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4月30日(水)1975年明日からMayを迎えるにあたって、少しはこの2ヶ月間を振り返ってみたい。3人の仲は今のところまず問題ない。最初はどうなることかと思ったけど・・・これはとてもGoodなことなのだ。仕事についても何とかなっている。今日はアボカドのペンキ塗りとレモンranchのモアがけだった。しかし、今からはもっときつくなるだろう。「オレ達は一体何のためにこんな苦しい仕事をしなくちゃならないのだろう?」という風に疑問を持ち始めたらおしまいだ。何か新しいことを常に発見しよう!!!今日は、ネーブルの花がやけに少ないことと、バレンシアの花もまだ本格的には咲いていないのでBossが心配していること。今日から40エーカーのバレンシアの収穫が始まったので、いつか写真を撮ってやろう。それから、アボカドは4列に1列は樹が小さい。これは受粉樹として違う品種を植えてあるからだそうだ。「トラクターのエンジンを壊すと、may be 800$~1,000$かかるから注意するのね」と、Bossが言っていた。生活については、何かもの足りない。外へ出るのも確かに楽しいけれど、Bossにもっといろいろなことを教わってもいいと思う。まだ知らないことが多すぎるのだ。だいたい正確な経営面積すら知らないのだから・・・経営のこと、人生のこと、Bossの人生観・・・まだまだBossについて知らないことが多い。この1ヶ月は、そんなところを注意して生活してみよう。もう少しスムーズな生活をしたいものだ。シャワーを浴びて寝るだけではつまらないのだ・・・ここの農場の実習生になって、利用するところは全部やりつくしてから外に目を向けても遅くはないだろう。まだ、それすらやってないのだから・・・
2005年04月30日
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4月29日(火)1975年まだTuesdayだと言うのに、何と疲れているのだろう。今日は本年最高気温72F°(22℃)を記録した。まだまだ暑くなりそうだ。明日くらい雨が降らないものか・・・今日も1日ペンキ塗りを10時間。w. Lilac road の向こうのアボカドranchはやっと全部終わった。今8時半だ。今日はもう早く寝るのだ。1人で仕事をしていると確かに退屈だ。何か目標を決めてやらないと。だから、今日中にアボカドを全部やってしまうぞという目標でやった。小さな達成感を味わう。M森君たちは6時に散布を終えて、あのノロノロ車でw. Lilac road の向こうのアボカドranchから帰ってきたので、こっちへ着いたら6時半だった。今夜の夕食は牛丼。昨日M森君が煮込んであったおかげで、すぐに出来た。それにしても暑い。そして、あと1日で今月もおしまい。さあ、寝よう。でも英語も訳さなくては・・・時間がないのは悲しいけど、それでもボク等はガンバルのだ!!なんて言ってみても、書くことがないのだ。本当に・・・ああ、頭がバカになっていく。♪ボクのお嫁さんになる人は、今どこで何をしているのだろう・・・なんてね。
2005年04月29日
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4月28日(月)1975年M森君とA山君はweed oil machineに乗ってweed oilの散布。tetywestはアボカドのsun burn pritectionのため白いペンキを幹に塗る仕事だった。歩き回るので足がとてもだるい。それでも、今日は9時間の仕事なのでまだいい方だろう。買い物に行ったとき、Sav-onで写真を受け取ってきた。面白いのがいっぱいあったので、写真もなかなかいいもんだ。もっとたくさん撮りたいと思う。でも、夕陽とか朝日の中ではいい色が出ないし、逆光も考えないと顔が真っ黒になっているのがある。空がもやっている時は全体にくすんで写ってしまう。ズームを使った写真は抜群にいい。とても面白い写真が撮れるけど、これも露出を考えないと・・・何しろカリフォルニアは光線がきついのだ。だいたいの傾向がわかったので、今度からは上手く撮れるだろう!!Solana Beachでアボカドの写真も撮っておくこと・・・樹も果実も、実際の長さがわかるように物差しを付けて学術的に。自分が行った場所はどこでも写真に撮っておこう。二度と出来ない思い出だから・・・本当に、写真はいいものだ。今からも頑張って写そう・・・そういえば、三脚が欲しいな。オレゴンのMr. Kimからletterが来て、彼のEnglishはとてもわかりやすい。こちらも早速返事を書かなくては。今日は週の始まりなのだ。あと2日で今月もおしまい。何というか・・・月日の経つのがとてもとても早いのだ!!それじゃ、Good Night.
2005年04月28日
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4月27日(日)1975年日曜なのに仕事をしたので、何か気分が悪いのだ。Bossの理由としては、「weed oilが遅れているから」と言うことだったのだが、「weed oilが終わったらgopher checkをやればいい」と言うので、それも1時間くらいやった。今問題となっているのは、どうやって外出しようかということ。確かに閉じ込められているという感じは拭い切れないのだ。そしてBossたちファミリーにはそれなりのenjoyがあっても、我々にはその共有がない。従って我々は取り残されているのだ。要するに。まだ2ヶ月経ったばかりなので、Bossの今後の変わり方がどのようになるのかは知らないけれど、今のところBossが連れて行ってくれたのはオレンジ・ショーとFallbrookのschoolだけ。2ヶ月間でたったこれだけでは少しひどすぎるのだ。5月になったらMother's dayにLos Angelesまで行けるらしいけれど、それにしたってBossの監視付きではとても面白くないのだ。「アメリカへ来たという実感のわく場所へ自由に出たい!!」というのが切実な望みであるのだ。まあ、養鶏のようにBossの面倒見が悪いのと違って、贅沢な悩みなのかも知れないが、それでも観光旅行とは違った何かを見たいし、経験したい。この農場以外のところで・・・同年代のアメリカンと話もしてみたいが、それも今のところ不可能。このへんからBossを口説けないものだろうか・・・!!
2005年04月27日
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4月26日(土)1975年一番南向こうのバレンシアranchでweed oilを散布していたら、skankさんに出会った。skankさんはとてもslowに動くので、バレンシアの果実を投げてやったら、tailをupして、臭いものを連発した。skankさんは白と黒のツートンカラーで、ペットにしたいくらいとても可愛いくて、まるでぬいぐるみが動いているような錯覚を起すのだが、あの臭いのは「玉にキズ」なのだ。ああ、明日も7時から仕事か・・・だから、ステーキを食べても今日はSaturday nightではないので困ったものだ。Bossは今日も近所にお呼ばれで、家族揃って出かけている。おもしろくない!because我々も呼んだっていいじゃないか!!そっちがその気なら、こっちも休みにはどんどん外出してやろうという気になっている。向こうのバレンシアへ着いたとき、雨がポツポツ来ていたので、ピックアップの中でバレンシアをかじっていたら、Bossが来て現場を押さえられてしまった。でも、この頃はとても真面目に仕事をしているのだ。自分達でも感心するくらい。さて、今週あたりから3人の間柄がとても感じよくなってきて、いい傾向にあるのだ。1年間一緒にいるのだから、やはり仲良くやらなくてはいけないのだ。ラモナみたいなんじゃ、やっぱりある面が欠けているのだ。それにしても、今日は週末なのに週の初めなのだから、変なのだ。だから、シャワーを浴びて寝よう。Saturday nightに誰も訪ねてくれないのはつまらないよ。
2005年04月26日
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4月25日(金)1975年朝雨が降っていた。Bossが来て、「日曜に仕事をやる代わりに今日はDAY OFFにしたらいい」と言ったので、すぐに寝た。すぐ晴れてとてもいい天気になってしまったのだけれど、1時まで寝ていた。Bossが10時頃入って来たみたいだったが、みんな無視して寝ていたら行ってしまったようだ。何しろよく寝た。午後はCitrus Schoolに行った。Englishも、少しは前よりわかるようになったような気がする。でも、気がするだけかも・・・家へletterを書いた。サンディエゴの教会から来たletterをBossが持って来て、日曜日にサンディエゴへ行ったことがバレバレになってしまった。封筒に、FIRST BAPTIST CHURCH930 TENTH AVENUESAN DIEGO, CALIFORNIA 92101と書いてあるんだもの。でも何も訊かれなかった。letterの中身は来週の日曜日の催しの案内だった。「宗教はこれだから嫌なんだ。行けるわけないじゃないか!」まさかletterが来るとは夢にも思ってなかったので、あのとき住所と名前を書いたのだ。何しろ、もう11時半で、今日はシトラスの勉強を2ページやった。それに、Bossの家に行って今日の学校のことについて少し勉強したけど、予習をやってないとやはり難しいもので、授業の内容が解らないと痛感した。だから時間を割いてでも予習だけはやらなくてはいけないと思う。でも本当に時間がない。困ったことなのだ。いろいろやりたいことはあるのだけれど・・・と言いながら、今日だってOFFになって寝てたのだからどうしようもない。まあ、体が一番大切ではあるのだが・・・今日のテープレコーダーはあまりよく録音できていなかった。場所が近すぎたのだ。Bossはとても眠そうだった。来週は明日から始まって8日間働くので大変だ!!ガンバロウ。-------------------------------------------------無事(?)手紙がこっちに着きました。S水先生には手紙を出したら返事も来て、帰国したらぜひ福井へ遊びに来いということでした。枇杷の接木はあまり着いていないようで残念ですが、帰ったらまた接ぎましょう。20日の日曜日に、カリフォルニア第3の都市・サンディエゴへ行きました。養鶏の実習生が車を買っているので一緒に行ったのですが、約1時間の距離です。第3の都市といっても、まあ高松くらいで、そんなに大きくもないので、メインストリートを歩いて、公園(バルボア・パークと言う)へ行って、港へ行って、それでおしまいです。まだどんなところが面白いのかも全くわからないので、どこか日本の観光地へ行ったような気分です。それでも、外出はめったの出来ないので(何しろ山の中に住んでいるから)楽しかったのです。