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観光バスがバスターミナルに帰ってきた後に、もう一回空港に行ってみました。混雑しているにかしらん…。もう誰も居ませんでした。カウンターの人に聞いてみると、那覇行きの整理券は1100番まで行ったそうです…。一日分ですから、そんなものでしょうね。港の張り紙です。当然のことながら、船も全便欠航です。石垣と離島を結ぶ高速船が全部石垣に逃げてきています。身を寄せて避難しているようです。宿に帰ってくると、なんとこんな加工がされていました。江戸東京博物館で見た「戦時中の灯火管制生活」みたいになっております。凄い…。石垣では風圧だけでガラスが割れることもあるそうです。今回の台風でも、背の高いビルが窓ガラスを割られておりました。この後は写真はありません。風雨は日没とともに強まりました。先ず、建物全体が風で揺れます。船酔いしそうです。また、風切音が煩いのです。ビュービュー建物が鳴きます。そのうち放送局の問題か、集合アンテナの問題か、テレビが写らなくなります…。とどめが停電です。ラジオすら聞けなくなりました。昔ドラえもんで読んだ台風の世界であります。こえー。一番癇に障ったのが、某非営利ラジオ放送です。「ニュースの時間です。今日関東甲信越地方が梅雨明けした模様です」。そんなもの流す暇があったら、台風5号の現在位置を通報してくださーい。停電で薄暗い中、何時の間にか就寝してしまいました。
2005/07/31
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いやー、今日も暑かったです。疲労が溜まり、帰路も夜行バスは止めにして、新幹線&小田急線で帰ってきました。万博のほうはパビリオン的には大きな収穫は無いのですが、撮影的には結構な収穫でした。これは別途、写真でレポートします。取合えず、眠いので寝ます。【本日の成果】もろもろで200マイルくらいあります。
2005/07/31
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昨晩は疲労の余り午後九時に就寝してしまいました。アカスリをやったので身体が軽いです。猛烈な量の垢が出ました。目が覚めたら、午前四時半で、やることも無いので万博会場に来ました。始発の地下鉄で藤ヶ丘に出てリニモです。始発リニモが始発地下鉄の客を待ち、三分遅れでした。今日は北ゲートに来たのですが、凄まじい混雑です。自動車組だけで二千人は列んでいます(私は電車組の先頭です)。昨日と同様に西ゲートにすれば良かった…。流石に万博に飽きて来たので、午前は万博、午後はトヨタ博物館に行きます。
2005/07/31
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川平湾までレポートしました。またまた豪雨で、余り写真を撮らないうちに、バスに避難する羽目になりました。ここを出発すると次は昼食のドライブインまでノンストップです。ガイドさんがおもむろに三しんを取り出し、民謡タイムです。やるなあ。上手です。地元ではお師匠だそうなので、当然と言えば当然ですが…。それでも、見事なものです。昼食場所に着きました。ポーザおばさんの食卓、というドライブインです。あーさーあんだぎーが美味しそうですが、飯のボリュームがありすぎ、食べられませんでした。上の写真は、食堂から見た海岸です。猛烈な風が右から左に吹いております。もう一枚です。既に、この時点で暴風域に入っていました。ううん、きつい。これが昼食です。ボリュームあるんですね、これが。美味しかったです。ちなみに、ハンバーグに使う肉は全て石垣牛だそうです。半ば資料映像ですが、ドライブインの中です。綺麗でしょ。さて、昼食を終えると次の目的地の「米原八重山ヤシ群落」へ向かいます。ここが群生地の入り口です。しかし、既に暴風域です。中には行かないほうが良いよ、とガイドさんに言われ、一回りする人も居ませんでした。ここがヤシ群生地の売店です。結局ここでアイスを舐めているうちに時間になりました。最後の下車観光地「玉取崎展望台」です。もうだめです。台風モードです。誰も展望台に行きません。駐車場のトイレに行くのが精一杯でした。ガイドさんに「風が強いですねえ」と申し上げたところ、「こんなもんじゃないよー、もっと凄くなるから。台風は雨を降らすから、天の恵みなのさあ。農民の人も歓迎してるさあ。30メートルくらいならねえ。でも今度の55メートルだから大変さあ」とのことです。これで、観光バスはお仕舞いです。最後の一枚は、バスターミナルで撮影した張り紙です。午後の観光バスは台風のため運休になったそうです。
2005/07/30
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名古屋市内より、旅先暫定レポートをお送りいたします。本日は、とりあえず、目的のものは見ました。初めて西ゲートに並びましたが、舗装もされていない川沿いの砂利道に並ばせられたのでびっくりでした。北ゲートと大違いです。ゲート手前に進んだのが8時、実際の入場は8時50分でした。繰り上げ幅は10分でした。当初の予定通り、長久手日本館の予約を確保した後に、名古屋市パビリオン「大地の塔」に進みました。協定破りの9時前開館をやっていました。大地の塔の内容については触れませぬ。前評判通りでした。★だけ。涙涙。外から見るとすごく良さそうに見えるだけに辛い…。その後9時30分にNEDOに進みました。これも★★★かなあ。プレショーの出来は中々で期待させられたのですが、シアターがあれでは…。やはり★★★です。さらに10時からNEDOのプラント見学コースに参加しました。こちらは評価は分かれるでしょうが、エンジニアリングに関心がある私としては、★★★★でした。でも万人にお勧めできるわけではありませぬ。面白くないと思う人がいても、責任は持ちません。11時に昼食を取り、愛知お祭り広場で、春日井市ショーを見て暇をつぶし、更に愛ポストに行ってレターセットを購入したりして、12時30分まで暇をつぶしました。12時30分よりメインディッシュの長久手日本館に入場しました。★★★★です。プレショーは…でした。しかし、メインディッシュの360度シアターの出来の良さで★★★★です。余りのリアルさに気分が悪くなる可能性があるので、要注意です。素晴らしい迫力です。立ち位置に依って迫力が大きく変わるので要注意です。最強のポジションは集団の真ん中です。メインがもう少し長ければ★★★★★なんですが…。少なくとも三菱未来館や三井・東芝館並みの感動は必至です。人によっては日立並みとするかも知れないです。その後、地球市民広場とロボットステーションを巡回して来ました。疲れてしまって、今は今池まで戻ってきています。体力に余裕があれば、夜のパレードを見に行くのですが…。今回は、アテンダントさんに撮影の許諾を求め、許諾を得て数名分を撮影しました。JR東海リニア館のユニフォームに新種登場です。ちょっと、今までのイメージとの落差が大きくびっくりいたしました。委細は後日写真入でレポートさせていただきます。まずは、万博暫定レポートでした。明日はどうしようかなあ…。万博会場に行くのか、市内で変わったものを探すか、思案中です。
2005/07/30
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只今夜行バスで藤ヶ丘に向かっています。割安感の強いハーヴェストを使っています。いつもより、更に椅子が小さいバスに当たってしまい、中々眠れません。概ね二ヶ月ぶりに万博会場へ行くことにします。この前の連休では入場者数が二十万人を超えていましたが、今日はどの位混むのかなあ…。このバスを使うと地下鉄の始発組より一本早いリニモでゲートに着けます。今回は最後に積み残した課題の、長久手日本館とドイツ館をクリアしようと思います。詳細は後日レポートします。
2005/07/30
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続きです。雨が上がったので唐人墓に行けるようになりました。これです。他にも色々な碑文が…。海を見ると、竹富島と石西礁湖が見えました。晴れていたら綺麗でしょうねえ。唐人墓に隣接する、みやげ物店です。ここで雨を凌いでいました。この店が無かったら大変でした。雨音にびびるお店の飼い犬です。強雨の時の雨音が凄いんですね。台風情報を流しているラジオの音が全く聞き取れなくなるのです。東京の古い地下鉄並みのサウンドでした。怯える姿が可愛い…。次の目的地の川平湾です。この建物は黒真珠の養殖に初めて成功した「琉球真珠」のお店です。これが真珠を抱いている貝です。あこや貝ではなく、黒蝶貝を使っているそうです。美しい真珠なんですけど、お金が無いので、購入は見送りました。雨が上がっているうちに、乗ってきたバスを撮影してみました。東バスという銘が入ってます。空港バスと同じ会社です。真珠店の向こうには絶景川平湾が広がります。この辺は川平公園という名前で整備されています。晴れていたら、実に美しいでしょう…。宮古島と池間島の間に匹敵する絶景でした。川平湾の風景を注釈抜きで載せます。代用品カメラの限界が…。この海は偏光フィルタを使わないと撮りきれない…。代用品ですので、フィルタは付きません。生の状態です。こんな感じで気楽にシャッターを切っていると、再び強い雨が…。やはり台風は着々近づいているのですねえ。続きは次回にレポートさせていただきます。【昨日の成果】NEWDAYS(SUICA) 2マイル(JL)
2005/07/29
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空港を出たところからです。バスに乗っていて気が付きました。「民謡付爆笑定期観光バス」に乗れるかも知れないと…。バスターミナルで「観光バスは出ますか」と聞いたところ、「午前中は運行します」とのことでした。うんうん。早速チケットを買いました。チケットとパンフレットです。9時30分の定刻に出発です。このオジサンが、ガイドの花城さんです。毒のあるギャグを飛ばしまくります。「今日は飛行機は飛ばないさあ。今日帰る予定だった人いる?」。挙手する私。「明日も飛ばないよお。このまま石垣島の住民になっちゃいなさい」。うーん、本当に永住しちゃうぞ。石垣が気に入っているんですから。桃林寺です。桃林寺の隣の禅寺です。もちっと寄って見ました。ここではバスから降りませんので(駐車場が無いからだそうです)、余り印象に残りません。兎に角窓を開けて、がさっと撮影しました。石垣島の普通の民家です。うそ。うそです。ここは具志堅用高さんの生家です。いやそうじゃなかった、具志堅さんがボクシングで稼いでお父さんにプレゼントした家です。グレートです。生家はこの家の裏庭にある琉風の家なんですけど見えません。こっちが具志堅用高記念館です。具志堅さんのお父さんが館長をしていらっしゃるそうです。次は唐人墓に参ります。その昔、中国人労働者(苦力?)を運ぶ英国船の中で、中国人が数名病気になったことがあったそうです。残酷にも英国船員は病人を海中に投棄したそうなのです、怒り狂った中国人は船を乗っ取り、石垣に上陸したそうです。しかし、当時の植民地超大国の英国がこれを放置するわけも無く、石垣に討伐隊を送り込み、乗っ取り中国人を殺戮したそうです。この中国人の小さなお墓が海岸沿いに沢山あったそうなんですが、明治時代に島の人と華僑の人が綺麗なお墓を立て直したそうです。これが唐人墓です。経緯はともかく…。うへー、台風だああああああああ。物凄い雨です。凄い風雨なんで連続写真にしてみました。雨が波打っております。凄い雨なんですけど、何故か直ぐに上がってしまいました。台風の外周部の雲だったようです。空の雲がガンガン流れていきます。凄い速さでした。ちなみに暴風圏入りは正午前後でした。この時は午前10時でしたので、まだ、強風域でした。続きは次回にさせてください。
2005/07/29
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いよいよ台風上陸(接近)日です。6時に起床しました。朝はまだ曇りで、時々強い雨が降りますけど、風は殆ど在りません。台風はまだ300キロ離れています。朝9時5分の飛行機の予約を持っていたのですが、午前中は飛ぶかなあと思って、iモードで運行状況を確認しました。ガーン。 JTA600 08:10 欠航 台風5号の影響のため JTA604 10:00 欠航 台風5号の影響のため JTA606 10:20 欠航 台風5号の影響のため JTA638 11:30 欠航 台風5号の影響のため JTA640 12:40 欠航 台風5号の影響のため JTA610 13:25 欠航 台風5号の影響のため JTA612 13:35 欠航 台風5号の影響のため JTA642 14:35 欠航 台風5号の影響のため JTA614 15:55 欠航 台風5号の影響のため JTA620 18:40 欠航 台風5号の影響のため JTA622 19:05 欠航 台風5号の影響のため JTA626 20:20 欠航 台風5号の影響のため 全便欠航が決まっていました。ということは、カウンターが空き次第、欠航特別空席待ち整理券の配布が始まるはずです。運行再開時にはこの整理券番号で乗る便が随分遅くなったり、翌日に回されたりします。早い番号を押さえるのが、非常に重要になります。兎に角、航空券を握り締めて、フロントまで降りて「全便欠航なので延泊する」旨申し出て、直ぐにタクシーを呼びました。バスの始発を待っていたら、運行再開時に何便も遅れてしまうからです。空港には午前6時30分くらいに着きました。うおー、もうこんなに列が…。流石は台風慣れしていらっしゃる。恐れ入りました。冷房も入っていないので暑いです…。7時になると、やっとカウンターに電気がつきました。整理券の配布が始まりましたが、これが遅い!。お客がブツブツ言うからです。お客がブツブツ言っても飛行機は飛びません。さくさく、整理券を貰ってください…。これが「特別空席待ち整理券」です。左上のカテゴリーが特別になっていますでしょう。沖縄までの整理券が333、東京直行のものが37でした。東京直行は一日一便しかないので、那覇も押さえておかねばならないのです。このように台風による欠航の際は、経路変更も認めてくれるそうです。整理券を待つ人はターミナルに溢れており、当分終わりそうにありませんでした。ご苦労様でございます。発券カウンターの後ろの案内板です。全部欠航…。無情な張り紙…。石垣島のJTAターミナルにはこんなお洒落なプラズマテレビ型掲示板も入っています。天気図表示はいいなあ…。どう足掻いても飛びませんと言う感じが伝わってきます。でも、良く見ると暴風域までまだ200キロもある。始発くらい飛ばせっ。って言ってもだめですよね。折角ですから、全日空側も覗いてみました。全日空は早々と前日に全便欠航を決めていました。場内はこんな感じでした。どっちかというと、JTAのお客のほうが騒いでいる感じですね。ANAのターミナルは落ち着いていました。空港を出ると既に8時30分です。もうバスが動いていますので、大丈夫です。バスターミナルに向かいました。雨の勢いが厳しくなってきました。いよいよ台風モードです。バスの窓の様子です。すんごい…。続きは次回にさせて頂きます。
