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平成17年の大晦日。今日は、10時30分過ぎに車の洗濯(!)鎌倉の馴染みのガソリンスタンドへ。このスタンド、小生が免許を取って1ヶ月半後くらいからの付合いで、一昨年にセルフスタンドになってしまったが、それでもまだ通っている。セルフ洗車は、30分待ち。所長に聞いたら、朝方は1時間待ちだったとのことだから、いい時間に来たようだ。帰宅後、昼食。亡くなった恩師の奥様から頂いた尾道ラーメンである。昼食後に、墓花ほか、必要なものを買いに町へ。細君は、餅を受取りに横浜の実家へいった。この買物の中に、屠蘇散がある。以前、小宅では年賀用に「屠蘇風呂」なる薬湯(入浴剤)を九州に発注していたので、その時に屠蘇散がついてきていた。そのため、屠蘇散を買うことが母の頭にはない。細君の実家は、ほとんど酒を嗜まないが、正月には屠蘇の代りに日本酒を出すという家で、細君にも屠蘇散を買うことが頭にない。「屠蘇散を買い忘れないように!」と毎年のように小生が言っているにもかかわらず、今年も買い忘れているのだ。もう10年以上前なんぞ、紅白をしている最中に「屠蘇散がない」っていうので、小生が、ほぼ閉まりかけている逗子の街中を必死になって探し回ったことがあったが、今年はそのような状態にならないことを祈っていた………………なのに、なぜ!?結局、屠蘇散は見付からないまま、墓掃除の関係から、仕方なく一旦帰宅。帰宅後、墓の掃除に霊園へ。墓は、亡父の代からのものであるが、名目住職で結局寺住まいでなかったために、霊園にある。掃除後、納めの読経。墓掃除から帰宅すると、いつも大晦日に挨拶に来る、父の教え子が来宅中であった。あまり、バタバタするわけにもいかないので、しばし休息。その教え子が帰ってから、屠蘇散その他を買いに再び町へ。あれこれ探し回って、スーパーでは早々に売り切れ、ほとんどの薬店でも売り切れ状態、酒屋へ行けばみりんと抱き合わせでないと手に入らない。………で、30分ほど探し回って、ようやくとある薬店で入手。よかった、今年は閉店間際の店に駆け込まなくて済んだ………細君が、ちょうど逗子駅に着いたというので、そのまま細君の買物に付き合って帰宅。その間、自宅には正月2日・3日と来襲する愛知の姉から電話があって、2日の夕食に予定していた寿司はアレルギー持ちの長男の関係で避けて欲しいとの要請があった。我が家の元日の夕食は、今回、しゃぶしゃぶを予定し、材料も調達していたのだが、急遽、これを2日の夕食にまわすこととして、母と細君と3人で相談した結果、元日の夕食はステーキということになった。………そこで、再び小生の出動。今度は………閉店間際の店を廻って、ステーキ肉を探すことに。これが、なかなか見付からない。で、結局、馴染みのスーパーでようやく入手。帰宅するとすぐ夕食。紅白の出だしを見て、その後は、トイレと浴室と台所の神壇の掃除。禅宗寺院では、トイレにはウスサマ明王、浴室にはバツダバラ菩薩、台所には韋駄天を祠ることになっており、我が家でもそれに倣っている。さらに、家中の香炉の掃除をして、須弥壇の整備をし、大掃除終了。22時30分頃だった。………紅白の一青窈、見たかったなぁ。。。まぁ、アリスを見たからいいかぁ。NHKの「行く年来る年」が終わってから、除夜の鐘を突いて、新年に突入と共に就寝。なお、我が家の除夜の鐘は1人3打である。つまり、今年は9打であった。
2005.12.31
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大掃除の中日(「なかび」ですよ! 「ちゅうにち」ではありません!!)は、昨日し残した窓ふきから再開………のつもりが、まずは明るいうちでないとできない、照明のカバー掃除から。窓ふきが第1担当なら、これまた小生の担当種目。つまりは、背が高い?(176センチ)小生の第2担当である。で、門灯のカバー掃除をしたときに、ふっと気付いたのが、門の掃除をしなければならないこと。松飾りは、今日しなければ一夜飾りになってしまうので、それをするために門の掃除をしなければならない。そこで、昼食を挟んで門の掃除。そのあと窓ふきの続きをやって、16時過ぎに今日の掃除は終了。このあと、大船のとある寺に挨拶に行って、それから昨日注文した品を受取りに横浜ロフトへ。大船の寺は、もう亡くなってしまった住職のもう一つの顔が大学教員で、現在小生が所属している研究所への入所は、その先生の仲介でできたという縁がある。研究者として職にあふれかけているところを救ってくれた恩人の寺だ。長男坊で現在の住職は、K大の4年生。現役大学生の住職である。こちらは小生とは違って、きちんと檀家の世話をしなければならないので、卒論を抱えた今年なんぞ、大変だったと言っていた。帰宅は19時40分。晩は、し残しの仕事をして4時頃就寝。明日の大晦日で………大掃除、片付くかなぁ?
2005.12.30
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24・5・6・7・8と(要は24~28ね)ほぼパソコンと向かい合って、「年内に…」と研究所の主事に言われていた規則を作成していて、飛び込みの用事や挨拶回りしかしていなかったのが、ようやく昨晩(というか、今朝方)終わって、大掃除。目覚めは8時30分。ゴミ出しの時間である。時計に気付いてパッと起き、「今日は燃やすゴミの日」とゴミをまとめて、母の部屋にゴミを取りに行ったら、母が一言「燃やすゴミは明日よ」………小生、年内のゴミの日は通常通り(通常は、月・金が燃やすゴミの日)であったことをすっかり忘れて、年末は29日が木曜だけれども燃やすゴミの日で、年内最終日だと勘違いしていたのである。………おかげで、ビックリして目覚めきったけれどもサッ。。。さて、大掃除、まずは、一家の共用部分からしなければならない。で、小生の第1担当は窓ふき。もう25年もの間、大掃除の第1担当が窓ふきになっているので、誰も何の疑問もなく、小生がするものと思っている。こちらも、当然、そうだと思っているが、窓の量が半端ではない。1階は… 客間が大窓(1間×半間)4枚に天窓4枚と大網戸2枚・天網戸2枚。 居間が中窓(3分の2間×半間)2枚・小窓(半間×3分の1間)4枚・天窓6枚と中網戸1枚・小網戸2枚・天網戸3枚。 台所が小窓(3分の1間×3分の1間)2枚に同網戸1枚。 奥の部屋の小窓(半間×半間)8枚・同網戸4枚。2階は… 大部屋が大窓(1間×半間)4枚・中窓(3分の2間×半間)4枚・天窓4枚に、大網戸2枚、中網戸2枚・天網戸2枚。 物干しが小窓(半間×3分の1間)12枚 自室が大窓(1間×半間)2枚・中窓(3分の2間×半間)2枚に、大網戸1枚・中網戸1枚。 寝室が中窓(3分の2間×半間)2枚に、中網戸1枚。 第2仕事部屋(自室でできないときの予備)が大窓(1間×半間)2枚・小窓(3分の1間×3分の1間)2枚に大網戸1枚・小網戸1枚。その他、勝手のドアに、裏口のドア。というのが、一応のメニューで、まだここに挙がっていない窓やドアがある。改築改築で建物が拡大し、デコボコが増えた分だけ窓や出入口が増えたわけだ。………気が遠くなりそう!こんな量、当然、1日でやりきれるものでなく、毎年、2日に分けてやっている。大体、29日に1階、30日に2階なのだが、今年はなぜか上手くいって、今日のうちに1階の全部と2階の半分までが終わってしまった。スゴイ!残りは明日である。 ~~~~~大掃除中に、1月2日に掛川の本寺に行くときに、住職披露の挨拶の品を持っていかなければならないことに気がついた。本来ならば、「のりいれ」という厚手の和紙を10枚なり20枚なり束にするのであるが、湯河原の師匠に相談したところ、もう少し実用的なものの方がよいとのことで、クリアホルダ10枚とすることにした。持っていくのは20組。合計200枚を今日明日中に準備しなければならない。慌てて、横浜ロフトに在庫確認の電話。幸いにあったものの、色が付いたものが含まれるとのことで、ちょっと迷ったが、持っていかなければ仕方がないので準備してもらう。10枚ずつ包装してもらい、受取りは明日ということになった。いやいや、ギリギリだけれども気がついて良かった。 ~~~~~朝方、佐賀のメガネカマキリこと悪友Sから電話。親父さんが入院したとかで、今日、上京するらしい。20時頃に逗子で会うことを約束。で………20時過ぎに、Sより電話。横須賀にいるので、逗子に20時30分頃ということにして、予定時刻に車で逗子駅へ。そのまま、鎌倉経由で横浜の阪東橋まで、ドライブ。要は、Sは阪東橋に泊まって、明朝帰るのである。若干眠かった小生、阪東橋で目覚めのコーヒーを飲むべく、Sと共にサンデーズ・サンへ。呑兵衛のSはビールとギョーザ、甘党の小生はドリンクバーと手作りジャンボプリンパフェ。………やっぱり、デザートに走るのであった(笑)なんたって、水・木の講義が終わって1週間。デザートに餓えていたのである(爆)帰宅は23時30分。年末ゆえ、深夜の道は割合と空いていた。
2005.12.29
