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スタッフの親友、Aチーはつい最近まで、某有名バンクで働いているお金持ちのボンボンの彼がいて、二人でオーストラリアに旅行したりと夢のような生活をしていた。でも、結局、彼は人生の伴侶としてふさわしくないとかできっぱり別れて、エステで働く資格をとるために学校に通い始めた。なんでも資格をとるのには5万ドルだったか8万ドルだったか忘れたけれどとにかく結構高いのだ。実は、彼女が減肥マッサージの技術を身に付けるためにモデルを探しているとかで私に声がかかった。スタッフは既にFacialのモデルとして2回ぐらい声がかかっており、減肥のモデルはTバックをつけるだけのスッポンポンにならなくてはいけないからいやだと言って、私が彼女のかわりに行って来た。それほど期待はしていなかったのだけれど、場所はTSTの繁華街、ある商業ビルのいくつかのフロアをこの学校がかりており、教室とお店が一つの場所に集められているようなところだった。広い部屋にベッドがいくつもならんでおり、その日はAチーと同じエステの玉子達がそれぞれモデルを用意しており、さまざまなマッサージを先生の指導とともに練習していた。私は太ももとおなかのセルライトを消すための電気マッサージをしてもらった。といってもマッサージによくあるようなプラスマイナスの電極を体にはってピリピリと電気を流すだけのよくあるやつ。うまくツボに当たらない限り筋肉がプルプルすることは無さそうだ。針を刺すような刺激が定期的に肌に感じるぐらいだった。それが終わったあとは、バイブレーターの先の器具を交換しながら脂肪をブルブルマッサージしながら、セルライトを押しあげていくようなマッサージ、こちらは先の器具が4種類ぐらいあって、すべてを使いながら両足、両腰、お尻などをまんべんなくマッサージしてもらったので、体中がかゆ~くなってきた。でもこんなんでセルライトが消えるとは思えず、結構気持ちいいのでしばし、ぐうぐうお昼寝させてもらった。Aチーは脂肪だらけの私の体を一生懸命マッサージすることでかなり疲れた様子。途中でフゥーとかいうため息みたいなのが聞こえてくる。だってAチー細いもんね。力ないだろう。各自 やっていることが微妙に違うので、減肥のためのマシーンはいくつかあるようだ。でも結局これぐらいの方法で、今テレビや雑誌を騒がしているような極端な痩身ができるとは思えない。他にどんな必殺技があるのかはわからないけれど、これからもモデルとして声がかかるのか、それとも今日一回だけでおしまいなのかそれは私にはわかりません。でも練習にはうってつけの体やと思うんだけどね。
2004.11.30
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昨日は土曜日に飲みすぎたこともあって、ごろごろ寝てばかりの一日をおくってしまった。今日は朝から中国へ検品に行ってきたけれど、意外とシンセンから近くてお昼には羅湖へ戻ってくることができた。ちょっと買い物かマッサージを楽しみたかったけれど、一人でうろうろするとだんなが心配するのでまっすぐ戻ってきたのでこうしてこんなに早くオフィスに着いた。中国に行っている間に実家の父から電話があった。先日検査に引っかかってしまって、今日から精密検査のため2泊3日で入院したのだ。検査は今日行われるそうだけれど、今夜は動けないということで電話はかけられないと言って来た。おおげさな検査やなあ。なんでもないと良いんだけれど…帰りはチムトンまでKCRに乗って、初めてチムトンからチムサーチョイの駅まで連絡道を歩いた。間に何もお店がないのがちょっと寂しいけれど、早く歩けばあっという間にチムサーチョイの駅が見えてきて、香港駅とセントラルの間よりも近い感じ。カオルントンで乗り換えて人ごみの中をざわざわ行くよりもこっちの方がいいかな?最近 電話代わりに使っている便利なものがある。SKYPEというMSNメッセンジャーのようなソフトだけれど、IP電話を使えるのでメッセンジャーよりもつながりがよく声もクリアーで安定している。お客さんの一人にすすめられて使うようになったんだけれど、電話代もかからないのですごく便利。http://skype.livedoor.com/でDLできます。そんな感じでまたまた月曜日が始まりました。明日はすごく楽しみにしているイベントがある。明日の日記をお楽しみに。
2004.11.29