アメリカの道はものすごく良くって、フリーウェイはみんな100km/hで走っています。それでも、道が広いし風景も大きいので、日本の60km/hくらいの感じです。英語は何とか・・・食事をすることとか、買い物をすることでは不自由しないのですが、先週から「みかんの学校」へ毎週金曜日に行っているのですが、その英語はなかなか難しいのです。今日も今行ってきて、帰ったところです。若木の世話とか、新植の注意などについてでした。来週は見学旅行があって、40分くらい離れた、ランチョ・サンタフェの園を見に行くのです。今日は朝起きたら雨が降っていて、ボスが来て、「今日は休みにして日曜日にやればいい」と言うので、又ベッドに入って寝て、1時頃起きて外を見たらすごくいい天気でした。あとでボスが言うには、「今日は仕事が出来たね」というのですが、それでも起こしに来るでもなく、やさしい人です。今やっている仕事は除草で、今度はウィードオイルをかけるのです。そうすると草が日焼けを起して枯れてしまうのです。1タンクは、オイルが60%で水が40%。1ガロン40¢で、1タンクにはオイルが120ガロン入るので48ドルですが、2人でかけると2時間で空っぽになります。園にもよるけれど、10エーカー(約4ha)で3タンクの除草用オイルを使っています。3時間に1時間はトラクターに乗ってタンクを引っ張るのですが、その時が一番眠たくって、半分寝ながら乗っています。ボスに言わせると、除草剤は結構コストがかかるそうですが、日本に比べるとどうですか?それで、こっちは潅水の水代がかなり要るので、今日雨が降ったのは、ボスは大変気分が良さそうでした。こっちへ来て毎週1回は多かれ少なかれ雨ですが、こんなことは珍しいそうです。すぐ隣の家は馬を飼っていて、13日の日曜日にそこをブラブラ通ったら、ちょうど主人に会って、写真を撮ったりしたら機嫌が良くなって、家へ入ってビールを出してくれて、メキシコ料理を食べに連れて行ってくれました。そして今週の水曜日の夜も遊びに行って、とても親切です。全部英語で話すので、少しは勉強にもなります。それで日本のものをプレゼントしたいので、500円か1000円くらいのもので、日本のものだとわかるようなものを3つか4つ(種類)郵送で送ってください。船便でいいです。郵便局へ持って行けば送ってくれます。送り代の方が高くつくかも知れないけれど、だいたい1500円くらいのものだそうです。(送料は・・・)子供たちの誕生日にも何かやりたいので・・・でも、こけしみたいなのはたくさんあるので、何か考えてください。そしてなるべく早めに送って下さい。今のところはそんなところで、別に変わったこともありません。それから今からはだんだん雨が降らなくなるそうです。ここの給料は、1時間2ドルで、「働いた時間」×2ドルの月計算です。1ヶ月155ドル農友会へ払って、あとは全部くれるので、先月は251$61¢手許に入りました。今月は300ドルは入るでしょう。食費は1ヶ月80ドル(タバコとか洗剤も含めて)それに写真代が20ドルくらいと、ちょっと遊びに行くのが20ドルくらいで、後はほとんど使わないのです。研修旅行のときにはかなり使うようですが、それでも前の実習生たちは最後の旅行の前に1,000ドル貯まっていたそうですから・・・日本から持っていった金は使わずに持って帰りそうです。今日は今からボスの家に行って、みかんの学校の授業をテープに録音してあるので、それを説明してもらうのです。今週は今日休んだので日曜無しです。それでも何とかなるでしょう。今頃は1週間の経つのがとても早いのでびっくりしています。それでは 4月25日7時40分--------------------------------------------------------------------------------------------------Citrus schoolRoot stockについて、品種との関係の質問があって、15分くらいそのことについての話だった。Tree Selection stimulation mother cell tissue sexualのは小さくて弱いのでnurseryで選ばない。 genetic strong newseller seedlingを植える。 キャメル・バレンシアは例外らしい。 budunionの位置が日本より高いのはdeseaseを避けるため。 2年生の苗木の根は大きくなっている。 苗木は18インチ(45センチ)に幹を仕立てて、その上はpuruningしない。 銀色のラップを巻いて日焼けや寒さから防ぐ。Planting the New trees 植えて2ヶ月間はボウルを作って水を溜める。 6月~9、10月まではイリゲーションが必要。Care of Young trees puruningとtrainingについて。 新植から3~4年は無剪定。 マクロフィラ台木のユーレカレモンの剪定。 木が下がってくると枝が折れるので早くからpuruningやtrainingをする。 バレンシアを植えるときは、上部の葉を取り除く。 マルチについて。 地面が乾かないというのが一番重要。藁を使うのがbestだろう。 特に粘土質の土壌には水がよく浸透するようになるので適している。 土壌と施肥について。 mecanial protection. 黄色表紙のtext bookの5pについての説明。施肥について。 frost protectionは12月に行う。 亜鉛の散布について。 イリゲーション パウマバレイは水質がとてもよい。 インディオやインペリアルバレイでは土管で塩の蓄積を防いでいる。 イリゲーションのスタートについて。 4週間間隔。最初はたくさん水をやる。塩を地面の下へ下げるため。 サルフェートとボロンはcitrusに悪い。 年間4エーカー/フィートの水が必要。 コロラド川とカリフォルニア・ウォーター・プロジェクトの水がmixされると、 cl-の量が減り良い水になる。スライド ナーセリーのイリゲーションと苗床 苗木全部に支柱を立てている。 土をmixしている。ブルドーザーみたいな機械で。50インチの厚さで混ぜる。 アボカドとオレンジでは最適な土質が違う。 zinc欠乏の木・・・葉脈の間が黄色になる。 weed control gopher 古い木の間に新植することもある。バレンシアの場合、1エーカー175本植え(レモンは100本) 苗木(3$75¢) 656.25$ 穴を掘る 175$ ドリップシステム 800$ ブルドーザー 200$ ----------------------------------- 合計 1,831.25$ 4年間で管理費が2,000$必要。(水代、年間150$を含む)-------------------------------------------------
2005年04月25日
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4月24日(木)1975年夜、スティーブとBoss夫婦はいなかったので、遊びに行く。サンドラとシャーリーはもう寝る時間で、ダダをこねていたけど、あっさり寝てしまった。次にウォーリーが眠そうで、甘えていたけど、これもベッドに運んでやったらあっさり寝てしまった。残ったのはスーザンだけで、1人でポップコーンを作ったり、洗い物をしたり、コーヒーを作ってくれたりしていたのだが、時間をもてあましている様子なのでトランプの手品を2つ教えてあげたら、すぐ覚えた。そのうち、Bossたちが帰ってきて、今日はネクタイを締めていた。ウィルソン夫婦も一緒だった。Mrs. Willsonはとても背が高い。今日の仕事はweed oilの散布で、3人で交代にトラクターを運転して、あとの2人が両側を散布する。1時間交代なので3回運転したのだが、昼から後は、眠くて眠くて、半分寝ながら乗っていた。みんなそうだったようだ。K崎氏からletterがあって、この前のベンソン氏のところへの件の詫び状と、オーシャンサイドの写真だった。やっぱり、これで気分もよくなって一つ問題が解決した。今週はまともに寝ていない日が続いて、とても疲れている。でも楽しい一週間だ。このくらい楽しい週がずっと続けばいいのだけれど・・・そして、今週ももう終わりになる。
2005年04月24日
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4月23日(水)1975年夕食が終わって8時半頃、馬のエスコベドー氏の家へ行った。この前のSaturdayのこともあるので、行こうかどうしようかと迷ったのだが、「結局、今のところBossのファミリー以外で我々の行けるのは馬のところしかないんだから、当たって砕けろ!で行こうぜ」と言うことになったのだ。エスコベドー氏はトレーラーハウスに住んでいる。トレーラーハウスには車のナンバープレートがついているのですぐ判るのだが、トレーラーハウスに住んでいるアメリカ人は結構多い。フリーウェイを走っていても、トレーラーハウスを運んでいるトレーラーをよく見かける。先日ルート5を走っているときに見たトレーラーハウスは、ちょうど家を真っ二つに切った半分だけを運んでいた。トレーラーハウスも自動車なのだから、当然車幅は制限されているだろう。だから、2台分つなげれば、倍の広さの家が出来るわけだ。エスコベドー氏のトレーラーハウスもそのタイプだった。あくまで自動車なので、家はブロックの上に載っている。「Good evening.」とドアをノックするとミセスが出た。「よく来たわね。どうぞ、入りなさい」と、この前とは全然違ういい雰囲気だ。まず、A山君の持ってきた日本の絵葉書を見せているうちに、リンダもやって来た。彼女がギターを弾いて歌って、結構上手だった。tetywestも日本の歌を弾いて歌って、それからアメリカのフォークソングを一緒に歌った。リンダは、「戦争を知らない子供たち」のメロディが気に入って、「教えて」と言うので、教えたらすぐに覚えた。即興で歌詞を英訳したのだがうまくメロディに乗らないので、そのまま日本語で歌ったのだ。でも、帰るときにその紙を持ってきてしまった。ドジなのだが、「また近いうちにいらっしゃい。今度は料理を作ってあげる」と言われたので、行きやすくなった。コーヒーを出してくれて、リンダはずっと一緒にいた。15歳とはとても信じられない体型をしている。ファミリーの誕生日もしっかり聞き出した。ミセスは、森山良子の「今日の日はさようなら」が気に入って、「日本の歌っておもしろいわ。アメリカの歌は女性は女性っぽく、男性は男性っぽい歌しかないんだけど、違うのね」とか、「マイナー(短調)な曲が好き」と言うような意味のことを言っていた。多分・・・今日はとてもいい日だった。Englishはなかなか通じないけど、それでも楽しい。「音楽は世界をつなぐ」のだ!!今日も1日weed oilの散布だった。体中がオイルのにおいで臭くなっているんじゃないかな?Bossが、10エーカーのバレンシアranchを、「一日では出来ないね」と言ったけど、出来た。ザマアミロだ。これも気分がいい原因なのだ。何しろ、明日が終われば今週も終わったようなものだから。さあ寝よう。11時半だ!!
