2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
全21件 (21件中 1-21件目)
1
私たちの生活を苦しめる根元は、死に体となった国家財政にあるのです。二〇〇四年三月末現在、国の借金は七〇三兆四一七八億円。税収はといえば、四一兆七〇〇〇億円。国家予算約七〇兆円。あれっ? 足りない。そう、不足分は国債という名の国民からの借金です。すでに約七〇〇兆円もの借金を抱えているのに、また借金ですか? 足らないからという安直な理由から安易に借金を行うと、更に借金が膨らんでいくのは自明の理。膨らんだ借金の返済見込みはあるのでしょうか?あろうはずがありません。税収の二五倍の借金など、どう足掻(あが)いても返せるわけがありません。家庭の経理に置き換えてみれば道理がわかります。年収七〇〇万円の収入がある家庭で一億七五〇〇万円の家を買おうとしても無理でしょ。仮に年に二〇〇万円ずつ返済するとしても、約八七年かかります。飲まず食わずの生活をして、そうなのです。当たり前の生活を送りながらでは無理です。この国が行ってるのは、一億七五〇〇万円の借金を返すために手軽に借りられる消費者金融から借金をしているようなものです。利子が膨らんで自己破産するのは目に見えています。それに多額の借金があれば、消費者金融といえでも融資を控えるでしょう。でも、この国は借金の大きさを曖昧にして、融資を控える判断をさせないようにコマーシャルをバンバン打って国債は借金ではなく安全・お得な金融商品だと洗脳しているのです。国債を発行すれば、国民は本来は控えるべき融資なのに微々たる金利と安心を売り物にしたコマーシャル効果に乗せられ、何の疑問もなく買ってしまうのです。一九九八年から九九年にかけて、それまで二〇兆円台だった国債発行が一気に三〇兆円台に跳ね上がりました。世界一の借金王を恥ずかしげもなく自認する小渕首相の下で、景気対策という名目で国債が乱発され、借金街道をばく進する運命になったのです。この年に大量に発行された国債は二〇〇七年から〇八年にかけて償還を向かえます。国にお金はないので、借換債という形で借金によって償還金を賄うことになるでしょう。考えただけで恐ろしくなりますが、政治家の人たちは度胸があるのか無神経なのか知りませんが、本心では気にならないようです。借金を返すつもりがあるのなら出費を抑えるというのが常識ですが、一向に無駄と思える予算配分が慣例的に行われています。借金を返す気持ちなどない、と明言しているかのようです。国債三〇兆枠を堅持すると威勢の良いことを言っていた小泉首相は、あっさり三〇兆の枠を超え過去最高の国債を発行しました。有限不実行を常とする首相ですから、驚きはしませんが、そのお陰で苦しむのは国民なのです。日本は世界一の債権国だと高を括っている政治家や知識人もいるようですが、債権の回収の見込みはどれほどあるのでしょう?イラク戦争ひとつを考えてみても、日本はサダム・フセイン政権に七〇〇〇億円の債権がありますが既に回収不能です。更に今後五年間に五〇億ドルの支援を行います。合わせて一兆円を超える債権をどうするのでしょう?世界中がユーロシフトしているのに、アメリカのポチ日本はアメリカ債を八〇兆円も抱えています。アメリカの金融アナリストの大半が〇五年中に一ドル九〇円になると予想しているとか。予想は簡単には当たらないものとはいえ、ドルが下がれば日本が保有しているアメリカ債は目減りするわけです。国民の税金がドブに捨てられるのです。恐ろしいことです。貿易黒字だと喜んでいる人もいますが、日本の価値が世界的に下がりつつある現状の中で先行きは不透明です。この国の財布の中身を厳格に調査したら、国民総顔面蒼白に落ちるのかも?いずれにしても借金大国の未来が明るいわけがありません。
2005年05月31日
コメント(1)
