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最近男女を問わず、頓(とみ)に増えた独身者。ひと昔前まで「見合い結婚」がもて囃されましたが、今は前近代的とかで敬遠されています。 恋愛力の薄れた今だからこそ「見合い結婚」という方式を必要としています。恋愛力とは文字通り、恋愛する方法を知っているかのことで、数値で表す事が出来ます。 恋愛力(5)(4)の人は文句なしに結婚相手を見つけることができます。男女とも積極的に自分をアピールすることができ、目指す相手を自分の方に引きつけるように、魅力を振りまくことが可能です。 恋愛力(3)の人はどちらかと言えば恋愛力弱く、自分から積極的に出ることができなくて『相手を待つ』方法を採ります。 恋愛力(2)(1)の人は恋愛力弱くて全くの『待つこと』しかできません。 著名人の結婚で恋愛力を見ます。(敬称略) 最近姉さん女房どころか27の年齢差で一躍名を轟かせた小柳ルミ子[55才]さんは数値(5)で恋愛力抜群です。相手の石橋正高[28]さんは数値(3)で恋愛力弱く、小柳さんに押し切られた感がありますが、結婚したかどうかは不明です。 前夫の大澄賢也さんは数値(5)で恋愛力とても高く、芸能界入りに小柳さんの名前を利用しました。 木村拓哉さんは意外にも数値(1)で恋愛力なく、恋愛力(5)と抜群の工藤静香さんに結婚を押し切られてしまいました。 ベースボール大リーグの松坂大輔選手の場合、彼は恋愛力(2)と低く、恋愛力の数値高い(4)柴田倫世アナにキャッチされました。 同じ大リーグのイチロー選手も恋愛力低く(2)、恋愛力抜群の福島弓子アナ(5)の攻勢を防ぎきれず見事に陥落してしまいました。 野球のうまさと恋愛力は反比例するかのように、松井秀喜選手も恋愛力低く数値(2)で、恋愛力高く(4)表に出てこない妻の25歳の元会社員とつい最近結婚しました。 中日の落合博満監督も恋愛力低く(3)恋愛力高い落合信子(4)夫人に捕まった口です。 元女子プロレスラーのジャガー横田さんは恋愛力高く(4)で、巷間言われているように夫で東大出の医師木下博勝さんにプロポーズされたというのは間違いで、恋愛力の全くない数値(1)の木下さんをうまく籠絡(ろうらく)つまり誘惑したと言うのが真相です。 ジャガーさんは自らを暴力的な鬼嫁のように言ってますが全く逆で、家庭では夫に気を使い、誠意を尽くす良妻のように思われます。鬼嫁は芸能界で生きるためのポーズです。 同じ元女子プロレスラーの北斗晶(5)、佐々木健介(3)夫妻も同様です。恋愛力の高い北斗さんに佐々木健介さんがひっかかった。 女優の松坂慶子さんは恋愛力低く(2)、恋愛力高い(5)ジャズギタリストの高内春彦さんに絆(ほだ)された口です。絆されるとは、からみつかれる意味があります。 沢尻エリカ(2)さんも恋愛力低く、恋愛力強力なハイパーメディアクリエーター高城剛(5)さんに捕まりました。 神田うのさんも恋愛力低く(2)レジャー産業会社の社長西村拓郎(4)さんに恋愛力と財力で絡め取られてしまいました。 男性の本質は狩人(かりうど)なので恋愛力の高いのは当たり前のことです。恋愛力と獲物を捕る力とは同義語です。 女性を獲物に見立てるとは失礼な話ですが、女性の恋愛力の平均はとても低く、「待ち受け状態」なのは仕方ありませんが、男を選(よ)る権利は女性が持っています。 最近の若い男性が『中性化』してきたのにつれ、恋愛力も落ちてきているので、未婚の男女が増えているのも仕方がないです。 積極的な男が少なくなり、男女とも『待ち受け状態』となっているからです。お互いが声もかけれない。 男性が容姿にこだわり、ファッションセンスを磨くのは、男性が女性に捕まりたいという願望があるからで、おかしなことです。 母親の息子支配が影響しているのかも。またマザコン男にも困ったものです。甘やかされて育ったので、狩りの仕方が分からない。 長い恋愛期間を過ごし、お互いが結婚に踏み切れないのは、男性が積極的に結婚をすすめようとしないからです。 そういうときは女性から思い切って結婚を求めれば案外うまくいくのですが、積極的になれないのが恋愛力の低さだから、お互いが年だけ取っていくという悲劇になってしまいます。 持てるとは『ちやほやされる、もてはやされる』ことなので、恋愛的に受け身の女性に使われる言葉ですが、男が『もてる』という場合女性が寄ってくるのではなくて、恋愛力が高くて女性に積極的なのが結果として持てているのです。 男の『虚人』は口がうまく恋愛力も抜群に高いので、世の女性はくれぐれも『虚人』にひっかからないようご注意のほどよろしくお願いいたします。
2008年06月30日
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『虚人』は自分を完全な人間だと思っています。 しかし、自分の邪悪な性格に対して、何とかそのように思わないように、逃れようとしています。『虚人』の邪悪性とは、罪の意識の欠如から生じるのではなくて、罪の意識から一生懸命逃れようとする気持ちから生じています。 「『邪悪性』とは人の精神的成長を妨(さまた)げるように支配力をもちいること。あきらかに目に見えるような力、または隠された力をもって自分の意志を他人に押しつけること」です。 『虚人』は、「完璧な自己像」を守ることを最大の目標に掲げています。道徳的、倫理的な外見を維持することに努力を重ねます。 『社会的規範、規則』を守るふりをすることに精一杯の努力をします。また他人が自分のことを「法律を守る硬い人間だ」と思ってくれる方向への努力をします。 『虚人』は見せかけの『善』を尊びます。また見せかけの愛は最も得意とするところです。 『虚人』は自分の欠陥を認めることを拒否し、自分自身の邪悪性を他人に投影します。 『虚人』は自分自身の欠陥、欠点に対して苦痛を感じないよう、他人の欠点を責めます。 『虚人』は自分の不完全性を否定します。 『虚人』は自分の不当性を見ないように他人に不当性を押しつけます。 『虚人』は自責の念を拒否します。 『虚人』は自分の罪に対して苦痛を負わないように人に罪を負わせます。罪悪感を否定します。 『虚人』は自分自身が苦しむかわりに他人を苦しめます。 『虚人』は自分の支配下にある人間にたいして、悩める社会の縮図を与えています。 『虚人』は、他人をだましながら自己欺瞞を積み重ねていく「虚偽の人々」です。だから『虚人』なのです。 『虚人』は決して怠惰ななまけものではありません。それどころか彼らはご立派な体面や見栄、世間体を獲得しようと人並み以上に努力します。 『虚人』は見栄を張るための努力は惜しみません。地位や、権威を得るためならどんな困難なことにでも挑戦し、頑張ることを厭(いと)いません。 『虚人』は異常なほどの強い意志を持っています。それは「我を通そうとする意志」です。 彼ら『虚人』が有能なように見えるのは、そのように見えるだけであって、外見上の見せかけだけに過ぎません。彼らは自分自身を支配しているわけではありません。 彼らを支配しているのは、世間的な権威、地位から「落ちてしまう」恐怖感です。外面を常に気にしています。 『虚人』が苦痛を感じているとはだれにも知ることはできません。『虚人』は苦しんでいるように見えないからです。 『虚人』は意外と傷つきやすいのですが、チョットしたことで傷つくくらい低い自己意識しかありません。自分の値打ちが高い人は傷つかないです。 『虚人』は自分自身の弱さや、欠陥を認めることができないので、外見を装わなければなりません。 彼らの強烈なプライドがそれを要求するからです。自己意識、自己愛が低ければ低いほど逆にプライドは高くなります。 『虚人』がその特有な外見を維持するするために必要としているエネルギーは強いです。しかし、そのエネルギーもひねくれた「合理性」や、破壊的な「補償」に費やされているだけです。 『虚人』は自分の見せかけが壊れ、世間に自分自身がさらけ出されるのをおそれ、自分の邪悪性に面と向かうことを非常に恐れています。 自分が絶えず物事を支配しているかのように自分自身にたいして装わなければならないのです。 『虚人』は恐るべき人たちですが、それと同時に哀れむべき人たちでもあります。 『虚人』は絶えず『恐怖感』と闘っています。それは恐怖の人生だとも言えます。 『恐怖感』が彼らを突き動かすエネルギーの元となっているのです。しかし、いわれのないプライドの高さが、自分に恐怖心があるということさえも、認めなくしています。 彼ら『虚人』がどうしても耐えることができないのは、『自分自身の良心の苦痛』『自分自身の罪の深さを認めることの苦痛』『自分の不完全性を認識することの苦痛』です。 『虚人』の最も嫌うものは、「自分の正体を明らかにする善の光」「自分自身をさらけ出す精妙な明るい光」「自分の欺瞞性をあぶり出す真実の光」です。 精神的に健康な人間が邪悪な人間との関係において経験することの多い感情が嫌悪感です。 『善人』が『虚人』と直面したときには混乱してしまいます。「突然、自分が考える能力を失ったような混乱した状態になります」 相手の邪悪性がはっきりと分かるものならば嫌悪感は即時に湧いてきますが、相手の邪悪性が陰湿なものであれば、この嫌悪感は、相手との関係が深まれば深まるほど強まって来ます。 嫌悪感は嫌なもの、おぞましいもの避けて、それから逃げ出したいと思う気持ちを起こさせる強力な感情です。 『虚人』の影響を長い期間にわたって受けている人間を汚染し、破滅させるものです。邪悪なものに出会ったときにとる最良の方法はそれを避けることです。 神が遣わしたイエス・キリストは「裁くなかれ。なんじ自身が裁かれざらんがために」と語りました。また「罪を憎んで、その人を憎むな」とも言っています。 もっともな言葉ですが、これは人生経験豊かな『寛容』のできた人にふさわしい言葉です。寛大な人になってはじめて実行できる言葉です。 成長途上の我々が担(かつ)ぐには重たすぎる言葉です。 今の段階は、邪悪な『虚人』には近寄るな、罪を憎むなら適当な距離を保とう、です。 『虚人』から邪悪なものを受けないためにも嫌悪感を大事にしましょう。胸が悪くなるのなら吐き出そう、です。 成長したら、オトナになったなら「『虚人』を認めてあげよう」と思わずとも、認めています。『虚害霊』もつきません。 『虚人』のことを書くときいつも嫌悪感をおぼえます。胸がつまるほど気分が悪くなります。この文を読んでも同じ気分になると思います。大変失礼致しました。
