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葦澤です。中三娘の受験が佳境にさしかかっている今日この頃。とりあえず、まずは行き先不明にはならずに済み、正直ホッとしています。彼女の緊張がこちらにも伝わってきますが、子どももこの歳になると、親のしてあげられることなんて本当に微々たるもの。なんのためにがんばるのか?について、一緒に考えてあげることくらいしか出来ない。あなたが進む道にはきっと、これから必要な人とのつながりが待っているよー、大人になるっていいことだよー、というポジティブメッセージを送ることに心血を注いでいます。(なんてたいそうなものではないけど。) * * *今よりもっと広い世界に出て行って、今まで知らなかった人たちと繋がり合えることがこれからのあなたを支えていくと思うよ。そう、伝えることが子どもを大人にするために必要なことなんじゃないかという気がしています。…が。そんなことを教えようとするなんて、過保護ですかね?もしやw * * *今よりもっと広い世界に出て行くこと。それを考えたとき、自然と「ネットワーク」という言葉が浮かびました。娘たちを見ていると、本来の「ネットワーク」って、自分が進む方向に従って自然と出来てくるものであり、生きることそのものなんじゃないかという気がします。たとえば、友人とか、地域の人たちとか、仕事で知り合った人たちとか、たくさんの人たちとのつながりの中でたまにハッとするほどの縁を感じることがある。それは、クモの糸で編まれたハンモックみたいで要するに、自分の意志とたくさんの時間で作られた巣みたいなもの、なんだろうなと。自分を受け止める、自分のためのセーフティーネット。そこの編み目がほころびて落ちそうになったときのために、その下に、もう少し広くてしっかりしたネットがあって。その下にはさらに大きくてしっかりしたネットがある。みたいな。「あの、底の見えない暗い世界には落ちなくて済むぞ」という安心感のために、ひとりひとりが、つながりをつなぐ。成長して、大人になるということは、自分が、誰かのための編み目を作るその一員になるということと繋がってる。要するに今の私が娘に伝えたいことをひとことで言えば、「社会性を育んでねー」って、ことなんだろうな。彼女の新しいネットワークが幸多きものでありますように、と祈るばかりの母なのでした!
January 25, 2009
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葦澤です。先々週の金曜日、ぶりっじで松田さんとたくさんお喋りしました。ぶりっじにはのぞみさんもいて、お二人とゆっくり顔を合わせるのは久しぶりでなんだか楽しかったです。先週の金曜日、松田さんに会ったときに「なんか楽しかった」と言ったら「ふーん。なにが?」と訊かれたので考えてみたら、印象に残っている言葉がありました。「ショートカットをしないで、自分でもがくことが大事」「自分とは違う立場の人の心配をなぜあなたがするのか? その人の悩みはその人が悩むべきものなのでは?」松田妙子語録。たまに聞くと、元気になります。普段はすごくにこやかな松田さんが鋭い目をするときの眼光も好きです(笑) * * *自分の子どもかどうかに関わらず、子どもを育てた実経験を持つ方は概してみなさん、優しい。悩み、つまづいた経験のある人は、ついつい次に続く人に「自分と同じ思いをさせたくない」と思ってしまう。子育て支援の道にどっぷり入った人もかつては(または今でも)、「自分が経験した苦しみを、他の人たちから取り除きたい」と思っていた(いる)人が多いのではないかと推測します。たとえば、それが子どもに向く人もいる。「ショートカットさせたい」わけです。それが、いろんな動機。でもきっと、何ごとにも、リスクとハザードがあって。ハザードは取り除くべきだけれど、リスクは成長の糧にする必要がある。「ショートカットさせたい」と最初は思っていても、それを突き詰めると、「リスクは、そこにあるべきもの。経験すべき財産」という結果に辿り着くんだなと。本当の愛、本当の優しさって、どんなものなんでしょうね。私自身辿り着けていないので正直よくわかりません。ただ、あまり急いでショートカットせずに答えを探してあがく過程は大事にしたいな。子育てに時間がかかるのと同じように。長女が自分で書いた高校受験の願書。書き終わってから見せられて「ねえ。これで間違ってないよね?」と訊かれました。「うん。大丈夫じゃない?」と返したわけですが。ここまで辿り着くのに15年。長いのか。短いのか。 * * *さっきトイレでふと思ったこと。「病み」と「闇」。同じ語源かもしれないなあと。知識も根拠もありませんが。明けるまでの恐怖も、寄り添う人がいれば和らげられるもの。 * * *先週紹介した番組を見ていたら、子どもたちの自立を支援している施設の方が「依存」と「自立」は車の両輪みたいなもの。「依存」なしに「自立」は成り立たない。みたいなことをおっしゃっていて。それも、今、強く印象に残っています。
January 18, 2009
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ご無沙汰しておりました。葦澤です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。昨晩NHK総合で放送された「ETV50 子どもサポートネット 親と子を支えるために」という番組を見ました。年末に、ひょんなことからこの番組と掲示板の存在を知り、どんなことが放送されるのか、期待と興味を持って、放送を待っていました。ホームページの下のほうにバナーがありますが、もともとこの番組は、「土よう親じかん」の掲示板に寄せられた声がきっかけになっているようです。「土よう親じかん」って………どこかで……。そう! いつもかわいいよつばちゃんを描いてくれている高野優さんが司会をされている番組です。このインタビューのときも、収録を見学させていただいたあとお時間をいただいたのでした。と。そんなこともあり、興味を持って観ていました。私の感想は、ひとまずおいておきます。放送後、掲示板には日本各地からいろいろな声が寄せられているようなので、いろいろな方に、読んで欲しいな、と思っています。ちなみに、我が家ではこういった番組を好んで見るのは私だけ。録画を見始めたときには一緒にいた中三の娘も少し観てどこかへ行ってしまいました。「バラエティを観て笑っているほうが好き」という感覚は、多くの人が持っている感覚だと思います。実際に生きている現実だけでも重たいんだから、わざわざテレビで重たいものを見たくない、って。でも、だからこそ、今日の夜、3時間の生放送をどんな人たちが観てどんなことが話されるのか?に、興味があるし、よいものであって欲しいと思う。本にしろ、テレビ番組にしろ、制作者がどんなに善意で取り組んでも、誰かに作られるものは「誰かの視点で切り取られた情報」でしかありません。でも、関わる人が増えれば、そのぶん、その情報は豊かになり、普遍的なものに近づいていくのではないでしょうか?実際に子育て支援の現場を持っている人、利用している人。どこにも自分の辛さを吐き出せずにその想いを内にこめたままの人。いろんな人の声が繋がれていくといいな…と。そして、それが、地域の受け皿につながって少しでも「リアル」なものになるといいなと。ただただ単純に、そう思ってしまったのでこちらに書いてみました。私も掲示板になにか書き込んでみようかなぁ。
January 10, 2009
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最近は隔週更新ですみません。。葦澤です。昨日、ネットニュースの「ウーマンオブザイヤー」の話題に目が止まりなんの気無しに日経ウーマンのページを開いてみたら。なんと。見覚えのあるお顔がそこに!! 中橋さん!!!うわーーー。すごいよーー7位だってー!!おめでとうございます。今年はお仕事でご一緒させていただいたり、4つ葉チームのインタビューに応じていただいたり、ひょんなことから某放送局のスタジオでお会いしたり、身近にお話させていただく機会が多く、その仕事ぶりやチャーミングなお人柄には私もいろいろ影響を受けました。そんな中橋さんの4つ葉へのメーセージはこちら。なんだかすごく嬉しい! * * *最近のセレーノは、荷物整理と棚卸しの日々です。「この2年間の間に自分はどんな仕事をしたか?」について、先日、大急ぎで書き出さざるを得なくなりあれもやったなー、こんなこともしたな、とつらつらと箇条書きにしていたのですが。いやー、なんか。いろんなことをしました。いろんな素敵な方々と出会いました。先週すっかり書きそこねてしまったのですが、先月末に、とっても久しぶりにイチ客としてボスの講演会を聞きに行ったのです。で、あらためて“杉山千佳の講演”の聞き手が多様であることを思ったり、なんか、ちょびっと、初心にかえったり。これからやらなくちゃならないことを考えたり。この1週間だけでも、いったいどれだけの方たちとどれだけのことを話し、気付きやパワーをもらったか。振り返って見ると、1年1年の密度の濃さに我ながらびっくりします。さて、みなさんは今年1年、どんな年でしたかー?(と、訊くにはまだ気が早いか!w)あとひと月弱を使って今年を振り返りながら、来年の希望へとつなげたいなと。思っています。
December 7, 2008
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すっかりごぶさたしています。葦澤です。ここのところ、自分の生活の軌道が大きくなりすぎていたようでいろんなところをぐるーーーーっと円を描きつつやっと気持ちが4つ葉に戻って参りました。なんて言い訳をしつつ、まずは告知。 4つ葉プロジェクト公式ホームページ 更新されました☆ ♪今月のメッセージは いつもかわいい4つ葉ちゃんを描いてくださる高野優さん!♪今月のわたしのものがたりは NPO法人マドレボニータ代表理事の吉岡マコさん!です。公式ページに登場してくださる方々が増えるにつれ、「4つ葉には、 本当にいろいろな人が 関わったり、応援したり、 しているんだな」と、実感しています。 * * *昨日のブログでボスがこっそり(?)告知しておりましたが今は、日々の業務を細々とこなしながら引越の準備中です。私自身も、人の作ってくれた軌道に沿って進むのではなく自分で自分の軌道を描く、という段階なのかな。。。と、思ったり、思わなかったり(どっちだ)。長女の高校受験準備に気持ちを注ぎつつ(気だけ)。次女の小学校の謝恩会準備とか卒業アルバムづくりとかに関わりつつ、もちつき大会の準備とか。その他もろもろ自分のために時間も割きつつ。そんななか、現在読んでいるのは『おひとりさまの老後』(上野千鶴子著)です。気が早いか(笑)。もともと上野千鶴子さんの在り方というかスタンスは好きなのですが、この本の目次をじっくり読みながら、4つ葉スタンスとの類似も感じました。一見真逆に見える部分もあるかもしれないけど、実はそうでもないな、と。 女性の生き方には ものすごく選択肢が増えたよね。 男性の庇護のもと生きるのではなく 対等なパートナーシップを結びたいよね。 子どもは親が言い訳にしたり 寄りかかるための存在ではないよね。 情報は与えられるものではなく 自分で選ぶものになったよね。 必要なインフラは必要だと 声を上げなければならないよね。 そんななか、あなたは どんなふうに生きるの?そんな問いかけかなあ、と思うのですが、どうなんでしょう?
