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2021/05/17
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カテゴリ: 2020〜日々の諸々
自粛生活は退屈極まりない。

家の中は檻のよう。

悶々悶々悶々悶々。

更に蒸し暑くて息苦しい。

ボーッとしてしまって、空費、という言葉がぴったりだと思う。




が、奇しくも、私自身は去年の自粛生活から良い方向へと転換している。

たかがコーヒーを辞めただけじゃないかと呆れられるだろう。

でも、私にはこれがすべての始まりだったと言えるのである。

コーヒーを辞めたことによって、急に物事が動き出し、いつしか私は間違いなく一段階次のステージへと進んだ。




私、本当に一日先も見えない暮らしで、こんな歳になっても実家で母に食べさせてもらい、仕事もせず、フラフラと放浪している。

特にやりたいこともなく、年々社会に対して逆行、そもそも生まれ付き社会性なんて皆無、できることもなく、ひっそりと、別に今日ここで人生終わってくれても何ら構わないのだけどな、と本気で毎日思っている。

方や妹は毎日いきりたって暮らしていて、自信に満ち満ち非の打ち所がなく常に完璧、私はこのまま歳だけ重ねて萎んでいき、同じ親の元に生まれた妹とは相反する人生だなとそう思っていた。




されども、コーヒーを辞めたことで、薄ぼんやりとではあるが、なんとなく一日先が見えたり隠れたりするようになった。

日々努力している冷えとり健康法のこととか、食べ物のこととか、やっぱり私にはこの病気を患ったことによる意味が今更ながらあるような気がしてならなくなってきたのである。




いずれポッと灯りが見えて来そう。

ううん、たぶんコーヒーもそのポッとした灯りだったのだと思う。

難しく考えるのではなくて、今できることをがんばり、思いがけない自粛に感謝して、決して投げやりになったり卑屈になったり諦めたりすることだけはしちゃあいけない。

そんなようなことを感じて3回目の自粛延長を過ごしている私です。





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最終更新日  2021/05/17 07:28:55 PM
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