2008年06月23日
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自律神経は、血管、内臓など自分の意思では動かせない体の組織に分布している神経で、私たちの生命活動に必要なとても大切な神経です。 このように、生命活動に欠かせない自律神経の機能全体をコントロールしているのが、間脳(かんのう)の視床下部です。 視床下部は自律神経のコントロールタワーなので、視床下部のエネルギーを見れば自律神経がうまく働いているかが分かります。エネルギーが強いと自律神経のバランスが良く、エネルギーが虚ならば、副交感神経がうまく働いていません。 『虚人』とは 自己中心的な人で、感謝しない人です。他人から見て、その人に非があると分かっていることでも、その人は何事も人のセイにして、責任を人に押しつけます。人を見下し、あらゆる手段を使い人を支配しようとします。 『虚人』は他者を支配可能なものにし、その人間の他者依存性を強くさせ、自分自身で考える能力を弱め、その人間の独自性と創造性を鈍らせ、その人間を支配して制御可能な状態に押さえ込んでしまいます。簡単に言えば自分の言うことをなんでも良く聴く「イエスマン」に仕立て上げようとします。 『虚人』は飴とムチをうまく使い分けます。しかし、他者をイエスマンに仕立て上げるために、もっと強力な武器を使います。『虚害霊』です。 『虚人』は恨みの念が強く、他人のことを「言うことを聴かないヤツだ」と思えば、強力な思念の生き霊『虚害霊』が出て相手の延髄に取り憑きます。『虚害霊』は強い怒り、恨みの思念波です。 『虚人』本人は、自分が『虚害霊』を出しているとはおそらく分かっていないと思われます。なぜなら、どのような場合でも自分が正しくて、相手が間違っていると思っているからです。 『虚人』の出す『虚害霊』は相手の延髄に取り憑きます。延髄にはたくさんの神経が通っていますが、自律神経を過燃焼にさせて、エネルギーを奪います。 その結果が自律神経失調症です。しかもそれだけでは終わらずに、『虚害霊』は自律神経のコントロールタワーである視床下部を犯し、次に視床下部に隣接する側頭葉のエネルギーを奪います。 左側頭葉の前部のエネルギー低下で、いつもイライラするし、後部のエネルギー低下があれば、感情の起伏が激しくなります。右側頭葉のエネルギー低下を招けば、依存心が強くなります。 『虚害霊』は脳の中心部にある、視床や海馬を過燃焼にして、記憶力を低下させます。 そして、ついには人間としての司令塔である、前頭葉のエネルギーを奪い、集中力、思考力を衰えさせます。 『虚人』の思惑通りの、何も考えられない、物事に集中できない、新しいことを覚えようとしない、3ナイ人間になってしまいます。『虚人』の言うことを良く聴く『機械人間』に成り下がってしまいます。 『虚人』は人を支配しようとあらゆる手を使ってきます。ある時は恐喝まがいのことするし、またある時は猫なで声で下手に出たりしながら、相手の感情をうまく揺さぶり、取り入るスキを捜しています。 『虚人』のペースに巻き込まれないためにも、相手に感情移入せず、冷静に客観的に対処する訓練を身につけるようにしてください。 多くの『虚人』も実は他の『虚人』の『虚害霊』が憑いているので、自律神経失調の人が多いです。
2008年06月22日
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自律神経は、血管、内臓など自分の意思では動かせない体の組織に分布している神経で、私たちの生命活動に必要なとても大切な神経です。 自律神経には、起きているとき、緊張・興奮している時に働く交感神経と、寝ているとき、リラックスしている時に働く副交感神経の2種類があります。 交感神経と副交感神経は一つの器官に対してお互いに相反する働きをしています。例えば、交感神経が心臓の拍動(ドキドキ)を増加させるのに対し、副交感神経は心臓の拍動を制御します。また交感神経は血圧を上げますが、副交感神経は血圧を下げます。 こうした生命維持に欠かせない自律神経の機能全体をコントロールしているのが、間脳(かんのう)の視床下部です。視床下部は自律神経のコントロールタワーです。 疲れやすい、ときどきお腹が痛くなる、便秘(または下痢)になりやすい、だるい、疲労感がとれない、風邪をひきやすい、めまい、立ちくらみがする、頭痛、肩こりなどは、自律神経のエネルギーが弱っています。 こうした自律神経がうまく機能しなくなった状態が、自律神経失調症です。ほとんどの場合、自律神経自体の障害ではなく、ストレスなどによって、交感神経と副交感神経のバランスが崩れるために疲労感などの全身症状が現れます。 交感神経の機能は、闘争(たたかう)か逃走(にげる)かの状況にいつも置かれている興奮系機能です。 交感神経は、脳の中でも延髄や脊髄の中を通っていますが、延髄には『虚害霊』が憑くし、脊髄には『地縛霊』が憑きます。 『虚害霊』が延髄に憑けば、延髄の中を通る交感神経が絶えず興奮状態にあり、自律神経のバランスは悪くなります。自律神経失調の症状が出ます。 また、延髄の中には縫線核(ほうせんかく)という部位がありますが、同情心が強く、感情移入が激しいと縫線核のエネルギーが虚で過燃焼となり、やはり交感神経を強く刺激します。 これは、強いストレスにさらされているのと同じ状況なので、自律神経の不調和となります。 感情移入の激しい人は、自律神経失調症になりやすいです。だから『理性的』で居てほしいのです。 『理性』は副交感神経の働きそのものです。『感情』は興奮系の交感神経なので、『理性的』になることは、自然の理に適(かな)ったことです。 『感情的』なのを取り柄に生きてきた人が『理性』を取りもどすこと、これこそ健康的な生活を送るための第一歩です。 癒しを求めている人は『理性的』に物事をみること、これこそが癒しの原点です。癒しは自分の内にあります。 人から癒してもらうのには切りがないです。またすぐに興奮してしまいます。癒し(理性)は自分の内にあります。
2008年06月21日
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自分の苦しみを克服されたかたから「感情を見守る」という題の手紙をいただきましたので、了解を得て披露させていただきます。 原文はA4用紙3枚で長くなるため、了解の元、一部分カットしました。 私はこんなにも深い感情をもってこれだけ感動できているのだと思うことで、自信のない自分をなぐさめ、かたくなに防御していました。 唯一私の象徴であり自分を認めることのできる『感情』を失くすことで、自分自身の存在を見失ってしまうという危機感がずっとありました。 感情的な自分でいることでそれを正義と思い込み、安心感がほしかったのだと思います。 しかし、感情を人に押し付けることで、自分を苦しめていたのも事実です。 いままで生きてきた○○年間、私はずっと人に苦しめられてきたと思っていました。 小中学校の同級生や先生でさえもわたしをいじめました。また社会へ出てからも様々ないじめを受けてきて、そのために今の不幸な私があると思っていました。 自分は被害者だという被害者意識をずっと持ち続け生きてきました。 そして大人になるに従い、何に対しても理性的で感情を表に出さない人に対し憎しみと恐れをいだくようになっていきました。 しかし、理性的な人を批判しつつも、どこかで理性的でありたいと願っているわたしがいることにも気が付いていました。 感情だけで生きてきた私は、非常にもろい者であり、実は、自分で自分の首を絞めていたのだと分かったいま、そんな私自身を修正しない限りは、人間関係をはじめとする様々な苦悩はこれからも永遠に続くのだ、ということにようやく気づきました。 今、『理性』という柱を自身の心の中に向かい入れしっかりと立てることで、私の本来の感情が形成され成熟することができるのではないかと考えています。 どうすれば理性と感情をバランスよくコントロールし表現できるのでしょうか。 今までほとんど感情だけでしか自分を表現できなかった私にとっては、これがかなり難題になるのではないかと思います。 自他の悲しみ苦しみなどに対し、どうしても感情的になってしまうし、理屈ではわかっていてもそう簡単に変われるものではないと思いますが、でも冷静に受け止める訓練をしていかなければいけないのでしょうね。 