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地産地消が全国的に叫ばれている。特に長野県はこの言葉の露出度合いが多いような気がする。では「地産地消」ってナニ?と問うと・・・。80年代の当時の農林水産省生活改善課が実施した「地域内食生活向上対策事業」から生じたらしい。当時の農村では伝統的な米とみそ汁と漬物の食事パターンだったため、塩分の取り過ぎによる高血圧などの症状が多く見られた。高血圧は結核などに代わって死亡原因第1位となった脳卒中の原因の一つと見られ、伝統食の欠点である 塩分の取り過ぎ 脂肪・カルシウム・タンパク質の不足などを改善することが国民の健康増進のためには必要と考えられた。不足しがちな栄養素を含む農産物の計画的生産と自給拡大の事業が実施され、同時に生活改良普及員らによって周知事業も行われた。このような活動の中、特に農村においては他地域から不足栄養素を多く含む農産物を買い求めると、エンゲル係数の増大を招いてしまうと言うことで、地元でそのような農産物を作ろうということになり「地産地消」という言葉が発生した。なお、当時の為替レートは1ドル240円程であり、農産物輸入をしようとしてもかなりの高額となってしまい、不足栄養素を補うという目的を果たせなかったため、安価な国内生産を奨励したらしい。その時代の地産地消は、伝統的な食生活による栄養素・ミネラルバランスの偏りを是正し、健康的な生活を送るため(医療費削減圧力)と、余剰米を解消する減反政策の一環として他品目農産物の生産を促すため、あるいは、気候変動に弱い稲作モノカルチャーから、栽培農産物の種類の多様化によってリスクヘッジをするためなど、多様な経済的インセンティブによって推進された。しかし、近年の円高と農産物輸入自由化による海外農産物の競争力が増大し、さらに、ウルグアイ・ラウンド開始による関税引き下げ圧力も加えられた。このことから日本の農産物輸入は急激に拡大したが、価格競争力のある輸入農産物の増大は日本の食糧の「遠産遠消」を促進し、小麦、ソバ、タコなど日本食に必要な食材の大部分を輸入に頼るようになってしまった。また、以前は高価な食材とされたバナナやアボカドなど、日本で生産できないものも安価に手に入るようにもなった。バブル経済期に始まる「本物志向」が平成不況期以降も定着する一方、90年代には安価だが安全性に深刻な問題を抱える中国産などの農産物が市場に氾濫し、食の安全の問題がクローズアップされはじめた。こうした中、国内産の価格が高い農産物でも「安心・安全で高品質」をアピールすることで市場での競争力が確保され、地産地消の流れが徐々に定着していった。と言うことだそうだ。ふ~ん・・・!。しかし・・・なんだね~。自分のところで採れた物を自分たちで食べようってことなんだろう。だけど、そうすると、流通が滞るよね。余ったのって・・・どうするの?。よそに売ればいいって・・・?。じゃあ、よそも余った物・・・売りに来るけど・・・どうする?。それを買ってあげないとこちらの物も買ってくれないよね。この「地産地消」が国同士で行われると「保護貿易」ってやつだよね。考え方としては時代の流れに逆行してると思うんだけどね~。たとえば、青森県や長野県はりんごの一大産地なのだが、りんごの生産量を全て生産県で消費するなんて絶対に無理。長野県なんて海がないので水産物は他県か海外の物を取り寄せるしか無いぞ。川魚ばっかりを食べているわけにはいかないしそれだけの供給も無い。だから、オレは「地産地消」の掛け声が妙に耳障りなんだよね。「なるべく広域から食材を求めて流通を盛んにする」事が必要なんじゃないかな?。そして、当地の産品もできる限り広域で販売する。つまり「紀伊国屋文左衛門商法」だよね。無いところへもっていけば高く売れるという・・・アレだ。今回の震災では東北地方の産品の購買が叫ばれているが、これなんぞは「地産地消」とは真逆の方向だ。あまりに「地産地消」にこだわると経済活動を停滞させると思うよ。その意味では「他産他消」と「土へん」を「にんべん」に変えた方がいいと思うけどね。それに、必ずしも地元産のものがうまいわけではないしね!・・・これが一番。昔から「餅は餅屋」と言う言葉もある。うまいものが安く食べられればそれでいい・・・特に地産地消にこだわらなくてもね。
2012年01月31日
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また降ってきた・・・雪・・・相変わらず寒い。このところの朝は冷え込みがきつい。昼間でも最高気温は3度を上回らない。、陽だまりならそれなりに暖かだが、日が翳れば急激に寒くなる。こんな寒さのせいではあるまいが、最近は家に閉じこもっているのでリアルで人と言葉を交わさなくなった。奥方殿は話しかけてくるが同じ話ばかり、こちらの気持ちにゆとりが無くなったのか、受け答えが妙にとげとげしくなってしまう。これは奥方殿も同様のようで、人間はやはりある程度はリアルな社会に参画していないとだめだね。人と話すことにより、心に潤いが出る。ところが息子のように、家にばかりいてパソコンと一日中にらめっこをしている生活では、精神的にどこか異常が出てしまいそうなものだが、彼はチャット付のオンラインゲームをしていて、ネットの向こうの誰かとかなり話をするチャンスがあり、かえってそういった問題は無さそうだ。ひょっとすると、我が家で一番他人との会話が多いのは息子かもしれない。そんな息子だが、リアルな社会での人間関係に苦慮している。相手を目の前にするとうまく行かないようなのだ。特に相手が中途半端に目上だったり、あるいは年齢が近かったりすると難しいらしい。話をしたあとで相手を非難する言葉ばかりが出てくる。だから、息子が「この人なら」と尊敬する人物は、ほとんどがうんと年齢の離れた高齢者と言う事になってしまう。不登校の年数が長かったし、中学時代にはいじめにも合っていたようで、同級生と顔を合わせることを嫌う。クラス会などには出席しないし、成人式にも出なかった。成人式と言っても参加者は僅か十数名なので、「大勢にまぎれて」と言うことはできず、否が応でも注目されてしまうのがいやだったようだ。確かに一生に一度の晴れ舞台ではあるが、理由がはっきりしているのでオレは出席を強要しなかった。と言うよりも、やむなく自然に欠席できるよう、理由付けさえした。そんな息子だが、実はこいつは目いっぱいのお人よし。と言うか・・・やさし過ぎるくらいやさしい心の持ち主だ。ちょうど今、大学受験の真っ最中の妹の事を慮っている。働いていないので収入が無い事を気にして、なんとか収入を得る手段は無いかと模索しだした。妹の大学進学を息子なりに援助したいと思っているのだろう。高校の恩師に電話をしたりしてそれなりの努力をしている。先日も恩師の紹介で「障害者支援センター」に行ってきた。が、残念ながら息子は精神障害者では無いので、そんなところを紹介された事自体が不満なのと、相手をしてくれた担当者の言葉の端々が気に入らなかったようだ。「上から目線でまるで人を小馬鹿にしたような言葉遣いだった」と・・・。それって・・・解るような気がするな~。親が目の前にいれば多分対応は変わるだろうが、相手が頭っから「精神障害者」と決め付けて話をすれば、息子の持った印象のような結果になるのは想像できる。そして、「障害者支援センター」から紹介され、職業適性検査を受けるべく職安に申し込みにも行ったが、そこでの職員の対応もつれないものだったらしく、少し自信をなくして帰ってきた。普通でも無し精神障害者でも無しと言う、宙ぶらりんの息子のような立場は難しい。外見は普通人とまったく変わらないのだが、立ち居振る舞いが少しだけ変わっていて、ある程度話をすればその妙なこだわりに疑問を持たざるを得ない。が、理解力はあるし知識も通常と変わらない・・・、いや、ある一面では相当の深い知識も見につけている。だから、分かってくれる人には本人も心を開くが、それを理解してくれていないと分かるとバリヤーを張ってしまう。今までは数箇所のアルバイトを経験しているが、工場などでの仕事はどうもだめのようだ。速さや正確性を最初から求められてしまうのが辛いようだ。その面では逆に機械だけを相手にしているような職種が向いているかも知れない。いずれにせよ、自身で収入の道を探さないとこの先生きてはいけない。そのことも理解しているらしいので、とりあえずは少しずつでも前進する事を願うのみだ。職業適性検査でなにか向く職種があればありがたいのだが・・・。
2012年01月27日
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アイフォーンが火をつけたスマートフォンの急激な普及により、携帯電話のシェアが下がっているそうだ。ただし、携帯電話をはじめとするキャリアの回線契約数は日本の総人口を超えたとか?。と言うことは、一人で複数台を持っていることも珍しくないと言うことなのだろう。いったい、複数の端末をどうやって使い分けているのか?・・・一度聞いて見たいものだ。それもこれもインターネット社会が生み出した産物。しかし、あの小さな画面でWebを見るなんてご苦労な事だ。老眼が出始めた我々にはどうしてもあの画面はなじめない。我々の年代でも時流に乗ってスマートフォンを使い始めた人もいるが、「文字が小さい」「使い方が良く判らない」などとぶつぶつ言いながら親指と人差し指でスイーっとやっている。拡大すれば「文字が小さい」は解決されるが、画面全体のイメージが見られないのでそこが問題。「使い方が良く判らない」にいたっては、スマートフォンとして最大の魅力を発揮する「アプリ」を使えないと言うことなので、もう問題外なのである。こんな人は高い金を出してまでスマートフォンを購入しなくても、「らくらくフォン」の方がよほど使い勝手は良いはずだ。それに最初から文字も大きいし・・・ネ。ところで、スマートフォンがこれだけ普及をしてくると、「携帯電話」と言う言葉が似合わなくなってきた。「携帯端末」が正しい呼び方に思える。いやいや、最もふさわしい呼称は「ケイタイ」では無いだろうか?。今や「ケイタイ」がまるで普通名詞ように使われている。そんな流れの中、オレはまだスマートフォンを使っていない。その最大の理由は「価格が高い」事だ。2番目は「文字が小さい」こと。3番目は「パソコン画面とキーボード」の方がインターネットは使いやすいこと。オレの契約しているキャリアはDoCoMo。MOVAからFOMAに通信方式が変わるときに、「無料で変更できるモデル」が「らくらくフォン」しかなかったのでそれにした。しかし、これを持つと「爺さん扱い」をされているようで、人前で取り出すのに少々抵抗感を覚えたが、「無料で変更できるモデル」を最優先した結果なので仕方が無いとあきらめていた。ところがある日、この爺さんケイタイが壊れてしまった。気がついたら裏面のバッテリーカバーが無くなっていたのだ。それに、オレはいつもケイタイをズボンの左側のポケットに入れていて、小銭やら車のキーやらにぶつかるのか爺さんケイタイはもう傷だらけ。「この機会に爺さんケイタイを普通のケイタイ戻そう」と、ネットオークションで、新品ながら激安の旧モデルを落札、SIMカードを差し替えて使い始めた。文字の大きさが心配だったがこの程度であれば何の問題も無い。ある日、件のケイタイをそこらに置いておいたら奥方殿が、「アレっ、これって、私のケイタイの色違いじゃあない?」と言う。並べて見ると確かに同じだ。まったく気がつかなかったが、同じなら使い勝手も同じなので、ケイタイ音痴の奥方殿にアーだコーだと教えるのにも都合が良い。しかし、色違いにギラギラストラップをつけるだけでまったく別物に見える。男が使うのと女が使うのではこんなに差が出るものなんだと感心した。さて、そんなわけでこいつをしばらく使っていたが、つい一昨日の朝、電話をしようと件のケイタイを探したが、見当たらない。たまにポケットからはみ出て車の座席に落ちているので、てっきり車の中だと探したが・・・無い。呼び出し音で見当をつけようと電話をしてみると、「おかけになった電話番号は電波が届かない場所に・・・」の例のメッセージ。何で・・・?・・・悪い予感。「そう言えば風呂に入る時にズボンが少し重いような気がしたが?」。と急いで洗濯機の近くに置いてあるズボンを見に行くと、あるはずのズボンが・・・無い。「こいつは・・・ガッカリ」。タイマー予約で洗濯が完了した洗濯機のふたを開けて見ると、中には部屋着のズボンがキッチリと選択されて丸まっている。あった・・・何事も無かった普通の状態でオレのケイタイがポケットに。心なしか・・・きれいになっているような?。電源は勿論切れている。裏蓋を取ってバッテリーをはずして見るとピンクのマークがあちらこちらに。完全に「水没」状態になってしまった。オレはそのまま3つの部品になってしまったケイタイを、薪ストーブの横に置いて乾燥させることにした。が、困った・・・ケイタイが無い。誰のケイタイもそうなのだろうが、オレのケイタイも電話帳代わりになっていて、このケイタイが復活してくれないことには電話がかけられない。とりあえず、以前のボロボロ爺さんケイタイを引っ張り出して、SIMカードを再び入れ替えたら携帯電話機能は復活した。が、最新の電話帳が・・・無い。と言う事で、2日間乾燥させた水没ケイタイにおそるおそるバッテリーを装着し、再度SIMカードを差し込んで電源を投入すると・・・、「オオオオォッ・・・画面が出たぁ~」。が・・・「圏外」表示は消えないし、電波のやり取りができないのでカレンダーが2009年になっている。そして、充電もできない。それでも電話帳ぐらいは取り出せないかと、ケーブルでパソコンにつないで通信ソフトを立ち上げたら、読めた・・・電話帳が読めたのだ。オレは急いでデータをパソコンに取り込み、電話帳は今ここに蘇った。が、結構気に入っていたこのケイタイはもう使い物にはならないだろう。あ~あ・・・また、爺さんケイタイのお世話にならなければならない。その上、この携帯には裏蓋が無いのでバッテリーがポロリと落ちる。仕方なく、バッテリーに厚紙を貼り付けて裏蓋代わりにし、セロファンテープで止めて暫定処置。携帯電話の流通が減ったせいか?、昨夜ネットオークションをチラ見したのだが、結構端末の値段は高いんだよね~。これならもう少し出せばスマートフォンが買えてしまう。と言う事で、しばらくはボロボロ爺さんケイタイのお世話になる事になってしまった。裏を返すと張り紙つきのボロボロ・・・ちょっと恥ずかしいけどね!。
2012年01月23日
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日が落ちた頃に降り出した雨はみぞれに変わり、そしていつの間にか雪になった。今、天気予報を調べて見たら明日の朝まで降り続くようだ。今はべとついた雪だが、明け方には乾いた雪に変わる時間帯もある。つい3日前に降った雪がまだ残っていて、日陰などでは凍結して氷と化しているのに、その上にまた降り積もると・・・これは少々まずい事になる。毎朝早くに電車の時間に合わせて娘を駅まで送って行かねばならない。おおむね毎朝7時前に家を出るのだが、たまには1本速い電車に乗る日もあり、そんな朝はまだ薄暗い。この時間帯だと朝日は山陰に隠れているので日差しは無い。屋根の無い駐車場に停めてあるクルマの窓ガラスは霜で真っ白で、しばらく暖機運転をして霜取りをせねばならず、その上・・・雪かきもせねばならない。その分、1時間ほど早起きも必要となる。朝の1時間ってきついんだよね~・・・特に冬は!。オレがここへ引っ越してきてようやく8年、雪道には正直慣れていない。どのあたりが凍りやすいのかと言うことも完全に分かっているわけではない。だから、早朝にクルマを走らせるのは、実はあまり気が進まない。が、当地にはバスなどの公共交通機関がまったく無い。一日に1本だけ走っているが、この時間帯ではないのでそれには乗れない。かといって、駅まで7キロの距離だ・・・娘を歩かせるわけには行かない。往復で14キロ、3時間以上も無駄な時間を使うことになる。だから、送迎は必須なのだ。オレン家から県道まではずっと急な下り坂で、日が当たらない坂道にはたっぷりと雪が残っていて、一歩間違えばクルマはツツーっと勝手に滑り落ちてしまうかも知れない。ミッションをセカンドでは無くローに入れて、エンジンブレーキを効かせながらゆっくりと降りなければならない。いつもの2倍程度は時間がかかると見ておかないと、多分電車に乗り遅れる。この電車も・・・1時間に1本しかないので、乗り遅れてしまうと次は無いのだ。学校まで送らなければならなくなってしまう。そして、娘が通う学校がある場所がまたイヤラシイ。日の当たらない暗くて急な登り坂を上らなければならないのだ。我が家には4輪駆動のクルマは無いので、いくらスタッドレスタイヤでも、雪の日にこの坂道を登る勇気はオレには無い。とにかく、雪が積もると慣れない我が家には大きなプレッシャーとなる。この雪・・・明日の昼には雨に変わるらしい。いつもほど朝の気温は下がらないようなので、運が良ければ凍結はしないかもしれない・・・と淡い期待。いずれにせよ、いつもより1時間ほど早く、5時には起きないと!。この時期の当地の5時はまだ真っ暗でほとんど深夜。新聞配達もまだ動いてはいない。眠いし寒いし・・・辛いんだよね~。あ~あ・・・早く暖かくなってほしいな~。あまりの寒さに犬たちも猫のように丸くなっている。
2012年01月19日
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唐突だが、今、ミャンマーが騒がしい。アウンサン・スーチー女史の軟禁が解かれ、彼女の政党も認められてこのたび立候補も出来た。軍政から民主化への移行が進んでいると見られているのか、ニューヨークタイムズは観光に訪れるべき国として、ミャンマーを第3位にランクしたそうだ。そして、ヤンゴン市内のホテルは満杯でなかなか予約が取れないとか?。人口6千万弱の新たなマーケットが開かれようとしているし、資源が豊富な国なので先進各国の注目も高い。今までは中国べったりの政権だったが、ここへきて方向転換が図られ、つい先日、アメリカのクリントン国務長官も訪緬した。以前は「ビルマ」と呼ばれていて、当時の首都は「ラングーン」。日本語では「緬甸」と書いた。だから「緬」国なのだ。戦前はイギリスの植民地だったが、第二次世界大戦中に日本軍の後押しで日本の傀儡政権を樹立して独立しかかった。日本の敗戦間近にクーデターを起こしたアウンサン将軍は、この傀儡政権を倒したが再びイギリス連邦の一員となってしまった。今のスーチーさんはアウンサン将軍の娘だそうだ。第二次世界大戦終結後の1948年に独立を果たしたが、社会主義政権になったり軍事政権になったりと紆余曲折を経て今に至る。1989年に当時の軍事政権が国名を「ミャンマー」に改め、その後、都市名なども変えられて、旧首都のラングーンもヤンゴンに改められた。そして、新しい政治都市「ネピドー」に首都が移され、今も軍事政権が続いているが、前述のように最近になって民主化の足音が高くなっている。直近までは中国の影響を強く受け、軍事政権は中国べったりでアメリカなどと対峙していたが、何を思ったか旧に西側諸国の接近を図りだした。これに一番敏感に反応したのがアメリカで、政府の要人を送り込んで関係修復も急ピッチで進んでいる。先日、自民党の安部元総理が訪問したそうだが、現時点では日本は少し出遅れている。この地域には珍しく資源も豊富で多くは無いが石油も採れる。ルビーやサファイヤなどの宝石の産出高は世界有数である。注目すべきは基礎教育のレベルの高さで識字率は高い。そう・・・人的資源も優れている国なのだ。だから西側諸国はこの国を放っては置けない。中国と直接国境を接していて戦略的にも重要性が高いからだ。穏やかな性格の国民の9割近くは仏教徒で、その上軍事政権下での圧力もあって現段階ではとても治安は良いらしい。本音は知らないが表向きは親日国なので、日本人には行きやすい国では無いだろうか?。などと聞くと・・・言って見たくなるね~。ただ、まだ、意外に日本人の観光客は少ないらしい。ヤンゴンのような都市では今や大型SCなどの建設ラッシュらしいが、一歩外れればまだまだ田舎。コーク・マック文明に犯されないうちにぜひ訪れて見たいと思う。
