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コンピュータで表記される漢字が、新しいWindowsでは修正されるそうだ。私のように文字に五月蠅い研究者にとっては、まことにもって望ましいことである。大体が、コンピュータで表記される妙な異体字(電算文字)っていうのは、処理容量が小さいときに、コンピュータ処理するのに便利なようにデザインされたもので、標準とされるべき字体ではなかった。それが、処理容量が大きくなってもそのまま生き続けて、いまや出版物も大方コンピュータによって作られてもいる。で、出版業界のひとびとが文字の知識を持っているかというと、割合とそうでもないから、結果として出版物にまで電算文字が出現する始末である。文部科学省の公文書だってコンピュータを使っているものだから、下手をすれば同省が認めていない電算文字による表記がされている可能性がある。少なくとも、Web上の情報は電算文字による表記は避けられない。文部(科学)省は、このことをどう捉えているのだろうか?もっとも、このような混乱を招いた原因は、戦後の旧文部省による不用意な漢字の簡略化にもあったことは間違いはない。字形が変ってしまって意味を失った漢字は多い。例えば「書」だとか「間」なんて、代表的なものだろう。「書」とは本来は「聿」の下に「曰」で、記すことによってものを伝える意味だし、「間」は「門」構えに「月」で、門の中に月が見えることを意味している。門の中に「日」が入っていたって、まぶしくて見られやしない!意味を失っているから、意味の理解力を持ち始める中学生や高校生には、漢字の理解が却って進まなくなってしまっている。研究者という物書きになって、はたまた教壇に立つ身になって眺めてみると、戦後の文部行政は国語の破壊に尽力していて、どうしようもないように思える。例えば、常用漢字重視による妙な単語の出現。昨年末からよく目についたのが「義援金」。本当は「義捐金」と書くべきである。「捐」が常用漢字にないから、同じ「エン」という音の「援」を使ったのだが、まことに安直で言葉の意味を全く無視している。ちなみに「捐」とは「捨てる」という意味。つまり、「義捐金」とは「義のために捨てる(=差出す)金子」ということである。単語としては「義援(義をもって助ける)」という言葉はあるが、「義援金」という言葉はない…もっとも、最近の辞書には載ってしまっているが。捨てたものは返す必要はないが、助けられたら返礼をしなければならない。東洋の精神文化の点から見れば、「義捐金」と「義援金」との間には大きな開きがあるのだ。ついでに、「ぢ」を「じ」に、「づ」を「ず」に統一するのも国語力の低下につながっている。「地震」は「ち」が震えるのだから「ぢしん」でなければおかしいし、「伊豆」は「豆」が「トウ」なのだから「いづ」でなければおかしい。この変な統一が、漢字の音や訓の理解の妨げになっているのは、学生たちの不可思議な答案を読んでいるとよくわかる。ちなみに、鱸の地元の「逗子」も当然「づし」でなければならない。言葉は変化するものだ、とはよく言われるがこれは全く以て無責任な発言だろう。確かに言葉は時代によって変化するが、関連性を持った意味の作り替えによってその変化が起きているのであって、全く意味を失わせたり、転換させるような変化というのはほとんどない。現在の問題は、意味を失わせたり、転換させるような変化を行政の手で行なっていることであって、さらにそれが初等・中等教育に反映されていることにある。事態はきわめて深刻である。 ~~~~~…はやい話が………学生どもの訳のわからん答案を読んで、爆発しそうな頭に格好のネタが飛び込んできた………ただ、それだけである。誰かぁ、助けてくれぇ!
2005.07.31
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さぁて、成績付けだ!と、午前中より作業開始。まずは、成績処理用のExcelシートをこの前期用に編集。出席数と欠席届提出数、不良出席カード(記載不良・代筆など)の質と数、質疑応答の数、小テストの点数、任意レポートの点数、定期試験の点数、以上の集計による中間点の設定、プレミア点の設定と最終評点の設定…かつて、Excelを使用する前は、計算機片手にやっていた作業が、各集計数を入力するだけで自動的に最終評点まで出してくれる。一昨年に、苦労しながらシステム構築して良かったぁ。歴史系・宗教系研究者なんて、Excelとは無縁と思っていたが、研究所の仕事の関係で覚えて以来、あれこれとExcelは大活躍である。それが終わって、全くしていなかった小テストの採点。そして、定期試験の採点。…私は、日本語の答案が読みたい…この時期になると常々思う。学生には「日本の文字と、日本の単語が並んでいても、日本語ではない!」と言い、「日本語の文章でなければ読まない」と伝えているのだが、相変わらず文字と単語は日本のもの、文章は意味不明のものが大量に攻めてきている。…頭が海胆になりそうだ!原因のひとつは、参考文献の切貼り…内容を理解しないままに切貼りするものだから、文章がつながっていない。学生には、切貼りも無意味だということを言っているのだけれどもナァ。で、さらに問題は、例外処置。結局、Excelによって処理された点数で、本当によいのかの吟味をすべき場合が数件出てくる。顔と名前を一致させると場合によっては情が出てくるし、一致させないと本当は救済する価値のある学生を無碍に落してしまうことになる。このバランスは、毎年のように苦悩するところである。成績付けの期限は一週間。雑務をこなしながらの、この作業、消化器系には十分刺激的である。 ~~~~~ハワイイさんの7月30日の日記に可愛いカエル君が登場。コメントで、ちょっとクイズを出しました。カエルさんは、お酒を飲めるでしょうか?どうです、皆さんわかりますか? ふ る い け や か は づ と び こ む み ず の お と 答えは……………飲めません。なぜなら、「ゲコゲコ(下戸下戸)」言うでしょう(笑)
2005.07.30