この世の様々なできごとは、私たち人間の行った因果であり、それらを通じて人間は学び成長し魂を磨いていきます。 魂磨きのためこの世に生まれてきたのなら、さまざまな困難なことが我が身に降りかかってくるのは必然のことなのですね。 これから起こり得るあらゆる出来事は私にとって必要なことであり、そこへ私が感情移入したところでその人から見れば大きなお世話なのですね。 そこで思いました「見守ればよいのではないか」。「自分も他人も見守る」ことで自己の感情をコントロールでき、理性を誠実に表現していけるのではないかと直感しました。 「見守る」ことができるならば、他人のことでも冷静に捉えることができるし、また私自身も客観的に見ることができるのではないか。 自分を認め、愛することができるならば、本当の自分が見えてくるのではないでしょうか。 しかしながら、感情的なのは悪いことではないと思います。善玉の感情は人間にとってなくてほならないものだし、良い感情無くしては良い理性は得られないとも思います。 今まで培ってきた私の大切な感情ちゃんは、これからはより良い意味で発揮できることと思います。自分の持つ感性をもっともっと大切に育んでいきたいです。 人生に無駄はないと聴いていましたが、本当に人生には無駄はないんだなと今はっきりと確信できました。私の今まで歩んできた人生は貴重な経験だったのだと。 私にとってこれらの経験は、これから私が生きていくうえで必要不可欠であったがために、あらかじめプログラムされていたのではないかと今となっては素直に思えます。 私が被害者だとすれば、加害者も私でした。 親のトラウマで押しつぶされそうになっても、自信を持ち続け自分を信じて突っ走って来られなかった自分が結局は弱かったのだと理解出来たのは私にとっての成長の証です。 今までは自分をとてもかわいそうだという思いしか持てませんでしたが、それが今はとても自分がいとおしいという思いに変化しています。悪い感情から解き放たれたような爽快感に包まれています。 ここ数日の間、今までに感じたことのない落ち着いた幸福感に包まれていますが、なぜこんな気持ちになれるのだろうという不思議な感覚がありました。 ようやく私自身を取り戻せたような気がします。 自分ひとりで生きているのではなくて、私も人も生かされています。人とのかかわりの中で自分自身というものが成長できていくのだということが、この年になってようやく認識することができました。 思えば長い道のりでした。これからも様々なことが私の身の回りに起こると思います。くじけそうになることもあるでしょうが、もう迷わない、なにも怖くないです。 自分を信じ、自信を持って生きていくことができると確信できます。 これからは、自分にできる役割を見極め、最後まで一生懸命生きていきます。 今涙が出て止まりません。今本当に幸せです。守護霊様お導き下さって本当にありがとうございます。今後ともよろしく御指導下さいます様お願い致します。 ○○拝
2008年06月20日
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本来トラウマは、心的外傷つまり、心の傷の事です。 母親とその子供など親子関係、友達同士、仕事での上司と部下の関係、お稽古事での師匠と弟子などのように、人間は二人以上寄れば必ずと言っていいほど上下関係を持ちたがります。 今までにゆうしんがトラウマと言ってきたのは心の傷(トラウマ)の原因となる体験のことです。 体験は今までに述べてきたように単なる上下関係で、心に深い痛手、傷を負うほどのダメージにはなっていないと思われます。 上下関係でも、相手に対しての恐怖によるものと依存心からのもの、罪悪感を感じていたり、また相手を過剰に敬(うやま)っている場合があります。 上下関係は仮の状態であって、理解すればたちどころに解消できます。だからトラウマ体験の解消は親子関係、夫婦関係、友達関係であれ上下関係だと言うことが理解できればすぐに解決できます。 「なぁ~んだ、そうだったのか」と思うぐらいトラウマ体験の解消はあっけないものです。 PTSD(Post-traumatic Stress Disorder)「外傷後ストレス障害」はトラウマ体験の後で強いダメージを負い、その人が意識するしないにかかわらず、恐怖記憶となって一生その人の心と行動を直接間接的に支配します。だから障害なのです。 恐怖記憶を形成するような体験とは、戦争、家庭内の暴力、性的虐待、産業事故、自然災害、犯罪、交通事故など、その人自身や身近な人の生命と身体に脅威となるような出来事です。 特に映像思考型の人は、さまざまな恐怖体験を映像として覚えているため、反応がキツクなります。 自分では覚えようと思っていないのですが、自分の意志と違い、勝手に映像として記憶しているため始末が悪いです。嫌な思い出が急に出てきます。 恐怖記憶と同じような状況に出くわすと、フラッシュバック(過去の出来事が瞬間的に回想されます)が起こります。 子供の頃母親に髪の毛を持って引きずられて物置に放り込まれた女性、父と兄の壮絶なケンカを目の当たりにした女の子、子供の頃父親に殴り続けられた娘。 このような恐怖の思いが脳内に『恐怖記憶』として残っています。 延髄の前にオリーブ核という部位があり、ここのエネルギーの虚・実を見ることにより、『恐怖記憶』の強弱が分かります。 オリーブ核のエネルギーが強いと、『心の強さ』が強く、エネルギー弱いと『心の強さ』も弱くなっています。『心の強さ』と『恐怖記憶』は連動しています。 トラウマが上下関係とするならば、親子間で子供が大きくなれば上下関係は解消します。子供のチカラが相対的に親よりも上がるからです。 本来は記憶には感情が含まれていません。過去の記憶がフラッシュバックして蘇(よみがえ)るとき現在の感情が伴います。 当時の辛い、悲しい、苦しい感情が現在の感情として再現されます。『感情移入』です。 理性的でない、感情的な人は特に自分の感情の中から辛い、悲しい、苦しい今の感情を選び出し当時の思い出に重ね合わせます。 過去の出来事と同じことが今現在起きても、当時より必ず成長しているので、冷静に対処するならば、それほどのダメージを受けなくて済みます。 昔の恐怖記憶でも客観的に考えて見ることが出来るなら、「親に髪の毛を引っ張られて物置に閉じこめられた」ことでも、「あのときお母さんはストレスが強くて、憤懣を子供にぶつけていたんだな」「私に対して怒っていたんでは無かったんだな」などと見ることができます。 激しい親子喧嘩でも理性を働かせるのなら、「まさか命までは取らないだろうな」「どちらが強いかためしているんだな」と冷静に眺めることもできるはずです。 感情移入の激しい人は自分が『感情的』であることを自慢しているごとく、それを手放すことが難しくなっています。 理性的な人を見ると『冷たい人』で片づけようとします。「私は人の気持ちがよく分かる情け深い人だ」と独りよがりの思いに耽(ふけ)っています。 自分が感情的であることに実は『依存』しているのです。感情に支配されているのです。 理性的であることはオトナの第1条件です。理性的な人が感情のわからない人であるとはいえません。人の感情がよく分かるが故に理性的に振る舞えます。 現今トラウマといっている『トラウマ体験』は比較的簡単に解消できます。トラウマ体験のあとでできる『恐怖記憶』を多くの人が持っています。 『恐怖記憶』の解消こそが真の苦しみからの解放です。心の成長の始まりです。心が強くなります。 『恐怖記憶』は無声映画か写真です。ただの映像です。 無声映像に辛い、悲しい、苦しい今の感情を乗せて、感情移入して観賞するので、恐怖なのです。あえて恐怖の思い出にしています。 過去の無声映像に客観的に解説をしたならば、ただの記録映画となります。 過去の恐怖記憶があるならば、理性的に見直してください。恐怖を覚えるようなことは希です。過去のことでも、現在のことでも感情移入すればすべて辛い、悲しい、苦しいことになってしまいます。 独りよがりの苦しみ、悲しみ、辛さで悩んでいる人、本人さんには厳しい言葉ですが、昔からそのようなひとを「コドモ」といいます。 他人のことを「自己中な人」と言ってはばからないひと、人のことを「すぐに感情的になるいやな人」と言って非難するひと。 自分が自己中ではないか、自分こそ感情的な人で、他人に感情移入していないかよく考えてください。 自分は親でさえ支配しようとしていないか。 友達を支配していないか。 わが子供を支配していないか。 夫を、妻を支配していないか。 会社で同僚を支配しようとしていないか。 感情移入の激しい人は他人を支配しようとします。依存心も強いです。 自分が感情に支配されているからです。 自分の感情的なところに依存しています。
2008年06月19日
