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朝、目覚めると土砂降りの雨。バス停は見慣れた通勤・通学のための乗客たち溢れていました。大雨のため、傘を差してもいても足下はずぶ濡れです。人々はバスが到着と同時に、我先に乗り込んでいきました。その時、一人のおじさんが入り口でジャンプ傘が閉まらなために焦っていました。(年齢は50代後半で、見るからに人の良さそうなおじさん。)早くしろ!車内から無言の圧力がおじさんの背中に突き刺さっていました。おじさん、力ずくで閉じて、何食わぬ顔で車内へ。バスが発車した瞬間、その揺れでおじさんは傘を手放してしまい、次の瞬間、傘が勢いよくパッと開いてしまいました。またまた、あわてて閉じるおじさん。車内には笑い声が……。おじさんは虚ろな目つきで窓の外を眺めていました。終点が近づくと、おじさんが動き始めました。満員の車内をかき分け、出口に向かったのです。恥ずかしさから最初にバスを降りたかったのでしょう。バスが停車し、ドアが開いた瞬間飛び出そうとしたが、傘を開くタイミングがわずかに早かったため、またも車内で傘の花が。運悪く開いた傘の骨がドアの隙間に挟まってしまい、必至な形相で、外そうともがいていたが、焦れば焦るほど外れません。思い余ったおじさんは無理矢理に傘を引っ張ったので骨が壊れ、傘はボロボロ。女子高生が声を上げて笑い始め、これを契機に車内に笑いの渦が起こったのです。爆笑の車内を尻目に、おじさんは、無惨な姿になった傘を右手に抱え、逃げるように去って行きました。次の日から、おじさんの姿がいつもの時間のバス停から消えていました。私だけでなく、おじさんの姿を探した人は多いのではないでしょうか? 興味本位で。数ヶ月後の雨の日、仕事の関係で私は、ひとつ早い時間のバスに乗りました。そこで発見! 消えたおじさんを。ひとつ早いバスに乗っていたのです。手には真新しい傘を持って、悠然と立っていました。わずか十分早い時間の、この人たちは、あの事件を知らないのです。だからおじさん、居心地がいいのです。人は今の世界が全てではなく、ほんのわずかな所に違う世界があるのです。現在の場所に固執することはないのかもしれませんね。本日の原稿3枚です。74枚になりました。めでたし、めでたし。
2005年02月28日
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気がつけば、もう2月が終わろうとしています。新年に誓った事が実現に向かっているのかと検証をしました。自分に甘い私は85点をつけました。減点方式を採用し、できなかった事象一つにつき1点の減点です。できなかった内容の軽重は点数に反映せず、とにかく一つの事象につき一点を減点したのです。結果85点は満足するに十分の点数です。自分のつけた85点を肴にビールが心地よく喉を通りすぎていきます。ほろ酔いになった頃、もう一人の私が現れて意地悪を言うのです。「点数だけ見れば及第点だけど、15項目もできなかったわけでしょ。たった2ヶ月間に。このままいくと、年間90項目できない計算になる。それは結局失敗でしょう」脅されるのです。私は反論します。「計算通りにはならないよ。人間は心があるんだから、数式には心がないからあてはまらないことが多い。様々なところで実証されてるでしょ」とは言いながらも、このままのペースで進むわけにはいかないという危機感はあるのです。2本目の缶ビールに手を伸ばしていたけれど、グッと我慢。減点分を回復しようと、赤らめた頬のままで机に向かったのです。今日は原稿10枚書きました。合計71枚分です。少しは取り戻せたかなぁ?