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お盆の中盤戦。昼前から、大船のお寺に行って法要に参列。今年は、いつもより涼しく、しのぎやすいお盆となっている。…空梅雨だったからかな?16時ごろ帰宅して、ひとっ風呂。いくら涼しくても、僧衣をまとえば汗は滝の如く出てくる。なんたって、肌着、襦袢、法衣、袈裟と四枚重ねである。冬場は首はスースーすれども、中はあったか、夏場は…あぢぃ! ~~~~~今晩は、逗子の花火。今年は3000発だそうだ。大盤振る舞いだぁ!しかも、いつもより30分遅らせて20時からの開催となっている。帰宅するサラリーマンでも地元の花火が見られるように、との心遣いだそうで良いことだと思う。さて、花火を見るスポットは、毎年、海岸東南岸の埋め立て地。浄水管理センターの敷地で、普段は立ち入り禁止のところが、この日は解放されている。思えば、高校2年の時に浴衣姿の彼女と見に行ったのが、ここの使い始めだったっけ。以来、見られる年は必ず使用の場所である。毎年ならば、打上の船も正面少し沖合で、絶好のポイントなのだが、今年はいつもより沖合で、スターマインなど上下で派手やかなものは、「下」が少し見づらかった。新作花火も数種あったようだが、訳のわからないものもいくつか。もう4・5年は上がっているだろうか、メガネ┌○-○┐は技術的に難しいのはわかるが、面白みはどこにあるのだろう?そういえば、今年はミッキーは上がっていなかったなぁ。ラストは空中ナイアガラ。毎年、スタンディング・オベーションをしたくなるほどの素晴らしいフィナーレである。小さな町の花火だが、郷土愛も手伝ってか、毎年の如く満足の大会であった。
2005.07.29
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今日はA大の試験。腰痛の関係から許可をもらって車で出勤。本当は、A大の場合は電車がいいのだが、そうも言ってられない。4時限目・5時限目と試験をやって、終り。5時限目には8人の履修者がいて、いつも出てくるのは3人。最初、その中の紅一点を見たときにはビックリした!!!(・o・)!!!10年前に付き合っていた彼女とそっくり!!!ゆえに、5時限目は楽しみな時間だったのだが、後期は彼女は履修していないので、顔を合わせるのはこれまでということになる。…残念!試験終了後、湯河原の師匠の長女が今春から世田谷に住んでいて、二子玉川の高島屋のグラマシー・ニューヨークにてバイトをしているということなので、からかいに!行った。カーナビのVICSは今日は順調に入っていて、環八通りは混んでいるということが判明したので、世田谷区内の細い路をクネクネ。カーナビ表示の地図を見ながら(実は、カーナビの案内はあまり信用していないので、地図のみ参照)動物的な感で進んでいくと、一度だけ父を送っていったことのある寺の前を通過。「あれ? ○○寺じゃん」と思いつつ、もうしばらく行くと、突然、ウルトラマンが見えてきた。テレビで見なれたその入口は、紛れもなく円谷プロ。偶然にも、発見と相成った。ただねぇ、この周辺、一方通行や通行制限が多くて、そのあともちょっとだけウロウロ。M78星雲も遠い(地球から1600光年)けれども、円谷プロも遠そうだ(自宅から4200秒…かなぁ?)シュワッチ!
2005.07.28
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女子大の試験だった。未出席と、欠席過多の学生をのぞき、全員受験。よかったよかった。まあ、7月6日の日記に書いているように、事前の公開問題を出しておいたのだが、出来はどうも芳しくはない。まあ、講義中の質疑でポイントを稼いだか、小テストで点数を稼いだか、どちらかしていなければ…単位を取るのは難しそうだねぇ。お気に入りの学生の答案は…公開問題はよくできているけれども、当日お初の問題は未回答。試験だけだと、40点は落しているねぇ。ちなみに、鱸の成績評価は、 1.試験100点(公開問題60点、非公開問題40点) 2.小テスト40点(数回やったものを40点満点に換算) 3.質疑応答1回で2点 4.任意レポート35点満点でやっているので、上手くやれば少なくとも140点以上の点数が稼げることになる。でも、100点以上の点数は事務的には発生しないので、140点取ろうが、200点取ろうが、100点の評価しかでない。実際には、これで試験50点、小テスト25点あたりが多数帯になるのだから、あとは質問にどれだけ答えられたかが鍵となる。ざっと見て、どうも試験の多数帯は30~40点…公開問題の発表時にプリントまで配って説明しているのに、その説明に従ってないものが多いなぁ。…困ったものだ。。。 ~~~~~表示のマイナーチェインジを図った。あまりにも天気がよく「夏空」が綺麗だったので、真っ青な空をパチリ。ページの周囲に貼り付けてみた…なんか、ムラムラしているナァ(笑)
2005.07.27
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颱風だったようだ。例の如く、研究所に事務を執りに行った。今日は、銀行にて振込みをしなければならず、昼頃は込んでいるかと思ったのだが、書類を整えていたら、昼になってしまった。で、行ってみたら…すいてる!颱風だから、みんな出控えたようである。もっとも、明大の隣の銀行だったから、学生が少ないというのも理由のひとつだったかもしれない。研究所に帰って、しばらくすると大雨。やっぱり颱風の雨だねぇ…などとウニちゃんと話していたが、そのうち止んでしまった。仕事は、臨時の業務が回ってきて、19時に終了。8月後半に、研究所の公開講座があるのだが、その案内の発送であった。いつもなら、7月上旬にしている作業が、この時期では遅すぎる。来週以降は研究所も夏期休業にはいるのに、問い合わせにどう対応するのだろう?特に今年は、幹部の意思決定が遅く、諸業務が遅れている。しかも、必要な情報が下りてこない。どうも、我が研究所の幹部は、内に甘い傾向が強くていけない。外に対して研究所、研究所に対して幹部、幹部に対して自分。こんなことで、責任がきちんと取れるのだろうか?「責任」は口にするけれども、きちんと責任を持てそうな御仁はいないなぁ。研究職と事務責任職と兼任して、さらに各固有の仕事があるのだから忙しいのはわかるが、それにしてもナァ…それはともかく。結局、通勤・生活圏内はなんの被害もなく、颱風の雨にも襲われず、帰りの電車も妙にすいていて、ゆったりと…寝て!帰ってきた。颱さん、どうなっているのやら?
