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冷たいと感じたけれど、本当はどうかわかりません。実は、皆さんもご存知だと思いますが、イラクで人質になっていた青年の遺体が発見されました。昨日は頭を打ちぬかれた遺体が彼のものだというニュースが出てきて、その後、その遺体は彼ではないということがわかり、ご家族のことを思うとつらいだろうなと考えていました。しかし、今日の午前中、また別の首の無い遺体が発見され、それが彼であることがわかりました。私は首を切られるだろうと思っていましたが、やはりそういう形で発見されて、そうはなって欲しくないと思っていただけにかなりショックでした。首を切られるシーンはつらいですからね。頭を打ちぬかれて殺されたほうがまだましだと思ったぐらいです。でも、日本では彼のニュースはほとんど話題になっておらず、ニュースで取り上げられても、本当にその辺で当たり前のように起きている殺人事件の一つのような感じなのです。彼のことよりも、家をなくして避難生活をするしかないという多くの地震被災者のことと、土砂崩れの中から無事生還した優太くんの話題で持ちきりです。彼が生きて出てきたことはすごいと思えるような事故現場でしたからね。車は本当に一部しか見えていない状態だったので、よくあれだけの軽症で出てこられたなって思いました。でも遠いイラクで首を切られてしまった彼のことももっと話題にしてあげてほしいと思うんです。今のままじゃあまりにも冷たすぎる。もちろん彼に非があるのはわかっているけどね。親御さんもテレビで頭を下げておられました。やるせないですよ。これでイラクにふらふらっと出かける若者はいなくなると思うけれど、彼が犠牲になったことで、これ以上の日本人被害者が増えなくなるとしたら、彼が殺された意味が出てくるかもしれません。それが彼の名前どおり、生きた証になるんだと私は信じています。もう誰も軽い気持ちでイラクやその他の危ない地域に入らないことを祈ります。
2004.10.31
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今日は四十九日の法要で一日中どたばたしていた。朝10時から始まって、親戚の人とお葬式のときにお手伝いをしてくださった近所の人がお参りに来てくれて、お坊さんが終わったあとお墓参りに行った。今まで晴れ女だったのに今日は雨でした。気温も下がり少し肌寒い。うちのお墓は山の上にあるので結構急な坂を登っていく。最近運動という運動をほとんどしておらず、心肺機能が落ちているせいか、すごく息切れして途中で休みながら上らなければならなかった。太りすぎも大きな原因だろうとおもう。ちょっとまじめに運動しないといけないかも。お墓のあとは、昔アルバイトをしていた温泉旅館へ食事をしに行った。去年は同窓会をここでしたんだけれど、料理長が変わったのか、料理がおしゃれになって味もぐんと良くなっていた。久しぶりに会席料理を楽しんだ。特にまつたけ料理がおいしかったな。魚が多くヘルシーな感じも気に入った。昔、一緒にお仕事をしていた懐かしいおじさんが私に会いに来てくれた。目がクリクリして笑顔がかわいいおじさんで、ちょっとミッキーマウスみたいで、私たちはミッキーと読んでいたなあ。と20年もたっているのにまだくりくりかわいいおじさんの顔を見ながら考えていた。そのおじさん、私が就職してから駅で出会ったらしく、おじさんの顔を見るなり、車の免許の筆記テストに落ちた(人生の大恥)と言って泣き出してびっくりしたという思い出話をしてくれた。私はぜんぜん覚えていない。恥ずかしいことは忘れるようにできているのかな?家に戻ってきてから、おじさん、おばさん家族が残りみんなでおもしろい話をしながらお酒を飲んで楽しんだ。みんなが帰って、結構疲れていたので、そろそろお風呂をと思っていたら、3軒隣にある遠い親戚のおばさんが娘さん二人を連れてお参りに来てくれた。娘さんがうちのお母さんと仲良くしていたらしい。以前、バラ園でデートしていてうちの両親に目撃されたらしく、その相手と結婚することを母に報告に来てくれたのだ。母がかわいがっていた子なので、きっと喜んでいるだろう。その間に父は親戚のおばさんとご先祖様の話に花を咲かせていて、うちの父が調べたうちの家計図を出してきて、この人が誰で、この人があんたところのご先祖さんのところに嫁に行ったから、うちとあんたのところが親戚になったとかいろいろ話していた。このおばさんのお母さんは盆踊りの夜に倒れて翌日なくなられた。49歳だったそうだ。あれから30年近くなるなんて信じられない。父はその亡くなったおばさんにはかわいがってもらったそうで、あちこち一緒に出かけたりしていた思い出がいっぱいだ。ダラダラ書いているけれど、つまり、母が亡くなって本当に悲しい。でもお葬式やこのような法事を通して、今まで疎遠になっていた親戚や、おじさん、おばさんともゆっくり話すきっかけができて、今までもつれていた糸がほどけてクリアになっていくことも多々あって、その結果、私とその人たちとの関係も新しく築きなおすことができた。父のことも安心してお願いできる。母は亡くなったけれど、父が安心して生きていけるようにアレンジしてくれているのかなと思う。
2004.10.30
