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私の親父が倒れたので急遽東京から地元に帰って、回りの親戚からヤンパちゃんもつき合ってる人がいるなら早く結婚しておとうさんを安心させたほうがいい、、、と言われバタバタと引っ越しをし、アヤベーと結婚したのはもう35年ほど前のことになってしまった。ということでアヤベーは有無を言わさず同居。本人もまあ当たり前と思っていたようで、以来大きなトラブルは一度も起きたことがない。もっとも私と親父の相性が良くなかったので、アヤベーも義父のイヤミに涙を流したことはあったようだ。 いまもしアッキーが、同居するかなあなんて言ったら、即Mちゃんのダメ出しだろう。 ごジョーダンでしょ? そう言われるのがオチ。 あくまでも私のそーぞー世の中は高齢者同士で家に住み続けるという方向に向かっている。きのうのNHKの特集も、人生の最後をひとりで迎えるお年寄りの急増についてだった。 実は私の住む県は全国でもトップクラスの空き家の多い県なのだそうだ。なんでも2割近い一軒家が空き家だというのだ。私の家の回りもそんな空き家が多い。Hさんのおばあちゃんは高齢でひとり暮らしだった。息子は市内にいるのだが、たまに顔を見に来るぐらい。夕方になると時々Hさんは長い石畳を歩いて門のところまで出て、誰を待つのか、何を見てるのか、ぼうっと行き交うクルマを見ていて痛ましかった。Hさんは亡くなり今は空き家のママ。 Aさんも旦那さんをなくし、ずっと一人暮らしだった。娘さんは市内に住んでいるがこちらもあまり顔を出さない。私と顔を合わすといろいろ話しかけてくるのだが、だいたい内容が一緒で、? と思っていると、どうも痴ほうが進んだようで姪っ子さんが世話をして施設に入れてしまった。きれいな一軒家はただ空きっぱなし。そのHさんの隣りの家はIさんのお宅。Iさんはバリバリのキャリアウーマンで、私が高校生の頃「ヤンパ君こんにちは」と声をかけてくれるような明るい女性で、赤のスーツが似合う会社員だった。 彼女は結婚はしなくて、最後は高齢のお母さんと二人暮らしの道を選んだが、お母さんが亡くなるとひきこもりになってしまった。もうまったく家から出ない。ご飯はお弁当屋さんの宅配だったようだ。お弁当が玄関に積まれているままだったので孤独死が発覚。室内はカビカビで、どーにもならない状態だったようだ。つごう3軒が私の家の回りで空き家になっている。 きのうのNHKでも言っていたが、今のご年配は「家族に面倒をかけたくない」という人が多い。世の中は高齢化。一人暮らしはばんばん増える。私の住む地域の空き家率もばんばん上がる。私の住む県は長寿県だが、果たしてそれも幸せと言えるかどうか人それぞれ。だからアヤベーのように「あなたが死んでババも亡くなったら私はあなたのマンション(スタジオ)に移るわよ。こんな広い家でひとりなんてたくさん。 家も土地も売っちゃうからね」と言っている。^^ おまけ 昨年7月にネットからコピペ。 もし私が韓国人だったら、もうアジョシじゃないのかな?^^;)
January 31, 2015
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みなさんご存知かと思うが、私のファンは世界各国にいる。棒) 私はいま何かと忙しく、マックの前でこっくりしたり、ero動画を見て鼻血を出したり、口の端にさっき食べたカップラーメンのねぎを付けておならをしたりしている姿はあくまでも仮の姿で、本当はジジダス星人(前エントリー参照)でもなければ、カンレキジジーでもない。世界の女子ーズに愛される楽天の“オッサン” だ。 ←もうやめなさいって で、そのオッサンに会いに、はるばる隣国から昔の楽天仲間がやってきた。(もちろん理由は別だが^^;) かざはなさんである。 とっちらかったテーブル しかし会ってすぐ話し込み、気付いたら私の駅(もよりの)に止まる最終電車発車まであと4分!というのには我ながらカムチャンノルラッソ!だった。4時間半しゃべり倒したふたり。爆)ししゃもに舌鼓を打つふたり。ちくわの磯辺揚げにうっとりするふたり。ピョンチャン経済にけんけんがくがくのふたり。 オッサンか。 ひとりはその通りだが。。。 きのうはクソ寒かった。しかし寒い国から来たかざはなさんに「寒いですか?」と言われ、北国のオジサンはたじたじだったのであった。 おみや^^ あれですね、5時間近く話し込むというのはエネルギーがいりますね。女性のパワーっていうのはあなどれませんね。