2005年04月23日
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4月22日(火)1975年今10時50分で、Bossの家へ遊びに行って帰ってきたところ。スーザンがポテトチップを出してくれて、ウォーリーとチェッカーをやったら負けた。1~25の遊び方を教えて、カードトリックもやった。スーザンはscienceのhome workをやっていて、gravitationとか、sateliteとか、Landing on the moonとか、懐かしい単語が並んでいた。「I 'm good at the history class.」とテストを見せてくれた。29/30点でとてもよく出来ている。スーザンは小学5年生なのだが、それにしては難しいことを習っているものだ。スティーブはnext year(9月)からHigh schoolなので、Bossはその打ち合わせに出かけていて9時頃帰ってきた。High schoolに通学するには、6時半にボスの家の下のw. Lilac roadを通る school bus に乗らなければならないそうで、ミセスは、「7時に寝ないかん」と冗談を言っていた。子供達も、シャーリーとサンドラが先に寝てしまうととても静かだ。そうなるとやっぱりウォーリーが一番甘える。仕事は今日もweed oilの散布だった。Mr. Munemitsuがバレンシアオレンジをくれた。フレズノにもMunemitsu Farmがあって、そこのバレンシアだそうだ。こちらのに比べると果皮がとても薄い。甘さはあと一味欲しいという感じで、糖度が足りない。しかし、こんなのがもし日本へどんどん入ってきたら日本のミカン農家は大変なのだ。愛媛のT藤君からletterがあった。彼によると、西宇和の連中はみんな元気にやっているようだ。カローラ30を買ったと書いてあった。新聞によると、オレンジも防腐剤で輸入禁止になった。やっぱりね・・・夕食にtetywestが作ったポテトサラダはわりと美味しかったという噂。-------------------------------------------------4月21日羅府新報オレンジから禁止の防カビ剤【東京二十一日共同通信】アメリカから輸入したグレープフルーツ、レモンから、日本では使用が認められていない防カビ剤が検出され問題になっているが、厚生省の十八日までの調査で、オレンジにも使われていたことがわかった。同省はこれらの違反果実の回収を各都道府県に指示する一方、輸入業者にも廃棄処分を指示した。 オレンジから検出されたのは「サイアベンダゾール(※日本ではTBZと呼ばれている)」が最高0.2PPM、「オルトフェニルフェノール」が最高8.2PPM。 かんきつ類の防カビ剤として日本で使えるのは「ジフェニール」だけで、同省ではアメリカ国内向けのものが日本に輸入されたとみている。-------------------------------------------------
2005年04月22日
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4月21日(月)1975年起きたらすごいfog。3m先が見えない。昼まではずっと曇っていた。仕事はweed oilの散布をやった。w. Lilac road の向こうのranchの谷が3時半頃で終わった。John Deer 530のトラクターでweed oilの散布昼休みになって実習生ハウスへ戻り、さあ食事の準備だというときに、ドアの外に背広姿の訪問者が2人見えた。と思ったら、ノックもせずにずかずかとキッチンに入ってきた。「イミグレーションだ。パスポートを見せろ」さすがに銃は構えていないが、いかにも高圧的な態度だ。農友会派遣の実習生は「J-1ビザ」を発給されている。これは、アメリカで1年間労働して賃金をもらってももかまわないという、かなり特殊なビザなのだ。パスポートを見せるとぐっと態度が和らいだ。しかし今度は、「金はいくら持っているのだ?」と訊いてくる。余計なお世話だと思ったが、「May be 200$ each.」と答えた。その他にもいろいろな職務質問をされた。全部Englishだ。だいたいのことはわかるし会話が出来たのだから、まあgoodだとしよう!!昼から、谷の傾斜の急な場所でoilを散布しているとき、John Deer 530のトラクターのブレーキが全く効かなくなった。坂を上り切ったところで停めようとしたとき、ブレーキを踏んでも踏んでもトロトロとバックし始めたのだ。「このまま止まらなければ谷底へ転落だ!!」と必死にブレーキを踏むのだがダメ。John Deer 530は図体がでかいのでかなりコワイ!!半クラッチを使って何とかくい止めながら、大声でA山君を呼ぶ。「お~い!止まらないんだ!大きな石、探してきて!早く!」A山君が持ってきた石で後輪に歯止めをしてくれて、何とか止まった。しかし、疲れた・・・ちょうどBossが見回りに来たので報告したら、「風も強くなったから、谷が済んだら止めて帰ってくるといい」と言うので、その後はネーブルranchのつっかえ棒の整理だった。Bossはブレーキを直していた。ピックアップに1回積んで帰ったら、もう5時が来て仕事は終わり。6時までの仕事に慣れると、5時が来るのは何と早いのだろう。こうしてまた1週間が始まった。今度は何を楽しみにして1週間を過ごそうか?家へもletterを書かなくては・・・そして、そろそろ勉強する日も1日くらいは作らなくては・・・weed oilの散布はとにかく服が汚れる。昨日洗濯したのがもうオイルだらけ!!
2005年04月21日
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4月20日(日)1975年朝8時半にSan Diegoへ向かって出発。1時間かからないうちにダウンタウンに到着した。意外と近いのだ。Broadwayと10th ave. の角のparkingに駐車して、F島氏がトイレに行きたいと言うので駐車場の近くの教会へ入った。ミサをやっている最中だったので、しばらく後ろの方で座っていたら賛美歌を歌い始めた。聞いたこともない曲なので歌っているふりをした。やがて前の方から寄付を集め始めた。教会へ入ったのは初めてだったので、こういう風にミサが進んでいくというのも初めて知った。「どこの国でも、宗教は寄付を集めるものなんだ・・・」「そろそろ出た方がいいんじゃない」と教会を出る。まず、ブロードウェイを歩いてfirst ave. までずっと行ってみた。5th ave. あたりが中心のようだ。そこにはHorton Plazaという芝生の広場があって、真ん中に噴水がある。 芝生に座って休憩しながら写真を撮る。Horton Plazaから見たブロードウェイF島氏が、「有名な公園があるそうなんだけど、そこへ行かないか」と言うので地図を広げて調べたら、Balboa Parkという公園で、すぐ近くだった。広い公園で動物園もある。人の流れはそっちへ向かっていた。しかし、「いい年こいて、動物園はないよな」と、手前の広場の芝生に寝そべっていたのだが、すぐに何もすることがなくなってしまった。傍に子供広場みたいなのがあって、らせんのスベリ台で子供達が楽しそうに遊んでいるのが見えたので、一緒に並んでスベリ台を滑ってみた。「これも、いい大人がすることじゃないよな」と言いながら・・・次に行ったのはベイ。海岸線と平行に広い板張りの桟橋になっていて、ヨットがいっぱい停泊している。沖合いには軍艦が見える。「そういえば、サンディエゴは海軍の軍港なんだ」と、その時初めて思い出した。軍艦をこれほど間近で見たことはなかったので、望遠レンズを使って写真を撮る。サンディエゴ・ベイずっと左手に続く太平洋を見ながらルート5を北上する。Solana Beachでルート5を降りて海岸へ行ってみたら、駐車場にロータス・ヨーロッパが停まっている。さも自分の車のような顔をしてカメラにおさまる。遠浅の海岸には水着姿の女のコがいっぱいいる。「しまった、海パン持ってくるんだった!!」こっちの女のコはスタイルがいいし、水着姿でなくてもホットパンツなので、ものすごく解放的。だから、欲求不満はつのるばかり。望遠で水着姿の女の子を撮りたかったのだが、恥ずかしくて出来なかった。唯一撮れたのはホットパンツ姿。Solana Beachの女のコここからは、ルート5の海側を平行に走るS21号線を北上。途中でハンバーガーでlunch time。1$70¢でサラダとポテトチップスが付いていて正解。コーヒーも何杯でもお代わりOKだし。Oceansideにいる実習生のN野君を訪問する。この前K崎氏と通った道の通りに面したアパートに住んでいて、ものすごくきれいな部屋だったのにはビックリした。お隣は奥さんが沖縄の人で、その家にも呼ばれてコーヒーをご馳走になった。一番気になったのは寝室のWベッド!!!オーシャンサイドのヨットハーバーへ行って、砂遊びをしているちっちゃな子供を相手にする。どうも、こっちへ来てから相手にしてくれるのは子供ばっかりだ。そのあとエスコンディッドへ到着したのは午後7時。スーパーマーケットへ行ったけど日曜日は7時で閉店するのだとわかった。Food Basketにはあの女のコがいて、「今日はもう閉まったよ」と言われた。そして、ベンソン氏の家に行く。この前の事情を説明したら、それはOceansideでわかったことなのだが、何とN野君たちと花見に行ったのだそうだ。それで、K崎氏がベンソン氏に電話したのが4時10分頃。それもOceansideからかけてきたのだそうだ。この前の電話では、「12時頃出て、3時頃着いた」なんて言ってたくせに・・・彼のことについては今日は本当に気分が悪い。どうしてそういう風にわかりきった嘘をつかなきゃならないのだろう・・・・それでも、今日はベンソン氏のところへ行ってよかった。H田M子さんという、主人がSONYに勤めている人が来ていて、まだ若い感じ。Mrs. Bensonと6人でちょっとエロっぽい話もして楽しかった。H田さんはこっちへ来て4ヶ月だそうだ。そして、全部Mrs. Bensonのハンドメイドのピザをご馳走になって、とっても美味しかった。やっぱりかなわないな、Frozenじゃ。本当に今日はGood dayだった。これがアメリカなんだ。そしてつくづく自分達が山の中に閉じ込められていることを実感した。外に出たい!!自由に外に出られたらどんなにか気分がいいだろうに・・・・
2005年04月20日
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4月19日(土)1975年悲しくて、静かな歌がとても歌いたくなるような土曜日の午後8時半。さっきMr. Fredの家へ行ってきた。「He is ill. 'cause too much drink.」とミセスが玄関先で応対して、中に入れとは言わなかった。直前までうきうきしていた気分が一度に悪くなってしまった。さあ、今から何をするんだ?昨日見た夢の中にM子のletterが出てきた。「毎日会えない人に恋はできないのです。私の恋の周期は1年半」彼女のことはこっちへ来てからずっと忘れていたはずなのに夢に出てきた。そして、夢にはF家君も出てきて、tetywestは日本へ帰っているのだ。・・・何しろ、起きたときてっきり日本だと思っていたのだから・・・でも、今日の仕事は一日中weed oilだった。そしてここはアメリカなのだ。そのF家君と家からletterが来た。家からは第一便。みんな変わりなくやっているので安心した。今日は愛することとか、恋について一日中途切れ途切れに考えていたのだが、こんなことは今までになかったことだ。だから今夜は楽しく過ごしたいのに、それはどうも無理みたい。女のコがいない毎日も、そろそろ限界のようだ。日本へ帰ったら遊びたいだけ遊んで、結婚なんかず~っとしないでいようかな・・・なんて考えた。何しろ、日記にこんなことを書くようになってはどうしようもない。人間、そう簡単に変われるものじゃないのだが、もっとDRYに割り切って考えなくては・・・仕事中も395号線を通る車の助手席に乗っている女性が気になって仕方がなかったくらいだから・・・F島氏が来た。明日はサンディエゴへ行くことに決定!!
