オフクロ100歳の死を思う。一つの時代が終わり、新しい生命が生まれる輪廻転生 2023-6-25 はんぺん
6/23 、オフクロが老人ホームで亡くなった。
6/5に 100歳の誕生日を迎えて、まだ日も浅かった。
6/19 に、地元の市長さんの訪問を受けて、(御祝いの花束)を貰ったばかりだった。
6/5 の誕生日は、ケーキでお祝いしたのだが、その時は、以前に比べて、かなり弱っていた。毎月の面会の時に、よく見られた発声もなく、動作も緩慢で、とても気がかりだったが、案の定、その後も、状況は改善せず、 6/15 の体調悪化での緊急受診では、CT検査などの結果から、胃がん・大腸がんで、肝転移していて、ステージ④の状態だということがわかった。
処置として、外科的処置や化学的処置などは、100歳という高齢からは、勧められないということで、今のところ、(痛み)はないので、しばらくは、このまま様子を見ることになっていた。そして 6/23 、状況は急変し、午後2時25分に、静かに永眠した。
この日は、たまたま予約面会日で、僕とワイフと親戚の3人が、ホームに駆け付けたのだが、ちょうど 5 分前ぐらいに、息を引き取ったとのことで・・・・びっくりした。
看護士さんの話では、痛みを訴えることも無く、眠るように無くなったという。
オヤジが、 64 歳で、胃がんで早世したことを考えると、オフクロの100歳は、驚きでもある。
100歳の年月は、僕にとっては、(夢のまた夢)であり、すごいことだなあ・・・と思う。そして、オフクロの人生は、相当な幸せな人生だったと・・・・
父の辛い闘病を間近かに見ていたオフクロは、尊厳死協会に入ったりして、老後の準備も整えながら、アルバイト、ボランティア活動、婦人会・老人会などの世話役活動など、多彩な活動を繰り広げてくれた、まさにスーパーウーマンだったと思う。
オフクロは、 2019 年7月に、デイサービスでの体調悪化をきっかけに、 55 日間の XX 病院入退院があり、その後、僕は 3 男と協力して、デイサービス・ショートステイを利用しながら、自宅での介護を続けてきたが、(老々介護)にも、限界を感じる中の、選択肢として、老人ホーム入所があった。
施設探しは、充分な協力が得られず、結局、僕が先導して、ホームを探すことになり、ちょうど、コロナ過の真っ只中の時期で、どこのホームも戦々恐々で、施設見学も、ままならない時期だった。が、辛抱強く時期を待ち、 2020 年 8 月 31 日に、介護付き有料老人ホーム「 XXXX 」に、97歳で、入所を果たした。
その後、 2020 年10月、誤嚥性肺炎で、 2021 年5月、頸部大腿骨折で、 2023 年3月、誤嚥性肺炎での、入退院があったが、それらを乗り越え、先日、100歳の誕生日を迎え、 6/19 には、地元市長から、花束が贈られた。
生前、盛んに(お墓)と(仏壇)(親戚づきあい)のことを気にかけ、誰が後を継ごうとも、しっかり頼むと、何度も繰り返していて、そのたびに僕たちは(安心してね)と言い続けてきた。
老人ホームでの2年と10か月の生活は、コロナ過のため、制限が多かったが、その分、オフクロの生きる気概も、相当なものだったと思う。ホーム入所前から、「寂しいから、面会に来てね!」と何度も言われていたので、僕は、計33回の面会に馳せ参じた。寂しさを紛らわせ、気分転換になってくれたことと今では思っている。
人の命は、永遠ではない・・・いつか、その時が来る・・・だから(いま)を手抜きせずに生きなければ・・・
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