全27件 (27件中 1-27件目)
1
2007.06.26古大文明 [ カテゴリ未分類 ] さてさて。楽天ブックスで、マヤ文明を探していて思い出した。大学生の時じゃない。私がみたのはテレビの「神々の指紋」の特集だ、たぶん。そしてこの本は夫が読んでいた。ウィキペディアの「マヤ文明」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%A4%E6%96%87%E6%98%8Eチャクモール像http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%BC%E3%83%AB(私がてれびでみたのはこれではなく、笑っているかおのもの。)『マヤ文明』楽天では品切れだけど、これも面白そう。図書館で借りたいリスト入り。あるかな?DVDです。『神々の指紋~失われた文明#忘れられた記憶編』驚異のベストセラー、グラハム・ハンコックの『神々の指紋』の映像版。ハンコック自身が世界各国の古代遺跡に飛んだ、壮大なノン・フィクション。今作では、古代マヤ文明のカレンダーストーンが登場。 グラハム・ハンコック 特別インタビュー~「ビデオではいえなかったこと」「遺跡調査報告」などについて古代人は世界的に、巨大な石を並べたり、ってのが、色んなところにあって興味深い。天文観測のためとか、お墓とか。例えば日本にも奈良にあります。話はとびまくり。(今の環境、つながりはわるいは、字の変換はめちゃくちゃだは、文字が、細小でしかひょうじできず、モニター上には1ミリくらいの文字が並んでいるのを書いているので、ごめんあそばせ。楽天でマヤ文明を探してみると、、。ヴィトンのショルダーバックなんかまででてくる。それはいいとして。映画ですけど、ネタばれになるので、注意。ずーっと、映画の中の世界の人物側でその映画をみてるじゃない?他の部族というか、他の集落の人たちが襲ってきても、怖いんだけど、怖いという感情だけ。でも、ラストで、十字架をもった人々が海からやってくるシーンは、「なんや!?お前らは!なにしにきた!?!!」ってかんじで、すごく頭に来る感じかした。あまたにくるとはちがうけど、「なんじゃあ!?」っていうか。すぐにはそれがなにかりかいできないかんじ。なんていえばいいのかなあ、、。たぶん、観客としての私はマヤぶんめいのひとびとの気持ちと同化してるのが、すぐに解除されなかった。だから、自分の体験として、密林に暮らしている人がはじめて、はくじんをみたときのきもちを2~3秒追体験することができる程すごい映画だったんです。でも、あの、混紡で人を殴り殺す人々の中に、十字架1つを掲げて、(いや、実際は武器をもっていただろうけど、攻撃的に掲げつつじゃない。)未知の、未開の、人々のところへ上陸する、カトリック(スペイン?)の人々の、勇気というのも、ほとんど同時に実感することができるのでした。その恐怖と、神に預けた、恐怖心と、代わりに神からいただく使命感。みたいな。また、思いついたら書く。とにかく私にはこれはすごい映画だった。肉体美も。それから、その人の立場に立てば、色んなことが納得できる。現代の、自分を虐めるため、みたいな肉体改造のことが、なんか、あー。やっぱ、これは難しい。表現が。でも、古代の人が色々僧職のために、真皮まで傷をつけて飾りをつけたことや、入れ墨なんかは、もう、自然な感じがする。映画の中に浸ってみてると。そういうことや、人間の命とか、運命とか、文化と退廃とか、言葉とか、すごく色んなことを知らずに疑似体験というか考えることができる映画だった。平地を走るのではなく、山道を走るのは、とてもおもしろいんだけど、(着地の仕方が平地とは違ってくる。)そういう疾走感とか、肉体感覚も、蘇ってくる感じとか、いのち、とか、誕生とか色々疑似体験できるえいがだった。チェイスをしたかった、というだけある。欧米人が考えたくさみ、みたいなのが、ほとんど、0.1%藻、感じさせなかったのはすごかった。まあ、私が、無知なだけだし、マヤのあとの、アステカまで、混同してるとかそういう記事もあったようだけど、そこのところはよく知らない。いま、高校の世界史のテキストをみてみた。厳密にはテキストではないが、山川の。こうこう世界史では、アメリカの古代はならわないのね。はなしはまたまたとび、文化や、くにがいかに栄え、いかに滅んだか、トいうことには非常に興味があるのだが、講談社が創業100周年記念出版で「興亡の世界史」全21巻というシリーズを出していますよ。順番通りではないですが、今、大英帝国、アレクサンドロス。、シルクロードと唐、イスラーム帝国、ロマノフ王朝、アメリカ、などがでています。最終更新日 2007.06.26 21:07:56コメント(0) | トラックバック(0) | コメントを書く この記事のトラックバックURL:これでグーグル検索したら興味深いものがいろいろ出てきた。たとえば、これとか。頭蓋変形http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A0%AD%E8%93%8B%E5%A4%89%E5%BD%A2静岡美術館マヤ文明展http://www.at-s.com/html/event/special/2003html/maya.htmlティワナクhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AF%E3%83%8A%E3%82%AFNHK探検ロマン世界遺産・シリーズ「世界遺産の旅」http://www.nhk.or.jp/sekaiisan/lasttotteoki1.html
2007年06月26日
コメント(0)
![]()
続きです。(長すぎて入りきらなかったので。)話は唐突に飛びます。映画は、月曜日や水曜日、金曜日等は、地方にもよるだろうけど、割り引きサービスで、1,000円になったりします。その合間の火曜日だったので、観客がすごく少なくて、おじいさんおばあさんばかりだった。そういうのも面白かったです。なんとなく、残酷物や歴史物、おじいさんおばあさんが多いような気がするのは気のせい、、かもしれません。おばあさん達は、スポーツクラブでも思うのだけれど、女学生時代に戻って(この土地は昔から女学校がたくさんある)、仲良し三人組、みたいな感じのグループをよく見かけて、面白い。観終わって、エレベータホールで、お話していらっしゃるグループの声が耳に入る。「さ、お食事にでも行きましょうか。」「ねえ、あれみて、食欲わく?」(皆で笑う。)私は昼間のそういうところやデパートを、目的なくぶらぶらすると、「あー。老後のような生活をもう、既にしているんだなあ。」というか、そういうことをいつも感じる。贅沢なのか、寂しいのか。昼間から「奥様ランチよ。」と、はしゃぐ気にはなんとなくなれないというか。行きますけどね、大喜びで。でも、ありがたいので、よし。 //////////////////////メル・ギブソン監督作品/////////////////////////////「顔のない天使」60年代のアメリカ北東部。交通事故で大火傷を負い、人目を避けて生活する元教師マクラウドのもとに、孤独な少年チャックが現れる。二人はいつしか心を通わせるようになるが……。「ブレイブハート」残虐非道なイングランド王エドワードI世の支配下にあった、13世紀のスコットランド。侵略により家族を皆殺しにされた少年ウィリアム・ウォレスは成長して久々に故郷に戻るが、愛する妻をもイングランド兵に惨殺されてしまう。復讐を誓う彼は祖国解放を願うスコットランドの民衆を率いて、自由を勝ち取るために立ちあがった!イエス・キリストの最期を描いた問題作。紀元1世紀のエルサレムを舞台に、ユダに裏切られたキリストが捕らえられ、処刑される様を聖書に忠実に映画化した作品。「アポカリプト」
2007年06月26日
コメント(0)
![]()
アポカリプト→ギリシャ語。覆いを取ること。アポカリプス→黙示。今、古代文明にはまっています。本当はメソポタミア文明にはまっているのですが、たまたまメソポタミア文明から入門してみただけなので、古代文明なら何でも見たいのでした。先日も某展覧会を博物館で観てきました。主人公の走る姿の画像にも惹かれましたし。今度NHKハイビジョンでも「マヤ・インカ文明」があるようです。うちでは見ることができないので、私はしばらく待ちますが、興味のある方には、一応お知らせいたします。マヤ文明は、子どもの頃、なんか、特別な感じがしていた。学校では習わないし、その”マヤ”という響きが、『ガラスの仮面』の主人公を始め、女の子の名前みたいだからか。なんとなくイメージでは、おだやかな、森の人という感じというか。でも、実は、すごい残酷な習慣があった文明だった。勇者の心臓を切り取って載せる台とかもあって、それを1990年頃か、テレビで見て、忘れられない。(の頃の「世界ふしぎ発見」だったか。)ボールゲームで勝った者の心臓が神に奉げられるという。(でも、本によっては、負けたものの心臓とも書いてある。)なんて、人間の命が、今の価値観と違うのだろうと。映画の中でも、神に奉げる生贄を得るため、王のいる大きな国が、周りの集落を襲っている。似たようなことをやってた古代文化の事とを、最近、NHKでも、見た。「探検ロマン 世界遺産の旅」”殷墟”。捕虜をとってきて、首を刎(は)ねて神に捧げる。でも、そんなことをし過ぎて滅びた。そこでは、それを逃れて山の上のほうに住むようになった民も紹介されていた。神様への奉げ物。神が人間をおつくりになったのなら、それを殺すのを果たして、神様はお喜びになるのか、、。そう考えていくと、一神教は人身御供が、あるのか。とか、そういうことまで調べたくなる。人身御供があるのは、○○の神、なになにの神、とか、多神教の、そういう感じがする。そういうのを必要とする神様やそうじゃない神様をもつ文化、と考えた方が、よく知らない私と、考えやすいような気がしたから。マヤ文明の、雨を司る神、だったかは、少女が好きなので、少女がよく湖に投げ込まれたとか。そこで発見された子供の骨は、あごの骨がへこむほど、硬いもので殴られら跡があり、首をかき切られていたとか。映画そのものの話に戻る。パンフレットで監督が言っていたが、私も常々思っていたことをこの映画はクリアしている。俳優が現地の言葉を話している。この地帯は、いくつもの言語があったのかも知れないし、共通語があったかどうかはよく知らないが、それでも、現地の言葉を使っていることがとても良い。たとえば、マリー・アントワネットの映画など、どんなにすごく良くても、フランス語で話してないマリーは、違和感を感じる。もったいない。惜しいと思う。頭の中でフランス語の響きに置き換えてみてしまうけど、英語を話しているマリーとは雰囲気が少し変わる。言葉って大事だ。顔の表情やその国の人々のコミュニケーションに対する雰囲気まで出る気がするから。日本国内でだってそうだ。私は転勤族だから余計そう思う。たとえば、西のほうのあの土地では、「ちょ」とか「き」とかそういう言葉が多くて、人々の言葉がはっきりしていて、話すときに笑顔っぽい感じがする。口を横に広げる言葉が多く、口角が上がっている言葉が多い。そして、「ちょ」など、舌をはっきり動かす感じがある。また、ある北のほうのあの土地では、「だあ」「なあ」と、舌をはっきり動かさなくても発音できる多い言葉が多く、言葉の省略もな、と感じる。など。そしてそれがその土地土地の人々の印象になったりもする。だから、日本国内の映画でも、字幕をつけてでもいいから当時の言葉を。それとか、方言を。と思う。この映画は、登場人物が、その言葉を話しているので、ものすごくいい。ことばって、大事だと思う。たとえば、日本語や英語では、別の言い方があるようないいかたでも、ジャングル生活には必要無いので、1つしか言い方がなさそうだ、などというのは、字幕と俳優の発音している言葉を見ていても、なんとなく想像できたりする。もちろん、それは、演出のうちのひとつだから、というのもあるだろうけど。つまり言葉や文化、生活などを、「ああ、そうか」って、考えることが出来た。(この映画で、「え?」と思ったのは、子供ができない夫婦が、実は、正しい性交をやっていなくて、女性の口にヤっていたらしい、という笑わせるためだけの場面があったけど、あれは、嘘かな。昔立ち読みしただけの知識で言えば、古代でも、エジプトの方では、死者をよみがえらせる儀式のひとつとして、ミイラのあそこをくわえているらしい女の人の絵があるそうだけど。)