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金曜日に、市内子ども110番の情報交換会。子ども110番の事だけでなく、各校の安全対策についての情報交換会となりました。うちでも現在準備中だけれど、多くの学校が取り組み始めているのが、1)自転車につけるパトロールのプレート2)身につけられる(散歩などのとき)パトロール中の腕章やカード各校で独自に作成し、配付しているようです。その際指摘された事の第1が「悪意の利用」。何に寄らず、この腕章を着けていれば安心だよ、という保護者、地域を挙げての取り組みを逆手にとって、腕章を偽装し、子どもたちを安心させ・・・という懸念。これについて言えば、それを懼れて何もしなければ、「みんなで見まもる」という機運をつぶしてしまうことになる。プラス効果の方が大きいだろう。ただ、子どもたちには「腕章つけている人が安全」だから、ついていってイイというものではない。腕章を着けている人は見まもってくれる人だけれど、危機管理のイロハは変わらない、と伝えていくことが重要と。第2点が、「逆差別」本当は、腕章なんか着けなくてもみんなが町を見まもっているというのがいい。しかし、現実には、腕章を着けてないと不審者扱いという声があるので、腕章を着けようという動きになっているのが現状。すると、腕章を着けていない人は「危険」という認識が広がってしまう。(これについてはさらに、ある種の障害を持たれている方や、気軽に子どもに声を掛けようとする高齢者についても、もしや・・・という偏見を抱くことが懸念されています)。うーん。本当は、見まもるための腕章なんていらなくなってほしい。閉ざされた地域の自警団というならともかく、この町にあって、余所者と身内という対立図式は考えたくない。結局、要は子どもたちに大人たちに、世の中には「安全なクラス」と「危険なクラス」があるのではなく、自分でどう対処するか、判断する力を養えということが最も重要になるんだろうと思う。んで、土曜日。中学校区は、中学校1小学校2で構成されているのだが、中P会長が、隣接小学校で腕章や自転車プレートを作ったと聞いているが、こちらでは?どうせならおなじ中学校区内統一しては?というお話を下さった。実は、どちらの小学校も、緊急に独自にスタートさせたばかり。だから、統一させることはとても意義のあることだが、待ってはいられないので、当面お互いの情報交換を密にし、どうしたらいいかをこれから探っていこうという話しになりました。子どもの安全対策についての手紙をようやく仕上げました。いずれ内容をこちらへ。
2006.01.31
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まあ、そういうことです。何とかなるだろうと思う。何とかしなくちゃイケナイだろうと思う。なるようになるだろうと思う(なるようにしかならない?)愚直に、図太く、強引に?愛嬌と低姿勢でしたたかに?荷が重すぎますう!私は、地道に人の後に付いていくほうが・・・
2006.01.30
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りきkkぱぱさんのおすすめ?無料占いにトライしてみました。※※※《紫微斗数推命術によるあなたの一生の運勢鑑定》※※※【あなたの一生の運勢】均整の取れた身体つきをした美人が多い。透明な清潔感を備えていて、その落ち着いた立ち居振舞いは、周囲の人々の注目を集めるでしょう。・・・(略)・・・人に対して寛容で考え方もしっかりしている・・・(略)・・・聡明で高い学力と教養を身につけているため、周囲の人々からの尊敬や好意を集めることが多い。・・・(略)・・・強いてあげれば、やや内向的で恥ずかしがり屋の傾向があり、人を押しのけてもといったことは好まないことから、引っ込み思案と見られたり、優柔不断と取られることもあるでしょう。*** 雑 象 ***◇学識に富んでいて、豪放磊落で交際範囲の広い風流な人である。財と名声に恵まれるだけでなく、異性関係も賑やかな艶福家。美容や服装、装飾品などに洗練されたセンスを持ち、喜びや楽しみを追い求めるため、何かと酒食や歓談の機会が多い。これ、?ダレのこと?まあ、人を押しのけて・・・は少ないかも。ただ、人のことを気づかぬうちに押しのけているってことが。私にこんな所があったのか?いや、ちゃんと「○○が多い」と言われているのだから、私が少数派だったって事だね。んじゃ、こっちで挑戦。※※※《 あなたの運勢鑑定 》※※※ 自らの好むことに関しては、すさまじいばかりの執念で、ネバリ強く精力的に一心不乱に取り組むタイプです。図太い方ですが、社交性に乏しく、お世辞などは言えないため、中には無口でぶっきら棒で、一見、鈍重に見える人もいることでしょう。虚飾や名利にもこだわらず、ただ自分の好むことだけに熱中し、実直によく働き、意外と策略も巧みなところがあります。プライドは高く、人の助言など意に解さず、頑固で偏屈にも見えますが、昔気質の職人や名人タイプといってよく、人間としては地味だが、成し遂げる仕事は磨きのかかった華美なものが多く、実力もあり良く働くだけに、蓄財も少なくないでしょう。趣味も高尚で、中にはそのためには大金を惜しげもなく投ずる人もいます。野にあっては職人的な名人型ですが、本質的には、武人的なの気性の持ち主で、計略事もなかなか巧みで、武骨ながら狙った獲物は着実に射落とすといったところがあり、敵に回したら無気味な恐るべき存在といえます。しかし、独立向きではないため、人徳のある実力者に従って事を行った方が良いでしょう。無愛想な外見に似ず、根は親切で、特に身内思いで子煩悩。女性は気取りがなく男勝りな反面、繊細な感情の持ち主で、内助の功ある世話女房的な賢夫人タイプ。概して夫や肉親の面倒見が良すぎて運を逃したり、生活力があり過ぎて男運に恵まれない傾向があるため、とかく晩婚や独身を通すこととなりやすい。【生き方へのアドバイス】 人と争ったり、独断に陥らない様、自戒することが大切。人の意見や忠告に耳を貸し、殻に閉じこもって偏屈にならない様、心懸けて下さい。また、事故に逢いやすい傾向があるので注意。よき先輩や上司に従い、地道に生きた方が無難です。うーん、こっちのほうが得心かも。