2012年01月19日
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昨年の有馬記念は外してしまったが、その少し前のジャパンカップでは見事3連単の32万円馬券をしとめた。それも8点の購入だから元手は800円で・・・だ。今年になって東西の金杯も外れ、あまりパッとしない状態が続いていたわが馬券収支。特に西の金杯では「リュウ」のつく馬が2頭出ていたので、「辰年ならこれだ~」と買って見たがかすりもせずに惨敗。と言ってもオレが馬券購入に投ずる金額はかわいい物で毎週土日の2日で2千円以内とこれ以上無いほどケチ臭い。田舎へ引っ越してからはその収入の身の丈に見合った金額しか使わなくしている。と言うか・・・稼げないので使えないのだ。だから、32万円も配当をもらうと1年間以上は負け続けても黒字になる。32万円を手にしたからと言って購入金額を増やす事はしないからだ。次の週にはまた一週間2千円以内のペースに戻してしまう。勝つ競馬ではなく負けない競馬の真髄はここにある。そう・・・馬券を買わなければ負けないのだ。ところで、JRAの馬券にはWIN5と言うのがある。馬券の種類の中では最も新しい馬券で、JRA側が指定する5レースの1着馬を全て当てると言うもの。ただし、投票締め切りは指定5レースの最初のレースの発走前なので、オレの馬券購入パターンには合わない。だから以前一度試しに勝って見た事があるだけでほとんど手を出した事は無い。オレが馬券を買うときは次のような要素を重要視する。 1.出走直前の馬の状態(パドックとレース直前の体重) 2.馬の相対的な能力 競馬場・コース・距離・馬場状態・レースの日程・レース間隔などの条件別 3.厩舎戦略 この馬でこの厩舎はどのレースを狙っているかの予想 4.馬主の戦略 最近では元「社台グループ」の馬がほとんどのビッグレースを勝ってしまう。 そのあたりの馬の割り振りと「社台グループ」以外の馬主の戦略 5.その場のヒラメキなどだが、上記の中でもっとも買い目の決定に影響を与えるのが「1.」で、最終的に決め手となるのが「5,」。な~んて事は無い・・・えらそうな事を言っても、「パドックを見て、アッこいつだ」とひらめいた馬の馬券を買っているに過ぎないのだ。しかし、「WIN5」は時間的に制約があり、この「1.」と「5.」を確認できずに馬券を買わなければならない。「レース直前パドックちら見・ヒラメキ馬券派」のオレには合わないのだ。が、どうしたわけか、昨日はJRAのホームページの「WIN5]ボタンを偶然押してしまった。で、それぞれのレースの出走馬の馬柱を見てみると、「おっ、このレースは、オヤオヤ、このレースも、1着はこいつだな」とひらめいたレースが5レースに中4レース。京都10レース・中山10レース・小倉11レース・京都11レースがそれだ。「こいつは久々にWIN5でも買って見るかな?」とよからぬ考えが頭をもたげて来た。しかし、「これだ」とピンと来る馬が見つからないレースがひとつだけある。中山11レース「京成杯」だ。前走同コース同距離で勝利している馬が一番人気だが、別路線組からの参戦馬がもっと強そうに見え、それほど簡単には決まりそうに無いレースとオレには見えた。特に前走G1で2着の馬の人気が以上に低い。予想紙の競馬記者連中は「距離が長い」と軽視しているらしく、それを元に馬券を買う一般競馬ファンの意向がオッズに現れている。が、オレはこのレースの出走馬の中ではこの馬が一番強いと思っている。血統的にも距離はもつはずだ。このレースの勝ち馬予想も1頭に絞る事が出来れば1点で買えるのだが、ここはちょっと迷った事もあり、3頭を1着候補として選び出し、WIN5の馬券を100円づつ3通り、300円購入したのだ。「競馬なんていつも1番人気が勝つわけではない」ことは百も承知で、人気を背負って負けてくれるから好配当が出る。5レース連続して1番人気が勝つなんてことはまずありえない。と・・・300円はドブに捨てたつもりだった。やがて10レースの発走時刻になり、東西の10レースは危なげなくオレの予想した馬が1着。小倉の11レースも見事1着で、ついに問題の「京成杯」の発走時刻となった。「ここで当たれば次の京都11レースは安心して見ていられるはず」とオレは思っていた。4コーナーを回ってオレの狙っていた馬が大外からいい脚色で徐々に進出。一番人気の馬は馬場の内目から早くも先頭だがスパッと切れているわけではない。馬券対象のもう1頭はと言えば馬混みを裁いて首をのぞかせているではないか?。「オオッ・・・これは・・・ワン・ツー・スリーもあるぞ」。なんとなんと・・・と思った通りの1着から3着までの独占。