またまた映画の話に戻ります。ずーっと、映画の中の世界の人物側でその映画を見て、しかも、生きるか死ぬかの極限状態を観ている。そのときの私の気持ち。他の部族というか、他の集落の人たちが襲ってきても、怖いんだけど、怖いという感情だけ。でも、ラストで、十字架をもった人々が海からやってくるシーンは、「なんや!?お前らは!なにしにきた!?!!」って感じで、すごく頭に来る感じかした。これは私がその後の歴史を知っているからかもしれないけど。だからたぶん、頭に来るとはちょっと違うけど、「なんじゃあ!?」っていうか。すぐにはそれが何か理解できない感じ。なんていえばいいのかなあ、、。たぶん、観客としての私はマヤ文明の人々の気持ちと同化してるのが、すぐに解除されなかった。だから、自分の体験として、密林に暮らしている人がはじめて、白人を見たときの気持ちを2~3秒追体験することができる程すごい映画だったんです。歴史の本を見てると、マヤ文明のある王様が姿を消して(死んで?)、「何時何時に戻るであろう。」と言い残していた(予言?)日と、偶然重なったことがマヤ文明の悲劇で、マヤの人々は抵抗せずに迎え入れたそうだ。スペインの侵略者たちは王様を騙して殺し、金銀財宝を奪った。そして、マヤの人々はその100年の間に、9割は、スペインが持ち込んだ疫病にかかって、死んだ。スペイン人たちは、マヤ図書館を破壊してしまった。どうです、、、、。「どちらが野蛮で無知なのか」なんて、愚問っぽい、、。でも、立場を逆にしてみると、あの、混紡で人を殴り殺す人々の中に、十字架1つを掲げて、(いや、実際は武器をもっていただろうけど、攻撃的に掲げつつじゃない。)未知の、未開の、人々のところへ上陸する、カトリック(スペイン?)の人々の、勇気というのも、ほとんど同時に実感することができるのでした。その恐怖と、神に預けた、恐怖心と、代わりに神からいただく使命感。みたいな。 とにかく私にはこれはすごい映画だった。肉体美も。それから、その人の立場に立てば、色んなことが納得できる。現代の、自分を虐めるため、みたいな肉体改造のことが、、、、なんか、あー。やっぱ、これは難しい。表現が。現代の人体改造についてはまた今度ということで。でも、古代の人が色々装飾のために、真皮まで傷をつけて飾りをつけたことや、入れ墨なんかは、自然な感じがする。映画の中に浸ってみてると。そういうことや、人間の命とか、運命とか、文化と退廃とか、言葉とか、すごく色んなことを知らずに疑似体験というか考えることができる映画だった。平地を走るのではなく、山道を走るのは、とても面白いんだけど、(着地の仕方が平地とは違ってくる。)そういう疾走感とか、肉体感覚も、蘇ってくる感じとか、命、とか、誕生とか色々疑似体験できるえいがだった。チェイスをしたかった、というだけある。主人公が自分のテリトリーに帰ってきたときと、その前と、明らかに、違うことが感じられた。欧米人が考えた”くさみ”、みたいなのが、ほとんど、0.1%も、感じさせなかったのはすごかった。まあ、私が、無知なだけだし、マヤのあとの、アステカまで、混同してるとかそういう記事もあったようだけど、そこのところはよく知らない。その他、映画と実際の歴史にこだわって書かれている掲示板を見つけたので貼っておきます。「アポカリプト (2006) »レビュー掲示板」私はこの中の、「通りすがりですみません。 2007/07/15 by ふんふんあぷイベロアメリカ史を専門にしていました。マヤは大都市国家群の文明なので、帝国のような「いつ滅んだか」という特定はきわめて困難です。しかし大繁栄が、8世紀前後に各都市が一斉放棄されるなどして、いったん収束したのは事実です。これをもってマヤ文明大繁栄の滅亡といえるかもしれません。しかしその後、スペイン人の到来まで各諸都市が存在していたのも事実です。スペイン人宣教師ディエゴ・デ・ランダによるマヤ図書館の焚書など、スペインによる有名なマヤ文明破壊もあったわけです。スペインから持ち込まれた疫病でマヤ人口の9割が亡くなったというのも有名な話です。ですからあの「アポカリプト」においてそういう大きな意味での歴史的事実との相違はそれほどありません。むしろ、wikipediaに掲載されている批判例をみても見当違いな面も多く、多分にイデオロギー的なメルギブソン批判や、被害者イデオロギーの理想化したイメージをヴィジュアル化によって破壊してしまったことに対する感情的批判も多少はあるのでは?という気がしないではありません。それよりも、この作品、諸星大二郎氏の「マッドメン」のテーマとビジュアル、アクションに「太公望伝」の要素をまぜた感じでびっくりしました(笑)ぜひ読んでみてください。」というところが勉強になりました。問題があったらこの引用削除させていただきますが、リンクだけだと消えちゃったりするので自分のために貼りました。ところで、今、高校の世界史Bのテキストをみてみた。厳密にはテキストではないが、山川の。こうこう世界史では、アメリカの古代は習わないのね。(入試用問題には出ているものもあるようでした。立ち読みしたところ。)ついでにちょっとした豆知識ですが、中学生の時”四大文明”という言葉を習ったと思います。そして、高校生ではこの言葉は習いません。古代文明は4つだけではないからです。(最近の世界の歴史の考え方。)
2007年06月26日
コメント(0)
PGー12。おもしろかったです。これも、なんとなく、この事件に自分なりの解決を作ることができるので、みてよかったです。
2007年06月25日
コメント(0)
サラリーマンネオで、こんど、うっちゃん(内村)がでるんだけど、脚本はうっちゃんのいとこですよー。「野性時代」2007.7がつごうにも、1つ、面白はなしを書いてます。立ち読みできるながさなんで、読んでみて下さい。わたしはまだ、よんでませんけど。笑(購入済み)こきゃくほんかのいとこのさくひん、おもしろいさくひん、あ、あれもこのひと/これもこのひとってかんじですよ。熊本の人は美人が多かし、おもしろかもんね。(くまもとべんのつもり。まちがってたらすみません。)そうそう/。方言萌とか、すうじつまえにかきましたが、はやってるのかね。そういう萌系の方言本、なんさつかあるみたいですね。萌系にかぎらず、かわいいけい(なちゅらるけい)20代むけとかいろいろ。子どもの本は私、こどもがしょうがくせいのときにかってやったけど。(じぶんでよむため99%のいとで。/)それから、都道府県別性格本。都道府県別性格本といえば、、。古本屋さんで面白い本を見つけた。ひとえにここでねたにするためだけに、もっているにもかかわらず、大枚300円なり(だってもってるないようのほんだもん、1えんでもおしいわヨ。ウフフ)をはらってかってきました。てがみがはさまってたんだよね/。れじをとおすときどきどきしたよ。だって、その手紙に300えんだしたようなもんだもんね。ないようてきにみると、らぶれたーだな、もう。書いた方は大学生だ。たぶん。しかも、綺麗な上手な字で、相手とはまだつきあいはじめたばかりというか、てれとか、けんそんとかそういうのがあって、、、みたいな。そしてまた、かなしいことに、もしかしたら、ふられそうなのか、、、、。あーーーー。去年のはなびたいかいのこと、思い出した。かえってすぐ書いたら、偶然でも読まれたら困るト御持って、放っておいたネタがあった~。でも、詳細は忘れたンで、詳しい会話の再現はできないかもしれないけど今度書くかも。おもしろかったんで。でも、字で書いてもダメか。男がくどいている。女は謙遜しつつ、「おまえじゃだめ。」おーらをだしまくっている。花火をみながら、すぐ後ろのカップルの会話が面白くて仕方なかった何時間かを過ごせて、私、幸せ。みたいな。また、今年も各地の花火大家にいくので、面白い会話を聞きたい。あーーーー。忘れないようにメモ。域のバス野中でも面白い話を聞いた。あーーーー。愛知万博の時も面白い会話を聞いた。きおくずるずるいもづるしき。
2007年06月22日
コメント(0)
![]()
(パート2というより、続き。ですね。)それから。女の人がたくさんでてくるんだけど、その姿が、「細みの体」「モデルのような」(背が高くて、目立つ。本人それがコンプレックス)「派手」ってさあ、、。ま、いいか。でも、さあ。昔(ミステリーは男が読むものとかだったんじゃ?だって。そういうディティールとかいい加減な作品も昔からわりとあるじゃない?)じゃないんだから。村上春樹ので初めて「太めで美人で、まっピンクのスーツを着た」女の人が出てきて、「ほうっ」って思ったんだよね、、。すごい想像できたし、物語に、太った人をしかも、綺麗な人が出てきてもいいんだって思った。それからこれ、分厚い単行本の方を読んで欲しいんだけど、図書館だと箱とってあるからなあ。あ、あのね、これ、本体分厚いでしょう?”太い”のよ。それで、箱が綺麗なピンクなんです。ね?ピンクの秘書を思い浮かべるでしょう?それから、見返しっていうのかな、本の表紙をあけたところ。ここに、地図がのっていたので、これをみながら想像しながら読めるんです。村上春樹はこういう地図みた異なものを綿密に買い手(←変換、あきらめました。2ちゃんねるをよむときみたいに、”音”で、呼(よ)んで下さい。これから。意味、取りにくいと思うけど。)からこの小説を書き始めたといっていたとおもう。村上春樹は装丁とかにもこだわってると思うんだけど、文庫になるとどうして統べてセンス悪いのかな。文庫には作者は口出ししてないだろうから、とくにこれとか、いやがらせとしかおもえない。作者に。、というのがいいすぎなら、”昔からのファンに”。 いじわるっ。んもう。と、申しますか、、、。街あるいてたら、すっごい太ってるけど、お洒落して、近くで見ると、骨格というかお顔が美人な中年女性って、思ったよりたくさんいるんだわ、これが。私立の中学とかに子どもがいってると、PTAのお母さまがたにも、よくみかける。今までワたし野目に入ってなかっただけだと思うけど、これはなんだか、嬉しい発見でした。このはなしとは関係ないけど。あと、『ホルモー』や『鹿男』の主人公の女の子達も、個性的な容姿だけどそれが愛おしくて仕方なくなるんだわ。今週読んだ「野性時代」のインタビューだったかにもあった。「そういう女の子が最後には読者にとって愛おしくなるように書きたい。」と。だから、もう、ワたし野中には(←この変換をいつもいつもかきなおしているわたし。もう、いいや。これは「わたしのなかには」です。)『ホルモー』世界があるんだとおもう。(あるいみこわいか、、。昨日、フリーペーパーを何気なくみてて、そこに、ホルモンやきやさん?がでてて、「ホルモー?!」って思って、何度もみなおしてしまったくらい、ワたし野中で歯、”ホルモン”より”ホルモー”が、スタンダード。、、、、、、、、、、って、コレすごいな。こればっかり。)なんだよ、なんでもかんでも、細みのタイプ、華奢な。。とか。そういう描写するなら、もう、女の見かけについて書くな。ってか、話はぐーんともどってこの小説『当確の~』野中で歯、ぜんぜんひつようないとおもうぞ。作家としてのセンスがうたがわれはしても。モデルみたいでセがたヵいからみんなを注目させるとか、そういうの。私にはいま、どこにいってもめにはいる14才の成海璃子しか、おもいうかばん。このひとにそっくりの高校の時の友達もいるし。しかも、その人は女子大(とんじょ)にいったし。この小説のなかでは大学生だか大学院生なはずなんだけど。あ、大学生か。もう、どうでもいいや。それが、14才の子しか、絵として浮かばんよ。だって、中途半端にしかかいてないからさ。(これが何も書いてないと逆に時分で想像できるんだけど。つか。しかし。170センチの女の人、選挙で街頭にたっててそんなに目立ちますかね?すれ違うだけならどうかしらないけど。)陳腐過ぎる。はい。おしゃべりがすぎました。それではまた次回まで。See You!(しーゆー。といえば。ピンクのおかまがいつもうかぶわたし。「笑う犬の生活」のウッちゃんのおかまだね。)
2007年06月22日
コメント(0)
![]()