2005年02月27日
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今週は何かと悲惨な相談を持ち込まれます。私の知人から切羽詰まった電話があり、会って話を聞いてみると、某保険会社から10年前に支払われた保険金を返せと通知が来たそうです。当時、保険金の請求に関しては外交員と保険会社の指示に従って書類を提出し、審査の結果支払われたものです。知人に悪気も不備もなく、今になって払った保険金を本来支払う義務がなかったから返せと言われても、既に不動産に形を変えて生活の基盤になっています。今更払うお金もなく困っているのです。約款上は保険会社の言い分が正しいのでしょうが、いったん支払って10年後に返せと言うのは非常識としか思えません。当時の審査は杜撰(ずさん)だったのでしょうか?審査を担当した人の責任はどこにあるでしょうか?法的には勝てないでしょうが、人道的には常軌を逸しています。強権による身勝手がまかり通って良いのでしょうか?庶民ばかりが辛い思いをして、1億円の献金をもらった人たちは何の処分も無し。それで良いのか日本は。今週は不幸な相談に明け暮れました。今日は平均的な原稿を処理しました。3枚です。あ~、眠い。
2005年02月26日
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友人が深刻な顔で現れました。職場の仲間が自殺したそうです。その人は営業実績が伸び悩んでいたので上司から締め付けがあったようです。でもそれは営業の仕事をしていれば宿命です。特別なことではありません。自殺の原因を特定でないせいもあって、職場には動揺が走っていたそうです。そこへ上司が現れ、「箝口令を敷く。この件を口外した者は処分にする。口外した者は徹底的にやってやる。わかったか!」と言ったそうな。友人曰く「軍隊じゃあるまいし箝口令か。そもそも箝口令とは憲法で保障されている言論の自由を束縛するもので、束縛するにたる理由が必要なはず。どこにその理由がある? プライバシーだと言っていたけど、死んだことがプライバシーなら病気で死んだ人にもプライバシーがあるはずなのに○○さんが他界されました葬儀は……と紙が回ってくる。このたびだけにプライバシーを持ち出しても説得力に欠ける。何かバレたらマズイことがあるとしか思えない。自殺に追いやった原因を知っているはず。だから箝口令など持ち出し、処分で脅迫する卑劣な行動を取ったのだろう。そもそも俺らは何も知らないのに、いきなり箝口令だもんな。職場の人が自殺したこともショックだけど、その対応が箝口令に脅迫だろ、そっちの方がショックだよ。職場への不信感が増大した」「それでどうする?」「職場の仲間が自殺したことは胸が痛むから、もともと口外などしないよ。言われなくとも。でも余りに卑怯なやり方に見えたから聞いてほしかったんだ」 難しい問題です。友人の主張は理解できる。上司の主張は自己防衛的で卑劣。でもやっぱりサラリーマンは反抗できないのかも。二人の間に沈黙の時間が流れました。そして別れました。何の解決策も見いだせぬまま。原稿が進みません。他人事ながら気が滅入ります。
2005年02月25日
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今日は、天気予報を見過ごしました。いつもなら必ず見るのに……。こんな日に限って当たってしまうんです、天気予報が。午後から雨。傘のない私は濡れながら街を歩きました。3時頃からは雨が雪に変わりました。それも牡丹雪。しかも、でっかいんです。小さなもので直径が3センチほど、大きなものとなると直径10センチほどになります。そんな雪がボタボタと舞い降りるのです。湿った服やズボンの気持ち悪さを忘れさせてくれる、大自然の演出によるショウタイムです。気分を良くしての帰り道、ポケットに手をやると有るはずのものが無い緊張感が襲い、僅かな空間であるポケットの中を私の右手が辺り狭しと動き回っていました。やっぱり有りません。お気に入りの手袋が。どこかに落としたのでしょう。ガックシ!肩を落として帰路へ。バスが渋滞にかかって、予定していた電車に乗り遅れました。電車から降りると階段を踏み外して足首を捻りました。捻挫でしょう。足をかばっていたらお風呂の椅子から滑り落ちて、お尻を強打!散々な1日です。でも悔しいから原稿だけは頑張りました。7枚です。これで合計58枚です。湿布の匂いが漂ってます。
2005年02月24日
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今日、奥さんは飲み会です。したがって夕食は私が作ります。毎度変わらぬクリームシチューと焼いた柳葉魚(シシャモ)。柳葉魚はなぜか子供たちが好きなのです。子供たちは、奥さんの料理より美味しいというのです。私は嬉しくって心の中でガッツポーズ。奥さんはその話を聞くといつも不機嫌になります。毎日作るのって大変なんだから、って。わかってますとも、感謝してますとも。口には出さないけれど。私が料理を作るのは意外性があるから美味しく感じるんだと思ってました。でも、大きくなった子供の姿を見ると、猜疑心がメラメラ!もしかして、私が喜ぶのを知っているからリップサービスかも?直接訊くわけにはいかないので、真実は闇の中。さてどうなんでしょう?奥さん方は今頃旦那の愚痴で盛り上がってるんでしょうねぇ。私は、も少し束の間の団欒に酔います。原稿は0です。困ったもんです。
2005年02月23日