国民年金の未納率は二〇代では五〇%を超えているそうです。 払っても貰える保証がないとか、四〇数年先の数万円より今の一万三千円の方が大切とか、それなりに表面的な理由はありますが、国家に対する信頼がないというところに起因しているのです。 国民が国家を信用しない国なんて先進国においてあり得ますか? 私が若かりし頃、給与から天引きされる年金額に将来の安心料としての位置づけがしっかりしていましたので、ある種、社会人としての誇りさえ感じていたものです。しかし現在は天引きされる年金額を見ながら、ドブに捨てているようなものではないのかと猜疑心が芽生えます。 先の年金改正も、自民党が政権与党であり続けるためには選挙協力が不可欠な公明党に対して義理立てをしたという政治的思惑によるもので、国民の将来の安心のためではありませんでした。 一体どこを向いて政治が行われているのか、あらゆる部分で首を傾げます。 この年金改革も国民の理解を得られないままに強行採決がなされました。 こうして採決された法律に基づいて、私たちは合法的に搾取されるのです。法律とは出来上がれば従うしないのです。法治国家の宿命であり、秩序維持のためには必要なことですから。 法律は出来上がると従わされる運命だと認識していれば、法律を作る段階で熟考し国民としての見解を明白にし、阻止すべきことには毅然としてノーを言い続けなければいけません。強引な手段に流され、押し切られてはいけません。 法律は日常生活では触れる機会が少ないけれど、最も身近に位置しているのが法律なのです。 こうして年金法が改悪され、私たちの生活にジワジワと圧力をかけ始めるでしょう。 あえてもう一度言っておきます。 年金未納率多いのは国家に対する国民の信頼がないからです。 国会議員の人たち、閣僚の中にも未納者がゴロゴロといたそうです。先生方も本音のところでは国家を信頼してないから関心がなかったわけではないのですか? 考えてみると、国民年金・厚生年金・共済年金等は二五年間かけなければ貰えないのです。僅か一ヶ月でも足りないと、かけた分が全て没収です。これっておかしな制度ですよねぇ。生命保険でも中途解約すれば解約返還金が貰えるのに、全くゼロですよ。 そもそも二五年という根拠はどこにあるの? 実は根拠などないのです。 私たちはいつまで誤魔化され、騙され続けなければいけないのでしょうか?
2005年05月30日
コメント(0)
イラク特措法が強行採決され、ついに自衛隊がサマワに派兵されました。 非戦闘地域での復興支援という名目で派兵されたのに、現実にはイラク全土は戦争状態です。この現状を戦争ではないと言い張る人の心境が理解できません。毎日、多くの犠牲者を出しているのに、何を根拠に戦争状態でないと言えるのでしょうか? アメリカのポチなどと揶揄されてまで追随した背景には、日米安保の問題が大きく横たわっているようです。自国を自国の戦力で守りきれない日本の脆さを露呈した形にもなりました。北朝鮮という脅威を抱える日本にとっては、必ずしも過ちであったとはいえません。 しかし大きな問題として心に引っかかっているのは、国民の大半が反対をしていた派兵を強行したことです。当時、首相の説明責任を果たしていないという世論の声が大きかったにもかかわらず、首相は自らの言葉で説明は既に行ったと言い張り、再度の説明は行いませんでした。 独立国である日本は、プライドに賭けてアメリカの傘の中でしか生存できないという国家存亡に関わる発言などできるはずもなく、強引な法解釈を持ち込み、国民の理解を得られないイラク特措法を正当化できうる理論武装ができていなかったからです。 国民に説明をしても理解は得られない、非難を浴びせられるだけだと思ったから逃げたのでしょう。 これらの強引さの影には強かな計算が施されています。「人の噂も七五日」理論です。 要するに強引なことをして一時的に国民感情を逆撫でしても、時間が経てば過去の出来事となり、現実に追われる中で忘れ去られていくことを承知してるので、強引なことができるのです。 過去のこととせず、追及の手を緩めないとすれば、強引なことなど恐ろしくてできません。しかし、現実には国民の理解を得られない決断が過去のこととして処理され、話題に上ることすらありません。 忘却を常とする人間の有り様を利用した手法です。 