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昨日夕方5時にJR渋川駅前広場で、渋川まちなかイルミネーションの点灯式が行なわれた。私は送迎の途中だったので点灯式は見られなかったが、帰りの運転中にイルミネーションが点灯された街中を見ることが出来た。点灯式のあとにおしるこが無料で配られるというので5時50分頃に駅前広場に行った。残念ながらおしるこは全部配られてしまい食べることができなかった。会場で渋川まちなかサポートのKさんとお会いできた。点灯式の情報はKさんが教えてくれたのです。駅前では野外ライブが行われていた。ライブ会場の横にあったイルミネーションが見事に光を放っていた。ライブ会場から離れてほかの場所のイルミネーションを見て回った。渋川駅をバックに1枚を撮っておいた。駅前通りを少し北に行った通り道の街路樹もイルミネーッションで飾られていた。昼間の景色とイルミネーションが点灯された景色を比較してみた。駅前広場の様子。駅前通り。このイルミネーションは毎日午後5時から10時に点灯され1月31日迄続けられるという。
2015.11.29
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妻が近くにあるイチョウの木から落下した銀杏の実をたくさん拾ってきた。ポリバケツに入れて果肉と分離して種と取り出した。以前は私が果肉を分離していたが今回は妻が分離した。近くにあるイチョウの木を見に出かけた。広い畑の隅にそのイチョウの木はあった。木の幹に張り紙が貼ってあった。イチョウの木の持ち主からのメッセージが貼られていたのである。早速電子レンジでチンしていただいた。
2015.11.28
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昨日は病院で薬をいただいた。飲んではいるが喉の痛みと咳は相変わらず出ている。妻が近くにできた薬のチェーン店でのど飴を買ってきてくれた。「つらいせき、のどの痛みに効く」、「せき止め」「のどあれ」「声がれ」とある。飴の大きさはやや小さ目である。昼間も咳が出て、喉が痛い。一日中マスクをかけている。車での送迎中にも咳が出るので、こののど飴を1粒を飲んだ。多少は咳止めの効果があるように感じた。のど飴の表示で第三類医薬品とある。第三類医薬品とは、服用することで体調に影響があったとしても日常生活に支障を来すには至らないレベルのものが区分される。例えばビタミン剤や整腸薬などが第三類医薬品に含まれる。第三類医薬品に限っては薬剤師の監督下になくても販売可能とされ、コンビニエンスストアでの販売や通信販売なども可とされた。ということで、のど飴はコンビニでも売っているらしい。
2015.11.27
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3日前頃から体調を崩した。37℃の微熱がつづいて、喉が痛く夜になると咳がたくさん出る。すぐ治ると思っていたが以外に長引いているので、今日勤務先の病院で診察してもらった。病名は特に言われなかったが、自分ではウイルス性の風邪と思っている。薬が処方された。抗生物質と解熱材、咳止めの薬が出た。毎食後に抗生物質と解熱剤はは1錠ずつで咳止めは2錠を服用する。4日分の薬が出た。別の病院で毎月定期的に通っているところがあり、そこでもらった「お薬手帳」に今日処方された薬と用法を記入しておいた。定期に通っている以外で薬をもたったのは、1年3ヶ月前の8月に坐骨神経痛の薬と湿布をもらって以来である。当分は無理をせず体を休めようと思っている。
2015.11.26
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今年は柿や柚が豊作と見えて、あちこちにたくさんの実が付いたままの木がある。我が家のかりんの木にもたくさんの実がついている。半分ほど枝を剪定したあとだが、まだたくさんの実がついている。剪定した枝についていた実が庭に転がっている。こちらは町内で見つけた実が鈴なりの柿の木である。柿の重みで枝が垂れ下がっている。こちらも町内で見つけた皇帝ダリアである。1階の軒下を超えて成長した皇帝ダリア。今、満開に咲いている。
2015.11.25
