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昨日は朝から名古屋入り。明治との死闘を制し、名古屋駅で祝勝会、難波に戻ってきてまた祝勝会というように、一日酒にまみれていました。おかげというか、馬鹿騒ぎした祟りか、今だにのど元まで酒浸かり、胃薬と整腸剤のお世話になっております。なにごともほどほど、節度ある態度が大事というわけです。 しかしながら昨日は良かった。なんたって明治相手に黄金BKが相手の攻撃を必殺タックルでことごとく押しとどめ、ボールを貰ったら得意の必殺ステップでするする快走、結果が快勝ですからこたえられません。野球で言えば、前半の1点差で負けていたのを後半一気に逆転、あとは一方的に加点したという感じでしょうか。 それにしても今年の阪神の快進撃が関西元気印の契機となったようで、来年も元旦から関西が騒がしそうです。 というのも1日にはC大阪が天皇杯を競いますし、2日は大学ラグビーで同志社大が準決勝の優位な座ををかけて関東学院大と死闘を繰り広げ、3日はアメリカンフットボールで立命館大が社会人チームと日本一をかけて闘い、高校ラグビーでは啓光学園が三連覇の偉業に挑戦、大阪朝鮮高校も初陣ながらも快進撃というようにウインター球技界は関西勢の大活躍です。 日頃、あまりスポーツ観戦されない御仁はこの機会にぜひ観戦、応援してくださいね。
2003年12月29日
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同じ菩提寺檀家の老婆が亡くなり、今夜がお通夜で明日は告別式。私は町会役員兼寺院役員ということで朝からお手伝い。会計役として帳場一切を仕切ります。長い生涯を終えられました。 人の行事として「式」というのは節目としても大事な行事だと思うのです。結婚式、上棟式、そして人生最後の節目として告別式というように。 それにしても人の一生には誕生にはじまって死に至るまで様々な節目がありますよね。 この世での出来事は確かに運不運もありますが、多く運命はすべて自分の選択により決定されると思うのです。 以前作家の難波利三さんとお話ししたことがあり、そのとき難波さんが、「ボクは十年ごとに大きな節目があるんや。古い順に大病、結婚、作家という具合に」 言われてみれば私も十年間隔ぐらいで大きな節目がやってきます。難波氏はさらにその節目に至るあいだの精進や努力の度合いによって次の節目を冷静に見極め、乗り切れるんとちゃうかな、とおっしゃっていました。 昔のアメリカ映画に「ビッグウエンズデイ」という伝説の大波が来る日に備えて鍛錬するサーファーたちの映画がありましたが、来る節目を夢として待つぐらいの気持ちで日々努力をすることを大事だと思います。
2003年12月27日
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クリスマスイブが終わり、今年もいよいよ押し迫ってきました。 のんきな娘は東京ディズニーランド2泊3日とかで留守。末娘は高校受験で塾の追い込みとかで早朝から出かけました。業務のほうは年内片づくものはすべて片づけ、気分は迎春モードといいたいのですが、年越しの案件が数件、いずれも民事で依頼者の思惑通り長期戦に突入しそうな雰囲気です。 それにしても今日も好天で雨の心配はなさそうです。28日の日曜日は名古屋瑞穂ラグビー場で同志社大学VS明治大学、東西名門、復活をかけた宿命の対決。当日もこんな好天だったらいいんですが・・・。 先日より行っていたカレンダーを持参しての得意先回りも今日で終わります。花の写真がきれいなカレンダーで好評です。この日記の読者の方でご希望の方がございましたら、先着3名様に差し上げます。こぞって名乗りをあげてください。
2003年12月25日