2005/07/29
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続きです。写真が多いので、どんどん進めないと、ネタ過剰を解消できませんので、どんどん進めて参ります。郵便局前の旅行代理店です。離島っぽい建物なんで撮影してみました。八重山郵便局です。結構大きいのですけど、普通の集配郵便局です。石垣には日本最南端が結構あるんですけど、普通集配郵便局としても多分最南端じゃないでしょうか?(波照間郵便局は特定集配郵便局だったような気がします、怪しいです。うろ覚えです)。八重山の郵便物はここに集まってくると思われます。しかし、那覇中央郵便局と違って、航空コンテナはありません。石垣空港には737しか来ませんが、737はコンテナを積めませんので…。石垣では珍しい、離島臭い商店です。アーケードの終点のそばにあります。生地の店、というのも雰囲気があっていいですよね。でも、残念ながら琉風建築の商店は殆どありません。謎の石垣銘菓「ちょっき屋」です。食べてませんので何とも言えませんけれども、見た目は巨大月餅のように見えます。1575円也。美味しいそうなんですけど、食べきれそうにありません。諦めました。この日の夕食です。マイルが稼げる(EDYが使える)A&Wのハンバーグプレートです。780円なり。離島でEDYというのも何とも言えないです。石垣がいかに都市化しているか、という証左ですね。この妙な形状の建物は石垣消防署です。日本最南端の消防署のはずです。変な形なのは、周辺の島の火事も見逃さないためではないか、と見ました。実際のところはどうでしょう…。石垣市役所です。言うまでもなく、日本最南端の市役所です。市民憲章です。那覇市も平良市も「時間を守ろう」が入っていますが、石垣市には入っていないようです。時間に厳密な町なのかしら…。それともウチナータイムは、石垣市にもあるのかなあ。友好都市の碑ですね。中華民国宜蘭縣蘇澳鎮と友好都市になっているようです。流石は台湾まで200キロもない石垣ですね。早く、石垣=台湾航路に高速船が就航すると良いですね…(就航すると片道4時間で行けるそうです)。他にもカウアイとも友好都市になっているようです。日没になったので散策を終えて、部屋に帰ってきました。電気ポットがありましたが、これが翌日に大活躍することになります。以上で、初日のレポートを終わりにします。翌日が台風上陸日(と言っても目は通りませんでしたけど…。正確には接近日)ですが、次回レポートさせていただきます。【昨日の成果】朝食(SUICA) 4マイル(JL)
2005/07/28
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前回は宿に入ったところまでレポートしました。地図も持たずに住所だけで宿を探したので少してこずりました。チェックインした後に直ぐにまた町に出ました。石垣くらい西になると、なかなか日没になりません。19時30分でも明るいです。いきなりですが、マンホールの蓋です。石垣市の蓋は「サキシマツツジ」が描かれておりました。もっと他にも良い絵柄がありそうなんですけど…。奥ゆかしいですね。石垣市内にはなんとアーケードがあります。とても離島とは思えません。構造は何となく牧志に似ています。台風が来ている時には、アーケードは本当にありがたいものです。アーケードの中心部には「公設市場」があります。この辺も那覇の牧志に似ています。恐らく、同じ発想で建築されたのではないでしょうか。一階が地元向けの生鮮食料品売り場です。二回は、石垣特産品コーナーになっています。先ずは八重山かまぼこです。もずくです。泡盛です。沖縄本島とは全然違う銘柄ばかりです。どのような歴史があるのかなあ。酒造が解禁されたのは明治維新以降でしょうから…。自然発生的に、本島・宮古・八重山で一斉に酒造業者が誕生したのでしょうか…。これが特産品に該当するのか怪しいですけど「オリジナル壁掛けシーサー」です。ここ以外ではまだ目にしていないので、石垣特産と言えるかもしれません。これで、公設市場をお終いにして、さらに歩きます。言い忘れていましたが、この市場の二階にネットカフェがあります。初日と二日目のリアルタイムレポートはここで記入しました。八重山のFM放送の公開スタジオです。石垣島内のバスはFMラジオをかけながら運行していました。離島で独自のFM放送です。素敵ですよね。ちなみに、この奥もネットカフェになっていました。三日目のリアルタイムレポートはここで記しました。
2005/07/28
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続きです。台風上陸前夜の石垣市内です。まだ晴れておりましたが、時折スコールみたいな豪雨が降っては直ぐに上がるという天候でした。石垣バスターミナルです。空港からのバスは、全日空ホテルかホテル日航八重山を経由してこのバスターミナルに着きます。市内の中心部に近いところにあります。石垣島は人口が結構多いので、バス路線が充実しています。もちろん、離島としては、ですが。ターミナルの近くの離島色豊かな商店です。ご存知の方も多いですしょうけど、石垣は町々した都市的な島です。特に離島桟橋の周辺はビルばかりで、こういう商店は珍しいのです。この商店も台風準備をしています。張り出した日除けの布を外し、電飾も外されていきます。宿の近くの新栄町です。完全に繁華街ですね。スナック系のお店がたくさん入った雑居ビルがあります。まるで宗右衛門町ですね。今回お世話になったホテル南西です。南西航空の名前が消えて何年になるのかしら…。多分、南西航空とは関係ないと思いますが。一泊の予定が結局三泊になってしまいました。安い宿にして置いてよかった…。泊まった部屋から見た風景です。冷凍倉庫の向こうに石垣港と離島桟橋が見えます。良い部屋でした。もう少し海が近いと良いのですけど…。まだ晴れていることが分かりますね。台風が近づいているなんて雰囲気は感じられませんでした。宿の直ぐそばにある美崎町センター街です。台風さえ来なければ、お店が一杯在って、いろいろなものが食べられるのですが…。
2005/07/28
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続きです。まずは、空港の様子からです。石垣の荷物受取所です。可愛いですよね。本当に小さいのです。この荷物受取所で一日20便以上捌くんですからたいしたものです。おお、迫る台風。情報が掲示されていました。もう手遅れですけどね。キャンセル待ち呼び出しボードですね。この時点で既に177番まで進んでいます。翌朝聞いたところでは600番以上出して、400名を積み残したそうです。この時点で騒然としていました。一部の旅行会社は在島客に、今すぐ空港に来いとコールしていたみたいです。満席満席です。皆、先島から逃げ出しております。左下に臨時便の設定が手書きで貼り出されています。20時40分の1628便です。これは翌朝の始発便の機材を今晩のうちに那覇に送ってしまうと言うことです。まずい、JTAは明日全便欠航を覚悟しているのでしょうか…。翌朝聞いた話では、この最終便は定員の半分も載せずに離陸して、数百名を積み残したそうです。石垣は滑走路が短いので、燃料を満載すると離陸できません。そこで、那覇か宮古までの燃料を積んで離陸し、いったん給油してから東京・大阪を目指します。この日の1628便は離陸後、那覇にも宮古にも降りられず、直接関西を目指す可能性があったので、積み込む人と荷物の重さを制限したそうです。石垣空港の八重山そばです。いつもは「空港食堂ゆうな」で食べていますが、今回はスタンドバーで食べて見ました。こっちも美味しいです。我ながら、一日何杯「すば」を食べたら気が済むのでしょう…。三食すばでも文句無いです。ううむ、石垣市内までレポートできませんでした。次回こそ、晴れている石垣市内をご報告させていただきます。
2005/07/27
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続きです。雲が増えてきました。やばい…。那覇空港手前の瀬長島です。豊見城市ですね、この辺は。ここから飛行機を撮影すると迫力ありますよ~。でも速過ぎて、中々追いきれません。海中道路と言います。浅瀬を道路分だけ埋め立てて作った道です。平安座島とか、本島には結構あります。この道で、空港外周道路と瀬長島が連結されています。那覇空港に着きました。この後石垣に足止めされて、那覇にはそう簡単には来られなくなるのです。まだ、運行の遅延は始まっていないのですが、台風を避けるために先島から本土への乗客の奔流が生じていました。乗り継ぎ案内板にも気合が…。台風情報が掲示されておりました。ここで石垣に行くか、正規運賃を払って東京に戻るか思案です。天気図を眺めた結果、次の日の朝は運行する、と読んで石垣への移動を決心しました。大変な誤りでございました。沖縄県に入ると、「すば」ばかり食べています。これは、那覇空港で私の一押しの琉風のソーキすばです。運命のゲート。ここを通ると、もう戻れないのです。結構逡巡したのですが…、乗ってしまいました。ゲートから見た那覇空港国内線ターミナル。見納めになるかなあ…。ボーディングブリッジまで撮影しております。迷いが画面に出てますですね。海自の哨戒機が次々に離陸していきます。どこにいくのでしょうね…。離陸してしまいました。那覇軍港です。見納めか…。しつこいですね。機内です。空いているでしょう…。この時の反対向きの石垣→那覇は全便満席で、キャンセル待ちも600名に達していました。サイゴン発最終便ののりです。いよいよ曇ってきました。いやーな雰囲気です。上は青空ですけど、下は真っ白です。飛行機は石西礁湖上空で激しく飛行機雲を出しておりました。不吉な…。余りに不吉な…。珊瑚礁の白波が大きくなってます。まずい…。台風がいよいよ近づいている感じがひしひしと伝わって参ります。ちなみに、この時は機体が激しく揺れていました。判断をミスったなあ…、と悲しい気分でシャッターを切っておりました。無事に着陸です。飛行機もこれでしばらくの見納めになりました。こんなに晴れているのですが、台風は南西側300キロに迫っておりました。次回は、初日の石垣市街散策をレポートします。【昨日の成果】ampm(EDY) 4マイル(NH)
2005/07/27
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東京の台風は空振りでしたねえ。石垣で5号の直撃を食った私は、東京で7号も味わえると思っていたのに拍子抜けです。まあ、無事で何よりですけど。せっかく対策を取ったのに、何か損した気分です。宮古を出発して多良間島を足下に見ているところまで前回レポートいたしました。今回は、石垣着陸直前からのレポートです。ここは石西礁湖上空です。珊瑚礁の周縁部で白い波が立っています。台風の波が来ている、という感じです。珊瑚礁が海岸を守っている、というのがよく分かります。石垣空港直前の石垣港です。毎度のことながら美しすぎる港です。なんで港なのにこんなに海底が美しい色なんでしょうね。ヘドロもなさそうだし、赤土も流れ込んでいなさそうです。手前が登野城漁港、その向こうが離島桟橋、その向こうが石垣港です。殆どの船が本日の夜にはこの港に終結し、台風を避けるはずですが、この時点では港は空です。石垣空港に到着です。毎度のことながら小さなターミナルと、アットホームな雰囲気です。グラホまで出迎えに来ると言うのが、徒歩搭乗の空港ならではですね。バス移動の空港ですら、グラホは出てきません(危険なんで)。那覇→宮古→石垣と乗ってきた機材です。石垣の空にご注目ください。まだ晴れています。それにしても、石垣はガラスなしで近くまで寄って撮影できる素晴らしい空港なんですが、タラップが邪魔です。ううむ…。空港内のバスです。離島空港なんですが、石垣の輸送量は結構なものなのです。頻繁に離着陸が行われています。バスも3台も用意されています。この空港内バス輸送は東運輸という石垣のバス会社が請け負っています。ちゃんとナンバーが着いているので公道も走れるのでしょうね。管制塔です。低いでしょう。滑走路も短いし、高い建物も無いので、この高さで滑走路全体を見渡すことが出来るのだと思います。これが成田や中部だったら、とんでもないことになるんですけど。ここで、ターンです。次の便で那覇に帰ります。那覇行きの機材です。ガーン。また同じ機材。しかも乗務員も同じです。恥ずかしい。結局、那覇→宮古→石垣→那覇とご一緒してしまいました。マイレージジャンキーでバレバレです。こんなことをしているので、私以外のお客には「いらっしゃいませ」と挨拶しているくせに、私には「ご苦労様です」とご挨拶いただきました。客乗さんに申し上げたい。好きでやっているのです。苦労ではありません。今度はお見送りです。お迎えとはメンバーが変わっています。右から二番目の人が一番えらいみたいです。石垣の滑走路端ですね。今度は石垣島の東側に抜けます。ますます波が強くなってきています…。
2005/07/27
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那覇空港を離陸するところからです。第二の目的地は宮古島です。JTAの機内です。JTAは全ての機材が734型です。ですが、新品の734と中古で買った734がありますので微妙に内装が異なります。本土便に使う機材には、オーディオもついていたりします。JTAは一筋縄では行かないのですね。沖縄本島西側の砂州です。珊瑚礁に囲まれていて綺麗なんですが、綺麗なところを見ていただきたいのではなく、次の写真と比較していただきたいのです。こちらは宮古島の珊瑚礁です。珊瑚礁があると、海岸の手前の珊瑚礁の端で波が白くなります。天然の防波堤と言うわけですね。この時点で台風の中心まで300キロ以上離れていたのですが、波は相当強くなっていた様子がわかります。本当に近辺では珊瑚礁でも波は白くなっていませんでした。台風が近づいたと感じさせられる場面でした。宮古島のターミナルと日本航空の767型旅客機です。だからどうしたんだ、という突っ込みが来そうなんですが、宮古島空港には日本航空は寄航いたしません。日本トランスオーシャンだけであります。ですが、真夏のピーク時には日本トランスオーシャンが日本航空から767を借りて、トランスオーシャンの便名で那覇=宮古を運行いたします。宮古島に767は、夏のピーク時にしか見られない光景なのです。ちょうどこの日は夏の甲子園の沖縄県予選の準決勝の日でした。今年は離島勢が頑張り、宮古高校はベスト4まで進みました。結局この日で負けてしまうのですが…。久米島も頑張ったし、八重山農工も頑張りました。沖縄県は強豪ぞろいですから中々甲子園までは難しいようです。宮古島の出発ロビーです。結構大きくて綺麗です。某石垣空港と比べると、整備されているなあ、という感じになります。ここから石垣空港行きの941便に搭乗いたします。なお、那覇から宮古まで乗ってきたのと同じ機材・同じ乗務員です。うーむ、気まずい。宮古島を離陸すると、平良港の全体が一望の下に…。先日はここのフェリーターミナルから下地・伊良部に行きました。さらに進むと多良間島が見えてきます。この多良間島には宮古空港と石垣空港から定期便が飛んでいるのですが、高速船との厳しい競争に晒され、廃止のうわさが立っています。廃止になる前に、飛行機に乗りに行かねば…。続きは次回にさせて頂きます。次回は石垣島着陸の手前からのレポートになります。
2005/07/26
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前にUPした日記でご報告しましたが、石垣島に行ったものの台風5号に遭遇し、得がたい経験を致しました。その際の模様をレポートいたします。先ず運賃と搭乗経路なんですが、非常に「変な乗り方」をしています。この時期はバースデー割引の季節で東京石垣を取りに行ったのですが、取れたのは連休中日の石垣→東京だけでした。この貴重な石垣→東京(@12000)を活かすために下のような経路を組みました。 羽田→那覇 バースデー割引 那覇→宮古 美ら島きっぷ 宮古→石垣 美ら島きっぷ 石垣→那覇 美ら島きっぷ 那覇→石垣 美ら島きっぷ 石垣→東京 バースデー割引美ら島きっぷというのは、沖縄県内の特定路線を5回乗って35000円という特殊な割引回数券のことです。色々な制約があるのですが…。細かくは説明しませんが、7月の連休は既に夏休みモードに入っていて、沖縄県の離島路線の運賃は殆どピークになっています。そんな中で使える割引チケットは美ら島きっぷしかなかったのです。そこで、観光というよりも修行色の強い(というか修行そのもの)旅程を組みました…。でも、旅程通りには移動できやしませんでしたけど。先ずは第一搭乗の羽田→那覇です。乗り継ぎの関係で0630時発のJL1901便に搭乗いたしました。この便は便名はJLですが、機材も乗務員も日本トランスオーシャン航空です。結果論ですが、今回の旅行では6搭乗して、全ての搭乗が日本トランスオーシャン航空になりました。那覇空港に着くと、直ぐに郵便局で荷物を受け取り、美ら島きっぷの発券のためチケッティングフロアに参ります。美ら島きっぷをJALクーポンとクレジットカードを組み合わせて買うなどと言うことをすると、沖縄県外の窓口では混乱しかねないので、那覇で発券することにしたのです。航空券購入を終えふと目を留めると、美しい花壇がありました。今回の旅行でも代用品カメラを使っていたのですが、マクロ撮影をしたことがなかったことに気がつきました。時間もあることだし、早速試験撮影です。色の出方は今ひとつ気に入りませんが、ピントはきっちり合っています。代用品カメラはなかなか優秀であります。流石はP社です。那覇空港のウェルカムホールです。つい最近まで、ここで、沖縄県主催の「迎恩の舞」という常設の沖縄民謡と沖縄舞踊のエギジビジョンが行われていたのですが、いつも間にか無くなってしまいました。寂しいなあ。前と同じじゃなくて結構ですから、何かやっていただけませんか?、那覇空港ビルディングさん。あの広場は、何もしないと寂しいですよ。那覇空港の日本トランスオーシャン航空のラウンジです。殆ど日本航空のラウンジと変わりが無いのですが、日本トランスオーシャン航空の絵葉書がもらえます。絵葉書は日本トランスオーシャンのものの方が遥かに出来が良いです(琉球エアコミューターも中々の出来栄えです)。那覇でラウンジに入った時には、受付のお姉さんに「絵葉書を下さい」と頼んでみましょう。引出しの中から秘蔵の在庫を出してくれると思います。いよいよ搭乗です。第二レグは那覇→宮古島です。続きは次回にさせて頂きます。
2005/07/26
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前回の続きです。青函トンネル見学を終え、再び特急に乗り込むところからです。特急の車内ですね。スーパー白鳥は、居住性改善車両が使用されており、なかなかのものです。一時間足らずで青森駅に到着します。こんな車両でした。色は昔の山手線みたいですね。青森駅の跨線橋です。連絡船の頃と殆ど変わりません。列車名が青森っぽくてよいです。青森駅舎です。函館とは対照的に全然変わってません。メモリアルシップ八甲田丸です。摩周丸を見たからにはこちらも見学せねば。入り口近辺です。あんまり綺麗じゃないなあ…。船尾です。鉄道線路が撤去されていないので、かつて連絡船に直接貨車を積み込んでいた様子が想像できるつくりになっています。函館の摩周丸は「船としての連絡船」が強調されていますが、八甲田丸は「鉄道の延長としての連絡船」が強調されています。入り口近辺です。コンコースには連絡船各船のマスコットが展示されていました。そうそう、こんなのありました。これこれ。二等の桝席です。私が乗っていたときはいつもこんなところに乗ってました。旧グリーン席ですな。旧A寝台ですな。八甲田丸には現役時代の内装が結構残っているのでした。やるなあ。ブリッジも公開されていますが、摩周丸とは異なり、気合は入っていませんでした…。その代わり、気合が入っているのが「車両甲板」です。摩周丸では公開されていないスペースです。車両甲板最後尾です。このねぶたの向こうに、鉄道車両を出し入れする扉があるのですが、見えません。車両甲板先頭にある連結器です。船が揺れて貨車が動くと、大変なことになるので(つまり洞爺丸事故の教訓を取り入れた訳です)、このように車両は船体と連結器で連結されるようになっています。左の奥に連結器の操作弁が見えます。台車と船体も、このようにチェーンで固定されます。船内にはこのような本物の鉄道車両が展示されていました。鉄で恐縮なんですが、変り種の車両もありました。控車です。連絡船と陸の線路の間は鉄板を渡していただけで、機関車など余り重いものには耐えられない構造だったようです。そこで、機関車と船に詰まれる貨車の間に、ただ距離を稼ぐためだけに挟み込まれた車両のことのようです。一応分類上は貨車になるのですが、別に何かを積むわけではありません(作業員が乗ることはあったようですが)。いかにも軽そうですよね…。八甲田丸では機関部も公開されています。機関室とは言わずに統括制御室という名前で紹介されています。発電所の管理室みたいですね。実際に船を動かしたディーゼルエンジンも公開されています。結構汚れてます。これは発電機だそうです。窓の外です。ビルの足元に白いテントが見えますね。このなかでねぶたが建造されているのです。8月には本番です。これで、八甲田丸はお終いにして、再び駅に戻ります。駅前市場の様子です。現在工事中で、往時の4分の1の規模にまで縮小しています。市場で食べた海鮮丼です。青森の海産物は割安です。食べなきゃもったいないです。青森空港ターミナルです。立地上の問題から、就航率が余り高くありません。この日も午前中に欠航を出していました…。空港で食べた海峡ご膳です。1600円なり。最後は空港内で展示されていたミニねぶたです。これで青函編を終わりにします。デジカメが突然死するという事故に見舞われたものの、なかなか楽しめました。天候がよければ言うことなしなんですが、初日は雲高が極端に低い曇り(後一歩で霧ですね)、二日目は雨(というか暴風)でした。青森県も、道南も見所は一杯あるので、年内にもう一回行って見ようと思っています。次回こそ晴れると良いのですが…。次回より「石垣島暴風ツアー」の様子をレポートします。7月の三連休を利用して石垣島に行ったものの、台風5号と遭遇し、得がたい経験を積むと言うストーリーです。余り美しい絵は出てきませんが、どうかお付き合いのほどを。ところで、「今どこにいるのか」ですとか「何時の間にか青森に行っているのね」というコメントを頂いております。日記が時系列になっていないので分かりにくいために誤解を生じさせてしまいました。私の日記は、分類「旅先からの暫定レポート」が「リアルタイム暫定報告」です。で、帰着後にデジカメ画像を用いた「本レポート」が分類「カメラ系」となります。リアルタイムよりも1~2週間くらい遅れます。最近の行き先をご報告すると、 7月2~3日 久米島 7月9~10日 函館・青森 7月16~19日 石垣島 7月23~24日 久米島 7月30~31日 愛知万博(予定) 8月6~7日 マリアナ方面(予定) 8月13~14日 韓国ソウル市としています。本レポートとリアルタイム暫定報告が入り乱れると思いますが、お許しください。
2005/07/25
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前回の続きです。海面下140メートルから地表までケーブルカーで上りました。今回の代用品カメラ撮影で最も厳しかったものです。強風下の手持ち撮影で4分の1秒でした。7連射×3回で漸くてぶれが目立たないものが撮れました。冬季は、トンネル記念館が営業しなくなるので、この車両を使用し、トンネルのメンテナンス要員を斜坑を通して本坑に運ぶそうです。これが地上駅です。このケーブルカーは国土交通省管下では一番短い鉄道だそうです。ケーブルカーの車内です。定員40名だそうですけど、夏季ピーク時には定員以上のお客を載せて運行するそうです。ケーブルカーの「運転席」です。運転は地上でやるので、運転席というのも可笑しいかも知れませんけど…。ケーブルカーの時刻表です。殆どの便が、トンネル記念館から地下に下りて、再びトンネル記念館に上がるために運行されていることが分かります。JR北海道のツアーには一日2往復のみ割り当てられていました。こちらがケーブルカーの地上駅の全景です。記念館の「表札」ですね。記念館の外観です。結構大きいのですな。掘削工事中は、この辺が工事基地だったそうです。目の前には日本海が広がります。残念ながら荒天でしたので、記念館から離れるわけにも行かず、この辺までしか歩かなかったのですが、近くには「階段国道」もあるそうです。もう一回来ないといけないですねえ。この記念館周辺は本州でも有数の風の強い地域だそうで、大規模な風力発電の施設があります。何と11機だそうです。ちなみに、この日は風が強すぎるので安全のために発電を中止していたそうです。上の写真は風力発電所、下の写真は11機の風力発電所の電力を集めた変電所です。ここから先は、屋外展示物です。とまあ、トンネル掘削機器が置かれています。風雨の厳しい土地ですから、少し痛み気味になっています。天皇皇后両陛下もここを訪れたようです。無造作に置かれていますが、これは海底を掘ったときの土だそうです。ものすごい量の土砂が出たはずですが、どこに持っていったのでしょうね…。屋外展示物の全景です。ここから先は館内の展示です。とまあこんな感じです。屋内展示物は、こんなもんかなあ、というレベルです。屋外+屋内+ケーブルカー+体験坑道で、おなか一杯という感じになるのでしょう。自動車で見にきても良いかも知れません。ちなみに道の駅にも指定されているようです。最後は昼食です。このトンネル記念館でホタテの刺身定食を頂きました。青森ではホタテの養殖が盛んです。甘味があって中々のものでございました。記念館では殆どが自由時間になっています。集合時間になると北海道のガイドさんがやってきて、再びトンネルに下りていきます。再び電車に乗り込みます。ホームの狭いこと…。今度はスーパー白鳥で青森に向かいます。白鳥と言うと、青森=大阪昼間特急のイメージが強く、青函を走っていると、何か違和感がありますね。この後、青森市に向かい、摩周丸の姉妹船、八甲田丸を見学し、帰路に着きました。次回は青森で過ごした数時間をレポートいたします。青函・激安デジカメ編は後1回で終わりにして、石垣暴風ツアーのレポートを行いたいと思います。
2005/07/24
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避難所から斜坑に上がります。非常時の際には、この避難所から乗客は徒歩で斜坑を上がり地上に出ることになります。ちなみにこの地点は海面下140メートルです。結構な距離なんです。暗くてよく分かんないと思いますが、エアロックです。斜坑と本坑で気圧が違うのでこんなものがあります。開閉時に大きな警告音が出ます。説明を行うガイドさんです。エアロックを動かすワイアには絶対に触れないようにと言っていました。油が着いたら、洗濯しても取れません、と言っていました。エアロックを越えるところです。割と危険なところなので、一行の最後尾に警備員が着きます。ここから先はJRのものではなく、第三セクター(青函トンネル記念館)のものだそうです。ここからが体験坑道です。最初の部分では写真パネルで工事の歴史が展示されていました。何か良くわかんない機器です。セメントミルク吹き付けの模様。セメントミルクのサンプルですね。土砂を運ぶ車ですね。恐らく作業坑の中を走っていたのでしょう…。水平人車です。坑夫を掘削部まで(トンネルでは切羽とは言わないのでしょうね)運ぶものです。わざわざ水平と言っているのは、別に斜坑人車があるからですね。狭いです…。体験坑道の入り口(出口)です。もともとこの体験坑道は、この真上にある。青函トンネル記念館の施設のようなのです。で、北海道から列車で来た私たちは出口から入って入り口から出ることになったのです。体験坑道の向こうにはケーブルカーの駅があります。非常時にはこのケーブルカーの線路に平行して建設されている階段を歩いて地上まで避難するそうです。ガイドさんとともにケーブルカーに乗り込みます。このケーブルカーで、地上に向かいます。この後には、青函トンネル記念館見学となります。続きは次回に。【本日の成果】リムジンバス(JCB) 12×1.5倍=18マイル(NH)空港食堂(JCB) 6×1.5倍≒約9マイル(NH)
2005/07/24
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続きです。海底駅の中の様子です。しばらくトンネルばかり続きます。変な形のトンネルでしょう?。ここは本坑の真下にある部分です。作業坑は本坑の左右に各一本あります。ところどころに上り作業坑と下り作業坑を連絡する形で、本坑を跨ぐ(くぐる)連絡トンネルが設けられているのです。作業坑の分岐部です、このように、分岐合流が随所で行われており、迷い込んだら大変です。図面は公開されていないし…。やはりガイドさんがいないと、無理ですねえ。避難所を指し示す看板です。前回に書いたとおり、この竜飛海底駅の本来の機能は非常時の避難所なのですね。しばらく作業坑の中を移動します。このツアーは結構歩かされるツアーなんですね。ふー。壁面にご注目ください。でこぼこしているでしょう?。この辺りの地質は非常にやわらかい粘土質だそうで、直ぐに固まる特殊なセメントを吹き付けて壁を作ったそうです。それでこんな形状になっているらしいです。まだまだ作業坑を移動します。本坑掘削工事中は、この作業坑を色々な作業列車が移動していたそうです。線路一本が残されています。その昔はこの避難所で色々なイベントをやっていたようです。看板だけ残っています。今でも北海道側の吉岡海底駅ではドラえもんイベントをやっているようですが、竜飛海底駅は何もありませんでした。まだ作業坑を移動します。壁面の形状と、分岐の多さが分かると思います。漸く避難所につきました。避難所には緊急用の便所が作られていましたが、残念ながら、使用禁止です。避難所本体です。結構広いです。1000名の非難を想定して作られているそうです(北陸トンネルの事故の際は760名の乗客がいたそうです)。避難所を逆サイドから撮影しました。今はギャラリーとして活用されています。
2005/07/23
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この週末は、バースディ割引(2週間割引期間があるので、週末二回分行けます)の第二回で再び久米島に行っておりました。久米島で見落としていた、上江州家住宅と五枝の松の撮影を行って参りました。FZ20が現役復帰です。ちゃんと撮れるか心配だったのですが、調子は上々でした。後日レポートします。さて、前回の続きです。今回は青函トンネルの見学ツアー(主催JR北海道、費用2200円)をレポートします。今回のターゲットの青函トンネル本坑です。竜飛海底駅に着きました。駅から写した列車です。ここからは暗い場所での撮影が続きます。写真の質が苦しくなって参ります。本線トンネル(本坑)と作業坑を結ぶ狭い通路です。ここを通って作業坑に出ます。で、ここが作業坑です。結構広いのですね。青函トンネルは、普通のトンネルと違い、本坑の他に、作業坑と先進導坑と二つの平行トンネルがあります。建設当時、世界に例を見ない難しい工事でしたので、先進導坑を掘りながら地質を探り、作業坑を先に通してから本坑の掘削を行い、作業坑を通して土砂を運び出したらしいのです。詳しいことはJR北海道のウェブ等で見ていただければと思います…。こういう構造ですので本坑を中心に小さなトンネル(と言っても自動車くらいは通れます)が縦横に走っていて複雑極まりない構造になっておりました。さて、探検スタートです。荷物をロッカーに預けて、身軽になって出発です。今回私が参加したのは竜飛1コースという区分のツアーですが、参加者は5名でした。混む時は定員オーバーで催行されるのですが、今回は梅雨末期で大雨ということもあり、空いていました。この人が案内人です。北海道の人です。でも観光するところは本州です。函館から特急列車に同乗してやってきます。駅名表です。一応駅なんですね。でも駅と言いがたいのが、改札口も出札口も無く、切符も売っておりません。法律的にはどのような位置付けになっているんでしょうねえ。竜飛海底駅の別名(いや正式名称かもしれません)。定点と言います。青函トンネルは53.9キロの長さがある世界最長のトンネルです。この青函トンネルの掘削を行っている時期に、北陸線の列車火災が発生しました。それまでの国鉄の規則では列車火災が発生したときはとにかく止まることになっていました。しかし、運の悪いことに長大トンネルの中で列車火災が発生してしまいました。その結果、煙に巻かれ死者が出てしまったのです。この教訓より、トンネル内で列車火災が生じた場合にはとにかくトンネルの外まで行ってから停まるよう、規定が改められました。しかし、青函トンネルは54キロもあります。火災が発生してからトンネルを出るまでには時間がかかり過ぎます。火災で車両が焼け落ちてしまうかもしれません。そこで、青函トンネルの場合は、トンネル内に4つの「定点」が設けられました。列車火災が発生したときには最寄の定点まで走り、定点で乗客を非難させる、というルールになったのです。この海底駅は非常時の非難経路として建設されたのでした。それを観光に流用している訳です。再び定点のプラットフォームに来ました。本坑の向こう側に同じような設備が見えます。ここで列車火災の対応を行うために消化設備も備えられておりました。しかし、余りに暗く、撮影は出来ませんでした。続きは次回にさせて頂きます。
2005/07/23
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続きです。ラーメンを二回食べた後に函館駅近くの宿に帰り、熟睡いたしました。翌朝は6時台に宿を出発し、北海道のローカル線の「江差線」の乗り潰し(始点から終点まで乗ること)を行いました。車両はこんな感じです。キハ40という形式のディーゼルカーで一両単行です。この江差線の始点は五稜郭、終点は江差なんですが、五稜郭~木古内間は青函線の一部になっていますので、結構分厚いダイヤになっています。といっても単線区間ですけれども…。函館を出て一駅目の五稜郭です。ここまでは函館本線ですが、江差線の列車はすべて函館から(まで)直通運転しています。貨物列車が頻繁に行き交います。後ろの機関車は貨物用の強力な牽引力の電気機関車で、EH500と言う形式です。江差行き普通列車の車内です。北海道のローカル線らしい雰囲気です。もちろんワンマン運転です。友人駅は数えるほどしかありません。車窓です。汽車(北海道では列車のことを汽車と言います)は渡島半島の海岸沿いをひたすら進みます。木古内で津軽海峡線と分岐した後の江差線は旧にローカル色を増していきます。木古内から二駅目の吉堀駅です。車掌車(昔の貨物列車には車掌がいて、列車の最後尾に車掌が乗る貨車を付けていました。これを車掌車と言います。民営分割の頃に全廃された筈です)を駅舎にしています。北海道にはこの手の駅舎が多いそうです(「鉄子の旅」の受け売り)。木古内=江差間唯一の有人駅(だったと思います)の湯ノ岱駅です。この湯ノ岱駅ではタブレット交換(伝統的な閉塞方式)を行っていました。懐かしい…。首都圏では殆ど見ない光景です。また、車掌車駅舎が出てきました。桂岡駅です。函館を出て二時間弱で漸く江差駅に到着です。その昔は、北海道で最も人口が集中していた場所のはずなのですが、鄙びた雰囲気の駅でありました。駅の前には海岸線が迫っています。江差駅の風景です。一応有人駅ですので、それなりの設備があります。有人駅にもかかわらず、改札・出札をしない駅なんですね…。本州では余り見ない方式です。乗ってきた列車で折り返し、木古内に向かいます。江差駅の周辺をもう少し歩き回りたかったのですが、残念ながら雨が降り始めたのでした。止む無く、駅周辺をちょっと歩いただけで、Uターンです。帰りの江差駅→木古内駅間はお客は私ともう一人だけでした。頑張れ江差線!。木古内で上りの白鳥18号に乗り換えました。特急列車の車内です。普通列車とはやはり雰囲気が違うものです。この特急列車で木古内駅より竜飛海底駅まで移動し、青函トンネル見学に参加しました。続きは次回にレポートします。追伸1:本日FZ20が修理から帰ってきました。幸せです。追伸2:P社からFZ20の後継機のFZ30が発表されました。とっても良さそうです。既に買い換える気分で一杯です。【昨日の成果】ampm(EDY) 2マイル(NH)四谷=新宿往復(SUICA) 3マイル(JL)マクドナルド(EDY) 1マイル(NH)NEWDAYS(SUICA) 2マイル(JL)
2005/07/23
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函館編は素材写真が非常に多いので、ペースを上げて進めていかないと、石垣島編に入れません。そんなわけで、一日に何通かUPして参ります。さて前回の続きです。ハイカラ号に乗って終点の谷地頭で降りて、市営谷地頭温泉に向かいます。市営温泉…。どんなんでしょう。これが建物です。建物の立派ですが背景の雲の低さには絶句です。ああ、函館山からの夜景撮影は絶望です。涙、涙。結構良い感じの入り口でしょう?。市営施設らしく、入湯券を買って入浴します。お値段はお一人370円です。非常にリーズナブルです。この後に脱衣場・浴場と進むのですが、流石に撮影できませんでしたので、施設については、函館市のウェブサイトでご確認ください。私の感想を記すと、お湯が熱い。結構鉄分が多そうな色だった。浴槽は十分に大きい。露天風呂がある。お湯の匂いは少ない。こんな感じです。なお、市営施設ですので、石鹸なし・シャンプーなし・タオルなしです。一階の受付で必要なものを買ってから入浴してください。そうじゃないと、悲惨なことになるでしょう…。ちなみにこれが入浴の受付です。いかにも市営と言う感じの制服を来た職員の方がいます。川崎球場のもぎりの方みたいな感じです。温泉を堪能した後に、空模様もいよいよ怪しくなってきたので、この辺で宿に入ることにしました。ここが宿泊先。函館駅至近の立地です。お部屋はこんな感じでした。何故か関西弁のお客が多かったのでした。まだ日没には時間があるので、市電の一日券を使って、しつこく回りました。その際の写真を掲げていきます。函館のマンホールの蓋です。イカなんですねえ。JRA函館競馬場です。もうレースが終わってしまっていて入れませんでした。日没後にもう一度摩周丸に行ってみました。船体がライトアップされていて、結構見応えがありました。しかし、カメラがカメラですので、構図も限定され、余り満足の行く仕上がりではありませんでした。函館市電を夜間撮影しました。ううん、露出アンダーですねえ。代用品カメラの能力の限界を大体つかむことが出来ました。早くFZ20が直らないかしら…。最後はもう一度ラーメンです。函館塩ラーメンをこの日は二回頂いてしまいました。
2005/07/22
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函館の西洋館街散策の続きです。ドック前方向に歩いていくと、中々良い感じの建物が次々に現れます。すると…。箱館ハイカラ號が再びやってきました。もう我慢できません。西洋館を見て、市電の終点のドック前まで行こうと思っていたのですが、急遽取りやめ、箱館ハイカラ號に乗り込みました。ここから先は、「鉄」モードです。先ずは車内です。二軸車なので車長が短く客席も狭いです。車掌も乗っています。ちなみにカードは使えません。現金オンリーです。運転台です。左側のマスコンは戦後製ですが、ブレーキは空気ブレーキではなく、手ブレーキのままです。明治村の京都市電に近い印象です。車内の銘板です。平成5年復元は良いのですが、最初に製造されたのは何時なんでしょう…。市電のウェブサイトによると、1910年に成田市で走り始めたもののようです。五稜郭電停で乗務員が交代し、谷地頭行きとして運行されました。車内の装備です。おそらく平成の復元物と思いますが、中の出来です。結局終点の谷地頭まで乗ってしまいました。この谷地頭停留所の近くには市営温泉があります。別府とか熱海のような温泉地には市営温泉がありますが、函館のような産業都市・交通都市で市営温泉とは珍しいので早速行って見ることに致しました。続きは次回にさせて頂きます。
2005/07/21
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前回の続きです。摩周丸と函館朝市という二大目標を制覇してしまっておりましたので、ここでしない散策に切り替えました。市電の一日乗車券の元も取らねばなりませんので。ちなみに函館山は諦めました。上の写真は函館山です。雲高が低すぎて、登山しても街が見えないと思われたからです。トラピスチヌスも止めにしました。いきなりですが、函館塩ラーメンです。烏賊ソーメン定食を食べたばかりなんですが、何となく店に入ってしまいました。maman.mさんの日記で札幌味噌ラーメンが紹介されていたので私もラーメンを出していました。このお店は「ラーメンの店海峡」というお店で、昔は連絡船の中で営業していたようです。何となく覚えがあるのですが、はっきりとは思い出せません。連絡船が廃止された後には陸で営業しているようです。函館市はラーメンを前面に押し出し、観光の目玉の一つにしようとしているらしく、ラーメンマップを配布していました。この日はもう一度ラーメンを頂くことになります。ラーメンを食べ終わったら市電に乗って、洋館街へGOGOです。市電でドック前方面に進みます。市電十字街停留所です。ここで市電は分岐し、一線はドック前へ、一線は谷地頭へ向かいます。ドック前方面に伸びる海岸と平行した道と、これに直交する坂道が、函館の西洋館が集中しているところです。ドック前行きの電車です。市電を見ると反射的にシャッターを切ってしまいます。旧函館市水道局だそうです。既に建設後90年が経過しているそうです。市電AIR DO号です。ADOは新千歳・旭川に引き続き函館にも就航しました。素朴な感じがする良い会社です。道民の翼と言っていますが、道民では無い方も是非ご登場ください。機内で販売されているジュースは中々美味しいです。坂道はこんな感じです。結構急な坂なんですね。海沿いの道はこんな感じになっていました。大体が、市に買い取られたりして、当初とは別の目的に使用されているようです(元倉庫→今博物館など)。この海沿いの道に郷土資料館旧金森洋物店がありました。今は市営の博物館になっていて、入館料は100円でした。内部はこのようになっています。代用品のデジカメが暗いところでどの位使えるか試したかったのですが、取り合えず、この程度の暗さでは支障ありませんでした。夜にならないと夜景撮影の能力は検証できませんですが…。続きは次回にさせていただきます。【本日の成果】朝食(SUICA) 4マイル(JL)
2005/07/20
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函館と言えば、朝市であります。日本中に朝市は数多あれども函館ほどの規模を誇る朝市は少数でしょう。お買い得かどうかは別にして、楽しめます。買うか買わないかは、その人の判断ですが、函館に来たらば寄らねば勿体無いと思います。最初は私の昼食をご紹介します。イカソーメン定食@千円也。夏場は真烏賊です。夏と冬で烏賊の種類が変わるはずですが、お店で余り深く突っ込まなかったので、よく分かりません。朝市の大雑把な風景です。普通は駅から歩いてはいるのですが、私の場合は摩周丸から迷い込んだので、細い路地からスタートしてます。これは函館ではじめて見ました。「でんすけすいか」です。数軒で目にしましたが、買いませんでした。とても食べきれそうにありません。それにしても良いお値段です。きっと美味しいのでしょうね。今度は店先です。やはり蟹が中心ですね。安いのか高いのか、今ひとつ分かりません。私は東京と大阪しか勤務経験が無く、北海道の蟹の相場がわからんのです。日本海の蟹ならば分かるんですが…。でも美味そうです。それと、函館だけでは無いかも知れませんが、活蟹の比率が高いですね。刺身にするのかなあ。これがメインストリートです。普通はここから探検を開始するのですが…。建物の中には、烏賊の生け簀がありました。でも残念殆ど売切れでした。生烏賊を食べたかったなあ。朝市の入り口には「どんぶり横丁(うろ覚え)」という、どんぶり屋さんばかり集めた建物ができていました。以上で朝市レポートを終了します。次回は函館市内散策編をレポートします。
2005/07/20
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前回の続きです。函館駅から直ぐのところにメモリアルシップ摩周丸があります。正式には青函連絡船記念館「摩周丸」というようです。元の連絡線岸壁に繋いであります。ちょっと入り口が分かり難いのが残念。海岸沿いに進むと遠回りです。駅構内から見るとこんな感じに見えます。連絡線岸壁はかつては函館駅構内だったのでしょう。ちなみに、駅からの線路は既に撤去されています。連絡線の手前には、動輪と錨のモニュメントがあります。洞爺丸事故の原因の一つは錨にあるという説があります。何か考えさせられます。旧連絡線岸壁です。鉄道線路が完全に撤去されているのでわかりにくいと思いますが、往時はここから貨車を連絡船に積み込んでいました。青函連絡船には船舶輸送の側面と鉄道輸送の側面の二つがあったので。函館側の摩周丸は船舶輸送の側面が強調されています。対照的に青森側の八甲田丸は鉄道輸送の側面が強行された展示になっています。先を続けましょう。船尾にある指揮所みたいなものです。青函はみなこれが着いていました。入り口です。何か分かり難い入り口で、結局入場料を払えませんでした。入り口エンブレムです。現役時代にこんなものあったかなあ。摩周丸のマスコットです。一隻一隻異なるキャラクターだったような気がします。現役時代の椅子席です。私は桝席が好みだったので、殆ど座ったことがありません。でも摩周丸には桝席は残されてませんでした。展示スペースです。船の部品とか、青函連絡船の模型などが展示されています。記念館三笠もそうなんですが、余り展示スペースは好きではありません。実物の理解を助けるものではありますが、やはり実物にはかなわないのですね。それより、客席をもっと残して欲しかった…。当然のようにブリッジが公開されていました。現役時代は絶対に入れない場所でしたが…。運転台にはまだ電気が通っており、操船の様子がわかるように作られていました。機関室への指示器ですね。これで「微速後進」とかやっていた訳ですね。プロペラピッチの操作盤です。飛行機と同様に、プロペラの回転数と可変ピッチで速度を調整していたようです。青函連絡船位の大きさの船を、鉄道線路をつなげる位ピタット止めなければならない訳です。難しい操作だったのでしょうね…。通信室です。青函連絡船の場合は、電報の取次ぎなぞをやっていたらしいです。使ったことは無いのですが…。摩周丸に乗船中の○○さんに電報を打ったり、連絡船から電報を発信できたりしたようです。ちなみに、電鍵が付いており、モールスの音を出すことができます。ブリッジから見た船首部分です。揚錨機が見えますが、錨はもう付いていませんでした。これなんだか分かりますか?。飾り毛布と言って、一等寝台(A寝台だったかなあ)の毛布はこんな感じで用意されていたそうです。やるなあ。ちなみに、連絡船が現役の時分には、私は非常に貧乏だったので(今は少し貧乏くらい)、寝台なんて怖くて近づけませんでした。何回も乗りましたが、二等以外は見たこともありません。休憩スペースになってますが、現役時代は二等の椅子席だったような気がします。この窓の形に見覚えが…。煙突甲板にはスクリューが展示されていました。スクリュー以外は展示物はありません。現役時代には自動車も運んでいましたね。そう言えば時刻表のピンクのページで料金を目にした覚えがあります。最後は、銘板を撮影しました。連絡船として三菱重工で建造され、展示館に函館ドックで改造されたことを表示しています。という訳で、メモリアルシップ摩周丸編を終わりにします。後日、八甲田丸編をレポートしますので、是非比べてみてください。何から何まで対照的です。多分青函で申し合わせて重複を排したのではないかと想像しています。次回は朝市をレポートします。
2005/07/20
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全然函館と関係ない書き出しですが、無事に石垣島から帰ってきました。結局72便(石垣→東京の一日一便しかない経由便)に乗れました。欠航空席待ち整理券は37番でした…。色々と邪な考えが頭を過ぎったのですが、予約と同じ便名で帰って参りました。今回の石垣旅行の詳細は後日画像入りで詳報します。 →石垣/宮古/那覇/羽田と切り直して →搭乗回数稼ぎをしようかと思ったのです →しかしダイヤが乱れているので見送りましたさて、気を取り直して、函館の続きです。前回は代用デジカメを五稜郭駅近くのヤマダ電器で買い求め、函館中央郵便局に戻ったところまでレポートしました。これの続きです。函館中央郵便局近くで目撃した「箱館ハイカラ號」です。後々、この車両を追い掛け回し、旅程を大きく変更することになるのですが、今は外観だけレポートさせていただきます。函館駅前の案内板です。五ヶ国語ですね。日英露中韓で書かれています。JR北海道ならではですね。JR九州だったら、日英韓中となるところですね。現在の函館駅です。久しぶりに来たら、駅舎が完全に建て替えられていました。もはや、青函連絡船の面影は全くありません。後日レポートする青森駅とは対照的です。中はこんな感じでした。自動改札です。ううん、凄い。函館以外ではこの辺に自動改札の駅があるのでしょうか…。札幌=函館の都市間輸送を目当てにしているのかしら…。函館近辺の近距離路線は極端にダイヤが薄いので、自動販売機の台数も少ないです。国鉄時代は、北海道のダイヤ・運行は函館中心に組まれていました。JRに改組後は人口の多い札幌中心の運行・ダイヤに改められております。駅舎の組み方にも、そういう雰囲気(末端駅感)を感じました…。ちなみに札幌駅は凄い都市駅になってます。京都駅か名古屋駅クラスです。函館駅前のバスターミナルに止まっていたラッピングバスです。広告が面白かったので撮影してみました。続きは次回にさせていただきます。【本日の成果】石垣島の延泊代(JCB) 50×1.5倍=75マイル(NH)石垣島の手土産代(JCB) 12×1.5倍=18マイル(NH)ビッグカメラ(SUICA) 19マイル(JL)ローソン(JCB) 3×1.5倍≒約4マイル(NH)
2005/07/19
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台風は去ったものの、ここ石垣市内では強烈な雨が降っています。天気予報では24時間雨量は150ミリと言っていましたが、300ミリは降りそうです。パンとカッブ麺には飽きていたので、少し贅沢なものを頂こうと「ホテル宮平」のレストランに行きましたが、台風のせいか、八重山そばかカレーしかありませんでした。そばは美味しかったのですが、納得が行かなかったので、居酒屋で直火請福を2合飲んでしまいました。旅先で酒を呑むのは数年ぶりです。明日こそ飛行機が飛びそうです。早く起きて空港に行かねば…。
2005/07/18
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台風5号は西に去りました。ふ~。与那国はまだ暴風圏ですけど、石垣島は既に暴風圏ですらありません。しかし、風は依然として強く、傘は差せません。恐るべし南海の台風。昨晩から今日の午前中まで暴風圏内でした。街路樹が何本か折れたり、商店の看板が飛んでいたり、交通標識が一部折れたりしていましたが、人的に被害は殆どありません。転んだり、家の中の作業で怪我をした人が3名でいずれも軽症だそうです。流石は台風慣れしてます。 →けが人は6名に。うち1名は重症と判明 →ご回復をお祈りいたしております。東京で同じ台風が来たら、どれだけの被害になることでしょうか…。しかし、暴風と言うだけあって、流石に凄かったです。傘を差せるさせない、というレベルではなく、歩ける歩けない、のレベルなのでした。ピーク前でも歩行困難で、食料品をコンビニに買いに行くのに随分難儀しました。昨日の夕方からは、予想通りホテルに缶詰状態になり、全く外に出られません。ビジネスホテルで食堂が無いため、FEEDされる食料は、食パンとコーヒーのみとなってしまいました。コンビニでカップ麺を仕入れて大正解、と思いきや、夜半からは停電で電気ポットが使えなくなりました。結局1個しか食べられませんでした。同宿の那覇から来た中年女性は三食ずっと食パンとコーヒーだったようです。流石に同情してしまいます。しかしながら、台風来襲以来殆どの商店・飲食店が休業しているので、どうにもなりませんね。今日になっても午前中は暴風雨で(昨晩は風中心、今朝は雨中心のような気がしました)、身動きが取れず、テレビも相変わらずだめで、NHKラヂヲを聞きながら悶々としていました。余りに暇さに、日本航空と全日空に電話照会を行い、運行状況を確認したところ、「夕方には飛ばす予定、臨時便も計画中」と言うではありませんか。よしこれは空港に行かねばと思い立ち、正午過ぎにタクシーを呼んで空港に向かいました。ここから先はマイレージジャンキー話になるのですが、全日空と日本航空では欠航空席待ちの優先順位が違います。日本航空の場合は、欠航空席待ち→上級会員→一般民間人→従業員やスカイメイトの順になります。私は上級会員なのですが、欠航空席待ちの中では優先されません。くそっ。ところが、全日空は違います。上級会員→欠航空席待ち→一般民間人→従業員割引やスカイメイト、の順になります。素晴らしい。台風の空席待ちも上級会員が優先されます。営利企業であるので当たり前の措置なのですが、欠航空席待ちの人が、次回搭乗時に自社を選んでくれるとは全然言えません。それよりは、頻繁に乗ってくれる「上得意」を優遇した方が収益的にはプラスに決まってます。経緯は知りませんが、もともと国営だった日本航空は旧国鉄的な取扱いで、純民間企業として成長してきた全日空が民間的な取扱いなのでしょうか。但し、残念なことに、今回私が持っている航空券はHBフェアのJTAのISG→HNDでありました。だからNH振替はできません。NHなら優先で乗れるものの、JLの割引チケットを払い戻し(1.2万円)、NHの正規運賃で購入しなければならなくなります(5.7万円)。この差額は悩むなあ…、と思っておりました。ちなみに、JL(JTA)の特別空席待ち整理券は300番台でしたので、今晩臨時一便+定期3便が飛んだ場合には乗れるかどうかかなり怪しいという状況になります。ううん、ここは思案のしどころだなあ、と思っていたら、あっさり14時30分に全日空の全便欠航が決定しました。これで悩みはなくなり、喫茶店「ゆうな」でコーヒーを飲みながらJTAを待っていると、15時30分にこっちも全便欠航が確定しました。ふー。結局、空港に来たのも無駄になってしまった。で、バスで市内に戻り、ネットカフェでこんなものを書いている訳です。まだ17時前なので観光してやろうか、とも思ったのですが、風は充分に強く、傘もさせない状態なので、観光もダメっぽいです。市内の店も開き始めそうな雰囲気ですので、石垣牛でも食べに行きます。それにしても、石垣の台風慣れは凄いですね。空港従業員もそうだし、市内の人々もそうですけど…。本島よりも凄い気がします。良い勉強になりました。今回の教訓は「就航率が低い場所に行くときはNH」です。一気にNHが好きになりました。追伸:NHは欠航空席待ち整理券はSクラスで発行するようです。この枚数に上限があって、999番までしか出せないようでした(石垣空港だけの制約かもしれません)。それ以降の人はBクラスで発行されてました(つまり一般民間人扱い)。こんなこともあるんですね。なお、JTAの方は1900番くらいまで欠航空席待ち整理券を出しているとのことでした。システム上の上限は何番なんでしょうね…。【本日の成果】石垣NHターミナルでそば(EDY) 2マイル(NH)
2005/07/18
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台風の中心は既に与那国島の西南迄進みました。昨晩より風は随分弱まりました。もう建物は揺れていません。と言ってもまだまだ暴風圏で、外を歩ける状況ではありません。昨晩は瞬間最大風速五十m位だったようです。JTA・ANAともに午前便しか欠航を出していません。それどころか、夕刻に臨時便を出すと発表しています。天気図を見ている限り、実現は難しいように思えます。チェックアウトするかどうかが次の判断になりそうです。それにしてもやることがありません。暇の極致です。テレビが復活すると良いのですが。
2005/07/18
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風雨共に猛烈になって来ました。外に出ることはとても無理です。今いるホテルには食堂が無いので、夕食も食べられず、やむなくトーストとコーヒーがホテル側より提供されました。断続的に停電が発生しており、おちおちエレベーターにも乗れません。停電のせいか、テレビ放送局も沈黙しており、ラジオが唯一の情報源となりました。とにかく暇です。何もやることがありません。台風が最も接近するまで、三時間です。風で建物が揺れています。眠れません。早く夜が明けないかしら。明日も午前中は厳しい気象になりそうです。鬱…
2005/07/17
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現在も、石垣島に居ります。物凄い風です。しかし、ここの方々は口々に「こんなもんじゃないよ、夜にはもっと凄いことになるよ。危ないよ。」と仰います。どんな凄さなんでしょう。初体験なので分からないことだらけです。今朝は、iモードで石垣発の便の全便欠航を確認し、6時過ぎにタクシーで空港に向かいました。ターミナルのオープンは7時と聞いていたのですが。6時40分にはすでに開いており、70名程並んでおりました。恐るべし台風慣れ。7時10分にカウンターがオープンになり、特別空席待ち整理券を受け取りました。東京行きが30番台、那覇行きが300番台でした。くそー、70名しか並んでいないのに、何で300番台なのだっ!。旅行代理店らしき方々がガンガン番号を持っていくので、個人客の番号が遅くなってしまうのですね~。勉強になりました。次の台風の時には5時に空港に行くことにします。8時頃に整理券を受け取り、空港食堂「ゆうな」でそばを食べました。食堂のおばちゃんに「昨日帰ればよかったのにさあ」と言われてしまいました。修行時代に石垣空港食堂には頻繁に来ていたので、顔を覚えられているようです。止めの一言は「また昼ごはん食べにいらっしゃい」とのことでした。こっちの身にもなって欲しいなあ。空港から路線バスで石垣のバスターミナルまで戻りました。どうせ暇です。前から乗りたかった「民謡付爆笑ガイドの石垣島一周定期観光バスツアー」に参加しようと窓口で聞いてみました。「運休ですか?」「午前便はでますよー」。ガッツポーズです。4350円昼食付のチケットを買って早速バスに乗り込みます。大雨暴風警報下定期観光バスにのるのは私くらいかと思いきや、結構乗ってます。20名前後のメンバーとなりました。スーツに琉風の上着という出で立ちのガイドさん(花城さん)と一緒に暴風ツアーに出発です。時々、猛烈な雨が降ります。そして常に強烈な風が吹いておりました。このような環境下、唐人墓(凄い雨でした)、川平公園(「カビラ」と読みます/途中から猛烈な雨)、陸生ヤシ原生林(凄い風でした)、ドライブイン(猛烈な風雨)、玉取崎展望台(猛烈な雨と風)、と粛々と行程を消化してまいります。ううん、暴風ツアーです。ちなみにガイドの花城さんのトークは中々のものです。晴れていたら…。台風のせいで川平のグラスボートは運休になっていました。止む無しですね。14時にバスターミナルに帰着すると、直ぐに空港行きのバスに乗り換え、再び石垣空港に出発しました。現地情報では前回の台風の際は空港にキャンセル待ちの客があふれ、近くの体育館に移動させて夜を明かせたとのこと。今日もパニックか?、と思い観察に行ったところ、空港に乗客は殆ど居ず、随分閑散とした雰囲気です。昨日の時点で今日の全便欠航は見えていたので、今日はこんな感じに静かに事態が進んでいるとのことでした。恐らく昨日の時点で観光客は宿を確保しているのだろう、とのことでした。色々と台風の際の情報を集めました。台風の際にはトランスオーシャンは比較的安全策を取って欠航を出すが、エアーニッポンは果敢の着陸を試みるとか(ただし、物凄くふらふらしながら空港に近づくので、地上から見ているほうが気が気じゃないそうです)、タッチアンドゴーみたいに、車輪が接地した後でもゴーアラウンドをするとかです。ううん、恐るべしエアニッポン。大好きになりそうです。ガイドの花城さんの話によると「20メートルや30メートルの風なら大丈夫。だけど、今回は55メートルだから、物が飛んでくるかもしれないので危ない。気をつけて」とのことでした。既にここは暴風域に入っているので25メートルくらいです。夜に酷いことになる見込みですので、そろそろ、食料を仕入れて宿に篭ることにします。この暴風雨下で、写真を数百枚撮っております。詳細は帰京後に、青函レポートに引き続き、ご報告いたします。【本日の成果】ホテル延泊(JCB) 50×1.5倍=75マイル(NH)朝食(EDY) 2マイル(NH)
2005/07/17
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今回は、青函報告ではございません。青函報告の続きは、いつになるか良く分からなくなっております。と申しますのも、只今石垣島に居り、帰京の日程が不透明になってしまっているからです。青函旅行の画像は全て自宅のPCに保存しており、帰京しない限り、続きを書くことが出来ないのです。さて、今日からは連休でございます。特にこの7月の連休は法律の定める「ハッピーマンデー」に該当しますので毎年三連休です。この連休を活用し、沖縄県石垣市に来ております。この三連休は私にとって特別の意味があります。というのも私の誕生日がこの3連休に近い日付であり、バースデイ割引の対象期間になるのです。このバースディ割引は、日本中どこに行っても最高で片道12000円というナイスな割引制度です。ということは遠いところになればなるほど、お得。ということです。現在の国内線最長区間は沖縄那覇=札幌新千歳間なのですが、これが季節運行でして、夏になると運休になってしまいます。この三連休で最長区間は、東京羽田=石垣となります。そこで当然のように石垣に来ています。しかし、世の中は甘くはありません。大型で強力な台風、5号が着々と石垣・宮古を目指し接近しています。明日は離島航路は全便欠航が予告されているし(最終決定は16時って言われましたがどうなったんだろう)、石垣空港は、さながら戦場から逃げ出す難民空港と化しております。明日になれば飛行機が飛ぶ保証は全くなく、多くの観光客が今日で日程を切り上げ、那覇方面に避難をはじめています。という訳で、那覇→石垣はガラガラ、石垣→那覇は全便満席です。特に、今日は石垣→那覇の臨時便が出るとアナウンスされています。20時40分発那覇行きの1628便です。この便に使う機材は明朝始発600便用の機材と推定されます。つまり、現時点では欠航は決めていないものの、今晩石垣空港に機材を置いておくとどうなるかわからんので、那覇に回送しておこう、ということなのでしょうか…。そんな中、私はチケットの関係で、本日はどうしても石垣に泊まらざるを得ません。どうか、台風があっさりと去ってくれることを祈りつつ、脅えています。離島の台風は初体験です。ホテルのフロントの人に、離島の台風と本島の台風はどう違うか聞いたところ「離島はね、あっさり停電するんですよ」とのこと。恐ろしいような、楽しみのような何とも言えない感覚です。ドキドキするけどワクワクする。そんな感じでしょうか。今日の夕方くらいまでは大人しい天候のようです。今のうちに、名物石垣牛のステーキを頂いて、明日の台風対応に備えます。追伸:コメント・BBSへの多数の書込みを頂戴し感謝にたへませぬ。しかし、旅先でして、なかなかお返事が書けない状態になっております。ご容赦ください。
2005/07/16
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取り合えず代品として購入した(といっても費用は全額私持ちですけど)カメラのテストを兼ねて撮影の練習です。FZ20になれた身には辛い事実が…。絞りはワイ端こそ2.8ですが、テレ端になると10なんぞという表示が出ます。うーん、暗い。レンズ口径から想像はしてましたが、一眼レフもどきからコンパクトカメラもどきにグレードダウンです。今回の旅行の写真の品質には目をつぶってください。路面電車です。函館では元気に市電が走り回っています。車内はこんな感じです。バスよりも狭いのです。結構ゆれます。それがまた良いのですが…。運転台です。どの街に行ってもマンホールの蓋を撮影してしまいます。函館の場合は、五稜郭がデザインされていました。街ごとにユニークなデザインがあって面白いのですね。今年に入って撮影した蓋では、岡山の桃太郎、波照間島の南十字星、座間味の鯨などがあります。最初に函館中央郵便局に行きました。壊れたデジカメと、新しく買った激安デジカメの空き箱を東京に送り返すためです。悲しい。郵便局の近くにはこんなものがありました。どうも廃校になった小学校の記念碑のようです。と、ここまでで旅行の準備が漸く整いました。次回から、旅行らしい内容をレポートします。
2005/07/16
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今回から、先週末に行って来た青函縦断をレポートします。表題からしていつもと違っていて「激安デジカメ」でございます。なんでこんな表題かと申しますと、旅先でデジカメが壊れたからです。うーん、腹が立つ。今、主に使っている(といっても修理のためにメーカーに戻ってますが)機材はP社のFZ20という機材です。函館の宿で撮影したもので、このときには既に全く機能せずに、ただの死重でした。1キロ近くあるのに…。デジカメが旅先で壊れたのは二回目で、最初の時は、この機種の先代のFZ10が肥薩線吉松駅構内であえなく昇天しました。今回は函館に向かう日本航空機の機内で昇天しました。ですから、レポートは突然始まります。函館本線五稜郭駅です。この駅が全然看板に偽りありでして、五稜郭から遠いんですな。市電の五稜郭からタクシーで千円以上は離れておるのですよ。つまり何にもないところにある駅なのです。なんでここからスタートするかというと、デジカメが無くては旅行にならないので、まずはカメラを買える所を探したのです。しかし、函館駅近辺にカメラを売っているところは無く、観光案内所で聞いたところ、汽車で五稜郭駅にいって、ヤマダ電機で買うのが良いだろうと教えてもらったのです、ワンポイントリリーフですので、余り高い機種を買う訳には行きません。一方で、今回のメインディッシュは青函トンネルです。当然暗いところの撮影の連続です。そこで使い慣れたP社の光学手ぶれ補正付で、かつすぐに使わねばならないので、乾電池が使えるものを購入しました。詳しくは、先日の日記をご参照ください。デジカメが手に入ったので、早速函館探検です。函館に来るのは6年ぶりです。前回来た時は、ねぶた見物のついでに寄っただけですので、市内をきちんと回ったわけではありません。本格的に回るのは高校のときのクラス旅行以来ですから20年ぶりです。この函館市電の一日乗車券を購入し、探検の始まりになります。【本日の成果】ローソン(JCB) 2×1.5倍=3マイル(NH)
2005/07/15
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今回で久米島編を終わります。最後は那覇から東京への飛行機です。普通の飛行機なんですが…。JA8164という登録番号で、今ではたった一機に減ってしまった日本航空の747SR型です。古い話ですが、御巣鷹山もこの形式でした。多分、国内線では数少ない3名乗務機です。マイレージジャンキーなので当然のようにクラスJを選択します。今の744(数が多い国内専用の747型機)ではクラスJは一階にあるんですが、この8164は二階席がクラスJです。天井が低くて、荷物を入れる棚も無い(その代わり窓際に収納スペースがあります)のが古臭くて好きです。また、椅子は旧スーパーシートなんで、今のクラスJよりも大きいです。ちょっとお得な気分です。階段も二階席の一番前にあります。いまどきのジャンボ(747シリーズ)は二階席の一番後ろ側に階段が設けられておりますが…。国際線の古い機材だと、一番前の階段が螺旋階段だったりします。一階から見た階段です。一階最前部の普通席です。中央に一席だけ独立した席がありますね。これがマニア用語でいう「沖田艦長席」です。マニア垂涎なんですが、私はまだアサインされたことがありません。ちなみにこっちが二階席のクラスJを同じようなアングルで撮影したものです。席の大きさが違うことが分かると思います。最後は二階席をちょっと低めのアングルで撮ってみました。床に置いてスローシャッターで撮影してみました。この機体も仲間が次々に減少し、最後の一機になって数年が経過しています。あと何年日本の空を飛ぶことやら…。これで久米島旅行レポートをお終いにさせていただきます。次回はこの週末の「青函・激安デジカメ編」をレポートさせていただきます。【本日の成果】ローソン 2×1.5倍=3マイル(NH)
2005/07/14
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奥武島に戻ったところからの続きです。いよいよ帰路です。奥武島から久米島に向かう道路です。望遠くさい絵を一枚撮って置きたかったのです。ここからはバスです。うーん、らくちん。空港で食した久米島そばですな。美味しいのですが、ラーメンどんぶりは何とかならないっすかね。美味しくてボリュームもあったのでOKですけど。特にソーキの大きさは特筆もんでした。空港一階の方が私の好みです。那覇まで戻ってきました。那覇空港の海自の哨戒機です。那覇ではラーメン店に行きました。沖縄では中々ラーメンの名店が育たないのです。理由は簡単、沖縄そばが美味しすぎるのでラーメンが支持を伸ばせないのです。この辺は大阪と似ていますな。そんな中で沖縄でもラーメン名店が出てきました。ここは通堂という店です。空港からモノレールでふた駅の小碌の近くにあります。まあまあのお味でした。次回で久米島編は終わりにします。その次はこの週末に出かけた、青函ルートをご紹介するつもりです。【本日の成果】NEWDAYS(SUICA) 4マイル(JL)
2005/07/13
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続きです。早速分割してみました。島の東端にある真泊集落の鮮魚市場です。日曜日の午後ですから残念ながら空いていませんでした。どんな魚が上がるのか随分興味があったのですが…。こちらは真泊フェリーターミナルです。でも使っている雰囲気ではありませんでした。往時はどこに航路を持っていたのでしょうね。ターミナルの内部です。集会場として使われているのでしょうね。待合室という雰囲気ではありませんでした。漸く奥武島の入り口まで来ました。ここまで20キロ歩いてしまいました。うーん。疲れました。前日に引き続き、また畳石に来ました。同じようなアングルですが、前日撮影分より畳っぽく取れました。潮の干満のせいでしょうね。もう一回来たかいがありました。疲労の余り、二日連続でバーデハウス久米島に来てしまいました。二階来るのであれば、初日に会員になっておけば良かった…。ここで沈没です。風呂に入って汗を流して、休憩場で二時間寝そべってしまいました。バーデハウスのシャトルバスです。ホテル日航久米島とかイーフビーチホテルとバーデハウスを結んでいるようです。乗れませんでしたが。久米島町営バスの路線図です。結構路線があるのですが便数はやはり少ないです。でも飛行機に合わせて運行されるので、まあ便利ですね。島の南側では。ただし、飛行機が遅れても、バスは時間通りに空港を出発します。何とかなりませんかねえ…。続きは次回に。
2005/07/12
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皆さんコメント有難うございました。maman.mさん、参りました。降参です。早速私も検索してみました。なんとなんと、あの滝が上下逆さまになるんですね。すごい…。でも、残念。そんな現象があるのであったら、もっと粘ったのに…。ひろえもんさん、私はそんなに健脚じゃないんですよ。もう比屋定バンタ辺りで完全にグロッキーでした。しかし、こんな田舎でタクシーは絶対に来ないだろうし、バスも7時間待ちでしたので、もう歩くしか選択肢が無かったのです。涼しければ、もっと長い時間、歩けるんですが…。ミストファンサンもご指摘の通り、私もあんな工程が入っているとは思いませんでした。絹糸って丈夫なんですね。すぐだめになる繊細な繊維だと思っていたのですが…。カズ姫さん、ご無沙汰しております。半年前と殆ど行動は変わっておりません。今後ともご贔屓に。そして、garnet-rさんのご指摘を受け、短めのブリテンに分割してレポートします。今年のシステムアップデートで一日3ブリテンアップできるようになりましたから、分割も容易でございます。さて、前回の続きです。ゆいまーる館で涼んだ後に仲間集落を東に向かって進んでまいりました。ここに史跡があります。、仲里間切蔵元跡です。今は久米島町という一島一自治体ですが、昔は具志川村と仲里村の二自治体でした。その仲里村の先祖みたいなものです。間切というのは琉球時代の行政区域のことのようです。ちょっと手前から撮影したものです。手前は小学校です。かつて行政の中心だったのでしょうね、という感じの配置です。表札みたいな感じです。小学生の自転車が妙にアットホームな感じになってます。こちらは正門です。結構重厚な石造りの壁になってますね。内部にはもう建物はありません。もともとは行政府と年貢倉庫があったようです。明治維新以降は村役場が置かれていた時期もあるそうです。ここは倉庫の跡のようです。こっちは内側から見た正門です。何となく中国風ですよね。こっちは裏門です。完全に中国風になってます。続きは次回に。【本日の成果】ampm(EDY) 3マイル朝食(SUICA) 4マイル
2005/07/12
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一昨日函館空港で昇天したP社のFZ20をヨドカメに持ち込んで修理依頼を行ってまいりました。壊れたときは「おのれ~」と怒りの火が燃え上がったのですが、家に帰って調べると、シャッターを3万1千回切ってました。これは当然の磨耗故障かなあ…。プロなら一万回でオーバーホールですもんねまあ、保証期間中だったので無料で修理できるし良しとしましょう!。代品として函館市街(正確には五稜郭駅前)で購入したP社のLS1型も、税込み2万4千8百円の割には、意外に良い絵が撮れたし…。このカメラは電池で動き、お値段お手ごろ、かつ手ぶれ補正がついていますので、一時凌ぎ用代品カメラとしては中々秀逸です。税込み3万1千円で売られていた、P社のLZ2型とどちらにしようか散々迷ったのですが、まあ良いかな…。さて、続きです。「阿嘉のひげ水」という謎の看板を頼りに急な階段を下って参ります。標高100メートル弱はありそうなところからですので、このまま海面まで降りてしまったら、帰りは大変だなあ、などと考えながら下っていくと、こんな感じでした。おお、展望台が!。せいぜい30メートルくらい(それでもビルにして4階分くらいかな)下ると行き止まりで展望台が見えてきました。いい感じ、いい感じ。でも、結構汚れているんですね。余り手入れされていない感じです。先ほどの比屋定バンタに比べると大違いです。しかし、景色は絶対こっちの方が良い!。断言します。車で乗り入れることができないので、注目されていないのですね。徒歩旅行の面目躍如です。歩いてよかった。これがひげ水の正体でした。断崖絶壁から流れ落ちる滝みたいなものです。この白い飛沫が白いあごひげみたいに見えるので、ひげ水というようです。ふーん。ちなみに、ズーム倍率をがんがん変えています。35ミリ換算で38-432ミリでがんがん変えています。光学12倍ズーム手ぶれ補正付きの威力抜群ですね。このカメラが一週間も経たずに空港で昇天するなんて…。manman.mさんは「ひげ水」が何かお調べ頂いたそうですが、もし、私のうろ覚えが間違っていたら指摘してくださいね。奥武島で聞いた話のうろ覚えで、今一怪しい記述ですので。ひげ水以外の景色もばっちりです。池状のものは、車えびの養殖池です。これが先ほどまで休んでいた、比屋定バンタ展望台です。あの展望台からこっちの展望台が見えていたのか…。全然気づかなかった…。とこんな感じでした。イヤー満足満足。で、再び久米島周回道路(バス通り)に戻り東を目指します。いよいよ下り坂です。まあ、この画像は振り返って見上げて撮ったものですが…。あっという間に標高が下がっていきます。標高が下がるにしたがって、人家が増えていきます。港が近い!、って感じです。視界に新たな建物を発見!。ゆいまーる館です。久米島紬の技能を保存するための建物です。別のアングルです。左側の建屋というか、骨組みは、染色を行うためのもののようです。館内で久米島紬の作り方をビデオで勉強しましたが、まあ手間のかかること…。ちなみに、大島紬の先祖は久米島紬だそうで、中国が祖先だそうです。知らなかった…。沖縄県は明治維新以降も琉球王朝時代の税制が続いたそうなんですが、久米島ですがこの久米島紬で納税していたそうで、涙々の歴史があったそうです。詳しくは「ゆいまーる館」か「久米島紬」で検索してみてください。展示館の内容物です。展示物よりもビデオのほうが良かった(失礼!)。織り工程の実演場です。残念ながら、日曜日の午後ということもあり、お休み中でした。ものすごい手間ですぞ。感動すること請け合い。砧打ちという工程ですね。餅つきではございませんぞ。織りあがった生地を、このように砧で叩き、柔らかくすると言う工程です。今回の旅行中に実際の作業を見られたのはこれだけなんですけど、実際の工程は、 蚕を飼う 糸を紡ぐ 糸を太くする 染料を作る 横糸を意匠に沿って染める 干す 洗う また染める (繰り返し) 別の色を染める 泥染めする (繰り返し) 縦糸を意匠に沿って染める (省略) 織る 砧打ちするという工程を全部一つの工場でやるわけです。すげー。これが染色場ですね。この作業もえらく気を使う(縦糸はむら無く生乾きの状態でさらに染める)工程なんですが、この日は作業は行っておりませんでした。ちょっと感動しました。ちなみにここまで約15キロ歩いております。5時間経過してました。空港を出て初めて冷房付きの場所に入りました。すっかり元気になりました。続きは次回にさせていただきます。【本日の成果】朝食(SUICA) 4マイル(JL)ampm(EDY) 3マイル(NH)
2005/07/11
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北海道から無事に帰ってきました。昨年に引き続き、旅先でデジカメが壊れました。購入一年足らずでのデジカメ破損は二回目です。某P社への信頼が揺らぎます。写真をとらないわけにも行かないので、某P社の格安品を購入し、とりあえず凌ぎました。無駄な出費かなあ…。詳しいお話は後日ご報告します。さて、気を取り直して前回の続きです。きつい上り坂を登ると、「比屋定パンダ」です。うーん、遮蔽物が無いので風が気持ち良いです。2時間半歩いて漸く大休止を取りました。こんな碑文がたっています。絶景かな、絶景かな。展望台は二階建てなんですが、一回部分からみた風景です。真下が見えないのですけど、左右はばっちり見えます。気力も失せてしばらく一階で休んでおりました。展望台はこんな感じでした。売店があるのが地獄に仏。ここまでの10キロの間にコンビにはおろか、自動販売機すらありませんでした。やっと水分補給ができました。二階からの風景です。今度は真下もばっちり見えました。池状のものは、車えびの養殖場です。車えびだらけですな。またまた、なんじゃこりゃ、という表示が出てきます。ひげ水??。入り口には民謡の石碑が立っていました。でもひげ水が何かはわかりません。そして下の降りる道が…。まさか海水面まで降りんじゃないでしょうね…(この時点では比屋定パンダと殆ど高低差なし)。嫌な予感を抱きつつ、階段を降りて見ました…。続きは次回にさせていただきます。【本日の成果】後日JLのウェブで確認します。
