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マイケル・ジャクソンが急逝して3~4日が過ぎた。亡くなって改めて彼の残したこれまでのポピュラー音楽界への様々な功績が評価されている。おかげで、これまでに散々ゴシップ記事のネタにされた彼の少年への性的虐待や度重なる整形手術、或いは金銭トラブル等のスキャンダルさえも大スターならではの「奇行」の一つとして片付けられている感じだ。「ギネス・ブックによれば、最も成功したエンター・ティナー」と言ってマイケルを持ち上げていた某テレビ番組もあったが、僕の記憶に間違いが無かったら、それはマイケルではなく、エルヴィスのはずだ。もう一度ギネス・ブックをよく読んでもらいたい!さて、マイケルの死因等に関する正式な発表は随分先になるとの話で、最近は彼の遺産相続についての報道が盛んなようだ。推定で500億円近い借金を残していると伝えられるマイケルだが、死後に残された資産(ビートルズの楽曲の版権料など)や今後の印税収入等も含めれば、意外にもかなりの遺産額があるらしい。生前は、それほど仲が良さそうに思えなかった家族たちもマスコミの前ではマイケルが亡くなっていかに辛く苦しんでいるかを涙をこらえながら沈痛な表情で語っている。本当にそう思っていたのなら、何故もっと早くマイケルを保護してあげなかったのだろう…。これは、エルヴィスが亡くなった時、彼の側近やマネージャーのトム・パーカー大佐に対して感じた気持ちと同じかも・・・。それにしても、小倉智昭さんが指摘するまでもなく、マイケルの死はエルヴィスの亡くなった時の状況と酷似している。マイケルの最初の妻であり、エルヴィスの一人娘だったリサ・マリー・プレスリーも早くからそんな予感があったようだ。自宅で倒れていたところを発見され救急車で病院へ運び込まれたが、既に心肺停止状態。必死の蘇生処置を試みたが、回復しないまま死亡が確認された。マイケルが常用していた薬の一つデメロールは、実は晩年のエルヴィスにも処方されていた強い作用を持つ鎮痛薬だった。依存性が高い上に、呼吸を妨げる副作用がある劇薬らしく、心不全の原因となった可能性は否定出来ない。その薬を処方したと言われるマイケル担当の某医師には現在様々な疑惑が寄せられているようだ。(注=エルヴィスの担当医師だったニコポロス博士は、後に薬の過剰処方等により医師免許を剥奪されている。)エルヴィスはプリシラと別居した1970年代初め頃から精神的に不安定となり、40才を過ぎてから体調も徐々に悪化していった。ダイエットのために食欲抑制剤、不眠症のために睡眠薬などを常用していたらしいが、目や身体の痛みを抑えるためにデメロールも処方されていたという。エルヴィスの死後、父・バーノンらの発言によれば、彼が重い緑内障と骨癌に侵されていたことが明らかになった。そういった心身の痛みに耐えながら、エルヴィスは年間100本~150本という物凄い数のコンサートを必死にこなしていたのだ。そう言えば、1977年8月16日に亡くなっていなければ、エルヴィスは翌日からコンサート・ツアーに出発する予定だった。(後日、発売されていたコンサート・チケットの払い戻しが実施されたが、ファンの多くは記念に持っておきたいと考え、ほとんど払い戻しされなかったという。)元側近が出版した暴露本や肥満などに関するマスコミの意地悪な攻撃等をそのコンサート・ツアーの大成功で吹っ飛ばし、健在ぶりをアピールしようと前日まで張り切っていたらしい。しかし、再びステージに上がることはなく、自宅(グレースランド)のバス・ルームでイエス・キリストに関する本を読んでいる時に急性心不全で倒れ、そのままこの世を去った。同じように、マイケル・ジャクソンも起死回生をねらって開催することになったロンドン公演を目前に急逝してしまった。50歳を迎えたマイケルが全盛期を思わせるパフォーマンスを見せようとすれば、オーバーワークになるのは当然!特に心臓への悪影響は計り知れない。いずれにしても、超スーパー・スターが新たな成功と引き換えに想像を絶するプレッシャーを受け、自らの命を縮めてしまったことは明らかだ。ちなみに、エルヴィスの1956年の(RCA)メジャー・デビュー曲で彼にとって初の全米ナンバーワン・ソングだったのは、♪「ハートブレイク・ホテル」。皮肉にもマイケルも同じタイトルの曲を歌っていた…。(同名異曲)働き過ぎ気味の中高年の皆さん、くれぐれもハートブレイクにはご用心!最近、(YOUTOBEで)エルヴィスのハワイ公演やラスト・コンサートの映像を改めて観ていたが、やはり僕にはマイケルよりもエルヴィスの歌&パフォーマンスの方が数段感動を与えてくれる。若い頃のように激しく動いたりしなくても、彼の歌声だけで十分に心を癒され魂を揺さぶられるのだ。とりあえず、1973年のハワイ公演(宇宙中継前に開催されたリハーサル・ライヴでの熱唱)のお気に入り映像♪「そして今は」を是非聴いて(観て)ほしい!