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『虚人』とは 自己中心的な人で、感謝しない人です。他人から見て、その人に非があると分かっていることでも、その人は何事も人のセイにして、責任を人に押しつけます。人を見下し、あらゆる手段を使い人を支配しようとします。 ある人物と会話をかわしたあとで、憂鬱になったり、屈辱を感じたり、やる気を失ったりするか、また卑屈な気分になっているならば間違いなくその人物は『虚人』です。 『虚人』は強い依存心を持っています。(IZONではなく正しくはISONです) 依存したいがゆえに、人を支配しようとします。 支配の方法には、暴力で相手に恐怖感を抱かせるか、または相手をかわいがり、世話を焼き逆に依存させるのがあります。自分が依存したいので、相手に依存させるような方向へ持っていきます。 親切にして、相手のことを心配したり「私はあなたのことをこのように気にかけていますよ」と常にアピールします。依存心の強さゆえ、相手に依存させるという悪循環になっています。「あなたのことを気にかけている」が「あなたは私がいなければだめになる」「私のチカラを必要としている」になり、相手が自分から逃れられないようにします。 支配と依存はペアになっていて、依存しなければ支配しなくて済みます。また依存性のない支配もありえません。 依存心と支配性は一部の人を除いて、少なからず持っています。『虚人』と『虚人』ではない人との『依存心と支配性』の違いは、憎悪感、憎しみ、怨みの濃さの違いです。 「絶対に許せない」人の数が多いのが『虚人』と思ってください。一人くらいいるのはまだ『虚人』ではないかも知れません。 憎しみの強さに標準はありませんが、『虚人』の怨みは強いので、『毒』になります。 だから『虚人』の思念は『虚害霊』となって人の延髄(脳)に取り憑きます。 「絶対に許せない」「死んでも呪ってやる」ほどの強い思念なので、人の脳を狂わす『毒気』となります。 人を集めて教祖的になる素質の人は、依存心が強いので人を集めておいて、その人たちを支配しようとします。 始めは普通の人であっても、集団が大きくなるにつけ、支配力も大きくせねばならぬので、つい教祖様は『虚人』化していきます。 オウムの麻原死刑囚も始めは『虚人』ではかったのが、集団が大きくなるにつけ『虚人』となっていきました。 オウムの手下の上裕(じょうゆう)も分家して皆を支配するようになり『ミニ虚人』になっています。 阿含宗の桐山さんでさえも、大所帯をまとめるために『ミニ虚人』化しています。宗教とは全く関係なく、教祖と信者たちは支配と被支配の関係にあり、支配される側は支配者に病気などを直してもらい、苦しみを和らげてもらうかわりに相手に支配されるという構図ができあがってしまいます。癒しを武器に支配しています。多くの宗教団体、ヒーリング関連の団体も例外ではありません。 誰もが、知らずしらず他人からの支配を受けているかも分かりません。特に教祖的な人が『虚人』の場合はなかなかその団体から抜けることができないです。 子供を支配しようとする親、夫に尽くして実は支配しようとしている妻、妻を暴力で支配する夫。『虚人』の予備軍です。 自己中心で人を支配する人。責任を人に押しつける『虚人』風の人はたくさんいます。『虚人』かそうでないかの境は『憎しみ』の強さです。「絶対に許せないヤツ」のいるのが多い人、あなたは『虚人』かもしれませんよ。
2008年06月17日
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トラウマ最終便NO7で述べたように、トラウマとは上下関係です。 トラウマを持つに至る上下関係には3種類あります。 (1)恐怖性トラウマ 一番わかりやすい上下関係ですが、暴力を振るわれた、言葉での攻撃を受けた、怒ると恐ろしいなどチカラでの上下関係です。 (2)罪悪感性トラウマ やましいところがあるので気が引けるなど、後ろめたさからトラウマを抱きます。また「迷惑をかけてて済まない」との思いからトラウマに発展していきます。 (3)依存性トラウマ(正しくはisonsin)暴力夫と殴られ妻の共依存(きょういそん)が代表的な依存関係ですが、自立するのに経済的な不安を持つ妻の場合夫に依存してしまいます。 親の介護が必要な夫が妻に介護放棄されないために、逃げられたく無いためトラウマを持つ場合があります。一般的に夫が妻のトラウマを持つとき依存性のトラウマが多いです。 また、子供に面倒を見てもらいたい親が、子に逃げられたくないため依存トラウマを持ちます。甘やかしているわけではありませんが、子供の言いなりです。弱みからです。 敏腕営業マンに対して、逃げられたくない営業部長がその営業マンに依存性のトラウマを持ち、すごく気を使います。傍若無人に振るわれても見逃します。 いまはやりのネットワークビジネスでも、良く商品を売る直属の人に対し依存性のトラウマを抱きます。無理難題を言ってきても文句が言えません。組織をかき回されて茫然自失になっても対抗手段をもちません。依存性が恐怖性トラウマに変わります。 親子関係でのトラウマは、子供のばあいは子供が親に対し恐怖性や依存性のトラウマを抱きますが、子供が成長して発言力が強まると、今度は親が子供に対して恐怖性トラウマを抱くようになります。子供の反撃が怖くなります。力関係が逆転します。 夫婦関係では、結婚当初には経済的には主力の夫が「俺が働いている」との思いから、また力関係でも、男としてのチカラで権力を握り、妻に恐怖性、依存性のトラウマを植え付けます。 夫婦の共同生活が長くなると当然ですが妻のチカラがあらゆる面で発揮され、夫は依存せざるをえず、恐怖性(口撃)、依存性トラウマを妻に持つようになります。ここでもチカラ関係、上下関係の逆転が起きます。 著名人の夫婦関係のトラウマを分析しますが、数値(5)でトラウマ無く(3)で弱いトラウマ(1)ならば強いトラウマがあります。(敬称は略します) 恐妻家で有名な 峰竜太 美どり夫婦のばあい、 峰竜太 「『恐怖性トラウマ(5) 罪悪感性トラウマ(1) 依存性トラウマ(5)』」 美どり 「『恐怖性トラウマ(5) 罪悪感性トラウマ(5) 依存性トラウマ(1)』」 美どりさんはAC(アダルトチルドレン)で依存心強く、支配したがります。 峰さんは以前に浮気がバレて、「悪いな」という気持ちでのトラウマと思いますが、噂ほどではなくて、見せかけの恐妻家です。ただし、美どりさんの支配欲からくる種々の干渉には辟易(へきえき)していることでしょう。 「月3万円の小遣いで生活している」というセリフで有名な恐妻家の野々村さんです。 野々村真 「『恐怖性トラウマ(5) 罪悪感性トラウマ(5) 依存性トラウマ(5)』」 俊恵 「『恐怖性トラウマ(3) 罪悪感性トラウマ(3) 依存性トラウマ(1)』」 野々村さんは両親のトラウマがありますが、妻へのトラウマは全くなく、妻の俊恵さんが夫である野々村さんへの全面依存という構図であります。したがって野々村さんの恐妻家イメージは作られたもので、演出です。返って、妻へ恐怖を与えているほどです。 恐妻家イメージの強い川崎、カイヤ夫妻の場合 川崎麻世 「『恐怖性トラウマ(5) 罪悪感性トラウマ(1) 依存性トラウマ(5)』」 カイヤ 「『恐怖性トラウマ(3) 罪悪感性トラウマ(5) 依存性トラウマ(1)』」 川崎麻世さんは、峰竜太さんと同じように、妻に対する後ろめたさがトラウマになっています。「妻に申し訳ないな」という強い思いがあると思われます。 一方カイヤさんもACで夫に依存しています。強い支配欲のため『プチ虚人』になっています。夫からみれば怖い妻ですが、余裕を持って「家に入れてもらえない」「家の鍵を変えられる」と言えます。 川崎さんは言葉で言うほど妻カイヤさんを怖がっていません。余裕があります。 角界のおしどり夫婦と言われる貴乃花親方夫婦のばあい 貴乃花 「『恐怖性トラウマ(5) 罪悪感性トラウマ(5) 依存性トラウマ(1)』」 花田景子 「『恐怖性トラウマ(3) 罪悪感性トラウマ(5) 依存性トラウマ(1)』」 ACである貴乃花親方は部屋のことなど、何から何まで妻の景子さんに頼らざるを得ぬため依存性のトラウマを持ち、妻に頭があがりません。 同じACの妻景子さんも夫に依存させて逆に支配しています。依存させるため夫に尽くします。結婚当初夫から暴力を振るわれたかもしれません。恐怖性トラウマを少し持ちます。 ゴッドねえちゃんと芸能界で恐れられている和田アキ子さんの実態は 和田アキ子 「『恐怖性トラウマ(1) 罪悪感性トラウマ(1) 依存性トラウマ(1)』」 飯塚浩司 「『恐怖性トラウマ(5) 罪悪感性トラウマ(5) 依存性トラウマ(5)』」 ケンカが強いと自称している和田さんでも、男のチカラには負けるのか、はじめに夫からガツンとやられたのか、夫に恐怖性トラウマを抱いています。 また夫婦間に子供がいないことからの罪悪感性トラウマも持っています。すべての面で夫に依存している和田さんは、夫に対して全面降伏状態です。豪快に振る舞っていますが家庭ではおしとやかな妻のようです。 和田さんは優しくて力持ちで、よく気の利く人だと思われます。 立派なオトナである夫の飯塚浩司さんは妻のトラウマを持ちませんが、オトナゆえの優しさで暖かく妻を見守っています。 何度も申しますがトラウマは単なる上下関係、チカラ関係です。トラウマ!トラウマ!と大げさに騒ぐほどではありません。 精神的な発達の遅れた、子供っぽい親子、夫婦、友人、上司と部下など密な関係であればあるほど、どちらか片方が主導権を握りたがります。 情緒が発達していれば、オトナであるならば、相手のことを認めることができるので、上下関係をつくることはしません。社会や会社での上下関係は、地位の差、実力の差と割り切れるので、それが人間の差とは思っていません。 子供の場合のみ、わずかでも上下関係ができあがれば下位が上位に対してトラウマを抱くようになります。 自分を冷静に見つめ、誰に対してどのようなトラウマを抱いているかを知れば、比較的楽にトラウマは解除出来ます。
