2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全10件 (10件中 1-10件目)
1
昨年の夏、緊急地震速報の誤報騒ぎがあって、不謹慎にも笑い話にしたものだが。昨日、これはホンモノが届いた。福島県で地震発生 強い揺れに注意してください(気象庁)発信:2010/09/29 17:00:12このとき私は某講義を受け終わって会場を退出するところ。携帯はマナーモード(バイブレーションのみ)。あれ?着信だ、と珍しくも気づいてポケットから携帯をとりだし、文章の意味が把握できたのが17:01:20結局揺れを感じることは全くなかったが、本当に大きな揺れたのだったら、間に合わなかったね。今朝のWEBニュースで、「ケータイに届く「緊急地震速報」、受信設定してる?」という記事があった。 -- 記事引用 --緊急地震速報」、受信設定してる?2010年9月29日(水)18時59分配信 オリコン29日午後5時頃、福島県中通りを震源とする地震が発生した。それと時を同じくして一部エリアでは携帯電話に緊急地震速報が届き、聞き慣れないアラーム音にビックリした人も多いようだ。この速報メール、対応機種を持っていてもユーザーが設定しないと受け取れないようになっている。(略)ただし、対応機種を持っていたとしても受信設定をしていないと受け取ることはできない。初期設定ではOFFになっている事が多いので、いざという時のために確認する必要がありそうだ。 --------------一方で,こんな記事もある。 -- 記事引用 --地震発生までの10秒間、6割が「何もできず」2010年09月06日 15時00分配信 オリコン民間気象会社のウェザーニューズ社は6日、パソコン、携帯電話、BSデジタル放送で視聴できる24時間気象番組内で4日に実施した『減災訓練』の結果を発表した。同訓練は最大震度6弱の地震発生を想定し、番組放送中に“地震発生10秒前”を知らせる緊急地震速報を起動。「速報確認から地震発生までの10秒間で何ができたか」ユーザーからの報告をまとめたところ、6割が【何もできなかった】と回答した。(以下略) ---------------(訓練で)速報が入ると覚悟していても6割は何もできない。携帯電話をポケットから引っ張り出して・・・文面に呆然としている人には、さらに何もできない。緊急地震速報を携帯で受信できるようにする利点とはなんなのだろう?もちろん、交通機関や電気、ガスなど社会基盤を支える機構にいち早く情報が届き自動的に安全対策が発動するとか、構内一斉放送が流れるとか、学校で非常放送が流れるとか、そういう対応ができるのなら少しばかり安心だ。こういう話をしたら、連れ合いは「防災無線ってさ、ピンポンピンポーン、こちらは○○防災無線です。ってのんびり前置きするから、その間に揺れちゃうんじゃない?」と真剣に心配。いや、そんなときははじめっから「(決まった音の)非常ベルならします」という設定にして、そのための訓練しておけばいいじゃないの。しかし、個人に届いても数秒後に発生・・・という小さい単位では、反応のしようがないなと感じる次第であった。これが数分後の発生だったら事態は変わるだろうが、そんなに離れていたら、揺れは小さいんでないのか?と愚行もするのであった。難しいね。福島地方の揺れ、被害がなかったことを祈ります。
2010.09.30
コメント(1)
こんな処につぶやいたのでは、ちっとも独白ではないが。ムスメ中2。魔の中2。学校が嫌い、先生が嫌い、親が嫌い、勉強が嫌い、義務を果たすことが嫌い。自分だって中学生の頃は「大人の世界なんてさ~、▼※で◆□で×●じゃん」「先生なんて単なる俗物。尊敬に値するような先生なんていない」と思っていた(もちろん、現実を丸ごと受け止められる度量なんて、今もって持ち合わせていないが、折り合いをつける臆病さは持っている)。でも、世の中には立場ってものがあって、どうしようもないことがあって・・・その辺わきまえていないと面倒なことになると無意識のうちに思っていたから、一応相手の顔は立てて、表面だけにこやかになんてことはしょっちゅうだった。