2005年04月19日
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4月18日(金)1975年1時半に仕事を終わった。gopher checkとつっかえ棒のセット。その後洗濯をして、Fallbrookの Potter Junior high SchoolへCitrus schoolに連れて行ってもらう。朝、今日の仕事はweed oilだろうと思って長靴を履いていたら、Bossが、「oilをやると臭いが付くから、明日やるのね」だって。優しいBossだ。Citrus schoolでは、Englishはmay be ほとんど理解できなかった。単語だけが何とかわかるくらい。でも夜、Bossの家にお邪魔して、テープレコーダーを使って録音したのを聞きながら説明してくれたので大体わかった。期待していた女のコなんか、schoolには全然いなかった。今日の授業は土壌のことが中心だった。アメリカ(Sandiego郡)で栽培が一番多いのはバレンシアで、次がネーブルオレンジ。1週間に1回でも、全員が(半強制的?であるにしても)勉強する雰囲気になるというのはいいことなのだ。F島氏からTelがあって、明日の夜こっちへ来るという。ヒアリングが依然としてダメなのを痛感したので、明日は馬へ行ってEnglishの勉強をしようということになった。ただ、本当の目的はリンダとレスリーに会うことなのだ。さあ、もう11時半だから寝よう。weed oilは2人でやると楽なのだが・・・まあ、もう眠いのだ。別に書くこともない。そうそう、モグラの穴を見つけるのは格段に上手くなった。-------------------------------------------------Citrus school概要Text book◎CITRUS GROWING in CALIFORNIA 50¢◎All Citrus Diseases (color hand book) 5$◎CITRUS INDUSTRY No1. 10$ No2. 8$ No3. 10$◎Furtirizer hsnd book 6$50¢◎CITROGRAPH MAGAZINE柑橘ベルトは北緯40度線の内側。日本とカリフォルニアはほぼ同緯度。フロリダはもう少し低い。カリフォルニアで栽培している品種は、バレンシア、ネーブルレモン・・・日本、ヨーロッパ、ロシアへ輸出マンダリン・・・タンジェロ(グレープフルーツ×タンジェリン)パイプラインで水を運ぶ。来年からコロラドから来る水とサクラメントから来る水を混ぜて使う。コロラドの水 混ぜた後塩基濃度 700PPM 550PPMcl-濃度 100PPM 66PPM値段 50$/acrefoot 85$/acrefoot パイプでイリゲーションをするにはプラスチックパイプを使う。ブルドーザーで溝を掘って埋めていく。スライド☆Bossのranchのレモンの新植みたいなところ。ドリップシステムではない。☆Dich irrigationの写真☆gopherを殺す薬を土中に埋める機械☆ヘッジング・マシン クリスマスツリー状に樹をカットするか、機械が通れるように垂直にカットする。 クリスマスツリー状の方が日光がよく当たる。☆土壌消毒しないので枯死したオレンジranch☆収穫風景 小さな木箱か大きな木箱(bin)に入れる。移動にはクレーンやフォークリフトを使う。 パッキングハウスに雇われたメキシカンが収穫する。☆Foster Very Fine Sandy Loam の土壌☆Vista-Sandy Loamの土壌SoillPhysical structure - pattern in which soil particles are arranged.Chemical acidity alkalinty PH base excange nutrient elements.Biological bacteria fungi algae ,etc.の3つの要素がある。◎Soil Structure◎Soil Texture Soil Separate Name No. of particles/gram fine gravel 90(水が通過する時間に比例) coarse sand 722 medium sand 5,777 fine sand 46,213 very fine sand 722,074 silt 5,776,674 clay 90,260,853,860 ◎Soil Classes Loam (comb of soil separates) Sand fine sandy loam Silt med sandy loam Clay light sandy loam◎PH of Soil 6-7.3 is the best for CITRUS◎Base exchange Replacihg Power = H, Ca, Mg, K, NH4, Na, 施肥で窒素をやるとPHが下がる。gypsum(K)→PHを上げるために使う。◎Nutrient Elements ○Macro-elements N - nitrogen 一番重要 P - phosphorus K - potassium 過剰で着色が悪い。不足で皮がボコボコする。 Mg - magnesium Ca - calcium S - sulphur ○Macro-elements Fe - iron サンディエゴ郡では時々不足する Mn - manganese サンディエゴ郡では時々不足する Cu - copper Pが過剰になると不足する Zn - zinc サンディエゴ郡では不足するので重要。 B - boron サンディエゴ郡では水に含まれている Mb - molybdenum BossのranchではMn、Cu、Znを毎年葉面散布している。◎Soil Organisms 1. bacteria: nitrogen cycle 2. fungi: yearsts, molds, mushrooms 3. algae◎Soil Water ○Soil - Water Terms Saturation Field capacity Permanent Wilting Point (p.t.p) Readily Available MoistureRoot Stock 母樹をkeepすることが大切 Valencia Orangeの1973年の資料 acreage、productionなど gametic-hybrid seedlong やnuceller seedlongでは母親の病気が遺伝しない場合がある。 トリステザ・ウイルス・・・ヴェンチュラ郡で、トロイヤー・シトレンジ台に接木したスィートオレンジが弱っている。おそらく原木から種を取ったものではないのだろう。 レモンの台木はシトラス・マクロフィラ オレンジの台木はトロイヤー・シトレンジとキコク。キコクの方が樹容積が75~85%。 Carrizoも少しずつ使われている。 スィート・オレンジとラフ・レモンはphytophthoreに弱いので使われていない。 グレープフルーツの台木は大部分がトロイヤー・シトレンジ。 タンジェロ、タンジェリンの台木は大部分がトロイヤー・シトレンジ。サンディエゴ郡ではdry rotが多い。ミネオラはネーブルの品質には勝てないので、Bossの家の経営では規模拡大しない。土壌の湿度を測るにはテンション・メーターを使う。(4$50¢)-------------------------------------------------
2005年04月18日
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4月17日(木)1975年夜、M森君に散髪してもらって、「真ん中で分けたほうがいいよ」と言うので、そうしてもらったらとても可愛くなった。(※それ以来、現在までヘアスタイルは変えていない)一日中gopher checkで、バレンシアranchとネーブルranchと新植レモンranchを歩き回ったのでいささかくたびれた。最近3人の間ではアボカドが大好評で、サンドイッチとかトルティアとか、いろんなものに使っている。とても美味いし、これを食べるとアメリカへ来たと実感できる。もちろん追熟させなければ食べられないので、Bossに内緒でranchから取って来て、いつも3~4個は本棚の上に転がっている。今日はニワトリの女のコがいて、小さなガキどもと一緒に馬で闘牛をして遊んでいた。そのうち例のゴルフ場にあるような、おもちゃみたいな自動車みたいなのに乗ってranchを走りに来た。「Hi !」と言うと、「Hi !」と言って通り過ぎただけだった。モグラには緑色のstryctnineという薬を麦にまぶして、穴の両方に放り込んでおく。昨日殺したヘビはgopher-snakeというので、ドクロマークはRattle-snake(ガラガラヘビ)。不思議なもので、後半はモグラの穴を見つけるのが上手くなった。マウンドを見つけて、ぐるりと周りを見回すと、たいてい10mくらい先にもう1個マウンドがあるのだ。「奴は、あそこから来たのだな・・・とすると、え~い、このあたりか?」マウンドとマウンドを結ぶ架空の直線を描いて、こちらのマウンドから50cmくらいのところにスコップを立てる。すると見事gopherの穴を発見!!ただ、敵もさる者で微妙にカーブしたトンネルを掘っている。まさに人間とgopherの知恵比べなのだ。天気予報官は昨夜もニコニコ笑って、「明日はいい天気です」と言ったそうだが、朝仕事を始めて15分もするとザーッと来て、2時間降った。Bossは、「もう、どうしようもないのね」と言いながら、それでもまだ天気予報を全面的に信用しているみたいだ。明日はCitrus schoolなのだ。若い女性がいるとは思えないのだが、仕事を休めるのはいいことだ。もう1週間も終わったようなもので、Saturday nightを待つばかり。
2005年04月17日
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4月16日(水)1975年朝、一番に起きたA山君が、「やべえ!6時半だ!6時半だ!」と騒ぐ声で目を覚ました。急いで朝食を食べて外へ出たら雨がポツポツ。Bossがやってきて、「昨日は雨が降るだろうと思ったからオイルやらなかったのね」と悔やんでいた。「今日もmay be 雨は降らないね」と言うことなので、半信半疑でweed oilを準備する。トラクターに軽油を入れて、動力噴霧器のエンジンにガソリンも入れて、weed oilに水も入れて、グリス・アップも完了したところで、雨がザーッ!!!即、2時間休みになる。雨が止んだのでgopher checkを1時間やったら、又ザーッ!!午後2時から晴れたので仕事をした。レモンranchの「モグラ退治」。スコップを持ってranchをぐるぐると歩き回る。gopherは雨上がりの土が柔らかい時に動き回るらしく、所々地面が持ち上がっている。その「マウンド」の周囲の地中のどこかにトンネルがあるので、それを見つけて、トンネルの両側へgopherが食べると死ぬエサを放り込んで、カムフラージュのために草も入れて、埋め戻して置くのだ。アメリカは合理的なはずなのに、この作業だけは一種の賭けだ。マウンドの周りを掘ってもトンネルが見つかるとは限らないし、はたしてそのトンネルをモグラが通るかどうかも非常に疑問なのだ。もし通ってもエサを食べるかどうかはわからない。Bossは、「確かに死ぬのね」と言うのだが、とても信じられない。見える訳ではないし・・・仕事のtime upが迫った頃、M森君がモグラの穴に手を入れた瞬間、「ワ--- ヘビだ!!ヘビッ!!」とわめきながら一瞬にして3mも飛びさがった。tetywestは少し離れたところで穴を掘っていたので、びっくりしてそばへ行ってみると長いヘビが穴から出て地面をニョロニョロと這っているではないか。tetywestもヘビは恐いのだが、持っていたスコップで頭を押さえて胴体と分離してやった。もし毒蛇なら見つけたときに殺しておくのが鉄則なのだ。あとでBossに訊いたら、「あれはいいヘビね。gopherを食べるから殺さなくていいよ」とのことだった。しかし、やっぱりヘビは気分悪い。夕食はドーナツ2個と野菜炒め。M森君が後ろへ飛びさがったときの速さと距離が普通じゃなかったという話題で盛り上がった。しかし、毒蛇でなくて本当によかった。それ以外には、今日は別に書くこともない・・・今週も雨が降ったので記録はまだ更新中なのだ!!
