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今日は鍼に行ってきました。入浴は大概朝に済ませるのですが、今日は朝食づくりが遅くなりそうだったので、朝食後に入りました。鍼に行くまでの間がせわしなかったこと。 鍼は午後2時20分の予定、その10分前にはつかなくてはなりません。京成の最寄りの駅には1時50分には就く予定で1時30分には家を出ました。 杖を使ったのですが、杖がないほうが良かったかも。どうも長さが体に合っていないよう、直してもらわなきゃ。何とも歩きにくく疲れるのです。 2駅乗って降り、すぐ鍼は近くなのですが、その疲れることと言ったら…。 でも疲れは杖のせいばかりではありません。日本のうたごえでの疲れがまだ抜けきっていないらしいのです。先生にそのことを話したら、今日はどこが痛いかあまり聞くこともなく治療を始めました。その前に足を触ってみて、腫れたりしこりがあるところを見極めました。最初はいつもの優しい鍼でしたが、足を治療するとき、ずんと来ますよ、とおっしゃって、響く鍼を打ってくださいました。私にはそれがちょうどよく気持ちよく感じるのでした。腰にも鍼とお灸。すっかりしこりがなくなって、軽くなりました。 帰りはあまり杖を突かないようにして帰りましたが、そのほうがかえって歩きよかったようです。
2019.01.30
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昨日は慶応病院耳鼻科へ行ってきました。 悪いところがまた増えて右の耳が難聴になってしまいましたので。左の耳も聴こえにくいのですがそれは年齢相応だそうです。 昨日は息子が付いてきてくれました。自分が先生に聞きたいことがあるとか言っていましたが、きっと私の体を心配してくれてのことでしょう。 私は歩くのが遅いのでそれに付き合って歩くのも大変なことですが、重いバッグを持ってもらったり、私としてはとても助かりました。 いくつか質問をしてくれました。1.補聴器をつけるほかなおしようがないのですか? ――中耳炎の場合は手術で治る場合もあるが、神経がやられている場合は補聴器をつけるしかない(私にはそんなにはっきりおっしゃらなかったわ。)2.どの程度ですか? ――中程度です。3.障害者手帳をもらえると聞いたのですが…。 ――まだそんなレベルではありません。4.あとどのくらい調整がかかるのですか? ――今まで調整がうまくいっていなかったので、まだこれからと考えると3か月はかかるでしょう。(あら、そんなに補聴器を借りられるの?もうそろそろ期限切れかと思っていました。) 「ではこの後調整をしてもらいますので6番の前でお待ちください」 それからが長く待たされるのでここで息子にはお役御免でかえって貰いました。 3人待つとのこと、1人30分として1時間半待ったでしょうか。終わったときはもう待合室にはほとんど人はいなくなり、掃除が始まっていました。 少しだけ強くしてもらって、補聴器の調整が終わりました。 今日は今まで忙しすぎて保険証を取り寄せる暇がなかったので今日は、健康保険証なしでの診察でした。鉄砲洲診療所でも金地病院でも、次に持ってきてくださいとだけ言われて保険でやってもらえたのですが、慶応病院はそうはいきませんでした。今月中に保険証を持ってくれば過払い分はお返ししますって。788円でしたが私は1割負担、そりゃあ、返してもらったほうがいいに決まっていますが、電車賃やかかる時間や疲れを考えるとどうしようかと迷ってしまいます…。
2019.01.29
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日本のうたごえ祭典は19日に終わったのですが、その日は朝6時45分には家を出、帰宅したのが夜9時となってしまい、楽しみの代償が疲労となって残ってしまいました。20日21日と眠っても眠ってもまだ眠い状態でした。 23日は八丁堀へ通院、そして疲れが取れないまま、25日はコーラスの練習と続きました。でも1日おきに外出するようにしているので、まだ何とかなっています。 コーラスのある前日が実は大変なのです。夜先生と打ち合わせ、その内容をニュースに載せるのです。でも24日は日本のうたごえ祭典の内容報告を載せたかったので、昼からニュースに取り掛かりました。 ニュースを作り、会員から「花」を歌いたいという要望があったので、「花」の楽譜を用意して準備完了。先生との打ち合わせも10時前には終え、毎日6時間、少ない時でも5時間の睡眠をとるようにしているのですが、5時間の睡眠を確保できました。 8人中6人の出席でした。やはりまだNさんのご主人は完治していないらしく、Oさんも風邪が長引いているようなのです。 「君死に給うことなかれ」「津軽のふるさと」は先生推薦のもの「どじょっこふなっこ」は私たち推薦のもの。それと祭典で歌った「どこかで春が」と「いとし子よ」。最後に全員で歌った「命を歌おう」「約束のうた」をもう一度歌いました。 祭典に参加しての感想も言ってもらいました。みんなの貴重な体験になったことがわかりました。先生からは女性のうたごえが迫力があったこと。やわらかい声できれいに響いたこと。アカペラの部分は聴衆の集中力を一気に高め、会場が緊張に包まれたと、絶賛され、みんなの顔もほころびました。 帰りに4人でガストに寄り、食事や甘いものをいただいて一休みして帰りましたが、私は本当に疲れてしまいました。