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もうすぐ出かけます。今 食べたところでおなかいっぱいで休んでます。オフィスの近所、無間道(黄秋生がおちてきたところ)のビル隣(映画の中では招粗の看板がいっぱいかかってるところ)に新しい日式レストランがオープンしまして、そのことは前にも書いたよね。そこにお昼を食べに行ってきました。鯖定食を食べました。鯖は最近どこで食べてもおいしいのですが、お味噌汁が日式とは思えない絶品の味でした。それがびっくりでここに書いています。次回はうどんに挑戦。おいしかったらまた書きます。それでは行ってきます。無事 実家に戻ってきました。もっと寒いのかと思ったけれどそうでもなくてほっとしています。今日はめちゃくちゃ早くついたので、実家から急行で二つ目の駅まで空港バスに乗ってあっという間に帰ってきました。父のPCをつけたらXPのサービスパックの更新がきていたので何気なくクリックしたら、ものすごい量で、おまけに話に聞いていたサウンドカードに問題がでて、サウンドカードのドライバをDLしてインストールしていたら、今頃になってしまいました。明日は四十九日なのでもう寝ます。おやすみ
2004.10.29
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昨日はメインサイト関係の友達が集まって食事会をした。みんなお子さんをインター校に通わせていて、子供たちはみな中学以上と大きい人ばかりだ。場所は銅鑼湾の「アナスタシア」というイタリアンのレストランだ。香港には珍しくちょっとしゃれたお店だ。最近はこんなお店がどんどん増えていて嬉しい。カクテルなども豊富でちょっと呑むだけでも充分使える感じだ。昨日のメンバーは6人、馴染みのメンバー5人と、楽天で知り合った桃さんは最近香港に来たばかりで、きっと参考になるだろうとお誘いしたら快く参加してくださったのだ。このような食事会はお昼には何度かしたことがあるけれど、夜は初めてだ。夜の方がやっぱり落ち着いていい感じだ。ここはハッピーアワーもあって全ドリンクがBuy 1 Get 1 freeなのでお酒が好きな人には嬉しい。メンバーのお子さんのうち二人は大学受験を控えていて、その準備、TOEFL, SATなど参考になる話をたくさん聞くことができた。うちの娘にも早くTOEFLを受けさせなくてはいけない。来年からTOEFLは新しくなってもっと難しくなるらしい。一人の方はお子さんが日本の高校を受験するため、そのために、TOEFL,ケンブリッジ英検などに挑戦したお話や、母親も面接を受けないといけない話など、これまた私の知らない世界で参考になった。どちらにしても海外から日本の学校を受験するのは、帰国子女枠を使えて優遇されるものの、国内にいるのと違って、それなりに準備をすることがたくさんあるのだと思い知らされた。学校はそれに対してサポートやアドバイスはいっさいしてくれないので自分で準備するしかないのだそうだ。TOEFLのためには日系の塾に行ったり、アメリカ系の受験サポートスクールに行ったりすることで準備ができるけれど、お金もかかるし大変そうだ。ある程度年齢が大きくなってからインターに編入した場合は、英語で指導してくれる塾よりも、日本語でわかりやすく説明を受けた方が身につくようだ。だから塾の意味があるんだと思う。今回驚いたことが一つあった。「海外子女教育」という海外子女教育振興財団が発行している会員雑誌がある。財団に会費を払っている日本企業に配られていたり、財団がやっている通信教育をやっている人のところにも送られるものだ。この雑誌、10月号は香港のインター校特集をしていて、某塾が協力して香港のインター校をいくつか取材していた。書いてあることは特に特別なことではなかったけれど、インター校に通わせている母親たちが集まって座談会を開いて、その様子などものっていた。そして、香港のインター校について書いてあるサイトがいくつか紹介されており、その中に私のサイトもあった。普通は雑誌に掲載される場合は、E-mailかなにかで事前に連絡があると思うのだけれど、今現在、私は受け取っておらずまったく知らなかった。そのうえ、URLがTopのページではなくMenuから紹介されており、なんだか気持ち悪い。前もって知らせてくれていたら訂正してもらったのに、そう考えると腹立たしい。既にこの件に関してメールで問い合わせをしているのだけれど、返事はまだない。
2004.10.28
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臓器移植の話なんですけどね、知人のサイトにリンクされていたエッセイを夢中になって読みました。臓器のドナーの記憶がレシピエントに引き継がれることがあるということです。移植前はビールは飲めなかった人が移植後、すごくビールが飲みたくて飲みたくてたまらなくなり、チキンナゲットも大好きになったとか、移植前はレズビアンでジャンクフードばかり食べていた人が、移植後、肉が食べられなくなり、性の嗜好まで変わってしまったりと、不思議なことがいっぱいあるのです。追跡調査をしてみると、ドナーが同じような嗜好があったりするわけです。詳しくはhttp://www.sfms.org/sfm/sfm804d.htmを読んでください。おもしろいですよ。私が思うには、移植手術の際にドナーの魂が側にいて、自分が死んでも他人の体の中で生き続ける臓器に、彼らの念が執着してしまうのではないかと思うのです。普通に科学では解明されない世界なのかもしれませんよね。リンク先にはもちろん科学の世界とは明らかに違う次元のものもあって興味深いです。それから最近話題になっているスギヒラタケを食べて脳症になる話も気になりますね。検索をかけて出てくるのは、食べられるキノコでおいしいということばかりで、毒性があるなんてどこにも書かれていません。1ヶ所で起きたことなら、その土壌が汚染されているとか考えられるのですが、場所があちこちに飛んでいるためそれは考えられません。娘は、スギヒラタケが長い年月を経て、人間に食べられないために少しずつ毒性のある体質に進化していったのでは?と言っていました。キノコは生きているし学んでいるというのです。そんなことあるかな?たかがきのこ、菌やのにね。自分だけでは変われないから回りの環境も利用していると娘は考えているらしいけれど、まあ本当のところどうなのでしょうか?