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監督:小松隆志原作:瀬尾まいこ主演:北乃きい・勝地涼・平尾祐太・さくら・羽場裕一・石田ゆり子主題歌:「くるみ」Mr. Childrenこの題名から想像するのは「幸せな家庭は美味しい料理から」的ドラマ。でも、ここの食卓は、そういう類のものとはちょっと異なる質感を醸し出している。中原家は、教師の「父さん」、専業主婦の「母さん」、兄の「直ちゃん」、佐和子の4人家族。毎朝の朝食だけは、家族揃って取る。それがささやかなルールの家族だった。ところが、3年前の父の心の崩壊と自殺未遂を機に、ほころびはじめた。「離れた方が、見えることがある」と家を出た母。秀才だった兄「直ちゃん」は、大学進学を止め、農業を始める。父親は「父さんは、今日で父さんを辞めようと思う」と宣言。医大を目指して勉強をはじめた。そんな中で、佐和子は健気に家族の繋がりを支えていた。ある日、佐和子の前に転校生大浦君(勝地涼)が現れ、佐和子の日々に、明るい光が差し込んだかのようだった。真っ直ぐで初々しい二人にほのぼの・・・優しさと爽やかさにほろりとさせられる。そんな佐和子に、突然の悲劇が起こる。まだ上映中だから、ストーリーについてはこのへんまで。中原家の家族は、お行儀の良さも手伝ってか、どこか空気のような淡々と個々がある感がある。議論口論で声を荒げることもなく、言葉少なにポツリポツリと交わす言葉。でもそれで、相手の気持ちを感じ取っているのが印象的。兄妹の会話も、ありそうで案外ない(?)ような・・・。なんだろう、この空気感。最近、家族の団欒の場で、真面目な話は、とかくちゃかされたり、「つっこみ」、「ギャグ」、ハヤリのお笑いワンフレーズなどで煙に巻かれ、話しの真髄に届かないといったシーンをよく見る。一見賑やかで仲のよさそうな家族の情景。でもそれは、どんな人ともそこそこに上手く付き合っていくには誠に都合のいいやり取りだが、家族の間にそれが適用されたら、結構辛いのではなかろうか。とかく言語表現力や説得力では叶わない子供は、話半分に突き返された年長者の答えを、ちょっと「?」を浮かべながらもしぶしぶ受け入れるしかない。常に頭の中に消化不良を抱えて、しだいに深く考えることを諦めてしまう子供達は少なくないように思う。この映画の食卓には、相手の話をじっと待つ、そんな空気があるのだ。議論する訳でもない。相談じみてもいない。でも、じっと相手の心境を感じ取り、思ったことをポツリと言う。なんだかとても新鮮だったなあ。)))
2007.01.31
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ホットケーキ談で思いがけずおやつ懐古したついでに、今日はビスケット談。〔森永マリービスケット1箱〕V.S. 〔チュッパチャプス、チョコベビーかチョコボール、そして小梅か小夏〕。小学校の頃、遠足のおやつは、まずこの両者を天秤に掛けることに始まるのが常だった。駄菓子屋通いの下町育ちには、森永マリーはスペシャル感あふあれ、友達との交換率の高いお菓子。このビスケットを、なんとか日常的なものにできないか))))。そこで、私は「自分で作る」ことを思いついた。お菓子は買わないが材料費なら出すのが教育ポリシー(?)だった我が家。レシピさえあれば何とかなる。母の書棚から『手づくりのお菓子』/日本放送出版協会を引っ張り出し、ページを捲ると・・・「ホットビスケット & ビスケット」があった。写真には、今で言うスコーンらしき代物と、その三分の一ぐらいの厚さのビスケットが載っている。ホットビスケットってなんだ?レシピを比較すると、前者には卵が入るが後者は卵が入らない。解説には「お菓子というより主食に近い甘味の少ないもので、硬めに焼いたビスケットは大急ぎの朝食にも便利です。ホットビスケットはバターや手作りのジャムを付けてどうぞ」とだけある。そういえば、コマーシャルで「牛乳だけで練った・・」なんてコピーを聞いたことがあるゾ。そこで私は、ホットビスケットはさておき、後者の「ビスケット」のレシピに従ったのだった。・・・が、なんだか甘さの足りないパサパサクッキーもどきが出来上がってしまった。うーーーん)))次に、市販のビスケットの裏表示「原材料」のところをチェックしてみた。「小麦粉、砂糖、生乳、植物性油脂、練乳、膨張剤、食塩、膨張剤、香料」とある。