2009年06月30日
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今朝テレビを観たら、マイケル・ジャクソンの訃報を伝えるニュースが飛び込んで来た。まだ50才の若さなのに…。心肺停止状態で自宅から病院に運び込まれたが、そのまま意識が回復することは無く、(現地時間)6月25日の午後に死亡が確認されたという。詳しい死因等に関しては解剖を済ませてから正式に発表されるらしいが、以前から常用していた鎮痛剤の影響で心不全を起こし亡くなったのでは…等と推測されている。(今更好き嫌いなどは抜きにして)ポピュラー音楽界に一つの時代を作り上げたスーパースター急逝のニュースは世界中を一気に駆け巡った。フジテレビ「とくダネ!」で小倉智昭さんが語っていたようにエルヴィスの亡くなった時の状況と共通点が少なく無い。スーパースターは、莫大な報酬や人気と引き替えに、凡人には計り知れない凄いプレッシャーやストレスを身心に蓄積していたのだろう。僕自身は、「ファン」という程では無かったが、彼の歌やダンスの才能を認めていた一人だし、1958年に生まれた同世代の人間としても常に彼の活躍を注目をして来た。そう言えば、1994年にリサ・マリーと結婚して話題となったが、その結婚生活も長くは続かなかった。離婚後、例の少年への性的虐待疑惑や金銭トラブル、そして度重なる整形手術等、音楽とは全く無関係な話題でマスコミを騒がせるゴシップ・スターに変わってしまった。アルバムCDのセールス記録を塗り替え、グラミー賞を何部門も獲得する等、大成功を収めていた絶頂期から一転、自慢の豪邸「ネバー・ランド」さえもを手離す程の不遇の時代を迎えていた。もはや、新しいアルバムを発表しても「スリラー」や「バッド」等のような超ビッグセールスは期待出来ない上に、度重なるスキャンダルで人気と共に人間的な評価も下がってしまっていた。近々ロンドン公演を皮切りとする久々に大々的なコンサート・ツアーを開始する直前だったとか。人気&名誉を一気に挽回するチャンスを目前にしての急逝…。何より本人が一番残念だったことだろう。ともあれ、マイケル・ジャクソンの死を悼み、冥福を心から祈りたい。(下の画像は、グレースランドのエルヴィスのお墓。)
2009年06月26日
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実は、かなり早くからこの熊本のエルヴィス・イベントに関する情報が届いていたのだが、いよいよ6月に入ったし、そろそろ紹介しようと思う。エルヴィスのデビュー55周年(←サン・レコードより1954年7月19日に「ザッツ・オールライト・ママ」でデビュー。)を記念してのイベントで、湯川れい子先生の第8回「エルヴィス・セミナー」やKohji(鈴木幸治)さんのアコースティック・ライヴ、そして「エルヴィス・オン・ステージ」ハイライト版上映など、下記のとうりかなり盛りだくさんの内容となっている。EPFC熊本支部長を長い間務めておられた栗崎道博さんが、今回のイベントでも中心となり、忙しい仕事の合間を利用して準備その他頑張っておられる。福岡在住の「テラヴィス」こと寺本忠宏さんもこのイベントのチラシ作成から当日のイベント司会役など一生懸命に協力している。僕もせめて告知の応援くらいはやらなければ…。