扉の向こうに向かって、バカヤロー、と声なく叫んだことも(声が出ないところが小心者)。稚拙で、欺瞞だな。ムスメ中2。魔の中2。それが許せない。大人と子ども、先生と生徒、親と子・・・そんなお互いの立場なんて不公平の元だと思っている(平等であるという言葉は難しい)。大人のダブルススタンダードが許せない(まあ、潔癖だから許せないのだともいえる)。自分の要望が通らないことは理不尽だと思っている。理不尽を強要されていると、そう思っている。それが、口について出てくる。先生と立場が等しいと思うから「ため口」は当たり前。提出の作文に「そんなことがわからないあなたたち(先生方)が馬鹿」と書ける。提出物に「わっかりませ~ん」と書ける。時代が変わったのだとは思いたくない。これはムスメとハハの問題だ。先生だとか友達だとかゲームだとかテレビだとか・・・他の某かのせいにしてしまいたいのはヤマヤマだが、そう自分を納得させてしまったら、解決の努力を投げ出してしまいそうだ。と同時に、正解って何?とも思う。ムスメのイライラは、故のないことではない。ムスメが楽になるのはどういう状態なのだろう?イライラを乗り越える力をつけてほしい、社会と折り合いをつける方法を身につけてほしいと願うのは、親の身勝手だろうか?ムスメの今の願いは「放っておいてほしい」なのだろうか?自分の奥底で時折「勝手にしろ」と言う台詞が浮かんでは消えていく。そのことが怖い。
2010.09.28
コメント(7)
暑さ寒さも・・・ あと一日。なんだか、ずいぶんとまた今日は、暑いんですけど。うちの彼岸花、例年通り咲いて、例年通り咲き終わりました。あまりにカレンダー通りなので、日長をみて開花するのかと思っていたら、あちらこちらから「今年は咲いてない」との声が。あら?
2010.09.22
コメント(1)

ふと、ムスコが飲み干したジュースの空き缶を見ていたら、リサイクルマークの脇に何やら意図のわからぬ印が。同じ缶の別の処に記載されているマークには何もついていない。ん?ん?手近にあったビール缶(自分が?む訳じゃないが)を見てみる・・・あれ?違う印がついている。それではと、他の缶を家捜しし発見したスチール缶。おお、ここにも!いずれの場合も、同じ缶の別の処に記載されているマークには何もついていない。ちょっとばかり調べてみたが、関連する記述にたどり着けていない。気になるぅ、これはいったい何~?左から、●リン発泡酒 ●ントリー缶ジュース ●ッカ缶ジュース
2010.09.21
コメント(7)

浅草に行ってまいりましたご報告。
2010.09.19
コメント(2)
本日、所属する会議にて「熟議」なるものが取り入れられた。http://jukugi.mext.go.jp/http://jukugi.mext.go.jp/library_view?library_id=10結局は、活発なテーマ性のある井戸端会議というか、ちっとばかり前にはやった言葉で言えばブレインストーミングというか。KJ法を用いながら、あたえられたテーマについて少人数で話し合うのである。単なる井戸端会議としないために進行を司るファシリテータ(なんで横文字ばっかりなんだ?)がつくことが特徴的だろうか。いや、井戸端会議というと無責任なとりとめのないうわさ話と言われそうだからやめておこう。今日の会議では「大人の学級会」だと説明された。所属する会議の構成は30人超。隔月の定例会2時間のうちのほとんどを報告とごっそり出された資料を見ながら頷くだけの・・・案件の承認に費やされ、会議の進行に腐心される皆様には大変申し訳ないながら、ツマンナイかも、である。もちろん、この会議に関わらずどこの会議でも似たような光景が見られる。今回は新しい試みとして「熟議」が取り入れられ、各グループ活発かつ和やかな(ときには過激な)意見交換が行われた。参加者的には、当事者意識が高まり、参加貢献感の得られる時間を過ごすことができた。熟議は多数決で協議を行う場ではない。結論を求められないからこそ、多様な意見が交わされ、些細な意見であっても取り上げられる。脇道へそれたから見つかる新しい地平もあるだろう。