今日は、私がフリーランス翻訳者として初仕事をつかむまでの日々をつづった
『A success or not? ー 翻訳の初仕事をつかむまで』
シリーズの続き(3回目)を書きたいと思います。
体調面でつらいことが続き、なかなかこの記事の続きを書く気持ちになれず、実に8カ月ぶりの更新になってしまいました。この記事を楽しみにしてくださっていた方がいらしたら、遅くなりましてすみませんでした。
★1回目と2回目は、下記のリンクをクリックしてお読みください。
A success or not? ー 翻訳の初仕事をつかむまで(1)
A success or not? ー 翻訳の初仕事をつかむまで(2)
【前回までのおおまかなあらすじ】
20代半ばで失業したうえ病気になるも、アルバイトをしながらなんとか立ち直った私には「在宅翻訳者になる!」という夢がありました。
失業前には短期間ではあるものの、翻訳会社やメーカーで技術翻訳を経験していたのですが、文系出身のくせによくわかりもしない技術分野の翻訳をしていることに疑問を抱くようになった私は、こう思うようになります。
「実務分野の翻訳者としてやっていくならば、専門分野を持った方がいい…それも、訳す文書の内容をしっかりと理解したうえで、納得のいく翻訳ができるような分野を…。」
そう思った私が選んだのが、法務分野の翻訳でした。
そのために、法務分野の通信講座を受講したり、ビジネス実務法務検定という法律の資格の勉強をして法律知識を学んだり…そんな努力をしてきました。
そうした勉強を続けたのち、英検1級、TOEIC950点、Word・Excelの資格を引っさげて、何とも心もとない職歴に引け目を感じながらも、私は新たな仕事を探すことになります。
・・・・・・
在宅翻訳の初仕事…そのチャンスは突然やってきました。
当時私は、 アメリア
という翻訳関連の団体に登録していました。
アメリアは、翻訳を志している方なら一度は耳にされたことがあるかと思うのですが、入会金と年会費さえ払えばだれでも入れる団体です。
この団体に所属すると、毎月翻訳に関する小冊子が郵送されてくる他、定例トライアルという模擬トライアルに参加できたり、翻訳の求人に応募することができたりします。
さて、そのアメリアで、私はとある求人を目にします。
それは、「英文を分析する人」を募集している求人でした。
一風変わった感じの求人でしたが、よく内容を読んでみると、「まとまった量の英文の構造を文法的に分析していき、データ化する作業」だとかで。
当時学習塾のアルバイトで、下は小学生から上は浪人生までに英文法を教えていた自分なら、もしかしたらできないこともないかも…?と思い、なにはともあれ応募してみることにしたのです。
確かに、厳密に言えばこの仕事は「翻訳」の仕事ではなかったのですが…実はこの仕事こそが、私が手にすることができた初のビッグな案件となるのでした。
・・・・・・
とはいうものの、応募時はあまり期待はしておらず、「募集要項の要件は満たしているし、応募してみよー!」なんて感じのやや軽いノリでした。
が…なんと、応募したその翌日には、その仕事を募集していた翻訳会社から連絡が来て、一夜にして採用が決まってしまったのです!
こんなにもあっさりと仕事が決まるとは…。
それだけでも驚きなのに、採用された数日後に行われたミーティングで、何とそのお仕事は、日本でも世界でも知らない人はいないであろう、とある世界的な大企業が発注元だということがわかりました。
さらに、毎月の報酬額は、私が会社員として勤めていた頃の月収よりも大きな金額でした。
さらにさらに、そのお仕事は少なくとも2年間は続くとのことで…
…おお~
!!
