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昨日食べた蕎麦。かねてより越前そばの看板があがっているのは、知っていました。一度は入ってみようと思っていたのですが、普段車で移動しているものだから、街中のメイン通りから少し奥まった少路にあるこの店は行きにくかったのです。それがこの近くの割烹料理屋で会合があり、それが終わってぶらっと街中を歩いていたら、この店の前に行き着いたというわけ。福井へ行った折に食べた越前そばは、平打ちのやや太めに打ったそばに辛味大根とかつお節が乗っており、その上からつゆをかけてた食べる、いわゆるぶっかけタイプ。この店のそばはやや濃いめのつゆにつけてすする、いわゆる「もり」と呼ばれるタイプ。お品書きには、そばには竹炭を練り込んでありますと書かれていました。どうりで黒い。そうして別段大盛りを頼んだわけではないのに、ご覧の通りそばがたっぷり盛ってある。粋が身上の東京の老舗のそば屋のおかみさんの言葉をかりると、元々そばというのは小腹の空いたときに食べるもの。大盛りなどと注文するのは、野暮の骨頂だそうですが、そば好きの私としては、そばをたっぷりいただけるというのはうれしいです。(苦笑!さらにそばというものは、やや濃いめのそばつゆにほんの少し先をつけて、一気にすすって食べるのが粋とも言われているそうですが、このそばの食べ方にしても、やや甘めのそばつゆにたっぷりとそばを絡めるようにして食べるのが私流。・・・そばつゆのお代りをもらったりして。(笑!まあ、そばを食べ終わった後に、「そば湯いただけますかね」などと、斜に構えて言ってみたりしましたがね。はたしてこれが粋だったかと問われれば、まったく自信はありません。(爆笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月29日
お奨めの一冊。本棚から取り出してまた読んでいます。「江戸川柳で現代を読む」 (小林弘忠著 日本放送出版協会)当時詠まれた江戸川柳から読み取れる時代背景を考証し、はたして当時と現代とどちらが住みよいだろうかと、読者に鋭く問う。名著です。【送料無料】江戸川柳で現代を読む [ 小林弘忠 ]価格:714円(税込、送料込)傑作ぞろいの川柳の中から、私が選んだこれぞ江戸川柳というもの二首をご紹介します。夕立に取り込んでやる隣の子出ぬ乳も泣く子の口へ箸やすめにわか雨に隣の家の洗濯物と子供を家に入れてやる隣の御かみさん。・・・エライ!母親が用事で留守にしている間、ひもじいと言って泣く隣の乳飲み子に、もうすでに出なくなって久しい自分の乳首を含ませる長屋の御かみさん。・・・かぁ~、泣けるね!情にあふれる当時の江戸市民の生活ぶりがじ~んと伝わってきて、まさしく涙ものだ!書名にあるごとく現代の世相と比較すると、はたして当時と今とどちらが住みよい世の中なのだろうと思ってしまいます。現代なら、さしずめ・・・・・(以下の二首は私が作りました)マンションの上から落とす隣の子我が子にも飲ませてなるか乳たれる人の痛みに敏感である、そんなやさしさって、やはり大切だと思った次第です。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月28日
北陸の雪国に住む者にとって一年で一番うれしい時期は、2月の終わりから3月初めにかけてではないでしょうか。今日のように雪が少し舞ったとしても、もう積もる心配もありませんし、何よりも一日一日春の足音が高くなるのを実感できるからです。今冬は例年にない暖冬の年で、平野部では除雪車の出動もなかったという大変珍しい年だったにしても、もうすぐ弥生3月というこの時期が、北陸人にとって一番心が浮き立つ時期と言えましょう。これが兵庫や大阪の人々ということになれば、何に春を待つ心が表れるかというと、「イカナゴ漁」ということになるのかも知れません。春の訪れを告げる播磨灘と大阪湾のイカナゴ漁、ことしはいつに解禁日となるのだろう?「イカナゴ」も「くぎ煮」も当地ではあまり聞きなれぬ名称です。いったいどんな魚かと調べましたら、当地では「小女子(こうなご)」と呼ばれていますね。この魚を醤油と水飴で甘辛く煮た佃煮のことも「小女子」と同じ名で呼んでいますが、これが「くぎ煮」のことなのでしょう。小さな魚体が煮られてくの字に折れた様子がちょうど釘のように見えますから、きっと「くぎ煮」というのかも知れません。アツアツのごはんに乗せて頬張ると、口一杯に甘しょっぱい醤油の香りと魚の旨みが広がり、これだけでごはんが3杯食べれそうです。ただ佃煮は日持ちがするので、この「くぎ煮」も一年中口にしているようにも思えるのですが、それでも春を告げる魚というのであれば、これはこの時期に食べるのが風流というものでしょう。・・・う~ん、春を告げる「イカナゴ」の「くぎ煮」ですか。早速に今晩は「小女子(こうなご)」を食べて、心待ちにしていた春を実感するとしますか♪◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月27日
北陸の雪国に住む者にとって一年で一番うれしい時期は、2月の終わりから3月初めにかけてではないでしょうか。今日のように雪が少し舞ったとしても、もう積もる心配もありませんし、何よりも一日一日春の足音が高くなるのを実感できるからです。今冬は例年にない暖冬の年で、平野部では除雪車の出動もなかったという大変珍しい年だったにしても、もうすぐ弥生3月というこの時期が、北陸人にとって一番心が浮き立つ時期と言えましょう。これが兵庫や大阪の人々ということになれば、何に春を待つ心が表れるかというと、「イカナゴ漁」ということになるのかも知れません。春の訪れを告げる播磨灘と大阪湾のイカナゴ漁、ことしはいつに解禁日となるのだろう?「イカナゴ」も「くぎ煮」も当地ではあまり聞きなれぬ名称です。いったいどんな魚かと調べましたら、当地では「小女子(こうなご)」と呼ばれていますね。この魚を醤油と水飴で甘辛く煮た佃煮のことも「小女子」と同じ名で呼んでいますが、これが「くぎ煮」のことなのでしょう。小さな魚体が煮られてくの字に折れた様子がちょうど釘のように見えますから、きっと「くぎ煮」というのかも知れません。アツアツのごはんに乗せて頬張ると、口一杯に甘しょっぱい醤油の香りと魚の旨みが広がり、これだけでごはんが3杯食べれそうです。ただ佃煮は日持ちがするので、この「くぎ煮」も一年中口にしているようにも思えるのですが、それでも春を告げる魚というのであれば、これはこの時期に食べるのが風流というものでしょう。・・・う~ん、春を告げる「イカナゴ」の「くぎ煮」ですか。早速に今晩は「小女子(こうなご)」を食べて、春を実感するとしますか♪◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月27日