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地元の情報誌に拙著が掲載された3ヶ月後、友人から電話がありました。「連絡を取りたいという読者がいるけど、どうしましょう?」と。読者とは友人の先輩に当たる人だし、内容を聞く限りには不振な気配がしないので、メールアドレスだけを伝えるようにしました。翌日、早速メールが入っていました。内容は次のとおりです。「色紙にサインをください。その際、私の推薦もお願いします」そして、ズラズラと略歴が並んでいました。表彰歴も多く実績も常に社内ではトップクラスとのこと。友人が間違いないというもので、私は推薦文も書きました。 実直な性格ですからご安心ください。 江田優義 印これだけのことです。色紙のお礼だといって友人を介して届けられた封筒には現金が。しかも私の常識をはるかに超えた金額が。私は多すぎるから返すと友人の携帯から電話をかけました。「多くはないです。受け取ってください。でも、ひとつお願いが……。私と同じ色紙は多くの人に書かないでください。それと書くとしても安価では困ります。私がいただいた色紙の価値が下がりますから。お願いできますか?」私はこのような色紙を何枚も書くことはないと思っていましたので、すぐに了解しました。予想どおり、その後色紙を依頼するセールスマンなど現れませんでした。今日、偶然にもそのセールスマンと出会いました。いきなり寄ってきて、「ありがとうございます。おかげさまで前年比25%増です」と言うのです。「私への礼金の元を取りましたか?」と訊くと「1ヶ月で元を取り、今はその数十倍儲けさせてもらっています」言うのです。色紙の使い方を訊くと、トップシークレットだと言って口を閉ざします。恐ろしきかな、トップセールスマン。どの世界でもトップに立つ人は着眼点が違うと改めて知らされました。それにしても無名の私の色紙、どのように使っているのでしょう? 不安と好奇心が交錯し、心が波打っています。心を静めるために、いつか突き止めたいと思います。今日の原稿枚数3枚分です。これで合計51枚分となりました。はぁ~。(ため息)
2005年02月22日
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メールだって電話と同様に会話なので、こちらがメールを送ったら返信があってワンセットだと思っているのだけれど、ワンセットにならない人がいるので理解に苦しみます。「こんにちわ」って話しかけて「こんんちわ」って返事が返ってこそ、「こんにちわ」と話しかけたことが意味を持つのに、「こんにちわ」と話しかけて無視されたら、会話が成立しないどころか、人間関係まで怪しくなってしまいます。それなのにメールだと平気で返信をしない人がいるのです。私、嫌われているのでしょうか?でも会ったときは普通に会話が成立します。普通というよりも気心の知れた仲間として会話が弾みます。それなのにメールとなると返信が来ないのです。その人から質問のメールが届いて、私がそれに答えます。それでメールは終わり、なんてことばかりなのです。私なら、質問に答えてもらったらお礼の言葉を送ります。だから相手も送ってくれるものだと思っていることが、そもそもの間違いなのでしょうか?私はクイックレスポンスを心がけているので、できる限り早く返事をしますけれど、その人は良くて数日後に返事が届きます。ムカッ! としますが、小市民ですから波風立てずに付き合ってます。メールで返信がないと無視されたように感じるのは、私だけ?今日は頑張って原稿を5枚書きました。目が疲れて痛いです。必需品の目薬のお世話になります。
2005年02月21日
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私が子供の頃、様々な遊びを提供してくれた近所の池が気づいたときには埋め立てられ、遊具が存在感を示す公園へと変貌を遂げていました。浅瀬に迷い込んだ亀を掴まえたり、フナを釣ったり、木で作った船を浮かべたり、夏には泳いだりもしたものです。あの頃の遊びは創造性がありました。折れた枝をバットにし、新聞紙を丸めてボールを作って野球をしたり、地面に細い道を縦横に書き込んでその中で鬼ごっこをしたりと、自然のものを活用することが遊びでした。今は遊びが既製化されています。既製の楽しさの押し売りだとも、私は思います。時々裏山に登っては、石や枯れ枝を拾ったり、そこに住む生き物の姿を観ています。子供の頃の楽しさの感性を呼び起こすかのように。今日は法事もあり、その後、遠出の予定もありますので原稿には向かえません。景色を見ながらネタを探します。
2005年02月20日
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天気予報がはずれて、また雨です。私の記憶によりますと、天気予報は正確だというイメージがあったのですが、それは記憶違いでしょうか?私の記憶によりますと、天気予報がはずれ始めたのは、気象予報士という人たちが現れた時期と一致しているように思うのですが、やはり記憶違いでしょうか?私の記憶はそもそも曖昧なのですけれど、それでも私の記憶である限り、私は私の記憶を信じないと生きてはいけません。今日も記憶を辿って生きています。でも、曖昧さの自覚があるぶん、記憶違いがはっきりすれば、「ごめんなさい」という言葉が素直に出てきます。強情に言い張ることはありません。友人が言います。「お前はすぐに『ごめん』と言うけど、あれ、言わんでいい。『あっ、そう』と言ってしらばっくれるか、笑って誤魔化せばいい。『ごめん』と言われると暗くなる」同じ忠告を受けながら、私は未だに「ごめん」と言ってしいます。こっちの方は不思議と強情みたいです。今日は夕方から飲み会が予定されています。現在までの原稿は5枚分です。合計42枚になりました。それでは飲み会にいざ出陣!