このミステリーがすごい!(通称:このミス)の最新(第5回)優秀賞受賞作第4回の大賞(賞金1,200万円。優秀賞賞金100万円。芥川賞で、10代が受賞と騒がれた昨今、”このミス”でも、12才が優勝受賞!とかやったのが第4回)は、(そしてダメダメのを出して、やっぱり、作者も気付いていたのか次に番外編で、一呼吸置き(って、ここから読んでないけど、一応1作目がすごかったので、読み続けるつもりで購入。番外編では医者ではなく、研修医か、医学生が主人公のようである。あ、2作目がダメダメとはいえ、メインのキャラはでてるし、次の作品への布石というか予告編観たいなのがあるからよんだ方がいいと思う。)、が最新刊。ちなみに、今年の大賞はで、第4回で『チーム・バチスタ』と競い合ったという実力者のようです。でも、ですね、、。『当確の布石』まあ、文章がものすっっっっごいへたくそだったんですよ。「このミス」って、受賞してから出版するまでに、題名を変えたり、書き直しをさせたりしてから出版すいるみたいなんですけど、、、。ちょっとこの賞(っても『チーム・バチスタ』で初めて読んだンで偉そうには言えないし、この賞のことを調べたいってほどでもないんでなんなんですけど。)ちょっと、「このミス」への信頼、失っちゃいましたね、今回のものを読んじゃったので。ストーリー展開は面白いし、これ、衆議院ではあるけど、選挙の話し出し、すごくタイムリーで、この時期を外せなかったのはわかるんですけど、「このミス」の、この作者の編集のかた、あわてましたね。まずですね、文章がスラスラ読めないんですよ。新しい登場人物が突然なンの説明もなく出てくるんです。名前だけ。読者に「あれ?前に出て来っけ?誰?」って、前にそのつどそのつど、最初からパーとめくりなおさせる始末。それから、細かいことをいえばキリがない程なんですけど、私は別にこの小説にも作家にも執着はないので、詳しく見直す気もないんですけど、他の地の文も、関係性とかがかなり分かりにくい文章で、なんども前後を読みなおすので、全然進まない。何の説明もなく、行もあけず、いきなり場面が変わっている、というテクニックを初めて使ったのは、筒井康隆でしたッけ?あれをきどっているのか、それとも気がきかないのか、カフェにはいって、手帳か書類をチェックしてるかと思えば、もう、いつの間にか注文をおえ、品物が運ばれてきて、冷えてるんですよ。しかも、そのチェックが、そんなに長い時間かかるとは思えないようなかんじで、想像がしにくい。さらに致命的なのが、医学部のゼミって、なんですか?精神鑑定をした犯人(かんじゃ?)が、再犯をすれば、その精神鑑定をした大学教授は責任を追求され、大学教授のせきを追われ、テレビのコメンテーターくらいは降ろされるかもしれないけど(それだって?です)ほそぼそと自宅で診療をつづけ、”ゼミ”の弟子が、その教授を慕って、その診療所で”研究”を続ける、、って、、。そして、「もうすぐ60才」ってことは、50代でしょう?”白髪の老人”って、描写、80代位を想像してしまうんですが、ワたし野身の回りがみんな若過ぎるのでしょうか、、、。しかも、教授の言葉遣いも、「どこの御老人?」って、口調ですし、医学部の教授にもなろうお人は、まあ、色んな意味でびっくりするぐらい”骨太”というのが普通というか、、、。弟子を踏み台にして弟子が溺れようとも自分は、、、。いやいや、やめましょう。とにかく、弟子をかばって、自殺するんですよ、、、。不自然過ぎる。ってか、医学部のゼミって、なんですか?(すみません、いじわるです。だけど、これがこの小説の大きな謎ときのこたえのひとつになっているので、ちめいてきでしょう。)テーマは面白いし、選挙の裏側っぽい着眼点も面白い。だけど、文章が読みにくい。難解な文章という意味でなく、もう、ヘタ。どうして周りはアドバイスしないのか、、ってか、本人、どこまでそういうところを調べているのか、、。今の編集者はあまり、赤をいれないのか、、。ま、こんな本でした。いや、、。あのですね。「このミス」コーナーって、普通大きくとってあるんですよ、私がいく本屋さん。この本、ひっそり置いてあったので、最初、気付かなかったくらいなんですよ。平台に積み上げてはありました。だけど、垂れ幕というか”本箱1つぜーんぶ”このミス”で~す。今までのも全部入荷してますよ。みたいな、そういうのはなかった。決まったばかりなのに。(チームバチスタのときは、あっちもこっちも、黄色黄色だった記憶が。その時すぐにはてに取らなかったけど、きおくのすみにずーっとあって、だから、1年くらいたってたけど、読んでみたんだから。あー。私が本屋さんでも、これ、大々的にはあつかいたくないわ、、、。「このミス」さんだから、、、一応お義理で平積みはしますし、ポップも書きますけど、、みたいな感じ?つか、、、。いいんでしょうか、、。私、「このミス」だから信用したのに。もう、信用しません。該当者なし。でもよかったんでは、、。1年かけて書き直しさせて、、。だって、テーマは面白いんですもん。あ、そうか。選挙に間に合わないか。だから。筋に関係ないところでもリアリティーは大事なんだから、この世界でないパラレルワールド(皮肉ですよ。つまり、ちゃんと調べてない嘘が書いてあるからこの世界ではないのよね?と解釈して差し上げた、と、こういう皮肉です。)が、あたかも、この世であるように書いちゃだめだよ、、、。スーパーリアルでも、ディティールは大事なんだから、、、。嘘が下手な人ね。ウフ。細かいディティール画全て本当。だけど。万人が、「こんな大きな意味を湿る部分、まさか、嘘つくまい。(たとえば、お化けが出た、とか、そういうことよ。嘘の”医学部のゼミ”とか、ダメよ。)」という部分で、派手に嘘をつくと、聞いてる方は、「えー。霊なんているはずないもん。」とおもってても、「この人は他の部分は全部誠実。だから、もしかして、まちがってるのはわたしのほうかも」って、だんだんだんだん、どちらがほんとかわかんなくなるもんなんだから、、。恋の駆け引きとか、、、。結婚詐欺とか、、、、スピリチュ*@」/p;f@d@あ(文字化け?あれれ?ととぼけてみる)とかさあ、、、、。わははは/。
2007年06月22日
コメント(0)
![]()
http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/99.html観ました。面白かったです。本についての話は、観ても観てもまだ、足りないって感じです。面白い。これはフランスの番組。この中に出てきた作家をメモしておきます。ちょこちょこメモもとったので、また書き足すか、後日改めて書くかも知れません。その前に。今、ちょっと古代の歴史の勉強をしているので、これも見ればよかったな、とおもっているもの。全二回だけど、2回目はまだ間に合います。「驚異! 古代のテクノロジー」http://www.nhk.or.jp/dramatic/backnumber/31.htmlそれから、NHKの話ついでに。BS-2で映画「8人の女たち」をやります。カトリーヌ・ドヌーブなんかがでたの。ああ、2002ねんだったのか、そんなに立つのか、、、。綺麗だし(ガーリー)、謎ときが面白い。裏話を少しすると、この中のひとりは、妊娠中にこの劇に出ています。さて、誰でしょう?笑←映画を小説化したもの。楽天では売り切れているので、図書館や古書店でどうぞ。←DVD2007.6.26 NHK BS-2で放映です。http://www.nhk.or.jp/bs/genre/movie.htmlさて。話を戻しましょう。番組に出てくるベストセラー作家の方々。ケン・フォレット(英国:男性)メアリ・ヒギンズ・クラーク(米国:女性)フランソワ・ヴェイエルガンス(仏国:男性)ゴンクール賞受賞作品は『母の家での3日間』。ミシェル・ウルベック『ある島の可能性』(本人は番組には出ていない)とせりあい、6対4で受賞。ダグラス・ケネディ(米国:男性)P.D.ジェイムズ(英国:女性/面白そうなおばあさんだった。)『女には向かない職業』(ミステリーのようです)など。ジョナサン・コー(英国:男性)『眠りの家』など。イギリス的な小説を書くという。マルク・レヴィ(仏国:男性)何故売れるかは作家に聞くべきではありません。読者に聞くべきです。でないと、誠実な仕事ができなくなります。と番組の中で話す。原作はフランスだが、アメリカで「夢でなければ」という映画になる。ウーヴェ・ティム(独:男性)『暑い夏』(?)など。スザンネ・フレーリッヒ『彼氏がバカにみえる理由(わけ)』番組中に出てくるテレビ番組”リチャード&ジュディーのブッククラブ”で紹介されていた本。ナイシェル・スレッター『トースト』ジョセフ・オコーナー『海の星』P.D.ジェイムズの話”書物への褒め言葉で好きなのは「その本は、何年も私に喜びを与えてくれた」という表現です。”と始まるこの話には爆笑した。あるとき、講演の後、男性の読者にこういわれたそうです。”あなたは何年も喜びを与えてくれた。ベッドの中で。」そして、インタビュアーが爆笑し、彼女が微笑む。そして彼女はいう。「ちょっと面白い誉(ほ)めかたね。」ベストセラーといえば。雑誌「ダ・ヴィンチ」(このリンクでは三省堂書店での年間購読申し込みができるようです。)にもでていた、吉田修一の最新刊NHKの「ブックレビュー」の作家が自作を語るコーナーで、語っていました。ビデオに録画していたんだけど、悔しいことに次の日、見る前に消してしまってた~。いまちょっとだけ気になる作家です。「週刊ブックレビュー」テーマ:最新作「悪人」を語る読みたい本がまた1冊、、。--------------は~!!!!あせった!!全部消すところだった。マックのいいところは、間違って、”進む””戻る”ボタンやその他を押しても、(更新はだめだろうけど”戻る”を押せばたぶん大丈夫。)書いたものを勝手に削除しないこと。偉いなあ、”マッくん”は。いいこ、いいこ。
2007年06月21日
コメント(2)
![]()
「野性時代」(文芸雑誌、角川書店)の5月号を買いに書店へ。そこで見つけて購入した本。シュメール人からでてきます。すごそう。そして読むのはいつになることやら。面白そうな本をまた見つけてきたので、それを読みます。その前に、「ダ・ヴィンチ」と「プレジデント」とあと1冊、雑誌をパラパラ眺めてから。そうそう。最近まで読んでいた、『東大生は~』は、かなりおもしろかったです。それから、卒業証書が、万年筆で書いてあったのが驚き。名前とか墨で書くでしょう?普通。だけど、この著者の卒業証書(東大)万年筆で名前を書いてあったようにみえた。それから、読書記録表にもある、『日本拷問刑罰史』。これも勉強になった。なぜか最近、わたしのなかで、子どもの頃に持っていた「日本悲しい話」のなかの、手なし娘の話が頭に浮かんでいて、どうして手を切るのだろう?とかおもってたんだけど、そういう罰もあったそうで、載ってたので、興味深い。西洋の罰とはちょっと違うような気がした。同じようなものもあるんだけど。会津のお殿さまは、すごく残酷な人がいたみたいだった。それから、ネプチューンの番組で観たんだけど、弁慶は矢がいっぱい刺さった状態でも相手を睨み付けていたと、美談(武勇伝)になっているけど、実は、あれは死後硬直らしい。運動の途中とかだと、なんとかが、減っているので、すぐに死後硬直が起こるらしい。うちにも、御先祖様の”立ち死の図”というのが何枚かあって、(どれも鎧兜姿)馬に乗っていたり、地面にたっていたりするが、目が、開いてるんだよね、どれも。そういうことだったのか。教えてやろう。身内に。
2007年06月20日
コメント(0)
![]()
方言に興味あるんで。方言萌~。本の題名は『もえけん』『ホルモー』、ぐいんさーが(?)みたいに、何百巻も出ても、よみますぞ!ホルモー6景を読んでいるのですが、お遊び満載、中学受験生をもった経験のある母なら、オイラー。ピーンときますしね。数学のオイラーですけど。とか。他にも色々お遊びが満載なのです。大体主人公の名前からして、知的好奇心(しかも、懐かしい感覚。学校のお勉強から遠ざかったおとなからすれば。)が、ほどよく。それに、六景を読むと、ますます発展しそうです。しかもですねえ、元祖『ホルモー』と、同時進行で、普段使わない時間的立体的なところの像を浮かべる部分の脳を使うと言うか、、。『六景』は「野生時代」に連載中なんですが、インタビューの記者の文章にもあったけど、読むしかない。としかいえないんですわ、これが。だって、ぷろの記者さんですら、”読むしかない”とかいてるんですよ。種明かししたら、もったいないですもん。『ホルモー』、私はやりたいです。大学生の時にやりたかったです。あー。何書いてるんだ、私は。とにかくですねえ、万城目学は、村上春樹以来の、わたしのライフワーク読書になるでしょう。ホルモォォオォォッ!