本日の日経コラム『春秋』を見ると、冒頭に「84年前のこの日の早朝、二人の『和子さん』が軍人の放つ銃弾のなか、命の危険に身をさらしていた」と書かれています。はて、何のことを言っているのか?84年前とはずいぶん昔のことだなと思いながら読み進めると、一人は戦後首相となった吉田茂の三女。もう一人は渡辺当時陸軍教育総監の次女と紹介されています。この辺りまで読むと、はは~ん、そういえば今日は2月26日。これは「2.26事件」のことだなと察しがつきます。1936年に旧陸軍の青年将校らが起したクーデター未遂事件「2.26事件」から84年の歳月が経ったのだということに気付きました。・・・「2.26事件」。昭和の前半の暗い歴史の幕あけを象徴するこの事件ですが、そのあと日本が突き進むことになったかの大戦は、それから9年の後に、わが国土のほとんどが灰燼に帰すまでになってようやくのこと収束。そして、文字通り「国破れて山河あり」という状態だったあの終戦の年からさらに年月を経て、時の首相が「もはや戦後ではない」と言ったころに私は生を受けた世代ですから、「2.26事件」は、学校の社会の時間で習って知っている程度です。そこで思いついたのは、本日のコラムの要旨とはまったく別のこと。そういえば「首相公邸には幽霊が出る」という都市伝説はどうなったのだろうということでした。首相はなぜ公邸を利用せず私邸から官邸に通っているのか?よもや公邸に幽霊が出るという噂に惑わされているのではないだろうと、国会でも質問に取り上げられたことがありましたね。安倍首相は、まったく公邸を利用されないのではなく泊まられることもあるということのようですが、それが「この時期は泊まりたくない」とおっしゃったというのは、やはり薄気味わるいとお思いになっているからでしょうか?ぜひとも安倍首相にお聞きしてみたいものです。首相に就任されて長いですから、2月26日を迎えられるのは、今年で何度目になられるのでしたかね?・・・出るのか、出ないのか?出たとしたら、どんな幽霊だったのか?森元首相は、深夜にザックザックという将兵の行軍する足音を確かに聞いたとおっしゃっているそうですが、やはり2.26の反乱軍将兵の幽霊なのでしょうか?でも幽霊に足があるという話はあまり聞いたことがありませんし、そもそも幽霊というのは、欺かれたり、本人の意志に反して惨い仕打ちの上に殺害された人の魂が、成仏しきれずこの世に彷徨い出るものだそうですから、加害者である反乱軍将兵が幽霊になって出るというのはおかしいような気がします。当時の公邸の主である岡田首相と間違われて殺害された、首相秘書官の亡霊というのならわからないでもありませんが・・・。でも首相秘書官はとっさのことに岡田首相を押入れに隠し、自分が進んで身代わりに立ったとも伝わっていますから、そうであれば決死の覚悟の上の行動であったとも解釈できます。覚悟の上での死ということであれば、そういう人の魂が未練がましくこの世に彷徨うということもないように思うのですが。今公邸に泊まることのできる人は安倍首相しかいないわけだから、真相を解明できるのは安倍首相、貴方だけです。ところが本日の新聞の首相の動向を報せる『首相官邸』によれば、昨日は「7時10分東京・富ケ谷の私邸発。22分官邸。32分閣議」と書かれていますから、昨晩首相は私邸でお泊りになった。84年前の26日未明に官邸で起こったというかの事件のことがもし念頭にあったとしたら、いつぞや「どうもこの時期は官邸に泊まりたくない」と漏らされたというのもなるほどそういうことかと、邪推もしたくなるというもの。しかし、私邸と官邸は車で10分余ですからね、執念深い亡霊ならすぐ私邸にも足を延ばせる(あっ、幽霊には足がないのだった!)距離というものです。(笑!首相、まあ私としては「桜を観る会」の真相もつまびらかにしていただきたいと思いますが、「幽霊が出るという官邸」の真相も明らかにしていただきたいものですな。(爆笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月26日
「毒を持って毒を制す」は悪事をなすものを悪事をもって排除するというような意味だったと思いますが、「毒を摂って毒となす」となると、これは毒を摂るものにとっては命がけだなということになりませんか。ウエブトピックスより、ホタルの幼虫を食べて毒を得る蛇昨今はヘビを見かけることは滅多にないといっていいくらいですが、それでもこれから温かくなってくると、田んぼのあぜ道や草むらぐらいなら出会うこともあるかもしれません。・・・まあ、積極的に出会いたいとは決して思わないですけど。(笑!私らが子どものころは、それこそ家の周りにもたくさんいたヘビといえばシマヘビ。ヤマカガシは生息域が違っていたからでしょうか、見かける機会はずっと少ないヘビでした。それでも川辺の草むらなどでは、たまに出会うヘビでしたね。ヤマカガシに毒があるというのは、子どものころからよく聞かされていました。しかし、マムシのような猛毒ではないから、噛まれてもそれほど心配は要らないというように聞かされていましたね。それよりも、素手でヤマカカシに触れるとかぶれるから触ってはいけないときつく言われていました。それにしてもヤマカカシは自ら毒を作り出すことが出来ないので、蛍の幼虫を捕食して毒を体内に蓄える習性があったとは初耳です。それで水辺に生息しているんだな。そこで俄か生物学者( ← 私のことです。笑!)は不思議に思うのです。ヤマカカシは、どうして蛍の幼虫に毒があることを知っているのだろう?その毒を体内に取り込んでも自分には無害だということがなぜわかるのだろう?ヤマカカシにしたところで、カエルやオタマジャクシならまだしも、そんな毒のある蛍の幼虫など本当は食べたくないのではないか?「わぁ~、こんなまずいもの食べたくないけど、毒を蓄えておかなければ」なんて思いながら食っているとしたら、ヤマカカシも気の毒なヘビだなと、生物学者らしからぬことを考えています。(爆笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月25日
突然ですが皆さん「2024年問題」ってご存知ですか?昨日の日経5面総合欄の「風見鶏」、「2024年問題と日本」という見出しが目にとまりました。えっ?・・・2024年になると何か問題が起こるというのでしょうか?ついコンピューターの「2000年問題」を思い起こしてしまいます。コンピュータのソフトが年を下二桁で打ち込んあるゆえに、1999年から2000年になると、コンピューターが正しく動作しなくなるのではないかと世界中が大騒ぎをしたのでした。まあ、結果は泰山鼓動してなんとやらということに落ち着き、安堵したのでしたが。あの当時はコンピューターといえばオフコンが主流でしたし、インターネットというものもなかった。今日では普段我われが気軽に使用するパソコンでさえ、当時のオフコンをはるかに凌駕する性能を有していますし、通信も5Gになろうという時代です。きっと、急速に発展したコンピューターとインターネット、そして通信といった領域に重大な問題が内包されているに違いないと、私なんぞは考えてしまいますがね。ところがさに非ず。「2024年問題」とは、世界の指導者が代替わりをする年、それが2024年ということを問題だと提起しているのでした。いわく今アメリカのトランプ大統領、中国の習近平主席、ロシアのプーチン大統領といった個性的な指導者によって、かろうじてパワーバランスが保たれているものが、各国で指導者の代替わりが確実となる2024年以降、世界情勢は大きくバランスを崩すことになりかねなのではないか。日本の指導者は、安倍首相継続という声もささやかれている中、ポスト安部(菅官房長官、岸田政調会長、茂木外務大臣、河野防衛大臣の名があげてありました)の動向は・・・云々といった趣旨でした。2024年といえば、2020年から4年後ということになりますね。東京の次のオリンピックが開催される年ではありませんか。新型コロナウィルスによる感染の収束が見えてこない状況の中、当地北陸富山でも北陸へのツアー旅行に参加していた70歳代の女性が感染者であることが判明しました。当地(富山県高岡市)でも、この女性と濃厚接触したと思われる5人の人に検査を実施したと報道され、上を下への大騒ぎとなっております。このまま感染の拡大に歯止めがきかないということであれば、東京オリンピックの開催も難しいということになりはしまいか?中止か延期か、延期ということならいつまで延ばすのか?半年先か1年先か?いや2024年まで4年待とうということになるのであれば、これはまさしく「2024年問題」ということになりますね。・・・そうならないことを切に祈っています。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月24日
毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。今週阿辻先生は、中国前漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された中国の歴史書『史記』より、「夜郎自大」ということばを題材にされておられます。「夜郎自大」とはあまり見慣れぬ言葉ですね。「夜郎みずからを大とす」と読むのだということですが、その意味は「井の中の蛙大海を知らず」と同義だと聞けば、私なんぞは、ほぉ~、そんな言葉が中国にあったのかと思ってしまいます。「夜郎」とは前漢時代に中国西南地方にあったとされる国の名。2000年以上も後の世の、しかも大陸から海を隔てた東方の島国にまで、不名誉な名を伝え残すことになった「夜郎」にしてみれば、司馬遷をさぞかし恨めしく思うことでしょう。(笑!漢の武帝の領土拡大策により、「身毒」(インド)へ通じる道を探すため西南地方へ使者として派遣された王然干(おうぜんう)が、滇(てん)という国まで来たときに、滇王が「ところで漢とわが国とでは、どちらが大きいのだろうか」と王然干にたずねたと。さらに夜郎国まで進むと、そこでも同じことを尋ねられたことが「夜郎自大」の由来であると阿辻先生は教えてくれています。高校の漢文の時間に、副読本として「十八史略要解」という何とも難しい本を読ませた漢文の先生がいたことを思い出しますな。漢字ばかり並べられた何と読みどう解釈するのかさっぱりわからぬ本で、ずいぶん難義したものです。その「十八史略」にもやはり王然干と滇や夜郎国の話しが出て来るのではないかと想像しています。今思えばもう少ししっかり読んでおくのだったなということになりましょうが、そのころは蛙どころかオタマジャクシでしたからね。大海の存在を知らぬのは、滇王や夜郎国王と同列かそれ以下であったということになりましょう。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月23日
何もかも忘れて、ぶらり放浪の旅に出てみたいという誘惑に駈られることありませんか?しかし、今の生活や仕事、さらには家族のことを思うと、それらを打ち捨ててまで自由奔放に行動する勇気を持ち合わせていない小心者の私は、ある意味幸せであるに違いないと思ったりもしています。 放浪の旅をしてみたいが、そんな勇気は持ち合わせていない。しかし、それ故に幸せであるだろう人々にお奨めします。この本を読んで放浪してください。篠藤 ゆり著 「旅する胃袋」本棚から取り出して、また読んでいます。【送料無料】旅する胃袋 [ 篠藤ゆり ]価格:720円(税込、送料別)標高4000メートルにある寺でバター茶に癒され、香港で禁断の食材を味わい、砂漠で人生最高のトマトエッグスープに出会う。見知らぬ世界各地を旅し、土地土地の珍しい食べ物を口にしてみたい・・・、誰でも思うが、なかなか叶うことがない願望を、この一冊は寝床で温かい布団に包まりながら叶えてくれます。ただし、お腹がへってなかなか寝つかれなくなってしまうのが欠点ではありますが・・・。(笑!それに今は新型コロナウィルスの感染が騒がれていますからね。そんな物騒なリスクは、寝床で放浪の旅をさせてくれる「旅する胃袋」にはまったくありませんから。(笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月22日
突然ですが「LHC」って何のことだかご存知ですか?はて、「LCC」なら格安航空会社のことだし、「LED」なら発光ダイオードを利用した照明器具のことだということぐらいは知っていますが。ああ、善玉コレステロールのことか?待てよ、それだったら「LDL」ではなかったか。野菜を摂らなくっちゃ。・・・ってそんなことを言おうとしているのではなかった。正解は「大型ハドロン衝突加速器」のことでした。「ハドロン」って何だよなどと言わないでくださいね。(笑!ウエブトピックスより、LHCがフル稼働し始めれば、科学者たちは暗黒物質(ダークマター)や暗黒エネルギーの解明に一歩近づくことだろう「LHC」はご存知なくとも「ヒッグス粒子」ならお聞きになったことはあるでしょう。イギリスの理論物理学者ヒッグス博士が存在を予言した「物質に重さを生じさせる粒子」とかだったでしょ。2012年にこの「LHC」を使って光の速度近くまで加速させた陽子を衝突させたときに発生する粒子の中からその存在が確認されたと書けば、「LHC」は科学の最先端の現場で使われている大型加速器のことだと理解できます。「LHC」は2008年に稼動した当初、設計どおりの出力が出せないというトラブルがあったものの、実験を優先するために出力を落としたまま実験を続けたのだとか。そんな環境であっても「ヒッグス粒子」は観測可能な範囲にあったのは幸でしたね。この「LHC」を2年もの歳月をかけて修理し、陽子の衝突エネルギーを8兆電子ボルトから13兆電子ボルトまでに引き上げるようにした。それで今度は何を探すのかといえば「超対称性粒子」を探そうというのです。・・・「超対称性粒子」?今度は漢字で書かれているとはいうものの、まったくどういう粒子なのか見えて来ませんね。