2005年02月19日
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明日は「ごくせん」の日だー。今日から既に楽しみモード全快です。中年のおっさんが夢中になってテレビにかじりついている姿なんて、自分で想像してもおぞましい。でも観てしまうんだよなぁ。何に惹かれているのかと申しますと、勧善懲悪なことです。主人公のヤンクミ先生は極道の跡取りということで、バックに強大な組織的な力があることに加え、本人も喧嘩が滅法が強い。この力を正義に使い、悪を懲らしめる、まさに水戸黄門現代版。現代に蘇った水戸黄門!まず格闘を始め、程々のところ啖呵(たんか)が飛び出す。黄門様と同じで、パターン化しているし、時間的にも40分を過ぎれば印籠を出す代わりにキレの良い啖呵で、一同、ははーとひれ伏してしまう。仲間由紀恵ちゃん、かっこいい~(女性には可愛いがいいんだろうけれど、やっぱりかっこいい~)ヤンクミ先生がボコボコにされるシーンがないのも嬉しい。強い者は完全に強いからヒーローなんだ(持論)○○戦隊とか○○マンとか○○ライダーとか、それらのヒーローたちは最終的には勝つけれど、最初はやられるでしょ。あれが嫌いなの。胸が痛むんです。それに引き替えヤンクミ先生はやられないから安心してみられる完全なヒーローなんです。(ヒロインかな?) 私、水戸黄門も欠かさず観てます。最近、黄門様を見ているとヤンクミ先生に見えてくるのは……、病気でしょうか?今日は3枚でした。風邪がぶり返しそうな不穏な動きをしてます。だから自重しました。合計38枚です。
2005年02月18日
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1984年に、「郵貯は崩壊する」(ダイヤモンド社)というタイトルに刺激されて本を買いました。密かに貯めた郵貯の30万円がなくなってしまったら大変、と危機感を持ったからです。家に帰って夢中で読みました。2日間で読破しました。本文後半に「十数年は安泰」とい文字を見つけ、ホッと胸を撫で下ろしたものです。そんな思い出があるもので、書店で「郵貯崩壊」(祥伝社)のタイトルを見つけたときには、ドキッ! 20年の時を超えて、私の心にまた危機感が襲いかかったのです。でも現在、郵貯は3万円なので危機感はアッと言う間に消えてなくってしまいました。残高30万円の時には慌てて本を買ったのに、3万円となると立ち読みで終わってしまったのです。どうなんでしょうかねぇ。風邪が快復基調です。ちょっとだけ頑張ったぞー! 原稿用紙換算5枚 これで合計35枚です。いいんじゃないの? 自己満足です。
2005年02月17日
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「早くお家に帰らないとお化けが出るよ」「子供を食べる妖怪が出るんだから」 私は子供の頃、大人から言われたこれらの言葉に怯えたものでした。 塾からの帰り道、冬となると6時はもう暗闇です。 大人が発した言葉が暗闇とともに蘇り、背筋に冷たいものが溢れていました。お化けが出たらどうしよう、妖怪が出たらどうしよう、と考えると恐くて、今まで走ったことのない速さで家まで一目散に突進しました。玄関を入ると安心して力が抜けるのです。 見たことはないけれど、お化けや妖怪がとても恐ろしい存在として常に頭の中に住み着いていたのです。だから、勉強しないとお化けが来るぞーと言われると勉強をする振りをしたものです。子供の私にとって恐い存在は、お化けであり妖怪でした。 今、私は塾に通う子供たちに言います。「変な人がいるかも知れないから明るいところ、人通りの多いところを通って帰りなさい」と。 決してお化けとか妖怪とか言いません。 時代の変化は、子供にとって恐い対象を想像上の生き物から、現実に生きている人間へと変えていったのでしょうか? 昨今では当たり前のように小学生が人を殺したり、親が子供を殺したり、地獄絵図を目の当たりにしている気分です。 人間が人間を警戒し、恐がらなければいけないとしたら、人間は何を頼りに生きればいいのでしょう。 暗闇の中で人影を見たら安心した、小さかったあの頃はもう遠い昔のこと? 熱にうなされながら、こんなことを考えていました。 今日は最悪です。原稿0枚。 扁桃腺の熱が気力を失わせてます。明日は頑張ります。