November 23, 2008
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葦澤です。今月も公式ホームページ更新DAYがやってきました!今月のメッセージは4つ葉プロジェクト呼びかけ人の一人、榊原智子さん、そして、わたしのものがたりはやはり4つ葉プロジェクト立ち上げから今まで影に日向に(?)4つ葉のコアであり続けてくださっている今井豊彦さんです。ホームページリニューアルから半年経ったところで「なんで4つ葉プロジェクトがあるんだっけ?」ということを振り返るようなかたちでお二人のお話を伺えたのは偶然では無い気がします。(偶然だけど。。。)「4つ葉プロジェクト」って、そこに出会った人にとって意識の転換点となりえる場所で。で、その気持ちを行動に移すときのためのネットワークなんだと思うんです。アウトプットとしての「実行」はそれぞれの人が、それぞれの持ち場で行う。徒党を組むわけじゃないけど、根っこの気持ちは同じほうを向いていこうぜー、発信しながら行動していこうぜー、みたいな、ね。というわけで、今月もぜひこちらへどうぞ~☆
October 21, 2008
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葦澤です。昨日の、運動会にはまさにうってつけの秋晴れのもと、長女の中学生活最後の運動会が終わりました。 ああ、これで、彼女の「運動会」は最後だな、と思うと感慨深いものがあります。(きっと来年からは体育祭とか○○祭とか 呼ばれるものになるのでしょう) * * *長女の通う中学校は本当に人数が少ないのでどの競技もほぼ全学年一緒に行います。(100m走だって、気をつけて見てなきゃ あっという間に終わっちゃう!) なかでも全校男子による組体操は毎年のハイライトで、 その競技中の4段タワーを成功させるために、 毎年みんな必死に練習するんだけど。 今年は練習中、一度も成功しなかったらしいのです。 で、「成功させるゾー」という気合いで臨んだ本番だったのですが。。。 やっぱり何度やっても成功しない。 3回目が崩れたあたりから、みんなだんだん心配になってきました。 今年は成功しないまま終わりになるのかな、と。 が。 女子たちも、観客も、ハラハラしながら見守る中、 6回目か7回目の挑戦で、 見事成功しました!! 通常なら15分~20分で終わる組体操が、 なんと今年は50分かかった! それをやりきって、今まで出来なかったことを成功させたこと。 やりきりたい、という子どもたちの意志を汲んだ学校の先生たち。 「諦めるな!」「がんばれ!」「焦るな!」と観客席からとぶ声援。 秋晴れの空の下、そこにいた全員が、成功を喜んでいる姿。 3年男子の母たちは「成功してよかった!」とみんな大泣き。w どれをとっても、長女が自ら選んで通った、この中学校らしい運動会でした。 * * * 30分。 って、どのくらいの長さなんだろう。 一生の中では、きっとほんのちょっとの時間のはず。 でも、14~5歳の彼らのために、 運動会の本番のさなか、それを待ってあげることって なかなか出来ないことなんじゃなかろうか。 こういうときの時間って、 時計がはかる絶対的な時間の長さとはどこか違う。 それがわかる大人がいること、 それを大事にしてあげられるだけのゆとりがあること。 「この学校でよかった」って、 そこに居合わせたたくさんの人が思っていることがわかった。 そんな空気感も。 長女が、充実した日々を送っていると感じられる理由だし、 次女がまた、この学校に通うことを選ぶ理由なんだろうな。 と、思いました。 * * * 娘の組は5点差で辛くも勝利を逃しましたが、 どちらの組も、満足いくまでやりきったといういい笑顔をしていて。 このひと月の練習の疲れやら、いざこざの不満やらなにやら みんな吹き飛ばしたかのような満面の笑顔で 「本当に楽しかった!!」とアツく語る娘を見て、 本当に素敵な思い出になってよかったね、と思う母なのでした。子どもが成長する瞬間に、大人がきちんと向き合い、立ち会えば、子どもたちはきっと、いくつになってもきちんと、それを目の前で見せてくれるものなんですよね。
October 5, 2008
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葦澤です。うかうかしている間にすっかり秋めいてきましたね。小学校の運動会も無事終わり、今年度も後半戦に突入です。秋から冬にかけては、フォーラムや勉強会なども目白押し。セレーノが実行委員会の事務局を請け負っている「多摩地域の子育て支援について」の研究発表フォーラムもまだまだお申し込みを受け付けています。ご興味のある方はぜひお越しください。 * * *2週間、ブログをサボっている間に。私よりも若い方が、少子化担当の特命大臣になられました。4つ葉事務局のメンバーの中から(とくに杉山さんからだけど)直接話を聞いてみたいね!なんて話が出たこともあってどんな方なのか気になって、ホームページを覗きに行きました。衆議院議員 小渕 優子 経歴・役職ああ、同世代の人だな。と思った。とくに、お父さんのことを書かれたくだりでは泣けてきた。(自分も20代で父を亡くしているせいかもしれない)「平成」という元号について。意味など深く考えたことはなかったけど。私はこの「平成」の持っている意味がとても好きだ。「内平らかに外成る、地平らかに天成る」。 内、というのは家庭であったり個人の中身であったり、いろいろな意味に取れるだろうけれど、ある出発点、そこを大事にしながらもそして大いなる未来へ向けられた言葉であると思う。 と書かれていた、その言葉を読んで、私は「平成生まれ」の娘たちに、きちんとこのことを教えてあげなくてはいけないなぁ、とか。自分にとっても、時代にとっても、いくつも通り抜けてきたいろんな折り返し地点やスタート地点のことを思いました。いつか彼女と直接、「平成生まれの子どもたちの豊かで明るい未来について」話がしてみたいなと思いました。
September 29, 2008
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1日遅れですが、葦澤です。今日は来月の公式ページインタビューの取材にうかがってきました。この取材にうかがうといつも本当に学ぶことが多い。そして、インタビューの間に一度は話し手・聞き手の意見が入り交じって、過去のことや今の子育てのことやこれから進むべき方向はどっちなんだろう?という話になる。人生の大先輩、その道のプロの方々にこうやって実際にお会いしてお話を聞く機会があるという贅沢さを毎回感じています。「web上」で「文字にする」という過程を経てもなお私たちがお会いした方のアツさが読んでくださる方に伝わるといいなぁと思っています。(力量不足で伝えきれないもどかしさに揉まれつつ) * * *福田首相の退陣に伴う、自民党総裁選のニュースを見ながら一緒に見ていた人とあれやこれや議論していて。「政治家」に求められるものってなんなんだろう?とあらためてしみじみ考えてしまいました。同じ党内の誰かを選ぶ、というなかでは党をあげてのマニフェストで選ぶわけにはいかない。そうなると、個人の資質や実績という話になるんだろうけど。一国を背負って立つに足る資質って、本当のところ、いったいどんなことなんだろうな。こんなこと、この歳であらためて考えることなのか?と、苦笑い。私たちはホントに、「本当に必要なこと」は学ばずに大人になっているんでしょうね。
September 8, 2008
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葦澤です。セレーノへ来てくれていた学生君たちのインターンシップも無事(!?)終了し、秋に行われるもろもろに関する仕事も同時進行で前に進み出し、夏も終わりだなーと実感しています。先週あたりから、小学校のPTA活動も二学期モード。運動会の準備とか、秋祭りのパトロールのこととかについて話し合おうとすると、避けて通れないのが「お父さんの協力者をどう募るか」ということ。娘の小学校には「おやじの会」があり、夏休みには学校の校庭を利用してのバーベキューやキャンプファイヤを企画したり、冬には校門から続くケヤキ並木にイルミネーションのライトアップをしてクリスマス会、などなど、いろいろ活動してくれているのですが。ここ数年、その会の活動がOB主体になって来ているそう。現役小学生のおやじたちが、なかなか入って来ない、入って来ても、忙しいのか、すぐ幽霊部員化してしまうようです。「小学校」という子どもにとって通過点な場所で、親が自主的な活動を継続していくことの難しさ、って、やっぱりあるのかなぁ。父親が主体だからこその難しさもあるのかなぁ。新築マンション林立地帯での、縦のつながりづくりの難しさとか。いろいろ感じながらの二学期の幕開けです。 * * *一方、PTA役員である私たちはというと。。。始業式を明日に控えた夏休み最終夜に、校長先生を囲んで、飲んで喋ってカラオケしてました!いろいろ行事の多い二学期だけど、張り切って行こー!!という親睦会。校長先生、副校長先生、PTA会長をはじめ、家族旅行帰りのお父さんも小学校低学年のお子さんを持つお母さんも。wくだらないことも、大切なことも話して、お互いの顔が見えるようになって行く場。「めんどくさいよ」って思う人ももちろんいるだろうけど、つながってみると案外楽しいんですけどね。「近隣小学校にも知り合いが増えちゃって 悪さ出来ないよねー」なんて話しながら、結局、こういう感覚が、子どもにとっても親にとっても「真っ当にやらなくちゃ」っていう抑止力になるんだよね、と話していたのでした。
August 31, 2008
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葦澤です。杉山さんのブログを読んでいて、先週、『崖の上のポニョ』を観て感じたことを思い出しました。ストーリーよりなにより、そこで描かれていた主人公・宗介(5歳)の家庭の強いのか、脆いのか、どちらともとれるような家族の姿が強く印象に残っています。お互いを名前で呼び合う親子関係。仕事でなかなか家に帰らない父。福祉の仕事をテキパキこなし、人望も厚そうな母。周囲ととても上手くやっているのにも関わらず、どこか色濃く漂う孤独感。宗介の、不思議なものに対する素直な感性や、周囲からの期待に応えようとする良いコっぷりに長女はただならぬシンパシーを感じていたようです。強さの中にある脆さと、危うさの中にもなお、あるであろう(あって欲しい)強さ。観終えてから日が経つにつれ、自分の中で、その部分だけが強くクローズアップされていくのですが。。。ぜひ、いろんな人と感想を語りあってみたいものです。あの子ども、あの暮らし、あの家族、あの町。どう思った?って。 * * *話変わって。先週は、當間さんの書かれていた大野病院事件のほかにお産に関するニュースとして妊婦健診14回無料 厚労省、補助拡大の方針というものがあり、私としては、後者の行方をとても注目しています。以下、asahi.comから一部抜粋。舛添厚生労働相は22日の閣議後会見で、少子化対策として、出産関連費用への公費負担を大幅に拡充する考えを明らかにした。出産前の健診費用を全額公費で負担するほか、平均40万円程度とされる出産費用を全額給付する仕組みを検討する。財務、総務両省と協議し、09年度予算に盛り込みたい考えだ。これ。実現できるのでしょうか。できることならホントに実現してほしいです。(「できるんなら、なぜ今まで、誰も取り組んでくれなかったの?」という疑問はとりあえず置いておきつつ。。。) 正常な妊娠・出産は病気じゃないから。お金がかかるのは仕方がないことと納得せざるを得ない状況で私たちは、出産し、子育てしてきた。(禁煙外来にすら一部保険が適用される世の中でね)新聞や時事系週刊誌も「出産・子育てにはこんなにお金がかかる!」ということについては何度も何度も、飽きるほど特集するのに「どうにかして、それを変えていく方法」は示唆してくれなかったように思う。諦めて「産まない、産めない」を選択したまま出産可能年齢を過ぎてしまった女性だってたくさんいるだろう。母(父)になりたい、子どもを育てたいと、願う人たちにとって少しでも明るい未来になることを願ってやみません。
August 24, 2008
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葦澤です。突然の涼しさや雲の高さにも少しずつ秋の気配が見え隠れしていますね。21日更新予定の公式ホームページも、着々と準備が進んでいます。パンフレットの在庫も事務局に納品されました。ご希望の方にはお送りしておりますので、ひろばやセンターのパンフレットコーナーなどに置いていただける方はご一報ください。 * * *先週、小6二女と2人、ペルセウス座流星群を観察。火曜日の真夜中に出発し、父が永眠る霊園近くの海岸まで女子2人、真夜中のドライブ。海岸近くのいつもの場所に車を停めシートを拡げて、2時間ほど空に目を凝らしてました。目の端をすっと消えていくようなのはたくさん。「あ!」と思うほどの流れ星もいくつか。夜中の3時ごろ、近くのコンビニで買ったポテチをぽりぽり食べながらいろんな話をしました。クラスの友達のこと、家族のこと、これからのこと。久しぶりにたくさん話してみたら、考えも、スタンスも、ずいぶん大人びていてびっくり。「朝日が昇るのが観たい」というのでそのまま海岸で何時間か、夜明けも観察しました。星影が薄れ、海と空が赤く染まり、風の色が変わり、鳥の群れが舞う、朝。小学校最後の夏休みの大事な思い出としてずっと心に残ってほしいシーンです。 * * *お姉ちゃんのときは、自転車で遠出をしました。「出来るかな??」というぎりぎりくらいの、でも無理のない範囲のことを計画して、こんなふうに、少し大げさにドラマ仕立てで会話の機会を作ることも必要だなと。2人きりの女子トークの中からなんだか“絆”みたいなものが生まれたり。なんでも言い合えるような関係の下地ができる感じ。私なりの、贅沢な時間の使い方です。 * * *お盆休みも終わり、今日からまた仕事という方も多いのではないでしょうか?我が家の子どもたちの夏休みも残すところあと2週間。そろそろ秋へ向けてのエンジンをかけていかなくちゃね。
August 18, 2008