2005.07.26
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出がけに母が、傘を持って行けと言った。で、愛用の折りたたみ傘を持っていった…雨は降らなかった!よくあることだが、なんとなく口惜しい。。。それだけです。
2005.07.25
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ブログの1日のアクセス数が、これまで最高の136アクセスだった。ビックリしたねぇ。3桁にのるなんてことは考えてもいなかったのだから…で、目出度く1600番目となったのは、○o。志織○o。さまでありました。ちなみに、1500番目は、注意していたのに自爆でした。。。 ~~~~~ザ・鉄腕Dashを見ていたら、ダン吉クンは沖縄に行っているそうな。去年・一昨年と、調査で都合3回も行っているのに、今年は行っていない。大体、調査なんていうのは、行事に合わせたり、観光シーズンを外したり、といったタイミングがある。ところが最近は、諸大学が文部科学省の指導の下、授業時間数の確保のために休講をなかなかさせてくれない。そして、休講をしたら補講をしろと言ってくる。専任教員ならまだしも、非常勤教員は他の業務の隙間をついて出講している場合がほとんどなので、補講をするとなると、すでにそこに入っている予定を調整しなおさなければならない。…これはしんどい。で、結局は休講に伴う補講のリスクを避けるために、学業期間中の調査を諦めなければならないということになってくる。ただ、机上論で片付くものならばともかく、現実世界(社会や自然)の状況や現象と関係する学問をしている場合、これは好ましい状況ではないのである。ましてや、フィールドワークが主たる方法論である文化人類学や民俗学などは手足をもがれているに等しい。このような調査期間の限定や偏りは学問的にも大きな損失だが、その成果を以て教育に反映させるべき大学教育の現場にとっても、大きな損失である。大学当局というのは、その辺のことを考えているのだろうか。最近、急激に文部科学省の顔色を窺うようになっている、大学の姿勢を問いたい。
2005.07.24
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15時過ぎに横浜へ出て、15時50分頃にそごう7階の紀伊國屋へ。用事が済んで16時30分頃、紀伊国屋を出た途端に…来た!なんの前触れもなく、いきなりしたから突き上げる感じ。直下、震度4、と体感から判断。…結局、震源は千葉県中北部で、観測値は震度5弱だったのね。ビルの7階くらいになると、前触れもわからないし、もともとが軟弱地盤の上だから基礎も相当深く入っているのだろうし、耐震設計にもなっているのかなぁ?紀伊国屋を出たところは、LOFTのエリアになっていて、ガラスのショーケースが立体的に立っている。それが、一斉にガシャガシャと音を立てたものの、崩れて割れなかったのは幸いだった。直後、エスカレーターを見ると、あまり顔色を変えずにひとびとが上がってきていた。それと同時に、帰路を急ぐ人も急に大量出現。どうせ、電車は止まっているから、とこちらはお茶を飲んだり、その他の用事を済ませて18時30分前に駅へ出た。JRは止まっていて、京急は動いていたので、京急にて帰路につく。改札は制限がかかっていて大混雑。その混雑ぶりは、15年前、香港に行ったとき、ちょうど春節にかかっていて深センとの間の中香国境で遭遇した大混雑と酷似していた。あの時は、掏摸に鞄の中を開けられて、財布や何やらを盗られてしまった。パスポートだけは別の場所に入れておいたので、幸にも無事だった。その教訓から、とにかく鞄を前に抱きかかえて、改札解放とともに人の波に乗りながら改札通過。すぐ左手の階段を上がると、各駅停車の新逗子行きだったので、飛び乗った。向かい側には、上り(品川方面)の快速特急が止まっている。「ありゃ、しまった」と思う間もなく、ドアが閉まって出発。途中の南太田で通過待ちがあれば、10~20分、帰宅が遅れる。「さあて、どうか」と思っていたら、南太田で通過待ちなし。上大岡でも、待ち合わせなし。金沢文庫でも待ち合わせなし。で、結局、最も早い帰宅経路となった。通常だったら、各駅停車で35分程度で横浜から新逗子なんて考えられないのだが、ダイヤの乱れが幸いしたねぇ。昨日の花火渋滞の損失をちょっとだけ回復させたかなぁ? ~~~~~24日午前中に判明した事実。別室のスライド式書架のスライド部分が倒壊。その前に置いてあったオープンラックも倒壊させて、本と紙類が散乱していた。他に、乱積みしていた本が崩れて、障子を水平・線状に突き破る書痕(あるかぁ、そんな言葉!)。被害総額…まっ、書架はもともとオンボロでスライド部分の倒壊の危険があったので、0円かなぁ。障子は、日焼けしていたし、やっぱり0円か?復旧必要時間…ある程度整理していたのだが、何が何だかわからなくなってしまって2時間強。障子は張り替えの予定が立たず計算外。問題は…倒壊箇所にあった必要なものを、必要なときに発掘するその手間である。ああ、紙と書籍が乱積みされた部屋の中で、ものを探すいつもの状況と一緒かぁ。。。グスン。
2005.07.23
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掛川に日帰りで行った。僧籍のことで世話になっている和尚が病気だということで、見舞いのためである。逗子からだと、大抵、横浜横須賀道路~保土ヶ谷バイパス~横浜町田インター、というルートで東名にのる。しかし小生鱸は、高速料金節約のためいつも海岸沿いを走り、西湘バイパス接続道路を二宮で下りて、秦野中井インターから東名にのる。自宅から約220キロで目的の寺である。7時過ぎの予定が9時半頃になって出発。途中の渋滞などの関係で、東名にのったのが11時30分前だった。途中、富士川にて休憩。12時55分頃に牧ノ原で昼食をとった。今日の昼食は、夕食がカレーということを聞いていたので、カレーを避けた。そして、あれこれ悩んだ末に「よくばり膳」、写真の如くである。味は…そばが薄味だったねぇ。で、牧ノ原を出たのが13時30分頃。掛川で下りたのが13時40分頃、東名は渋滞もほぼなく快適であった。目的の寺へは、ここから約20分。14時過ぎには到着した。この間、カーナビは1回もVICS情報を捉えなかった!なんと言うことだ(笑…違うだろ!)和尚は以前より痩せていたが、顔色はそこそこ良くなっていた。見舞いの金子と養命酒を渡したら、手土産にお茶とはちみつとメロンをもらった。…見舞いに行って、手土産が増えたゾ。さて、禅宗寺院は多く三方を山で囲まれたところに建っている。その理由として、特に曹洞宗の場合には、道元が政治から離れようとして山中に修行場を求めたことが範となっているような言い方をする場合がある。これに対して、臨済宗は政治との結合を求めて町中に寺院を造ったとよく言われる。たしかにその側面はあるが、実際にはそれは単なる一側面でしかない。例えば、道元は最初の道場を伏見稲荷のすぐ近所に創ったし、臨済宗の主流をなす蘭渓道隆その他の渡来系の臨済僧は、鎌倉の建長寺や円覚寺に代表されるように、山間に道場を創った。だから、政治との遠近で山間部に禅宗寺院が創られたというのは、必ずしも正確ではない。むしろ、昨日の日記でも触れた風水との関係がある。三方を山で囲まれたところを選地するというのは、日本の禅僧が渡宋・修行し、また多くの中国僧が修行していた、当時の禅の中心地、揚子江河口地域に行なわれていた風水のあり方に基くものなのである。…ただし、昨日書いたように、なかなか上手い証拠が提示できない。グスン。今日行った寺も、写真の通り、三方を山で囲まれている。それを眺めて「よしよし、見事だねぇ」と独り合点。17時から、東名高速の通勤割引の時間なので、それまで仮眠をとろうと、森町の大洞院へ。石松の墓があるところだ。私にとっても縁の深い寺である。途中、大洞院の留守番をしている知り合いの和尚への手土産として、ビールを購入。境内に入る前の傍示の一言を読んで大爆笑。云く「百歳生きても三万六千日」…至言だねぇ。留守番の和尚は頓智がきいていて、いつも愉快である。ところが、楽しみにしていたその和尚、車はあれども本人がいない。残念ながら、仮眠を断念して(だって、暑いんだもん。エンジンかけないで車の中にいると蒸し焼きになってしまう…)、境内を散策。人気のない境内は、写真撮影にもってこいであった。 そして、16時20分頃に大洞院を出発して、17時01分に掛川インターから東名へ。途中、牧ノ原で休憩して、18時16分に富士で一旦東名を下り(ここまでが通勤割引区間)、18時25分に再度富士からのって、18時55分には大井松田インターで下りた。 ~~~~~ここからが、大変だった!西湘バイパス連絡道路を通って、下りた途端、大渋滞。平塚で花火をやっていたのだ。大磯で連絡道路を下りたのが19時30分頃。平塚の大渋滞を抜けたのが、花火終了後の20時50分頃。たった4キロを1時間20分もかかった。予定ならば、20時30分には、自宅でカレーを食べていたはずなのに。。。最後の最後で、こんな目に遭うとは。。。結局、帰宅は21時20分頃であった。…カーナビは、21時10分頃、今日2回目のVICS情報を受け取った。グレてやるっっっ!