2005年02月16日
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「行儀が悪いから、テレビを消せ!」親父の怒鳴り声が食卓に響いたものです。私が子供の頃はテレビが家庭に進出し始めた時代でした。我が家にテレビがお目見えしたのは、私が小学校3年の時です。動く映像が珍しくて家にいるときにはいつもスイッチが入っていました。子供の好奇心を理解していた親父は、私がテレビにかじりついていても何も言いませんでした。しかし、食事時だけは様相が違います。テレビを観ながら食事をすることを強く戒めました。農家の人たちに感謝して、真剣に味わって食べろ、と常に口にします。テレビを観ながらでは、真剣に食事と向き合えないというのです。親父の言葉に反感を覚えて、逆らったこともしばしば。今となっては、もう一度叱ってほしいありがたい言葉たちです。我が家の子供たちは、当たり前のようにテレビを観ながら、笑いながら食事をします。「テレビを消せ!」と言えない自分がそこにはいます。親としての責任、親としての威厳、親としての愛情について、最近考えます。親父の背中を想像しながら。今日は風邪が悪化して、フラフラです。原稿は頑張って2枚書きました。でも、もうダメ! 安眠タイムに突入です。
2005年02月15日
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穏やかな昼下がり、ひとり寝ころびながら読書にふけっていたときのこと。電話の着信メロディが流れ始めた。佳境に入っていたときだけに、強引に割り込んできた電話にムカッ!でも小市民の私、何もなかったかのように爽やかに電話に出ると、大学進学用教材のセールス。佳境を遮った内容がこれかッ! ムカッ!それでもやはり小市民の私、憤りを抑えて丁寧にお断りをしたのである。するとテレホンアポインターのおばさん(声から察するに多分)「あっ、そう」 と捨てぜりふを残して、ブチッ! ツーツーツー……。 苛立ち爆発! 求めていない、いわゆる迷惑電話をかけておいて、断られると不機嫌になっていきなりブチッ! 一体あんたは何者? 不機嫌になるべくは私であって、あなたじゃない。わかる? 私が被害者であんたは迷惑電話をかけてきた時点で加害者なの。わかる? わかんないでしょうねぇ。わかるようなら、そんな失礼な対応するわけないもんなぁ。 着信記録から発信者に電話をかけてみた。 ツーツーツーと話し中のような発信音がいつかけても鳴り響く。どうも発信専用の電話機らしい。敵もさるもの、痕跡を辿らせない。 どんなおばさんが電話してきたのか会ってみたい。 純粋に珍獣を見てみたいという好奇心のみ。今日の原稿は……、3枚。合計28枚。継続、継続。
2005年02月14日
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過剰な期待を抱き、期待を裏切られたときに訪れる大きなショックに浸ることを楽しむかのように、懲りることもなく過剰な期待を抱き続けていた遠い昔の日々。マーフィーの本に語られている、潜在意識が現実を引き寄せるという法則を実直に信じて、自分の期待を潜在意識に植え付ける作業に明け暮れていた遠い昔の日々。悲しくて懐かしい、微笑ましくて懐かしい、あの日の私。それから絶え間なく時が流れ、思考回路も流れの中で変化を遂げることになりました。そして、今は期待を植え付ける作業をしなくなりました。若さという無防備なパワーが無くなり、大きなショックに耐えられなくなったからの思考変化であることも否定できませんが、努力が偶然を必然に変えてくるものと信じ、努力こそが人生の意味を知らしめるものとの認識に立ち、毎日が努力の日々です。時折舞い込む嬉しい知らせに素直に感激と感謝ができる今の私。悲しい知らしに小さなショックで受け流せる今の私。それでも、深層では過剰な期待感を抱いている懲りない今の私。今日の成果は原稿用紙換算5枚です。これで合計25枚になりました。今日は家族で外食です。子供たちの食欲に唖然としながらも、成長を頼もしく思ったのでした。