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葦澤です。あっという間に、子どもたちの夏休みも後半戦ですね。我が家には受験生がいるはずなのですが。。。彼女のこの夏休みの充実っぷり(!?)は目を見張るよう。(もちろん。。。勉強以外の面で、という話です)地域の小学生向けキャンプのリーダー役として企画/運営に携わったり。友達同士で浴衣を着付けて、(結局知り合いの大人の人に直してもらったそうですが)クラスメイト総勢15人で花火大会を観に行ったり。一昨日はおばあちゃんに連れられて日帰りで軽井沢へ行き、東京駅からは妹と2人でちゃんと帰宅し。昨日は、これもまた、友達同士で東京湾大華火祭を観に行くと出かけていきました。この花火の会場は、我が家からは電車の乗換も含めて、ちょっと遠いです。なので、前回の花火大会に比べるとかなりアウェー感の強い場所。血の気の多い男子たちがトラブルを起こしたり、はぐれて迷子になったりしたら心配だわ。。。とちょっとやきもきしましたが。「日付の変わる前には帰ってくるから~」などと言いながら出かけていったわりにはものすごく真っ当な時間に帰ってきました。私の心配顔を見抜いて、まったく寄り道もせず、お腹をすかせたまま家路を急いだようです。w * * *もちろん、心配はしています。でもそろそろ、少しずつ、「あなたなならできるはず」と信頼感を持って手を離している時間と距離を長くしないとね。制服のスカートも、びっくりするくらい短くなった。ああ。もうそろそろ義務教育も終わりに近づいてるのね…と実感しています。 * * *あのう……でもさ。楽しそうなのはまことにけっこうなんですが……勉強、ちゃんとやってるでしょうか。信頼しているので裏切らないでね☆と“出来る限り”黙って見守る日々です。(もちろん、出来ないときもあります)松田家長男の10歳の翼の話。ちょっと泣きそうだったけど。我が家の(もうすぐ)15歳にも大きな翼が育っていると信じ。もっと高く飛べるように手を離して、その代わり、心だけはしっかり繋いでいたいなと思っています。
August 10, 2008
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葦澤です。まずはお知らせから☆6月22日に行われたタウンミーティングの概要と大豆生田先生からのメッセージが、もうすぐ公式ホームページにアップされる予定です。長らくお待たせいたしましたが、どちらの記事も、「保育」に関心のある方にはぜひお読みいただきたい内容なので、更新されたかな~?そろそろかな~?と、こちらを覗きにいってみてくださいね。 * * *先週は、自分で自分にびっくりしてしまうような大きな感情の揺れに何度か襲われて、また「家族」というものの意味を考えてしまいました。家族って、 深く考えなくても、 あたりまえにそこにあるもの。だと、思っていた時期も長かったのですが、 そうでもないもんなんだな、と。自分とパートナーとの努力の方向がかみ合うこととか、それぞれの家族や周りの人たちとの理解とか、意思疎通とか、タイミングとか、運とか、ね。いろいろ。「家族でありたい」と思える人が近くにいるって、ものすごくラッキーなことなんじゃないのかな、とか。あらためて実感してみたりして。もうすぐ、自分の中で「1年」の区切りがつくのでこんなことを思うのかもしれません。 * * *いつも自分の周りのことで傷ついたり、憤ったりじたばたしている私の話を聞いて、ウチのボスはやれやれという顔をしながら「ミクロがいちばんむずかしいのよ」と言うのですが。数的には、ミクロ<メゾ<マクロという構図があるわけで。だから、単純計算的には、一人一人が自分自身の中に持つその責任の割合はミクロ>メゾ>マクロって、ことなんだろうな。ただし、この計算には「誰しもが、コミュニティや社会の中で等しくその責任を果たすこと」とか「誰もが、自分以外の人のミクロ部分を大事に思えること」とかの条件がつきそう。自分とその周辺を大事にしつつ、所属するコミュニティを支え、社会に参画する。これって、すごく大事なバランスだと思うんです。その、自分の中でのバランスがもう少しで見えてきそう。なんだけど。そんなこんなでじたばたしているとまたボスにやれやれという顔で「がんばってね」とか、「ちゃんとやってね」とか、…言われそうです。
August 3, 2008
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葦澤です。松田さんのところ同様、我が家の近くも金曜・土曜と、恒例の夏祭りでした。近所の自治会主催のこのお祭、盆踊りのやぐらが組まれ、自治会館で和太鼓を習っているコたちの晴れ舞台となり、浴衣のおばさま方が炭坑節やら東京音頭やらを踊ります。(最近は、動員された人以外はなかなか踊りませんね。。。)商店街とは違って、出店も自治会役員さんたちが主催。いつも地域行事でご一緒するあの方やこの方たちが準備した、子どもたちのなけなしのお小遣いでも充分買える金額の綿菓子、かき氷、焼きそばなどが並びます。これがまた、チケット制なうえに量に限りがあるので、子どもたちはお祭りが始まる前からウキウキそわそわしながら、長蛇の列を作ったりして。(つきあわされる親はかなり大変)娘たちが大きくなって自分で行けるようになってからは、勝手に行かせていたのですが、今年は、学校からのパトロールの一員として久しぶりに会場に足を運びました。そしてびっくり。 人。。。少な!!数年前は、この狭い公園によくこれだけ人が入れるな!というほど、もうすし詰め状態で息が切れるほどだったのに。3連休でみんな家族で出かけているのかな?とか、すぐ近くの別の町会でもお祭だからかな?とかいろいろ考えてみるけれども、それにしても少ない。そういえば、先日説明会の行われた、地域センター主催の青少年キャンプも、今年は昨年までにくらべて参加者がかなり少なかった。例年の半分強くらい。マンションが増えて、小学校は子どもが溢れんばかり。教室を確保するために改装工事まで行ったのですが。親も子も「地域」という緩やかに開かれた平面的な繋がりを好まなくなっているのか。縦にそびえる箱のなかで完結しちゃえる生活だからか。たしかに、テキ屋の夜店の立並ぶ大々的なお祭に比べればカナリ質素だけれども。「いつも見知った顔ばかりの安心感」みたいな、捨てがたい魅力もあるんだけどな。なんかいろいろ考えちゃいました。 * * *かくいう我が家、実はどこの自治会にも所属していません!マンションが建ったときの総会で、「わざわざ自治会に入る必要はない!」と言い切る中高年の方がある一定数居て、「マンション1棟丸ごとじゃないと自治会に受け入れない」と言う地元自治会と折り合いがあわず、結局所属することなく今に至るのです。回覧板もまわってこないし。ラジオ体操に出ろとか言われないし。もちろん、自治会役員もまわってこないし、お祭のとき寄付を出せとも言われないwから。 たしかに、ラク、ですけどね。でも。子どもたちは。大人の都合とは全然別に、当たり前にひろがる平面的な空間を遊び場にして、緩やかに、そして常に、「地域」に、居る。夏休みなんて、まさにその典型!で、あっちやらこっちやら、町会だの区界だのという地図にしかない線引きなんて軽々超えて、その行動範囲全体で「暮らす」のにね。だからこそ、支え合い、見守り合いが必要なのにね。大人のめんどくささで、それを奪うのはいかがなもんなんだろう?って7年前にも思ったな。。。なんてことも思い出しながら。やー、それにしてもこのひと月以上の長丁場。学校のプール帰りに道草してその辺でうろちょろ遊んでる小学生やら、部活帰りに延々とダベっている中学生やらのことを地域のみなさま、あたたかい目で見守ってやってください。どうぞよろしくお願いいたします♪と、あらためて思う、夏休み初日でした。
July 20, 2008
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葦澤です。昨日、在住の区の教育委員会が主催するワークショップ形式の教育懇談会に参加してきました。これは、区内の各小(中?)学校PTAに参加の要請が来るものなのですが、私は昨年に引き続き2回めの参加。教育ビジョンの策定の参考にさせていただきたいというのが主旨のようです。10数人程度のグループが7つ。テーマが3つ与えられて、各グループで興味があるものを選んで討議という形式だったのですが。1 家庭での生活習慣の確立2 家庭での読書・学習の推進3 学校・地域の教育活動への保護者の参画の推進の中から、ほとんどのグループが3をテーマに選んでいました。さもありなん。乳幼児対象の子育て支援の場でも、学童の育ちを見守る場でも同じ。その中核にいる人たちの多くは、「やる気のある一部の人」と「無関心なその他の人」という構図や、どんなに工夫しても伝わりきらない参画の意識や、責任の所在を分散させるための縦割り意識やなんかに悩んでいるのだなぁ、とあらためて思ったのでした。そしてたぶん、みんなが1を選ばなかった理由は自分の耳もイタいからなのではないかと(笑)。少なくとも、私はそうです。w * * *ホームドラマを作る人が喜びそうな一昔前の「絵に描いたような家庭像」なんてものは、現代社会においてはいろんな意味で「幻想」。そこを基準においたまま話をしようとすれば当事者の心に、矛盾や自己否定が生まれるのではないのかな。大事なのは、幻想ではなく今、目の前に存在している子どもたちが、自分の生に満足して、すくすくと育っていることなのではないのかな。 * * *最後の各グループの発表を聴いていたら、「興味と自主性」が大人にとっても、子どもにとっても課題であると多くの人が思っているのだとわかりました。そして、そこへ辿り着くために必要なのは「工夫とコミュニケーション」だと、多くの人が思っているのだということも。点数的なものでは測れないものの重要さ。目の前のひと手間を減らすことが「誰でも出来る参画」にはつながらないということ。いつもはマイノリティを自認している私ですが、意外とみんな、同じこと思っているんじゃん!なんて。ちょっと安心してみたりして。
July 13, 2008
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葦澤です。先週のタウンミーティングの前後ごろから学生さんが3人、セレーノへインターンシップとして来てくれています。男手が少ない子育て支援業界において若い男子!!という存在は超貴重。タウンミーティングのときにも机を運んだり、机を運んだり、机を運んだり(椅子も)、大活躍してくれました。どうもありがとう☆ * * *書類の整理をお願いしていろいろ片付けていたら彼らの1人が新しいパンフレットを眺めながら「4つ葉って何者なんですか?」と聞いてきた。「なんかすごく邪悪そうなのがいましたよね」と(笑)。実は、先日のスタッフルームの入り口に“ブラックよつばちゃん”が初お目見えしていたのです。彼以外にも、気づいてくれた人はいたかな?w高野優さんの漫画本なんかを見せながら、そして、パンフレットにも載せている4つ葉のクローバーの図を見せながら、 4つ葉っていうのはさ、 今まで「医療」「年金」「介護」だった 社会保障の3つの柱に「子育て」も含めて 4つの柱にしようという主張なんだよ。 以前、少子化対策について語られるときには 「子どもが少なくなったら 社会保障の3つの柱が成り立ちません。 だから少子化は食い止めなければ」 って言われることが多かったけど、 それは違うよね、って。 「子育て」も社会が保証すべきものだよね、って。 要するに“他と同じように子育てにもしっかりした財源を!” …っていう活動だからさ。4つ葉って。 子どもには選挙権がないし、 子育ての苦労はいっときのことだから、 なかなか大きな主張にはなりにくくて。 票になりやすい高齢者のことのようにはいかないけど。 4つ葉が言ってることは「子育てに金持ってこい!」 ってことだから。 だから、スタッフルームは邪悪にしてみました(笑) 君たちみたいに「子どものことを仕事にしたい」 と思っている若い人たちが ワーキングプアにならないためにもね。なんて話をしながら、自分自身、4つ葉の意味をもう一度おさらいしてみたりして。 * * *高野優さんが4つ葉ホームページリニューアルの際に“おまけ”として描いてくれたブラックよつばちゃん。いつか公式ページにこっそり登場させたいと思いながら虎視眈々とその機会を狙っているところです。(黒い記事を書いてくれる予定の?Yさん! お待ちしております♪)人が、人を大事にし、育てていくということを本気で考えたら。「生活」という、すべてを飲み込む営みを無視することなんて出来ないわけで。天使のような微笑みをたたえた子どもたちもその反面、人の邪悪さをすべて持ち合わせてもいるわけで。うわずみのような、きれいごとの話だけじゃないあたりが本当の4つ葉らしさなんだと、思います。
June 29, 2008
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葦澤です。日曜日のタウンミーティングにご参加くださった皆様メッセージをお寄せくださった皆様、ありがとうございました!タウンミーティングについてはすでに何件か記事がアップされていますし、今日これから恭子ちゃんも書いてくれるだろうということで。。。私からは 公式ホームページ 6月分アップされましたー☆ということを、お知らせしたいと思います。今月も読みごたえありますよ! * * *タウンミーティングも3回め。公式ホームページのアップも3回め。先週末に積み上がった2つのものを俯瞰して見渡すとなんだかどちらも美しいなー、と思うのです。「場」だったり「声」だったり「文字」だったり。表現は違うけど、そこにあるのは花かごから溢れんばかりの「4つ葉マインド」。って、感じで。 * * *そうそう!もうひとつニュースです☆タウンミーティングにお越しいただいた方にはすでにお配りしていますが、4つ葉プロジェクトのパンフレットも出来上がりました!今回制作にあたってくださったのはまゆみデザインさん。高野優さんが描き下ろしてくださった3歳のよつばちゃんが表紙です。このよつばちゃんが持っているのが溢れんばかりの4つ葉の花かごなんですよ。 共感する想いやその根っこの部分を 周りの人たちにも伝えたいんだけど 「4つ葉プロジェクトってなんぞや?」 という問いに上手く答えられないんです。。。という方には、ぜひこのパンフレットをあちこちで手配りしてもらいたい(笑)送付などについてのお問い合わせは事務局へどうぞ~!