(苦笑!「超対称性粒子」もヒッグス粒子同様に、理論的に予言されているもののまだ発見されていない粒子で、パワーアップした「LHC」による実験で見つかる可能性があると期待されているとか。さらに記事を読み進めますと、素粒子物理学の世界では、この世の成り立ちを電子やクォークなど17種類の素粒子で説明できるのだとか。もし「超対称性粒子」が発見されれば、画期的なことであると。・・・はて、この世は男と女から成り立っているのではなかったか?(笑!もっとも近頃は男でもない女でもないという一群の存在も確認されているようですが、これをどう捉えどう説明すればいいか?今までにはなかった新しい理論が求められるということなのでしょう。科学者にとっては、この世に起きている森羅万象を正しく説明するためには、理論的に導き出せる新しい素粒子の存在を何としても確認したいということなのでしょう。私なら、私を受け入れてくれる異性の存在を確認できればと思うだけですが・・。(爆笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月21日
かって日本では、「男子厨房に入るべからず」などと言われていましたが、今そのようなことを口にすれば、すぐに「男女共同参画」などという言葉が当たり前のように返って来る時代となりました。男女がよきパートナーとしてお互いに尊重しあい、性別にかかわらず、様々な生活の場面で一人ひとりの個性や能力を十分に発揮できる社会の実現が叫ばれて久しいです。私の家内などは「あたしゃ、おさんどんか!?」などと、しばしば口説くところをみれば、わが家では依然として共同参画はなされていないということになるのでしょうか。私だって「男子厨房に入るべし」と、台所に立つこともあるのです。まあ、そんなときはだいたい女房殿が留守のときですが・・・。(苦笑!冷蔵庫の中を覗いてみる。え~と、豚のバラ肉があるな。おっ、モヤシもある。あとキャベツとネギか・・・ということで、これらの具材を適当に刻んで、フライパンで炒めるというのがきわめて順当な選択ということになるのです。豚肉の野菜炒めですな。(笑!ところで本場の中国料理の特徴は、油で炒める「炒(チャア)」にありますね。野菜炒めこそ「炒(チャア)」という調理法がぴったりの料理だと思いませんか。日本料理には湯通しという調理法こそありますが、油通しということはあまり聞きません。それは煮る、炊くという調理法が主で炒めるという調理法には馴染みがなかったからかもしれません。同じ野菜を使ったとしても、日本料理なら土鍋でしんなりと煮て、味噌で味をととのえるということになるのでしょう。仏教しかり、漢字しかり、律令制度しかり。歴史をひも解くまでもなく、古来より日本人は大陸の文化を積極的に取り入れて来たはずなのに、どうして「炒(チャア)」という料理法は取り入れようとしなかったのだろう。中国料理が今日のように広く普及したのは、戦後になってからのこと。わずか70年足らずですから、そうすれば日本人は2000年の長きにわたって、中国料理の代表とも言える「野菜炒め」を食べそこねてきたと言えるかも知れませんね。そんな取り止めのないことを思い浮かべながら、フライパンを振っていたからでしょうか。レンジの回りはこぼれた野菜で油まみれ。う~む、「炒(チャア)」の極意を極めるのは、なかなかに難しいようです。(笑!・・・さて、どうしたものか。女房殿がご帰還あそばす前に、証拠隠滅をはからねば。(涙!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月20日
まったく不可思議なのは、生物の体の仕組みと言えましょう。日経ウエブニュースより、毛は免疫のスイッチ?哺乳動物の毛には、皮膚から微生物などが入り込む危険を察知すると侵入者と戦う免疫細胞を呼び集める働きがあるということですが、まるで毛髪が意志を持った生き物のようではありませんか。免疫細胞を呼び寄せるケモカインという物質を作り出すですって?う~む、生物とまでいかなくても、毛髪が微生物に対して昆虫の触覚のような働きをするようにも思えてきますよね。ならば尚のこと、お気の毒に思えて来ることが一つあります。これでは毛髪の薄い人は、まるで救われないではありませんか!?(笑!免疫細胞を呼び寄せるというケモカインの働きを、新型コロナウィルスの感染予防に応用できないものでしょうかね?◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月19日
今冬ずいぶん遅れてやって来たと言うべきか、いや立春も過ぎて半月も経とうとしているから今春と言うべきか、いささか言葉に迷う今朝の雪です。天気予報によれば、本日18日の夕方までに西日本から東日本の日本海側では平野部でもかなりの降雪が予想されるということですが。当地北陸富山では、今冬平野部でもようやく積雪を見たのは、2月になって節分も過ぎてからの6日のこと。そして今朝が2度目というわけです。里に初めて積雪を見た6日の雪で、富山県は山間部でも雪不足のため開催が危ぶまれていた冬季国体(富山県南砺市がメイン会場)を予定通りに開催するこを宣言したのでしたが、そのあと昨日までのポカポカ陽気。大会運営関係者は連日ダンプカーで雪を運び込み必死で会場の整備に努めたということでしたが、これでようやく一安心というところでしょうか。まあ、何とか雪国・北陸富山の面目が立ったというわけです。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月18日
毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。今回の講座はいつもと違って漢字や熟語ではなく、「ケモノヘンを持たぬ動物」という題になっています。冒頭「馬や象や羊にはどうしてケモノヘンがつかないの?」という小学生の質問が紹介されています。これは中国語学を専攻している大学院生でもなかなか思いつかない質の高い質問だと、阿辻先生もおっしゃっていますが、私はこの「遊遊漢字学」を毎週逃さず読んで勉強してきましたからね。その答えはすぐにわかりました。「馬」や「犬」「象」「羊」は、人々の日常生活に密接に関わって来た動物で、身近に接して来たはずですから、象形文字として漢字があみ出された初期の段階ですでに存在したはず。一方「ケモノヘン(犭)」のつく動物は、人々の生活に密着してはおらず、それこそ動物は自然界にあまたおりますから、「犭」で動物をであることを意味し、その動物の呼び名を音として表記して両者の組み合わせで表したというわけですね。ところで我々は、「犭」は「ケモノヘン」と呼ぶことに何の疑いも持ちませんが、「犭」は「犬」がヘンになったものだということ、ご存知でしたか?いわば「イヌヘン」というわけです。もともとは「犬」に関することを表したものに限って「犭」が使われていたものが、「犬」以外の動物一般も意味する漢字の部首として使われるようになったのだと。世界に類をみない優れた表意文字漢字であればこそ、「猫」「猿」「狼」と書かれれば我々は一目でそれが動物を表しているとわかります。ところで今回阿辻先生は「獺」という漢字も紹介されていますが、「獺」っていかなる動物か私にはわかりませんでした。音もなんと発音すればいいのか思い浮かびませんし、訓で読めと言われればなおのことわからない。(涙!しかし、まあ、これを「カワウソ」と読める人は、阿辻先生ぐらいのものでしょうよ。(笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月17日