しかし。熟議だけで会議が進行するわけではない。協議機関として決めなければならないこと、処理しなければならないこと、欠伸をかみ殺しながらも真剣に資料を読み、質疑応答に臨まなければならないこともある。参加者が楽しいからと行って熟議だけですべての会議を行うことはできない。議論の場は議論の場。協議の場は協議の場。議論の場であぶり出された様々な課題、解決方法は、熟議の場に臨む人たちによってではなく、別の検討機関によってとりまとめられ、協議の場に提示されるというのが望ましいのではないか・・・つまり3つの場が必要なのではないかと思っている。文科省が提唱している熟議はWEBの利用など様々な提案があるようだが、あえて「熟議」という定義にとらわれなくてもよい。「ぶっちゃけねぇ」の効果は大事なのだと、そう思えたのであった。故あって、別のブログを立ち上げたのだが、この記事はどっちに書けばよいのだ?と悩みが深くなってしまった。地域に直結したブログと楽天ブログ。負担にならない棲み分け方法が身につくまでは大変だぁ。現状、広告関連のストレスのなさでははあちらに軍配が上がるかも。
2010.09.18
コメント(0)
この辺りでは、風と雨脚が一時強くなった程度で雨の気配も去りつつありますが、ニュースを見れば、大変な雨量に災害の危険が未だ去らない地域もあり、雨が過ぎれば暑さも一息などと思う己の狭さを反省。被害が広がりませぬように。
2010.09.08
コメント(2)
久しぶりにきました。 mf チョー いいf チョー いいffチョー cres いいぜ!いったい、なんだろな~♪
2010.09.05
コメント(2)
ムスメの寝起きは極悪。起きない、起きない、悪態つきまくる。できればそんなものは相手にしたくないので、起こす回数は減らしたいのだが、これまたすぐに「昼寝」体制に入る。勘弁してほしい。今日。夕食前のわずかな時間に入眠してしまったため起こそうとしたところ、「五月蠅い、死ね」ときた。自分が子どもだった頃、この言葉は忌語だった。身体的暴力はなくとも、相手の存在を抹殺する呪詛。よほど追い詰められない限り、口の端にのぼらせる言葉ではなかった。たぶん、私に限らず、全体そのような認識だった、と思う(古い?)だのに今、子どもたちの口からは軽々しくこの一言が飛び出してくる。まるで、合いの手でもいれるかのように。うちの子どもたちの口げんかでも頻繁に使われる。そのたびに注意しているが、効き目はない。私が子どもの時分に、近しい身内を子ども時代に失ったことはなく、死に対する尊厳も実感もなかったはずだが、それでも「死」を口にすることはタブーだった。死が実感を伴わぬものとなってしまったのか?死が薄くなってしまったのか?それともあまりに容易に二次元の世界で「死ね」がたんなる台詞として使われるようになってしまい、言葉の持つ力が失われているのか?それとも今時の子どもたちがそんなにも追い詰められているのか?ムスメから投げかけられる「死ね」の響きに呵まれる日々、霧の中にいるムスメに光を届けることのできない日々に、脳天気な母は、それなりに悩んでいるのである。
2010.09.02
コメント(4)
家から出ようとしない子らを引きずって、プラネタリウムに行きました。かねてから見たかった MEGA STARです。で、結局は、自分の目の方が問題なのだと知りました。惑星間を飛行するCGは、リアル(かどうかわからないが)で爽快でした。そのあと、展望台にあがったら、東京タワーとスカイツリーが見えましたが、かすんでいて富士山や海は全く見えませんでした。ついでに、TOYOTAショールームAMLAXで、一休みしてきました。おもしろそうなシミュレーターがあったけれど、むすこが「このあいだやったから今日はやらない」と言ったので、私もやりませんでした。残念でした。てことで、子どもたちはぶつぶつ言いながら酷暑の学校へ出かけていきました。残暑厳しき折、自堕落に慣れきった子どもたちの体調が限りなく心配です。
2010.09.01
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1