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ここまでぼろかすに書いたので、このおやじの語り(実はベストセラー本)を紹介するのはやめておきます。(今日のネタは、どこから仕入れたかというと、子供の教材です。朝、家族がそれぞれ家を出た後、さわやかに窓を開けて回っているとき、ふと、机の上にあった教材を読んで見ました。うちでは子供の机の上にあるものは親が見るというルールなので。面倒であんまり見ませんけど。で、そこで、見た突込みどころ満載の文章に突っ込みまくってみました。突っ込むに当たり、ちょっとだけ、作者のインタビューなんかも読んで見ました。あとさ、”品格”ってさ、、。むやみに使うんじゃないよ。なんだ?品格って。そういうの、品格がないんじゃないの?えっと、これはいいと思います。読んでませんけど。(がっくし。)昔の親が子供に言ってきた、当たり前のことが、書いてあるだけです。でも、改めて自己を見直すのによいなと思いました。テレビとかで見てて。品格チェックというテレビでコーナーがあったけど、どんなものか期待したけど、単に、敬語のテストだったのは、はあ、そうですか。って思いましたけど。そういうんじゃなく、ですね。丁寧な言い方を知っていて、使い分けが出来ばいいんですよ。さ、お母様は今からご飯の準備に取り掛かりますよ。いい子にしててね。スーパーに買出しです。今日は何がお安いかしら?(*下線部:日常語になった間違った日本語)まあ、バターがあるわ。買っておきましょう。(*下線部:時事問題)見かけたら買わなくちゃね。うふふ。
2007年11月21日
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おやじ曰く公立小学校で英語を教え始めると、日本から国際人がいなくなります。と。WOW!なーんと国際的な(極端な言い切り)表現!おやじ、さては国際人!?っと。この文章の固まりの文末だけを拾ってみましょう。「いなくなります。」「手段に過ぎません。」「ダメです。」「~する手段よりも~方がずっと重要なのです。」「なまっていてもよい。」「すべてなのです。」「不可欠なのです。」まず、アメリカの悪口を言い、日本だって同じだ、だって、自国の国語を勉強しろというところの文章です。そしておもむろに聞き手に歩み寄るのです。「私にも苦い経験があるんだよ。」と。知るか。ま、でも、おやじの話に耳を傾けてみましょう。揚げ足を取りたいと思います。(←普通は言わないけど、はっきり国際人になりきって言いましたよ、目的を。)ケンブリッジ大学で研究生活を送っていた時のことです。数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を取ったある大教授と会って、自己紹介をしました。すると、挨拶もそこそこに、その大教授はこう訊いてきました。「夏目漱石の~(略)」”大”教授ってなんだろ。あー、わかったー。そういう偉大な方と会えたって言う誇らしい気持ちを誰かに言いたかったんだね、よかったね。ハイ次。数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞関係ないけど、数学界ではノーベル賞よりも権威があると耳にしておりますが、、。と、私も自慢に対抗してみる。それとも、私たち”庶民”レベルに降りてくれたのかな。ついでに言うと、優れた数学者は往々にして人とのコミュニケーションが苦手だったりしますね、こういう前提で続きを見ていきます。「夏目漱石の~」日本人だったからそれに敬意を表して日本人にわかる話題を振ってくれただけだろうよ。おやじはどうしたか。おやじは”もちろん”読んでいたし、比較に上がった三島由紀夫の主要作品も読んでいたけど、こんな質問にいきなり答えられるだけの用意なかった。そうです。そりゃそうだ。でもさ、よーく考えてみ?これがリラックスしてお茶飲んでる途中に、「ところで、、。」ってきりだされたんなら、ある程度深く話を聞きたいのかなって思うし、「あ、日本文化にも興味がある自分をアピールしつつ、ほんとにそこがわかんなかったのかなっておもうけど、挨拶のときでしょう?テキトーに答えとけばいいじゃん。たとえば、おやじが行ったような文脈で答えたいのなら、「ジャパニーズ、武士すぴりっつ。”秘すれば花”(←ここんとこカマシ。嘘でも何でもよろしい。外人に復唱させればなお良い。)といいます。」とかなんとかさ。そして続ける英語力があれば続ける。「でも、武士がいなくなって100数十年。当時でも武士とは人口の1%。同じ日本人として雰囲気としてはわかるが現代人の私に生活としてその精神が100%理解できているわけではないが、それでもよろしいか。」(←これ以上質問しても、それはあくまで私の意見・私が知っている知識だけで、それを他所で話してまちがってて恥かいても、わしゃ、知らんという牽制。)で、あることないこと自分の英語力に合わせてしゃべればよろしい。そして、「この話に興味もってくれて嬉しい。私も非常に興味があるのでこれ以上込み入った話は残念ながら私の”たくさんある”(これはなんとなく言った方が良いと思う。(私の知ってる)外人ならこういう自慢語入れてきたから。)知識を語るだけの英語の語彙がないの、ざんねーん。」と、眉のひとつも曇らせた後、にっこりしとけ。なにも、ここであなたに授業をして欲しいわけでもなんでもないのだから。と、私なんかは思うんだけどね。英語力のない私はもう、こういうシチュエーションだと、”笑点”気分で”ずばり”の一言を即興的に探すわね。はっきり書くと、「夏目漱石の『こころ』の中の先生の自殺と、三島由紀夫の自殺とは何か関係があるのか」って聞かれたらしいの。そこでおやじは、武士道か何かを持ち出して(ということだから私も上の例で武士道を出してみました。『こころ』の先生の自殺が武士道だったかどうかは記憶が定かじゃないし、そうだったっけ?という感じだけど。)、「死の美学」について乏しい知識を動員して、何とかごまかしたのですが、彼が納得したかどうか自信はありません。だそうです。つーか、私がこの話を聞いた印象としては、「説明できたんだ。すごーい。 と言わせたいんだね。結局自慢じゃん。秘すれば花の武士道精神は?」ただの挨拶に必死に受け答えしてさらに相手が納得したかどうかを気にする、、。っーか、相手を感心させて上位に立ちたい、って思ってる証拠じゃないの。そして話は、こう、続く。世界のトップ・エリートというのは、そういうことをいきなり訊いて来るのです。あのさ。日本人の何パーセントが外人、しかも、トップ・エリートと話す機会があるんじゃ。え?前提がおかしくないか。イギリスの歴史やシェイクスピアについては決して訊いてこない。日本の文学や歴史についての、非常に具体的な質問をぶつけてくる。つまり、日本人としての教養をきちんと身に付けていないと、会話がはずまない。じゃーさ、じゃーさ。英会話、大事じゃん。言葉自体は当然、それに上乗せして、上流ヨーロッパ人の会話術教育。だいたいさ、外人がこちらの話を聞いてくるのは、相手に合わせた会話術としてじゃないの?そして、日本人が不利なのは、相手のそういう、”教養を試すような話を吹きかけるのは、相手に喧嘩売っていると思われる”という慎み深さがあるせいだからじゃないの?すればいいじゃん、日本についてきいてきたらさ、一言か二言で返して、「ところであんたんとこのシェークピア、(でも何でもいいよ、とにかく自分が知ってるもの。)日本ではこう、訳されてるけど、本とはどういうニュアンスなの?」とかさ、せっかくの機会だから、自分の教養の足しになるようなことどんどん聞け。会話の主導権を相手から取り上げればいいだけの話。相手が何にしゃべったかわかんなくても、”ゆっくりしゃべってけれ””表現を変えてくれ””英語力が乏しくて申し訳ない、ところで日本語は出来ませんか?この話は興味深いのに残念だ”とか言って、つなぎに、目の前の料理の話でもしとくがいいさ。わはは。それに、訊いてこないんじゃなくて、日本の事を聞いてもらったら、相手の国の小説の話題なんか聞き返してやれや。ルールじゃんか、そういうの。「おや?せっかくしゃべらせてやったのに、きてくれないの?」っておもうわよ、日本人の私でも。こちらが聞いたことにくそまじめに長々しゃべられて、答えるのに一仕事終えたようなたたずまいで、こちらに質問もしてこないで、肩で息をしている相手が目の前にいるとしらけるんじゃないかな。また、例として、ある商社マンが食事に呼ばれて縄文式土器と弥生式時の違いを聞かれたんだそうだ。縄文とは縄模様という意味で、そういう模様がついてて、焼き方も甘くてもろい。弥生式は硬くてシンプル。焼きが少し強くなって、より実用的。(このくらいの文章なら、簡単な文法と英単語で、乗り切れそうじゃないの?)小学生でも答えられるぞ。答えとけ。元寇について聞かれたら、小学生でも答えられる程度で良いんだよ、内容なんて。それで相手は勉強しようってんじゃないんだから。答えられないなら究極、嘘でもいいから。その場合は相手の知識を先に知らない方がいいよね。「ところで、あなたはどう思いますか?」と、質問に質問で答えて時間稼ぎっててもあるけど、そうして相手がめちゃくちゃ深く知ってたら困るし。でも、相手の言葉を復唱して「私は教科書で習ったこれだけしか説明できないけど、ところで、歴史の話で、この国の人と話す機会があったら聞いてみたいと思っていたことがあります。私はあなたの国の(すごくマイナーで相手も知らないような相手国の歴史)についてどう思いますか?」と聞いてみる。その国の人は、答えられない自国の歴史にどういう答えをするかその態度とか言い方を学ぶチャンス。そして、別の場で、それを利用する。と。だって、国際人としての会話の話題、でしょう?「この人は文化のわからないつまらない人だ」と思われて商談も進まないらしい。ってことを心配してるんなら、日本人は相手の教養を探るような話題は下品だという文化を持っていて、空気を読むことを美徳とし、気持ちや微妙な感情を言葉にせずに持ち、相手に伝えるということを大事にするので、そういう日本の文化を大切にしている自分、というものに自信を持って、チャンスがあるならそういう話も話のついでといった感じで相手に話せばいい。そういう商談とかでしょっちゅうしゃべるチャンスがあるんなら、そういうところだけ練習して手帳にでも書いておけばいい。あと、このおやじの言葉にはないけど、外人(おおまかすぎて失礼しますが)は、無宗教というのを理解したがらない人がいるので、聞かれたら「仏教です。1年に一度お盆には必ずお参りをします。熱心じゃないのですが。」「神道です。1年に一度は必ずおまいりします。お守りも常に持ち歩いています。熱心じゃないのですけど。」(五木ひろゆき氏より受けた知恵。)「日本の八百万の神を信じています。ごはんを食べる前と後には、食べ物になった命、八百万の神、ご飯の材料それを作ってくれた人、準備してくれた人、お百姓さん、お父さんお母さん、ご先祖様、これを食べることが出来るシチュエーションを整えてくれたすべてに対して、感謝の祈りをささげます。”いただきます。”と。そして、食べ終わると”ご馳走様”とまた、感謝します。」「日本は暖かいものは暖かく、冷たいものは冷たく、季節感を大事にし、よりおいしくいただくことが各方面に対するより高い感謝に繋がると思っているので、食前にするお祈りは短くまたは、心の中でしたり、作法であらわしたりするので、外には見えないほどにしみついているのです。」とかなんとか。そういうの大事に思ってたらいいんじゃないの?外国で御呼ばれしたりパーティーに出たりしたら、「いただきます。」っていってみたら、いいんじゃないの?会話ごときにびびったからって、なんだか、、。またおやじはこうも言います。「小学生は社会に目を開く必要すらない。」あ、そうですか。よござんした。私はそうは思わないでげえすがね。*傾斜文字原文のまま総括。全体的に言い切りでまとめ、うん、おやじ、十分、”国際人”してるよ、安心してください。あと、このおやじがいうには、「国のためには死ねるのが真の教養人」というのがあるようですが、おやじよ、ちがうよ。じゃあ、「太平洋戦争のときの学徒出陣をした陸軍特攻隊についてはどう思いますか?海軍特攻隊とはどう違いますか?」(おやじが例に出していた外人からの質問っぽいな、。”~についてはどうか、~と~はどう違うか。”ほら。)
2007年11月21日
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あるおやじが言うわけ。「アメリカは馬鹿。(だけどヨーロッパは偉いのよ。)」「昔の日本人は偉いのよ。今はこんなに恥ずかしい国になっちゃって。」あのさ、、。まあいいや。順番に行こう。おやじたぶん、ヨーロッパで苦労したんだろうな。昔から欧米で差別されてきたりそういう雰囲気をびんびん感じちゃった世代がよく言いますが、「自国の文化をよく知ってこそ国際人だ。」たしかに。正論。私もそう思うし、子供にもそういう教育をしたいと思って常に意識している。こういうことは、とかく外に眼が向きがちな私たちにぜひ言い続けて欲しい老人の忠告だ。私たちが老人になったときも若い世代の耳に入れておいた方がいい話だよな。にしてもさ、アメリカの悪口を言えるようになったのは偉いね。ふふ。「アメリカの小中学校の中で約2万校が株式投資を教えていて、それをアメリカの教育学者が自画自賛してる。子供たちが新聞の経済欄に目を通すようになり、株価欄にまで目を通すようになった、すんばらし~。とな。そういうの日本ではどういうか知ってる?アメリカじゃどういうか知んないけどサー。「(馬鹿に)付ける薬がない。」っていうんだよ。ケケケケケ。」(*チェリB注:傾斜文字部分は原文にほとんどそのままの文章がある。表現は言い換えてるけど言葉の順番はそのまま。この3つの文章、全部どれも力入れて言いたかったと思う原文でした。)それにしても、「付ける薬がない」じゃなくて、「馬鹿に付ける薬がない。」の”馬鹿”を隠しているあたり、ほんとはそこが言いたかったんじゃないの?huhu。「そんな暇があったら、足し算引き算や分数少数など、あと、国語をきちんと学ぶことだな。」ですと。わたくし思うに、新聞に目を通すようになる、子供たちが自分たちの世界を広げるってことにつながる可能性のあることだと思うんですけど。ていうか、アメリカの中にどんだけ小中学校があると思ってるんだ。2万校って、少ないような気がするけど何パーセントなの?というか、そういう学校は、ある基準以上の学校かどうか、そういうデータもおやじは言ってないじゃないの。何の意味があるの?そういう話し方に。これって、アメリカの大きさがピンと来ない人も耳に入れる可能性を十分に意識した結果として騙す、いやらしい話し方だなあ。ほんと、馬鹿にしてる。日本人を。欧米コンプにじみでてる。ウエットティッシュで拭いとこか、、。で、おやじは続けるわけさ、話をね。アメリカも馬鹿だけど日本人の小学生の英語教育、ありゃなんじゃ。と。真の国際人を育てるためには自国を知れ!と。はい。いったん休憩。続きはまた後で。
2007年11月21日
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