【小説】瀬戸内夕凪ドロップス

2017.04.15
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カテゴリ: 小説
3時間目の体育はB組女子と合同でバレーボールをやるらしい。

「……委員長の念力、効いてるな」
「え?」
 体操着袋を胸に抱えた遠藤さんが、きょとんとあたしを見つめ返す。
「や、なんでも、はは。――にしてもバレーボールかぁ。あれってさー、次の日すっごく手首痛くならない? あ~ぁ、先週だったら見学できてたのに。ちぇっ」
「ふふ……うちもほんま苦手。ボールこっち飛んでったらどうしょー思うもん。サーブもよう入れんし……。でも、風邪すっかりようなってえかったね」
 以前とは明らかに違う柔らかい表情を見せる遠藤さん。そんな彼女の変化を嬉しく思いながら、「うん、ありがと」あたしもにこりと微笑み返す。
 そのうち女子更衣室に辿り着き――漏れ聞こえる甲高い笑い声に一瞬怯みつつ、気持ちを奮い立たせドアノブに手を掛ける。途端、静まり返る室内、そしていつもに増して突き刺さる冷ややかな視線――ま、2クラス分の女子がいるんだし、そりゃそうだよね……って、納得する自分もどうかと思うけど。でも、こういうのにはもう負けないんだ。

「う、うん……」
 緊張した面持ちの遠藤さんに明るく声を掛け、先を促す。と、
「嫌われもん同士で仲のええこと……」
 どこからかぼそりと嫌味な声が――それに合わせ、室内にクスクスと嘲笑の波が広がる。
 なんとか眉をひそめる程度に感情を抑え、着替えをする女子の合間を縫って進んでいると、短いスカートから肌も露わに伸びた脚が不意にあたしたちの行く手を遮った。
 ハッとその脚の主に目を向ける。ミホだった。その横には、こちらに目もくれず淡々と着替えを続けるカズエの姿もある。
「ちょっと、なんなの」
 ミホはこちらに向き直ると、手を腰に居丈高に言い放った。
「奥ぁ空いとらんけぇ。そうじゃ、いっそんこと廊下で着替えりゃえんじゃねん? ふふ、あんたにたぶらかされとる男子らぁも鼻の下伸ばして喜びょーるわ」
「た、たぶらかすって――」
「あ、おえん。今日は男子、武道場で柔道じゃ言よーたっけ。あ~ぁ、せっかくじゃのに残念ななぁ」

 あまりに呆れた物言いに二の句が継げずにいると、「紗波、こっち」奥の方から声が上がった。視線を移すと、女子の間に険しい顔つきでこちらを手招く結実の姿が見え――
 結実が助け船を出したことに意表を突かれたのか隙を見せるミホの横をするりと抜け、遠藤さんの手を引き奥へと進む。
「ここ使い、紗波」
「ありがと、結実……」
「空いとるん、ひとつだけじゃけど」

