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5回シリーズでお送りしてきたドタバタツアーの最終エントリーである。 1回分のエントリーのネタにするほどのボリュームに達しなかったエピソードを、ちらほらと。●大衆食堂もりもと● 過去4シーズン、宿まで運転するのに、雪道の心配をしたのは昨年のたった1シーズンだけであった。他人様を乗せているからには安全に万全を期して、転ばぬ先の杖、スタッドレスタイヤを装着していたのだが、実際はノーマルタイヤでも十分宿には辿り着けていた。 丹戸の宿はそれほど標高の高い場所にあるわけではなく、2つの登行リフトを乗り継いでゲレンデにアクセスするほどの位置なのである。 [このリフトも味があって、いとをかし] その最初のリフトの麓に「大衆食堂 もりもと」はある。 [前からずっと気になってたんだけど…] 今まで、その存在を知ってはいたが、スキーの前はゲレンデに一刻も早くたどり着くべく、これを横目で見ながらスルー。帰りは、丹戸への林間コースから宿に向かうため、ここに立ち寄る機会がなかったのである。 今回は、雪不足によるコース閉鎖の影響で、登行リフトによって下山。 ここで、ついにこの「気になる」食堂の全貌を明らかにする時がやってきたのである。 [黙々と廻転焼きに向き合うおばちゃん、そして店内に潜入!] 私が下山したとき、この店の客はビールを飲んでいた中年スキーヤーがただ一人。スキーヤーの団体が通りがかる度に、所在なしげに店前に佇んでいたおっちゃんが、「廻転焼き、どうです? 大評判ですねん」 と声を掛けていた。大評判とあらば食さねばならない(笑)。 そして、内心「ええブログネタになるかも」との下心もあって、ついに「もりもと」初体験である。注文は、焼きたての「廻転焼」をひとつ。80円ナリ。[大評判の廻転焼きでっせ] …正直、期待していなかったのであったが、なめていた。ハチ・ハチ北ワールドの奥の深さを思い知ることとなったのである。 めっちゃ、まいうー。 できたてのほやほやが饗されていることに加え、運動の後の甘味とあって、その評価にはバイアスがかかっているのは否めないが、それでも表面がほどよくこんがり焼けて、中身のあんことのバランスは絶妙であった。 ついでに思わずコーヒーを一杯更に頼んでしまったほどである。 [食堂の隣にはお土産品がずらりと並ぶ] …しかしながら「ハチのお土産コーナー」といいつつ、別にここで買わなくてもいいのではないかと思うものばかりが並んでいたのは、ご愛敬である。 恐るべし、ハチ・ハチ北ワールド。奥が深い。●N氏を襲った悲劇● 大阪に住んでいるのに、朝7時に明石で集合という、どう聞いても不条理な参加条件の中駆けつけた、N氏。会社つながりでK氏にそそのかされて、このツアーに参加って、4年前に同じパターンで人生を狂わされた人物がいたような…。デジャブーであろうか? そんなN氏も、宿のカニや温泉ですっかり上機嫌の1日目。しかし、世の中そんなに甘くない。2日目、ハチ北への移動のリフトで事件は起こった。 トリプルリフトに乗った瞬間、「バキッ」という鈍い音。プラスチックが割れるような音に聞こえたが、周りに特に対象が見あたらないので、特に気にも留めていなかったのだが、リフト中腹からN氏の悲鳴がハチ高原に響き渡ったのである、「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛… ビンディングが…」 [ボーダーも楽じゃない] 写真ではわかりにくいかもしれないが、右足のビンディングがまっぷたつである。 私はスキーヤーなので、よく知らなかったのであるが、ボードのかかとの部分は、リフトを利用する際は折りたたんで乗るのがマナーなのだそうである。 N氏の場合は、つい最近ボードを買ってビンディングを取り付けたということもあって、まだその操作に慣れていなかったのだ。それにボードの場合、ビンディングとボードの靴がワンセットになっているらしく、今回ビンディングを取り替えるにしても、最悪ボードの靴ごと替えないといけないらしい。 折角マイボード・マイスキーを持ってきていても、一寸先は闇である。くわばら、くわばら。 …ところでN氏、どうせ買い換えるなら、今からスキーにしてみれば?●ハチ・ハチ北のお気に入りは…● [ハチ北側アルペンコース、中腹にはモーグルコースも] ハチ北のゲレンデで不思議で仕方がないのが、アルペンコースの人口密度が低く、ほぼリフト待ち時間なしで滑走できる、いわゆる「穴場」状態になっているということである。 コースの中腹にコブ斜面があるので敬遠される面があるのかもしれない。しかし、この箇所ではコースの東側を滑っていれば、コブを回避することができるのである。 というわけで、私はこのコースを気に入って、いつもここをメインに時間を過ごすのである。 メンバーのY氏は、80年代の未曾有のスキーブームを経験されている。映画「私をスキーに連れてって」がヒットした頃である。 ようやくお子さんが大学生・高校生になって、休日に自分の時間が取れるようになり、スキーを「再開」されるようになったY氏にとって、彼が嬉しくなるのは、今のスキー場にはリフト待ちの時間が短くなっていると実感する時だそうだ。 昔のリフトは一人乗りが多く、またスピードも出ていなかったため、それほどの機動力がなかったのである。現在では、他人乗りリフトの普及と、スピードアップ、それに加えて、皮肉にも継続的なスキー・スノボ人口の減少が、リフトの順番待ちのストレスを軽減しているのだということができそうである。 より数多くスキーが楽しめる時代となったその恩恵を、私はまだ十分に理解できていないのかもしれない。●また来るでー●[日曜日は天気も良く…] 頂上から天気が良ければはっきりと確認できる周囲の山々の稜線。心が洗われる一コマである。[ナイトスクープ、久しぶりに観たー] ハチ・ハチ北では、アットホームな仲間と、ある意味、実家以上にくつろげる魅惑の宿に包まれて、充実した時間を送ることができる。 ビバ、ハチ・ハチ北。ビバ、スキー。 来年もまた来る…と書こうと思ったが、その前に、辛抱たまらず、2月にまた別のグループとここを訪れる予定である。 また、その折は、よろしゅう頼んまっさー。
2007年01月31日
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京都議定書の議決から10年。人類の叡智は、ひたすらに突き進む地球温暖化への道に歯止めをかけることができるであろうか。 …などと、偉そうな口上を述べようとしているが、要はちゃんと冬にはスキーが楽しめるように雪が降ってくれないと困るのである。 すでに全国的な雪不足が報道されていたのである程度は覚悟していたが、それでも今回のツアーでやや物足りなかったのが、ゲレンデのコンディションであった。 たった積雪60cmでは、まるで春スキー感覚である。 今年の異変は、宿の駐車場横の階段から一目瞭然だった。…私たちの宿をご存じの方は、この惨状に驚かれるだろう。[毎年、雪に覆われて階段が見えないほどなのに…] 暖冬の影響は、ゲレンデにも如実に表れていた。 [ハチ北側、北壁樹氷コース・スカイロードの看板と、ハチ側ハイランドビューコース] 標高の高い、上質の雪が期待されるコースが、ことごとくコンディション不良に陥っていた。特に、ハチ側のハイランドビューコースは、滑走自体が始まっておらず、ハチ北側から戻ろうにも、リフトを使ってハチの麓に降りないと行けない有様だったのである。 ちなみに、北壁樹海コースでは、二度思いっきり石を踏んだ鈍い音がした。 まだ新しい板なのに…と、凹みまくりである。300ヘクトパスカルぐらい。 上写真左は、北壁スカイロード始まってすぐの箇所。養生シートがむき出しになっており(まだこれがあるだけましだという考えもあるのだが)、滑り出して2秒でこのシートにエッジを取られてボーダーN氏が大転倒していた。そんな殺生な、という感じである。 右は、私が好きなコース(でもあまりリフトは混んでいなくて「穴場」的コースである)・アルペンコース中腹のコブ斜面の様子。確かにこれだけ地肌が見えていると、皆が敬遠するのも頷ける。 そして、今回一番凹んだのは(1013ヘクトパスカルぐらい)、丹戸の宿に帰る途中の林道コースの状況であった。 行きは宿から登行リフトを2本乗り継いでゲレンデに到着する一方、帰りは斜度の緩いアスレチックコースを辿って(軽くノルディック選手気分に浸れる)、宿に辿りつけるはずが…。 自然の摂理とはいえ、この現状は寂しい。 たった今年一年の状況だけを見て、安易に「地球温暖化」だと騒ぎ立てるつもりはない。事実、昨シーズンは雪が豊富で、本州でも銀世界を随分堪能できたのだから。 ただ、長期的なスパンで鑑みて「確実に雪は少なくなっている傾向にある」と断言される地元の方は多いのは事実である。 環境問題は、直接に自分の身近で影響を及ぼす事象がない限り、余り真剣に考えない問題だろう。 私自身、どちらかといえば、環境問題に取り組んでいるいくつかの団体そのものの方が胡散臭い、と斜に構えるタチである。例えば、クーラーをがんがんかけて会議をして、無駄なビラを配って…と、その手の団体によるプロパガンダを広める活動一つ一つが、地球資源の浪費に繋がっているという矛盾を、彼らが顧みていない気がするからである。 それでも、自分に何ができるだろう、と考えることは無駄にはならないはずである。 このサンクチュアリは守っていかなければならない、と強く思うからである。 来年も、またここで、珠玉の一時を過ごさねば。
2007年01月30日
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まだずるずると、冬の味覚の話題である。 この民宿では、これでもか、と言わんばかりに次から次へと美味なるものが饗される。 たとえば、朝食と昼食はこんな感じである。 [運動前の影響補給と、必殺・おかんカレー] いつもはこんなに贅沢していないのに、人間の身体というものは恐ろしいと思う。目の前に出されたものは全て平らげられてしまうのである。食べ出したら止まらない。 この昼食のカレーなど、激しい運動の後とあってか、平気で二杯目に突入できる。 この際、宿のお母さんに「半分ぐらい」「1/4ぐらい」「しゃもじで半分ぐらい」などと、ファジーなボリュームリクエストをしても無駄である。きっちり二杯目も同量が盛られてくると肝に銘じておかなければならない。 だが、予期せぬボリュームでも不思議と胃に収まってしまうのが、この宿の魔力である。我々の満腹中枢を破壊する不思議な磁場が形成されているのではないかと、本気で疑う次第である。 はてさて。 私の車で前日入りした三名は、金曜の日の晩にボタン鍋をいただいた。 今回都合が悪くて来られなかった他のメンバーに対して、申し訳ない気などはさらさら無いわけで(笑)、この場でその模様を再現してみようと思う。 まあ、悔しかったら来年は金曜日の夕方にオフィスを出てみやがれ、コノヤロー。 まずは乾杯である。お酒の呑めない私は、可愛くお茶で参加である。 が、乾杯などは社交辞令で、意識の大部分は机上の「ボタン」に向いているのは言うまでもない。[テキトーな乾杯のあと…] なにせ、こんな大輪の花が咲いているのである。 ちょっとした雑学であるが、「ボタン鍋」「サクラ鍋」「モミジ鍋」と言えば、それぞれイノシシ・馬・鹿肉の鍋を指す。これはクイズ研的にも一対一対応で記憶しておかなければならない事象であって、あえてここに備忘録として記述しておく。 ボタン(牡丹)・モミジ(紅葉)の名の由来は、花札から来ているという説もあるらしいが、この見事な皿を見るにつけ、牡丹の花に似せて盛った皿の風情から来ていると信じたい。 なお、サクラが馬肉なのには明確な理由はなく、桜の頃が一番おいしいからだとか、あるいは肉の色がピンクだからと諸説あるらしい。 いずれにせよ、仏教の教えからか、肉を食すのに少なからず抵抗のあったであろう庶民が残した、花の名に喩えた鍋の名前には風流を感じる…[あー辛抱たまらん] …のはさておき、目の前のものがうまけりゃいいじゃん的な、現金な私も素敵である。 なお、今回見つけた気になるグルメをもう一つ。 [ハチ北側中腹ロッジの数量限定メニューには…] この1500円の表示に注目である。 写真が小さくて恐縮であるが、これは「但馬牛の牛丼」である。 ○野屋の何倍の値段やねん、と突っ込みたくなるこの一品。ブログネタのために、一肌脱ごうかと2秒ぐらい考えたが(短かっ)、その日の晩がカニだったので、泣く泣く諦めた。誰か、清水の舞台から飛び降りてみる有志、頼む。 なお、一日中食べまくっているアホ軍団は、夕食での宴の後、車で20分ほどの温泉へ。 ここは、露天風呂もあり、なかなか日本人のわびさびを解している外湯なのである。 [この万灯の湯(まんとのゆ)は、リフト券を提示すると入浴料が100円引きの500円に] そして、何よりアホ軍団の心を掴んだのが、脱衣所を出てすぐのこのロビー。 [風呂上がりの客を待ち受ける蟻地獄のような…(苦笑)] そう、天下無敵のフルーツ牛乳である。 その魔力は、散々カニ食って酒呑んでそれでもまだ風呂上がりにフルーツ牛乳を2本飲み干したK氏に「3本目に行くか否か」で苦悶させるほどの、絶妙のまろやかさなのである。 自動販売機前の累々たる瓶の屍が、それを裏付けていると言える。 …すんません。私もっす(ただし一本だけ)。 [コンビニで衝動買いの獲物を、掘りごたつで舌鼓] まだまだ宴は終わらない。 スキーに行って、不思議と食べたくなるのがアイスクリームである。日頃家では食べないのに、家より格段に寒い場所なのに、全くもってその消費者心理が自分のことながら理解できない。 その定番と言えば、雪見だいふく、そしてピノである(私的に)。しかも、こんな時に「期間限定」「ストロベリー」なんてやられた日には、完全に屈服である。サレンダーである。 …とここまで書いてて、気が付いた。 最後の方、冬の味覚でも何でもないがな。 要は、目の前のものを全て平らげているだけの連中なのかもしれない。ふにゅ。_| ̄|○
2007年01月29日
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例年恒例になっている「ハチ」ツアー。 K嬢からメンバーに届いたツアーの日程調整のメール、そのサブジェクトは「ハチ・カニ」であった。このツアーにおけるカニの位置付けは、それほどまでに重要なのである。 前述した宿における目玉の一つは、とにかくボリューム一杯の晩御飯である。 このエントリーでは2日目の晩、カニづくしの模様をお送りしたい。 …とはいえ、私にこの美味を十分に伝える筆力はない。ただただ、夢中になって撮影した画像を添付して、皆様へ幸せのお裾分けをするばかりである。 …え、タダのいやみではないか、って? はい、そうですが、何か? [お皿一杯のカニ鍋用のカニ、そして炊飯器一杯のカニ飯] [焼きガニ・蒸しガニ・バター焼きガニ、そしてカニみそ] どれも、これも絶品である。メンバー6人、ひたすら無言で、身をほじくり、足を引きちぎり、甲羅にむしゃぶりついていたのである。 …そんな中、メンバー全員が認める、究極のカニの食し方が…カニしゃぶである。[カニの足の甲羅を丁寧にはぎ取り…][そのままカニ鍋へくぐらせ…][カウント"5"で引き上げる!] これがカニしゃぶである。実際に鍋へカニをくぐらせると、ほんの一瞬で身がほんのり赤く染まりながら広がって、まるで花が咲くように見えるのである。 …そして、この身が、ポン酢をつけても、そのまま食べても… ひたすらまいうーなのである!!!!! カニを食すとき、皆さんは、そのうま味を逃がさず凝縮して、お召し上がりになっているだろうか? カニの身は、本来、甘く感じることを皆さんは実感されているだろうか? 私ごときの文才ではとてもこの味覚をお伝えできない。忸怩たる思いで一杯である。 [おまけ1・脂ののった刺身 このブリをしゃぶしゃぶにしても…まいうー!!!] [おまけ2・甲羅のはぎ取りに苦戦する新メンバーーN氏に、民宿のお母さんが愛の手を] …そして、そして! ここで終わるわけにはいかないのである。もったいないお化け(多分ローカルネタ)が出るのである。 食べ終わったカニ鍋は、当然、日本人なら雑炊なのである。 [カニ鍋にご飯を入れて、同時に甲羅の身をほぐし…] [カニの身を投入、そして玉子でとじて…] [待つこと数分。海苔を入れて完成!] …まさに、至福の一時である!!!!!『宴のあと』 三部作 Beyond Description…ただ、一言言わせていただきたい。 日本人に生まれてきてよかった、と。
2007年01月28日