2005年04月16日
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4月15日(火)1975年昨夜は結局11時頃まで覚えているのだが、後は寝てしまった。朝起きてから昼過ぎまではまだ頭がもうろうとしていて、自分の言っていることもおかしいことだったようだ。昼休みにみんなと話をしていてそう感じた。朝起きたときは、「もうすっかり醒めたな」という感じだったけど、実際はそうじゃないのだ。ギターを弾いたときもいつもと違う感じだった。たぶん今でも少しおかしいのだ。何となく頭がボンヤリしていて、覚めていない。要するに、しっかりとした思考が出来ないのだ。ボワーっとしていて・・・・1日中バレンシアranchでつっかえ棒のセットをやって、後2列半になった。今日は本当に仕事なんかしたくなかった。体はだるいし、Bossも来ないし、意識はまだハッキリしないし・・・でも、つっかえ棒を取っているとき、野うさぎをみつけて捕まえた。まだ小さかったけどカワイイ。仕事が終わって逃がしてやったら、おびえて逃げない。草のあるところまで持って行って逃がしてやったらやっと逃げた。F島氏はテーブルの上をきれいに掃除して、食器も洗ってあった。そういうところは気分がいい。夕食にステーキを食べたのでお腹が一杯。コーンスープも飲んだ。BossはCitrus schoolの日程を1枚しかくれなかったので、ノートに書き写した。-------------------------------------------------CITRUS PRODUCTION COURSEThe nine-week Citrus Production Course is scheduled to begin April 18, 1975 3:30-5:30 pm. in the auditorium of Potter Junior high School, 1743 Reche Road, Fallbrook.Following is a brief outline of the course.April 18 1. Introduction to Course 2. Site Selection 3. Soils Climate Water 4. Varieties and RootstocksApril 25 1. Tree Selection 2. Planting the New trees 3. Care of Young treesMay 2 Tour of Rancho Santa Fe Area Details to be announcedMay 9 1. Fertilization of Mature OrchardsMay 16 1. Citrus Diseases 2. Virus, Bacterium and Fungus Diseases 3. Treatment of Diseased TreesMay 23 1. Citrus IrrigationMay 30 Tour of North County Orchards Details to be announcedJune 6 1. Insect Pest Control 2. Weed Control 3. Rodent ControlJune 13 1. Cost Studies 2. Economics of Industry 3. Future of Citrus Industry-------------------------------------------------
2005年04月15日
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4月14日(月)1975年午後9時。F島氏が来て「真理ちゃん」の歌を唄ったら、20分くらいしてとてもいい気持ちになっている。ちょうど酒を飲みすぎたような、足もだるいし、目の焦点もぼんやりしていて、みんなが話していることもぼんやり。自分でも酔ってるのがわかる。目で脈打っていて、今bed roomへ着いた。キッチンにいるみんなに、「時々見ててくれよ」と言い残して・・・・tetywestはこの部屋に来た。こんなのはとても信じられないけど貴重な経験だ!!だからこうやって記録を取っているのだ。F島氏が「K崎氏はとても打算的だ」という表現をした。そして昨日も、帰ってから気分が悪そうだったと・・・・そのことと、あの手紙の、「許してください」というのを考え合わせると、気分がこんがらがって嫌な気分になってしまうのだ。人間なんて表面と内面は違っているのだろう。「真理ちゃん」は結局、「急激に、時間的に酒より早く自分の世界に閉じ籠もれて、外的な物体とか思考から独立できるためのヒト」なのだ。彼らは農友会の悪口を言っているけれど、もうその言っている意味がよくわからない。思考の中でまとまらないのだ。じゃ、書き留めてみようか。「村松の言っていることは良い。鶴田はいやだ。あんな話術の巧みな人は信用できない。初めての人にはウケが良いが、付き合ってみると・・・・」「農友会は縦の繋がりがない。でもちょくちょく顔を出しているヤツ以外は、田舎え(※原文のまま)帰りゃ関係ない」M森君が、農友会へ牛を輸入とかの件で日本農友会の悪口を言っている。ちゃんと聞き耳を立てれば、その時はまだ思考力が蘇ってくる。またM森君が、「いい気分になったよ」だって。F島氏がK崎氏のことを言っている。M森君が昨日の説明をし始めた。あれは、こちらにとっても気分悪くなるョ。今9時20分。ちょっと頭がハッキリした。もうみんなの言ってることが割りとわかるようになった。F島氏の考えでは、「K崎氏はきつい感じ」だそうだ。でも、まだだな。まだ醒めてないや。F島氏が個人外出について言っている。M森君の立場・・・「外出のときは個人でやりたい。仕事の面では一緒でも。外出を見とめて(何という字だこれは)認めてくれるのは、Bossにそういうのが習慣だと思わそうとしている」「2人と3人とは・・・・どっちがよいか?」M森君、「タイプの割りと似ている3人だからイガミアイもたまに。1対1のこともある。気の長いのはいいことだ」F島氏、・・・・(もう忘れてしまった)9時33分。M森君は難しいことを言っていて、よくわからない。右の耳から左の耳へと通り過ぎて、少しも頭の内にひっかからない。F島氏の言ってることも、「内面的・・・外面的・・・」なんて・・・。「どうしてここへ来たのか?・・・理由は外面的には農業を継ぐというけど、何となくというのが本音」A山君は、「小さい頃からどうしてか行きたかったけど、いつでも行けた」んだって。(でも、どうして今来たんだろ?)あんな難しい話が出来るなんて、M森君もまだ酔ってないな!もう彼らが言ってることもよくわからないや。9時40分だ。長いなチクショ。時間・・・(自分の)を持ちたいな、半日くらい。OK。M森君は確かにキツイというか、鋭い感覚を持っている。A山君はおとなしいな。本当に酔った頭ではそのfeelingだけ。あとすぐ忘れてしまう。「マリちゃん」は酒よりも酔ってる時間が長いんだ。F島氏はのんきみたいに見えるけど厳しいョ。9時46分。目を閉じてるといい気持ち。「マリちゃん」の効き目は15分後くらいに小さいピークがあって、その後ずっと持続するのだ。自分の書こうとしてることは書けるけど、他人の話なんて理解できない。「マリちゃん」は自分の考えを理解する方が他人の話を理解するより以前の思考なのだということを教えてくれる。もう、昔何を考えてたのか思い出さない。眠くなってきた。三島由紀夫の話をしていて、M森君の言ってることはtetywestのわかることで、F島氏の言ってることはわからないこと。あっ、そうだ。今日は朝weed oilをやろうとしたら、壊れてて、Bossを呼びに行ったら、「Timeがない」と言うので、hoeでweedind。そのあとつっかえ棒のセットをやって、そのうち、「直った」とBossが言うので、A山君とレモンの続きをやって、薬をFill upして、むこうのアボカドの岩の近くでweed oilの散布で、11時半から・・・。すぐ昼で、昼から5時までまた散布して、あと最後にBossが呼びに来て、走って帰っているときあのノズルをタンクの下に落として壊してしまった。Bossも少し気分が悪そうだった。目を閉じるととてもいい気持ちだ。もう10時過ぎたョ。みんなよくやるョ!まあ、今日はとてもよいExperienceをしたのだ。もう2度とやることはないだろう。M森君もA山君も「やりたい」って言ってたもので、その本当の気分を知らないのだから、かわいそう。どうせやるなら思い切ってトコトンやらなきゃ!・・・・と思う。
2005年04月14日
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4月13日(日)1975年ラモナが来ない!!!昼まで寝ながら待っていた。それでも来ない!!!逆境だ!もうダメだ!!それじゃBossに頼んでEscondidoへ連れて行ってもらおうと思ったら甘かった。ファミリー全部が出かけていて誰もいない。あ――――!!!仕方がないのでピックアップに乗ってranchを駆け巡って写真を撮ろうということになった。まずニワトリへ行ったけれど誰もいない。今度はむこうのバレンシアranchまで行って、そこからさらに南へ走ってみた。3軒ほど家があって、風景もとてもアメリカ的になってきた。道端にオレンジ色の花を満開にして野生のカリフォルニア・ポピーが群生している。2時から3時過ぎまでそうやってranchの周りを走り回ったので、少しは近所の地理もわかってきた。そのあと、一番近い近所である馬を飼っている家の方へ歩いていった。庭先まで行くと、たまたまその家の主人が馬の世話をしていた。「May we take some pictures with you?」と訊いたら、さあどうぞとばかり一緒に写真におさまってくれて、「ついでにこの馬と一緒の写真もとれ」「カウボーイ・ハットがあるからかぶれ」と愛想がいい。ほとんど2mはあるんじゃないかと思えるほど背が高い。「どこから来たの?」「日本からの農業実習生です。Mr. Doiのところに住んでいます」「それは遠いところをよく来たもんだ。まあ家に入りなさい」誘われるままに家にお邪魔するとビールが出た。いろいろ話をしているうちに、「一緒にメキシコ料理を食べに行こう」と言う。しかし、実習生の身分で外食できるゆとりなどはない。「Thank you, but we have only few money.」「問題ないよ、おごってあげるから」「Oh!really? Of course we will!」ところがその時、ある一団が馬を見にやってきた。子供連れ、犬連れ、台湾人の学生もいる。本当に買うのだろうか・・・馬のBossは接客しなくてはならないので、「5時にもう一度ここにおいで」ということになった。5時過ぎに再び訪問すると、シルバーのカマロが待っていて出かける準備が出来ていた。カマロはクーペタイプなので2ドアだし後部シートは狭い。そこへ我々3人が乗り、助手席にBoss、運転はミセスだった。Vistaへ行って「CASO-何とかやら」というメキシカン料理の店でタコス、エンチュラダ(?)、それに名前のわからない料理、etc.・・・のディナーをご馳走になる。特に美味しかったのはトルティアというチップにホットソースをつけて食べるやつ。ビールを飲んだので、今もとても眠いけど・・・BossやミセスのEnglishもよくわかるし、「ああ、ここはアメリカだなあ、やっぱり・・・」という実感を味わった。馬のBossはフレッド・エスコベドー。スペイン系らしい。57歳で、もうすぐ誕生日が来る。アラブ種の馬を飼育している。ミセスの名前はシャーリー。オーシャンサイドの海兵隊に勤めている。結婚して1年だそうだ。ミセスには3人の娘がいて、長女が19歳、もう独立して別居している。次女はリンダで、三女が13歳で名前はレスリーとか・・・「日本で初対面のヒトに食事をおごるかな?普通・・・」「やっぱ、それがアメリカなんだよ」とても親切なのだ。みんな、みんな・・・・今日はとってもよいSundayだった。カリフォルニアのレモンからも合成保存剤が検出されていた。-------------------------------------------------4月12日羅府新報加州産レモンからも合成保存剤 厚生省が移動禁止令【東京十二日時事通信】厚生省は十一日、カリフォルニア産レモンの一部から食品衛生法違反の合成保存剤「オルトフェニルフェノール」が検出されたためレモンの移動禁止令を出すとともに、すでに市中におろされたレモンについても輸入業者を通じ追跡調査を始めた。 合成保存剤が検出されたのは東食が輸入したレモン「ディスプレー」。同社は三月二十四日に一千カートン(約十七トン)を輸入したが、このうちサンプル十個を日本食品衛生協会の食品衛生研究所で検査したところ一PPMのオルトフェニルフェノールを検出した。 現在在庫は一〇〇カートンだけで、残り九〇〇カートンはすでに東京、群馬、埼玉、愛知におろされているが、市中にはまだあまり出回ってない模様。東食は自主回収に乗り出しているが、三月二十四日以前に輸入された同じブランドのレモンの大半は市中に相当出回っているものとみられ、同省では有害性はあるが、水で十分あらえば特に心配ないといつている。-------------------------------------------------
2005年04月13日
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4月12日(土)1975年午前中はweeding with hoe。午後からはweed oil machineを使ってバレンシアranchの隣のレモンranchへ除草剤を散布した。weed oil machineは自走式除草剤専用機で、タンクにweed oil60%と水40%の除草剤を作り、一番前の運転席に座って運転しながら除草剤を散布していく。本来は運転席の両サイドに並んでいるノズルから、自動的に除草剤が散布されるようになっているのだが、Bossのranchは草生栽培で木の回りだけへ除草剤を散布するので、そのノズルは使わない。補正散布用のノズルを使って手で散布するのだ。しかし、アメリカ式のノズルは重いのでホールドしているだけでかなり腕が疲れる。日本のノズルの方が軽くてずっと使い勝手がいい。仕事は1人なので気は楽なのだが、運転と散布を同時にやるので結構難しい。それに1人では通路の片側しか散布できないので、1列を2回走らなくてはならない。作業能率を考えれば、これは2人か3人でやるべきだろう。午後5時30分にタンクが空になったので、除草剤を作りに行った。来週からはずっとこの作業になるらしい。今日は一挙に夏が来たような暑さだった。除草剤を散布すると2~3時間でもう雑草が茶色に変わっている。しかし、オイルを地面にぶちまけるなんて、なんという管理なのだろう!土壌にとっていいはずがないのだが・・・昼休みに、ピックアップの前で仕事着で記念撮影をする。実習生に与えられているピックアップは薄い青緑色の56年型シボレーで、いかにもアメ車というスタイルだ。でも、これほど古いのはあまり見かけない。ボンネットはウエストラインより盛り上がっているし、後輪のタイヤハウスが荷台の外にガバッと張り出しているので、荷台のスペースはかなり狭い。荷台には木の箱が積んであり、その中にイリゲーション・チェックの7つ道具が入っている。長靴を履いているのがtetywest新植のレモンは去年の6月頃に植えたのだそうだが、もう樹高が1m以上になっている。アボカドも去年の実習生が植えたもので、もう1mはある。日本だと1mになるのに3~4年はかかるのに、カリフォルニアは木の生長が早い。Bossの話では、「花がついているから、may be今年は少し採れるのね」そういえば、もうレモンの花が蕾になっている。日本より開花が1ヶ月も早い。この気象条件はうらやましい限りだが、日本ではどうしようもない。今日はBossの機嫌が良かったみたいで、防除タンクを牽引しているトラクターをバックで車庫にしまうとき、一発で決まったので拍手したら、照れくさそうに笑って、「ラッキーだったね」夜は、当然来るだろうと予想していたラモナのK崎氏がなかなか来ないので、まるで暇そのもの・・・「明日も来ないとどうしようもないよな」「それはないだろう。もしそうだったら終わってるよ」などと言いながら3人でクイズの出しっこをやった。M森君の問題で、「4を4つ使って、1から50までの整数を作る」というのをやっていたら、10時半が来た。まだ33~45の奇数が出来ていないのだ。ちなみに、結構苦労したのは48で、4!×√4+4-4それがわかると、47と49は簡単で、4!×√4±4/411、13、19、21、23、25、26、27、28、29、30、31、36、38、42、44、46、50も4!を使えば出来る。weed oilの仕事中に、青いメタリックのポンティアックに乗った22~23歳くらいの女のコが通った。手を振ったら笑って手を振っていた。また1人女のコを見た。もう寝よう。明日はラモナ来いよ!!