January 29, 2015
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先日、家に帰るとワカファミリーがいました。そしてワカに言われました。 あのさあ、もうそれ、やめてくんない?! だめなんすか?せっかく会社の帰りにスーパーまつやの店内からもらってきて、30分も^^;かけて作った段ボール怪獣・ジジダス星人。地球を離れること七百万光年、カンレキ星雲からウルトラタタン(3歳)と闘うためにはるばるやって来たジジダス星人。 ウルトラのママ(ワカ)に言わせると、ジジがそれやった夜はうなされるか、夜中に泣いて怖がるかで困ってんのよだそうです。 つーことは 封印。 チャリ撮影、哀愁のジジダス星人 このブログに載る勇姿が見納めです。さようならジジダス星人。ババダス星人とともにカンレキ星雲でうまいことやってくれ。ババダスといえば、アヤベーが撮ったジジダスはブレていて、もっと怖い。 ぶわっ^^; ウルトラタタンのかわいい声で言う「ジジ とわい(怖い)」も聞けなくなるのか「ジジ やめて」と言われた時はおお〜 やめて なんて言葉も覚えたのかと感激しておったのじゃが。。。 ←バカウルトラのママはちと怖いので、この辺にしておいてやる。笑)さらば、地球のアホども。 ジジダス星人はオバタリ星人から送られてきたモリノミルクスで、ばりばり元気を取り戻したので、七百万光年もひとっ飛びなのであった。^^アベノミクスは地球人にくれてやるわい。ほーほっほっほっほー ←ここはフェイドアウト気味に。
January 27, 2015
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チャリの弁当担当はだいたい私だが、夜勤になると1食だけお弁当を持っていく。朝ご飯は食べないので夜用だけだ。いままでサンドイッチなどいろいろ作ってきたのだが、チャリは「おいなりさん」がおいしかったと言う。しっとりしていて食べやすいのだそうだ。 ということで毎回油揚げを買っていき、甘過ぎない程度に煮て、ご飯(酢飯)を詰めている。今回、夜勤が連続して3回続いている。(今日がラスト)やはり男なので頼られるのだろうか。。。^^;)さっきも油揚げを買っていき味付けした。昼はアヤベーがいるので、ご飯は彼女が詰めるんだろう。 アッキーだったらまたいで行くような「おいなりさん」。なんであんなもの好きなのか? きのうの夕食はそんなチャリが 俺がおごるから焼肉に行こうよ と言ってくれたので、炭火の焼肉をたっぷり食べて来た。ババは野菜とホタテがメイン。^^チャリに散在させてしまった。
January 23, 2015
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私は一時期、宮嶋茂樹さんの本をたくさん読んでいたことがある。いまは断捨離してしまったので一冊も残っていないが、いろいろ強く印象に残っていることがある。彼は報道カメラマンという肩書きだが、どちらかというと紛争地帯専門ジャーナリストのような仕事への取り組みを本業としていた。イラクもアフガンもバルカン半島も彼の本でいろいろ知った。 死んでもカメラを離しませんとは言っているが、確かイラクではカメラ放り投げて逃げている。一触即発の中での無我夢中の行動だ。 いずれにしても彼の本で知る海外の辺境は、一度たりとも私たちが足を踏み入れることができるような生易しい環境ではなく、よく無事に生還できるなあといつも感心して読んでいた。 彼の荷物はいつも膨大で、それでも今はフィルムをごっそり持っていき、撮影したら即、いったん日本に送り出し、自分が帰国してから現像、、、、などといういつの時代だ!ということはなくなってはいる。それでもインマル(サット)などかかえて、キャッシュをごっそり持っていく危険な行動なので、相棒選びもいつも慎重だったように思う。特に確実に戦闘地域に入るときは、ガイド、通訳、ドライバーなど兼任する人間を選ばなくてはならず、時にケツを蹴り倒し、時に札束で横っ面ひっぱたいて、(というと乱暴に聞こえるがそれだけ必死の形相で真意を伝えなければおのれの命も軽く吹っ飛んでしまうということ) 誰よりも早く、誰よりも的確に情報をキャッチしようと必死になっていた。 