日経連載の伊集院 静氏による「ミチクサ先生」は、今日が第154回目。若き日の漱石の日々を伊集院氏は「ミチクサ」と呼んでいますが、今日まで連載を読んできて、なるほどなと思います。若き日の漱石が歩んだ「ミチクサ」については、これはやはりどうしても正岡子規との親交抜きでは語れないのは言うまでもありませんね。伊集院氏もこの二人の天才の若き日の交友に、これまで多く紙面を費やしています。ところで俳句ということであれば、日本人なら松尾芭蕉を知らぬ人はいませんね。同じく与謝蕪村も同様でしょう。時代が新しくなって明治期ということであれば、どうしても正岡子規をあげぬわけにはいきません。芭蕉といえば「古池や蛙飛び込む水の音」、蕪村なら「菜の花や月は東に日は西に」の句が名前と一緒に浮かんで来るように、子規であれば「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」ということになります。今日の「ミチクサ先生」は、この子規の名を永遠たらしめた「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」の発句の場面がみごとに描写されていました。この時すでに子規は結核菌によって体の奥深くまで蝕まれていて、おそらく子規も自分には残された時間が限られていることがわかっていたのでしょう。東京でやらねばならぬことがあると、母親や妹、そして漱石の必死の説得にも応じず、帰郷し療養していた故郷松山(漱石は松山中学の教師としてこの地に赴任していた)を発っています。その途中、神戸、大阪、奈良、京都と旅をしている子規。旅といってもこの当時は、どうしても道中歩くということになってしまう。腰の痛みのために旅を続けることが出来なくなった子規は、奈良で宿を取り数日逗留することにした。伊集院氏は、子規が発句したのはその宿の一室で所望した御所柿を口にしたときのことであると、このように描写しています。美味い、と子規が声をあげた時、釣鐘を打ったような音色が聞こえた。「どこの鐘ぞな?」「東大寺ですね」「ふぅ~ん」調べてみると、子規が故郷から奈良、京都を旅して東京へ向かったのは明治28年のこと。明治25年に日本新聞社に入社し、日清戦争の従軍記者として中国に赴いたのが前年の27年のこと。日本へ帰って来るときの船中で、激しい吐血をしたことは、おそらく子規の手記に残されていたからでしょう。「ミチクサ先生」でも書かれていましたし、「坂の上の雲」でも描写されていました。すでにこの時子規の体を蝕む結核菌は肺はおろか脊髄にまで達していて、カリエスを発症していたために、歩くことも困難になりつつあったことが想像されます。いわば、自分に残された生を見極めた時に発句したのが、かの句であったということになるのでしょう。ところで「ミチクサ先生」の連載は2月20日で終了し、新連載が始まるということです。伊集院氏が突然の病で倒れられ、執筆が困難と報じられていますから、若き日の漱石の「ミチクサ」が途中のまま終了するのは残念の極みですが、子規の最後を見送ることになる「ミチクサ先生」を見ずにすむのは、なんとなくほっとした心持ちではあります。伊集院静氏が健康を一日でも早く回復されることを心より祈念してやみません。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月16日
普段何気に食べているうどんやそばに代表される麺ですが、いったい人類はいつから麺を食べるようになったかご存知ですか?ウエブトピックスより、「めんの起源は4000年前?」中国北西部の新石器時代後期の遺跡から発掘された土器の中から、約4000年前のめんが発見されたのです。めんの起源については、中国、イタリア、アラブなどいろいろ諸説があって、はっきりしてなかったそうですが、これでようやく終止符が打たれるのじゃないでしょうか。どうも、中国に旗が上がりそうですね。それにしても、スゴイ!!イネ科の作物キビから作られているめんだそうです。しかも直径約3ミリだというのですから、今のめんと比べても少々細いですね。やはり4000年前でも、めんは細い方がいいとか、固ゆでにしてくれとか、コシが効いていないぞとか、こだわりのグルメ人がいたのに違いないと、これを読んで直感しましたね。4000年前の人もめんを食べていた!めんに携わっている者としては、なぜかしらうれしくなってくるのです。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月15日
本日2月14日の夜明け。北アルプス立山連峰のたたずまいを時系列に3枚撮りました。6時21分。白々と夜が明けて来るというのはこのことを指すのでしょうね。6時27分。突然に東の空がオレンジ色に染まりだした。太陽は北アルプスの向こう側にあって、間もなく顔をのぞかせようとしているところなのでしょう。6時35分。陽が"昇りきった"のでしょう。太陽は雲間に隠れ、毒々しいほどにオレンジ色にそまった空はもはや見られません。・・・今気づいたのですが、この場合、陽が北アルプスを"登りきった"と表現しても良さそうですね。(笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月14日
昨日撮った北アルプス立山連峰のたたずまい。スマホの記録を見ると午後1時5分とあります。今年はまったく雪の降らない異常な冬と言われますが、それはあくまで里に雪が降らないということで、ご覧のように3000メートル級の山々が連なる立山連峰はさすがに真っ白。ただ写真中央の用水路の延長線上にある剣岳にかぎり、雪が積もっていないように見えるのは不思議だとお思いになりませんか?剣岳の右側の稜線に連なる立山(台形状の山)はこんもりと雪を冠っています。同じ3000m級の標高だというのに、剣岳は青く地肌が露出しているように見えますでしょう。子どものころより見慣れた冬山のたたずまいですが、どうしてなのか不思議でした。以前地元立山町出身の冬の北アルプスにも何度も登ったことがあるという山岳ガイドの方のご講演を聞く機会があり、そのときにこのことについて質問したことがあります。すると、それはやはり立山に比べて剣岳は雪が少ないからだろうという至極当たり前な答えが返って来て、拍子抜けしたことがありました。説明によれば、同じ量の雪は降っているのだろうけれど、見てのとおり立山は頂が平坦で里から望むことが出来るこちら側の斜面もなだらかなのに比べて、剣岳の斜面は垂直といってもいいくらいの急峻である。故に降った雪が斜面から谷に滑り落ちて、里からは多く積もっているようには見えないのだと。冬の剣岳にアタックしたことは何度かあるが、一度天候に恵まれず早月尾根で雪洞を掘ってビバークしたことがある。そのときは丸1日半外に出られなかったそうで、3日目に何とか天候が回復したので、登頂を断念して下山したということです。そのときは腰どころか胸まで潜る新雪の中、ラッセルしてようやく麓まで帰って来たのだと。確かに里からは雪が少ないように見えるが、実際に行ってごらんなさい。どれだけ雪が積もっているかわかりますよと、笑っておられました。う~、ブルブルッ。とんでもありません。山は里から仰ぎ見るもの。厳冬の立山や剣岳に登ろうという人の気持ち、私には到底理解できません。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月13日
今冬の暖冬についてはもはや疑う余地もありません。雪国であるあるはずの当地北陸富山でも、立春も過ぎてからようやく申し訳なさそうに里にも降雪を見た程度。山間では少しまとまった積雪があってそのおかげで富山県で予定されていた冬季国体スキー競技開催の見通しが立ったと関係者は安堵しているようですが。あれは2年前のことでした。1月と2月に一晩1メートル級の積雪に見舞われ、ただただ空を見上げるしかなかった。当地北陸が雪国であることを久しぶりに思い知らされたのでした。北陸道と国道8号線が通行が雪で遮られ、特に福井県下では除雪が追いつかず1週間以上にもわたって8号線状に車が立ち往生し、福井県知事が優先して除雪をするために不必要な外出は避けるよう、企業にも休業を呼び掛けたのは、ちょうど一昨年の今ごろのことでした。この時はその前の12月初旬に降った雪がそのまま寝雪になり、2月の時点で1メート弱雪が残っていた。私もこの齢までこのような雪のない年は経験がありませんね。まったく異常としか思えません。世間では新型コロナウイルスによる肺炎の蔓延に歯止めがかからない、このままでは世界中に広がりパンデミックの恐れも覚悟しなければならないという関係者もいるとかで、今年は思わず何かと不安の先行する年初めとなりました。じっとおとなしく様子をうかがうしかないのでしょうか・・・。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月12日
皆さんは、忌み言葉ということをご存知でしょうか。私も、井沢元彦さんの逆説の日本史を読んではじめて知ったことですが、日本人は無意識のうちにこの忌み言葉の文化にどっぷりはまっているというのです。分かりやすい例をあげれば、歴代の天皇のことを当時の人はどのように呼んだのか?その答えは、声に発するのさえ恐れ多くて○○天皇などとは決して呼ばなかったと言うのです。呼ぶことさえ忌み嫌うべきことであったのです。後に書物などで○○天皇と著してあるのは、必ずその天皇が崩御してからのことであったと井沢さんは言っておられます。・・・ナルホド、NHK大河ドラマなどを見ると、ごくごくお側の者だけが「お上」と袖で口をふさぐように発し、それに対して、「みは~であるぞ」などと自分のことを「み」と言わせているのは、時代考証に合致したものなのかなと思います。また憤死など非業の死を余儀なくされた人物の祟りを非常に恐れたゆえに、社(やしろ)を造り神と崇め、その人物の霊を鎮めようとしたと。菅原道真を祀る北野天満宮しかり、古くは出雲大社の巨大な社殿しかり。靖国問題をヒステリックなほどに騒ぎ立てる中国と韓国の指導者は、2000年もの昔から培ってきた来た日本人固有の祟りを恐れ、汚れを忌み嫌う文化を正しく理解しているとは思えません。さて前書きが長くなりました。「蕎麦考」(永友 大 著)よりそばと忌み言葉に関連することをご紹介しましょう。かって宮中では「そば」も忌み言葉であったと言ったら、読者の皆さんはさぞかし驚かれることでしょう。その理由は、そばの実の形にあります。そばの実はエジプトのピラミッドを目一杯に小さくした形、そう三角錐の形状をしているのです。その三稜をもった三角(みかど)が帝(みかど)に通じるために、「今宵の夕餉はそば粥なぞを・・・」などと女官が言おうものなら一大事で、神社仏閣に帝の安泰を願って祈祷をしなくてはならない、ってなことにきっとなるんでしょう。では、どう呼んだか?幸いそばの葉の形が葵の葉に似ていることから、「そば」を「あおい」と呼んだというのですから、う~んと唸ったきり、言葉を失います。ひょっとすると、葵の紋(徳川幕府)を食べちゃうと言う隠れた意味もあるのかなと思ったりもするのです。さて、果たして本当に "お上" は、「みは葵粥を所望じゃ・・・」などとおっしゃたのでしょうか?一方、今のようにそばを細く切って食べるようになったのは、江戸時代の初めといいますから、江戸は将軍の街、町人は誰にはばかることなく気軽に「おぉ~ぅ!そば食っていきなっ!!」「そいつはありがてぇ~!ごちになっていくぜぃ~!!」なんて言ったんでしょうね。下々の身の上といたしましては、江戸の庶民に軍配を上げたくなるのは、仕方のないところでありましょうか。 ◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月11日
今月2月の14日は、言わずと知れたバレンタインデー。確かに商業主義にほだされていると言えるかもしれませんが、チョコレートをもらえれば私なんかは素直にうれしいです。(苦笑!しかし、世の中にはいろんな人がいるものですね。こんなトピックスを読みちょっと驚いています。そもそもこんな団体があったとは知りませんでした。ウエブトピックスより、「革命的非モテ同盟(革非同)」 バレンタインデー粉砕デモ・・・ふ~む、「革命的非モテ同盟」ですか。革命とモテナイことにどんな関連があるというのでしょう?「恋愛資本主義」という言葉も初耳なら、「街中でイチャつくのはテロ行為」というのも理解しがたい論理。やれダサいだの、やれウザいだの、あげくの果てにはクサいだの、日ごろ散々の言われようの我らオジサン族でありますが、それでもバレンタインデーに、女性からチョコレートの一粒でももらえたら、素直に喜ぶオジサンでありたいと思ったことでした。さて、そのひと粒ですが、今年はもらえるものやらもらえないものやら・・・。(爆笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月10日
日本は中国より伝わった漢字を国字として採用し、その漢字から独自に編み出したひらかなとカタカナを組み合わせて表現する、漢字かな交じり文という優れた文字体系を編み出した国です。漢字四文字からなる「四字熟語」については、普段よく目にしたり自ら用いたりしていますが、ほとんどの四字熟語は前と後の二文字ずつにわけて解釈するように作られているということ、ご存知でしたか?毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。今日の講座はいつもと違って、我われが普段用いる四字熟語の構成について書かれていました。なるほど、そういわれてみれば、四字熟語は個々に意味を持つ前後二つの熟語が合わさって一つの意味をなしていますよね。その例として阿辻先生がお示しになったのは、「四面楚歌」と「臥薪嘗胆」。「四面」が「楚歌」の状態で、回りを敵に取り囲まれ孤立していることを表し、「臥薪」したり「嘗胆」したりして敗戦の恥をすすぎ仇を討たんと決意するというわけですな。ところが何事にも例外があるもので、その例として「一衣帯水」と「五里霧中」をあげておられます。「一衣帯水」は、「一」「衣帯」「水」で意味をなしている熟語であり、「五里霧中」は、「五里」「霧」「中」の塊として意味を持つと。・・・正直に申し上げます。「五里霧中」なら承知しておりましたが、「一衣帯水」って、初めて目にする言葉です。どういう意味なのかまったく想像もつきません。文字どおり五里先まで深い霧に閉ざされて手探りの状態ですな。(苦笑!いったい四時熟語ってどのくらいあるものかと調べてみたところ、9241語あるとありました。冒頭私は、四字熟語は「普段よく目にし、自ら使うこともある」と書きましたが、9000余もある熟語の内、いったいいくつぐらいその意味を承知して「目にし、自ら使うこともある」のだろうかと、自らの薄学を深く恥じ入っています。願わくば「遊遊漢字学」で少しでも漢字の知識を深めることが出来ればと、思いを新たにしているところです。まあ、これを「困知勉行」というのでしょうかね。(苦笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月09日
人は何よりも健康が一番。健康な生活は、まず日々の食事からといいます。肉中心の欧米型の食事から、魚中心の日本食が見直されて久しいですね。とりわけ青魚に含まれる油成分が、血液をサラサラにするとかで注目されています。というわけで、私も肉よりも魚を積極的に摂るように心がけています。しかし、そうそう毎食魚ばかり食べているわけにもいきませんから、最近はサプリメントを購入して夕食の後に飲んだりしています。盛んに宣伝していますから、皆さんもよくご存じでしょ。「DHA&EPA ナントカ・・・」というヤツですよ。私の記憶が間違っていなければ、確かDHAは血液をサラサラにするばかりではなく、頭脳に良いと言いませんでしたか?・・・正直に告白します。私も「人の名前がすぐ出て来ないとか、物忘れが気になり出した中高年世代にオススメ」といったうたい文句の広告を見て、サプリメントを購入した一人です。(笑!その青魚に含まれる油成分に関する新たな研究結果が報告されたという話題。ウエブトピックスよりイワシやサバ…青魚がヒトの”恐怖記憶”を消す?DHAやEPAはオメガ3系の多価不飽和脂肪酸というのですか・・・。それが脳内に多くあれば恐怖心を消すと。さしずめオメガ3系の多価不飽和脂肪酸に怖いものなしといったところか。なるほど、この歳になって来ると何ごとも行動にためらいが出てしまいがちなのは、行動の先に待ちうける結果に恐怖心を抱いてしまうということが大きな要素の一つなのかも知れませんね。それならなおのこと、せっせとサプリメントを飲まなくては。(笑!しかし待てよ、「”恐怖記憶”を消す」って、恐怖心も記憶ということ?強烈な恐怖心ですら消してしまうのなら、人の名前なんぞすぐに忘れて当然だ。(笑!誰にだって忘れてしまいたい記憶はありますね。その一方忘れてしまっては困る記憶も多くあるはず。私の飲んでいるサプリメントが忘れたいものと、忘れてはいけないものとを峻別して効いてくれたらいいのですがね。・・・無理か!?(爆笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月08日
卵巣がんは、父親から娘に遺伝する可能性があるとの研究結果がこのほど初めて発表されたということですが・・・。ウエブトピックスより、卵巣がんリスク遺伝子、父親から受け継ぐ可能性明らかにんっ!?・・・どうしてそんなことが起こるのだ?母親から受け継ぐというのならわかるのですが、男にどうして卵巣があるんだと突っ込みたくなります。ところがよくよく記事を読んでみると、男には卵巣はなくとも、その男の母親には卵巣があるでしょっていうことでした。(笑!すなわち父方の祖母に卵巣がんを患った履歴を持つ娘は、卵巣がんに罹患するリスクが高いということでした。・・・なんだ、そういうことか。男は単にその遺伝子を母親から娘へパスするリレー走者のような役割を担うだけと思えば、安堵もできるというものです。しかし、そのような時限爆弾のようなものを知らずのうちとはいえ娘に背負わせるなんて、男とはなんとも罪深い生き物ではありませんか。私の父方、母方の祖母はともに85歳以上存命しましたが、卵巣がんということはなかった。ともに脳血管系の障害が原因で命を失っています。母方の叔母に一人卵巣がんで命を失った人がいますが、母親は今も元気にしていてその気配は見受けられません。こう考えると、私は卵巣がんのリスク遺伝子は運んでいないようにも思われるのですが、遺伝子などというものは、数えきれないほどあると言いますからね。私が受け継いだ遺伝子の中に、そのような危険な因子が含まれているということは、大いに考えられることです。私にできることといえば、時限爆弾のセットボタンが、私の代だけでなく子どもや孫の代になっても押されることがないことをただただ祈るのみです。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月07日
昨日一日中降っていた雨が夕方からみぞれ交じりになり、日が変わるころには雪になったのでしょう。今朝起きてみると、一面の雪。当地北陸富山では、今冬初めての積雪を見ました。今冬と言っても立春も過ぎてすでに三日経っていますからね。気分はすっかり春のつもりでいましたから、これはなごり雪とでも云うのでしょうか。あるいは忘れ雪とでも言うのでしょうか。春になってから申し訳なさそうに降った雪には、何とも言いようのない思いでいます。とは言え、春も弥生三月になって卒業式が各学校で行われるころや、ややもすれば4月桜の花も咲こうかという入学式のころになって、降雪を見るということも珍しくないのが当地北陸富山ですから、平野部で立春を迎えるまで降雪はおろか雪を見ないという今年の冬は、異常と言うべきなのでしょう。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月06日