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24日から続いている出張規則の作成の関係で、一昨日・昨日と同様に朝から胃がひっくり返っているような状態。しかし、これも昨日・今日と飲んだ胃薬やマコモ(真菰の粉末、これが結構効くのです)のおかげで、何とか昼前には収まった。昨日は、内容の微調整に時間を費やされたが、今日はどうだろうかと朝から慎重に内容の点検。そしたら、ありました、不足分。大事な不足分「罰則」。不正な出張や出張費用の使用に対して罰則がなければ………そりゃ、問題でしょう!というわけで、罰則の挿入。我が財団、罰則を設けることをいやがっていて、以前、小生が策定案を作成した規程類から悉く罰則が削除されてしまった。罰則を設けることが「品がない」っていうのが口上だったけれども、いくら何でもそりゃおかしい。建前としては、自律性のある「大人の研究者の集団」ということに財団をしておきたいようだけれども、今まで策定した規程類をほとんど遵守していないのに、本当にそれでよいのかねぇ?こちらは、その案の作成のために、随分と、研究の時間を割いているのだけれども、自分達が縛られるのが嫌だって、きちんと適用しないのだから、こちらは何のために時間を割いているのやら。ましてや、実施させないのに毎年修正まで図って、何の意味があるのだろう?………対文科省対策かぁ。文科省も、随分となめられたものである。というよりは、我が財団の幹部が、なめているとしか思えない。しかし、今回の規則は、国庫の補助金にも適用されるのだから、きっちりと実施し罰則も生かしてもらわなければならない。というわけで、怒りを抱えつつ、作成終了。まぁ、何とか、どこへ出しても恥ずかしくないものができたでしょう。さぁて、明日には、メールで案が送ってしまおう。 ~~~~~細君は年内最後の出勤日。この日は、会社の荷物を持って帰ってくるので、毎年、小生は細君を会社まで車で迎えに行く。ついでに、その途中のところへ、年末の挨拶回り。15時30分に出発して、第3京浜を港北で降り、挨拶回りをしてから中山街道・環状7号線経由で大井町へ(どこが、途中なんだろか?)。約束の17時40分に大井町へ到着。それから殿町まで出て、高速湾岸線で幸浦まで。大井町からだと、大井南か空港環八の方が湾岸線に乗るには早いが、料金節約のためいつも殿町を利用している。工場街の灯りが綺麗だったねぇ。帰宅は19時。とっととトイレに駆け込む鱸であった(小………ではない、笑)
2005.12.28
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24日から続いている出張規則の作成の関係で、昨日と同様に朝から胃がひっくり返っているような状態。昨日は、大方の筋立てができて、一応、形が整った。今日は、内容の微調整。経費の適用規定なんて調整していたら、足りない要素が後から後から出てくる。たとえば、外貨で支払った費用の邦貨への換算をどうするのか、なんていうのは、結構規程が細かくなる。それは、単に外貨と邦貨の間のことだけではなく、外貨と外貨の間の換算のことも頭に入れておかなければならないからである。邦貨に直接換金できない外貨は、一旦ドルやユーロに換算し、それから邦貨に換算する。だから、外貨間での換算のことも定義しなければならないのである。これは、外貨の変動のことを考えると結構難しい。つまり、簡単に、「○○については△△円」などとは規定しきれないのである。結局、足りない要素を挟み込んで、全体の条文の条数を修正して………なんてことをするだけで、時間が経ってしまい、最終調整は翌日に持越し。条文を挟むと、条数が動くので「第○条に規定する」なんてことも調整し直さなければならないのである。この作業が、甚だ面倒である。予定より大分条数も増えたし、こうなると、まだ不足があるかもしれない。さぁて、果たして明日には、メールで案が送れるだろうか?
2005.12.27
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24日から続いている出張規則の作成、原稿と同様に胃に負担がものすごい。おかけで、朝から胃がひっくり返っているような状態。それでも、大方の筋立てができて、一応、形が整った。さぁて、残りは内容の微調整。明日には、メールで案が送れるだろうか?
2005.12.26
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休日があるのかないのか判らないこの仕事、ここしばらくは年内作成を求められている財団の規則類の整備に費やされる。本当は、大晦日までに論文を1本書かなければならないのだが、これは先送りさせてもらおう。大体、「大晦日締切り」ったって、誰も受取りはしないでしょう?まず作成する規程類は、出張規程。今までなかったので、科研費の出張のルールだけを必要上作っていたのだが、財団全体にかかるものとなるとこれは厳しい。まず参考にすべきは「国家公務員等の旅費に関する規則」だろう、ということで昨年すでに入手してある同規則をベースに作成開始。まぁ、いろいろと細々規定されているが、やはり国が作っただけのことがあって、微に入り細に入りよく整っている。大方の機関の出張規則だって、これをベースに作ってあるのだから、まぁ、これを改変すればいいかな………と思っていたのだが、内容が煩雑になりそうになったので、出張規則と細則に分けることにした。今日の作業は、規則と細則の関係構築と全体構成に終始し、細目は明日。財団の規則類を策定する主眼が、財務省への移管への対応なのか、財団の職員に対して実際に適用させるものなのか、それが定まっていないからやりづらい。本来、規程類は実施を前提にしているはずなのだが、どうも学者の甘えがあって、形だけ整っていればいいという姿勢が上層部に見られる。だから、今までの例では、内容の吟味も十分にする気配は見られないし、細かいものを作成すると「もう少し簡単にならないか」と文句が出る始末。ところが、実際にシミュレートすると、結構細かいものでないと規程類の実効がない。つまり、財団で実際に効力を持たせようというのならば、逆に少々簡単なもので良いのだが、科研費のような国庫による補助金を受けるにあたっては、かなり細かい規定が必要であり、安易に簡単なものを作れば実効性がないことを見抜かれてしまうのである。官庁の職員が法のエキスパートだと言うことの理解が欠けているうちは、上手く審査を抜けられる保障が少ないのだが………その点の認識は、きわめて甘い。まぁ、小生としても、きちんとしたものの方が実際には扱いやすいので、文句が出るだろうが、少々細かいのを作ろうとは思っているが。明日も、この続きである。
2005.12.25
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クリスマスイヴ。僧侶である小生には別段関係ないのだが、世の中はそれなりに盛上がっているようである。それにしても、今年のテレビの様子を見ていると、例年のように変に芸能人がお祭り騒ぎをするということが少ないように感じる。小生、クリスマスのあの妙なお祭り騒ぎは好きではない。僧侶である、という以前に、一宗教者として「何のためのクリスマスなのか」ということに疑問を持っている、それだけである。日本でクリスマスを始めたのは明治の頃のようであるが、これはヨーロッパ文化に感化されて洗礼を受けた敬虔な日本人クリスチャンが、メシアの降誕を祝って行なった宗教儀礼としてのものだったようである。これが、現在のような単なるお祭り騒ぎに変わったのは、戦後キャバレーが忘年会シーズンの集客を当て込んで、アメリカナイズされたものを取り込んでからのようである。つまりは言葉だけの「メリー・クリスマス」が飛び交うようになったのであるが、これは忘年会の変形としてみてもよいのかもしれない。もちろん、アメリカのクリスチャンが、単なるお祭り騒ぎとしてクリスマスをしているかというとそうではない。多くのクリスチャンは教会でミサに参列して、真にイエス・キリストの降誕を祝福し、主なる神に感謝を捧げながらクリスマスを祝うのである。それと同時に、クリスマスの行事は新年の行事と一体化しているから、これを機会に家族・親族の結束を図る日ともなっている。アメリカでのクリスマスがお祭り騒ぎとなっているのは、家族・親族との結束を図る意味があるのである。つまりはきちんと宗教的背景があり、同時に社会的意味も備わっている。日本は、そのお祭り騒ぎの表面的な部分だけ取入れて、さらにはファッション化して恋人同士が云々、といったものに変質させてしまった。その、妙な変質が………嫌である。大体、当人をほったらかしにして「メリー・クリスマス」もなにもあったもんじゃぁない!これって、「○○さんの誕生日パーティー」と銘打って、当の○○さんを招待せずに、電話の向こうで「今、君の誕生日を祝っているの!」と勝手に盛上がって言っているのと同じである。当人は全く関係なしで、祝っているつもりになっている。これじゃぁ、イエスさまが可愛そうである。(多分、イエスさま御自身は慈愛に満ちていらっしゃるから、小生のようなケチなことは仰られないと思うが)ミサに参列………とまでは言わないものの、せめてマリアさまやキリストさまへの祝意を何らかの形で示した上で、盛上がって欲しいと思う。