不肖・宮嶋の上官だという橋田信介さんと最後に言葉を交わした日本人も宮嶋茂樹だった。私は彼の最近の本は読んでいないが、彼が紛争地帯から足を洗った最大の原因は橋田さんの死だったのではないかと思う。ああ、俺にはもう無理だ。そう思ったのではないか。 規制線の外側から取材するNHKや、世界でも名の知れた一流の新聞社の報道マンたちを出し抜き、たかだか日本のいち週刊誌のバッタカメラマンとして、ずり落ちたら谷底へ数百メートルというような国境を越えて、決定的ともいえるスクープをいち早く日本に発信したいとドロドロになっていた彼は心底すごい人間だった。だからこそ、自分の命は自分で守るしかないということを、自分自身にとことん言い聞かせていた。 いまイスラム国に拘束されている日本人には、そういうことがわかっていなかったのだろうなと思う。ライブリークに、ときどき動画があがってくる。http://www.liveleak.com/イスラム国がシリアやイラクで何をしているか、私は以前ここで動画を知ったが、あまりに恐ろしくて最後まで見たことはない。
January 22, 2015
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皆さんはどうなのか。昔と違って自分の食べる物の傾向が変わったなあというお話し。 妹が帰ってきたりすると、私の酒のつまみを見て驚くことがある。お兄ちゃん、いつから甘いもので酒が飲めるようになったの? そう、昔は110%ぐらいあり得ない行為。ビールだろうが焼酎だろうが、そばに甘いものがあることさえ嫌悪していた時期がある。いまは? こんなものでも飲める。特に佐渡のお義母さんが作ってくれたおはぎだったら最高だ。笑) アッキーやチャリに「納豆食えよ」なんて言っていた時期があるが、自分だってほとんど食べない時期があった。いまは毎日でも食べる。 さといも、大根、にんじん、鶏肉(あるいはイカ)の煮物なんてものも、昔はジジ臭くて食べなかった。本物のジジになったいま、しみじみうまいなあと思う。水分(水でもビールでも)がないと食事できない私にとって、昔飲むこともなかった牛乳なんて、毎日ごくごく飲んでいる。これはアッキーがすごく好きなので、つき合っているうちにこちらも飲むようになったということかもしれない。 好き嫌いはいまほとんどないと思っているが、私の友人のように“朝はバナナとヨーグルト” なんて食事はぜんぜんあり得な〜い!私にとって、着実に和食ラブな傾向にかたよっていっているのかもしれない。
January 19, 2015
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以前、ババ(母)の難聴のことについて書いたことがあった。 彼女は高齢だがいわゆる他人の世話になんかならない、、、という頑固な性格。補聴器のことも何度も言ったが聞き入れることはなかった。で、孫ワカに登場願った。ワカは耳鼻咽喉科に勤めていて(今は休職)彼女にババを連れて行ってもらって、先生に診断してもらうということに同意を得たのだ。 どうしてこんなになるまで放っておいたんですか!!! 耳鼻科の先生に診てもらったババは一瞬で“シュン” となったようだ。先生いわく、これはね、、、もう身体障害者手帳イッパツで申請レベルなんです。お母さん、手帳が発行されれば補聴器もとても安く購入できるのでそうしてください!ワカはすぐに市役所に申請用紙をもらいに行ってくれた。 あたしゃ絶対着けないからね、とつぶやく母に、「まあ外で着けるのは嫌だろうから、家でテレビなんか見るときに着けていたら」と、ごまかしごまかし説明している。しかしどんだけプライド高いんだろうね。歳考えろよババア、とは影でアヤベーに。^^ 以下は差別用語が入りますが、あくまで我が家の食卓でのバカ話しということでごかんべん。ババの趣味はダンスなので私 「いいじゃん、ほらルンバ、サンバ、ツンボ、タンゴ気分でやっちゃいなよ!」ババ 「差別だ」あははははははははははははアヤベー 「おかあさん、みんなで笑えるっていいことだよ」 ←フォローになるか? アヤベー 「でもさ、つんぼって昔からあるの?字はどうかくの?」私 「さぁー ひらがなでしょ?違うかな」ババ 「いまは使っちゃいけないんだからね」ってんで調べたら漢字あった。^^;)http://www.wdic.org/w/CUL/つんぼ きのう雪の舞う中、ちょっと歴史館に行って特別展示の縄文時代の土器の変遷を見てきた。ついでにもうちょっと田舎にクルマを走らせ、小さな遺跡を見学してきた。ここにも展示館があって、入るとおばちゃんが「ごめんなさいねー、誰もいないから暖房も電気も点けてないの、いまつけるから」とあわてて展示室に案内してくれた。 当時の平均寿命は38歳ぐらいと書いてある。ババはいま88歳。^^縄文遺跡を見る前に、ダンスパーティ会場へ彼女を届けているわたし。^^いつまで元気なんだよ。