2005年02月13日
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私の頭の中には常に何かの想いが蠢(うごめ)いています。根拠のない想像であったり、記憶の断片から蘇る怒りや悲しみであったり、また、あるときは楽しい時間の流れであったりと、常に頭の中に何かが浮かんでいますので、無の状態になって思考を休めることができないのです。若かりし頃、このことで悩んだ時期があります。「なぜ、私は四六時中何かを考えなくてはならないのか?」と。「何も考えない時間は、私には用意されていないのか?」と。精神科の門を潜りました。医師は言いました。「あなたが異常なのではなく、ほとんどの人が常に何かが頭の中にあります。完全に無の状態になるには修行が必要でしょう」私が異常でないということはわかりました。でも常に頭の中にある想いは鬱積したストレスと同様に心と体にダメージを与えます。楽天家の人はいいなぁと思ったのもその頃です。私は頭の中の想いを追い出すために試行錯誤を重ねました。スポーツ、趣味、労働組合活動に積極的に参加し、体を動かすことで頭の中の想いを気に留めないようにしました。結局、家に帰ったときには、やはり様々な想いが沸き上がり、落ち着かない時間は苛立ちを増幅させます。そんなとき出会ったのが執筆という自己表現の場です。学力のないことや文章力のないことなど関係ないのです。とにかく私の頭の中の想いを吐き出してスッキリしたかったのです。書き出された文章は乱脈で稚拙な文字群の羅列に過ぎず、人様にお見せできる内容にはほど遠いものでした。それでも自分の頭の中でグルグルと巡っていた想いを吐き出せたことで、爽やかな風が心と体の中を吹き抜けたような気持ちになりました。以来、私は執筆を行っています。相変わらずお恥ずかしい文章ですが、私にとってはストレスの解消法であり、精神健康法になっています。 今年も、吐き出された文章に対して苦笑いしながら過ごすことになるでしょう。今日の成果は原稿用紙換算で3枚です。これで合計20枚になりました。何事も継続が大切と言い聞かせて、遅筆を誤魔化しているのです。
2005年02月12日
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朝、鏡を見ながら髪の毛をといていた時のことです。一本の髪の毛が白く光って見えるのです。光の加減かと思ってよく見ると、なんと白髪。短いときには気づかなかったのか、黒い髪の毛が時間の経過と共に徐々に白くなっていったのか定かではありませんが、間違いなく生まれて初めての白髪との出会いです。 ショックはありません。逆に「ようこそ、いらっしゃい」という歓迎めいた感情が沸き上がり、自然に頬が緩んできたのです。本来なら老いを感じるこの現象は、人生の終焉と向き合う精神的準備を意味する瞬間ですから、不安、寂しさ、悲しさといったネガティブな感情を伴うものですが、私の場合、不思議なことに全くそうした感情は芽生えず、かえって嬉しくなったのです。 髪の毛については、若い頃から気にかかけていました。行きつけの理髪店のおじさんは「この髪の質は、きっと禿げるタイプ。白髪がフサフサとはならないだろうね」って髪を切りながら、自分の経験則の正確さを自慢するがのごとく言うのです。 私の父親、祖父も白髪ではなく禿げいくタイプでした。遺伝的に私もそうなるのであろうことは予感していたので、おじさんの言葉に妙に納得する自分がいました。 禿げていく気持ちの準備が既にできているときに予期せぬ白髪発見は、一瞬、遺伝やおじさんの予言を覆す出来事に遭遇したかのように感じたのです。私は、もしかすると禿げないかも? 白髪になるのかも?老いの象徴である白髪の発見も、この意味において歓迎したのです。でも、よ~く考えてみると最近髪を洗っているときの感触から、髪の毛が薄く感じるのも事実。はたして私の髪の毛は大方の予想どおり禿げていくのか、それとも遺伝子の突然変異によって白髪が生え続けるのか? 結果は、歳月が私に示してくれでしょう。興味を持って見守っていくことにします。(私の唯一の贅沢品、髪に優しい4,800円のシャンプーと8,500円のトニック・エッセンスに期待している今日この頃)本日の作成原稿は原稿用紙3枚分です。これで合計17枚になりました。まだ、まだ、先が長いです。