「しまった・・・このレースの3連単も買っておけば良かった」と反省するも後の祭り・・・その配当は・・・なんと万馬券だった。指定4レースを全て的中し、あとは最後の京都の11レースを残すのみ。ここはもう1頭抜けている存在なのでまずは負ける事は無いはず。・・・と、もう的中気分で心は配当金額へと飛んでいる。5レース中4レースが1番人気馬の勝利で1レースが2番人気だったので、配当はWIN5にしてはほぼ最低ランクの1万4千円強と低かったが、5レース連続の1着をわずか3通りで的中させた事には意義がある。300円が1万4千円とおよそ50倍になったのだから「良し」としよう。さて、以前にも書いたかも知れないが、 1.出走直前の馬の状態(パドックとレース直前の体重) 2.馬の相対的な能力 競馬場・コース・距離・馬場状態・レースの日程・レース間隔などの条件別 3.厩舎戦略 この馬でこの厩舎はどのレースを狙っているかの予想 4.馬主の戦略 最近では元「社台」の馬がほとんどのビッグレースを勝ってしまう。 そのあたりの馬の割り振りと「社台グループ」以外の馬主の戦略 5.その場のヒラメキの5項目+アルファを組み込んで競馬予想プログラムを作った事がある。当時は3連単もWIN5も無く今ほどは馬券の種類も無かったが、馬券種類が増えた今なら再び有効かも知れないな~。以前と同じような競馬関連データを取得できるかどうかを調べたら、まだ「JRA-VAN」から提供されていた。もっとも前述のプログラムが最終形になるまでには3年ほどかかっているので、再び作り直そうと思えば最短でも1年ほどはかかるに違いない。しかし、競馬で負けないためにはこのプログラムは有益かもしれないな~。と言う事で、暇を見て準備を進めているのだが、Windowsがどんどん変化して行ってしまうので、年をとって衰えた電池頭脳ではなかなか追いていくのが大変。死ぬまでには出来るかもしれないが・・・しばらくは無理だろうね。さて、来週もまた2千円からちびちびとスタートしよう。
2012年01月16日
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寒い寒い・・・とんでもなく寒い。当地で生まれたわけではないので、生活様式などもベースの部分で違っていてこの寒さに対する根本的な備えが無い。たとえば、真冬でもズボンの下はパンツだけでパッチなど無いし、家に入れば一枚上着を脱いで薄着になってしまう。だから部屋がある程度暖かくないと生きていけない。生まれてこの方ずーっとここに住んでいる人はとにかくたくさん着ている。夏にはスリムな体系の人も真冬にはだるまに見えるほど着込んでいる。家の中でもブクブクと着込でいるので部屋が寒くても苦にならないようだ。そんなに寒い中、オレは寝るときは毛布と一枚の布団だけ。これには彼らも驚く。ほとんどが電気毛布や湯たんぽを使っているらしい。奥方殿も電気毛布を使っているし湯たんぽも入れている。これらが無いと「足が冷えて少しも暖かくならない」そうだ。寝室の気温は明け方には0度を切る時もある。それでもオレが電気毛布なしで寝ていられるのを不思議に思うそうだ。しかし、あまりに布団の中が暖かだと、起きる時が辛い。その面でも、オレは目が開くと同時にスッとおきてしまうので、布団の中でグズグズしている事は無い。と言うか・・・あのヌクヌクも悪くないのだが、ぎりぎりまで眠っているのでパッと起きないと間に合わないと言う事もある。が、時たま娘の学校が休みで送らなくてもよい朝など、夢見心地でうつらうつらとしているがこれはこれで悪くは無い。ところで、最近は娘の生活がもうめちゃくちゃに不規則。ほとんどベッドでは寝ていない。明日からのセンター試験にあわせて必死で追い込みの勉強をしているようだが、こんな生活を長く続けると病気になってしまいそう。我々が寝てしまう頃に居間のコタツにやってきて朝まで勉強をする・・・つもり?。寒いだろうとストーブの薪の残りを気にして深夜にオレが起きだすと、ほとんどの場合、コタツに突っ伏して眠っている。気持ちは分からないではないが、寝る時間と勉強する時間を分けてメリハリをつけたほうが効率がよいと思う。が、本人は「寝る間も惜しんで勉強するつもり」なので、親の言うことなんか聞かない。その結果・・・睡魔に勝てずにだらだらと寝てしまい思うような成果は上がらない。しかし、これだけ集中して何かが出来ると言うことはすばらしい。勿論、失敗すれば本人は落ち込むだろうが、親としてはその努力をする過程を高く評価してやりたい。本人の能力などは所詮親からの遺伝なので、どれだけ努力をしたって能力に優れているやつには勝てっこないが、それでも「何かを我慢して目的に向かって努力する」と言うとことに価値がある。今の世の中、ほとんどが結果で評価されてしまう。結果が悪ければその結果を出すまでの過程は全く評価されないが、結果を出した人間はその過程も全て高い評価を受ける。しかし、そうして勝ち組を続けて行く事の出来る人間は敗北を知らない。敗北を知らないと人の心の痛みが分からない。