2006.01.29
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人材コンサルタント三好良子先生の講演会。ひたすら笑って2時間。さて、本題ってなんだっけ?そうそう、「意図的に楽しむ」ことですね。うーん、まさに楽しませていただきました。コミュニケーションの基礎は、内部評価(思いこみ)と外部評価(見かけ)のバランスを取ること、マイナスはプラスに、プラスはマイナスに考えられるという発想の切り替えのトレーニングが必要なこと。そんな、あんな、こんなキーワードたっぷり戴きました。上手く整理できないけど。
2006.01.28
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たぶん、会長になることと女性であることをワンセットで意識したことはない(周辺校には女性会長が多い)、ハズだが、気づくと、うちの学校は代々男性会長(女性はずーっと過去に3代ほど)なのであった。現会長が多分初の地元以外&サラリーマン会長。でも、地元でスポーツ指導をしていらっしゃる。私は?なーんにもない。会長は、地域とのつながりが大事だから地元じゃなくちゃ、とか、時間に余裕のある(ホントにあるのか?)自営じゃなくちゃ、という声を依然として聞く。それも一面では真実だろう。地元とつながってゆくことは大切だし、全く平日の都合がつきませんでは、平日にするべきほとんどの務めを果たせないことになる(平日に・・・というのは、行政系の○○会合だの、学校の○○会合だのです)。だから、代理で副会長の出番となるのが現状だ。しかし、時代うつり、保護者の構成も変わってきているのだから、土着民でも自営業でもない人が会長になっていくことは、時代の流れだろう。なんとか、自分の家庭と仕事に折り合いをつけながら、その気のある人たちが協力し合っていく。そういう方向に動かざるをえない。たしかに、歴代の会長の面子を見ていると、男女を問わず現在でも地元の様々な事柄にご活躍されている、名士というに相応しい立派な方々ばかりで、そんなところの末席に、こんな人材が連なっていいものか、実に、全くもって目眩がするほど肩身が狭いのだが、時代の要請でいつか流れが変わるものなら、周囲の困惑はさておき、私がその転換の責めを負えばいい、そう割り切っている。後に続く人たちは、多少は減ったしがらみの中で、自分なりの方法で活動のあり方を模索していってくれればいい。多分、多少(?)の問題と脂肪を内包しながらも、身体はまだ丈夫らしいから、胃に穴が開くこともないだろう。白髪は、まあそれなりの年だと思えばいい。円形脱毛は・・・ちょっと勘弁。ストレスをストレスだと認識できない脳天気だから、あと一年は乗り越えられると信じている。(先のことを考えない脳天気だから、そちらの方が心配)。少なくなった土着自営の候補者を捜して回る苦労が増え続けるよりは、ここで流れを変えてしまおう。覚悟を決めて、この地に喰らいついていこう。代々の地元の人ではないが、流入の激しいこの地であれば、新地元民の割合の方が多くなる。この土地は、私たち新地元民のふるさとでもあるのだ(土地はないにしても)。この市の行政は、ずいぶん昔から、地域コミュニティ構想なるものを立ち上げ、町内会に依存しないコミュニティづくりを目指してきた(と行政は言っている)。社会流入の多さを前提にした地域振興政策である。その実態はともあれ、小中一貫でも、そういう「コミュニティ」を基盤に据えている。であれば、「地元vs余所者」の図式で物事をくくるのをやめて、その得体の知れないコミュニティに乗っかってしまおう。「いつまでたっても余所者は余所者」。そんな垣根は、実は余所者としての私の心の中にあるのだ。で、女性会長として?という話しになると、比較するモデルがあまりないので、性差なのか個人差なのかちょっとわからなかったりする。私に「女性的」心配りを期待する人は・・・そんな人、いるんかな?几帳面さ?実務能力?責任感?交渉力?組織力?あれ?会長としての適性すらない?
2006.01.27
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りうりう*さん、5000番目のご来訪、ありがとうございますっ。紅茶煮豚も大成功で、家族の好評を得ましたです(と、こちらでも感謝)。まだ、挑戦したいレシピがたくさん・・・。りうりう*さんのところで、頭を冷やしていただいて、熱くさせていただいて。皆さんのサイトから、たくさんの元気とヒントを戴いて。戴いたコメントに、泪したり、笑ったり。そういうやりとりがあるから、また新しい道を進んでいける。ありがとうございます。さて、日記の方は、正直こんなに続くとは思ってませんでした。単なる備忘録のつもりでしたから。あれこれ書き込んでいると、「あ、このときはこういう事件があって、こう考えて・・・」というのた芋づる式に思い出せるので、日記も便利なものだと。何より2006年に入ってから、休んでない?!おおっ、私って偉いかも?