それだったら、しょっちゅう食べられているしいたけはどないなるねん?と聞いたら、「しいたけはアホやねん。」だって。これがオチですか?しいたけは人間が管理して育てているから別物だそうです。でもたぶん、亡くなった人のほとんどが腎疾患があったそうなので、その辺と関係しているのでしょう。同じ物を毎日食べつづけるのは危険ですね。今日の日記は堅いですね。明日はもっと柔らかい内容にしよっと。すみません。堅い話のついでです。日本人のバックパッカーがイラクで人質になっていますね。48時間以内に自衛隊を撤退しなければ殺されるということです。前のとき(3人つかまる)と違って、今は慎重にならなければなりませんね。だって、既に数人が首を切られて殺されています。以前と違って、イラクに対してのアメリカの意図がわかるだけに自衛隊が残ることに私自身が意味を見出せなくなっています。小泉さんは撤退しないと言い切っているし、どうなるんでしょうかね。でもやっぱり彼の首が切られたらつらいですよ。やりきれないですよ。日本の人たちはどう感じているのかな?あ~こんな時期にどうしてイラクへ行ったのかな?
2004.10.27
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今日は寝不足で頭が重い。今日からだんなが中国へ行くので、その前に日式に行こうということになって、二人でアバディーンにある行き着けの日式レストランに行った。焼酎をキープしてあるしお料理もまあまあいける、そして私たちは常連なのでスペシャル料理をただでふるまってもらえるのだ。昨日も3~4品はただ料理 石鯛を塩焼きしたのが出てきて大満足!このレストラン、たいてい私たち家族とKさん、Sさんの4人しか日本人は来ない。でも昨日は4人も知らない日本人がいた。私たち夫婦、その4人、そしてあとからSさんが来たので合計7人になって、ついに香港人の数より日本人が多くなったのだ。こんなことはめったにないのでちょっと興奮したぞ。ほろ酔い気分で家にもどりだらだら夜遅くまで起きていて、さあ寝ようと思って自分の部屋に行くと、ベッドの上で娘がテレビを見ていた。何を見てるのかと思ったら、Bush VS KerryのDebateを見ているのだ。私は眠いのでそのまま寝ようと思ったのに、AntiBushの彼女はBushの発言のときになったらいっぱいつっこみをいれて、私にも意見を求めてくるので寝れない!もっとすんなり彼らの言っていることがわかればおもしろいのかもしれないけれど、そうするためにはしっかり起きてテレビに集中しなければならない。気になったことは一つ、Kyoto ProtocolとKyoto treatyの二つの言葉が使われていたけれど、Debateの中でprotocolとtreatyどっちも同じ意味で使われていたのかな?Kyoto Protocolが京都議定書の正式な英語名みたい。treatyは条約でprotocolより重い言葉のようだけれど、京都議定書は国際条約と同じように扱われているらしい。Bushはこれにサインしていないんだっけ?二酸化炭素を減らす率を他の国と同レベルにすることをいやがっているようだ。どうして?という質問に、「私は違うやり方で地球温暖化を防ぐように考えているからサインしない。」というような発言をしていたけれど、それならきちんと「違うやり方」について説明しなくちゃいけないのにそれもしない。と娘につられてAntiBush発言をしちゃいましたが、正直なところKerryさんもあまりぱっとしませんな。ああ眠たい。
2004.10.26
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うちのスタッフは女ばかりの6人姉妹の上から3番目まるで渡る世間は鬼ばかり並にいろいろ問題が発生する。実は母親がものすごい人なのだ!もし男の子がいたら、あんな姑さんのところには嫁は来ないかもと思うぐらいすごいおばばだ。もうすぐこのすごいおばさんのお誕生日なので6人の中で既に嫁いでいる4人が、ああでもないこうでもないと頭を痛めている。誕生日パーティーのイベントだ。去年は、スタッフの息子、長女の娘(この子がすごくかわいい(~o~))、そして次女の娘(当時は赤ちゃん)の3人の孫からおばあちゃんへプレゼントを渡す段取りをした。日本のじじばばだと、孫からもらうプレゼントでメロメロのはずだ。彼女達もそういう気持ちで段取りをしていたのだ。ところが、このおばばは、「孫からではなく娘達から直接受け取りたかった。」と怒り出したのである。こんな感じでおばばが原因で年中いざこざが絶えない家族なのだ。それでも無視はできないということで、今年もこのおばあさまのために何やら考えているよう。電話を聞いていると、やたらケーキがどうのこうのという話が聞こえてくるので、先に話を聞いていたうちのだんなに聞いてみると、どうもケーキ屋に誕生日ケーキよりももっとすごいケーキを特別オーダーしておばあさまの度肝を抜こうと考えているらしい。値段はウエディングケーキと張り合うぐらいらしい。どんなケーキになるのか知らないけれど、果たしておばあさまの気持ちを動かすことができるのかどうか楽しみだ。あれだけケーキのことで騒いでいたのに、今聞いてみたら、WeddingCakeを調べたら3000ドルと言われたとかで 結局びっくりケーキは没になったらしい。そしてなんとおばばから直接リクエストがあったとかで、レストランで予定していたパーティーが、屯門のBBQサイトになったのだ。今年の誕生会は是非家族でBBQをということらしい。娘たち母親に逆らえないので(逆らうと後々大変なのだ。時には警察沙汰になる)遠いけれどBBQに決まったらしい。ケーキは結局 2ポンドのありきたりのケーキになったんだって。しょうもないなあ。WeddingCakeはさて何ポンドあると思いますか?