2005年04月12日
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4月11日(金)1975年1日中weeding with hoeで、レモンranchは終わってアボカドranchに入った。今日は腕が疲れた。夕方3時半にWillson氏の娘(May be high scholl)が帰って来た。久しぶりに女のコというのを見た。その後、5時半頃にも家から出てきたのを見た。結構カワイイみたいだ。ニワトリの娘もダックスHONDAに乗ってranchを走りに来た。結局今日は2人も女のコを見たので明日のweedingが楽しみだと、夕食の話が弾んだ。夜Bossの家に行って、Citrus schollの計画書をもらってきた。全部で9weeksあり、2回のfield tourが含まれている。Citrusに関することは全部やるみたいなので楽しみだ。何しろ少しずつではあるが夢は膨らみ始めてきたし、もうTomorrowはSaturdayだし、今週も終わったようなものだ。スーザンやウォーリーとゲームをしたりマッチ棒クイズをやったりして遊んで結構楽しかったのだが、スーザンが黒のパンストにホットパンツ姿だったのがやけに色っぽく見えてしまった。「女のコ飢餓状態」を何とかしなければ・・・シャーリーには掛け算を教えたのだけれど、まだまだ無理だった。アメリカ人は図形のパズルはあまり得意ではないみたいだ・・・と言ってもBossのファミリーしか知らないのだが・・・まあ何にせよ、いろんなことがあるだろう。今日はいい日だろう。4月8日の羅府新報によれば、日本ではアメリカからの柑橘の輸入をstopした。合成保存剤のオルト・フェニル・フェノールというのが含まれているからだ。そのことについてBossに訊いたら、Packing houseへ電話して調べてくれた。優しいヒトだ。11時・・・もう寝よう。-------------------------------------------------4月8日羅府新報違反の保存剤使用 柑橘類輸入中止を通達 米国では使用認められているが【東京八日時事通信】フロリダ産グレープフルーツから食品衛生法で使用を禁止されている合成保存剤オルトフェニルフェノールがこのほど検出されたが、これに関連して、農林省は七日柑橘類を輸入している二百余の業者に対し、食品衛生法に違反する柑橘類の輸入をやめるよう通達した。この通達の中で同省は、グレープフルーツばかりではなくオレンジ、レモンなど輸入柑橘類の多くが問題の合成保存剤を使っていることが考えられるとして、輸入柑橘類全般にわたって輸出側と連絡をとり、日本の食品衛生法を守るよう求めている。問題の合成保存剤は日本では使用禁止となっているが米国など数ヵ国では毒性はないとして使用が認められている。-------------------------------------------------Bossが調べてくれた要約オルト・フェニル・フェノールは洗剤と一緒に果実を洗浄する際に腐敗を防止する目的で用いられる薬剤であり、USAでは約20年前から使用されている。しかし日本で輸入を止めた原因としては、1.含有%が高すぎたと思われる。2.USAからのオレンジ類の輸入は西本貿易が独占している状態なので、どこかの商社が妨害する目的があったのでは(?)現在カリフォルニアではsoap onlyの果実輸出にしているので、もうじき解決されるだろうという話である。「それにしても、今までノーチェックだったのはおかしいのね」と言うのがBossの意見。なお、腐敗防止剤バイ・フェニルとオルト・フェニル・フェノールは別のものである。パッキングハウスの話では、バイ・フェニルを染み込ませた日本向け用紙は、上下2層でオレンジを包み、用紙全体に染み込ませるのではなく線状に配置して,濃度は2分の1にしているそうだ。(※その後日本では、オルト・フェニル・フェノールの略称である「OPP」という呼び方が一般的になった)-------------------------------------------------
2005年04月11日
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4月10日(木)1975年今日が終われば1週間の仕事ももう終わったような気がする。待ち遠しい日曜はそこまでやってきているのだ。仕事は今日もレモンの新植ranchのweeding with hoeだったので、写真を撮った。なだらかな丘の斜面全部を覆う草の絨毯の中に、1mくらいの高さのレモンが6m間隔で整然と並んでいる。やがて朝日が昇って来ると、木の幹を日焼けから守るために巻いてある銀紙がキラキラと輝いて見える。その周囲2m四方は除草剤で裸地状態にしてあるのだが、tetywestたちはそこに生えてくる草を削るわけだ。クワを持って仕事をしている様子をお互いに写しあう。途中でBossが呼びに来て、バレンシアranchへ移動する。この前shedで巻いたドリップパイプは、このranchの潅水システムをスプリンクラーからドリップに変更するためだったそうだ。Bossがユンボを使ってスプリンクラーのパイプを堀り、tetywestたちはパイプの回りの土を除いてパイプにフィルターをセットするのを手伝った。ということは、どういうことかというと・・・・この前巻いたドリップパイプのテープを剥がして、一度真っ直ぐに伸ばし、それを又木の周りへ巻くことになるわけだ。あの3日間の作業はすべてあまり効果のないことになる。Bossは1日半で出来ると思ってやらせたらしいのだが、彼のことだからあまり文句は言わないし、真意はわからない。しかし・・・よく計算しているようで、どこか抜けているような・・・・昼から、tetywestたちがピックアップでレモンの新植ranchへ向かっているとき、フィルターのところから帰ってくるBossとMr. Munemitsuの車とすれ違った。Mr. Munemitsuは手を挙げて、「やあ!」と言って通り過ぎ、Bossはニタッと笑って首をかしげて通り過ぎた。午前中にBossが、「今日は天気予報で may be 雨は降らないからフィルターを付けるのね」と言っていたのだが、その時はパラパラと雨が降っていた。フィルターのセットにかかりっきりだったためか、Bossは午後の見回りには来なかった・・・と思ったら5時55分頃に現れて、川の向こうからピックアップの窓ガラスを下ろして、「しっかりよ」と言って去っていった。夕食のときそのことが話題になった。あのシチュエーションでBossはいったい何を意図して「しっかりよ」と言ったのだろう?「しっかりよ」は激励のための「しっかりね」なのだろうか、それとも慰労のための「ご苦労さん」という意味なのだろうか?と議論したのだが、結局何のことかわからんという結論になった。夕食後、リバーサイドからノートが届いたとBossが持ってきてくれた。2週間でまわす筈なのにちょっと着くのが遅いのだが、グッドタイミングだったので「しっかりよ」の話題を書いて、「うちのBossは変なヒトです」と締め括った。もう10時なのでみんな寝る支度をしている。昨日の風邪はもう治ったみたいだ。
2005年04月10日
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4月9日(水)1975年A山君が、「まだ降ってるよ」と言うのをベッドの中で聞いたのが午前6時。7時ちょっと過ぎに起きて見たら晴れていた。Bossは来ないし、「えーい!もう寝てよう」と、ベッドにもぐりこんで寝た。次に気がついたら10時15分。2人は起きていて、Bossも実習生ハウスへ来ていた。恨めしいくらいカラッと快晴で、昨日の雨がウソみたいだ。天気予報を呪いながら朝食をとって、11時から仕事をした。ニワトリの近くのレモンの新植ranchでweeding with hoeを6時まで・・・・時々雨がパラパラと降ってくる。ここのranchは去年の実習生が新植したのだが、まだ地面が柔らかくて靴で踏むと1cmくらいめり込むところがあった。「チクショウ!この天気!」と思いながら仕事をしていたのだが、腹は減るし、どうやら風邪をひいてしまったらしい。タバコが不味い。まだ9時前だけどベッドに入っている。それにしても、レモンの新植ranchから見た風景は印象的だった。Bossのranchの中では一番標高が低いために、バレンシア&ネーブルranchがなだらかな起伏を描いて、遠くなるほど次第に盛り上がるように続いている。1kmくらい向こうの一番高いところにBossの家が小さく見えて、その遥かむこうは頂上に雲をかぶった山々。レモンの新植ranchのすぐ隣は何も植えていない草原で、寝転んだらさぞ気持ちがいいだろうな・・・・何もかもが広いのだ・・・気が遠くなるくらい。仕事中に、プロジェクトを何にしようかと考えていた。「Munemitsu Farmの1年間の作業内容」とか、「バレンシアの果実の病気」とか・・・・何にするにしろ、写真をいっぱい撮らなくては・・・もう2度と来ないのだし、2度と見られないのだから。ちょっとした風景でも何でも撮りまくろう!小さいカメラで充分だから。今日は、もうダメだ。そういえば、昨日は愛媛のT藤君、Y野君、それと浜松のI田君にletterを書いたけどまだ出していない。家へもletterを書かなくては・・・今書き終えた。10時過ぎた。もう寝よう。-------------------------------------------------みんな元気ですか?こっちも相変わらず元気です。もう1ヶ月半が過ぎましたが、未だにここはアメリカだという実感がわかないので困っています。何しろBossもミセスも日本語が話せるし、子供達だって日本人の顔をしているので、それに今の仕事はレモンやグレープフルーツの木の回りの草を「クワ」で削る作業なので、まるで日本なのです。現在仕事は7時~6時までの10時間。もう慣れましたが、日本では何とみんな働かないのでしょう!!日本でこのくらい毎日働いたら2haや3haは遊びみたいに経営できるのではないかなどと思いますが、また日本へ帰るとその習慣に浸ってしまって、3haでもしんどいということになるのではないかとも思っています。ともあれ、休憩無しで10時間(昼休みは1時間あるけれど)働いて、途中タバコも吸わないというのは私にしてみれば驚異的なのです。というのは、18日から毎金曜日の昼からミカンについての学校が8週間開かれるので、それに出席するために今時間を稼いで10時間働いているわけなのです。もちろん学校は全部Englishなので、ほぼわからない(?)ので、テープレコーダーを買いました。この前3月20日にBossがオレンジ・ショウに連れて行ってくれました。どういうのかと思ったら、地元の「農業祭」を大きくしたようなもので、各地(カリフォルニア)のネーブルなどの展示と大学(カリフォルニア大学リバーサイド校)の先生の講演で、講演は実に10人くらい。そのなかにはピュア・ゴールドという、サンキストと並ぶ販売組合の社長なんかの講演もあって、けっこうおもしろかったのです。