2008年06月16日
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新渡戸稲造(にとべいなぞう)さんは幕末に現在岩手県盛岡市にあった盛岡藩士の子として生まれ明治時代に農学者、教育者として活躍した人物で『武士道』を英訳したことでも有名です。旧五千円札の肖像に描かれたことで一躍世間に名が知られるようになりました。 新渡戸さんが著した本『武士道』の中に「同情の修養」という項目がありますが、次のような趣旨です。 (1)武士道の根本は同情にある。人の苦を見て、ああ苦しかろうと思い、弱い人を助けるとか、正義を守るとかいうのも、総て同情心を知るからであろう。 (2)親友の力は同情心を養う。親友は同情心を磨き出すもっともすぐれた道具となる。 (3)一方に同情者があれば、他には反感者ができることもある。そのため、多数の人々と交際するものは、この覚悟を固め、他人から同情を受けたいなどという観念を持たない方がよい。 (4)感謝の念がない者には他からの同情心はこない。ありがたいという心を養うことである。 この中の(1)の、「人の苦を見て、ああ苦しかろうと思い、弱い人を助けるとか、正義を守るとかいうのも、総て同情心を知るからであろう。」ということが『同情心』として江戸時代から今日まで脈々と受け継がれて日本人の美徳のようになっています。 同情心には二種類あり、『強い同情心』と『弱い同情心』に分けられます。辞書で『同情心』を引いて見ると「他人の感情、特に苦悩、不幸などをその身になって共に感じること。」とありますが、辞書にあるのは『弱い同情心』です。 脳の延髄を通る縫線核(ほうせんかく)という脳神経繊維の塊があり、この部分のエネルギーを見れば強い同情心を持つか弱い同情心を持っているかが分かります。 日本人は特に縫線核のエネルギーが虚(過燃焼)になっている人が多いように思われますが、これは弱い同情心を持つことを表します。 人には感情エネルギーと理性エネルギーがあります。両方のエネルギーが揃ってはじめて一人前と言えます。 多くの人の理性エネルギーが不足しています。感情が優先します。だから何事も感情的になり、理性を働かすことができません。 強い同情心とは、理性と感情を兼ね備えた人が、他人の感情を受けとめ、「この人は今苦しんでいるんだな」と理解した上で理性的に「ならばその苦しみをどのようにして取り除こうか」と相手と一緒に考えることができます。決して相手の感情に流されません。これが強い同情心です。冷たくはありません。冷静でいられるだけです。 新渡戸さんの『同情心の修養』は強い同情心の修養です。 弱い同情心とは、辞書にあるように「他人の感情、特に苦悩、不幸などをその身になって共に感じること。」ですが、苦しみ、悲しみ、不幸などの感情を共に感じてはダメなのです。 弱い同情心の持ち主ならば、相手の感情に翻弄されます。感情をまともにうけてしまいますので、相手が苦しいと自分も苦しくなるし、相手が悲しいと自分も悲しくなってしまいます。 相手の喜びを我が喜びとしますが、相手の怒りも我が怒りとするので、困ったことになります。世の中に憤(いきどお)りを感じるのは弱い同情心を持った人です。 理性的に思ったならば、すべて人ごとで済むことでも、自分のこととしてしまう弱さです。相手が怒っているのを本質的なところで言うならば、「あなたが勝手に怒っている」「私には関係ない」のです。 「一緒に怒って欲しい」のなら断ります。「一緒に悲しむのはごめんして」、「楽しいことは一緒に楽しむ」です。決して冷たい態度ではありません。 悲しい相手の感情に同調して同じように悲しむ人だけが暖かい人ではありません。相手の悲しみを理解できる理性的な人も暖かい人です。一緒に悲しまないだけです。 感情も理性も持った人は他人のこと、世の中のことで一緒になって憤ることはありません。だけど人の悲しみ、苦しみ、悩み、辛さなどあらゆる感情は分かります。 人間の心の中には、あらゆる感情が詰め込まれていて成長過程で其の感情を経験していくからです。 本題に入りますが、『弱い同情心』の人は、目の前に悲しい人がいれば自分も同じように悲しくなり、苦しい人がいたなら、自分も同じように苦しみを分かち合おうとします。 相手の感情をまともに受けて、弱い同情心が邪魔をし、自分の胸を苦しくさせます。 胸が苦しくなるのは相手の『思念波・生き霊』を受けているのではなく、相手の感情を察知した自分の感情が『生き霊』となって自分の胸に入ってしまうというパロディじみたことになってしまいます。 「自分で自分の首を絞める」ではないですが、「自分の生き霊が自分の胸を苦しませる」です。だから『弱い同情心』の人は人混みへは行けません。 どうすればいいのか。 理性を身につけることです。今まで感情だけで生きてきたので一朝一夕には理性的にはなりませんが、少しずつ理性的になる練習です。相手の感情をまともに受けないで、その状況を客観的に眺め(ながめ)る練習をして下さい。 子供は感情の動物です。オトナとは理性的な人のことを言います。『理性』とは辞書に「感情的な欲求に左右されず思慮的に行動する能力」とあります。強い同情心はオトナになるための入り口です。 自分のことを同情心に富む人だと思っている人は、自分の同情心が弱いのか、強いのかよく見極めて下さい。 すぐにカッとなる人は感情的な人と分かりますが、弱い同情心の人も実はとても感情的な人なのです。 『虚人』は感情エネルギーが弱く人の感情を理解しようとしないし、理性エネルギーも弱く理性的でもありません。だから人の感情を無視し、同情もしません。 人を虐(いじ)めるのが趣味の『虚人』はこれぞと目を付けた人にうまく言い寄り、同情するふりをして安心させます。 悩みなどをうまく聞き出しておいて、適当な機会を見つけて、目を付けた人を悩みのことで『こてんぱ』にやっつけます。グゥ~の音も出ないほど痛め付けます。 『虚人』の被害者は弱い同情心の持ち主に多く見られます。それでなくても普通に相手している人の感情をまともに受けてしまうので、人の話を聴かない人間になります。 人の話をまともに聴いていると胸が苦しくなるからですが、これは相手の話を聴いているのではなく、相手の感情を受けているからです。 相手の感情を理性で受け止める訓練を行って下さい。相手と同じ当事者にならず、客観的に物事をみる訓練をして下さい。 人と対面する職業の人、人を癒す仕事の人、ヒーラー、コンサルタント、占い師、タロット占者、など多くの方達が病んでいます。 人の生き霊を受けているのではなくて、自分の感情が胸に入り苦しんでいます。 再度言いますが、子供は感情的で、弱い同情心を持っています。 ゆうしんはあなたが子供であるとは申していませんので念のため。
2008年06月14日
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ビジュアル(視覚)系の人は右脳を使い、言語思考の人は左脳を主に活用しているといわれますが、映像思考、言語思考に関わらずどのような場合でも左右の全脳を使っています。 右脳左脳はそれぞれ独立していますが、これは神の摂理であって、脳の危機管理上必要なことであります。 もし脳が右、左に分かれていなくて、一つの物体であると仮定したならば、脳の一カ所の機能が破損でもすれば、その機能は仕えなくなり、生命の危険さえ感じられることになります。 ところが、右脳、左脳に分かれているので、片方のある機能が損なわれても、もう一方の脳で失われた機能を補う部位が新たに作られます。 脳の機能部位は、はじめから決まっているのではなくて後から作られるのです。だから人により、機能部位の場所はまちまちになっています。 極端なことを言えば右脳の多くが損なわれても、不自由さは残りますが、左脳で右脳の失われた最小限の機能が復元され、命に別状なく、生活が送れるようになっています。 脳梗塞などで、片方が不自由になるのは、脳の危機管理がなせる技です。もう片方の機能は使えますよ、ということです。 以上のことを要約すれば、脳全体を一つのコンピュータとするより、右脳左脳を独立したスーパーコンピュータ(スパコン)にして、並列処理をしたほうが処理時間も短いし、能率もよく、消費エネルギーも少なくなります。 脳梁は独立したスパコンを繋ぐ重要な場所です。左右からの情報を処理するソフトがあって、通信、情報処理をし、指令を出しています。 だから脳梁のエネルギーが低下すると、せっかくのスパコンの能力が発揮できず、右脳左脳はただの箱になってしまいます。そうなれば、感情、感覚を無くした働くだけのロボット人間同様です。 ついでにもう一つ脳のことで述べておきます。脳は全体の2,3パーセントほどその機能を使っているだけなので、もっと使えたらすばらしい働きができると言われます。 しかし、脳の使える機能は今が目一杯なのです。あとの98%は予備に残してあるのです。それほど余裕を持っていなければ、イザというときの役に立たないからです。 再度述べますが『脳梁』(のうりょう)は右脳と左脳の機能を通信調整し、統合しています。通信機能と、指令も兼ねていて、私が脳の中で最も注目している部位です。 身体霊が体の危険を察知して、脳のエネルギーを低下させてからの脳エネルギーの回復には二種類あります。