わたしが前回ひょっと思い出して書いてしまった事は、閉じ込めておかなければならない事だったかもしれない。しかし、その経験が松本清張の『ゼロの焦点』をわたしに忘れがたくさせているのだ。
『ゼロの焦点』を再読した。先日TVドラマで好評だった『点と線』で大ベストセラー作家になる直前の文学色濃い作品であったと、あらためて実感した。
やはり映画やTVドラマに数多くなっているので有名だが、金沢、能登半島の冬の暗い風景の後ろにうごめく人間臭いもの、戦後史に翻弄される人々の描写が迫ってくる。
再読してみて新たに感じた事は、ミステリーとしては細部がやや甘いが、それがぶっ飛んでしまう清張の文のうまさ、構成のうまさである。
でも禎子は結婚したばかりの夫が失踪したのでやむなく能登半島をさ迷って捜査する。夫の過去がわからない、その不安の描写がうまい。
この小説の時代は昭和32年ごろ、お見合い結婚が主流だ。おおかれすくなかれ男女が生活を共にしだすといろいろ問題になる。事件にならなくても取り返しのつかないその齟齬が尾をひく。うなずきながら読んだ女性は多かったと思う。
そんなところもおもしろかったが、やはり風景の描写は秀逸。列車の旅の描写もそそる。
因縁めいたものを感じるが、たまたまわたしは友人と冬の能登半島行きを計画している最中なのだ。ほんとに偶然まだ決定の連絡がこないのだけれどね。
能登金剛の冬景色を楽しみにしている。
しかし、ごらん、空の乱れ
波が――騒めいている。
さながら塔がわずかに沈んで、
どんよりとした潮を押しやったかのよう――
あたかも塔の頂きが幕のような空に
かすかに裂け目をつくったかのよう。
いまや波は赤く光る……
時間は微かにひくく息づいている――
この世のものとも思われぬ呻吟のなかに。
海沿いの墓のなか
海ぎわの墓のなか――
作中に引用してある外国の詩。禎子が夫を想って涙を流す。そう、親しみの薄かった、あっという間に失踪してしまった新婚の夫を愛し初めて...。
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