我が家はクリスマスのお祝いをする習慣など持っていないのだが、それでも歳暮を兼ねてクリスマスケーキを毎年届けてくださる方がお出でになるので、ここ10年ばかりはクリスマスケーキにありつくことができる。このケーキ、今でこそ知られるようになったが、ドイツのクリスマスケーキのシュトーレンというもの。イエスさまの揺りかごを象ったものとされる、古いスタイルのクリスマスケーキである。 ついでのことに、拙宅にはマリアさまがお出でになるので、クリスマスイヴからクリスマスにかけて、マリアさまにシュトーレンをお供えして(ここが、日本的だねぇ)、祝意と共に頂戴する。 このマリア像は、亡父がかつてドイツの修道院でカトリックの研修を受けていたときに、ドイツ人青年の母親から頂いたものだということである。拙宅は亡父がお寺のように行事ができるよう、一部屋をお寺の本堂のように仕立てたので、簡単ながら須弥壇(しゅみだん=お寺の本尊をお祀りする祭壇)がある。普段は、さすがに須弥壇上にマリアさまをお祀りしていないが、クリスマスの時には本尊さまに了解いただいて、須弥壇上にお祀りしている。クリスマスと関係がない、僧侶の家でのクリスマスである。 ~~~~~最近、クリスマスのイルミネーションを家庭で行なうようになってきた。単なるお祭り騒ぎのクリスマスは嫌いだが、工夫あるイルミネーションの楽しさや美しさは、嫌いではない。………随分と勝手だなぁ(笑)で、家から車で15分ほど、隣の隣の駅の近くにある家に、結構上出来のイルミネーションがあるので、御紹介。写真では、あまり綺麗じゃないけれども、生で見ると結構綺麗である。とにもかくにも、心よりイエス・キリストの降誕をお祝いいたします。
2005.12.24
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朝から晴天の天皇誕生日、布団干しにはもってこい!………なんだけれども、風彡がとにかく強い!!!ベランダの手すりに布団をかけるはいいが、思いっきりバタバタとはね回って大暴れ。片手で布団を押さえ、布団ばさみをはめるのに一苦労。拙宅の前、貸駐車場になっていて遮るものがなにもないのである。掛布団がバタバタなら割合とあることだが、今日の風は敷き布団もバタバタ。それを抑えながら干す小生もバタバタ。ちなみに、愛枕ぽよ(プロフの写真!)は、その他もろもろと共に、ベランダでゴロゴロ。「おーい、ぽよ、そこは海じゃないんだよ!」と人の止める声も聞かずに、ニコニコしながら転げ回る。布団干しのときの我が家の名物(夫婦で名物にしているのだが…)は、「ぽよの吊し」。布団を取り込むときに、ぽよの尻尾を持って逆さ吊りにして、思いっきり布団叩きで叩く!可愛そうにぽよの体には布団叩きのあとが、まるで裸身に平手打ち(いわゆる「もみじ」ね)をしたようにくっきりと付く。それでもぽよはニコニコ(笑)………当たり前か!これで表情が変わったら、ビックリするわい!結局、風が収まったのは、夜になってからだった。
2005.12.23
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そういえば、今日は冬至がありましたね。3時35分でした。夜明け前の冬至、だから昼の長さは日中に冬至があるときに比べてちょっとだけ長い訳です。 ~~~~~今朝、メールチェックをしたら、例の気味の悪い学生から誕生日メールが届いていた。以前、学生との連絡専用のメールアドレスを持っていなかったときに、必要に応じてプライベートアドレスを教えていたことと、講義中に誕生日を聞かれたのでそれに答えたのがあだになった。昨年、一昨年も届いたのだが、件名、内容共に失礼千万。まことに持って腹立たしい。件名:HAPPY BIRTHDAY TO YOU!本文:お誕生日おめでとうございます 今日の日があなたにとって、素敵な日となりますようにお祈りいたします。 私も心からお祝いいたします。 S×××××O×××一見、何の問題もないようだが、たとえば目上に当てて「HAPPY BIRTHDAY TO YOU!」だとか「あなた」だとか、そういう表現はないでしょう?ましてや、自分の名前までローマ字表記。英語文化圏の人が「HAPPY BIRTHDAY TO YOU!」って書いてきたり、「You」の翻訳として「あなた」って使うのならわからなくもないが。とにかく、毎年、同様のものを送ってくるのである。いくら恋心を抱いているからといって、小生は当該学生と同格ではないのである。母親は中高の国語の教員とのことだが………まぁ、とにかく、腹立たしいので削除。3月になるまでは、学生であるから残念ながらメールの着信拒否はできないが(教員としては、前提として教育上の必要から学生との接触を図るわけだから、学生からの連絡を拒否することはできないでしょう?)、4月になったら………着信拒否してやる!まぁ、以前にも書いたが、小生鱸はバカが嫌いである。知識だけあって中身のない奴とか、知識も知恵も持とうとしない奴とか、良い大学を出たから「頭が良い」なんて勘違いしている奴とか、あるいは良い大学を出ているのにそれに応じた能力を持たない奴とか、頭の回転の悪い奴とか…そうそう、中身がないのに妙に偉かったり、中身がないのに地位だけあるっていうのも嫌いだねぇ。大体、そういう連中にこちらから敢て連絡を取ろうとは全く思わないのだが。(本ページ関係でやりとりされている方、大丈夫です。嫌だと思えば、小生、連絡も取らなければ、のぞきにも行きませんから)たとえば、我が細君なんて、大学出ていないから学問的知識は浅いけれども、頭の回転は速いし、殊勲の君だってナッコ嬢だってとにかく頭の回転が速い。要するに知識の有無と、バカかそうでないのかは全く別なのである。例の学生は………必要な社会的常識を持っていないという点で、やはり小生の分類ではバカとなってしまうのである。まぁ、それだけでなく、前3者(こう、並べるところがミソですなぁ)は適度な大人としての側面と、少女の側面(決して幼稚ではない)を持っているという点でも「!」なのだが。もちろん、それぞれに問題点もありますがね。とにもかくにも、一陽来復。一年の陽気はこれからが復活である。………どういうオチなんだろうか(笑)
2005.12.22
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K大の2部が先週終講したので、今日はA大の講義のみである。朝っぱらは、自動車保険がもうすぐ切れるので、契約更新にディーラーへ。その後、帰宅して講義の準備。もっとも、今日はほとんど準備の必要がないので、その他の作業を少々。いつもの通り、昼過ぎに自宅を出たのだが、風はほとんどなく大して寒くもなかった。………ところが、最寄のM駅に降りると、ものすごい風。おまけに冷たくて、いやはや参った。さて、今日のA大の講義は、先々週のK大と同様に、定期試験の問題公開と、パワーポイントを使っての中国や日本における風水の実践の状況を解説することになっている。まず最初に、年明け早々の定期試験について解説。例の如く、2問の出題で、うち1問の公開問題はK大と同じ。教壇に立ったのは、A大の方が早いので、こちらの方がオリジナルなのだが、A大では前期・後期とも公開問題は、ずっと同じものを出している。決してカンニングができず、決して同一の解答が導き出されない………つまりは、いやでも自分自身で解答を導き出さなければならない。要するに、各学生の個人に帰結する問題なのである。こちらでは、問題公開直後から「ムズイ」という声が聞こえてきた。まぁ、文字遊びをして屁理屈をこねてもらおう、という主旨の問題だが、点が取れるかどうかは、その屁理屈を小生が納得できるかどうかにかかっている。論理的思考が苦手の上に、漢字に疎い学生諸君の健闘を祈るばかりである。さて、恒例のスライドビューは、先々週のK大のものを更に修正して臨んだ。ところが、参考資料の地図を持ってくるのを忘れたために、どこの場所のものなのかが学生に上手く伝わらずに終わってしまった。これから、来年に向けて地図の仕込みをしなければならない。それでも、修正した甲斐あって、K大のときよりさらに解説がしやすかったのは助かった。4時限目終了後、先週のスピーチコンテストの学生が結果報告。お茶を飲みながら話を聞くはずだったが、当人、小生が5時限目の講義もあることを知らなかったらしく、18時から別の予定が入っているということで、残念ながらお茶はキャンセル。ちなみに、結果はそこそこだったようである。5時限目終了後、久々に学生とお茶を飲む時間が取れるので、学生達に声をかけると、ほとんどが「バイト」ということで断ってきた。5時限目は人数も少ないことから、毎回出席率が高く(そりゃ、サボったら目立つからねぇ………笑)、そんなこともあって、割合と親近感があるのだが、バイトでは仕方がない。前期・後期と履修している男子学生2人も断ってきた。1人だけ、特に熱心だった女子学生が「行きます」というので、彼女を同道し駅前のファミレスへ。18時過ぎから19時30分過ぎまで………スウィーツを堪能しながら、あれこれと話をしてきた。当の学生、小生の顔つきから、とてもスゥィーツ好きだとは想像もつかなかったらしく、ビックリしていた(笑)帰宅は21時30分。メールをチェックすると、研究所は本日が年内の最終日で、新年は10日の始業だということであった。10日は火曜日、つまり小生の当番日が初日だということになる。これで、あとは在宅の仕事ばかりである。 ~~~~~携帯に、ナッコ嬢より喜びの報告メール。ここのところ、成り行きが気になっていただけに、こちらも嬉しい。ただし、転寝していた上に、バイブモードで気付かず。ナッコ様、そういうことです。