June 24, 2008
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葦澤です。先週金曜日、縁あって、『地域発!どうする日本「止まらない少子化~地域を支えるには~」』という番組の収録(生放送)を見学させていただくことができました。過疎化して深刻な少子化に悩む地域の現状、深刻な産科医不足で第2子出産を躊躇する母親たち。子ども1人を育てるのにどれだけお金がかかるかの試算。「生みたいのに産めない」現実。その一方で、子育て支援の取り組みが一定の成果を上げて出生数が回復している自治体もある。徹底的に市民の声を集めてそれに応えようとした鹿沼市の例。香川のわははネットの広場に集まるおかあさんたちの声。子育てタクシーの取り組み。おとうさんも含め、家族全員が一家団欒できる日を設けようと、行政が企業に働きかけてワークライフバランスを推進している福井の例。子どもが少なくなったからこそ、異年齢の縦の繋がりを大事にしようと、公立の小中一貫校をつくり地域ぐるみで支えている例。私たちが常日頃抱えている問題意識をもう一度おさらいしながら、知っているようで知らなかったことを再確認できました。奇もてらいもなくストレートに表現された現実。でも、そのなかには「こっちじゃないかな?」と光でもって差し示すようなたくさんの人の想いが込められた明るい事例もあるのです。テレビや新聞、雑誌などが伝える少子社会の現実は、一体どれだけの人の心の中に実感として届いているのかわからないけれど。この番組を見たたくさんの人が「私たちはどんな未来を目指したいのか?」と考えてくれたらいいなと、思いました。 * * *ニュースにはわりと敏感な友人でさえ実体験を話して聞かせるとものすごく驚いてしまうほど、私たちが強いられてきた子育ては歪んだ環境だった。そして、それが当たり前なのだと諭されてきた。たとえば保育園の入園・通園ひとつとっても、保育園の入りにくさ、とても安いとは言えない保育料、仕事を辞めたり元気な親と同居したりすれば通い始めた保育園も退園せざるを得ない現実。希望の園に入れなければ片道30分以上を保育園との行き来に割かなければならなくなるかも知れない。そんなさまざまな歪みも体裁よくまとまった文章のなかに収められるとまるで、対岸の火事のように「大変だわね」で終わってしまう。 そうじゃなくて。 「社会の流れがそうだから」と 飲み込まれるのではなくて。じゃあ、何ができるのか?って。希望を指し示せるような取材や表現が、できたらいいなと思います。
June 15, 2008
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葦澤です。子育て支援という言葉と出会ってからまだ3年くらいしか経たない私ですが、(要するに、4つ葉のブログで知ったのです)そんな私でも、このところの、この界隈の持つ「ひろがるチカラ」に、目を見張る思いがしています。なんというか「犬も歩けば棒に当たる」くらい(たとえが間違ってるか?)、どんな場所に行っても、誰か、同じセンスを持った人に出会う。そして、その出会いがお互いのやる気を高めて、お互いにもっと遠くへ行こうと弾みを付けるような感じ。上手く言えないけど、なんか「イイ」気が漂ってることを、いろんなところで、ふと、感じる。あ、広がって行くんだな、と。 * * *杉山さんも書いていた通り、土曜日の日本子ども家庭福祉学会の理事会・総会では、ほんの1年前にはお顔も拝見したことなかった先生方とたくさんの前向きなやり取りをさせていただきました。(事務局仕事、頑張ります!)日曜日には、自分の所属しているビッグバンドのライブ。このバンドのメンバーの女性たちはほとんどが小学生以下の子どもを持つおかあさん。4人の子持ちの肝っ玉母さん(←美人)や、3人めのお子の出産を間近に控えた臨月妊婦など、ステキなメンバーに囲まれて(普通の社会人男性やプロも混じっているのが面白いところ)ギターを弾いてきました。それぞれ違う人生を送る20人以上の大人たちが集ってただただ演奏したくて。楽しくて。ひとつの音楽を奏でる。「子どもがいるとなにかと自由が利かなくて……」なんて言ってるのがばかばかしくなるようなパワフルさに自分ももっと頑張らなくちゃ、楽しまなくちゃ!と、胸が熱くなってしまうようなメンバーです。このメンバーと私を引き合わせてくれたのが、私の住む隣の区で、10年以上子育て支援に心を砕いてきたTさんなのですが、ライブを観に来てくれたTさんとTさんたちのネットワークがこれから区から委託される事業について銀座の真ん中で、アツくなって語ってみたり。その事業のプランを聞いて、「ならぜひ22日のタウンミーティングに来てくださいね!!」なんて話ができるのも嬉しい。月曜日は月曜日で、PTAからの担当として出席した地域の健全育成部会で、事務局長の地域センター所長が「子どもたちの育ちのために、地域のみんなが手をつなぎあうこと」の重要性を強く語っておられた。 * * *20代の頃の私が、自分のなかにいろんな自分を抱えながら、「でも、これとこれは遠いところの存在同士だろう。 つなげて共存させることは難しいだろう。。。」と思って来たいろんなことが、今の自分の目の前で、次々とつながり、そしてひろがっているのを体感しながら、数年前よりもなんとなく未来が明るく感じられている自分を嬉しく思ったりしています。
June 9, 2008
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葦澤です。ぱたぱたと忙しかった小学校PTAの年度始めのもろもろも土曜日の定期総会、歓送迎会無事終了をもってやっと終わり。3月くらいから続いていた自宅作業の仕事も一段落し、恭子ちゃんがまとめてくれた奥山さん取材時の記録をこんな夜中に羨ましく読んでいたりしました。この記事は6月21日に公式ページにアップされる予定です。(乞うご期待☆)その翌日にはタウンミーティング。(今月の、大日向先生からのステキなメッセージは もうお読みいただけましたか?)こちらもまだまだ受付中です。奮ってご参加くださいね☆ * * *話は戻りますが。びーのびーののある横浜市は、私の育ったところです。横浜市といっても広いので、奥山さんたちが活動されているところと私が住んでいたところはだいぶ離れているのだけど。 ……15年前には、 子育てへの支援が何も無いに等しかったという点では、市内どこも同じような状況だっただろうと思います。私が出産後に実家の近くに住まなかった大きな理由は「横浜では、フルタイムで働いている人以外が公立や認可の保育園に子どもを入れるのはほぼ間違いなく不可能」「東京に比べて医療費補助や児童手当の導入が遅い」「児童館など乳幼児連れで気軽に行ける施設が少ない」など、子育て行政の遅れでした。義姉や母は口を揃えて「東京はいいわよねぇ」と言い。ウチの娘たちが途中から保育園に入ったときには高校時代の友人に「認可?無認可?」と訊かれ。「…公立」と答えたら「ありえない!!だって、働いてなかったんでしょ!」と目を丸くされたっけ。…いやぁ。私は横浜では子育てできないな~、なんて。めちゃめちゃ傍観者だった自分。奥山さんたちの活動を、新聞かなにかで初めて知ったときには目からウロコでした。 無いなら、つくる。 改善する。与えられたもののなかから選ぶんじゃなくて、こんな方法があったんだ、と。 * * *「保育」がもっと充実してくれていたら。私はあの街に住み続けられたのに。って、思っていましたが。今になって思えば、自分が好きで過ごした街を裏切ってしまったようなちょっと苦い想いも抱えていたり。たくさんの人たちがつけてくれた道筋が大きな流れになろうとしてるのが、誰の目にも見えるようになってきたからこそ。さて。私は、何をしようかな?って。今までよりも、もっとたくさんの一人一人が考えられる時期に来ているような気がしています。
May 25, 2008
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葦澤です。そろそろ第3回4つ葉タウンミーティングのチラシが出来上がります!ご興味のありそうな皆様、お世話になっている皆様のところへは今週中には郵送などにてお届けする予定です。ちょっと多めにご希望の方は、ぜひ事務局までご一報くださいね。 * * *今回のタウンミーティングのテーマは「保育」です。恭子ちゃんや美香子さんも書いてくれているように、たくさんの人がそれぞれ、その恩恵について、思うところがある。ウチの娘たちにとっては「保育園」は遠い昔の経験ですが、心の根っこの部分に、あの頃の記憶が息づいていることを会話のなかから日々感じています。先日、初めてウチの娘たちにあった友人が、「ほんとにいい子たちだね。親に似ず!(←ひと言多い)」と言ってくれて、とてもうれしかったのだけど、けっこう、この“親に似ず”って、ひとつのポイントだな、と思いました。「家庭」と「それ以外のコミュニティ」とを根っこの部分にきちんと持てていることは、彼女たちにとって、とても大きな財産になっていると感じます。それは、ひとつひとつを具体的に見たらいい経験も、そうとばかりは言えない経験もあることは確か。複雑な事情を抱えるお友達も、居ました。でも、振り返って総じて見たときには、やはり、あれで、というか、あれが、よかったんだと思うのです。 * * *昨年出した4つ葉アピールの子育て環境をよくするポイントのなかに 「子どもは、すくすく育とう。」という一文が盛り込まれているのをみなさん、見てくださったでしょうか?このアピール、このページを当事者である子どもが読むことはほぼないだろうとわかっていながらそれでも盛り込まれているこの一文が、私はとても気に入っています。子どもが「すくすく育つ」ってどんな感じ?子どもがすくすく育つように、大人が子どもをすこやかに育てるには何が必要なの?って部分を、たくさんの方たちとともに考え共有できたらな、と思っています。
May 13, 2008
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セレーノの仕事とまったく別に、個人としてやっている仕事も、いちおうほそぼそとある。3月まで、webの原稿書きの仕事でとあるところにお世話になっていたのだけど、入館証を返しに行くついでで、そこのデスクだったOさんと先週会った。そのチームが解散されてから、みんなバラバラにいろんな仕事をしているようなので、「Oさん今はどんなことをやってるんですか?」と訊いたら「少子化をテーマにやってるのよ」という答えが。「東京と地方と課題や現状は違うと思うの」と彼女は言う。そうです、そうなんです!!と、がっつり食らいつく私(笑)びーの奥山さんや大日向先生の名前が彼女の口から出てくることがものすごく不思議で、ものすごくうれしくて。子ども子育てを取り巻くあれやこれやについて何時間も話し込んだ。3月まで一緒にお仕事させていただいていたときには私が普段どんなことをしているかについて、じっくり話したことはなかった。もちろん、見た目に似合わず中学生の娘がいることとかその他もろもろ、自分の話はよくしたのだけど、こんなひょんなところで「4つ葉」の話を熱く語れる機会があるとは、正直思っていなかったのだ。あの仕事が終わってからたったひと月の間に、Oさんはいったいどれだけの資料を読み込んだんだろう?本当に的を射た課題が、たくさんの基礎知識のなかから出てくる。私は自分のわかる、想う、範囲で、精一杯答えながら、正直、すごいなぁと想っていた。こういうのが、プロの仕事。「世の中はもっとよくなるよ、って 伝えなくちゃいけないと想うのよ」「大日向先生は30年前からあの考えを貫いてここまでやってこられて、本当にすごいと思う。私は、それに続く、40代くらいの女性を捜してるの」 * * *彼女の想いが、本当に反映できるような作品が作られたらいいな。私たちは、同じ想いを伝えたい者の一員として、何が出来るんだろうか。
May 5, 2008
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最近あまりに私が小学校のことにばかり時間を割いているのでボスから「それはそれ!仕事はきっちりやって!」とお叱りを受けてしまった。。。。まったくだよなぁ。。。と反省しつつも、それでも毎日の生活のなかで「一人一人の保護者がもっと、子どものこと、学校のことに関心を持って、関わっていくにはどうしたらいいんだろう?」と、常に考えている今日この頃。仕組みの改良や工夫で変えられることもあるはず、と考えだしたらとまらない。(夢にまで出てきます…)「モンスターペアレンツ」と呼ばれてしまう親たちはなぜ、個々に無理矢理突破口を開こうとするような手段しか持たなかったのか?学級崩壊や不登校の問題を未然に防いだり、拡大を防ぐ手段はないのか?すぐに結果は出ないとしても……どうにかしたい! * * *昨年度の卒業式に役員として出席した日の翌日、ニュースで小6の子どもの飛び降りが報じられた。私の目の前を通り、手に手に卒業証書と花を携えて校門を出て行った子どもたちと、そのニュースの子どもと、いったい何が違ったんだろう?自分の子どもの通う小学校で、そんな悲しいことは絶対に起こらないと、言い切れるだろうか?言い切れないにしても、私はそんなことが起こらないように精一杯努力したって言い切れるだろうか? * * *たくさんの大人が、あなたの未来を信じているよ。いまたとえ、少しつまづいていても、3年後の、10年後の、20年後のあなたには、あなたなりの、納得できる未来が開けているんだよ。って。子どもたちに言い続けてあげることが大人の役割なんじゃないか。一握りの人ではなく、たくさんの人が、子どもたちに「大事なメッセージ」を伝えられるように。今ある仕組みのなかで何が出来るのか、今ある仕組みで出来ないなら、何をどう、変えて行けばよくなるのか。考えていくのが、大人の役割ではないんだろうか。 * * *兄弟が2人、3人といるのが当たり前だったときには、親同士が自然と、いろんな知恵や考え方を次の世代へ伝えていけたし、受け取ることもたやすかったのだと。その仕組みが今は機能しにくくなっていることをまざまざと実感している。子どもの世界も然り、だ。昔をただ懐かしむのではなく、今の親や子どもにただ憤るのでもなく、これからの時代にあった情報伝達の仕組みをしかけていかなければならないんだろうなぁ、と、思う。
April 27, 2008
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みなさまお待たせしました☆4つ葉プロジェクト公式ホームページリニューアルオープンしました!!!「ブログの更新はされてるけど、公式ホームページはずいぶん変わってないみたい……」と、やきもきされていたかた、今年度はひと月に一度のペースで更新していく予定です。読みごたえのあるページを作っていきたいなとスタッフ一同頑張っております。(とくに當間さん、綾部さん)3歳を迎えた4つ葉ちゃんはとっても愛らしいチアガール姿で登場です。(高野優さん、ありがとうございました!)これからも4つ葉プロジェクトをどうぞよろしくお願いいたします。 * * *先週は体調不良でブログをお休みしてしまいました。「したいこと」と「やりきれること」の狭間でかなりアップアップしている今日この頃です。でも。。。それでもやっぱり、やってしまう。「やりたい!」「やります!」「やろう!」と声を上げてしまう。遠巻きに眺めながら「あれって、あ~だよねぇ。ちょっとどうなの~??」とか言ってばかりいても、何も動かないし、何も始まらない。空しさばかりがつのる。枠ばかり作っていても、中身は埋まらない。 こころの真ん中から出せる声がある。 こころの真ん中から声をあげられる場所がある。それはきっととてもすばらしいことだ。そして、それを受け止めてくれる場があることもとてもすばらしいことだと思う。そんな場を立ち上げてくれた人がいて、それを今まで支えてくれた人がいて、それで初めて私たちは、ここにいるわけで。だからみんなに 3周年おめでとう!