(身体霊がエネルギーを低下させる脳の部位は、前頭葉、側頭葉、大脳辺縁系で、脳梁のエネルギーは下げません、) (1)は脳梁のエネルギーを低下してウツ状態にします。体がだるく活力が低下します。 (2)脳梁のエネルギーを過燃焼させて、感情を鈍らせ、人を活動的に仕立てます。ただし、疲れていても分からない状態にさせられます。 脳梁のエネルギー低下は鬱ぎみか躁状かどちらかになります。多くの人は過燃焼の繰状になり、感情を鈍くして過労を忘れ不眠不休で働き続けます。不安感があり、休むのが怖くてなかなか休めません。 ストレス社会で多くの人の脳が病んでいます。エネルギー不足です。 脳のエネルギー不足はストレス解放の手段です。しかしストレスは解放したが、脳がボーッとしたままでは生活に支障が出てきます。 脳エネルギーの低下した人間が、自らエネルギーを回復させる方法を神は授けているのでしょうが、いまだに其の方法が分かりません。 多くのエネルギー療法は、脳梁エネルギーの虚を強くして体の感覚をぼかし、楽になったように見せかけています。 あるエネルギーワークでは、心の解放といって脳にエネルギーを注入していますが、前頭葉のエネルギーを虚にして、思考力を奪っているだけです。とんでもないことですが、考えられなくしているだけです。 強い虚のエネルギーで麻酔薬を打った状態にして意識だけはかろうじて保つようにし、感覚、感情が分からないようにボケさせているだけです。 悲しみ、苦しみ、悩み、などの感情を抑えますが、同時に楽しみ、喜びなどの感情も抑えられるので、無感動の人間になってしまいます。 脳エネルギー回復の方法が外部からのエネルギー注入のみであるのならば、非常に危険な状況になっています。 なぜならば、エネルギーは目に見えないし、虚(邪)のエネルギーがあるということも理解されていないからです。結果が悪くてもそのまま放置されます。 私には幸いにもエネルギーを数値で知るという手段が与えられています。 おこがましい事ですが、エネルギーの正・邪も分かります。 実(正)のエネルギーで脳のエネルギーを正常に戻すことも一つの能力として与えられています。 私一人ではせいぜい頑張っても一日10人が限度です。 虚害霊のバスターも養成しなければならないと思っていますが、とりあえず『脳』のエネルギーを正常に戻すことができる人を養成したいと思いますので、我と思わん方は手を挙げてください。 脳エネルギーを上げるということは、本来脳に流れているエネルギーがストレスや『虚害霊』の影響で流れなくなったのを、もとの正常な状態に戻すだけです。
2008年06月13日
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秋葉原での連続殺傷事件での新聞やテレビなどマスコミの反応には以下のようなのが見受けられます。 「家族や派遣先への不満を募らせ、社会からの孤立感を深めていったことが事件の背景にある」と警視庁はみている。 「『教育熱心』と言われる親の期待とそれに応えられない挫折感、周囲へのコンプレックス、これまでの人生でずっと孤独感の中でいたこと」が原因の一つではないか。 「特にキレる気持ちを抑えられない精神面は、全て犯人の親の育て方と躾に原因と責任があると言いたい。」などの親への批判。子育て責任論。 「派遣労働者なので、格差社会を生んだ社会システム、ひいては政治が悪い!」などの労働環境があまりにもお粗末だとの論議。 臨床心理士の矢幡洋氏は、「加藤容疑者の特異な恋愛観、女性観について、『自己愛が強すぎるところに原因がある』と分析した。」というのまでたくさんの意見があります。 秋葉原連続殺人事件に対して、皆それぞれの思いを持つのは当然のことですが、ゆうしんの考えを述べてみます。 犯人の加藤智大容疑者は間違いなく『虚人』です。私は両親の責任論には荷担しませんが、母親は『ミニ虚人』です。 でも、『虚人』だから凶悪犯罪を犯すのではありません。 むしろ『虚人』は自分の手を汚さずに人をうまく使って犯罪を犯します。人をそそのかす教唆(きょうさ)を得意とします。責任逃れは『虚人』の得意とするところです。 逮捕後の警視庁の発表で、加藤容疑者が犯行前にずっと携帯へ書き込んでいたことについて「携帯への書き込みで殺人予告をしたのは、誰かに止めてほしかったから」と言っているのが典型的な『虚人』の責任逃れです。 これは、自分の犯した行為を人のセイにしています。「俺はしたくなかったんだけれど、だれも止めてくれなかったから、しかたなく(殺人を)した」と。のうのうと述べています。 まるで加藤容疑者が自分の犯した罪を反省しているかのような報道には辟易しますが、『虚人』は反省しないし、悪いとも思っていません。加藤容疑者からの被害者への反省、謝罪は、裁判で弁護士の作戦としての本人の謝罪以外はないです。心からの反省を期待しても無理です。 加藤容疑者は母親の胎内5ヶ月ごろから脳梁のエネルギーが下がっています。両親の不仲は報道でも見られますが、妊娠中の両親のケンカなどで胎内で心が傷付いたのかも知れません。 10才で脳梁のエネルギーが過燃焼で強い虚となり、感情を無くしていきます。そして『虚人』になっていきます。 先に母親が『ミニ虚人』であると述べましたが、『虚人』のわが子をコントロールしようとして母親自身が『ミニ虚人』になっていきました。 脳梁のエネルギーは下がりましたが、他の脳の部分のエネルギーはあまり低下していません。右前頭皮質のエネルギー正常で思考力衰えてなく、前頭連合野のエネルギーも流れているので集中力が劣るようなこともありません。また記憶力も普通でした。 ところが15才に何かストレスを受けて、脳の肝心な部分、前頭葉と海馬のエネルギーが低下します。身体霊が体の危険を察知して、このあたりから思考力、集中力、記憶力の低下が始まります。 14才のとき延髄のエネルギーが著しく低下しています。このとき『虚害霊』に取り憑かれました。15才の脳エネルギーの低下は『虚害霊』が取り憑いたためかもしれません。 高校進学後成績が落ちたのは、県内有数の進学校だから回りの子の成績があまりにも良すぎて彼らに就いて行けなくなったのではありません。 脳のエネルギーの低下による思考力、集中力、記憶力の低下で勉強できなくなったのです。以来学習意欲の低下で、親の期待には応えられなくなりました。 15才頃から加藤容疑者にADD[注意欠陥障害(Attention Deficit Disorder)]の傾向が見られます。後発性のADDです。 『虚人』でADD、親の離婚、育った環境が悪い、職場での扱いが派遣社員。 このような条件の人は世の中には案外といるものですが、これらの人が犯罪を犯すかというと、素行の悪い人は居るでしょうが、犯罪とは全く関係なく普通に暮らしていると思われます。 以前に犯罪者の脳エネルギーのところで記した事がありますが、加藤容疑者にも獣性は出ています。『虚人』は『けもの』じみたところがあるので、獣性が凶悪犯罪の原因でもないと言えます。『虚人』は多かれ少なかれ獣性を帯びています。 殺人などの凶悪犯罪を犯す『因』は何かというと、魔性(ましょう)以外考えられません。加藤容疑者は10才で悪魔に魅入られました。 殺人鬼の地縛霊か、悪魔の存在が実際にあるのかはこれからの研究課題ですが、今の時点では魔性が関係していると思います。 『虚人』・ADD・魔性 だから個人の罪が許されるのではありません。 「罪を憎んで、人を憎まず」ではありません。人が罪を犯すのだから、人が悪いのは当たり前の話です。 神は罪人を世に送ることはけっしてなさいません。 悪魔・地縛霊・『虚人』・獣性を帯びた人これらはみな人間界の現象です。
2008年06月12日
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トラウマは人格形成上どのような影響を及ぼすのでしょうか。 子供の生育者である親の多くが、自分の親からのトラウマを持っています。 トラウマとは以前に述べたように厳然とした上下関係が成り立っている場合に、上位者の人格が未成熟の場合に作られます。親子関係であれば親の人格が未成熟なのです。 人格未成熟とは、第一番目に他人を『支配しようとする』ところです。子供に強さ、恐ろしさを見せて恐怖を与えるか、不機嫌な素振りを示して、子供を混乱させてその子を支配下に置きます。 第二番目は『自己評価の低さ』です。自己評価が低いと絶えず不安に悩まされます。その不安のために、自分自身の存在に自信が持てません。 成長過程で親から認めてもらえることができません。親の自己評価が低いので、親は子供を貶(けな)しこそすれ誉めることは一切ありません。 親から「アホ、ばか、マヌケ」呼ばわりされ、ののしられて育つので親から拒否されていると思います。だから親との信頼関係が結ばれていないので、他人とも信頼関係を結ぶのが難しくなってきます。主人と奴隷との間には信頼関係は結ばれません。上意下達です。 人格未成熟の第三番目は自己評価の低さから派生する『他人との信頼関係が結びにくい』ところです。 もう一つ四番目として、『人からの尊敬や賞賛を得たい』『人に認めてほしい』ところです。自分に自信がないと、自分がなにをしたいのか、なにが欲しいのか、なにが自分にとって価値があるのか、判断することができません。心はいつも空虚(からっぽ)なままです。必然的に、自分自身の価値基準をまわりの人に求めるようになります。 まわりの人が価値あると認めるようなものが、自分にとっても価値あるものだと思い込み、人の評価を気にするようになります。そして、まわりの人の尊敬や賞賛を得るような自分自身になることが、一番大切だと感じるようになります。 親の人格未成熟の要素、支配欲と自己評価の低さが、わが子を奴隷化、ペット化してしまいます。 子供は世間(せけん)に対して自分の評価を上げる「物」として扱います。 「良いお子さんですね」「お利口な子供さんですね」「頭の良い子供さんですね」「かわいいですね」等々と親にとって世間に対し、鼻高々な子供になるようしつけていきます。 子供のためと言うよりも「親の見栄」のため子供を支配して「親の言うことをよく聴く子」に仕上げていきます。子供に親のトラウマが出来てきます。 トラウマがあると親の人格未成熟が移ります。アダルトチルドレンとは親の人格未成熟感染者です。だから自分も親になればわが子を支配し、世間体を気にするようにしつけます。親の顔色を伺(うかが)うように子供を育てるので、親に支配されたその子は家の外へ出ても人の顔色を見るようになります。 人格未成熟なまま育っていくと、人によっては『虚人』となっていきます。 病院での患者のモンスター化、学校でのモンスターペアレンツ(怪獣親)みな『虚人』です。世の中『迷惑人』も実に多いです。 [アダルトチルドレンは周囲が期待しているように振る舞います] [アダルトチルドレンは責任を取りすぎます(か全く責任を取らない)] [アダルトチルドレンは自己評価が低く、自信も持てません] [アダルトチルドレンは見捨てられるのが怖くて、断ることが出来ません] [アダルトチルドレンは人を支配しようとするが、愛情と勘違いしています] [アダルトチルドレンは人の言葉や振る舞いから、悪意を読みとろうとします] [アダルトチルドレンは感情を表すのが苦手です] [アダルトチルドレンはうまく遊ぶことができません] [アダルトチルドレンは楽しくないのに楽しいフリをします] [アダルトチルドレンは怒っているのに怒っていないフリをします] [アダルトチルドレンは変化を嫌うので、苦しくてもそこから抜け出そうとしません] [アダルトチルドレンは他人に認めてほしいといつも思っています] [アダルトチルドレンは何かにつけ自分が悪いんのだと思っています(自己処罰)] [アダルトチルドレンは自分が何者でなにをしたいかがわかりません] [アダルトチルドレンは寂しくて、無力感を訴えます] 一般的に良く言われる『生き辛(つら)い』『得体の知れない淋しさにさいなまれる』『抑うつ的になる』のはアダルトチルドレンとはあまり関係ありません。 『生き辛(つら)い』のは単なるエネルギー不足であります。 アダルトチルドレンとは人格未成熟者でありますが、エネルギーに溢(あふ)れたアダルトチルドレンを著名人の場合で見てみます。(みなさんの敬称略します) アダルトチルドレン度『A・C度』の(○)ではアダルトチルドレンではなく、(●)はアダルトチルドレンです。 父親のトラウマ、母親のトラウマ(○)でトラウマ無く、(▲)でトラウマが有り、(●)ならば強いトラウマがあることを現します。 まず、大リーグで活躍中の3人から見ます。 松井秀喜 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) イチロー A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(●) 松坂大輔 A・C度(●) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 女子プロゴルフ選手 上田桃子 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 宮里 藍 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 上原彩子 A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 横峰さくら A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 古閑美保 A・C度(●) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(●) 女子バレー選手 竹下佳江 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 高橋みゆき A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(●) 大山可奈 A・C度(○) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(▲) 大村加奈子 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 河合 由貴 A・C度(●) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(●) フィギュアースケート選手 浅田真央 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 中野友加里 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 安藤美姫 A・C度(●) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 女優 天海祐希 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 松嶋菜々子 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 大竹しのぶ A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 瀬戸朝香 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 浅野温子 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(▲) 石原真理子 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 男優 小栗旬 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 竹中直人 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 宇梶剛士 A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 柳葉敏郎 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 佐藤浩市 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 女性歌手 倖田来未 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 安室奈美恵 A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(●) 小比類巻かほる A・C度(○) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 浜崎あゆみ A・C度(●) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 松田聖子 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 男性歌手 桑田佳祐 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 松山千春 A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(●) 福山雅治 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 長渕 剛 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(▲) 布袋寅泰 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) お笑い界女性 柳原加奈子 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) スザンヌ A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 友近 A・C度(○) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 木下優樹菜 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 青木さやか