先のレシピに練乳とショートニングを加えて再チャレンジした。その出来は、なんとなく味はイメージするビスケットに多少近づいたかと思えたが、やはりほど遠い出来だった。))))それからしばらくしたある日、図工の授業で粘土で作品を作った。肌色の土を平らにのばし、コップで型抜きし、数カ所竹串で穴をあける。乾くとビスケットに見えた。大きなため息がでた。これで私のビスケットの思い出は終わり。前振りのつもりがすっかり長くなってしまったが、ここで、語りたいのは、ホットビスケットが、ハットビスケットではないか!?ということ・・・・じゃなくて、ホットビスケットとスコーンについて。アメリカでビスケットといえば、プレーン・スコーンのこと。もう昔話になってしまうが、ルームメートが円柱のパッケージに焼くだけにしたスコーン生地が入った冷凍食品を買ってきた。製品名は確か「(Quickとかなんとか)ビスケット」とあった。これをオーブンで焼いて、ソーセージやオムレツと共にパン代わりに食べる。甘さが殆ど無く、おまけにショートニングが使われていたのかバターの香りも殆どしない粉っぽいもので、あまり美味しいとはいえなかったが、小麦粉が主食だとこういうのもアリなのかと妙になっとくしたものだ。一方、お店で「スコーン」という名前で売られていたのは、レーズンやブルーベリーを混ぜ込んだ生地を団子にして焼き上げたようなジャンボソフトクッキー(?)のようなものだった。クッキーがお茶菓子というよりはカロリー補充用軽食として食される文化の国を実感したものだが、なかなか大らか大ざっぱで面白い。さてイギリスでビスケットといえば、ハードタイプのクッキーのようなもの。ホット・ビスケットに当たるものは専らスコーンと呼ばれている。スコーンのルーツはスコットランドのオーツ麦とバターミルク(またはサワークリーム)で練った生地でつくられる菓子パンなのだとか。そもそもビスケットの語源は、ラテン語のビス・コクトゥス(bis coctus)-----bis(ビス)=「2度」、coctus(コクトゥス)=「焼かれたもの」---- という。フランス語のビスキュイ(biscuit)、ポルトガル語のビスコイト(biscoito)、オランダ語のビスクヴィー(biscuit/biskwie)・・・。いずれも2度焼くという意味で、保存性を高めたパンが、ビスケットの起源ではないかということらしい。http://www.biscuit.or.jp/story/history.html全国ビスケット教会より これらのプチ検証によると、ビスケットはハードタイプを呼ぶのが適当なのかな。世界的にはアメリカの呼び方がイレギュラーと言ってよいかもしれないけれど、これまたガチガチに定義で固める意義は何もなし。なぜなら食は土地に根付いて変化していくものなのだから。それはさておき、ビスケットにも、あるのね。記念日がxxxx。先の語源にちなみ、2度焼(八)くから2月28日。ははは。皆さん、2月28日はビスケットを食べましょう!
2007.01.28
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たまたまラジオで、「今日はホットケーキの日」なんて言ってたので「なになに?」と、思わず耳を傾けてしまった。なんでも、日本の最低気温が記録された日が1月25日(1902(明治35)年、北海道旭川市で、日本の最低気温の公式記録・-41.0℃を記録)なんだそうで、そんな日はホットケーキを食べて温まりましょうというのがはじまりなんだとか。取って付けたような祈念日。コラ!どうせ食品メーカーだろ、そんなこと言い始めたのは(笑)。ワタシはホットケーキで温まったことないゾ。・・ということで、今日の話題は「ホットケーキ」。アホな私は、かなり大きくなるまで焼きたての温かいのをいただくからホットなのかと思っていた。さらに私は、少女漫画か何かでホットケーキのことを英語圏では「パンケーキ」と呼ばれることを知った後も、その「パン」はパンと御飯のパンぐらいにとらえており「食事のように食べるケーキ」だからパンケーキなのだと思いこんでいた。だから、パンケーキの「パン」が、フライパンの「パン」、要するに鍋焼きケーキだと知ったときは、かなりの「アハ!体験」だったのだ。で、なんで日本では「パンケーキ」ではなく「ホットケーキ」なのか。なんでも、ホットケーキは、日本に伝わった当時は「ハットケーキ」と言われていたそうで、「ハット」に文明開化のモダンなニュアンスが含まれていたらしい。(そういえば、「モダン焼き」の皮の部分はホットケーキのようなものだ。)大正時代には、東京のデパートの食堂のメニューに「ハットケーキ」という名でホットケーキが登場し大人気を博し、更に戦後には「ホットケーキ」の名称で、ホットケーキの素が発売され、昭和34年頃から、広く庶民に親しまれるようになったという。ホットケーキといえば、子供の頃、『ちびくろサンボ』(原作は『The Story of Little black Sambo』:ヘレン・バナマン作/1899出版) の絵本を読んでもらったことを思い出す。サンボの脱ぎ捨てた服を取り合いグルグルグルグル駆け回った虎がバターになってしまったので、お母さんにホットケーキを焼いてもらっ食べたというシーンの絵)))。次々と焼き上がるきつね色のホットケーキが山のように重ねられている絵を眺めながら、「食べたいなぁ~」と、指をくわえていたものだ。後に「サンボ」という言葉が黒人の差別的呼び方だとして問題になり、加えて日本語版では「Little」を「チビ」と訳してあったために差別用語とみなされ、'80年代にはいつの間にか姿を消した。(最近は復刻版がでているらしいが)母と一緒に出掛けたときに入る喫茶店では必ずクリームソーダとホットケーキを注文した。祖母がホットケーキを作ろうとして、天ぷら粉で作ってしまったこともあったな。こんなことを思い出して、正体不明の「ホットケーキの日」が、ホントにそれらしくなってしまった(笑)。ホットケーキと『ちびくろサンボ』。鯨肉世代の私はまた、ホットケーキ世代でもあるのね。PS . そういえば、"パンケーキ"なんて商標のファンデーションもありましたねー。
2007.01.25
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原作:群ようこ脚本・監督:萩上直子制作:日本テレビ主演:小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ主演とくれば、もう独特の空気が放たれていることは、お察しいただけよう。この3人が織りなす、クールだけど優しい、優しいけど甘えのない、ちょっと寂しさがあっても惨めでない、強いけど力みのない、日常的そうで非日常(?)な、人々のふれあい。淡々とした中に、北欧デザインが明るさと軽快さを添えている。舞台は、フィンランド・ヘルシンキ。「かもめ食堂」は、サトミ(小林聡美)が経営する和食堂で、すこしずつ人々の和が広がっていく。看板料理は日本のソウルフードおにぎり。メニューは鮭の塩焼き定食、竜田揚げ、トンカツ等々)))イッタラのカップで出されるコーヒーとシナモンロールもある。いわゆる「ジャパニーズ・レストラン」ではないところがまたいい。小林聡美のフィンランド語、上手~い。合気道の動きもなかなか。それにしても、日本映画、ちょっと頑張ってるなあ!!
2007.01.24
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泣けた~)))。『手紙』。 原作:東野圭吾。 監督:生野慈朗 主演:山田孝之・玉山鉄二・江尻エリカひとつひとつ問いただす間もないほど事件が続出する昨今。社会が病んでるね。せちがない世の中だね。気の毒にね。恐いね。そんな言葉を二言三言交わして流しているけれどーーーーーー。事件の後には、ずっと苦悩が続いている。悲しみは終わらない。罪を犯すとはどういうことか、罪を償うとはどういうことか、絆とは何か。これらの問いを真正面から突きつけられた気がしたこの映画。 ◆ ◆ ◆ 両親を亡くし、助け合い励まし合い生きていた兄弟。兄・剛志は、弟を大学へやるお金欲しさに盗みに入った家で、誤って人を殺してしまった。剛志は刑務所へ。そして弟・直貴は、世間から隠れるように生きて行かなくてはならなくなった。頑張っても頑張っても、服役中の兄からの手紙が届く度に、希望はそがれる、夢は崩される、掴みかけた幸せはすり抜ける。「兄貴がいる限り、俺の人生はハズレ」。直貴は兄との手紙のやり取りを断つ。そんな中、全てを知りながらもずっと直貴を励まし続けてくれた由美子(江尻エリカ)が言う。「手紙ってめちゃ大事やねん。命みたいに大事な時あるねんで」映画には、幾通りかの手紙がでてくる。