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今年は喪中の知らせが少ないので嬉しいです。あれが多いとこちらまで気が滅入ってしまいます。 昨日は年賀状を整理していました。達筆な人ほど筆書きで、それがまた嫌味なほどうまく、こちらもそこそこの筆自慢ですが、気後れしながらの宛名書きほど居心地の悪いものはありません。 一年ぶりに賀状をひっくり返したりしながら氏名と住所の確認。ときおり何十年も会っていない人の賀状が出てきたら「元気かな?」と気になったりします。 そうだ、電話でもしてみるか! 相手の都合さえよければ再会もと夢想したりしますが、昔のままのほうが良い場合だってあるよね、と断念。特に大昔の元彼女などは可愛いままがいいですよ、やっぱり。 そこで八牧美喜子さんの一句、 「遠ざかる人と思ひつ賀状書く」
2003年12月24日
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政治や宗教の話はあまり好きじゃないし、いつもはしないのですが、たまには良いでしょ。 イラクのフセイン リビアのカダフィ キューバのカストロ 北朝鮮の金正日 ほかにもまだいると思いますが、いずれも乱暴な為政者としてつとに有名ですよね(笑) そもそも彼らにとって国家とは、国民とは何なのでしょうかね。いずれも政権の生い立ちは期待され熱望されたものだったかもしれませんが、長らく為政者である間に「イエスマン」の声しか聞かなくなってしまい、築いた地位の保全に拘ることのみ熱心で周囲が見えなくなっているのではないでしょうかね。反発する国民などはおそらくイジメの対象でしかないのでしょう。 乱暴な為政者といえば日本にもいろんな為政者がいました。特に戦国時代などはそうですよね。そして芭蕉は彼らのことを追憶するかのようにこう詠んでいます。 夏草や 兵どもが ゆめの跡 かつてこの地で幾多の争いがあった。しかし今はただ夏草がそよそよと揺れるばかりである。そうした風景をみて芭蕉は、兵どもがゆめの跡と詠んだんですね。 ゆめだったですね、戦国武将たちにとって、戦を繰り返したのは平和な世の中を築くという大きな夢があったからなんですよね。 この時代を語る歴史書の多くは、人殺しや領土を奪うことのみをクローズアップ、武将たちは殺人鬼のごとく描いていますが、実は違うのですね。人々が安心して生産活動に従事でき、平穏に暮らせる社会を作ることがこの時代の、みんなの夢だったんですよ。 武田信玄や上杉謙信、毛利元就も織田信長だって本当は平和主義者だったんです。そうでなかったら、民衆の協力や支持などは得られませんよ。夢を実現するために民衆は武器を手に戦ったんです。(秀吉が刀狩り令を出して兵農分離を押し進めるまで、農民=兵隊だったんです。農民は自らの所領を安堵してくれる(守ってくれる)為政者についたのです。ですからより有利で安全だと思えば、寝返りとかも平気でありましたし、卑怯でもなかったのです。この時代、為政者が変わるというのは自身の財産的基盤や身分まで変わることを意味しました。普通はそんなの誰も望まないでしょ。 そうしたことを考えながら現代の世界の乱暴為政者を眺めると、彼らにとって夢とは何なのでしょうか?と言いたくなりますね。夢のない不毛なところには民衆の悲惨しかないと思いますが、皆さんいかがなものでしょうか? いずれにしろ、さすがというか、やはり芭蕉翁はすごい洞察力観察力を持っておられたんだと思いますね。 昨日の大学ラグビー、我が同志社は怨敵帝京大学に完勝いましました。これもひとえに全国1億二千万のファンのおかげと小職とても気をよくしております。 来週の28日は名古屋(瑞穂競技場)で明治大学と、こちらも準決勝進出という大きな夢をかけて戦います。 なお同日は同郷の京都産業大学も出場します。名古屋近辺の方、どうか応援よろしくお願いいたします。 私? 紺とグレーのマフラーに同配色のネクタイを締め、スタンドからこぼれ落ちそうになりながら、大きな声で騒いでいます。会場で見かけましたら声ではなく肥えをかけてやって下さい。すぐにおとなしくなりますので。
2003年12月22日
