噌の試食を嬉々としてする。原料や仕込みの具合によって、さまざまな味の違いがあって、味噌好きの小生には満足がいくものであった。土産用の味噌を買って、喫茶コーナー(!)でみそ汁を注文。なんたって、味噌屋の喫茶室ですから………みそ汁メインの喫茶室(笑)そりゃ、「喫茶室」ではなく「喫汁室」だろう…などと思いながら、美味しいみそ汁が飲めるはずと期待しつつ、1杯100円のみそ汁を注文。今日のみそ汁は「豚汁」であった。味噌やということもあり、大鍋で作っていることもあってか、確かに美味かった。豚汁に満足して、森光子に御丁寧に挨拶をしてもらって(笑)、味噌会館を後にしたのは14時40分。そのまま、間欠泉センター脇の足湯で14時55分まで浸かり、いざ、間欠泉の噴出を見に行く。噴出口の説明版を見てみて、諏訪の間欠泉の噴出の仕組みが、噴出のための地下での水蒸気の圧力が高まる間隔に原因していることを知り、1時間30分ごとの噴出に納得。つまりは、会館のオープンは9時から16時30分だが、間欠泉は1時間30分ごとに夜中でも噴出しているということだ。待つことしばし、突然「ゴボゴボ」と噴出口から音がし始め、まるでゴジラ映画やウルトラマンで水中から怪獣が出てくるときに水が噴き出すように、チロチロと湯が噴き出した。それが、5~10秒ほどたつと、一気にシュボッと30mくらい吹き上がり、写真でよく見る間欠泉の噴出と相成った。これが2~3分ほど続いて、やがて終焉。………で、これで終りかと思いきや、さらに2~3分ほど経つと、また「ゴボゴボ」。再び同じようにして噴出。これが、3回繰り返された。小生、間欠泉の噴出が、一時こう何度も繰り返されるとは思わなかったので、新たな発見であった。自然の力、かくありき。15時10分頃に間欠泉センターを後にし、上諏訪駅へ。時間が少しあったので、喫茶店に入り、しばし時間を過ごす。15時49分の「はまかいじ」に乗って、一路横浜まで。小生達の座席は進行方向左側だったので、富士山は見えないかと思っていたら、さにあらず。しっかりと、左手の車窓に夕暮れの富士山を眺めることができた。18時41分に横浜着。逗子に帰宅したのは、19時30分。いや、いいみそ汁だった(笑) ~~~~~大したことがなかったのに、なんで今日のタイトルが「すわ、一大事」なのかって?ほら、諏訪で年間の一大イベント(大事)、諏訪湖マラソンをしてたでしょう?「あっしには、関係ねぇことでござん」したけれども(笑)
2005.10.23
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今日から1泊で細君とともに信州に小旅行。結婚記念日前後の毎年恒例の小旅行である。7時前に自宅を出るとき、雨が少々。天気予報では、明日は曇りのち晴ということだ。逗子7時6分発の横須賀線で横浜へ出る。横浜からは、7時46分発の「はまかいじ」号に乗って松本へ。車両は185系電車。JR東日本によると、1981年登場の車両だそうだ。小生鱸が中学生の頃、それまで東京・伊豆急下田間を走っていた特急「あまぎ」と急行「伊豆」を併せて、特急「踊り子」を新設した際に、特急と普通とを兼用できるように開発された車両である。当時は確かに普通列車にも使用されていて、中学校3年の修学旅行の帰りに、小田原から乗った普通列車が185系だったことを覚えている。乗客から見た最大の特徴は、特急車両なのに窓が開く構造になっていること。もっとも、現在は接着して開けられないようになっているようだが、窓の開閉つまみはそのまま残っている。兼用車両ということもあって、他の特急に比べて優等列車の雰囲気(豪華さ)に欠けるところが、特急料金を支払う側にとってはなんとも納得のし難い車両でもある。なにはともあれ、横浜線を通り、八王子から中央本線で松本までの約3時間の行程。横浜線は、東神奈川から相原までしか乗車したことはなく、中央線は立川が西の限界なので、特に八王子以西の状況に興味をそそられる。八王子の都市的な様相に驚きつつ、高尾を過ぎて、一旦神奈川県に入る頃から田舎の雰囲気。東京からの中央線快速は山梨県の大月まで運転されているが、いかにも都会の通勤電車というオレンジ色の電車が、結構な山間部を通ることを目の当たりにして非常な違和感を感じた。山梨県を抜けて諏訪湖の辺を走り、11時20分に松本に到着。小学校5年の時以来の松本である。駅前は随分広かったような記憶があるが、駅前に出るとビルに囲まれていて記憶が間違いなのか、開発が進んだのか、謎であった。まずは駅ビル3階のコインロッカーに荷物を預けて、1階のモスバーガーにて昼食。12時15分に出発して、最初の目的地である松本城へ。駅から1.5kmほどなので歩いていく。道すがら、戦国から江戸期の城郭には平城・平山城・山城の3種類があって、山城が量的には多いが、一般に「城」とイメージされる天守を持つものは、平山城や平城などのことが多く、戦国末から近世に城下町を形成した都市型の城郭は平山城が主流であったことや、松本城は平城であるがその平城の例は少ないことなどを説明。なんたって、細君は小生に観光ガイドの役割を期待しているので、当然のことながらその辺りのことを予備知識として与えることになる。ついでに、小生の城の見方は大手から入り、搦手から抜ける…てなことを話していると、大手門跡に差し掛かり枡形の痕跡があったので、大手の構造としての枡形などを説明。そんな話をしながら、12時40分頃松本城到着。菊花展をしているとのことで、天守の登閣をしなければ今日は入場無料とのことだったが、登閣をしなけりゃ意味がないので入場料を払って城内(本丸)へ。ここも、小学生の時の記憶では随分と広い場所だったような(なんたって、炎天下を歩いたから…)気がしていたが、27・8年後の感想は………随分ちっちゃいねぇ。早速、天守に登閣。大天守と小天守との間の渡櫓から天守内へ。まずは小天守を2階へ上がり、ちょっと下がって大天守へ。4階から上の階段は、狭くてしかも上がるとそこに壁があるようになっていて「最後の砦」としての天守の意味を重視した造りであることが読取られる。最上階の6階では、普通の天守にはない、とあることを発見。それは、天井板がないことだ。おかげで、天守の屋根の構造が丸見えである。最上階に上がって、なんか違和感を覚えたので上を見てみたら、天井板がないことに気付いたのである。こんなことは初めてなので、興味津々天井を覗いていたら、後から上がってきたおじさん達が、上を見始めた。面白いことに、おばさん達にはあまり興味がないようで、外の景色に目を移している。小生、今まで入母屋造りの屋根のうち、庇(ひさし)の部分の構造は、妻(屋根の切り立っている箇所)に平行に垂木を渡して、端の部分だけ斜めに垂木を出しているのだとばかり思っていたが、松本城のものを見ると、屋根の中心部から放射状に垂木を出していることがわかって、興味深い。ついでのことに、棟札板がどこにどのようになっているのかを探してみたら、一番上とその下の梁に渡して垂直に打ち付けてあった。このようなことは、実際に見られる例が少ないので、大変貴重である。では、なぜ天井がむき出しになっているのかというと、その理由は、どうやら「二十六夜社」なる天守(松本城?)の守護神を祀っていることにあるらしい。説明版によると、この「二十六夜社」は毎朝、祈りを捧げられていたということであるから、そりゃ、見えないところにあったら困るわけだ。さて、一口に天守といっても、望楼型と層塔型の2種類がある。望楼型とは下層部の建物と上層部の建物がひとつ柱でつながっておらず、あたかも下層部の建物に上層部の建物をはめ込んだような構造のもので、初期・中期の天守に見られる。層塔型とは下層部から上層部までひとつ柱でつながっていて、あたかも芯柱に各階をはめ込んでいったような構造のもので、後期(近世期)の天守に見られる。松本城は望楼型の天守で、3階までがひとつの構造、4階から上が上乗せの構造になっている。従って、3階・4階の境目で、階段から柱の状況をよく観察すると、3階までの柱と4階からの柱がつながっていないことが見て取れる。このようなことも、コンクリ造りでない天守の見学ポイントとして細君に話して、実際に4階から3階へ下りる途中で比べて見せたら、面白がっていた。大天守を降りてくると、辰巳附櫓を通って月見櫓へ。松本城の概観の特徴を作っている、あの朱塗りの高欄のある櫓である。これで、天守は一巡して、月見櫓から外へ出る。搦手から本丸の外へ出て、内堀の端を半周。14時頃に大手に戻り、信州名物「おやき」を探しながら松本駅へ向かうことにする。大手門跡近くのナワテ通りで「おやき」の店を探して、発見。1個160円でおやきにありつく。その後、花時計公園で街角コンサートをしているのに遭遇。少しばかり聞いてから、今日の泊まり先である下諏訪に向かうべく松本駅へ。汽車(古いねぇ)の時刻は調べてあるが、なんたって特急がメインで普通は数えるほど。15時20分の「あずさ26号」に間に合うよう、15時5分には駅に到着。コインロッカーから荷物を出して、改札、乗車。新型特急車両は「はまかいじ」より格段に雰囲気がいい。定刻通り発車し、下諏訪には15時40分に到着。予想以上のひなびた雰囲気に二人して驚きつつも、今日の宿へ。途中、ちょっと雨がぱらついたものの、傘を差すほどでもなく、諏訪大社下社秋宮の前を通って、宿に到着。旧中山道に面した、ひなびた宿だった。古い造りの宿、情緒は溢れるが、料理に色がなく、風呂も小さい。下諏訪温泉自体がひなびているから、仕方がないかなぁ……… ~~~~~どこかの家族連れか、団体か、おばちゃん達の声が響いて、なかなかうるさかった!まったく、傍若無人なおばちゃんの声はなんとかならんかなぁ………
2005.10.22
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相変わらず………朝からバタバタと講義の準備。今日は、世田谷のK大とS大のオープンユニバーシティの日である。もっとも、S大の方は今日まで4回連続で講義して、一旦休憩。というのも、京都のB大の先生と組んで1シリーズ8回の講義、そのうちの後半の4回を小生が担当、この組合せでもう1シリーズ…ということになっているからだ。本来ならば、今日が小生の最後(全講座の8回目)なので、来週から新規に8回…のはずだが、事務局のミスらしく新規講座の1回目が同じ時間に重なっている。こちらは久々にB大のS先生と会えるので嬉しいが、受講生は第1シリーズと第2シリーズ両方をとっている場合があるので、今日はどちらに出るのか興味津々。K大には相変わらずギリギリに出講。車で家を出たのは11時50分!駐車場到着は12時40分。今日こそ学生の授業アンケート、ということで講義を早めに終り、4時限目にはアンケート実施。文句もそれなりに出たらしい。講義終了後、時間まで図書館で調べ物。17時20分頃に出発して、飯田橋のS大に18時到着。S先生は18時15分頃に到着したので、両方の講座をとっている受講生の確認と、今日の講義は途中で移動可能なことを伝えることで解決を図った。で………教場にいってみると、小生の講座に全員出席していた。途中でS先生の講座に移動可能なことを伝えておいたが、結局全員が最後まで小生の講座に出席したまま。来週からS先生の講座に出るということになった。講座修了後、S先生は最終の新幹線で京都に戻るとのことで、早々に帰った。小生も、明日、早朝に出掛けるのでそそくさと帰宅。これで、講義の準備はしばらくの余裕が持てる。
2005.10.21
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昨日買ったリストバンド(「ウェイトベルト」って書いていたりする…)を、さっそく朝から着けて筋力upをはかる。片腕500g、片脚1kg、合計3kgは思ったより重量感がある。なんたって、キーボード叩くのにも若干腕を上げるのだから…パソコンを打つのにもそれなりの苦労。腕の重量のせいで、叩き間違いがいつもより多い。なれる頃には、少しは腕の筋肉がつくかなぁ?10時頃、駅前の銀行まで自転車で向かう。脚のリストバンドの感覚は…心持ち、いつもよりペダルが重いかなぁ、という程度。もともと陸上をしていたので、脚の方はもう少し負荷をかけても良かったようである。12時過ぎにはいつもの通り武蔵野のA大に出講。世田谷のK大に2週間遅れて同じ内容の講義。今日は、易の話の第1回目なので、今度こそ忘れずに母に買ってきてもらった、教材用のコーヒーポーションを持っていった。終わって、これまたいつもと同じように世田谷のK大へ。こちらは前期で終わるはずの話が、まだ終わらなくて四苦八苦。教材を間違えたかなぁ?帰宅後、風呂に入って、パジャマに再びリストバンドを装着。あえて運動をする時間が取れないので、せめてこの程度ででもマメに筋力upという算段なのだが…さぁて、どれだけ効果があるだろうか?
2005.10.20
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今日もK女子大には、ギリギリで出発、ギリギリで到着。プリントを刷って、講義。古代東北地方の城柵と、大宰府の話。同じ「城」でも、都城の「城」は街(国)のこと、城柵の「城」は大きな砦のこと、西日本の「城」は朝鮮式山城のこと、と違いを示したのだが…わかったのかなぁ?本当は、写真を見せられればよかったのだが、準備の時間不足(部屋をひっくり返して探さなければならない…)で、断念。終わって、お気に入りのナッコ嬢などとお茶でも飲みに行こうと思ったが、当人は風邪だというのでこちらも断念。そこで、横浜に出て、買物を少々。最近の体力・筋肉の衰えを防ぎ、体を締めて冬用のスーツが着られるようにすべく、腕用・脚用にウェイトベルトを購入。帰りの車で、早速、腕用を装着。片腕500gは結構きいている。帰宅して、脚用も装着。片脚1kgもそれなりの負荷で、なかなか良い。………これで少しは締まるかなぁ? ~~~~~台風は、結局本土を襲わずに過ぎ去ったが、20時44分の地震にはちょっとビックリ。茨城は続けざまに震度5に襲われたわけですね。逗子は恐らく震度2(そういえば、未確認だなぁ)地震の頃に逗子に到着する電車に乗っていた細君は…「知らなかった」そうである。電車の揺れのせいかと思ったら、本人曰く「寝ていた」からだとのこと(笑)しかし、地震といい、月蝕といい、続けざまに起こるというのは、昔なら天子の政がかなり悪いということになるのだが…皇室の状況はどんなものだろうかねぇ?
2005.10.19
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今日は、ちょっと早起き。出がけ前の準備も早くできたので、早めに研究所に出勤。ウニちゃんと勤務だが、特にこれといったこともない。ということは…ネタがない、ということでもある。特に変わったことといえば…研究所の研究員でない事務局員(ここが我が研究所のややこしいところだが…)が新規に一人加わって、火曜日に出勤していることくらいかなぁ。この新規の一人は総務(創立者のお嬢さん)の娘(=創立者のお孫さん)である。こう言ってはなんだが「総務夫妻からよくも生まれた」と思う美人のお嬢さん(ただし既婚)である。彼女が来るようになったのは、今まで経理を担当していた総務の長男のお嫁さんが、おめでたなので(あとひと月!)そのピンチヒッターとして、経理担当で来てもらうことになったのである。総務のお嫁さんも、お嬢さんも、会社で経理をしていたので、経理の仕事はお手の物。ついでに我が財団の経理や会計管理の方法を、適切な状態に修正してもくれている。この辺りは、小生が「科研費の厳密な経理に対して事務局の経理管理が不十分で、このままではいけない」と何度か三役に申し入れていたのだが、「今までこれでやっていたのだから…」と聞き入れられなかったことである。しかし、一般企業の経理経験者という二人の経歴がものを言って、ようやく修正の方向に向かっているといった状況である。研究者だらけで、世間に疎い我が事務局にとっては、まことに有難いことである。事務局の仕事は17時に終えて、途中横浜で買物をしようと思ったが、18時過ぎまでかかったので、直接帰宅。「プロジェクトX」の黒部ダム建設の話に涙したあと、明日のK女子大の講義の準備。…特にこれといったことのない1日だった。 ~~~~~先日話題にした「もすかう」のFlush、ジンギスカンそのものの映像のいいのがあったHpのアドレスを控えるのを忘れたので探していたのだが、結局見付からず。見付かったら、本ブログで紹介とおもったのだが仕方がない。そこで、面白かった空耳Flushだけ御紹介。O-ten氏、AQUA氏合作バージョン貧民◆DDdDDjDYm氏製作バージョンたぬふらバージョン興味のある方はどうぞ。
2005.10.18
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週末以来、雨がよく降る…そういえば、ここのところ、週末が雨に狙われているような。今週末は1泊で出掛けるけれども、大丈夫かなぁ?しかし、この雨のおかげで、昼過ぎに銀行に行ったら、月曜の昼にも拘わらず空いていたし、郵便局で払込をしようと思ったら、やはり空いていたし…悪いことばかりではない。帰宅して、今度は車にガソリンを入れるのと、昨日行けなかった亡父の墓参り、その他の用事をしに母と車で出発。帰宅して、昨日の残りの汁粉(^o^)を食べて、部屋で仕事。まぁ、平々凡々の1日であった。 ~~~~~今晩は部分月蝕があった…ことになっている。21時頃に蝕の最大6.8%のはずだが、雨が強くなって………こりゃ、見えん!………龍は月なんか喰って、美味いのかなぁ?実は、黍餅・粟餅の汁粉だったりして(笑)
2005.10.17
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雨天の日曜、午後から雨が小降り…ほぼ止み加減になったので、細君とともに参議院補欠選挙の事前投票に行ってきた。ついでに、スーパーで買物。帰宅すると、母が汁粉を作って待っていた。我が家では「汁粉」といった場合、つぶあんの汁粉が出てくる。場所によっては「ぜんざい」「田舎汁粉」と呼ばれるあれだ。なにせ甘い物好きの小生、特に汁粉には目がない。小さい頃は、誕生日にはバースデーケーキではなく、誕生汁粉で「祝杯」を挙げたものである(^o^)//ただ、両親共に煮餅文化圏生まれなもので、焼餅の汁粉は父が亡くなるまでほぼ口にしたことがなかった。あぁ、あこがれの焼餅の汁粉よ!…と、嬉々としながら、当然、完食((^^))お代りまでしたのであった。そのあとは…餅のおかげで眠気に襲われ、珍しく昼寝。しばらくして、細君に揺り起こされた!何かと思うと………地震らしい。寝ぼけた小生、地震の揺れもはっきり判らず、どちらかというと「寝ぼけ」で頭がフーラフラ。地震の揺れがはっきり判ったのは、揺れが収まる直前であった。そそくさと、気象庁のHpにて震源・震度の情報収集。なになに、震源は茨城県南部で関東一帯、震度4!?我が逗子の震度は2。道理で、寝ぼけた頭にはよく判らなかったわけだ。結構揺れたぁ?いやー、もちもちでんなぁ!(失礼しましたぁ)
2005.10.16
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この秋、2度目の科研費の説明会。この前の日曜日が空振りだったのに対して、今日はすでに出席希望の連絡があったので、空振りにならないことは事前に判っていた。説明会に必要な資料も、文科省や学振のウェブサイトからダウンロードしプリントアウトして持参するように案内状に連絡してしておいた。だから、13時になったらすぐに説明会を始めて、16時には終われると思っていたのだが………誤算はつきものである。その1番目が、昨晩遅くにあった、研究員のM氏からのメール。プリンタインクがなくなって資料がプリントできないので、明日の説明会前に事務局で資料のプリントアウトをしたいということだった。この手のアクシデントは、仕方がないので承諾しておいた。…ら、今日、本人の到着は説明会の15分前。「こりゃ、開始は10分遅れるな」と思っていたら、さらに2番目の誤算。出席予定の兼任研究員のH先生が、鉄道ダイヤの乱れで30分ほど遅れるとの電話。そこで、13時30分開始に予定を変更。そういえば、ウニちゃんも出席予定だったけれどもまだ来ない。まぁ、昨年も急遽申請を取り止めたから、今回もやめたのかなぁ………と思っているうちにH先生到着。時刻は13時30分だったので予定通り開始したら、直後にウニちゃん到着。ここで、第3の誤算が発生。ウニちゃん、持参すべき資料を持っていなくて、これからコピーなりプリントなりさせて欲しいとのこと。説明会にはただ聞きに来ればよいと思っていて、出掛けに説明会開催の案内を見たら、資料を準備していないことに気がついたとの言い訳。要は、研究所に行って鱸に泣きつけば何とかしてもらえるだろうという甘えが見える。仕事の時も、それで随分と逃げを打っているもんナァ。遅れてきた上に、必要な資料を忘れて、しかも便宜を図って欲しいなどというその甘えた姿勢に、さすがに小生も怒らざるを得ない。「大学の私の講義だったら、教科書を持っていなければすぐに出ていくように言いますよ!」と一言。まぁ、もっとも大学で教科書を持参しない学生を出て行かせたことはないのだが…仕方なく、M氏がプリントした資料をコピーさせて、結局開始は13時45分。文科省・学振の科研費制度の考え方から、研究所内での扱い、そして公募の内容、申請の方法と説明し、電子申請の仕方をデモンストレーション。説明会の終了は16時30分。17時15分には研究所を出て、18時45分には帰宅。途中、電車の中ではずーっと寝ていた。細君は実家に行っていたので、母と二人で夕食。そのあと自室で仕事をしながら、細君の帰宅を待つもなかなか連絡が来ない。22時55分にようやく「これから電車に乗る」との電話。早速「駅すぱあと」で時刻を調べると、逗子の到着は0時過ぎになるようだった。この頃から、雨が強くなってきて、0時前には傘を差しても役に立たない状態になっていたので、車で駅まで迎えに出た。迎えに出るときには、雨は最高潮。細君を乗せて帰宅した頃には、大分おとなしくなっていた。ようやく、明日は休みである。さぁて、明朝は「所さんの目がテン」が見られるだろうか?