2006.01.26
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どっかの国のお偉いさんが、○○神社の参拝は個人の信仰の自由であり内心の問題だ、と仰っていた。さて、PTAの会長もそう言ってのけられるなら、どんなにラクだろう。でも、現実には、役員、あるいはどんな委員でも、○○を代表するという立場にある限り、公人(または公僕)という意識なくして活動しなくちゃイカンと思う。自分が代表する○○を守るために、活かすために、発言し、行動する。大小にかかわらず、肩書きをしょっている限り、それは避けられないし、周囲もその目で受け止める。だから、>会長とて1人の会員であるとはいえ、責を負うという点でやはり、一会員とは一線を画さざるをえないかと。>役員会という俎の上で、自分の意見を一つの意見としてぶつけ合うことは許されているかな。というよりは、役員会(または、副会長との話し合いの場)を上意下達の場でなく、意見交換の場として活性化させることが、私が意識するべき事かと考えています。と、わきさんへのコメントに返答したのだけれど、本当は、私の個人的な意見を個人的な意見としてうけとめ、お互いに個人として話の出来る相手をもっともっと増やしていくことが大事なんじゃないかとも思う。肩書きをはずして討論する(会長も副会長も、学校長もお役人もみんな同じ扱い)。所属団体の代表として発言するときは、それを明言する。私的見解として発言するときは、それを明言する。会長の意見だから顔を立てておこう、とか、学校の意見だから取りあえず聞いておこう・・・。そんな話し合いは、少しも生産的ではない。ときには代表者としてときには個人として、互いに真摯に意見を交わす場があれば、きっと新しい命題も解決も生まれてくる。そういう話し合いの場が少しでも増え、そういう話し合いに1人でも多くの人が加わってくれるように、感染者、いや、理解者を一人一人増やしていくことが出来ればいいと思っている。あ、総会の話しでも、総会についての考えさせられるいろんな意見が出ていたが、ひょっとして、総会で質問ぜめで進行の混ぜっ返しを図りそうな私だったので、口封じにと役員に推薦されたのか?うーん、貴重なチャンスを逃したか。(うるさい奴は初めから身内に取り込んでしまうというのも、ひとつの手)余談:うーん。公人かぁ。私がン十年後にお馬鹿なことをしでかすと、元PTA会長の・・・と言われるんだよね。昔の業績で今が判断されるわけ。逆に、会長としてお馬鹿なことをしでかしたら、ン十年後たっても、あのとき××だった会長ね、と言われるんだ。怖いなぁ。
2006.01.26
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さて、会長と副会長の関わりの話しはとめどなく。この2年の副会長としての会長との関わりについては、前回の日記で振り返ってみた。なあんだ、後悔しないことがモットーなのに、後悔ばかりじゃん?いや、まあ、それはさておき。来年度は立場が逆転するわけだが、一体副会長を初めとする他の役員、委員、会員とどのように関係を作っていけばいいのだろうか?今年度一緒に副を担当したC氏が副会長の続投を受けてくれることになった(もう、そりゃひたすら口説き落としましたとも、必死の懇請でしたとも)。規約改正で副会長は4人(Pが1人増で3人、Tはこれまで通り副校長のアテ職)となり、推薦委員の口説き落としの結果、新たにP2名の受諾者をえることが出来た。役員、委員長の誰も「くじ引き」によってではなく、立候補または推薦されての受諾という形で、しかも早期の内にすべての役職が埋まって、それは大変意義のあることだと思う。皆が、PTA活動に対してひとかたならぬ「思い」をもって臨んでいる事になるのだから。それが、これまでのことを反省し、仕切り直ししようとする思いであれ、これまでをふまえて、さらにその方向へ進んでいこうという思いであれ。やれ、一体、このような「やる気」が混然となった中で、会長は何をすべきなのだろうか?まずは会長自身の思いを通そうとすること?自分の思いはさておき、とりまとめ役に徹すること?それともただひとりの会員として発言すること?特に、副会長達に対してどのような関係を築いていったらいいのか、全くもって闇。PTA全体としては、安全に対する課題だの、保護者の学校に対する関心だの、小中一貫に関する問題だの、学校運営に関する問題だの、個々の問題については、それなりに動いてゆくことが出来るような気がするけれど、基本となる人間関係の部分が全く見えてきていない。自分に対する過信と不信。他者に対する期待と不安。ちっとも成長していないぞ>じぶん。
2006.01.25
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今日は、こどもクラブ関連の印刷2種と、PTA関連の印刷2種に、パトロール札の作成で、午前中からPTA室におこもりだった。(当初、こんなに時間がかかるとは思っていなかったのだが、パウチ侮るべからず!)もう1人の副、書記、こどもクラブのメンバー1名。ひたすら作業なので、当然手は忙しいが、口の方も忙しい。午前中は暖房をつけないと作業にならなかったが、午後になるとちょっと南西に向いたPTA室の窓からは冬の柔らかな陽が差し込んでくる。そんな日だまりで、あれやこれやと雑談しながら書類の山が片付いていった。帰宅して、こどもクラブのメンバーから届いたメールの最後には、「PTA室って、役員の憩いの場になってるのね。何となく切ない。」ぐぐっ。確かに切ない。でもその切なさって、日だまりの切なさだったりもするんだな。ま、いっか。
2006.01.24
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2年間、副会長を務めてきた。そこで反省していることの一つに、会長との関係がある。A氏は、1年副会長を経験してから、ここ3年間会長を務めている。その間ずっと「会長A氏は何もしないと学内でも地域でも言われている」というのが私の耳に入るもっぱらのウワサだった。副に立つ前年、A氏は何もしないから、代わりに会長として立候補してくれと乞われこともあったが、さすがにヒラから会長はないだろう、現場も知らないので副で立つという話しで了承した。立候補という形で役員候補に挙がったとき、A氏から、「僕はサラリーマンだから、平日の都合などはつけにくい。外部のこと(市Pなど)は僕がやるから、中のことは任せる」と言われた。このとき、もう1人の副会長になったのがB氏。彼もサラリーマンで、「出来ることを出来るようにやっていきたい。」と熱意にあふれていた。さて、新年度が明けたとき、B氏は職場の都合で、役員会にも常任委員会にも出席できなくなってしまった。定期的にこちらから報告はするものの、顔を合わせる機会が全くなくなり、彼からの返答も途絶えがちに。そして、夏を越える頃には、ほとんど音信不通となり、こちらからも彼の存在抜きで話を進めてゆくのが当たり前になってしまった。