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昨日は子ども達がお世話になった保育園のバザーと,次男が通う中学校の文化活動発表会,今日は長女の小学校のバザーでした.今年はどこの手伝いもしなくて良いので,久しぶりにのんびりと見て回りました. で,買っちゃったんですよねえ.バザーでいろいろ.1000円のデジカメ(写るんだろうか?)とか,20円のドライバーセットとか一枚10円のレースのハンカチセットとか.ごちゃごちゃしたガラクタたちをどっちゃりと. 先週から,長らく放置していた作りかけのドールハウスを一気に仕上げちゃおうという気になっているもので,ハウスに使えそうなガラクタが見つかると嬉しくて,ついつい暴走してしまったというわけです. その上,帰宅してから,長男が文房具屋と100均ショップに連れて行けなんて言うもんだから,ついついまたまた,ガラクタ雑貨に手が伸びてしまいました. 紙袋5個ものガラクタたち.上手くハウス製作に役立ってくれると宜しいのですが. こんなことやってるから,片付かないのですよ.それでなくても,キッチンと洗濯室で最低の洗い物をする以外はずっと作業コーナーにひきこもってて,家事なんてほったらかしにしてるというのに.限界近く散らかっていたLDなんて,さっき子ども達3人で掃除してましたしね(まあ,私はこのところ,LDではほとんど時間を過ごしていなかったんだものね.散らかした子ども達が掃除するのは当然ですよね?でも,まったくブーイングしていない彼らには感謝感謝.バイクで遊び歩いて帰ってこない夫にも感謝.). こんなにシアワセでいいのかしらん?ちょっとばかり怖かったりして.
2003.10.26
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私たちの住まいは,モト病院だった鉄筋コンクリートの3階です.ここは,看護婦寮でした.2階は,入院病棟でしたが,現在は母が使用しています.たくさんあるモト病室の部屋たちを,母は散らかし放題にしています.ざっと数え上げても,来客用の部屋.遊びに来たヒトを泊める部屋.事務関係のモノを放り込む部屋.病院の備品を保管する部屋(医療関係の廃棄品は,専門の業者に頼まなければならないのですが,かなり費用がかかりそうな上に,肝心の業者が近くにいないので,空しく保管しています.).母の実家にあった骨董品の部屋(状態が悪くて,ゴミ同然のガラクタばかりですが,母にとっては大事なお宝だそうです.).画材や額の部屋.作品を置いておく部屋.着なくなった古着の部屋.着ることのある現役衣類の部屋.版画教室を開く部屋.仮眠する部屋.などなど. ADHDの母が,片付けを気にせずに創作とボランティアの活動に没頭できるのは,これらの膨大なスペースを一人で使えるおかげだと思います.その中でもとりわけ凄まじいのは,何でも放り込んでおく部屋です.いわゆる物置なわけですが,おそらくは無いモノは無いのではないかと思うほど,雑多なモノが放り込まれています. さて,もうすぐ小学校のバザーがあるので,フリーマーケットに出品するものを地域のPTA役員さんが集め始めました.自分が役員の年には,他人様のところから品物を集めて運ぶのに忙殺されてしまい自分のところどころではないのですが,今年は久しぶりに役員ではないのです.まさに数年に一度の好機到来です.気合いを入れて,母の物置のドアを開けました.今回は紙袋を主力放出品と決めてあります.フリーマーケットで品物を購入していただいた方に渡すために丈夫な紙袋は需要が高いのです. 手当たり次第に紙袋の状態をチェックして,バザーに出すモノと捨てるモノに仕分けしていきました.リサイクルに出すプラスチック素材の袋や包装紙ももちろんごちゃ混ぜに放り込んでありましたから,それらもどんどん分けてやりました.約3時間作業して,部屋の3分の1位がすっきりし,大きなダンボール一杯のキレイな紙袋をバザー用に,その4倍のボロボロの紙袋および包装紙,プラ素材の包装材をリサイクルゴミに出せるようにしました. 徹底的に片付けるには,更に6,7時間かかりそうでしたし,挙げ句に「思い切って全部処分しちゃうと,その直ぐ後で紙袋や包装紙が必要になって,後悔する.」というのが,昔からの母の口癖だったので,これでお終いにしました.まだ奥の方に10年分くらいの紙袋が残っているし,またすぐに新しいのが溜まるだろうから,母が死ぬまで不自由はしないはずだと言ったら,苦笑いしていました.本当のところは,紙袋の在庫なんて大中小各4,5枚もあれば十分だろうと思います(百円ショップやホームセンターで紙袋を買ったところで数百円ですものね.). とにかく,本日の片付け作業は達成感がありました.自分の本当の居住空間は,全然変わっていないのですがね.
2003.10.12
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国民健康保険から,レセプト(診療報酬請求書)が戻ってきて私の褥瘡についての考え方を問いたいということでした. 近年,高分子化学の分野で開発された皮膚欠損部被覆材料というのを,ある患者様の褥瘡治療で使いすぎているというのです.この被覆材料は,これまでのガーゼとは比較にならない非常に優秀な材料 であると同時に,1平方センチメートル16円という高価な材料ですから,健康保険の適用については厳しい制限があります. でも,実際には制限内では中等症以上の褥瘡を治癒させることは困難なのは明かで,制限を越えた材料の使用は医療機関の赤字とならざるをえません.有り体に言えば,難治性の褥瘡は切り捨てて放置するようにと,健康保険に強要されているようなものです. 私が現在勤務している病院の褥瘡専任医を引き受ける際に,病院が経営危機に陥らない程度ならば被覆材料は制限を越えて使用しても良いということにしてもらいました.レセプトには,実際の使用量をそのまま書くのではなく,請求してもよい21日分しか書かないことになっていたのですが,事務の方で足し算を間違えて22日分を書いてしまったので,上記の問い合わせがあったというわけなのです. 難治性の褥瘡に苦しむ患者様やご家族は闘病と介護問題だけで精一杯の社会的弱者だというのに,更に追い打ちをかけるように必要な治療を健保適用から切り捨てられ,篤志家の院長が経営する医療機関に当たるかどうかで運命が決まってしまいます.まあ,帳簿を見ているときにはシビアなことを言っていても,実際に現場で患者様を目の前にしたら,算盤の弾き方を忘却してしまうのが大方の普通のお医者さんだったりするのですが.でも,そんなボランティア精神だけをあてにして,我が国の医療政策を展開されたら,良心的な医療機関から順に倒産してしまうでしょうけれどね(実際,良心的だけれど経営センスはいまいちという開業医はどんどん廃業していますね.).以下,国保に宛てた私の作文です.『この患者様は,脊髄損傷のため寝たきりとなり在宅療養中でしたが,著明な貧血と低蛋白血症,電解質失調に陥って全身状態が悪化し,これに伴って年余に渡って難治性だった仙骨部の褥瘡が急激に深く大きくなってしまった方です. 入院当初の褥瘡は皮膚欠損部分だけで80cm2を越えており,仙骨が露出する寸前の深く大きな欠損部内には,黒色壊死部,黄色壊死部,肉芽増生部が混在しておりました.壊死部には被覆材を用いずに創傷処置を行い,輸血も含めた栄養状態改善の努力,壊死部の物理的および化学的デプリードマン,新しく購入した最新型の体圧分散マットレスを中心とした除圧努力といった治療を行っておりました.3月上旬には,ハサミで除ききれなかったポケット奥の黄色壊死部もすべて溶解されて,ようやく全体が赤色期の状態にいたりました.この時点で様々な深度の部分が連続して70cm2近く拡がっている褥瘡全体に被覆材を数回用いました.この処置により,比較的浅い部分の状態が良くなりましたので,以後は中央の特に深い部分に20cm2の被覆材を用い,更に開口部が縮小してポケットの底に肉芽が増生して内腔が小さくなるにしたがい9cm2の被覆材を用いました.島状に残っていたいくつかのやや深い部分にも,それぞれの大きさに合わせた4cm2から8cm2の被覆材を用いておりましたが,これらの分は主な使用に当たらないので算定できないとスタッフに話してありましたので,レセプトには記載されておりません.また,レセプト上は被覆材を用いずに創傷処置を行ったことがあるような印象の記載になっておりますが,実際には被覆材を用いずに処置を行ったことは殆どなく,処置そのものも1日に3回,4回と行わないと大量の滲出液に対応しきれなかったのですが,その分もレセプトには記載しても算定できないであろうことを病棟スタッフに伝えましたので,やはり記載はされておりません.それでも,最も深く大きい部分についての実際の使用状況が一部そのまま算定されてしまい,限定期間の3週間を越えるレセプトをさしあげてしまったのは,病棟スタッフから事務担当者への連絡に不備があったためで,ご迷惑をおかけしました. 尚,瀕死の状態で入院されたこの患者様は,危機を脱することができました.入院経過を振り返りますと,褥瘡については黒色期でDESIGN SCORE=21点だったものが,4月中旬には赤色期でDESIGN SCORE=9点にまで改善いたしました.但し,この後被覆材を用いない処置を試みましたところ,折角の肉芽増生が抑制されてしまい再び皮膚欠損部が拡大しはじめて,退院時には良好となってきていた全身状態にもかかわらず,褥瘡はDESIGN SCORE=13点に悪化してしまいました.最後に被覆材を使い惜しみしたことが,医師として遺憾この上ない結果を招いてしまいました. 現代の高分子化学の技術が生み出した各種の被覆材の有用さには,非常に驚かされておりますが,現実には今回のような深く大きな褥瘡をわずか3週間で治癒せしめたというような症例報告を見たことはありません.また,線維芽細胞が分裂して線維細胞に成熟するのに要する期間を考えても500cm3を越える体積の肉芽増生反応が3週間で起こるはずもありません.現行の算定制限では,ごく浅い軽症の褥瘡以外は折角の被覆材の恩恵に浴することが難しいのは言わずもがなのことです. けれども,ヒトとヒトの信頼関係で動いている医療の現場では,重症の褥瘡が被覆材の使用でやっと改善しかけてくれば,杓子定規に使用を中止するわけにはいかないのです.また社会的にも長期的観点に立てば,有効な治療法を放棄して重症の褥瘡を難治性のままにしておくことは,膨大な費用と労力の損失につながるものであることも明かです.』
2003.10.09
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住民運動会の日曜日.ワタシが寝ている間に花火が上がったそうで,子ども達ははりきって出かけました.なんせ,町内会から弁当・おやつが出て,缶ジュースはのみ放題で,終了後は打ち上げパーティまであるんですから,殆どお祭りですもの.夫は日直です. だあれもいなくなった8時過ぎ,のこのことベッドから這い出しました.まずは,荒れ放題のベッドルームを掃除.と言っても,リネン類を交換してホコリを全部床に落としたら,あとは2台のロボモップ君たちにおまかせしました.ベッド下のホコリも面白いほどよく除かれていきました.次はLDKです.チャンネル権も一人なら当然独占ですから,滅多にゆっくり見られないマーサ・スチュワート・リビングも見放題,聴き放題です.ルンルン気分で洗い物.食器は食洗機に放り込んでスイッチオン.コマーシャルの合間に洗濯室(キッチン奥に隣接しています.その奥がトイレと浴室です.)に駆け込んで,夕べ回しておいた洗濯機の中身を乾かそうとしました. あれ?なんだか湿っぽい?すすぎと脱水のみのコースをもう一回やろうかとスイッチを押しました.間もなく異常を知らせるアラームが????? なんやらかんやらで,どうも排水がうまくいかないみたいです.洗濯物は隣りの洗濯機に移動して(そう,ウチはここに3台の洗濯機を並べています.)排水孔をカバーする部品を外してみたら,おお~!( ゚_゚;) 見事なまでのドロドロヘドロが,ぎっしりとつまっていました.うん,この部品が外れることなんてことも,5,6年も忘れていたような気がします.この洗濯機は性能が良いので,3台の中でもメインに酷使していますから,ヘドロの溜まり方もすごいことになったのでしょう.キッチンに戻り焼き鳥の竹串を持ってきました.細かい凹凸にめりこんでいるヘドロをほじくり出しました.でも,やはり排水は順調にいきません.配水管の奥までヘドロドロドロ状態なのでしょう.洗濯機の洗濯槽を掃除するための洗剤というのを,以前生協で買って置いてホントによかったなあ.しかも,それがたまたまわかりやすい場所にあってよかったなあと,しみじみ思いながら,洗浄開始.説明書どおりにいくならば,あと2時間くらいでキレイになってくれるかなあ?でも,ここまでひどくなる前に,洗浄することを前提にしているでしょうから,手遅れでダメかも?もし,排水の調子が治らなかったら,修理屋さんに来てもらわなきゃならないかしら?明日はシャガール展に行くつもりだったのになあ.うまく時間の調整がつくかなあ?あーあ,面倒くさい. 医者としてコウソクされている時間は,とってもヒマなんですけれど,主婦&母をしている時間は能力の無さが災いして,やたらと忙しいなあと,この頃疲れちゃっています.
2003.10.05
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紙風船 黒田三郎 落ちてきたら 今度は もっと高く もっともっと高く 何度でも 打ち上げよう 美しい 願いごとのように 本日の外来,自称エッセイストの82才女性.入居している老人ホームで押し絵教室に参加されています.可愛い女の子が紙風船を打ち上げている作品を持ってきて下さいました.診察室の壁にかけて眺めながら,余白に上記の「紙風船」の詩を書き込んだらどうかなと提案したところ,「だめよ.そんな平凡な発想!ツマラナイ!修行不足ね.センセイ.」と却下されてしまいました.居合わせた看護師さん(63才)も同意見で白眼視です.2人ともσ(^^) ワ・タ・シ?が即興で作った詩だと思っての酷評みたいでした. 高校のとき国語の授業で暗誦させられたいくつかの詩のひとつ(今にして思うと,何でも暗誦させるのが好きな先生だったような.方丈記も徒然草も枕草子も源氏,伊勢,竹取,平家物語も漱石鴎外も冒頭部分を暗誦させられましたもんね.)で,その後「赤い鳥」が曲をつけて歌ったCMソングもヒットした「紙風船」は,ワタシにとっては有名な詩で,口ずさむたびにほのぼのした心地よさが胸の中にふくらんでくるお気に入りなのですが,ちょっと上の世代の感性では陳腐な代物ということのようです. これは,ちょっとしたカルチャーショックでしたね.ほんの20~40才しか年が違わないのに,心の風景を形作るモノはかなり違ってしまっているということですもの.同じ社会で同時代を生きる以上は,こんなわずかな年齢差で感性の共通項が乏しいというのはヨロシクない気がします.明治維新以降の日本の社会のめまぐるしい変遷を考えれば,起こるべくして起こっている現象なのかもしれませんが. そういえば,子ども達の国語の教科書を見せて貰うと,私たちの時代と共通なのは太宰治の「走れメロス」くらいでしたっけ.ワタシも何十年かしたら,若い人たちの感性が理解できなくなっちゃう素地は十分みたいです.今のところは,子ども達に勧められるマンガや音楽の大半はアクセプトできますし,いっしょにプレステのゲームをしたりなんぞがけっこう楽しいのですが,そういうことが楽しくなくなってきたら,やはり老人ホームに入った方がHAPPYということなのかしらん?
2003.10.01
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