アフリカ北東部でバッタが大量に発生し、各国は対応に苦慮しているという報道。産業を農業に依存している国が多い中、食料不足と相まって経済にも打撃を被ると、ソマリアでは2日、非常事態を宣言したということです。ウエブトピックスより、バッタ襲来で国家非常事態宣言 ソマリア、食糧難の恐れただでさえ食糧事情に悩んでいる地域に限って、どうしてこのような自然の猛威が発生するのだろうと思ってしまいます。ところが一方で、近い将来人類の食糧事情を救う手立ては唯一昆虫にあるということも言われていますね。ウエブトピックスより、昆虫食、アフリカで進む技術革新 味も結構いけるんです人間が食べるはずであった農作物が収穫直前にバッタに食べつくされてしまえば、味がいけるいけないなどは二の次、バッタを捕まえて食べるしかないということになるのでしょうか?昆虫は人類の食糧事情を破壊するのか救うのか?考えさせられるアフリカからの二つのトピックスです。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月05日
例年のこととはいえ、正月気分もすっかり抜けたこのごろになって新年会が集中するのは、おかしいといえばおかしい社会現象といえますね。先週金曜・土曜2日にそれぞれひとつづつ、そして今月2月節分も過ぎたというのにあと2つも残っています。おめでとうございますと言い合っては大の大人が酒を酌み交わす光景は、見方によっては滑稽とも映ります。雪国と言われる当地北陸富山でも、例年になく雪を見ない温かい日が続いた1月でしたが、そのためにコートを着ることもなく新年会の会場に足を運んだこともあったからでしょうか、それともやはり酒を飲んで夜更かししたせいでしょうか、体調が悪いです。どうも風邪をひいたようで、のどは痛いし鼻は詰まって息苦しいし、体がなんとなくだるく重く感じられます。・・・正直に申し上げます。気のせいだけでなく、現実としても決して軽くはない体重なのですが。(笑!こんなときは玉子酒でもぐっと飲んで寝るのが一番といって、また酒を飲む始末。私の経験するところ、玉子酒が効いたというためしは未だかって一度もないような気がします。・・・それでも飲む。(笑!今日の会合は早めに中座して、今度こそ玉子酒など飲まないで早く寝ようと思っています。(爆笑!◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月04日
突然ですが皆さんは、「豆苗(とうみょう)」ってご存知でしたか?ウエブトピックスより低価格で高い栄養価…「豆苗」に注目漢字だけを見ると「まめなえ」と読みそうですし、ひらかなからは「灯明」を連想してしまいそうですが、これが水耕栽培で生産される葉物の野菜だということです。言ってみれば、スプラウトの一種ということになりましょうか。エンドウマメをマメのさやが出来る前の若菜の段階で摘み取り、葉と茎を食べると、シャキシャキとした食感と、豆特有の甘みを味わえるということです。90年代ごろから日本国内で水耕栽培されるようになったということですが、私は今まで見たことも聞いたこともありませんでしたし、ましてや口にしたことなど一度もありません。この「豆苗」、厳冬で野菜の高値が続く中、安価なために一躍注目を集め、販売量が伸びているそうですが、当地ではあまり見かけません。油いためが美味しいということですから、ぜひ一度食べてみたいものです。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月03日
毎週日曜日のお楽しみ、漢字学者阿辻哲次氏の日経連載「遊遊漢字学」。本日阿辻先生が取り上げた漢字は、「爪」でした。冒頭阿辻先生は、『「爪」につめなし、「瓜」につめあり』と習ったものだと述懐なさっておられますが、私も確かにこのように習った覚えがあります。どうでしょう。最近でも学校ではこのような教え方をするのでしょうか?もしかしたら、私らが最後の世代かもしれませんね。確かに私らは「爪」につめなしとは習いましたが、「爪」は人が手を上からかざして、なにかをつかみ取ろうとするさまをかたどっていて、さらにはそこから「つかみ取る」という意味を持つようになったとは習いませんでした。その例として、阿辻先生は「争」と「為」の旧字体、「爭」と「爲」をあげておられます。なるほど「爭」と「爲」にはどちらにも上に「爪」がありますね。「爭」の下の部分の「尹」は手で杖を握っている形を表していて、それを別の「爪」が奪い去ろうとしているのが、「爭」であると。だいたい杖を握っているのは長老か権力者としたもので、その杖を奪い取ろうとするすることから、「爭」には「あらそう」という意味が生まれたと言われれば、なるほどと納得ができます。驚いたのは、「爲」。これは手で象の鼻をつかんでいる形を示していて、本来は象を使役することを意味したと阿辻先生は教えてくれています。象は従順で頭の良い動物で力持ちですから、古代黄河文明にもおおいに貢献したことが容易に想像できます。そんな象の鼻を手でつかんでいるのが「爲」で、こうして象を家畜として使役することから、「爲」は「仕事をする」という意味を表すようになったと。古代の黄河流域には、野生の象がいたというのも驚きですね。その便利で有益な動物を文明の利として使用したばかりか、そのことを漢字として文字にも残していたということに、優れた中国の古代文明とそのスケールの大きさに感心せずにはおられません。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月02日
夢を追うのは決して悪いことではないと思うのですが、30万年前に絶滅したとされるヒト科の類人猿の生き残りが、現代にいるとは考えにくいです。未確認大型類人猿「ビッグフット」、真剣に研究毛むくじゃらで2本足歩行をするビッグフットとおぼしき生き物が茂みの中に消えていくのを撮影したビデオをテレビの番組で見たことがありますが、大きい小さいを比較するものが茂みの木立しかありませんでしたし、その木立がどれほどの高さの木立なのか言及されていませんでしたし、私には縫ぐるみを着た人間のようにも見えました。ネッシーやミステリーサークルでもそうでしたが、ちょっとしたいたずら気分で作った映像や画象が思わぬ反響を呼んで、次々と工夫を凝らした2番煎じ3番煎じが出現したあげく、しまいには収拾がつかなくなってしまうということがよくありますね。北アメリカのビックフットもヒマヤラの雪男も、この手の類でしょう。厳しい自然環境のなかで生存して行くのがいかに困難なことか、雪山で遭難した登山者のことを考えてみただけで分かろうというものです。真剣に研究すればするほど、ビックフットは北アメリカの山奥深く隠れて姿をみせることはないでしょう。それなのになぜか足跡だけは数多く残していってくれる、不思議な夢のある生き物です。◆酒そば本舗トップページへ◆**貴方の共感できる生き方がきっとある**にほんブログ村
2020年02月01日
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