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先日、群馬県公安委員会より高齢者講習通知書が送られてきた。この講習は70歳以上75歳未満の人で、運転免許証の更新を受けようとする人が更新期間が満了する日の前、6ヶ月以内に受けていないと免許証の更新ができないという。高齢者講習場所の一覧があり、一番近くにある自動車教習所に予約を入れた。まず最初に免許証の有効期限を聞かれた、すると講習予約日は免許証の有効期限が切れる5日前とのこと。講習受講者が多く大変混雑しているとのことだった。予約は取れたものの、当日体調が悪くて講習会に行かれない場合は更新ができない心配がある講習内容に実車指導と言って、教習所内のコースを運転してアドバイスを受けるという。そのほか講義30分、運転適性検査60分、ディスカッション30分有り、合計で3時間の講習である。講習日は来年の5月である。絶対に忘れないようにしようと思う、来年のカレンダーは1枚しかないが記入しておいた。
2015.11.24
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いまウォークマンで聞いている音楽が飽きてきたのでレンタル店でCDを5枚借りてきた。「日本の唱歌」「日本の抒情歌」「クラウン歌う王冠50」「歌うヘッドライト」「演歌祝い歌」の5枚である。ウォークマンに取り込むには一度CDをパソコンに取り込んでからウォークマンに転送する。パソコンに取り組んだ状態である。ウォークマンに取り入れたいアルバムや曲を選び転送する。ウォークマンにうまく転送ができた。このウォークマンの容量は8GBであるがほぼ満杯状態まで音楽が入っている。パソコンの中には10.5GB分の音楽が入っていて2655曲入っていると表示されている。
2015.11.22
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古希野球の公式試合は全て終了して、今は秋季練習に取り組んでいる。11月16日と今日、練習試合をした。11月16日は、八幡山グランドで富士見古希との試合をした。 デイケアの仕事を終わってから試合に参加した。4回が終了していて、6対2でわが吉岡IQ古希がリードしていた。5回から出場した。その後も得点を重ねて12対2で勝利した。 試合後のミーティングで、監督より今日は集中打が出て大量得点につながった試合だった。投手の頑張りもあり良い試合だったと。今日の練習試合は、町民グランドで全前橋古希チームとの対戦だ。デイケアの仕事が終わってからの参加である。既に2対0で全前橋チームがリードしていた。 6回の代打から出場した。試合結果は3対0で負けてしまった。 試合後は互いにエール交換した。スコアブックを見せてもらうと、全前橋チームは先頭打者ホームランが出ていた。 全前橋の得点はいずれもホームランか3塁打の長打が出たあとの得点だった。吉岡は単発のヒットのみで得点できなかった。練習試合はあと1試合予定しているという。この練習試合が今シーズン最後の練習試合となる。
2015.11.20
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勤務先デイケアセンターの廊下に、11月15日に赤城町町上三原田の歌舞伎舞台で5年ぶりに歌舞伎が公演された新聞記事が張り出されていた。記事の上には昔の古い写真が貼られていた。古い写真はデイケアに通っている利用者さんが持ってきたもので、ご本人が若い時にこの歌舞伎舞台で歌舞伎を演じた時の記念写真という、矢印の人が本人です。写真で見る歌舞伎衣装は先日見に出かけた時の衣装とはたいへん違っていると思える。掲示新聞が読みづらいので改めて載せておく。「5年ぶり地芝居 子どもたち熱演」の見出し部分「住民一体 公演支える」の見出し部分以上は公演翌日の地元新聞で報道されたものです。そして17日には公共放送の「ほっとぐんま640」で今回の歌舞伎公演に携わった親子の記録が放映されていた。父親は、舞台の奈落で舞台装置を動かし、娘さんは舞台で「白波5人男」の弁天小僧を演じていた。会場では廻り舞台の事をマンガで説明した小雑誌と記念手ぬぐいを販売していた購入してきた。記念手ぬぐいを家の壁に貼ってみた。TVの中で、歌舞伎舞台伝承委員の会長さんの言葉で「公演のあとに残るものは、芝居が素敵だったね、よかったね、たのしかったよ」の言葉だけだと言っておられた。この意味はたいへん深いものである。歌舞伎舞台の維持管理、操作方法の伝承、述べ400名の地域の住民が2ヶ月を費やして大きな桟敷、30年製の杉の木を根っこから掘り上げて作った屋根など。そして400年の歴史の中で一度も入場料というものは頂いていないのだという。赤城町上三原田地区の住民の方々には頭が下がる思いである。
