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気づかなければ、どんなに、平穏で幸せなことだっただろうかと思う。そして、どんなに悲惨なことだっただろうかと思う。
2010.11.26
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秋が深くなりました。雨のあがったその後に、ぬれた地に差す秋の光も凛として。狛犬の瞳の中に、ツマグロヒョウモンチョウのさなぎ発見。テントウムシ発見。完全に現実逃避の母でございます。 秋は駆け足。
2010.11.23
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市内で停電があったのだという。原因は、ハクビシンが電線かじったゆえのショート。はい、この日、夕方知人とうちの前で立ち話をしておりましたら、目の前をすたすたと通り過ぎる影。・・・・ ハクビシンだねぇ。庭先のバケツに預かりものの魚(生きてる奴ね)を保管していたところだったので、慌てて知人と別れてバケツに蓋。ネコバス事件のあった5年前には、ハクビシンを頻繁に見かけたのですが最近すっかりご無沙汰でしたから、ずいぶんと懐かしく、ちょっとびっくり。
2010.11.16
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地域&学校の合同行事が終わった。本来地域が生徒の健全育成のために行っていたモノであるが、途中雨で抜けた数年があったりして、最近では「だれが何をやるの」とか「ここが(学校の都合で)かわった」などというのが曖昧になってきていた(校長以下異動はつきものなので)。昨年までのPTAは単なる手伝いをおこなっていたが、昨年もその曖昧さが足かせとなってばたばたしたので、校長から「事務方としてPTAの手伝いを」といわれてしまった。ここで大きな壁に直面。先生は・・・忙しさを理由に(?)動かない。情報は流れてこない。おそらく、学校のトップはPに預けたいと思い、現場は考えるPなんか要らないと思っている。長年関わってきた地域もまた、いちいちPの話なんかに傾ける耳がないそれぞれに解決する力はもっているけれど、たくさんの団体が関わっての活動なので、だれかが「GO」を出さなければうごけないし、誰が「GO」をだすのかは序列とプライドの問題なので、「動きましょう」なんて、Pごときに「GO」を出されるのは、筋が違うと考えておられる。で、ふたたび、みたび、時間切れになるのだ。学校は、手近かつ身近な手段としてPを活用しようとするが、地域の中におけるPの立場は限りなく若輩者である(というのが、地域、P双方の認識である)。ものすごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉく、縦社会なのである。さらに今回は、「手伝いましょうか」という保護者からの声がたくさん上り、せっかくのこの機会であったのに「それは、地域がやることだから」という雰囲気が漂っており、学校も責任者が定まらないままに、だれも「じゃ、よろしく」とは言えなかったのである。ものすごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉく、繊細な関係なのである。その結果、当日になって人手が足らない!あそこがかけている!といって急遽保護者に泣きつくという有様になってしまった(だからあれほど何とかしてくれ、せっかくの声を無駄にしないでくれと早いうちから頼んでいたのに・・・とつぶやくPも無責任だ)。結局あちこちに頭を下げつつも、順調に運んだ今年度の行事。いろんなことがあからさまになった今年度の行事。来年同じことをくりかえすのはこりごりだから、早々に来年度にむけて(Pが表に立たずとも)地域の顔がたち、今年の課題はさりげなくクリアされるような資料をさっさと作って、学校に提案して、あとは学校に押しつけてしまおうと思っているのであった。ちゃんと学校が引き継ぎを行ってくれていれば、ね。
2010.11.13
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コンパクトデジカメは持っているが、やっぱりデジタル一眼だな~とか思っている。単なる趣味として。アナログの一一眼は持っているが、最近のデジタル一眼はずいぶんと優れものになってきているというし、いいな~。とおもいながら店頭で物欲しそーに手にとっていて気がついた。ファインダーのないカメラがある。液晶画面だけなのである。そりゃ、液晶だといろんな情報もわかるし使いやすそうだけれど、「ぶれ」が怖い。自分は、ファインダーを覗いているときは脇を締めてカメラを構えることが出来るのだが、液晶を見ているときは、腕が伸びてしまうのである。ううむ。技術の進化に体の方がついて行けないワ。って、単にファインダーのあるカメラを買えばいいんだけれどね。いやそれ以前に、遊びのために投資している余裕はないんだけれどね。ということで、今日も又指をくわえて夕空を眺めているのでありました。
2010.11.11
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公園の池の水を抜き、泥を掻き出す作業にあわせ、生態調査を行った。事前調査の時には明らかにならなかったのだが、予想以上に底にヘドロがたまっており、ビオトープを通しての自然濾過と井戸水の給水を行うシステムの人工池の宿命なのかと素人考えを。天然自然の沼や川であれば、大雨が降れば、川床がさらわれるといった強制的な泥の排出もあるのだろうかと。それでもたくさんの命が育まれていたのには驚いた。そして、公園を見守ってきた側として意図せぬ生き物がたくさんいたことにも。水鳥の移動などに伴い、自然に卵が運ばれて移入するといった話は聞く。だが、池が出来て十年であり得ぬサイズの錦鯉に真鯉、ブラックバスにカルムチー・・・。池の環境を保護するためにやむなく駆除することになるが、なぜ、私たちがこんなことをせねばならないのかと自問する。命の責を負わなければならないのは誰なのだろうかと。唯一のよろこびは、腰まで泥につかりながら、全身泥だらけになりながらも笑顔満面の子供たちの姿。
2010.11.10
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いや、別にムスコは新しくないが、突如暗闇から口笛♪それって、寝言ですか?