2007年06月19日
コメント(0)
![]()
びっくりした?びっくりした?ねえねえ。” Sicko”でした~。今度公開になる映画。■ 監督 : マイケル・ムーア■ 出演者 : マイケル・ムーア「ボウリング・フォー・コロンバイン」で銃社会を斬り付け、「華氏911」でブッシュ大統領に突撃したマイケル・ムーア監督の新たな標的となるのは、世界中の誰もが関わりを持つ、医療問題! ムーア自身が20キロのダイエットを敢行し、突撃取材した衝撃の事実とは??だってよ!観るよ!いいね、みんな。http://sicko.gyao.jp/早く観たいな。(今『ホルモー六景』読んでて、仕切りやキャラになってる私なのよ。)自分の体を使った、社会レポートと言えば。これを思い出すなあ。←本関係ないけど同じ題名の本が、日本にもあった。内容は違うけど、ま、似たようなもんかな。これは、「買ってはいけない」みたいなほうかな。って、もってるんだけど読んでないという、、。←DVDそして、医学もの映画と言えば。(医療とは違うけど。)es(エス)http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=2721この実験の事は知っていたので観た。実際よりオーバーになってた(血イだらだらとか)けど、いい映画だった。パンフレットがレポート用紙みたいだったのは、気分がでてよかった。そして、製薬会社と言えば、アーサー・ヘイリーの『ストロング・メディスン』。単行本を私は大学生の時に医学部の友達(ちなみにおやは、医学部の教授。だけど、たぶん、ほんにんのしゅみだろう。)に勧められて読んだ。そして、今、商社に勤めてる人に勧めた。関係ないけど、思い出。それはいいとしてこの本。ちょっと古いけど、。。。と思い検索してみると、こんな記事が。http://www.okayama-u.ac.jp/user/brainsci/brainsci/staff/ogawa-e/1995.html岡山大学大学院医歯薬総合研究科・神経情報学のページより。「ストロング・メディスン」(上) (下)[アーサー・ヘイリー] 新潮文庫ワたし野検索が悪いんだと思うけど、らくてんではあつかっておらず。(*この、変な検索のせいで、今日の日記だけで、2時間もかかってるので。いか、ひらがなで。)アマゾンにはありましたよ。おもしろいんで。よかったら、よんでみてくださいね。
2007年06月19日
コメント(0)
![]()
映画「キサラギ」めっちゃ面白いです。声、出して笑っている人多数。私は泣いちゃいましたよ。黒い服きていったんですけど、スカートが、割と、つるん、とした、しぜんにはないそざいのきじだったんですけど、外に出たら、暑くて、瞬間的に塩になってました。涙の跡です。「なんじゃ!?この、白い粒は!」って、あせりました。すごくちいさくだったので、涙の跡です。ーーーー「サイドカーに犬」よこくへんでみたんですけど、竹内結子、よかったです。かわってません。いい雰囲気のママでした。演技すごくいいです。わたしのすきな竹内結子 (なんでしたっけ、てんとう虫が出てくるテレビドラマ、利己的遺伝子の、、。あの竹内さんのままでした。よかった。)ただ、わたしのいめーじの洋子は、ショートカットで、白黒服なんだけど。綿のワンピじゃなくてもっとタイトで。でも、すごくいいふんいきのえいがみたいです。原作、超えてたりして。ムフフ。そんなかんじ。それから、予告編によると、←単行本←文庫これが、かなりよさそうだった!楽天で本谷有希子を探してみる。”生きてるだけで、愛”とか、なんか、ハードボイルドだ。なんか、かっこいいぞ。
2007年06月16日
コメント(0)
![]()
先日偶然(読んでない本の棚ーー古本屋編ーーを片っ端から読んでいく自分イベントの一環で。)にも読んでいた本が映画化されたことを昨日知った。『猛スピードで母は』の単行本に入っているお話の1つ。(この本には表題作とその前にもうひとつ「サイドカーに犬」、2つの短編が収められているのです。)『猛スピード』の方が面白かったし、イメージがあまり湧かない、というか、そのイメージにあまり興味が湧かなかったんで、ここに特にかかなかったけど、映画化の話をみたら、納得がいったし、いま、本を読みなおしたら、洋子さんの台詞が、全部、ふつーに、竹内結子の声、あの話し方のトーンで聞こえてきた。(私は全共闘世代のかっこいいハイネック、ショートカット、白黒、タイトな感じの服の、知的崩れみたいな女の人を想像してたんだけど、この映画みたいなスタイルも、佳し。一夏の思いでって感じで。)ああ、これか。話題の、竹内結子の復活第一弾映画は。なるほど。「ランチの女王」の食べ方が嫌いだったけど、基本的にこの人の雰囲気は好きだった。だけど、やっぱ、女は男で変わると言うか。こういう感じの竹内結子も写真で見る限りは良いし、映画も良いんだろうな。そういう前提で言うと、、、。私が不倫とかもう、あほ、って思うのは、(男が浮気する方)、自分の奥さん、”寝取られ女”にするんだよね。これ、どう思うんだろう。竹内結子もそうだけど、あの、ふんわりしたところが、いっきに、こういうふんいきになったじゃん。汚したよね、あの、だんな。これって、世間一般でもあることだけど、私は嫌だな。あの、かぶきのだんな、良いなと思って、歌舞伎を若い世代に伝える活動とかも尊敬してたけど、もう、いま私、全然興味ない。仕事してるのみても。なんだろ、浮気とか、モラルとか関係ないはずなんだけど、なんか、あの人の魅力のない地を世間にみせたことは、俳優として損したなって思う。あの人は、たぶん、なんでもこなせて、がっちり伝統や家族や大切なものを守る人のかっこよさが魅力だったのに、それが、嘘だったって事が原因なのかな。私の中で、あの歌舞伎旦那が目に入らなくなったのは。浮気された奥さんって、こういう雰囲気でちゃうよね、なんか。立ち直った後でも。どこか、開き直りというか、捨てた部分がみえるというか。上手く言えないけど。それがその人の別の魅力が出る、とか、そういうこともありなのかもしれないけど。竹内結子の場合は、似合わなかったと思う。確か結婚の時も誰かからか歌舞伎旦那を取り合って奪っった形で、結婚だったったのかな、そのときですら、私の中では汚れなかったんだけど。疑心暗鬼の心を女の人に持たせたらいかん。部分的に硬いところがある女の人になっちゃうじゃん。ま、とりあえず、6/16(土曜日)にオンライン試写会開催決定!→ただいま応募受付中つてことらしいんで。この映画のお蔭で、私の中の『サイドカーに犬』は、いきいきとしてきたので。ただ、イメージが違うので、どうかな。みた後。夏らしい爽やかな動く絵はみたい感じがする。作中で、この洋子さんが読んでいるのは、太宰治の『ヴィヨンの妻』。(青空文庫→http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/2253_14908.html)河北新報社「時流(とき)を超えてーー太宰治没後50年ーー」の【(19)ヴィヨンの妻・桜桃/たくましい妻 弱い夫】 http://www.kahoku.co.jp/spe/spe031/19981108da.htm によると、家庭の幸福を否定しても、太宰がどれほど家族を大切に思い、その将来に心を砕いていたかは、行間から読み取れる。太宰が描いた「強い女」「強い妻」「強い子供たち」は、そうあってほしいという、切実な願いだったのかもしれない。というお話。ムーミンの声(岸田今日子)による朗読→この中の第四巻が「ヴィヨンの妻」太宰治この中の第九巻が岸田今日子朗読の「ヴィヨンの妻」太宰治のようです。図書館で探してみようかな。
2007年06月14日
コメント(2)
![]()
←単行本←文庫本2001年だったかの芥川賞受賞作品。今、うちの、”古本屋さんや公立図書館の放出品というのかな、そういう頂き物の棚”の本を読んでいこうかなと思って。近々なんかも読んじゃう予定なので、ちょうど良かった。楽天で、”文学賞メッタ斬り”は他にないか探してみる。森見氏『歩けよ乙女』のところでよっぽど貼ろうと思ってて、まあまあ、チェリBさん、読んでからでいいではないの、、、っということで、貼らなかったけど、読むのいつになるかわからないので貼ります。『太陽の塔』の解説の”へもい”が、さらによくわかる。本上まなみさんは、ananで、”へもへも”なんたら、というエッセイを連載してて読んでました。それが本になったので、中古本屋さんで買っておいたのでした。私、NHK「トップランナー」の本上さんが好きでしたし。こういう載ったりした漢字の人は私は苦手なんですけど、本上さんは面白くて好きで、、。(今はあまり観ないのでよくわからないのですが。でも、写真家の本城さんがゲストの時はみました。ほんじょうまなみとほんじょうさん。)それから、私はもってないと思う(もう、自分の本、把握してませんので。たくさんありすぎて。)けど、”ほんじょ”シリーズはいろいろあるみたいです。楽天で、6冊の”ほんじょ”をみてみる。)--------あーん、あれあれあれよね。『猛スピードで母は』。これ、この表紙(パンツはいてなくて、車に、しかも、”乗り込む”んじゃなくて、上にのっかってるおかあさんの絵)と言いぶっ飛んだ感じの題名と言い、笙野頼子みたいなのかと思ってたら普通だった。最後の最後に、スピードをあげて走る車が、キンコンキンコン鳴るシーンがあって、めちゃくちゃ懐かしかった。昔の車は、ある一定以上のスピードをだすとキンコンキンコン警報がなってたのですよ。若者諸君。それは1980年代末まで、覚えている。その後、スピードをだすようなときは、外車になっちゃったので、いつまでそういう車が発売されていたのかはわかりません。文学とはこういうものだったか、、、と、最近エンターテイメントばっかり読んでいたような気がするので思い出した。高校の文芸誌と似ている、、。って。こればっかりだ。最近は、純文学とか大衆文学とかの境目がさらに曖昧で、研究対象に、どちらもなりうるのです。文学部以外の方へのちょっとした、豆知識。いや、べつに、意味はないけど。
2007年06月12日
コメント(0)
![]()