2005.12.22
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いよいよ三十路も最後の1年に突入。小生の誕生日は、亡父の敬慕していた高僧の命日でもある。だから、亡父生存のときには、必ず正当(しょうとう)の法要をしていた。小生もそれに倣って、亡父遷化の後は必ず正当の法要をすることにしている。小生の生まれたのは、その高僧の遷化したちょうど1年後。亡父は生まれ変わりだと喜んでいたが、果たしてそれほどの成長をしているのだろうかと、毎年自問をする日にもなっている。今日は、細君が半休をして10時30分頃に出発するというので、朝食後に法要。毎年、出勤の都合で参列していない細君は、その高僧の法要に初めての参列となった。法要終了後、母より祝賀を頂戴。その後、バタバタと細君は出社。小生もK女子大の講義の準備をして出発。K女子大の年内の講義は今日が最後。こちらは年明けに2回の講義があるが、教科書の進行具合から、若干の余裕がある。もっとも、研究所の規程・規則類の作成に時間を取られたりしていて、十分な準備ができないので、そこそこの資料しか作成できなかった。T大閥で占められている我が財団の上層部は、規程類など簡単にできるものだと勘違いをしているが、そもそも財団をどのように位置付けどのように運営していくのかの戦略がなくて、常設の公開講座と恒例行事そして創立者の顕彰ばかり。それも戦略的ではなくて、あくまでも戦術レヴェルでの運営に終始している。今回、文科省から財務省に所管が変更されるに伴っての諸規程整備だが、戦略がなくて規程類の作成のしようがない。要するに、その場しのぎの規程整備なのである。本来、組織運営の骨格となる根本の規則類は、組織の戦略方針に従って整備されるべきであり、それに伴って細則などの枝葉の規則類が作成されるべきはずである。しかし、財団首脳は戦術的思考の上で規則類のあり方を考えているから、策定の上で必然となる運用に関する十分なシミュレーションにどれだけの時間を割かれるかということが理解できていない。で、「2・3日で○○に関する規則を作れ」などと無理な注文が来るのである。それ専門にやっていれば、24時間割いてやりますがねぇ!所管の移動も期日が迫っていることもあって、結果、他の仕事に影響が出ることになるのである。まぁ、しかし、今日は参ったねぇ。台本なし(あ、K女子大は教科書を使うから、いつも台本なしか…)で、粗方のことを頭にたたき込んで講義。何とか90分を乗り切った。もっとも、最初の20分は試験の話に費やしたのだが…講義終了後、ナッコ嬢とお茶。今日は、M嬢は欠席だったので、久々に2人であった。まぁ、積もる話があってのことで、ナッコ嬢、マシンガントーク炸裂の状態であった。こちらは、笑い転げてほっぺたが痛いのなんの!それにしても、若いって良いねぇ。そのみずみずしい感性が、何とも言えず望ましい。 ~~~~~帰宅後、今日は会社の忘年会で細君は不在のため、母と二人で夕食。鍋だったが、祝膳ということで、鯛の切り身が入っていた。確か、去年は尾頭付きだったよナァ。………シシャモだったけれども(笑)どちらにせよ、慎ましやかながらも洒落の効いた祝膳で、毎年の如く母に感謝。夕食が終わった頃に、姉の所の長女から電話。実は………我が一族で今日誕生日を迎えたのは、小生だけではない。電話をかけてきたその長女がやはり今日誕生日である。彼女、両親にとっては初孫(ういまご)である。もともと12月14日の予定日だったのだが、初産(ういざん)の遅れがあって、結局「おいちゃん」こと小生と一緒になった。彼女は今日10歳になった。で、互いに祝意の交換(笑)さて、細君は21時過ぎに帰宅。ネクタイのプレゼントを頂いた。紺地に水色のストライプ。相変わらず、センスが良い。これまた感謝である。 ~~~~~そうそう、タイトルの「余所事」つてなにかって?湯桶読みして見ればわかるでしょ?普通は「よそごと」って読むんだけれどもねぇ。雪風先生、貴兄の方が5ヶ月半ほど早く「余所事」になりますね!学生達と接していたりすると、その年が近づくことが「余所事(よそごと)」だと思っていませんでしたか?小生なんか、全然実感が湧かないですよ。来年の誕生日まで、余所事に惑わされず過ごしていきたいものですね。-----業務連絡-----サファイアさまここのところ痛めている胃の様子はいかがでしょうか?順調な回復であることを祈ります。
2005.12.21
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そこのお嬢さん!私の目の前に立っている、あ・な・た!あなたですよ!いくら、電車の席に座って、私がパソコン開いているからって、その目の前に立つこたぁないでんしょう?そんな格好して!ここしばらく、腰の短くて臍の出るようなジーンズが流行っているからって、あんたねぇ、毛が見えているんだよ!毛が!悪いけど、そんな格好で、あたしの前に立たないでくれないかぃ!目のやり場に困るんでねぇ………中途半端な格好ってぇのは好きじゃないなぁ。見せるんなら見せる、見せないんなら見せないではっきりしてくれねぇかい?見られるのが嫌だ、つーんなら、もちょっと腰のながいヤツを履いてくれぃ!それで、見られたのなんのって言われたんじゃ、こっちが迷惑だいね。今回は、そんなイチャモンをつけてくる前にあんたが降りてくれたから、こっちは助かったけんどもねぇ。 ~~~~~ホントに、最近は目のやり場に困って、しょうがないやい!紐パンで、腰の短いジーンズ履いて、ちょっと腰を曲げたりすると、直ぐに紐パンの食い込む尻が見えたりして。大学の中や電車の中でそんな格好されたんじゃ、どこ見て歩いたり、立ったり、坐ったりすりゃいいのさ!そりゃ、可愛い顔して、そんな格好しているのもいるけれど、ケバケバしいだけで、見るも無惨な!って言うのも結構いるじゃない。大体、あれがセクシーだっていうのは間違いだと思うよぉ!?「セクシー」っていうのは、匂わせるもので、押しつけるものではないからねぇ!変に餓えた男でなけりゃ、中身がなくてどぎついものにゃ「セクシー」とは感じねぇんでサァ。お嬢さん、分かったかぃ?分かったら、風邪引かねぇように、臍隠しておくんなさい。尻か臍からインフルエンザになっても、恥ずかしいだけですぜ!
2005.12.20
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先週末からバタバタとしていたのが一段落。今日は、日中、結構暖かかったねぇ。特に、日向の方は暖かかった。研究所の仕事は、月に一度の科研費の清算日。今までお茶の水にあった銀行が、神保町の彼方に移転してしまったので、そちらまでエッチラオッチラ歩いていくこと20分。1.6キロほどの道程………今までの倍の彼方になったわけだ。しかも、お茶の水の高台から、坂を下っていかなければならない。………暖かくってよかったぁ。11時30分に研究所を出て、銀行まわりをして、戻ったのが12時30分。神保町から小川町を回って戻ったので、おおよそ3キロくらい歩いたことになる。良い運動だが、ちょうど昼時ということもあって、帰りの上り坂は腹が減って結構しんどかった………。今日は、研究所の忘年会である。毎年、関係の諸先生も集ってそこそこの会になるのだが、今年は先約があるため小生は欠席。17時に研究所を後にして、途中横浜で用事を済ませ、18時30分には関内に到着。18時45分に細君と待ち合わせである。で、時間通り到着した細君の先導で、エリゼ光という店へ。今日は、小生の誕生祝いをしてくれる日なのである。小さなビルの9階、エレベーターを降りるとすでにそこは店内という、これまた小さな店であった。料理はフランス料理。地元………葉山・鎌倉………の魚介類を使った料理が自慢である。どの料理にもドライヴェジタブルが付いていて、それがここのもう一つの特徴らしい。このドライヴェジタブル、チンゲンサイや白菜など葉物がまるでアイロンをかけられたように、ペタッと平べったく熨されていて、しかも甘い。細君曰く、形を崩さないように、薄く飴をコーティングしているのではないか?とのことだが、手で触ってもベタベタするわけでもなし。結局、謎のまま「美味しければいいや」で済んでしまった。料理は全体的に押さえた味。しつこくなく、見た目にもあでやかでなかなか楽しめた。19時に店に入って、出たのが21時50分。随分のんびりと夕食を摂ったねぇ。まぁ、大方のことも一段落したし、年内は明日のK女子大と、明後日のA大で講義は終了。ようやくホッとする………暇もなく、やれ年賀状だ、やれ大掃除だ、やれ原稿だ………やっぱり一段落というわけにはいかないか………そういえば、研究所の年内の勤務はいつまでだろう?相変わらず、きちんと情報が流れてこない!