April 20, 2008
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葦澤です。1週間があっという間です。出会いと別れの季節のせいか、ここのところ、自分の来し方を振り返るような日々が続いています。ひとつの「仕事」や「作業」や「活動」を軸に考えると、そこにはそれを中心とする時間軸があります。自分は、そこにいっとき関わる人として時間は流れて行きます。その一方に、「自分」を主体とした時間軸がある。娘と中学社会<歴史>の話をしていて思いついたのだけど、自分の時間を<歴史>になぞらえて振り返ってみると、ちょうど中世(魔女狩りに怯える封建制時代)を抜け出して、ルネッサンスあたりかな??なんてふと思ったりしてみました。子ども時代(前史)や中・高・大学時代(古代)に身につけたものを「生活」のためにいったん脇に置いといて、熟したあたりでとりだして、もう一度再興している。。。そんな感じがしているのです。 * * *小さな子どもがそばにいる時間はどんなに望んでも、一生は続かない。毎日毎日だっこをせがんだ娘たちも、もう抱き上げると「絵的にキモイ」(笑)くらい大きくなってしまいました。関係性が次へ向かう中で、保守的な生活の中で積み上げた「母」としての大きな軸をぶれさせないように。でも自分はしっかりと後ろに回って、子どもたちが自分で歩いて行こうとする道を塞がないように。などと、つらつら考えている、中三と小六の母でした。
April 6, 2008
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先日、小説の作者のかたに直接感想を伝える機会に恵まれ、「それだけきちんと読み込んでもらっていることが嬉しい」と言っていただけた。「なかなかないことだよなぁ…」となんだか嬉しかったのだけど、よく考えたら、人に会う前に著作を拝読し、その感想を伝えながらお話を聞くという機会がここ2週間ほどの間に3回もあったことに気付き自分でもびっくりした。どれもみな、直接収入に結びつくものではない。けれども、その考え方に触れて感化されたのも、自分から話を聞く機会が持てたのも、やっぱりベースに「仕事」があったから。こういうとき、つくづく「働くって楽しいな」と思う。 * * *私がお話を聞いた3名はとにかく「人間が好き」な方々だった。人間を、根っこのところで信用している。「現実に耐えられないかもしれない」という、人の弱さを認め。でも、その弱さを克服する本当の力はその人自身の中にあるんだよ、と。言われているみたいだった。その「人が弱さを克服する本当のちから」は、人と人の間で育まれる。時間をかけて、ゆっくりと。子どもたちが、それに気付ける大人になるよう支援することこそ「子育て」で。忘れそうになっている大人に周りが力を貸すことこそ「支える」ってことなんじゃないのかなぁ、と思った。
March 30, 2008
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Sereno葦澤です。年度替わりで忙しくしているなか、ネットで流れていた下記のニュースに目が止まりました。PTA:東京・杉並の和田中が廃止 「地域本部」が支援、公立学校で初私自身、ここのブログにも書いたことがありましたが、「PTAなんていらないんじゃない?」という問いかけは、今まで身の回りでもよく聞かれていたことです。でも、じゃぁ、実際。なくしたあと、本当にそれは「なくて大丈夫」なの?今まで誰かが担ってきた「必要なこと」の部分はどうしていくの?と考えると、答えが出ない。という部分が多々ありました。それに対して、上記ニュースの答え。さすが和田中。鮮やかだなぁ。 * * *口だけ出して、手を出さず、「あんなものはいらないでしょ?」って言っていることには、抵抗があります。飛び込んでいって、中身を知り、そこで初めて、何かを変える。この手法はとても好き。本当の意味での、とても前向きなリストラクチュアリング。その後の動きを見守っていきたいし、参考にさせていただきたいです。 * * *武田さんも書いてくれてましたが、先日、4つ葉のことを打ち合わせていた帰り道に 小学校などで、子どもが公的なお金を たくさん投入されていることについて 親はもっと自覚してコスト意識を持ちつつ、 自分(とその子ども)が受けている恩恵に対して できることをやっていくべきなんじゃないか?という話をしたのです。武田さんは「恩返し」って言っていたんだけど、私はもうちょっとドライに「コスト意識」じゃないのかなぁと思う。。。ってなことを。子どもがいる人もいない人も払っている「税金」で子どものための支援・教育がまかなわれている。「義務教育」は私たちが生まれたときからそこにあるから、当たり前にそこにあると感じているけれども。そして、それはとってもいいことなんだけど。(子育て支援と呼ばれている乳幼児の育ちに関する支出も もっと当たり前になっていいと思う)そういうこともう一度根っこのところから考えて、周りみんなが口を出し、手を出し、支えあいおんなじお財布で暮らしているという意識を持てればいいのになぁ。。。と。和田中の記事を読みながら、當間さんのブログや武田さんのブログや小学校の校長先生の話を思い出しながらまた、考えたりしてみました。でも、きっとそれは一人一人それぞれが自分の体にメスを入れることでもあるのでしょうね。上手な手術ならそれほど痛みを伴わずによくなるよ。傷あとはいつかは見えなくなるものだよ。って、思えるかどうかなのかな。
March 23, 2008
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Sereno葦澤です。「4つ葉」提唱者でもある柏女霊峰先生の著書が数日前にやっと手元に届き、娘たちのピアノの発表会の客席で、こっそり読んでいました。本にラインを引いたり、メモを書き込んだりするのが好きではなく…いい言葉があっても、すぐに忘れてしまうタチなのですが、いくつか覚えておきたい言葉があったので備忘録的にコチラに書き込んでおきます。………………………………………………「子ども虐待防止のための地域における対応」の項目で。。。通告とは悩み苦しむ家族を援助のルートにつなげる手段であり、決して親を告発することではありません。………(専門機関の)基本的姿勢としては「聴く(「十四の心を耳にする」と書きます)こと」、「看る(手を差し伸べつつ看る)こと」、「見守り」、「ちょっとした手助け」、「相手の心のコップを空にしてあげること」などが大切だと思います。「子はかすがい」の項目で。。。子どもは私たち大人が次の時代に贈る生きたメッセージ………子育ては、人と人とをつなぎ、また、時代と時代を結ぶかすがいの役割を担う大切な営みと言えるでしょう。…………………………………………………(『子ども家庭福祉・保育のあたらしい世界』:生活書院・刊)見開き2ページのなかに、これだけの言葉を残すことが出来るような人に私もなりたいな。(大それた野望)
March 16, 2008
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セレーノ葦澤です。「生まれたときからいるみたい」な顔をして(?)子育て支援界隈に出没している私ですが、実はつい先日、やっとセレーノに通いだして丸1年になりました。この1年に起こったこと、たくさんの人との交流、形になり、走り始めている仕事…などなどのことを思うと、なんだか感慨深いものがあります。 * * *もう一方で、もうすぐ1年になることに小学校のPTA執行部の仕事があります。(いちおう副会長。。。)今までも広報・選考・卒対などの役目は数回引き受けたことがありましたが、学校全体の方針に関わったり、意見を言ったり出来るというのは全然違う立場だな、と。その立場で地域に出て行き長年地域の裏方をされている方達や行政の方とお話する機会というのも新鮮でした。時代が変わり、子どもたちも親も生活・行動範囲が広くなっています。にもかかわらず、「形」や「枠組み」の変化は遅い。そして、そこに縛られて凝り固まった「意識」の変化はもっと遅いのかもしれません。「無難にこなせばいいんじゃないの?」と言う人、「いらないんじゃないの?」と言う人、「変えていけばいいんじゃないの?」と言う人。閉ざされた枠組みのなかにもたくさんの価値観がぶつかり合いながらの1年間。やっとお互いの中身が見える頃にはもう年度末でした。 * * *誰もが関わるわけではないけれど、親であれば、誰がやってもいい仕事であるPTA。似たようなタイプの人たちばかりじゃないからこそいろんなことが起きる、公立小学校。いろーんな人がいるからこその「地域」。そこにコミュニケーションの難しさがあるわけだけど、今の時代、それをいちばん感じているのはきっと子どもたち一人一人…なのでしょうね。だからこそ、私たち大人が、「価値観の違うあの人たちと、 ぶつかりあいながらも仲良くなったよ」って、“見せていくこと”の大切さを感じています。 * * *子どもたちの成長につられて、「中3と小6の母」になるのも目前。親として、大人として、胸を張って彼女たちの前に立てるよう負けずに成長しなくてはな~と(ちょっとは)思っていたりするところです。
March 9, 2008
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こんばんは。セレーノ葦澤です。あっという間に3月ですね。今年度のまとめや次年度への準備と慌ただしくしているなか、「4つ葉プロジェクト」ではホームページリニューアルに先駆けてブログの体制が変わります。フレッシュなメンバーが数名加わり、新たな気持ちで更新を続けていきますのでどうぞよろしくお願いいたします。 * * *私自身は、週1回のこのブログ担当を仰せつかってから9ヶ月半ほどになるようです。「4つ葉的」ということを念頭に置きながらたくさんの方に読んでいただきたい話題……と頭を悩ませ、思い悩んだ挙句にお休みしてしまうこともありました。でも、今振り返ってみると、そうやって悩んだことも含めてとても有意義でした。自分はこう考える!こう行動していきたい!ということを発信する場が保証されていること。そこに共感してコメントをくださる方がいること。そこからたくさんの学びをいただいたな、と思っています。そんな「4つ葉プロジェクトブログ」という場に「私も書きたい!」と名乗りを上げてくださった同年代の方がいる。とても心強いです。 * * *先日、友人と喧嘩をしました。別の日記で書いた私の言葉が気に障ったそうです。気心の知れた友人が「不愉快だ」と伝えてくれたこと。びっくりしましたが、ありがたいな、と思いました。そのやりとりのなかで、私は「“思う”ことは自由だ。必要であれば根拠も伝える。 それに対しての異論・反論・オブジェクションは大歓迎。 でも、人からどう思われるかを気にして 何も言わなくなるということはしない」と、ムキになって(笑)伝えていて。自分のなかへ「4つ葉マインド」が浸透していることを実感しました。w(仲直りもしましたよ)数日後、その友人が今、会社で学んでいることや自分の受けた教育について思うところを下記の記事とともに伝えてくれました。興味深い内容だったのでリンクを貼っておきます。「ゆとり教育」の先に…自信も失った若者たち * * *今、私たち(以下)の世代はどんなことを考えているのか?何が不安なのか?必要とされていることは何か?何なら出来るのか?私に出来ることは何か?これからの子どもたちが大人になるにあたって何が不安なのか?必要とされていることは何か?何なら出来るのか?私たち大人に出来ることは何か?たぶん、これは私にとって大きなテーマなのだと思います。ブログ当番を名乗り出てくださった方達もきっと、それぞれの立場でそれぞれのテーマを持っていらっしゃると思うのです。たくさんの意見や想いを読ませていただくこと、イチ読者として楽しみにしています!追伸:先ほど、すごく時間をかけて書いた文章が「アクセスが集中しており~」云々のお詫びとともにあっさりと消えてしまい、書き直しました。。。(大ショック!)