『ホテル・ニューハンプシャー(上巻)』『ホテル・ニューハンプシャー(下巻)』これを楽しむために。こんなのはいかがでしょう。→--------------------『さくら』これはあれですな、上記の本でした。これだけでは、愛想ないけど。妹は私は柴崎コウを思ったけど、大阪にいそうな、振り返りたくなる背の高い美人というイメージで言えば、森泉かな。この乱暴な妹役を映画等でできるとしたら柴崎コウかな。こういうこ、いたなあ。すっごい美人なんだけど、勿体無いというかそういう感じの人。何かと人にくってかかるというか、男子に大して挑発的なの。そして、振り返りたくなる程美人。げせわでお行儀の悪いおばはんらに、「あの子きれいやわ、”見てみ”」っていわれる人。遠くからこそこそ噂するだけで、近寄って来ないから、そういうのを小さい頃から繰り返し体験してるから、人に対してめちゃくちゃガードが硬くなってる人。まあ、いい。この本は、10大後半から20代向け、読者を凄く限定しているなあと感じた。紫陽花って、はなびら、散りましたかねえ、、、。枯れる前に。そういうのは、どうでもいいか。ただ、前半部分でセックスの話が出て、その伏線を最後の最後まで引っ張っておいて読ませるんだな。それから、次男の行動で、昔の同級生にあったら、心の中の彼女とは違って、ニキビが出来ていて、驚いたまま別れるってところがある。それを後の方で、彼女を自分の反応で傷つけたことが心の隅に残ってて、そして、本当に僕は彼女の事が好きだった、って、気付く。その時の行動が、とてもよかった。心が動かされた。胸がきゅーってなった。僕は凄く太ってもう、君に会えません。本当は僕は君が好きでした。みたいな手紙を宛先を書かずに投函する。別のシーン。元気だった兄ちゃんが事故にあって食欲がなくなってもその分、細くて美人なお母さんが食べだした。そしてぶくぶく膨らんでるんだ。そしてお兄ちゃんが死んだ。そのお墓参りのシーンで、「お母さんは悲しみで膨らんでしまって、僕の手にも負えそうにない。反対に痩せてしまったお父さんの手もすり抜けて、どこか遠い世界にすりぬけた。」みたいな感じの記述があった後、すぐのシーンで、「お母さんは怒りや悲しみで膨らんだのではなく、お父さんへの好きだという気持ちで膨らんだのだ。」と、次男の主人公が確信するところがあって、読んでいて、すごく嫌ーな気持ちがした。受け止めようとどんな努力した?体当たりした?努力もしないで最初から諦めるこの感じ。けっきょく、こういうふうに、ためいきとあきらめ、なのか、、、。(ああ、そうか、そういう、最後までやったけどそれでもだめでした、って言う家族なら、こういう風にはならないか。もっと違った結果が出るのか。わたし、こういうの、だいっきらい。いや、小説、フィクションなら、いいです。いくらでも、「やれやれ。、、、(トがき:肩をすくめ、ためいき)」とかいうかんじでけっこう。)ま、いい。それから、セックスの時のお母さんの声を子どもが聞いてしまうシーンがあったけど、その声を”母猫の優しい声”にたとえたのは、新しい表現で、且ついいなと思った。イメージとして。猫の声って、私には、ちょっと、攻撃的なトーンに聞こえるので、たぶん、作者が意図したイメージとは違う感じを受けていると思うんだけど、私も読む時は、そういうニュアンスではなく、猫の、柔らかい、イメージと、母猫の献身というイメージだけを残して読む。そして、この表現は今まで読んだどの表現よりも好きだなと思った。引っ張るものがたくさんあって、一気に読みたくなるし読ませる本でした。売れる本だと思いますけど、私は自分の本箱にたぶん残さない。残す本は自分の子どもに読んで欲しい本だけだから。ただ、これが、どのように成長していくのかなっては、気にならないといったら嘘だ。なんとなく、黒人女性の作家の”命””生きる””運命”という、のも、イメージのバックにどうも見えてしまうって、ジョン・アーヴィングもみえてしまって、(キーワードを並べるとネタばれになるのでしないけど、かなりかさなる。全部読んでないんだけど、映画の宣伝は当時なんかいもみたし、肝腎の本は全部読んでないけど、書評や友達の話等を聞いたので、あらすじやテーマだけ走っている程度で何を申す!ってかんじではあるが。)この作者の『通天閣』は、この付近にすんでいた人しか書けないだろうし、そういうものがかけるようになったのか、見たい気持ちはあるので、読むでしょう。たぶん。それから夫婦ものらしい『きいろいゾウ』、やっぱ、読まない。だって、ダ・ヴィンチの案内にロングセラーとして多くの涙を誘った『さくら』とあったもん。泣けなかったもん。そして、読者の人のコメントに「繊細な文章」とあったし。繊細というより、比喩の仕方が、私にはある時代、ある作家を絶対読んでるな、影響受けてるなって、思わずにはいられなかったんだもん。繊細とは思えなかった。まあ、一生懸命書かれた作品ではあった。ああ、キーワード言いたい。使い古されてるし、この部分はこれ、この部分はこれ、って感じで、私にはこの人は短編の方がいんじゃないかなって思った、、。手元が見えなくて。笑1つ1つの章としては、面白いけど、つながり感がまだ、ばらばら。オイ!オレ。なに批評しちゃってるんだ!恥ずかしい。知りもしない癖に、だよね。すみません。みなさま。【結論】『さくら』はただの暇つぶし。(悪い意味じゃなくて、暇な人と、楽しく遊んでくれますよ。ただ、生産性はないね。小説に生産性を求めるのはおかしいかもしれないけど。現実逃避にも成らんという感じがした。)おすすめしない。高校生の文芸部にもっと上手な小説が腐る程ある。(高校文芸部のつくる同人誌みたいなのが好きなのです。私。どうしてまだ、デビューしてないの?って人がたーくさんいますよ。ただ、小説って読まれてなんぼ、なんで、その作品の運ってあるよね。単純な私は、売れるチャンスをつかむこともまたこれ才能だと思うので、西加奈子作品は佳し(よし)!)ーーーーーーーーーー引き続き、マック、しかも、未だにOS9.2です。OSXの初期ははいっているんだけどこれがまた、使いにくいんだ。今の最新バージョンはすごく使い易いけど、お金がないのでした、、。それにあうのは、今は、ことえりだけ。バージョンアップできるだけしてるんだけど、なぜか、以前のものより質が下がってて(パワーマックにはいっていたのよりもさらに。)感じ変換がすごいんだ、、、。ほらね。”漢字”だろって、、。これ、一々訂正してるひまがないのだけど、かいとかないと忘れるので(←ハイ、ここ、かんじへんかんあきらめました。)お見苦しいでしょうが、このまま更新させていただきます、、、。
2007年06月11日
コメント(2)
![]()
今日はちゃんとステッキーズ(ウィンドウズでいえば、「メモ帳」みたいなもの。もっと便利)というのを使って書いたよ。さくら。この人は、身近に子どもがいないんだろうなと思った。自分のおいやめいくらいの近さの子はおっても。だって、子どもの事、細かい情景に、リアリティがないのが致命的。どんな突飛なこと、超ぶっ飛んで現実に起こりそうにないことが物語の中で起ころうとも、アイテムにリアリティがなければ、どっちらけだ。さくらは、それが非常に気になったので、子どものいない、若いうちなら、うなずけるんじゃないかな。主人公薫(男の子。5歳頃の事の記述で。)の気持ちも、まるで、20代女性のような気持ちがかかれていて、そういうのが見抜けないうちに読むのなら、浸れて、”せつなくて素敵な小説”って思うのかも。まだ、途中までしか読んでないけど、爆笑問題のススメにでていたらしくて、(私はこの番組好きなんだけど、途中からあまり見なくなってて、この回は見てないと思う。)色々ブログを見てまわっている時に、この作者西加奈子さんは、ここで、ぶっ飛んでいたらしい。本にはテヘランだったかで、生まれたとあったけど、そういうことがどのように作品に影響しているのかなと思えば、それは感じなかった。2歳で、大阪、そして、小1~5までエジプト育ち。だけど、日本人学校に言っていたようだ。でも、この、小説の感じ、せつないって表現をネット上で見たけど、そういう表現じゃなくて、なんていえばいいかなあ、、。端から見たら、めっちゃもったいないというか、別の選択肢もあっただろうに、普通良くある価値観からすれば、「そっちにいくのはなぜ?」と、ポロッとお友達が涙してしまいたくなるような運命、、。みたいなお話。作歌の読書道:第53回西加奈子@ウェブ本の雑誌さーっと目を通して、(導入部分にかかれていた本も音楽も映画も含めた中で一番衝撃を受けたというある女性作家。ああ、これだ!と思い探した。)(小学館の石川和男さんとはhttp://adv.yomiuri.co.jp/ojo/02number/200505/05toku3.htmlです。『さくら』も、こういう感じの本なのかな、と想像しつつ読んでいます。)(石川和男さんつづき。http://www.1101.com/editor/2001-08-30.htmlこれも私、持ってます。)納得しました。途中雑誌『ムー』の名前もでてくるけど、これは、ありがちな、”通る道”みたいなかんじで、この感じにはそれほど影響があるとはおもえず、、、。でも、トニ・モリスン。ああ。ですよ。それとか、アリス・ウォーカーとか(私の場合は逆の順番で出会ったけど。)アーヴィングは絶対『ホテル・ニューハンプシャー』(やっぱり、、。あの話は20代前半の私には読み通せなかった。あまりに設定がめちゃめちゃきっつすぎてで。未だに読んでないけど、今なら読めるかも。先に映画をみたいけど。)ポール・オースターも。ただ、1990年前後、新潮社かなんかがしかけたブームというかそういうのが一時期はやった時期はあるんだけどね。たぶん。この作者が発掘したと言うより。図書館より、本屋さんに入り浸っていた読書好きなら、そういう影響によって好きになったということはあるかも。ところで。この『さくら』自体、私が何でもっていたかと言うと、テレビで、この作者の本を出版者等に売り込む人のドキュメンタリーをみたからです。古本屋さんでその後見かけた時にていに入れていた。その、売り込む人、都言うのが誰か和漢なくなりました。本人は作歌を目指してしょう悖ったけど作家になるのは諦めただったかの人で、大手で編集者になる。その後、独立し、こういう仕事を初めてした人だったか。またまたこのブログではおきまりのNHK「プロフェッショナル」と思っていたら違うみたいなのでもしかしたら、「情熱大陸」?とおもったらこれにも見当たらない。でも、なんで、「作歌の読書道」に、出版書籍コーディネーターって言うんですかね、そういう話が、「覚えてない」になってるのかなあ、、、。まあ、想像はつくけど。ちょっと話は違いますが、子どもの図書館に行くと、外国の本だけど、本が出来上がるまでに、どんな人がどんな封に関わっているのかがわかる絵本があります、、、。こんど、出来たら御紹介しますね、、、。(何を含んでいるんだろう、私は、、。笑)その本、近くの図書館にもあったと思うけど、初めて読んで印象に残っている図書館、うちからちょっと遠いところのなので、いつの事になるかわかりませんが。【ごく私的な私だけのための覚え書き】夏休みの各社の夏休みキャンペーンをチェックする。
2007年06月10日
コメント(1)
![]()