2005.07.22
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ここ数日、悩みの種だった公開研究発表会。話の内容も決まっているのに、内容が上手くまとめられないまま、ギリギリまで粘って資料を作成。で、やってきた。内容は、中世に日本に将来された禅宗が、13世紀宋朝の揚子江河口域で行なわれていた風水を伝播した、というもの。一昨年から文部科学省の科研費を取ってやっている研究の成果報告を兼ねている。とりあえず、鱸は日本の風水の歴史についての唯一の研究者、ということになっている。部分的に研究している人はいるのだが、史的な全体像を捉えている研究者が他にはいないのだ。研究者でなければ…他に一人いる。Dr.コパだ。彼が『Dr.コパの日本の風水』という本で、日本の風水の通史を記しているけれども、結局は自分の「風水」の宣伝であるから、学問的には多くの誤りを含んでいる。そんな状況だから、研究者自身が、きちんと風水の歴史的状況を把握しないままに安易に風水を持出して、色々と誤った解釈を示してしまっている。現在の鱸の研究は、それをただそうと考えてのことだが、とにかく証明の根拠となるべきものが少ない。如何せん、状況証拠に頼るしかなく、状況としては明らかだが証明ができないという、きわめて厳しい状況である。…これが、風水というものの技術的な側面であり、今日の研究発表も、むしろそのことを提示したに過ぎないようなものだった。学問的には、失敗と言うべきか。少なくとも、科研費研究としては実証的に研究ができていないのが、なんとも歯がゆく、申し訳ない。やりがいはあるが、苦悩の連続である。
2005.07.21
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明日の研究発表の準備ができていないのに、バタバタと過ごした一日。朝方、耳鼻科に2ヶ月ぶりで行こうと思ったら、自転車がパンクをしていた。その自転車を牽いて、商店街へ行くと、自転車屋は定休日だった。ついでに、耳鼻科も休診日。パソコンのファイル整理をして、夕方はこれまた2ヶ月ぶりくらいに洗車に行った。大分、汚れが焼き付いていたなぁ。なんやかんやとバタバタ。…そして、結局、何もなかった。
2005.07.20
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東京の、とある寺院のお盆の法要に、一日行っていた。これで、前半戦が終了である。中盤戦が7月の終りで、それまでの間に試験と成績付けがある。教員にとっては、多忙かつ悩ましい時期である。その前に、明後日の研究会の資料がまだできていない。…悩ましい…
2005.07.19
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今日は、上野の国立科学博物館で行なわれている特別展「縄文VS弥生」に行ってきた。ところで、この特別展のポスター、縄文人も弥生人もムッとした表情で、感じがよくない。まぁ、救いは、縄文人の女の子がカワイイ♪ってことかなぁ。なんで、こんなポスターを作ったのか不思議である。目立ちはするが…で、展示の方は、色々と工夫がしてあって、それなりに縄文と弥生との違いはわかった。ただ、冒頭のコーナーで「弥生時代の開始は従来説と最新説とではこのように違う」とパネルで解説がしてあるが、一枚のパネルに対比するようにしてはなく、従来説のパネルと最新説のパネルが別々に、しかも向かい合わせにしてあるから、違いがはっきりとわからなかった。また、縄文系弥生人と渡来系弥生人という用語を出していたが、その説明は不十分で、しかも縄文人と対比される弥生人は渡来系弥生人に限られていた。縄文人だって、南方系と北方系があるはずだが、その違いは示されていなかった。などなど、いくつか問題点もあった。まぁ、小生鱸も歴博の企画展の展示プロジェクト委員をしていたから、特別展や企画展の事前準備の苦労も多少は知っているが、もう一つ工夫が欲しかったというのが感想である。なお、図録の表紙は縄文人と弥生人が取っ組み合いをしている写真。インパクトを狙ったものだということはよく判るが、ポスターにしろ、図録の表紙にしろ、なんだかなぁ…この人は、一体、何系になるのだろう?→→→ ~~~~~MITSさま逗子のカフェって、ここでしょ?RURIKAさんの7月13日の日記にコメント入れましたけれども、御近所関係のようです。
2005.07.18
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連日の疲れが溜まって、うだうだ…一日中、すっきりしない天気だった。で、余計に、うだうだ…まっ、時にはこんな日もいいかぁ………日記まで、うだうだ……
2005.07.17
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小生鱸が小さい頃に、父が繰り返して自慢げに話してくれたことがある。ワシは、神奈川から静岡へおしっこを飛ばしたことがある!(どんな父親だぁ?)その話を、子供心に「スゴイ!」と聞いていたのはいうまでもない。読者の皆さん、どうです?きみは、神奈川から静岡までおしっこを飛ばすことはできるか!? ~~~~~今日は、湯河原のお寺にお手伝い。…というか、2番目の師匠の寺に手伝いで行った。お寺での法要には法話がつきもの。お寺の行事としてする大きな法要の場合は、特にそのためのお坊さんを呼んで法話をしてもらうことが多い。ところが、4年前のことである。呼んだはずの坊さんが1ヶ月間違えて、法話をしに来なかった。そこで、急遽、鱸に法話をしろという師命が下って、法話をすることになってしまった。以来、ここ数年は「手伝いに行く」っていっても、法話をしに行っている状態である。ちなみに、我が宗派では師匠は3人持つことになっているのだが、鱸の場合は1番目と3番目が亡父で、2番目だけが湯河原にいる。今から18年前。その湯河原の師匠につくことになったとき、父がまた例のおしっこの話をしてくれた。…そして、種明かし。ワシが、神奈川から静岡におしっこを飛ばした、というのは、実はこの橋の上のことだ。この、真ん中のところで、ちょいとおしっこをすれば、ほら、神奈川から静岡におしっこを飛ばせるじゃろ?…この時、幼心に「スゴイ!」と思っていた父への畏敬が少し失われた。(おしっこを飛ばすことに畏敬を感じる方も、思う方だが…)この川、湯河原の師匠の寺のすぐ下に流れる「千歳川」という川である。向って左が神奈川県湯河原町、右側が静岡県熱海市。2番目の師匠の寺は、熱海市にある。
2005.07.16