題 名 「エルヴィス・サマー・フェステバル 2009」主 催 エルヴィス・プレスリー・メモリアル実行委員会・九州後 援 熊本日日新聞社、熊本放送日 時 2009年 7月18日(土)10時開演 16時45分終演(予定)会 場 熊本市国際交流会館 7階ホール(230席) 熊本市花畑町4-8(〒860-0806) 電話096(359)2020入場料 (前売券)¥2000、(当日券)¥2500前売券 熊本交通センター(TEL:096-326-8813)、「道」(↓)等で好評販売中! (プログラム)10時~ 「THE KING ON FILMS」11時50分~ 「九州エルヴィス・シンガーたちによるアコースティック・ライヴ」12時30分~ 「Kohji(鈴木幸治)アコースィテック・ライヴ」13時30分~ 「エルヴィス・セミナー」特別ゲスト:湯川れい子15時15分~ 「エルヴィス・オン・ステージ」<ハイライト版> (1970年8月12日ミッドナイト・ショー)16時15分~ 「ゴスペル・ミュージック・オブ・エルヴィス」16時45分 <終演>問合せ 「道」ELVIS PRESLEY BLVD. 熊本市迎町1324 TEL: 096(324)0911 携帯090-5725-3424(栗崎) E-mail: elvis-britney@docomo.ne.jp 携帯:090-1088-8305(寺本)←※17時以降 E-mail: elvis_kumamoto_0718@yahoo.co.jp ★このイベント開催へご協力出来る方は是非ご連絡をお願いします! また、イベントへの協賛金(一口・5000円より)も受付中です。 詳細は、上の連絡先へお問い合わせください。
2009年06月07日
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僕の勤務先の会社は、佐世保市の小高い丘の上にある。昔は軍港として栄えた佐世保港を見下ろすことが出来る なかなか景色の良い場所だ。佐世保と言えば、ハウステンボスや米軍基地、或いは佐世保バーガーやジャパネットたかたなどを思い出す方も多いと思うが…。そして、あの前川清さんの生まれ育った街でもある。少年時代の彼は、甲子園に憧れた高校球児の一人で、確か南山高校でピッチャーをされていたそうだ。しかし、運悪く肩を故障したことで野球を断念。いつしか彼は音楽に傾倒していった…。戦後以降の佐世保には、米軍基地内のスタジオから発信されるラジオ放送があり、これで最新のアメリカン・ポップスを聴くことが出来た。おそらく、FENラジオ放送から流れる洋楽に前川清少年も徐々に感化されたのだろう。そして、ある日彼は一人のアーティストに出会う。そう、エルヴィス・プレスリーだ!以来、彼の歌い方や髪型などに大きな影響が…。あるバラエティー番組で、(デビュー当時の歌)♪「逢わずに愛して」での歌い方は、エルヴィスの歌い方を参考にしたと語っていたし、♪「アイ・ウォント・ユー・アイ・ニード・ユー・アイ・ラブ・ユー」を日本語歌詞でカヴァーしたこともあり、自他共に認めるエルヴィス・ファンの一人なのだ。そう言えば、少し前まで原宿に建立されていたエルヴィス銅像の設立発起人の一人でもあった。「この胸のときめきを」(ワン・フレーズ)や「好きにならずにいられない」(フル・コーラス)をステージで歌っている珍しい映像がYOUTOBEにアップされていたので是非アクセスを。随分前の話だが、佐世保市内のあるスナックでご本人を偶然見かけたことがある。エルヴィスと同じく「母親思い」だった彼は、(つい数週間前に母親を亡くしたばかりだったせいか)少し元気が無いように見えた。後で知ったことだが、(母親が亡くなったことをきっかけに)地元・佐世保市に何か自分が役に立てることは無いのだろうか…と考え、(佐世保市の市役所職員の方々と一緒に)お酒を飲みながらも真面目に話し合いをされていたらしい。やがて、市内に立派な佐世保市立図書館が完成した時、初めて(図書館設立のために)前川さんが多額の寄付をされていたことを知った。何だか、彼のこんなところにもエルヴィスの影響が現れているような気がしてならない。天国のお母さんもきっと喜ばれてたことだろう。新春恒例のエルヴィス生誕イベントのゲストは、(2009年の西郷輝彦さんに続いて)、次の2010年は前川清さんだったりして…。
2009年06月04日
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