March 2, 2008
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こんばんは。Sereno葦澤です。今日は(も?)事務局の恭子ちゃんやその他メンバーなどと数人で4つ葉公式サイトリニューアルなどについて話をしました。世話人代表・杉山の「4つ葉へのメッセージ」インタビューも行いました。乞うご期待☆* * *先日、ひょんなことから長女に私の絵を描いてもらったのです。で、親バカながら、携帯の待ち受けにして人に見せて歩いたりしています。それを見た友人が「(長女にとって私が)Happyに映っているのね♪」と言ってくれたのですが、私はその言葉を聞いて、12年前の母の日に描いてもらった絵のことを思い出していました。娘(当時2歳)に「ママの絵を描いて!」と、同じようにお願いしたとき。気乗りしない様子で彼女が描いてくれた私の絵は口がへの字で、目は三角。……正直カナリショックを受け「なんで?なんで口がへの字なの?」と訊いてしまった私。「ままね~おこってんの」と、2歳の娘は当たり前のことのように言ったのでした。そのとき私は妊娠8ヶ月くらいできっと、いつもきりきりしていた。「あのお母さんは若いから(できないのよ)」と言われたくない一心で、ムキになってた。そんな私のことを、悲しい気持ちで、でも、それを「当たり前の母の姿」として受け止めていたんだろうな。「私に専業主婦は向かない……」と痛感した出来ごとです。ずいぶん久しぶりに、思い出しました。 * * *今、ちょうど私と同い年くらいで当時の娘と同じくらいのお子さんを持つお母さんが世の中にも、自分の周りにもいっぱいいて。その人たちが今悩んでいることを聞いていると、自然と、自分の進んで来た道を振り返るような気分になります。そして、なぜ自分が「ここ」にいるのかを憶う。それは、小さな小さなエピソードの積み重ね。大上段に構えることは苦手だけど、たくさんの同年代の人たちと同じ高さの目線で自分の来た道や、そこにくっついて育った娘たちのありのままを見てもらいながら、みんなの少し先のことを、思い描いてもらえればな。。。と思います。
February 22, 2008
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5日の予算勉強会ではいろいろありがとうございました。とくに事務局・恭子ちゃん!お疲れさまでした!!* * *昨年の勉強会の頃は、まだまだこの界隈の事情がチンプンカンプン(←死語?)だった私。それでも、かつてはまったく別々の動きだった(ように見えていた?)文科省と厚労省が手を組んで「放課後子どもプラン」を推し進めるという話をうかがって、とてもワクワクしたのを思い出します。…私たちが子どもの頃は、わざわざ“校庭開放”なんて名前がついてなくても友達との放課後の待ち合わせ場所、遊びにいく場所は、たいてい「小学校の校庭」でした。だから、私は、いまどき(長女入学当時)の小学校では「校庭で放課後自由に遊べない」ということにとても驚いたし、悲しかった。実際、放課後プランがどのようなものになっていくのか自分の住んでいる地域ではまだ見えて来ていませんが(見える頃にはうちに小学生はいないのだろうな。。。)子どもたちが子どもらしくのびのびと過ごせる時間や場所が少しでも増えることを切に願っています。今年の勉強会で私がとても嬉しかったポイントは「子育て支援策」のポイントとして「産科・小児科医療の確保等母子保健医療の充実」がいちばん最初にあがっていたことと、「特に支援を必要とする家庭の子育て支援」として「社会的養護体制の拡充」が掲げられていたこと。この二つは、専門性なくしてはどうにもならない分野。予算としてあがっている金額では足りない!という声も多々あろうと感じるのですが、それでも、少しでも増えていくことが嬉しいです。この記事↓、考えさせられます。
February 8, 2008
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東京は、雪です。ウチの周りはたいして積もってはいないのだけど、運悪く、明日は登校班の当番。自分のマンションの前の歩道で小学生が転んで怪我したりするのは見たくない。。。ので、ちょっくら雪かきをしてきました。「管理人さんの仕事でしょ?」と言われれば、たぶんそうなのですが、男性とは言え70歳近い方が1人でやるのを知っていて、そのうえ、マンションの前を数百人の子どもと通勤・通学などその他の人たちが通るのを知っていてだまって通り過ぎるということが、できないタチです。まだ少し降っているけれども、明日朝、凍結しないといいな。(子ども2人を自転車に乗せて、 積雪後の凍結路面で転倒したことがあるのです。。。)他の人が黙って通り過ぎようと、「そこまでやらなくていいんじゃない?」と言われようと、こういうときの私は「やりたくてやっている」のだと自分で知っているので、あまり気にしません。* * *来年度もPTA役員を引き受けるかどうか迷っていて、中2の長女に相談したところ「ママは、やりたいの?」と訊かれました。その言葉には「私はママの意思を尊重するけど?」というニュアンスがたっぷり含まれていて、嬉しかった。というわけで、自分はやりたいのか、考えてみました。こういう、「誰かがやらなきゃいけないことになってるけれども 引き受けるのはいろんな意味でタイヘン」という役割をやるかどうかはけっこう悩む。 立候補するほどではないけれども、 やりたい気持ちもありますよね。 子どもたちが楽しむ様子を間近で見るのは楽しいので。というのが正直なところ。そういうときに実際出来るのかどうかは 仕事場の上司の理解、とか 家族(子どもたち)の理解と協力、とか 周囲の人とのお互いの理解、とかそういうのがポイント。だとすると、私はそれを全部持っている気がするし、出来ない理由は何もないのだよね。という結論になった。* * *職場でも、ウチのボスはすぐに「葦沢さん、やりたい?」と訊きます。「やりたい」を形にして、それをきちんとまわして、対価を得ていくにはどうすればいいか?ということについてもしょっちゅう意見を聞かれます。「やりたい」だけではできないこともたくさんあるけど、それなりに形になっていくものもある。「なにがやりたくて、 なんのために、いま、これをしているのか」について、きちんと考えながら前に進めるのはきっと、とても恵まれた環境なのだろうと思っています。
February 3, 2008
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今日は事務局の恭子ちゃんたちと、5日の勉強会の打合わせ。その他もろもろ、今後の相談など。勉強会、お申し込みいただいたみなさま、ありがとうございます。まだお席に余裕がありますので、みなさまふるってご参加ください☆メールでのお申し込みはコチラへ。* * *公式ホームページを充実させていこう、というのが今年の目標。会計報告や事務局や組織、運営していく内容、昨年のタウンミーティングパンフレットの中身、いままでのあゆみ、「4つ葉って、具体的に、なんなの??」みたいな部分を今ブログ担当をしているメンバーなどが手分けして、そちらに読みやすくまとめていけたら、と。4つ葉の3歳のお誕生日あたりにリニューアルを目指しています。関係各位のご協力も、よろしくお願いいたします!* * *ものぐさで夜中のメールで用件を済ませがちで今まで書いてきた原稿もウェブ媒体が主な私ですが、実は本当のところでは、メールやウェブのできることは限られていると思っています。名前を明かして語ることの勇気とか、匿名性に潜む悪意とか、深く推敲せずに書き込めてしまうからこその誤解、言葉の足らなさ、至らなさ。これが、本を一冊作るということだったらスタンスは全然違う。一度書いた人の手を離れたら、もう簡単に言い換えることはできないという覚悟。言葉の表記ひとつひとつに注意し、吟味し著者、編集者、発行元の会社・団体の看板を背負って立つ。(もちろん、ウェブだってそれは同じなのだけど…)でも、本、活字は、時間がかかる。だからこそ、同時性を保つのは難しい。それが、印刷物の限界。ウェブはその点、同時性はやたら高い。間違いは、修正がきく。多くの人の目に触れることができる。双方向のアクセスができる。けれども、やっぱり、2次元なんだな。生身の人の持つ、パワーや独自性、その人が表裏一体で持っている長所と短所の「個性」としてのエネルギーを肌で感じることは難しい。それが、ウェブの限界。だったら、結局、そこはきっと入り口でしかない。入り口から一歩、中に入って、実際会って、話をして、質問をして、誤解があればそれを解いて、相手を丸ごと理解しようと努力する。そして、あたたかい場所をひとつ、手に入れる。そんな場所の、入り口になれたらいいんじゃなかろうか? って、そんな話です。でも、私たちには1日24時間しか無い。それが「生身のひと」の限界。* * *「じゃぁ、4つ葉って、 子どもに関わるいろんなところへ御用聞きに行く “三河屋さん”みたいな感じっすね?」と、恭子ちゃん。なるほど~(笑)。あれは究極の地域密着。会話のできる関係だよね。「2008年度予算、入りましたよ! お披露目会がありますがいかがっすか?」「まぁ、そうなの? ちょっと興味あるわ~♪ じゃぁ、今年はちょっと見に行ってみようかしら? ……あら、けっこう美味しかったわ! お隣の○○さんにも教えてあげなくっちゃ。 ねぇ、○○さん!アノネ♪」みたいな、感じでしょうか?wこんなおバカな事務方担当が勉強会の裏方として、お待ちしております。どうぞお気軽にご参加ください♪
January 25, 2008
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自分の身の回りで「新しい命が生まれます!」というニュースを聞くよりも、「身内に不幸がありました」というニュースを聞くほうが多くなる。っていうことなんだよね。ってな話を、先週の土曜日、仕事先で年末におじいさまを亡くされたばかりの大学生女子としたのです。今日帰宅したら長女がいきなり「うえーーーん」と泣きついてきたのでどうしたのかと思ったら、同級生のお父さんが死んじゃったー、と。人相が変わるほどの大泣き。そんな娘を見て「オレはまだまだ死ねないな…」なんてしみじみ思う私。それにしても、この1年くらい本当によく訃報を聞きました。これからの時代、それは当たり前になっていくのだとしても。願わくば、嬉しいニュースも同じくらい聞きたいものです。* * *話変わって。ウチの事務所では「ワークライフバランスや子育て支援が進むためには 景気が後退したらまずいっすよね」とか、ボスがおもむろに中公新書を取り出しながら「日本社会にとってアメリカはねっ」とか、そういう会話が日常だったりするのですが。今日も昼ご飯を食べながら「景気はだいじょぶなんだろか~」なんて話をしていて。帰宅してみたらテレビは大田大臣の演説の話題。生出演もばっちり見てしまった。常ににこやかに、でも確信を持ってはっきりと力のある口調でお話される姿が小気味よかったです。
January 18, 2008
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sereno葦澤です。すっかり明けきっていますが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。* * *年末はカナリいろいろサガっていて、普段の年末にやることはいっさいやらずに過ごす勢いだったのですが、気づいたら長女がお煮しめを作る用意やら栗きんとんを作る用意やら始めており。栗きんとんもさぁ、作るときは簡単だし楽しいんだけど、結局作りすぎて毎年残すんだよね。。。と思いながらもおせち作りを手伝ったりして。サツマイモの裏ごしとか、にんじんの型抜きとか、毎年やらせていたことは、確実に彼女たちの中で習慣になっているらしいです。カウントダウンは結局ジャニーズで。(決して好きではないのだけど 毎年ほかに見るものないんだよなぁ・笑)珍しく元旦に行った初詣では大吉を引き当てました。翌日は一人で実家方面に帰り、母や妹家族と父の墓参りに行ったり。(やっぱり富士山は神奈川県で見るものが一番よいと思う)バーゲンでブーツやアウターをゲットしたり、勢いあまって仕事用にPCを購入したり。その間、娘たちは父親と一緒に向こうの実家へ行き、たんまりとお年玉をもらって来たり、と。バラバラにしようとしても、いろんなものや時間が結局は良くも悪くも「つながっている」、「つながっていく」ことを実感するような正月休みとなりました。これまでのことも残しつつ、初めてのことはちょっとずつ、でも明らかに次へ向けてのステップになるような。そんな、光の射す方向が見える一年になると良いなと。それが私の2008年の抱負といったところでしょうか。杉山さんの凧の話を読んでフェアグラウンドアトラクションの「Allelujah」という曲を思い出しました。凧の上がる場所は、穏やかな日差し溢れる真っ青な空がよいですよねー。
January 5, 2008
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こんばんは。sereno葦澤です。もうすぐ今年も終わりですね。そういえば、昨年の今頃は、自宅仕事のみで引き蘢り生活だったな~、などと、懐かしく思い出す年の瀬です。sereno事務所を手伝って欲しいと言われて東松原まで通うようになったのが2月末、その後、6月からは別の新しい仕事も始めたり。昨年から続けているホソボソとしたした仕事も、ホソボソと続けていたりして。なんだか脳ミソの忙しい1年でした。(それまであんまり使ってなかったから余計に……笑)* * *先日裏方のお手伝いをしたシンポジウムで、この本を購入。(このとき試写されたドキュメンタリー番組は新年に放送されるそうです。「子育てしているあなたはけっしてひとりぼっちではないよ」という視点を軸に、この事件後の子育て支援の変化を追っています)原作本を読むと、杉山春さんの、あくまでも事実の裏側まで掘り下げて「真実」を描き出そうとする文章に引き込まれ、考えさせられます。事件の背景である「家族」というものの病理の深さ。その病理と向き合わずに済ますために感情を表に出さずに思春期を迎えた2人が、親になる。「きちんとできている」と評価されたい、そう思い込みたいために周囲の支援の手を断ってしまう母親。「父親は仕事、母親が育児と思っていた」と繰り返し、娘の成長にも妻の苦悩にも目を向けようとしなかった父親。幼い命は、ある意味「文化」に殺されたと言っても過言では無い気がしました。狭い世界しかしらない若い親たちが、自分の知ってる世界だけを常識のすべてだと思ってしまったとしたら、無知や無責任という言葉だけでは足りない気がします。変えていけるという肯定感の不足。と、こうなればいいんだ、というモデルの不足。* * *10年くらい前、子どもを保育園に預けて初めてパートとして働いた会社で、人事課の事務をしました。そのとき初めて労働基準法の内容を目にして、「なんだよ!子どもがいても働けるように ずいぶん優遇されてるじゃん!!」と、驚いた経験があります。その会社にはパート・アルバイトがたくさんいて、そのなかには高校生で母になったという、私より少し年下の女性や、離婚して小学生2人を育てながら音楽ライターの仕事をしている少し年上の女性もいました。自分が思いこんでいたほど、自分の存在が稀なものではないことにびっくりもしたし、ホッとしました。その次に行った職場では、どうみても「きれいなお姉さん(でもちょっぴり年齢不詳?)」という女性が高校生と中学生の子どもを育てているお母さんだったり。私に最初にウェブでの原稿書きの仕事をくれたのもとても20代の息子さんがいるとは思えないキレイで若々しい40代の女性でした。この10年ほどの仕事の経験は、若者ならではの狭くて古典的な家庭観を見事なまでにひっくり返す、たくさんの出会いをもたらしてくれたなぁ、と思い出したりもしています。一見「母親」なんて居なさそうなところにひょっこりと、したたかに居る、しなやかな女性たち。そんな彼女たちをモデルにして、今の自分がいるんだよな、と思う。今では私自身、ちょっと常識外な人としていろんな場所で「それはどういう生き方なんだろう?」と考えてもらうきっかけくらいにはなっているかも。それはたぶん、悪いことではないはず。w* * *先日取材をさせていただいたある会社の方が、法律改正などで働き方が変化したことに触れ、「普通というのは変わっていくものです」とおっしゃっていました。本当にそうですよね。
December 28, 2007
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こんばんは。セレーノ葦澤です。今日は次世代育成支援協働フォーラムinとうきょうの1日目。東京の部。私は別仕事があり参加できなかったのですが、きっと濃いめの話が濃密に話されていたのだろうなー。明日16日は、全国の部。昨年・今年と協働フォーラムを開いた各地の実行委員の方から報告が聞けます。楽しみです。* * *セレーノでお仕事させていただくようになってから本当に、いろんな場所へ出掛けます。私はあまり出歩かず事務所に居る方なのだけど、それでも今年は大阪やら福島やら参議院やら(笑)。地域で自分の子どもを育ててるだけなら私はたぶん、行かなかっただろうな、という場所に足を運んだ一年でした。子どもと一緒なら、自分の暮らしている町だけで、充分楽しめる。道ばたの木々や草花の変化で季節を感じ、毎日顔を合わせるお友達と親子共々いろんな話をしたり、喧嘩をしたり、飽きることなく同じ遊びで遊んだり。自転車が一番の交通手段。そんな暮らしを、ずいぶん長いことしていました。そういう時期もあっていい。でもね。移動すると見えて来る、違った景色がある。そして、移動に慣れると、フットワークが軽くなり、視野も広がります。定点で見えて来たことを大事にしながら、それぞれの土地の良さ、おのおのの世界の良さに目を向けたり、自分の知らない場所で起こっている悲しいことにも目をそらさないようにしたり。そういう時期もあっていい。* * *移動しなくても、なにげに今の日本は狭い。メールや電話でお話しした各地の方々との繋がりもそんなことを感じさせてくれます。山口から駆けつけてくれた人や隣の区に住んでいるのに初めて出会った人と、ひとつのことのために一緒になってひとつのテーブルを囲んで打ち合わせをしている図。私が子育てに邁進していた10数年前には想像もつかなかった世界かもしれない。「足場である場所(=家庭とか地域とか昔の友人とか)」と「遠いところの場所(=マクロ的なこととか新しい人たちとの繋がりとか)」を行ったり来たりできるって、いいと思うな!定点と、ゆるやかな繋がりと、たくさんの移動。もう少し。もう少しで大きな風が起こるよ。って、気がします。
December 15, 2007
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このところ「自己肯定感」というものはひと頃に比べてずいぶん感じられるようになった。ただ、やっぱり、自分が立っている場所がどこなのかよく見えなくなるときがある。「立つべき場所」となったらもっとわからなくて。子どもは好き。私よりあとに子どもを産んだ女性には私たちのときより自由で、その人らしい人生を歩んで欲しい。でもおそらく私はそれを「当たり前のこと」と思っている。誰かが支援の手を差し伸べるようなことじゃなく、一人一人が自分の手で実践して行くべきこと。そのためにもし私にできることがあるならしたいけどきっとそれは自分にとって“通過点”にしかならないだろうな。だって、時代がきちんと変われば必要なくなることだもん。今私が思う足りないものは「環境」。どんな仕事をしていても、どんな歳でも、どちらの性別でも子どもを育てるかどうかを「自分が決められる」環境。簡単な仕事でも、難しい仕事でも、それが自分に向いていて、必要とされる仕事ならばその、必要とされる労働だけで「普通に暮らしていける」環境。* * *先日、松田さんと一緒に福島に行ったとき、「こんな私でも、長女が生まれたときは子ども可愛さに保育士の資格を取ろうと思ったことがある」と話した。でも、周りにいるお母さんの、本当にまっすぐな優しさとかすべての子どもへの目配りとかをみていたら「本当の私」には向かないな、と正直思ってそして、やめた。子どもは大事。子育ての環境も大事。でも、私には所謂「子育ての現場」と違う場所でその環境を整える役目があるんじゃないかなー。と、もう遠い過去になりかけている所謂「子育て時代」を思い出しながら、考えています。一見、子ども子育てと無縁のように見えるところにざくざく切り込んでいって「世の中には子どもがいます。 誰にでも子どもだった時代があります。 子どもが子どもらしく生きられる場所を ちゃんと整えてください。 子どもを育てている人も 周りの人と変わらない ただの人です。 とにかくすべての人が 人らしく生きられる 環境を整えてください」と言ってまわりたいんだろうな。それはやっぱり、10年前に考えていたこととあまり変わらない。そういうもんなのかもしれない。
December 1, 2007
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sereno葦澤です。今日は「家族の日」なのだそうですね。ニュースでこんな記事やこんな記事を読んで、初めて知りました。でも、この記事やこの記事では「家族の日」という言葉には一言も触れていない。いろんな発信元からの、いろんなフィルターを通したあとの記事をネットで読み比べることができる。便利な時代だ。元はと言えばこういう運動なのですね。アンケートの結果全部を見てみたかったけど、それは見つからなかったのが残念。* * *先々週のことですが、父が他界してちょうど10年経ちました。そんなわけで、自分が子どもの頃のこととか、思い出したりしています。毎週日曜日には、朝必ず散歩に出掛けていたこととか(母親が朝ご飯を支度する時間を作っていたんだな、きっと)選挙の日にはその散歩コースに必ず投票所が組み込まれることとか(誰に入れたの~?と訊いても「それは一人一人が決めることで、人に教えることではない」と言われて、けっして教えてもらえなかった)アニメが見たくてもニュースが優先、ニュースを見ながらよく社会に怒っていたこととか。とは言っても、けっしてマジメ一辺倒な人だったわけでもなく、パチンコ、競馬、酒、タバコ、切手収集、野球観戦、油絵、家庭菜園での野菜作り、などなど。適度に(?)不マジメで、多趣味な人でした。普通の営業職のサラリーマンでした。で、しみじみ思う。当時は普通に働いていても普通に自分や家庭のことを顧みるだけの「時間」があったのだなー、と。* * *今の子どもたちには、「父親」の姿はどれくらい届いているんだろう?大人になったときに「ウチのとーちゃんってさー」と友達に面白可笑しく話せるだけのエピソードをみんな持っているんだろうか?今から10年後くらいの20代の子たちが、家族を振り返ったとき、「親なんて、忙しくってほとんど顔会わさなかったし、 話さなかったよねー」「そうそう、ウチもー^^」なんて話ばっかりになったら、ホントにつまらないだろうなー。などと、思ってしまった「家族の日」です。
November 18, 2007
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sereno葦澤です。先日、フランス在住の同い年の友人から「明日出産の予定」という知らせが舞い込みました。どうだったかな~?と気になっているのですが、フランスでの出産エピソードや、子育て環境についてもいろいろ聞いてみたいな。その後の連絡を楽しみに待っているところです。それにしても今年は、私の周りで同い年くらいの友人の超出産ラッシュ。6月のタウンミーティングの日に出産した友人を皮切りに夏にも、今月、来月にも、と立て続け。新生児フェチの私としては、微笑ましいやら羨ましいやら。…なのですが、同時に「初出産年齢がこんなにもあがってきているのね…」と複雑な気持ちでもあります。* * *その原因の分析は、厚労省はじめ至る所でされているだろうと思うのですが、「産んだあとの環境に不安がある」というのとは別に、男女の“子どもを持つことが可能な年齢”の差というものの大きさも感じます。同い年くらいの友人が男女取り混ぜて集まっても、女性陣は「今を逃したら子どもを産めるか不安」と思っているのに対し、男性陣は「子どもはいてもいいかもしれないけど今じゃなくてもなぁ」と、いたって呑気。そりゃ、あんたら(男性)はあと20年くらい可能性があるのかもしれないが、こっち(女性)にはそんな余裕はないんだよ!!という話になったりします。↑これ、友人同士だから“人ごと”として和やかに話せるけど、恋人間・夫婦間の話になると、かなりシビアですよね。「この歳になると必ず相手が“結婚”を考えてると思わなきゃならないから」と、恋をすることにさえ消極的になっている話も聞こえてきたり。それって、やっぱり“男の俺が家族を全員養わなければならない”と思ってるから、なのだろうか。本当はそんなところも突っ込んで聞いてみたいと思いつつも、そして「そんなふうに気負わなくても大丈夫なんじゃないの?」と言ってあげたいと思いつつも、現実問題としてその人にとって難しい環境なのだろう…と思うと、強くも言えない。* * *そんなことをつらつらと考えたりするなかで、友人たちの妊娠・出産の話を聞くのは本当に嬉しい。たくさんの子どもたちが、幸せにこの世に産まれて来れますように。そして、元気に育ちますように。心からの願いです。* * *そうそう。願わくば私も息子が欲しいです。これから相手を探して~、という状況なのですが……間に合いますかね?(笑)
November 10, 2007
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こんばんは。また日付が変わってしまいましたが、金曜日担当、葦澤です。ネットでニュースを見ていたらこんな記事を見つけました。先々週の大正大学での講義のとき(↑記録係として杉山さんに同行してます)、学生さんからの質問コーナーがあったのですが、そのときに「産科医・小児科医が減っている」ことについて話題になっていたのです。なので、ちょっとタイムリーな記事だったのでした。授業の様子を見ていると、学生さんたちが子どもと大人のちょうど真ん中あたりでいろいろ考えて、希望を持ったり、不安になったりしていることが窺えます。赤ちゃんポストや最近の遊びの傾向などから、「子どもはちゃんとすくすく育てる環境なのだろうか」と、かつての自分と重ねて“子ども側の視点”で世の中を心配していたり。「私たちはこの先、本当に安心して 子どもが産めるのだろうか」とこれからの自分の将来を見据えて“大人として生きる視点”で社会のことを心配していたり。まだまだスポンジみたいに柔らかくて不安定だけど、これから何にでもなれるんだね、キミタチは!……なんて、眩しく見ながら応援している私です。それにしても、自分は、こんなにもふわふわしていたころにハハになったのだねー。きっと、いっぱいいっぱい支援が必要だったに違いないね。なんて、たまにしみじみもしてみたりして。* * *子育て支援を離れた仕事先でも、学生アルバイトさんと接する機会があります。でも、どちらの場にいる彼ら・彼女らも、今すぐ子どもを持つなんて思ってはいないだろうし、まだまだ時間はたっぷりあるって思っているんだろうな。上記のニュース記事だって、25歳以上限定の人をターゲットにしたフリーペーパーで「あなたもいずれは子を持つ身」ってしめてますよ。それってどーなの?…と首をひねってしまいました。「今どき子どもを産むのは30過ぎてからでしょ?」「お金があるから子どもを産む(産める)んだよね」「少子化が進む一方で、子どものことは金にならないしね」なんていう価値観は、スタンダードにしてしまわないでほしい。たとえ20代前半であっても、望めば不安なく子どもを産めるような環境になってほしいなあ。「もしかして子どもができたかも…」という事態が起きたときに、将来が真っ暗に思えてしまうような社会ではあってほしくない。「新しい命が産まれること」を誰かから押し付けられるものではなく、心から喜べるようになるにはどうしたらいいんでしょうね?新しい命を授かった人に、「おめでとう!よかったね。 働き続けながら、子どもも育てながら 自分の人生をこれからも思い切り楽しんでね! 支援のメニューもたくさんあるし、大丈夫」と、まわりみんなが素直に(空虚な励ましとかでなく)お祝いを言えるような社会がいいなぁ~。(なんだかリブラの台詞みたいですがw)昼間働いていても、夜に小児科に駆け込まなくていいように、「医者が閉まる前に、ちゃんと連れて行ってみてもらいなさい」って、早退を進めてくれるような同僚や上司がいいなぁ~♪なんて、つらつらと考えてしまった週末です。
November 2, 2007
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ご無沙汰しております。セレーノ葦澤です。10月初旬に自宅のiMacが壊れてから、データの紛失に泣き、修理の手配に追われ。先週やっと帰ってきたときには覚悟していた通り中身が空っぽ状態だったのでソフトをまたインストールし直したり…。「安心して油断しきっているときに限って 思わぬ事故はやってくる」とあらためて実感したこの数週間です。2、3日前から「ネットがつながらない」という不調はあったもののまさかその症状がMacが危篤状態になる予兆とは思いもよらず、気付いたら電源すら入らないという状態に至ってしまったのです。このままで大丈夫かな?…という状態で放置することがのちのち大きな危険につながること。。。あ!…これって子どもの事故予防の話とおんなじじゃん!* * *というわけで、かなり強引ですが日生協とセレーノと合同で企画した「赤ちゃんの事故予防学習会」が今日初めて鳥取で開催されました。講師をしてくださるのは4つ葉にも賛同してくださっている各地のNPOの方々。赤ちゃんの室内での事故を防ぐための心構えや実際にとるべき行動を考えるワークショップ形式の学習会です。参加くださった方へは、事故予防の心構えとともに「事故の原因が環境やモノにあるのなら、 メーカーや国に対しても声を届けて、 未来に起こるかもしれない他の事故を防ぐことにも 関心を持ってください」と伝えます。↑これってちょっと4つ葉的でしょ?「自分の子どもの命が無事であればいい」ということではなく、“子どもの安全”というミクロの関心ごとを通して身の回りの環境や、地域や、社会のことにたくさんの人が関心を持ってくださるといいなとおもっています。