本屋大賞(2006)『さくら』の西加奈子買い忘れ。神田川デイズのページhttp://www.kadokawa.co.jp/sp/200704-03/
2007年06月09日
コメント(0)
![]()
えー。うそ、、、。はい、また、大量に書いたものが消えた。今度は、マックだが、強制修了したのだ。学ばない猿とは私だ。最初から細かく、「更新ぼたん」を押せばよかった。気が引けるのだ、何回も押すのは。それよりなにより、「メモ帳」(マックなら、「シンプルテキスト」に書けばよかったのだ、、。もう、萎え萎え。でも、頑張って題名だけ書こう。『間違いだらけの復習法』『これは凄い東京大学コレクション』とんぼの本『東京大学本郷キャンパス案内』『東大生はなぜ一応、東大ですと言うのか』リンクは次に書きますけど、手抜きです。とんぼの本で奈良の本を探す新保信長の本『笑う入試問題』とか、よんでみたいな。『夜は短し~』にでてくるんですけど、本はみんなつながっていると言うことを証明してるせりふがある。それは、あれとそれがつながり、それのさくしゃは、これのさくしゃの○○とつながる。」でおわっているので、”○○”を最初の”あれ”とつなげて輪ッかじょうにした方が説得力があったのにみたいなことをかいたとたん、ぱっと、私のマックが強制修了。なのでした。ーーーーーーーーー『神田川デイズ』は、そういう(”ダメダメな私”という感じ)本らしいんだけど、読んでいて、だるい。かったるいというか。でも、これも、大学生の気分が出ているけど、、。読書中。NHKプロフェッショナルをみてるときは、この表紙のイラストが何故選ばれたのかよくわからなかったけど、読むとよくわかった。この本は、装丁が”なんか、いいな”xって感じなので、本屋さんや図書館でよかったら実物を見て下さい。そして、その良さは、本文を読むと、すぐわかると思いました。短編集ですが、すこーしずつつながっていると言う設定のようです。思った通り。『ホルモー』みたいに、自分も活発に動きたくなるような本じゃないよな。
2007年06月09日
コメント(0)
![]()
読みました。民香さんの印象は変わりました。私は、不倫をする人は、問題外と思っているので、そこのところは、この本を読むと、クリアされているようではありましたが。離婚調停中に出会って、でも、数カ月で結婚しているので、そこのところは、ほんとに?離婚の原因の1つの女性関係にかかわってないのか、、、?ってことはありますけど。って、この本は、小説ではなく、実際の話なので、クリアも何もないんだけど、私は、不倫する人については、ちょっと、なんというか、私の世界の中に入れる必要がないと思っているので、もしそうなら、語りたくない、というだけで。ーーーーーーこの、供述書を載せる本、っていうのは、この事件に限って、作者がどうしても必要だと思ったのだとわかった。こういう手段を使ってでも、真実をわかって欲しい、嘘の報道で名誉を傷つけられた人の名誉を回復する意味もある、と思ったということがよくわかります。形としては厳重注意する必要があるでしょうけど、絶版等にせず、少年のためにも広く読まれるべきです。供述書を読まないとわからないことが、絶対あるとおもった。言葉のニュアンスは、他の人が言い換えたら、変わってしまう。ーーーーーー父親と、その他の人の話とは矛盾することがある。だけど、この父親、2面性があることが、供述書を読んだ時わかった、というか感じた。ーーーーーーこの父親、どんな育ちをしたのかと思って読んでいくと、父親の母親というのも、その父親を殴りながら勉強させた人だった。そして、少年をはじめ他の人は、(方言のことがあるのでよくわからないけど。方言に日常的に相手に対する敬語がある土地があるし、ないところもある。それを標準語になおした時に敬語や相手を敬う言葉が抜けてしまうことがあるかもしれないので。)”相手の行動を敬う言葉遣い”をしている。たとえば、”なになにをしてくれた””こちらにきてくれた”とかそういうかんじ。だけど、父親の母親野言葉の使い方は、すごく私にはきつく感じ、たとえ、今は敵対関係にあったとしても、相手を敬う言葉を使わない人、という印象をうけ、なるほどなーっておもった。ーーーーーーーーーーーー私はこのニュースを初めて聞いた時(というか、町中の電光掲示板で第一報で読んで、用事を済ませた帰りにたまたままた、そこの掲示板で、”長男行方不明”というのを聞いて、何となく興味をひかれたので(長男、大丈夫かな、生きてたかなとでもおもったのでしょう。)、家に帰りついてすぐにネットで、その医師の名前を検索してみると、病院と顔写真をみつけた。2~3日して、長男発見、しかも、かなり遠くに逃げていたのニュースを見たので、「あーあ。これは、、、。」って思った。それから、ネットで、改めて、新聞社の記事等をいくつか見てみると、家族全員の本名が書いてあるものをみつけた。火災の記事としてだったか。そして、名前の事や、まま母だったことなどを、ライブドアかなんかの、ヤフーかな?ネットニュースに、このニュースについてのトラックバック、ってあるでしょう?あれでいくつかみてまわったブログか何かでよんだ。そして、数ヶ月してからか本屋さんで、この事件のレポートを月刊誌(分厚い雑誌)でみた。そのとき、目だけを消された少年の写真を見たけど、賢そうで育ちの良さそうな顔つきをしていた。とき、シャープペンシルが頭に、、という見出しを読んで、心を痛めた。ぱらぱらとみて、買わずに詳しく読まずに帰った。今年に入って、世間話をしている時に、「兄妹は離れたくなくて、兄が妹を離さなかった。」とい魚涙頂戴物語を聞いた。私はこういう話は、大抵本当かどうか調べて他の人にはなしたりするんだけど、私のイメージにぴったりきすぎていたので、数日前のこのブログに書いてしまった。わざと調べずに。人間の心理ってこわい。こういうふうに、自分に都合が良ければあえてみないようにもするんだから。たかがブログの記事とはいえ。すごい恥ずかしいワ。ーーーーーーー話は前後するけど、去年の事件の数日後だったか、少年の父親の面会時の会話を新聞で、読んだ。私は、前途洋々たる若者の将来を潰した、モラルを求められる職業=医者、の父親を、他人事ながら、激しく恨んでいた。他人事なのにね。そういう視点で読んだので、びっーーーーくりした。「この父親、自分が悪いって、認めてない。」って。ーーーーーー供述書を読んでもわかる。父親は、よーくよむと、”原因は自分以外のよそにあるんだ”といっているのです。全部。ぜーんぶ。”私が悪かった”とは、ぜーーーんぜん言ってないのです。 ーーーーーー以下は私の身近な人の話ですーーーーー私の知っている医者にもこういう人がいる。(少年の父親と同じような環境。少年の父親の家は薬局やさんで、私の知り合いは医者の家で、どちらも長男。医者になるプレッシャーの中育つ。家族関係にに問題あり。内面的な問題。冷たく無関心とか、将来に対する見えない縛りノ中育ったとか。)患者としてあったのではなく、プライベートな付き合いなのだが、こいつの発言もそうなのだ。(ちょっと、私の方が立場と言うか、年上と言うか、そういうのなので、乱暴な言い方をさせていただく。)「ごめんなさい。」は自分に聞かせて満足しているだけ。「ぼくちん、あやまれたもん。」ってなかんじだ。だって、なにかやらかしたとき、あやまる言葉を、きいてたら、「ごめんなさい。”なになにしてくれたらよかったのに。”」「ごめんなさい。でも、”なになにが、なになになんだもん”」と、「オイ!まず、自分のどこが悪かったかをあやまるときは、言え!いわなくても、そういうのを感じつつ、罪悪感を感じつつ誤れや!」って、言ってやるのです。(笑) ーーーーーー以上ーーーーーーーーー少年の父親の話に戻る。「パパが悪かった。(略)火をつけるなら言ってくれればよかったのに。」(厳密な文章は本を読んでみて下さい。図書館で借りるか立ち読みでもよいので。)意味、わかりません。ーーーーーーーーーー供述書をそのまま読ませていただけて本当にありがたかったです。そして、私は、ほんっと他人事ながら余計なお世話なんだけど、この父親を怨んでいたんだよね、、。関係ないのにさあ。でも、この本を読んで、「ああ、こういう人なんだ。」って思ったのか、読み終わった時、この実も知らない人に対する、私の余計な”正義感”のためになぜだか私の心にあった、怨み(これって、中学受験をさせたからわかる、小学生の時に受験勉強させると言うことがどう言うことかと考えたことがあるから浮かんだのか、、。)が、消えていた。わからない、ということは、これほど人の気持ちを変な方向にもっていくものなんだな、(ニュースを読んだだけの私の心理の変化のこと。)って思いました。ーーーーーーー少年の”障害”について。こういうふうにもっていくというか、なる、というか、そういうことなんだなって勉強になりました。ーーーーーーこの本の作者草薙厚子氏による、事件当事者とその周辺の心理の分析、ちょっと違うかなと思わない部分もあったけど、供述書と地の文が、レイアウトではっきり分けてあるので、”誘導される心配はないよい本だと思いました。この事件、この本に関しては、という前置をお忘れなきようお聞き下さい。(まあ、ききながして。)勇気をもってこの本を作ってくれた著者と講談社に感謝したいです。装丁の人も、ありがとうでした。ラストの供述書には少し、感動したけど、どうして誰も少年にそのことを教えてあげないのだろうと思う。どうして?一秒でも早く、少年の気持ちをその事実を伝えて、動かさせて。作者は、この本を少年に読んで欲しい、そのような方法で伝えたい、と思っているようだけど、、、。一秒でも早く。ーーーーーこの事件に出てくる供述書の発言された方々の心理、すごくよくわかりました。(私は、小説を読むのが好きなので、「小説ならここで、こういう封にもっていくだろう。」と、本の後半以降の部分で思うことがありました。しろうとなので、不謹慎でごめんなさい。本当にごめんなさい。でも、これが、プロの方々にないとは思い切れません。誘導という、、。そういうのも読んで考えさせられました。父親の発言にとくに。だって、父親の話だけが、パーツに収められない部分があるんですもの。これをはずせば全部つじつまがあう、という違和感、、。違和感じゃないけど。)たぶん、どの立場にたっても、こういうことになった、そう考えた。というのは。”頭で”理解できると思う。ただ、それぞれ、普通の、えーーーーと、、、。普通の感覚というか、そういうのなら、絶対別の選択肢を選んだだろうと言う感じです。でも、”威圧”や”絶対的な暴力”の中では、人は、本能的に色んな部分をシャットアウトしてしまうものなんです。その加減は自分じゃないみたいに。そういう中にあると、自分、じゃなくなるんですよ。