A・C度(●) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(●) 静ちゃん A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) お笑い界男性 所ジョージ A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 岡村隆史(99) A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 陣内智則 A・C度(○) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 石橋貴明 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 上田晋也 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 太田光 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(▲) 松本人志 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 政治家 小泉純一郎 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 岡田克也 A・C度(○) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 小沢一郎 A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 福田康夫 A・C度(○) 父親のトラウマ(▲) 母親のトラウマ(▲) 麻生太郎 A・C度(●) 父親のトラウマ(○) 母親のトラウマ(○) 安倍晋三 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 田中真紀子 A・C度(●) 父親のトラウマ(●) 母親のトラウマ(●) 以上エネルギッシュなアダルトチルドレンさんたちです。 なんと元気なアダルトチルドレンさんたちでしょう。 養親の強いトラウマを持っている大変元気なアダルトチルドレンがたくさんいます。 トラウマを取るのも大事でしょうが、それよりももっと大事な人格形成を目指してください。トラウマを取っても息苦しさ、生き辛さは解消されません。 トラウマシリーズ最後にお願い『虚人の素』である『支配欲』『権利意識』『被害者意識』『傲慢』が自分の中にないか良く確認して、あれば少しでも減らすことを目指してください。 われわれの子孫が住み良い世の中になるのには、個人の『支配欲』を撲滅しなければなりません。
2008年06月04日
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『虚人』の基準がようやくできたのでそちらを先にアップします。ちょっと熱中してましてトラウマ最終便が延びています。ゆうしんは気まぐれなヤツなのでご容赦下さい。 他人に平気で迷惑をかけて、素知らぬフリをしている人がいますが、他人に迷惑を掛けている度合いを5段階表示するための基準を設け、どれほど人に迷惑を掛けているのかが分かるようにしました。参考にしてください。 男女ともなるべく関わり合いたくないし、近寄りたくない人のため『ヤツ』と呼んでいます。 以下は迷惑人、嫌悪人(けんおじん)と呼びたくなる『イヤな奴』の行為集です。 (1)~(10) 怒鳴(どな)るヤツ (怒りっぽく、攻撃的。怒鳴りちらす。) 脅(おど)すヤツ (威圧的に出る。座り方でも自分を大きく見せる。) 口やかましいヤツ (口での攻撃が酷[ひど]い。) 人を支配しようとするヤツ 人を束縛しようとするヤツ 人の人格を無視するヤツ (自分の卑劣さを自覚していない。) 何かと自分の権利を主張するヤツ (権利も勝手に自分で作ってしまう。) 自己中心(じこちゅう)なヤツ (人への思いやりがない、気を使わない。) 強情(ごうじょう)で、意地っ張り、頑固なヤツ 強烈なエゴ(我)の持ち主 (11)~(20) 自惚れ(うぬぼれ)が強いヤツ 自分の存在を大きく見せたいヤツ 誇大的で要求がましいヤツ (ヤツが頼んだのに、人から頼まれた態度をとる。) 目下に威張 (いば)るヤツ (上にはゴマをする。) 人を見下げるヤツ 人の存在をとことん無視するヤツ 人を侮辱(ぶじょく)するヤツ 責任を人になすり付けるヤツ (自己正当化する。) 人をおとしめ、傷つけるヤツ 他人を罠にはめるヤツ (21)~(30) 人の話、意見を全く聞かないヤツ 途中で話を遮(さえぎ)ってしまうヤツ (人に話させておいて、あえて話を遮る。) 人を怨(うら)むヤツ 人を憎(にく)むヤツ (敵の仲間も自分の敵だと思う。) 人の悪口を言うヤツ (有ること無いこと言いまくる。) 人を妬(ねた)むヤツ (人が自分より少しでも良くなるのを嫌う。) 人の失敗を喜ぶヤツ 人を利用するヤツ (人を操作するのがうまい。) 感情的になるヤツ 気むずかしい偏屈(へんくつ)なヤツ (31)~(40) 意地悪いヤツ 人を虐(いじ)めるヤツ 無茶苦茶するヤツ (衝動的で何をするか分からない。) 酷(ひど)いヤツ (することに情け容赦はない。) 悪(あく)どいヤツ (常識がない) 嫌味(いやみ)なヤツ (悪意を持っている。) 質(たち)が悪いヤツ (人格が低く、性格が悪い。) 捻(ひね)くれているヤツ 悔(くや)しがるヤツ 執念深いヤツ (昔のことを引っ張り出してきて文句を言う。) (41)~(50) 嫉妬深いヤツ (すぐにヤキモチを焼く。) 疑い深いヤツ (徹底して疑う。人を全く信用しない。) 諄(くど)いヤツ (いつまでもねちねちとして終わりがない。) 嘘(うそ)つきなヤツ (見え見えの嘘を平気でつく。) 誠意が分からないヤツ (人の親切は当たり前のように思っている。) 無神経なヤツ (人の心を平気でもてあそぶ。) 人の神経を逆なでするヤツ (土足で踏み込んで来て、かき回す。) 感謝しないヤツ (人からの自分への親切は当然だと思っている。) 恥(はじ)知らずなヤツ (良心、親切、罪悪感という言葉を知らない。) 拗(す)ねるヤツ (人の気をうまく引く。) (51)~(61) ガキっぽいヤツ 不平不満を言う愚痴ッポイヤツ (所かまわず人の悪口を言っている。) 回りの全員から嫌われているヤツ (しかし、人から好かれていると思っている。) その場を仕切りたがるヤツ 場の空気を読まないヤツ (読めないのではなく読まない。) ケチなヤツ (持っているのに自分の物は使わない。) 人の価値を物質、金で判断するヤツ (金持ちは偉い) 何でも反対するヤツ (良いと思っていることでも反対する。) 人生は勝負だ、勝ち負けの世界だと思っているヤツ。 交際は常に自分より上の立場、地位の人を望んでいるヤツ。 心理操作し、悪意を持って他人をコントロールしようとするヤツ。 全60項目の内 (1)75%(45項目)該当するものがあれば『大虚人』とします。 (2)60%(36項目)該当するものがあれば『虚人』とします。 (3)45%(27項目)該当するものがあれば『ミニ虚人』とします。 (4)30%(18項目)該当するものがあれば『プチ虚人』とします。 (5)20%(12項目)該当するものがあれば『迷惑人』です。 以上『イヤな奴』の五段階表示です。 ※注意 他人のを判定する前にまず自分のを行ってください。Yes or Noの判断は冷静に行ってください。『イヤな奴』を思い出すとムカつくので、悪意を持って判断しないでください。 また回りの『虚人』と思われる人を調べ始めて頭が痛くなってきたら、その『虚人』に延髄を犯されていますので、直ちに調査を中止してください。 誰もが5~6個は該当するところがありますので、ご安心を。 『迷惑人』は家庭や職場では迷惑がられているかも知れません。あなたが『迷惑人』に該当しても安心してください。恐れてだれもそのことをあなたに言いません。 誰かに『私って人に迷惑かけてるの?』と聴いても、『そんなことないよ』という返事しか帰ってこないので、人に聴いても本当のことは分からないから、自分でこっそり判断してください。 『虚人』は上の行為集を見ても「自分のことではない」「自分には関係無いこと」と思っています。少しも該当する項が無いと思われる方は、あるいは『虚人』かも知れません。 その場合はゆうしんまでお問い合わせ下さい。判定致します。 『大虚人』から『ミニ虚人』までは『虚害霊』をばらまく可能性があるので、『危険人物』のレッテルを張りましょう。近寄るとえらい目に遭います。 『迷惑人』と『四虚人』の違いは害毒の強さです。同じ悔しい思いでも、思念の強さが違います。『虚人』の虚(負)の思念が『虚害霊』となって延髄に取り憑き脳のエネルギーを下げます。 『迷惑人』はまわりのひとから鬱陶(うっとう)しいと思われているだけで実害は少ないです。『虚害霊』は出しません。 トイレ、台所に『感謝』などの標語の張り紙があると思いますが、(1)~(60)項目をかわりに張っておいてください。 よく見て『イヤな奴』にならないように『迷惑人』にならないよう心がけてください。
2008年06月02日
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