【小説】瀬戸内夕凪ドロップス

2017.05.04
XML
カテゴリ: 小説
え? と振り返ったと同時に、バシンッ……!! 顔面に激しい衝撃を受け、あたしは弾かれたように床に倒れ込んだ。
「……ッつ」
「たっ、高槻さんっ……」
「ちょっ、あんた大丈夫っ?」
 いッッ、たぁ~……な、なに、ボール? いてて……
「目ぇ当たったんっ? ちょー見してんっ」
「だ、大丈夫……うん、はは……」
 むくりと上半身を起こし、覗き込む平野さんにひきつりながらも笑顔で返す。視界が滲んでるのは涙のせいだ。うぅ~、右頬がジリジリと焼けるように痛い……
「高槻さんごめんっ、うちがいらんこと言うたけぇっ……」

「ちょー、ミホ! この子後ろ向いとったのにワザと狙うたじゃろ!」
 キッとミホを振り返り、平野さんは語気を荒げる。
「なんなら人聞きのわりぃ。たまたまじゃ」
 ミ、ミホかっ……くそ~、狙ったな!?
 と、
「紗波っ!?」
「おいおいおい、どねんしょんならA組!」
 異変を感じた結実、そしてB組コートの審判をしていた赤松先生が慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「高槻さんの顔にボール当たって――」
「なん、そりゃおえん! どれ見してみぃ。――あぁ、あこーなってしもうとるがぁ、でーじょーぶか目の方は」
「で、でーじょーぶです……」

「どねーしょーたんじゃ、んん?」
「コケた遠藤さん起こそうとしょーた高槻さんに、杉本さんのスパイクが――」
 非難じみた平野さんの視線を辿り、赤松先生が訝しげにミホを振り返る。
「え、そんなうち……ただボール打ち返しただけでわざと当てたんじゃ――、赤松せんせぇ、うちのこと疑うんですかぁ? くすん」
 な、なにカワイ子ぶってんだかっ。