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家の近くの漁師町にある行きつけの日式レストラン、久しぶりに行ってみたらまたまた日本人がいた!前にも日記に書いたと思うけれど、前に来ていた人たちと同じグループのようで、前に会った人がまじっていた。今まで、私たち家族と、単独であと二人の日本人が静かにお酒を飲みながら食事する場所だったこの店、お互い同じ日に店にいても結構静かにしているので日本人がいると感じることもあんまりなかったけれど、昨日は5人のおじさんたちが結構騒いでいたのでまるで日本の居酒屋にいるようだった。その隣の席に香港人が座っても、そのにぎやかさに耐えられないと言う感じで私たちの方の席に移ってくるぐらいだった。私たちが香港人のにぎやかな席の隣になったときに感じる不快感を今回は香港人が感じているようでおもしろかった。この人たちいったいオフィスはどこにあるのかな?ちょっと離れたところにオフィス街っぽいところはあるのだけれど、市街地からはトンネルを越えた場所ということで不便な場所に違いないんだけどな。料理を作ってくれる店の板さんは、昨日も次から次へとスペシャル料理を作ってくれて、私がオーダーしようとしても、今日はおまかせだから頼まなくていいという感じだった。私たちが初めてこの店を訪れてから1年半ぐらいかな?かなり腕が上達したと思うし、びっくりするような料理を出してくれることもある。きっと才能があるんだろうな。いろいろ挑戦したいけれど香港人の口に合わないものが多いから、私たちが行くときだけスペシャルに作っているみたい。練習しているのかも。もっとおいしいメニューが増えるといいけれど、そうはいかないんだよね。それは香港人が頼んでいるものを見ているとわかるもん。昨日、オフィスのコンピューターの中に母が手術したばかりのころ、その病院で働いていた友人が撮ってくれた母の写真が残っているはずと、探してみるとやっぱり出てきた。家のPCはどこを探しても出てこなかったのでオフィスに違いないと思っていたのだ。ベッドの上でピースマークをして笑う母の顔は元気なころのままでふっくらと丸い顔をしている。亡くなる1年と4ヶ月前かな?この顔と比べると亡くなる前の顔は本当にやせて小さくなってしまっていた。ピースマークが皮肉だ。写真を見たら思いっきり泣けてきた。見たいけれど見たくない母を撮った最後の1枚だ。
2004.11.25
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昨日 水泳の仕事がはじまるまえに、他のコーチと一緒にバタフライの練習をしていました。私も彼女もバタフライができないんです。バタフライは一番上のクラスだけが香港人のコーチから習っているわけで、まあ私たちが担当しなくてもいいんですが、それではあまりにもひどすぎると思っていたんです。もう一人のコーチは娘さんが別のところで水泳を習っていて、彼女が今バタフライ練習中で、このままだと娘に追い抜かされるってことで練習を始められて、私もそれに便乗しているわけです。ちなみにうちの娘は学校のPE(体育)の時間にバタフライまできちんと教えてもらったみたいで、でかい体でザブザブ豪快にバタフライで泳ぎます。以前、娘からバタフライを習ったんだけれど、体を上下させながらクネクネ動く練習をしていて腰がギクッとなってしまい、それ以来練習していませんでした。でも昨日、香港人のコーチに見てもらいながら少しやったんだけれど、ちっとも前に進まないし私にはバタフライは無理かもしれない。でも一生懸命やりました。んで、夕べから体のあちこちが痛くてまいってます。日ごろ使わない筋肉をいきなり派手に使ったからなんだけれど、ほんまにつらい。歳は取りたくないなあ。
2004.11.24
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夕べは楽天のAさんが来港されていて、こちらの楽天仲間と一緒に食事をしてきました。Aさんがどうしても食べたいということで、52オンスのステーキを注文したところ、骨付きのでっかいステーキで高さが15cmぐらいあるように感じました。ミディアムレアということだったけれど、表面を炙っただけという感じで、中は結構赤くて気持ち悪かったけれど、わりと柔らかくておいしかったです。メンバーの一人が気を利かせてソースを持ってきてくれていておいしくいただきました。(ごめん 気が利かなくて)普通のステーキだと思っていたので塩コショウで焼いてくれとたのめばいいかと思ってました。それぞれ好きな部位を切り落としながら食べていたのだけれど、中はほとんど生状態だったので途中で再度火を通してもらいました。一緒に出てきたフライドポテトがおいしかったね。あれやこれやとおもしろい話に花を咲かせて、ビールをいっぱい飲みながら楽しいひと時を過ごすことができました。みなさんどうもありがとう。写真で見せてもらった郊外の町に私も一度行ってみたいな。長いこといるけれど知らない場所がいっぱいあるもんね。