2005.10.15
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時折、私の時計は狂うらしい。…先月のお彼岸には、我が家の彼岸の法要&墓経をしたときに、「平成18年秋期彼岸会…」と回向(えこう)してしまい、あとから母に「来年のお彼岸の先取りかい?」と笑われてしまった。10年ほど前には、来日していたイスラエルの研究者宛に、一月先の日付でFAXをして「未来からのメッセージだ!」と笑われもした。そして、今回、来週あるはずのK大の授業アンケートを、てっきり今週のことだと思ってしまっていた。…そういえば、先週、「来週は授業アンケートがあるから、HBの鉛筆を持参するように」と連絡した際、学生がキョトンとした顔をしていたっけ…運命の本日。アンケートには20分ほどかかるというので、いつもより20分少なくなるように講義の準備。金曜日のK大は、3・4時限目と講義だが、このうち4時限目がアンケート指定科目になっているので、3時限目もそれにつられて20分早めに終わった。本当だったら、先週・今週と2週で完結するはずの「易」の宇宙論の話が、今回は3週に亙ってすることになってしまい、準備の段階で「まぁ、仕方がないかぁ…」と思っていたのだが。で、3時限目が終了して、講師控室に戻ってみると、そこで手渡されるはずのアンケートがない。「?」と思って、控室の事務員に尋ねてみると「アンケートは来週」とのこと。その瞬間………全身の力が抜けてしまった!アァ…仕方なく、4時限目も多少早く終了。「来週こそアンケートがあるから、HBの鉛筆を忘れないように!」と忘れずに(というか、誤らずに…)宣言したのはいうもでもない。大体、自分の年齢だって、しょっちゅう判らなくなっているのだから、時間の感覚に疎いというのも仕方がないかなぁ?29歳までは覚えていたのだけれどもねぇ。そうそう、先週の講義(「易」の第一回)では、易の「老陽」「老陰」という用語を通して、「老」とは単に年配のことを意味するのではなく、「成熟」「大成」を意味する言葉でもあることを教えた。そして、日本でも「年寄」が同類の意味を持っている、だから、江戸幕府などは「若年寄」という、今から見れば奇妙な職名があったのだ、などということを話したりもしている。しかしナァ、小生の場合は中学生の頃から、おっさん臭くて「若年寄」と呼ばれていた。要するに、感覚が老けているのである。その老けが、最近は物忘れにつながっているらしい。ありゃー!こりゃ、本当の「若年寄」じゃい!それはそうと…えっと………おれ、今度いくつになるんだっけ?
2005.10.14
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何がって?結婚生活でサァ。………で、そのことを念頭に置きながら、武蔵野のA大と世田谷のK大に出講。先週・先々週と、金曜日の講義ノートと資料作成が上手くいかず、電車の中で作成する関係から、乗換の少ない湘南新宿ライナー経由中央線のルートでA大には出講していたのだが、久々に京急・東横線・山手線・中央線のルートで出講。A大までの通勤経費が300円近くも安くなる。この差は大きい!で、A大・K大と講義を済ませて、22時30分には帰宅。細君が「もすかう」なる曲のFlushを探してくれと言うので、ネットで検索。どうやら会社での空き時間に、そのFlushを見てウケたのだが、会社のパソコンゆえに音が出ておらず、音と一緒に見たいということだそうだ。どうも、この「もすかう」、「恋のマイアヒ」に続く空耳ミュージックとして最近人気が出てているらしい。こちらも興味を持って検索。1つ検索できたが、細君の見たのとは違うと言うことで、後日回し。ただ、その副産物で、旧西ドイツのジンギスカンが歌っていたということが判明。ジンギスカン…懐かしいねぇ。しかし、今なぜジンギスカンなのだろう?秋の夜とともに謎は深まる。
2005.10.13
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気持ちのよい秋晴れの1日。K女子大の講義の冒頭、「やはりこんな日は屋根の下で授業を受けたくないよね?」と聞いたら、学生は「いかにも」と頷く。いや、こっちだって、こんなにいい天気の日にやりたくはないのですよ…と思いながら、仕事と割り切って講義。女子大の講義(日本文化史)は、後期は都市に絡んだ話。只今、日本古代律令期の都市の形成と仕組みについて話をしている。で、今日は国府の話だったので、平城京などの都のミニチュア版だといわれているけれども、そう捉えると空間構成の理解を誤るなどということを話してきた。その例証としていくつかの国府の平面図を提示するため、女子大のこの後期では初めての資料プリントの作成。それでもって、国庁(国衙)の位置が、ある国府では中央より北により、ある国府では中央より南による、ということを示した。ついでに、左右京職・摂津職・大宰府・諸国の官員構成と職掌を職員令によって提示。いつもなら、ワープロ打ちにするところだが、今回は手抜きして『国史大系』の『令義解』を切貼り。出発時間ギリギリに作ったので、綺麗にできておらず、プリント作成者としては不満が残る。いつも通り、14時30分を待たずに終わって、今日はリボンの騎士かジプシーかという出で立ち(彼女曰く「ルパン三世」をイメージして!)の、お気に入りの学生などとファミリーレストランへ。今回は、彼女への御褒美。8月に、彼女のブログを覗いてみると実名がでていたので、「それじゃ、HN使う意味がないじゃない」と思って、こちらの正体がバレないように鱸萬兆名にて注意喚起したら、その後見事に小生だと見抜いたのである。これはやっぱり、御褒美ものでしょ。………でも、小生のスウィーツ欲の方が強いかなぁ(笑)で、今日は3人で随分と話し込んで、FRをでたのが17時30分。外はもう夕暮れというよりは、大分暗くなっていた。学生2人を駅に届けて、急ぎ自宅に帰ると19時30分になっていた。折角、デジカメを持ってでたのに…しゃ、写真を撮りそびれたぁ! ~~~~~中国が神舟6号の打ち上げに成功したそうだ。テレビで見ると、いかにもソ連-ロシア型のロケットを踏襲していることがわかる外形。ニュース解説などでは、軍事目的も含まれていることが言われていた。勿論そうだろう。ICBM技術の向上にもなるし、特にアメリカの宇宙兵器への対抗策を練る必要もあるのだから。それはそれとして、漢字名の有人ロケットが宇宙に飛び出ることに、興奮を抑えられないところがある。漢字文化圏(東アジア文化)の住人としての感覚が、横文字(欧米文化)に対抗する意識を強く感じるものとしてのものだが。ただ、その反面、「あの宇宙船の内部は、中華料理臭いのだろうナァ」と想像を旋らしもしたりして(笑)