更にイラク派兵の延長も粛々と可決され、派兵の意味するものを改めて議論する場さえないという国家の一大事にしてはお粗末なシナリオ通りに進んでいきました。 大量破壊兵器が存在するという大義の下に始まった戦争の大義が間違いであったことが証明されると、戦争に大義は必要ないという識者も現れています。 二〇〇五年一月三〇日イラク暫定国民議会選挙がテロの恐怖にさらされながら五八%という高投票率を記録し、懸念されていた状態は回避され成功に終わりました。今後の焦点は一〇月の憲法承認のための国民投票、一二月の新憲法に基づく国民議会選挙に移っていきました。 イラク戦争に参加した国が次々に撤退を表明している現実の中で、日本の立場がまた不安定になってきました。 隣国との領土問題も解決の目途が立ちません。 尖閣諸島も竹島も日本固有の領土のはずなのに、尖閣諸島は中国が、竹島は韓国が領有権を主張しています。真っ向から抗議ができない背景には、過去の戦争において日本が行った戦略行為に対する引け目があるかです。 しかし事実解明が進んだ最近では日本が一方的な悪という見解は小さくなり、戦略的に日本が追い込まれたり、填められたりした事実も表面化しています。 中国や韓国が反日・抗日を強める背景には、自国の不満を噴出させないために仮想敵国を設けるといった政治的な意図によるものです。 日本国民としてプライドを持てる教育の推進が、外交的にも力となります。 国民の理解をバックに、毅然とした判断を下せる独立国としての威信の復活を期待します。
2005年05月29日
コメント(0)
現在小泉純一郎首相が国民の信任を得ていますが、他に変わる人がいないという理由が選出の体勢を占めているところに、日本政治の脆弱さを感じないわけにはいきません。 かの小泉首相は国会において「公約を守らなくたって大したことはない」と言い切った人物です。そもそも公約とは、政治家が当選したあかつきには実現を目指して取り組むと国民に対して約束した最も大切な責務です。当選したあかつきに「公約を守らなくても大したことではない」と言い切れる政治家とは何者なのかと今更ながらに頭を抱えてしまいます。国民を愚弄するにも程があります。民主党議員との議論の応酬の中で飛び出した言葉ですから、言葉尻だけを捉えて言うつもりはありませんが、それにしても言って良いことと悪いことの判断ができないのかと唖然とします。 どんな理由があるにせよ、政治家が国民と約束をした公約を守らなくとも良いという発言を正当化することなどできません。 小泉首相が所属する森派のトップ、森氏も首相時代に国民を愚弄する数々の発言でやり玉に挙げられたことがあります。 そのひとつに「このままずっと寝むっていてほしい」発言があります。 選挙で自民党が勝つためには、投票に行かない人たちが政治に関心を持って投票に行くようになると政権与党の座が危ぶまれるから、投票に行かない人たちはこのまま行かないでほしいと呼びかけてのです。 低投票率を憂い、投票に行かない人たちに何とか投票に行くようにしなければといけないと、選挙管理委員会等が宣伝活動に力を入れていた矢先の発言でマスコミも一斉に攻撃をしました。が、時が過ぎれば過去のこととして取り合わない風潮の中で埋没していきました。 同じ派閥の二人が首相になると国民を愚弄する発言を行うのは奇遇なのか、同じ派閥だけに思考パターンも同じなのかわかりませんが、笑えるようで笑えない話です。 国民は、愚弄されたら怒らなければいけません。諦めや無関心を装い、結果的に首相を肯定する立場を取ってはいけません。 国民の代表を国会に送り、その中で国家のリーダとして相応しい人を首相として認知する責任は国民一人一人にあるのです。 今、こうしている間にも政治は着実に駒を進めていきます。 開き直り、健忘症を得意技とする首相が国民の幸せに寄与できるのか疑問が尽きません。 経済の疲弊に喘ぐ国民の願いとは懸け離れた郵政民営化が最優先課題となっている現実を受け入れることができますか? 今一度、代議院制、民主主義を検証し直してはいかがでしょう?
2005年05月28日
コメント(2)
3日ほどブログをお休みしました。原稿を集中して書き上げるためです。お陰で、302枚の原稿が出来上がりました。そう旅の終わりです。原稿用紙300枚分の原稿となると、文字数は12万文字です。本一冊分の原稿を書き始めるときには、12万文字詰めの原稿用紙に書き始めることになるのです。果てしなく遠くに見える終着点です。しかし、最初の一文字があれば、次の一文字に繋がり、そしてまた次の文字へと繋がっていきます。千里の道も一歩から!私はこの薄紙を重ねるように地道に物事を重ねていく仕事が好きです。一攫千金には全く興味がありません。書き上げた原稿は1ヶ月をかけて推敲を行い、出版社に持ち込むことになります。原稿を書き上げて思うことはいつも決まっています。次は何を書こう?そう、終着点ではなく、まだまだ私の旅は続くのです。次回作の構想も出来上がっています。私が原稿を作る目的は、自分の考えていることを文章にすることによって自分を知ることができるからです。何を考えているのかを知ることができるからです。わかっているようでわかっていない自分を知りたいという願望が原稿作成に結びついているのです。次回作はブログ上で公開しますので乞うご期待!つたない日記をお読みいただいた全ての方に感謝します。ありがとうございました。
2005年05月20日
コメント(2)
10年前、私はニュービジネス大賞を獲得した会社の社長による講演を聴いた。当時は、まだまだ小さな会社だったけれど、今では全国的に有名になった。出版物も、かなりの売れ行きらしい。当時、私が講演をメモしたノートから一部抜粋する。・ 仕事ができればできるほど他人(上司)が無能に見えてくる。それは大きな勘違い。・ 仕事は失って初めてどれほど自分を支えていたかを知ることができる。・ 朝目が覚めてするべき仕事があることが生きる喜び。・ プランを作って上司に訊く。訊くことができない人は否定されるのがイヤだから。・ 訊くことにより、自分はこう思ったが他人が見るとこう見えるのかと知ることができ る。 ・ 嫌な人がいることが良い。人がいて自分を確認できる。講演を聴いて10年。私はどれだけ実践できたのだろう?その会社は10年で大きく変化したけれど私はどうだろう?出版をした。雑誌のも載った。でも、今ひとつもの足らない。変化価値論という考え方がある。あらゆる変化は成長と進歩の要因であり、具体的に変化した分だけ新しい価値が生み出される。私も少しとはいえ変化した分だけは新しい価値を生み出している。 これからの10年。次なる価値を求めて、今日から新たな変化が始まる。今日の原稿5枚。合計270枚。あと、もう少し。
2005年05月16日
コメント(1)
日曜日には政治討論がテレビで放映される。それは、ある種プロパガンダなのかもしれないと思う。北朝鮮の話題も相変わらずの論調が続いているけれど、ちっとも進展しない。国と国との問題は大変なんだという前提が、進展しな現実を容認している。北朝鮮はおかしな国だと言うが、日本はおかしな国ではないのだろうか?今日の原稿10枚。合計265枚。今日も良い天気だ。風に吹かれてまったりとした雲が流れていく。
2005年05月15日
コメント(0)
「41歳寿命説」という本を20年ほど前に読んだ。食品添加物、生活環境の悪化等によって昭和30年代以降に生まれた人の平均寿命は41歳になるというものだ。「ノストラダムスの大予言」と同じく未来予測など当たらないと思っている私なのに、なぜか「41歳寿命説」は心の隅にいつも張り付いている。私は41歳を通過したけれど、まだ生きている。だからこの説は私には当てはまらなかった。でも40歳を過ぎた頃から急速に体力の低下、体調の不安定さを感じるようになり、病院に行く頻度も多くなった。マズイ!若い頃には考えたこともなかった「健康」というテーマに直面したのだ。ここ5年ほどサプリメント類を試し続けているけれど、効果を実感したものはない。テレビ番組に影響されたり、大々的な宣伝に挑発されたり、身近な人から持ち込まれる情報に乗ったり、試してみないと始まらないと思って自分に合うものを探し続けた。ようやく巡り会えたような気がする、私に合うサプリメントに。良き伴侶を得たと同じ安心感がある。私が使っているサプリメントも批判的な人もいる。親切なのか意見してくれるけれど気にならない。自分が良いと思ったものは自分にとって良いものであって、他人が良いと言ってくれるものはその人にとって良いものであるわけで、私にとって良いものであるとは限らない。どこにも批判的な人はいるもので、批判したい気持ちはわかるけれど、多くの場合、批判は体制を揺るがせることはできない。判断権者の判断が最も力がある判断となり、最終判断となる。この場合は私。意見を言いたい気持ちを抑えて、認めてあげる方が良いと思うようになったこの頃の私。どこに行った、反体制的な活動をしていた気概は。これは加齢の影響か、「41歳寿命説」の呪縛による心的変化か?何はともあれ、今日も日が暮れた。今日の原稿5枚。合計255枚。ラストスパートです。ゴールが見えてくると元気になるのです。
2005年05月14日
コメント(2)
シャッカ、シャッカ、シャッカ、シャッカ、シャッカ……。MDから漏れる小さな音。私はあれが嫌いだ。他人に迷惑をかけないようにしているつもりだろうが、しっかり迷惑をかけている。以前はイヤホン式で、耳の中にすっぽり収まっていたので音漏れは少なかったけれど、最近はヘッドホン式になっているのでどうしても音が漏れる。メーカーは売るために目先を変えて発売し、ユーザーは新しいデザインに飛びついた。音漏れがあることなど無視して利潤追求に走ったメーカー。音漏れを気にすることなくいい気なもので音楽を聴くユーザー。どっちもどっちだ。どっちもどっちだから、噛み合うのだろう。シャッカ、シャッカ、シャッカ、シャッカ、シャッカ……。やっぱり気になる。寝てなんかいられない。ちり紙交換、竿竹売り、焼き芋屋、わらび餅売り、ラーメン屋、あの物売りの音の方がよっぽど気持ちよい。単に、アナクロニストの愚痴の類でしかない。今日の原稿8枚。合計250枚。
2005年05月13日
コメント(2)
システム手帳の裏表紙に、私としては丁寧な文字が並んでいる。~ハワイに旅をするとしたら、楽しみというのはハワイに着いた後でないと与えられないものだろうか。いや、まず旅をしようと決めた瞬間に喜びがわいてくるはずだ。成功も同じこと、成功を勝ち取ることは決して到着地ではない。それは旅である。成功しようと決めた瞬間から旅に出るのだ。出発した瞬間に、すでに成功しているのだ~確か「信念をつらぬく」という題名の本だったように記憶している。これを書いたのは10年前。成功しようと決めた瞬間から、すでに成功しているのだという言葉に刺激され、様々なものにチャレンジしてきた。でも成功しようと決めた瞬間は成功ではないと経験則によって確信を持ってしまった10年後の今。やはり成功は結果である。プロセスは、成功した後に振り返るからこそ輝かしい物語として存在感を示す。失敗した過去はいばらの道だ。そう思っているのに消すことができない、この言葉。何度も消そうとしたけれど消せなかった、この言葉。いつか真意を理解、体現し、成功しようと決めた瞬間から、すでに成功しているのだと言える日が来るのだろうか?10年後がまた楽しみである。今日の原稿10枚。合計242枚。到着地が朧気に見えてきた。
2005年05月12日
コメント(1)
周囲の人を観て、すごいなぁ、うらやましいなぁ、と思うことがある。才能フェチの私(4月22日の日記参照)は、空気を吸うように、食事をするように、周囲の人に対して羨望の眼差しを向けている。「うらましいなぁ」と今日も思った。ところで、「うらやましい」って何だろう?msnの国語辞典で検索してみた。【うらやむ】【▼羨む】 〔「心(うら)病む」の意という〕他人が自分より恵まれていたり、優れていたりするのを見て、自分もそうなりたいと願う。また、自分が他人ほど恵まれていないことを不満に思う。 私が漠然と考えていた「うらやむと」は、他人が自分より恵まれていたり、優れていたりするのを見て、自分もそうなりたいと願う、この意だったけれど、「うらやむ」って心が病むこと? 自分が他人ほど恵まれていないことを不満に思うこと? この意だとちょっとニュアンスが違う。う~ん、考え込んでしまう。いずれにせよ、「うらやむ」とは夢の裏返しであることには違いない。「うらましい」、それを夢と置き換えるなら、才能フェチの私はいつも「うらましい」と思っているわけで、ということは、私は夢をたくさん持っていることになる。これは大変だぁ、と年齢を再確認して、ため息。どれだけ実現できるか年齢と競争です。頑張らなくっちゃ!原稿はお休みです。雑用があるので。
2005年05月11日
コメント(501)
電車内で、女子高生がいつものようにお喋りで盛り上がっていました。私もいつものように本を読んでいました。耳は女子高生の話にいつものように向いていました。周囲をはばかることなく喋るのですから仕方がありません。「あのさぁ、玲って名前、誰がつけたの」「たぶんお父さんだと思う」「絶対狙ったよね」「何が?」「名字が大木でしょ。大木 玲」「???」「大木玲、おおきれい、オォ、綺麗。絶対狙ったよ、オヤジさん。結婚したらオヤジさん嘆くだろうなぁ~」「そんなふうに、よくからかわれた早く結婚したい。今でもしたい」ヤダ~、キモイ~、キャ~、わっはっはっはっはっ……。「他に面白い名前の人いない? みんなで考えようよ」 ~考え中~「いた、いた、加奈子」「何で~?」「大場さんていう人とは結婚できない。ヤバイから」「?????、な~るほど、大場加奈子、おおばかなこ、大バカな子」ヤダ~、キャ~、わっはっはっはっはっ……。あっと言う間に電車は目的の駅に着いた。今日の原稿2枚。合計232枚。
2005年05月10日
コメント(2)
会議の適正時間とは果たしてどれくらいだろう?短時間で終わってしまうと会議の威信が保てないと考える向きがあるのか、長時間の会議を行って熟慮、検討を重ねたとでも言いたげな自慢顔に疑問を覚える。私は会議なるものが嫌いだ。おおよそ結論が決まった形で会議は始まり、予期せぬ反対意見が出れば、何とか当初考えていた結論に結びつけようと論理的誘導を図る。誘導に失敗すれば結論が出ないので、会議の意味がなくなる。当初の結論が出れば、そもそも会議をする意味がない。相談、話し合い、という名目でいい気楽にやればいい。会議なんて重厚な言葉を使って重要度を醸し出しても意味がなければ、意味がない。やっぱり私は組織には不向きな人間なのだろうか?今日の原稿はお休みします。
2005年05月09日
コメント(1)
私は、どうしても外食が多い。食堂に入って注文をして料理が運ばれて来るまので間、あの時間の過ごし方が苦手だ。連れがあるときは話をしているので幾分楽だけれど、ひとりの時は結構緊張する。やたらにキョロキョロするわけにもいかず、本を読むほどの時間はないし、ボーっとしておくにも視線を向ける場所に困る。仕方なくテーブルに置かれたメニューを見たりしているけれど、イマイチ落ち着かない。ということで、最近はメニューを見ながら上目遣いに他の人の様子を観察している。面白いのは料理が運ばれてきてからの仕草だ。改めておしぼりで手を拭って、食べるぞって意思表示を行う人もいるし、いきなり食べ始める人もいる。 割り箸を割って先をゴシゴシこする人、お茶に箸先をつける人、氷の入ったコップの中でグルグル箸を回す人、中には箸先を舐めてから食べ始める人もいる。(私の叔父がそうであった。鉛筆もなぜか舐めていた。「美味しい?」とふざけて訊くと、「美味しいぞ、舐めてみるか」と言われ、子供心に気持ち悪い~と思った)私はどうかといえば、以前は祖父の影響で箸先をゴシゴシしていたけれど、誰かに行儀が悪いと言われ、ゴシゴシは止めた。汁物があるときには、まず汁物から口をつけろとも祖父に言われた。その癖は未だに継続中だ。どうも仏式では汁物を先に口をつけ、神式では御飯を先に口につけるらしい。我が家は仏教徒だからかなぁ?時々、食べる前に箸を両手で持って「いただきます」と小声で言う人を見かける。感動してしまう。私が見かけた中ではおじさんが多いけれど、若い女性の中でもそんな振る舞いをする人がいる。感動する。私はしたい気持ちはあるけれど、照れもあってできない。家では言えるけれど、外では言えない。心の中で「いただきます」と言って食べる。抵抗もなく自然にそんな振る舞いができるのは躾(しつけ)の成せる技なのだろう。素晴らしいと単純に感動する。今日は原稿3枚で終了。 合計230枚。ゴールデンウィーク最終日、特になにもないけど。
2005年05月08日
コメント(3)
バス停に備え付けられているイスは、横に長いベンチ式が当たり前だと思っていたけれど、そうとは限らないみいたいだ。パイプイスもあれば勉強机用のイスもある。事務所用の回転イスもあるし、食卓用のイスもある。極めつけはソファーだ。一瞬、豪華~と思って近づくとひどく汚れていて座る気にはならない。ベンチ式のイス以外は誰かが寄贈したものだろうが、それは親切なのか迷惑行為なのか、イスの状態を見れば首を傾げたくなる。好意的に観れば現代日本の家具事情の一端が垣間見れると言えるけれど、悪意的に観れば処分に困ったイスを好意に見せかけて投棄したと言える。これら表裏一体の行為は、煩悩を抱える人間の愛らしさを物語っている。好意的にせよ悪意的にせよ笑ってしまうのは、憎めない人間の醜さを歳とともに許容できようになったからに違いない。自己矛盾を抱えた人間だから致し方ないのだ。そういえば、近所の塀に一枚の張り紙がある。「張り紙禁止!」「張り紙禁止!」と書かれた張り紙、それって自己矛盾じゃないの?う~ん、これも笑える。今日の原稿2枚。合計227枚。これから図書館に行ってきます。