2004.11.23
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今日 久しぶりにチャーガイ飯を食べました。最近この手の食べものから離れていて ほんとに久しぶり。チャーガイ飯というのは、叉焼(チャーシュー)のスライスと、白切鶏(鶏の蒸したもの)のスライスがご飯の上にぼんとのっていて、おいしいソースと、しょうが、ねぎを油で炒めたものに塩をたっぷりいれた特別ソースが添えられていてそれはそれはおいしいのだ。しょっちゅうは重いけど、たまに食べるとご飯がすすむのです。食べたことのない人はお試しアレこの他に、焼肉(シウヨッ これは豚の丸焼きスライス)乳猪(子豚の丸焼きスライス)皮のぱりぱり感がたまらん油鶏(たぶんチキンを醤油味で調理してる)焼鴨(ダック これまたおいしいのにあたるとほっぺがおちる)炭焼頚肉(豚のネックを焼いたもののスライス、タイ料理だけれどこれまたごはんに良く合う)などがあるんだけれど、二つ、三つとアソートが可能なので好きなものをのせてオーダーしてみてください。今日は楽天のオフ会があるようなんだけれど、詳しいスケジュールは未定みんなも参加できるかどうかわかんないのかな?
2004.11.22
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今日 食事の約束があったのでチムサーチョイまで出かけました。チムトンへ続く地下道の場所を発見。ああここからこうして行くんだなというのがわかりました。でも途中、ホリデイインでパンを買うためにホリデイインと書いてある出口へすすむと、すんごい階段になっていてびっくりした。こんなことならいつもの出口に出たほうが良かったかも。結局、そのまままっすぐチムトンの地下道へ進むと、チャットハム道の手前にエレベーターがあって地上に上がれるみたい。これを利用すると目的地まですぐだったことがわかりました。便利ですね。でもさ、地下道上(モディーロード)にあるおみやげ物屋さんやインド人のテーラーなんかは商売に思いっきり影響すると思いました。大変だけれど頑張れ~
2004.11.20
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今日はやせ我慢して夏の格好でおもてに出たらちょっと肌寒くて、ああ長袖の上着持って出たらよかったなとちょっと後悔。このまま涼しくなっていくのかな?それとも途中でまた暖かくなるのかな?香港の11月、12月 こういう日々を繰り返しながら少しずつ冬に近づいていく。結構今の季節はカラッとしていて過ごしやすくはあるけれど、雨が少ないので空気の汚れはひどく、時には息苦しく感じることもある。でも雨が続くよりましかな?私の実家のある奈良県では女の子が連れ去られ、痛ましい姿で発見された。最近の日本はこの手の事件ばっかり。奈良みたいな平和な田舎町でも起きるんだなとかなりショック。女の子の気持ちもご家族の気持ちも考えたらあまりにもつらすぎる。とにかくご冥福を心よりお祈りいたします。最近のさまざまな事件、いったい何が原因しているのかな?日本に帰るたびに感じる違和感、何かがおかしいぞ、人間らしくない人たち、同じ顔の若い子たち、電車でメールに夢中の人たち、私もう日本では暮らしていけないなと感じたりする。最低限のことができてないのかも。頭は育てても心は育てていないのかもしれない。私には何も変えることはできないけれど、考えることぐらいできる。だから考えたいなそうそう、今日 私が住んでいるエリアで日本脳炎に罹った人がいたことがわかった。エレベーターのところに張り紙がしてあったんだけれど、40歳の男性が今月初めから熱が出て日本脳炎だということが判明したらしい。日本脳炎騒ぎの場所とはかけ離れているので、いったいどこで蚊に食われたんでしょうか?ここのエリア内で蚊はほとんど見かけないもんね。謎だなあ。
2004.11.18