人間形成の面においては一度や二度は敗北を味わったほうが良い。そして、敗北の挫折感を乗り越えて再起した人間にこそ価値があると思う。だから、センター試験を間近に控えた娘にもそう伝えたいのだが、残念な事に今はそんな親の戯言を聞く余裕など無い。とにかく「偏差値」を上げなければならないと必死なのだ。大学へ入る事が人生の最終目標みたいに思っているが、実際にはまだスタートラインにも立っていない。競馬で言えばゲート裏の輪乗り状態だ。もっとも、うまくゲートインできなければレースにも参加できないわけで、とりあえずは無事にゲートに入ってほしいとは思うが・・・。そして、スタートで多少出遅れてもあわてる事は無い。なにせ、人生は長丁場・・・ゴールはずーっと先。4コーナーを回って直線に入ってからスパートしても十分に間に合うのだから。何年か前の有馬記念では、「もう終わった」と言われた「オグリキャップ」が、並み居るエリート軍団をごぼう抜きして勝った。そんな人生も悪くは無い・・・とお気楽なバカ親は思っている。ちなみに、国民的アイドルとなった「オグリキャップ」だが、血統は決して一流ではなかったし馬の購入価格も最低に近かった。JRAに移籍する前は岐阜県の草競馬、笠松競馬場で普通の馬として走っていた。オレは何度も笠松時代のオグリキャップを見ているし、本当になんでもない馬にころっと負けたレースも見ている。エッ・・・娘の人生と競馬を一緒にするなって?。いやいや、オレの人生を振り返れば似たようなもの。我が家も決して一流血統ではないので、「オグリキャップ」のように突然変異もどきを願うのみである。明日からまた寒くなるようだ。この時期の試験は辛いよね?。
2012年01月13日
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明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。さて、今年は辰年・・・「辰年」と書いて「たつどし」と読み、ほとんどの年賀状などには龍(たつ・りゅう)のイラストが書かれている。日本では一般的に十二支だけでその年をあらわすので、今年はただの「辰年」なのだが、実は十二支の本家本元中国では「十干・十二支」であらわすのが正式で、このあらわし方で行くと今年は「壬辰(みずのえたつ)」と言う年。わが国でも本格的な暦などには「壬辰(みずのえたつ」とあらわされている。この「十干・十二支」とはどういう意味かと言うと、「十種類の幹・十二種類の枝」と言う事だそうだ。「十干」は、 甲(こう)・乙(おつ)・丙(へい)・丁(てい)・戊(ぼ) ・己(き)・庚(こう)・辛(しん)・壬(じん)・葵(き)で、オレの親の時代には学校の成績にも甲・乙・丙などは使われていた。「十二支」はおなじみの「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」だ。そして、「十干・十二支」はさらに五行に配合され、五行ではこれらを「兄(え)」と「弟(おと)」に分けた。つまり十二支の「子・寅・辰・午・申・戌」が兄(え)」で「丑・卯・巳・未・酉・亥」が「弟(おと)」と言う風に分けたらしい。わが国では「干支」と書いて「えと」と読むが、まず漢字の「干支」は「十干・十二支」の「干」と「支」をあわせたもので、そして読みの「えと」は、「兄(え)」と「弟(おと)」の「えおと」が「えと」になったもの。う~ん・・・なあるほど。ではこの理論で行くと「十干・十二支」の最初は「甲子(きのえね)」。おやおや・・・この文字・・・どここかで見た事がありそうな・・・?。これに「園」を後ろに付け加えると「甲子」+「園」で、そう・・・「甲子園」ってそういう意味だったんだ。再び・・・なあるほど。まだまだ「なあるほど」はあるぞ。「十干・十二支」は10種類の幹に12種類の枝と言う意味なので、「十干」が10回り、「十二支」が12回りすると、10と12の最小公倍数は60で、60年で元に戻る事になる。と言うことは、「甲子」の年の61年目は再び「甲子」で、今年の「壬辰(みずのえたつ」が次に来るのは、61年後の2073年と言う事になる。「十干・十二支」は60年で還る事に・・・。暦が60年で還る・・・この文字の組み合わせにも覚えが?。そう・・・「還暦(かんれき)」。だから、生まれて60年(数えで61年)で「還暦」のお祝いとなる。ちょいとややこしい話なのだが、年の初めにこんな豆知識もいいもの。ところで、当地には「達人の市田柿」と言う名品がある。「達人の市田柿」はいつも木枯らしが吹き始めてからの仕込みなので、出来上がりは早くて年末・・・通常は年が明けてから。「もうお正月が来ちゃうのに・・・」とお待ちいただいておられる方々のお気持ちは十分に承知してはいるのだが、とにかく「一番うまい市田柿を作るためには今の方法しかない!」と達人。実は・・・「正月明けに干しあがって今が仕上の最中」と言う市田柿が一番。一般の農園は市場価格が高い12月中ごろに出荷しているようだが、「達人の市田柿」は今が出荷の最盛期。市場価格が高かろうと安かろうと、うまくなければ話にならない。と言う事で、「達人の絶品市田柿」はこれからが本番。達人の市田柿は → http://shinsyu-net.com/fruits/
