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ターシャ・テューダーさんは53才から心が大きくなり、心が強くなったのは56才からです。 一般には五感のうちどれか一つのエネルギーが強くなっています。 マルチ人間のたけしさんは、五感のうち視覚のエネルギーが強く視覚型の人なので、映画に才能を発揮します。 ミュージシャンは聴覚のエネルギーが強く聴覚型の人です。料理好きの人は味覚のエネルギーが強い人が多いです。 匂いに感心がある人は嗅覚型ですが、アロマ関係の人に多いです。触覚型はあみものなど手芸に興味を引かれる人が多いのですが、足つぼをしている人で、触覚型の人を知っていますが、悪いところが触るだけで分かるようです。 私も触覚のエネルギーは強いですが、身体の悪いところに触れると「ドクンドクン」と指先に脈動の反応が返ってきてわかります。 さてターシャ・テューダーさんは五感の感覚器のうち視覚のエネルギー、嗅覚のエネルギー、味覚のエネルギー、触覚エネルギーが強いという世にも希な人です。(聴覚のエネルギーは人並みです。) おまけに超感覚的知覚、いわゆる第六感のエネルギーまで強く、まさに感覚世界のスーパーウーマンです。 多くのかたを調べてみましたがターシャ・テューダーさんのような五感のなかで四感覚のエネルギーが強いという人はいなかったです。 ヘレンケラーさんが味覚と触覚のエネルギーが強いくらいです。 水泳の北島選手は嗅覚型人間、女子マラソンで先ほど引退された高橋選手は味覚型人間、柔道金メダリスト石井慧選手は触覚型人間、女子柔道の谷本選手は聴覚型人間、大リーガーのイチロー選手、松井秀喜選手は視覚型人間ですが、皆さんの超感覚的知覚・第六感のエネルギーは強いです。 なを、中断していますが、篤姫は味覚型人間です。しかし第六感は弱いです。 ターシャ・テューダーさん、どうしてこのような人がいたのか人間って不思議ですね。 また多方面での才能を発揮されているか方、ご存じでしたら教えて下さい。
2008年10月29日
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ターシャ・テューダー(Tasha Tudor、1915年8月28日 - 2008年6月18日)はアメリカ・マサチューセッツ州ボストンの名家に生まれました。著名な絵本画家・挿絵画家・園芸家(ガーデナー)・人形作家です。 1830年代のニューイングランド式庭園を受け継いだ三十万坪に及ぶ庭を彼女自身「この世の楽園」と呼び、夜明けとともに起き、最愛のコーギ犬や他の動物たちの世話をし、一日の大半を草花の手入れに費やし、またきちんとした食事をつくり、絵を描き、機(はた)を織り、ドレスやぬいぐるみを縫い、身体を動かせることを喜びながら、人としてあまりにもまともな生活を穏やかに続けました。 それでいて、人嫌いで山にこもっているのでもなく、都会の生活に反発して自然派志向になっているのではないのが、実に彼女の魅力的なところです。 スローライフな生活を営めるのは、彼女の心がつよく、心が大きいからできたことなのです。スローライフは心の余裕です。 喜びは作り出すもの 「3,4歳の頃、花を育て、花と暮らすことが生涯の楽しみになるだろうって思ってたの」 楽しみは作り出せるものよ 「歳を重ねるほど、自由になれるわ。奔放に這いまわるツル植物みたいにね。」 思うとおりに歩めばいいのよ。 「自信のない子供だったのに、こんなに大胆不敵な87歳になってしまったわ。」 今が一番いいい時よ 「89歳になった今も、いくつも計画があるの。バラの専門家になることは、そのひとつよ。」 生きていることを楽しんで 「私はいくつに見られようと平気よ。今の自分にできることをすれば、91歳でも堂々と生きられるわ。」 心が強く、大きい人が実感した言葉です。 2008年6月18日に自宅で家族、友人に囲まれて逝去、92歳。
2008年10月27日
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篤姫の母親お幸は心の大きさ(2)の『子供っぽいオトナ』です。幼児性が垣間見られます。 篤姫が5才ころには母親から愚痴を聞かされていたと思います。夫には従順なお幸ですが、我慢することが多く、娘(篤姫)にストレスを発散します。お幸はすでに『虚人』なので抑圧は少なく、全て我慢しています。 篤姫は母より心の器が大きいので、「母の言い分は間違っている」と理解できます。 母・お幸は自己中心なので、娘が自分の味方をしないと機嫌が悪くなり、「あなたは冷たい人ね」と責めます。 篤姫は終生「わたしは冷たい人」との思いを抱いて生きていきます。母からの教えです。 母・お幸は他人に対する不満を娘に言わせます。 利発な篤姫は母の言動に矛盾を感じ、また母の器量の小ささを自覚しつつ母への怒り恨みと共に抑圧します。抑えていることを意識しないのが抑圧なので、母に従う従順な子供になります。 しかし、生来の闘争心が芽生えて来て、母親に反発するようになるのが7~8才ころです。母親の無様な姿を見ているので、復讐心が起こり、かくして篤姫は『虚人』化していきます。 篤姫はいつも母の愚痴を聞いてきたので、胃、肝臓、心臓が悪かったです。 母・お幸は復讐心が強く、口から出る言葉は怒気を含み、『虚害霊』となって相手に取り憑きます。 『虚害霊』が肝臓に憑けばムカムカしますが、怒りです。『虚害霊』は胃にも取り憑き胃を荒らします。 親に限らず人の愚痴を聞けば、肝臓に相手の怒りが入り、自分もムカつきます。 胃に入れば胃がムカムカして気分が悪くなります。最後に脳を冒し、ユウウツになります。 篤姫『虚人』度の詳細 カッコ内は1才、5才、10才、15才の時の数値です。 1 権勢欲 [権力を求める] [1][1][3][3] 2 名誉欲 [名誉を求める] [1][1][3][3] 3 獲得欲 [財物を求める欲求] [1][3][3][3] 4 保存欲 [財物を収集する欲求] [1][3][3][3] 5 保身欲 [自分を守る] [1][3][3][3] 6 利己主義 [自分だけ儲ける] [1][1][3][3] 7 支配意識 [支配する] [1][3][3][3] 8 限界意識 [自己中心] [3][3][3][3] 9 独善主義 [自分だけが正しい] [1][3][3][3] 10 責任回避主義 [責任を取らない] [5][5][5][5] 11 傲慢意識 [おごり高ぶる] [1][1][3][3] 12 優越意識 [自意識過剰] [1][3][3][3] 13 憤怒意識 [いかりが強い] [1][3][3][3] 14 闘争心 [相手(人)に勝ちたい] [1][3][3][3] 15 攻撃心 [相手(人)を倒したい] [1][1][1][3] 16 復讐心 [しかえし、仇を返す] [1][1][1][3] 17 承認欲求 [認めてほしい] [3][3][3][3] 18 権謀術数 [人を操(あやつ)る] [1][1][1][1] 19 遵法意識[法律を守る気持ち] [1][3][1][1] 20 善意識 [良心の呵責] [1][3][1][1] 篤姫は13~15才ころには『虚人』になってました。『虚人』の母親に対抗するには自分が母を越える『虚人』になるより以外方法が無かったのです。 心の器の小さい人(2)を再掲しますが、心の大きさは心の一部分であり、彼らの才能、能力を否定するのではありません。(敬称略します) (タレント女性)飯島愛、大竹しのぶ、石原真理子、二谷友里恵 、藤谷美和子、葉月里緒菜、高橋惠子、沢尻エリカ、山本レナ、神田うの、梅宮アンナ、泰葉、高木美保、 (タレント男性)島田紳助、松本人志、羽賀研二、田代まさし、加勢大周、柳楽優弥、清水健太郎、カルーセル麻紀、いしだ壱成、翔(横浜銀蝿)、高橋祐也(三田佳子息子)、萩原健一 (ミュージシャン)郷ひろみ、田原俊彦、玉置浩二、槙原敬之、布袋寅泰、小室哲哉、美川憲一、森進一、国生さゆり、カルメンマキ、華原朋美、マイケルジャクソン、 (著名人)細木数子、デヴィ夫人、角川春樹、植草一秀教授(早大ミラーマン)、中島らも、中村うさぎ (政治家)杉村太蔵、石原伸晃、鳩山邦夫総務相、太田誠一前法相、中山成彬前国土交通相、山崎拓、柳沢伯夫元厚生労働相「子供を生む機械」、久間章夫元防衛相、赤城徳彦(絆創膏王子)、松浪健四郎(ちょんまげ大臣)、佐藤ゆかり、姫井ゆり子、田中康夫(日本新党) (大相撲)朝青龍、北の湖親方、間垣親方、高砂親方(朝青龍の親方)、二子山親方、貴乃花、千代大海 (プロ野球)星野仙一、新庄剛士、清原和博、イチロー、上原浩治(巨人) イチローは以外に思われるでしょうが、心が強い(5)です。 (その他)エンセン井上、前田日明、秋山成勲、アントニオ猪木、ボクシング亀田パパと息子たち3人、辰吉丈一郎、ジャンボ尾崎(ゴルフ)、中田英寿(サッカー)
2008年10月22日
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篤姫の心のクオリア(質感)と感情の数値を挙げましたが[胎内][誕生時][満5才][10才]の順です。 (1)強健性(脆弱性)[5][3][3][1] 強くて、粘りがある、しなやかで強い (2)楽観的(諦念的)[5][3][3][3] すべての物事を好都合に考える、明るく希望的な未来 (3)慈悲性(無慈悲)[5][5][3][3] 思いやりがある、あたたかい人柄 (4)優愛性(粗野性)[5][4][3][3] 優しく、しとやかなこと (5)穏和性(横暴性)[5][3][3][3] 穏やかで事を荒立てない (6)集注性(散漫性)[5][3][3][3] 締まりがある、精神をひとところに集めそそぐ (7)柔軟性(堅硬性)[5][3][3][3] しなやかで、たわみやすい (8)開放性(閉鎖性)[5][3][3][3] ものごとを隠さず、開けひろげにする (9)素直性(歪曲性)[5][3][3][3] 飾り気がなく、ありのまま、率直 (10)器量大(器量小)[1][1][3][3] 人間性の大きさで、心が広い (11)独立性(依存性)[1][1][3][3] 独り立ちして、他から束縛・支配されていない (12)寛容性(狭量性)[1][1][1][1] 寛大でよく人を認めて受け入れること (13)利他性(利己性)[1][1][1][1] 自分を犠牲にして他人に利益をあたえること、他人の幸福を願う (14)繊細性(無神経)[1][3][3][3] か細く優美、デリケート (15)謙虚性(傲慢性)[1][3][3][3] 控えめですなお、謙遜 (16)質素性(贅沢性)[1][1][1][1] 倹約なこと、奢(おご)らずつつましい (17)支配意識[×][×][3][3] 自分の意思、命令で人の思考・行為を束縛する (18)責任回避[×][×][3][3] 責任を取らない、責任を人に押しつける (19)闘争心[1][3][3][3] 人と闘い争う姿勢でいる (20)向上心[1][1][1][3] 上へ向かって進む心意気 心の強さが胎内で5ヶ月のときに[5]であったのが誕生時には[3]になっています。 胎児はわずか数センチの厚さで隔たっている現実界の出来事を、胎内で母親と一緒に体験しています。心の強さのレベルが[5]から[3]に下がったのは、母子共に恐怖体験したからです。恐怖の内容は分かりませんが、父親の暴力や、怒声を浴びるなどがあります。 篤姫の父親は子供っぽいところがありますが、暴力的ではありません。しかし君臨していて一族を支配しているので篤姫の母親は叱責を受けていたと思われます。 篤姫の心の大きさ(器量)は2才で[3]になっています。非常に大人びた利発な子供でありました。 一方で母親の心の大きさ(器量)は終生[2]のままで幼児性の抜けきらない人でした。 ここに精神性の逆転があります。つまり3才の幼児が母親よりも「オトナ」で、子供を育てている母親の方が「幼い」とうことになります。 幼い精神年齢の低い親が子供を「叱る」ときに取る態度は4つあります。 (1)論理的な事がわからず、理解力もないので暴力で支配する。感情に任せて殴る。 (2)すねる。どのように話していいかが分からないので、機嫌悪い素振りで相手を支配する。または無視して相手を困らせてしまう。 (3)泣きわめき、ヒステリーを起こして相手を惑わせて支配する。 (4)以上の混合で、泣きわめき、殴りつける。 篤姫の母親「お幸」はいずれかの方法でわが子を支配していきます。幼い親の取る方法はこれしかありません。 幼児性を帯びたオトナの一番の特徴は『愚痴っぽい』ことです。 母親お幸は小さいわが子(篤姫)にさえ愚痴をいっていたと思われます。お幸は抑圧が強く闘争心、復讐心が強いので、言葉に怒気を含んでいます。 愚痴は人の悪口なので、悪口の当人に直接恨みをぶつけるつもりで愚痴っているので、愚痴を聞く人は、『虚害霊』を受けることになります。 幼児性のある人で闘争心の強い人が愚痴るとその言葉は『虚害霊』となって愚痴を聞く人の延髄に取り憑きます。 世の中の多くの母親が子供に愚痴を言っていますが、『愚痴』は『虚害霊』と思っていただいて間違いありません。親の愚痴を聞くと気分が悪くなるのは、『虚害霊』を受けるからです。 例えば、母親が自分の夫の愚痴を娘に聞かすばあい、娘を仮想夫として話すので、夫への不満が『虚害霊』となって娘に突き刺さります。 「親だからしょうがないので愚痴をきいてあげようか」と無理に親の愚痴を聞くのは良くないことです。『虚害霊』が延髄に憑くので、脳を冒します。親の愚痴をいつも聞かされている人は、うつ病になりますよ。 また子供をつかまえて『愚痴』をいうのもどうかと思います。友達に「ちょっと聞いて聞いて」と愚痴を言う人、もしそのような人がいたら、あなたの精神年齢は間違いなく低いです。 「私は子供なのか」と自問することは大事なことです。成長の始まりです。 人のフリを見て「あの人子供っぽい人」と思う人も、一度自分の普段の態度を顧みて下さい。あなたは大丈夫ですね。 人のことを無視しようとしませんか 泣いて抗議しませんか 拗(す)ねて人を困らせませんか 篤姫の母親お幸は『オトナっぽい子供』に手を焼きながらも支配の手はゆるめません。 篤姫3才のときに母お幸は怒りを発し、支配の『虚害霊』を出します。篤姫の延髄に『虚害霊』が憑いたのはこのときです。以後、母親に従順なよい子として育っていきます。 よい子の代償として6才のときに心の強さが(1)と弱くなります。 親の顔色をうかがい、他人の視線も気になります。何か分らないけれどビクビクしています。いわゆる小心者になりました。
2008年10月20日
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篤姫・天璋院(てんしょういん・実名は篤子)(1836年2月5日生れ)・・・『ミニ虚人』です。 薩摩藩当主で従兄の島津斉彬(なりあきら)の養女になり将軍家へ嫁入る。(1856年11月) 「子のことが知りたければ親を見よ」ということで、篤姫の親のリーディングを先にします。 実父は薩摩藩主島津家の一門・今和泉領主・島津忠剛(ただたけ)・・・『迷惑人』。 実母は島津久丙(ひさあき)の娘・お幸(ゆき)・・・『虚人』です。 両親の心のクオリア(質感)と感情の数値ですが、最初が父親で二番目が母親です。最後は養父の島津斉彬の数値です。(説明文は数値が5の場合) (1)強健性(脆弱性)[3][1][4] 強くて、粘りがある、しなやかで強い (2)慈悲性(無慈悲)[1][1][5] 思いやりがある、あたたかい人柄 (3)優愛性(粗野性)[2][1][4] 優しく、しとやかなこと (4)穏和性(横暴性)[3][3][3] 穏やかで事を荒立てない (5)器量大(器量小)[3][2][4] 人間性の大きさを見る、心が広い (6)寛容性(狭量性)[2][3][3] 寛大でよく人を認めて受け入れること (7)利他性(利己性)[2][1][3] 自分を犠牲にして他人に利益をあたえること、他人の幸福を願う (8)謙虚性(傲慢性)[3][2][3] 控えめですなお、謙遜 (9)質素性(贅沢性)[2][1][4] 倹約なこと、奢(おご)らずつつましい (10)支配意識[3][3][1] 自分の意思、命令で人の思考・行為を束縛する (11)責任回避[5][4][2] 責任を取らない、責任を人に押しつける (12)闘争心[3][2][1] 人と闘い争う姿勢でいる (13)抑圧度[1][4][1] 数値が高いほど抑圧が強い 父親の数値から判断してみると、心の強さは(3)で比較的落ち着いていました。細かいことを、あまり苦にしませんが、心はやや不安定です。 慈悲性(1)優愛性(2)は思いやりも、優しさにも乏しい人です。 性格は穏やかではなく、普段の話しぶりもキツイところが見受けられます。器量(3)はオトナとしての常識があり、子供っぽいところはあまり見えないですが、視野は広くはありません。 寛容さはみられません。寛容性(2)は人を許せない、認めることができないレベルの人です。 利他性も低く、利己的な人です。謙虚さもありません。質素性(2)は贅沢三昧の人で、倹約とは縁遠い人のようです。 人を支配し、責任は人に押しつける人です。闘争心は強く、抑圧は全くありません。我慢しなくても良い立場にいたのでしょう。 篤姫の父親が持っている自分の両親に対するトラウマはともに少なくて、親への怒りの感情を抑えていません。ただし、疎外性のアレルギーがあるのは、両親から離されて育てられたのかと思われます。 現代の夫は妻にトラウマを感じていますが、篤姫の父親は妻お幸に全くトラウマを感じていないので、総じて見れば、亭主関白を完璧に実行した人のようです。妻を完全に支配しています。暖かさや思いやりに欠ける人なので、妻を「もの」扱いしたかも知れません。 一方篤姫の母親は、心弱く(1)、思いやりも、優しさもレベルが低くなっています。 事を荒立てることはしない人ですが、心の大きさ、人としての器量(2)で小さく、幼児性がみられるから、夫以外の人にはわがままを通したと思います。 他人を認めず、自己中心で、傲慢で、人を支配しますが、責任は取りません。贅沢な暮らしをしていたのでしょうが、抑圧が非常に強かった人なので、身体の状態は悪かったと思います。『虚人』に成らざるを得ない環境でした。 幼児性性格者の特徴は闘争心よりも、強い敵愾心を持っています。他人への対抗心を心のよりどころとして頑張ります。 篤姫の母親の両親へのトラウマは強く、怒り、恨みなど抱いていますが、押さえ込んでいます。しかし、疎外性のアレルギーはないので、両親のもとで育ったと思われます。 『虚人』は外面がいいので、君主島津斉彬の面前では、賢夫人を装っています。 薩摩藩当主で養父となった島津斉彬は心強く、器量も大きいので、激動の幕末をリードすることができました。 あまたの人材が薩摩藩から輩出したのには、藩主・島津斉彬の人間性によるところ大です。器量の大きい人は、人物を評価するに当たり、家禄や地位よりも人物本位で人そのものを見るから、適材適所に人材登用できます。 篤姫の両親と、養父は以上のような人ですが、篤姫の人生にどのように関わっていくのか、影響力はどうなのかを見ていきます。
2008年10月17日
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あらゆる生物はたった一個の細胞から発生します。人は両親に縁があって受精卵を戴いて心を乗せ、母親のお腹で限りなく分裂を繰り返して人間として成長してこの世に生まれ出ました。 未成熟と思われがちな赤子ですが、受胎後5ヶ月にして、心は人としての原型をなしています。 すでに完成された心は強くて、思いやりがあり、優しく、穏やかで事を荒立てず、気が長くて、開放的です。 胎児は、このような心意気をしています。しかし脆(もろ)くて壊れやすいのが玉に傷といえます。 一方で世の中に出て磨いていかなければならない部分もたくさんあります。 未熟なので、器は小さく、心は狭いです。一生かけて人としての器を磨いていくのが皆に果たされた使命です。そのために心は強く、思いやりがあり、優しくできています。 子は親の性質を受け継ぐと言われています。 DNAに先祖、親の姿・形などの遺伝情報は書き込まれているでしょうが、人間としての資質には原型があり、人が育っていく環境によって資質が変化していくのであり、親の資質を受け継ぐということは無いと思います。 親の育て方によって子供の性格が作られるのではなくて、子供が元々持っている良いところ、「赤子の心は強くて、思いやりがあり、優しく、穏やかで事を荒立てず、気が長くて、開放的」が抑えられずに行けば強い心の子に育っています。 また未熟なところ「赤子の心は未熟なので、器は小さく、心は狭く、欲深い。また不真面目で荒っぽく、無責任で、傲慢で心の中身はからっぽです。」は成長を助ければ器は小さくなくて、欲も適当な傲慢ではない子供に育っていきます。 現状は、親の都合の良い子に育っている人が非常に多いです。 心弱くて少しのことに動揺し、人の顔色をうかがいながらそれでいて心を閉ざしています。また人としての器も小さく、弱い立場の人には傲慢です。 親に対して思いやりを持って、優しく、穏やかな子になるように、そして真面目で親のことはよく聞き、責任は取るような子供に育つように親が支配します。 子供は、外面はいいが、内面は気が短く、人を認めないで、人を支配したがる親によく似た性格の人間に成長していきますが、親の遺伝子を受け継いだのではなくて、未熟な人の特徴です。 人間本来の心の良いところを抑え、心を成長させるべきところをそのまま増長させた結果が、おとなしく、人の言うことを何でもよく聞いい人です。しかし、抑圧も強くなっています。 これらの人が、大きくなって「このままではいけない」と性格の改造に取りかかります。 ○○セミナーを受講し、アダルトチルドレンのワークに参加したりして脱皮を謀りますが、小さいときに親から心を折られて弱くなっているのでなかなかうまくいきません。 エネルギーワークで人を癒すことを覚えても、本人が抑圧的なので、エネルギーの質が悪く、自分も、人も癒されていないのが分かりません。 心が弱いとエネルギーは抑圧的なエネルギーしか出ません。エネルギーの善し悪しは、エネルギーを使う人の心の状態に左右されます。心が強く、器が小さくなければ、エネルギーは強く、心が弱ければエネルギーは悪いと断言できます。 その前に、心の器の大小について有名人を参考に挙げておきます。器量大が良くて、器量の小さいのが悪いのでは無いことを明言しておきます。 有名人であることは、芸能力が優れているからです。それぞれ一芸に秀でている方なので、器は関係ないです。 但し人間の器が小さいと本人はともかく周りの人が迷惑することはあるかもしれません。 [ 器量(1)は生後まもなく2才くらいまでの器なので、実際的ではなく、まれに認知症で(1)になる人はいます] 敬称は略します。 心の器の小さい人(2) 細木数子、デヴィ夫人、飯島愛、華原朋美、泰葉、高木美保、島田紳助、松本人志、布袋寅泰(芸能界) 杉村太蔵、鳩山邦夫総務相、太田誠一前法相、中山成彬前国土交通相、山崎拓、佐藤ゆかり(政治家) 朝青龍、北の湖親方、高砂親方(朝青龍の親方)、貴乃花、千代大海(大相撲) 中田英寿(サッカー) 清原和博、イチロー、新庄剛士(プロ野球)アントニオ猪木、大仁田厚(プロレス)などまだ多数います。 心の器の大きい人(5) 大前研一、井沢元彦、櫻井よしこ、金 美齢、中山恭子(政治家で前国交相中山成彬夫人) 王貞治、松井秀喜(プロ野球) 山下泰裕、井上康生(柔道家)など 大多数の人が心の大きさ(3)です。 麻生首相、小沢民主党党首、小泉元総理、みのもんた、和田アキ子、北野たけし、さんま、アホの坂田さんら。 前置きとは名ばかり、余分なことばかりでしたが、胎児が親の影響を受けてどのように変化していくのかを、篤姫・天璋院(てんしょういん)を再鑑定してみます。
2008年10月16日
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心は生物的進化と社会的進化の産物で、心は身体を起源としていて、まず身体があって脳が生まれ、脳が発達して言語が生まれ、そして人間は心を持ったと言うのが一般的な説ですが違います。 人間の始めには魂としての心があります。受胎して以後、脳と身体の成長にともない5ヶ月目にはすでに心としての原型が出来ています。心のクオリア(質感)と感情は5ヶ月目には完成されています。 以下の表は、受胎後5ヶ月目の心のクオリアと感情のエネルギー一覧で、数値[5]がエネルギー強く[1]は弱いことを表しています。 (1)健康性(不健康)[5] 悪いところが無く、健やかで丈夫 (2)強健性(脆弱性)[5] 強くて、粘りがある、しなやかで強い (3)楽観的(諦念的)[5] すべての物事を好都合に考える、明るく希望的な未来 (4)慈悲性(無慈悲)[5] 思いやりがある、あたたかい人柄 (5)優愛性(粗野性)[5] 優しく、しとやかなこと (6)穏和性(横暴性)[5] 穏やかで事を荒立てない (7)堅実性(放漫性)[5] しっかりして危なげない、手堅い (8)集注性(散漫性)[5] 締まりがある、精神をひとところに集めそそぐ (9)柔軟性(堅硬性)[5] しなやかで、たわみやすい (10)悠長性(性急性)[5] ゆったりと構えて気の長いこと、のんびりして急がない (11)明晰性(暗愚性)[5] あきらかで、はっきりしていること (12)開放性(閉鎖性)[5] ものごとを隠さず、開けひろげにする (13)軽快性(慎重性)[5] 身軽で素早い、こころよく軽やか (14)素直性(歪曲性)[5] 飾り気がなく、ありのまま、率直 (15)安定性(不安定)[5] ものごとが落ち着いて、激しい変化のないこと (16)器量大(器量小)[1] 人間性の大きさで、心が広い (17)独立性(依存性)[1] 独り立ちして、他から束縛・支配されていない (18)寛容性(狭量性)[1] 寛大でよく人を認めて受け入れること (19)利他性(利己性)[1] 自分を犠牲にして他人に利益をあたえること、他人の幸福を願う (20)恬淡性(貪欲性)[1] 心安らかで無欲なこと、あっさりしていて物事に執着しない(てんたんせい) (21)誠実性(不実性)[1] 他人や仕事に対して真面目で真心がこもっている (22)丁寧性(粗雑性)[1] 注意深く心が行き届いている、手厚く礼儀正しい (23)繊細性(無神経)[1] か細く優美、デリケート (24)責任感(無責任)[1] 人が引き受けて、なすべき任務 (25)謙虚性(傲慢性)[1] 控えめですなお、謙遜 (26)大胆性(臆病性)[1] ものごとを恐れないで思い切ったこともできる (27)質素性(贅沢性)[1] 倹約なこと、奢(おご)らずつつましい (28)荘重性(軽薄性)[1] おごそかで重々しい (29)充実感(空虚感)[1] 中身が一杯、内容が充ちて豊富 (30)安心感(不安感)[1] 心配・不安がなくて心がやすらか (A)自尊心 [5] (B)向上心 [5] (C)平常心 [1] (D)克己心 [1] (E)不動心 [1] (F)集中心 [1] (G)闘争心 [1] 受胎後5ヶ月目の心の状態解説 お腹の中にいますが、胎児の心は強くて粘りがあります。今を楽観視し、思いやりがあって、優しく、しとやかで 、しかも穏やかで、事を荒立てたりはしません。 胎児の心はしっかりしていて危なげなく、締まりがあります。またしなやかで、ゆったりと構えていて気は長く、はっきりしています。 胎児はものごとを隠さず、身軽で素早く、飾り気がなくありのままで率直です。 しかし反面、まだ世間に出ていないので、人間としての器は小さく、心は狭いです。 母胎の中なので、独り立ちしておらず、母親に束縛・支配されています。 世間知らずのため、寛容とはなにか分からず、人を認めて受け入れることがどういうことかは分かっていません。 自分のことしか考えていないし、まして他人という認識もありません。本能しかありませんので、欲深い心になっています。 真面目(まじめ)とはなになのかが分かっていないため、不真面目で荒っぽく、無責任です。 この世の中(母のお腹)には自分一人しかいないので、傲慢ですが、未知の世界にいるので、臆病になっています。また欲深いので贅沢三昧しています。軽い性格で、心の中身はからっぽ、心配で不安感いっぱいのぼくちゃんですが、実際はなにもわかっていません。 だけど自尊心高く、向上心あって世に出た時の備えはありますが、自分に勝つ(克己)ということもわからないし、心は散漫ですが、闘うということは知りません。 表のなかの(1)から(15)までは心の質感でエネルギーが強くなっています。 (2)強靱性(脆弱性)の場合数値が[5]のとき強靱性を表しエネルギー強く、数値が[1]ならばエネルギー最弱で脆弱性を表します。 エネルギーの数値は飛び数で5、4、3、2、1です。 同じ表で(16)から(30)までは数値が[1]となっていますが、エネルギー最弱のため、カッコ内を意味します。(21)誠実性(不実性)[1]だから、不実性で誠実ではないことを意味します。 受胎後5ヶ月目からめでたく誕生するまでにはまだまだ試練が待っていて、このままの状態で誕生できるとは限りません。 難敵の父親がいるからですが、その時の危機については次回以降述べます。
2008年10月14日
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「希死念慮(きしねんりょ)」とは、死にたいと願うことです。ただし、自殺願望と違うのは、客観的に理解できない理由で死にたいと思うことです。ただ死にたいとか、死という言葉が、頭に浮かんで離れないとか、漠然と死にたいと思う状態のときにこの言葉を使います。 三浦さんに希死念慮が出たのは死の3日前のことです。しかし、自殺企図(自殺願望)は全くありませんでした。 クオリアとは、心を見つめることよって知られうる意識の現象的側面(現象的意識)で、わかりやすく言えば心の質感のことです。心の質感は強弱、大小、柔軟性、解放性、温感、恒常性(平常心)などがあります。 三浦さんの心の状態は 心の強さはレベル(1)で、気は小さい人です。 心の大きさはレベル(3)で、心が大きくはないですが、小児性はあまり見られません。 心の柔軟性のレベル(3)で柔軟性に少し欠け、硬いところが見えます。頑固で融通性が利かないし、ユーモアを理解しません。洒落(シャレ)が通じにくい人です。 心の開放性のレベル(1)で心を硬く閉ざしています。人に心を許さない人です。 心の温感レベル(1)で心の冷たい人です。 心の温感は心の暖かさ加減を見、レベル(5)であれば思いやりのある人、(3)ならば温かい人。(1)では冷たい人です。[ なお、温感などクオリアはあくまでも心の質感であり、良・悪はありません。暖かいのがよく、冷たいのが悪いのではありませんので、為念。] 三浦さんの『虚人』度を見てみます。 1 権勢欲 [権力を求める] (1) 権力への欲はありません。 2 名誉欲 [名誉を求める] (5) 名前が世に知れ渡ることへの強い欲求があります。 3 獲得欲 [財物を求める欲求](5) 物質(金銭)を得ようとする意欲が強いです。 4 保存欲 [財物を収集する欲求](3) お金をため込むだけではなく、適当に使います。 5 保身欲 [自分を守る] (5) 自己保身の強い人です。 6 利己主義 [自分だけ儲ける] (3) 独占欲は強いというほどではありません。 7 支配意識 [支配する] (5) 人を強く支配します。 8 限界意識 [自己中] (3) 自己中心の思いが強いです。自分と他人の境が無く、人は自分と同じように考えていると思っています。(幼児性思考です) 9 独善主義 [自分だけが正しい] (4) 自分の考え以外は間違っているとの思いが強いです。 10 責任回避主義 [責任を取らない] (5) 全て他人が悪いという考えで、自分には責任がないと思っています。 11 被害者意識 [他人が悪い] (4) 被害者意識が強い。 12 傲慢意識 [おごり高ぶる] (4) 自己愛が低いので、人を見下げて自分の地位を高めています。 13 優越意識 [自意識過剰] (3) 自分は偉いはずだと思いこまずにはいられない自己意識の低さがあります。 14 憤怒意識 [いかりが強い] (3) 親への怒りを押さえ込んでいるので、怒りやすい人になっています。 15 闘争心 [相手(人)に勝ちたい] (4) 強い闘争心があります。 16 攻撃心 [相手(人)を倒したい] (3) 人を攻撃したがります。 17 承認欲求 [認めてほしい] (5) 人から認めてほしいという欲求が強いです。 18 権謀術数 [人を操(あやつ)る] (3) あの手この手を使い、人を操ろうとします。 19 遵法意識[法律を守る気持ち](3) 法律の網の目を潜(くぐ)るのが上手です。 20 善意識 [良心の呵責] (1) 自分が正しいので、「相手に悪いことをした」という意識は持ち合わせていないです。 