2005年05月07日
コメント(0)
トボトボと歩き帰るいつもの道。人間の痕跡が静かに異彩を放っている。投げ捨てられたタバコ、溝に填った空き缶、千切れた紙切れ、そして吐き捨てられたガム。ガムをよく観ると無数の靴底の跡。捨てた人、踏みつけた人、無視した人、気づかなかった人、様々な人が行き交い、痕跡を残す。人の痕跡は、これほどにも汚く、醜いものなのか?ガムを靴の先で突っつく。やめて~、と悲鳴が聞こえそうなほどしがみついている。私は体型をくねらせたガムに軽く敬礼を行って通り過ぎる。雨が慰めるように痕跡を包み込む。ジメジメとした空気が語りかける人間の本質的な姿。今日は雨で良かった。今日の原稿3枚。合計225枚。窓の外は土砂降りの雨。心地よい雨。
2005年05月06日
コメント(2)
新規ビジネスを始めるべきか見送るべきか。彼女への告白をするべきか見送るべきか。外出をするべきか見送るべきか。家事を手伝うべきか見送るべきか。部下に注意するべきか見送るべきか。等々、人生には迷いがつきまとう。迷いが生じる原因は先行きが不透明だからに他ならない。わかっていれば迷うことなどない。迷ったときの対処の仕方でその後の人生が大きく左右されという重大な局面だから迷う。決断が下させない。失敗が恐ろしいから決断が下せない。年頭に誓った。年々増え続ける体重に待ったをかけ、減量路線を邁進すると。なのに手に持ったコンビニの袋の中にはシュークリームが2つ、迷ったけれど買ってしまった。ほんの少し後悔はあるけれど、たまにはいいよともう一人の自分に囁かれると、誘惑に勝てる信念を持ち合わせていない私にブレーキは利かない。「我、事において後悔せず」私には届かない境地だ。昼からの予定はない。我、煩悩に翻弄されながら気持ちよく惰眠を貪る。今日の原稿2枚。合計222枚。作為的ではありません。
2005年05月05日
コメント(2)
地元呉市にオープンした「大和ミュージアム」に行った。「大和ミュージアム」は呉市の歴史と日本の近代化の礎となった造船、製鋼を始めとする科学技術を先人の努力や当時の生活・文化に触れながら紹介し、日本の将来を担う子供たちに科学技術の素晴らしさを伝え、平和について考える機会を与えている。〈私の感想〉足が痛かった~。入場待ち40分、館内での見学時間2時間、運動不足の私の足は悲鳴をあげますよぉ。所々に設けられた椅子が、私には砂漠のオアシスのように感じたのものです。それはともかく、少々重い話題だけれど怯まず挑戦。館内は戦艦大和の遺品、乗組員の遺書、設計図、教科書等が陳列され、大きなスクリーンでは当時科学技術の粋を集めて作られた大和の細部にわたる解説、テレビモニターでは黒船来航から帝国主義へと進む過程や戦争の勃発要因まで詳しく解説してある。遺書の陳列コーナーでは涙ぐむ人もいた。(年配の人だけではなく若い人も)遺書を始め、残っている文書類に書かれた文字がとても美しい。文章に迫力がある。多くの人々が国のためと笑って死んでいった歴史から目を背けてはいけないと思った。当時の人たちは身近に国と死を意識してたが、今、私たちは国も死も一部の人たちを除いて意識などしていない。平和とはいったい何? 戦争がない状態が平和? 平和の意味がわからなくなった。憲法改正に向けた論議が自民党、民主党など保守党の中で進められている。日本の現憲法は米定憲法といわれていって嫌悪感を示す人もいるが、体系的・論理的整合性には優れている。多くの国では自国と国際社会とかねあいで矛盾を抱えた憲法となっている。そもそも自国の利益と国際利益が同時に確保されることなど皆無という現状を踏まえれば、憲法に矛盾が生じてもケースバイケースという柔軟さを内在させた方が現実的なのかもしれない。先進国では、戦後70回以上も憲法を改正した国もあるし、少なくとも10回は改正している。日本では触れていけない不磨の大典とされてきたけれど、部分的にはもう時代には対応できなくなっている。日本の歴史の上に立った、日本人が誇りに思える憲法が、日本人の手によって完成される場面を見てみたい。主権在民をうたっている憲法に恥じないよう、一人一人がこの問題に関心を持ち、意見を持つことを迫られている。私も真摯に向き合えるよう、勉強しなければ!現在の私に暮らしが歴史的にみれば多くの犠牲に上に成り立っている。日頃の生活の中で目を背け、話題にしなかった戦争だけれど、今日「大和ミュージアム」に行ったことで直視する勇気を与えられ、覚醒した部分が大きかった。国民の安全は国防を無視して成り立たないので、歴史を踏まえ自分にできることで未来の子供たちに受け継ぎたいと思った。今日の原稿、お休みにさせてください。
