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保育園、最後の日。園長せんせいや保育士さん方と、在園の保護者たちに見送られて帰ってきた。あんまり長居してしまうと涙にくれてしまいそうだったので、ひたすら笑いながら手を振って、そそくさと帰ってきてしまった。なにげに傘で顔を隠しながら。保育士さんたちは口々に、「トマトちゃん(0歳児クラス)で待ってるからね!」と声をかけてくれる。3人目がほしいと思うことは滅多にないけれど(今の子ども二人の生活で十分楽しいからネ)、でも、この保育園でまたあと6年過ごせるかと思うと、そのためだけにでもまた産もうか、なんてアホなことを一瞬考えてしまった。(そりゃ、やばいっす。)考えてみたら、育児という面以外にも、私は保育園にずいぶん支えられてきている。何かつらいことがあっても、保育園に行けばいつも必ず、子どもたちや保育士さんたちの笑顔や、子ども同士の笑えるやりとりがあるし。仕事でクタクタに疲れて夕方迎えに行ったとしても、保護者仲間の「お疲れさま☆」の声や、子どもネタでの大笑いに、疲れも吹っ飛んだものだ。ま、これからはこれからで、学童も学校もあるし、それも楽しみなんですが。以前園長せんせいに、「10年間、親子共々育ててもらっちゃいました。」と言うと、「保育園のほうも、保護者の皆さんと子どもたちに育ててもらってるんですよ。」とおっしゃったことがある。考えてみたら、新米だった保育士さん方が日々成長して行く過程も、親である自分自身と子どもの成長とともに、10年間、見せていただきました。息子を5年間担任してくれていた若い保育士さんは、初めての担任で子どもたちを卒園させて後、6月にご結婚されるのですが(仕事は続けられますが)、とくに最後の1年間のクラス運営はすばらしく(そりゃいろいろあっただろうけど)、さすがプロ!!!と、うなるような、いいクラスだった。何よりも子どもたちの表情がそれを物語っていました。ありがたいことです。私たちといっしょに育ってきたというその保育園も、今年創立30年目らしい。私は入園して10年目だったので、考えてみたら、この保育園の3分の1をいっしょに過ごしてきたことになりますね。こりゃ、泣いたっていいわ。泣きたいだけ泣こう。また瓜生山に遊びにくるよ。
2006.03.28

ひいじが寝ていた居間がガランとして、さみしい。あっという間に、保育園もいよいよ明日までに。なかなか言葉が出てこないくらい、感慨深い。写真は、これもまた、たくさんの思い出の中の1つ。2年前、園の周りに生えていた10本ほどの桜の木が、となりの病院の工事で突然切り倒された。20年近く保育園に通う人たちを見守っててくれた桜の木だった。親たちで病院に交渉して譲り受け、なんとか命を吹き込めないかと2年間にわたって工夫を重ねた中の1つの作品。まずは木の皮を使って、保護者たちと子どもたちでいっしょに草木染めにした。園児100人分のTシャツも染め、進級のお祝いにした。花を咲かせるのを待って色素をその幹に蓄えていた木の皮から染まった、淡い桜色のきれいだったこと・・・木の皮からはほかにも、燻製も作った。写真の遊具は、予算がなくてなかなかできなかったのが、去年私が企画させてもらったこのお祭りの収益を使って、この冬ようやくできあがったもの。それらの作品が生み出されるまでには、病院や園側とのやりとりから始まって、みんなで悩み、工夫し、協力した課程があった。こういう思い出を書き出すと、ホントきりがないのですが。いろんな人たちがいっしょに子育てする場だった。なんのことはない、地域の保育園です。価値観も、世代も、趣味も、好みも、みんな違う人たちが、手をとり合って子どもを育てる場だった。保護者会の問題が解決せずに、夜中の2時、3時まで役員会で話し合ったこともある。みんな似たもの同士のユートピアじゃないからこそ、学んだことの中に、価値がある。泣いたこともあった。大笑いしたこともいっぱい。子どものことで、いっしょに泣いてくれた保育士さんたち。 保護者たち。いっしょに笑いまくった保育士さんたち。 保護者たち。赤ちゃんのときから見てきた子どもたちはみ~んな、かわいい!卒園式のあとに、謝恩会といって、親たちが保育士さんたちを招待するパーティーがあるんですが、その会場では、子どもたちが代わる代わる、自分の親以外のいろんな保護者たち、保育士さんたちの膝に座りまくっては、遊んでいた。そう、この子たちはこんなふうに安心して甘えられる、たくさんの大人たちに囲まれていたんだなぁ。とあらためて。10年間出会ってきた親たちは、「子育てで重要なのは、子どもと一緒にいる時間の長さでは決してなく、子どもと一緒にいる時間の質なのだ」ということを十分に教えてくれた。保護者たち作成のビデオや文集は力作!最高の出来です。ビデオは1年間を通して親たちがかわるがわる保育に参加したりして、撮った映像を編集したものです。出てくる子どもたちの顔の輝きようったら、ない。決して仲間内のユートピアではなく、凹凸いろ~~~んな人が手をつなぎ合って子どもを育てるという、このかんじ。このかんじを教えてくれた保育園に、ありがとう。そういう中で子育てできたことに、本当に、感謝しています。そう、《このかんじ》を、忘れずに、これからも、自分のそのとき居る場所で、それを作っていけたらうれしいな。おばあちゃんになるまで。
2006.03.27
ひいじが帰っていきました。やっぱり、はにかんだ笑顔を残して。京都駅で高速バスに乗り込むと、さっそく周りの乗客の方たちに人なつこく話しかけ、ひ孫の写真をしきりに見せようとするひいじ。。。「また秋に来てね!」とひ孫たち。今回のひいじは、去年に比べて元気に見えたのが、私もうれしかった。身体の衰えに合わせて疲れやすくなったり、できることが少なくなったりすることに、ひいじ自身が慣れてきてるのがあるのかもしれない。いつも、身体の声を聴きながら動いているのがわかる。もちろん、子どもたちがいるのもうれしいだろうけど、それだけではなく、●畑に行けば、人がいる。●歩いていける距離に食堂があって、自分の食べたいものが食べられる。この2つがひいじが京都に来たがる大きな理由だというのもわかった。京都のお年寄りたちは、70歳以上は市バスが無料なのを利用して、1日中好きなところへ歩き回って生活しているのを知り、とっっっってもうらやましそうな顔をしていた。うちの近所の畑にいるおじいさんたちも、すごく遠くからバスを乗り継いで来ている。「車の運転ができなくなったら、へえおしまいだ。」が口癖のひいじ。ひいじの弟が自殺したのも、車の免許の更新がしてもらえなくなったその直後だったらしい。うちの田舎で、歩いて行ける距離のお店はおそらくすべてつぶれてしまった。田舎のお年寄りの足がわりになる何かのシステムがほしい。そんなことを痛切に感じています。
2006.03.26
ひいじのいる暮らしも明日までです。今日はくるくる寿司に行きました。子どもたちがようやくこれから春休みになるというのに、ひいじは山梨の畑でトウモロコシの種まきがあるので、「もう帰るじゃん」とのこと(笑)。おかげで、畑はすばらしく立派になった!ひいじはとなりの畑のおじいさんたちに親切にしていただいて、楽しい時間を過ごしているようです。よかった。そんな中、新しい顧問先さんも出来て(これまたおもしろい会社☆)、私は、くるくる回る毎日。。。今日は、こないだ途中まで書いた分があるので、それを。 ・・・考えてみたら、子どものいる暮らしというのは、ギアチェンジの技が必要だなぁとしみじみ。上の娘のときの保育園の先輩お母さんで、私がすごくなかよくさせていただいた人がいるのですが(美しい人。)、その人は3児の母で、今はフェアトレード会社の社長さん。(私も以前勤めていた会社。)彼女を見ていていつもすごいな~と思ったのは、ギアチェンジというかモードの切り替えのあざやかさ。子どもの前では、子どもの時間。 それはそれは、ゆっくりな時間。仕事のときは、頭の切れる、すばやい判断と動き。保育園の保護者会などでは、ホントにくだけた、「まぬけさ全開!」ともいえるキャラクターで、場を和ませ、笑いを呼び。彼女がいるだけで、みんな肩がほぐれる。そのギアチェンジの仕方もまったく無理がなく、自然に身についたものだと思えた。仕事もとなり合わせで働き、保育園もいっしょでいつも車に乗せてもらっていた私が、「すごいなー、私にはとてもマネでけへんわ。」などとつぶやくと、「CoCoちゃん、こういうのは、とにかく『慣れ』やで。数こなしていくことや。」と一言。それは、彼女が大学までやっていたスポーツのチーム運営&プレイで培ったものかもしれない。自分のやりたいこととキャラと立場と役割とを知り、いつも淡々とやっていた。「責任を負うのが嫌で逃れる」ということをまったくしない人だった。その後、彼女は、働きながら学校のPTAの会長を何期もやり、校庭の木の枝の上に子どもたちとツリーハウスを建て、地域の人たちといっしょに地域の里山マップを作り・・・と「仕事に地域に家庭に」とか分けてられないほど、しなやかに楽しんでいた。今思い出すと赤面しちゃうような若い甘ちゃんだった私を、育ててくれたなぁ。やさしい人で。誰もが彼女のようにはなれないかもしれないが、彼女のようにやりたいこと・チームの中でやるべきことに、前向きに淡々と取り組めるようになりたいものだと、私もずいぶん励まされてきてます。彼女の子どもを見る眼差しのやさしさは、今でも時々思い出す。その彼女があるとき、落ち着いた声で、「自分の子育てに、100%『これでいいんや。』なんて思えたことは1度だってないで。」3人の子どもたちはそれぞれ、めっっっちゃいい子たちだったし、当時24歳新米ママだった私は、この言葉に、一瞬「え?」