とかげが身を切って逃げ切るのと同じだと思う。どうしようもなくなる。ーーーーーー元妻が、どうして長男を連れて出なかったか、、。そんなの簡単じゃないですか。婚家で、「この子はうちの孫。この子だけはうちの孫。」といって、教育方針にいちいち口出しする、別の教育方針を押し付けられる、舅姑がお母さんにプレッシャーをかけつづけると、お母さんの心理としては、「この子は確かに私がお腹の中から育てた子どもなはずだけど、」と頭をひねりつつも、だんだん、”この子は、婚家のお預かりもの”となり、”私”(この場合、”私”の意見も入ったその家の教育方針)はここではだしちゃいけないんだ。となるんです。子どもも、「ママのために、おばあちゃんが好きなふりしよう。」と、いくらどんなに幼くても、そう、本能みたいなところで、思うんです。私はそういう子どもだったからよくわかる。本心とは違っても、私がどう動けば、ママが、ママの血族じゃない集まりの中で、喜ぶのか、を計算するものなんです。そして、お母さんの方だって、まともな感覚だから、暴力の中では話にならない。改めて話し合うべきだ。って思うはず。だけど、そういうのが通用しない人がいるんですよ。場を改めては、紳士淑女のモラル。世の中、どんなにお金があろうと、今は一応社会的地位があろうと、そういう紳士淑女のモラルが通用しない人が。そういう人には相手のペースにあわせないとやるかやられるかなんです。ハッ。混沌の世界へと踏み込んでいました。漠然とした話をいくら書いてもわかりませんよね。ーーーーーーーーーーーー最近、いつもにも増して、誤字脱字が多いですが、パソコンのせいもあるので、(明らかな打ち間違いもあるけど)環境が整うまで、放っておきます。何回もアップすることになるから。いや、してますけど。同じ記事を何回もアップ。だってえ、、。すぐ、バグりそうになるんですもの、、。許してえ。
2007年06月08日
コメント(0)
隙間時間を有効に使う練習になると思う。読書にはまると、まとまった時間じゃないと読めなくなったりするけど、、、(書きかけ)
2007年06月07日
コメント(0)
東京新聞東京ウェブ「草薙厚子」検索結果http://search-jp.fresheye.com/?cs=sjis&ord=s&id=502&kw=%91%90%93%E3%8C%FA%8Eq【社会】奈良の放火殺人 供述調書引用本を調査 2007年6月5日 夕刊http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2007060502021834.html奈良県で昨年六月に起きた医師宅放火殺人事件で中等少年院送致となった医師の長男(17)=当時高校一年=らの供述調書の内容を引用したとする書籍について、法務省は五日、少年らのプライバシーを侵害し、人権侵害に当たる可能性があるとして調査を始めた。 調書の真偽や出版の経緯について関係者に事情聴取を求める。人権侵害が認定されれば、出版社などに再発防止を勧告する。長勢甚遠法相は五日の閣議後会見で「司法秩序を乱し、少年法の趣旨に反する」と批判。流出元については「法務・検察当局から流出した形跡はない」と述べた。 書籍は五月に出版された「僕はパパを殺すことに決めた」(講談社)。元少年鑑別所法務教官のフリージャーナリスト草薙厚子さんが独自に入手したとする長男や医師、親族らの供述調書を基に長男の心理状態などを描いている。ついでですが、この検索結果の最後に出てきた本の紹介のところを引用させていただきます。僕はパパを殺すことに決めた草薙厚子英語1の点数が20点足りない。ただそれだけの理由だった。 2週間後の保護者会までに、すべてを消し去らなければ――。 3000枚の捜査資料に綴られた哀しき少年の肉声を公開! 過熱する受験戦争へ警告の書!1575円 / 講談社 えええ?これって、過熱する受験戦争の弊害として起こった事件ですか????え??虐待の道具が、勉強、成績だっただけ、このお父さん医師の(もしかしたら、学歴のコンプレックスだったから?そういうことがわかる本はどれがいいかなあ、、、。帝大の医学部、私立の医学部、新設の医学部、駅伝大学の、、、とかきいたこと、ありません?)道具だっただけと思ってたけど、、。シャープペンシルが頭につきさったりしてたそうですけど。医者のお父さんが息子の頭につきさすんですよ。自分の心と体を防御しながら勉強なんて出来ますか?しかも、中学受験を最近身近で体験されてない方にはピンとこないかも知れませんけど、この子がいってた学校は、すごい難関校ですよ。ものっすごい。昔は、お坊さんになるこのための学校とかそういう印象でしたけど、今はちがうんですよ。すんごいんですよ。そして、お父さんとお母さんが出た、奈良医科大でしたっけ?一度偏差値調べてみて下さい。たぶん、この子の方が、ずっと賢いんじゃないかな、、、。という印象です。あ、調べる時、今の奈良医科大でしたっけ?じゃないですよ、昔の。当時の。20年程前の、、。です。”きっかけは”って言葉が抜けてませんか?そのことですごい、印象が違うんですけど、、。会津の事件と、ちょっと違うと思うし、過熱する受験戦争へ警告の書!この事件、こういうことになっているんですか??????いや、一言で言うと、誤解して下さいといってるようなもんなので、私も一言でいうのはよくないとおもいますけど、あえてひとことでいうとしたら、これって、自分さえ気持ちよければ、の、不倫が悪いんだと思ったんだけど。この医者の父親と母親が、そもそも、”過熱する受験戦争”によって、ねじ曲げられた感覚の持ち主だった、ので、不倫をした、のが、そもそものきっかけだった、後は雪だるま式に、、、、、。というのならわかるけど。おばちゃんのうわさ話的言い方しか出来ませんけど、前の母親との間に、妹があったそうです。この男の子は妹が大好きで、両親の離婚で離ればなれになり、しかも、会えないようにしたらしいですね、(←ここんとこ、誰かからきいただけなのでふたしか。)最後の日、男の子は泣いて妹を抱き締め、離さなかったそうですね。仲のすごく良い幼い兄弟というのは、自分の人格と兄弟姉妹の人格と、境目が曖昧で、だから、自分の体やアイデンティティーを(2つにわけることは不可能なもの)を引きちぎられる思いがしたとおもう。私は自分の周辺の話をしたくないのでかかないけど、すごくよくわかる。自分のエゴで、若い新しい奥さんに乗り換える時、子どもの宝物の事を考えない人間。そして、新しい奥さんは、自分と愛する旦那さんの間の子には、両親それぞれの字をいれて、家族としての連帯感を深める。そのとき、その少年は????離婚する前だったか、、のときも、男の子は勉強をさせなければいけない、逆に、女の子はどうでもいい。勉強ができようができまいが。この無関心さ。思春期になったら、女の子の気持ちがどうなったんでしょう。この女医がどうだったかはしらないけど、女は勉強しなくてもいい、主義の旦那を持つ、死ぬ程勉強したであろう自分。鈍感な人なら知らないけど、この女医は自分の、勉強を頑張って青春の一部を確実に費やしてきたものを愛する(?)人に認めてもらってないような感覚を感じなかったのだろうか、、、。あ。おばちゃんの井戸端会議の域をでないことをかいても、揚げ足を取られるだけでしょうか。。微妙に近い位置にいて、そういう似たような、コンプレックスや、狂気?低いモラル、勘違いやろう、不倫する女医の痛々しい心理、、みたいなのを、まあ、本人サイドからきいたことがないわけではない環境にあるので、、、。ちょっと書きすぎたかもしれません。ああ。ね、、、、。本を読んだら印象がまったくかわるかもしれませんが、これは、今の私の印象。じっくり、新聞記事等をきっちり手に入るだけ全部、追って読んだすえの考えではないので、(他の少年事件とは違う印象。少年が痛々しくて。)そして、今まで目を背けていたのに、感想だけが、私の中に出来上がっているので、真相を知りたいと思い、(もし誤解なら誤解したままにするのもどうかと思ったので。)本を読んでみることにしました。この本についていくつかブログを見てみたけど、”売らんかな”で、題名を決めてるだの、本としての感想が多かったのでそのてんについていうと、草薙さんのブログにもあるように、部分ではなく、全体をみて、この事件を知って欲しい。という意味だけだとおもう。出版されなかったら、売れなかったら(読まれなかったら)ほんっと、伝わらないんですもん。売らんかなで、どこが悪い?http://diary.fc2.com/cgi-sys/ed.cgi/cmedia/?Y=2003&M=10&D=29”「仮退院」速報!”という日記の”酒鬼薔薇聖斗事件のを取材の草薙厚子さんへのメッセージみたいな日記。ちょっと無断で引用させていただく。私もこのような点に注意して草薙さんの本を読んでみたいから。 法務省の元教官という経歴の草薙さんだが、暴力を去勢された出所後の少年たちに自傷癖の傾向が出てきているのが既に法務省で問題になっているのを御存じだろうか? つまり、暴力やサディズムそのものを否定してかかり、それがなくなるのを更生や完治の目標とするなら、元「少年A」は、自傷行為あるいは自殺へと導かれ、宅間守のような「死にたかったけど、死ねないから、死刑になろうと思って」再犯する可能性を高めてしまうのだ、ということに、草薙さんはお気付きでないらしい。 性的サデイズムも暴力も、それ自体は嗜好性であって、病気でもなんでもない。 それを表現や、殺人へと向かわせずに回収するために、アートや格闘技などのチャンスさえあるのが僕らの社会なのだという視点は抜け落ちている。 草薙さんはイラク戦争での発言を見る限り、非常にまっとうな方だと思われるのだけど、週刊誌の文体や編集方針に沿うような構成に甘んじていると、マッチョな文春体質に飲み込まれてしまうんじゃないか?草薙氏のコメントも聞いたことがないし、本を読む前の時点でつべこべいうのも自分としては同化と思うけど、言わせて欲しい。この方のブログを読もうという人は、私だけかもしれないけど(否そんなことはないでしょうね、実際。)、ある程度問題意識をもって訪れると思う。それで、”のほほん”事件簿という言葉を題名にされている感覚はどうかとおもう。めっちゃ、心が痛かったです。なんだか。草薙厚子の“のほほん”事件簿http://playlog.jp/atsukokusanagi/blog/私には、この事件について思い込んでいることがあるので、このブログで色々反対意見を言われても、いや、反対意見はいいけど、たしなめられても、そうですか、、、、。としか言えないかもしれないことをお断りしておきます。ま、とにかくまだ読んでないんですけど、このニュースから24時間以上立つ前にメモを書いておきたかったので。絶版、回収、出版差し止め、はないようなので、急ぐこともなかったんだけど。でも、調書を、しろうとが、こうやって、読むことができる、というのはどう言うことなのか、本を読んでみたい。ただ、不正に手に入れたのなら、気持ち悪い。しくみがちゃんとしてなさそうで。だけど、ジャーナリストで、そういうところをもどかしく思ってた人たちはどう思うんだろう、とか、しろうとが調書を、一人のジャーナリストに誘導されながら読むのはどういうことなんだろう、とか、いろんな読み方ができる本に、結果としてなっているのかなと期待して。いやいや。人がなくなってる話に、”期待”とか、前向きな言葉を使うのは、じぶんながら、嫌だ。亡くなった民香という女医は、私と同じ38歳で、亡くなったんだな、ということ。不倫で略奪結婚して。それと、この題名、悪くないと思います。今のところ(本を読む前)は。