2005年02月11日
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私は、新しいノートの最初のページに書き込む最初の文字に対して異常な緊張感を持つのです。真っ白いページにそっとペンを近づけ一文字目を丁寧に書き込みます。自分の技量の中で納得のいく出来ならば嬉しくなってスラスラと文字が進みますが、納得のいかない字が書き込まれていたら、自分なりにショックを受けてしばし考え込みます。「このページを切り取るべきか否か」と。子供の頃には躊躇なく切り取っていましたので、私のノートの大半は本来のページ数よりもはるかにページ数の少ないノートのになっていたのです。大人になった今、さすがに勿体(もったい)ないという気持が芽生えるので無闇に切り取ることはしません。それでも2~3枚は切り取りますので、私のノートで最初のページが切り取られていないノートは希少価値なのです。切り取った後、それでも納得のいく文字が書き込めなかった場合は諦めて、適当な字が並び始めます。最初の文字が納得出来たとしても、私の場合、握力が弱いのか、指先の操作性に欠陥があるのか定かではありませんが、次第に文字が乱れていくのです。こうなると「もういいやっ!」って投げやりの気持になって適当な字が並び始め、見るも無惨なノートが出来上がることになります。私は、美しくなくても自分の字を乱れることもなく最後まで安定して書き続けられる人を尊敬しています。無条件に「すごい」と思うのです。その人たちは、自分の字がハッキリしていていいなぁとも思います。私なんて最初と途中からの字が違うので本来の字はどれなのか未だに掴めていません。私は自分本来の字に出会うことが出来るのでしょうか?本日の成果 原稿用紙4枚分で合計14枚になりました。実は3枚目で終わらせるとキリが良かったのですが、合計が13枚になるので、何となくこの数字はイヤだなと思って無理矢理に1枚追加しました。クリスチャンじゃないから関係ないと思いながらも、なぜか気になる小市民です。
2005年02月10日
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私の執筆可能時間について触れておきます。平日は22時~24時、土・日・祝日は9時~12時、13時~17時、22時~24時となっておりますが、もちろんフルに使うことはありません。何かと邪魔が入るのです。〈邪魔リスト〉テレビ……楽しい番組は観ないわけにはいきません。ゲーム……筆が止まったときに気分転換のつもりでやるのですが、いつもはまります。読書……本は毎日読みます。雑誌だったりマンガだったりもしますけれど、刺激のためです。遊び……飲み会やゴルフ、魚釣りです。意外に多いのです。家族サービス……家族サービスの中には妻や子供との喧嘩も含まれます。妻との喧嘩は減ったけれど、子供との喧嘩が増えたので邪魔頻度としては変わりありません。今日も子供が言うのです。「学校をやめたい」と。「やめて何をする?」と訊くと、「考えていない」と言うので「それなら学校へ行きながら考えればいい」と答えました。ほとんどの大人が私と同じように答えるのではないでしょうか? 子供は納得がいかないからグズグズ言ってました。 人は自分にとって正しい行動のみを選択します。自分で間違っていると思ったらやらないのです。学校をサボるのも、自分にとって正しい選択だと思っているからするのであって、間違っていると思ったらしません。したがって間違っていないと思っているのだから、大人の常識を持ち込んでも受け入れるはずがありません。 平行線は延々と続き、物別れとなるだけの不毛の議論です。 まぁ、子供には子供の人生がある。自分で考えて行動すればいい、と最終的には見守ることしかできない現実を悟ります。ということで、今日は筆が進みません。0枚(ガックシ!)
2005年02月09日
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今日も空から冬の精霊たちが舞い降りていました。でも、その精霊はあまり見かけない形をしていました。職場の同僚の杉谷が言いました。「霙(みぞれ)じゃろ」後輩の森田は異論を唱えました。「霙(みぞれ)っていうのは、雪の水分が多いいようなものでジャーベッドみたいなもんでしょ。今日降っているのは、あきらかに氷ですよ。2ミリぐらいで小さいけど間違いなく氷です。ということは、雹(ひょう)の子供、赤ちゃんってところかな」私に意見を求められ、「雹(ひょう)の赤ちゃんの方が当たっている気がする」と答えました。そのとき隣で新聞を読んでいた3月に退職する通称ぽんちゃん(すごいこと、大きいことをすぐにぽん級だ、と言うから)が口を挟みました。「あれは霰(あられ)よぉ」私の頭の中には、あの袋に入ったお菓子のあられが浮かんできて、小さな氷の結晶とは結び付かなかったので違和感が残りました。みんな口では「そうなんですかぁ」と言っていましたが、たぶん私と同じことを思い浮かべていたに違いないのです。違和感を含んだ引きつった顔が、それを如実に物語っていました。家に帰り、広辞林で調べたら空気中の水蒸気が急速に冷やされて、小さな氷の結晶になって降ってくるとありました。さすがぽんちゃん、と思った次第です。今日は頑張りました、執筆。原稿用紙換算7枚です。これで10枚になったぞ。でも、やっぱりしょぼい。
2005年02月08日
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私の単行本処女作をフリーページに登録しましたので、よろしかったらご覧になってください。この本は平成15年に刊行されたのに、既に書店からチラホラ姿が見えなくなってしまいました。私の処女作、どこへ行ったの? どこで眠っているの? (T_T)早く目を覚まして、帰っておいで~、と思っているのは……、もしかして……、私だけ?ということを考えていたら、高校の時に友人の淳也と交わした処女作の議論を思い出しました。私が唐突に言いました。「なんで処女という言葉が最初という意味で美的に使われているの?」「恥ずかしいこと訊くなよぉ」「バカ、勘違いするなよ。最初という意味が童貞でもいいんじゃないかと」「それじゃぁ、気持ち悪いだろうが。童貞作、童貞林って言うのか。あ~気持ち悪!」「気持ち悪いという感覚的なものはわかるけど、なんで女が美の代名詞になってるかってこと」「そりゃぁ、男が権力を持っていた時代に、男が命名したことが未だに習慣として使われているのよ」「ふむ、ふむ、なるほど」納得した振りをすると、淳也の奴、調子に乗って更に続けたのです。「処女は男にとって憧れだけど、童貞は女にとって憧れなんかじゃない。心に残るためには憧れの要素が必要なのよ。童貞作って冴えない作品みたいだろう。大笑い」一人で笑い転げてました。私は、淳也が得意げに言うから聞いてやっていただけなのです。笑いが収まると、淳也が私をジッと見て一言。「そうだ! お前が何か作ったときには童貞作が似合う。そうしろ! わかったか?」そして、また笑っていました。「勝手に言えばっ」と捨て台詞を吐いて帰りました。あの光景は、ある種のトラウマですから、よ~く覚えてます。あれから30年。私が出した最初の本を淳也は「処女作」と呼んでくれます。高校時代のあの議論を知ってか知らずか。今更どうでもいいことです。私も、もちろん処女作と呼びます。私は執筆をしていても何かの言葉がキーワードになって、突然リンクされている過去に辿り着くのです。そこで、ゆったり思い出に浸るもので執筆がはかどらないのです。今日も、執筆の途中に「厳めしい」という言葉から、昨年の忘年会で食べた「紋甲イカ」の刺身を思い出しました。当分、美味しかったあの感覚を味わっていたのです。今度はいつ食べに行こうかなぁ、なんて考えもいました。必然的に筆は止まり、私の使える貴重な約30分が消えたのです。(T_T) 何はともあれ【旅立ち初日の成果】 ジャーン♪ 原稿用紙3枚分(しょぼい)明日は頑張るぞ~ いつも意気込みは半端じゃないんです。でも……。(^_^;)
2005年02月07日
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水戸光圀公が諸国漫遊の旅に出かけるがごとく、私は明日から新作の原稿執筆の旅に出発します。私は怠け者の上、非常に足が遅いので目的地に到達するにはかなりの時間がかかるでしょう。およそ2ヶ月半から3ヶ月を目途にしますので覚悟しておいてください。私のお供をして原稿を書き始めると、単行本一冊分(原稿用紙換算300枚強)の原稿が出来上がります。それが旅の土産です。今までに大量の原稿を書いたことのない人でも心配ご無用。私のお供をすれば旅の土産にありつくことができます。前作の執筆の旅も足止めをくったり、気まぐれに任せて後戻りをしたりと、予定どおりには進まず、慌てて駆け込みをおこなった次第です。面目ない。m(_ _)m【お供を希望する方に一言】私は先にも述べましたように足が遅いのです。その遅さに業を煮やしたとしても、置き去りにしないでください。以上、よろしくお願いいたします。 ここで前作のPRを少々。「ダメ営業マン改造プロジェクト」あさ出版刊です。フリーページからご覧ください。さて、今日は旅立ちを前に……、早寝します。
2005年02月06日
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