January 18, 2015
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私の記憶が間違ってなければ、、、、、 最初は35,000でした。次に60,000。そして1,000,000。 今朝の時点で3,000,000。これ、テロにあったフランスのシャルリ・エブド社発行の風刺週刊紙の発行部数です。この新聞社は襲われる前の発行部数は公称35,000部と言っていました。ということは、、、たぶん実売は2万ぐらいでしょう。実際、広告収入が少なすぎて現在は寄付を募っているということでした。 襲撃された後に、普段は60,000部だけれど、次回の発行は百万部にしますと発表しました。それが今朝のニュースではなんと三百万部に変更されています。実に86倍。ほんとならね。ということはテロ実行犯はこの週刊紙を殲滅しようとして、逆に世界に広告してしまったということです。 みずからの死をもって。 これが表紙の一例 社員の給料も払えているかどうかわからないくらいの、フランスの首都パリ!でのミニコミ誌程度の新聞の、通勤途中にゴミ箱で目にすることがあるかどうかの風刺画が、世界に無料で配信されました。しかも、表現の自由という聞き心地のいい言葉に世界の文化人も飛びつきました。ゴールデングローブ賞の授賞式ではジョージ・クルーニーも「私はシャルリバッチ」を胸に付けて、ともに戦いましょう宣言です。 これも自由の結果です。 先月、アメリカ映画「ジ・インタビュー」が、北朝鮮の首領様暗殺をコメディにしていると、共和国住民の猛反発をくらい、ソニーピクチャーズがハッキングされ、映画を公開すると無慈悲な鉄槌が下されるだろう、と脅迫されました。この映画。いわゆるマニア向けのコメディ。たぶん公開されたとしてもレイトショーかDVDスルー。ほっといてもほとんどの人は見向きもしない映画です。 主演のジェームズ・フランコはいまとびっきりの売れっ子^^なので、まあ例えば日本で公開されたら、フランコファン50人ぐらいは駆けつけたかもしれません。そんな程度の映画。北朝鮮は無料で世界に広告宣伝してくれました。ソニピほくほくでしょう。^^;)わからないものです。 つまりシャルリもインタビューも、本来狙っている者たちの動向とは真逆の世界に突入してしまうというアイロニーですね。もちろんふたつの事件は狙ってやったものではありませんが、これからは 「こういう手もあったか」 と思われる犯罪が出る可能性を示唆した事件でした。 てか、表現の自由ってどうも白人臭い気がするんだけど。私だけだろうか。。。
January 14, 2015
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よく家電製品でだめ(使用不可)になるものがあると、次々と故障品が出てくると皆さん言っている。我が家の場合、年末も押し迫った先月28日に突然給湯器がうんともすんとも言わなくなった。お湯が止まってしまったのだ。よりによって年末の日曜日。しかももう全ての会社が年末休みに突入していた。 年越しは風呂なしかあ。^^;)とアセアセしていたが、かかりつけ?の町の電気屋さんが自分で使っていた中古の給湯器を31日に臨時で取り付けてくれた。お湯がないって、こんなにさみしいことなのねと家族で悟った。そして、アヤベーと私は スーパー銭湯は僕らに合わない ということを再確認したできごとだった。 銭湯は好きなのよ、フツーの銭湯は 数日前、こんどはアヤベーの愛機“ミシン” がその活動を停止した。これもうんともすんとも言わなくなった。聞いてみるとこのミシンは景気の良かった(私のね)20年以上前、23万円ぐらいで買った!!ものなのだそうだ。