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昨夜、悪友から電話、「今、○×で飲んどるんや」 声を聞いただけですぐに飲んでいることぐらいわかる。「今から出てこいや」 表は寒風が音を立てて吹いている。小便小僧までおしっこが出ないほど寒いのだ。「えっ、今から?」「そうやがな、明日やったら誰も呼ばん」「えらい寒いしなあ」「ふん、珍しい人に会わしたろうと思うたのに・・・・」「珍しい人?」「そうや、中学で一緒やったマル子ちゃんや。東京の、(どこやった?)・・・そうやそうや、板橋や板橋、そこへ嫁いだ子がこっちへ帰ってきてるんや」 マル子ちゃんといえば若き私の中学時代のほとんどを占有した、早瀬久美似のふくよかな女性である。「久しぶりやし、マルちゃんもおまえに会いたがってるわ」「会いたがってる? ほんとか」「嘘ついたことあるか、おれが?」 いつも嘘をついているのだ、この男は。 それにしてもすでに入浴もすませ、書斎で居眠りをしていた身に、外の寒風はちと厳しすぎる。「そら会いたい気持ちはあるけど、もう遠い昔のことやしな。・・・すでに過去の、つまり、ただの女やな」「ただの女?」「うん。いくらなんでもなあ」「(まるちゃん、ishiiがあんたのことを「ただの女」や言うとるで!)」「こらっ、そんなことまで言うなよ」「えっ、ただの女って、無料の女の意味やって? いくらなんでも言いすぎやで。せめて万札2枚ぐらいは用意せんとな。レディに失礼やで」「誤解や誤解やがな。そんな意味とちがうんや」「ほな、誤解を解くために出て今回な」(ATOKまで乱れてきました)「わかったわかった。今から着替えて向かい風を自転車で走るから、10分ぐらいでそっちに付く。その間要らんこと言うな、わかったな!」 おかげで朝から二日酔いで頭がガンガン、鼻水とくしゃみで事務所の床は丸くなったテッシュだらけ、です。ハックション!!! それにしても○十年ぶりにあったマル子ちゃんは昔と変わらず、早瀬久美似でした。電話番号? 聞くの忘れたよ。 注釈:早瀬久美とは森田健作主演の「俺は男だ!」の相手役としてレギュラー出演していたぽっちゃりすらりで笑顔がふくふくしく、当時の清純派アイドルでした。
2003年12月20日
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「一ページから最終ページまで興奮の連続!」「読み終えるまであなたを眠らせない!「読み終わったら興奮で眠れない!」 なんて大げさなPOPタイトルに装飾された推理小説がよくありますよね。「わあ、すごい。何人も次々に殺されるんだ!アガサのナイル殺人事件と同じで、おもしろそうだから買っちゃおう!」 なんて思って買ったら相手(作者)の思うつぼ! 書く側からすれば、ほんとうは人が死ぬのはひとりで十分なんですが、それではすぐに書くことがなくなってネタ切れとなってしまい(通常、これを長くするにはものすごい時間と資質と労力と資料を必要としますので売れっ子の作家ほどこの作業を嫌がります。掛け持ちできないこともありますが)、早く終わってしまわざるをえない(つまりは間が持たない)。 ところが依頼者側の出版社とすれば一冊の、書き下ろしの本にするつもりですから、それでは困るともっと長いのを要求する。結果、話を伸ばさないといけないわけで(麺でいえば量を変えずに極太を極細にするようなもの)、荒っぽい話ですが連続殺人となってしまうわけです。 勘の良い方はすでにおわかりだと思いますが、二人目からは正当な動機などは一切要りませんので作者は楽楽です。 つながりのない被害者を出すことで犯行を複雑化し、とんでもない場所での犯行で目くらましをし、他府県に移動することで管轄の警察を増やし、思わせぶりな証人を引っ張り出してきては読者や捜査官を迷路に誘い込んでは右往左往させ、挙げ句の果てには見込み捜査の強い捜査官の主張を本当らしくみせたりし、とにかくページを稼ぐことのみに没頭するわけです。 ホテルに缶詰になってやたら酒を飲み飲み駄文を書き連ねる作家に、「先生、もうこれぐらいでいいでしょう」 と(手にカウンターを持った)編集者のストップ宣言でようやく事件が終局に向かいます。物語のはじめにさりげなく仕込んであった伏線を持ち出し、これにて一件落着! 解決してみれば、二人目からは犯行を見られたとか、それで強請られたとか、密告されるかもしれないと猜疑心からだとか、仲間割れだとか、いろいろ結構な理由が出てきます。 どうです? これでもまだあなたは連続殺人を読みたいですか?
2003年12月19日
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車を運転しているときはほとんどラジオを付けないのですが、先日たまたまラジオのボタンをオンしました。するといきなりダ・カーポの「結婚するって本当ですか」が流れ出したではありませんか。テンポも良いんですが、歌詞がまた良いんですね。ナイーブな私ぴったりで(爆笑) ♪♪雨上がりの朝、届いたみじかい手紙♪♪ こんな歌詞ではじまるこの歌を聴くと若い頃の苦くてせつない思い出がたくさん思い出したりして、いつものハイな私がシュンとなってしまいます。 もちろん人には出会いがあって別れがあるのは十分に達観しておりますが、 遠ざかる人と思いつ賀状書く なんてことを考えながら元彼女に手紙を出すのはわかっていても悲しい気分になってきます。 ♪♪黄色いエプロン似合うでしょうか♪♪ うちのカミさんなど、黄色いエプロンどころが、黄黒のタイガー模様がとてもよく似合うサイ(妻)君ですし、走ればロバのごとく、歩く姿は小錦という貫禄ぶりです。 なんだか書きながら惨めになってきました。師走ということで急ぎの仕事が立て込んできております。あすも朝から銀行の貸金庫へ預かっている自筆遺言書の収監、その足で大阪市内の依頼先へ。午後から知的財産権の研修会、夕方には地元に戻って年内に締結を希望されている借地権買取請求契約書の作成打ち合わせ、です。
2003年12月18日
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はじめちょろちょろ中ぱっぱ、後半一気にたたみかけ、気がついたらダブルスコア。 日大FWは予想以上に強かったが、うちのFWもよく耐えたと思う。試合開始直後のファーストスクラム、あまりの力量差に愕然、昨年の帝京戦がよみがえり、早くも敗戦を覚悟しました。 ファンは日本で不安と書きます。ハラハラドキドキ、常に心配性なのです。 試合後、かにすきで乾杯!宴が終わったのが夜の11時過ぎ、布団にぶっ倒れ、そのまま朝まで爆睡しました。 のど元にまだアルコールの残滓があります。午後から遺言の打ち合わせ。ポカリスエットを飲み飲み、アルコールを飛ばすことにします。
2003年12月15日
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昨日から大学選手権がはじまりました。明治大が流経大に、法政大が福岡工大にそれぞれ勝ち、リーグ戦に参戦を決めました。 今日は残りすべての試合が各地で行われます。京産大ー筑波大大体大ー東海大慶大ー関東学院大早大ー関西学院大同志社大ー日大近大ー帝京大 思い起こせばわが同志社ラグビー部は平尾や大八木、林を擁して全国三連覇を飾りましたが、すでに遙か彼方の出来事となっております。 昨年はOGのカミさんと仲良く熱い観戦、しかしながら一回戦の帝京大学にFWがぼろぼろにやられてまさかの敗退、あまりのショックにカミさんに向かって思わず、「おまえがきたから負けたんだ。おまえは疫病神だ!」とののしってしまいました。 うら若きカミさんなら考えられないことですが、20年も連れ添うとなかなかどう猛、さっそく平手で私の頬をバシンと叩くと、回し蹴りの連発、「酒飲みのおっさんの面倒なんかみてられんわ!」とさっさと帰ってしまいました。後に残ったのは赤ら顔のOB連中、勝利の美酒のはずが泣き酒に変わってしまいました。 まっ、毎年今年こそは!の気合いで応援しておりますが、夢は破れ続けていつしか苦節20年、しかし今年も厚かましく言わせてもらいます。 「ああ、愛しの紺グレが国立の空に舞う日まであと34日!」と 同志社大学ラグビーサイトでは早朝から全国の老若OBたちが熱いメッセージを寄せております。その一部をご紹介します。 <花園は快晴!> 全国の一億同志社ファンのみなさん、おはようございます。 天も我等に味方するように、花園は全くの快晴でいいお天気になりました。私も、早くに目が覚めました。 とにかく今日は、日大に勝利し、万感の思いを胸にカレッジソングを歌いたいと願っています。ああ、勝利の美酒を味わいたい。 私もまもなく花園目指して出かけます。紺とグレーの部のネクタイを締め、応援旗の小旗を振り振り、応援してきます。 nodokaさんへ 花園といってもあなたの想像する花園ではありませんぞ(笑)。こちらの花園はラグビーの聖地「花園ラグビー場」のことです。 何? 組んずほぐれつのモールラックが好きだって?