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兵庫県養父市に、鉢伏山という標高1220メートルの山がある。 この山の名は、鉢を逆さにして地面に伏したようなその概形の見立てに由来すると言われている。 その名が示すとおり、この山系の南北にはそれぞれ広大な高原が広がっており、パラグライダー・登山などとともに、スキー・スノーボートなどのアウトドアスポーツのメッカとなっている。 特にハチ高原・ハチ北スキー場は、鉢伏山の頂上で南北双方のコースが連結していて、共通リフト券が使用できるハチ・ハチ北の愛称を持つ関西有数規模のスキー場である。 ここが、今エントリーから5回に分けてお送りするドタバタツアーの舞台である。 1/22のエントリーで書いた遠出の準備のセットアップは、さしあたって、このツアーのためであったのである。[お約束・山頂記念碑の写真] このツアーで一緒に現実逃避を試みるのは、私が現在勤める会社つながりで構成されたコミュニティーを軸として(会社を辞めた人がいたりして、説明し出すと長くなるので省略)、そのメンバーの口コミにそそのかされた新メンバーを加えた6名。 そのうち、私・K嬢・O嬢(私の車組)のスケジュールは以下の通りである。26日(金)18:00オフィス出発(K嬢は最寄りの駅でピックアップ)21:30~宿に到着・ボタン鍋を囲んで酒宴27日(土)~夕方スキー18:00~カニ鍋を囲んで酒宴21:00~温泉22:30~第二次酒宴28日(日)~昼スキー~夕方移動16:30~有馬温泉19:00~解散 …と冬満喫。っていうか、どれだけ現実逃避したいねん、と突っ込まれるかもしれないが。 なお、今回の旅程で撮影した、唯一の「記念写真」っぽい一葉がこれである。[普通の写真ではつまらない。K嬢のニューヘルメットに残り参加者5人中4人を映して] …とまあ、かなり頭の悪い連中であることは否定できず、残り4エントリー、お見苦しい点があるかもしれないがご了承を。 一点だけお断りを。 ハチ山麓・丹戸地区に、我々が定宿としている民宿があるのだが、諸般の事情により、この宿の名前を本ブログ上で紹介するのは差し控えたい。限られた人手で運営されていて、いわゆる「一見さん」の対応に手が回らないのが現状なのである。 なお、この宿の雰囲気は、以下のスナップを紹介し、皆様のご想像にお任せするにとどめたい。 スキーヤー向けにデザインされた三和土、電気毛布(ところどころにハイテクが導入されているのも味わい深い)を使用して寒さをしのぐ寝床、一度入ったら根が生えたように感じる掘りごたつなど、日本人なら誰しも癒される空間がそこにある。 まさに、古き良き日本との邂逅である。 極論すれば、週末に素泊まりして単にごろごろするするだけ、という超贅沢な週末を送りたいとすら思うこの宿。 日本にスキーを伝えたレルヒ少佐の通訳のお孫さんであるK嬢(写真:銀色ヘルメット・こたつ右側)の紹介で、お世話になることができたという、まさに歴史の重みの恩恵に頭を垂れるばかりの宿である。 この癒しの空間が、少しでも皆様に伝われば幸いである。「美しき国、日本」。まだまだ捨てたもんじゃない。
2007年01月27日
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少し前の話になるが、1/6のエントリーの続きである。 毎年リクルーターとして母校に訪問している。今年入社7年目の私は、なんと7年連続皆勤賞である。これには、システム部に私の母校の後輩達が、7年間で1人しか入社してくれなかったという事情も見え隠れする。また、その期待の「1人」の彼も、訪問時期にどうしても抜けられないプロジェクトを抱えていたとあって、今年も無事に、私にお鉢が回ってきたというわけである。 こんなリクルーターを送り続けているから、過去、散々たる成績なのではないかと、社内の誰かが気が付いてもよさそうなものだが、実のところ、私も結構乗り気で母校に訪れているので、まあいいかと楽観的に構えて早7年である。光陰矢の如し。 で、そんな学生さんの一人が、このブログのURLを就職活動友達に紹介してくれたらしい。というわけで、昨日はプチ2割増し程度のアクセスを記録していた。 が、いきなりそんなことをされたら、目に飛び込んでくるのは、飛行機のスーパーシートに舞い上がって機内で写真を撮っていたり、家に温水便座を導入して嬉々としている、アホリクルータ満開なコンテンツなわけで、かろうじて体面を保っていた威厳が、一発で崩壊してしまいかねないのである。[本題に移りますマーク(嘘)] …というわけで、ここからは真面目に、どうやって私が自分の職種を決定し、どうやって企業選びを進めたか、の総括を続けたいと思う。 私の志望動機が大きく揺らいだきっかけは、いわゆる機械系企業の工場見学ツアーだった。 京都から見て東に位置する企業を順に一日ごとに(可能であればダブルヘッダーも組み込んで)訪問すれば、ちょっとした「ツアー」になるのである。機械系の学生であれば、誰しもが通る道である。 就職には、いわゆる相性を察知できる瞬間があると思う。それは、実際にその企業に勤める人から発するオーラであったり、あるいは職場から察する雰囲気だったり、明文化しにくいファクターからもたらされる、啓示に近いものである。 それが、私にはことごとく「負の啓示」が機械系企業の職場で訪れたのである。オッサン臭い雰囲気、もの作りの現場臭、あまりに雑然とした環境…。私には、それがアナクロニズムにしか映らなかったのである。 この場所は、60歳まで身を捧げるような場所ではない。頭の片隅から、私の中の誰かが、叫び続けていたような気がした。 突然にされど確実に。要は、私は「モノ作り」の現場での勤務に興味が沸かないのだ、と悟ったのである。機械工学専攻のくせに、である。 しかし、この天啓は進路選定の上で大きな指針を与えてくれた。この方針をもって、実に資料請求を行った企業の6割程度を切り落とすことに成功したのである。最悪の場合(自由応募で全滅だった場合)は、学校推薦がある、という恵まれすぎの境遇も、この強気の選択を後押ししてくれた。 そして、幅広く業界を研究していたのも奏功した。 当時はシステムエンジニアという職業が注目され始めた時期だった。情報工学を専攻していたわけではなく、決してプログラミングに明るくない私であったが、いわゆるプログラマーと違うこの業種なら、マニアからの視点からではなく、システムユーザーの立場としての意見を反映できる、ある程度バランス感覚を有した人材になれるのではないかと想像したのである。 …そんな絞り込みをする中、それほど志望順位が高くなかったある企業に、私のスイートスポットがあるように思えてきたのである。 ありがたいことに、その企業は関西にあって、社員の方と接する感じでは給料も悪くなく、福利厚生が充実しているという。会社には寮はなく、借り上げ社宅制度を取っているのも、私の食指を動かした。 外資系企業、というのが鼻についたが、そのせいか、勤務体系もフレックス制を取っていて、毎週月曜日の朝礼だの、作業着を身にまとってのラジオ体操だの、といった旧態然としたイベントに幻滅していた私には、うってつけの環境に思えたのである。 ダメ押しは、部署毎の採用を行っており、内定すれば必ず志望部署に配属されるという明快さであった。機械系出身だからといって、それを理由にモノ作りの現場に送り込まれずにすみそうだ、というのは有り難かった。 モノつくりの現場にモチベーションを見いだせなかったから、機械系の企業を選ばなかったのである。色眼鏡で経歴を見られて、安易に配属を決められたのなら、たまったものではない。 …こうして、無事私は納得できる就職活動を送ることができ、そして現在に至るのである。 もちろん、内定の獲得は人生のゴールでも何でもなく、またそこからが新たなるスタートである。 昨日からこのブログにアクセスされた一部の皆さんにとっては、このマラソンがまだまだ続くのか、と想像するとげんなりするかもしれない。が、40年近くに渡るであろうこの長いマラソンを楽しく走り抜くためにも、自分が走りたいと思うマラソンコースを十分に吟味して、自分の納得のいくスタートラインに立っていただきたいと思うのである。
2007年01月26日
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このブログを立ち上げたとき、将来、どんなトピックを取り上げるのかを想像し、カテゴリー欄には、それらお題目を思いつくままにいろいろと登録していった。これを参考にしながら、今までまんべんなくネタを書いてきたのだが、その中で、まだ「お笑い」のコンテンツのエントリーをしていないのに気が付いた。 今回はこれのフォローアップをしたいと思う。 いつぞやのエントリーで書いたと思うが、私はほとんどテレビを観ない。長時間観るとすれば、スポーツ番組・日曜日の将棋トーナメント、そしてお笑い番組ぐらいである(私の趣向についてはプロフィールを参照のこと)。ついでに言えば、衆議院総選挙の開票特別番組ぐらいだろうか。 1/24のエントリーで、「あるある大辞典」を取り上げたが、この程度の批評は番組を観なくてもできる。さすがに、「あるある」と「あるある2」の違い(ヒロミがリストラされて志村けんに変わったこと など)は、ネットで調べるまで知らなかったが、それでも、実際に観ずとも、この番組が貴重な一時間を費やすのに値しないものであると、判断できる程度の知恵は身についているつもりである。 スポーツについては、あとでダイジェストを観ればいいではないかと思われるかもしれない。しかし、一瞬先に何が起こるか分からない、という緊張感に包まれた筋書きのないドラマ(これは将棋の真剣勝負についても同様)は、ずっと観ておかないと、その醍醐味を満喫したとは言えない。 スポーツ観戦は、単純に観戦時間に対するリターンが小さいから無駄だ、と安易に切り捨てられる類の娯楽ではないのである。 もう一つは、お笑い番組である。これは関西人のDNAによるサガとしかいいようがない。最近はM-1を観て、世間の潮流から最低限は遅れまいとする程度にとどまっていて、昔ほど偉そうなことは言えなくなってきているのだが。 高々数分の話芸に、彼らがどれだけの時間を費やしてここに至っているのかと思うと、ずっと地中に埋もれていて、たった一週間だけ大空を羽ばたけるセミのような儚さを覚えるのである。 自分でも書いてて支離滅裂な方向に走り出す気配を感じて、無理矢理軌道修正をして本題へ。 今日のテーマは、お笑いコンビの「麒麟」である。 2001年のM-1グランプリでは、決勝進出コンビの中では圧倒的な無名度(?)を誇っていたのだが(M-1用語で、ダークホースが決勝に進出した場合にそれを「麒麟枠」と表現するぐらいである)、今では、Googleで「麒麟」を検索すればWikipediaのこの記事がトップに位置するぐらいほどにメジャーになっている、あのお笑いコンビである。 麒麟といえば、川島明の方が印象深いのではないだろうか。漫才の冒頭で、マイクに口を近づけ低音で「麒麟です」と言う、ボケ担当の方である。 川島の代名詞といえば、なんと言っても芸風豊かな声にある。その特徴あるバリトンは声優の素質があるのではないかとさえ思え、漫才の中では、バリエーション溢れる擬音を惜しげもなく披露している。そして、漫才のネタは全て川島が考えているそうである。 個人的にも、川島の実家(京都府宇治市)は私の実家に近く、とても親近感を覚え、応援したくなる漫才師なのである。 それに対して、田村裕である。印象と言えば…ツッコミ担当、顔が黒い、よく噛む、それから、貧乏だった…とそんなものだろうか。一般には、川島と比べて、そのキャラは弱いように認知されているのではなかろうか。 ただ、このエントリーでは、それら世間一般の誤解を弁護したいと思う。まずは、この「貧乏」のレベルをご覧いただきたい。これを知って、彼に感情移入しない人はいないのではないかと思う。 このyoutubeのエントリーがどこまで保存されているか、若干不透明なところはあるが、しばらくは大丈夫だろうと思うので、アクセスはお早めに。動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意!['06年末 人志松本のすべらない話8 より]動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意! …確かに「可哀想すぎて笑わざるを得ない」レベルの体験に違いない。これは、2006年のM-1で、麒麟の二人が「優勝賞金で、田村が中学生時代を過ごした公園を買い取りたい」と言っていた公園のことである。 この映像を見ると、田村もピンでも十分に面白い(特に「すべらない8」では神レベルだったと言ってよい)。それでも、一般には「麒麟は川島の方は面白いけど、もう一方がね」と言われてしまう。この格差は一体何なのか。 私自身、日常会話では「ツッコミ」を担当することが多くて痛感するのだが、一般の人は「ボケ」担当の方が面白いと錯覚する傾向がある、という背景がある。 漫才においては、「ツッコミ」の方が意図的に寒い発言を行って、「ボケ」の発言の落差をより際だたせるという手法がしばしば使われる。M-1でいえば「ますだおかだ」がその典型だろうし、「チュートリアル」も、要所要所でこの手法を用いているといえる。 この手法を採っている漫才コンビの「ツッコミ」は、あらぬ誤解を受けやすい宿命にある。 考えてもらいたい。川島の隣にどんな「ツッコミ」がいれば、川島の個性がより際立つだろうか? ちょっとシミュレーションしてみれば分かることである。彼の横には、川島に「いじられる」タイプの人間で、それに必死の抵抗をするタイプの「ツッコミ」がしっくりくる。結成当初から、このコンビの漫才はある程度の形をなしていたのである。 しかしながら、この二人には、あえて今後一層の奮起を期待したい。M-1で最終決戦まで行った後、さらに「爆発」できるポテンシャルはあるはずなのである。 2006年の最終決戦では、他の漫才番組では披露したことがあるというのならまだしも、2005年M-1リターンズで演じた、探検隊ネタだったのには、正直なところ閉口した。 …とまあ、最近審査するときにやたらと松本の点数を意識しているのが見てとれる、島田紳助にまでこう言われる始末で、ただただ残念であった。 自ら「残念な」と評するその極貧時代を克服した根性で、今一度M-1の頂点を目指してもらいたい、と改めて思うのである。
2007年01月25日
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恐らくこのネタで幾多のブロガーがもうすでにネタにしていると思う訳で、今更何を付け加えることがあるのか、との向きもあるだろうが、まあ、こういう時事ネタも拾っていって、話のテリトリーを広げていこうと目論むわけである。 このブログの究極の読者は『x年後の自分』の自分である訳だが、10年後、あるいは20年後(もう50代だなんて、考えられない…)の私に向かって若干の時代背景を。・2007年当時、まだ完全には地上デジタル放送には移行しておらず(完全移行は2011年7月から)、日本のテレビには、限られたチャンネル数しか存在していなかった。 この結果、低俗な番組あるいは極端な偏向番組を垂れ流しても、当該チャンネルが淘汰されるといった、健全な状況はまだ整っていなかった。・当時の視聴者のリテラシーレベルは低く、例えば「納豆を朝に2パック食べるとやせる」といったデマ情報をそのまま鵜呑みにして、実践するバカが続出した。 実際、いくつかのスーパーでは、店頭から納豆が消えるという事態に陥ったらしい。1970年代のオイルショック騒ぎで、風の噂が広まって、店頭からトイレットペーパーがなくなるという椿事が起こったが、2007年当時の一般庶民の教養レベルもその程度だったのである。・まだテレビというメディア自体がしぶとく存在していた。企業がマスメディアとしての広告価値を見いださなくなり、また大多数の視聴者がネットに移行する、そんな過渡期にあった。 …とこんなもんであろうか(^_^;)。[本題に移りますマーク(嘘)] 以下、取りとめもなく雑感を箇条書きに。★元来、この番組が続いていたこと自体、視聴者そのもののリテラシーレベルを反映している。 今回のケースでは、納豆を続けて食べた8人のデータが捏造だったとされているが、仮に、これが捏造でなかったとしても、1) 8名という少ない標本数で「データ」と言い切れる、統計学上のセンスに疑問2) 納豆を偏食することによるside effectに関する検証は? 短期間で、体重が減ったように見えるのは、単に、食事前に重たい納豆を摂取した結果、トータルの食事量が減っただけなのでは? その際の栄養バランスの偏りは心配しなくて良いのか?3) 体重は、黙っていても一日に±1~2kg 変動するはずだが、その時間推移を考慮した測定だったのか?4) プラシーボ効果を考慮していたのか、その検証は? …とまあ、ざっと以上程度のことを踏まえただけでも、安易に実践に移そうという神経が理解できない。まあ、信じる者は救われるのだろう。アーメン。★今まで放送した健康法を、全部やったら人間として破綻するってことに気付かんかね? これって、確か浅越ゴエのネタだったと思うが。★「実験データは捏造だったが、研究論文に基づいて制作している」と番組側は説明しているようだが、話にならない。一般に、学術誌に掲載されたからといって、その論文の内容が真実であるとは限らない。その認識すらなく番組を作っていたのかと驚愕する。 例えば、一部の物理学会の論文集には「相対性理論は誤りだ」とするトンデモ投稿が掲載されているケースは未だにある。 これは、論文掲載の段階で、極端な色眼鏡のフィルターをかけて掲載を見送ること自体、学問の自由を阻害するという考えがあるためである。学会は自由に各学者が研究成果を発表し、議論する場である。結論づけられた内容だけが学術誌に掲載されている訳ではない。★23日現在、テレビ制作会社・日本テレワークの社長は辞任を表明したが、関西テレビの社長については、役員報酬を3ヶ月30%カットだけという甘い処分に収めている。 責任の所在はできるだけ下請けに。日本の社会の縮図の一端である。★スポンサーへの言及については保留しておく。このスポンサーが私が勤める会社の競合であるからでもある。 ただ、過去、明らかにスポンサーへの配慮と思われる、偏向的な内容があったのは事実である。例えば、花粉対策のマスクに対する実験の回や、極端にUVカットを強調する内容の回である。まあ、民放のテレビ番組が、スポンサーからのしがらみから逃れて完全中立だと思うこと自体が幻想だが。 しかし、明確な証拠とともにこうした事実をブログに論じられる訳ではなく、ここでは割愛する。 番組は「過去にこうした捏造がなかったか検証する」と言っているが、スポンサーに絡んだ回の内容はおざなりにしか検証されないだろう。まあ、それが商業主義ってもんである。★フジサンケイグループのZAKZAKでは、圧倒的に「あるある」にまつわる報道が少なかった。身内の不祥事とはいえ、骨太な報道を期待していただけに残念である。 これでは「NHK番組改変問題」で自民党政治家による政治介入があったと捏造した朝日新聞と五十歩百歩である。 このグループには、こうした勢力に対するアンチテーゼでいていてほしいのであるが。★この番組の各回についてウォッチングしている、こんな優れたサイトがあった(「あるある大辞典」のコーナーにリンク)。各論はこちらを参照されるのが吉かと。