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今日はまたまた水泳ゆうべはやたら咳が出てあまり眠れなかったので結構しんどくて、行くだけ行って水に入るのはやめようかと思っていたけれど、みんなが私が復帰したことを喜んでくれていたので頑張って入りました。この2ヶ月でみんなもうまくなったみたいだし、一番感激したことは、説明を聞いてもなかなか体の動きに反映することができなかった子が、夏休みに特訓してものすごく上手になってたことかな?息をするのも大変でバラバラだったのに、今日はちょっとヒントをあげるとそれをきちんと実行できるようになっていた。子供って、ある時期が来るとぐーんと成長するんだなって、久しぶりに子供の成長の楽しさを味わわせてもらった気がした。これからの練習でもっときれいにもっと早く泳げるようになるといいな。次のレッスンが楽しみだな。でも本当に子供っておもしろい。きっと大人があせって後ろからいろんな言葉をかけても、この瞬間が来ないことには伸びないのかもしれない。それをできないからと無理にやらせたり、お尻をたたいたりすることでやる気をもぎとってしまうことになる可能性もある。じっくり腰を据えて瞬間が来たときにすっとジャンプできるように横でゆったり見守ってあげるのが親の努めだと思う。そこに躾やお勉強の助け、読み聞かせなどの肥やしをかけてやることを忘れずに。
2004.11.16
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今日は悲しいことがありました。たった1回(厳密には二つのレス)感じたことを書いた事で某サイトのある場所へ入れなくなったのです。さっきまではここで愚痴ったり、ぐちゃぐちゃ思っていたのだけれど、お風呂に入ってすっきりしたらどうでも良くなってきました。ただ一つだけ書いておきたいのは、人の意見にたいして自分が感じたことを影でコソコソ言わないで、その気持ちを自分で相手に伝えて欲しいってことかな。私って日本人らしくないのだろうか?娘にこの話をしたら、ゲームの世界でも、人のことはあれやこれやとすぐに言うくせに、自分が言われることにはぜんぜん慣れていないのが日本人というコメントをくれました。人に悪く思われないようにいつも気を使ったり、自分の意見をおさえたりするのが日本人なので、ママがよそのサイトで自分の考えをはっきり書くのもひかえたほうがいいとも言われちゃった。それが問題を起こさず平和に生きていく鉄則かもねえ。でもさ、私としては自分の考えははっきり言いたいし、それに対して反対意見があるのならそれも聞きたいわけですよ。だって反対の意見を聞くことしないと見る目も狭くなってしまって偏った人間になりそうだもん。うちなんて、私が当たり前と思っていることに対して、だんながズバズバつっこんでくるし、へえ、そんな見方、考え方もあるんだなって不思議に思ったり、娘もその輪の中によく入ってくるから我が家ではしょうもないことですぐに討論が始まるのです。おもしろいよ。
2004.11.15
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久しぶりに自分のベッドでゆっくり寝ました。おいしいコーヒーを飲んで、お掃除して、洗濯して やっと気持ちいいおうちに落ち着いた感じです。お昼からはCDを聞きながらのんびりNet三昧したり、日本から持ち帰ったPOPEYEの創刊号をじっくり読んで、娘にも見せてあげるとPublishingの技法にかなり違いがあるみたいで、手描きのイラストをいっぱい見て楽しんでいました。彼女から学校の教科のことで相談を受けたけれど、100%頑張っていないように見えるためもっと頑張れと発破をかけてみた。実は私もある時期、先生にできるといわれたのに自信がなくてクラスを落としてもらったりした苦い経験があるので、娘には力を充分発揮して最後まで頑張ってもらいたいと思っています。前回の日記にも書いたけれど、父の健康診断の結果のことで心配でたまりません。Netで調べたところ、年を取るごとにどんな検査でも陽性になるケースが増えていくらしいけれど陽性の人のみんなに病気がみつかるわけではないらしいので、なんでもないことを祈りたい。さっき 子連れ狼の最終回を見て号泣してしまったよ~初代子連れ狼の最後の決戦(柳生列道との)はものすごく長かったのに平成子連れ狼のはあっけかった。名不磨道(こんな字やの?)に生きるって事はきついよねえ。大五郎はこれからどうやって生きていくのかな?本当親が死ぬのは辛すぎます。さて、そろそろお風呂にするかな?