「? あぁ、うん大丈夫、一緒に使うから――で、いいよね? 遠藤さん」
「……うん」
 遠藤さんはか細い声で答える。と、
「結実、あんたいつからそっち側なったん」
 女子の間を抜け、ミホが苛立った様子でこっちに近づいてきた。一呼吸置き、結実がキッと顔を上げる。
「そっち側もなんも――あんた、ようもそねんやっちもねぇことばー言えるわな。男子の前だけ可愛コぶってから、この二重人格」
「なっ……!」
「あんたらもじゃ。みんなして陰でヒソヒソ、みっともねぇー思わんの?」
 いきり立つミホの横で、女子数人がバツが悪そうに目を伏せる。
「結実、あんたも最初一緒んなって言よーたがぁ!? うちらにエラそう言えるん!?」
「そりゃ……、まだ、この子んことよう知らんかったけぇ……」
 怯む結実に、ミホは容赦のない口調で言い返す。
「で? 自分は他とはちゃうって? ふっ、なん急にええ子ぶって。そーゆーのん偽善者っちゅーんじゃ」
「ハァッ?」
「そーやって油断しょーたら、あんたの亘もどーなるかわからんでなぁ。この子と仲ええみてぇじゃし? ふっ」
「なっ……なんよんなら、あんたっ」
「ちょっと、どういう――」
 さすがに聞き捨てならない言葉にあたしも思わず口を開きかける。と、不意に、
「高槻さん、そんなんちゃうけぇ……!」
 感情を爆発させたような声が、鋭く室内に響き渡った。
「え、遠藤さん……?」
――え、今の声……さやえんどう?
 微かなざわめきに包まれる更衣室――一斉に向けられた視線にたじろぎつつ、遠藤さんは必死に続ける。
「たっ……高槻さんは、転校してきたばーで大変じゃのに――じゃのに、うちのこといっつも気に掛けてくれとって――、そこにおらんみてぇに、空気みてぇに思われとったうちのことを、いっつも――、そ、そねーなこと今までねかった……」
 遠藤さんは伏せていた顔をグイッと上げると、顔を真っ赤にして一気に言い放った。
「う、うちゃーどねん言われようが構わんっ、じゃけど高槻さんのこたぁ悪ぅ言わんといて……!」
「遠藤さ……」
 マラソン大会では、カズエに対し少し感情的になる彼女を見たけど……でも、こんなに大勢の前で――
 驚きとともに胸に熱いものが込み上げる。みんなもそんな彼女を見るのは初めてなのか、面食らったようにぽかんとしている。
「ふ、ふんっ。なんなら! えれー強気んなって――」
 ミホが体面を保とうと慌てて口を開いたその時、
――こらぁーっ、とーにチャイム鳴っとろーがっ! いつまで着替えとるんじゃあ!
 扉の外から体育教師の怒鳴り声が聞こえてきた。
「マジっ?」「おえんっ、赤松キレとるっ」
 ロッカーの扉を勢いよく閉め、皆バタバタと慌ただしく更衣室を飛び出していく。ミホも露骨にフンッと顔を反らし、あたしたちの前を去っていった。
「結実――」
 体操服に首を通しながら、横に立つ結実に声を掛ける。
「さっきはほんとにありがとう……でも――」
 嫌われているあたしのことをあんな風に庇って、結実は大丈夫なんだろうか――それが気掛かりだった。何を言おうとしているのかを察したらしい結実は、あたしの肩にぽんと手を乗せると、
「まさか、うちにあれを放っとけって? そんなん女が廃るじゃろ。うちが我慢できんわ」
 ニカッと歯を見せて笑った。
「結実……」
「なぁ結実、うちらもはよ行こっ」
 なにやら見覚えのある子が結実を急かす。確か――そう、女子トイレで結実のことを弁護していたあの子だ。
「じゃ、先行っとくけぇ。紗波も急いでな」
 その子の他に二人、友人らしき女子生徒とともに結実は更衣室を出ていく。あたしは少しホッとしながらそれを見送ると遠藤さんに向き直り、スカートのホックに手を掛けている彼女にガバッと抱きついた。
「遠藤さんもありがとっ」
「わっ……た、高槻さ……」
 あの遠藤さんが……みんなの前で、あんなに必死にあたしのことを――
 再び熱いものが込み上げ、あたしは慌てて瞼を瞬かせる。身体を離すと、ずり落ちた眼鏡もそのままに、顔を真っ赤にしてあたしを見つめ返す遠藤さんがいた。
「ごめんごめん、つい嬉しくて……」
 黒縁眼鏡をそっと指で直し、ふふっと照れ笑いで返す。
「っと着替え、急がなきゃ!」
「う、うんっ。あ、高槻さん体操服、前後ろ逆……」
「え、ウソ! 時間ないのにっ」
「……ぷっ」
「もーやだぁ、……ぷふっ」
 大笑いしそうになるのを堪えながら急いで着替えを済ませ、あたしたちは更衣室を飛び出した。


      photo by little5am





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Last updated  2017.04.15 22:45:16
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千菊丸2151 @ Re:【88】目を向ければ見えてくる(2)(05/05) 周りが敵ばかりと思い込んでいた沙波でし…
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千菊丸2151 @ Re:【86】白熱! 練習試合!(2)(04/29) ミホの悔しがる顔が想像できてスカッとし…
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