と、驚きました。
就職氷河期の真っただ中、20代の半ばまでに早くも2度も失業して、おまけに病気にまでなって、アルバイトをしながらなんとか勉強だけは続けてきた自分。
「翻訳者になりたい!」という強い思いだけが、当時の自分を支えてくれていたような気がします。
そんな自分のことを認めてくれて、こんなにも大きな仕事を任せてくれようという人が現れたのです。
「夢って、ほんとに叶うんだなあ…」と思いました。
でも、なんだか事がうまく進みすぎて、現実感がないというか、不思議な感じもしていました。
・・・・・・
ちなみにそのお仕事、私の他にさらに2人ほど採用された方々がいました。
ふたを開けてみると、私を含め採用された3人みんなが人に英語を教えた経験があり、また、英検1級を持っていたとのことで。結局それらが採用の決め手になっていたようでした。
そして、ほどなく私たち3人は、その世界的大企業の会議室に足を踏み入れ、そこで研修を受けることになります。
なんのコネもなく、誇れるような経歴もない…ないないづくしだった私のような人間が、暗中模索の中なんとか培った力を認めてもらい、その大企業の中に足を踏み入れることができたのでした。
…失業したこと。
就職難だった当時、転職面接を受けるたびに、見下されたりバカにされたりしたこと。
そんな中、病気になったこと。
アルバイトしながら、いちからやりなおしたこと…。
ずいぶんカッコ悪い思いをしてきたし、つらかったことはたくさんあったけど…紆余曲折を経て、こんなにも大きな仕事を任せてもらえるまでになったのだ…そう思うと、感慨深かったです。
・・・・・・
そして、いよいよ仕事が開始しました。
実際に仕事が始まってみると、それはとても大変な仕事でした。
毎月のノルマがあるのですが、それを終わらせるためには毎日8時間以上パソコンの前に座り込み、ひたすら英文を分析し、分析結果を貸与された専用のソフトに記録していくのです。
分析対象の英文は、英語ネイティブの一般人が書いた自然な英語だったため、解釈に悩むこともしばしばありました。
例えば、日本語であれば、NHKのアナウンサーが読むニュース原稿や新聞記事のように整った日本語ならば、解釈もしやすいですよね。
でも、普通の人が書いた文章って、口語的でくだけていたり、文法的に間違っていたりということも多々あると思うのです。そしてそれは、英語でも同じなんですよね。
そういう文法的に分類しにくい英文を含め、どんな英文でも、依頼されたものについてはとにもかくにも分析して記録をつけねばならないので、それはとてつもなく大変な作業でした。
文法書も、日本語・英語のものを含め、合計4・5冊ぐらいをかわるがわるに紐解きながら作業を進める日々が続きました。まさに、「脳みそが汗をかく」ような毎日でした。
・・・・・・
しかしながら、転落の日は突然やってきたのです。
作業開始から、半年ほどが経過した頃だったと思います。
翻訳会社から突然、連絡が来て。
「今月で、仕事が打ち切りになります。」
と、言い渡されたのです。
え、そんなのあり…?!
少なくとも2年間は続くという当初の約束は……?!
・・・・・・
翻訳会社側もさすがに申し訳ないと思ったのか、代わりとなる仕事を提案してくれました。
IT系マニュアルの翻訳チェックの仕事でした。
ただし、それはその翻訳会社に定期的に出社するという条件付きの仕事でした。
同じ首都圏にある会社ではあったのですが、その会社に行くには片道2時間ほどかかり…。
当時の私はまだ通院を続けており、体調も万全とはいえませんでした。
だから、その「定期的な出社」と「片道2時間ほどかかる距離」がいちばんのネックとなり、結局その仕事はお受けすることができませんでした。
やっと人生が上向いてきたかと思ったら、たったの半年でふたたび奈落の底へ…。
つらかったです。
・・・・・・
その後の私は、体調のこともあり、やはり在宅でできる翻訳の仕事を続けることにしました。
トライアルに合格し、翻訳者として登録させていただいた会社は数社あったのですが、定期的にお仕事をいただけたのはその中でもほんのわずかで、正直「鳴かず飛ばず」といった感じでした。