以上に示すように、三浦さんは『虚人』です。『虚人』とは 自己中心的な人で、感謝しない人です。他人から見て、その人に非があると分かっていることでも、その人は何事も人のセイにして、責任を人に押しつけます。人を見下し、あらゆる手段を使い人を支配しようとします。 三浦さんの自己愛レベル(2)と非常に低く、自分自身の価値基準をまわりの人に求めるようになります。 まわりの人が価値あると認めるようなものが、自分にとっても価値あるものとの思いから、まわりの人の尊敬や賞賛を得るような自分自身になることが、一番大切だと感じるようになります。これを『虚のプライド』といいます。 三浦さんの親に対するトラウマは父親に対してのが強く、母親のトラウマは弱いです。トラウマの原因となる父親へのアレルギーの内容は、恐怖性、憤怒性、怨恨性、屈辱感、被支配性、軽蔑性、が特に強くなっていて、幼児期に父親から酷い仕打ちを被ったと思われます。 世の男性から屈辱的な事を受けると怒り狂います。 自分は人を支配しますが、人からの支配は断固拒否します。 人に対し自分より劣ると思えば軽蔑的な態度をとりますが、自分よりも優れていると感じる人には恐怖を覚えます。だからそれらの人には異常なくらい攻撃を加えることがあります。 父親を巨大視していないし、父親への親孝行性も、尊敬性もなく、むしろ嫌いで忌避しています。 しかし、母親へは屈辱性と親孝行性のアレルギーがあるだけで、怒りも、恨みも軽蔑性もないので、女性に対しては怒りも出さず、優しく扱います。女性への軽蔑心は小さいと思われます。 但し、屈辱性のアレルギーがあるので、女性から屈辱的な扱いを受けたならば、誰であろうと絶対に赦しません、たとえ冗談であろうとも。 『虚人』には自制心がありません。自分が悪いという意識は無いので、抑圧するのみです。我慢に我慢を重ねて強い抑圧となります。三浦さんの抑圧エネルギー(5)で強く抑圧しています。 名誉欲と強い抑圧が『万引き』を招いたかもしれません。「三浦ここにあり」と名を誇示したかったのかも。 三浦さんがサイパンで身柄拘束されたころの心の強さ(1)と弱いままで変わりなく、平常心も(3)と比較的落ち着いています。[心は弱くても動揺は少ないです] 希死念慮も無く、自殺願望は全くありません。このような状態が7ヶ月続いていましたが、死の3日まえに変化が出ます。ロスへ移送される前日のことです。 心の安定性・平常心が突如乱れて(1)になり、酷(ひど)く動揺し始めました。 と同時に闘争心が無くなりました。闘争心(1)です。 このころから希死念慮(3)となり「死にたい」との思いが出ています。始めに述べたように希死念慮は自殺願望ではなく、漠然と死にたいと思う程度で、死への実行などありません。 レベル(3)は苦しいときに皆が思う程度の「死にたい」です。実効性のない「死にたい」です。 三浦さんは心が弱くユウウツ感も元々あったのですが、持ち前の強い闘争心で、ともすれば萎(な)えがちな自分の心に勇気を与えていました。 頼りの闘争心が無くなれば、不安感、ユウウツ感が目立つようになるので、弱気となり一気に元気がなくなりました。このときは虚人ではありません。 心が不安定で非常に動揺している独房内では、思考力も低下しています。はっきりとした「死」への意思はないのですが、不安を抑えるため、躊躇(ためためらい)がちにそして咄嗟(とっさ)的に首を吊ったのだと思います。助けに来てくれると思いながら。 でもまさか死ぬとは本人も思っていなかったのでは。 被っていた帽子・キャップに書いてある意味は分らず、かっこいいから選んだのでしょう。そんなメッセージを送る心の余裕などありませんから。
2008年10月12日
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一世を風靡した小泉元総理が引退します。 小泉純一郎という人物には次の2点が備わっています。実直で、徒党を組まない。人情派だが同時に金と女のスキャンダルがない庶民派だということです。 小泉さんの心は強く(5)ですが、心の大きさは(3)で政治家としての視野は案外狭いのです。政治家として必要な権謀術数も(1)と低いです。 小泉さんは実直で直球を投げる人だから政界の荒波を渡るには大変な苦労があったと思われます。小泉さんが政治家として名を馳せたのは、小泉さんの政治能力の不足しているところをカバーしていた、政策秘書の飯島薫さんがいたからです。 飯島薫さんは、心は強いが(5)心が非常に小さい(1)『虚人』です。 マキャベリズムは、『目的のためには手段を選ばず、目的は手段を正当化する』主義といわれますが、飯島薫さんはマキャベリストで権謀術数の使い手です。 飯島さんは『虚人』だから人のことなどお構いなしで、自分の都合で事を行いますから、小泉さんの権力と組めば怖いもの無しでした。 小泉内閣初期の田中真紀子外相は飯島さんが一喝して辞めさせたそうで、田中真紀子さんは飯島さんのことを非常に恐れているようです。 小泉さんの賢いところは闇の泥臭い仕事を飯島さんに担当させ、表のおいしいところのみを戴いていたことです。 小泉首相は「メディア宰相」といわれるように、日本ではいままでにないくらい政治にメディアを活用していましたが、このメディア対策を取り仕切っていたのが飯島さんでした。 小泉さんは直感型の人と言われていますが、飯島さんの鋭い読み、洞察力を借りていました。 『虚人』飯島さんも小泉さんの清廉そうなところを表看板にして、権力を握っていましたので、持ちつ持たれつの良い関係でありました。 小泉さんは、阿部内閣後の総裁選で福田康夫支持を表明しましたが、これが飯島秘書官に辞任を決意させました。(飯島『虚人』さんは福田『虚人』さんが大嫌い、『虚人』は並び立たずです。) 飯島さんとのコンビを解消してからの小泉さんに精彩が見られなくなったのは、今回の自民党総裁選で小池百合子さんをうまく担ぎあげることができなかったのを見てもあきらかです。これが小泉さんの政治家としての実力です。小泉さんは飯島さんがいなければ唯の人です。飯島さんも小泉さんがいなければ唯の柄の悪い人です。恐ろしいので誰も寄りつきません。 政権投げ出しの第一号は小泉さんです。年金問題や、給油問題その他のこと自分が政権を担当していたころ、都合の悪いことを先送りしてきて、やばくなってきたので、政権を投げだし、安倍さんに悪いところ全てバトンタッチしました。安倍さんは実にかわいそうなことをしました。安倍さんの政権放棄は小泉さんが遠因です。 小泉さんが政治の表舞台で活躍出来たのは、人柄が良いか悪いかは別として飯島薫さんという政治的ブレーンがいたからです。 今も昔も政治家個人としては、心は強くても人格が低く、視野の狭い人が多いです。 少し前までは、 吉田茂首相には 秘書官の松野頼三さん 池田勇人首相秘書 伊藤昌哉さん 田中角栄首相秘書 早坂茂三さん 橋本龍太郎首相秘書 江田憲司さん 自民党のみならず政界全体を見渡していて政治スケジュールを描いていた後藤田正晴さんと片腕の 佐々 淳行さんなどがいて未熟な政治家を助けていました。 現在の政治家にはいいブレーンがいないので、視野の狭い未熟な政治しかできません。 愚かな政治家と優秀な秘書官のことを少し述べていこうと思います。
2008年10月11日