2005.12.20
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昨日の学会発表が終わって、名古屋のホテルで1泊。7時に目覚めて、窓の外を眺めようとカーテンをチラリ。小生の泊まった部屋、とあるキャンペーンでとったら、角部屋で窓が2方にあった。まずは、正面、作り付けの机の前のカーテンを開けると………真っ暗!よくよく目をこらしてみると、直ぐ目の前に隣のビルの外壁が、ここぞとばかりに接近して要するに光が射していない。あれあれと思いながら、その左の少し大きめの窓のカーテンを開けると………真っ白!昨日の雪が止んでおらず、20センチぐらい積もっている。こりゃ、大変!と思いつつ、さっさと身支度をして………1階のレストランで朝食をとる。のんびりしているようだが、こういう日、新幹線でも止まってしまったら、断食を強いられることは間違いない。もう10年ほど前、K大の歴史地理学の恩師の巡検の手伝いで(というか、勉強させていただきに割り込んで)九州に行ったとき、巡検終了後、個人的な調査をしてから夜行列車に乗ったら、翌朝、10時には横浜に着くはずだったのが6時の段階で岡山・兵庫の県境、ということがあった。どこかで架線トラブルがあったらしく、ダイヤが大幅に乱れたとのこと。7時頃に相生に臨時停車して、新幹線への振替乗車が行なわれたが、列車内のアナウンスでは東京まで何とか走る予定だというので、そのまま乗っていた。ところが………それからあと、同列車は貨物線(東海道・山陽本線は、旅客用と貨物用と併走させている)に入って、ノロノロと運転。隣の旅客線では、通常のダイヤを乱さないように、後続の列車がどんどん同列車を追い抜いていく。車内販売は、8時頃、姫路で降りてしまって、その後はJRと残った乗客との持久戦。ときには、踏切の上で20分も停車したりして、結局、新大阪で運転打ち切りというアナウンスが入ったのは、16時頃。尼崎あたりを走って(いや………歩いて!)いる頃であった。朝食抜き、昼食抜きで夕方の新大阪。振替乗車の手配をしたあと、駅弁を買いに走ったのはいうまでもない。そんな経験があるから、せめて取れる食事はしっかりとっておかなければならないと………けたたましくなる腹を抱えて朝食。ホテルのチェックアウトは9時10分頃。地下鉄で名古屋駅へ出て、自由席特急券を直ぐに購入し、ホームに上がる。ちょうど目の前に停まっていた65分遅れののぞみが発車しようとしていたので、とにかくそれに乗ってみると、自由席はすでに満席。そこで隣の指定席に行って、空席を見付けて座った。これで、発車してから10分の間に誰も来なければ、新横浜まで座っていける。念のため、コートを着たまま、パソコンも開かずにじっと我慢の子であった。………で、10分の間、客室の仕切ドアが開くたんびに「この席の客じゃないかな?」とキョロキョロ、キョロキョロ。ついでに「混んでいるから車掌も来ないように」とキョロキョロ、キョロキョロ(笑)結局、15分後にパソコンを開いて、今日のカルチャーの資料づくりを始めた。車掌がやってきたのはその直後。客から逃れられても、車掌からは逃れられなかった(笑)新横浜には11時前に到着。雪の名古屋に比べて、随分と暖かかった。帰宅は12時過ぎ。当初の予定通りである。早速、昼食をとったあと、新幹線の車中での作業を続けて、カルチャーの準備は出発前に完了。14時30分に出発して、15時に到着。講義は15時30分からなので、別件の仕事を控室でこなす。大体、2時間の講義だと、途中で休憩を挟むことにしているので、16時25分頃に一旦休憩。トイレに行く途中で、目の前に大きく夕日に映える富士が見えたので、小用を足してから(笑)そそくさと、カメラを取出してパチリ。さてさて、講義の終了は17時30分。今日が、この講座の最終日なので、終了後、担当者と次回の企画についての打合わせ。これは、例の気味の悪い学生がその間に帰ってくれることを目論んでのことでもある。で、目論見は結局失敗。控室を出ると………ちゃーんと待っていました。このカルチャーセンターは、とあるビルの9階。出口はエレベータと階段の2種類。ただ、目の前のエレベータがドアを開こうとしているのに、階段で降りるというのはいかにも不自然なので、仕方なく同学生とエレベータで下まで。降り際に「途中まで御一緒して良いですか?」と訊ねてきたので、急いでいることを理由にさっさと改札を抜けて、何とか逃れることに成功。まぁ、実際、翌日の研究所の仕事のために、急いで帰らなければならなかったのだが。 ~~~~~細君帰宅後、「今日は、こっちは暖かかったねぇ」というと、「寒くて死にそうだったわョ!」と斬返された。雪には滑らなかったが、細君との会話に滑った鱸であった(爆)
2005.12.19
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5時半起床、睡眠時間2時間30分。細君の「就寝時間は?」の問いかけに「1時30分」とサバを読んで、4時間睡眠を取ったように納得させておく。天気予報では名古屋は午後から雪だというので、耐寒装備を厳重に(ってほどでもないけれども、まぁそこそこに…)して、朝食を取らずに6時25分に出発。新横浜に6時20分過ぎに到着。列車情報では、すでに雪のため三河安城から京都まで徐行運転をしていて、名古屋以西の到着に20分の遅れが出ているとのこと。そこで、7時50分ののぞみの予定を、急遽、7時32分ののぞみに切換え指定席の変更。その後、朝食用の弁当を購入して、ホームへ。逗子・新横浜ともに快晴で、日向ならそこそこ暖かい。のぞみに乗車すると、日曜日の早朝ということもあってか、かなり空いていた。そこで、隣席が空いていることを良いことに、荷物を拡げて発表の準備。パワーポイントの修正などをしているうちに名古屋に接近。???三河安城から徐行じゃなかったっけ?それに、名古屋は晴れとりますがね???都合がよいのか悪いのか、名古屋に定刻通り8時55分に到着。も少し時間が取れて、準備が補えると思っていたのだが、これは想定外であった。まぁ、遅刻しない保障が取れたので、よしとするか………名古屋から地下鉄で約20分、本山で下車し、学会会場の大学へ。今朝まで雪が降っていたらしく、日陰は雪が残っているものの、日向は溶けていて………この冬初めての雪となる小生は、日陰を好んで歩いていった。薄く凍った雪が、パリパリッ、パリパリッ、と気持ちいい。まぁ、ときには、ズルッ、ていうのもあったのだが(笑)会場へは9時35分頃到着。空き教場でパソコンの充電を兼ねて、パワーポイントの最後の調整をしている間に学会は始まった。小生の発表は午後1番、13時からだが、なんせ教場1箇所でやっているものだから出ていないと具合が悪い。で、仏教教理に関する発表を訳もわからず聞きていた。昼食は、弁当を学食で…ということだったのだが、この学食に暖房が入っていなくて、おまけにお茶もない。仕方がないので、コートを着たままの昼食。終わって屋外の喫煙所に行くと、晴れているのに雪がチラホラ。「なーんだ、天気予報の雪って、こんなものだったのか」と一安心。12時50分には会場に戻り、パソコンをセット。13時からの発表は、発表時間が30分、中国の風水史を押さえながら、日本の風水史を説明し、禅宗寺院と風水との関係を述べるという内容のもの。小生の科研費研究の成果発表として行なったのだが、内容は会場の諸氏にはわかりにくいものだったようだ。………なんたって、風水だからねぇ。ほとんどの人に馴染みがないのである。それでも、20分の質問時間で目一杯の質問があったので、まぁ何とか上手くいったと見なせるだろう。13時50分から次の発表者が発表したが、その途中から窓の外には大量の雪。見る間に積もって「アラッ!」という感じ。14時40分過ぎには一旦小降りになったものの、交通機関の状況などを考慮して、15時からの予定だった講演以降の予定は全て早めの開始・終了となった。極めつけは懇親会。当初、16時40分開始で18時40分終了の予定が、16時30分開始で18時には終了してしまった。小生は、今日は名古屋に泊まることにしていたので、なにも問題はなかったのだが、遠隔地に帰る予定の参会者は、新幹線の遅れの状況などを確認しながら、みなバタバタと帰って行った。小生も18時10分頃に会場をあとにして、18時45分頃には宿に到着。しばらく部屋にいたあと、夕食をとるのと部屋での食料調達に出掛け、雪の中、あちらこちらと散策。21時頃に宿に戻る頃には、結構な雪になっていた。 こんな雪になるとは………天気予報が当ったわけである。さぁて、明日、カルチャーの出講に間に合うように帰ることはできるのだろうか?ちょっと、朝食抜きも覚悟しなければ………
2005.12.18
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明日の学会発表のために、1日家にこもる………つもりだったが、ここ3週間近く亡父の墓参りに行っていないので、母を連れて墓参。細君は、今日はカルチャーがあるので早昼を食べて出発。細君のいない間の墓参となった。学会は名古屋で明日一日限り。小さな学会なので、会場は一部屋で10時からということである。………となると、遅れていくわけにも行かないので、明朝6時30分に自宅を出て、新横浜7時50分ののぞみで名古屋に9時16分に着くべく、すでに切符の手配をしてある。朝食抜きとしても6時起きが限度なので、5時間睡眠を取るならば、今晩は1時30分までに就寝しなければならない。というわけで、寸暇を惜しんで資料作成。今回の目玉は、パワーポイントによるスライドビュー。大体、理系や社会科学系の学会ではパワーポイントの使用が常態化しているが、文化系(今回はその中でも宗教系の学会)ではほとんどパワーポイントを使いこなさない。そんなこともあるので、ここのところ急速に使用方法をマスターしたパワーポイントの威力を見てもらうことも念頭に置いて、資料とスライド作成を平行して進行。まぁまぁ納得できるものが仕上がったのは、2時過ぎであった(苦笑)結局、就寝は3時。目覚ましのために、数個のセッティングが必要となった。
2005.12.17