「……うちですけど。保健室連れて行きます」
 あっさり丸め込まれた赤松先生を不甲斐無く思ったのか、平野さんがぶすっと不機嫌に答える。
「お、おぅ。ほんじゃあ頼まぁ平野、早う連れてって顔冷やしたってくれ」
「や、あの、ひとりで行けるんで――」
 立ち上がろうとするあたしの腕を平野さんが掴む。
「遠慮せんでもええがぁ。うち、そーいう係じゃけぇ」
「平野さん……」
「あ、紗波、足も擦りむいとる」
 結実に言われ視線を落とすと、右膝からうっすら血が滲み出ていて――どうやらスライディングした時に擦りむいてしまったらしい。と、
「そねん気張らんでもええのに。……ほれ」
 ヒョウ柄の派手なピンクの絆創膏がすっと目の前に差し出され――
 え、今井さん……?
 意外な思いで彼女を見つめ返す。
「貼っとかれぇ、そこ」
 つっけんどんな口振りながらも、派手なその目元には僅かに親しみのようなものさえ滲んでいる。
「あ、ありがと……」
 あたしは少し戸惑いながら、ツヤツヤとマニキュアが光る指先からそれを受け取った。
「行こ、高槻さん」
「あ、うん」
「よう冷やさにゃーおえんで、紗波」「高槻さん……」
 心配げな表情を見せる結実と遠藤さんに軽く笑い返し、平野さんに連れられ体育館を後にする。
「――あんた、大丈夫?」
「まぁ、なんとか……。いっそ誰かわからないくらい顔が腫れてくれたら、逆に過ごしやすかったりするかもね。ふっ……いてて」
 冗談交じりに言ったら、ちょっと複雑な顔で返された。
「あんたの存在って、あんたにそねんつもりのーても知らず知らずのうちみんなんこと刺激してしもうとるんじゃわ、きっと」
「はぁ、刺激……」
「うちゃー中高一貫じゃけぇ代わり映えせんじゃろ? そけぇ都会からの転校生じゃ。あんた見た目もええしなぁ。ま、そーゆーことで男子も浮かれ気味じゃし? 女子らぁからしたらいろいろ面白うねぇとこへあの柊哉まで――あんたんことえろー気に掛けとるがぁ?」
「え、や、それは……」
 口ごもるあたしを特に気に留める風もなく平野さんは続ける。
「今朝もあんた、B組の井上に声掛けられとるとこ柊哉割って入りょーたじゃろ」
「井上……あぁ、朝の――、見てたんだ」
「うん、たまたま。ってか、プッ……なんじゃあれ井上、テンパってひょんなげな顔して。大胆に人前で告るぐれぇなら、いっそんことバシッと男らしゅうキメりゃあええのに」
「え? コク――、えぇっ?」
「いや、アイツにそねーな男気ねぇわなぁ。あぁあれじゃ、放課後にでも告ろう思うて段取りつけようとしょーたんじゃわ」
 え、マジ……で? いやいや、何かほんとに用があったのかも――って、何の用があったんだって話だけど……。
「じゃーけど見とったんがミホとかじゃのーてえかったなぁ。ミホの柊哉狙いは周知の事実じゃけぇな。ふっ、副委員長選ぶ時のあの必死さいうたら……前もってどんだけ根回ししょーたか。最後にゃもう、半分脅し入っとったけぇな。ほんま上辺にコロッと騙されとる男子らぁも憐れっちゅーか……」
 平野さんは呆れたように肩を竦めた。
 なんか、本人が言ってた話と違う気が……。ま、どっちがほんとかは考えるまでもないけど。
「まぁうちも? 柊哉のこたぁ、でぇれイケとるたぁ思うんじゃ。けど、うちゃー今バレーに青春の全てを捧げとるけぇなぁ。あっ、そうじゃ、あんたも一緒にバレーやらん? なかなか根性あって筋もよさそうじゃし」
「えっ、や……スポ根ってタイプじゃないんで、あたし。遠慮しときます……」
 頬を押さえ、へらりと苦笑いで返す。
「なんじゃもったいねぇ、ええもん持ってそうじゃのに。はぁーあ、うちももちぃーと背ぇありゃーなぁ。こればっかはどねんしょーも――っちゅーか! 途中で部活投げ出したミホにだきゃー言われたぁねぇんじゃけどっ」
 ミホの言葉がよみがえったのか、平野さんはぷるぷると拳を震わせる。
「あの子、上級生よりゃー自分のがうめーのに今更球拾いじゃ基礎練習じゃバカらしい言うて……ま、練習きちぃーて辞めたんもあるんじゃろうけど。今じゃほれ、あの調子でうめーこと猫かぶって男子バレー部でチヤホヤされながらマネージャーやりょーるわ。あの子、他人より優位に立っとかんと気ぃ済まんのんよ。じゃけぇ、うちがレギュラーなったんも気に食わんのんじゃ。うちじゃて耐えに耐えてやっとこさなれたっちゅーのに――」
 平野さんは日頃の鬱憤を吐き出すかのように言い募った。
 成程、二人のどことなく剣呑な雰囲気はそういうことだったのか。そういえば朝練で忙しいとかなんとか――男子バレー部のマネージャーで、ってことね。ふ~ん……
「せーじゃけぇ、ミホはあんたんことも鬱陶しゅーて仕方ねぇんじゃろ。そういや、あんたの制服じゃって――」


      photo by little5am





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2017.05.04 00:03:38
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

Profile

yo-ko*Dec.

yo-ko*Dec.

Calendar

Free Space

ご訪問ありがとうございます♪
yo-ko*と申します(*v.v)

頭に浮かんだストーリーを
備忘録的に書き連ねていきたいと
思っています。
思いつくまま気の向くまま
勝手気ままな自己満小説ブログですが
どうぞヨロシクお願い致します,。・*:・゚'☆,。

Category

カテゴリ未分類

(0)

小説

(88)

Archives

2025.11
2025.10
2025.09
2025.08
2025.07

Freepage List

Comments

yo-ko*Dec. @ Re[1]:【88】目を向ければ見えてくる(2)(05/05) 千菊丸2151さん >周りが敵ばかりと思い込…
千菊丸2151 @ Re:【88】目を向ければ見えてくる(2)(05/05) 周りが敵ばかりと思い込んでいた沙波でし…
yo-ko*Dec. @ Re[1]:【86】白熱! 練習試合!(2)(04/29) 千菊丸2151さん >ミホの悔しがる顔が想像…
千菊丸2151 @ Re:【86】白熱! 練習試合!(2)(04/29) ミホの悔しがる顔が想像できてスカッとし…
yo-ko*Dec. @ Re[1]:【85】白熱! 練習試合!(1)(04/22) 千菊丸2151さん >こんばんは。 >ミホの…

© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: