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すでにご存知の方も多いと思うが、町中にたくさんの陶芸の店があふれているから、何処に入ろうかと迷ってしまう。時間があれば、しらみつぶしに・・・・、それは無理。だから、私は、気に入ったものが見つかり易い、今は亡き同級生の作家の店、『連月』(お店のHPはこちら)と決めている。作家物の陶器は、どれも主張を持って作られているので、その波長になじめないこともあるが、ピタッと来たときはうれしい。このお店には、若い女性の作品が多く置かれているので、若い(?)私にもなじみやすい。先日NHKの『鶴瓶の家族に乾杯』に出ていた、陶芸家の小川顕三さんとも親しい店である。ゲストの女性が轆轤を回すのを、横でハラハラしながら心配げに見つめ、指導をしていた様子がなんとも、親身な感じがして、指導者ではなく作家なのだと思った。真っ白で、鋭く、洗練された印象を受ける磁器もいいが、陶器のしっとりと手になじむ暖かさが好きだ。普段使いにしてはちょっと高いが、産地に行ったからにはと奮発したり、掘り出し物を探して歩くのも楽しみの一つである。ただ、信楽には、夥しい数のたぬきが店先に立っている。化かされないように注意しなければならない。 つづく
April 30, 2005
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お腹が空いたときほど、食欲に限りがあるのを残念に思う事は無い。信楽でも数ある料理、数あるレストランから、一つを選ばなければならない。つらい仕事が、楽しいランチタイムの前に待ち受けている。ツアーでないから、出発時刻は、我々の勝手。予定通りに行かないこともあるが、今回は、上手にスイス料理のレストラン『Alpina(アルピーナ)』に着けた。こだわりのシェフがこだわる料理、花であふれた環境、そしてこだわりのミネラルウォーター(?)。お絞りもお冷もない。水を外国でのように買うのである。出来ることなら、“グーテンターク(こんにちは)”“グーテンアペティート(お召し上がりください)”“シュメクトグート(おいしいですか)?”等と、日本語風の発音でもいいから、ドイツ語で言ってもらえると、このスイス的世界に、皆酔いしれると思うが、それではワインが売れなくなるからか、関西弁である。最後に、“レヒヌング、ビッテ(お勘定お願いします)”と言ってみたら、目を青ではなく、白黒させていた。嘘ですよ。いつものように、ここでも行儀のいいお客を装って、おいしくいただいた。味は抜群。たぶん材料を厳選して、全て手作りだからだと思う。聞いたわけではないが、そうに違いないと思わせるものがある。戸外のテラスで食べると、目の前に広がる、信楽の山や野が、スイス的世界を盛り上げる。「13歳未満お断り」という大人のおとぎの世界である。
April 29, 2005
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トラクターのわだちを追いかけて、無人の茶畑に行っても、何も出来る事は無い。狭いところでターンして、やっと元の舗装道路にもどり、いくつものアップダウンを乗り越え、山に囲まれ、家々の点在する平坦な土地に出た。道を尋ねたおじさんは、「もう、散ってしもたワ。あそこやけどな。」と迷惑そうな無表情で答える。確かに、すぐそこに見える。これが、ピンク色ならその位置からでもはっきりと区別がつくが、周りの山の緑に溶け込んでしまっている。山かげに咲く桜も何本も見たのに、もう少し待ってくれても良かったのに。「私たち、寄り道して遅くなったからじゃないよね。」「朝早くに来たら満開だったはず、無いよね。」と言いつつ、空虚な気持ちで、枝の先にチラホラ残っている桜に近づき、その優しい花びらを触った。満開だったら、あまりに華やかな桜が一本だけというのは寂しい。この木の分身をたくさん植えて、花の里にしてほしいと旅人は勝手なことを思うが、『畑』の集落の人には迷惑かもしれない。里じゅうが、満開の枝垂桜に彩られた情景を想像して、髣髴としているのが、この場を切り抜ける最上の方法である。お願いします。『畑』の皆様! いっぱい、植えてみてくださいませんか?植林ボランティア募集されたら行きますから。 つづく
April 28, 2005
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山奥に人知れず咲く、『畑』地区の枝垂桜は、古木で樹齢400年といわれている。このあたりは徳川家康が、刺客を避けて利用した伊賀越えの道筋だと聞けば、どんなに人目につきにくい、山深い場所だったか想像できよう。しかし、今は周りにゴルフ場が点在し、山間の谷間に開けたわずかの平地の中央を、ずどんと綺麗で大きな舗装道路が通っている。そのお陰で我々も楽に行くことが出来るわけだが、まだまだ、情緒は残っており、何かホッとしたものを感じるのは、町に住む人の、特権でもあるが、それが傲慢さであると知る謙虚さがあれば、その景色はもっと素晴らしいものに見えるだろう。「もう散ってるやろ」と、現地のお茶屋のおじさんに言われても、今日の目的だ。はずすわけには行かない。じゃあ、確認しに行こうと、どうも分かりにくいという定評のある細い道を地図を片手に走り出した。「対向車が来たらどうする?私ならよう運転せん。」と友人が言ったら、まるでその言葉に誘われるように対向車が来た。そういう山道を走ろうという人である。私を含めて運転には自信があるはず。ハラハラしながらも上手にすり抜ける。しかし、このイラストマップの道路は、距離も角度もきわめていい加減だと徐々に分かってきた。この角度だったらという方向に曲がると、道はどんどん細くなり、タイヤの後が二本ついて、中央に草が生えている。勾配も急になり、やがて道は消えた。そこは、丸く刈り込まれた、なまこのようにうねった木が続く茶畑だった。 つづく