2005年05月04日
コメント(1)
電車の中で化粧をする女性をしばしば見かける。すっぴんの顔が電車を降りる頃にはすっかりきれいに変身を遂げている。同乗した人たちは、そのプロセスの一部始終を見届けることになる。不用意に視線を合わせようものなら、「何見てんのよぉ!」と、流行の芸人さながらの毒づく言葉が飛んできそうな気配さえする。善し悪しの次元を超えた、時代が求める姿なのだろう。今日、私が乗った80%ほどの乗車率の電車の車内に弁当の香りが広がった。2人の若い女性(たぶん大学生)がおもむろにカバンから弁当を取り出して、立ったままおしゃべりをしながらパクついている。全く周りへの配慮はない。あまり感じが良いものではないが誰も注意をしない。関わりを持ちたくない現代人は、素知らぬふりが最上のマナーと心得ているようだ。もちろん私も弁当のふわふわとした香りに違和感を覚えながらも無視していた。そこへ、たまりかねたのか、ひとりの男性(60歳前後)が意を決したような堅い形相で声をかけた。「お嬢さん、弁当を在来線の車内で食べるのは良くない。新幹線じゃないんだから。わかるだろ!」(言わんとすることは感覚的にはわからないでもないが論理的説得力に欠ける)女性は顔を見合わせて、バツが悪そうに弁当をカバンに収めた。そして一言。「私たち新幹線しか乗らないからうっかりしちゃって!」(負けていない。一矢報いたつもりなのか?)「わしは最近新幹線に乗ってない。でも弁当は食べない」(わけが分かんない)そして、重苦しい雰囲気が弁当の残り香漂う車内を包んだ。これはドラマだ。リアルなドラマだ。今日の原稿3枚。合計220枚。いい天気だ。外を歩くと少し汗ばむ。
2005年05月03日
コメント(3)
仲良しの友人たちとワイワイ、ガヤガヤと喋りまくった。いささか喉が痛い。家に帰って何について話したのか、どうして盛り上がったのか考えたけれどわからない。でも間違いなく盛り上がった、そして楽しかった。会話の内容を思い出せないのは、たぶん実のない内容だったからに違いない。普通、盛り上がったり、楽しんだりする会話には、そうなるだけの理由がある。これは因果関係というものだ。しかし、実のない会話でも盛り上がる現実を踏まえると、重要なのは内容でなく人間関係だと言うことができる。こう考えると、内容とはいったい何なのかという疑問にぶち当たる。う~ん、内容とは……、たぶん、部屋に差し込んだ日差しの中で戯れるホコリのようなものだ。今日の原稿はお休みです。ゴールデンウイークだから。(それは違います)
2005年05月02日
コメント(0)
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉が好きだ。私は営業を始めて自分の不出来を思い知らされ、世の中なことを勉強しなければいけないと思って一念発起、本を読んだり講演を聴きに行ったりとインプットに努めた。元来飲み込みの悪い私の頭は断片的にしか記憶していないけれど、下手鉄砲も数打ちゃ当たるというのか少しずつ社会勉強が身についてきた。でも……、自分がすっごくイヤになるとき、まだまだ不出来だと思い知らされる瞬間がある。それは偉そうにモノを言っているときだ。多少の知識をひけらかして知識発展途上の人を論破しようとしたり、そんなことも知らないの、と心の中でバカにしたりする、あの瞬間に胸が締め付けられるような罪悪感を覚える。私はなんてバカなんだ、未熟なんだと自己嫌悪にもなる。偉そうに振る舞うことは偉いことではなく、偉くないから偉く見せようとしている見栄の姿に他ならない。謙虚になるためには心に余裕がなくてはいけないのだ。謙虚になるために、心に余裕のある人生を歩みたいと思う。今日は原稿お休みです。一日中遊びますから。
2005年05月01日
コメント(2)
全21件 (21件中 1-21件目)
1