いまだったら悲鳴モンだが、当時は 「あらそうなの」 で済ませていたのかもしれない。にじゅうさんまんて。。。。。 ということでアヤベーを連れてソーイングセンターに行ってみた。 ご臨終です。 ワカやアッキーやチャリの園服を作ったり、なんやかんやと作り出したミシンはその場で墓場へ。そんでお正月の初荷価格でセール中!!たる新型?ミシンをアヤベーはカードで買った。今回は75,000円。それでも半額なのだそうだ。 私は男なのでこの値段のカラクリはわからない。ミシンの値段もピンキリで、そのお店では3万円台から20万円台まであったように思う。ソーイングセンターはなかなか楽しいもので、もとより男性客はいなかったが、女性客でにぎわっていた。私が女性だったらあの店内で1時間や2時間はうろうろできるかもしれない。ま、話しはそれたが我が家のご臨終の歴史にあらたに冷蔵庫だのテレビだの加わらないことを祈る。 祈る、といえば きのうブラ雄の散歩コースにはどんど焼きの準備がしてあった。我が家のあの豪華な^^しめ飾りも入っている。http://plaza.rakuten.co.jp/yanpa555/diary/201412240000/それにしてもこのどんど焼きの「山」は昔と比べて小さくなったものだ。
January 13, 2015
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これは誰にもあることだし、誰でも考えたことが一度はあることだから、 特段わたしが声を大にして言うことでもないのだけれど。。。。。人生って巡っているんじゃないかなあということ。 私の初恋らしきものは小5のときだった。相手は隣県から転向してきたヤスコちゃん。背の高い(←小5の私にとって)色白の子。 私が抱いていた淡い恋のようなものは同級生にも伝わり、なんやかんやと囃し立てられたりもしたが、中学の進学にしたがってその声も聞かれなくなった。ヤスコちゃんはバスケ部に入り、遠くから見守る程度だったが、私のキモチは続いていた。ヤスコちゃんは中3になる前の雪のちらつく寒い朝に天国に行ってしまった。白血病だった。 成人して私がつきあい、やがてこの地に嫁いで来たのは背の高い色白のアヤベーだった。アヤベーはヤスコちゃんと同じ隣県の子。そのときは気がつかなかったが、よく考えるとシチュエーションは似ており不思議だなあ、縁があるのかなと思った。 私は4年前に肺がんの手術を受け、抗がん剤の治療で苦しんだ。そのときは外に雪が吹き荒れるような季節だったので、同じく白血病で亡くなったヤスコちゃんのことを半世紀ぶりに思い出すきっかけにもなった。たった数年の出会いだったがその声も歩き方も意外と覚えている自分にびっくりもした。 私が治療をうけた市民病院はさらにその数年前、チャリが突然「看護師になる」と言って、一緒に奨学金の申請に行ったところだ。なぜチャリが突然そんなことを言い出したのかわからなかったが、奨学金は大学卒業後、市民病院に勤めれば返済しなくて済むというので、家族でその恩恵をうけた。その後のまさかの私の病気発覚である。チャリは卒業後、そして私の抗がん剤の治療後、そのガン病棟の看護師として勤務している。私の主治医がチャリの直属の上司ということになる。 私が今の会社を興したとき社員にひとりの女の子がいた。彼女はよく働いてくれたが、当時の私は会社をはじめたばかりで忙しく、朝から晩までせわしく働いていたので、彼女には大変なつらい場面がたくさんあったと思う。彼女の妹はいまでいう知的障がい者(発達障害か。。。)で、施設に入っていた。彼女のお父さんも話しに聞く限りでは、普通の父親とは違う?ときどき奇異な行動で、まわりを巻き込むような「困った人」ということも聞いていた。 しかし私はそんなことは興味の対象でなく、彼女の私生活での苦悩に寄り添うキモチなどとうてい持ち得なかった。いまは嫁いでしまった彼女だが、3人のお子さんのうちのひとりに発達障害があることは、当時の友人仲間から聞いている。私はここ2年ほど、知人に頼まれて知的障がいのあるお子さんたちのアテンダントをしているが、その大元の外郭団体は、私の会社の社員だった彼女の妹も面倒を見ている施設と深い関わりがある。いつか彼女と顔を合わす場面が生じるかもしれない。 なんだか少しだけ歯車が噛み合ってる部分があるのかなあと感じている。人生も後半に回って時間に余裕があるせいか、点と線を結びながら納得させている自分がいる。誰しにも思い当たることだと思うのだが。 障がい者が描いた絵、アールブリュットという。