結局私は、当初の「自分の専門分野を持ち、その分野で納得のいく翻訳をしたい」という思いも捨て、新卒で入社した翻訳会社時代に身につけた「右から左へ」の翻訳ノウハウを活かし、どんな分野の依頼も受けるようになっていました。
また、かなり無理っぽいスケジュールで仕事を依頼されても、次の仕事につなげたいがために引き受けて、徹夜で翻訳を仕上げた後にぶっ倒れたこともありました。
在宅翻訳者を目指した当初に抱いた理想も信念も捨て、健康までも犠牲にして。
それでもなんとか「翻訳」という仕事にしがみついて頑張り続けました。
・・・・・・
翻訳の初仕事をつかむまで…。
それは、条件的に不利で心理的にもつらい中にあっても、「在宅翻訳者になりたい!」という夢や希望を胸に頑張ることができた日々だった気がします。
そして、その日々こそが、私が輝いていた日々だったのではないかなあと思うのです。
実際に翻訳の仕事を始めてみると、そこからは困難や失望の連続でした。
もちろん、自分として「いい仕事ができたなあ」と思えた案件も少なからずありましたし、そんな時は達成感や喜びを感じることもできたのですが…。
・・・・・・
そんなこともあって、私はこのシリーズ記事のタイトルの冒頭に「A succsee or not?」というフレーズを付け加えたのです。
A success or not? …… 翻訳の仕事をつかめたこと…それは果たして成功だったのか、それともそうではなかったのか?
…と。
・・・・・・
今、私はこう思います。
翻訳の仕事をつかめたことは、成功のようでもあり、失敗のようでもあったなあ…と。
おとぎ話も安っぽいサクセスストーリーも、主人公が幸せになったり成功したりした時点でお話は終わってしまうけど。
私たちが生きる実際の人生では、どんな幸福のあとにも、どんな成功のあとにも、現実というものが続いていきます。そしてその現実の中には、再び不幸や失敗も訪れるし、それと同時に、新たな幸福や成功もある。
そんなふうに、不幸や幸福、失敗や成功を繰り返すのが私たち人間の人生であり、定めなのではないのかなあ。
そんなふうに思うのです。
・・・・・・
この記事を読んでくださった方の中には、まさに今現在、「翻訳者になりたい!」という思いを抱いて頑張っている方もいらっしゃると思います。
それは、当時の私がそうだったように、「本当に夢が叶うのか」とか、「やはり向いていないのではないか」とか、「そもそもこんな努力に意味があるのだろうか」といった思いを抱きながらの、暗中模索の日々でもあると思います。
でも、それでもなお「翻訳者になりたい!」という熱い思いがあるのであれば、その先にどんな結果が待っていようとも、その努力は決して無駄にはならないと思います。
なぜなら、こんなに散々な経験をしたって、私にとってはあの初仕事をつかめたときのこと…
自分の力で、東京の一等地に本社があるような世界的大企業の仕事を請け負い、自分の腕一本で報酬を得ることができたこと…
初めてその報酬を受け取ったときの喜びは、会社員としてある種の安定の中給料を受け取っていたときとは比べ物にならないほど大きいものでした。
だから、今になってもあの初仕事は私の誇りであり、私だけの勲章でもあるのです。
今翻訳者を目指している方に対して、私は「努力すれば必ず翻訳者として成功します!」なんて無責任なことは言えません。私も努力はしたけれど、なかなかうまくいきませんでしたから…。
でも、努力しているあなたは絶対に輝いていると思うし、自分が積み上げてきた努力に見合った喜びだけは、いつか何らかの形で得られると思うのです。
・・・・・・
今回はここまでにしたいと思いますが、もし余力があれば、このシリーズの締めくくりとして、エピローグ的な最終回を書きたいと思います。
最終回には、翻訳者を目指すうえで参考にしていただけるような、実践的なアドバイスのようなことも書ければと思っているのですが。
続きがあるかどうかは…乞うご期待!ということで
。
翻訳者が、洋画を見ているときの頭の中 2020.04.08
これからのこと―翻訳について 2020.01.04
…で、結局どうすれば在宅翻訳者になれるの… 2019.01.08
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