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K大の講義は、今日が年度の最終日。「年内」ではなくて「年度内」の最終日である。年明けの講義はなく、1月12日には夜学の試験、20日には昼間の試験という段取りになっている。夜学は昨日終了して、昼間が今日終了。つまり、年度内の講義は、今日が終了なわけだ。弟の話では、某W大ではきっちり15回の講義をするために、年明け3回も出講し、入試終了後に定期試験だそうである。それに比べれば恵まれている方だが、しかし年明けの講義がないのは、学生も教員も大変である。それにしても、ここ1週間ばかりとにかく出掛けるときに限って荷物が届く状態で、時間ギリギリに出発する小生としては、精神状態があまりよろしくない。でもって、今日は来客もそれなりにあった。適宜相手をして、講義へ出発。K大の3・4時限目の講義は、試験についての再確認と、風水の存在意義を話し、前期・後期通しての全体のまとめ。非公開問題についての若干のヒントを出しておいたが、さぁて、分かっただろうか?それが終わって、夜にはS大の講座で、こちらも本日終了。帰宅はいつもの通り22時頃となった。-----業務連絡-----カゲロフ8号さま「カゲ」きました。舳先がスプーン型への改良型かと思いましたが、従来通り強いクリッパー型で舳先が飛び出ていて扱いにくいようです。確かに横波には強いと思いますが、ウェーキが強すぎて後続に影響が多大なような気がします。そちらはどうでしょう?お手持ちの「カゲ」が改良可能かどうか、検討の必要があるように思いますが。
2005.12.16
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A大の4時限目終了後、前期から小生の講義を受講している女子学生が質問してきた。「先生、どうしたら人前で上手く話せるようになりますか? 実は、スピーチ大会でA大の代表になっていて、明日スピーチをしなければならないんです………」小生としては、そんなに上手く講義をしているつもりもないので、「他にもっと話の上手な先生がいるでしょう? そういう先生に聞いてみたら?」というと、彼女の曰く、「先生の授業が、一番話がわかりやすくて…」とのことであった。こりゃ、教師冥利に尽きるが、さぁて、講義のときには歩き回ったりなんだりしてかなりジェスチャーが入っている。スピーチ大会ともなれば、そういうわけにはいかないだろう。ただ、小生がいつも気にかけているのが「間」である。だから、「間については十分気をつけなさい」とだけ教えておいた。もう1・2週間く相談にきたのならば、もう少し十分なアドバイスや、実演によって上手いスピーチの方法を教えられたのだが、次の講義までの休み時間の関係から、その程度のことしか教えられなかったのが残念。来週、結果の報告を聞くことになっているが、さぁて、どんな結果になるのやら。………しかし、そんなに講義、上手いかなぁ?結構、「わかんねぇ」って顔している学生もいるけれどもナァ。。。
2005.12.15
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K女子大の講義、いつもなら遅れてくるナッコ嬢が珍しく!時間前に教場にいた。それとは反対に、いつもなら教場にいるM嬢がいない。この時点で、講義の調子が狂った!(アハッ!)もっとも、立直りも早かったが(笑)小生の講義、しばしば学生に質問し、挙手・回答を求める。正誤関係なく、回答数に応じてポイントをつける仕組みにしてあるので、できるだけ満遍なく当てるように努力しているのだが、大抵、回答する学生が特定の学生に偏ってしまう。今日の講義は、その最たる状況で「こりゃ、いかん!」と思った小生、極端に当りかけている学生に「もう少しで打止め」と言ったら、どこからか「札を立てるんですか?」とのチャチャ。思わず笑ってしまったものの、学生の半数は意味がわからずポカンとしている。そこで、パチンコの打止め札の話をした。………とても、女子大の講義で話す話じゃぁない!もっとも小生、パチンコはもう随分いっていない。かつては、百円玉数枚で遊べたものが、今や千円札や千円単位のカードになってしまい、とてもそこまで擦る気にはならない。(稼げないことが前提だねぇ…笑)宝くじは2枚、パチンコは500円、が小生の方針である。そういえば、大学院の我が師匠、よく「○○までで打止めにしましょう」って言っていたけれども、パチンコ結構やっていたのかなぁ?うちの親父は、よく行っていたけれどもナァ。 ~~~~~講義後、いつもの通り、ナッコ嬢とM嬢と3人でお茶。先週M嬢の注文した「苺のマッドパイ」を食べたら、これが結構お腹に溜まって、途中から段々無口に…おまけに、満腹による睡魔も襲い始めて………こりゃ、たまらん!そういえば、ナッコ嬢は先日閉店した某ファミレスの別の店舗でのバイトが決まった?そうである。そりゃ、デザートを食べに行かなければ!というわけで、出勤日が決まったら、必ず連絡するよう厳命(何のこっちゃ?…笑)-----業務連絡-----サファイア様、当ブログに時折来訪とのことですので、たまには書込みよろしく。 ブライトこと木馬艦長こと鱸萬兆 (「キャスバル」って名乗らないから、許すように!…笑)
2005.12.14
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お茶の水の研究所のパソコンの調子が、すこぶる悪い。以前から調子が悪かったのだが、先々週辺りから、以前にも増して悪くなった。もっとも困るのが、勝手にシャットダウン、勝手に再起動…パソコン担当のM氏によれば、システムに問題があるようだが、場合によってはハードに至っているかもしれないとのこと。そこで、急遽、データのバックアップ。とは言っても、事務局員が日替り出勤で、しかもそれぞれの担当領域があるために、下手にバックアップを取るとそれ以降に出勤した担当者の仕事が反映されない。従って、担当分だけバックアップを取っておいた。………一体、どこからどこまでが小生の担当だろうかねぇ?主たる事務担当は決まっているものの、指揮系統の不備(というか、指揮官の指揮不足…散々ここでも批判しているが!)によって、正規の担当発令なしになぁなぁで担当している業務もあって、それは管轄者が小生なのか、総務・主事なのかがわからない。まぁ、データが消滅しては仕方がないので、小生が絡んでいるものは全てバックアップすることにした。ウニちゃん担当分も、ついでにバックアップ。当人曰く「失敗して、データを消去するのが恐い」………だそうなのだが………そんなもの、一度、コピーを別にしておいてすれば何てぇこと無いでしょ!と思いつつ、不安そうなウニちゃんの顔を横目に作業をしたのであった。 ~~~~~「プロジェクトX」、来週が(でも水曜日)最終回なのねぇ。中島みゆきが出演するそうだけれども、どのようなコメントをするのやら。紅白のときには、コメントなしだったものなぁ。久々に、テープに録った「オールナイト・ニッポン」でも聞いてみるか。。。
2005.12.13
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昨日からチェックしていた亡父の提唱録の原稿を、出版社の担当者に渡しに行った。渋谷で13時30分の待ち合わせ。チェックは出発ギリギリの12時までかかってしまった。コピーを取って、急いで出発し、時間すれすれに担当者と落ち合う。約3時間分、A4で43枚に亙る原稿を読上げながら、担当者と表現などについて調整。亡父の話口調がなるべく残るように、いろいろと工夫しながら、小生のチェック漏れなども合わせて点検。2時間かかって、全部読み終えた。16時前に担当者と別れた後、7月11日に亡父の七回忌をしてくれたお寺に、暮れの挨拶を兼ねて拙宅での七回忌を無事にしたことの挨拶をしに行った。七回忌の挨拶は随分と遅くなってしまったが、直後からの不在や学会などで予定が取れず、時機を逸してしまったことをお詫びして、了解してもらった。このお寺、曹洞宗系の単立寺院だが、和尚は亡父とは兄弟弟子の間柄になる。あれこれと、世話になっているのだが、亡父の遺命にて年忌などは家族・弟子のみですることになっているので、一周忌・三回忌そして今回の七回忌、いずれも事前にその旨を伝えて、呼んでいない。和尚の方でもその旨を承知していてくれるので、亡父のことで何かあると、その後に挨拶に行くようにしている。それにしても、今年の七回忌をお盆のとき(東京盆)にしてくれ、そこに行ったことを機縁として、来夏の盆からは小生に手伝いに来て欲しいとの話を頂いた。縁が続くということで、有難いことである。
2005.12.12
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とある出版社から、亡父の提唱録を出すという話がきていて、テープ起こしをしたものが届いている。「提唱」というのは坐禅に関する思想を講義することを言い、禅宗の思想継承にあたって一つの大きな意味を持っている。それと同時に、明治以来、一般に向けても行なわれるようになった。今回の提唱録はそのような一般向けの提唱(講義)である「現蔵会(げんぞうえ)」の一部についてのものである。ちなみに、「現蔵会」とは我が宗門(さすがに「S宗」とは言えません…曹洞宗です)の開祖、道元禅師の著述である『正法眼蔵(しようぼうげんぞう)』の講義をするものである。多忙に任せてチェックしないままであったが、ようやく一気にできるようになったので、朝からその作業に取りかかった。平成4年(1992)のものだから、かれこれ13年ほど前の提唱で、テープを聴くと父の声がまだ若く聞こえる。小生、大学院のときにもぐりで亡父の講義に1年参加したことがあるが、もともと「仏教なんて難しいものはとてもできない」と思っていたので、専門も亡父が仏教学だったのに対して歴史学へと進み(現在は歴史学とも表面上縁遠くなってしまったが…)、仏教、就中、宗門のことについてはほとんど勉強してこなかった。今回、文字になったのを眺めながら亡父の提唱をテープで聞き直して、「ああ、現場で聞いていればよかった」と思うことしきり。ただ、恐らく直接に、現場で提唱を聞いても理解不能だったことには間違いない。文字になっているから理解できる、というのが無知な僧侶の偽らざる実感である。それにしても、自分が大学の教壇から学生に告げる言葉と同じ言葉が提唱の中に出てくるところを見ると、「蛙の子は蛙」だと改めて思わされる。さて、自分でチェックしなければ気が済まなかった亡父、「ワシが見るからそれまで待って」と担当者に言ったまま、その約束を果たさずに他界してしまったが、無知な息子のチェックに何と思うやら。「何かあったら、化けて出てきてやる!」というのが亡父の口癖だったが、お化けや幽霊が苦手な小生、いくら父でも化けて出てきてもらっては困る。………化けて出てこられないように、上手く仕上げるしかないかぁ!
