私のブログ(田舎の自由人)

私のブログ(田舎の自由人)

PR

×

プロフィール

kichan65

kichan65

カレンダー

キーワードサーチ

▼キーワード検索

コメント新着

kichan65 @ Re[1]:本番を迎えた「喜楽会演芸まつり」(05/11) Mittyoさんへ バラエティーに富んだ演芸が…
Mittyo @ Re:本番を迎えた「喜楽会演芸まつり」(05/11) 喜楽会演芸まつり、お疲れ様でした 歌も踊…
kichan65 @ Re[1]:枝豆が発芽した。(05/07) Mittyoさんへ 孫たちの両親は野球が全く分…
Mittyo @ Re:枝豆が発芽した。(05/07) 栃木のお孫さん達は帰られましたか バッテ…
kichan65 @ Re[1]:栃木の孫たちとキャッチボールをした。(05/05) Mittyoさんへ 翌日の孫たちへは、バッティ…
2013.03.06
XML
カテゴリ: 仕事




表紙を見ると新島襄の写真と15分でわかる群馬の偉人新島襄(にいじまじょう)の文字が

目にとまった。


中を見るとあるテレビ局の大河ドラマの主人公の二番目の夫という見出しからはじまって、

新島襄の素晴らしい生涯の記事が掲載されていた。


群馬の偉人-01 群馬の偉人-02


ドラマの主人公八重は大変注目されているが新島襄は知られていないようだ。

福島県の方も八重は知っているが襄のことは知られていないようで、全国的にも新島襄の知名度は

低いらしい。




「しめた・・・」と言ったことから名付けられたとか。


群馬の偉人-03

襄はアメリカ商船ベルリン号で密航に成功して外国の知識を吸収してきた。

襄が密航時に着ていた服装などの写真もある。(襄自らがあとになって書いたものとのこと)


群馬の偉人-04

八重と結婚したときの写真が載っていて、結婚のきっかけになったエピソードが紹介されている。

八重が井戸の上に板を渡して座っていると、譲が危ないからやめなさい。かよわい女性が井戸に

落ちればどうなることかと言ったそうな。

八重は、「私はか弱き女性ではなく、戊辰戦争で最前線にたって銃や大砲を打っていた。ほおって

おいてください」といった。

それがキッカケで結婚したとのことだ。


群馬の偉人-05


襄は大学設立に奔走し、設立半ばでこの世を去ってしまうが、八重があとを引き継いでくれた。

襄も八重と結婚してよかったと思う。



短い15分であるが襄についての知識が深まった。


この無料マガジンは群馬県を中心に発行されているらしい。全国にも発信して群馬の偉人新島襄

をもっと多くの人に知ってもらいたいと思った。













お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013.03.06 13:36:24
コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: