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えと、しばらく来れません・・・#来ません(多分 w)。気が向いたら時折出没いたしますm(_ _)m### 訂正 ###思いついたメモをいくつか・・・(早速に時折かいっ 自爆)・大極はバランスであり、大局に結びつく・いかりや長介氏逝去に当たってのタケシの言葉 「所詮オイラ達は亜流。 これから本物の時代という時に本物がいなくなった。」・個人所得(生活)は企業に勤めている時のジャッジにも影響を及ぼす
2004.04.21
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対人競技や格闘技をしている人は必ず「先手必勝」を聞いたことが一度はあるはず。しかし、その「先手」にも実は色々な「種類」がありますよね?「先の先」「後の先」が有名ですが、他にも組み合わせ次第で無限になります。(「先後後後先の先」とか? んなもん、ねぇって!! 苦笑)実は「先手必勝」の本体は、シンプルに「機先を制する」ということなんですね。「機」は「チャンス」と言い換えてもいいでしょう。要は「相手の攻撃を受ける前に攻撃する」。ただ、これだけです。このことと、もう一つ。「攻撃は最大の防御」という言葉もあります。しかし、実は「攻撃」というのは一番「弱い」時でもあるんです。格闘技の技の体系では「攻撃時の防御の崩れ」を突く技が多々あります。「後の先」と言われるものですね。この二つを前提に「ビジネス」に置き換えてみると(みても)、必ずしも単純な「先手必勝」ではないことが分かります。たとえば・・・スーパーAが販促を展開しようとしています。競合スーパーBは徹底してスーパーAの販促手法を研究しておきます。さて、スーパーAが販促を展開する、まさにその時!を突いてスーパーBは、スーパーAを(圧倒的に)上回る販促をかける。日常茶飯事で見逃しがちですが、意外と裏ではこういった熾烈な戦いが繰り広げられてます。「あえて販促せず、相手の活動に合わせて攻める」という、戦術ですね。(これ単体では戦略ではありません)実力がほぼ同様の時に起こることが多い戦闘(爆)形態です。実力が圧倒的に違うときには、強者は「先」だけを考えていれば「通常」は勝てます。大手スーパーと小さな小売店の闘いなどが典型例です。「弱者」が戦うときには、通常は「先後の先」、つまり、こちらが仕掛けて相手が動いた瞬間に、さらに仕掛ける手法が有効な場合が多いです。いわゆる「フェイント(笑)」ですね。要するにゲリラ戦なんですが、大手の弱点は「動きはじめると止まら(れ)ない」ことなんですね。だから「動かす」んです。大手が不利、不手際に気付いて体制をたて直している間に、弱小は「フェイント、フェイント」で「小さく(こ)突いていく」のが効果的なんです。大手は「横綱相撲」でガブ四つ組が一番強いんです。弱小は、張り手うっちゃり逃げ回り(笑)。「機先を制する」という視点で考えると、ビジネスの立ち上げは意外とスムースに行きますが、「機先を制する」難しさもまたあります。「戦略・戦術が立てられない」です。その結果、「動けない」んですね。でも、だからこそ日頃から「小さな実験」を繰り返す必要があります。「行動」に移りにくいタイプの典型は、「一回で成功させようとする」人です。小さく、チョコチョコやっていればいいんですね、本当は。失敗してもダメージがない「攻撃」を繰り返しておく。で、上手くいったら、それに「乗っかって」進めばいいんです。その時に初めて「別の世界」に飛び込むことが出来ます。まずは「明日のためにジャブ」ということで(笑)。
2004.04.20
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情報を正しくジャッジするというのは中々に難しいと思われているが、実はそれほどでもない。情報のジャッジはそのまま決断に結び付くが、ジャッジするコツというものがやはりある。優れた経営者は決断力に富むと言われるが、それは「経験値」でもあるという。しかし、これは実は「決断」していると言えるのかどうか?いわゆる「修羅場」をくぐっていると、自然と「勘」が鋭くなる。これは、子供が転んでいるうちに「あ、あぶな」と思うようになるのと同じことだ。しかし、毎度毎度「事故」っているわけにはいかない(笑)。私も情報ジャッジ、決断が早いと言われるが、実際にはほとんど無意識に考えずに行動しているだけ。(↑あまりお薦め出来ません 苦笑)ただ、落ち着いてジャッジするときのコツみたいなものもあるので、列挙してみたいと思う。1.異論がないのは危険情報として情報収集する2.異論中の極論とその「論点」を掴む3.自身の価値基準に照らしてジャッジするこの時に気をつけたいのは「体裁を捨てる」こと。意外と「体裁」に左右されたジャッジをしがちなのが人間。そのためにも「批判・中傷」に耐えられる精神力(性)が必要になる。望むらくは、時に人格を疑われるような情報ジャッジも冷静に出来るようになりたい。また「孤立」を恐れないことも併せて重要である。「自分は自分」を徹底することだ。謙虚に人の話に耳を傾けることと流されることは全く異なり、また立派に並立するものなのだ。しかし、最後に全ての情報には「不確定要素」があることを忘れてはいけない。「絶対」などはあり得ないのだ。↑あらゆることにおいて「絶対」を口にする前に、 哲学、思想、宗教について徹底して勉強してみて欲しい 哲学・思想・宗教は、ある意味「絶対」との闘いの歴史でもある (が、私に質問されても答えられません 爆)この「不確定要素」は商売でも重要なポイントになることが多い。「不確定」というより「認識が難しい」と言った方がいいのだろうか?よく「○○をとりまく情報(?)」みたいな言葉が使われるが、往々にして「○○」とは無関係なところから「ぶれーくするー」は生まれる。「致命傷」も然り。そのためには、常に幅広い視野で情報を濫収集することも重要だ。なにも一つ一つに専門家になる必要などない。「ポイント」だけ掴んでおけば十分で、それが時に大きな収穫として帰ってくる。インターネットは確かに膨大な情報源だが、それすらも単なる「情報源の一つ」でしかないことは特に今の時代、改めて認識しておく必要があるだろう。
2004.04.19
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昨日の流れにも関連するが、商売で決して忘れてはいけないことの一つに「情報源」を知る、ということがある。「情報」というのは、とかく「加工流出」するもの。勿論、加工されることによってさらに素晴らしくなることもあるが、往々にして単なる「二番煎じ」になることが多い。これらを見分けるためにも情報「源」を知ることが大切になる。かく言う私も、つい最近「ポカ」を偶然教えて頂き、なんとか致命傷を負わずに済みました。(具体的な対処はこれからなんですけどね 苦笑)なぜ「偶然」知ることが出来たか?それは、ある方がふと私の(本業)サイトを訪問して下さり、「一貫している姿勢の中に気になるものが・・・」とお電話くださったがため。なんの利害があるわけでもない、今後どうなるかも分からない。しかも業界ではかなり「危険な機密情報」。それでも、敢えて多忙な時間を割いてお教え下さったのだ。なぜ、そんな手間をかけてくれたのか?曰く「考え方、取り組みが真摯なのに見ていられなかった」。感動しました。誤解のないように言っておくと、私はたいそうな「志士」ではありません(苦笑)。ただ「こうありたい」気持ちで商売しているだけです。でも、自然とそういう「流れ」が出来る。これに類似した経験は実は何度もあります。一つ一つは「偶然」ですが、私は「必然」だと感じ始めています。少なくとも「己に対して正直であること」。これさえ守っていれば、自然と「己」に情報、相応しい方が現れます。間違わないように・・・別に「人格者の己」など必要ありませんよ(笑)。これ(↓)でも大げさかもしれませんが、「経営理念・方針」みたいなもんです。私も美味しいものは食いたいし、お姉ちゃん好きだし、怠け者だし、とても人格者なんかじゃありません(当然 w)。みんな「そんなこと」はお互いに分かってるんですね(笑)。大切なのは「そんな人間ですが、こんなことをしていきたいんです」と宣言し、誠意を持ってチャレンジしていくことです。さて、そんな「必然に変わった偶然」の一つを・・・いつかご紹介しようと思っていたのですが、下記のホムペをご覧になってみて下さい。最下部ではメルマガもあります(勿論、無料 笑)。食品工場の工場長の仕事とはこの方は全くの「個人的」サイトを作っているだけです。しかし、内容はいかがですか?ちょっとしたコンサルタント、それも専門コンサルタントをはるかに凌駕してます。この方ともヒョンなことでウマが合い、普段は全くの音信不通状態ですが(イカン、イカン ==;)、いつもメルマガで勉強させてもらってます。私にとって貴重な「情報源」の一つです。「偶然」を「偶然」で終わらせず「情報源」を掴むためにも、「己は何をしたいのか?」をハッキリさせることをお薦めします。
2004.04.18
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情報起業が流行っている。ある意味「情報」というのはいつどこでも「商売」の源泉だった。だから「情報起業」ということ自体は別に目新しいことではない。文庫本の「裏ネタ」系なども紙媒体だが、「今流に」いえば情報起業であろう(真偽は不明 笑)しかし冷静に「商材」と「市場」のあり方を見て欲しい。ある程度「まとも」に商売を考えている人には既に「限界」も見えているはずだ。「なぜ」限界なのか?「どこが」限界なのか??今、まさに絶好調ではないのか???はっきり予言しておきます(もはや予言ではないが 笑)。「今の形態」の情報起業は1,2年も待たずに市場としても陳腐化し、「不幸な情報企業家」を大量生産するだけになります。(本来なら、もっと「事業分野」として確立する可能性があるにも関わらず)ヒントは・・・「事業として成り立つ情報商材市場のあり方とは?」です。私の知る限り、まだ多くの人は着手していません。でも、ココに目を付けるとケッコー素敵な商売になります。「win-win」の観点も重要なヒントになります。みんなが本当に楽しくなる、幸せになる、さらに御代も頂戴出来る・・・そんな素晴らしい商売をしていきましょう!!
2004.04.17
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昨日15:00から川越ガストにて、かの「よびりんさま」参加のランチ会が開催されました!参加者でないと意味不明な記述が多いので、予めご容赦下さい。1.とりあえず遭難してみました指定のガストに入るも、ひとみgoさんもよびりんさまも発見出来ず、とりあえず遭難してみました。なんとか喫煙席を確保して「フリー・ドリンク」(違うだろっ! 笑)。うむぅ・・・・やはり参加資格に欠けていたのか・・・(==;↑ひとみさんに電話するも人為的着信拒否を受けているところおお? Σ( ̄▽ ̄↑ひとみさんより、そこで待ってろ、と指示を受けてるところ一服。見渡すと、どーもあやしい「集団空席」を発見!恐る恐る・・・linclさん発見~っ(嬉)!!しばしの遭難後、無事救出さる。2.ひとみgoさん、よびりんさま登場!一目でオーラまとうよびりんさまを発見!「オイコラですね」と思わず口から出そうにならずに、私のスペシャル・キューティーな笑顔でひとみgoさんと握手。次々と参加者も現れ、ガストの雰囲気を変えるほどのパワフルな会話が展開される。(ちなみに、ひとみgoさんは常に静止せず素早く動き続けます。 ので、彼女を写真に撮る場合には シャッター・スピードをスポーツ・モードにする必要があります)私もミドル英二さんから、スンバラシイ本を貸して頂いたり、ベッコウに少し詳しくなったり(ほんとか?)、とにかくみなさんに素晴らしい恩義を受けっ放し。お返しが・・・(号泣)と困るまっくをよそに、そろそろ・・・てなことにて二次会に移行。減少することを知らないパワーは無限スパイラルに突入!しかし、そのときにトンデモないものを目に!!!3.怪奇現象の巻きおいなりさんと同席。おいなりさんの隣、私の向かいで鋭い視線(ガン)を飛ばす魅惑の美女・・・しかし、この美女に怪奇現象が Σ( ̄口 ̄なんと、おいなりさんのバリトンに右耳鼓膜が怪奇反応し、おいなりさんが一言発するたびにエンドレス爆笑スパイラルがっ!↑美女=UMIさんであり、彼女の耳には「おいなりさん」が宿った模様(w4.密談で島流しされた五人組の脱出劇おいなりさんとひとみgoさんとUMIさんとまっちゃんさんの五人で密談を展開。おおおお????気づけばよびりんさんの熱い指導が始まっているではないか!!!急いでゴキブリのようによびりんさんの背後をとり、素早くとりつくまっく。さらに、じりじりと・・・よびりんさまとのツーショーットをゲット!気づかぬうちによびりんさまを私の虜にするも、ひとみgoさんから一撃必殺のパンチを浴び、あえなく撃沈さる (TTよびりんさまは、やはりよびりんさまであった!5.拉致された6人事件二次会も楽しくパワフルに終了。がっ!!!!スパイラルは終わっていなかった・・・二次会は惨劇の序章でしかなかったのだ。まず某H氏が「帰らせない作戦」を決行!!!なんと総勢六名がカラオケ・ボックスに拉致、軟禁される。ちなみに、私はカラオケ予約取得に駆けるも、予約しているうちにに他六名は逃亡を企てたという・・・血も涙もない徹夜組(涙)。(当然、首謀者はオイコラさんである)6.静かにカラオケで過ごす楽しみみんなの楽しげな歌を聞きながら、シャイな私はどうしても歌うことが出来ず、隅っこでスマイル!スマイル!で静かに過ごす。カラオケのために生まれて来たような方ばかりで、熱唱・美声の嵐に感動の渦が!(素晴らしいのが多すぎ、紹介し切れません。 まっちゃんとひとみさんのハモリは美しかったのだけ記載)7.おおお???気がつくと、夜は更け、あっというまに朝ぁ~。ここで散会! ありがとーっ!の声が川越に木霊する(するするするするするぅ・・・)が8.まっく、腹が減るここで大変困ったことになった。私の胃袋からS.O.S.が発信され、しかも緊急の模様。同士、おいなりさんに泣きつき松屋で豚ドンを少々・・・満腹したところでガストに復帰(笑)。ほとんど眠っているサブリミナル5次会が開催され、すでに私の記憶は・・・ない(w)
2004.04.16
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誤解されそうな記載が多くなってるので、念の為。商売って「人格者」であれば上手くいくでしょうか?これは「必ずしもそうではない」ですよね。ここはハッキリと明記、区分けしましょう。有名な話ですが、海外の方は日本の「武道家」を「求道の人」と見てて、昔日に憧れて来日した人はビックリしたそうです(笑)。(武道で)強い=人格者多くの場合は、ありえないですよね(爆)。私の好きな「武田惣角」なんて、ほとんど神様ですが、では人格者か?と問われたら・・・(苦笑)。商売にも似たところがあります。商売は別に「お客さんと戦う」わけではないので(当たり前 笑)、「人柄」が大きな要素を占めることは確かです。また、意外と人間って他人の本音みたいなのって感じ取りますよね?だから「イヤな人間」だったら商売は難しくなる「可能性」はあります。でも、実際には「商売」というのは基本として「利」で動くものです。「人格に1000万円!」なんて・・・ねぇ(笑)。実際に過去の大事業を成し遂げた人達のエピソードの凄いこと、凄いこと(爆)。で、なにが言いたいの、お前?いかん、いかん・・・(><)商売を真面目にコツコツとやっていればいつか!これって意外と陥りやすい「アナ」です。商売には「割り切る」ことも重要です。優れた経営者は例外なく過剰なまでの人間理解と、その反面の冷徹さを併せ持っています。人情を理解しつつも、必要に応じてバッサリ切る。一言で言うと簡単ですが、中々「切る」が出来なかったりします。で、冷酷な人の方が「不要なもの」を抱えないので、商売的には上手くいったりすることが多いんですね。これは、なんら矛盾はないです。もし「商売人って人格者でなくちゃダメなのかな?」と思ってたら、直ちに考えを改めた方がいいです。商売の基本は、あくまで「利」です。「利」のない商売はありません。ただ「利」を得やすいのは、どういう人間像なのか。ここを誤らないようにしましょう。などと、また戯言でした(www
2004.04.15
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先日のことだが、中学時代の同窓会があった。二次三次四次・・・結局、朝になってまいましたが、楽しいもんですね。「俺ってそんなだったけかぁ~?」とか、自分の思ってた自分と違う一面を見れたり。でも、一つヒジョーに残念というか・・・うぅ~ん。友人の知っている人が借金で自殺されたらしいんです。事業をされてる方なんですが、今となっては冥福を祈るしかありません。でも絶対に借金なんかで死んじゃダメですよ(TTてか「借金して事業」っておかしい!やむを得ない事業(形態?)もありますが、リスクとの兼ね合いで「素人」が手を出す分野ではないです。基本的に事業するのに「○○がないから出来ない」で終わる考え方自体が間違ってますよ。「○○がないから・・・うぅーん・・・・□□でいこう!」これが事業(=知恵の見せ所)でしょう?でも、その選択肢に「借金」というのはいかんです。他にも「□□」に入るもの、入ってはいけないものって一杯あると思う。でもね・・・色んな人見てるんだけど、それなりになってる人って、初めの頃は「本当に何もない」んですよ。逆に「下手にある人」って「依存心」が強くなって、ついフラフラと勘違い借金したりするんですね。「■■・・・これさえあれば大儲けなんだっ!」みたいな・・・私もホントーに何もなかった(い?)ですよ、ペンペン草ですわ(笑)。若造が勢いで個人商店始めただけですから(自爆)。金もなければ人脈もない。当然、一般的信用なんて「ゼロ」超えて「マイナス(笑)」ですよ。でもね。個人商店時代から三セクのお仕事ももらったし、そこそこの企業とも取引ありましたよ?(もちろん、今でも続いてます www)「お金がない⇒借金」とか「法人でないと⇒一円会社(or米国法人)」って、なんかえらく勘違いしてるようにしか思えないんですよね。私の感覚がおかしくなければ、「そういう会社」こそ取引したくないです(^^;だってそうでしょう?たとえば「法人」なんて、潰れたら有限責任でハイ終わり、ですよ?(株式会社と有限会社の場合は)一方の個人商店は?個人財産投げ打つんですよ?「当たり前」に考えて、どちらが信用出来ます?「計画倒産」ってありますよね?個人商店の計画倒産ってのは「計画自己破産」ですよ(笑)?私の父は全くのサラリーマン一筋でしたけど、そこらの「起業家風情」よりよっぽど骨あります。実は、私も「法人でないと難しい・・・」これ、こぼしたことがあったんですよ(^^;その時にね、ビシーッと言われましたハイ。「法人じゃなきゃだとか金がなきゃだとか言ってるならやめろっ! 起業するってのは一万を十万にするにはどうしたら良いか、 必死になって苦心して知恵絞ってやるもんだ! そんな考えのまま起業しても絶対に失敗する!」目が覚めましたね。手にあるものでどこまで出来るか?今は色んな手法も開発されてます。一人社長大学の西田社長なんかもそうです。もう少し「起業」「事業」そのものに対するイメージとか考え方を変えないと、不幸な起業家を増やすだけにならんですかねぇ?
2004.04.14
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ご質問頂きました。「お客様をエコヒイキするのもありでは?」ありですっ(笑)!前提として「これをお届けしたいんだ!」という「商品」を思い浮かべて下さい。製造・仕入れに大変な苦心があったと思います。一人は「値切り」ばかり、一人は「いつもいいもの有難う!」。さて、究極の選択です(笑)!一品しか残ってない場合、どちらに売りますか?これが答え・・・って違っ!「1」のお客さんに「エネルギー」使い切ってしまうと、「2」のお客さんにかけられる「エネルギー」が減るんですよ。「エネルギー満タン」でも「時間」が許さないはずです。従業員が「暇」ならいいですけど、「暇」では困りますよネ(苦笑)。特に私はBtoBが本業なので徹底しています。上場企業なんて別になぁ~んも意味ありません。(今でもいるんですね、会社の規模を看板に高飛車なお方^^; そういう方は「足元」見られてることに気づいてないんですけど)「こっちの提供するものなしでやるならやれば?」というだけです。お互いにお客様は御代を、こちらは商材・サービスを「交換」するという側面も、「商売」には当然にあるわけです。ならば「交換拒否(爆)」したって当然じゃないですか?ちなみに、経験上、長く優良企業と言われているところは、こういうところが徹底していることが多く、「変な値切り」などはしてきません。「値切り」すべてが悪いという意味ではありません。妥当な価格ではないと思えば値切るのは当然です。ただ、売り手が「妥当じゃないな」と思ったら、「これ以下のお値段ではご提供出来ません」一言で解決です!「売るもの」にプライドが込められていれば当然でしょう。最近「情報起業」が一種のブームになっていますが、私も「資料販売」を数年前から実施しています。その時の価格付けは単純で、調査時間と調査するのに必要だった資料代から割り出してます。これを総合したら一見高く見える資料ですが、格安なんです。それで「高いぞ!」と文句言われても「合理的な理由」が背景にあります。別にこちらから「押し売り」しているわけでもありませんしね(笑)。だから、一切値引きには応じてません。お客様は大事ですし、感謝しつつ心を込めてサービスするのは当然です。その基本があっての「お客様をエコヒイキ」です。斉藤一人さんによれば・・・(またかいっ!)「困った人が来るのは乗り越えろ、ということなんだよ」だそうです。確かに周囲を見渡してもその通りなんですね。困った客ばかり持ってるとこは、いつも困った客ばかり来る。いい客ばかり持っているとこは、いつもいい客ばかり来る。「こういう人(←客でない 笑)には売らない!」位の気力があれば、変な客は自然と来なくなるものです。「買って頂きたいお客様」に、もっとエネルギーをかけたいですからネd(^^はみ出し)知る人ぞ知るアライさんは、サービスが十分に出来なくなってきてお客さん選びどころか「商品」自体を売ることを止めまてしまいました。売れ過ぎてしまって「サービス(アフター・フォロー」が届かなくなってしまって、アライさんの理想とする「サービス提供」が不能に陥ってしまったんですね。私は体調を心配してたんで大賛成ですが、時にはこういう「イレギュラーな選択」も正解だと思います。一時的に人気になった焼酎とかでもありますよね?有名になったから、というだけで買い付けに走ってくるお客さんとか。やはり、これまたパンクしたら「新規お断り」です。当然ですよね。「ココロ・シンデレラ(プチリタ)」の石井さんが、「どこの馬の骨とも分からん時には蹴っ飛ばしておいて、 今になって擦り寄ってくるウンチなんて相手にせんわいっ!」みたいなことをズバリ言ってますが(爆)、苦労してるときには知らん振り、様子が良くなったら、なんて人をなめたよーなのは相手にされませんよね(笑)。というか、相手にしてたら社会にとっても有害です(毒だなぁ・・・)。お互いに気持ちよく商売しましょーっ!
2004.04.13
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と、今日は連続で思い出し日記をつけているので・・・(笑)さて「乱獲者」のことを書いていて思い出したのですが、一般に「狩猟民族」というのは「儀式」を持っています。国内では「マタギ」が有名ですよね。彼らは「狩猟技術」については長けてます。しかし、なぜ「儀式」が存在するのか?多くの場合、自然の恵みに対する感謝を「儀式化」してるんですね。しかも思想の中には「乱獲」が「神たる自然」を冒すもの、というのがあって「自然保護」出来る仕組みを持ってます。「狩猟」というのは「聖なる行為」なんですね。ただ、悲しいかな「現代の技術」はこの「聖なる行為」を超えた技術になってしまっています。商売でも同じですよね。まぁ、商売の場合は相手も人間ですから、少なくとも長く続けるためには神聖な気持ちというか、感謝の気持ちがなければダメですが(笑)。ただ、良し悪しを脇においておいて、現代というのは「客を篭絡する技術」も発達してるわけです。で、法的に問題なければ、それを咎めることも基本的には出来ません。せめて自分が「狩られない」ように気をつけること。そんなことが大切かもしれんな、とツラツラ・・・(笑)まぁ、スカッといきましょうっ!
2004.04.12
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家族連れ立って近くの公園に行ってきた。まぁ楽しかったのだが、一つだけ女房にキツク言ったことがありました。その前の出来事から・・・その公園には小さな池があるのだけど、おたまじゃくしが一杯いるんですね。我が家は大した捕獲道具(?)はないのですが、そこは田圃で育った私めでございますので(笑)、小さなバケツの一つもあればおたまじゃくしどころかメダカでもなんでも捕獲可能です。ということで、娘にはおたまくんの生息域とか捕まえ方を教えておったわけですね。特に「生息域」は重要なわけで、そのポイントを抑えた我が娘は小さな「おたま」で「おたま」を取って喜んでおったのです。で、網を持ってても取れん子供がそこらにいるわけですわ。んで人のとこに来て「網」で一網打尽・・・まぁ、一箇所は黙って譲り、別のところで静かに喜んでおったわけです。そこはもう凄いです。「おたま」で一掬いすると、中にはおたまじゃくしがウジャウジャ(笑)。と、そこに女房登場。で、アッフォーなことに、その「網持ち子供」に「こっちで一杯取れるよぉー」をぃ・・・ (==;哀れ、おたまじゃくしは「網」で一掬いされるや、何十匹(下手すれば100匹超)と「網」の中・・・ただでさえ生き物ってのはビミョーなもんです。子供は「悪意」あるわけじゃぁ、ないんですよね。それは私だって分かってます。でも、動物を大事にする気持ちが育ってない子供に、なぜ「捕り方」だけ教えるんだ!?とヒジョーに強い怒りを覚えまして、女房には「ああいうことをするなら、二度とお前とは一緒に行かない」とキツク申し渡しました(笑)。これって商売的に言えば「儲かれば良い」と同じなんですよね。この「儲かれば良い」がどんな人間、社会を産みました?って、書いてるうちにまたムカついてきてるんですけど(苦笑)。世の中、奇麗事だけで済ませられるわけじゃぁ、ない。甘い幻想の世界にドップリで生きてる人もこれまた困る。だけどね・・・ちっとは考えようよ・・・ ネ(;;
2004.04.11
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ビジネスではよく「短期」「中期」「長期」というような区切りで様々な動向を「見る」。しかし、実際には「短・中・長」という区切りは「便宜的」につけたものでしかない。確かに「ある現象」についてはそのような「傾向」が見られることは確かだが、実際に「儲け」に繋がっているビジネスが初めからそのような「分析」に従っていた事例の方が珍しい。このことは何を物語るのだろうか?それは「個々の見た目・分析等」は最終的には統合的に判断される「材料」の一つでしかない、ということだ。残念ながら、その「最終的」なものを見出すのは「理性」ではない。そこには時空を超越したかのような「勘」が必要だ。しかし、何もこれは「天才でなければならない」ことを意味するものではない。自分の目で見、自分の耳で聞き、体感し・・・それらを繰り返す中で、誰でもがある程度のレベルで身に付けられるものだ。特に昨今のように「自分の感覚、感性」を信じることをせず、また自分で考えない時代には、特に「自立的判断」を日常から心掛けるだけでも一歩も二歩も「先」を行くことが出来る。古来、武道では「遠山の目付け」という言葉がある。何も宮本武蔵に限ったことではない。何が起こるかわからない、何かがあった後ではこの世とオサラバしなくてはいけない「武士」は、目前で振り下ろされる刀すら「一つ」の現象でしかない。でなければ、振り下ろされた刀以外に何かあったら命取りになるからだ。古き商人達は、自分たちの置かれた立場において「武士」たらんという気概があった。そこに「人便り」の気持ちは微塵も持ち得なかっただろう。先達と比して、我々の「商売」はいかに?
2004.04.06
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いわゆる「お客の信者化」という、誠に人をバカにした考えがある。「儲」を分解すると「信者」と読めることから来てるらしい。しかし、もし「こんな考え」が通用するとしたら、それは「自分で考えない」日本独特の考えだと言っていいんではなかろうか?カウンターとして、そういう考えの持ち主は、往々にして「商売」ではなく「金儲け」を考えている。要するに「金の信者」である。人はそんなに愚かではない。お客様もまた。「お金」というものの尊さ、それをもたらしてくれる「お客様」への感謝。そんな当たり前の感覚がなくて「儲けた」としても、不幸な結末にしかならないのは当然ではなかろうか?在世の大先輩たる斉藤一人さんの「エコヒイキしてもらうもんなんよ」は「客を信者にする」ことなのか?今一度、よく考えてみてもいいのではなかろうか?
2004.04.04
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本日、短気者同交会が発足致しました(らしい)。
2004.04.03
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昨日、仕事の調べモノやら何やらで、ついに久々の完徹をしてしまった。頭はホワホワ、体も痺れてきているのに、どうしても「頭の芯」の部分が冴えて寝れないんですね(^^;剣道には、「かかり稽古」という稽古法があります。とにかく、打ち込み・体当たり・引き技を出していく、いわば「スパーリング」みたいなものですね。我が母校の高校には「10分かかり」という夏合宿の地獄稽古があったのですが、通常、こういうときってどうされます?ちなみに、私は10分全力でやって、見事に燃え尽きてました(爆)。で、他の絶対に持久力が私よりない奴がピンピンしてるんですよぉ!ある日、不思議に思って「なんで、お前10分も持つの?」と聞いたら、「いや、10分全力でかかるお前の方が珍しい・・・」と・・・な、なんと手抜きをっ! (==#しかし、当時は気がつかなかったのですが、どうも私は「のめり込み過ぎる」という悪い癖があって、自分で「頑張らない、頑張らない!」と強く言い聞かせてようやく人並みみたいなんです。日本人って結構、小さい頃から「勤勉の美徳」を植えつけられますから、もしかしたらその影響かもしれないんですが。みなさんは、どうですか?(・・)?
2004.04.02
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ビジネスに限らず、人生は「決断」の連続と言っていい。「朝○時に起きる」から始まり「寝るかぁ」まで。その間に、実は意識的・無意識的に「凄まじい数の決断」をしている。昨今「引きこもり」がクローズ・アップされているが、「引きこもる」ということも「決断」であり、反対に「外出する」も「決断」である。「決断」には不可欠な要素がある。それは「決断前の選択肢」である。一般的には「決断」に至るは順番がある。1.決断する課題の存在2.選択肢の存在3.決断これらを経て、初めて人間は行動する。しかし、個々の課題の以前の「決断」には大きく二種類ある。それは「決断するという決断」と「決断しないという決断」である。「決断しないという決断」というのは一見矛盾しているが、この「決断しない決断」は実は大変重要な役割を果たしていて、この「矛盾する決断」を使いこなすことは、実はビジネスにおいても人生においても意識すべきことだ。漫画「マスター・キートン」に「人生の達人(マスター・オブ・ライフ)」という言葉が出てくるが、「生き方上手」な人のほとんどは「決断しない決断」の大切さを自然と身に付けているものだ。これはビジネスにおいてもしかり、である。たとえば「ここで提案を持ち出そうかどうか・・・」という場面。私などはせっかちなので、即決してしまうことが多い。しかし営業に長けている人は「即決」しないものだ。「提案を持ち出すかどうか」に気を揉んでしまいがちだが、営業に長けている人は「その課題」に関しては「決断しない決断」を意識的・無意識的にしているものなのだ。重要なのはあくまで「目的」であって「決断」ではない。彼らはそれを知っているから「決断しない」のだ。そして「本当の目的」に向かうにはどうしたらいいのか、に全力を注ぐ。「決断しない決断」の重要性は日常でも現れる。広告手法の一つとして「限定性に訴える」というものがある。かなりの人間は時間や人数に「限定性」を与えられると、つい「決断」してしまう性質を持っていることを利用したものである。笑い話で済むものならば良いのだが、ビジネスではたとえ一円、一秒でも笑い話にはならない。その時に重要なのが「決断しない決断」がベースにあるかどうか、なのだ。「溜め」という言葉がある。スポーツなどでよく使われるが、イチローの強さの秘密の一つは「溜め」を上手く作り、活用していることにある。彼のバッティングは「いつでも出れる」状態にありながら、「そのチャンスを待つ」ものだ。「決断しない決断」というのはこれに似ている。我々は「決断する」ことに慣れ過ぎていて、「決断しない」と非常にストレスが溜まる。しかし、この「ストレス」こそが「決断力」の源泉になりうるものなのだ。「決断しない決断」は「決断する決断」よりも、個々の「決断」の場面で重要な役割を果たす「コア」である。「決断」を迫られ、煽られる日々は逃れられない。そして当然「個々の課題の決断」も重要だ。しかし、そのベースにあるべきものは、実は「決断しない決断」だということを、今一度再認識すべきだろう。
2004.04.01
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