2005.12.11
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12月1日に住職になったので、その法的手続を依頼しに、掛川の本寺まで行った。まぁ、今夏の亡父の七回忌の挨拶もできていなかったし、歳暮も持っていかなければならないし、どういうお寺の住職になったのかも知ってもらいたい、ということから母と細君と3人で行くことにした。本寺から指定された時刻は15時だったこともあり、8月16日の日記を基にして、途中で榛原に寄ることを前提に、前夜、出発の時刻を9時から9時30分と定めておいた。で、結局、9時40分に出発。行きがけに、行きつけの鎌倉のガソリンスタンドにて給油し、海岸線(国道134号線)を西進。途中、激しい渋滞が何カ所かあって、相模川を越えたのが11時40分。12時過ぎに東名に乗れないと榛原行きはキャンセルすることにしていたので、この時点での相模川越えはちょっとギリギリ。しかし、相模川を越えると道はすこぶる快調となり、12時過ぎに秦野中井インターから東名に乗った。12時45分には、富士川サービスエリアにて昼食。鰻重を食べたのだが、これは高いばかりで不味かった。。。出発は13時20分頃。榛原によると、どうしても1時間余計に見ざるを得ない。直接掛川インターに行くと、ここから約40分から1時間。本寺は掛川インターから20分ほど。従って、この時点で榛原行きはキャンセルとし、直接、掛川に行き、小生の住職地を見てもらうことにした。住職地への到着は14時50分。………もっとも、本尊のない村の集会所なので、「住職だ!」といって上がるわけにも行かず………第一、鍵すら持っていない。とにかく、そういう寺だということを実見させて、目的は一つ終了。普段着の小生は、ここで僧衣に着替えて、3人うち揃って本寺へ向かった。本寺では、書類を渡しながら細々と法務局への手続などについて打合わせし、17時前に要務は終了。ちょっと大洞院によって、掛川から東名に乗ったのが18時。通勤割引の時間内なので、牧之原で休憩した際、富士で一旦降りることを宣言。そして富士を18時50分頃に降り、時間も時間なのでついでに夕食をとろうとちょっと周辺を探したけれども、適当なところが見付からなかったので、再び東名に乗り直す。「こうなったら、足柄だ!」と宣言して、足柄サービスエリアへ。19時15分には到着し、夕食。19時50分に出発し、東名を大井松田で降りたのが20時20分。帰りは全く渋滞に引っかからず、帰宅は21時30分だった。カーナビでは、掛川にのった時点で22時30分を予定していたから、休憩・夕食と時間を取っても、随分と早く帰宅したことになる(ヤバッ!)その後………風呂も入らず、転寝て、目が覚めたのが今朝の3時30分。それから慌てて風呂に入ったら、少し目が覚めたので、5時前までパソコンと対面していた。そして、再び就寝。目覚めたら………月曜日のための準備が待っている!
2005.12.10
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K大の講義は3・4時限目。パワーポイントを使って、中国や日本での風水の実践の状況を解説することになっている。水曜日にナッコ嬢やM嬢に指摘されたところを若干修正して、さらに不足なところを加えて………なんて準備をしていて、結局、間に合わず。少なくとも場所や対象施設、さらにはなにに注目すべきか、の最低限のところだけ文字やアニメーションを仕込んで、3時限目の講義に臨んだ。まず最初に、年明け早々の定期試験について解説。例の如く、2問の出題で、うち1問は公開問題である。その公開問題の解き方を含めて解説するのが、スライドビューの日。問題は………他校の試験との関係があるのでここでは公開しないが、学生達は「何だ、それ?」といった顔つきで、公開問題の内容を捉えていた。決してカンニングができず、決して同一の解答が導き出されない試験、それが小生の文化人類学の出題の姿勢である。いやでも、自分自身で解答を導き出さなければならない。そのための公開問題である。さて、3時限目の試験の解説が13時20分までかかり、その後恒例のスライドビュー。パワーポイントで一所懸命作った甲斐あって、例年に比べて解説がしやすい。半分程度済んだところでふと気付いたら、13時50分。「こりゃ、いかん」と思って、「時間がないから少し急いで紹介する」と慌てて後半を見せて、講義を終了させたのが14時。後片付けをしている最中、ふと疑問に思った。いつもなら、講義終了と共に教場に入ってくる次の時限の学生がまだ来ない。………なぜだろう?そこで、まだ教場に残っている数人の学生に尋ねてみた。「今日は、何かあるの? いつもなら、次の時間の学生がすぐに入ってくるけれども、まだ来ないねぇ」と。すると、学生曰く、「先生、授業は30分までですよぉ。今日は何かあるので早く終わったと思っていました!」………そうでした。3時限目の講義は、13時から14時30分の都合90分。なにを勘違いしたのか、14時に終わるものだと思い込んでしまった小生、異常に慌てて講義を早く終えてしまったのである。疲れがどっと出て、しばらく立ち直れなかった(グスン………)もっとも、次の時間まで余裕ができたので、スライドビューの手直しをすることができたのだが。………一体、なにを勘違いしたのだろう? 師走なる 気の急くばかりに 講義止み 萬兆
2005.12.09
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A大の講義は4・5時限目。それぞれ、学生に「今日は何の日?」と訊ねてみた。4時限目では、しばらく答えがなかったが、最前列の女子が「『ニイタカヤマノボレ』の日」と答えたので、思わずニッコリ。それにしても、マニアックな答えだなぁ。大体、「ニイタカヤマノボレ」なんていうのは、男子学生に縁はあっても、女子学生には縁のないものだと思っていたので、そのギャップがどうにもおかしい。しかしながら、「では『ニイタカヤマノボレ』って何のことだか知っているか?」と他の学生に尋ねると、ほとんどが知らない。一方、5時限目では「鱸先生の誕生日!」と答えが返ってきた。これには失笑を禁じ得なかった。要するに、今日は開戦記念日だということが、学生達にほとんど知られていないのである。これは、由々しき事態である!考えてみれば、終戦の日は大々的にテレビでも新聞でも報道するけれども、開戦の日は最近はほとんど採り上げられることもないのだから、仕方がないかとも思うのだが、それにしても始まりがあって終りがあるのだから、8月15日だけではなく、しっかりと12月8日についても知識を持ってもらいたい。中高の教育では、教えているのだろうか?文化人類学の講義の前振りとしては、ちょっと変わった前振りのようでもあるが、知っておかなければならない一般知識を問うということと、戦争の原因には様々なものがあるうち、文化の相互理解の欠如も戦争の原因の一つであることを知ってもらうことが、「今日は何の日」の問いの目的であった。一般には、今日は「開戦記念日」だけであるが、間接的に日本の多くの人(92%)に関係していることが、実はもう一つある。それは、成道会(じょうどうえ)つまり釈尊が覚りをひらいた日が今日ということになっている。92%の人が、どこかの寺や僧侶と檀家・檀那の関係にあるのだから、直接ではなくとも、間接に関係していると言っていい。………釈尊の開悟がなければ、仏教なんてないわけだから。考えてみれば、彼の戦争は、偶然にも成道会の日に開戦し、盆に終戦した、という妙に仏縁のあった戦争だった。終戦は、意図して盆に合わせたという説もあったりするが、果たして事実はいかに?それにしても、すでに先の戦争の経験者はどんなに若くても60歳を超えている。学生達にとっては、両親は経験者でないこともあってか、自分達に無関係なことになっているのかもしれない。しかし、少なくとも、祖父母は経験者であろうことを考えると、まだ記憶の彼方に追いやるには早いような気がする。始があるから終りがある、だから終りだけが慰霊の機会とならないよう、念じて止まない。
2005.12.08
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「なんで、こんなに余裕がないんだぁ!!」と絶叫しながら、なんとも久々の記入。K女子大の講義は、前夜襲来の所用によって準備不足。本来だったら、教科書の補足をするべくプリントを作成するところだが………仕方なく、断念。窓の外に拡がる紅葉を眺めながら、講義を淡々とこなした。(………淡々かなぁ?)それにしても、晩秋になってからの今年の紅葉は色づきがよい。K女子大は高台にあって、しかも周りが木々に囲まれている。今年使っている教場では、教壇からだと窓の外の紅葉が嫌でも眼にはいるのである。これは、精神上、実によい。………良すぎる、とも言える。とかく、窓の外を見るのが好きな小生、講義をしながら学生の顔を見ずに、窓の外を見ることが多い。そういえば、中学3年のときには、窓から鎌倉の海が見えたので、先生の話も耳を素通りするように(午年生まれとしては、文字どおり「馬耳東風」)窓の外をボーッと眺めていたなぁ。。。その癖が、ぜーんぜん治っていないわけだ。こりゃ、いかん!少しは、なんとかしよう。。。。。できるものならば。。。。。ちなみに、今日は久々にナッコ嬢の登場。劇団に所属している彼女は、公演のために先週は欠席。案内メールをもらったものの、都合がつかず行けずじまいとなってしまった。………で、講義終了後、いつもの通り近場のファミリーレストランで、これまたいつもの通りM嬢と3人でお茶。ちょうど、金曜日のK大の講義で使うパワーポイントを作成中なので、見え具合を批評してもらうことにした。K大の教場はプラズマディスプレイ装備で、教員側からはどのように投影されているのかがわからない。だから、実際に授業でパワーポイント画像を見ている学生に尋ねるのが、良いのである。結果、いろいろと御意見頂戴。色の使い方など、随分と参考になった。17時20分頃に出発して、途中の駅で2人を降ろし、こちらは横浜そごうのロフトに注文の品を受取りに向かった。途中、車のフロントガラスに若干の雨粒が落ちてきたが、傘を差すほどの量ではなかったので、安心をしていた。到着は、18時50分。出発は、19時10分。駐車場を出た頃に、細君より「逗子に着いたのだけれども、迎えに来て」との電話。逗子の雨はひどかったらしい。「みなとみらい」から高速湾岸線に乗って、幸浦で降りたのが19時40分頃。その5分後、八景島の手前を金沢八景に向かって右折をした頃から、急に雨脚が強くなってきた!!!それから逗子に入るまで土砂降りで………逗子に入った頃にはほとんど雨は上がっていた。何とも局地的な雨!これが、我が細君を襲っていたわけだ。電話がかかってきたことに、十分納得したのであった。20時頃、空には星が瞬いていた。。。
2005.12.07
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火曜日はウニちゃんと共に研究所の勤務。今日のウニちゃんは、持参のパソコンをカタカタ。担当業務は今日はなすべきことがほとんどなく、どうやら講義の準備らしい。そういえば、来年の講義は持てるのだろうか?気になって、ウニちゃんに尋ねると「まだ話が来ていないんですぅ」との返事。大体、オファーが8・9月段階で来ることを考えると、こりゃぁ、ダメかなぁ?もともとサバティカル(在外研究)の代講のウニちゃん、サバティカルの先生が戻ってくれば担当を外されるのは仕方がないことである。本人はオファーがその時期だということは理解していなくて、「大方8・9月、遅くて10月」なんて教えると、「そんなに早いんですかぁ!?」とかなりビックリしていた。講義の準備は、担当の初年度だとかなりかかるので、できれば同じ内容の科目を翌年度も続けられればいいのだが、大学もそこまで甘くはない。本人は東大人脈で非常勤を得ていて、「東大」というコネクションをあてにしているが、果たして「東大」というだけで非常勤が続けられるかどうか?本人の実力の点から見ても、難しいと思うなぁ。まぁ、それでも人柄の良さはあるし、同僚でもあるから、余所事ながら心配ではある。さぁて、どうなることやら。
2005.12.06
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今日は、午後からカルチャーの日。土曜日から母が不在のため、夕食は細君と2人。17時30分にカルチャーが終わって、横浜に出て、帰宅予定は19時として細君に伝えておいた。夕食は、カレーがすでに作ってあって、それを温めればいいことになっている。で、予定通り17時30分にカルチャー終了。急いで横浜に出て、コーヒーを購入。なんと言っても、今日は20%割引の日。ついでに、小生の部屋のコーヒー豆がほぼ底をついているので、買っておかなければコーヒー不足で倒れてしまう(笑)なんたって、1日家にいるときには、自室で3~4リットルは(普通はリットルでは数えないとは思いますが…)飲んでいる小生、少々薄めに淹れているとはいえ、消費量は半端ではない。100グラムなら、大体3・4日で消費しきってしまう。横浜に着いたのが18時ちょっと前。コーヒーを買う前に気付いた買物があったので、それを買って、コーヒーを買ってなんてしていたら、18時20分になってしまった。あわてて、電車に乗って自宅に着いたのは19時10分。いつもなら19時過ぎに逗子に着いて、19時10~15分頃に帰宅する細君、今日は会社から少し早めに帰ってきたらしく、19時にいなかった小生に少々お冠であった。恐怖(というか恐妻)の一夜は、ここに始まった(笑…かなぁ?)
2005.12.05
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今週の金曜日、K大の講義でパワーポイントによるスライドビューをすることになっている。東アジアの風水の実際の状況を、映像で見てもらおうということだ。A大で講義を担当し始めた10年前からずっとやっているスライドショー、A大では去年まで、K大では3年前まで、撮ってきたフィルムからスライドを作成し、それをスライドプロジェクターで見せていたのだが、K大で2年前からパソコン使用可能な教場をあてがわれて、パワーポイントを使うことを勧められてから、K大ではパワーポイントによるスライドビュー、A大ではスライドプロジェクターによるスライド投影、と2本立てでやってきた。今年は、A大もパソコン使用の教場をあてがわれたので、これを機に、パワーポイントの強化を図ることにした。去年までのパワーポイントの使い方は、単にスライドを順繰りに見せるだけで、ペンのコマンドで必要な箇所を指し示すというものであったが、今年の前期にアニメーションの仕方を少し覚えたので、これを活用するように大改造。学生を飽きさせないことと、なるべくペンのコマンドを使わないように、説明もアニメーションで投入して、結構こって作ってしまう習性の小生、やたらと時間を食いながらの作業となった。で、明日のカルチャーの準備のことも考えて、途中で作業中断。さてさて、金曜日に間に合うのだろうか………?
2005.12.04
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久々に細君の実家に行った。以前は、月に1度は行っていたのだが、去年辺りからそれができなくなって、今年はとうとう正月、5月以来3度目。随分と御無沙汰になってしまった。朝っぱら、母が姉の婚家に4・5日行くのに、新横浜まで車で送っていって、小生はそのまま横浜へ。細君は今日はカルチャーの日で、13時から15時まで横浜そごうのビルで受講しているので、15時過ぎに合流することにしている。小生は、10時30分には横浜に到着。そごうのカードの関係で、駐車料金が3時間無料なので、1日に営業を開始したそごうの駐車場に入れて、駐車券の処理をしにそごうへ。ついでに、そごう美術館でやっているアンコールワットの展覧会も見に行った。10月に殊勲の君と会ったとき、彼女がアンコールワットに行ってきた、っていうので写真を見せてもらったりしたが、やっぱり凄い。砂岩なんてボロボロの岩に、よくあれだけの彫刻を施せたものだと、感心しながら技術の高さと美のあり方を堪能。………一度は行ってみたいねぇ。さてさて、時間ギリギリに一旦駐車場に戻り、再度入れ直して、再び駐車券をもらう。これで、都合6時間弱は、ただで駐車できるわけだ。15時過ぎに細君と合流して、小腹を満たしたあと、細君の実家へ。細君の実家は、両親と妹1人の家族構成。細君には他に兄弟がいない。要は、家族の中で男性は義父1人だけである。したがって、小生が行くと「仲間ができた」と義父は大喜び。ついでに、義父はスモーカーで、この点でも「仲間ができた」と喜んでいる。そういえば、この前「踊る大捜査線 ザ・ムービー」をテレビでやっていたけれども、あの冒頭の川淵のシーン、細君の実家の直ぐ近くで撮影していたそうである。確かに、周囲のマンションなどその通り。細君の実家は横浜線沿線である。つまり、湾岸署の管轄は横浜市まで拡がっていた、ということになる(笑)湾岸署の本署は、テレビ版の時はフジテレビだったような気がするけれども、どうだったっけ?そうそう、ずーっと気になってる警察(ドラマ)関係の場所が2箇所。1つは、七曲署(太陽にほえろ)の場所(古いねぇ)もう1つは、港署(あぶない刑事)の場所(やっぱり古いかなぁ?)七曲署はさすがに、渋谷辺りをうろついても土地鑑(ん? ATOKは「土地勘」が先に変換候補になっていたゾ?)がないのでどうしようもないが、港署はほぼ場所が分かっているのに見付からない。もう、15年は探しているのだけれどもナァ(笑)どうやら、港署はしばらく前に壊されたということらしいのだが、あぶ刑事のロケーションの場所がほとんど判っているのに、港署だけ判らないのが何とも口惜しいねぇ。そうそう、映画のあぶデカ見に行けるのかなぁ?あぶデカファンとしては、見に行きたいのだけれども………
2005.12.03
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K大の講義は、年度内あと3回。後期の風水の話もいよいよ大詰めである。ここまで、風水と関係するコスモロジーの話をしてきているが、残り3回は人間社会と風水との関係を話すことにしている。文化人類学の講義だから、ひとや社会と文化との関係を話さなければ、意味がなくなってしまうのである。今日は、東アジア文化圏とはなにかについて話をし、どうしてそこに風水が拡がったのかという話をした。この類の話、東アジアの地図と、東アジア史、そして東アジア文化に若干の知識がないとちょっと辛い。大方の学生は、その辺りの知識がないから(「西域」ったって、わからないもんナァ………)、どうしても基礎的な話と大学でするべきレヴェルの話を組合わせることになって、かなりしんどい。それでも、毎年の講義の積み重ねがあるので、ある程度のパターンによって学生の知識誘導はできるようだ。ただ、数年前にゲームや漫画で流行っていた『三国志(演義)』や『封神演義』は、すでに学生の知るところではなくなっているようで、その辺りを知識の誘導点にしていたところに無理が生じ始めている。さぁて、困ったぞ。来年はどうするべきか、今から悩まなければならない。ゲーム会社と結託して、新たな中国史系のゲームでも開発するか………コネがあれば。。。K大の講義終了後は、先週から復活したS大の講義へ。帰宅は、いつもの通り、22時過ぎであった。
2005.12.02
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6月頃から懸案になっていた住職の話が形になって、今日付で掛川の寺の住職。もっとも、寺の建物は村の集会所である。一見、このことは妙に聞こえるかもしれない。建物がないのに寺の住職とは、一般にはなじみにくいものだろう。ちなみに、寺院といっても、その内容は実は2つあって、一つは宗教施設(建物・敷地)としての寺院、もう一つが宗教法人としての寺院である。要は、学校といっても教育施設としての学校と、教育組織としての学校の二つがあるのと同じである。だから、施設としての寺がなくても住職、という端から見れば妙な現象も起こるのである。このような住職を、別名「青空住職」という(笑………だけれども本当!)「青空学校」は本当に授業という学校業務をしていたが、「青空住職」にはその寺にかかわる法事などの宗教活動はない。本当ならば、至って気楽なはずなのだが………まぁ、そうは世の中上手くはいかないのである。とにもかくにも、今日から住職。そして、それと全く無関係に、定例のA大・K大の講義。結局、実際の仕事に意識が向いて、住職としての実感が湧かない初日であった。
2005.12.01
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