と も に

と も に

PR

×

プロフィール

nao−尚−

nao−尚−

カレンダー

コメント新着

Reny@ Re:ブログ開設5000日「自分の生い立ちと難病の狭間で」(11/21) 5000日おめでとう!あなたが生活の些細な…
伯父ちゃん1043 @ Re:ポッ(02/23) 散歩中 《ポッ》 の言葉におもわず立ち…
nao−尚− @ Re[1]:めで鯛(01/01) H!LO (*^^*)さん いつもありがとうござい…
H!LO (*^^*)@ Re:めで鯛(01/01) おそくなりましたf(^_^) 今年もよろしく…

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2008/09/06
XML
カテゴリ: こ こ ろ




本当はね、

 あれも これも

 手に入れたいの




昨日の続きです。ごめんなさい、もう少しお付き合い下さいね。


そんな私でも孤独感を忘れられる瞬間はありました。


それは、子どもたちとわいわい笑っていられる瞬間


私は、多発性硬化症MSを発病した時小学校の先生をしていました。

でも、大学を卒業した時は小学校に勤めるなんて、実はこれっぽっちも考えていませんでした。

今でも不思議なぐらいです。


本当に、ひょんとしたことがきっかけで・・・。


私は、大学はピアノの方に進んだので、すでに学生の頃から子どもにピアノを教える仕事はしていました。

でも、ピアノのレッスンなんてものは、子どもたちが学校から帰ってきてからのことです。

だいたい、3時か4時頃から始動。

・・・ということは、私はそれまで暇ということです。


(よし、もう一つ仕事しよ


そこで、たまたま見つけた『小学校の補助員』をすることになったのです。

簡単に言うと、副担任のような仕事でした。

しかも、子どもたちが帰る時間に私も帰れるとのこと。

こんな条件のいい仕事はありませんでした。


それが、思いの外どっぷりはまってしまい、小学校の楽しいこと、楽しいこと。


子どもたちと勉強したり、遊んだり、走り回って汗をかいたり、

いろんな行事に向けて結束力を高めたり、遠足に行ったり・・・・・・、

とにかく私にはとても新鮮で毎日仕事に行くのが待ち遠しいぐらいでした。

おそらく、高校生の時に2年間ひきこもっていたので、

そのような人との触れあいや温かさに飢えていたのだと思います。


ピアノは完全に個人プレイです。


子どもとはいえ、肌と肌とが触れ合うことの素晴らしさ、

私も“仲間なんだ”と思える瞬間、こんな私のことでも必要としてくれる子どもたち・・・。



孤独を感じることは一度もありませんでした。


でも、今の私にはそんな子どもたちの笑顔がありません。


病気になってからも、どうしても子どもへも思いを吹っ切れなかったので、

子どもに関われるアルバイトを始めました。

でも、今は休職中・・・。


自分でも、心の中ではわかっていたのです。

“子どもに関わる仕事をするには、身体が健康じゃないとできないということ”

それをわかった上でもそんなバイトを選んでしまった私がいけなかったんですよね。


ただ、もっともっと子どもたちの輪の中にいたかっただけなのです。


・・・今の私が欲しいもの。

それは、子どもたちの笑顔とそんな笑顔と一緒に走り回れる足、

それから、こういうことを話せて、心からわかり合える人の温もり・・・、かな



ブログランキング
↑もしよろしければポチッとお願いします!





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2010/11/01 07:46:28 PM
コメント(6) | コメントを書く
[こ こ ろ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: