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2013/05/26
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カテゴリ: こ こ ろ




与えられたこと




一応これでも、多発性硬化症(MS)を患うまで子どもに携わる仕事をしていた私。

子どもがとっても好きだった。

今ではもうその仕事をしたいとはまったく思わないし、

その仕事をしていた自分のことを想像もできない。

同時に、子どもことも好きではなくなった。




幼い頃は、母や周りの大人と同じように、

私もいずれ結婚し子どもを出産するのだろうと何も疑わなかった。

だんだんそれが現実的になってきた頃、

私はまだまだ経済的にも精神的にも自立していないし、何より子どもだし、余裕もないし、

実際無理だと思っていた。




そしてMSを発病し、今現在。

ついに妹が出産を間近に控える『姉』という立場に立った時。




私には、子どもを持つという選択肢はない人生だったように感じている。

もちろん病気を抱えているということ。

私はもともと悲観的だから、

今の日本において子どもを持ちたいという気持ちがほぼないということ。

これからの私の人生において、

特に子どもという存在を必要としていない考えを持つ自分がいること。




女性は、選択できる、とよく言われる。

仕事をするかしないか、結婚するかしないか、子どもを持つか持たないか。

それは自由であって、昔とは違う。

昔の考えに縛り付けられることは、もう今の世の中には合わない。

誰に決められることでもないはずだ。




私は、病気に関係なく、ずっと子どもは好きだったが、

なぜか子どもを持っている自分が想像できなかった。

結局そういう道だったのだろう。




私は、パートナーと奥地でひっそり、日々息をすることに精を出し、

淡々と自分の役目を果たし、天から与えられた命を、それだけをまっとうしようと、そう思う。











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最終更新日  2013/05/26 08:10:51 PM
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