2004.10.25
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ゆうべは音楽趣味仲間と久しぶりのオフ会。メンバーの一人のおうちに集まって、持ち寄りビデオ、DVD鑑賞会をやった。メンバーのほとんどはヘビメタとハードロックが好きな人ばかりで、私だけがちょっとoff the wallというか彼らがoff the wallなのかどっちかわからないけれど、懐かしいRainbowから鑑賞会ははじまった。RainbowのMTVを集めて一つのDVDにしているもので、中には私の知っている曲もあったので楽しかった。それに80年代らしいビデオで結構おもしろかった。ドラムがコージー・パウエルのものは特に楽しめたな。私はコージーのたたきっぷりがほんまに好きで、ある意味セクシーさも感じてしまうのだ。スティックをまるで箸のような感じで扱う姿はめちゃくちゃかっこいい。サラッとたたいてもしっかりハードロックのドラムなんだからすごいよねえ。その後は何を見たっけ?そうそうDIOというバンドだった。これはほとんど興味なし、スラッシュというカテゴリーに属するSlayerなるものも見せてもらって、ああこれがスラッシュという音楽なんだといことをお勉強。最後はKISSの日本公演(昭和52年武道館)のお宝ビデオを見た。これは私も昔に見たことがあるような気がしてならなかった。エンタテイナーという言葉がぴったりのすごいステージだ。ギターが燃えたり、ジーンが火をふいたり、プロレスみたいな感覚で楽しむアメリカンロックンロール、でもギターもボーカルもすごいのでびっくりしちゃう。Detroit Rock Cityという映画を思い出してしまった。このような感じで、母がいなくなって1ヶ月がたって、泣かない日が少なくなって、だんだん悲しみから癒されていくということがわかりはじめてきた。そうだ!今朝からPちゃんの通う日本画の教室を娘と一緒に見学に行ってきたよ。Pちゃんの楽しそうに取り組む姿を見ていたら、私もゆったりと何かを習いたいと強く思うようになってきた。娘はああいうアートが大好きなのでやってみたいと思っているようだけれど、大学へ行くためのものなら、もっと基礎をしっかりやるべきというアドバイスを先生にいただいた。まったくその通りだと思う。またそっちの面で頑張らなくちゃいけないな。大変だわさ。ありがとうPちゃん
2004.10.22
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ゆうべは待ちに待ったEAGLESのコンサートホンハム駅の大堂で7時半に待ち合わせだったので、結構余裕を持ってバスに乗ったのにも関わらず、めちゃくちゃ混んでいて開演時間8時ギリギリに待ち合わせ場所に到着した。めちゃあせったよ。すんません。お待たせしてタイのコンサートのことが新聞にのっていて、そこでは開演がすごく遅れたと書いてあったのだけれど8時15分にいきなり会場の照明が暗くなって、あっという間にコンサートが始まった。この始まり方はちょっとびっくり。1曲目はイントロを聞いたら誰でもわかる"Long Run"だ。そうそう、席は588ドルのところにもかかわらずステージから結構近くて、メンバーが歌っているのを後ろから見ることになるのだけれど、それでもユーミンの時よりずっと良い席だった。スクリーンもちょうど私たちの右手に大きいのがあってラッキー、ただし映像が左右ひっくりかえっており、メンバーみんなサウスポーになっていたのには笑ったけれどね。2曲目、3曲目はホテルカリフォルニアから2曲ということで、"New Kid in Town"そして"Wasted Time"と続いた。グレン・フライの優しいボーカルも素敵だけれど、ドン・ヘンリーの"Wasted time"は心に染み入るような気がしたよ。今回のコンサートはグレン・フライが頑張っていたな。その次は"Peaceful Easy Feeling"だったかな?もうこのあたりから曲目ははっきり覚えてないけれど、"I can't tell you why","In the city","Already Gone","Take it to the limit"などなど、この曲ドン・ヘンリーの曲やったっけ?と思った、"Boys of summer"(80年代って感じで懐かしいよ)そして"One of these nights"これまた最高でした。でもなんと言っても私が楽しみにしていた、Joe Walshの"In the city"は予想通り素晴らしかったな。ワッツァ~~プッ?確かその後Breakに入って、次のステージはHell freezes over風で、メンバーがずらっと横並びで椅子に座っての演奏だった。これって目の前で見たかったなあ。ドン・フェルダーがいないのが寂しかったけど、まあそういうのもあまり感じさせないぐらい楽しませてくれました。長い曲だけれどすぐにできたという"Lyin'Eyes"この曲はイーグルスの曲の中で一番かわいい曲だと私は思うんだけれど、とっても良かったよ。そして"Tequila Sunrise"なんかがあったのかな?私の大好きな"Love will keep us alive"も確か後半だったと思うんだけれど、これは涙ちょちょキレもんだ。Hell freezes...