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僧侶でもある小生鱸は、ただいまお盆の真っ最中。いわゆる「新盆(しんぼん)」「東京盆」というやつで、新暦の7月13日から15日を中心にして行なうものだ。もっとも、お寺でやるお盆の法要っていうのは人数が必要なので、この3日間だけでは人数の都合が付けられない。だから、関東の都市部のお寺では7月中はお盆でてんてこ舞いである。小生鱸は寺なし坊主だから、若干持っている檀那をまわる(棚経)のと、いくつかのお寺の法要(盂蘭盆会・施餓鬼会)に用立てられて終りである。で、今日はK大学を休講にして、檀那まわりということになった。まずは、湘南海岸沿いに藤沢まで行って1軒、それから国道1号線を上って横浜で2軒、都合3軒が今年の棚経である。よく晴れた日、海岸沿いへ出てビックリ!モヤモヤっとしている。そういえば、先日のトリビアでやってたっけ。1キロ先が見えると靄、見えないと霧…今日のはどっちだ?そんなことを考えながら、七里ヶ浜を走行中にパチリ。…吸い込まれて、異次元世界に行かなくてよかった。。。
2005.07.15
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今日は、A大学の前期の講義の最終日。これで、前期は終わりだぁ!せっかくだから、数年前に作った、千鳥格子のスーツを着ていこう(^^)で、スラックスを履いてみた。腰のホックは留められた。でも、ベルトが要らなかった…くっ、苦しいぃぃぃぃ…(+_+)よく見てみると、ウエストが妙にくびれて、タックが伸びきっている。5年前だったっけナァ、このスーツ作ったの…多分、6センチは伸ばさなきゃ(・_・)昨日、風呂上がりにはいたパンツなんて、伸びきっていてずり落ちてきたのにぃ!!!…あぁ、口惜しい!!!!!!!!!!!!!
2005.07.14
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今日は、K女子大の前期最後の講義。半期毎に単位を出す(セメスター)なので、前期のみ講義をとっている学生とは、あとは試験の時に会うだけである。そこで、女子大生相手に、毎年する夏休みの注意を2点。その第1は「呪いをかけるときの注意」、第2は「悪いことをしなさい」。オカルトブーム以降、安易に呪いの真似事をする若い者が増えたり、おまけに藁人形セットなんぞも売っていたりして、正しい呪いのかけ方を知らない者が呪いの真似事をするので、危なっかしくて見てられない。ほらほら、君だって呪いをかけたいことがあるでしょ?だったら、正しい呪いの知識を持っていなけりゃいけませんよ。ということで、まずは呪いをかけるときの注意から。 1.通販や市販の藁人形セットなどは使用しないこと。 2.呪う相手の髪の毛などを用意するのを忘れないこと。 3.ひとに見付からないようにすること。 4.自分自身ではしないこと。 5.慣れた人に代行してもらい、安易に友人に頼まないこと。まず1は、呪具を自分で用意しないと効果はあまりないことの注意。2は、写真や名札より、相手の体の一部の方が効果があることの注意。345は、呪いに失敗すると呪い返しに遭うことの注意。呪い返しは倍返しだから、間違っても素人が呪いになんか手を出しちゃいけないよ…ということである。今日は呪具としての人形(ひとがた)の話もしているから、講義内容ともバッチリ合っているじゃん。。。で、はやい話が、正しい知識を身に付けていれば、呪いなんて恐くてできないでしょう?これで、我が身は安全。ハッハッハ。次に、悪いことをする際の注意。 1.親や兄弟・親族に多大な迷惑をかけない。 2.身を亡ぼすようなことをしてはいけない。 3.法を犯してはならない。親族に多大に迷惑をかけたらこの先に問題が残り、身を亡ぼしてしまっては元も子もない。別に、法を犯さなくたって悪いことはできるんだし、限度はあるが、ある程度の悪いことをしておいた方が後々よいのである。どういうことかって言えば、ある程度子供扱いされるいまのうちに、痛い目に遭っておかないと、将来、本当の善悪の区別ができなくなってしまうということだ。それは、学生たちにも悲劇だし、結婚して子供ができたときに、子供を扱い損ねることにもつながりかねない。池波正太郎が鬼平に言わせている、「フン、悪を知らねぇ奴に、悪が裁けるか!」というのは至言であって、ボンボンやお嬢様やガリ勉なんかにゃ生きた物事はわからねぇのだ。まぁ、どうせそこそこの悪事はしているのだろうけれども… ~~~~~呪いも悪事もひとの営みの暗部である。暗部を知るのは、ある程度善悪の判断ができて、しかも暗部の深みに入らなくてすむ今のうちがいい。…教員らしからぬこんなこと言っていると、クビになるかなぁ…
2005.07.13
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今日は、お茶の水の正午の気温が21度、18時の気温が20度。涼しい一日だった。火曜日といえば、ウニちゃんの日。頭も涼しくなりそう…てなことを思いながら研究所へ。到着すると、『団体名鑑』なる書物の今年度版の原稿ゲラに「○○様、内容確認をお願いします」とのメモ書きが添えられて、小生宛の仕事が設定されていた。主事の字だろうが、相変わらずの指示不足であまり要領を得ない。大体、うちの事務局の責任者は中途半端に仕事をまわして、指示がきちんとしていないから、いつもその作業内容に困惑する。今日のは恐らく校正をすればよいのかと判断し、校正作業をした。ムム、前回の原稿はほとんどそれ以前のものに手が入れられていない…公刊されるものなのに、相変わらずいい加減である。大体が我が財団の幹部は、行事や記念事業には力を入れるくせに、実際必要な業務には何ら緊張感を持っていない。そのくせ、創立者の名誉だとか、責任だとかをしばしば口にして、しかもその責任から逃れる傾向がある。まことにもって腹立たしい。まして、現在はウニちゃんをはじめとして、研究者のレヴェルもかなり落ちている。そのウニちゃんと夏休みの予定などの話をしていて、小生が今夏、中国に行くことを言うと、「中国の石窟と『やぐら』と関係があるように思うのですが…」と話が始まった。「やぐら」とは三浦半島一帯に点在する山肌をくりぬいた中世墳墓のことだが、ウニちゃんの研究対象のひとつである。小生鱸は、ウニちゃんが「研究」の名で、プロらしからぬレヴェルの話をするのが腹立たしいので、できるだけ、ウニちゃんとは研究の話をしないようにしている。しかし、中国-石窟寺院-やぐら、と関連付けられるとは迂闊だった。「形状が似ているだけで関連付けられるわけではない」と言うと、「某先生がやはり似ているといっていますし…」とつなげてくる。ウニちゃん、「○○が言っている」「××の報告書に書いてある」というのを、なんの疑問もなしに事実として認識してしまう。そこが、レヴェルの低さのひとつの原因であることを暗に示しながら、いくつか否定的要因を示し、かつ、昨年行った西域の時差のことなどを話して、話題を切換えることに成功。ギリギリで、イライラの増幅を食い止めた。無責任に、研究レヴェルの低下、財団としても、研究所としても、これから先が心配である。こんなことで、創立者の名誉を守れるのかねぇ。 涼しさや 軒に揺らめく かき氷 萬兆