April 27, 2005
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啜茶(すすりちゃ)であるが、これはお茶の飲み方であって、玄米茶とか、ほうじ茶とかの一種ではない。首と取っ手を取った急須で飲む、と言うと分かり易い、余計分かりにくい? 普通のお茶碗に、茶葉をいれ、お湯を注ぎ、それを押さえ込むような、小さめの蓋をして、その隙間から漏れ出てくるお茶を啜るのである。だから啜り茶。読売新聞をはじめあちこちで取り上げられているそうだ。 前には随分と大きいお抹茶風のお茶碗だったが、今回は手のひらに乗る大きさに改良されていた。見たい人はその作家・吉舎希望(きさのぞみ)の展覧会で(神戸東灘区のギャラリー)。4月25日~5月2日まで。ほしい人、飲んでみたい人は、信楽でどうぞ。私のHP(信楽)はこちら和風紅茶は、書名は失念したが、今度、お茶百科のような本に写真入りで掲載されている。「今日送ってきたんや」と見せてもらった。これも独特の風合いに、いかにも手作りの暖かさが感じられる逸品である。紅富貴(べにふうき)には、抗アレルギー作用があるメチルカテキン、原因となる抗体の産生を抑制する、物質ストリクチニンが含まれて最近脚光を浴びているとか。これも店の前の茶畑に栽培されている。様々な試みに意欲的なお茶屋さんである。 つづく
April 26, 2005
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朝宮茶が宇治茶に変身する現実を、土地のものは皆知っているが、世間様は知らない。 信楽に行く途中で寄り道をしたので、ついコロッと忘れて、違う道を行ってしまった。朝宮に向かっているつもりだったが、どうもおかしい。でもいい道なので軽快に走っていると、宇治田原に入っていることが分かった。宇治と信楽の朝宮は地続きなのである。茶畑が広がる景色は、そこに表示がなければ、まったく同じで、同じ成分を含むお茶が出来たとしても不思議は無い。先年、ブランド茶がブレンドされたものであることが、公になり、各産地が基準を設けた。宇治茶もブレンドの基準が整えられた。そう今も宇治茶はブレンド茶である。100%宇治茶を味わいたければ、朝宮茶を買う。これが賢い消費者となるための最もいい方法である。有名店のブレンド茶とか他の産地のお茶の味がお好みの方はこの限りではないが・・・・。ビュンビュン飛ばせる、幅広の道路のお陰で、遠回りも苦にならず、いつも行くお茶屋さんについた。久しぶりのおじさんのあふれる笑顔が店の外からも窺える。同じ茶葉でもこのおじさんが入れてくれるお茶は特別おいしい。自分の畑でいつくしんで育てたお茶を、誇りを持って販売している。だからおいしい。いつも前向きなおじさんはすでに2000年に独力でHPを立ち上げ独力でHPを立ち上げていたが、次々と新しい分野に興味が移るらしく、あまりHPにこだわりを持っていない様子である。行くたびに新しい話題がでる。たとえば、啜茶(すすりちゃ)、和風紅茶、そして、アレルギーに効くお茶。おっと、薬の分野にまでこられては私の立つ瀬が無いではないか。 つづく
April 25, 2005
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陶芸の里『信楽』は、癒しの場所である。畑も山もそして、おいしい空気がふんだんにある。昔はさぞかし、大変な山奥だったような場所も今は、道路がどんどん整備され、楽々行ける様になったから、山村に求める、都会人の勝手な幻想は通用しない。都会の人と同じ近代的な暮らしがしたいと誰もが思うのに、暗い囲炉裏端で、人のいい腰の曲がった老人と話がしたい等という欲求に、耳を傾けてくれるおおらかな人はいるだろうか。 ただ都会のあまりのストレスに、田舎暮らしも悪くないと思う人も増えているので、そんな都会の人の気持ちを理解してくれる人も中にはいるかもしれないから、そう悲嘆にくれることも無い。道路の整備で街から楽に行けるようになった信楽は、なかなか私にとっては、魅力的な町(?)である。不意に、思い立って、行って来ることが出来るから、お茶がなくなったり、スイス料理を戸外で食べたいときなど、ふらりと出かける。私設HPの『信楽』の頁にいいところを書いている。連休前の土、日の方がきっと空いている、それに、今年は遅かったから、『畑』の樹齢400年の枝垂桜がまだ咲いているかもと、友人と突然出かけた。 つづく