2005.10.12
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昨日のインド大使館に続き、今日は定例の研究所の仕事。まずは11時30分に文部科学省に行き、科研費の研究者名簿の訂正書類を提出。今年だったか日本に帰化した元韓国籍の研究員の氏名が訂正されていなかったので、その訂正である。数年前、我が財団の若手研究員が、科研費に応募し採択されなかった。その原因は、その研究員の研究計画に問題があったのかもしれない。しかし、もっと重要なことは、文部省(当時)側で研究者名簿の誤登録があったことが挙げられる。つまり、研究者番号に対応する研究者名が研究者名簿と申請書類との間で相違していたため、研究計画の内容を検討される以前に文部官僚の手で「誤申請」として却下されていた可能性があるのだ。その研究員は、都の西北で助手をしていたので、すでに研究者番号を持っており、我が財団では転入の手続をとったのである。その頃より科研費は、採択されなかった研究者に不採択通知を出すようになっていて、その宛名が我が財団の研究員にない名前だったことから、事態が発覚した。慌てて事務局にある控を確認し、研究者名簿の転入研究者の手続に間違いなく、また財団に送られてきた登録後の研究者名簿に間違いのないことを確認し、文部省に指摘すると「ああ、登録のミスですね。修正登録をしてください」の一言であっさり片付けられた。詫びの一言もなかったのは言うまでもない。斯様な前轍があり、今回は名簿の修正がされていないので、事態は早く了解でき、修正登録を間に合うようにできたのである。それが終わって研究所。今日のメインは、昨日の学術賞の荷物の後片付けと、科学技術振興機構による研究開発支援総合ディレクトリ(ReaD)の調査票を研究員に発送することの2点である。後片付けは15時頃までかかり、その後ReaD調査票の発送。まずは自分の調査票を開封し、内容を確認してから諸注意を記した案内状を作成。こういうとき、研究者が事務局員を兼ねていると、様子がよくわかってやりやすい。ReaD調査の内容は、一部個人データについて、研究者の意思で公開・非公開が選択できるため、各研究者の調査票は個別の封筒に封入されている。だから、研究者が兼任していない事務担当者は、調査票の内容の詳細を知ることができず、単に所属の研究者に書類を交付するに止まらざるを得ない。一方、大方の研究者は、記入・訂正の仕方などというマニュアル類を読むとは思えない(現に、我が財団の調査票でまともな訂正が戻ってくることは稀である)から、結果としてReaD事務局の担当者が苦労することになる。大体、ReaD情報はWeb上で公開されるのに、Webによる入力期間が初期設定として調査票の提出期限頃までと制限されていることが問題だったが、今回の調査から、通年で入力できるようになったため、その点で研究機関事務局にとっても楽になった。小生などは、通年で入力できるように以前に手続をとっていたので、数年前からいつでも修正・更新できるようになっている。ただ、逆に「いつでもできる」が安心になってしまい、ここ2年ほど更新を怠ってしまっている(笑)………今年は、きちんと更新しよう。仕事が終わったのは19時。帰りの横須賀線の中で、ここしばらく読んでいる吉川英治の『三国志』を読み進めるも、ものの15分で眠くなり、そのまま眠って逗子まで。大学入学してから、毎年のように読んでいたが、ここ2年ほど読んでおらず、久々に血湧き肉躍っている。只今、曹操が献帝を許昌にお移し申上げ、孫策が会稽を落とし、袁術が徐州の呂布を抱き込みにかかったところ。主役の劉備は、伏龍の状態である。
2005.10.11
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今日は、インド大使館で我が財団(研究所)とインド大使館共催の学術賞の授賞式。小生は13時に財団本部に集合する組で、本部から大使館へ荷物の運搬をすることになっている。昼食もとらず、11時30分頃に自宅を出てお茶の水の財団本部へ。今回は…取りかかりが遅く、今日になっても副賞の書籍のラッピングが…できていないじゃぁないか!慌てて、ラッピング用のセロファンフィルムを買いに行く。なんたって、副賞は我が財団(の創立者)と関係の深い出版社からの書籍なので、受賞者が授与すると同時に、会場に披露しなければならない。で、戻ってきてラッピング。バタバタと準備する内に、15時になったので、主事などと荷物をまとめてインド大使館へ。17時からの授賞式に、15時大使館集合で会場設営。いつも、それでギリギリに間に合うようになっている。今回も、ギリギリに設営が終わって授賞式。創立者の七回忌と併せての式となった。終わって18時からパーティ。今日のパーティの食事は、インド人がコックをしているインド料理の専門店からデリバリーをしてもらい、本格的なカレーとなっている。もっとも、財団職員は献杯だけ全員参加して、パーティもそこそこに授賞式会場の撤収作業。30分ほどでひととおり撤収して、「さぁて、食べるゾォ」と思いきや、カレーを待つ行列がそこに…仕方なく、しばらく待っているうちに、後輩研究員が気を利かせてカレーを持ってきてくれたので、有難く頂戴。この1週間で3度目のカレーである。香辛料の利き具合が独特で、本格カレーも美味いねぇ。19時30分にパーティはお開きになり、20時には会場の撤収も完了。財団本部に荷物を戻したら、眠気が急に襲ってきたので、慰労会を欠席してそのまま帰宅。久々に、カレーに満ちた1週間であった。もっとも………母と二人暮しの時、姉の出産の関係で1ヶ月半ほど自宅に一人暮しとなったときには、ほぼ毎日カレー(ただし、レトルト)だったが(笑) ~~~~~パキスタンを震源とする地震の被害はインドにも及んでいるが、そのことについて、インド大使の代理として授賞式に出席したインド大使館二等書記官は特にコメントしていなかったなぁ。場所が政治的に微妙なところだということが関係しているのだろうか?はたまた、授賞式ということで、遠慮をしたのだろうか?インドと関係の深い我が財団の動きはまだない。