2007年01月24日
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人気ブログを書くための秘訣は何か? といった、ある雑誌のノウハウコーナーに、確か真鍋かをりだったと思うのだが、「自分を晒け出すこと」と答えていた。 まあ、人気ブログを目指している訳ではなく、「読みたい人は勝手に読めば」的なスタンスで淡々と書き綴っていこうと思っているが、他人の目を気にしすぎてこの場で格好をつけたことばっかり書いていても、きっと行き詰まるだろうし、内容が固くなってしまって、そのうち自分の書きたいことがかけない雰囲気を作ってしまうようになってしまうと思う。 というわけで、徐々に自分のアホさ加減をカミングアウトしていこうと思う。 なお、今回のコンテンツは、食事中の方には不適切な表現が含まれる可能性があるので、一応お知らせまで。まあ、グロ画像とかは出てこないので、ご安心を。 まずは前振り。今日は「ショッピング」カテゴリーでお送りしようと思う。1月22日のエントリーで、大阪に電車で出掛けたと書いたが、そのついでに買ってきたのが、こちら。 [MOと MO Reader / Writer] 私には理解に苦しむのだが、未だにデザイン系の会社では、記憶媒体にMOを使っている。光磁気ディスクである。Magneto Optical Disk である(何の略か知らなかったので今調べた)。ピンと来ない方のために、上画像の左側がMOディスクである。 改めて、私は声を大にして言いたい。 今更、MOでデータ送ってくんな、と。 多くのデザイン会社から見れば、私の会社はクライアントに当たる。その力関係を振りかざすつもりはないし、こっちはウィンドウズを使っているから、マック形式(よく見かけるのはSIT圧縮ファイル)で送ってくるな、と言うつもりはない。仕事の効率を落としてまで、クライアント側の環境に準じて仕事をして欲しくはない。そうしたエフォートがあるなら、デザインクオリティーの向上に注いで欲しい。 ただ、データの授受については、CD-Rで焼くとかなんとかできんのかい、と思うのである。 しかしながら、あまりにMOで送ってくるベンダーが多いので、仕方なくMOリーダーを買ってきたのである。ただ、これをヤマダ電機で買ったのは失敗だった。 何故かといえば、ご覧の通り、袋が透明である。いつもの感覚で、車で来店しているような錯覚をしていたのだが、いざ店を出て気が付いたのである… これ持って、ワシゃ電車に乗るんかい、と。 こっぱずかしかったのである。周りの目線が。「うわ、あの人今頃MOなんか買ってはるで」と訝しまれてはいないかと、血圧上がりまくりだったのである。 しかし、これでMOでのデータ授受には対応できる。15,800円と、ちょっと高いと思ったが、そこら辺は会社に請求するので、まあ大丈夫。 本格的にやめて欲しいのは、1GB MOでの送付である。そうすると、値段が19,800円になってしまい、さすがに会社に請求するリスクは取れなかった。ほんまに迷惑なんで、ご勘弁を。 以上、前フリ終了。 同じ電機製品の買い物でも、こちらの方はプライベートである。無事、この週末に設置工事を終え、早速バリバリに活躍してもらっている。 まあ、タイトルにも書いてあるので、じらしても仕方がないだろう。買ってきたのはこれである。 [現在ご機嫌に稼働中] 購入を決意した理由を詳細に話すと長くなるのだが、思い切って枝葉を切り取って端的に書くと、昨年の年末に自宅の大掃除をを通じて、以下の結論に至ったためである: 1. 抜本的な家の掃除はトイレから始まる。トイレが終わらないと、次に進めない 2. トイレの抜本的な改革は温水便座の導入が欠かせない というわけである。何のこっちゃわからんかもしれないが、まあ世の中そんなもんである。 世間知らずの私は、温水便座を導入するには、便器そのものを全て交換しないといけないと思っていた。今は賃貸アパートで暮らしているので、そういった訳で、この文明の利器を自宅に導入しようとは、つい最近まで全く考えていなかった。 30過ぎての無知が恥ずかしい。 が、ある日、ホームセンターで洗面所・お風呂リニューアルコーナーに立ち寄った際、温水便座は、現行の便器にアドオンで設置でき、その気になれば工事も自分でできる、という案内を目にしたのである。私的には青天の霹靂であった。 ご存じない若干名の皆様のために補足する。大抵、トイレスペースにはコンセントが設置されていると思う(恥ずかしながら、今までこの家に7年近く住んでいて、コンセントがあるなんて全然気付いていなかった)。そして、温水便座へは給水タンクに水を送り込むパイプを分岐させ(写真右参照)、温水便座内で給水ポンプと別に水を補充できるわけである。 このため、この部分さえ取り付けを行ってやれば、普通のトイレから温水洗浄便座に変貌を遂げるのである。 この開発秘話を昔プロジェクトXで見たような気がするのだが、技術的な部分と全然別のところで感動してしまって、その機構を全く憶えていなかった。 私がプロジェクトXで感動したくだりは、以下のようなものである。 TOTOがウォシュレット(厳密には「ウォシュレット」はTOTOの登録商標)を発売した当初、戸川純を起用したCMの中で、「おしりだって洗ってほしい」のキャッチコピーを使った宣伝を行った。 これがゴールデンタイムで放映されるや否や、TOTOには抗議の電話が殺到した。 やれ食事中に不謹慎だとか、CMで「おしり」なんて、という「良識派」からの抗議であった。 これに、広報担当部長が率先して当たったのである。「皆様はお食事を楽しんでいらっしゃいます。それと同じくらい、排泄も尊い行為です。暮らしを豊かにする商品です。誇りを持って作っています」 それに倣って部下も対応を始め、一カ月後には、クレームがゼロになった、という逸話である。便座は決して日陰の商品ではありません - これこそがプロとしての矜持である。 …ここに感動して、温水を安定して供給するシステムの開発の苦労が、すっかり私の記憶から抜け落ちていたわけであるが(苦笑)。 今では便座には様々な機能が付いていて、暖房便座機能、乾燥、消臭・脱臭・芳香、フタの自動開閉に便器洗浄…と、まさに世界に誇る技術大国・日本が、そして日本人ならではのきめ細かさが反映された素晴らしい商品である(事実、今の日本家庭の半分以上に温水便座が設置されているらしい)。 私が依頼した工事も、わずか20分で終了した。 どうやって工事のおっちゃんが温水が出るのを確認するのかと、興味津々であったが(まさか、本当に「する」わけではないだろうと思っていたが…)、実際は便器に若干圧力をかけることで着座センサーを"ON"にし、出水確認をするのだそうだ。ちょっとしたトリビアである。 なお、今気が付いたのだが、私が買ったのは、種々の高機能(自動節電モード等)を有さない、そこそこの廉価版だったせいか、プロジェクトXで感動したTOTOの製品ではなく、松下電器産業の「ビューティ・トワレ」であった…TOTOの皆さん、すんまそん。
2007年01月23日
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今年は全国的に雪不足に悩まされていたようだが、私が住む兵庫県でも、もうそろそろゲレンデコンディションが整い、いよいよ雪と戯れる季節が到来したようである。 社会人になってから始めたスキーも、今年で4シーズン目。ようやく来週第一弾のスキープランが固まった。だが、今年は海外出張が3月上旬に予定されている都合もあって、このシーズンに長期の遠出ができそうにない。毎年、ニセコに4-5日間滞在するのを常としてきただけに、今シーズンは消化不良を起こす気配濃厚である。 というわけで、滑れるときに滑っておかなければ! と貧乏根性が首をもたげてくる今日のこの頃なのである。 私が乗っているのは、トヨタのイプサムである。7人乗りのファミリーカーは(一人暮らしであるが、いろいろあってこの車に乗っている)、こうしたイベントで威力を発揮する。この週末に、車の定期点検と同時に冬仕様へモデルチェンジを行った。[スタッドレスタイヤを駐車場へ。マンションの4階から運ぶだけで一仕事終えた気分に] 今回参ったのは、いつもお世話になっている近所のトヨタの営業所が、配置換えで、さらに車で10分弱走ったところに移転している事実に、意気揚々と車で旧営業所地点に到着してから初めて気付いたということである(涙)。防塵シートに包まれたその建物はすっかり廃墟と化しており、一瞬頭が真っ白になってしまった。 実際、私は点検とタイヤ交換の間に、梅田のあたりに出掛けて用事を済ませてこようと思っていたのである。ところが、移転後の場所を電話で確認すると、ひどく辺鄙なところにあって、とてもではないが、車を預けてそこから駅まで歩ける距離ではない。どーゆーことやねん、と切れそうになったその次の瞬間、さすがトヨタである。世界を席巻せんとする企業は違うと思った。「では、弊社の車で近くの駅までお送りいたします」 これが、サービスというものである。この姿勢は見習わなければならない。私自身、社内では「グローバルサービス部」に所属している訳であるが、このサービスの意味をはき違えている社員があまりに多いと実感する昨今、電話担当者が、一定の権限を持って、返す刀でこの台詞を言えるところが素晴らしいと痛感したのである。 車の中で別の担当の方とお話しさせていただいた際、「私どもの都合でお客様にご迷惑をおかけしているので当然です」と改めて恐縮されていたので、逆にこちらがかしこまってしまった。 ころころ社内システムを変えておいて、それをトップダウンでエンドユーザーに強要するのに何の痛痒も感じない、どこかの会社の「グローバルサービス部」とえらい違いである。 少なくとも私の担当しているプロジェクトでは、社内カスタマーへの影響を最小限にするように心がけているのだが、果たして実践できているだろうか、と自問自答する帰り道であった。 なお、以前からカーナビのハードディスクのデータを最新版にアップデートしてもらいたかったのだが、これを海外出張期間中に行ってもらい、出張期間中の車の預かりと最寄りの駅からの送迎を、またもお願いしようとしようとしている小市民な自分の発想に照れてしまう今日この頃でもあった。#なるほど、こうしてデマンドは作られるのか…(独り言)。[キャリアを装着! キャリアの最大積載台数・4が同時にスキーヤー乗員定員上限に] …というわけで、今日から、銀世界への足は準備万端である。 兵庫県には、神戸から日帰りで楽しめるスキー場がいくつかある。折角、冬仕様にしたからには、週末に時間を見つけて足を運ぶようにしなければ。 次の週末で訪れる民宿は、レトロ感溢れる佇まいと、日本海からの豊富な海の幸を満喫できる、ミラクルワールドである。追ってこのブログでも紹介したいと思う。
2007年01月22日
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こんな風に3日連続に渡るシリーズ物のエントリーにするつもりはなかったのであるが(苦笑)、これをもって、「ゲーム」カテゴリーに関する記述に一旦ケリをつけておきたい。 地上波の放送ではないが、「ゲームセンターCX」という番組がある。テレビをほとんど見ない私であるが、これは例外的な番組である。 出演する芸能人は、お笑い芸人「よゐこ」の有野晋哉ただ一人。あとは番組スタッフが登場するだけである。これだけ書くと「何が面白いねん」とお思いになるかもしれないが、彼らが「挑戦」するのが80年代~90年代に発売されたテレビゲーム(ファミコンだけとは限らず、PSやPCエンジンのソフトも登場する)だと聞くと、私のような団塊ジュニア世代の琴線に触れるのではないかと思う。 この番組スタート当初のワンクール(10回放送)は、ゲームクリエイターとの制作秘話インタビューがメインだったのだが、それ以降のシリーズでは「有野の挑戦」というゲーム挑戦のコーナーをメインとした構成に変わり、番組がグッと面白くなった。 私も他人のことは言えないが、有野のプレイは決して上手いとはいえない。 それでも、ミスをした際の絶妙のリアクションに微笑まされ、「確変?」と思わせる異常なツキを発揮して難局を乗り切ったりと、そのプレイを眺めているだけで非常に楽しい。 マニア的なゲーマーではなく、ファミコン少年だった子供がそのまま大人になったようなプレイを放映しているのが何とも味わい深い。 そして、クリアまでの道のりが長時間に亘っても(芸能人ながら時には10時間以上拘束されている)、あきらめないで前向きに努力する姿勢に、たまらなく共感を覚えるのである。 あの頃の子供はみんなそうだったのではないか、と思う。母親の夕食の催促を無視して、ずっとコントローラーを握っていたのではないか。友達の家に遊びに行って、交代で遊んで(有野の代わりに、番組スタッフのADが助っ人となることも多い)、そのプレイを眺めていたのではないか。 そんな郷愁に誘ってくれる、貴重な番組である。 地上波でも、時折「BONUS STAGE」として名作挑戦のダイジェストが放映されているそうだが、手っ取り早くは、売り上げ好調のDVD版を購入、またはレンタルされることをお勧めする。 [順にゲームセンターCX DVD-BOX1 DVDーBOX2 DVDーBOX3 (すべてDVD2枚組)] そして、この番組本は1/20現在、第2巻までが発売されており、月末には第3弾が発売予定とのことである。 [順に書籍版 ゲームセンター「CX」 ゲームセンターCX(2)] 今までに有野がクリアしたのは、「たけしの挑戦状」「アトランチスの謎」「ソロモンの鍵」「スーパーマリオワールド」「迷宮組曲」「スーパーマリオ64」「忍者龍剣伝」「妖怪道中記」…などなど。 私の世代(1975年前後生まれ)の皆さんなら、ご記憶のあるゲームが多いのではないだろうか。 小学生当時の私ではエンディングに辿り着けなかったゲームばかりで、いつしか有野に感情移入している私にとっては、小学校時代からの時を超え、リベンジに挑んでいるような錯覚に陥るのである。 最近のオンエアでは「マイティボンジャック」が放送3回にわたって取り上げていた。 1/5のエントリーで、エミュレータを使用したスピードクリア画像を紹介したのは、この番組にインスパイアされたからに他ならない。そして、これが本ブログで「ゲーム」を独立したカテゴリーとして設置したきっかけとなったのである。 この番組に今後も触発されながら、懐かしき子供時代を振り返るコンテンツを今後も本ブログに綴っていく予定である。1965年~1980年生まれの方々、そしてついでにそうでない方も(笑)、ご愛顧をお願いしたい。
2007年01月21日
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昨日のエントリーの続きである。 「ファミコンバンド」というグループがある。と偉そうに言っても、私も、とあるニュースサイトでその存在を知った口なので、若干恐縮であるが。実際にライブに行った訳でもなく、間接的にしか彼らのプロフィールを把握していない。 それでも、彼らの演奏(演技?)をサイトから見て、そのクオリティの高さと、演題の渋さにすっかり虜になってしまった。 彼らは、ファミコンのゲームミュージックを数十人編成で演奏するバンドで、それとともに「分かる人には分かる」ツボを突いた寸劇が評判となっているグループである。 実際に「ファミコンバンド」の「サウンドテスト」からその雰囲気を窺い知ることができる。 無断転載禁止ということで、このブログから各動画・音楽データについて直リンは避けることにする。が、興味のある方は是非、リンクから辿っていただきたい。まさに百聞は一見にしかず、なのである。 なお、このサイトは以下のようなゲームを知らないと一切楽しめないと思うので念のため(苦笑)。 [エレベーターアクション] [アトランチスの謎] なお、名曲スペランカーも演奏されており、そちらも注目である。学生時代は、この曲を携帯の着メロにしていた私(爆)がいうのだから、間違いない。 昨日のエントリーで紹介したアカペラに比べると、こちらの方がよりニッチなエリアを突いているのは間違いない。 まあ「サン電子がモデムを作っている」とか「ジョイボールってまだ売ってるんでしょうか?」なんてネタで笑っている観客が集まるようなイベントであるから、その濃さは、推して知るべしであるが。 ざっと今日のエントリーを読み返してみて、相当の読者を置き去りにした記述になっているのに気付いて(汗)、実際これらのゲームがどんなものだったのかを紹介する動画を紹介して、今日のエントリーは終了したいと思う。 なお、これらの動画はエミュレータ等を使って最短ルートでエンディングに到達する、といったたぐいのものではない。ネタバレにはならないので、安心してご覧いただきたい。 スペランカーとかそっち系については(どっち?)、また日を改めて。動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意! [
2007年01月20日