A氏についても、現状を逐次報告してはいるが、ほとんどの実務で彼の最終決裁を受けることはなく、月1回の役員会+常任委員会が唯一の顔合わせとなっていく。重要課題や緊急課題でない限り、彼の意向を伺うこともなくなった。さらに、対外的な部分についても、彼の仕事の都合で、私が代理出席することがたび重なった。結果、学校も、PTAも地域も、彼のことを学校に来ることすらほとんどない名目上の会長として受け止めていた。(この間、実務的な決裁は、私と教頭(副会長)とで行うことになる)。副としての2年目も、前年度の続きのようにスタートした。前年度、すべてを自分で背負い込んでしまった(と思っていた)反省から、今年度は役員会を重視し、意見を交換すること、協議すること、協業することが第一として、物事を進めていくことを心がけた。でも、その中にすでに、会長は存在していなかった。会長は、行事の折に挨拶する役割。慶弔の際に出席する役割。学外の会合に顔を出す役割。会長が出られない席は副会長が代行するのは当然だが、当初、代理出席ですという神妙な立場で出席している会合も、回を重ねるうちに私の性格も手伝って、会長と変わることのない発言権を行使するようになってしまた(それでも、この議案は持って帰りますというしおらしさも多少残ってはいたが)。孰れにせよ、「彼は名目会長である」と私のなかでは既に割り切られてしまっており、今年度のメンバーにとって、それは前提だった。しかし、何で私が全部?と思い続けた昨年度に比べ、私にも冷静になる部分が出来たのだろう。今になって彼に気づかされることが多くなった。何もしない、と言われ続けているが、かれは不思議と人の要所をよく見ていて、適時それを「ねぎらい」として口に出すことが出来る。また、要所をえた話しが実に上手い。「任せるよ」その一言で私か彼の手のひらで踊っていただけなのかもしれない。ここまで勝手放題できたのは、彼が大人だったからかもしれない。確かに現場には全く携わらず、よく動く他校の会長と比較されることも多かったが、それを彼の怠惰のせいにして良いのだろうか?サラリーマン会長の避け難い宿命ではないのか?私たちがA氏に対して抱いている像を、わたしは、今になってようやく見直している。ウワサはある面で事実であっても、それは彼のすべてではなく、彼は十分に会長として必要な資質を持っているのだと。彼が彼の資質で評価されることがなかったのは、私が彼を十分にバックアップできなかったからなのだ。A氏を学校から地域からPTAから隔離して名目会長に据え、B氏を孤独のうちに?去らせることになったのは(って、そこまで責任もてないが)、私が彼等との間に信頼関係や協力関係を築くことを怠ったからなのだ。はじめに彼等を、彼等のありようで受け止め、お互いの出来ることを分け合っていたならば、たとえ、実務に携わることのない挨拶会長であっても、彼の思いを受け止め、運営に反映し、協力体制を組む方策を練ることが出来たはずなのだ。それを怠ってきた自分の傲慢さを、今痛烈に感じている。*-----*-----*-----*りうりうさんの記事に、副会長考があった。私は、ここまでの信念を持って副会長としての任につかなかった。ともすれば不在会長の代理として、最終責任と取らざるをえないかと覚悟してこの職に就いた。当然それは越権である。本来あるべき形ではない。だからずっと、自分の立場の不安定さに困惑してきた。自分の発言がPTAをどこまで代表するといえるのか、個人としての発言であるのか、公人としての発言であるのか、周囲がそれをどうやってそれを受け止めているのか。しかし、ここに来て新たな不安にさいなまれている。来年度、会長職を引き受けることになったとして、その時、自分の発言はちゃんとPTAを代表しているといえるのだろうか?PTAという組織にあって「責任を取る」とはどういう事なのだろうかと。自分の意向、自分の指向と役員、委員、会員の指向が異なるとき、総意をどこに置くべきで、その総意を自分は是として他者に対して発信していけるのだろうか?自分の個人的な思いと会員の思いを混同してしまうことがないだろうか?現状では、推薦委員に推薦された内定役員が総会でNGを食らうことはないだろう(保身の故に?無関心の故に?)。しかし、そういう消極的承認によって認められた代表者とはいったい何なのか?多数の総意をえた人選であるとはとてもいえない(この投票率にして民の総意をえたといえる某党の神経が信じられない)。そう考えると、こんな無謀になぜ臨んでしまったのだろうと、崖下をのぞき込む思いである。「来年、会長としてどういうスタンスで行くの?」という質問が、とてつもなく辛い日々なのである。*-----*-----*-----*多くの方がそれぞれの日記で述懐されているように、実は私1人では何も出来ないことにも、思い当たっている。昨年度、支え合おうとさしのべられた手に気がつかずにすぎてしまった事も、今年、ようやくそのことに思い至り、支えられること、支えることで、より新しい視点で事に当たれるようになったことも。思いの叶うことも、叶わぬ事も、孰れ自分自身の糧となっていることも。吾のみ1人笛吹けど・・・というのが傲岸不遜な感想であることも。本当に良い経験をさせて戴くものである。 感謝。
2006.01.24
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楽天で、対策を講じつつあるらしく、大感謝である。
2006.01.23
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ムスコが土曜日、発熱。朝は、外へ飛び出して雪遊びをしていたが、部屋には行ってくるなり「寒い」病院へ行って検査したら、即「インフルエンザです」だって。普段、クラスの流れに乗っていないというか、何事も吾関せず(集団不適応?)のムスコだが、クラスで先日からインフルエンザがぼちぼち出ていたので、こういうときだけは周囲に合わせることにしたのだろうか?薬をのんだが、昼過ぎまで頭痛で声も上げずに涙を流していた。こどもの病気は痛い。かわれるものなら変わってやりたい。夕方になってようやく、頭痛も熱も少し落ち着いた。さて、問題は、家族全員予防接種済みだということだ。完全に隔離しておけるものでもなく、つぎは誰の番かと、戦々恐々としている。予防接種したのに、罹患したととらえるべきか?予防接種したから、この程度で済んだととらえるべきか?あんまり違いのない選択肢かも。*-----*-----*-----*明日より学級閉鎖との連絡在り。ま、シッカリ養生してくださいませ。おかげでPCに向かう時間が限られて、母は健康的な生活を送っております。
2006.01.23
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陽の光を受けて千の色に輝く枝の先。木々の高みから、燦めきながら落ちてくる氷の欠片。つららのを透けてくる柔らかな光。こんな日、遠くには、富士がよく見える。時間という、どんな宝石にも劣らない輝きを、己のものとすることが出来る自分の贅沢。
2006.01.22