2005.10.10
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天気予報では雨天。でも、大した雨が降らなかった…ゆえに空降り。今日は、日曜だけれども、我が研究所の科研費の説明会を開催することにしてある。なんたって、我が研究所は無給ゆえ、各研究員はそれぞれ他に稼ぎの口を持っている。これは、事務局勤務をしている東京周辺在住の研究員も同じである。大体、小生だって、火曜日には研究所に事務を執りに行くが、水・木・金と大学に出講したりしていて、他は月・土・日しか時間を作れない。ましてや、月曜日は事務局の三役の出勤日で、財団運営の基幹の日として事務局は多忙きわまりない。従って、大学のように、平日に説明会を開くなどとてもできないのである。いきおい、休日出勤と相成った。………ところが、時間になっても誰も来ない。すでに、欠席の連絡は4件受けていたが、当日、突然の出席を見越して出勤するも、全くその気配もなし。結局、開始予定時刻13時のところ、13時30分に中止決定。説明会も空振りとなった。予想はしていたが、このまま帰るのももったいなし、他機関からの手続書類なども来ていたので、それらを処理して16時過ぎに帰途についた。帰宅して、勝手口の扉を開けるといい香り。今日の夕食はカレーだった。先週の火曜日がK大前のインド料理屋でカレーだったので、この1週間で2度目のカレーである。ちなみに、明日の夕食もカレーであることはすでに決定している………が、そんなことおくびにも出さず、カレーを堪能。日曜の夜、楽しみに見ている「The! 鉄腕! Dash!」は今日は特番。「アフリカ大陸発! 1万円でどこまで行けるか」は久々にDashらしい特別企画。出発点のモロッコのフェズの様子を見て、思ったことは…フェズで鬼ごっこをしたい! ということである。あんな迷路の町でやったら最高だねぇ!これは、小生の秘めたる夢「カッパドキアで鬼ごっこ」に続く、野望にしておこう(笑)
2005.10.09
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朝から失物探し。午前中に、耳鼻科に行こうと思ったのだが、10月から保険証が新しくなったことに気付いて、点々と積んである郵便物の山を探すも見付からず。先月、カードになったのを確認して、大事大事でどこかへしまい込んだらしい…失物探しは、陰陽師の得意技だったはずなんだけれどもナァ(笑)陰陽道の研究をしているだけでは、そんな能力はつかないもんねぇ…(稍)探している内にタイムリミット。今日は、K大の図書館から借りている本が、延滞ギリギリになっていそうなので借直しをするのと、殊勲の君と会うことになっているのと、昨年まで面倒を見たK女子大の元院生の修士論文を研究誌に投稿するための打ち合せと、3つの用事が午後からある。もともと車で行くことになっていたので、行きがけに母と父の墓参をして、途中で母を降ろし、そのままK大に直行。図書館で借直しの手続をすると、昨日が返却期限だったとのこと。小生、大学院終了までは延滞などしなかったが、教職員扱いになってからは度々延滞をするようになってしまった。なんとか改めなければならない課題のひとつである。本を返却して、出発間際に大学院のゼミの後輩と会い、20分ほど近況などを話した。この後輩、とある学会のセミナーで知り合った、現在M大の教授(日本中世史)と結婚して、教授夫人である。うーん、雰囲気ではないなぁ(笑)小生、日本古代史のゼミにいたのだが、博士課程進学後から日本史学よりは宗教学に近いところで研究をしているので、日本史学の状況に大分疎くなっている。その点の情報をもらったりして、そそくさと駐車場へ。次の用事は、殊勲の君と会うということになっているのだが、どうやら予定が変更変更で不確定な状況らしい。当初、彼女の用事の都合で新百合ヶ丘で会うはずだったのが、稲城に変更、時間も16時に変更になった後、その用事がキャンセルになったらしい。それならわざわざ新百合ヶ丘なり稲城なりにでる必要もないだろうと考え、向ヶ丘遊園で待ち合わせることに。予定の調整に時間をとられたようで、16時30分に落ち合うことになった。小生の到着は16時頃だったので、周辺を走って、渋滞に巻込まれて(!)時間調整。16時40分に落ち合って、かつて何度か行ったファミリーレストランへ。彼女はこれから都内で用事があるものの夕食をとりながらでないとのことで、パスタのセットを、小生はこのあと夕食をとりながら元院生と話すので、パフェをそれぞれ注文。もっとも、彼女はパスタが全部食べきれないというので、少々分けてもらうことに。…そういえば、今日の昼はラーメンだったなぁ…さてさて、彼女は夏休み中、ベトナムとカンボジアに行ってきたそうで、お土産にアオザイの図柄の栞を頂戴。こちらは、中国土産の小さいパンダの縫いぐるみを進呈。互いの旅行の写真などを見せ合った。カンボジアでは当然、アンコールワットに行ったとのことで、江戸時代の日本人の落書きの写真を見せてもらった。…デジカメの画面で見たものだから、なんだかよく読み取れなかったが、いろいろと話を聞いて、旅行の状況は理解。いいなぁ、アンコールワットに行ってみたい!で、彼女は都内に用事があり、小生は元院生との用事があるので、18時15分に出発。殊勲の君を向ヶ丘遊園の駅に届けて、こちらは次の待ち合わせ場所である新百合ヶ丘に。18時45分に到着して、元院生を車に乗せて、夕食をとりながら話のできる店へ。行った先は、パスタレストラン。うーん、今日は麺麺しているナァ。で、修論の不具合なところなどを指摘などしていたら、22時になったので、これまた駅に届けて、こちらも帰宅。22時45分頃に自宅に到着。 ~~~~~そうそう、細君の出掛けを見送ろうと思い、目覚ましまでかけていたのだが、結局、寝ぼけ眼で見送る羽目になった。昨晩は、割合と早く寝たつもりだったけれども、日頃の疲れが溜まっていたようだ。
2005.10.08