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心は強弱、大小、堅柔、豊狭、解放・閉鎖などさまざまな形態をとりますが、人は強いけれどとても小さい心で生まれてきます。 心の大小は人格の目安でもあります。そして、視野の広狭も表します。人により差違はありますが、誕生してから小学校へ入学するまでの6、7才頃までは心の大きさの数値(1)です。目の届く範囲は10mそこそこで、家庭内や学校のクラスなどとごく限られた範囲しか認識できません。二次元世界で空間の認識はできません。 人格は低く、自分のことが中心で、他人のことまで思いは至りません。年を取って脳の働きが鈍り、痴呆症になれば心のレベルも下がり、数値(1)になります。このときは幼児的な行動を取りますが、人格は低下して自己中になります。 成長して小学校へ入学する頃から3、4年生には心の大きさ数値(2)となります。 まだ二次元認識で、平面的です。人格の程度は未熟で自己中心です。 小学生の5、6年から中学生になるころに意識のシフトが起きてようやくヒトらしい知性、理性が芽生えてきますが、心の大きさ(3)となります。 心の大きさ(3)のまま一生を過ごすヒトが多数派ですが、人格としては未熟なうちに入ります。認識力はようやく空間が理解できて三次元的になり、他人の視点で見ることも、考えることもできるようになります。 やや上の視点から自分を見ることもできますが、これは自分を客観視することです。 また(3)のレベルになれば抽象的な空間を認識することができるようになります。従って抽象的思考も可能になります。 多くのヒトが(3)のレベルのまま生きていきますが、高校生くらいで意識が変わり心の大きさのレベル(4)に上がるヒトもいます。 大人びた、しっかりした印象を人に与えますが、理性的で、感情を顕わにせず、自分のことを客観視できる人です。空間認識力も大きくて心で地球をめぐることも可能です。 前置きが長くて恐縮ですが、本題の自制心に入ります。 自制心はだれにでもあるというのではなく、心の大きさが(4)のレベル以上なければ自制はできません。 自制心は心の大きさの程度によります。心の小さい人、すなわち人格が高くない人は自制ではなくて抑圧していることになります。 自制心は、感情や欲望を抑えることです。自制は怒りや恨み、悲しみなどを無理なく抑えることで、そこには苦痛はありません。 抑圧は無理矢理押さえ込むことなので、苦痛が生じます。ストレスになります。 現代に生きるインドの聖者が講演で次のように述べています。 「問題と苦難だらけの試練のときにこそ、自制心が育まれるのです。人間にはたくさんの欠点が潜んでいます。苦しい状況のなかで、それらの欠点が怒り、恐れ、傲慢さ、憎しみといったかたちで現れてきます。そのようなときこそが、自制心を実行に移さなければならないときなのです。」 この聖者の自制に関する言葉は『自制』ではなく『抑圧』です。 自制心は感情を意識して、消化したうえで捨て去るのです。怒りを感じても後に残さないのが自制です。怒りを感じてそれを無理矢理抑えてしまうのは抑圧です。 またインドの聖者は言っています。 「自制心を身に付けたあかつきには、悲しみ、苦難、困難、逆境にも悩まされることはありません。善い行いに対しては善い行いを返すことができます。しかし悪い行いに対して善い行いを返すことは特別 な資質であり、そのような美徳を実践するにはそうとうの力量が要求されます。」 聖者の言う、美徳を実践する力量とは心の大きさです。自制心を身につけるのには心の大きさを必要とします。 自制心は心が大きい人の取れる態度なので、「無理を言うのは分かるけれど、反論しても理解してもらえないからまあいいか」などと半ばあきらめ半分で相手に『隷属』します。 人格の低い、ややこしい性質の人に出会えば自ら『隷属』してその人の軍門に降ってしまいます。そのほうが諍(いさか)いもないし、楽だからという理由で。 自制心の良くない点は『隷属』したかごの中の鳥が透明の缶詰に入っていて、檻がなくなって自由ではあるのだが、透明の缶詰が邪魔して飛び立てなくなっていることです。 心が比較的平安なのに行動できない人柄の良い人は自制心が邪魔しています。 親が子供に言います。「怒ったらだめですよ」「人のことを怨んではだめですよ」「人を憎むことは悪いことですよ」と。 これをオトナの言葉に訳すと「親には絶対に刃向かうな」です。 先の聖者は言っています 「良い性質を育てなさい。どこへ行こうとも、良い思いをもって行動し、すべての人に奉仕しなさい。たとえ自分に敵対する人に出くわしたとしても、挨拶をすべきです。そうすれば、相手も同じように返してくるでしょう。」 これもオトナ言葉に直すと「無理して愛想良くしなさい。感情は抑圧しなさい」となります。 怪しいゆうしんは言います。 「もっと怒りは出せ」「悲しければ泣け」「怨んでも良い」「憎しみは悪くない」 但し相手に怒りはなるべく向けないで、怒るときは穏やかな口調で。「怨むのも自分の中だけだから、相手に分からないからいいよ」「憎んでもいい、気持ちが収まったらその感情はできるだけ忘れよう」 聖人ではないのだから、自制心もほどほどに。
2008年10月10日
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(1)『かごの鳥』 いつ逃げ出すか分からない、わたしのかごの鳥。 私を麻痺させてしまうほどに、かわいい鳥。 捕まえて、ずっと見ていたいと思った。 そして今、私のかごの中にいる。 美しい雫(しずく)はいつでもかごの中に満ちている。 このかごの中にいれば安全だよ。 かごに鎖を付けた、開けて逃げられないように。 何処かよそへ飛んでいってしまわないように。 私の大事なかごの鳥。 大切にしてもらって幸せだね! (2)『かごの鳥』 かごの中の飛べない鳥 空を飛ぶ仲間の鳥を見てる 風を切って、自由にあの空を飛んでる 雲の上の空高くどこまでも 何者にも囚われず かごの鳥 自分を閉じ込める檻を見る 柔らかな己の羽を見る かごの鳥、声高く歌う 空の鳥にはなれないと知ってる かごの鳥 あなたは幸せ? 上に挙げた2編の詩 (1)『かごの鳥』はかごの持ち主の、母親の立場から中の鳥を見た感想です。 (2)『かごの鳥』はかごの中にいる鳥が、外を自由に飛んでいる鳥を見て、自分の境遇と比較してどちらが良いか分からない状態を書いています。 親は無意識のうちに子供をかごの中に閉じ込めようとします。心が弱く、心の小さい親はいつも不安で一杯です。だからかごを作ってその中に子供を入れてしまえば、子供のことが苦になるとき、目の前にいれば安心できます。 「あぶないからダメ」なにをしてもダメ・ダメの連発です。子供の奔放な行動が気になれば「内緒ごとはダメですよ」と何をしているか知っておきたいため、秘め事を禁止します。秘め事を禁止することは自分がかごを持ち歩いているのと同じ効果があります。自分がどこにいても安心できます。 心が大きくなりにくいのは、自分から進んで檻(おり)の中に入ってかごの鳥になっているからです。自分が小さいときに親から恐怖を植え付けられたので、自ら親の傘の下へ入ってしまいます。自ら親の座布団になっています。 恐怖心がないかわりに、抑圧が増えて、自らを束縛しています。 親が座布団として頭の上に乗っているのは、親が無理矢理自分の頭の上に乗ったのではなく、自らが進んで親の膝下に入り隷属(れいぞく)したのです。親が邪魔しているので、こころは未熟なままです。 最近心が大きくなられたかたからのうれしいメールをいただきましたので転載します。 「ここ2日、自分を観察して、静かに感動しています。 不思議なほど、心が落ち着いています。 嫌なことがあっても、落ち込まないし(嫌なことって、なくなったのかもしれません)、心が安定しているのが、よくわかります。 それに、心の大きさ3の時は、考えていませんでしたが、4の頃から、人のためになりたいと考えるようになりましたが、思い浮かぶのは、家族や友人、お世話になった方たち。それが、やっと広がってきました。 自分には別の世界のことから、人、生き物として同じ仲間の世界に。 もちろんその時は気づきませんでしたが、以前は、どこか絵空事の別世界でした。 ゆうしんさんも、○○さんも、こんな思いで暮らしてみえたんですね。 すばらしいと思います。 自分も宇宙につながっていて、自分が生きていることを神様が喜んでいて下さると分かりました。 小さなことに悲しんで、自分を縛っていたこんな私だったのに、神様は見守っていて下さって、ほんとにありがたいです。 私も、やっと人間らしく生きていけそうです。 ほんとにありがとうございます。 まだまだ新米人間ですが、少しずつでも向上していけるように努力していきます。」 ・・・以上ですが、この方は心は強くなっていましたが、心の大きさが伴っていなかったので、心が大きくなったことでの感想をいただきました。 かごの中の鳥は視野が狭いです。視野が大きくなれば自分を客観視できるし、自分の置かれている状況が手に取るようにわかります。視野は認識力でもあります。 「私はかごの中にいる鳥」と理解するだけで、束縛は緩(ゆる)くなります。そして「自ら親の奴隷になっている」ことが理解できたなら、抑圧が弱くなります。