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雪にご苦労されている方々には本当に申し訳ないが、子どもたちが雪にはしゃぐ姿を見てこちらも嬉しくなってしまう。朝起きたら輝くばかりの雪景色。子どもたちは、朝食も早々に外へ飛び出していく。今日は午前中にこどもクラブがあるので、学校の体育館に集合の予定が9:30。白銀の平原目当てに、早々にムスメと共に学校へ。子どもたちが何人か集まっている。みんな期待の完全武装だ。何でも体験してみよう、おもしろいことやってみようがこのクラブのモットー。本来なら来月の祭りの打合せをして、各チームのプラン発表会にする予定だったが、こんなチャンスを逃す手はない。「予定変更!全員勝手に遊んでこーい。」それから一時間。子どもたちは降り続く雪の中ではしゃぎ回り、校庭には雪だるまがゴロゴロと出現。全員雪まみれ、汗まみれ。結局集まった子どもたちは17人と本来よりはるかに少なかったので、予定していた企画なんて実現出来るはずもなかったが、こんな機会に恵まれたことに感謝である。さて、昨年、平日ほんの少し雪が積もったときには、校庭の中央部(トラック部分)は児童立ち入り禁止だった(期待に胸ふくらませていつもより早く登校したムスメががっかりしていた)。グラウンドコンディションを保つためだろう。うっ。月曜日、ぐちゃぐちゃになったグラウンドが出現していたらどうしよう。
2006.01.21
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rain27jpさんからいただきました。17歳バトンです。この種のバトンって、どうしてこんなに【こっぱずかしい】テーマばかりなんだ?17歳なんて、いかにも○○の青い頃。思い出したくもない時代か、もうすっかり思い出せないぐらい昔のこと。前にしか進めないという習癖を持っているので、過去のことはおぼろ。この習癖のおかげで、アリガタクモ、後悔や反省と疎遠だったりもするのだが、それはさておき。【Q1】17歳の時、何をしていた?17歳といえば、高校2、3年生?東京にありながら繁華街に遠い牧歌的学校で、オタク的生活を送っていたはず。学校の図書館で、分類番号1番から9番まで、片端読みまくり、コミックスを読みまくり、イラストだの散文を書きつづり、周囲の生き生きとしてまぶしい(ように見えた)同級生について行けなくて、すでに「今時の若いモンは哲学がない!」みたいな反骨を気取っていたヘンな奴だった。実は全然自分の中にこそそんなものは無かったのに、それに気づかないオロカモノ。出かけると言えば、美術館に博物館。聴いてる音楽はほとんどクラッシック。そういえば、高校の音楽の授業でモツレク(Requiem & Lacrymosa)と、マタイ受難曲(第1曲)に取り組んだのが、合唱オタクのきっかけ。光瀬龍からはじまったSFオタクがピークになっていたのもこの辺り。え、今も変わってない? なんだか、書いていて落ち込んで来ちゃうなぁ。【Q2】17歳の時、何を考えてた?昔の散文や同人誌を見れば思い出すだろうけれど、言葉遊びのあまりの底の浅さが恥ずかしくて、もう一度見る気にはなれません。いやぁ、若かったんですねぇ。他人事なら、「いいねぇ、若いって事は」とニコニコして受け止められるでしょう。【Q3】17歳のイベントといえば・・・?思い出せないぞ?記憶にあるのは、合唱にはまって、合唱祭にひたすら燃えたことかなぁ(マタイで、ボーイソプラノ割り振られました)。そして、刺激のある友人と教師に出会えたこと。多くの人にとって、17歳は特別な年であるようだけれど、そういう意味では出会いもドラマもない17歳を過ごしていた。奥手だったのか? 【Q4】17歳でやり残したことは? 【Q5】17歳に戻れたら何をする?やり残したことは山のようにあるはずだけど、戻らなくてイイです。20歳頃、私は35歳になりたかった。35歳であれば、もっと経験も積み、社会的にも力をつけてちゃんとした一成人としてものを考えることが出来るようになると思っていたから(35というところがちょっと微妙。不惑には至れないという自覚があったのか)。35歳であれ、何でアレ、「加齢=成熟」じゃないということは、今ならよくわかる。でも、私は未来のほうに望みを掛けたい。戻って何が出来るものでもないから。やり直すなら、「今」。【Q6】17歳に戻っていただきたい5人お渡しできる相手に心当たりがありません(みなさん、もう受け取ってらっしゃる?)お気づきの方、是非拾っていってください。*-------*-------*-------*-------*長ものOKのrain27jpさんへ。上野動物園は昔の水族館の頃から、長もの展示してましたが、ビバリウムになって、とても見やすくなり嬉しいです。rainさんとは、きっと上野公園のどこかですれ違ってますね。(西洋美術館にも、国立博物館にも、東京文化会館にも良く行きました。東京に住んでいて、美術館や博物館が近いのだけは嬉しかったです)。 去年の夏には、群馬まで化石堀に行ってきました(子どもたちは、恐竜の骨が出ると期待していたが、出てきたのは小さな貝や植物の化石ばかりで、ブゥブゥ)。フタバスズキリュウやアンモナイトがそんなに簡単に見つかるもんかっ!(実は魚竜が好き。竜骨類もいいな。)先日のティラノサウルスの頭骨写真は、実は画像に魚眼加工を施してあります。
2006.01.20
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新年度へ向けての作業をリストアップしていたら、副や書記から悲鳴が上がったっていう話しは昨日書いたかな?(自分で確認しなさい)。資料を見直していると、どんどんもっと手を加えたくなってしまう。一年たって、状況が変わっておなじ活動でも狙いどころが変わってきていたり、自分の中でもっとイイ表現に出会っていたり、ブログの出会いからもたくさん刺激を戴いたり。結局ほとんどの文書を何かしら手直しすることになるだろう。場合によっては全面改定したほうが良いこともある。素案を作ったら、より多くの人にプレビューしてもらうことにしている。「これ、わからない」といわれると、逆にエンジンがかかる(逆噴射する?)。よし、とおもっても出来るだけ一日寝かせて、考え直す。そうしているうちに、元の文書はどんどん陳腐化していくんだな。草稿と最終稿は全く別物という体裁になることもままあるので、周囲はハラハラしてみているに違いない。彼等の「つきあいきれません」って声が聞こえる気がする。こればっかりは、好きでやっていると言われても仕方がない。さすがに、次の人にも同じ事を、とはいえないから、その辺は割り切って。私は、公の文書については、早いうちからザックリつっこまれたほうがイイと思っているが、多くの人は、そういうことが嫌いらしい。私のダメ出しはきつすぎるとお叱りを受けている。そんなに無謀なことを言っているつもりはないんだけどなぁ、これ、誰のために書いてるの?って言うだけなんだけどなぁ。(・・・って、ちっとも反省してない?)