2003年12月14日
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土曜日の朝早くから電話。片言の日本語で「就労ビザ」申請を依頼したいとのこと。 相手はバングラデシュ人。時折判別しがたい日本語が出てくるのでそのたびに聞き返しながら数分話を伺った。 今回のような場合、「技術」か「人文知識・国際業務」に該当するので日本で従事しようとされる技術的な裏付けとして資格要件(理科系の大学卒で特別な技術を取得しているとか)が問われますよ。大卒ですか、と聞かれたので、大学卒でなくても優秀な技術者はたくさんいます。そこで実務経験が10年以上あればよいことになっていますよ。とお答えしたら「うーん、と言葉に詰まったのか、しばし沈黙。最後にまたお電話します」と一方的に切れた。 国際社会で名誉ある地位を得たい、と総理は憲法を持ち出しておっしゃいましたが、現実問題として外人にとって日本というハードルは厳しいです。
2003年12月13日
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このところずっと遺言作成が続いています。依頼されるのは遺言者ではなく、遺産相続を約束されている相続人の方々がほとんど。不思議と遺言者からの依頼はありません。 受遺者にすればおそらく不安なのでしょう。暗黙のうちに相続を約束されてはいるが口約束だけでは証拠がないので保証がない。もし遺言書もなく突然死でもされたらそれこそ大変だと依頼者は口をそろえて言う。遺言書はそんな不安を解消する最大にして決定的な保証なのでしょう。「相続相続って騒いではいるが、うちなど財産って言えるのは住んでるボロ家と退職金の残りぐらいしかない。だから相続でもめるなんて考えられないですよ。だから遺言書なんて書く必要などない」 遺す人でこんなことを言う人が結構いるんです。 これってほんとうでしょうか? 結論から言いますと、実はこういう人の遺族が一番もめたりするんです。 では実際に例を出して説明しましょう。 若い頃に郊外で建売住宅を買った年寄り夫婦、子どもは上から長男次男長女。それぞれ結婚、独立している。長男は結構当時からずっと親と同居、母と妻との争いに疲れ果てながらも耐えている。次男は長い住宅ローンを組み、長女も夫がローンを抱え、家計を助けるために自らも働きに出ている。 こんな状態で父親が死んだ。遺産の価額は土地がほとんどで3000万円。遺言書がないので遺産分割の協議をし、それぞれ相続人の実印を押印しなければ土地は長男名義に変更できない。 母親の法定相続分は1500万円、残りの1500万円が子どもたちの相続分だ。公平に三等分すると一人500万円。 こうした場合、たいていの母親は夫の預貯金だけを相続して(名義変更のことがあるので)土地家屋の相続はせず、跡取りの長男に自分の持ち分を渡します。 ここで次男や長女がどういう行動に出ると考えます? おそらくは、「兄貴は得だよな。棚ぼた式で親父の家を貰えるんだから。俺など次男に生まれたせいで一生ローン地獄だぜ!」「うちは子どもの教育費、少しはいただいたっていいとおもうんだけど」 まっ、この程度の愚痴だけで収まればそれでいいんですが、「(実印を)ついて欲しかったら法定分ぐらいは出すのが普通じゃないのか? こっちだって法律上の権利があるんだ」「そうよそうよ。私だって兄さんと義姉さんの間に入っていつも愚痴聞いてるんだからね、少しぐらいは貰ってもいいと思うんだけど」 で、それを聞いた相続をする長男は、「なんで俺がおまえたちにお金を払わないといけないんだよ。それだったら家を買うのと同じじゃないか!」 この場合、一番弱い立場は長男、実印を押してもらわないといけないからですが、お金など払うつもりはさらさらし、意地でも払いたくもないはず。 かくして、相続人の妻や夫が絡み、相続が争族となるのです。 老いた親を抱えるみなさん、遺言書だけは書いてもらっておきましょうね。
2003年12月12日
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子どもの頃、ひどい吃音で周りのみんなをたいそう心配させた。 祖母などは幼い私の手を引き、あちらこちらと治療に連れて行ってくれたりもしたが、よくなるどころか、少額の高学年になるに連れて吃音がひどくなる始末だった。 教室で席の順に本読みをしていく。自分の番が近づいてくると心臓がドキドキしてきてのどの渇いてくるのだ。 本を手に席を立つころには緊張感はピーク近くに達している。みんなにみられているという意識が体全体を硬直させてしまい、のどの奥の声帯が強ばり、言葉とともにはき出す息がはき出せず、のどで詰まってしまうのだ。つっかえつっかえ読むうちに周りからくすくす笑いが聞こえてくるともうパニック状態となる。焦れば焦るほど強ばりが増し、ついには一言も言葉を発することすらできなくなってしまうのだった。 結論を急ぎますが、直ったのは高校に入ってからです。どうやって直したか? 知りたい方は掲示板に書き込んでくださいね。まず吃音といっても個人差がありますし、それによって微妙に症状もちがいますし、そのあたりを検討しながら詳しくお教えします。
2003年12月11日
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