2005/07/10
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前回からの続きです。具志川城跡からです。この岩山の頭頂部が城(グスク)だったわけですね。まあ、これだけの傾斜だし、三方は海だし、防衛陣地としては重宝したのでしょうね。沖縄県の史跡に指定されているようです。色々な石碑が建てられています。石垣を縫うようにして、急な傾斜を上がって行くと、グスクの中央部に出ます。頂上はちょっとした広場になっていました。端に行けば見晴らしが良さそうなんですけど、なんかハブが出そうな予感がして茂みには入りませんでした。一人でいるときにハブにやられたら、どうにもなりませんので…。ちょっと臆病な私。こんどはミーフガーという奇岩です。女神を象徴しているとかなんとかパンフレットに書いてありましたが良く覚えておりません。余り近くには寄れませんでした。このミーフガーの手前で海岸道路は行き止まりになっておりました。ここで海岸道路をあきらめ、内陸の集落を結ぶバス道路に入りました。バスといっても、この辺りは一日2便ですけど。バス道路から見た空自のレーダーサイト。朝方空港の近くで見た自衛隊の車両はここに向かったものと想像されます。同じくバス道路からみた宇江城跡です。バス道路に出ている看板に「宇江城2.8キロ」という表示に、歩いて登ることをあきらめました。弱虫な私…。ちなみにこの時点での歩行距離は8キロ強でした。那覇でも有名な(というよりありふれている位浸透している)泡盛ブランドの久米仙の工場もこの辺りにあるようです。工場見学可という看板なんですが、「日曜日はお休み」という厳しい記載も…。見学を諦め、前へ進みます。太陽石という石だそうです。何か天文ちっくな言われがあるみたいですが、既に半分熱射病に近く、銘文を読む元気も無く、写真を撮っただけでで、パスパス。ふー。この辺りで歩行距離10キロ。既にズボンまで汗でべちゃべちゃになっていました。この後は急な上り坂になります。うーん、辛かった。上り坂で標高を稼いでいくと、絶景の比屋定パンダという断崖絶壁の展望台に出るのですが、次回にさせていただきます。全然話が変わるのですが、私本日から北海道に遠征いたします。着陸地は函館の予定です。今週末のレポートは久米島編が終了し次第、レポートさせて頂きます。
2005/07/09
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前回は久米島空港に着いたところまでレポートしました。続きです。最初の一枚です。いきなりですが、自衛隊の車両です。離島で自衛隊を目にするのは久しぶりで、思わずびびってしまいました。久米島にはレーダーサイトがあるので空自が駐屯(これは陸自用語かな)しています。6高群というマーキングが見えます。第六高射群という意味かな。久米島空港の玄関側です。滑走路側とは全然違うフォルムです。こういうアングルが見つかるので徒歩旅行は止められないのですよね。こんな感じの風景の中をずんずん進んでいきます。さとうきび畑の中に潅木が立っているという風景がよく目に入ってきます。離島らしいゆっくりした風景が続きます。さとうきび畑と未舗装の道が続きます。さとうきびは背が高いので自分がどこにいるか分からなくなるんですよね。今年に入ってGPS付携帯を買ったので、時々現在位置を確認しながら進みます。道がはっきりしないし、地図にも載っていない道ばかりでだんだんオリエンテーリングみたいになってきました。久米島灯台です。今年に入って灯台ばかりのような気がします。網走では能取崎灯台、三浦半島では観音崎灯台・城ヶ島灯台・与那国灯台・西崎灯台・派照間灯台…。でも、この一枚が一番綺麗に撮れました。空の色が違います。灯台の先端部です。微妙に斜めになっているのが残念。強風下で斜めになってしまったようです。久米島灯台を通り越して、延々と海岸沿いの道を進みます。ところで、上の写真はなんだか分かりますか?。くるまえびの養殖池(掃除中なのか水が抜かれています)です。久米島は日本のくるまえびの10%を生産する大生産地なのだそうです。私は貧乏なので、ここ数年、ブラックタイガーしか食べてません。甘いくるまえびが食べたいなあ。この次は具志川城跡に進むのですが、グスク系は写真枚数が多いので次回に回します。【本日の成果】AMPM(EDY) 2マイル(NH)
2005/07/08
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今回の「てくてく歩き」という表題は、本当にたくさん歩いたので付けました。離島はレンタカーで回るのが楽なんですが、体験的に歩いて回らないと味わえない風景もたくさんあると思います。今回は久米島の北側を延々と歩いてみました。これが久米島の地図です。空港で撮影しました。初日はバスで久米島の南岸を移動しました。いい忘れましたが空港は左上の岬にあります。初日に行った奥武島は右側にある小さな島です。二日目は海岸沿いに北岸を延々歩き、再び奥武島に至るルートを辿りました。まあ、見所がたくさんありました。えーと、まだ早朝です。沖縄本島です。私が泊まった赤嶺駅は那覇空港の入り口にある駅で、モノレールのホームから空港が良く見えます。空港といっても、陸海空自衛隊が同居してまして、駅から見えるのは空自の基地ですね。これは空自のアンテナです。ここが私の宿泊したグランビュー沖縄です。いいホテルです。詳しくは7月2日の日記に書いてしまいましたが、安くて綺麗で空港の近くでブックオフが近くにあります。モノレールで空港に向かう車窓です。まだ午前6時台なので赤っぽく写っています。空自の施設が延々と続きますね。那覇で私が乗った機材です。JTAも旧塗装が随分と減ってきました…。空港で出発を待つ間に目にした機材です。那覇基地ではまだF4なんですね。だんだんF15に押されて数を減らしているようですが、那覇ではまだまだ健在です。滑走路の向こうのJTAの格納庫です。結構大きいでしょ。滑走路越しにばっちり撮れるカメラなんですね。私のは。松下のFZ20です。光学12倍ズームです。重くて大きいですけど、使い勝手は悪くありません。飛行機からの撮影です。久米島に行くためにはケラマ諸島を越えて行きます。最初に渡嘉敷島が見えてきます。高度が低いのでファインダーに収まりません。続いて、この前にいった阿嘉島が見えてきました。右に見えるのが慶留間大橋ですね。で、25分で再び久米島空港に到着しました。久米島までの移動だけで一日分を使ってしまいました。続きは次回にさせてください。【本日の成果】ローソン(JCB) 4×1.5倍=6マイル(NH)
2005/07/07
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昨日の続きです。この週末の久米島です。この橋をわたって奥武島から久米島に帰ってきました。暑い…。歩いてしまいました。余りに暑かったので、イーフビーチホテル(ANAホテルズ)でお茶を頂きました。これがいいホテルなんですね。ホテルのプールです。どうなんだろ。普通じゃないの?、という声が聞こえそうですが、普通じゃないのです。海洋深層水プールなんですね。うーん、贅沢。さっきのバーデハウスといい、このプールと言い、久米島では海洋深層水が余っているのでしょうか。ホテルの前は即イーフビーチです。砂が白くてまぶしいです。プライベートビーチのような、違うようなビーチですが、美しいことは間違いなし。でも水が温かすぎます。30度近くあるようです。ホテルの玄関のお約束のシーサーです。こんな感じで初日を過ごして、久米島空港まで帰ってきました。おなじみのJTAの737に乗って、那覇を目指します。こうして那覇に帰ってきて、ステーキを食べに辻に向かったのでした。続きも久米島なんですけど、次回にします。【今回の成果】サンクス(JCB) 4×1.5倍=6マイル(NH)朝食(SUICA) 4マイル(JL)NEWDAYS(SUICA) 2マイル(JL)
2005/07/06
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昨日の続きです。この週末の久米島です。前回は久米島空港に到着したところまでレポートしました。空港に到着後、今回は町営バスで最遠点(終着点ではありません)の西奥武まで行きました。この停留所はは久米島に隣接する小島で奥武島という島にあります。この前に池間島のごとく、久米島と橋でつながっています。今回は奥武島をレポートします。畳石という石です。海岸でここだけが砂浜ではなく緩やかな斜面の岩になっています。岩が六角形だったり五角形だったりしています。で、畳石という名前で呼ばれています。石畳ではありません。もう少し畳石を載せてみました。これも奥武島にあるんですが、バーデハウス久米島というお風呂みたいなものです。温水プールに海底深層水を入れて暖めてその中で体操したりする施設です。なにやらドイツでは結構な人気だそうで…。普通のお風呂やサウナも併設されてます。暑いので、結構風呂場がありがたいのでした。入場料3000円+水着レンタル代300円でしたけど、その価値ありました。お次は久米島うみがめ館です。これも奥武島にあります。久米島は海がめの産卵地だそうで、海がめ館が作られてます。中はこんな感じです。水槽の中に海がめがいます。上の水槽には子ガメがいました。陸ガメと違っていつも動いてます。動きが速いんですねこれが…。やっぱ実物を見ないと分からないものです。ただし早いのは海中に限ります、上陸すると鈍いです。親ガメの水槽です。横からと上から見られるのがグッドですね。はい、ただし撮影は苦しいです。シンガポール水族館を思い出しました。停まっていれば10分の1秒でも何とかするんですが、動いているんでだめですね。横からはまともな写真は撮れませんでした。残念。建物の外にも水槽があって見られます。でかいです。こんな感じです。入場料300円ですが、私としては満足です。奥武島と久米島を結ぶ橋です。昔、橋がかけられる前は竹馬で海を渡ったそうです。へえ~、という感じです。こうして、奥武島を後に致しました。最後に島の入り口にある石碑を掲載します。続きは次回に致します。【本日の成果】NEWDAYS(SUICA) 4マイル(JL)プロント(EDY) 4マイル(NH)ローソン(JCB) 2×1.5倍=3マイル(NH)
2005/07/05
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この週末は久米島に行ってまいりました。えらく活発に移動したのですが、写真のできはどうでしょうか…。今回のレポートは、何も考えずに時系列で進めてまいります。最初の画像です。私が羽田空港から那覇空港まで乗った747型です。747の100SUDだと思います。日本航空の国内線では2機しか飛んでいないのではないかしら。旧スーパーシートのままの機材です。那覇空港のバスゲートです。その昔、エアシステムがまだあったころは、バスゲートを良く使ったのですが、今はRACとかを使うときしか通りません。何となく、昔の第二ターミナルの雰囲気があります。これに乗って久米島まで参ります。僅かに30分というアナウンスでした。ジェットでも25分です。余りに距離が短いので、ジェット機の734とダッシュ8でそんなに時間差が出ないのです。JTAのグラホらしき方が搭乗口まで送ってくれます。生活路線色が薄く、バリバリの観光路線で(平日は知りませんぜ)、そこら中の乗客がシャッターきりまくります。グラホの女性も、何組かの記念撮影のシャッター係をやってました。同じ離島便でも昨年20回乗った対馬便だと生活路線色が強く、対照的でした。那覇空港は航空自衛隊・海上自衛隊・陸上自衛隊・海上保安庁が同居しています。中でも目立つのは海自のP3Cです。20機以上いる事もありますね。私の希望として、ターミナルにお尻を向けてとめるのをやめて欲しいのですが…。潜水艦を磁気で見つける長い尻尾は特徴ではありますが、やはり前から撮りたいのです。ダッシュ8の雄姿です。この機材はNH系列でも、JL系列でも、天草航空でも、日本中で飛んでいます。兄弟のCRJ(J-Air)やQ400(JNとかEL)も加えると、大ベストセラーです。私はプロペラでも時速600キロを出せるQ400が好きなのですが…。あっという間に久米島空港に着いてしまいます。ターミナルは平成9年落成らしく、まだ新築感があります。県内でも有数のきれいさですね。昔懐かしい雰囲気を残しているのは与那国空港くらいになってきました…。空港の出口には、謎の楽天オブジェが…。前回にきたときには気づきませんでした。と、こんな感じで久米島に来ました。次回は初日の久米島めぐりをレポートします。【本日の成果】AMPM(EDY) 4マイル(NH)
2005/07/04
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本日は久米島の北半分を歩いて回りました。歩行距離は20キロ弱です。6時間強で、これだけ歩いたので、結構なスピードでした。やはり、離島は歩かないと収穫が少ないですね。今回は歩きながら、写真の構図を考えて撮影したので、収穫は満足行く水準でした。晴れていたのも良かったし、満足の行く旅行でした。詳細は明日以降分割してレポートします。
2005/07/03
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