日々始まり
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
コノハナサクヤ姫【よろしくお願いします。優越感、劣等感が教育などで付けられていく性質のものであり、人の本質で持つ感覚でないのであれば、その感情は本来、人が生み出す感情ではないとなります。それにも関わらず、快、不快は、感覚として人が持つものであり、それを想起させる優越感などは、いい材料になります。驕りを持った時、人は落ちるといいますが、驕りは人を選別するものだとすれば、感情とは、人を選別するものだといえるのでしょうか。】ほほほ、感情を抱くのは人だけではないにしろ、人の特徴のひとつよの。他人と比べ抱くのが、優劣という感情じゃ。本来、比べてそこに優劣などはあるまい、無理やり比べる故に、抱く思いじゃ。一つを無理やり、はがす故に抱く思いということじゃ。人の社会の仕組みは、そのはがすことで成り立つともいえよう。元々、何もない所に、何かを生み出すこと、創造ともいえようが、優劣も同じもの、生み出すには、はがすように、二つに分けておるということじゃ。二つに分かれたものが、人の本質ではないとは言えぬよの。創造と申したであろう、本質とは創造するものなのじゃ。感情とて創造される故に、あらゆる感情を抱くことができよう。人の社会は、そうして長い年月の間に、抱いたことのない感情を生み出すために続いてきたとも言えよう。その感情の良し悪しには無論、関係はない、善悪の感情もしかり、正義、悪の感情もしかりじゃ。だが、それでは人の本質は成長せぬ、創造が成長できぬということじゃ。あらゆる感情が創造可能とはいえ、二つにはがすだけの創造では、創造力も成長できぬ。粒子がぶつかり、消滅すると同時に光を放つように、消滅という過程を伴わぬ創造では限りがあるということじゃ。社会の停滞とはその限りが極まったということよの。極まれば、消滅することが、一つの創造の過程であることが自然の理となろう。【驕りは選別でしょうか。】驕りによって生み出すものはなんじゃ、それを考えればよいのじゃ。さらに優越を強めるだけじゃ。消滅もせず、創造もない、故に己の成長はそこで止まるのじゃ。止まれば、飛べぬ鳥のように、地に落ちるだけよの。成長とは、創造の力をつけるということじゃ。消滅させる力をつけることが成長と言えよう。社会はあらゆる感情を生み出す場じゃ。そこにはあらゆる感情と感情のぶつかりあいがあろう、それは消滅を誘い、あるものは消え、またあるものは生まれるのじゃ。ぶつかりあい、光を出さぬのであれば、まだ力は足りぬということよの。その機会は誰にでも平等にあるということじゃ。【ありがとうございます】
2012年08月15日