まあ言っている事の10分の1もわからないけど、カリフォルニアの生産状況とか、そんなスライドもあったので、それだけはわかったのです。そのあと1週間もしないうちに、たまたま雨だったので、近くで開かれた「アボカド」の生産者向けの講演に連れて行ってくれたのです(オレンジ・ショウは約100km離れたサン・バーナルディノというところであったのですが)。これも5人の人が講演して、アボカドの生産状況や潅水の方法、販売と生産の問題点などについて話してました。アボカドというのをはじめて食べてみたけど、何と表現したらいいか、「味のないクリームみたいな味」の果実です。仕事では、除草(トラクターに乗ってモアというもので刈る)は私の役。その他、レモンの剪定と潅水用のドリップパイプを新植用に準備するのと、ネーブルのつっかえ棒はずしと、バレンシアへその棒をまたつっぱり用にセットするのと、そんなもんです。何しろ雨が1週間に1回は必ず降るので(Bossも「信じられない。こんなのは8年ぶりよ」と言ってましたが)潅水は最初1・2回やっただけです。この前の雨は5時間降って40mm。今日は、昨日が雨だったのでBossが、「明日は雨が降っていたら、朝ゆっくりすればいい」と言ってくれたし、6時に起きたときは確かに降っていたので寝ていたら、次に起きたら10時過ぎで、もうすっかりいい天気でした。こちらの天気予報もいい加減です。おかげでBossは気分が悪かったみたいです。初めて朝寝で失敗したのです。しかし、3人いるおかげで何とか朝も起きています。とにかく人里離れているので、人間の顔を見るのはめったにないのです(アメリカ人の)。何となく、1年間仕事のオニになって働くだけで帰ってきそうです。アメリカというのはBossの家のことだと思ったりして・・・この前の返事が来ないのでアメリカへの手紙の書き方でも教えてあげるから手紙を書きなさい。航空用便箋に(なかったら薄めの便箋でもよい)3枚までならたぶん100円だし、郵便局で外国用の郵便書簡(今これを書いているようなもの)を買えば1枚50円です。宛名はこの手紙の左上に書いてあるのをそのまま書けばよいし、ついでに普通の封筒ならAIR MAIL(航空郵便)と書くのです。わかったら明日にでも買って来なさい。たぶん郵便書簡の方が安いし簡単だし、いいですョ。それから、サンキストが日本へレモンを送るときに、腐敗を防止するためにダンボールにバイフェニル(biphenyl)という薬を染みこませておくのだそうですが、これは日本のベンレートやトップジンMと成分が同じなのか違うのか、また、違うのなら日本で使われているのかどうか(この前Bossの話ではまだ使われていないようなことを言っていた)調べてください。それじゃ返事を待っております。 4月9日-------------------------------------------------
2005年04月09日
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4月8日(火)1975年一日中雨だった。かなりまとまった雨で、空き缶で測ったら40mmくらい降っていた。shedでドリップホースを巻く仕事で、3時に全部終わったので後はOFFだった。午前中にBossとミセスがコーヒーと煎餅を持ってきてくれた。そういえば先週の火曜日もドーナツを持ってきてくれたし、ここで仕事をするときはいつも何か出るのだろうか?ホースを留めるテープが後100本のところでなくなってしまったので、shedの中にある紐で巻いたり、ホースを梱包してあったのを廃物利用して使った。夜、Bossの家へ行ったら、真っ先にサンドラが、「Today Warren is birthday.」と、例のモゴモゴッとした発音でみんなに教えてくれた。準備してあったbirthday cardと日本のコインセットをプレゼントする。A山君は番傘、M森君は毛糸の帽子。帽子は子供たちみんながかぶって大好評だった。ミセスは、「どうして、今日birthdayとわかった?」と不思議がっていた。それは秘密、秘密・・・・ミセスの手づくりのbirthday cakeを食べて、コーヒーを飲んで、ウォーリーは黄色のbicycleを買ってもらっていた。競技用のYAMAHA製。その後、1974年 The 47th ACADEMY AWARDが始まったのでTVを観る。 フェイ・ダナウェイ 、 ミア・ファロー 、スティーブ・マックィーン、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、チャールトン・へストン、ショーン・コネリー、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ・・・次々に有名なスターが登場する。助演女優賞は「MURDER ON THE ORIENT EXPRESS」のIngrid Bergman(イングリッド・バーグマン)。助演男優賞は「GOD FATHER PART2」のRobert De Niro(ロバート・デ・ニーロ)。ベスト・アクトレスは「ALICE DOESN'T LIVE HERE ANYMORE」のEllen Burstyn(エレン・バースティン)、ベスト・アクターは人と猫の名前が題名になっている「HARRY AND TONTO」のArt Carney(アート・カーニー)。Ellen Burstynは「HARRY AND TONTO」にも出ているのだそうだ。そして、ベスト・ムービーは「GOD FATHER PART2」。「チャイナタウン 」や「タワーリング・インフェルノ」なんかもノミネートされていたのだが、何しろ「GOD FATHER」の人気はすごいみたいだ。監督賞も脚色賞も美術賞も「GOD FATHER PART2」だった。Bossが、「明日雨が降っていたら、朝はゆっくりしたらいい」と言うので、2時頃まで昔の映画やテレビの番組について話をしていた。スーザンはBossが迎えに行って、夜10時半頃帰ってきた。まだ11歳なのに夜に強い。tetywestが小学生の頃は起きていられる限界は9時半だったのに・・・ずっと雨が降っている。
2005年04月08日
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4月7日(月)1975年仕事は一日中ドリップパイプ巻き。・・・でもなかった。ドリップパイプを巻いていてテープがなくなったのでvalencia ranchへ行ったら、まだ露が残っていてとても仕事ができる状態ではなかった。Bossを探したのだが、どこにもいない。仕方がないのでミセスに状況を説明して、「別の仕事を下さい」と頼む。もらった仕事は、すぐ家の前のavocadoのweedingだった。しかし、そんなのはすぐに終わってしまう。仕方がないのでvalencia ranchへ行って、ずぶ濡れになりながらつっかえ棒をセットする作業をやっていたら、Bossがテープを買ってきた。まあ、雨が降らなかっただけ良かったとしよう。しかし、Bossは3本しかテープを買っていなかった。「これでは足りません、今日中になくなります。」と言うと、もう一度3本買いに行った。たぶんEscondidoまで行くのだろうけど、こまめな性格だ。最近の仕事中の話題はBossの口癖について。Bossは、「May be」「モンする」をしょっちゅう使う。しかし、未だに「モンする」の意味がよくわからない。「モン」は日本語なのか英語なのかさえわからない不思議な言葉なのだ。夕方の買出しで、・・・Bossにとっては今日3度目のEscondidoということになる・・・M森君とA山君はスイミング・トランクスを買った。WORDには置いてなくて、もう一軒の店で見つけたのだが、「一番小さいのでも、お腹の周りがガバガバだよ。まあ、紐で締めれるからいいけどね」というシロモノだった。tetywestは日本から海水パンツを持ってきているのでOKなのだ。食費はタバコ代を含んで48$くらいだった。帰り道でBossが、「日本の道路は時速何マイルかね?」と訊くので、「最高速度は・・・・だいたい38マイルです」と言うと、実際にその速度まで落として、「これじゃ、もっと危ないね。後ろの車にぶつけられるよ」と笑っていた。確かにめちゃくちゃ遅い。395号線は準フリーウェイなのだが、制限速度は55マイル(88km/h)だ。しかし、55マイルになったのはオイルショック以後で、それまでは65マイル(104km/h)だったそうだ。「明日はTVでアカデミー・アワードがあるから、may beうちへきて見ればいい」と招待してくれた。明日はウォーリーの誕生日だという情報を事前に入手していたのだが、そのことには全く触れなかった。同級生のF君からまた手紙が来て、「イテーレン(異国のtetywestにletterを市民連合)」を作るのだと張り切っている。この前の手紙で、こっちにはモグラが出ると書いたら、その退治の仕方を書いてあった。おもしろい。ついでに犬の歯の抜き方も書いてあった。全く役に立たないけどおもしろい。本当にここはアメリカなのだろうか・・・不思議だ。
2005年04月07日
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4月6日(日)1975年午後12時30分、まだ雨が降ったり止んだりしている。ゆっくり寝て、11時過ぎに起きた。夕食用のカレーを作っていて、今コンロの上でグツグツと煮えている。またまた一週間ぶりのDAY OFFで、のんびりとベッドに戻る。まだ着替えてもいない。この価値あるfree timeを何に使おう・・・まずletterを書こう。Mr. Kimにletterを書いて、ギターを弾いていた。最初のうちは声が思うように出なかったけど、そのうちノッてきて、いい感じで歌っていたらBossが来た。ミセスも来て、「なに、この汚い床。掃除しなさい!!」と言う。意地になって掃除したのでやたら綺麗になった。そのうちにスーザンやシャーリーが来たので、スーザンに紙芝居をプレゼントした。早速読んで聞かせてくれたのだが、あまりに早口でちょっと聞き取りにくかった。スーザンはとても喜んでくれたので気分がいいのだ。夕方、Bossの家にピンポンをしに行く。久しぶりにやったのでなかなか勘が戻らない。シャーリーは一番話しやすいし、こっちの言うこともよくわかるのでtetywestのお気に入りなのだが、今日は九・九を覚えていたので一緒に付き合った。時計の読み方を知っているかどうか試してみたけど、まだ知らないようだ。九・九も、1と2の段だけは知っているけど、それ以外はまだ。しかし、「nine times nine is eighty-one」だけは得意げに言う。カワイイものだ・・・さて、夕食のカレーは・・・3度目にして今まで最高の出来具合!!カップ2杯のライスが全部なくなるくらい好評だった。今お腹がいっぱいなのだ。まだ外は雨が降っている。本当に降ったり止んだりよく続く。今はまだ8時前・・・何をしようか?What shall we do, now?このあと、実習生ハウスの電灯を消してローソクをともし、その明りの中で3人でギターに合わせて歌を歌った。(・・・と、次の日に書き加えてあった)