2010.11.08
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せっかくの一日であったから、言うことも控えて、気持ちを落ち着けて・・・と思っていたが、結局、夜が明けてみれば何の進展もないのであった。もう、どうでもいいや、と 事態に背を向けてしまう自分。それは、まずいんじゃないの、と責める自分。その中に、ムスメ本人の姿が見えなくなる。
2010.11.04
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今日は無事学校へ。家人はすべて留守。昼飯に戻ってきた夫と、日だまりで話す。見守るってどういうことだろう。親の責任って何だろう。どこまで覚悟すればいいんだろう。穏やかな日差しの中だから、底なしに落ち込んでいくような雰囲気にはならずに済んだが、昼をのどかに過ごしたかったであろう夫には、避けたい話題であったろうかと。とはいえ、本人も家人もいる空間で、こんな話はしたくないし、すくいがたく陰鬱になる予感が。まあ、八つ当たられ損と思って耐えてくださいませ。懐の深い夫を持って、幸せでございます(押しつけ)。
2010.11.02
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抜けるほどに青い空が戻ってきたので、虚ろな部分に、空の色がしみ込むので・・・結局こういう時は、意識だけが空に溶けてしまって、帰ってこれない生産性とは無縁の一日だな。ま、いっか。
2010.11.01
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来たのは虚脱状態。どうやって対応したらよいのかわからないと感じる一方でどーでもいいや、と思ってもいる。不健全な精神状態だなぁ。自分的には気に入らない。でも、力が入らない。ま、常にお気楽極楽とんぼの自分にも、こんな迷路への感性があるのだと発見。
2010.11.01
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相も変わらずバトルな日々。台風は通りすぎだけれど、雨の続く日々。台風一過って四字熟語は最近影が薄い。ふらりと学校のカウンセラーを訪ねてみた。目新しい話が出るわけでもないけれど、自分にとっては気分転換になったか。で、過剰な期待を押しつけることを自制しようと思っていたところだが、結局、些細なリクエスト(と思っている)でもぶつかることに変わりはなかった。さすがに ヤ になっちゃって、膝を抱えてつぶやいていたなら、夫が「何が原因なのかわからないが・・・」と講釈垂れ始め、つい「講釈なんか要らない」「そんなこと言ったら、話し合いにならないだろう」といわれ、言い合いになりそうになった。そのとき、あ、これかと感じた。私がほしかったモノは説教でも解説でもなく、「そうだ、そうだ、困ったな」という同意でもなく、「そうか、キミは困っているんだよね」という共感の言葉だったのだ。そう思った瞬間、(あんな期待やこんな苛々)どうでもいいや、と突き抜けてしまった。期待を寄せることは、期待を寄せて(理詰めで)それを解説することは、相手の心にはちっとも届かないのだと、気づいてしまった。鳥頭の私だから、きっと、朝になればすっかりこんな気持ちも抜けてしまって、同じように地獄の「起きなさい」が始まるのだ。でも、この気づいた気分を忘れないために、こうして記録しておこう。
2010.11.01
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