2006.01.19
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今日は珍しくな~んにもない予定のはずでした。すると、やることがない!ってんで結局新年度に向けたPの資料を作ったり手直ししたり。本当は、安全管理に関するアンケートと資料を作成しなくではイケナイのですが、構成のとっかかりがつかめず、ちょっと逃げてます。自転車のかごにつけるプレート、市からの配付なくなった理由は、パトロール中のくせに違法駐輪してスーパーに買い物に行っているのはケシカランというご指摘のたまもの。違法駐輪は問題だが、スーパーにいようと子どもたちに目を向けることは出来るはず、ということで独自プレート作成に着手。このプレートは役員、学級委員にまず配付し、その後協力者を募るという形。連番を振って登録者管理も行う予定なので、そのご案内。自転車のみならず、歩いているときだって、散歩の時だって、庭掃除や水まきやゴミ出しだって・・・ということで、身につけられるワッペンを作成することで了解を得たので、その図案の募集。ワッペンをつけている人がたくさんいれば、防寒効果も期待できるし、お互いが保護者であるとわかれば、挨拶のきっかけにもなるというのが狙い。そして、万が一の時には子どもが駆け込んでこれるように~つまり、移動子ども110番。これについては、このワッペンを悪用して子どもを安心させる大人が出現するのでは?という慎重意見もあった。それは当然の心配だと思う。一方で、「このワッペンがあるから大丈夫。安心してついて行っても良い」ではなく、どんなときでも危険は危険と子どもたちに徹底する方が重要。ワッペンの有無が問題ではない。ワッペンは、非常時にSOS出来るところとして周知するべきという意見も出てきた。本当なら、ワッペンなんて無くても、近くの大人にSOSを出すことが大事だし、それを大人が受け止めるべきなのだが、ワッペンがあれば、気分的に安心かなと。だから、抑止効果の方を大きく期待している。その後、役員の間では、単一学校区でなく、近隣学区とも協力できたらいいという話しになったが、連携を待っていてはスタートできないので、取りあえず自学区で取り組み、是非を図りながら周辺学区に声を掛けていこうということになった。集団下校や当番制パトロール、拠点立ち番については、意義はわかるが賛同が得られないのではという消極論が多数で、まだ議事に書けるに至っていない。どうせなら、この辺のニュアンスを会員全体から聞いておきたいところなので、その件もおなじ文書に。という状態で、決まったこと、決めようとしていること取り混ぜて、しかも簡単に(興味を惹くべく)表現しようか、思案のしどころ。最近は、去年の焼き直しでOK的文書が多かったので、全く新しい文書を起こすのがちょっと・・・。ふぅぅ。先日、りきkkぱぱさんのトラウマを逆なでしちゃったらしいので、おわびに四つ足写真をアップしておきます。国立科学博物館 新館BF1にて国立科学博物館 新館3Fにて
2006.01.18
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9時より役員会、10時より常任委員会。今学期は、ひたすら一年の感想や反省点、課題をまとめ、来年度にむけて出来る手を打つ・・・ですね。これまでは私が進行役、学級委員に持ち回りで議長役を努めてもらっていましたが、議長役の持ち回りが不評で(議長役の必要性は理解していただいているのだけれど・・・)、来年度はこれを副会長の持ち回りにする予定で、もう1人の副(来年度続投)に、議長役を務めていただきました。また、来年新副も傍聴に来てくれました。あと2回、新役員にはどんどん傍聴していただこうと思ってます。*-----*-----*-----*-----*んで、年度末、新年度に向けた検討事項や、資料作成の手順を確認。みんな、「え、こんなにあるの?」と再認識。余力のあるうちにどんどんやっつけちゃいましょ~。
2006.01.17
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全く3ヶ月ぶりに練習に出て参りました。いつの間にか、課題が日本の叙情歌メドレーからイタリア歌曲メドレーに変更に。理由は簡単。日本の歌は、ちゃんと歌えないとボロが目立つから。ちゃんと歌えないと・・・って、はい、反論の余地ありません。おかげさまで、気持ちよく大声張り上げて、のどが痛いです(やり過ぎ)。日本語歌詞なのだけれど、昔覚えたものと若干歌詞が違っていて、思い切り間違えます。そういうの、実は、私一人じゃない。あちこちで、違う歌詞が・・・。ま、いっか。Pでも、サークル作りたいねという話しが出てきています。テニス?コーラス?手芸? 結構みんな言い放題。一体どれが芽を出すか?楽しみかも。
2006.01.16
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上野動物園に行って参りました。あれ?こんなに狭かったっけ?子どもが小さいときは、不忍池までが遠かったと思っていたのですが、いや、近いモンですね。施設を大幅に改修できない分、小さな工夫がいっぱいありました。rainさんの所でもご紹介のあった、オリからでてくるナマケモノ(ちょうどそのシーンに出会いました)、ヤマアラシは、樹高10M?の木の梢に(それを、陸橋から間近に見ることが出来ます)、お食事タイムもばっちり。上野動物園というと、トラ舎やゴリラ舎が有名だけれど(あ、パンダもだ)、そんな職員の工夫が楽しかったです。特設爬虫類ふれあいコーナーがあったので、ヘビタッチして参りました。with love, xxx Hunger is the best source...オオアリクイが食べているのは、鳥挽肉、牛レバー、ドッグフード、猿用ペレット、卵黄のミックスジュース。60cmもある、蔓のような長い舌でボトルの内側をビシバシなめ回して、あっという間に完食です。ただの蔓の様に見えるあの舌で、液体状のものが食べられるというのが何とも不思議。写真にはないけれど、腕組みして食べたりすることもあって、可愛い奴です。
2006.01.15
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昨日は、午後に子ども祭りの打合せ。詳細の話しに先立ち、今年度の子どもクラブの反省、子どもクラブの未来像、課題などを話し合う機会がもてた。やはり、最大の課題は「人」。地域の人と、保護者とどのようにつながってゆくのか、子どもの居場所として、何が必要とされているのか、大人として、どのように子どもたちに関われ、大人として、学校に関わることを、如何に楽しんでゆけるのか、お互いの窓を開くにはどういう誘い水があればいいか・・・。Pでも語られるおなじ課題。子どもクラブについて考えることは、結局地域全体を考えることとおなじ。切り口は違っても、結局おなじ「社会」をつくる活動なんだなぁ。