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今秋、もっとも過酷な金曜日。世田谷のK大の講義の準備と、S大のオープンユニバーシティの講義の準備で1週間の頭を塞いでくれる日でもある。で、昨晩は3時頃に沈没してしまったので、今朝は7時頃からその続き。K大の今日の講義は、易の宇宙論に関する話。毎年2回に亙って、時間いっぱいでする話だが、今年は、来週に授業アンケートをすることになっているので、内容の加除の検討に時間がとられた。結局、あまり内容を削らずに、2回半ですることとし、急ぎノートとプリントを完成させた。引続き、S大の資料作成。自宅を出たのは、先週よりもさらに遅い11時50分。結局、先週同様、車で行くことになった。出がけに母がおにぎり1個を握ってくれたので、それを持って出発。自宅を出て、2分後に到達する信号にて、早速、パクついた。母も、慌てて握ってくれたようで、塩の塊が、時折「ガリッ」というか「ジャリッ」というか…それでも、ものの3分ほどで食べ終わり………今日の昼食は終了。K大の駐車場到着は、12時40分だった。K大までは、ここから10分。講師控室に到着後、すぐに教材印刷をして、チャイムと同時に刷り終わる。…昨日と同じパターンだ!講義を始めて、昨日母に頼んで買ってきてもらった、教材用のコーヒーポーションを忘れたことに気付く。「教材用のコーヒーポーション」って、ポーションそのものが教材なのではなく、その袋が教材である…あの、コーヒーに白いポーションが渦を巻いている図柄が必要なのだ。易とコーヒーポーションの袋の図柄の関係、それは太極図の意味していることを説明することにある。で、仕方がないので、黒板に図を描きながら、学生のイメージを誘導させて太極図の意味を説明。3・4時限目の2コマを終えて、講師控室で17時過ぎまで休憩し、S大に向かう。田園都市線に乗ってみると、先週より15分ほど早い電車だったので、乗換駅の九段下から歩いてS大へ行くことにした。途中、コンビニでおにぎり2個を買って、S大に向かったが、それでも17時45分と早く到着。おにぎりを食べて、講義の構成を考えながら時間を潰し、18時30分から20時まで講義。今日は、先週の星占いの受講生につかまらなかったので、20時15分頃には地下鉄に乗車。K大の駐車場に20時45分頃到着。K女子大の教え子のバイト先に行って食事をしようかとも思ったが、明日早朝から細君が友人と旅行にいくことを考えて、そのまま帰宅することにした。自宅到着は22時ちょうど。ようやく、明日は休日である。ただし、所用があって、午後からK大その他に行くことにはなっているが…
2005.10.07
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もう2月半ほど前だが、とある宗教新聞に7月11日に都内の某寺が亡父の七回忌をしてくれたことが載った。それを見ていた、亡父と懇意にしていて、亡父の葬儀の際にはいろいろとお世話になった武蔵野のK院の和尚が、先日、仏前を送ってくれた。手紙によると、K院の和尚は急な体調不良で、この夏しばらく入院していたとのこと。このK院、ちょうどA大の最寄駅のそばにあって、顔を出そう出そうと思っていたのだが、いつも時間ギリギリでA大に行くので、顔を出せずじまいになっていた。これが、大変気になっていたのだが、昨日からの奮闘の甲斐あって、早めに準備ができたので、A大の出講に合わせて挨拶に立ち寄ることにした。そこで、いつもより40分ほど早く11時40分に出発し、昼食を摂らずに、K院には13時30分頃に到着。挨拶をしていたら、いつも以上に時間ギリギリになってしまった。A大に急ぎ、到着してすぐにプリント印刷。今日は、いつもよりプリントが多いので、チャイムが鳴ったと同時に印刷終了。煙を立てる間もなく、教場へ。先週の初回で学生を脅したので、少しは減っているかと思いきや…全然学生が減っていない。まぁ、「脅した」といっても当たり前のことを注意事項として言っただけなのだが、大概、学生はそれを「厳しい」と感じて逃げてしまうのである。ところが、今期の学生はあまり逃げていない………謎だ!当たり前のことが「当たり前」だと理解しているのか、それとも講義のネタの「風水」に興味を惹かれているのか。少なくとも、小生鱸に興味を惹かれているのではない…のだろうねぇ?(女子大では、ときどき「小生に興味を惹かれて」というのがあるが…)4・5時限目と講義を済ませて、駅前のいつものファミリーレストランへ。ようやく、本日二度目の食事をとって、世田谷のK大の夜学へ出講。19時40分から21時10分までの講義だが、読み進めている文章の切れ目がよいところで終わってみたら、20時50分だった。自宅には22時30分に帰着。後は…徹夜覚悟での明日の講義資料づくりである。 ~~~~~結果は………頭が冴えず、3時頃就寝と相成った。
2005.10.06
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K女子大の講義に…というよりは、木・金の講義の準備に時間をとられて、出発したのが11時20分。多摩地域南部のK女子大まで、車で1時間20分。ただし、いつも途中のコンビニで弁当を買うので、1時間30分かかる。講義は3時間目で13時から………………ということは……………今日は、昼抜きだぁ!と慌てて車を走らせた。時間の関係からか、道は頗る順調。ただ、雨が途中から降ってきた。焦りながら車を走らせている途中、目に入ったトラックの字を見て、思わずフッとにやけてしまった。そこに書かれていたのは「笑気」の二文字。「笑気」とは、もちろん亜酸化窒素(N2O)のことであるが、少々気が立っているところだったので、隙をつかれた感じ。そのトラックが途中道を変えてから、しばらくすると、いつも昼食を買うコンビニだが、今日は駐車場が満杯だったので断念。結局、途中にあるもう一箇所のコンビニで、おにぎり1個を購入した。K女子大には12時55分に到着。控室で慌てておにぎりを食べて講義に行った。先週は教科書を持参しない学生がいたが、今日は全員が持参。ただし、人数は若干減っていた。講義終了後、担当の教授の部屋に挨拶に行き、学科の様子と来年度に関する打合わせ。終わって、なじみの学生と駅の近くのファミレスへ。1時間ほどお茶を飲み、駅へ学生を送って、横浜に向かう。17時30分頃にそごうに到着。今日は、5のつく日なのでコーヒー豆が20%安いのである。ついでにサザンのニューアルバムと、その他必要な品を購入し、18時30分頃出発。帰宅は19時30分過ぎ。夕食をとった後、木・金の講義の準備。………ここのところ、コンビニのおにぎりづいているけれども、明日はどうだろうか………?