2007年06月06日
コメント(2)
これだ。( ”想太郎の空間 / 鴨川デルタ (カモガワデルタ~二つの川が出会う場所~”より。) 名前とは関係ないがカモノハシの顔みたいだ。またまた関係ないけど新幹線にも似たものがあるけど。京大の理系の学部の雰囲気を垣間見ることができるのは、京大理系の研究室のバーベキューシーンでして、、。(森見、万城目、両作品によく出てくる京大生の習慣のひとつ。鴨川デルタでバーベキューなどをして遊ぶ。)黙っておこうかと思ってたけど、貼っておこう。京都大学大学院情報学研究科 数理工学専攻 最適化数理分野:Recreation.より。BBQ in 鴨川デルタ(動画あり。)
2007年06月05日
コメント(2)
![]()
あれ?あれあれあれれ?面白くないぞ?それが、、、じつはこれなんですな。この本は短編が集まって続いているんだけど、表題の1つ以外は書き下ろしのよう。表題の1つが、面白くない、、、。2つめは、まあ、よかったけど。作者御本人は、が文庫化された時、(これから先書くものについて?)これを超えたくない、とブログで懸れていたとおもう。そして、『夜は短し』が注目を集めた時だったかのインタビューだったか、「今までの作品の中で、一番好き」だったか『太陽の塔』よりも好き、だったかとおっしゃっていたと思う。なんだか、薄まった感じです。でも、広く受け入れられる形にはなったのかも。まだ、全部読んでない時点での感想でした。
2007年06月05日
コメント(0)
![]()
絵本玉虫厨子の物語玉虫の厨子、法隆寺、飛鳥、聖徳太子。私が幼稚園の頃は、絵本で知っていたような気がする。たまむしのずし、という響きが、子どもだった私にはなんだか、すごく好きな雰囲気をもっていた。最近は学校で、童謡もあまり聴かないから、古い難しい言葉も、聴く機会が少ない。わたしたち(あ、一応30代です。)のときは、既に使わない難しい言葉でも、子どもの唄で聴く機会はあって、それは、中学高校と勉強をしていくうちに役立った気がするけど気のせい?子どもの合唱団が歌う唄が、こどもがちいさいころは嫌いで、聞かせたくなかったが、うちの両親が、遊びに行ったと清く聞かせてくれていたことを今になって感謝しているところ。玉虫が載っているみたい。↑玉虫厨子の絵本と同じ画家の作品?ついでに。小学生の頃、伝記の「ナイチンゲール」と同じ響きでそれぞれにきょうみをもったりしたおはなし。【内容情報】(「BOOK」データベースより)皇帝は、美しい歌声で鳴くナイチンゲールがお気に入り。ところが、機械仕掛けの美しい歌声で鳴く小鳥を贈られるとナイチンゲールのことなど忘れてしまいました。でも、重い病気になった皇帝を最後に救ったのは、ナイチンゲールでした。こういうの、あまりよまないでしょう。今の小学生。だからおすすめ。たまむしのずし、もそうだけど、音さえ知っていたら、後から興味が出た時いつでも調べられるし、初めて本物を見に行った時なんか、ハッとしたりする。おとなになったときに、サンマの内臓を珍味と感じられるように、子どもの頃から苦い内臓を、少しでも口にしておいて、味覚の訓練をするようなものだとおもうんだけどいかがでしょう?(^ー^)玉虫厨子 MSNエンカルタ百科事典ダイジェスト版
2007年06月04日
コメント(0)
![]()
というのは、村上春樹の『ノルウェイの森』ですが、も、実はそうでした。実は胸キュン小説なのでした。胸がきゅーっと押しつぶされそうになるほど、キュンとなる小説って、そう、ないですよ。手がほんわり、あったかくなりました。森見氏の特徴の1つとして、擬音がかわいい、というのがあります。いや、ただそれだけの話です。大事に守られて、健全に育ってきたんだなっていう印象がある。擬音が可愛い、むさ苦しいはずの高校生男子(実は賢い学校の生徒)、というのがいますけど、そういう子は、アニメオタクというかそういうのだったりする。だけど、そういうかんじともちがうんです。「もちぐま」というお気に入りのくまさんをきゅっと抱き締める。(というか、にぎる。)とか、見逃しそうなところに可愛いものが出てきたりします。『鴨川ホルモー』が(西)京都大学の青春なら、東の青春は(まだ読んでないけど、早稲田大学?)鴨川 ←→ 神田川 (象徴的な川の名前)ホルモー ←→ デイズ (カタカナ)ハイ、こじつけ~。『太陽の塔』の話ですが、本上まなみ好きですが、(森見氏が本上氏のファンで、この本の中の愛用の自転車は「まなみ号」という。)文庫本の解説は、解説から先に読まれることを意識してか、あまり好きじゃないです。っていうか、あまり良い解説とは思えなかった。本文を読み終わって解説をよむと、せっかく、いい感じに胸が一杯になっていたところが、しなしな~っと成りかねませんので御注意。解説も期待して購入したので、期待のし過ぎ、ということもあったにはせよ、本文をいみなく引用し過ぎましたね、みたいなかんじでした。予算の関係で先に『ホルモー』を読んだ私でしたが、(そのとき、本、1冊分のお金しかもってなくて、森見氏の本は続けて読みたかったのでまとめ買いしたかった。)万城目氏の2冊を先に読まれて、続けて森見氏の本を読まれる方は、(万城目作品は、わくわくどきどき、展開が早い。)いきなりわたしのように、『四畳半大系』にいかれると、なんだか、速度が違い過ぎますので、まったくちがう、怪談、百物語ふうの、『きつねのはなし』にいかれることをおすすめします。『四畳半』は、4月にここのブームだった、『おとうさんがいっぱい』の、部屋から抜け出ることができない話そっくりです。そっくりだけど、ちがうんですけどね。あー。この感じ、すごくわかる。大学生の時に体験した感じ。なーんて、すごく、自己の内面をまさぐる読書が出来ます。森見氏の本は。そして、散歩もしたくなる。『ホルモー』→『鹿男あをによし』(この本のカバーの見返しは、本文引用文じゃないので、読まれますように。)→『きつねのはなし』→『四畳半』→『太陽の塔』→『乙女』というのはいかがでしょう。私のお勧めの順番です。私は間に、森見氏のブログも入れます。それから、『神田川デイズ』(NHK「プロフェッショナル」で、装丁家の話があっていたので購入。この作者の底辺女子高生の話は本屋で気になったけど、私は、生意気というか、いうのが恥ずかしいんですが、もう、めちゃめちゃ賢い学生が好きなので、好き好んで、勉強関係でどうしようもないところでもがいている人の話はあまり興味がなくて、手に取らなかった、本を書いた人の本でした。)を読むつもりです。そうそう、ここには久々の登場ですが、です。新作が出ています。期待しています。というのは、2冊目、期待されて書いて、焦ったのか、やりかたをまちがったのか、看護師という存在に、媚び過ぎて、読者としてはしらけちゃうんです。超能力がつかえる看護師がでてくるんですよ、、、。(脱力)読者は、1作目の、超リアル感(ドキュメンタリーみたいな本物のリアルじゃなくて、”スーパーリアル”というか、ね。)が良かったのに、「ああ、そうですか、、。先生も大変ですね。(他人事。疎外感、そのたetc)」みたいなかんじというか。超能力、結構。だけど、実際の現場で、医者が看護婦に媚びてるくさみが、文章にまで出ている簡易というか、そういうなんか、へんな汁が出ていて、そういうの、いいですって。結構です。いりません。と、かかってくる、マンションいりませんか電話にきっぱりとおことわりもうしあげる奥さん、みたいなたいどをとりたくなってしまうんです、、。3作目は、番外編で、1、2作で、謎の存在として出てくる、(2作目だけだったかな?)頭の切れる女性がいよいよ登場するらしいんですが、もう、4冊目まで手元にあるんですが、2冊目のがっかり感、うんざりかんが、尾を弾いていてまだ読んでいません。託さん他に読みたい本はあるし。だけど、この作者にも、かなり期待感があるので、ぜひ、復活していてもらいたい期待を込めて、近々読みたい本のリストには入っています。1作目が良過ぎて(題名の音も、すごくいいです。”チーム・バチスタ”この、語感、3つのパーツにわけても語感がそれぞれよく、組み合わせもすごくいい。バチスタって、人の名前なんですけどね。”の””栄光”も、すごく言葉としていい)、2作目に苦しみ、ずどーンと落としてしまって、読者が離れる作家、、、。という、私の中では危うい評価のままとまっているので、これも早く読みたい本ですのヨ。図書館警察とか、図書館、書店の探偵とか、(図書館警察は古くは(1996年翻訳)スティーヴン・キングですね。)なんとか先生お勧めのとか、うんもう、読みたい候補は多々あります。そうそう、先日、本がなだれを起こしていましたわ。私は家の中や本をびしーット整理するのが好きなんですが、近々読みたい本だけは押し入れの中に積み上げているんです。そういう、未整理な感じが、早く読め!と、即してくれるので。だから、そこには定住させるようには置いてないんですよ、本を。その未整理な感じを演出された大きさもさまざまな本が、本来以上積み上がりすぎ、なだれを起こした、と、こういうわけです。チャオ。
2007年06月03日
コメント(0)
http://www.mogarinomori.com/もがりの森カンヌで賞をとってます。森が凄くて。ストーリー的に観ないかもしれないけど。もがりとは喪・仮かな、、。
2007年06月02日
コメント(0)
![]()
男子のも作って欲しいなあ、、。楽天で、森伸之の制服世界に浸ってみる。私は自分の受験生時代は、行きたい学校の制服を何度も何度も書いた記憶がある。そうして、この制服を着るんだ~、と、イメージトレーニングした。私が行った学校は制服がべらぼうに可愛い学校でしたので、、。しかも、バッチは2つ。それや刺繍が至る所に。
2007年06月01日
コメント(0)
全27件 (27件中 1-27件目)
1

![]()
![]()