2005.07.12
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謹告 鱸の肖像写真公開は期限が来たので終了しました …って、ほとんど注目されてなかったか!? ~~~~~~~~~~今日は、都内の某寺で亡父の七回忌をしてくれた。亡父は僧侶かつ大学教授、いわゆる学僧の一人だったので、縁のある寺で独自に法要をしてくれたのだ(実は、小生鱸も僧侶かつ研究者である)。せっかくのことなので、母と二人で参列した。寺の案内では、盂蘭盆会(お盆の法要)の日に合わせて亡父の法要をしてくれるのだが、特に多数の僧侶が必要な行事でもないし、檀家に直接関係あることでもないので「供養を希望してくれる方」の参列を求めてあった。しかし七回忌には、多くの僧侶ばかりでなく、その寺で父と接していた人々が参列してくださり、正直、感謝で一杯であった。参列してくださった僧侶の多くは、父の教え子。昭和60年頃までの某大学の出身僧侶は、ほとんどが必修で父の講義を受けていたことを差し引いても、30人以上の僧侶が喜んで父の供養に出てくださったというのは、驚きであった。皆さんに慕ってもらうこの光景を、あの世の亡父はどのように見ているだろうか。この七回忌の供養は、寺や参列者にとっては、父への報恩感謝の意味でされたものであった。しかし、私たち残されたものや、父にとっては、いまだに慕ってくださっていることこそ、まさに報恩感謝である。
2005.07.11
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昨日の桜アイスはうまかったなぁ~てなことを思いながら、今日は佐倉の国立歴史民俗博物館に研究会があって、7時20分に自宅を出発。…遠いねぇ。だけれども、日常、歴博まで通勤しているわけではないから、まだ良い方だ。今日の発表者の某先生は、横浜市の西部から、佐倉の手前にある某大学まで月~木で出勤だそうだ。通勤時間は、小生鱸が佐倉まで出るのと同じ2時間半。よく体が続くなぁ…と感心することしきり。もっとも、数年前、同博の企画展の展示プロジェクト委員をしていたときには、会期直前に1週間で3回通ったこともある。そのうちの1回は、鱸の近所の金沢文庫から展示資料を借り出して、会場に搬入…すぐ帰れると思ったら、そのまま作業に突入…てな感じで、帰宅は終電。22時30分に佐倉を出て、1時に逗子に到着。自宅には1時15分。…ここで話は終わらない。翌日、その歴博で講演をすることになっていたので、講演原稿や資料の確認をして3時頃に就寝。翌朝、再び佐倉に出発!という2日連続のこともあったのだ。今日なんか、23時00分には帰り着けたから、いい方か…まぁ、でも、研究会は面白かったし、十分満足のできる1日だったねぇ。
2005.07.10
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今夏、亡父の七回忌がある。その際の斎食(あっ、「さいしょく」で変換された…「さいじき」の誤読だぞ!)の試食に行った。場所は鎌倉霊園のすぐ近くの懐石の店。本店は鶴岡八幡宮のすぐ近くにある。で、当日はどの料理を実際に頼むべきなのか、いくつか料理を選定すべくメニューを見てみた。ほうほう精進料理「禅」、あぁこちらは「頼朝」に「義経」に「頼家」「実朝」そして「政子」か…ここで、気付いたことがある。それは、「頼朝」が一番安くて、以降「政子」に向けて高くなっている。つまり、「政子」が一番高いのだ!なんのことはない、メニューとしては源家三代と悲劇のヒーロー義経、そして頼朝の妻である北条政子を、「妥当な」順で並べただけなのである。だけれどもねぇ、そこに設定された料理の価格まで、馬鹿正直に安い順にしなくたっていいでしょう?例えば、「頼朝」と「政子」を少し大きめの字で書いて、値段の高さを強調するとかなんとか方法をとれば、多少値段の順序がおかしくても客には理解できそうなものを…でも、頼朝は北条政子に頭が上がらなかったしナァ。愛人追放の憂き目に遭っているし…(その愛人を囲っていたのが、鱸の住む逗子だったりする!)少なくとも、頼朝と政子については、妥当な価格設定かなぁ(笑)トップの写真は、「政子」のデザートの桜アイス。まことに美味でありました(*^。^*)そして、右の写真は玄関正面の壁の装飾。竹の海と、瓦の船や海鳥。なかなか風流で、よいですねぇ。
2005.07.09
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今日は、K大学の前期最後の講義。来週のA大学の講義でも話すのだが、前期最後の講義の内容は「子供は『ひと』ではない」ということ。なぜかって?そりゃ、子供が「ひと」だったら「成人」という概念が成立しないからだ!だから多くの社会で、子供を「ひと」に仕立て上げる「成人通過儀礼」というものがある。この場合の「ひと」とは、義務の遂行能力を持ち、責任の保持能力を持ち、かつ自己判断能力を持つもの、つまり社会のなかで機能する存在をいう。多くの言語で、「ひと」を意味する言葉が成人男性を意味する言葉と同一だというのは、これまでの社会が成人男性を中心に機能してきたからに他ならない。では、子供とは何か?それは「ひと」の予備軍である。子供を育てるというのは、その若き力を充実させ、同時に「ひと」になるための社会力を具えさせることである。その力こそが、「ひと」となったあと社会で生きていくための原動力になる。だから、子供が「ひと」でないことは、社会を維持する重要な仕組なのでもある。ここのところを間違えて、子供が「ひと」であると勘違いし始めると、いわゆるピーターパンやNEATの大量発生につながる。それは、私たちの社会の維持に困難を生じさせ、ひいては私たちの生存に危機をもたらす。大人は、子供を「ひと」に仕立てる義務を持っている。子供は、「ひと」になったら、さらに自分の子供たちを「ひと」にする義務を持つことになる。どのようにすれば、自分が「ひと」になれるのか、それが学生諸君の至近の課題である。自らが「ひと」の社会で生き抜くためには、けっしてピーターパンやNEATになってはならない。…というようなことを話すわけだ。3年・4年は、社会人になることを目前にして、自らのこととして感じることがあるのだろう。いつもより真剣に聞く姿が見られた。講義の科目名は「文化人類学」…「ひと」とは何かを追究する学問である。
2005.07.08
