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2007.05.07
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カテゴリ: I write
(8)置き去りにされた幼子たち 2

朝、起床した私は、兄に私のクラス担任への伝言を託し、
送り出してから、前夜に使った食器を洗い(このときは
冬だったが、湯沸かし器がなかった我が家では、水道口
から出る冷たい水で食事をつくり、食器を洗い、顔を洗い、
洗濯した)、たらいいっぱいにたまった洗濯をした後、
共同通路側にあった物干竿に洗濯物を干し、着替えを
した。

お年玉をためて自分で買ったディズニーの時計を腕に
はめ、財布を入れた鞄を持って、家を出た。
安物の家に似つかわしい簡単な鍵で施錠をした私は、
徒歩で駅へと向かった。

最寄り駅には10分ほどで到着した。
我が家には電話がなかったので、事前の連絡を入れては
いなかったが、母方の祖母の家に向かうつもりだった。
持病がある母が、一人で仕事をして生活しているわけは
ないのだが、母が家出して10日ほどして、私あてに
手紙が届いていた。内容は、“旅館で仲居をしている。
自分の部屋と制服をもらって、これまでにない充実した
生活を送っている”というものだった。私は、祖母の
計らいがあったはずだと直感した。

とりあえず祖母の家に行けば、何らかの情報が得られると
確信していた。

それまでにも何度か一人で祖母の家に行ったことが
あった。要領はわかっている。もちろん、8歳の子ども
には難しい漢字はわからないし、少しでも勘違いすると
とんでもないところへと行き着いてしまう危険性が
あったが、私には自信があった。景色を覚える能力に
たけていたからだ。音(駅の場内アナウンス)や文字
の形に加え、自分が歩いた景色を、色やモノや距離感で
鮮明に覚えていた。

近鉄大阪線(普通)から大阪環状線へと乗り換える。
最寄り駅からおよそ1時間、常々親が「子ども一人で
電車に乗っていると“子取り(子どもをさらう輩。そのころ
決まって〈サーカスに売られる〉と説明された。子どもには
言いようのない恐怖感を与えた)”が来る」と言い、「知らない
おばさんでいいから、親子に見えるようにくっついて
いなさい」と教えてくれていたので、シートの端に
座っていたおばさんの横に陣取り、おばさんに
寄り添うようにして立って、親子に見える演技をした。

無事、目的の駅に到着し、祖母の家に向かった。
そのころも、若いころ花柳界で生きた経歴を生かし、
祖母は働きながら一人で暮らしていた。

駅から15分ほど歩き、祖母の家(アパート)に着いた。
しかし、折悪しく祖母はいなかった。
私は時間をつぶすべく、街に出た。歩いて10分ほどの
スーパーに行った。このスーパーはおもしろかった。
1階は食品売り場、2階は衣料品や日用雑貨を置いて
いるという、ごく普通のスーパーだったが、1階から
2階への階段に、いろいろな動物や小鳥がかごに入れられて
展示されている。もちろん売られているのだが、とても
かわいいサルやオウム、九官鳥がいて、見ていて飽きない。
祖母や母と来ると、満足に見させてもらえないので、
このときとばかり、存分に見て、声をかけて楽しんだ。

そして、靴屋にも行った。そのころはやりのエナメルの
靴が欲しかった。母や祖母と行けば、気に入ったのが
なくても見栄を張って「どれがいいの?」と聞いてくる。
いいのがなければ、店を出ればいいと思う私を制止し、
どれかを選ばせようとする。私は自分のお金で、自分の
欲しい靴を買いたいと思っていた。一人で、靴屋の
ショウウィンドーから、ディスプレイしてある靴を
つぶさに見た。しばらくしてお目当ての靴を見つけた。
小遣いを貯めて買いにくることができるのはいつかと
計算した。

そんなこんなで時間をつぶした後、再び祖母の家に
向かった。幸いなことに、今度は祖母がいた。
「おかあちゃんはどこ?」
「言うたらあかんって言われているんや」
「……」

私は、“1時間かけてここまで来たことが無駄になるのか”
と、わずかな脱力感を覚えた。

しかし、祖母は優しかった……と言えるかどうか微妙な
結末を迎えるのだが。


                      つづく







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Last updated  2007.05.08 00:56:39
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Re:哀しき清貧一家の哄笑な日々 その9(05/07)  
primera3919  さん
その当時のスーパーって長崎屋ですか?違うか!でもよくエスカレーターの横で売ってましたね!懐かしく思います。8歳の頃と言うとよく蒲生の映画館に行き、裏の穴から入って見てました!外国の映画がやってたのを覚えてますが作品名はわかりません。一人で京橋に行ったりもしてましたね!おばあちゃんは私が幼稚園を脱走して中退したころに亡くなりました。お金を盗まれたと言ってはうちからお金を持って行ってたのを覚えてますが、実は自分でタンスの奥に隠したのを忘れていてよくお金を探しに行きました。この続き非常に気になります。よろしくお願いします。 (2007.05.08 02:30:02)

Re[1]:哀しき清貧一家の哄笑な日々 その9(05/07)  
ske888  さん
primera3919さん
「長崎屋」などというメジャーなスーパーではなく、「キョーエイ」という極めてマイナーなスーパーです。京橋の商店街の中にありました。ということは、primeraさんの生活圏で展開された話だったということになりますね。当時の空気感が伝わったでしょうか。 (2007.05.08 09:17:39)

Re哀しき清貧一家の哄笑な日々  
ネコメ さん
つづきが早く読みたいですね。ところで、サーカスに売られるという話や橋の下でひろてきた子などという言わば脅し的な子供だましで昔の子供は素直にすくすくと育ったものですね。今の子ならサーカスをそのような不思議で悲しい神秘的なものにみているのでしょうか?そういえば幼いときに恵比寿さんなどへお参りにいくと芝居小屋のような「世にも不思議な・・・」という口上の見世物小屋がおどろおどろしていて本当に入ったら出れないのではと思ったものです。大人になって生肉を喰う女などという出し物を見に行って、鳥の人形に一部分だけささみが付けてあってそこだけをいかにも生きた鳥をかじるようにかじるというものを見ましたが。ばかばかしいけれど誰一人帰りのお代を払わない人はいなかったのを覚えています。話がそれましたが、これからも
むかしなつかしい物語で私達を癒してください。 (2007.05.08 22:14:05)

Re:Re哀しき清貧一家の哄笑な日々(05/07)  
ske888  さん
ネコメさん
「子取り(捕り)」は、世の中の怖さを身につけさせる暗示でしょうね。いまとて、子どもの失踪がないわけじゃない。子どもに、自分の身を守らせる暗示と恐怖心の醸成は、社会に存在させるためには必要なのかもしれません。「見せ物(見世物)小屋」、見たことがあります。昔は、情報量が少ないゆえ、目にしたことのないものを奇異に見る癖が日本人にあったから成り立ったショウビジネスでしょう。いまでは、トリックを暴いて「金を返せ」と騒ぎ立てる人ばかりになったので、商売として成り立たないのでしょう。慎みのある日本人はいなくなりましたから。 (2007.05.08 23:15:48)

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