ではジョーがギターを膝の上にのせて、ギターに顔がひっつきそうな感じで弾いていたけれど、昨日は普通にやってたなあ。って立ってやってたからあたりまえか!ティモシーは昔とちっとも変わっていなくて声も素敵で良かったよ。その後、あまり知らない曲がいくつかあったけれど、どれもノリノリで楽しませてもらいました。Joe Walshがヘルメットかぶって、ちょっと酔っ払いみたいな感じで歌う、"Life's been good"はめちゃくちゃおもしろくて、最初の出だし"I have a manshion..."ってところを無理に音はずしたり、"They say I'm a crazy but I have a good time"ってところも上手にやってた。やっぱりJoeが一番!と思わせてくれる見所かな?そして誰でも知っている""Heartache tonight"と"Life in the fast lane"でとりあえずおしまい。もちろんアンコールに続くわけだけれどね。アンコールでやっと"Hotel California"登場こっちはHell freezes overのホテルカリフォルニア風ではなく、もっとイントロの短いやつね。でもなかなかのりのりで、オーディエンスも共に大合唱状態。この時、他に何か曲やったっけ?その次2曲はホーンセクションがおもいっきり目立っていて、グレンフライ踊りまくり、のりのりの2曲だったけれど、私にはなじみの無い曲でして、オリジナルセットリスト通りなら、"Rocky Mountain Way"と"All she wants to do is dance"だと思う。つまりグレン・フライが踊ってたのはそういうわけなんだよね。そしてまた引っ込んで、結局お待ちかねの"Take it easy"と"Desperado"が最後の最後だった。出てくるのがわかっていても"Take it easy"と叫ばずにはいられない感じで、あのギターをジャンジャカかきならすなじみのイントロが出てきたときはほっとした。これまたみんなで大合唱。"Desperado"はDonのボーカルにレスペクトしながらしんみり心行くまで楽しんだって感じ。客たちはこれでもうおなかいっぱいって感じで幸せそうだったよ。もちろん私も帰りのバスの中、MDでHell freezes overを聞きながら、ああこの声の持ち主が今まで目の前にいたんだ~とうっとりしながら帰路につきましたわさ。ああ楽しかった。ハーバーフェストからこっち、香港でコンサートを見る機会が増えてきて嬉しい。昨日のEaglesの様子を見た感じでは、同じぐらいのバンドなら充分集客力があるんじゃないかな?でも若い世代のバンドはどうかな?難しいけれど、このままビッグな人たちがわんさかきてくれるといいな。
2004.10.21
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台湾で香港人ツアーが事故にあった。場所は「非情城市」という映画で有名な九份運転手が携帯で話ながらすごいスピードを出すので、みんながスピードを落とすようにお願いしていたのに、その運転手はスピードをゆるめることなく走りつづけて、ガードレールと接触後、道路から下におちたようだ。なんと飲酒運転、今までにも飲酒運転で2度ほど免停になっており、ひどい運転手だったらしい。バス会社は保険をかけていたが、飲酒運転のため保険金がおりないということだ。ついてないな。昨日はさっそくご遺体たちが飛行機で香港にもどってきた。この手際よさはすごいなと感心する。怪我をしている人たちも一緒だ。婚前旅行に行って彼女だけ死んでしまったカップルはかわいそう。新聞の見出しは残酷だ「婚前度暇変死亡之旅」漢字ってわかりやすいけれどわかりやすすぎて痛いなあと思う。ちなみに事故のことを意外(イーゴォイ)といいます。それが車の事故になると車禍(チェーウォー)(示)偏度暇(トーカー)ホリデイツアーのことは旅團(ロイテューン)ツアー客のことは團友(テューンヤウ)おばあさんツアー客は老婆婆團友です。今日はたまたま新聞があるのでチェックしてみました。今日はいよいよEaglesです。楽しみ楽しみ夕べはHell freezes overのビデオでお勉強しました。
2004.10.20
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昨日 ギターのおじさんの素敵なPlayを楽しんだばかりだけれど、来週はいよいよEaglesのコンサートだ~チケットはめちゃくちゃ高かったので、私は一番安い席で、ボウイのときと同じように、仲良しの友達とわいわいがやがや楽しむつもりでいるのだ。今は予習のため彼らのビデオを見ているところ。何度も何度も見たビデオだけれど、何度見てもWalshのギターが好き。いつか上手にそれらしくギターをひけるようになりたいけれど、ぜんぜん上達しないので困っている。そろそろ習いに行ったほうがいいのかな?Eaglesはきっと豆粒みたいにしか見えないと思うので、高い双眼鏡を買ったほうがいいかも。そんなに高い双眼鏡買うくらいなら最初からS席を買うべきだったのか!何でもいいから双眼鏡もどきみたいなものでもいいから持っていこうと思ってる。明日は友達とのみに行く約束をしている。だんなも一緒だ。この友達とだんなと3人で飲みに行くのは苦手だけれど、今回は私がいない間にのみに行く話が決まったみたいなので仕方ないな。でも出かける予定があるのは楽しいな。