2015.11.18
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昨日、赤城町上三原田の歌舞伎舞台での歌舞伎公演が本番を迎えた。家を8時30分に出発し、会場近くの駐車場に車を止めてシャトルバスで会場に向かった。天候はあいにくの雨が降っている、歌舞伎の舞台では既に開会式が始まっていた。屋根付きの桟敷席の両端には揃いの衣装を着た歌舞伎舞台操作伝承委員会のメンバーが勢揃いをしていた。最初の演目は、津久田人形桜座の「寿三番叟」。3名で1つの人形を操っている。演技が終わって人形劇に携わった人たち全員を紹介した。9人の方達が出てきたのでビックリした。次の演目に入る前に天候が回復してきたので、桟敷席に新しいブルーシートを敷いて観客席を広くしていた。遠くの山も見えている。次の演目は、三原田小学校の生徒による「白波五人男 稲瀬川勢揃いの場」が演じられた。この場面で5人男の後ろにいる御用役人がせり上がりで平舞台にあがってきていた、。演技の終了で幕が引かれていくが、桟敷から沢山のおひねりがなげこまれていた。舞台の上の小さな白いものはすべておひねりである。次は半田歌舞伎坂東座と渋川歌舞伎、渋川子ども歌舞伎が演じる四段目寺子屋である。舞台の準備ができるまでは大学教授の講演があり、地芝居の意味するものとか、歌舞伎についての面白い話が聞かれた。歌舞伎役者が舞台に上がってくると、桟敷から沢山のおひねりが投げこなれていた。。サウスポーの方らしくうまくおひねりが届いていた。その後舞台操作披露がおこなわれた。桟敷の一番後ろから舞台操作を鑑賞した。12時30分ごろには雨も上がり青空が出てきた。操作の説明を聞いてから途中で中座してきた。
2015.11.16
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畑のレタスが成長して、収穫できるようになった。9月16日に小さな苗を黒マルチに移植した。写真ではよくわからない。黒マルチの右側には大根が発芽している。11月13日には大きく育ったレタスになっている。右隣の大根も収穫できるまでに育っている。レタスはちょうど手の平を丸く覆う位の大きさに成長。収穫してほかの野菜と混ぜて、野菜サラダにして食べている。レタスは特に虫除けや消毒もしないでも虫がつかない野菜なので重宝している。
2015.11.14
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今日は畑の白菜、大根、人参を収穫してみた。白菜はだいぶ虫に食われている感じがする。やっと巻いている感じの白菜である。大根はすくすくと育っているようだ。太さもちょうど良い。人参は葉っぱは元気だが、やや小さめである。今の時期、自家製の新鮮な野菜が食べられている。
2015.11.13
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渋川市赤城町の上三原田歌舞伎舞台は国指定重要有形民俗文化財になっていて、今月15日に歌舞伎が公演される。その舞台の前側に屋根付きの桟敷が地元住民によって作られ完成していた。製作過程を何度か紹介したが、完成までをを足早な写真で紹介する。舞台周りの様子。11月5日、黒のシート部分がむしろで隠された。のぼり旗もたくさん挙げられて完成していた。廻り舞台全景の様子。11月5日頃長いのぼり旗や小さなのぼり旗がたくさん飾られている。舞台を囲む仕切りの様子。のぼり旗が賑やかである。広い道路から舞台に上がる入り口の様子。この坂を登ると舞台の入口となる舞台の周りを囲っているものは、竹で作った四角いものにむしろが掛かっていて目隠しになっている。完成した舞台は入口から直接は見えないようになっている。坂を登るとむしろで作られた目隠しがある。正面左手にも目隠しがある。目隠しを回ると正面に出られるらしい。やっと正面に出ることができた。既に桟敷席も出来ていて、舞台の飾りも完成している。屋根に沿って20個の提灯が取り付けられていた。舞台の前には「上三原田歌舞伎舞台」と染め抜かれた横断幕が貼られていた。この場所が11月15日には満席になるという。私も出かける予定にしている。
2015.11.12
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7月頃より我が家の家庭菜園の隣が宅地になることは紹介済み。その宅地造成の進み具合を紹介しよう。まずはショベルカーが田んぼに入り工事がはじまった。ここは傾斜地のため土留工事をして水平の土地にする。土留工事か完了し埋め土が運び込まれた。そのあとに客土が入れられて土地が平にならされた。宅地の進入路に当たる側溝が重たい重量にたえるように作り直された。2段目の土留工事が始まっている。これは手前の道路と同じ高さになるように土留工事をしている。どの程度の宅地工事が進んだかを見てみる。 ここの道路と同じ高さに埋め土がなされると、2軒分の宅地が完成する。
2015.11.11
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11月8日(日)吉岡町町民文化祭の行事の一つである吉岡町歌謡歳と銭太鼓発表会が行なわれた。吉岡町の歌謡教室の団体の吉岡町歌謡クラブ連絡協議会と吉岡町銭太鼓緑銭会との合同発表会だ。午後1時30分に開演し、54の演目が演じられる。トップは、古希野球仲間であり歌謡クラブ連絡協議会の会長を務める角田さんが「ごめんね」を歌った。銭太鼓の踊りも演じられた。この踊りは会津喜多方蔵の里という踊りで、家の建て前の時の踊りだという。踊り手の最前列に神主がお祓いをしている姿も登場した。踊りが終了するとお餅が観客席に向かって投げられた。最後の方は各教室の先生方が歌を披露した。午後4時30分予定どうり全部の演技の披露が終了した。発表後は、私が習っている先生は4教室を開いているのでそれらの教室の合同懇親会を町内のスナック「ロビン」で開いた。角田会長の挨拶で、今日の発表会は皆さん普段の力以上の発表が出来ていたとの話があった。会の最長老で、銭太鼓の神主を務めた88歳の近藤さんの乾杯で懇親会が始まった。 スナックと思えないほどの料理がどんどん運ばれてくる。そしてカラオケも始まった。カラオケも一人2曲までと決められた。事前に歌う曲を記入用紙に書いて申請しておき、自分の歌う曲が流れたら歌い始める。同じ教室で習っている仲間の森田さんと角田さん。けっこうご機嫌である。私も結構はしゃいでしまいました。3時間に及ぶ懇親会も会計の英ちゃんの手拍子でお開きとなった。今回の発表で私は和服を着て歌を歌った。ビデオ撮影をしていたのでDVDが仕上がってくるのが楽しみだ。
2015.11.09
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今日の午後1時30分に開演する吉岡町歌謡祭と銭太鼓発表会の衣装を紹介する。衣装は着物である。着物と角帯はリサイクル店で購入したもので、長襦袢は家にあった物。白足袋、雪踏、肌襦袢、ももしきなどその他小物類。毎日着物を一人で着る練習をしてきている。なかなかうまく着こなせていないが、その都度しわが入っていないか、貝の口の形はできているかなどチェックしている。一人で着た着物姿をお見せしよう。一人で着て見た割にはまあまあと思っている。お腹の部分を少し膨らんだように見せる着方をしてみた。こちらのほうが見た目が良いように思う。少しお腹をふくらませた着方で舞台に立つ予定だ。
2015.11.08
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今日、農協のライスセンターに新米を引取りに行った。今年の群馬県の北毛地区のコメの作況指数はやや不作らしい。我が家の収穫量はどうだったのか、田んぼの稲の80%が倒れてしまったので心配していた。収穫量は12袋と24Kgとのこと。この収穫量は思っていたよりも多かった、稲の80%が倒れていたり、あえてスズメ追いの光るテープやネット張りもしなかったのでスズメに食べられていたがラッキーだった。前にも稲がたくさん倒れた時も収穫量は多かった。稲が倒れるぐらいに多くの実が出来ていたと思われる。当面使う分の7袋と端数を家に運んでおいた。
2015.11.07
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勤務先のデイケアの廊下に、以前紹介した赤城町上三原田の回り舞台の屋根付き桟敷を製作しているところを紹介した。その屋根付きの桟敷の完成が近づいているとの新聞記事の切り抜きが張り出されていた。見出しには「引き継ぐ地域の技」と有り、この屋根は地元の歌舞伎舞台操作伝承委員のメンバー130人で土曜日、日曜日を使って作っているとのこと。私が送迎の帰りに何回かここを訪れているいるときはまだ製作の初期段階だったようだ。10月19日の様子。 10月27日の様子。 10月19日の屋根の様子。新聞記事にある屋根の写真。骨組みだったものに屋根が取り付けられている。本来の屋根は7本の跳ね木を使うという、今回は3本の跳ね木で作ったという。完成予定は11月8日だという。この舞台は特殊な仕掛けがある舞台だ。回り舞台の他に舞台が屋根の中に隠れたり、床下に隠れたりする。3方向の壁が水平に開かれ2倍以上の広さの舞台になるというのだ。そしてこれらの、舞台の回転や上下移動には80人の人手がかかるという。そして80人の人達の動作は拍子木の音でそれぞれの持ち場の人達が操作する。そして本番は、11月15日である。開演前にはこの舞台操作が解説を交えて披露されるのである。渋川市市民会館で行われた歌舞伎の発表会の記事も貼ってあった。
2015.11.05
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吉岡町の文化祭で、吉岡町内に受け継がれている伝統芸能の発表会があり見に出かけた。11月1日、吉岡町町民文化祭の開催式が町民文化センターで行われ、文化協会長の挨拶、吉岡町長他の来賓の挨拶があった。開催式後に同じ場所で第7回伝統芸能発表会が開かれた。伝統芸能は、屋台囃子、獅子舞と太太神楽である。 最初の発表は、子供達による屋台囃しの演奏である。吉岡町大久保地区に受け継がれている屋台囃しで、明治9年頃からのものという。大久保屋台囃し保存会の人達が伝統を守っている。大人たちによる屋台囃しも披露された。町内にある屋台は全部で5台あるという。明治の時代には6台あったが途中で2台を売却してしまったと。その後1台増えて現在は5台とのこと。次は下八幡宮獅子舞。 この獅子舞は、慶長年間から伝えられているうという、関白龍天流派の獅子舞とのこと。獅子舞に流派があるとは知らなかった。太太神楽。餅投げの舞が披露された。一匹の狐が登場、踊りながら会場に向けて餅を投げる。おかめとひょとこが現れ狐を虎まえる。 余っていた餅を観客に向けてなげている。溝祭地区にある三宮神社に伝わる獅子舞。次は、大藪地区の獅子舞。流派は、稲荷流佐々良獅子舞。牡丹の舞をお披露。大藪獅子舞保存会の大人組と子供組が一緒になって、天神林とお暇の舞を披露したした。
2015.11.04
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今日の午後1時から吉岡町文化センターホールで開催式が行われ、29日まで町民文化祭が開かれる。既に菊花展が9時から文化センターエントランスホールで始まっている。私も文化祭行事に参加していて、11月8日(日)の「吉岡町歌謡祭と銭太鼓発表会」で歌謡祭の方で歌を歌います。発表会のプログラムが出来上がっていて、開演時間は午後1時30分である。発表内容は、吉岡町歌謡クラブ連絡協議会の所属教室と吉岡町銭太鼓緑銭会が合同で歌と踊りを発表する。私は橋幸夫の「潮来笠」を歌います。歌は決まったが、どんな舞台衣装で歌ったら良いかとネットで映像を調べた。着流し姿で唄っていて、歌の間奏時には立回りを入れたものや、角帯を締めた和服姿、あるいはラフなノーネクタイの背広姿があった。結局、角帯を締めた和服に決めた。そしてリサイクルショップで和服と角帯を購入した。洋服と違い安いものはなかった。和服は若い時にアンサンブルを一度きただけで和服をきた経験はない。ネットでお男の着付けの映像を探してみた。これらを参考に、和服の着付けの勉強をはじめた。帯の締め方は一般的な「貝の口」を練習している。発表当日迄には一人で和服を着られるように猛練習中である。それと潮来笠の歌の意味も調べてみた。ベストアンサーが見つかりました。潮来笠とは、潮来の農家の女性が農作業の時にかぶる笠(田笠)のことで、それを止めるのに赤い紐(紅緒)で結んでいるのだそうだ。伊太郎がかぶっている傘を潮来笠だと思っていたが間違いだった。渡世人で目的もなく旅に明け暮れているが潮来笠を思いだす、そして潮来に残してきた田笠をかぶった恋人を思い出す。やはり心残りがあり利根川の上流の関宿で、その娘の居る下流の潮来に向かって川に花を流すのです。と
2015.11.01
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