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過去いろいろなカテゴリーでお送りしてきた本ブログであるが、一日最高のアクセス数を記録したのが1/5 「いざ征かん、ファミコン世代 1 (マイティボンジャック) 」の回であった(130アクセス)。 この日はブログのあちこちに更新を加えたこともあって、プロフィール欄等からアクセスされた方もカウントされていると思う。それにしても、このブログの一日平均アクセス数が60アクセスであることを踏まえると、統計学上有意にカウント数が増加した回だということができるだろう。 読者を思いっきり制限するコンテンツだっただけに、不思議ではある。 …というわけで、眠れるファミコン世代を揺り動かすべく、このテーマ第二弾である。 7年前にオープンしていた、web版「やっぴい博物館」では、コーナーのまるまる一つで「ゲームミュージック」を取り扱っていた。それだけに、この分野の蘊蓄を語り出すと長くなるがご容赦を。 学生時代はクイズ研究会に所属し、特に大会そのものの運営・演出を活動の中心としていた。その中でも拘ったのが音響である。会場の幕が開くとともに流れる音楽、参加者紹介、ルール説明、勝ち抜き、失格…と、クイズ大会における音響の役割は大きい。それぞれの場面でどういった曲が会場の雰囲気を盛り上げるのか、試行錯誤の末に辿り着いたのが、ゲーム音楽の使用であった。 他の大会の中には、アニメの曲やいわゆる効果音集から採ったものもあったが、私の主観で言えば、ゲーム音楽の絶大なる効果には及ばない。これには、一部ゲームの知名度(ならびに私の世代では丁度聞き慣れた時代の音楽でもある)も寄与していたと思うが、きっと、それだけではなく曲そのものの魅力が会場を引きつけていたのだと思う。 ゲームミュージック黎明期は、ハードウェアの制約から、音質そのものの難や、同時に再生できる音数の制限があり、表現が非常に限られていた。が、その制限が、コンポーザーに火をつけ、時には魂の叫びのような名曲が生まれたのではないかと思う。 今日は、そんな名作のオマージュ映像をご覧いただきたい。動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意!あるアカペラ愛好会によるファミコンソング動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意! どこかの英語圏(冒頭のスピーチから判断して多分アメリカだと思う)の、アカペラ愛好会による一コマから。冒頭で楽曲に言及する中、特に日本についての一節があるのも、日本人として嬉しい限りである。そして、カセットの埃を、息を吹きかけて飛ばすのも世界共通のようである(笑)。 …そう、今更ではあるが、全世界的に見てゲーム業界でぶっちぎりの先頭を走り続けているのが日本なのである。日本人はもっとこの文化を世界に誇っていいと思う。海外から評価されて初めてその価値を相対化するのではなく、自分達の絶対的な目線で、このかけがえのない文化を誇りたいと思う…以上、新作が出るたびに、会社に対してファイナルファンタジー休暇が欲しいと切に願うアホ社会人の自己正当化であった。 この会場のリアクションを見ると、とても嬉しくなってしまう。ゲームマニアというより、おそらくごく一般の方がご覧になっているのだろうと思うが、それでもこの盛り上がりである。 全世界に発信された日本文化の一端が、すっかりグローバル化されたのを実感できる。スーパーマリオよりもゼルダの方がリアクションが大きいあたりに、お国柄による若干の違いも垣間見られて面白い。 これは以前から私が主張していたことであるが、映画音楽がレコード店の陳列では一ジャンルとして確立しているのに比べて、その本場であるはずの日本でも、まだまだゲームミュージックの地位は脆弱だと思う。 考えてももらいたい。例えばRPGにおける戦闘シーンの曲。そして勝利のファンファーレ。それをゲームプレイヤーは幾度となく聞き続けるのである。やり込んだゲームなら、その総聴取時間数は、数十時間を下らないのではないだろうか。それでも、私には「聞き飽きた」と思う楽曲が思い浮かばない。こうした時間単位でプレイヤーの耳を引き続き楽しませる音楽を提供するのは、並大抵のことではないはずである。これが単なるゲームの脇役として扱われ、スポットライトが当たらないのは間違いなく不当である。「ドラクエ」「FF」「スーパーマリオ」のようなメガブランドの楽曲だけでなく、それとは意識せずとも、日本で普通に生活している限り、ナムコ80年代の楽曲や「かまいたちの夜」など、テレビ番組にも数多く使われている音楽は、誰しもが耳にしたことがあるはずである。それほど、ゲームミュージックは社会に浸透しているのである。 昨今のハードの性能の向上によって、今のゲームミュージックには、80年代のような「ハードの制約とそれに対するコンポーザーのせめぎ合い」といった趣はみられなくなった。そういった点で、21世紀以降のゲームミュージックは、それ以前と楽しみ方が異なってきたのは事実である。 それでも、「長時間に渡る繰り返しの視聴に耐えられる」宿命を持ったこのジャンルの魅力は捨てがたい。 今後のエントリーでは、私の独断と偏見によるゲームミュージックおススメ盤を記録する機会を設けたいと思う。
2007年01月19日
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記述は昨日のエントリーから連続している。2ちゃんねるの「いい話」といえば、このエピソードを想起される方も多いだろう。 上梓自体は随分前だが、文庫化されたのは昨年の年末である。 「手軽な文庫版だったら読んでみよう」と思われる方も多いと思うので、以下に簡単に紹介を。[電車男(中野独人・新潮文庫)] ストーリーは、多くの方がご存じだと思うが、念のため。『電車内で酔っ払いに絡まれている女性を助けたヲタク青年。女性に縁がない彼は、彼女をデートに誘うべく、モテない男たちが集うインターネットサイトに助けを求める。 いつしか「電車男」と呼ばれるようになった彼に対して、出来る限りのアドバイスを与え、時に叱りながらも温かく見守る仲間たち。彼らに勇気をもらい、電車男は立ち上がる! 電車男は果たして意中の彼女「エルメス」に告白できるのか?』(あらすじ紹介サイトから抜粋) ドラマ化されたり、これを原作とした漫画も幾つか刊行されているそうだが、恐らく本書の読みごたえのある箇所のニュアンスを伝え切れていないのではないかと思う。 もっと突っ込んで言えば、仮に原作を読んだとしても、2chのスレッドを読み慣れていなければ、本作品のポイントを真に楽しめたとはいえないと思う。 本書で一番読み応えがあるのは、無数の"Mr. 名無しさん"のレスの妙にある。独特の2ch用語・AAで、これほどまでに人の背中を押すことができるのか、と舌を巻く記述が続出する。 本来、彼らは「電車男」との面識もなく、利害関係は存在しない。それでも、ここまでの暖かいメッセージを綴れる心の豊かさが羨ましい。 グッときた箇所を一ヶ所だけ紹介したい。「電車男」は「エルメス」と親密になり、一度は家に呼ばれて紅茶をご馳走になるぐらいの仲になる。しかし、ゴールデンウィークには英語を駆使して海外旅行を楽しむ彼女と、しがない自分を比較して、彼女を「オーバースペック」だと引け目を感じるようになる。 そこで自信を喪失しかかる「電車男」に対して、ある"Mr. 名無しさん"のレス:『あのね、ぶっちゃけね、英語がどうとか海外がどうとか紅茶がどうとかそういう以前に、エルメスんちに行くとかそっちの方がよっぽど大変なんよ。エルメスんち行きのチケットとかJTBで売ってくれない訳。どうすれば招待してもらえるのか誰も教えてくれない訳。英語とか海外とかは金と暇でどうにかなるんだよ。(中略)今更、いちいちうだうだ言ってるとヌッコロスぞ、ホントに。』 こうした珠玉の励ましの連続に、文才のない私は、ただただ、ため息ばかりである。 本書ではレス番が相当飛んでいるのに気付く。編集にあたり、必要なレスの抽出に相当時間がかかったと思う。2chを読みこなすには、実際は無数の煽りを切り捨てて、必要なポイントだけにフィルターをかける能力が必要とされる。 つくづくネットリテラシーの重要性を思い知らされる。 私ごときが、と思うが、最近ひょんなことから"Mr. 名無しさん"の立場に立って(厳密には顔も名前も肩書きも知られている相手なので"Mr. 名有りさん"なのだが)、ある方を慰める、あるいは勇気づけるのにどうしたらいいかを真剣に腐心する機会があった。「電車男」の場合は、彼に失うモノはあまりなくて(失礼)、"Mr. 名無しさん"は迷わず彼をプッシュすればよかったという側面に対し、私の場合は「プッシュ」か「ストップ」かの方針を立てる必要があったのは事実である。 だが、それにしても、つたない言葉を連続して振りかざしてしまい、その方の力になることができなかった自分の無力さには、本当に腹が立った。 それだけに、皆さんには、是非本書を手にとって、素晴らしい"Mr. 名無しさん"達に出逢っていただきたい。 そして、私も"Mr. 名無しさん"達に近づけるように、少しでも自分を磨いていければ、と思う。
2007年01月18日
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2ちゃんねるにまつわる閉鎖騒動が続いている。発端は、名誉毀損裁判で敗訴しながら賠償に応じない管理人に対して、被告人が起こした差し押さえという実力行使である。 昔から、2chは無法地帯だとか、ネットは便所の落書きだとか言う外野の声は根強い。 私に言わせれば、ネットリテラシーのない輩に、こういったことを偉そうに言われるのは心外であるが、そういう連中でも分かるように、こんなフラッシュサイトを紹介したい。 以下のコンテンツは有名なものばかりであるが、特にフラッシュ特集のサイトを時間をかけてご覧になっていない方の中には、これらの作品をご存じない方も多いかもしれない。 本来はマナー違反だが、一ヶ月ほど、これらのサイトの紹介に、直リンクをお許しいただきたい(直リンクは一ヶ月後に解除する予定である)。 恥ずかしながら告白すれば、これらのコンテンツを初めて見たとき、目頭が熱くなるのを押さえきれなかった。それぞれ音が出るので、勤務中の方は注意していただく必要があるのと、涙腺の緩い方は手元にハンカチのご用意を。 今回のエントリーは、文字数的には過去最少であるが、コンテンツの厳選、という意味では過去最も時間のかかった記述でもある。ご存じなかった方、至福の時間をお楽しみあれ。「ありがとう」って言いそびれたヤツいる?※「毒男」=「独身男」を指す2ch用語フラッシュ版ttp://g001.garon.jp/gdb/G0/A0/ws/R2/Yf/G1/AS/Dm/Pl/Fh/-M/O2yo.swfテキスト版 (フラッシュ版をご覧になってから、アクセスしていただきたい)ttp://1yoshi.zero-city.com/html/arigatoutte.htmDisappointed Lovettp://www.geocities.jp/flash556ch/love.htmlある騒動の記録ttp://www.chironoworks.com/yuell/html/5-1.html※ 高画質版のデータのURL(ぜひこちらで堪能していただきたい)は、ttp://www.geocities.co.jp/Hollywood-Screen/1491/kiroku-h.swf(インターネットエクスプローラーにこのURLを貼って、冒頭に"h"を補っていただきたい) 私が、2chの閉鎖騒動にも楽観的なのは、このエピソードを知っているからだろう。 ネット掲示版が盛況を博しているのはこうした良識あるユーザーの支えがあってのことだ、ということを忘れてはならない。
2007年01月17日
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1月14日の記述の続き。スーパーシート、リターンズである。 今日は東京へ日帰り出張。最近では、日帰り出張ではもっぱら神戸空港を利用する。伊丹空港と比べて、こんなメリットがあるためである。 1) 空港利用者には、駐車場が24時間無料(伊丹は1時間200円) 2) 自宅から高速道路を利用して25分ぐらい、片道高速料金500円 (伊丹空港へは、高速道路を利用して20分強で、片道高速料金1,400円) 3) 帰りの羽田発が20時以降に設定されていて(伊丹最終は19時30分)、出張先に長く滞在できる (伊丹空港では騒音対策により21時以降の離発着ができないため、必然的にダイヤがそうなる) [神戸空港、朝7時前の風景][航空機利用客は、24時間駐車料金無料。駐車券の記帳は搭乗口前または到着ロビーで] しかし、神戸空港全体の便が一日30便までに限られていることもあり、ANAもJALも豊富に羽田行きの便を持っているわけではない。2007年1月現在、たった各2往復しかその枠を確保していないのである。 しかも、これはきっと国土交通省による薄汚い陰謀が隠されていると勝手に睨んでいるのだが、JALもANAも朝の羽田行きの便は7:05発で同時刻なのである。全くもって利用客の利便に配慮した編成であるとは思えない。[朝7時5分の神戸空港搭乗ゲート] このように、搭乗口4番(JAL)と5番(ANA)から並んで同時刻に同目的地行きの飛行機が離陸するという、相当頭の悪い光景が展開される。 大体、ポートライナー等の公共交通機関を使って、6時50分(7時5分発の15分前)までに空港に着くことができる地域は限られている。 例えば、阪神芦屋駅からだと、始発に乗っても6時50分に神戸空港駅に到着することはできない(だから車で向かうわけだが)。 そもそも、遅れて出発してもよい利用者のことも考えて、二社の便のどちらかを一時間でも後ろにずらせば、もっと神戸空港の利用者は増えるはずなのであるが。 多分、JAL・ANA間のくだらないこぜりあい、または伊丹空港・関西空港からの発着便に絡んだ、見苦しい力学関係による、妥協の産物なのだろう。 ついでにいえば、羽田空港から神戸空港への朝のフライトは、出発時間が6:40である。これはきっと、空港に隣接している羽田エクセルホテル東急へ宿泊させようという、ANAの陰謀に違いない。#ANAのホテル事業からの撤退に伴って、何か変わるかもしれないが。 明るいニュースは、今年の春からANAの神戸-羽田間が、もう一往復増便されるということである。もう少し朝遅い時間帯の出発便を検討してもらいたい。 [スーパープレミアムシートの朝食] 閑話休題。明るい話題で締めくくらなければ。 先週に引き続き、アップグレード券による座席のアップグレードを。 今日のスーパープレミアムシートの朝食は和食。みそ汁が付いてくるあたりもポイントである。 スーパープレミアムシートならではなのか、久しぶりに国内線で機内販売を利用する客をみかけた。私の隣に座っていたオッサンは、どこかの社長らしく、東京に訪問する得意先か何かの土産として機内販売を利用し、そのまま領収書を切ってもらっていた。 なるほど、機内販売を使えば、土産を持ち運ぶのは到着地の空港からでよい。 こうしたブルジョワな発想に至る境地に達するのはいつのことかと将来を案じる空の旅であった。
2007年01月16日
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このタイトル、「草津の湯でも、との間違いはないか」と思われるかもしれないが、「新有馬小唄」という民謡の一節にも現れるらしい。一応ウラは取っている、ということで。 日頃の疲れを心身共に癒そうと、有馬温泉までドライブ。自宅から芦有ドライブウェイを通って大体30分程度でアクセスできるので、気軽に行ける温泉地である…って、相当恵まれた環境だと思われるだろう。そりゃたまには行かなあかんわな。 有馬温泉の泉質には、金泉(金の湯)と呼ばれる含鉄強食塩泉、銀泉(銀の湯)と呼ばれるラジウム泉、炭酸を多く含む炭酸泉があり、日帰りでもバラエティ溢れるプチ温泉体験が楽しめる。 今回はその簡単なレポートまで。 まずは『金の湯』そばにある『太閤の足湯』へ。 ここでは、無料で金の湯を体験することができる。老若男女、代わる代わる立ち寄っては、ちょっとしたコミュニティーが生まれる楽しい場所である。 温泉地では、日本人は本当に優しく、そして気さくになれる。足湯につかって至福の時を味わっている最中、興味津々の通りがけの知らない人に「どう、ぬくい?」みたいな感じで何度も声をかけられた。こんな時は、「ええ、あったまりますよー」と笑顔で返すのがマナーである。 本当に、日本人は平和な民族である。 [金泉の色の濃さがおわかりいただけるかと…透明度は相当低い] 金の湯は「鉄分を含んでいるので褐色を呈する」との説明がよくされるのだが、調べてみると、厳密には「湧き出し口では透明だが空気に触れて着色する」とのことらしい。 恐らく、これは酸化鉄による呈色なのだろう。 足湯につかって、ボーッとしながら、ふと高校化学のことを思い出した。無機化学分野の頻出事項の一つに、金属イオン水溶液の色が挙げられる。塾講師時代に化学科も担当していたので、『Fe2+aqの色は緑、Fe3+aqは黄色』という事実はまだ記憶に残っている。 キャベツの色は鉄イオンに支配されていると覚えておけば、時間が経っても忘れないものである(キャベツは古くなると、つまり酸化されると黄色くなる)。 …などとアカデミックなことを考えながら、本格的に外湯を楽しみに『銀の湯』へ。[『金の湯』と双璧をなす良泉『銀の湯』。入浴料は100円安い(大人550円)] 私の知っている温泉通の方々には『銀の湯』派(?)の方が多い。サウナとうたせ湯があるこちらの施設の方がゆっくり楽しめるのではないか、と私も思う。 ただし、ややぬるめのお湯にだらだらつかるのが好きな私には、若干泉温が高く感じるのが玉に瑕である。 続いて、ブログネタを拾いに行くためもあって(最近徐々にブロガーらしくなってきた)「日本のサイダー発祥の地」へ。 有馬で沸いていた炭酸水は、明治以前では「毒水」と伝えられていたが、政府の検定により、これが良質の炭酸水だとわかると、これに砂糖を加えた有馬サイダーなるものが発売されるようになった。これが、日本初のサイダーだと言われている。 炭酸水を使った「炭酸せんべい」とともに、有馬土産としての定番である。 [蛇口から出る炭酸水は試飲ができるが… 有馬サイダーの瓶はレトロな雰囲気] 当時わき出ていた炭酸水は、今でもこのように飲むことが可能である。現代で一般に市販されているサイダーよりも、炭酸が強いのが特徴である。 …なお、ここで飲んでみると、少し錆っぽい味がした。これが源泉にもともと含まれる鉄分から来るものなのか、はたまた単に蛇口の錆なのか、この点は私にとって謎なのであった(^_^;)。 [有馬を愛した有名人のリスト。『現代』に『あなた』が入っているのがポイントである] 最後に、タダで足湯だけつかって帰るのも申し訳なかろうと、きちんと『金の湯』にも入浴。浴槽には「ぬる湯」(42度)と「あつ湯」(44度)があって、ぬるめの湯が好きな私には入りやすい構造になっている…それでも「ぬる湯」でまだ熱いと感じる私は、ヘタレなのかもしれないが。 温泉に来るとつくづく日本人で良かったと実感する。 今年はまだであるが、特にスキーの後の温泉は格別である。 この冬は、まだ温泉に入り足りないと感じるわけで、後日のエントリーでもまた温泉報告をしたためたいと思う。