2019.01.26
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1月19日のことでした。今まで準備を重ねてきた日本のうたごえ祭典に参加しました。場所は川崎のとどろきアリーナ。市川新婦人コーラスは合唱団プリマベラと一緒に市川に7時15分集合。市川から総武線快速で武蔵小杉。そこからバスでとどろきアリーナまで。私たちは東京近郊だったので電車で1時間少しでいけましたが、はるばる北海道や沖縄から参加された方もあって、大変な賑わいでした。 メインのHuman FestaとPeace festaは19日に行われたのですが、コンクール形式の合唱発表会や、記念音楽会は18日に行われ、和太鼓、民舞の会は20日に催されました。延べ13000人の参加だったようです。メインのHuman festa とpeace festaにはそれぞれのべ5000人の入場でアリーナを満席にしました。 9時にはリハーサルが始まり、Human Festaは12時半開演。青年たちの「平和の鐘」の演奏や合唱で幕が切って落とされました。歯切れのよい演奏。次は私たち女性合同。「いとし子よ」「どこかで春が」を最大の人数900人で歌いました。 そうそう、司会は元NHKアナウンサーの村上信夫さんと元NHKリポーターの入田直子さんで手際よく進められました。女性合同の司会は入田さんでしたが、女性の歳を言っては失礼ですが、81歳だそうです、と。その若々しい声、と驚いていました。そしてインタビューは私たちの大先輩壇上さわえ先生、車いすに乗っていらっしゃいましたが、非常にお元気で「平和でなければ歌は歌えません。歌は平和の力です。」ときれいな力強い声でおっしゃったのには感激しました。 それらは東西南北四方に向けられた中央に吊るされた4面のスクリーンに映し出されました。歌っている間は歌に関連した写真に歌詞が付いたものや、時には歌っている人たちが写されました。 インタビューがあるのも日本のうたごえ始まって以来のことでした。 次にスクラムコンサートがあるので私はそちらへ移りました。スクラムコンサートも750人は突破したと実行委員は言ってました。息子のIBMロックアウト解雇の歌を大きな声で歌いました。歌う前にナレーションがあってそこで勝利したことをみんなに報告しました。回顧3兄弟から勝利3兄弟へと向かうと…。 障害者の歌もありました。高齢者の歌にはうたごえ元常任の方々も参加して朗々とした声が響き渡りました。 ペンライトが回ってきて次第に会場はペンライトの揺らめきで光り輝きました。最後は全員で「命をうたおう」の大合唱で締めくくり、第1部は終わりました。 第2部Peace Festaは4時から開始でそれまでリハーサルがありました。私は沖縄、基地の部でプリマベラと一緒に歌うので今度は1階に移動でした。人がごちゃごちゃしていて1階に行く階段が分からないので係の人に聞くと丁寧に階段まで案内してくれてとても助かりました。無事にみんなと合流することができました。 第2部は戦争、基地、沖縄をテーマにした歌が盛りだくさん。かわいい子供たち(親も混ざっていましたが)の「象列車よ走れ」は可愛くて、可愛くて…。そして国際交流の部では朝鮮高校中高部の美しい合唱も…。日本政府は差別をやめてほしいと…。日本、ハイチ、アメリカ、イタリアの4人の女性によるアカペラの合唱には驚きました。大きな声量と美しさ。アリーナ全体に響き渡りました。 最後に圧巻だったのは北川哲、橋本のぶよ、横井久美子、大須賀ひできさんたち6~7人のシンガーソングライターたちが勢ぞろいしてそれぞれの持ち歌を歌ったことです。会場のみんなもそれに合わせて歌いました。もちろんペンライトも揺れましたよ。 最後の締めくくりは「約束のうた」(世界中の大人が武器を捨てたなら、世界中の子供が笑顔になるだろう…)を全員で。そして来年行われる京都でのうたごえ祭典へバトンタッチー京都のうたごえの人達が京都のうたごえの歌を歌いフィナーレとなりました。 うたごえ祭典に参加できるのは私は今年で最後かもしれませんが、とても充実した1日を過ごすことが出しました。
2019.01.22