October 26, 2007
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またまた1日(以上?)遅れの更新でこんばんは。セレーノ葦澤です。なんだかパタパタと(いつもなのですが)ひとつ終わらせたと思ったらひとつ積み残しに気付き、積み残しをなんとかしようと思っている間に次のことをまた積み残し……結果、またバタバタ!!という負のスパイラル。今日も、とっくに送っておくべきだったものを明日確実に先方に届ける、というすっごくあたりまえのことをやり損ねかけて、あわてて宅急便のドライバーさんに電話をかけたり、それでも間に合わないことに気づいて悲壮な勢いで仕事先から自宅に電話をかけ元オット(同居中)に「お願いだからコンビニに宅急便を出しに行ってー」と泣きつくという失態(今のわたし的には)をやらかしてしまいました。なにもそんなときにこんなニュースじゃなくっても!(ぶつぶつ)と、帰宅後一瞬凹みかけましたが。まぁ、自分で決めたことだしね。と気をとりなおしてみたり。* * *そんなこんなで、今日の収穫は、「いやー、ほんとにありがとう!助かった」と、心から言えたこと、かな。お礼に、とビールなんか買って帰っちゃってる自分に「これがお互いずっと出来ていればね~」とひとり苦笑。「ひとり」で大人になる前に「ふたり」になり、「3人」「4人」になり。「ひとり」ですべきことまでもう1人に頼ることがあたりまえになってしまっていた私たちにとって、こういう些細なことを「ひとりでやらなくちゃ」と思ったり、できなかったときに相手に感謝したりすることこそ、自立のためのステップのひとつなのだろうなー。……なんて思っている次第です。と言いつつ、いつもはまだまだお互い“いいように使ってる(使われてる)感”の拭えない未熟なわたしたち。相互扶助と自立はわたしの次の歳の課題なんだわ、きっと。
September 29, 2007
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セレーノ葦澤です。私にしては珍しく、家族の話。* * *昨年の冬から、夕食作りに当番制を採用しています。月・土がアネ。金がイモウト。火・日が父で水・木が私。親2人は仕事が忙しかったりナンダリで、「今日はおかず買って帰る~」とか「平日と休日と当番交換して~」とかなってしまうこともあるのですが、娘2人は、ずいぶんよくやっています。昨日の金曜日はイモウト作のハンバーグ。材料を買ってしまっていたので使ってくれるよう(アネにも「手伝ってあげてね」と)お願いしていったのですが。1回だけ仕事先に「パン粉が賞味期限切れなんだけど、どうしたらいい?」と電話が架かってきただけで、あとは本を見ながらイモウト1人で完成させたようでした。私が帰宅したときちょうど焼き始めるところだったので、焼き加減などにちょっとアドバイスをしたくらいで、おいしいハンバーグを食べることができました。* * *もともとよくお手伝いはしてくれていたのですが、やっぱり、“頼む”仕事は補助的なことばかりになってしまうんですよね。いつも帰りが遅くなりがちな私のフォロー役をこなすのもなんだか飽きてきちゃってたみたいだったので、思いきって、当番の日はお金だけ置いて行ってあとは好きにしてもらうことにしました。買い物に行くのがめんどうなら、冷蔵庫にあるもので作る。食べたいもの、作りたいものがあれば自分で買いに行く。献立から考えて作るようになってから、2人とも料理の腕はメキメキ上達。最初のうちこそ“私のいない間に怪我したりヤケドしたりしないかしら?”と心配もしましたが、最近は、ちょっと気付いたことをアドバイスするくらいで、安心しておいしい夕飯にありつくことができています。家庭科の時間には当然ホメラレまくりの様子ですし、「自分で考えて、最初から最後までやる」ことは彼女たちにとっても、私のお手伝いさんよりだいぶ楽しくて、ラクみたいです。任せている以上、ちょっとくらいの失敗とか毎週同じメニュー、とかいうことも甘んじて受け入れています(笑)任せてもらえる。任すことができる。こういう信頼関係は、親子の間にも必要ですよね♪“いつまでも世話してあげるだけが母の役割じゃないのよ~ん”とかいって、カナリ楽して手抜きしまくりの私なのでした。
September 22, 2007
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ちょうど2年前くらい、一昨年の秋ごろからなんだか、日常と非日常の境目がよくわからない、不思議な状況が続いている。わけもわからずとりあえず走ってみたら、いろんなところから、いろんな場所や人とつながって、そしてまた、つないでもらえて、そこがなぜか、もといた場所へとまたつながっていくような螺旋。* * *火曜日に行ったお店は、ぐるなびを見ながらボスが「よさそうね、いいんじゃない?カンよ、カン!」と本当に偶然見つけて決めたお店。なのに、そこのお店にいた女性は偶然にも、私が子育て最盛期に住んでいた場所の超ご近所さんだった。私がいつも、娘2人を保育園へ連れていってた道、散歩したり、自転車の練習をしたり、お祭りの山車を引くために集まったりした、その角の家。そのウチの犬の名前を私が覚えていてその偶然が発覚した。そんなひょんなことから、話が弾み長女が最初に通っていた小学校が来年で廃校になることを教えてもらったり、(もちろん原因は少子化)一番仲良しだったママ友達が、2級ヘルパーの資格を取るために頑張っていたことを思い出したり。当時の私は“命に関わる”仕事に自分が就くなんて到底考えられなくて。(認知症の人や、人が死へと向かう姿を間近に見ている友人の話を聞くだけでいっぱいいっぱい。私にはムリ!って思ってました)私と1つしか歳が違わないのに、(そのうえ年子の保育園児を2人かかえて)「人の役に立つ仕事がしたいから」と、介護保険制度とともに新設されたその資格に挑戦した友人のことを、本当に尊敬していた。そして、その資格は“医師”や“看護士”と違って、専門的な知識や経験を得るために何年もの時間やお金をかけたりする必要がなくて(多少ビンボーでも資格が取れる!)、そのうえ、経験値でステップアップしていくことができるって「新しいな!」と思っていた。* * *子育てや、年金や、少子化や、介護保険や…。そんな話題が熱をもって語られる席の片隅で、そのころのことを、まざまざと思い出すようなことが起こるなんて。不思議不思議。* * *そんなこんなで、この勉強会にも、がぜん興味がわいてきました!(いや、今まで無かったというわけではないんですけど…)「老いる」こと、そして「死」へむかうこと。どちらも、非日常のようでいてごくごく自然に日常のこと。それらをみんなで看ることを「制度」にして、あれからどんなふうに進んできたんだろう?「産まれる」ことと「死ぬ」こと。「育つ」ことと「老いる」こと。きっと、すごく密接なんだろうな。通好みのクロウト筋でありながらも“入門編”と謳われている、この勉強会!いかにも4つ葉らしさ満載のアツく、深くも、あたたかい勉強会になるのではないでしょうか?(期待!)
September 14, 2007
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sereno葦澤です。昨晩の少子化対策室長歓送迎会&懇親会においでくださった総勢30名(serenoを除く)の皆様、ありがとうございました!至らない&何もしない(サブカル話しかできない…)幹事でしたが、「楽しかった!」と言っていただけてなによりです。その席では前少子化対策企画室長・度山さんが、「これからの少子化対策にはこういう考え方やこういう方向でいくのが望ましいのではないか」といったことをまとめられたという話が出て、それは、各審議会などの報告書なのですが、NPOの人たちから、「それはどこで手に入るのですか?」という質問が相次ぎ、新少子化対策室長・朝川さんが、業務を引き継ぐかたちでみなさんに教えてくださいました。ちょっと難しいのですが、ぜひ、4つ葉ブログをお読みの皆様にも読んでいただけたらなあと思い、(当番でもないのに)のこのこ登場しました。* * * * * * *度山さんたちが渾身の力を振り絞って(!?)まとめられた報告書は、下記の通りです。 ○ 社会保障審議会人口構造の変化に関する特別部会の報告書です。 http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/s0126-4.htmlちなみに、報告書をまとめるまえに部会に提出された資料も、読み応えバツグン。(第4回) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/s0126-3.html (第3回) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/01/s0119-6.html (第2回) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/12/s1215-12.html (第1回) http://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/11/s1121-6.html○ 重点戦略会議の中間報告です。(第2回6月1日の会議資料のところには 概要もあります。) http://www8.cao.go.jp/shoushi/kaigi/ouen/index.htmlこれを受けるかたちで、4つ葉プロジェクトのアピールを考えました。* * * * *恭子ちゃんの日記を読んで、本当に本当に悲しくて、言葉もない。わたしたちにできることは、度山さんたちが出してくださった(委員会には4つ葉メンバーもいます!)「こうなっていこうよ」という言葉に対して「じゃぁ、自分は具体的に何ができるのか?」を考え、実行していくことなのだろう。昨晩初めてお会いした方から「大学4年で、よく出産を決断できたね。すごいね」と声をかけていただいた。でもね。私はまだそのとき、信じていたんです。「これだけ男女平等と謳われている社会なんだから、 子どもを産んだくらいで、自分のしたいことが できなくなるわけないでしょ?」って。…14年前の、話です。そのときの、そんなにあたりまえでささやかなある、21歳の女の子の希望は叶えられる世の中になったのでしょうか?長女の安らかな寝顔を見ながら「私には、この命をなかったものにすることもできた」という恐怖感と悲しみをいつも感じていました。きっと、小さい子どもの笑顔を見ながら「私には、あの笑顔を自分の手元で慈しむこともできた」という悲しみを感じている人も、世の中にはたくさんいるでしょう?それが「社会」のせいならば、変えようよ。
September 12, 2007
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先週の土曜日から昨日までというたった1週間の間に、立て続けに舞い込んだ3件の訃報。それでも日々はまわります。旅立たれた方たちがつないだ命は、確実に、次の世代へ引き継がれ。わたしたちに、未来への希望を見せてくれる。残念ながら一度もお会いすることが叶わなかった人生の大先輩の命の力や優しさが溢れるようなステキなお写真を見上げながら、伸びてきた若木に場所を譲ろうとする、大木を思い浮かべていました。松田さんのお父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。* * *自宅最寄りの駅に着くと、町はお祭りの真っ最中。昔の人々が秋という実りの季節に感謝した名残が、建物だらけの東京にもまだ生きていて。自然らしい自然とはおよそ無縁な東京生まれの東京っコたちがその、年に一度のお祭りを心から楽しんでいる。こんな単純な、でも、脈々と受け継がれていく確かな文化がどうか、いつまでも、平和に続きますように。
September 8, 2007
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先週の金曜日、ヤボ用でお休みをいただいたので、たまたまその日に母校で開催されていた、公開講演会に行ってきました。サブカルチャー&カウンターカルチャーどっぷり(笑)、文学と、音楽と、酒と、バイトとで日常のほとんどがまわっていたような日々だった学生時代に、戻った気分で。「場所の詩学:ゲーリー・スナイダー」内容は、こちらと近かったかなぁ。アメリカで50年代に生まれた「ビートニク」という言葉、ビートジェネレーションと呼ばれた人たち。“アメリカ的資本主義経済の恩恵にあずかった、物質的に豊かな中流の暮らし”に対して「それがいったいナンボのもんじゃい」と背を向けて東洋思想や放浪に走った(要するにそれがのちのヒッピーにつながる)彼ら。どちらかというと(というかカナリ?)浮世離れした話なのですが、こういった「既存の感覚に疑問を持ち、NOを突きつける」という文化がなければ、その後の人種差別撤廃のための動きとか、マイノリティーの文化に目を向けるとかいう大きな流れにはつながらなかっただろうなぁ…と専攻だった戦後アメリカ文学や文化の流れを、思っていました。(ちょうど妊娠中は、キング牧師とか読んでました)もうほとんどいなくなってしまったビートニクの生き証人みたいな(で、なおかつもうそんなのは歴史のかなたに追いやって)自然と人間の共生という概念で場所へのこだわりを貫くスナイダー氏を見ていて、こういう感覚なしに命の話をしてもしょうがないんだよなー、と、あらためて考えたりも、してしまいました。* * *今居る子どもたちに何をしてあげたいか、もうすぐ生まれてくる子どもたちに、何をしてあげたいか。それを考えると、やっぱり「金」!「制度」!ってな話になりますが、「少子化を憂える」という話になると、金とか制度の問題だけじゃないよね……と思う。人が人らしく生きるってどういうこと?…それに答えが出せる状況じゃないとなぁ。(命に対する宗教観や倫理観への答え …自分で見つけるにはあまりに重いけど)結局、そこに希望のある未来が描けなければ、マジメな人ほど子どもを産むことをためらっちゃうんだろうな。 私が今子どもを産んだら、 その子は、この日本で 生き物として、人として、 豊かで充実した「生」を満喫できるのだろうか?その疑問への前向きな答えを見つけるにはずいぶん殺伐とした昨今ですもんね。* * *ちなみに、上記のような文化にどっぷり洗脳されていた時期に長女を生んだ私の答えは、“生まれて来なけりゃなにもはじまらないんだよ”。です。いいも悪いもひっくるめて、いろんな経験をしながら生きて、次の世代に命をつなぐのは、生き物としてあたりまえの、普通の営み。四の五の言わずに、あたりまえに、やらせてくれよ!とか思っています。新内閣が発足とか、厚労省の新たな方針は?とか、いろいろ気になる時期に、かなりヒマな感じの日記でごめんなさい♪
August 31, 2007
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