2008年10月09日
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人間は強い心、豊かな心を持って生まれてきます。 しかし、心が強いだけでは荒いだけの人間になってしまします。心は柔軟で柔らかく、開かれていて、安定していなければ落ち着きません。そしてなによりも、大きな心であることが望まれます。心が大きくなっていくことは人間的な成長を伴っています。 心の開放感、心の柔軟性、心の安定性、は心の強い弱いにかかわらず、成長と同時に磨かれていくのですが、阻まれる原因があります。 今回は大きい心について述べます。心には広さもあります。 では、大きい心と広い心はどう違うのでしょう。 庭が広い、広い面積と言われるように、広いのは平面的な広がりを言います。 大きい心とは容積、すなわち入れ物が大きいことを表します。端的にいうならば、小さい心の人は子供っぽくて、大きい心の人はオトナであるといえます。 狭い心とは、苛々(いらいら)する、受けとめられない、異質なものを受け入れられない。相手を許さない。固く閉ざし、他を認めない。 すぐに怒ったり、怨んだり、嫉んだり、いばったり、嫉妬する。自己本位で悪口を言ったりする、目先の利益しか追わない、心のキャパシティが狭い。ことをいいます。 小さい心とは、平面的にも、立体的にも視野が狭いことです。心が小さいと抽象的な考えができません。 現実的、即物的な物の見方をしてしまい、ものごとを客観的に見ることが難しく、また一度に二つ以上のことを並行して考えることもできにくく、単発的に考えます。思考法は単純思考になります。 心が大きければ、視野が広くなり、大所高所から判断できます。物事を太極から見ることが出来ます。自分のことを客観視できます。並行して複数のことが行えます。 人間としての器の大きい人は心が大きく、器が小さく見えるのは心が小さいからです。 立体は平面を含むので、大きい心の人で狭い心の人はいませんが、心が小さい人は大抵が狭い心の持ち主です。 心が弱くなっても、弱くなる原因を取り除けば、元々が強い心で生まれているので、心は強くなります。 心は生まれつき小さく、磨かれて、切磋琢磨して大きくなっていくので、人としての器を磨いていくという意思がなければ達成されません。 心を大きく持とうという意思があってもなかなか大きくなりません。 幼児期に親から否定され、親の言いなりになっているから、分かりにくいですが、多くの人が親に隷属しています。 隷属とは自ら奴隷になっています。親の意向を先回りしてキャッチし親を安心させます。 隷属は「かごの鳥」ですが、自らかごの中に入って、歌を忘れたカナリヤならぬ「飛ぶことを忘れた鳥」になっているから、かごを取り払っても飛び立てなくなっています。 このような状態を「閉じ込め症候群」といいます。小さい心は心を閉じ込めています。 強い心・強化プログラムでは、親からの抑圧も取り除きますので、心が強く、大きくなります。
2008年10月08日
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意識とは、精神的経験全体の安定した流れであって、自己を形成する統一性のとれたものです。また主体的な気づきの感覚であり、そこには何かしらの状況把握や反省が伴われます。 ところで意識が無いとはどういう状況のことを言うのでしょうか。意識が無いことを専門的には『遷延(せんえん)性意識障害』と言います。遷延とは辞書には「延び延びになること、ながびくこと」とあるように、意識の回復が延びていることを言います。 『遷延性意識障害』を日本脳神経外科学会では次のように定めているようです。 (1)自力で移動することが不可能な状態。 (2)自力で食物を取ることが不可能な状態。 (3)屎尿(しにょう・糞尿)失禁の状態にある。 (4)声が出たとしても、意味のある言葉を話すことは出来ない状態。 (5)「目をあけて」「手を握って」などの簡単な命令にかろうじて答えることもありますが、それ以上の意思の疎通は不可能な状態。 (6)眼球はかろうじて物を追うこともありますが、認識不可能な状態。 交通事故や脳卒中など脳血管障害、水の事故などによる低酸素脳症などで一命をとりとめたにもかかわらず、周囲との意思疎通ができなくて寝たきりになっている、いわゆる「植物人間」のかたを『遷延性意識障害』と言ってます。 意識とは、「精神的経験全体の安定した流れであって,自己を形成する統一性のとれたものである」と定義されますが、はたしてどうなのか 人間の脳の役割は大きく4つの部位に分けて考えられます。 人間らしさををもたらす集中力、思考、感情を司るのが『大脳』です。 『脳幹』は、いのちの坐とも呼ばれ、心拍、呼吸、体温をコントロールするなど生命維持の中枢です。 『小脳』は複雑な運動もスムーズに行えるように身体の動きを制御します。 『間脳』は自律神経をコントロールして本能を司ります。 ヒトの一日は朝の目覚めから始まりますが、意識には連続性があるのではなく、以外に思われますが不連続なのです。 普通目覚めている状態を意識レベル(5)とすれば意識の無い状態はレベル(1)で表されます。 睡眠状態は意識レベル(1)で『意識の無い状態』なのです。寝ているときは自分では、動けないし、食べることも、話すことも出来ません。 トイレには目覚めたなら自ら行くことが出来ますが、子供のときの『おねしょ』は紛れもなく屎尿失禁状態です。 またヒトの睡眠は、眼球運動のパターンで分類できます。眠り始めると目の玉が早く揺れ動き、急速眼球運動 (Rapid Eye Movement) の見られる睡眠で、『レム(REM)睡眠』と言いますが、このときの脳活動は覚醒時とはあきらかに違います。 ヒトのREM睡眠中の意識レベル(2)で、寝返りなど身体を動かすことはできます。 歯ぎしりも寝言もREM睡眠中の出来事です。 大脳の機能は前頭連合野のエネルギー(1)で思考はまったく出来ない状態です。しかし前頭皮質エネルギー(2)でわずかな機能は保たれています。 しかし『脳幹』『間脳』のエネルギーは低下していないので、心拍、呼吸、などの自律神経系は正常に働いています。 REM睡眠をすぎてからの睡眠は何段階かありますが、一括してノンレム睡眠とします。 ノンレム睡眠は熟睡期間ですがその時の脳状態は、大脳の前頭皮質、前頭連合野共にエネルギー無く、思考停止状態です。ノンレム睡眠は『遷延性意識障害』いわゆる植物人間状態なのです。 ヒトの意識は決して連続しているのではなくて、日々意識レベル(1)の[無意識]から意識レベル(5)の[覚醒・目覚めた状態]のあいだを行き来しています。 では無意識の植物状態から意識のある覚醒状態へなぜ戻れるのか、『遷延性意識障害』のヒトはなぜ植物状態のままなのかといいますと、 意識がある、なしは『心』がコントロールしているのです。心は 心の強さ、自尊心、豊かな心、心の安定感、広い心、向上心、心の弾力性、心の充実感、心の開放感、などの状態がありますが、心が強い、弱いにかかわらず総体としての『心』をいいます。 普通に生命活動している、今の状態を心のエネルギー(5)で表すと、心のエネルギーが(3)以下になれば、覚醒することをコントロールできません。 『遷延性意識障害』のひとは、意識レベル(1)、心のエネルギー(2~3)、脳幹レベル(3~2)です。 意識レベル(1)なので、身体は全く動かせませんが、心は働いています。脳幹もエネルギーがあるので、生命維持はなされています。 身体は全く動かすことはできないですが、視覚、聴覚などは正常で心のレベル(3)ならば、思考力もあります。 意識レベル(1)は身体機能全く発揮できませんが、間脳にエネルギーがあれば、まぶたや眼球をわずかですが、動かすことが出来るため、文字盤を見てアイコンタクトで会話することが可能になります。 意識が閉じ込められた状態なので、『閉じ込め症候群』と呼ばれていますが、本当は意識が無くて、心が閉じ込められた状態のことです。 茉本亜沙子(まつもとあさこ)さんは『閉じ込め症候群』のかたで、多くのヘルパーさんの助けを借りながらも、自立されています。彼女の著書『車いすの視点』を一度読んでみて下さい。 