弟を労る兄の手紙、兄を励ます弟の手紙、剛志の遺族への手紙、直貴を養護する由美子の手紙、直貴に代わって剛志に出す由美子の手紙。直筆の手紙、ワープロの手紙。 ◆ ◆ ◆ 映画には、もう一つのメッセージがある。悔しい思いをしたとき、屈辱を味わったとき、報われない時、別れがあったとき・・・。耐え難い思いを抱えたとき、誰しもよぎる思い。「どこか他所へ行ってしまいたい。」新しい土地なら、新しい自分になれるのか。人生をリセットできるのか。「差別のない国を探すんじゃない、君はここで生きていくんだーーーーー。」直貴の会社の管理職、平野の言葉。「自分を受け入れること」と励まされたことは、誰しもあるだろうけれど、その意味、深く考えたことがあるだろうか。エンディングが心にしみる。
2007.01.20
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市内のレストランの催し、奥出雲ワイナリー長安部紀夫さんを迎えてのワイン会に参加しました。奥出雲葡萄園は、1990年創業。有機あるいは低農薬栽培で風土に根ざした農業を志すワイナリーです。昨年ワイナリーを訪れた時は、その衛生管理の徹底降りと緻密な仕事ぶりに感嘆したものです。とても日本的なワイナリー。さて、そのお味は???本日のワインは6種類。1)2005 奥出雲ワイン シャルドネ 2)2005 奥出雲 ワイン シャルドネ・アンウディッド3)NV 奥出雲ワイン 白 4)NV 奥出雲ワイン ロゼ 5)2005 奥出雲ワイン カベルネ・ソーヴィニョン6)2005 奥出雲ワイン 小公子シャルドネは、樽熟成のものと、樽を使わないで造られたタイプ2種。同じブドウを使ったワインが、樽の有無で色も味わいもこんなにも違うということに、改めて驚きました。樽熟成の1)は、ちょっとブドウが樽に負けてるような気もしなくもなかったけれど、それなりの味わい。3つ目の白は、ホワイトベガールというヤマブドウ交配品種。ヤマブドウは黒葡萄なので、色もちょっと紫のニュアンスが感じられます。香りは、とてもフルーティーで、ソーヴィニョン・ブランを思わせる青リンゴの香り。酸もしっかり感じられます。山ぶどうは酸の強い葡萄なのだとか。これを飲んだ後、再びシャルドネアンウディッドに戻ると、なんだか薄くて物足りない感じがしてしまいました。けっこう華やかで、和食に合わせやすそうな辛口。ロゼ。なんでも、このロゼの誕生は、カベルネの不出来にあったとか。着色のわるかったカベルネを、無理に技術を駆使して「赤」に仕上げるのではなく、ロゼに仕込んでみたところ、国産ワインコンクールで銀メダルを獲得するほどの出来になったというから面白い。「完璧を目指すのではなく、最善を目指す」。自然派、共生をポリシーにしている奥出雲葡萄園らしい個性が生まれたというわけです。しっかりとした醸造の基礎の元にこの柔軟な取り組みがあることが、個性を生む鍵なのかもしれません。試飲会等で、よくピノ・ノワールのロゼを飲みましたが、美味しいモノに当たった試しがありません(涙)。まあ、そもそも高級品種をロゼにしようというのだから、よっぽどブドウの出来が悪かったんでしょうが・・・。鉄臭さが目立つものばかりでした。その印象があったので、このロゼは私に取ってはかなりポイントが高いように思いました。安部さん曰く「缶からでてくるドロップの苺味」。確かに、ボジョレーっぽい味を感じます。ロゼが生まれてしまうくらいだから、やっぱりカベルネはイマイチだったけど(笑)。まあそれも、カベルネがかくあるべしというイメージを持ってしまっているから故。タンニンに弱い人にはこんなカベルネもよしかな。小公子。渋みは決して強くないけれど、濃い!なんでも、こちらの葡萄品種は、中央アジアのカラコルム地方が原産のブドウと山ぶどうを交配しているのだとか。山ぶどうは、糖度が23-24%まで行きながらも熟しても酸が落ちないのが特徴で、濃いけどしっかりしたバランスのよい味わい。名前から、つい紹興酒を思い浮かべてしまった私は、香りが「陶陶酒」に感じてしまいました。恐るべし、先入観。お料理も、思いっきりフレンチな食材にもかかわらず、あっさり仕立てのソース。油脂のとろみではなくコラーゲン質によるとろみが舌にも美容と健康にも嬉しい一品。豚足のファルス。ワインの重さとバランスを考えてのことでしょうか。いやぁ~))))参りました。おまけ:親会社の木次乳業さん。ここの低温殺菌牛乳はおいしい!最近牛乳はあまりのまないけど、ここのはちょっと安心感がある。さほど高くもないし。クロテッドクリームやサワークリームも造っています。