2012年01月10日
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上伊那地域の食べ物と言えばローメンとソースカツ丼。ローメンは伊那市が中心でソースカツ丼は駒ヶ根市が中心。元旦は集落の新年会と言う「ろくでもない飲み会」でつぶれてしまい、家族を初詣に連れて行けなかったので、今日2日に奥方殿と息子殿を連れて駒ヶ根の「光前寺」へ出かけてきた。今までは我が家からほど近い「元善光寺」で手軽に済ませて来たのだが、昨年から「光前寺」まで足を伸ばすようになった。あまり近いと「どこかへ出かけた」気分にならないし、あまり遠いとそれなりの気合が必要となるが、当地から駒ヶ根あたりまでなら下道でも1時間ほどなので手ごろな距離。娘も誘ったのだが「時間がもったいない」とふてくされているので、今回は息子殿だけを連れて行った。娘のセンター試験までもう少し・・・受験生の精神は異様なほど高ぶっている。たまには抜かないとね・・・などと親は思うのだが本人は妙に尖っていて、そんな親心もはねつける。と言うか・・・親が受験に対して甘く考えすぎているのかも知れない。このぐらい一生懸命にやらないと合格はおぼつかないのかも?。病気にならなきゃいいが・・・少々かわいそうに思えるのだが?。そうそう・・・「光前寺」の初詣の話だった。ここは霊犬「早太郎」伝説で有名で、「早太郎」の墓もある。 早太郎伝説は → http://www.komagane.com/hayataro.htm2日と言うことでもう少し人出は少ないと思っていたが、なんのなんの、結構混んでいて駐車場へたどり着くのに時間がかかってしまった。「光前寺」でそそくさと初詣を済ませ、娘の合格祈願のお守りなどを買い求め、予定通り「ソースカツ丼を食べて帰ろう」と言うことに!。どちらがメインなのかわからないくらい、いつもオレは食い物がお目当てだ。「ソースカツ丼」で有名なのは「明治亭」なのだが、「光前寺」近くのその店は駐車場のクルマの台数を見る限り混んでいそう。ということで、往路の途中で見つけた農免道路沿いの「きらく」と言う店に入った。 「きらく」のHPは → http://katudon.jp/ 「明治亭」のHPは → http://www.meijitei.com/奥方殿と息子殿は「ソースカツ丼」、オレは王道の「卵とじカツ丼」にした。「ソースカツ丼」を何度も食べたことはあるが、おれは絶対にカツ丼は「卵とじ」スタイルがいい・・・と決めている。メニューには「ソースカツ丼」が最初に載っていて、「卵とじカツ丼」は一応あるにはあるが下の方。それも、ここ上伊那以外であれば当然ただの「カツ丼」と書いてあろうはずが、わざわざ「卵とじカツ丼」と書いてある。ここでは「カツ丼」を頼めばフツーに「ソースカツ丼」が出てきてしまうのだろう。で・・・食べてみると・・・、圧倒的に「ソースカツ丼」の方がうまい。カツの部分は同じなのだが、やはりソースに対する気合の入れ方が違う。王道のはずの「卵とじカツ丼」のつゆの味がイマイチなのだ。それにあのトローっとした卵の煮加減も期待はずれ。そこへ行くと「ソースカツ丼」にかかっているソースはうまい。やはり「郷に入っては郷に従え」と言うことか、駒ヶ根で食べるのなら「ソースカツ丼」と言うことなのだろう。160gの「並」のカツ丼を頼んだのだが、そのボリュームは立派過ぎるほどで、女性だと完食は多分無理。「上ソースカツ丼」はカツだけで260gなので、これはもう・・・よほど腹が減っていないと多分オレでも無理。2センチはあろうかと言う分厚いカツを、一切れずつ交換して食べた息子殿の評価も「ソースカツ丼」に軍配が上がり、奥方殿も同調。カツ丼の王道のはずの「卵とじカツ丼」は、どうやらここでは亜流のようで、ソースには心血を注いでいるが「カツ丼のつゆ」は案外いい加減なのかも?。と言うことで、上伊那地方でカツ丼を食うなら「ソースカツ丼」を!。飯田市あたりまで南下ればその割合は半々と言うところで、普通に「カツ丼」と頼めば卵としスタイルが出てくる。わざわざ「ソースカツ丼」と言わなければ「ソースカツ丼」は出て来ない。でも・・・オレはやはり・・・「トロトロ卵に甘辛のつゆがかかったカツ丼」が一番なんだけどな~。勿論、受験に「カツ」ために、娘にもソースカツ丼を買ってきたことは当然である。 帰り道に和菓子屋や手作りパン屋などへ寄り道し、卑しくもありったけの試食品を食べまくったオレ・・・。あれからいくらも時間がたっていないのに晩めしも一人前に食べてしまった。ゲーップ・・・苦しい・・・食いすぎたかな?。
2012年01月02日
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