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5月31日(土)1975年Bossは昼から仕事をやらなかったので悪いと思ったのか、グレープフルーツranchで草刈りをやっているとき、バレンシアを2個持ってきてくれた。Bossの差し入れは久々のことであるなぁ・・・しかし、その前にグレープフルーツを2個食べていた。でも、やっぱりバレンシアの方が美味い。「日本でも、夏に美味しいミカンが作れないものだろうか・・・」今日はそんなことを考えていた。ただ、自由化になったらおしまいだけれど。それから、「子供の名前は May とか June がいいなぁ」とか思ったりもしていた。今日は草刈り以外に新植のドリップパイプのためのパイプ切りもやった。Extension Service から資料が届いて、カリフォルニア農業についての大きな分野の資料が手に入ったので嬉しい。こういうのも、大局を把握するには必要なのだ。その資料によると、Bossの経営の収益は純収益で17万~20万$という予想がだいたい当たっていたことになる。すると、Bossはこれ以上何を望んでいるのかますますわからなくなる。まあ、このFarmのオーナーはMr. Munemitsu なので、Bossは月給制なのだろうけれど・・・アメリカは農業を企業と考えているし、実際企業として成り立っているところが実にうらやましいのだ。資本さえあれば、土地や労働力は今のところ日本よりかなり恵まれている。そして気候にも・・・何となく、日本で農業をやるということに複雑なものを感じてしまう。それに、Bossの人生観もよくわからない・・・まあ、明日は仕事がまだあるのだから、今日も早めに寝ることにする。10時15分だけれど・・・
2005年05月31日
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5月30日(金)1975年月給10万円で買われている実習生はかわいそうなものだ。今月も100$残す予定だったのに、あと70ドルちょっとしか残っていない。CITRUS FIELD TOUR はとても暑かったので疲れてしまい、4時半頃帰ってきて7時半まで寝た。今日はPauma Valley を中心に見て回ったのだが、あそこは50年生くらいのグローブもあって、品質のいいオレンジの出来るとても古い産地だ。バレンシアも、ネーブルも、レモンも樹がとても大きく、最後に見たnon-pruning lemon ranch なんて、本当に木の下がトンネルになっていて、日光も下まで差し込まないのだ。そして、樹高は10m以上。Pauma Valley 全景サンディエゴ・カウンティは急傾斜にいっぱいオレンジ園やアボカド園を造っているのだと、今日のツアーで初めてわかった。これは、霜の被害を受けないためで、地形がいわゆる盆地だからなのだ。最低気温も海岸部よりは低くなる。そのかわり、夏は暑い。それもむし暑いのだ。今日、実習生ハウスの温度計は最高気温が73°Fだったけど、Pauma Valley は85°Fくらいあったんじゃないかな。帰りに、バレーセンターを通ったのだが、こっちもオレンジやアボカド、レモンなんかをかなり作っていて、標高は1200~2000フィートだそうだ。Pauma Valley は750フィートくらいだから、だいぶ高い。帰りに食べたココナツ・パイはとても美味しかった。Bossの考えでは、「金持ちが土地を買ってオレンジを作るのは、税金を払わなくするためなのね。but 我々みたいなfarmer は困るのよ。土地は高くなる・・・オレンジの値段は安くなる・・・」と、他産業からの参入をとても嫌っている。Bossの人生の目標は、「いつかはmeもお金持ちになって、とても大きな家を建てて・・・」なのだそうだ。でも、tetywestの計算によると、Bossは今でも年間約17万$(約5000万円)のReturn があることになるのだけれど・・・それで何が不満なのだろう。人生の尺度なんて金じゃ絶対に計れないものだと思うのだけれど・・・これは、ある程度親からもらったものを持っていて、日本という国に住んでいるからそう思うのだろうか?Pauma Valley には、高知県出身のカリヤさんという人が200エーカーくらいオレンジとアボカドを作っていて、かなり大規模に経営しているのだ。Bossはその人のことをしょっちゅう話題にしていた。実際に見に行くと、ranchはとてもきれいに管理してあった。そして、Pauma Valley は、水源が井戸なので、塩分を含んでいなくて、葉の色がとても美しい。また、金持ちが多いせいか、さすがカリフォルニアという感じで、どのranchもとてもきれいだ・・・・傾斜はあるけれど。それから、マネージメントは全部管理会社に依頼できるので、自分は何も知らなくてもミカンが作れるシステムになっている。Lunchを食べた所なんか、どっかの社長さんの家だそうだけど、プールまであるし・・・何しろ、ただ行って見学するだけでもとても勉強になるのだ。たとえば、オレンジというのがあんなにも大きい樹だとは思わなかったし、ミカンを栽培している地形もいろいろあるのだ。それにしても、日本へ帰ったらこんな生活は絶対したくない。もっと余裕のある・・・そう、ゆとりというのはとても大切なのだ!!・・・明日の仕事のことをあまり考えないで、のんびりできる日々が一番欲しいと痛感している。日本では、まだそれが出来そうだ。最近は「日本恋しや」という感じなのだ・・・疲れているせいもあるのだけれど・・・じゃ、今10時40分。もう寝よう。-------------------------------------------------CITRUS FIELD TOUR--NORTH SAN DIEGO COUNTYRancho del Oro Ranch-San Luis Rey ○東海岸にあるcilica sandの会社が経営している。 ○ユーレカ・レモン(マクロフィラ台木)・・・しかし、海岸部ではリスボンの方が収量が多い。 ○1967年に新植したものだが、Bossのranchのレモンより小さい。 ○ライムもたくさん栽培している。 レモン 300エーカー(64%はリスボン。36%がユーレカ) ライム 84エーカー タンジェロ バレンシア アボカド ○土壌はhevy soil ○No.4ranchは 去年10box/tree 1092本 No.8ranchは 去年8box/tree ○pest control でUCRのケアを受けている。 ○出荷先はsunkist とclavor ○赤ダニが多い。red scale もいる。 ○クロロベンジレートを散布すると有益な虫も死ぬので、row volume oil を散布。 7月~10月に赤ダニが増加するので、7月に防除する。 防除の目的は99%赤ダニを殺すことではなく、有益な虫を殺さないこと。 ○有益な虫をインポートしたこともある。しかし、その虫が他の有益な虫を殺すこともある。 カリフォルニアにはもともと有益な虫はいる。Smith Orchard-Vista ○ライム(3.5エーカー)とドリップシステム。4年生が700本。 ○very cray soil で石灰カバーの土壌。 ○イリゲーションに注意している。 ○ヴィスタ・サンデイ・ロームは柑橘栽培に適した土壌だが、ここは少し違う土壌。 ○赤ダニは去年はヘリコプターで防除した。 ○ドリップはBossのグレープフルーツranchと同じ1本のライン。 ○施肥は週に1回。100pound/week の窒素をやっている。 ○ライムは需要が少ないのか、価格が高いのか、あまり大面積ではない。 ○販売期間は周年でプールは12回。6000$の粗収入がある。Fluor Orchard-Pala ○グレープフルーツ(3年生)。12エーカーの新植をやっている最中だった。 ○石だらけで、よくもまあこんな土壌に植えたものだ。 ○井戸水で潅水するので80エーカーまでしか栽培できない。 ○井戸水には塩分がないので、ranchの木がとてもきれい。 ○レモン(1年生)はスプレイ・ヘッドを用いて潅水をしている。Roberts Orchard-Pauma Valley ○ドリップ・システムに変更するときに、モアがかけ易いように注意した。 ○グレープフルーツ(4年生)と成木のバレンシア。 バレンシアの収量は、6box/tree ○ウインド・マシンとオーチャード・ヒーターを設置してある。 ○イリゲーションはテンションメーターを基準にして決める グレープフルーツ園には12・24・36インチのテンションメーターがあった。La Questa Ranch-Pauma Valley ○バレンシアとアボカドの葉の色がとてもきれい。 ○それにしても、土地のあまっているアメリカで急傾斜に木を植えてあるものだ。 ○傾斜地の方が霜の害が少ないから。 ○Bossいわく、「どうやって収穫するの?」Campbell Development Company-Pauma Valley ○1960年に植えた、14フィート×14フィートのバレンシア。すごく密植になっている。 ○エロージョンを防ぐために草生栽培。しかし、木の周りはオイルを使って草を殺してある。 ○ここも、急な傾斜。まるで日本のミカン産地と変わらない。 ○それでも3列おきにトラクターが通れる園内道をつけてある。リッパ!!Beemer Orchard-Pauma Valley ○無剪定のレモンranch。1エーカーで2000~2200box の収量がある。 ○ここでも、スネイルが問題になっている。Bossと同じ4%の薬を散布してあった。 ○レモンの木の下はほとんど日光が当たらない。涼しくてよかったけど・・・ ○レモンの樹高は10m以上。下のほうは枯れ上がっている。 ○パッキングハウスからやってくるpickerが、この園の収穫はとても嫌う。 「はしごをかける場所がない」と言って・・・-------------------------------------------------
2005年05月30日