2007.01.15
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今朝の朝日新聞一面。和歌山県串本町沖で沈没したオスマントルコ時代の軍艦エルトゥールル号の調査が始まったという記事。これが、何故1面に来るのか・・・。その意味は、このサイトを見れば、分かります。1890年9月16日、エルトゥールル号が沈没。581人もの死者を出したが、地元民は必死の救助で69人を救出、一命を取り留めたトルコ人69人は、手厚い介護を受け回復後、日本の軍艦でトルコへ送り届けられた。それから約100年後の1985年、イラン・イラク戦争が激化。フセインは「今から48時間以降、領空を飛ぶものは無差別に打ち落とす」と宣告。テヘラン空港は脱出の為に押し寄せた人でパニック状態に。残り10時間となった時、空港にはまだ日本人215人が取り残されていた。トルコ政府は特別機2機を派遣し、タイムリミットの1時間15分前、215人全員を救助してくれた。トルコ外交筋は「エルトゥールル号の時の借りを返しただけです」と言ったという。
2007.01.10
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泉ピン子が、がばいばあちゃん役かぁ・・・。昨日のフジTVドラマ版『がばいばあちゃん』。つい先月、吉行和子がばあちゃん役の映画版を見たばかり。洋七さんのトークで、おばあちゃんのエピソードの数々が紹介されていたので、映画を見るときには、さらに盛りだくさんのエピソードがでてくるんじゃないかと期待して見ただけに、ちょっと期待外れだった。饒舌すぎるトークは、映画を食ってしまっていた(笑)。それに、ひとつひとつのエピソードが断片的すぎた。吉行和子、声の感じがとてもよかったけど、ちょっと上品すぎたかな)))。『失楽園』じゃないけど、映画の方がいいにきまってる。そんな先入観をもちながら、つい見てしまったテレビ版。ところが、時間も少し長めだったせいだろうか。おばあちゃん語録ひとつひとつが登場する前後の描写、少年の学校生活、ご近所、学校の様子の描写がより鮮明で、おばあちゃんの一言一言に、より説得力があって面白かった(!)。更に、「労働」を感じさせるおばあちゃんの体格。これは、けっこう大事。背はちいさいのに、腕や指はしっかりガッチリしていて、腰がグッと落ちている。最近はあまり見かけないけれど、昔のおばあちゃんは、みんなこうだった気がする。ウチのおばあちゃんもなかなかの力もちだったなあ。私が高校生位の頃も、私の開けられないジャムの瓶の蓋なんかを、割烹着の袖を少しまくりあげ、少し内向きの足を踏ん張りみごと開けていたっけ。昨年遂に施設に入り、日当たりのよい部屋をもらって他のおばあちゃん達と機嫌良く過ごしてる。けっこう太かった腕も節くれ立った指も、すっかり細く白くなった。川辺で土鍋をゴシゴシ洗うがばいばあちゃん、その後はどうなったのかな?テレビドラマならではの「続編」をやってちょうだいな。
2007.01.05
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ライブドアの堀江モンが選挙活動中、あちらこちらにひょっこりと現れる野良犬がいた。その犬は、「ガイド犬ドビンちゃん」と呼ばれライブドアのブログで一躍有名に・・・。いま時、野良犬がいるのか))))。散歩中、ドビンちゃんにであった。日当たりのよい石段の踊り場の一角を昼寝スポットにしている。毛並みはいいが、かなりの老犬。目を半分だけ開けて、ちらりと我々を見た後、また目を閉じ、両前足にあごを乗せたポーズでお休みでござい。保健所に連れて行かれないようにちゃーんと首輪も付けてもらって、あちこちの家の軒先で気ままに休んでいるらしい。日向が変わると、ドビンちゃんも昼寝場所を変える。お寺に参った帰りにはもう3m先の民家の玄関先のマットの上で休んでいた。 ◆ ◆ ◆尾道といえば、ネコ。内ネコ、外ネコ、招き猫。招き猫博物館の園山春二さんが、石ころに描いたネコを町のアチラコチラにさり気なく置いている。元旦のコースで、1つだけ発見【写真上】。宝探しのようで、これまた楽し。 ◆ ◆ ◆海岸沿いの道、犬と散歩する人々とすれ違う。飼い主の5メートルほど先をポツポツ進む犬たち。ちょっとご主人との間隔が広がると、チラリと振り返り、立ち止まる。リードをハズしてもらって、気持ちも大らかな犬たちの姿。こんなお散歩も都会ではすっかり見られなくなった。