2004.11.13
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今日から日本人学校の水泳再開私は2ヶ月ちょっと休んでしまったのだけれど、その間にみんな結構泳ぎが上達していて、タイムをはかると20秒台が続出で嬉しい状態になっていた。あとはもう少しフォームを直してタイムをもっとあげて、背泳ぎもマスターしたら上のクラスにあげてあげようと思っている。みんな相変わらずかわいくて、プールに来ると元気がもらえるな。しんどいけれどこの仕事に出会えて良かった。夜は早めに帰って、空港で買ってきた鮭の切り身を焼いて、だんなが作っておいてくれたどて焼(わからない人はネットで調べてください)を暖めなおして、これまた日本から買ってきた具たくさん味噌汁をつくってシンプルなディナーを作った。さて、これから食べようかとお箸を持った瞬間電話が鳴って、実家の父からでしたが、今度は父が健康診断でひっかかったという暗いニュースでした。母のことが終わったと思ったら今度は父ですか?今年はうちの家は大殺界?便潜血反応と前立腺癌の検査が陽性だったらしく再検査しないといけないそうだ。さっき一生懸命調べてみると、前立腺癌の検査というのは腫瘍マーカー値をチェックしているということで、血液検査の項目の中ではかなり優秀で、見えない前立腺癌の患者をしっかりみつけているらしい。もちろん陽性になった人がすべて癌というわけではなく、陽性になった人の何割かに癌が発見されるという感じらしいけれどやはり心配だ。便潜血反応の方も陽性だから癌というわけではない、こっちはポリープだったり、痔だったりも当然するわけで、陽性になった人の何人かに癌が発見されるというのは前立腺癌と同じようだ。この1年とちょっと、父は母の看病で精神的にも体力的にもかなりダメージを受けているに違いない。たぶん大丈夫だと思うけれど、明らかになるまではやっぱり心配。なんともありませんように。ああ今もう一つ思い出した。私がいない間に娘のアトピーが悪化していてひどい状態。彼女のアトピーはまったく問題ない年とひどい年が極端で、数年ごとに悪い年が出てくる。今年はあたり年のようだ。あまりにひどいので香港人に皮膚科を調べてもらったところ、セントラルに有名な皮膚科があるということでさっそく予約をいれてもらった。スタッフの姉さんが教えてくれたクリニックで、値段も高いということで、スタッフはギリギリまで行くべきか行かないほうがいいのか悩んでいた。結局、だめもとで行くことにした。場所はセントラルのど真ん中にあるビルにあって部屋も広い。頼りなさそうなお年よりに近そうなドクター。こんなんで有名なの?結局、ちょこっと病状の説明をして、お風呂に入っても石鹸を使わないように言われ、薬をもらっておしまい。なんと860ドルもしました?高いと聞いていたけど想像以上でした。これで聞かなければ今度は中医に連れて行くつもり。
2004.11.11
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快適とは言えない空のたびを経て無事香港に戻ってきました。実はかなり揺れたのです。そのため機内サービスが何度も中断してかなり大変でした。幸い私はスクリーン前の席だったため、早々と食事をいただき結構ゆっくり食べることが出来ました。上映されていた映画は”80Days”というジャッキーチェン版80日間世界一周でした。こんな映画いらんなと思いながら見始めると結構おもしろく、結局最後まで見てしまいました。いろんな人がカメオ出演しているので、映画好きな人は結構楽しめるかもしれません。香港に住んでいれば誰でも知っている黄飛鴻、ここで黄飛鴻が出てこなきゃいつ出てくるの?と思った瞬間、あのなじみの音楽が聞こえてきて、なんとここでは黄の役をサモハン・キンポーが演じてました。まあそういう風に楽しめる映画ですが、ストーリーはいたっていいかげん、いつものジャッキーのアクションは昔の彼風で、髪型までそれにあわせていて懐かしさいっぱいでした。香港に着くとめちゃくちゃ暑い!20度以下の世界から一気に28度の世界にやってきて体調崩しそうです。お土産に買ってきた551の餃子、三田屋のソーセージ、大好きなユーハイムのバウムクーヘンはあっという間にオフィスのみんなに食べられました。もちろん私も食べたけどね。最近、香港人スタッフが日本の味を覚えすぎてやばいことになっている気がする…
2004.11.10