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5月29日(木)1975年今日が29日だということを今日一日忘れていた。I谷君にletterを書いていて気付いた。早いなぁ・・・今日は1日中パイプつなぎで、もう9割8分くらい出来た。でも、あの仕事も疲れる。ここには楽な仕事はないのだろうか?明日のschool は、Citrus Field Tour だ。先週のschool の終わりにMr. Gustafsonが、「来週は昼食を持って来なさい」と言っていたので、ranchからオレンジを取ってきて100%ジュースを作った。それから、オニギリも・・・途中でBossが明日の予定表を持って現れて、「明日は弁当が要るよ」と言いに来たのだが、tetywestたちがオニギリを作っているのを見て、「All right. 」と言って、安心したように帰っていった。しかし逆境なのだ。みんなで、「明日のLunch、may be 自分達で作ることになるだろうけど、もしかしたら・・・」なんて話していたのだが、やっぱりね。こういう態度に出られると、こっちも、「ああ、そうですか」と、かえって開き直れるというものだ。放ったらかしでもなく、かといって中西部みたいにhomelike でもなく、一番中途半端なところにいるだけに、実にすっきりしない気分だ。確かにBossは少々おかしい。tetywestたちもおかしいけど・・・当分Bossの家の中には入ってないから・・・もう、かなりになるなぁ。少し、勉強とかそんなのが落ち着いたら、1ヶ月くらい毎日毎日Bossの家に行ってやるのも面白いんじゃないかな。何をするでもなく、ただ1時間くらいいて、帰ってしまうのだ。カンサスのK君からletter。アボカドの新植は、600本か650本植えるのだそうだ。-------------------------------------------------CITRUS FIELD TOUR--NORTH SAN DIEGO COUNTYTour Director: Don Gustafson, Farm AdvisorFriday, May 30, 19758:30 a.m. Rancho del Oro Ranch-San Luis Rey (Hwy. 76 approxmately 2 miles east of San Luis Rey Mission) Tom Jones, Manager, Joe Diamond, Farm Manager. Integrated Pest Management Project-Don Gustafson Chemical Control Phase-Dr. Lee Jepson Biological Control Phase-Dr. Jim Murtry9:45 a.m. Smith Orchard-Vista (Ormsby Street, East of East Vista Way), G. Smith, Owner Lime Production Practices, Drip Irrigation11:00 a.m. Fluor Orchard-Pala (Magee Road, North of Hwy. 76) Sy Fluir, Owner New Plantings of Grapefruit and Lemons,(Varieties and Rootstocks) Drip Irrigation11:45 a.m. Roberts Orchard-Pauma Valley (On Hwy. 76, South side of Pauma Creek) Jim Roberts, Owner Grapefruit Plantings, 1 year to 4 year old trees Drip Irrigation12:30 p.m. La Questa Ranch-Pauma Valley (South of Cole Grade Road bihind the Golf Course) Bill Johnston, Consultant Grapefruit Production Practices Hillside Plantings Drip Irrigation on Young Trees and Conversion of Mature Valencia Orchard LUNCH- we have been invited to have lunch at the La Questa Ranch. Bring your own picnic lunch, including beverage. There are no cafes nearby.2:15 p.m. Campbell Development Company-Pauma Valley (North of Cole Grade Road) John Hankey, Consultant, Alva Fruits, Manager Hillside Ctrus Culture (Cranges, grapefruit, mandarin) Irrigation Methods3:15 p.m. Beemer Orchard-Pauma Valley (East of Hwy. 76 near Nate Harrison Grade Road) Millard Beemer, Owner Lemon Production Methods Non-pruning of Lemons Lemon, Orange and Grapefruit Varieties and Rootstocks Biological Control of Insect Pests4:00 p.m. ADJURN TOURSee you there,C. D. GustafsonFarm Advisor-------------------------------------------------
2005年05月29日
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5月28日(水)1975年考えてみれば、ここへ来てから知らぬ間にもう3ヶ月が過ぎていたのか・・・今日やっと、「Citrus Growing in Home Orchards 」の訳が終わった。感激しておるのだ。満足感に浸っておるのだ。A4ノートで29ページ・・・本当にやっと終わったのだ。勉強の面でもひと区切りがついたので、やはりこれは実習生活に意義をもたらしたことのように思えてならない。本日はパイプをくっつける作業で、本格的に新植7エーカーの仕事が始まった。昨夜考えたこと・・・●コイン・ウォッシュはさすがにU.S.Aなのだ。●奥さんがダンナと子供と3人で来て、一週間分の洗濯をやってしまう。そんなfamily もいた。●そうやってU.S.A.の主婦は、日本の主婦が一生悩まされることからとっくに解放されている。●あー、やっぱり進んでいるんだなあ・・・こういうことも、日本へ帰ってからの生活で考えなくてはいけない。そんなわけで、今夜の夕食は例のスタイル。そして明日のメニューの牛丼の準備もやったので、明日は楽なのだ。M井君からletterがあり、日本では今、布施明の「シクラメンのかほり」がナンバー1になっているそうだ。そんなことも書いてくれていた。やはり、友達とはいいものだ。こうして、アメリカまでletterをくれるのだから・・・土産買わなくちゃ!!
2005年05月28日
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5月27日(火)1975年今、F島君が来ていて帰ったところ。M森君がBossに、「Next Sunday にF島君と外出したいから休みが欲しい」と申し出て、一度はOKをもらったのに、3時間後には、「ダメになった」とがっくりして報告に来た。今日の仕事はつっかえ棒をはずしてshedへしまうのと、スプリンクラー・チェックと、新しくアボカドを植える場所への杭打ち。杭打ちは楽だった。仕事が終わったとき、ウインチェスターのT橋君がヨウコさんと一緒に来ていた。彼女は「ヨウコ」という名前のイメージとは全く違っていて、顔の面積が広い人だった。それに、白いパンタロンをはいていたのだが、その生地が薄くて水色の模様の入ったパンティーが透けて見えている。色気があるというのとはちょっと違っていて、どちらかというとイヤらしい感じだった。でも、とても親切な人で、買い物も今日はT橋君のギャラクシーで出かけた。Bossに気を遣わなくていいので、コインランドリーを捜してクリーニングもした。Food Basket と395号線を挟んで反対側のK-マートのそばにあった。シーツと枕カバーがふかふかで、とてもいい気分で眠れそうだ。本当に、きれいなベッドはいいもんだ。T橋君とヨウコさんが帰るときに、お礼にオレンジをあげた。3袋もあげたから、Bossが見たらわかるかな、ピックした跡が・・・でも、Never mind なのだ。♪Bossのものはtetywestたちのもの♪I田君からletterがあった。来週からアボカドの新植が始まる。また当分苦しい日々が続くのだろう。もう11時半だ。3人でさんざんBossの悪口を話したので、とてもいい気晴らしが出来たし、訪問者が多いということは、ここでは画期的なことなのだ。買い物に行ったとき、のんびりとK-マートをぶらつけたことが嬉しいのだからどうしようもないのだ。ペンダントも素敵なのがあったし・・・絶対買って帰ろう。まあ、当分先の話だな・・・
2005年05月27日
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5月26日(月)1975年Memorial Day はアメリカ市民の祝日と決まっているのだが、tetywestたちはアメリカ人ではないから関係ないらしい。そうかと言って、日本の祝日も関係ない。一体、我々実習生とは何なのだ?Bossは昼から休みであり、スティーブなどは朝からミセスとどっかへ出かけている。そして、今日はインディ500マイルがあって、tetywestは前々から観たいと言っていたのに全く無視されてしまった。最近のBossの態度はかなり頭に来ている。インディ500は事故が1つあって、ボビー・アンサーが優勝したらしい。ニュースによると・・・実習生というのは、このような時じつに困ったものだ。こっちから、「仕事を休みたい」とは言えないから、Bossが言い出すのを待たねばならんし、Bossが言わなかったらそれでおしまい。欲求不満だけが残る。tetywestとA山君のBirthdayのことにしても、あれだけしつこく訊いておきながら何のお誘いもなかった。ミセスのBirthday(23日)には、とっとと2人でどっかへ出かけてしまうし・・・そのくせ都合のいいときだけ留守番をしてくれとか言う。まったくシャクにさわるのだ!!これからはBossに何も期待してはいけない。結局Bossはtetywestたちを労働者としてしか見てはいないのだから・・・こうなれば、Bossの反感を買うことになっても外へ出てやる。こんな状態ではBossに対する不信感だけがつのるばかりなのだ。何かでBossを裏切り返さなければ!!・・・そう思って最近は仕事もサボり気味にやっている・・・ささやかな抵抗ではあるが。マルクスの言うように、所詮、支配者階級は労働の搾取を目的としており、労働者と対立するのが当たり前なのだ!!