2004.10.16
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今日はお昼の3時からビールを飲みながら、かっくいい ギターおじさんのすんごいPlayを楽しんできました。おじさんの名前はGeorge Lynch、LAメタルバンド Dokkenの元ギタリストで今はLynch Mobという彼のバンドを持っています。別に彼のファンというのではなく、実はこの名前を知ったのはつい10日ほど前です。実家にいる間、時間があったのでメタルCDをむさぼり聞いていたときに、某掲示板でジョージさんの話題が出てきて、うちのCDラックの中にもこの人のCDがあったのでさっそく聴いてみたのです。で、今日ハードロックカフェでギタークリニックというイベントがあるよということで思い切って行ってきたのです。曲のことはぜんぜん知らないので感動というほどのことはなかったけれど、どないなってるの?と思うぐらい早く動く指、ピックさばきといい、他のなんとかいうスキルといい、おじさんはこれをどうやってやればうまくできるのかわかんないよ。とクリニックの最中に返事に困っていたけれど、本当に難しそうなことを簡単にできるすごい人でした。ギターの知識がほとんどない私にはこんな風にしか書けないのでした。すみません。とにかくギターのみのライブのあとで、ギターについての質問を受けるというのが今回のイベントのメインでして、その後にサイン会がありました。私は実家からリンチモブのCDを持ってきたので、それについていたポスターと、今日新しく買ったCDと2箇所にサインをしてもらいました。そして並んで写真もとってもらって大満足!香港にもツアーで来てくれると嬉しいんだけれど challenging placeと言っていたとおり、ここはああいう系の音楽不毛の地だもんね。ディープパープルの興行実績も参考にしているみたいでしたが、やっぱり無理っぽい?まあ本人も見たことだし、最近ちょっとハードロックを聞いているので、リンチさんのCDをじっくり聞いてみようと思っています。
2004.10.15
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今朝のテレビで異様な光景を見てしまった。Legcoの集まり(立法議会?)に長毛がいるのだ!長毛とはかつてActivistで梁国雄という名前の政治家だ。今回9月12日に行われた選挙に立候補していてなんと当選したのだ。そして長毛というのが愛称で、英語のニュースではLong Hairと呼ばれている。(彼のメルアドにもlonghairが使われている)この人は釣魚島(尖閣諸島)返還の運動をしていて、それを通して初めて知ったのだけれど、かなり長髪で、いつもチェ・ゲバラのシャツを着ていた。このシャツ私も長毛の影響で最近買ったのだけれど、相変わらずLegcoの議会にもこのTシャツを着て参加しているのだ。なんというのか、その姿を見てちょびっと感激してしまった。それでバカみたいに、「なんでこのおっさんこんなところにおるん?」と家族に聞いてしまった。そしたら二人同時に「なんでって、この前のLegcoの選挙で当選したからやん」と言われた。当選するなんて思っていなかったのではっきり言ってびっくりしてしまった。そこにおるんだから当選したのにきまっているのにアホな私。でもせっかく当選したんだから香港のために頑張って欲しいと思う。今日の彼は赤いゲバTを着ていた。あれ欲しいな。どこで買ったのかな?メールして聞いてみようかと思っている。もちろん激励のメッセージもつけて…
2004.10.14
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この10年間で1ヶ月以上香港を離れたことがあっただろうか?最初の2,3年は夏休みのため長期滞在をしていたような気もするけれど、1ヶ月以上というのはたぶん無かったと思う。さて、久しぶりの香港ですが、特に感動もなく今までの香港と同じでした。まあ自分の住むところに戻ってきてホッとしたなあというのは同じでした。ただ何が違うかと言えば、母が亡くなってしまった今、以前のように母に異変がおきないかとか、絶えず母の体調を心配して、びくびくしていました。今は心配する必要はもうないんだというのがかなり寂しい。心配しながらでも存在して欲しかったと思うのです。もちろん実家にいる父と弟がちゃんとやっているだろうか?父は寂しがっているだろうなとか、そういうことを考えるとこれまた心配なんですよね。母の心配はなくなったけれど、新たな心配かな?親御さんをおいて香港に来ておられる人はいっぱいいるだろうけれど、やっぱり心配ですよね。それから一番一番つらく悲しいのは、今までだと実家に電話すると母のソプラノできれいな声が受話器に響いたのに、あの声がもう2度と聞けないのだなあということかな?だって、私は香港にいて、母の姿が見えない状況でつながっていたでしょう。私にとって声は重要だったみたい。それに今気づいた感じです。まあ長期日本滞在を経て、いろいろと考えることもあって、今後の生活も改善していきたい点もあるのだけれど、帰ってきたら仕事もあるし、そうは言ってられないというのが実情ですけどね。また今月末日本に戻るので、それまでにできることしておきたい。