2007年01月15日
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東京からの帰神の便で、頑張った自分へのささやかなご褒美を。今回はスーパープレミアムシートでの移動である。 会社の国内出張ガイドラインにおいては、社長であろうが平社員であろうが、そのポジションに関係なく、出張費用として普通運賃分を請求することになる。新幹線ではグリーン車ではなく通常の指定席を利用することになっているし、飛行機では上位クラス(ANAならスーパープレミアム、JALならクラスJ)分の請求はできない。 もしこうしたクラスを利用するならば、差額分は個人負担、ということになる。 ただ、出張回数が多くなると、必然的に上級会員となり、アップグレードサービスが利用できるようになる。2006年の場合、私はブロンズ会員だったので、アップグレード券を2枚頂戴していた。 このアップグレード券は、1) 2枚一組で国際線片道アップグレード、2)国内線片道スーパープレミアムシート利用、3)ラウンジ利用、4)機内販売など1,000円分 などとして利用できる。 このうち、1)ANAで関空から海外への移動がまずない(アジア便ばかりである(怒!))ことを考えると、2)の用途で使用するのが、最もバリューのある使い方だと考えることができる。 というわけで、年2度(厳密には年度間)のお楽しみ、スーパープレミアムシート利用の記録(同時に私には備忘録)である。 まず、パンピー席との明確な違いは、シートの大きさ・ピッチ幅である。今回の機種・ボーイング777では、一般席の一列が3-4-3の配列なのに対して、スーパープレミアムでのそれは、2-3-2と相当ゆったりした間隔となっていた。リクライニングに関しても、熟睡レベルといかないまでも、そこそこのゆとりが確保できる(これについては、一般席のそれがひどすぎるといえなくもないが)。 なお、毛布・枕が用意されていて、座席のヘッドレストとともに使い勝手は快適である。[離陸後早速スリッパを使用。靴の上に置いてあるのはスリッパ袋] 加えて、私にとって非常に大きいのはスリッパが用意されているということである。シートに備え付けのフットレストと併用すれば、もう足下は開放感に満ちあふれまくりである♪ キャビンアテンダンスの皆さんのケアも丁寧である。座席に着くや否や新聞のお勧めがやってくる(英字新聞とか日経とかを一瞬頼もうかとも思うが、今回は大人しく読売新聞をオーダーした)。 続いて、各席に飴を持ってきていただき、おしぼりを配っていただける。このおしぼりが布製であるところもポイントなのである☆ そして! なんと言ってもお楽しみは機内食である。 [今月の羽田発便では金沢の料亭「つぼ甚」のそぼろご飯弁当を] 普通席なら離陸前に寝てしまう私も(そして着陸の衝撃で目が覚めて…と、機内の一切の記憶がないことも多い)、機内食のために目をらんらんと輝かせて起き続けていたのである。 不思議なもので、もしかしたら、普通のロケーションで食べたのなら大したことのない食事なのかもしれないが、機内でのそれは、特別な味わいがあると感じるのである。 …たいへん美味しゅうございました。 ここで注意すべきは、機内食の提供便の情報である。スーパープレミアムシートだからといって、全ての便で食事が出るとは限らない。それをまとめたのが下の表である。 このように「出発が9:00以前の便」「12:00~13:00の間を30分以上飛行する便」「出発が18:00~20:00の便」では食事が提供され、それ以外では茶菓のサービスとなってしまうのである。同じアップグレードを狙うのなら、茶菓提供便より食事提供便でアップグレードをした方がバリューである。実際、過去に茶菓提供便に乗ったことがあるが、この食事とはコストが随分違うように感じた。 あれ以来「茶菓提供便ではアップグレードするな」が私的に定説となっている。[石田三成の故事のように(^_^;)、冷たいお茶・ホットコーヒー・熱いお茶の3杯をオーダー] 食事と同時にお茶を頼んでいながら、食後にコーヒーを勧められ、また途中で冷たいお茶も飲みたくなって…と、机の上に3つのコップが並ぶ結果となったが、これらのサーブは非常に早かった。加えて、飲み終わった後のコップ撤去の迅速さも許容範囲内であった。 なお、スーパープレミアムシートなら、ちょっとしたアルコールも無料である。お酒をたしなまれる方はご記憶いただいたい。 ただ、隣の席のオッサンは、テーブルを片づける際に飲み差しの赤ワインを自分のズボンにこぼしてしまい、2人の乗務員から代わる代わるおしぼりを持ってきてもらったり、染み取り剤を手渡されていたりして(そんな物を機内に常備しているなんて知らなかった)、至れり尽くせりのサービスによって、少々気恥ずかしい気分になっていたようだった。粗相にはくれぐれも注意である。 全般的に、今回の便のサービスは良かったと思う。最近、JALのクラスJの評判が悪いだけに(焦って、近々国内線にファーストクラスを復活させるそうだが)、一層である。 …と、いろいろ書いてきたが、スーパーシートへのアップグレードで、ここまで熱くなれる自分が可愛くて仕方がない。文末も何気に「♪」や「☆」になっている。つくづく小市民だなーと感じる。 ちなみに、もう一回のアップブレードは早速来週に使用する。有効期限は3月末まで。失効してしまってはもったいない! と締め切り間際になって焦るあたりも小市民である。 なお、機内の一番前の席で、デジカメでいろいろ写真を撮っている、馬鹿社会人面をご想像いただければ、よりこのエントリーを愉しんでいただけるのではないかと(微笑)。
2007年01月14日
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しばらくの間、本ブログの記述は日付の「前日」の内容を記述しようと思う。例えば、このエントリーは「1月13日」と表示されているが、それは前日の「1月12日」に起こった出来事についてのものだとお考えいただければよい。 これは、仕事の関係上、ブログの更新が深夜に行われることが多くなると予想されるためである。 長期的に更新を続けることを考えると、仕事のプロジェクトが佳境を迎えた時に、何をブログに書き込むのかを考えておかなければならない。 この時期は、朝から晩まで一日中仕事のことばかり考えるようになる。そして、その内容はさすがにブログに記述できるものにはならないであろう。会社の機密事項に抵触することもあるだろうし、そもそも、こうした特殊な内容を、不特定多数の方がご覧になって面白いと感じられるほどにまとめる文才は、もともと私にはないわけである。 といったわけで、本ブログは「随筆」メインの内容にシフトしていくと思う。コンテンポラリーなコンテンツを適宜フォローアップしていくような構成とならず、ネタを書きためておいて、忙しかった日はそうした「記述在庫」とする必要があるかもしれないと考え始めている。 そんな中で、きょうは珍しく、コンテンポラリーな、そして仕事についての話である。 以下の文章の真意は書いた本人である私にしか分からないようになっているが、それでも一定の普遍的な哲学を含んだ内容であると思うので、この場に記録を残しておくこととする。 いつも何らかの形で貼っている画像に適当なものがないので(不特定多数の方にお見せするわけにはいかないのである)、私がストックしている癒し系アニマル画像を適宜挿入しながら、まろやかにお話ししていきたい。[若干固い目のトピックの合間、癒し系画像でお楽しみを]「就社」というアイロニーがある。正式には日本語の辞書には載っていない単語だと思うが、その意味はご想像いただけると思う。就職活動を始めた頃の学生に言い含める言葉であると同時に、サラリーマンとしてキャリアを考えていく上で、常に意識しないといけない単語だと思う。「職に就く」のと対極的に「会社に就く」ことで安心してはいないか、または大した仕事もできないくせに、名詞の肩書きだけを武器に仕事をこなしてはいないか、という戒めである。 就職活動初期の学生の多くは、いわゆる名の知れた"大企業"へのアプローチを試みる。こうしたところに入れば、将来の安定度が増すという安全志向が働くのがその理由の一つだが、同時に企業のブランドを意識している側面もあるはずである。 就職に失敗する悲惨なパターンの一つが、企業ブランドに目が眩んで具体的な仕事のイメージがつかめないまま入社し、いざ職場に放り込まれた際に、何もできない自分の姿に嫌悪する、といったシナリオだろうと思う。事実、私の同期でも、こんな連中は腐るほど見てきた。 やりがいが持てない仕事は、単に苦痛を生むだけである。 ずっとこの哲学は持ち続けていたいと思う。[若干固い目のトピックの合間、癒し系画像でお楽しみを] 私が勤務している会社のように、非IT企業でありながらIT部門を内部で抱える企業で、長期的なキャリアを築こうとするならば、スペシャリストであるよりもジェネラリストであった方が有利である。 もっといえば、エクゼキューション部隊での経験ではなく、プロジェクトマネージメント、ひいてはピープルマネージメントの経験を早くから積むべきなのである。 そのステップチェンジの機会は、私には確実にあった。丁度1年半ほど前のこと、2年間ほど続けて携わっていたあるプロジェクトに一定の目処が立ち、そろそろ社内イノベーションというポジションから、具体的にアクションを取る時期にさしかかっていた時期のことである。 仕事に不満はなったし、軌道に乗り始める手応えを感じ始めたころ、「このプロジェクトに引き続き携わるかどうか」の選択を迫られる時が来た。 本音は「引き続きこれを俺に持たせてほしい」だった。 理由の一つは、私がそのプロジェクトを気に入っていたし、世界的にもこの領域の一部をリードしているという自負があったことである。 そしてもう一つは、このプロジェクトが成功を続ければ、神戸本社だけでなく、日本の他の都市、ひいては他の地域で立ち上がろうとしている別のサブプロジェクト(そして私が担当しているテクノロジーはその基幹となる)にも参画できるというビジョンがあったためである。 この"Wild Idea"を、日本に立ち寄った際にわざわざ私に打ち明けてくれた、別の国のマネージャーがいた。私のレポートラインでも何でもない、その彼のアイデアであるが、それが実現できれば、私が携わっている分野の会社に対する貢献度が桁違いに跳ね上がるのは、火を見るより明らかであった。 こうして、私はこの賭けに乗ったのである。 "Wild Idea"を実現するために、いくつもの"proof of concept"が必要であった。極論すれば、"Wild Idea"を共有しあったその日から、私がこなしてきたタスクの全ては"proof of concept"に過ぎなかった、としても過言ではないのである。[若干固い目のトピックの合間、癒し系画像でお楽しみを] 私がこの文章を記しているのは、上記の賭けに勝った証である。 今回、東京に赴いた理由は、4年間私が担当してきたこのプロジェクトの歴史を、社内ユーザーにプレゼンテーションすること、そして、"Wild Idea"を私にもたらしてくれたその彼に、握手を交わしながら"Good Job!"と言わしめて、互いの成功を確認し合うことであった。 私の「就社」ならぬ「就職」は、まだ続いている。
2007年01月13日
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早速、今年初の東京出張である。昨年はANAのステータスがプラチナ(=スターアライアンス・ゴールド会員)になるほどのペースだったが、今年もしばらくはこのペースでの出張が続きそうである。まだ若いので大丈夫だと、今のところは蓄積されているであろう疲労をせせら笑っていられるのだが。 私が勤務する会社では、出張時に特別手当が出るわけではなく、実費精算で経費を処理することになる。この原則でいけば、いくらでも高いものを飲み食いして会社に請求できることになるように思えるのだが、同時に「ビジネス上妥当な行動を取るように」という別の規範も存在し、極端に大人気ない請求をするわけにもいかないのである。 というわけで、夕食の場合2,500円程度までは経費処理できる、というのが”unspoken rule"になっている(特に営業部の場合)。 東京の出張先といえば営業所のある新宿が中心となる。近くに歌舞伎町があったりするわけだが、前述のunspoken ruleと、それからお酒が呑めない事情から、私には、ある程度行きつけの店が決まってくることになる。 今日はその中でも、取っておきのお気に入り、「東京麺通団」をご紹介したい。今年初の出張で、ここを逃すわけにはゆくまいと、早速前泊日の晩からいそいそと馳せ参じたわけである。 さぬきうどんそのものについての話は、また日を改めて熱く語ることにして、今回はさわりだけ。 新宿西口、大ガード付近から徒歩二分。こんな感じの店構えである。 店のスタイルはいわゆる「セルフ形式」で、最初にうどんのメニューを注文し、トレイに配られたら、天ぷら・おでんといったトッピングを順に取ってレジに持っていき、前払いで会計するというスタイルである。 [うどんを注文カウンター(左)と、トッピングコーナー(右)] そもそも、なぜここが私の行きつけとなったのかと言えば、ここがいわゆる「さぬきうどんブーム」の火付け役となった、ベストセラー「恐るべきさぬきうどん」(下に文庫版のアフィリエイトリンクをご紹介しておく)の麺通団がプロデュースする店だからである。 ちなみに、コラムニスト勝谷誠彦も、アドバイザーとしてこの店のプロデュースに携わっている。 [『麺地創造の旅』編(単行本1・2巻に相当)と『麺地巡礼の旅』編(単行本3・4巻に相当)] さぬきうどんが、いわゆるうどんと別の食べ物であり、その特徴が何かを説明するのには、最低3エントリーが必要である。というわけで、そこら辺の説明は軽く流すことにするが、1) 「さぬきうどん」の中には、ものすごく腰の強いタイプの麺を出す店があって、こういう店でその魅力を味わうには冷たい系の注文がよいこと、2) さぬきうどんには独特のメニューがある という基礎知識だけあれば、最低限の理解はしていただけるように記述を進めたいと思う。 [左はうどんのゆで上がり直後、右は全トッピングを盛り終わった状態] サイズには大と小があるが、少々の量は食べきれる私は小を2玉注文することにしている。この際、冷たいメニューと『かまたま』というのがゴールデンパターンとなっている。 今回は、冷たいメニューとして『ぶっかけ』を注文。『ぶっかけ』とは、冷たいうどんにたまり醤油を元にした、いりこダシ(いりこを使うのがさぬきうどんの特徴の一つである)をぶっかけたものである。東京麺通団では、さらにレモンを絞っていただく。 そして、私の超お気に入り『かまたま』は、『釜揚げ卵うどん』の略で、熱くゆがいたうどんに生卵を落としたものである。かき混ぜると麺の余熱で卵が半熟状態になり、独特の食感が味わえる。これにダシ醤油を垂らして食べる。雰囲気で言えば、カルボナーラのようなものであり、卵かけご飯のようでもある。さぬきうどん独特のメニューである。 これに、天ぷらとおでんを数品をつける。時間帯によってはおでんの種類の数に当たりはずれがあるのだが、どれもしっかり味が染み込んだ秀作である。余力があればぜひチャレンジしていただきたいと思う。 …、でこれだけ食べて1,230円であった。お腹一杯になりながらも、この値段。一杯100円程度の本場香川の値段には敵わないが、出張の晩御飯として会社に請求するのに堂々と経費処理書に記載できる額である。 なお、さぬきうどんにおでんをトッピングするという事実に、他府県の方は驚かれることが多いのだが、香川県ではこれはメジャーな食べ方である。ついでに言えば、ちらし寿司やいなり寿司もうどんのサイドメニューとなる(東京麺通団にはおにぎりが用意されている)。 エントリーが長くなってきたので、また改めて続きを。この店については、3回ぐらいに分けてお話ししたい。 ちなみに、今回の出張では2泊新宿に滞在したが、晩御飯は2食ともここで食べて帰ってきた。 ここに、私の並々ならぬ入れ込み具合をお察しいただければ幸いである。
2007年01月12日
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毎日ちょっとした「面白画像」を織り交ぜてコンテンツを構成してきたこのブログであるが、こうした画像そのものを話題の中心に据えてきたことはなかった。 今回は趣向を変えて、こんな画像をご覧いただくことから始めたい。 いかがお感じになっただろうか? この画像は、いわゆる「面白画像」をストックするサイトから拾ってきたものである。 「捜査のプロ」と冠されている、田宮榮一(ノンキャリア組の元警察官。ノンキャリア最高位である警視監まで昇任した)の犯人の見立ては、言い換えれば「20歳から59歳までの人物」を指している。 この画像をポスティングした人物は、物知り顔でコメントする有識者が、実際は限定の甘いコンサバなコメントを残している点に関して、揶揄する意図があったのだろうと想像する。 しかし、私はこれを誠実な回答だと評価する。 世間を騒がせる(厳密にはマスコミが騒いでいるだけだが)犯罪が勃発すると、それに有識者の声が付せられることが多々ある。元警察関係者、推理作家、心理学者…などなどである。ただ、私はこうしたコメントに懐疑的である。 犯人による証拠隠滅を防ぐため、あるいは「犯人のみが知りうる情報」として秘匿し、その事実を知っていることを根拠に犯人を特定するために、いわゆる「警察発表」では全ての情報は公開されないのが通例である。いかなる「有識者」であろうとも、マスコミによる報道というフィルタを通した警察情報から判断した、個人的見解しか発表できないわけで、そのコメントに一体何の意味があるだろう? と訝しむわけである。「論理的」であることに誠実であろうとすればするほど、明快な回答を与えるのに時間を要することがある。こうした人々の思考は時に愚鈍に映る。 例えば「論理」の探求者といえば数学者である。彼らはごく簡単に見える事実、『 nを2より大きい自然数としたとき、Xn + Yn = Zn を満たす自然数 (X, Y, Z) の組は存在しない 』 という事実(フェルマーの最終定理)を「真」だと言い切るのに360年の歳月を費やしたのである。 フェルマーの最終定理は、100程度までのすべてのnについて成立することは、早くから知られていた。が、これは「すべての自然数n」についての成立を保証するものではなく、数学者はこの事実を「真」と認めてこなかった。極論すれば、仮に1億までのnについて証明できたとしても、1億1のnで反例があるかもしれず、真の証明とはならない。この論法を取る限り、これが永遠に続くのだ。 実際の証明は「谷山・志村予想」と呼ばれる楕円曲線に関する命題を経由した、いかなるnについても言及できる厳密な証明である。 ただ、逆に言えば、それだけに論理的考察が「真」だと認める命題は、厳然たる真実だと言うことができる。そもそも「命題A」を真だと断ずるには、あらゆる可能性を吟味し、いかなる反例をも排除しなければならない。これをできるだけ客観的に行おうとしている(すべてのケースでそうだというつもりはないが)のが警察であり、こうしたコメンテーターの意見は、すべて外野の戯れ言にすぎないのである。 そういった意味で、前述のコメントは誠実な回答だと思う。その場の思いつきで、自分の憶測と勘(推理とは呼べない)を披露して無知をさらけ出す馬鹿よりずっと良い。もし限定の厳しい回答を期待していたとするならば、少ない情報だけを元に意見を求めるその発想そのものが劣化しているか、コメントを求める人物の選択を間違えているのである。どちらにしても、メディア側の質の問題である。 時間の無駄なので全く見ていないが、未だに海外から招聘した超能力者に未解決事件の解決を依頼する、といったスペシャル番組があるらしい。全くもってその神経が理解できない。過去にまぐれ当たりはあったかもしれない。ただ、そうした超能力者の「正答率」の検証がないままの杜撰な番組作りは、地道な捜査を担当している関係者への冒涜になりはしないか。 2004年に起こった奈良女児誘拐殺人事件で、宮崎勤事件との安易な連想から、犯人は「フィギュア萌え族」の犯行だと勝手に決めつけておきながら、その説が破綻した今も、自己批判もなく、のうのうと「有識者」然としていられる輩がいるのはなぜか。 こうした所詮「外野」の意見は、きちっとまとめて検証をしてほしいと思う。 いつまでも安全圏からの物言いが許されるべきではない。 初日のエントリーに関連してもう一度言うが、私が全く解せないのが、「ライブドアの株価はもっともっと伸びる」と逮捕1ヶ月前のその社長にぬけぬけと言い放ち、「ポスト小泉は武部」との妄言を繰り返していたペテン師が未だにテレビによく出ているらしいということである。 私が今興味を抱いているトピックの一つが、今日のエントリーにもあるメディアリテラシーの問題である。「社会」というカテゴリーで、何度かこの問題に関する雑感を述べていきたいと思う。 特に昨今の一部マスコミの恣意的な報道には目に余るものがあり、憤懣やり方ない気持ちで一杯である。若干このカテゴリーの記述は愚痴っぽくなるかもしれないが、ご了承願いたい。
2007年01月11日
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正月明けで、まだ呆然としながら仕事をこなす日々が続いている。 私の会社の正月休みは、1日(月)~4日(木)で、5日(金)から仕事始めだったわけであるが、ものの見事に5日はオフィスの人口密度が低かったそうである。事実上、成人の日(8日)が明けた9日(火)が大多数にとっての仕事始めだったといっていいだろう。 実際は、こんなに正月を休むのは世界的に見れば日本ぐらいで、欧米はクリスマスの間に長期休暇が入り、中国・韓国は旧正月にビジネスが止まる。グローバルで仕事をしている以上、最低限のメールチェックは正月の間に行なわないといけないので、頭が完全に仕事から離れている日は余りなかった。 が、それでも確実に勘が鈍るのは英語に関する感覚である。 母国語以外の言葉は、やはり使い続けないといけないとつくづく実感する。オフィスからしばらく離れて復帰してから、英語を使わないといけない環境に対面したとき、頭に描いた内容を口にするまでの脳内レスポンスタイムの鈍化を痛感し、日本訛りのアクセントに逆矯正された自分の発音にもどかしさを覚えるのは、今回に限ったことではない。 今年の場合、4日(木)の晩に私がChairを務める電話会議があって、この日だけ出勤することにした。この時、グローバル会議において、咄嗟の対応までの対応を含めると、たった2週間程度のブランク(昨年は12/25より有給消化に入っていた)でも、致命的かもしれないと感じた。実際、2・3点ほど相手の質問に適切に答えていなかったように思う。単なる語学面のギャップだけでなく、先に結論を述べる傾向にあるグローバルミーティングにおいて、結論を最後に配置しがちな日本語の思考回路に毒されて、ロジカルに話せていなかったりするのである。 会社に入ってから、随分英語は上達したと思うが、まだまだ修行が足りないと思う。 根本的に英語の勉強が嫌いで、英語を使わざるを得ない環境にないと、英語に興味を持てない性分なのが悩ましい。入社当初は、焦りから、殊勝にも家で勉強していたことがあったが、最近ではもっぱらネットを眺めて就寝時間を迎える日々である。 こんな風に、一心不乱に勉強に取り組める子供が羨ましい。 本題に移る。井川慶のヤンキース入団会見を見た。 結論から言えば、井川のヤンキースでの可能性を感じた。別にランディ=ジョンソンが抜けて、左腕の先発枠が空いたからではない。その会見の、特に英語のスピーチを見ての印象批評である。 「2日間、特訓した」そのスピーチは、お世辞にも、流暢であったとは言えない。今の語学力では、現地の人の言葉はほとんど聞き取れないだろうし、日常会話ですら窮することがあるだろうと推測できる。 が、ここでのポイントは語学力ではない。ボキャブラリーや発音に関わらず、現地の言葉で話しながら堂々としている、その姿勢なのである。 特に日本人は、外国語を話すときに恥じらいがあり、また妙に文法に忠実な文章を話そうとして、結局不自然なコミュニケーションしか取れない傾向がある。日本の「恥の文化」は美徳だとは思うが、少なくとも違う言語圏の人とのコミュニケーションにはマイナスに作用すると断ぜざるを得ない。ほとんどの他の文化圏の人は、日本人が英語を話すときに浮かべる照れ笑いの意味を受け止められないのではないかと思う。 井川の場合、少し照れ笑いは見られたが、最初メッツに入った松井(稼)や、"My Name is Kazuhisa ISHII. Please call me Kazu." とだけ言って固まった石井(一)よりもずっと堂々としていた。この「堂々感」が大切なのである。 これもあくまで印象批評に過ぎないが、井川には図太い一面があると思う。この資質はピンチを招いた際の耐性としてピッチャーに必要な素質の一つだと思うが、異なる文化圏に適応するのにも不可欠な要素である。 不必要な恥じらいと過剰な謙遜は、自然なコミュニケーションを阻害する。日本人の典型的なパターンは、とにかく話さないことである。この結果、言葉を使う機会を失って語学力は伸びず、また相手からも理解されなくなって、自分の殻に閉じこもるようになる。こうしたダウンスパイラルを描くのである。 こういった経験を、私自身、特に海外出張で経験して、成長してきたと思う。 少なくとも、最初に海外に渡った際、井川のような堂々さは私にはなかった。それが羨ましくも思い、また参考にしないといけないと思う。 このブログでは、英語に苦しみ、そして失敗してきた私の経験を記録していきたいと思う。読者の皆さんにも参考になることがあるかもしれないし、そして、『x年後の自分』がこうした記述を読み返して、自分の成長の過程を実感できるだろうと思う。 ブログを立ち上げるとき、「英会話」をカテゴリーに含めるかどうか、若干躊躇したが、このカテゴリーを作っておけば、少しでも英語について振り返る機会が自分にできるだろう、と考えて設置することにした。しばしお付き合いいただければ幸いである。
2007年01月10日
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京都には地元の人にしか意味が通じない言葉がいくつかある。 有名な例は、「前の戦争の時、この辺は焼け野原やった」と言ったときの「前の戦争」である。 京都では、これは応仁の乱を指す。太平洋戦争で京都の中心地は爆撃の対象とされなかったという背景があるからだが、それでもこうした表現から、京都人特有の閉鎖性を感じ取られる向きがあるかもしれない。というのは、この言い草には、発言者の世界観が"京都"で閉じているという意識が顕在化していると汲み取れなくはないからである。 そうした京都語の一つに「長浜ラーメン」がある。長浜ラーメンといえば、博多の「長浜ラーメン」全般を指すはずであるが、特に三条木屋町周辺では、この「長浜ラーメン みよし」を指す。 [店の外観とその店内の様子] お酒が飲めない私には実感がないが、一般に、アルコールを飲んだ後、無性に空腹感を覚えることがあるらしい。満腹中枢が麻痺するからだという説を聞いたことがあるのだが、何はともあれ、木屋町通りに立ち並ぶ飲み屋から出てきた客が立ち寄る店として、常に客足が途絶えることはない。 実際、8日のブログで述べたアホ満開同窓会居残り組8名は、午前3時にここに押しかけたわけであるが、回転が速いと思われるラーメン屋ながら、10分ほど待ってやっとその一杯にありつけたほどの混雑ぶりであった。 [メニュー表を確認し、先にお代を机の上に置いて待つのが「みよし」流] 三条木屋町にありながら、福岡・長浜の屋台ラーメンの情緒を残す。広くはないカウンターに陣取るや否やオーダーし、机の上にお金を置いて待つのが流儀である。 福岡のラーメンの特徴である「替玉」はこの時点でオーダーする必要はない。途中まで食べてみて、お腹の具合と相談しながら頼むのも、本場の流れを汲んでいる。 カウンターの上には、ごま・ショウガ・天かす・高菜・唐辛子など、各種調味料が所狭しと並べられ、これらを自分の好みでブレンドして味を楽しめるのも「みよし」の魅力の一つである。 そして、更に待つこと5分…。 豚骨ベースのスープに満たされた特徴ある細麺。これらが絶妙に絡み合った珠玉の一杯との対面である。大きな器で出てくるあたりもなんとも嬉しい。[『ラーメン』のお値段は600円] 中盤まで食べたところで、完食しても余裕があることを確認したら、替玉のオーダーである。[『替玉』一つは100円ナリ] 食べてて、飽きてこないか? との危惧があるかもしれない。しかし心配ご無用である。前述のトッピングで徐々に味に変化を加えることで、どんどん食が進むのにお気づきになるだろう。 そして、ラストスパートでは、とどめの調味料「カレー粉」を投入し、締めに入る。[カレー粉投入! ただし分量にはお気をつけて] こうしてめくるめく味の変化に心地良く翻弄されながら、至福のひとときを味わっていただきたい。 昨日は、久しぶりにこの味に出会えて本当に良かった(もしかしたら学生時代以降、初めてだったかもしれない)。あまりに素晴らしかったので、これだけで一本のネタにしてしまったほどである。 なお、嬉しいことに、この店の営業時間は、朝11時から早朝6時まで。カラオケから出てきて、やや空も白みかけようとしていても、みよしの赤提灯は煌々と私たちを照らしていたのであった。 今回の上洛で、この朝方の風景が、三条の風景の一部なのだと、改めて確認することができた。だからこそ「長浜ラーメン」は、完全に京都語として根付いているのだろう。 その一方、私たちは着々とメタボリックシンドロームへの道を邁進しているのだろう。嗚呼。
2007年01月09日
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学生生活の6年間続けていた塾講師生活の中で、最初に担当した学年の同窓会に出席するために京都・三条へ。末席に加えさせていただいた。 私が勤めていた塾は一般のそれとは大きく異なり、卒業してから初めて元・講師と元・生徒の本当のつきあいが始まるような文化があり(この点は筆舌に尽くし難く、詳細略)、そのサークルのような先輩・後輩的なノリに甘えながら、京都の夜を満喫させていただくことにした。 塾換算で「38期生(=1995年大学受験組)」は、通年で単価講座を担当していたわけではなく、夏期・冬季講習や質問に対応する程度でしか学力面で貢献できていなかった。が、学年が一つしか違わなかったこともあり、親近感を強く持てた思い入れの深い学年でもある。 この学年については、センター試験の直後に阪神大震災が起こった関係で、センターリサーチの回収や進路指導、直前講習の大変な時期に、尋常になく多忙を極めたのが印象深い。あの時期をついさっきのように思い出す。 その生徒達が三十路を迎えていた。 生徒時代とそんなに変わらないように見えるし(実際、みんな老けていなかった!)、卒業から長い時間が経ったように思えないのであるが、女性陣の多くは名字が変わっていたり、子供と一緒に参加していたりする現実を思うと、これが厳然たる事実だと受け入れざるを得ないのである。 実際、記憶も曖昧となっている。 若干マニアックな話になるが、この年の京大理系数学の大問一つ『エースの式』と呼ばれる流体の求積問題(「微少流出体積」=「流出面積」*「流出速度」を立式し、両辺を時間で積分して流出体積を求める手法)について、私は直前講習でこれを見事に的中させている。教育課程が変わる直前の時期で、微分方程式が翌年から範囲外となることを踏まえた見事な的中であったが、京大現役合格の某君はそんな問題があったことすら憶えていなかったようである。 一方、『8時間耐久数学講座』なる特別講座を私が担当していたことや、正月に自習をしに来た学生を引き連れて、私が初詣に案内した話(受験直前の大切な時期に、私は一体何を考えていたのだろうか)などは、私の方が完全に失念していた。 無情にも、されど確実に、時計はその針を進めているのである。 …と、積もる話も盛り上がり、宴もたけなわとなった夜12時。 帰るタイミングを逃した(わざとスルーした?)メンバーは、塾講師行きつけのとあるバーへ(3次会)。 [先斗町の路地を抜け、とある抜け道の先には…] 塾のメンバーには意外に思われるかもしれないが、私にとってこのバーにお邪魔したのは今回が初めてである。過去に何度も行く機会はあったのだが、お酒が呑めない私は固辞し続けてきたのである。 が、このバーがお酒を呑めない客に対しても、ウイットの効いたオーダーで応えてくれることは知っていた。というわけで、マスターのご厚意に甘えて、私がリクエストしたのはこの一杯。[『ブラッディーマリーをウォッカ抜きで(*注)』 パセリソルトとタバスコを添えて](*注) このカクテルを『Virgin Mary』とも呼ぶという事実は、ちょっとしたトリビアである。 閉店時間を大きくオーバーして、2時過ぎに辞去。翌日仕事のないメンバーは(そういえば、一人仕事があると言いながら最後までいたような気がするが、きっと何かの間違いだろう)、小腹を満たしにラーメン屋へ(4次会)。 毒を食らわば皿まで、ということで、どうせなら朝まで楽しまなければ!と、勢いでカラオケ(5次会)へ。『ダメおやじの唄 & ダメおやじ愛のテーマ』『君は人のために死ねるか』といった楽曲を朝5時台に熱唱できるなんて、普通の30代ではきっとできないはずである。 京都という街は、神社仏閣が建ち並び、風光明媚な観光の街だと多くの人は思うかもしれない。 しかし、私にとって、京都とは否応なしに気持ちを学生時代に引き戻してくれるかけがえのない街なのである。 <PS> 本日、お付き合いいただきました皆様、ありがとうございました。 また近いうちにイベント、やりましょう!