2006.01.14
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現職役員と内定組の初顔合わせ。推薦委員が仕切ってくれました。校長からは、どんなにITが進歩しようとも、やはり大事なのは「顔を合わせてゆくこと」。コミュニケーションを築くことの大切さについてご挨拶。たしかに、私はITが無いと、役員職なんて(その他の活動も)出来ないゾというのが常態になっていて、ITによって結びつけられたご縁もたくさんあり、もう、これなしでは生きていけません(?)なのだけれど、ITに頼っていておろそかになってしまった人間関係での躓きもたくさんある。ITを介在させることで誤解が誤解を生んだり、修復の機会を逸したり(そのことに無神経になってしまうことを含めて)。だから、出来る作業はITを最大限に活用したいが、顔を合わせる機会を、最も大事にしたいと思っている。回数は少なくても、実の濃い交流が出来るように心がけてゆきたいと。それが来年度の課題かな。
2006.01.13
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仕事の納品が一山越えた。んで、すっかり気分が楽になって、本なんかのんびり読んじゃったりして、それがちょっと怪談風だったりして(結局ぜんぜん怪談話じゃないんだけど)。最近ばたばたと睡眠不足で、明日は終日Pなんだけど、なんとなくのんびり・・・しているところへ、書記からメールが届いた。「頼んでおいた原稿早く下さい。明日印刷です。」んぎゃぁぁぁっ。すっかり忘れてたっ。Pの会議で使う原稿、全く手つかずでした。眠気ぶっとびの、こわいメールでした。自業自得でしょ?>自分。結局、寝不足の日々は続く。----------------------------------朝の読み聞かせは「あらしのよるに」映画を見たって子もいたけれど、結構みんな真剣に話を聞いてくれました。「ガブ(狼)の声が(映画に)そっくり」っていわれて、ちょっと複雑。続きを読んで!と言われたのはうれしかったな。
2006.01.12
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P始動です。早速の役員会。お題は「安全」と「来年」安全対策については、いろんな案が出ながらも、会員の賛成が得られるかというところがやはりネック。負担、面倒、大変と安心、安全、快適を秤に掛けていいのか?とも思うのだけれど、こればっかりはやはりアンケートを採ったりPRしたり、思うところに従って啓発してゆくしかないのでしょう。かいちょーさんの日記に、参考になる記事があったので、TBさせていただきます。来年については、現役員と新役員内定者の顔合わせを金曜に控えていて、またすぐに顔を合わすのだけれど、取りあえず、来年度の行事、組織について話し合い。常任委員会があと3回となっているので、決められるものはどんどん俎に乗せて諮っていかないと、間に合いません。★来年のことを来年に委ねるために、今決めることはさっさと決める。今年は新旧顔合わせの時期が早いので、これからは新役員も巻き込んで来年度計画を立ててゆけるのではないかと期待。船頭多くして・・・と3人寄れば・・・のどちらに転ぶかわからないけど、それすらも楽しんでゆければいいな。 燃えますっ!
2006.01.11
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新学期が始まりました。早々に学校へ行って、校長・副校長はじめ、先生方にご挨拶。子どもクラブの教室を確保して、事業内容を校長・副校長にご報告。年末にキレイにしたPTA室。うーん、自画自賛。といってもホコリだらけではある。あと作業机1本を譲っていただく約束を学校から取り付けたので、これで完璧?あとは、近くにコンビニがあれば最高(近くのコンビニが閉店したのでとても不便)。ま、初日の気分はそんなものです。
2006.01.10
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いよいよ冬休みもおしまいだ。先回、PTAはボランティアか?サークルか?なんて自問しながら、その回答が出せないままに日がたってしまったら、もう、あちこちで耳に痛~い、心にずっしり(ぐっさり?)、思わず頷き・・・の意見が飛び交うようになっていて、さらに私が言葉を重ねる余地なんて、残ってないかも。どの意見をとっても、そうだよなぁ。そんな考え方もあるなぁ。そこを考えなくちゃいけなかったんだぁ、と。ぇぇん、混乱して、なんにも書けないよお。冬休みの宿題、新学期に持ち越しだわ。
2006.01.09
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妹一家が来て、3世帯10人(大人5,小学生5)で上野の科学博物館へ。子どもの頃よく連れて行ってもらいましたが、新館がすっかりキレイになって、さらに、本館が改装中で立ち入れなかったこともあり、あまりのイメージの違いに両親と妹は「オオッ!」。ちょっといつもより混んでいるのが難ですけれどね。全員一斉行動じゃなくて、「○○時にここに集合」としておけばよい年頃になったので、ホント楽になりました。といっても、ほとんどマンツーマンでついたり離れたりしながらですが。子どもたちはそれぞれあちこち駆け回り、遊び疲れて帰ってきたようです。なにより、妹一家の子どもたちが喜んだのが電車とバス。あまり乗る機会がないのだそうで、それじゃぁ、と、始めにそれぞれに必要な交通費を支給。切符も一人一人が買うことに。普段は、退屈してしまう車中も、従兄弟達と一緒なら楽しい、うちの子どもたちでした。
2006.01.08
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出来れば知りたくなかった。出来れば認めたくなかった。たしか、昔の正月は神経衰弱も、カルタとりも、百人一首も負け知らずだった。大人達の手抜きだの、手加減が許せなかった。が、しかし!大人達は手抜きも手加減もしていなかったのだ。今、大人の立場に立って知るこの衝撃の事実。アニメカルタ惨敗。いろはカルタ惜敗。神経衰弱完敗。いったい、覚えたはずのカードはどこにあるんだぁ?残されているのは、おぼろな記憶が多少の有利につながる(かもしれない)百人一首だけ。正月なんて、大っ嫌いだぁぁぁぁぁ(号泣)。-------------------------------------自分の前々日のコメントも中途半端のままですが、りうりうさんにも のんキッズさんにもTBいただいてしまいました。続きが書けないぞっ。いや、がんばりますっ!