2005年05月26日
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5月25日(日)1975年午後、ミセスとスティーブとtetywestたち3人とで、「God Father part2」を観に行った。Escondidoのモールにある映画館へ到着すると、結構たくさんの人が列をつくって並んでいた。こっちの映画館は上映時間が来るまで入場させない仕組みになっているようだ。Englishのヒアリングがどれくらい上達したかを確かめたかったのだが、わかったのは約30%・・・それと、イタリア語で話しているとき下に出るEnglishの字幕。こっちはほぼ全部わかる。映画が終わって、タコスともう1つ何か(※あとでブリトーだと判明)を買って帰り、それが夕食。1個40¢くらいで、タコスは結構美味かった。映画に行く前はBossの子供たちとbaseballをやった。その前は昼まで寝ていた。「God Father part2」を観て、その時何を考えていたのかもう忘れている。最近もの忘れがとてもひどくなっている。●外国で外国語で生活することの難しさ●イタリア人の移民が船に乗って、ニューヨークの自由の女神の前を通り過ぎていくシーン●そして、期待と不安が入り混じった顔、顔、顔・・・●確かにBossの両親なんかも、ここへ来たときはそうだったに違いない●そして、アメリカで生活しているのにEnglishもわからず、普段の会話は全部イタリア語●集団でイタリア人街を形成して、その中で生活する。1900年頃の話●アメリカは現在大きな国ではあるが、その中身はこのような、そして日系人のような、すべての外国人の集合体なのだ●問題はそれだけでも山のように大きい●しかし、それを全部あるていど吸収してしまう何かがアメリカにはあった●そう、この莫大な土地、開発の余地がいくらでもある土地だ●それは、フロンティアと呼ばれている。アメリカの歴史は開拓の歴史なのだ●しかし、フロンティアがなくなったとき、アメリカはもはや世界の大国ではなくなるのではないだろうか?●アメリカ自身が、その問題を今まで考えなさ過ぎたのではないか?●ベトナムでは、アメリカが初めて戦争に負けたし・・・●何とかなっているうちに根本的に改善しないと、取り返しがつかなくなるのではないだろうか・・・-------------------------------------------------小包が着きました(5/23)。まさか航空便で来るとは思わなかったのでびっくりしております。少々壊れていたけど、ボンドでくっつけたら直ります。毎日雨が降らないので、仕事のローテーションが決まってきたのはいいけれど、やはり疲れるので、日曜日は昼まで寝ております。今日は今から「ゴッド・ファーザー パート2」を観にいきます。74年のアカデミー賞をとった映画です。日本へも来たら、観に行ったら?それじゃ。P.S. もう2×才になってしまったぞ。 5/25Each spring a circular bed of pansies welcomes the many visitors to the Plaza at Rancho California, Temecula, Calif. (春が来るたびに、パンジーの円形の花壇が多くの訪問客を歓迎します。 Rancho California, Temecula, Calif. ・・・の絵葉書)-------------------------------------------------
2005年05月25日
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5月24日(土)1975年A山君のBirthdayだったし、Saturdayでもあることだし、Bossの家からお呼びがあるかと思ったら全然ないので、少々ガッカリ。でも、Birthday song もpresent したし、ケーキにろうそくを立てて、カリフォルニア・ワイン。みんなでBirthday song を歌ってお祝いした。そして、夕食はポークステーキと、レタスとegg とソーセージとタマネギとピーマンとニンジンの焼いたのと、キウリとミルクとパンで豪華に食べて、記念写真も撮った。そのあと、Fredのところへ行って、「今日はA山君のBirthdayだから、祝ってやって欲しい」と言うと、とても親切にしてくれた。シャーリーが歌を歌ってくれたし、みんな一緒に歌ってとてもHappyだった。Fredはあの土地を売るつもりだけど、もう少しいい値段になるまで待っているのだそうだ。それに、「いつかJAPANにも行きたい」と言って、「JAPANでは、まずゲイシャ・ガールに行くんだ。だから、シャーリーは一緒に来ちゃいけない。そこにいなさい」そしたら、シャーリーは、「いいわよ。それじゃ、私は『女サウナ』へ行くから」みたいな夫婦喧嘩をしてたけど、とうとうFredの方が負けたみたい。それにしても、Bossは気分が悪い。実習生を何だと思っているのだろう!!仕事中に、ちょうどスネイルの薬を撒いている頃に来て、かなり向こうの方に止まってチェックするし・・・あ、そうそう、今夜は月食だった。ラジオでそんなことをチラッと聞いたのだが、本当にそうだった。tetywestのヒアリングもたいしたもんだ。やっとネーブルのスネイルが終わった。続いてバレンシアもやるのだろうか?それにしても、とてもいい土曜日の夜だった。I am very happy. 明日はゆっくり眠れるし、そしてletterでも書くことにしよう。
2005年05月24日
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5月23日(金)1975年今8時だけど、とても疲れているのでもうベッドの中。新植のパイプの穴を均すのと、パイプを埋める仕事だったので、腕が疲れて腰が疲れて実にひどい状態なのだ。今、F島氏がやってきた。ラスベガスとグランドキャニオンへ行ってきたと言っている。school はirrigationのことについてで、スライドとmovieを使った授業だったのでわかりやすかった。本格的に自分のことについて考えられる時間とは、こんなときくらいだろう。仕事中は、ただ喉が渇いて、疲れて、暑くて、そんなことしか考えられないのだ。自分のことについてなんて、とても考えられない。昨日の夜はなかなか寝付かれずに、いろいろなことを考えていた。「青春」というのはただひたすら純粋に生きることだろう。そして、その中で愛した人との関係はどうなんだろう?もし、その人と結婚できたら、それは「青春」を勝ち抜いたことになるのだろうか?そうなれば本当に素晴らしいと夢見ることは、やっぱりロマンチストなんだろうか?そして、「愛すること」とは相手を知りたいと思い、知ろうとすること。二人に共通の考え方や価値観や経験を共有すること。しかし、M子のことは何となくムリな気がしている。日本へ帰ったら、「結婚しないか」と言ってみて、「いやだ」と言われたら他の人を探そうかな・・・でも、それもむなしいんじゃないかな・・・困ったことだ。Y沢君からletter。彼もミカン園に永久就職なのだ。T藤君も、I崎君もみんな。友達はとてもいいものだ・・・本当に。今日は疲れている。-------------------------------------------------Citrus school Citrus Irrigation◎Water movement in soils soilとsoilの間にsandの層があると、水はsandの上をずっと広がっていく。 やがて、かなり広がった後に、やっと下のsoilの層へ落ちる。 だから、この種の土壌はとてもよい soilとsoilの間にclayの層があると、水はclayまで達すると、どんどんclayにしみ込んでいく。 しかし、どれだけ広がっても下のsoilの層へは落ちない。drynageが少ない。 soil aggregates があると、水はそれを伝って広がる。 地表近くにsandの層が斜めにあると、水はあっという間にsand層を伝って深くまで達する。 地中にsand層が斜めにあっても、水はそこまで到達しない。 地中に乾いたsand層と湿ったsand層がある場合、湿った方がしみ込みが早いし、深く多量にしみ込む。 sandy loam > loam >clay loam の順で水が早く広くしみ込む。 土壌中にある養分は水平方向か下向きに移動する。従って、畝の高さは低い方が養分がよく行き届く。 土壌中にorganic materialがあると、水はそれを伝ってしみ込む。 vertical mulcingでは、表面近くにあればとても早く水が土壌にしみ込むが、深いところにあると効果がない。ここまではmovie。◎キウイは、オーバーヘッド・スプリンクラーで潅水すると塩やけを起す。◎ミカンは幸いにもそれほどでもない。◎コロラド・リバーの水にはCa、Naが含まれている。◎イリゲーションは、土壌にタイプによって非常に変わるものだ。◎ゴッファーの穴は水の流れが変わるという問題もある。(ゴッファーは根を食べる)休憩◎粘土質土壌におけるドリップイリゲーションの4つの問題 1. Humidity 40~50% 2. Temperature 9月から11月が大切なとき 3. Heat 11月、12月にもへんな風がふくこともある。 4. Sun light ドライ・スケールでevaporationの程度を調べるのもいい方法。◎ドリップ・イリゲーションのスライド パウマ・バレイのミカン園 木と木の間にスプリンクラーを設置して1本のスプリンクラーで2本の木に潅水 スプリンクラーはhaif galon/minくらいの水量 スプリンクラーからホースが出て,moveできるタイプもある。 一方向へだけ潅水するスプレイ・ヘッドというのもある。 水をやりすぎて黄色くなって枯れたレモン園 hevey clay soil で起こる◎clay loam soil における水のしみ込む時間(幅30インチで) 8インチ 48時間 3.5 24時間 3 8時間 2 4時間 1 1時間◎土壌中の根の分布 0~1インチ 37% 3インチまで潅水すればよい 1~2 30 2~3 15 3~4 11 4~5 4 5~6 3◎土壌の種類と必要な潅水量 sandy loam 3/4エーカーinch loam 1・1/2 clay 2◎ドリップイリゲーション グレープフルーツranchのと同じもの フィルターに砂が詰まることが問題 clayが貼りつくことも問題 タイムスイッチ・ユニット 肥料混合器 テンションメーター(12インチ・24インチ) プレッシャー・ゲージ サンドフィルター(free flow) 青い丸いタンク(アボカドranchのと同じ。1つは肥料用) ドリップイリゲーションは、地上部は小さな面積だが、地下部は広く広がっている。 Bossの家の近くのバレンシアと同じドリップ。すごくゆっくりで、clay用。 Bossのタンジェロranchのドリップの写真が出た!! ゴッファーにかじられて、破れたドリップチューブ。 ドリップシステムでは、樹冠の周囲くらいの距離に塩分が蓄積する。-------------------------------------------------
2005年05月23日
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5月22日(木)1975年今日の昼はいいことが2つあったので気分をよくしている。1つは、日本から航空便でカブトとか、ちょうさとか、マリとかを送ってきたこと。4,700円分もの切手が貼ってあった。Airで送ってくるとは思っていなかったので、ちょっと信じられなかった。もう1つは、M子からletterが来たこと。まさかと思ったけど本当なのだ。-------------------------------------------------Happy birthday to you!2×回目のお誕生日おめでとうあなたのお誕生日をM子は一人で 日本でお祝いします。バースディ・ケーキはないけれど、ろうそくは立てました。一息で消してネプレゼントは・・・このレターでガマンしてネいつまでも私にとっては大切なあなただから元気でいてネ!!-------------------------------------------------もう、感激のあまり何度読み返したことだろう。こんなことの出来る彼女はやっぱり素晴らしいのだ。本当に・・・だから、2×回目のBirthdayは最高なのだ。彼女は今ごろ何をしているのだろう。切れていた糸がまたつながったような・・・こんなに遠く離れているのにそう思うのは変だけれど・・・I谷君からもハガキ。東海村から(M子のletterにも書いてあった)だった。今年はきっといいことがあるだろう。今夜は昔作った懐かしい歌を歌ったりした。
2005年05月22日
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5月21日(水)1975年10時半なのに、眠いこと眠いこと・・・もうダメだ。やっぱり今日はスネイルでずっと引っ張っていたからこんなに疲れたのだ。押す方が楽だ。夕食はビーフシチューとサラダ。昼に仕込んだビーフシチューが、仕事が終わって帰ったときにはもう少しで水がなくなるところだった。・・・あと5分遅かったら悲惨なことになっていた。今日は久々に勉強をやろうと、M森君が訳したのをノートに写した。もうすぐプロジェクトの締め切りなので、何をやろうか・・・fertilizationかな。ここのranchで今後の主な仕事は、バレンシアのドリップへのchangeと、アボカド(Hass)の新植と、バレンシアのpruningと、それにweed oil だ。それだけやれば8月までかかるだろうし、実習生活も半分過ぎているわけだ。今度のMemorial Day はDay Off になるのだろうか?今日仕事中にずっと考えていたこと。我が家を改造するなら事務室とテレビの部屋と茶の間をつなげて、アメリカ式のダイニングキッチンにして、玄関と通じるようにして、2階をベッドルームとリビングと押入れの部屋と、そして「書斎」にしたい。あれを物置のまま放って置くのはもったいない話なのだ。そしてトイレと水まわりを2階にも設置すればとても住みやすくなるはず。具体的なことは帰ってから考えよう・・・・もう眠いから今日もネル!!
2005年05月21日
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5月20日(火)1975年朝起きたら、何と雨ではないか!この5月に雨なんて、こっちの空も狂ってきた。冷たいのに、腕をびっしょり濡らしてスネイルのためにpruningをやったのだが、あまりの冷たさと寒さに11時で仕事を切り上げた。昼食を食べて、12時からまた仕事で葉っぱの掻き出し。今日はドリップのところをやった。朝、シボレーのピックアップのラジエーター・ファンが壊れて、オーバーヒートしながらshedまでたどり着いたのだが、昼にはもうBossが修理してあった。夕食はポークとタマネギとピーマンをオーブンに。ポテトとベジタブルを添えて、45分で出来上がり。あと、昨日の残りのケーキを食べた。洗濯をした。夜が長い。まだ10時10分だ。そして、別に勉強をしたわけでもないので、何となく時間が過ぎてしまった。もったいない・・・新聞に、サンディエゴのヌーディスト・コーストのことが書いてある。今は900ヤードなのだが、好評なのであと350ヤード伸ばすとか・・・佐藤元首相が倒れたとか・・・そんなところだ。今日は雨が降っていたけど、日曜日に休みたいから10時間仕事をやった。仕事中はずっとM子のことを考えていたが、何しろあまりに離れすぎていてピンと来ない。夜空を眺めて、「彼女もきっと同じ星を見ているだろう」と思うのは勝手だが、時差があるので現実にはありえないのだ。アメリカへやって来ればいいのにと思ったが、これもまあ無理だ。そんなわけで、今のところアメリカにいるんじゃ結婚相手なんて見つかりそうにないのだ。ア―― バカらしい。それでは、本日も寝ることにしよう。
2005年05月20日
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5月19日(月)1975年♪私の誕生日に2×本のロウソクを立て・・・♪ケーキを食べて、カリフォルニア・ワインのロゼを飲んで、Happy birthday なのだ。M森君とA山君がBirthday card に添えてフィルムをpresentしてくれた。-------------------------------------------------2×才の誕生日おめでとう少しは2×才の貫禄を出して、これから頑張ってくれごらんの環境で気のきいたものはやれないが、いい思い出を残すようにと思ってこれをおくることにする。(尚、当局は後の現像代などはいっさい面倒を見ないからあしからず)また、形に残る物ではなしに、もっと貴重な思い出というものを残すよう、共にがんばろう野郎にこのようなものをやることは、おれの趣味でないが、今回は特別だ! 5/19 M森・A山-------------------------------------------------もう、2×歳になったとは、とても信じられない。午後9時から「The Great Escape 」のPart2を見て、今はベッドの中。ラモナのF島氏が来て、「今からラスベガスへ行く」と言って出て行った。最近、ヌーディスト・ビーチへも行ったのだそうだ。今日のマーケットの買い物は88$99¢で、おそらく今後も最高だろうというもっぱらの噂なのだ。1週間に2万7千円だからね。Bossが、「マーケットの中に、何もなくなったんじゃない?」と冗談を言っていた。でも、みんなが祝ってくれて本当にhappy な夜だった。こんなBirthdayはもちろん初めてだし・・・しかし、アメリカのケーキは甘すぎるのだ。3人で食べても半分以上残ってしまった。そして、夕食は例のオーブンに入れるだけのTV・ディナーで、1食89¢。今日は一日中春雨が降って、変な天気だった。仕事はスネイルで、Bossもほんの少しだけ一緒にやった。イリゲーション・チェックでびしょびしょになって、19日の記念に写真を撮った。何しろもう2×歳になったので、2×歳というのは2×-1歳とは全然違っているのに、本人はまだ2×-3~2×-2のつもりなのだから、こりゃダメだ・・・それじゃ2×歳第1日目の夜をGood night。
2005年05月19日
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5月18日(日)1975年午後1時半起床。久しぶりにゆっくりしたSundayだった。実習生ハウスの前の庭の除草をして、部屋の掃除もして、仕事着の洗濯をして、ゴミを捨てに行って、手紙を書いて、たくさん書いて・・・もう日記も書きたくないくらい書いて、我が家へは写真も3枚同封したので26¢切手を2枚も貼って、もったいないことをしたもんだ。さて、あとはウォーリーとbaseball をしたりして、もう「警部マクロード」を見て、寝るだけで本日も終わるか・・・・昼過ぎにリバーサイドのF浪君が果樹班のノートを持ってやってきた。ブラジリアンのY住君とティワナへ行ってくるのだそうだ。彼もヒゲをのばして、カンカン帽子をかぶって、ひどいもんだ。でも、面白いというか滑稽な格好なのだ。ノートによると、フレズノのJ野君のところじゃ、2人があまりうまくいってないようだけど、まあ、そうかも知れないなあ・・・それでも、みんなあまり疑問も感じず一生懸命働いているのだ。かく言うtetywestも・・・まあ、最近は日記に書くことが少なくなった。これではいかんのだろうけれど・・・そんなわけで、夕食はカレーを食べて、何となくもう何もやる気がしない。鉄棒で蹴上がりをやってみたら、それは出来たけど前転が出来なかった。Bossの家には鉄棒もある。これくらいは我が家にあってもいいと思う。バスケットはどうでもいいけれど・・・こっちの子供たちは、近所が遠いので兄弟だけで遊ばなくちゃならないから大変なのだ。日本じゃとても考えられないけど・・・まあそんなところかな。気が向いたら廻しノートでも書くことにしよう。-------------------------------------------------日本からの小包が着くのを楽しみに待っています。今日は久しぶりの日曜日らしい日曜日で、昼まで寝ていました。写真もどれを送ろうかと迷ったけど、結局仕事中のを3枚送ります。(大切に保存してなくさないように!!)1枚はバレンシアの木に支えをしているところ。この棒には針金のフックがついていて、それで高さを調節して木につっかえるわけ。2枚目は「かな」を使って新植の除草をやているときの。全部で40エーカー(16町)くらいで、ここに写っているのは4分の1もないくらい。レモンとアボカド。今はウィード・オイルをやったので、この草がきれいに枯れている。3枚目はそのウィード・オイルをやっているところ。ここも30エーカーくらいあって、グレープフルーツとアボカド。手前がアボカドで、むこうの方はグレープフルーツ。木の周りだけ四角く草を殺すのです。1枚目のバレンシアは40エーカーで、木と木の間にスプリンクラーがちょっと写っている。tetywestの後ろに、低いところ・・・今の仕事はこのチェックとデンデンムシの防除。それはそれはたくさんのデンデンムシがいるのです。だから、ネーブルの木の下をきれいに掃除して(これが疲れる。なにしろ腰が痛い)、薬をまくとデンデンムシが山のように死んでいる。まだその写真は写していないので、近々・・・しかし、きたない格好でしょう?メキシカンよりひどいのではないかと・・・でも元気でやってますから安心してください。もう写真も120枚くらい写して、何といっても写真代だけで月20~30$飛んでいくのですが、お金を使うのは今のところそれだけです。まあそんなわけで今週も終わって、はや2ヵ月半もとっくに過ぎて、あと1週間で3ヶ月です。早いですね。夜は11時に寝てますが、みかんの学校へ行っているので資料を訳すのに必死です。が、まだ1冊も終わっていません。でも8月までにはなんとかするつもりですが・・・妹から手紙が来ました。あと実習生同士でノートを回しているのですが、みんな元気でやっているようです。これからの仕事は、潅水のチェックと7エーカーのアボカドの新植と、バレンシア園をスプリンクラーからドリップシステムに変えるのと、ウィード・オイルとで8月いっぱいまで忙しい日々が続きそうです。あ、この前の母の日にボスの奥さんの亜母さんとお父さんの家へ行って、とても盛大にごちそうになりまして、おかげで3日くらい腹の調子が悪くて困りました。今はもういいですが、それはロサンゼルスの近くにあります。もう書くことがなくなったのでやめます。手が疲れて字がきたないですが許しておくれ! 5月18日-------------------------------------------------
2005年05月18日
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5月17日(土)1975年「The Great Escape 」をTVでやっていて、Part1だけ見た。何回も見てるだけあって、Englishのほうもまあまあわかる。Part2は月曜日にある。アメリカじゃ、NBCだけでも週に4日くらい映画をやっているし、何といっても1週間待たなくていいのがgoodなのだ。日本もそのうちにこうなるんじゃないかな。それにしても、snail を一日中やると本当に疲れる。Bossの家族は結婚式とやらに出かけて、まだ帰っていない。代わりにMr. Munemitsuが仕事の監督に来ていた。Mr. Munemitsuに訊いたところ、Bossは6人兄弟で、姉2人、Boss、弟、妹2人。本日は姉の子供の結婚式だそうだ。「The Great Escape 」が済んで、「Miss U.S.A. beauty pageant」があって、Miss California がMiss U.S.A. になった。個人的には、すごく個性的な顔をしていて好きではないのだが・・・どちらかというとMiss Frolida の方が好みのタイプだ。それにしても、Miss となる人はさすがにプロポーション抜群なのだ。そんなわけで、今週も終わった。夕食はビーフステーキ・・・3週間前のが冷凍庫に残っていたのだが、美味かった。とにかく疲れたので、明日は誰が訪ねて来てもどこへも行かないつもりだ。のんびりとしたSundayがあってもいいじゃないか・・・そして、明後日は2×回目のBirthday。ミセスが23日、A山君が24日で来週は3人もBirthdayとは、実に面白い。土曜日の夜というのはとてもいいものだ。
2005年05月17日
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5月16日(金)1975年疲れたけれど、声もそんなによく出ないけれど、北山修を聴きながらこの日記を書いている。1時間くらい静かな歌を歌って、今「花嫁」のメロディ。schoolでは、昔Bossの先生だったJhon Carpenter氏が、柑橘の病気のことについて話をした。とてもフランクな人で、Bossに言われて講義が終わったとき病気の木の見本などの陳列物をバンまで運んであげたら、「Thank you」と握手をしてくれた。いい記念なのだ。普及所のMr. Don Gustafsonも、もう顔なじみなので帰るときに手を挙げて挨拶したら、「See you later, fellows! 」だって。schoolも、英語は解らないけどいろんな人に会えるのが面白い。何というか・・・疲れているけど、静に何もしゃべらずにいるのがちょうど似合っている夜。そういえばBossが、「アメリカでは、誰でも勝手に接木が出来ないのね」と教えてくれた。ナーセリーは州の免許を取らないと出来ないし、苗木をつくるためには母樹から接いだ次の世代の芽しか使えないのだそうだ。どうしてかというと、芽状突然変異の確率を下げるためと、病気が出たとき州が出所をすぐに追えるようにするため。それにfarmer側にも、出来るだけ自分の園の樹は同じようなものにそろえたいというneedsがあるからだそうだ。今日も曇っていてそんなに暑くなかった。それでもsnail は疲れる。今週はずっと疲れていたのだ。そして、こういう風に何もしない時間もたまにはいいものだ。1人で仕事をしていると、その時は人生とか、農業とか、恋愛なんかについていろいろ考えているのだけれど、今は忘れている。明日Bossは誰かの結婚式で、いないと言っていた。フォークルはいいなぁ・・・school も残すところ4回。公然と仕事を休めるのももう少しなんだ。その後は、運転免許でも取ろうかな・・・コーラが飲みたくなって、今、A山君が冷蔵庫から取り出して2人分作ってくれている。-------------------------------------------------Citrus school スタボーン・ディジーズ 葉が小さい(たまに黄色になる)Gummosisマクロフィラはレモンにはとてもよい台木だが、台芽が出ることがある。Spot fumigationexocortis virus・・・葉が小さく巻いている。ブリーチ15%液で剪定器具を消毒するとよいstuborn virus・・・・同様の症状、または葉が黄色くなる台木について クイック・デクライン・・・枝の枯れこみ・・・トロイヤー台木で起こる ヴェンチュラ・カウンティで問題になった トリステザの症状・・・・枝のピッティング新しい台木 Swingle トロイヤーに似ている。-------------------------------------------------
2005年05月16日
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5月15日(木)1975年書くのを忘れていたけど、今週からirrigation開始。いよいよ夏だ!!今日は久しぶりに1日中曇っていて、スプリンクラーのチェックやイリゲーションのチェックなんかをやった。バレンシアの収穫が始まって、パッキングハウスからメキシカンが収穫に来ているのだが、彼らはバレンシアranchの中にテントを張って生活をしている。バレンシアの木の下に収穫boxを並べて、その上に汚い布団(まるでクラブの合宿所の布団みたいな・・・)を敷いて寝ている。テントの外でたき火をして食事の準備をしている。パンツなんかも木の間に干してあるのだ。Bossが、「あれらはつっかえ棒をたき火にするから、しまうのね」というので、その作業もやった。あとは、やっぱりスネイル。今日、我が家からletterが着いて、小包を送ったそうだ。それに、アメリカの柑橘産業についての批判も書いてあった。確かに200エーカー作っていかなければ生活できないようなシステムというのは人間性を無視している。ただ、アメリカではそれが当然なのかもしれない。一度Bossに、何のために金を儲けるのか、どうしてそんなに働くのかということを訊いてみたい。今日も、昨日に続き勉強をよくやったので充実している。Englishなんて何のそので、全部スラスラと日本語になる。気分がいいよ。今のところこんな生活にも愛着を感じている。夜の間は自分のやりたいことをやっていて、Bossに気をつかうこともないのだから・・・それに、オーブンを使うと食事の準備が非常に楽なことがわかった。今日なんか、鶏肉の焼いたのとピザの小さいのとポテトサラダとピーマンの焼いたのと、レタスと、それにスープで、結構豪華な夕食だったけど、支度はとても楽だったもの・・・だからアメリカ人は合理的だ。これからも、こんな料理を考えたいものだ。
2005年05月15日
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5月14日(水)1975年weed oil の散布をほぼ1日やった。最初はスネイルの薬まきだったのだが、Bossに、「昨日は、やり過ぎね」と言われただけあって、たくさんのスネイルが木の下で死んでいた。Kim氏にletterを書いた。何と3枚も・・・これは一つの事件だ。さて、本日の夕食はタコスに挑戦したけど、うまく出来ずに形くずれしてしまった。だから、あまりきれいじゃなかったけど、とにかく食べた。スープもつくって、美味かった。昨日のピザの代金はBossのおごりだった。「いつもは出来ないけど、今回はいいよ」だって。8月頃に一度バーベキュー・パーティを開こうということも・・・・楽しみだ。今日はweed oil の仕事中にBossが一回も来なかった。A山君は1回会ったそうだけど・・・今は、weed oil にシマジンを入れている。シマジンは5ポンド17$で、これを2回のタンクに使っている。どのくらいのコストになるのかな・・・1タンクは200ガロンと・・・これは夕方Mr. Munemitsuから聞いたことだけど。最近はEnglishに物怖じしなくなって、書いてある方ならスラスラっと頭に入っていく感じは素晴らしいことだ。会話の方はまだ今一歩という感じであるけれども・・・コーラはとても美味しい。そして、夜のこのひと時はやはり素晴らしいものだ。1日が長い労働だけに余計にうれしく感じられるのだろう。
2005年05月14日
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5月13日(火)1975年昨日の夜は10時に就寝という驚異的なことをやったのだが、朝5時に腹が痛くて目が覚めた。トイレへ行っても出ない。正露丸を飲んだら少し痛みもおさまって、また寝て起きたら6時半だった。スネイルの薬を木の下に散布する仕事。バケツに薬を入れて、木の幹から半径1mくらいのところにばら撒いていく。中腰で木の間をくぐり抜けるので、2人とも、「今日は疲れた」と言っている。でもtetywestは昨日じゅうぶん寝たからか、確かに疲れたけれどあの程度ならもう慣れっこになっている。それより腹の調子が良くなったので気分はGoodなのだ。殺スネイル(?)剤・・・ペレット状の薬木の下に円形に薬を撒くしかし、カタツムリの防除にここまで手間をかけるのは、どう考えてもアメリカ的ではない。なぜ葉っぱを掻き出すのかとBossに訊いたら、「イリゲーションで葉っぱに水が溜まるのね。そしたらスネイルは、薬が付いても葉っぱの水で洗うから死なないのね」という説明だった。それを聞いたとき、カタツムリが葉っぱの風呂に入って「♪いい湯だな」を歌っているところを想像してしまった。よく考えると、スネイルは果実や葉っぱを食べるから害虫なのだ。スネイルが果実まで行くには、木の幹をよじ登らなくてはならない。それなら木の幹にボンドと混ぜた薬をペイントすれば、葉っぱの掻き出し作業もしなくていいからずっと効率的なのに・・・と、仕事をしながら考えていた。仕事が終わるとすぐミセスが来て、「youたち、ピッツァ食べに行くか?」と言うので、大急ぎでシャワーを浴びて着替えをした。外食に誘われたのは今回初めて。ステーションワゴンに10人乗って、エスコンディッドまでの大移動だった。たまにはいいもんだ。こういうのは見習わなくては・・・今日のピザの家にしてもたいして美味くはなかった。でも、1ヵ月に一度くらいは家族揃っての外食もいいと思う。最近は台所からの女性の解放について少々考察中なのだが、それは日本ではまだ難しい問題なのだ。Bossは車を運転するのに、平気でビールを飲んでいる。もしこれを日本でやったら大変なことになるのだが、アメリカはこのあたりもおおらかなのだ。本日はそんなところかな?ああ、愛媛のI崎君からletterがあった。かなりletterが溜まったので、少しずつ返事を書かなくては・・・これも結構手間ヒマのかかる仕事なのだ。そして、森村桂の本も少し読もう!
2005年05月13日
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5月12日(月)1975年夕食は49¢の「Beaf Enchilasa Dinner」という冷凍のメキシカン・フードだった。アルミパックに入っていて、オーブンに入れて30分間暖めるだけ・・・425°Fで。アルミパックは3分割されていて、ミックスベジタブルとマッシュドポテトまで付いている。確かにU.S.A.の夫人は料理から解放されているのだ。日本でもこういうのは見習うべきだと思う。今日は、昨日の食い過ぎのため、腹が痛くてヒマさえあればトイレへ通っていたけど、まだあまりすっきりしていない。今も正露丸のお世話になった。F家君と、妹たちからletterがあって、ストのことや(※1975/05/07、大手私鉄10組合が24時間ストを決行した。)拓郎がまたまた何とかというレコード会社を創ったという話題なんか・・・今日も仕事はweed oil で、タンクが空っぽになったので残りの1時間半くらいはデンデンムシ。Sav-onで、ウォーリーの小学校の写真や、ヘメットの写真をもらってきた。8$なにがしの出費。今日チェックをキャッシュに換えてもらった。追加の食費を40$出したらもう今月の予算分は使い切ってしまったことになる。驚いたことに先月のが10$ほど残っていたのだが・・・今月はもう使うことも少ないだろう。最終トリップのために月100$くらいは残しておこうと思っているのだ。Kim氏にもletterをかかなくては・・・でも、まだ腹の調子がおかしいので、今日は少し早めに寝るのだ。すべては明日のことにしよう・・・・それから、今日はいろいろ仕事中に考えていて、でも胃が痛いから書く気がしない。もう12日か・・・早いなぁ。アメリカで生活するというのは、確かにとても大切な経験だ。それじゃ、残りの日々を有意義に過ごそう。
2005年05月12日
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5月11日(日)1975年Mother's Day だったので、ロスアンゼルスにあるミセスの両親の家へ行った。ステーションワゴンの前のシートにBoss、ミセス、スティーブが座り、後のシートに実習生3人とシャーリー。ウォーリーとスーザンとサンドラは最後部の予備座席で後ろ向きに座る。アメリカでは乗車定員がないのだ。一台で一挙に10人が移動できるのだから、実に合理的だ。オーシャンサイドからルート5に乗って、2時間くらいで一世のムネミツ氏の家に着いた。ロスアンゼルスと言っても、「ガーデン・グローブ」はロスの中心よりかなり南だった。一世のムネミツ氏の家は、2・3年前まで裏がイチゴ畑だったそうだけれど、もうすっかり宅地化されていて畑はない。それも個性的な高級住宅ばかりだ。日本のプレハブみたいに安っぽいのは一つもない。一世のムネミツ氏夫婦とその家すごいご馳走が出て、かなりの食べ過ぎ。サバのたたき、刺身、スシ、おにぎり、卵、レンコンとゴボウなんかのごった煮、アスパラガスのフライ、ハム、ワンタン、フライドチキン、ポテトサラダ、酢の物、野菜サラダ、そしてとどめはケーキ・・・・気分悪いくらいお腹が膨れて、苦しい。Mr. Munemitsu のfamilyと、ミセスの双子の妹(?)の子供たちも来て、とても賑やかだった。しかし、疲れた。あ~苦しい。食後は裏庭でbaseballをして遊んだ。ミセス、ウォーリー、tetywestの組が勝った!ムネミツ氏の家では日本のTV番組が見れる。ちょうど「歌謡ベスト10」をやっていて、1位はかまやつひろしだって・・・ウソみたい!!でも知らない歌だった。(※吉田拓郎作詞/作曲の「我が良き友よ」だったようだ)一世、二世の人たちの話題は確かに古い。戦後のことは「最近」なのだ。そして、日本は戦争に負けてよかったと言っている。一日があっという間に過ぎてしまって、気がついたらもう9時だ。bed roomはヒーターをつけっ放しだったので、暑いこと暑いこと!!しかし、すごいご馳走だった。一週間分ひたすら食い溜めしたという感じ。あ――― 苦しい!!もう寝よう。明日からまた一週間が始まる。
2005年05月11日
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5月10日(土)1975年4時頃から疲れ果てて、足と肩がだるいこと、だるいこと。シャワーは順番が最後だったのでほとんど水だし、髪を洗う気にもなれなかった。ソファーに毛布と枕を持ってきて、今から「レマゲン鉄橋」を見る構えだけれど、本当に疲れた。ヒゲをそったら4ケ所も血を見たし、爪も切らなくちゃいけないし、明日はロスへ行くというし・・・もう、どうにでもなれ!!!どうして こんなに 苦しいのだろう? snail には悩まされるなあ・・・・Bossは今日も一家揃って5時頃からどこかへお出かけで、tetywestたちはオイテケボリさ。ちょっとヒドイと思うけど、Bossに対して何か反感を持っていた方が仕事に耐えられるかもしれない。それにしても疲れた。仕事中にガムをポケットに入れているのを忘れてるし・・・・足がだるいなぁ。A山君が、見かねてビタミン剤を持ってきてくれた。「気休めだぜ、ホント」「Thank you! 飲まないよりは飲んだほうがいいわさ」ということで、2錠飲んだ。あ~~~~~~~~~ぁ Saturdayだ!!待ちに待ったDAY OFFだ。何と少しのことしか望んでいないのだろう。ただ体を癒す睡眠と休憩を!!!インディ500マイルは第4月曜日のMEMORIAL DAY にあるんだそうだ。TVで見たいなぁ・・・まあ、今日は何もしないのだ。ただTVを見るだけ。日記を書く気もしないよ・・・・
2005年05月10日
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5月9日(金)1975年Citrus school はfertirizationのことだった。leaf analysis(葉分析)なんかは、日本でもやるべきだと思う。それから、weed control も何とか応用できないものだろうか。こちらの施肥には+イオン・-イオンと粘土の関係まで出てくる。一般農家向けの知識としてはかなり高度なものだ。日本でも、そのくらいの基礎概念は教えてもいいと思うし、肥料とPHの関係とか、Kと微量要素の拮抗作用なんかも、今度初めて知ったようなものだ。アメリカは進んでいるなあ・・・Bossも今年からチッソのleaf analysisをやってもらうそうだ。weed control ではマルチをするとか、こっちみたいに四角く草をなくすることができたらなあ・・・それにしても、school から帰ってすぐプリントを1枚訳したし、最近はとてもよく勉強していて自分でもすごいと思う。あ、それから、395号線からFallbrookへ入るところにあるズタノのアボカドは、「マーク12」の主役の太った方の人のranchなのだそうだ。彼はこのへんに住んでいて、子供はFallbrookの小学校に通っていると、帰りにBossが教えてくれた。夜、勉強を教わりにBossの家に行くとBossは寝ていて、付き合ってくれたけど今日はとても眠そうだった。何とか今週も終わりそうだ!!-------------------------------------------------Citrus school Fertilization of Mature Orchards◎資料: California water plan について(無料)先週のtourでの欠乏症と施肥時期についての質問●Average analysis of fertilizers 動物性肥料について●Znの欠乏が多いが、over aprication の心配はないのか? おそらくないだろう●肥料の表示、13-13-13 はN・P・Kの成分を%で表している●肥料の種類と土壌のPHの低下の関係は?Calcium Nitrate はいいのか? 土壌が酸性ではないならCalcium Nitrate は必要ない●コストの面からmix material は必要最小限で使用する●尿素についての質問◎スライドHow plant nutrients react in soils成分 soil 50% water 25% air 25% soil とsoil の間にはpure spaces がある clay は陰イオンなので陽イオンを引きつける NH4+は土の上のほうにある NO3-は水とともに下へ H2PO4- HPO42- H3PO3Cl- は根域より下に NH4OH はnitrogen 資料があるので訳してみることチャージによって性質が異なるので、根まで届きやすいのと届きにくいのがある。この地方ではZn(これは微量要素)が不足する。 high PH ではFeとCuも不足する土壌のPHの変化を修正するためにCalcium Nitrate を使う 柑橘を栽培するのならPHの高い土壌を選ばないことが重要施肥時期は開花前 2pounds/tree/year◎Leaf analysis program を利用するのが施肥のために効果的である nitrogen は年2回 レモンには3回 P・K はサンディエゴの土壌には十分ある Znは土壌に施肥しても無駄。根が深いので・・・ アボカドは大丈夫 Juneが一番よい季節。なぜなら新しい葉が出てくるから◎Magnesum Nutrition Effect Mg と K が相反する。互いに結合するので樹が利用できない◎Internal Quality ---- K ビタミンC 増える 酸% 増える soluble solids(可溶性固形物) 少し減る 果汁 少し減る◎Rind Quality ---- K 果皮の厚さ 増える coursenes/peal/tex 増える time to color break 少し増える regreening(夏季に果実が再度緑色になること) 少し増える creasing 減る yield fruit size 1.3%まで増えて、あとは減る volume yield 0.7%まで増えて、あとは減る No fruit harv. 0.7%まで増えて、あとは変化なし◎Kが増加すると、ZnとCuは減り続ける◎Internal Quality ---- P ビタミンC 減る 酸% 減る soluble solids(可溶性固形物) 減る 果汁 1.4%まで増える S/A 増える lbs.sol/t 1.3%まで増える◎Rind Quality ---- P 果皮の厚さ 1.4%まで減る coursenes/peal/tex 増える regreening 増える size 1.5%を中心に、どちらでも減る number 1.4%まで増えて、あとは減る vol 1.4%まで増えて、あとは減る◎Quality ---- N 果汁 2.6%まで減る、あとは関係ない バレンシアのregreening 増える rind staining of navel orange 増える 果皮の厚さ 増える coar senes/peel texture は2.6%まで増える fruite size 減る◎各欠乏症 Fe欠 葉脈が透き通って見える B欠 葉脈だけが真っ白に見える Cu欠 ガム状のものが枝に出来る。果実の内側にも Mo欠 斑点状になる N欠 葉がまっ黄色 K欠 小さい斑点、またはのっぺりした黄色の葉 P欠 葉脈の間が黄色。茶色の斑点 Clやけ 葉のトップが茶色-------------------------------------------------
2005年05月09日
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5月8日(木)1975年まったく昨日と同じ仕事だった。ただ、新植のレモンranchのweed oilが終わったので、snailの仕事が少し多くなった。葉っぱの掻き出し中に、ネーブルranchでハトのヒナの巣を1個と、卵2つの巣を2個見つけた。朝6時15分頃に太陽が昇って、沈むのは午後8時ちょっと前。まったく「太陽の州・カリフォルニア」なのだ!!昨日「刑事コロンボ」を読み終えて、そのあと「森村桂アメリカへ行く」を少し読んだ。この本を読むと久しぶりに「New」な感覚が蘇ってきた。彼女がアメリカに滞在したのはほんの1ヶ月、こっちは1年なのだ。だから彼女よりずっと多くのことを学ばなくては・・・彼女はとてもfreshな感じでアメリカを見ていて、それは今のtetywestには真似できないところ。もう少しガンバロウ!!今日の夕食はポークステーキ。とても美味しかった。M森君から、「洗濯はコイン・ウォッシュにしようぜ。時間がもったいないから」という提案があった。確かにそれは言えている。洗濯に使う時間があれば、ほかの事、たとえば英語の勉強とかにまわしたい。それから、「食事はなるべく米を食べるのをやめて、アメリカ的なものを食べようぜ。たとえばジャガイモとか・・・」というのもみんな異議なし。なにしろ、あと10ヶ月なのだ。日記を書くたびに確実に1日ずつ過ぎていく。アメリカ・・・なんで、たった2億人しかいないんだ?なんで、こうも大きな強い国なの?仕事中に、「もし結婚するのだったら森村桂みたいな感覚を持ったヒトがいいなぁ」と考えていた。M子もそうだけど・・・いや、ちょっと違うな。でもそんなヒトいるのだろうか・・・・
2005年05月08日
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5月7日(水)1975年仕事は昨日と同じ。1本1分で、1列は14本。往復に30分必要だから、1本につき10円。1日で3.5エーカーだから、1エーカー(40a)で1.750円の仕事だ。あの葉っぱの掻き出しは・・・・weed oilは1分で約150円だから、1日で90,000円。結構高いのだ。・・・そんな計算をしながら仕事をしていた。カタツムリのpreventionとは・・・1.木の下は落ち葉がいっぱい2.ひたすら葉っぱを掻き出す3.これで一丁上がり!今日は自分で仕事の計画を立てて、1往復1時間のペースでやれたので昨日ほど疲れなかったけど、それでもやはり疲れたから早く寝よう。・・・なんて、昨日も書いたけど、実際に寝たのは11時だった。最近は11時にならないと眠れないのだ。だから、「刑事コロンボ」を読んでいる。きっと明日も同じ仕事だろう。日本じゃ、連休は5日以外雨だったそうだ。ザマーミロなのだ。今日はBossがweekly TV Programを持ってきてくれたので、ようやくTVの番組がわかって、今ナイターをやっているけど、見る気がしない。土曜日には「レマゲン鉄橋」があるので見ようと思っているけど・・・・夕食はインスタント・ラーメンだったので、早かったこと。あっという間に食事が済んで、とても夜が長い。A山君はタライで洗濯していて、M森君はletterを書いてて、tetywestは刑事コロンボを読むことにしよう。あ~、それにしても疲れるのだ。まだ腰がジーンとしている。昨日の疲れは朝には取れてたけど・・・・まあ、よく眠ることだ。
2005年05月07日
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5月6日(火)1975年今日もweed oilとカタツムリのpreventionだった。カタツムリには全く疲れてしまって、本日は今までで最高の疲れ具合だ!!だから本当に早く寝る!!夕食は昼から煮込んだカレーライス。今9時ちょっと前で、T藤君にletterを書いた。今日は後輩のM井君からletterがあった。それと農友会だよりNo.4。何しろ今日は疲れた。M森君は今ジーシャツを直していて、コンロではジャガイモがグツグツ音を立てている・・・もうタバコも吸い飽きたのだ。手紙を1通書くのが精一杯。・・・それと、この日記と。まだ火曜日なのだ!!!!昨日、今日と仕事がきつくて日記に書くことが何も思い浮かばない。ただただ1日終わったということだけ。「疲れた」それだけ。考えることも少なくなっている。何をしようとも思わない。今日も晴れだ!!仕事中に、去年の昨日はM子の家だったということを思い出したけど、それもすぐに忘れた。もう日本なんて遠いところのようで、彼女もすごく遠いところの存在なのだ。今ある生活をいっしょうけんめいに生きること・・・それが人生だ!!だから、何も考えないのはいいこと?悩まないのはいいこと?それにしても、日々は何と早く過ぎていくのだろう・・・さあ、ベッドへ行こう!!
2005年05月06日
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5月5日(月)1975年待望のcheckが来て、4月は324$88¢だった。少し余計についていたので気分良かった。それでも、昨日の余波がまだ今日も残っていたようだ。夜は久々に(?)勉強して、半ページ訳した。まだ10ページも残っている。昼からのprevention of snail で葉っぱを掻き出すのは、腰が疲れてしんどかったこと・・・もう最後5分前には我慢し切れなくなって、木の下でドテーっと寝ていたらものすごく気分が良かった。今日は日本じゃ「子供の日」で、Golden week 最後の日だということを、Sav-on へ行って写真の封筒に日付を書いているときに思い出した。何ともこっちではもろに関係ないのだが、それでも今日一日が無事終わったことに感謝しよう。今週もやっと1日終わったのだ。実習生というのは本当に大変なのだ。安い給料でこき使われる。1ヶ月の給料と1日のweed oil 代が同じ(?)なのだから・・・買い物に行って、本日も50$くらい使った。でもいいのだ。買い物ぐらいしか楽しみがない。みんなで生活改善について検討した。洗濯機はBossの家のを使わせてもらおうとか、コーラは日本に比べてダンゼン安いとか、ビンをまとめて持って行って換金したのは正解だったとか・・・コーラは16oz(454cc)が40円くらい。ビンを返すと5¢くれる。今日、フード・バスケットへ空きビンを54本持っていってワゴンの中に入れてあったのが、買い物をしている間になくなっていた。あせってレジで説明して、2$70¢もらった。通じたよEnglish。Good Night.
2005年05月05日
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5月4日(日)1975年今日は今までで最高にBossの機嫌が悪かった。理由はたぶん最近の仕事のドジと、最近の生活態度なのだろう。しかし、仕事の方はちゃんとやっていると思っているので、別にこちらが悪いとは思わないし、生活態度にしても、Bossの気分を損ねる原因として思い当たるものがないのだ。まあ、しいて挙げるなら、外出をよくすることや、金曜日に朝寝をしたこと、馬のエスコベドー氏のところへ行ったことくらいかな・・・具体的にどうだったかというと、今日はカタツムリの薬を散布するために、ネーブルの木の下の葉っぱを掃除する仕事だったのだけれど、その時、M森君がpruningした枝を木と木の間へ残しておいたことと、「つっかえ棒」をトラクターの通る園内道へ置いてあったことについてのお叱りだった。枝の方は、「しまった!」と思ったけれど、仕事が終わった時にBossがtetywestとA山君を呼んで「つっかえ棒」の話をしたときは、「それはA山君のやったことだぐらい、Bossもチェックしてるはずなのに・・・半分は木と木の間に入っていただろうが・・・」と思ったけど、おとなしく叱られてやることにした。tetywestは自分がモアをかけるので、じゃまになる「つっかえ棒」は木と木の間へ入れていたのだ。叱られながら心の中では、「Bossも本当に言いたいことを言えばいいのに・・・」と思っていた。何しろ、このごろBossは機嫌が悪いので、こっちもかなり気分が悪い。ちゃんとした理由で叱られるのなら納得できるが、叱るために無理矢理に仕事のアラを探しているように思えて仕方がない。はっきりと我々の何が気分悪いのか言えばいいのだ。そんな訳で、昼からは気晴らしにT橋氏とヘメットヘ行った。ヘメットはトレーラーハウスばかりで出来た街で、住んでいるのは老人ばかりなのだそうだ。冬場はこっちに住んで、夏になると北の方へ移動する人も多いらしい。K-Martでカメラの三脚を買った。MADE IN JAPAN で20$61¢。それから、high schoolや市内を見学して、養鶏の実習生のI戸氏とブラジリアンのみつる氏が配属になっているロモランドを訪問した。彼らも閉じこもった生活をしていて、tetywestたち以上だった。夜、部屋の掃除をしてとてもきれいになった。
2005年05月04日
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5月3日(土)1975年仕事はアボカドのweed oilの散布だった。2回目にoilを満タンにして、散布し始めてすぐにweed マシンのフィルターの継ぎ目の鉄パイプが折れた。それを引きずりながらshedまで帰ると、BossとMr. Munemitsuもちょうどそこにいた。少し段取りが悪くてもたついたのは認めるけれど、2人ともものすごく気分が悪そうだった。Mr. Munemitsuが、weed マシンのエンジンのマウントがガタついていたのを見つけて、「君達は機械のことは本で知っているけれど、実際には何も知らんのだろう。それに、モアをかけるときのトラクターにしても、前へ走るだけが能じゃないのね。うしろでどんな仕事をしているか、ちゃんと確かめんといかんよ」と言った。これにはかなりガチンと頭に来た。実習生にweed マシンのエンジンのメンテナンスまでやれとは言われていない。そんなのは当然Bossの仕事なのだ。それに、モアかけはtetywest専門の仕事なので、もろにtetywestに対する非難なのだ。確かにtetywestはドジっているけど、それでも精一杯やっている。まだモアも5~6回しか乗ったことはないのだが、仕事の出来ばえについて文句を言われるようなことはやっていない自信がある。場所が変わればモアのかけ方が違うことぐらいはわかっている。・・・と思って、きっと気分の悪そうな顔をしたのだろう。Mr. Munemitsuが、「大きなトラクターの後ろのボルトがない」と言うので、「知りません。tetywestがshedに入れたときは確かにありました」と言ったら、「tetywestさんに言っとくが、ボクが話してたとき『また言いよる』と思ったろう」と言うので、今度は本当に腹が立った。怒ったことを態度で示すために、ピックアップのエンジンをバンバン空ぶかしさせて走り去ってやった。BossもBossで、当然我々はA山君がshedまでweed oilを入れに行っている間に何か他の仕事をやらなければと思っているところへ現れて、「shedの前のへんで、何かやっていればいい。weed oilは1人でいいから」と言うので、気分が悪かった。何しろ、そんなこんなで本日は非常に気分が悪かった。夕方、ちょうどWinchesterのT橋氏が来たので、Bossには何も言わずにEscondidoへ行くことにした。その前に馬のエスコベドー氏のところへ行って、ranchのモアのことでBossが言ったことをEnglishで何とか伝えた。案の定、Bossはモアを使うことを認めてはくれなかった。夜のEscondidoは9時だというのに、全く歩いている人がいないくらい寂しかった。「cocktail 」のサインのあるバーへ入ってみたけど、少し雰囲気が悪そうだったのですぐに出た。店の人には、「21歳以上か?」と訊かれるし・・・。だから、コーヒーショップでドーナツとコーヒーを食べて、市内を少し歩いただけで帰ってきた。それにしても、昼からは気分が悪かったのだ。今思い返しても腹が立つ。そして夜遅くBossが来て、「明日は7時から半日仕事をする」と言った。バカヤロー!!!
2005年05月03日
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5月2日(金)1975年午前中はウォーリーたち3年生がアメリカの歴史についての学芸会みたいなのをやるというので、BossがBonsallの小学校へ連れて行ってくれた。入り口でプログラムを渡してくれる。-------------------------------------------------SING ABOUT AMERICAA BI-CENTENNIEL PROGRAMpresented byTHE BONSALL SCHOOL THIRD GRADESSkit -------- "Balled for Americans"Vocal ------- "My Country Tis of Thee"Recorders --- "Yankee Doodle"Flag Salute and National AnthemDance ------ "Virginia Reel"Cowboy seene --- rpope tricks (guiter and vocal solo)Vocal ------- "California Here I Come"Dance ------ "La Bamba"Vocal ------- "Dixie"Vocal ------- "Swing Low, Sweet Chariot"Civil War Seene --- battle (vocal -- "Battlehymn of Republic"Vocal ------- "On Moonlight Bay"Vocal ------- "I'm Yankee Doodle Dandy"Dance ------ "Charleston"Song and Dance --- "Side by Side"Vocal ------- "God Bless America"Song and March --- " You're A Grand Old Flag"After the program, birthday cake will be served in the patio area to everybody.HAPPY BIRTHDAY U.S.A. !!-------------------------------------------------Birthday Song(Sung to the tune of "Yankee Doodle")TWO HUN-DRED YEARS HAVE PASSED SO FAST,IN THE BUILDING OF OUR NA-TION,BUT OUR UNCLE SAM WILL LAST AND LAST,SO WE'RE HAVING A CEL-E-BRATION.HAPPY BIRTHDAY, UNCLE SAM,HAPPY BIRTHDAY U.S.A. WE'RE HERE TO GIVE A GREAT BIG CHEER !FOR THIS LAND WE HOLD SO DEAR !HPPY BIRTHDAY U.S.A. -------------------------------------------------ウォーリーは1930年代の不景気のシーンに乞食の格好で登場。ミュージカル風に仕立ててあって、とても面白かった。30年代大恐慌アメリカはいろんな人種で成り立っているHAPPY BIRTHDAY U.S.A. !!劇が終わると、アメリカン・カラーの赤、青、白のカップケーキとコーヒーが出た。これはミセス達が朝早く作ったのだそうだ。劇を見ているときに思ったのだが、特に女の子の体格は大きくて、とても小学3年生とは思えない。日本だと5~6年生というところだろう。それから、schoolへ行くときはGパンはダメなのだそうだ。Bossにそう注意されて、みんな焦って着替えた。アメリカは何でも自由の国だというのは間違いで、TPOにあわせて自分の服装を自分で管理するという責任が伴わなければならないのだと思う。午後はCitrus field tour of the Rancho Santa Fe areaだった。バレンシアranchやレモンranchを3ケ所見学した。この付近は金持ちが住んでいるそうで、立派なゴルフ場もある。ranchもとてもきれいで、それこそ葉っぱ一枚落ちていないくらいに管理している。Bossに言わせれば、「このあたりは医者や弁護士が多いのね。それで、他の仕事でお金を儲けたら、Taxに取られるよりCitrus ranchにお金を使った方がbetterと思っているのね」「Looksだけはものすごく問題にするけど、but, how many boxes 取れるかは may be, no problem」なのだそうだ。それに、ranchの管理は自分でやるのではなくて、管理会社のフィールド・マネージャーが労働者を雇ってやらせている。バックにはUCRもいて、かなりアドバイスしているそうだ。確かに研究のためにはこういう金持ちのranchが都合がいいのだろう。きれいに管理されたranch。頂上に邸宅がある見学したレモンranchでは、ちょうど剪定をやっていた。ピックアップに発電機を積んで、メキシカンがチェーン・ソーを使ってレモンの若木を刈り込んでいた。剪定といっても、まるで庭木みたいに丸く形を整えていくだけ。Bossのいう通り、確かにこれでは収量を期待するのは無理だ。チェーン・ソーを使ってレモンの剪定今日はtourの帰りにBossがcoffeeとドーナツをおごってくれたし、盛りだくさんでGood Dayだったのだが、何をする気もしないくらい疲れた。Englishの中に一日中浸かっていたからだ。K崎氏からTELで、10日・11日とラスベガスへ行くそうだけど、tetywestたちはMothers Dayでロスに行くので、一緒には行けないのだ!!-------------------------------------------------Citrus field tour of the Rancho Santa Fe areaA field tour of the Rancho Santa Fe area is scheduled for Friday, May 2, 1975, beginning at 1:30 p.m. Directions on how to reach the first stop is on the map on the reverse side of this page.Johnson Citrus ranch(El Camino del Norte)Valencia Orange CulturePottasium Fertilization trialsFruit Salad Tree(Duke Johnston, Dr. Tom Embleton, and Don Gustafson) Citrus Lemon Orchard(El Camino del Norte)Lemon Culture (Irrigation and Fertilization)Pruning demonstration of 2-year old Eureka Lemon on Citrus Macrophylla rootstock.Managing Soils of Ranch Santa Fe(Chuck Badger)White Lemon Orchard(El Mirio)Results of pruning lemons (6-year old trees)Center-wiring to prevent breakage of treesLemon cultureNOTE: Please load-up your cars wiht neighbors to help reduce number of cars on tour. Thank you.-------------------------------------------------◎土質は粘土質で非常にpoorである。クレオパトラ・マンダリンを栽培している。 昔は有機質肥料も使われたが、化学肥料だけやるようになって、この土地にはカリとリンが足りないことがわかった。◎カリ・リンは葉面散布だと1年、1年新しくしなければならない。 カリ・リンの施肥は条に撒いている。土を掘って入れたほうがもっといい。◎天敵でコントロールしている。・・・なるべくweed oilは使わない。 ☆赤ダニと実バエは冬期は草の中に住んでいるので、冬に草は刈らない。 ☆スネールが多い。 ☆アリがいると、バイオロジカル・コントロールが難しい。◎剪定 ☆木が折れるのを嫌うために、若いうち(2年生)から剪定している。 ☆ワイヤー、ボルト・ナットで枝が裂けるのを防ぐ。 ☆ただし、新しい花を全部切り落としてしまうので収量が少なくなる。 ☆強くトッピングをするのはよくないと思う。あとのsuccerの処理が難しくなるから。 ☆昔のレモンの剪定はopenな樹形にした・・・空気と光が必要だから。 今は中までcloseな樹形にする・・・台木がマクロフィラになって、光がなくてもよくなった。 ☆アリを殺す薬(cror chloradane)を撒くために、木の裾も剪定している。 ☆cror chloradaneの値段は成分7.5%が50Lbで27$ 成分4%が 17$◎フルーツ・サラダ・ツリーは1本の木にいろいろな品種を高接ぎしているだけだった。-------------------------------------------------
2005年05月02日
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5月1日(木)1975年After dinner, we went to Mr. Escobedo's home. He was out and Linda, too. But Mrs. Escobedo and Lesly was in. Lesly wore night gown and her legs were seen. It's very erotic. Drinking beer, had conversation about coming Viet Nam people to U.S.A. or communism. It was very difficult problem and English I can not understand. But to speak about such theme, it is very good study to understand American way.それでも、とても疲れた。レスリーは13歳からタバコを吸っているのだそうだ。とても信じられないけど・・・ミセスはとてもしっかりした考え方をしていて、前の主人が死んで、2年前にFredと結婚したんだそうだ。FredはやっぱりSpanishだった。そして、前の主人が日本の岩国に住んでいたことがあって、それでSONYのステレオとか、陶器の花瓶なんかがいっぱい置いてあるのだ。今日はFredがいなかったから、本当はあまり歓迎していないみたいだったけど、それでも前に写した写真なんかを持って行ったので、中へ入れてくれた。なにしろ、あの家庭はいろいろ勉強になるのだ。でも、Fredが持っているオレンジ園(小さいらしい)をモアで除草してくれないかと頼まれて困ってしまった。「We are OK, but we can't say "Yes". Because we have to ask our Boss.」と返事したけど、たぶんBossはいい顔をしないだろうし・・・ミセスの話を聞いてわかったことは、アメリカは大国だけど、Taxが高いこと、失業が多いこと・・・いろいろな問題を抱えている国なのだ。今日はバレンシアranchのモアがけ、gopher check、Bossの家の前のアボカドのペンキ塗りと、いろいろやって10時間。※実を言うと、なぜMrs. Escobedoがベトナム難民や共産主義のことを話題にしたのかは、tetywestはその時よくわからなかったのだ。なんとなく、ミセスはオーシャンサイドの海兵隊の事務をやっているので、ベトナム戦争の情報は手に入りやすいし、アメリカがベトナム難民を大量に受け入れたことを身近に感じるからだろうと思っていた。ベトナム戦争が終わったという4月30日には、TVも大きく報道するわけではなく、Bossからもその話は聞かなかったので、tetywestがそれを知ったのはもう少し後になる。-------------------------------------------------ベトナム戦争出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』サイゴン陥落4月21日にはグエン・バン・チュー大統領が事態の責任を取り辞任し、後任にチャン・バン・フォン副大統領が就任した。新大統領による土壇場での停戦交渉の成功が期待されたものの、4月23日に北ベトナム政府はチュー元大統領の影響が強いフォン大統領との和平交渉を正式に拒否し、4月29日に就任後わずか8日で辞任した。後任には穏健派のズオン・バン・ミン将軍が就任したが、すでにサイゴン郊外にあるタンソンニュット国際空港が完全包囲されるなど完全に退路を絶たれ、後は陥落を待つだけとなった。南ベトナム政府上層部やその家族、残留アメリカ人らが、サイゴンの沖合いに待機するアメリカ軍空母に向けて必死の脱出を続ける中、4月30日の朝にはグエン・バン・チュー元大統領やグエン・カオ・キ元副大統領、グレアム・アンダーソン・マーチン米大使ら南ベトナム政府の要人がアメリカ軍のヘリコプターで脱出。同日午前にズオン・バン・ミン大統領が戦闘の終結と無条件降伏を宣言し、その後北ベトナム軍が大統領官邸に突入、アメリカの支援も首都も失った南ベトナムは遂に崩壊した。-------------------------------------------------
2005年05月01日
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