April 24, 2005
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『季節外れの花火』という言葉だけで、もう詩的。ドラマ。誰かが誰かに会いそうな不穏な空気がみなぎる。夏の風物詩が何で今頃。実は今週は、滋賀県で世界花火会議か花火師会議だかをやっていて、今週は毎日、琵琶湖の周りで場所を変えて、それぞれのお国の花火が打ち上げらていた。昨夜がその最終日。さぞかし、面白い花火が見られるだろうと楽しみにしていた。とは言うものの、開始時間と場所をチェックしておかなかったのは私のミス。夜、飲んだくれた男友達が電話してきた。まもなく飛び上がりそうな音と揺れが。花火のことなんてすっかり忘れておしゃべりに夢中だったから、「地震だっ!」 とうろたえたら、窓の外、真正面に、大~きな花火が見えるではないか。しまった、始まった!「ねえ、聞こえるでしょ」とそれとなく、電話を切ろうとしても、相手はご機嫌でしゃべり続ける。受話器の声が聞こえないほどの大音響、窓が揺れている。今日はいつもほど長くないはずと気が焦る。さあ、切れたと、私は琵琶湖岸目指して一目散。途中で派手な閃光がいくつも見えたが、そのあとの異様な静けさ。あれ? こっちに向かって大勢の人が歩いてくる。その顔が全て、「この人何?今頃」と言っているように見える。もうぅ、間に合わなかったじゃない。『季節外れの花火』はやっぱり悲劇のドラマであった。
April 23, 2005
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買ってきた「かつお」と書いた三角おにぎりを食べていたら、何かが舌に触る。かつお節はもう食べたとなると、これは鰹の塊か、しかしそんな味はしない。指でつまみ出して見ると、「おこげ」。私はおこげは大好き。幼い頃を懐かしく思い出す。かまどで、炊いたご飯はおいしかった。祖母は料理が上手かったから、めったとおこげなど作ってくれないが、お釜の底にできたわずかのおこげをおにぎりにしてくれたときのあの感動!残念ながらコンビニおにぎりでは、味わえない。もう一つ秘密がある。作り手(この場合祖母)の手のひらにある酵素が、おにぎりをおいしくするって知ってた?「ふわっとして食べやすい」が売り物のおにぎりで、ちょっと意表をついたこの堅さ、チョーセン的で面白い。
April 22, 2005
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私の日々の行動は、徒歩か自転車で事足りる。車のスピード感が好きだから、つい乗ってしまうが、私も健康を考えなければならない年になった。最近、歩く事をことさら心がけている。ダイエットもあるんでしょ、と言われれば返す言葉も無いが。今日は夕方から、離れたところで薬の勉強会があった。久々にJRを利用した。子どもが遠足に行くのと似た気分でさえある。勉強会の熱気がまだ覚めやらぬ心地よい疲労感で、帰りの電車には、若い仕事帰りの男性が多い。冬の着ぶくれて、空気のよどんだ電車と違い、春の電車には、希望が一緒に乗っているような気がする。歓迎会の帰りを思わせる、少しお酒臭い人もいる。「あなたは若いフレッシュマンに負けないで頑張っている?」とこの空気は問いかけてくる。正直、真新しいファイトには負けている。でも、負け無いわよ、歳では!!
April 21, 2005
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ハーシーのチョコチップは、ケーキに良い。いやハーシーしかダメというお料理の先生をしている友人の言葉を忠実に守っているので、なかなかチョコチップケーキも、チョコチップクッキーも焼けない。ハーシーのチョコチップは近くのスーパーではあまり見かけないのである。先日、京都駅の地下街ポルタの輸入食品店『ジュピター』に立ち寄った時に見つけた。ケーキ作る前にちょっとだけ、と食べているうちに、もうケーキに使う分がなくなりそうになってきた。仕方が無い。久しぶりに、焼いた。これはドイツ人の男性に作り方を教えてもらったホームメイドという名にふさわしい素朴なケーキである。森村桂の本にあった、「オーブンをあけると甘い香りと共に、幸せがあふれ出てくる」という一節を思い出し、ケーキを焼くたびに狭い我が家に充満する甘い匂い、これこそが幸せの匂いだと思う。実際、私の場合、思い返してみると、ケーキを焼くときは、体力と気力に少し余力があって、しかも幸せな気分のときしか焼けない。しんどいのに、なにがしかの下心があって、人に食べてもらおうと思いながら焼くときには、どうも仕上がりが良くないようである。「あの人に食べてもらいたい」と切なる気持ちでいるときには、やっぱり私の心が焼きこまれて大好評となる。焼きたての暖かいケーキを食べながら、あー今は幸せなのだと自分に言い聞かせる。ホントか?と反発したり落ち込んだりする気持ちを押さえつけられるほど、この匂いには魔力がある。
April 20, 2005
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