2006.01.07
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ときどき、うっとーしいトラックバックがごっそり入るので、トラックバックお断りにしてしまいました。ご了解願います。何が楽しくて?ネットの向こうの人格に思いはせることすら虚しい。---------------------------------------と書きましたが、うっとうしいTBを削除する気力と時間の損失と貴重なTBを戴く機会の損失を秤に掛けて、結果明白。トラックバック復活です。
2006.01.06
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大掃除の最中に間違ってPのことも掃きだしちゃったらしく、頭のなかはからっぽ。来週からはばたばたと会議が入るのだが、どうしよう?■課題1)安全対策交通安全と防犯と防災。この3つにたいして、Pでは何が出来るのか?下校の安全対策については、まだ闇の中(集団下校?パトロール?お出迎え?)。学校と打合せをする予定になってはいるのだが、まだ素案が出来てません(だれか、妙案下さい)。また、受け身的に(というのはヘンだが)犯罪に巻き込まれることを防ぐと同様に、危機感無く自ら危険に踏み込んでゆく子どもたちに対する働きかけも課題。安全という名目の管理統制でこどもたちを囲い込むことに対する弊害も考えてゆかなければならない。防災という面では、災害を防ぐことは出来なくても、例えば被災したときに子どもたち自身が、あるいは小さな子を抱える保護者が出来ること、協力し合えることを考えておきたいと思う。体育館雑魚寝体験をしてみようかと思っている。地域の防災担当者などの協力が必須、2)小中一貫今年度、市内1学区に小中一貫制度が導入される。いずれ全学区にこの制度が導入されるのだが、うちの学区は比較的早い時期に着手されるのではないかというのが下馬評。しかし、このことに対して学校の意見、先生の意見、保護者の意見、地域の意見、そして児童の意見が交換されたことはなく、その意識も希薄な気がしている。地道な意見の交換を通してお互いが「コミュニティ」を形成する一員であるという認識が無ければ、市の提唱する「コミュニティスクール」は成り立たない。学校はこのことにどうやって取り組もうとしているのか、待ち受けではなくこちらから働きかけをしていくべき時期に来ていると思う。3)PTA活動どうしても平日昼に偏る活動。もっと活動のバリエーションが増えれば、いろんな人が参加できるというごもっともな意見と、活動が多すぎるというごもっともな意見。「できる人が出来ること」「やりたい人がやりたいこと」をということがこんなにも難しい。年2回まわってくるだけの全員持ち回り当番でさえ、負担の声が上がる。できる人が出来ることをすることが、できる人に負担を強いることになり、できる人の好意に甘えることになるという認識、私自身は、それはできる人の選択なのだから、負担を強いることにはならないと思っているが、現実には、そう考えられてはいない。P活動はボランティア活動なのか?サークルなのか?------------------------------------とりあえず、ここまで。
2006.01.05
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仕事始めであります。まだ遊び足りないよぉ・・・という思いを抱きつつ、年末と変わることのない職場へ。職場は都心にあるので、最近は地震が怖い。机の中には、水とリュックサックとラジオ付懐中電灯と救急用品と簡易食料。広域避難場所も近いし、怪我さえしなければ、歩いてでも家へたどり着けると思うけれど、でも、家から電車で1時間離れてしまうことで、何かあったときに子どもたちの側にいてあげられないかもしれないという思いはどこまでもつきまとう。みんなこうした思いを抱えながら通勤しているのだろうか。職住接近を真剣に考えてしまうのであった。
2006.01.04
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あぅぅっ、正月早々に三日坊主になってしまっている!(正確には二日分しか書いてない...)ってことで、後追いで穴埋めするのって、夏休みの宿題の絵日記みたいなモンですね。いやいや。3日は子どもたちとボーリングに行って参りました。若い頃(!)もあまりボーリングの機会が無かったし、タバコの煙がひどそうだし、こどもをつれていくような所じゃないと思ってました。分煙法のおかげもあって隣のレーンから漂ってくる煙もなくなってありがたいものです(なにが大変って、子どもたちがすぐに「タバコくさ~い」って、大声で、吸ってるご本人の目の前で言っちゃうので。)んで、今時のボウリング場に行ってみてビックリ。ガーターの溝がないっつ?!子どもが参加しやすいように、ガーターの溝にボールが落ちないような柵を立てられるようになっているんですねぇ。ちょっとしたカルチャーショックです。ボウリング場は子ども連れで行く「健全な」ところになっていたんですね。親子3代なんて組み合わせもたくさん見ました。それでも、ムスコはボールを隣のレーンに投げ込んじゃいました。待ち時間が1時間以上あったので、ついでに子どもたちにビリヤードを手ほどき。まあ、ルールも何もなしのご愛敬で(実は台を傷つけそうで冷や汗ものでした)。
2006.01.03
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日帰りスキーに行って参りました。昨冬、子どもに負けじと気合い入れた挙げ句、左膝の内側靱帯を損傷。手術せず固定だけで治療したのだけれど、結局靱帯がゆるんだままになってしまったらしく、膝が不安定。余談ながら、去年は、怪我したまんまスキー場から高速走って帰ってきました。特に高速では膝を動かすことがほとんど無いので無事運転してかえってこれましたが、渋滞していたら泣いていただろうなぁ。途中のSAでは、全く歩けませんでしたものねぇ。しかし!子どもたちも主人もスキーに行きたい!と年の暮れから騒いでいたし、初心者ながら私も、これがきっかけでスキーと縁切りというのも寂しく、スキー場へ。子どもたち、滑ることを忘れていないものですね。昨シーズンに比べてほとんど転びません。私は、腰が引けてます。小雪舞う中5時間ほど滑って、露天風呂に入って、帰途の高速も渋滞知らず。途中のSAでは星がきれいでありました。全員怪我もなくかえって来られて、一安心であります。
2006.01.02
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あけましておめでとうございます。昨日と同じように日が昇り日が沈み、昨日と同じように起きて顔を洗って・・・なのに、なんだか元旦というのは特別な日という気がします。近くの寺へ除夜の鐘を撞きに行き自宅の仏壇に参り一眠りしてお節と雑煮の準備年賀状を仕分けててくてくと厄よけ寺へ途中、神社に詣で寺で護摩祈願をし、団子を食べる。ムスコは途中ののっぱらでモグラ探しに熱が入る。途中、さらに別の神社に詣でなんだかのんびりと時間が過ぎてゆく毎年同じように繰り返されるのんびりとした風習。(しかし、いかにも日本的というか全くの宗教混在ですねぇ、この間はクリスマスで盛り上がってたし)。当たり前に穏やかな日が当たり前のように続く。すべての人々に、すべての子どもたちにとって、今年がそんな一年でありますように。
2006.01.01
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