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今日は、新暦の七夕。ま、7月1日の日記にも書いたように、七夕は旧暦でやらないと意味はない。だけれども、考えようによっては、日本は2回も七夕があるということにもなる。お得かもしれない!?そこで、今日の講義まで、受け持ちの講義では全て短冊を書いてもらっているので、帰宅後、早速、織姫と彦星の御覧に入れた。…曇っているけれども、雲の彼方から見ていてくれるでしょう。 ~~~~~木曜日は武蔵野のA大と世田谷のK大の日。いつもだったら電車で行くところ、腰がかなり痛いので車で出勤した。こんなこと滅多にないし、K女子大のお気に入りの教え子が世田谷の某FRで深夜にバイトをしていて、特製パフェをいつか食べに行くことにしていたので、今日こそその日と決めて、バイトの有無を尋ねたら「している」とのこと。したがって、K大の講義終了後、早速、某FRに直行。教え子が、ニヤッとしながらにオーダーをとりに参上。もちろん、特製パフェをオーダー。待つことしばし…で、出てきたそれを見てニッコリ。標高25センチはあろうかという、パフェの出現であった。パフェ・グラスの標高は18センチ程度であろうか。その上に、こんもりと盛上がるアイスクリーム、また生クリーム。サクランボが彩りに7・8個(って、彩りか?)、赤いグレープフルーツも4・5房入って、キウイが2切れ…まあ、華やか!(しまったぁ、写真撮るの忘れたぁ)いやいや、甘党の鱸としては嬉しい限りである。生クリームの塔を倒さないよう、慎重に攻略して、当然、完食。うーむ、余は満足である~~\\(^O^)//~~食後、急いで帰宅し、ギリギリで7月7日に間に合った。今日書いてもらった短冊を含めて、「新」七夕にはひととおりの行事をしたぞ!次は、8月11日の旧暦の七夕…こっちが本番だな。なんとも充実の「新」七夕であったことよ(笑)謝辞 ナッコさま、特製パフェごちそうさまでした。 仕事姿、凛々しく素敵でした。(どーせ、このBlog見てないよね…見てたらコメントのひとつでも残していくように!)
2005.07.07
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水曜日はK女子大の日。先週に引続き、通称「陰陽道書」の話。と、その前に試験問題の公開。小生鱸は、定期試験の問題を2問つくって、必ず1問は公開問題とすることにしている。なぜかって?そりゃ、見るに堪えない答案を減すためですよ。ヘヘヘ。なんたって、論述問題でいきなり解答させると、日本語になっていないわ、文章になっていないわ、誤字は多いわ、おまけに思考されていないわ、で採点不可能。単位を落す学生が続出するわけですね。よくよく考えて、きちんと練られた文章のものを読んだ方がよっぽどいいし、思考不足、日本語力不足の学生のためにもきちんと時間を与えられる。それでも日本語力がなかったり、きちんと思考されていなかったりすれば、当然大学生としては失格…というわけで、落されても文句は言えまい。もっとも、公開問題という方法のヒントは旧帝国海軍の海軍大学校の入試方法でありまして、当日試験(甲試験)プラス事前公開問題試験(乙試験)という二本立てで、知識・判断力(甲試験)と情報・考察力(乙試験)を量ったわけですね。試験の話をしたせいか、前回よりは目を覚ましているなぁ。講義終了後、今日はお気に入りの学生とお茶をすることができなかったので、そのまま帰宅。途中で、先々週から気になっているバス停をパチリ。なんの変哲もないバス停のようで…そのバス停の名は…ここにさしかかると、バスの中で「つぎは、げんかいだ!」とアナウンスが流れるということになる。運転手さんが、もよおし物を我慢しているときに、このバス停にさしかかったら…実感がありますねぇ(笑)そういえば、6月28日と7月2日の日記で書いたなぞの花、サルビアだったことが判明!「げんかいだ!」のバス停のすぐの花屋で探してみたら、あった。自宅に帰って、再度調べてみると、6月28日のがサルビア・コッキネア・コーラルニンフで、7月2日のがサルビア・コッキネア・レディインレッド…「ハチドリ草」にはなり損ねてしまった。→ちなみに、こちらはサルビア・コッキネア・レディインレッド(ではないかと…)→なになに、サルビアはシソ科の植物…へぇ、でもよく見てみれば、確かにつぼみや萼はシソのような感じだねぇ。別のサルビアの横顔が、合唱しているような、マペットの口を開かせているような…で面白かったので、もう一枚パチリ♪♪♪名付けてサルビア合唱隊!
2005.07.06
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ときおり話題に挙げる我が研究所のウニ嬢。今年、なぜだか、大学の非常勤をもらっている。在外研究で外国に行っている先生の代講なのだが、T大つながりというか、研究会つながりというかでもらっているそうだ。まぁ、T大の大学院を修了しているのだから知識はあるのだけれどもねぇ。で、そのウニ嬢がとある依頼をしてきた。自分の教えている学生に、研究所のパソコンに入っている、とある特殊なフォントを渡したい、ついてはそれをコピーしてもらえないかと。それは、T嬢の教え子の本来の指導教授(上記、留学中の先生)から、研究所のフォントをもらえとの指示があってのことだという。T嬢はあまりパソコンを使いこなせず、だからフォントがどこに入っているのかがわからない、だから小生鱸に依頼をしてきたのだ。もちろん、言下に断った。T嬢は教え子が下宿生で…と色々と言い訳を述べたのだが、断った理由を2点明確に示しておいた。その1は、研究所は財団として設立されているのであり、T嬢の教え子は財団と関係がない。財団は、その趣旨に賛同する方々の寄付によって成立しているのであるから、財団の活動と無関係のところに便宜することは、寄付者の意思に反してしまう。つまり、T嬢の教え子に財団のものを便宜する正当な理由がないということ。その2は、著作権の問題。フォントだってその制作者の著作物であり、まして特殊なフォントだったら、当然ながら商品として販売されているものをインストールしたのであろう。それをコピーして渡すというのは、いわゆる不正コピーに当るということ。なんで、この程度のことがわからないのかねぇ。指導教授も指導教授である。そんな程度の連中が教育現場に立って、学生を指導している…なんのために学問をしているのやら、きわめて疑問と怒りを感じた7月5日であった。 ~~~~~あっ、そうそう、今日は地球の遠日点通過の日。つまり、太陽がもっとも小さく見える日だったんだ!忙しくて、忘れてたわい。
2005.07.05
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しまったぁ!文部科学省に提出する、研究所の研究員リストの提出期限が7月1日だった!てなわけで、本当は研修日にしてあるのに今日は研究所に出勤と相成った。うちの研究所は、小さな財団なので、研究員が事務局員を兼任しているのだ。それで、小生鱸は科学研究費補助金(いわゆる科研費)担当の事務を取扱っている。これが、一昨年あたりからの大量な不正発覚で、しばしばシステムの変更や、諸事務の増加につながり、本来ならば火曜日出勤のはずが、月曜出勤も余儀なくされている。もちろん、他の日に遊んでいるのではない。研究や大学の講義、またその準備、その他の雑務に追われているのだ。もう、頭の中はゴチャゴチャだぁ~!てなわけで、ここのところミスが続発。体勢の立直しを図らねば。そういえば、帰り際、東京駅の一番北側で電車を待っていたら、古めかしい塔が中央線の高架に押さえつけられているのを見付けた。一体あれはなんなのだろう?中央線の高架と、旧国鉄本社ビル跡地に昨年建ったオアゾと、手前の線路と、アングルがよければ、もう少しまともな写真になるのにナァ…(まさか、線路に下りるわけにはいくまいし)
2005.07.04
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二日続けて、メンテナンスに引っかかってしまった。タイミングがどうも悪い… ~~~~~夕方、鎌倉に行ったら、鶴岡八幡宮の一の鳥居(一説には三の鳥居)に七夕飾りがしてあった。「夏だねぇ」と思いつつも、なんとなく違和感。しばらく飾りを眺めていて、ようやくなにが違和感の元なのかわかった。それは飾りに蛍光色が使われていることだ!考えてみれば、ニュースや写真でで見る平塚や仙台の七夕飾りにも、蛍光色が使われているようだけれども、商店街の飾りとしてあるせいかあまり気にならない。だけれども、神社の朱の鳥居に蛍光色の飾りが付いていると「!」と感じてしまう。なぜかと思ったら、汚れて少し黒ずんだために却って落着いた鳥居の朱に対して、飾りの蛍光色がいやに浮き上がっているように見えるところにどうやら原因があるようだ。大体が、私は蛍光色があまり好きではない。なんか不自然すぎて、落ち着かないのだ。…ここまで書いて気付いたことがある。それは「なぜ私は百円ショップが嫌いなのだろうか」ということだ。どうやら、私が百円ショップに嫌悪感を覚えるのは、あそこに数多く揃えてある塩化ビニル製品やプラスティック製品が、割合と蛍光色のものである…どうやらそこにあるようだ。生活用品にやたらと蛍光色を使うあの感覚は、大陸中国に強く見られるところからすれば、製品を中国で安く作るという百円ショップの商品製造ルートとの関係があるのかもしれない。中国って、色々と面白いのだけれども、あの蛍光色の氾濫だけはどうも堪えられない…あの蛍光色好きの色彩感覚は一体どこに原因しているのか、中国に行くたびに疑問に思うのである。(買物した時のペラペラのビニル袋だって蛍光色なんだもの、たまらない!)で、お目直しに、そのあと見付けた桔梗など。(やはり、この自然な色はいいなぁ)
2005.07.03
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せっかく入れた日記が…とんだっっ!!!登録したら「メンテナンス中」だって。仕方がないから、再度入力。 ~~~~~で、右側の写真。今朝、鍼灸師のところに針治療をしてもらいに出掛けたところ、28日の日記にあった花の隣に咲いているのを見付けた。真っ赤バージョン。(写真がぼけているなぁ)28日の方が可愛く見える。どちらにしても、名はわからない。ハチドリのように見えるんだけれどもなぁ。爽健美茶(おっ、ATOK2005は一発変換!)の矢田亜希子よろしく、「ハチドリ草」と勝手に決めちゃいましょうか…知っている方、どなたか教えて下さい。教えて下さった方、先着1名様に30日の写真を差し上げます!…いらないか、あんな写真…(魔除けにいいですよぉ~)
2005.07.02
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7月に入った。で、来週の木曜日は新暦の七夕である。そこで、今日のK大学の講義から恒例行事。なにかといえば「七夕の願い事を書こう」である。要するに、短冊をつくって、学生に願い事を書かせるのだ。そして、七夕の時に牽牛・織女に供えて、願い事が叶うように祈る。教壇に立って最初の3年は小テスト用紙の表面に、氏名などと共に願い事を書かせていたのだが、これがビックリ。「○○君と、一緒にいられますように」「おばあちゃんの病気が早くよくなりますように」……………みんなまじめに願い事を書いてくる。「どうせ、遊びだと思ってふざけて書いてくるんだろう」と思っていたのは、見事に3年連続で裏切られた。「今時の」学生が、案外と純粋なところを残していることが、驚きでもあったし、嬉しくもあった。そこで、その次の年からは、表面には住所と氏名を、裏面に願い事を書かせるようにした。もちろん、裏面は見ない。短冊に書けるようになったのは去年から。はやい話が、短冊の準備が毎年できずにいたところ、ようやく去年準備ができるようになったのである。ちなみに、七夕は旧暦でしないと意味はない。その理由は2つ。まず1つ目は、月明かりの関係。旧暦は新月が1日で、満月が15または16日になっている。ということは7日は半月だから、明るさがちょうどよい。もし、新月の日に七夕が当ってしまうと、天の川は川幅が広くなってしまう。そうすると、こんな会話が聞こえてくる。★大声の牽牛★ 「おーい、織女ぉー!」☆これまた大声の織女☆ 「なによぉ、聞こえないわよぉ!」また、満月の日に七夕が当ってしまうと、互いに姿がうっすらとしてしまう。そうすると、今度はこんな会話が聞こえてくる。★やっぱり大声の牽牛★ 「おーい、織女ぉー、どこにいるんだぁ? ボンヤリしてわからないぞぉ!」☆負けじと大声の織女☆ 「なによぉ、牽牛! お化けみたいにユラユラしてないでよぉ!」…これじゃ、年に一度の逢い引きは惨々だ!だから、川幅がちょうどよく互いの姿も適当に見える半月の夜が、逢い引きにはちょうどいい。もう1つが「半月」そのものの形である。7日月は上弦の月…船の格好をしているわけだ。天の川を挟んで二人が逢い引きする、その中立ちの船が、旧暦の7月7日には準備される。…だから、旧暦の7月7日こそ、七夕にふさわしい。~~先週、各講義で、そんな話をした~~とは言うものの、生活のサイクルはいまや新暦。当然、旧暦の七夕(今年は、8月11日)には時期が離れすぎている。で、毎年、新暦と旧暦と2回の七夕に、牽牛・織女に向って学生の願いを届けることにしている。 ~~~~~えっ? 上のシーサーはなんだって?いや、話題とまったく関係ないです。草むらから出てきて(わからない人は6月17日の日記を見よう!)、後姿が可愛いかな?って、ただそれだけです。ハイ。
2005.07.01
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