2004.10.13
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9月6日に日本に戻って1ヶ月以上こっちにいたので、香港に帰るのがちょっぴし恐い気がする。もちろん実家の父のことも心配ってこともあるんだけれど、これだけ長く日本の楽チンな生活にしたって、おいしいものを毎日食べて、仕事もないのでのんびり過ごす日々に慣れてしまうとやっぱり考えてしまうわ。香港がいつもの楽しい香港で、やっぱり香港大好きと思えますように。でもまあ29日にもう一度日本に戻るんだけれどね。今日は母の入院証明書ができたので病院に取りに行ってきた。ここで母が息を引き取ったのだなと、母が入院していた部屋を下からながめていた。明日、空港へのリムジンバスも病院の横を通過していくので、またしんみりと病院をながめそうだ。今日のランチはちょっとスペシャルだった。別にそんなところに行くつもりはなかったけれど、たまたま寄った場所においしそうなパン屋があって、結局そのレストランで食べることになったのだ。父と二人で入るような店ではなかったよ~お店は主婦でいっぱい。平日だから男性は少ないけれどそれでもいる。焼きたてのパンを好きなだけ食べられるのがこの店の売りだ。今日のスープはごぼうのクリームスープだった。意外とおいしくてびっくりしたよ。サラダのドレッシングはシーザーズだったけれどほどよく和風にアレンジされててこれまたおいしかった。メインはハンバーグカレーだった。カレーが入ったお皿にハンバーグとプリンカップの量ぐらいのバターライスが添えられていた。カレーもぴりっと辛くてソースの域を超えて、カレーとしてしっかり楽しめた。特においしかったのはその後で出てきたゆずのシャーベットだ。これはぶっとぶぐらいおいしかった。また食べたいシャーベット。この店の名前はサンマルクあちこちにお店があるらしい。本格的なパンとちょっと趣向の変わったケーキもおいしそう。レストランはかなり本格的でランチと言えどしっかりコースになっている。だからデートで使ってもOKそう。実はお店で従兄弟をみかけた。手を降ったけれどわからなかったみたい。でもこっちの方をチラチラ見てた。父は相手の女性を見て、「嫁はんと違うな。」というわけで見なかったことにした。ああ もうこんな時間明日は早いからもうそろそろ寝ようかな
2004.10.12
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今回 母の入院を通して久しぶりに日本の医療に触れることができたので、それを忘れないうちに書き留めておこうと思います。前回の入院と言えば、祖母が近所の総合病院に半年ほど入院ときで、結婚する1年ほど前のことでした。このときは完全看護でしたが、点滴や傷の処理以外の患者の世話はおもに家族でしていた記憶があったので、今回の母の入院で私たちにすべてできるのかとても不安でした。しかし、看護師さんたちがものすごく丁寧、頻繁に患者の身の回りの世話をしてくれて、私たち家族ははっきりいって何もする必要がないと言っていいほど、徹底していました。例えば、お風呂に入れない母のために、熱いタオルを何枚も使って、毎日きちんと体を拭いてくれたり、下のほうもものすごく丁寧に拭いてくれるのでさっぱりします。そして髪もパーマ屋さんみたいな設備できれいに洗ってくれます。最後の二日間おむつをしていたのですが、汚れたときは水をかけてきれいにしてくれます。そうそう、足も大きなタライを持ってきてくれて、ボディシャンプーを使ってきれいに洗ってくれたり、20年近く前とかなり違うなと感じたのです。だから当初、看病に対してものすごく不安があったのですが、私たちは食事の世話をしてあげたり、着替えのときにちょっと手伝ったりするぐらいで、殆どの時間をテレビを見たり本を読んだりして過ごしていたのです。最後、昏睡状態になっていたため、床擦れの心配があったのですが、これも数時間おきに看護師さんがやってきて、母が寝ている角度を変えてくれて、クッションを使って楽なようにしてくれるのです。昏睡状態でも、きちんと母の名前を呼んで、「今から○○しますよ。」と声をかけながらしてくれるのも嬉しかったです。亡くなった後の処理のときもこのやり方は変わらず、まるで母がまだ生きているような感覚になったぐらいです。最後まで1人の人として扱ってもらえて良かったねと思いました。母は看護師さんやドクターに気を遣っていたのか、看護師さんが来てくれたり、ドクターがのぞきに来てくれるとにっこり笑って本当に素敵な笑顔をふりまくのです。実は昏睡におちいってからも、なぜか彼らがくるとニッコリ笑っていました。だからその笑顔に先生はつらそうにしていました。あの母の笑顔は本当に素敵でした。私にも一度だけしてくれたけれど、私だとわかると怒った顔してたなあ。というわけで、短い入院生活でしたが、本当に良い人たちにお世話してもらって、体はしんどかったと思いますが、気持ちよく過ごせたのではと思います。
2004.10.07
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最近 日本の暮らしも長くなって、当初どんなことでカルチャーショックを受けていたのか忘れかけています。うーんと 考えて思い出したことは、洗剤など日常使うものの種類がものすごくたくさんあるってことでしょうか?例えば、柔軟材なのですが、香港ではソフランとか、その棚に並んでいる似たような物の中から、Sale品を選んで中味を詰め替えて使っています。色ごとに香が違うと思うのですが、それぐらいで特徴なんてありません。ああ、でもおすすめはダウニーかな?香りが良くて経済的な感じがします。でもこっちでは違うのです、ふんわりとかしわなし、または使った後でたばこなどの臭いがつきにくいとか、一つのブランドでもさまざまな種類があるんです。便利なのはプラバックの詰め替え用もきちんとあることかな?父の好みと私の好みが若干違うので困っています。同じことがナプキンにも言えるかな。ナプキンの種類がいっぱいあって、どれを買うべきか迷ってしまいます。あまりにもコテコテは蒸れたりして嫌いなのでシンプルなものを買ったらぜんぜん駄目商品でショックでした。ナプキンは慎重に選びましょう。もったいないけれど、使い分けするのはいいかも。でも、これってUNYやジャスコで買い物している人たちには当たり前のことなんですか?私、日用品は家の近所の薬局か百佳でしか買わないのでわからないのです。UNYは半年か1年に1度しか行かないので…
2004.10.06
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日本に関するカルチャーショックを私がぶつぶつ書いても、日本にいる人や、香港に来たばかりの人にはどうってことないんだなと今わかりました。でもやっぱり日本を10年も離れてしまった私としては書かずにはおられない。そうだそうだ、今日は男の子について書くんだったな。女の子のぎょっとする化粧やファッションに比べて、男の子は結構ソフトな感じかな?電車の中で見かける高校生の男の子には、昔いたようなつっぱりタイプは0で、みんなさっぱりとしたおしゃれなのが多いよ。野球部の男の子は今も昔も変わりなく坊主なのでかわゆい。後はね、男の子全般、髪型がおしゃれなんですよ。ジャニーズ系の男の子はそのへんにうじゃうじゃいるってことがわかりました。これは奈良の田舎の様子なので都会にいけばもっと違うかな?私がいやだなあと思うのは、タオルを頭にまきつけて後ろでしばっている(よくV6の盛田がやっているような)子が結構あちこちで見かけるのだけれど、あれは好きじゃないな。なんだか昨日もタオルねただったなあ。あんまり強烈なカルチャーショックは男の子に対してはないなあ。今日は一日中冷たい雨が降っていてどこへも行かず家にいました。結構お掃除は念入りにやったし、朝からはネット三昧、そして今度一度挑戦してみようかと思っているTOEICの模試をネットで受けてみたら、790点でレベルBだった。800点とれなかったのがショック!でもこれでどのあたりから始めればいいのかわかったのは良かったな。それからそれから、毎晩御詠歌を歌う前に唱える般若心経にはまっていて、日本にいる間に暗唱してしまおうと頑張っている。今のところ半分ぐらいかな?結構おもしろいのでした。
2004.10.05
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こっちの暮らしもずいぶん落ち着きまして、今帰りのチケットを予約しています。確定は13日ですがそれより少し早い日程をWaitingしています。ところで、今回長いこと日本にいていろいろとカルチャーショックを受けたので今日はそのことについて書いてみたいと思います。まず、女の子の顔です。まあこれは若い子に限るんだけれど、化粧が濃いというか、たぶん目の周りを入念にやっているみたいで、そういう子たちの顔がみんな同じに見えるんですよ。特徴がないって言うか、それぞれ個性を消してしまっているような感じがするんです。服装は顔に反して個性的なものが多くていろいろなんですけどね。それから髪型も同じような感じの子が多いです。昔ももちろんはやりはあったけれど、顔が違うので混乱はなかったけれど、今は髪型がなんていうのかなトップがおもたーい感じですそはシャギーですぼまっているような、そんな髪型が高校生から短大生に多いように思います。この髪型の子はたいてい同じような化粧をしていて余計混乱します。男の子たちはどう思っているのかな?こんな同じ顔の女の子にかこまれているとわけわかんなくなってきそうですね。かえって、女子高生の中に今も昔も必ず存在するまじめくさくて、ださーいタイプの女の子に遭遇したとき新鮮に感じてしまうのです。ああこんなさわやかな女子高生いいなあって思うわけです。変でしょ。ここでは時々だけれどルーズソックスの子も見かけますよ。それから、これだけはやめてと思う変な流行は、おっさんみたいにタオルを首にかけている女子高生です。これは男の子にも結構多いのだけれど、電車に乗っているうら若き女子高生が首にタオルを引っ掛けている姿は見苦しいです。格好からしてクラブの帰りっていうのはわかるんだけれど、どうもこれだけはやめて!といつも思います。明日は男の子について書きましょう。
2004.10.04
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