2005年04月06日
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4月5日(土)1975年一日中ドリップパイプを巻く。Bossも時々見回りに来る程度。昼休みに食事をしていたらBossが実習生ハウスにやってきて、「今日中に終わるかね?」と訊く。tetywestが、「まだ2,100本も残っていて、1時間に100本のペースですけど」と答えると、少し考えて、「That's all right.」と言って帰っていった。午後、仕事をしているところへ見回りにやってきて、「だいぶ少なくなったね。」Bossだから言える言葉だと、みんなで感心したり笑ったり。夜はBossの家にハートをやりに来いとお誘いを受けたので出かける。9時から何と午前1時までハートをやって、その後ナポレオンを教えた。Bossは、「アメリカにもよく似た遊びがあるのね」とすぐに覚えたのだが、ミセスはなかなか覚えない。でも、とても楽しそうだ。ハートの結果はM森君が1位でBossがlast。tetywestはミセスと1点差でブービーだった。その後、今度はミセスがインスタントラーメンの作り方がわからないので、教えて欲しいという。袋の裏の「作り方」を読んで教えていたら、実際に作った方が早いと作りだした。「さあ、食べなさい」と出てきたラーメンは、具が何も入っていなかった。具のないラーメンは美味しくないのに、ミセスはさらに追加を作り、「さあ、もっと食べなさい」「・・・・」これほどは食べきれないと、みんなかなり閉口していたようだ。3時半になって、ようやく「もう眠いから」とおいとまする。夜はずっと雨が降っていたのだが、帰るときには止んでいた。スーザンは、「今日は20マイル歩いたので疲れた」そうだし、ウォーリーはどこかへお泊りなのか帰ってこなかった。紙芝居は全部完成した。いつ上演しようかな・・・・
2005年04月05日
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4月4日(金)1975年朝、仕事をしていたらIFAの村松さんと石井さんがやって来た。3日間で南カリフォルニアの実習生を全部回るのだそうだ。ちょっとだけ話をして、そのうちまた来るからと帰っていった。IFA側からの言い分では、「日本の農友会は体制が古い」のだそうだ。お互いに喧嘩をしているのだから相手を良く言うはずはないのだが・・・夜はBossの家に行く。IFAへ1ヵ月ごとに提出する「マンスリー・レポート」にBossのサインをもらって、host farmerのコメントをもらわなくてはならないのだ。Bossはサインだけで返してくれるので、「コメントは書かないんですか?」と訊いたら、「まだ早すぎるのね」とのことだった。Bossはもう何年も実習生を受け入れているのでわかっているのだろうが、tetywestには何が早すぎるのかよくわからない。TVでスリラー映画をやっていて、一緒に観る。双子の子供の片方はもう死んでいるのに、もう1人はそれが信じられなくて、その死んだ子供と遊んでいる。人をどんどん殺してくのに、完全犯罪。英語があまり聴き取れなくてもかなり恐かった。今日はスーザンもウォーリーも友達の家に出かけて留守だったし、サンドラもすぐにgo to bedだったので、とても静かだったからかもしれない。それに部屋が薄暗いし・・・Bossに、「13日の日曜日にベンソン氏のところへ行ってもいいですか?」と訊いたら、「OK」と言ったものの、明らかに気分が悪そうだった。しかし、こちらもBossの顔色ばかり気にしてはいられないのだ。アメリカは自己主張の国なのだから、「Sundayはfree」としっかりけじめをつけなくては。Bossのファミリー以外のいろいろな別のSundayも経験しなくては。村松さんが言っていたように、1年しかないのだし、視野を広げて吸収できるものは何でも吸収しなくては。もう11時45分だ。明日はSaturdayだ。Bossの家から「Peach boy」の本を借りてきたので、紙芝居に書き写さなくては・・・
2005年04月04日
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4月3日(木)1975年汚い話なのだが、便秘気味だったのがミルクを飲んだおかげで下り気味になった。こっちの方がいい。アイオワに配属になった香川のT君からletter。彼は仕事が楽そうだ。15、6歳の男の子がいるのでしょっちゅう遊びに行っているという。仕事は一日中w. Lilac roadのむこうのアボカドranchで除草。アボカドはまだ新植して3年目なので背丈ほどの高さだ。イリゲーションは樹の下に1列に配管されている黒いドリップパイプ。樹の周り1辺2mの正方形の部分だけを除草剤で裸地状態にしてあり、それ以外のところは草生栽培で、モアで刈って雑草を管理する。傾斜地なので土壌の流亡を防ぐためだ。カリフォルニアは冬に雨が降るので、春先になると裸地の部分にも雑草が生え始める。その雑草を鍬で削り取るわけだ。ギザギザした葉っぱのナタネ科の雑草がメインで、直根が結構深くまで入っている。そのうちにA山君が、「鍬で削るより、抜いた方が早いじゃん」と、手で抜き始めた。「それじゃ、まるっきりJapanese farmerだよ」とM森君と笑ったのだが、実際にやってみると確かに抜いた方が早い。夜は食欲がなかったのだが、無理やり詰め込んだ。夕食後は実習生ハウスの外でギターを弾いた。先輩が置いて帰ったカセットテープにフォーククルセダーズの曲があったのを、新しく買ったテープレコーダーで聴いた・・・星空がとてもbeautifulだった。11時を過ぎるまでピンポンや、スキーや車のことで話に花が咲いた。昼前に、ピックアップをどこへ停めるかでM森君と意見が対立した。作業能率を考えればtetywestのほうが正しいのでムカッと来たのだが、昼食のとき彼の方から謝った。謝るというのは勇気のいることだけど、M森君はとてもいいヤツだ。3人の雰囲気を壊さないようにちゃんと考えている。このことが今日の日記に一番書きたかったこと・・・・明日はBossの家に行くことにしようと3人の意見が一致した。
2005年04月03日
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4月2日(水)1975年朝起きたら6時40分!!!もう焦って焦って、5分で着替えて朝食抜きで何とか間に合ったものの仕事中は半分寝ていた。今日は今までで一番疲れているみたいだ。体の調子がおかしい。9時半からBossがcheckをキャッシュに交換するために銀行へ行くというので助かった。生まれて初めての給料は・・・学生時代のアルバイト以外での・・・251$61¢だった。2月28日~3月末まで合計205.5時間働いて、時給は最低賃金の2$。411$からSDI(California State Disability Insurance)を4.39$引かれて、IFAへ納入する155$を引かれた残りの金額だ。1$=310円だと78,000円。大卒の初任給とほぼ同じなのだから文句は言えない。EscondidoのSECURITY PACIFIC NATIONAL BANKで預金口座を作り、200$はキャッシュに換え、残りの51$61¢は貯金した。帰りにpanasonicのカセット・テープレコーダーを42$35¢で買った。昼からはアボカドranchで鍬を使っての草削り。まるで日本だ!!!夕食はM森君のレシピで牛丼を作る。牛肉とタマネギを醤油と砂糖で味付けして煮込むだけの簡単料理なのにとても美味かった。これでまた一つレパートリーが増えたとみんな大喜び。夕食後、昨日鉛筆で下絵を描いた紙芝居に色を塗ってしまう。塗り終わったときは「やった!!」という気分。後は裏に英語のstoryを書けば完成なのだ。我ながらやる気になれば出来るものだと感心してしまう。今度は本格的な風景画なんかを描いてみたいものだ。クレヨンで・・・今9時半だけど、もうみんな寝る用意をしている。本当に疲れてしまった。でも実習はやっと一ヶ月が終わったばかり。今からこんな調子ではいけないのだ。早く寝よう、今日は・・・Good Night.
2005年04月02日
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4月1日(火)1975年一日中ドリップパイプと悪戦苦闘だった。朝はL字型のパイプをこの前にフィルターをつけたところに差し込む作業。フィルター側が正円ではなく少しゆがんでいるので、なかなか入らず肩が痛くなった。昼からは手順を変更して、先にドリップパイプを1本ずつ丸めてトラックに積み込むことになった。Bossが時々見回りに来るのだが、その時と6時前はオニのように頑張って仕事をした。Bossも我々がある程度疲れてきたなと思うとどこかへ行ってしまう。とても思いやりのあるBossだ!!夜はF島氏が来た。運転免許が取れたそうだ。日本から持ってきた国際免許証はカリフォルニアで1年暮らす実習生には通用しない。カリフォルニアの運転免許を取らなければならないのだ。運転免許試験は学科と実地があり、学科は英語で書かれた○×問題を36問解いて、31問以上正解しなくてはならない。というと大変なようだが、過去の問題集はあるし一度失敗しても同じ日に2度目の試験を受けれるのだそうだ。しかも実地試験は自分の自動車で街の中を走るだけという簡単なものだそうだ。しかしよく考えると、その現場までどうやって自分の車を運転して行ったのかは謎だ。たぶん免許センターには昨日訪問したファミリーのHusが勤めているので、大目に見てくれたのだろう。ベンソンさん・・・今思い出した。F島氏はM森君と同じ二次募集組なので、ここに来るまでtetywestはほとんど面識がなかった。話を聞いていると、大学時代に人生について相当悩んでいて、tetywestとは違った人生観を持っている。今日はエイプリル・フールなので本当によく笑った。一番傑作だったのは、Mr. Munemitsuが仕事中にやってきて、「Youたちにチャキをあげるよ」と言う。tetywestはてっきり「茶器」をくれるのだと思って、両手で茶碗を持つ格好をして、「これですか?」と訊いたら、「Yes」何で茶碗をくれるのだろうと不思議だったのだが、どうもその後の話がかみ合わない。しばらくちんぷんかんぷんな問答があって、ようやく「チャキ」が「check(勘定書または 小切手)」のことだとわかり、みんなで笑い転げた。Bossが仕事中にドーナツを持ってきてくれた。今日はみんなが朗らかで仕事中とても楽しかった。ドジはみんなの心を朗らかにする。A山君はそういう点で素晴らしい人だ。仁尾町長さんから手紙が来て、親戚はテキサスに住んでいるそうだ。それではとても行けそうにないな・・・
2005年04月01日
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