【小説】瀬戸内夕凪ドロップス

2017.05.05
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カテゴリ: 小説
「……制服?」

「え、それほんとっ?」
 あたしは一瞬頬の痛みを忘れ、平野さんに訊き返した。
「大方ミホが言い出したんじゃろ。つるんどる子らぁ結構言いなりじゃけぇな。ま、でも無傷ですぐ見つかってえかったなぁ。ほれ、ようあるじゃろハサミでジョキジョキって、ドラマやこーで。どうやらミホもそこまでの根性はねかったようじゃな。はは」
 無傷……。
 踏みつけられてトイレのゴミ箱に捨てられてたんだけど――ってことは言わないでおこう。なんだか情けないし。ってかミホめ! よくもそんなくだらないことをッ!
 今度はあたしが拳をぷるぷる震わせていると、平野さんはチラリとこちらに視線をよこしフッと小さく笑った。
「あんた、もっとツンケンしとるんか思よーたけど意外に話しやすいけぇ、いらんことばーいっぺえしゃべってしもうたわ。痛ぁてそれどころじゃねぇのになぁ、ごめんごめん。――真弓先生、すみませーん」

「はいはい――あらっ、高槻さん? なに、また怪我しちゃったの?」
「はいぃ、バレーボールが顔面に……」
「せーがまた、念のこもってそーな強烈なスパイクで」
 平野さんが横から付け加える。
「あらら……。ちょっとここ座って」
「スミマセン、度々……」
 丸椅子に腰掛け頬から手を離すと、先生はじっと右目を覗き込んできた。
「充血……してないか。目の方は大丈夫みたいね、よかったわ。でも、ほっぺが真っ赤――ちょっと待ってて」
 衝立の向こうでザクザクと氷をすくうような音がして暫くすると、真弓先生は小龍包のような形をした手のひらサイズの青い袋を軽く振りながらこちらへと戻ってきた。
「はい、真弓特製スペシャルブレンド氷のう。絶妙な柔らかさと冷え具合でしょ?」
 蓋の付いたへんてこな形の氷のうを興味深く受け取り、ジンジン痺れて熱をもった頬にゆっくり押し当てる。

「でしょー、ふふ。でもちょっと青く残っちゃうかもねぇ。取り敢えず暫くはそれで冷やして――あら、足も擦りむいてる。んー、あの絆創膏がよさそうね」
「あっ、たいしたことないんで、これで――」
 あたしはポケットをゴソゴソ探り、今井さんからもらったド派手なピンクの絆創膏を取り出した。
「? あっちの方が早く治るのに?」
 先生がきょとんとした顔を向ける。

「あんた、律儀な性格じゃなぁ」肩を竦める平野さんに、
「だって……ちょっと嬉しかったんだもん」
 あたしは少し照れながらぼそりと返した。
「ふっ、わかったわ。じゃあ、取り敢えず水で洗ってから軟膏でも塗って――」
 先生にてきぱきと擦り傷の処置をしてもらい、ペタリとピンクの絆創膏を貼りつける。
「なんかギャルっぽい。ふふ」
 たかが絆創膏一枚――でもそれは、ようやくクラスの一員として認めてもらえたかのような……そんな小さな喜びとちょっとした安堵感をあたしにもたらしてくれたのだった。
「このままもう暫く冷やしてた方がいいわねぇ。平野さん、授業に戻って先生にそう伝えてくれる?」
「あ、はい」
「……平野さん、ありがとう。怒ってくれたの、嬉しかった」
 痛む頬を押さえ、なんとか笑顔を作る。
「や、うちゃーミホのやり方が――」
 平野さんはそう言い掛けてふと口をつぐむと、あたしから視線を逸らし、もごもごと続けた。
「うち、バレー以外のこたぁどーでもええっちゅーか……、じゃけど、ちぃーとばー目ぇ向けりゃー見えてくるもんがあるんじゃな……」
 平野さん……
「ほ、ほんじゃうち戻るけぇ、お大事にっ」
 そのまま目を合わせることなく、平野さんはバタバタと慌ただしく保健室を出て行ってしまった。
「――着々と誤解が解けていってるようね」
 真弓先生がくすりと柔らかい笑みを向ける。
「です……かね」
 あたしは視線を落とし、右膝で派手に存在を主張している絆創膏を軽く指でなぞった。
 目を向ければ見えてくるものがある――
 あたしこそ、一方的な思い込みに捉われすぎていたのかもしれない。
 頬に感じる氷のうの冷たさとは裏腹に、心はほんのりと温かくて……腹立たしいこの頬の痛みも、なんだか悪くないような気がしてくるのだった。


      photo by little5am





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Last updated  2017.05.05 13:27:53
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千菊丸2151 @ Re:【88】目を向ければ見えてくる(2)(05/05) 周りが敵ばかりと思い込んでいた沙波でし…
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