2007年01月08日
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話題は変わってスポーツの話。社会人になってから、なかなかまとまった時間を取れなくなって、身体を動かす機会は確実に減っているが、観る方は変わらず好きである。 というわけで、スポーツカテゴリー・一回目の今日はあるスポーツの映像をお届けしようと思う。 ウインタースポーツの季節なので、昔の冬季オリンピック(2002年・ソルトレイクシティ)を題材に。若干マイナーな競技であるが、ショートトラックスピードスケートの男子1000メートル、その準決勝の模様から。動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意![2002年 ソルトレイクシティ五輪 ショートトラック - 男子1000メートル・準決勝]動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意! さて、先ほど「マイナーな競技」と書いたが、この評価は韓国・中国では逆転する。アイススケート競技といえば、日本では圧倒的にフィギュアスケートが花形であるが、特に韓国ではショートトラックが人気スポーツとなっている。 これには、若干特殊な競技事情が影響していると考えられる。一般には、スポーツ競技においては、身長が高く大柄な選手が有利となる。バスケットボールやバレーボールのように高さを競う競技では、最高到達点が高い選手が有利なことは自明であるし、また極端な例では、『ある博士は身長が50メートルの選手を育てようと日々研究を進めている。それは、50メートルの水泳競技で金メダルを獲得するためである。こうした選手がいれば、周りが泳いでいるのを横目に、プールに飛び込んだ瞬間にゴールができるのだ』なんていう、「頭の体操」的なアイロニーさえ生まれるのである。 ところが、頻繁にコーナーを回り、その駆け引きが重要となるスピードスケートは必ずしもそう言い切れない。比較的大柄な欧米系の選手に比べ、小柄なアジア系の選手の方が、その重心の低さから、遠心力のハンドリングにおいて、一日の長があるからである。 こうしたことから、韓国・中国からはこの競技でメダリストを輩出し、ショートトラックが注目を集める結果となったのである。 さて、この競技の最終結果はどうだったのか。一時期話題となったシーンなのでまだご記憶の方も多いかもしれないが、ここにリンクを用意させていただくことにする。中盤、最後尾を追走する一番大柄な選手にご注目いただきたい。動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意![2002年 ソルトレイクシティ五輪 ショートトラック - 男子1000メートル・決勝]動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意! 客観的に見て、いわゆる一種の「面白映像」に分類されるムービーだろうとは思う。バックグラウンドから聞こえる会場の(恐らくオフィシャルの)実況で、ゴールした瞬間"Unbelievable!!"と叫んでいるのもわからなくもない(オフィシャルのアナウンスとしては、選手に失礼な気もするが)。 ショートトラックは、こうした運的要素も強く勝敗に影響するので、オリンピック正式種目から除外すべきか否かの議論が常に巻き起こる種目である。実際、オーストラリアではスラングで"doing a Bradbury"といえば、「偶然の勝利」を意味するほどである。#まあ、これは、日本サッカー代表の『ジョホールバルの歓喜』における岡野雅行みたいなもんだと思うが。 しかし、そんな論評で終わってしまっても面白くないので、もうちょっとこのブログらしい考察を加えてこの項を締めくくりたいと思う。というのは、本ブログでのスポーツ評論の根底に流れる哲学は、以下のような私の信念に裏打ちされたものであるからだ。この最初のスポーツカテゴリーの項で、お話ししておこうと思う。 私がスポーツを肯定的に捕らえてしまう傾向があるのは、子供時代からスポーツを通して大切なことを学んできたという自負があるからである(小学校時代に少年野球チームに所属していた)。受験戦争や就職難、所得格差が叫ばれる時代となり、子供への教育熱が異常とも思える盛り上がりを見せる昨今、ややもすると、スポーツに時間を取られて勉強の妨げになるとか、体育会系的上下関係というある種の理不尽さに支配されたスポーツへの取り組みに対して、眉をひそめる親がいるのではないかと思う。 しかしながら、私は野球から多くのことを学んだと思う。礼儀、スポーツマンシップ、泥臭い努力の大切さ、最後まで遂行する尊さ、チームワーク、などなどである。こんなことは、決して座学では効果的に学べない。また、成長期に当たる時期の基礎体力形成に多大な貢献をしていることは言うまでもない。 幼い頃にボールを追いかけていたあの時間は、人生を俯瞰してみたときに、貴重な財産を私に遺してくれたと思うのである。 自分の日常生活や仕事を鑑みる。 果たして私はブラッドベリーのように、最後まで諦めずに最善を尽くし続けているだろうか? 絶望的な差を感じたとき、全力を尽くすことに虚しさを感じていないだろうか? 成功に結びつかない努力かもしれない。されど、その努力を誰が嗤うことができるであろうか? ブラッドベリーの金メダルは、1924年・第1回シャモニー大会から数えて19回目、冬季五輪で南半球初の金メダルであった。
2007年01月07日
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引き続き、個人情報を無防備に晒らけ出さない程度にアイデンティティーを表現しようと、自分の経歴を小出しにしていくシリーズである。まあ、ブログのプロフィール欄に相当のディテールを加えたので、こちらをご覧いただけば、私がどんな輩かは想像していただけるようになったかと思うが。 以下は、前サイトからの読者の皆様へのフォローアップである。 前サイトでは日記が途切れていた時期があった。修士1回生の3月から2回生の5月まで。ちょうど就職活動の時期である。節操もなく手広く活動を進めていたいたこともあり、この時期は、尋常になく多忙を極め、日記を書く余裕が生まれなかった。 一方、「今日は三○自○車の工場見学。職場に活気が感じられない。世界的なこの業界の再編が危惧される中、あえて火中の栗を拾いに行く気にはなれなかった」なんて、万が一にも書くわけにもいかず(後で読み返したら楽しいだろうから、個人的には後悔しているのだが)、更新休止に至ったというわけである。 ここでは、その時、私が何を考えてどう方向性を決定し、どう血迷って今の会社(←最近はウチの会社も学生さんに人気が出てきたようで、戸惑いを隠せないのであるが)を選んだのかを振り返っておきたいと思う。 就職活動の時期が毎年前倒しになっている風潮の中、もうすぐ活動のピークを迎えるという方が、何の因果かこの駄文をご覧になっていたりするかもしれないので、ここからは若干シリアスに。話題が変わりますマーク(嘘) 就職活動を始めた当時、以前からうっすらと芽生えていたある疑念が徐々に確固たるものになっていた。それは「俺は機械工学に向いていないのではないか」という致命的な問いかけである。実にシリアスである。機械工学科に籍を置いて5年、修士課程も半分終わろうかとする頃に行き着いた疑問、それは自分が「モノ作り」に興味が持てない性分ではないかというクリティカルヒット。 「じゃあ今までは何やってん」的な、言うなれば、バラエティー番組のクイズコーナー状態に陥っていたわけである。 実際のところ、大学受験の際、将来のビジョンを明確に描いて機械工学科を志望したのかと言えば、嘘になる。 古典と英語が嫌いだったという逃避的理系選択の私にとって、医学部は無理だし、農学・薬学はキャラではなく、まず選択肢から脱落させた。理学部の、特に物理系に興味を抱きそうな分野があったことは事実であるが、一生涯を研究に捧げるライフスタイルに自信が持てなくて断念。結果的に工学部に落ち着いたという、これも消去法的な選択であった。 なお情けないことに、学科選択の基準なんてあったもんではなかった。その中で機械系を選択したのは「工学部の中でも就職に"つぶし"が利く」(=有り体にいえば、機械系は広い工学の分野を、広く履修浅くすることができる)という、入れ知恵、もとい進路指導に携わっていただいた皆さんのアドバイスを元にした、将来の選択肢を担保にする出願だったわけである。 しかしながら、結論を先延ばしにし続けてきた私も、学校推薦の希望先提出締切(当時は5月下旬)というタイムリミットを前に一定の選択に迫られる状況になっていた。ずっと現役で進学してきたわけだし、あと一年モラトリアムを満喫してもよかったのではないか、と今でこそ贅沢な発想が浮かぶが、その当時は何とかどこかの企業に潜り込まないといけないという、強迫観念に支配されていたのである。 機械工学科(専攻)は、伝統的に就職には恵まれている学科で、当時は約8割の学生がいわゆる学校推薦の形で進路を決定していたと思う。もちろんメインの企業は、自動車会社や重工系、電機メーカーといったところであった。というわけで、半数以上の学生が自由応募のアクションすら取らずに就職活動を終えてしまうのである(このまったりとした雰囲気は、一般には理解しがたいと思うが)。 が、周りのそんなぬるま湯的な空気に染まってしまえば、人生に支障をきたしかねなかった私は、敢然と立ち上がったわけである。 そういえば、この状況は大学受験の時に似ていた。私がいた高校は中・高・大の一貫校で、他大学へ進学する生徒は学年の1-2%程度。そこそこの内申点と出席率さえ確保していれば上位校への切符を手に入れられる。だが、私はその風潮に抗って、受験対策に明るくない授業は無視し、極論すれば一部の科目は独学で他大学入試に挑んだわけである。我が道を行くのには慣れている。 まず私が取ったアクションは「エントリー(=資料請求)みだれうち」である。当時は「リクナビ」といった気軽に資料請求の手間を軽減してくれるツールによって全ての企業にアクセスできるわけではなく、一部企業へは、はがきでの請求と平行しながら、まさに業種を問わず、手当たり次第に資料を取り寄せた。周りでこんなに必死になっている奴は少なかった(なにせ、自由応募の企業はに食指すら動かさない連中がマジョリティーなのである)が、私はなりふり構っていられなかったのである。 ここで対象となったのは、いわゆる機械系のみならず、金融、流通、教育…もちろんゲーム業界も視野に入れ、まさに取り留めのない業種群であった。 なお、この行動が、後に私の人生を大きく変えることになる。最終的に入社を決めた企業というのは、活動開始当時、全く眼中になかった企業だったからである(むしろ、何故エントリーしたかすら憶えていない)。 下手に数打った鉄砲がたまたま当たった。実のところ、私の就職活動はこう要約しても構わない。ただ、後述するように人生の選択肢を増やすアクションへの投資はやっておくことに越したことはない、と実感する。 で、続いて鬼のような会社説明会ラッシュに出席である。ひどいときは、一日で説明会のトリプルヘッダー、なんてこともあった。そこでの概要を聞いて、初めて企業の絞り込みに入るのである。 いわゆる一般常識系の筆記試験を兼ねた説明会があれば、必ずそのステップは通過できていた。これはきっと私がクイズ研に身をおいていたからだろう。芸は身を助けるわけである。だが、次のステップへ進むとなると、時間的・物理的に全部の企業の採用プロセスに進むわけにはいかなくなる。ここで初めて絞り込みを行ったわけだ。 なお、この駄文をご覧になっている学生さんへ、僭越ながらアドバイスである。時間が許す限り、こうした「企業説明会」には積極的に出席した方が良い。 これはリクルーティングをする側に立って初めて気付いた事実であるが、企業側は限られた時間枠で執り行われるこうしたオリエンテーションに、相当の準備をもって臨んでいる。採用活動に使われるエフォートは、大局的に企業経営の観点からみれば、それらは全て経費である。にもかかわらず、より多くの学生さんに興味を抱いてもらいたいと願って、わざわざこうした会を開催しているという主催者側の意向も汲んで、出席してもらいたいと思う。 限られた時間ではあるが、そこで得られる情報量の密度は相当濃いはずである。単に企業の宣伝だけでなく、各業界の動向を窺い知れることにもなるだろう。時間の投資以上の、十分なリターンが得られるはずである。 また、就職活動が進むにつれて、当初想定した自分の就職へのビジョンが日々変化していくことに気付くだろう。活動開始時に仮に作った志望企業リストトップ3と、終了時のそれは全く異なる様相を呈していると思う。それは、活動が進むにつれて、曖昧だった就職へのビジョンが徐々に明確になってくるからである。 実際、私自身、まさか外資系企業でシステムエンジニア(厳密には社内ITコンサルといった方が実感に近いが)として自分のキャリアをスタートさせることになろうとは、夢にも思っていなかった。 …ちょっと長くなってしまったので、日を改めて「2」のエントリー以降に続きをお話しすることにする。試運転期間は、できるだけまんべんなくカテゴリーをローテーションさせようと思うので、若干間が空くかもしれないがご了承を。 で、本文とプチ関係ないかもしれないが、ある少女の切実な願いに思いを馳せながら、今日はこんなところで。
2007年01月06日
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サイト構築の心構えの話の続き。 前サイトを運営していた7年前と比較して、サイトデザインが容易となった要因の一つとして、閲覧者側のネットワーク環境をさほど意識せずに済むようになったことが挙げられる。 具体的には、ページに多少重たい画像でも気にせず掲載できるようになったというのが大きい。昔は、最悪デジタル回線を経由してのアクセスだったので、サイトにサイズの大きい画像があると、閲覧者側に大きなストレスを与えていたのである。 そういえば「テレホーダイ」なんていう言葉はもう死語なのかもしれない。これは、深夜早朝の時間帯(23時~朝8時)に限り、事前に登録した電話番号に対し、通話時間に関わらず月額料金が一定となる、というシステムである。デジタル回線経由でサイトを閲覧していたユーザーにとって、定額料金制の先駆けとなった、まさに画期的なサービスであった。あの頃は、夜の11時を過ぎると、極端にネットワークが重くなっていたりしたのを思い出す。 それに、最近はわざわざインターレース GIF(ファイル読み込みの進捗に合わせて段階的に画像を表示する画像形式)を採用することも少なくなっているのではないかと思う。 そういった意味では、コンテンツ配信側としてまさに浦島太郎状態である。 本サイトは、基本的に文字数が多いので、画像等のアクセントがないと閲覧に疲れるだろうと思う(本当は前サイトもそうしたかったのだが、前述した境界条件がそれを許してくれなかった)。そこで、このブログでは1エントリーに1つ程度の画像を添付してコンテンツを構成しようと心がけようと思う。 いくつかはコンテンツと合致しない画像が添付されるかもしれないが(あらかじめexcuseの伏線は張っておくことにする(^_^;))、ご了承願いたい。 そしてもう一つ大きな外部要因の変化は、同時に画像配信サイトが充実してきたということである。今回は試しにYouTubeからの映像をお届けしようと思う。下の画像をクリックすると、本日のクール画像をご覧いただくことができる。 …といっても今回のコンテンツは相当読者を限定すると思う。 対象は、1965年生まれからギリギリ1980年生まれぐらいの方ではないだろうか。いわゆる「ファミコン世代」のおっちゃん・おばちゃん世代の方々(失礼)である。 が、該当世代でこのゲームを体験された方なら、下の映像には一種のカタルシスを禁じ得ないだろう。 動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意!マイティボンジャック 10分25秒クリア動画再生には、画像をクリック。音が鳴るので、勤務中の方(爆)、注意! 若干の補足が必要だと思われるので、このプレイについて、蛇足ながら…1. 最短クリアを狙う2. マルチエンディングの内、最高のエンディングでのクリア(4つのスフィンクスを獲得し、王族全員奪還を実現)3. クリア時間短縮のためとして、わざと死んでいる箇所があり(2箇所)4. 「王家の部屋」の「ワープ技」を使用(火の点いた爆弾を最後に取ると、次の面の「通路面を」ワープし「王家の部屋」へ移動できる) マイティボンジャックは、ほとんどのちびっ子達がエンディングに辿り着くことなく挫折したゲームではないかと思う。隠れアイテムの多い、一種の「憶えゲー」でありながら、アクション性は高く、ノーコンティニュー、それでいて非情なマルチエンディングが用意されている。私も小学生の時にトライして、ステージ10ぐらいで(全16ステージ)力尽きたように記憶している。 おそらくエミュレータの力を借りているにせよ、このプレイでの、敵をかわす身のこなし、最短経路を取る工夫は一見の価値ありといえる。 なお、詳しい解説はマイティボンジャック攻略ページなどを、参考まで。第1水晶宮ルートで得点の末尾を70にしてから自殺して通路最上部の隠れ扉を開ける、なんてマニアックな作業のために一機を犠牲(3分7秒あたり)にしてるなんて普通わかるはずがないので(^_^;)。 そんなこんなで(なげやりなまとめ方で恐縮だが)、ファミコン世代ど真ん中の私のサイトでは、しばしばゲーム(古今問わず)についての言及があると思う。ゲーム業界に身を置いているわけではないが、実のところ、システムエンジニアとして、ゲームのテクノロジーに密着した仕事をしているということもあり(まさに「適材適所?」な人材配置である)、仕事の激務を縫ってでもゲームを楽しむ子供心と余裕を持っておきたいと肝に銘じる今日この頃である。
2007年01月05日
