実母の死、一つの時代の終わり・・・ (記録用)はんぺん
大正・昭和・平成・令和と 生き抜いた実母が、 100 歳の誕生日( 6/5 )を祝ってから、それほど間もおかずに、 6/23 に、亡くなった。
たまたま長男だった僕だが、実家の近くに住み、実母と最も関りが多かったという関係上、喪主となり、 6/25 の通夜、 6/26 の葬儀を執り行った。
喪主としては、初めての事でもあったが、ある程度の覚悟も出きていて、実母の希望であった家族葬を 親族の皆さんの理解も得て、シテイホール平野(玉姫殿)で、ツツガナク執り行った。
ツツガナク・・・・というものの、実態は、バタバタと振り回されて、疲れ切ったモノだった。葬儀場との打ち合わせ、お寺さんとの調整、家族葬の参列者への連絡調整、その他、多くの雑事は、ヤマのように、次から次へと出てきて・・・てんてこ舞いだった。
6/25 の一日
13 : 00 ~ 14 : 00 湯灌(ゆかん)
16 : 00 ~ 納棺
18 : 00 ~ 19 : 00 通夜
6/26 の 告別式、初七日の経過
10 : 00 ~ 11 : 00 告別式、初七日
11 : 00 ~ 出棺 瓜破斎場へ
11 : 30 ~ 13 : 30 精進あげ
13 : 50 ~骨上げに 瓜破斎場へ
14 : 15 解散
実母の履歴
府立堺高等女学校(今の泉陽高校) 5
年間
日本生命勤務 18 歳から 8 年間( S16/3/24 ~ S24/1 月末)
S24 年 2 月結婚、亡父は、光生命 ( 後の安田生命 ) 勤務、実母は、日本生命勤務。
1984 ( S59 ) 8/19 実父 死去 64 歳(胃がん)
61 歳~ 70 歳 10 年間、ボランティア(橘作業所)
老人会役員 80 歳まで務める
2020 年 8 月 31 日 老人ホーム(ライフビュー)入所( 97 歳)
2023 年 6 月 23 日 死去(100歳)
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喪主からの御礼の言葉 2023-6-26
お忙しい中、実母の葬儀に参列いただき、ありがとうございます。
喪主で長男のはんぺんです。
先日、 6/5 に、オフクロは、100歳の誕生日を、老人ホームで迎えました。
ケーキでお祝いしたのですが、その時は、以前に比べて、かなり弱っていたようでした。
毎月の面会の時に、よく見られた発声もなく、動作も緩慢で、とても気がかりでしたが、その後も、状況は改善せず、 6/19 の地元市長訪問時の、花束贈呈も、笑顔が見られませんでした・・・そして、 6/23 、状況は急変し、午後2時25分に、静かに永眠しました。
この日、たまたま予約面会日で、僕とワイフと いとこの Y さんの3人が、ホームに駆け付けた、そのちょうど 5 分前ぐらいに、息を引き取ったとのことで、びっくりしました。
介護士さんの話では、痛みを訴えることも無く、静かに眠るように亡くなったという事でした。
オフクロは、 2019 年7月に、デイサービスでの体調悪化をきっかけに、 55 日間の T 病院入退院がありました。その後、 3 男と協力して、デイサービス・ショートステイを利用しながら、自宅での介護を続けてきましたが、(老々介護)にも、限界を感じ、選択肢として、老人ホーム入所がありました。
施設探しは、3男の充分な協力が得られず、結局、僕が先導して、ホームを探すことになりましたが、ちょうど、コロナ過の真っ只中の時期で、どこのホームも戦々恐々で、施設見学も、ままならない状況でしたが、辛抱強く時期を待ち、 2020 年 8 月 31 日に、介護付き有料老人ホーム「ライフビュー」に、97歳で、入所を果たしました。
その後、 2020 年10月、誤嚥性肺炎で、 2021 年5月、頸部大腿骨折で、 2023 年3月、誤嚥性肺炎での、入退院がありましたが、それらを乗り越え、先日、100歳の誕生日を迎えました。 6/19 には、地元の市長さんから、花束が贈られました。
100歳の年月は、僕にとっては、(夢のまた夢)であり、すごいことだなあ・・・と思います。そして、オフクロの人生は、相当な幸せな人生だったと、僕は思いました。父は、胃がんが原因で、 64 歳で亡くなりましたが、相当つらい病との闘いでした。それをまじかに見ていたオフクロは、尊厳死協会に入ったりして、老後の準備も整えながら、旅行、アルバイト、ボランティア活動、婦人会・老人会などの世話役活動など、多彩な活動を繰り広げてくれました。まさにスーパーウーマンだったと思います。
生前、盛んに(お墓)と(仏壇)(親戚づきあい)のことを気にかけ、誰が後を継ごうとも、しっかり頼むと、何度も繰り返していました。そのたびに僕たちは(安心してね)と言い続けてきました。
老人ホームでの2年と10か月の生活は、コロナ過のため、制約が多かったと思います。しかし、その分、オフクロの生きる気概も、相当なものだったと思うのです。
ホーム入所前から、「寂しいから、面会に来てね!」と何度も言われていたし、僕は、計33回の面会に馳せ参じました。寂しさを紛らわせ、気分転換になってくれたことと今では思います。
きょう参列いただいた皆様に、置かれましては、ぜひ、この100歳を目標に据えて、末永く、健康長寿を推進されますよう祈念して、お礼の言葉に代えさせていただきます。
本日は、ありがとうございました。
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