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また少し日にちは遡ります。 1月11日に金地病院に行きました。今ではもう甲状腺の状態がほとんどよくなっているので循環器にかかっています。その日は駒込で降りるといつもの出口は閉鎖されており、矢印が付いていてそこを通っていくようにということらしいのです。どのくらい大回りをするのかと思うと、ショックでした。そんなに大回りをしないで済みましたが、最初に受けたショックが響きました、いつまでも動機が止まりません。 受付をして予診室で体重と血圧を測ったら血圧が上が177もあったので看護師さんもびっくり。手動の血圧計を持ってきて図りなおしましたら、138と88になり何とか普通に近い値になりました。 本番の先生もこれではもう少し強めの薬にしたほうが良いと今まで飲んでいた降圧剤の量を倍にして処方してくださいました。その代わり来院を2週間早めて8週間後にし、様子を見ることにしました。さてどうなるでしょう。効果は生まれるでしょうか。
2019.01.15
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女性のうたごえが終わったらスクラムのステージに移動して歌おうと思っています。IBMロックアウト解雇撤回闘争の時橋本のぶよさんが作詩・作曲した歌もその中に入っています。社前行動の時「東京のうたごえ」の皆さんが歌って応援してくれました。同じく解雇闘争を一緒に戦った「社保協」「JAL」の皆さんとも国鉄労働者やその他大勢の支援者と一緒に歌います。 「おとうさんのせなか」社保協の解雇撤回闘争でできた歌。 「翼よ高く輝け」JALの歌。 「私はここに立つ」IBMの歌。 解雇3兄弟の歌。IBMが勝利したことで、これを勝利3兄弟にしようと意気込んでいます。
2019.01.13
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「女性のうたごえを成功させる会」ホームページより70周年記念日本のうたごえ祭典 HUMAN FESTA 女性合同の練習2019・1・6
2019.01.12
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また少し遡りますが、1月6日に赤羽会館で女性のうたごえの練習がありました。1月19日に行われる、70周年日本のうたごえ祭典の中のヒューマンフェスタ。その華ともいわれる女性のうたごえの本番の指揮者、山本恵三先生を迎えるとあって、東京や近郊各地から集まった250人余りは、やや緊張気味でした。東京だけでなく、千葉や埼玉や神奈川、果ては静岡からはるばる参加しました。当日は全国のうたごえの女性サークルが集まります。目標750人を突破したそうです。なんともうれしいことです。 最初はおずおずとはじまったのですが、先生が熱を帯びてくるにしたがって、自ずと熱演、だんだん気合が入ってきました。 それに先生の指導の仕方も抜群、急所を突いた厳しいことをおっしゃるのですが、それも関西弁の柔らかさでユーモアたっぷりにおっしゃるので、こちらは笑いどうしでした。でも先生の指摘は十分に伝わったと思います。 最後に「どこかで春が」と「いとし子よ」を通して歌ったのですが、見違えるようにうまくなっていました。これでうまくいくだろうという見通しも立ってきました。 ただし大勢で歌うので音がずれないように気を付けなければ…。 帰りの電車に乗ったのが5時半ごろ、家に着いたのが6時半ごろでした。もうすっかり暗くなっていました。
2019.01.08
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あけましておめでとうございます。 皆様よいお年をお迎えになった事と存じます。 私はPCと格闘しながらの年越しとなりました。 ブログを書けないのは具合が悪いのではとご心配いただいた方も多かったのではと深くお詫び申し上げます。 PCは、ついに新しいものを購入。届くのは12月25日ということで…。まあなんと遅いこと。いろいろなダウンロードとか手間がかかりました。(それは息子にやってもらったのですが)。それから年賀状作成に「筆王」も購入しなくてはならない羽目になりダウンロード。これも安いものを買ったせいか印刷ができない状態。やっとプリンターをPCにダウンロードして使えるようになりました。これも息子頼りでした。それもすぐさま息子には頼みにくく、自分で何やかやとやってみてから頼むという具合で時間のかかること…。 そんなこんなですっかりご挨拶が遅くなって申し訳ございませんでした。でも体のほうは何とかやっておりますのでどうぞご安心くださいませ。 庭の侘助が今年は早く咲きましたのでアップします。
2019.01.06
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