2005.10.05
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朝からなにも食べずに、なにも飲まずに、煙も立てずに…研究所へ出勤。毎年恒例、健康診断の1日は長い!研究所に着くと、ウニちゃんがお茶を入れてくれようとしたので「今日は飲まず食わずの1日」と伝えると、同情してくれた。ウニちゃん、仕事や研究はできないが人柄がよい。(いつも、仕事や研究のことでボロクソに書いているけれども、人柄はすごくいいんです。それだけに仕事や研究に「プロ」でないことが、惜しいなぁと思うわけです)昼食も、なにかと外出の口実を作って、外に食べに行った。別に、こちらは目の前で食べられても構わないんだけれどもねぇ。人柄の良さが、こうところに現れる。とにもかくにも、研究所から世田谷のK大まで出なければならないので、15時過ぎには必要な書類の処理を終え、出発。千代田線と半蔵門・田園都市線を乗り継いでK大へ。16時過ぎに到着して、早速健康診断。毎年、この健康診断の時には悪友兼共同研究者のI氏と一緒になることになっている。I氏は4時限目の講義があるので、16時10分にならないと会場には来ない。そこで、「もうすぐ来るだろう」なんてことを思いながら先に受診。まずは身長・体重測定。身長は毎年伸びたり縮んだり(笑)長年坊主頭でいるもんだから、髪の毛が強くなってしまって、髪の長さがそのまま身長に反映されるのである。今年は…ちょっと(2mm)伸びているなぁ(笑)体重は、服を着たまま1kg減算で算出される。今日は、上着を脱ぐのを忘れたし、胸ポケットには携帯、上着のポケットにもいろいろと入っていて、実際には2kg程度減算されないといけないような気がする……で、測定値は(1kg減算で)昨年より1kg増加。次に検尿。そういえば、朝から小用を足していないので、久々だぁ。放尿の快感を感じながらの採尿であった。次に視力検査。こちらは両眼測定を2回やって終り…?「えっ?」と思いつつも、担当医(臨床検査技師かなぁ?)の指示で、次の検査へ。後からIに聞くと、Iは両眼、片眼、両眼、もう片眼の都合4回測定したとか…その次が、血圧測定。測定中に「前回の食事はいつでしたか?」なんて担当医(臨床検査技師だろうねぇ?)のおねーちゃんが質問してくるので、返答すると血圧上昇!再測定と相成った。まったく、いい加減だなぁ…と思いつつ、問診へ。あれ? 毎年、問診は一番最後だったけれどもなぁ、と思いながら和室で問診を受けた。次が聴力検査。ヘッドフォーンを装着しろとの指示を受け、装着後に音が聞こえたらボタンを押すように指示される。もっとも、ヘッドフォーン装着後なので、その指示がよく聞き取れなかったが、なんとなく理解して「ピー」という音とともに、ボタンをオン!その次が心電図。ものの20秒ほどで終了。いそいそと服を脱ぐ割にはあっけない。次いで胸部X線撮影。いつも思うのだが、機械式で「大きく息を吸ってください、息を止めてください」という間隔が短い。小生、肺活量が大きいので、どうしても大きく息を吸いきる前に撮影されてしまう。肺胞を極大させて、微妙なガンの兆候を見るはずなのに、中途半端な拡げ方でいいのだろうか?…毎年、謎に思うところである。最後に採血。採血直後に、IがX線撮影に行く姿を確認。しばらく、採血会場にて待っていたが、なかなか来ないので、一足先に検査表を提出して、終了。しばらく後に、Iも終了してきた。聞くところによると、小生が本日の最後から2番目で、Iが最後だったそうだ。検査開始は8分の差、終了は3分差だっただろうか。Iの場合は、最後ということで各検査をせき立てられるようにしたとのこと。血圧なんか、結構高めに測定されたそうだ。終了後、Iと一緒になって軽く空腹を埋め、I氏の先輩、Y氏が他大学の学生の卒論指導をしている現場へ。本来はY氏が院生の講義としている時間だが、あまりにも院生が不甲斐ないので、院生は自主研究にさせ、有望な他大学の学生の面倒を見ているそうな。もっとも、その場にはI氏の後輩G君もいて、実際にはG君が指導をしている状態だった。講義?終了後、IYG諸氏と小生で、K大正門前のインド料理屋で軽く食事。その後、I氏がまずY氏を自宅へ送り、小生を途中まで送ることにして、出発。結局は、小宅まで送ってもらった。帰宅は22時。実は…只今、明日以降の講義の準備中である。
2005.10.04
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数日来懸案の書籍紹介は、結局、今日もうなって終り。午前中に、亡父のテレビ番組や著書(実際には没後に出版者の依頼で小生が編集したのだが…)を見て感動したという、元女優が来宅。小生不在の折に2度ほど来宅していたのだが、小生は初めて会った。母は「元女優」ということでしか理解していなかったけれども、名字や顔つき出身学校から誰だか了解。映画や2時間ドラマなどで結構活躍していた、有名女優だった。(もう引退しているので、誰だかは明らかにしませんが…)いつの間にか引退していたのだねぇ。ドラマなんかでは、結構気丈な女性を演じていたけれども、本人は結構おしとやかな人で、役作りというのがいかに表現力を伴うのかをまじまじと感じた。元女優が帰った後、昼過ぎに、どこだかへ出講すべく弟が甥っ子を連れて参上。甥っ子は、嫁さんが迎えに来るまで預かることに。3歳の甥っ子に相変わらず「おじいちゃん」と呼ばれながらも、風船をポンポンとはじいて遊ぶこと30分。3歳の体力はすごい!こちらは息切れをしないまでも、ここのところおとなしい腰痛の復活を気にしながら遊ぶので、若干くたびれた。筋力に自信はなくとも、体力に自信がある(微妙な言い回しでしょ…笑)のだが、むしろ精神的に疲労したという感じ。 ~~~~~明日は、K大で健康診断があるので、今日の21時から飲食・タバコは禁止。毎年恒例の、絶食・絶煙十数時間トライアルである。さて、結果は奈何に?
2005.10.03
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朝から書籍紹介の原稿が書けなくて、うんうんうなるばかり。いつの間にかお昼となって、食卓に着くと…らあめんだぁ!昨日のブログで書いたのが、効いたのかなぁ?気を取り直して、午後から再び原稿と格闘。要するに、最初の一文が決まらないんだよねぇ。これさえ決まっちゃえば、なんとかなるんだけれども…頭休めに、あちらこちらのブログをお邪魔しつつ、深夜まで粘って、それでも決まらず。バリ島の爆弾事件も気になるし…原稿が上手くいかないときは、とかく気が散る小生の悪い癖が支配した一日であった。さて、明日は上手く書けるだろうか?(なんたって、締切を過ぎてしまったものですから…)
2005.10.02
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8月・9月と慌ただしく過ごして、ようやく小閑を得た。そこで、今日はため込んだ日記を1週間分書くことに。………夏休みの終りの小学生と一緒だなぁ(笑)でも、ブログを始めたおかげで、小学生時代以来の日記の習慣(?)がついたのは、よかったと思う。それにしても、10月に入ってしまって、欠落した8月のお盆と中国旅行記の本編が書けずに終わってしまったのは、残念。余裕ができたら、フリーページを作成して、せめて旅行記でもそちらに記そうか…と密かに思う今日であった。 ~~~~~昼間だったか、テレビで担々麺の映像を見たら…無性にラーメンが食べたくなってしまった。そんな最中に、MITSさんのブログにお邪魔したら、ラーメンの話題。こりゃ、たまらん(笑)
2005.10.01
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