January 9, 2015
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下の動画を見たのは2013年でした。どんな内容の映画かも知らず、ただ架空の都市サンフランソーキョー、、、(サンフランシスコとトウキョウを合わせたらしい)その夜景がとても素晴らしく、このジブリの配色のようなアニメを早く見てみたいなあと思っていました。ぜひフルスクリーンでご覧ください。^^ ただ下の動画は本編からはそっくり抜けてます。^^;)あくまで予告編の予告編だったみたい。 おこちゃまで溢れた正月映画「ベイマックス」を2D 吹き替えで観てきました。 この映画の製作陣。日本アニメ、特撮もの、戦隊もの、ロボもん、、、すごいリスペクトです。私はベイマックスのガッツポーズのラインはアトムだと思いました。プルートとかよく研究してるんじゃないかなあ。ラストのロケットパンチのシーンは隣りの女の子のグスグスに連られました。爆) そういや縄文時代から彼はいたように感じてます。ちなみにフェイスデザインは「神社の鈴」がモチーフだそうです。^^
January 7, 2015
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きょうは仕事(本業)だったのですが、きのう突然施設から連絡が入り、アテンダントで朝から出動しました。なんでも例のペドフィリアのあんちゃんがインフルエンザとかで、代打です。子どもの数は少ないですが、私の天敵がいました。^^ ちょっと油断すると ダー! ビンタくらいます。パシーンと。そのパシーンにひるんだりすると、こんどはスネにローキックが2、3発。なかなか手強いお子です。 理由なんてたいしたことありません。ささいなこと。たとえば、「きょうは来たくなかったのに」みたいな。言葉が出ない子なので、こころを読み取れないのです。 しかっても、しかられる理由がわからないので、こちらも対処のしようがない。ほんとむずかしいです。新年早々のお年玉でした。^^ さっそくのご利益かね?
January 5, 2015
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我が家の回りには雪が残っていませんが、ブラ雄の散歩コース(休耕田があるようなところ)にはまだブラ雄が遊べるくらい雪があります。ブラ雄は雪が大好きなのです。午前中のブラ雄の散歩。 もっと雪があると潜る。^^ さて午後、ばばがダンスパーティーに行くと言うので会場まで送りました。その帰り道、ついでだからとアヤベーと初詣に。仁王門までたどりつくと、人の波が絶えない。 仁王様がおれらます。^^ ってんで、ちょっと裏道へ行くか。ほらこの通り。一本はずすと急に人波はなくなり静かな宿坊地帯。 この右側30メートル先は? 人がどっさり歩いています。山門さえもまだ遠い。 晴れていてよかったです。 六地蔵あたりが休憩ポイント。タバコ吸ったりケータイかけたりの光景。 やっと本堂が見えました。この先はロープ規制。でもきょうはこれでも空いているほうでした。家族の健康のみをひとり200円でお祈りしました。笑)だめかしら。 雪ないですね〜 さてその帰り道。いくつかの神社が点在している下町です。ここはショーバイ!にいいと言われる神社。まあ、もうショーバイらしいこともしてないけど、ちょっと祈願でもするか。なになに、 「およっべさんの銭洗い」 ???? 水を張った石盤の中に願いを込めてお金を入れて洗うこと。したらば!!貴殿の商運は高まりますぞ、おのおのがた!!ナノデスト アヤベー、小銭を用意。爆) 専用のひしゃくがありました。そこにまた貧乏夫婦がお金をちゃりんちゃりんと。アヤベーは小銭を洗いながら、なにやら願い事、、、、、そしておもむろにひしゃくを挙げると、ひしゃくの柄が石盤にひっかかってひっくり返り、小銭は地面に!!! ぼとぼとぼと。気分もぼとぼと。正月早々、やはり俺らには「金」は向いてねーんだよと実感して帰途につきました。足取りもとぼとぼです。^^
January 3, 2015
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