2007.01.02
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あちらこちらの寺から除夜の鐘が鳴り響いた後、尾道の元旦が明けた。お天気にも恵まれ、初詣を兼ねた散歩に出掛ける。百ます計算で有名な景山先生が校長をしていた土堂小学校付近から、二回井戸の横を通って〔持光寺:浄土宗〕----〔光明寺:浄土宗〕---(ココで一休み・こもんのワッフルとコーヒーを頂く)---〔一宮神社〕----〔宝土寺:浄土宗〕----〔天寧寺:曹洞宗〕----〔艮(うしとら)神社〕----〔千光寺:真言宗〕と、約1キロ区間を神仏参拝しながら周り、千光寺道を下って海岸へ出る。ココまでで、古寺巡りの約3分の1。坂道故、ココまでで往復2キロを、初詣兼初散歩とする。でも、尾道には、さらに東にもう1キロ行くと、正授院(浄土宗)、妙宣寺(日蓮宗)、慈観寺(時宗)、善勝寺(真言宗)、福善寺(浄土真宗)、大山寺(真言宗)、常称寺(時宗)、持善院(真言宗)、金剛院(真言宗)、西國寺(真言宗)、浄泉寺(浄土真宗)、尊光寺(浄土真宗)、正念寺(時宗)、西郷寺(時宗)、海徳寺(時宗)、浄土寺(真言宗)、海龍寺(真言宗)、神社は、御袖天満宮、久保八幡神社、山脇神社、八坂神社がある。寺の名前を挙げただけでこんなになってしまって、すっかり前振りが長くなってしまったが、今日のブログは、宝土寺付近で通りすがりのおじさんがしてくれた尾道についての興味深い話について。冬至には、ちょうど太陽が向島の岩屋山からの昇るのだそうだ。向島の岩屋山から放射状に西の大宝山、中央摩尼山、東の瑠璃山があり、その山頂にある千光寺、西國寺、浄土寺、3寺院の山門が1点(岩屋山)を向いているというのだ。千光寺では、岩屋山からまっすぐに昇ってくるこの地点に千光寺のご本尊千手観音像が安置されており、本道の裏山にある巨岩には冬至の日の出が真正面に見える人口的に作られた割られた後がある。更に、向島側にある巨岩にも、同じような割れ目があり、冬至の夕陽はまっすぐに沈んでいく。このことが分かったのは最近のことで、昨年の冬至12月22日には、その陽光を見ようと、多くの人が千光寺に集まり日の出を仰いだらしい。なんだか古代神話のロマンを感じさせる。さらに、そのおじさんは「尾道には、面白い形のお墓があるでしょう。あれは、海に関わる仕事をしてきた人のお墓だろうとおもうんですよ。墓石の形はおそらく舟を模ったものだとワタシは思うんです。墓石があるほどのお墓というのは、恐らくはかなりの経済力もあったでしょう」と、近くのお墓【写真右上】を指さして語ってくれた。坂の街にも、理由があるという。本来、寺より上には民家を造らないものだが、尾道には強引にはめ込まれたように斜面にぎっしり家が建っている。元来が港町、商人の町尾道。海辺に沢山の商店があるものの、海岸は大変にぎやかで落ち着きがないため、ちょっと豊かな商家は、すこし陸を上がった斜面際にくつろげる別宅を持っていた。それらに加えて、の山陽鉄道開通(明治24年)の為、多くの家屋が立ち退きになり、その代替地として、土地の狭い尾道では、斜面際に隙間を埋めるかのように家々が建てられたのだそうだ。日清戦争の戦時物資輸送の為に敷かれた山陽鉄道は、明治27年には広島の宇品までの路線が開通した。物資の流通が火事で遮られないようにと、線路周辺までが強制撤去とされたそうだ。更に更に、京都・奈良のように建築規制が無かった尾道の神社仏閣には、京都には見られない自由な建築スタイルが見られるという。京都・奈良で腕を磨いた宮大工達は、あちらでは出来なかった様式を折衷し表現したようだ。2キロ程の散歩道に、これだけのストーリーがあるとは。約1/3の散歩だが、このおじさんのお陰で、なんとも味わいある散歩道となった。艮神社で引いたおみくじは「大吉」。なかなかいい感じの、新年の幕開けだ)))。
2007.01.01
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