彼女は、交通事故で脳が破損され植物状態であったのが、担当の医師が入院52後に彼女がまぶたで意思表示をしているのに気づき、以後リハビリが始まります。 文字盤で自分の意思表示が出来、周囲との会話ができるようになってからその当時の記憶を 「すごくしあわせな気持ちで、天国にいるみたいでした」と述べています。 「えっ」と思うこの言葉に感動させられ、人間って本当に素晴らしいなと思います。但し家族のかたの御苦労は並大抵ではないでしょうが。 私の妻の実家の父(義父)が5年ほど前に脳溢血で倒れ、寝たきりになりました。様態が落ち着いてから見舞いに行きましたが、当時の意識レベル(2)、心のレベル(2)、脳幹レベル(3)で、身体を動かすので、手首をベッドにくくりつけていました。 顔は比較的無表情でしたが、問いかけに反応を示すことがあるので、「こちらの話すことを本人は分かっている」と確信しました。 さすがに長く連れ添った妻の母(義母)は心得ていて、よく義父に話かけていました。 3年後に永眠しましたが、義母は阿吽(あうん)の呼吸で夫(義父)と話していたようです。REM睡眠で心が閉じ込められた状態でした。 北朝鮮の金正日さんの意識レベル(1)、心のレベル(1)、脳幹エネルギーレベル(2)でこの方は意識のない『遷延(せんえん)性意識障害』です。 脳幹のエネルギー低いので、生命維持装置が必要です。 『遷延性意識障害』のかたの多くは閉じ込め症候群で、意思表示の方法が無いのですが、聞こえていますので、特別扱いせずに、呼びかけてあげて。物体ではなくヒトです。 まぶたや眼球、あるいは指先でほんの少しですが答えているかもしれません。
2008年10月06日
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トラウマとアレルギーシリーズの最後にふさわしいと思われますが、多くの人の心の奥にしまい込まれていて気づこうとしない重大な出来事について述べます。 トラウマは単なる上下関係で、親から受ける仕打ちがアレルゲンとなり、人生途上でさまざまなアレルギー反応を呼び起こすことをいままでに述べてきました。 アレルギーの元になる親から受ける行為に恐怖感を覚えます。大抵が理不尽なことなので、心の中では怒り、恨みますが、親に直接怒れないので怒りや恨みを抑えて込んでしまいます。 「トラウマとアレルギー(8)母親のすり込み」のところで述べましたが、子供の脳、心の成長を3期間に分けました。 幼年期は生まれてから5才くらいまでの時期をいいますが、このときの脳機能としての発達はほぼ完成されています。集中力、思考力はできているし、記憶力も完成されています。 心は強いのですが、あまり学習していないので、心は未発達です。外見も幼いので親から見れば、未熟な子供ですが、感情は全て心の中につまっているので、怒り・恨み・ねたみ・苦しみ・悲しみなど理解できます。 いちいち考えなくても感情は親の仕打ちに対してすぐに出てきます。 ところが親は子供は未熟なので、理解力も無いだろうと思っています。 そこで、親は自分の全人格を子供にぶつけます。 何も分からないだろうと「子供を無礼(なめ)る」ので、自分のストレスを子供にぶつけます。ぬいぐるみ同様の扱いをします。 意思のないぬいぐるみならば、手を持って外へ放り出すこともできるし、叩くこともできます。「殴っても痛みが分かっていないだろう」との思いがあります。 幼年期の後半から少し成長してくると、「この子は案外理解しているよ」と親が感じるようになれば、親に恐怖心が出てきます。「この子には負けたくない」「子供に無礼(なめ)られたくない」と。 子供がミスしたのを見逃さず、論理的に諭(さと)したり、家事のお手伝いに対して全否定してみたり、子供の気持ちが落ち込むように仕向けます。 親は子供に対していつも優位にいたいので、「私に逆らっても無駄だよ」とばかりに親の権限・威厳さを子供に見せつけます。親は不安感でいっぱいなので、こどもを支配しようとするのです。自分の言うことを聞いてほしい一心で子供を支配します。 親は「支配」をかけて子供に挑むので、子供は絶対親に適(かな)いません。負けてしまいます。このときに親への敗北感が出来ます。敗北感は屈辱感となります。 「親には何をしても負ける」「親には適わない」成長の途中で劣等感がつくられてしまうのです。なにをしても中途半端で終わるのは親への敗北感があるからであり、社会人となって会社で上司に「ムカツク」のは、年長者は無意識のうちに親と同じなので、屈辱感がでてしまいます。年上というだけで負い目を感じているのです。 結婚して姑(しゅうとめ)とうまくいかないのは、自分の親への屈辱感があるからなので、姑に対して屈辱感が出ます。何をしても負けてしまうという「負け犬根性」が身に付いています。 向上心、気力が湧いてこないのは根底に親への屈辱感があります。すでに負けている思いがのしかかっているから、上昇できません。 親への屈辱感は胸の奥深くに刻まれています。抑圧が癖になっていて押さえ込んでいるのが分からなくなっているので、小さい頃の親への怒り、恨み、苦しみ、悲しみ、などを思い出して、自分の中で、「親に怒っていたよ」「怨んでいたよ」「悲しかったよ」「苦しかったよ」とそっと涙してください。抑圧が取れます。 抑圧は身体に毒です。歯のかみ合わせの悪い人、顎関節症の人、アレルギー性○○炎の人など抑えていることがあるから、身体に出ます。 勇気を出して「親への屈辱感」を思い出して下さい。屈辱感の抑圧が一番身体に悪いです。
2008年10月04日
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自分の家の隣近所や子供が通っている学校などでの対人関係に何も問題なく、むしろ全般的にはいい人で通っているお母さんが、いざ我が子供に関しては『虚人』的な態度を取ってしまうことを『仮性虚人』と言います。 母親の『仮性虚人』がどれ程になるかといえば、祖母、母、子供のいる娘と母親の立場の人全体の約70%の数値になります。 母親と呼ばれている人は女性全体の五割以上いますので、多くの母親が『仮性虚人』となって子供に害を与えています。また母親自体も自分の『仮性虚人』の親から被害を受けています。『仮性虚人』から受ける害を『仮性虚害霊』とします。 男性の『仮性虚人』は男性全体の約60%です。会社で『虚人』の上司や同僚から被害を受け、そのストレスを唯一強い対場になれる家庭で『仮性虚人』となります。最近の家庭では妻の立場が強いので、昔の亭主関白な虚人になかなかなれませんが、「機嫌が悪い」「いつもイライラしている」内弁慶的、内向きな『仮性虚人』になっています。男性の『仮性虚人』は妻や子供に『仮性虚害霊』を振りまいています。 女性の場合70×50%で女性全体としては約35%の『仮性虚人』ですが、この中には男女とも本物の『虚人』も含まれています。 『仮性虚人』とはあくまでも家庭などの限られたスペースのなかで、わがまま『虚人』として振る舞うだけであって、一旦そこを出れば常識人として振る舞います。外部から見れば、礼儀正しく、子煩悩の母親であり、父親です。 しかし、家庭外では常識人の両親を家庭内の子供から見れば、鬼の形相の両親です。 他人の前では「いつも良いかっこする」人が「自分の子供に対してはとても厳しい」のが『仮性虚人』です。 『虚人』が怒れば『虚害霊』を出して怒りの対象へ『虚害霊』という思念(生き霊)を延髄に憑かせて怒りを覚えた人を支配しようとします。 ならば仮性『虚人』も仮性『虚害霊』を出してわが子を支配しようとするのは当然の成り行きです。 仮性といえども、『虚害霊』には変わりなく、脳にダメージを与えます。 気持ちの落ち込み 自分を責めてしまう罪悪感 消えてしまいたい感じを抱く 物忘れがひどい 思考力が鈍っていて、頭の回転が止まっている感じがする 些細なことでイライラする 人混みが怖くて外出しづらい など心身が不調だと感じられるようになります。ところが病院で検査しても「どこも悪くないです」といわれて困ってしまいます。 仮性の『虚害霊』は仮性『虚人』と離れて影響圏外に出れば、『虚害霊』としての作用を受けにくくなります。仮性『虚人』が亡くなればスッキリします。
2008年10月01日
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