と思った。でも、彼女の言葉と口調に、しみじみ、その子たちは本当に幸せだと感じたのでした。なんというか、どんなにいい(と思われる)育児をしたいと思っても、「親の出来ることはたかがしれている」という事実をよ~く知り、受け入れた上で、だからといって割り切るのでもなく、自分自身を大事にしつつ、どこまでも子どもを見つめようとする姿勢が感じられたからだった。たとえば、「私は自然の中で、平和に、こ~~~~んなステキな育児をしています!!!」とかいう話よりも、ずっと説得力があった。10年間いた保育園で、彼女といっしょに過ごしたのは、保育園生活前半の5年間。ほかにもいっぱいの数え切れないほどの保育園での思い出話を書き出したら、100日分くらいの日記になってしまうのですが、(だめだ。 こう書いただけでも涙が。)大切な思い出の中の1つを、書いてみました。
2006.03.25
今日は、ひいじと畑仕事。 畑で食べたら、おいしいねぇ~~~。
2006.03.21
山梨からひいじがやってきた。突然、電話がかかってきたのは、ついこないだの土曜日。耳が遠いひいじから電話がかかってくることは滅多にないから、びっくりした。「京都へ行ってもいいか?」「いいけど、また、どうして?」これが最後かと思っていたひいじの前回の来京は、ちょうど1年前の桜が咲く直前だった。そのとき、あまりにもひいじの身体の動きが大変そうな様子から、もう次に京都へは来るのはしんどいだろうと思っていたので、あえて私からも「おいでよ」とは言わないようにしていた。なので、まさかの電話だった。「脳みそが腐っちもう。」ひいじはそう言ったきり、何も言わなくなった。心配になって母に急いで電話してみると、「たぶん、昼間誰にも会えないから、さみしいんじゃないかな・・・。」とのこと。母は定年間近の管理職なので、帰りも遅いのです。こないだ知人と一緒に、琵琶湖のそばの温泉に行ったのですが、そこの露天風呂で話したおばあさんも、「この温泉に来ないと、1日中誰とも会えないで終わっちゃうんですよ。」と話していたっけ。。。田舎のお年寄りの鬱が多いようです。ひいじの弟の大叔父が、鬱で自殺したのは、去年。ひいじには、そのこともつらいのだと思う。 ・ ・ ・何はともあれ、ひいじはまた、元気にやって来てくれました。はるばる京都まで。今回は、前回みたいに高速バスでのハプニングもなかったみたいで、ほっ。子どもたちも、ひいじとの暮らしがまるで当たり前のようにスタート。考えてみると、近所には私の友人宅の赤ちゃん。。。うちには85歳のひいじがいるし、「年寄りと赤ちゃんのいる暮らし」になっている。ああ、うれしい。うちの子たちはなんて、恵まれているんだろう。思わず、目がほころんでしまうのでした。明日から、目が回るような生活がまた始まりますが、楽しませてもらおうと思います。田舎から、こんなに遠く離れた都会まで訪ねてきてくれる祖父を持って、私は本当に幸せです。
2006.03.14

口にあてているのは、あらいぐまか、きつねか・・・なぜか、私の周りには、猟師の友人が何人かいる。みんなたしか20代(?)。(彼らは、京都の猟師会の平均年齢をぐっと下げたらしい。)きのうは、そのうちの一人の家に集まって、鹿肉で、ウインナー作り。11キロ の肉を、ひたすら手動のミルサーで、ミンチに。1台のミルサーに、3人がかりでエッコエッコ。子どもたちも、遊びながらも、ガンバリマシタ。11キロってすごい量だったけど、2分の1頭分にもならないとか。ミルサー3台で、総勢15人(?)で、昼の1時から夜8時すぎまでえっこらがんばって、おなかぺこぺこになって、みんなで、食べたカレーライスは、いのしし肉カレー。 うまかった! ・ ・ ・実は先日は、これに、豚さんと、アライグマと、アナグマが加わり、小麦粉をこねて、発酵させ、「鹿マン、いのししマン、豚まん、あらいぐマン、あなぐマンパーティー♪」こちらも、おいしかった~これはまだ、ミンチにする前です。 ↓
2006.03.06

いよいよ、10年間お世話になった保育園とのお別れが近づいていて、毎日迎えにいくたびに、こっそり涙ぐんでしまう。(なんだかな~... 大の大人が。と思いつつ。)でも10年間、私の育児と仕事と生活を支えてもらった場所でもあり、出会いの場所でもあり、子どもたちのとびきりの笑顔がある場所だから、泣くのだって、しかたない。( まあ、許して。) 子どもたちの遊び場・瓜生山へ入っていく道。
2006.03.03
ある顧問先の会社(クリエイティブ系)。私 :給与明細を入れる封筒の題字は、別に「給与」でなくてもいいですよ。社長さん :じゃあ、「今月のエサ代」でお願いします。ちなみにこの会社、冬期賞与の名称は、「一瞬金」・・・
2006.03.02
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