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前サイトでオープンしていた日記を読み返すと、『x年後の自分』を対象とする読者と設定しているだけに、結構面白い記述に遭遇する。その中でも、特に『読書日記』的な記述は、我ながら読み応えがあると感じる。必ずしも各著書が上梓されたタイミングで目を通しているわけではなく、読了までにタイムラグが生じる。それだけに、自分史を振り返ったときに「この時期に、こんな本を読んでいたのか」と考えると、更に感慨深くなるのである。 実際、このサイトをオープンするきっかけの一つが、自分の『読書日記』を綴りたいという動機があったからである。というわけで、このブログには頻繁に読了後の良書(面白くなかった本はさりげなくスルーするのがエチケットである)の感想を掲載することになると思う。 初めての読者のために、私の読書傾向を紹介すると、* 活字本も漫画本も両方目を通す →一般にはどちらかをメインにされている方が多いと思うので、カテゴリーは「活字系」と「漫画系」を区別したが、両者の間には表現方法の差があるだけで、本質的に両者を区別する必要はないというのが私の立場である。* 活字本は日本の作家、特に推理小説が中心 →プロフィールにもあるように、好きな作家は東野圭吾・森博嗣など と、以上前書き。本題に移る。 今なんと言っても私が”はまっている”漫画が「よつばと!」(あずまきよひこ・角川書店メディアワークス)である。 先月、その待望の6巻が上梓された。もちろん当日一気読みである(かといって、台詞は少ないので20分もあれば、1冊はすぐに読めるのだが)。 この作品の魅力を直接的に説明するのは難しい。 夏休みに引っ越してきた小岩井家(とーちゃんとよつば(主人公))とその隣の綾瀬家の日常を淡々と描いている。登場人物はこの二家族とその友人達のみ。みんなで大冒険をするわけでもなく、大事件が起こるわけでもない。強いて言えば、プールや花火大会、夜空を見上げに外出する程度で、カエルを捕りに行った話、本棚を作る話で一話が終わることすらある。 ストーリーの骨子はこれだけである。 ところが、これが何とも癒されるのである。主人公であるよつばちゃん(5才)の斬新な視点と、垣間見せる大人びた台詞とのギャップに思わず微笑んでしまう。これがこの作品の主題であることは間違いない。 そして、目立たないが、その人間関係を支える登場人物間の優しいまなざしが何とも心地良い。 これに関連して、思い出したことがある。 佐々木倫子の「動物のお医者さん」(白泉社文庫)の解説に高橋三郎・京大教授(現名誉教授)が寄稿していたことがあった。当時、京大の総合人間学部(いわゆる教養課程)では、社会学の「W高橋は通し(=単位に甘い)」との噂(おそらく事実)がまことしやかに囁かれていたが、その片方である社会学の権威が、えらく場違いなところに登場していたので印象に残っていたのである。 きっかけは、大学の広報誌に「『動物のお医者さん』の人間関係が、わたくしの考える理想の人間関係だ」と記したことにあるという。若干、広報と解説の文章を引用したい。「この作品の魅力は、なんといっても登場人物の関係のありかたにあるような気がする。素っ頓狂な登場人物ばかりに見えるが、実は自立した個人間の、サバサバした、しかし尊敬と愛情で結ばれた間柄といったらいいだろうか。 この作品のトボけたような暖かさはそのせいだろう。」「これらの変な人たちの間には、さっぱりした、しかし温かい関係が成立しています。お互いにハタ迷惑なことばかりしていますが、『しょうがないなあ』といった感じで許し合っています。それは、本当に自立した個人が、お互いの深いところで、愛情と尊敬とで結ばれているときに成り立つものでしょう。」 社会学的見地からの興味深い考察であるが、本批評は「よつばと!」に、より当てはまる。綾瀬家から見れば、よつばちゃんは他人の子である。それを優しく見つめる家族全員の目が、何ともいえず暖かいのである。 私がこの作品を強く他人に薦めたい点は、まさにここにある。理想的な人間関係を鑑賞できるのが、この作品の最大の魅力なのだ、と強く推したい。 7月の終わりから始まったこの話も、連載(月刊誌)は40話を超え、単行本は6冊を数えるが、作品上の日付ではまだ9月に入ったばかりである。綾瀬家の三姉妹は学校が始まり、今後のストーリーテリングに苦労するのではないかと危惧するが、このまま「まったり」と連載を続けてもらいたいと願うばかりである。 なにせ、まだ「とーちゃん」と「よつば」の関係も不明のまま(作品中、よつばちゃんは「外人」と他人から見られる様子がよく描写される)で、これに対する作者の回答が待ち遠しい。
2007年01月04日
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本ブログ立ち上げのきっかけトークの続きである。 ブログを新規に立ち上げるにあたって、まず悩むのはブログプロバイダの選択であろう。 今更ライブ○アブログを選択するのはトリッキー、社長が気にくわないから(爆)アメ○バブログは脱落…といった風に、消去法でプロバイダーを選択する方が多いと思う。 が、私の場合はあっさり楽天ブログに決定することにした。 メインプロバイダはOCNなのだが、根本的にNTT関連会社の硬直化したサービスに常日頃から不満を持っていた私にとって、「ブログ人」は最初から眼中になかった。 余談になるが、同じOCNのサービスを利用するにもかかわらず、ADSLから光に変更するとメールアドレスを変更しないといけないと言われて大変憤慨したものである。おそらくはADSL事業部と光事業部は別組織となっており、アカウントを全く独立に切っているのだろうと想像する。結局、抗議するのが面倒になって、未だに光への移行は済んでいない。 さて、ではなぜ楽天ブログかと言えば、それが今日のカテゴリー「陸マイラー」に関連してくるのである。「陸」を「おか」と読んで「おかまいらー」と読む。ここ1・2年で市民権を獲得しつつある、比較的新しい用語である。 仕事柄飛行機をよく利用する私は、航空会社のマイルを貯めるのに恵まれた環境にあると思う。 昨年、日数換算でどこにいたかを振り返ると、ざっと神戸(本拠地)に70%・東京に20%・本州以外(海外+北海道)に10%と、移動の多い年だった。特に東京へはプライベートを含めて28往復している。おかげで、昨年は羽田-大阪(伊丹空港から徐々に神戸空港の頻度が高くなってきている)間の移動だけでANAのプラチナ会員(年間搭乗50回以上)になることができた。二度の海外出張はともにJALを利用したので、純粋に国内の移動だけでプラチナを達成したことになる。 一昨年・昨年とスターアライアンスグループ加盟航空会社での移動(タイ航空・ユナイテッド航空)を含めてようやくブロンズ会員(年間搭乗30回以上)となったのとは雲泥の差である。 確かに上級会員になれば、搭乗マイルにボーナスが付き、累進的にマイルが蓄積されやすくなる環境が整うことは事実である。しかし、欧米間の移動と異なり、月に2・3度の国内+高々年3回程度の海外渡航だけでは、爆発的なマイルの蓄積は望めない。 ここで発想の転換が必要となる。その方法論については、優れたサイトが幾つもあるし、「マイレージ獲得必勝法」的な書籍も多く出版されているので詳細は割愛するが、要はANAとの提携クレジットカードをできるだけ支払いに利用し、利用できるところではできるだけEdyと呼ばれる電子マネーでの支払いに徹するのがこの「攻略法」である。 マイルを稼ぐために出費を増やすわけではない。ここでキーとなるのは、出費額は変えないものの、なるべく現金払いを避け、カード・電子マネー払いとし、そのポイントを蓄積(そしてマイルに変換)していくという姿勢にある。 クレジットカードのゴールド会員になり、支払い方法を工夫すれば(例えば三井住友VISAカードなら「マイ・ペイすリボ」払いを選択する)、原則100円につき2マイル、「パソリ」などの周辺機器を活用してEdyチャージをクレジットカード経由で行えるようにすれば、100円につき、2.5マイル、キャンペーン中なら3マイル、といった具合に、現金払いから移行するだけでこれだけのマイルが付随してくるのである。 で、これには色々テクニックがあるのだが(一冊の本になるぐらい)、経緯を省略して、結論の一端を述べると「書籍を購入するのは楽天ブックスが一番お得」となる。 私が取っている方法論については後日触れることにして、現在のマイル獲得状況について、これは単に飛行機の搭乗を繰り返しているだけでは達成できない。事実、マイルの半数以上は飛行機の搭乗以外のポイントが変換されてカウントされているのだから。 これが飛行機に乗らずにマイルを貯める「陸マイラー」なるライフスタイルなのである。 …とまあ、ダラダラ書いてきたが、そんなこんなで、私は楽天サイトから買い物をすることが非常に多い。できる限りの本(結構読書量は多い方なので換算マイルはバカにならない)、ミネラルウォーター(重たい水を玄関まで持ってきてもらうのは楽である)、ちょっとした家具等々は、楽天経由である。また最近は横着して食料品まで楽天から購入するようになっており、買い物ですら出不精となっている始末である。 というわけで、本題の結論であるが、私は楽天ヘビーユーザーなので、楽天ブログを利用させていただくことにした、というわけである。アカウントもパスワードもすっかり覚えているので、ログインも楽々♪ なのである。 ところで、今年は、東京の日数を減らして海外の比重を増やしたい、と思っている。東京の日帰り出張の連続は体にボディブローのように疲労を蓄積させるのを身に沁みて感じたので。 海外に立ち寄ったときは、またこのサイトで報告をしたいと思っている。
2007年01月03日
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しばらくは自己紹介を兼ねて、本ブログの立ち上げのきっかけをお話ししていこうと思う。 学生時代はクイズ研究会に所属していた。今でこそ相当下火になったと思うが、まだ大学入学当時はウルトラクイズが終了してまだ1年足らずの時期で、主要な大学では、どこもクイズ研なるサークルが一定の勢力を保って活動していた。 よくクイズ研のことをご存じない皆さんは、オタクの巣窟だとか、阿漕な世界を想像されるかもしれないが、その当時は非常に個性的な人々が集まって和気藹々と活動する不思議な空間を醸し出していた。 特に私は(一人称を暫定的に確定)、所属サークルの会長となり、関西諸大学のクイズ研代表者から構成される「関西学生クイズ連盟」の連盟員も務めていて、大学二回生の頃は、まさにクイズのイベントを中心に世界が回っているような錯覚を覚えたものである。 クイズにのめり込んでいったこの時期に失った物は数多くあるが(苦笑)、今になって思えば思わぬ副産物を人生にもたらしてくれたと気付くのである。 それは、* 普通に人生を過ごしていれば決して気付くことのなかったトリビア的な知識* 厳密な日本語の文章を書き綴る意識付けと、長文を書き連ねるスタミナ* 他大学クイズ研究会の超個性的な面々との出会い といった諸々の財産である。 その中でも「湯元俊紀」氏(微妙にペンネームと本名は異なる)は印象深いクイズプレイヤーであった。私が1回生の時にスタッフとして担当した学園祭のクイズ大会の優勝者として知り合うこととなり、その後公私に亘ってお世話になった先輩である。 その当時から独特の個性は際だっていて(そもそも関東某有名大学に合格していたのに、クイズ研に入るために関西某有名大学に翌年入り直すという思い切ったギャンブルをされる”男前”であった)、学生時代から氏のサイトは毎日欠かさずチェックし、拙前サイトからも相互リンクをさせていただいていた。 そして! 彼の才能は2005年「アメーバブログ」ランキング・コレクター部門第1位という輝かしい形で花開いたのである(なお、このブログはこのブログがすごい!(2005年版)でも15位にランクされている)。 見事彼のブログは幻冬舎から出版された。それが、この「語源ブログ」(そのまんまだが)である。 参考:語源blog(厳密には、Site K4の一コンテンツ) なお、著者「湯元俊紀」氏のインタビューは有名ブロガーに会う!などに掲載されているので、これにもアクセスのが吉! かと(「語源ブログ」風に)。 今回、著書には楽天アフィリエイトからのリンクを掲載させていただいた。本音を言えばアフィリエイトを駆使してコンテンツを構成するのは本意ではないのだが、Amazonのカスタマーレビューがあまりに正鵠を射ておらず、こちらからのリンクとした。 彼独自の文体の「空気」に惑わされると、「いい加減に書いている」「程度の低い雑学本」と勘違いしてしまう。が、一クイズ経験者から見ても、市販されている雑学書に比べて、相当「ウラ取り」を厳密に行っていることが伺え、結論が確定していない事象について、はっきり「わからない」と断言されている態度に、信頼が置けるといえる(そもそも著者の雑学レベルを知っていれば「程度の低い雑学本」を出すはずがないのはわかるのであるが)。 個人的にも、マリオの弟・ルイージは「兄に似ている(=”類似”している)ところから名付けられた」といったネタを何の確証も取らずに信じていたこと(実際は、Nintendo of America本社近くのピザ屋「Mario & Luigi's」から着想を得ている)に反省させられ、北斗の拳での敵の断末魔「ひでぶ」の意味は何か?といった盲点を突く疑問点の追求に対して、膝に手を打ち、ドラえもん「ジャイアン」の前声優・たてかべ和也さんとインタビューに羨望を禁じ得ない一冊となっている。 というわけで、興味を持たれた皆様、是非お買いあげ下さいませ。 ただ残念なことに、現在著者は超多忙、またはサイト更新に飽きてしまったと思われ、語源blogの更新は2005年6月を最後に行われていない。 学生時代はあれだけ無駄にしてきた時間が、社会人になってずいぶん貴重なモノだと実感する。このパラダイムシフト(逆に”お金”の価値観とのトレードオフとして)が学生時代と社会人時代の一番の違いだと言っても過言ではない。 ブログを立ち上げた一つの理由、それはひしひしと迫り来るタイムリミットに対する抵抗だということができる。この試み、果たしていつまで続くことやら。
2007年01月02日
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ご無沙汰しております&初めまして。 珍妙な挨拶文であるが、これが最初のエントリーの冒頭としてしっくりくるような気がする。なんせ、実にほぼ7年ぶりのweb戯れ事である。 学生時代の後半(4回生の9月以降から大学院修了まで)に、研究室のサーバー上で自分のwebサイトを公開していた。当時はブロードバンドもそれほど普及していなくて(大学の高速ネットワークがなかったら、ネットサーフィン自体をすることもなかったと思う)、プロバイダのサービスを活用するのにも、容量制限が厳しかったり、HTMLを理解していないと思いどおりのサイトが作れなかったりして、まだ個人の「ホームページ」を持つ人は少ない時代だった。そんな競争率の低さもあってか、パソコン専門誌の老舗であるアスキー社の雑誌「Tech Win」クイズ特集(1999年3月号)に特選リンク先として取り上げられるなど、一定数のアクセスを頂戴することができるサイトに育てることができた。 社会人になってからは時間的余裕が持てなかったり、自宅のネットワーク環境が充実していなかったこともあって、しばらくwebの発信から身をひいていた。強いて言えば、会社で所属していたソフトボールサークルのwebサイトを構築し、管理人日誌を一時期つけていた程度である。 ただ、こうしたサイトを再開したい、という潜在的な希望はずっと持ち続けていた。 今では簡単にブログ経由で”自分”を発信できる時代となっている。実際、楽天ブログのエディターからこのサイトを実験的に構築しはじめてから30分しか経っていないが、もうサイト自体は立ち上がっている。簡単にデザインできてすぐにコンテンツがアップできるインターフェースに隔世の感を禁じ得ないわけである。 そしてついさっき(AM 3:00過ぎ)に、もうアクセス数が10を超えたというメールが届き(アクセスされた方申し訳ございません…まだ数行しかアップしておりませんで…)、えらいこっちゃと焦る次第である。 さて、今頃何故急にブログを立ち上げたのかというと…。 明確な動機はなくて、2007年の1月1日から何かを始めよう、と思ったときに安易に始められるのがブログだったからである。では、なぜ「何かを始める」ことにしたのかと言えば…、今日をもって、細木某が提唱する六星占術でいうところの「大殺界」から脱出し、物事を始めるのに適しているという『種子』の年が始まるからである。 細木某といえば、このように昨年のペナントレース優勝チーム(中日・日本ハム)について、素晴らしい予言を遺しており、否が応にも行動を起こさないと! と思った次第である。 …とまあ冗談はさておき。 仕事が忙しいだとか(昨年は死ぬほど忙しかったのは事実とはいえ)、特定のテーマがないだとか、いろいろ自分に言い訳しながら先延ばしにしていたのであるが、こういうものは見切り発車で始めてしまって自分を追いつめておけば結果は後から付いてくるのではないかと思う。 何はともあれ、今日から「つれづれなるまま」なサイトの再開である。 しばらく(一ヵ月程度)は知人にもこの存在を知らせることなく、ちまちまと更新をしていこうと思う。学生時代にオープンしていたサイト『やっぴい博物館』は、日記・クイズ・小説・ゲームミュージック・研究内容紹介・大学受験テクニック集などと、まさに節操のないコンテンツのごった煮、というものであった。それぞれのテーマを博物館の各フロアに見立てて更新していくというデザインである。 このスタイルをそのまま踏襲するのは難しいが、ブログでの「カテゴリー」の編集機能を駆使して、不特定多数のテーマ、その日に綴りたいと思った「旬」のトピックを書き連ねる、という形式で試運転を始めていきたい。 アクセス数の多いブログを育てようと目論むならば、『某新聞社の売国的記述に吠える! 』みたいな特定のテーマを決定して、それにコンテンツを集中させるべきなのだろうが、本ブログが狙う方向性はそれではない(それに、もう優れたブログが幾つもあるので、新たに立ち上げる必要もないわけで)。 前サイトで明示化していたルールを一つ。対象とする読者は『x年後の自分』である。これをweb上で不特定多数の方々に公開している理由はただ一つ。いわゆる「日記(エッセーに近くなると思うが)」の継続のモチベーションとする、ただその一点である。 極論すれば、アクセス数には興味がない。ただ、質には拘りたい。前サイト「やっぴい博物館」を通じて知り合いとなれた皆さん、あるいは社会人となってからお世話になった皆さんにとって(前述の通り、しばらく経ってこのサイトを紹介できるレベルになってから案内する予定である)、また、何かの拍子にアクセスされて興味を持たれた方にとって、日常のネットサーフィン上の立ち寄り先の一つになって、ブックマークされる程度のクオリティは保とうと思う。 実験的にサイトを立ち上げてから1時間半経つ(AM4:00)が、もうアクセス数は25に達している。前サイトでは多いときでも一日100アクセス程度だったので、時代は変わったなと実感する。 なんせ、7年前の今日の日記を紐解くと、『Y2K(=2000年問題)対策のため、機械系3専攻全体のサーバーが止められて、エレベーターまで停まっている次第で、1/1だけは研究せずに寝正月』 なんて記述があるほどだ。よく考えたら、まだ20世紀である。 とまあ、21世紀初の記述は(^_^;)、まだ一人称も決まっておらず(前サイトは「館長」)、未来の記述のストックもなく、ただただ見切り発車宣言の駄文にとどまってしまい恐縮である。明日から一定の内容を含む記述を心がける次第である。 なお、前サイトからの気持ちを一新するために、今後の記述は、敬体を改め常体とする。特に意図はないが、おことわりまで。
2007年01月01日
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