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明日香港に帰ります。飛行機に乗るっていうのにゆうべから風邪気味気分悪いなと思っていたら夕べは熱が出たみたいで、すごい寝汗をかきました。でもそのおかげですっきりしたみたい。朝からは父に頼まれた用事があったので、早起きして家の片付けをして、9時から出かけたりしてバタバタと過ごしていました。お昼前に同じ町内に住む高校のときの同級生が来てくれておしゃべりを楽しみました。彼女は高校1年生で同じクラスになりクラブも一緒だったため高校を通しては一番親しかったかも。今は結婚して二人の子どものお母さん。子どもさんが小さいので近所のお母さん連中とのつきあいで疲れているみたい。同世代の母たちとのつきあいだといいけど、若いお母さんとの付き合いは大変なのかな?私は高校の頃の友達とはほとんど交流していなくて、彼女は誰かと連絡をとりあっているのかと思って聞いてみたけれど、彼女もほとんど知らないそうだ。そんなものなんだね。たまたま近所に高校のときの同級生が住んでいて、彼女とは交流があるみたいだったけど、そういう偶然がなければ高校の時の友達って住んでいるところもバラバラなのでつきあいが続きにくいのかもしれないな。そういう点では、私の今の中学のときの友達の交流って特別だと思う。大切にしたいなと思っています。さて、パックも終わり、あとはお風呂に入って寝るだけです。まだ風邪がぬけていないので今日も早めに寝ないと明日の飛行機がつらいもんね。
2004.11.09
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結婚して住むようになった大阪市内の下町マンションで知り合った友人二人と梅田でランチをしました。彼女たちは子どもが同い年ということで話すようになったけれど、子どものママ友達を通り越した関係をずっと続けています。子どもも赤ちゃんから16歳まで、間に数年ブランクはあったものの今も仲の良い交流を続けているのです。なぜ、そんなに親も子も関係が続いているのかというと、子育てのことだけでなく、趣味も似ていてどんな話でも深く語り合えるからいいのかもしれません。さて、彼女たちに連れられてリッツカールトンの隣に新しくできたハービスというショッピングモールへと行きました。地下街がレストラン街になっていて、ヨーロッパ風のたたずまいの両脇にわりと広くて落ち着いた店が軒を並べています。私たちが行ったのは"BURDIGALA"というおしゃれなレストランです。ランチコースをそれぞれたのんだのですが、私が頼んだのはカボチャと渡蟹のコロッケコースでしたが、でっかい皿にコロッケが一つだけのっていたのには驚きました。味はおいしかったですが、普段コロッケなんてパクパク3口ぐらいで食べてしまうのを、細かに切って食べたのでちょっと物足りなかったかもしれません。友人たちはパスタのセットだったので、そっちにしたほうが良かったかなと後で悔やんでいました。だってコロッケ1個のほうがパスタより400円も高かったのです。アペタイザーはカジキマグロとエビ芋のサラダでしたがこちらはマグロ短冊のノリでおいしかったです。食後に出たフレーバーティーはキャラメル風味だったのでお砂糖+ミルクで結構おいしかったよ。オペラ風のBGMにきちんとしたコース料理で贅沢な感じなので、1600円というのは安いかな?http://burdigala.jp/食事の後は彼女たちの買い物につきあって、EAST BOYという制服風な服を展開している高校生ブランドのお店に行ってきました。セーラー服なんかもおいてあるし、制服として着ていける高校生らしいものがいっぱいありました。娘にはどれもサイズが小さいのでバッグだけ買ってあげました。彼女たちは冬用のPコートを買っていましたが1万円代でお徳感ありますよ。そして、昔通いつめた阪急ファイブは今はHepFiveというモールになっていて、そこに入っているスタバでまたまた長居をしてしまいました。昔と違ってすっきりした良い雰囲気でしたが、若い子ばかりがうじゃうじゃやってきて、おもしろい服装の子もたくさんいました。でも久しぶりの大阪ショッピングははっきり言って疲れました。電車の中 風邪をひいている人も多く、ひょっとしたら私も風邪かな?さて寝ましょうか?
2004.11.08
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今日はだんなの実家に行ってきた。お義母さんはお義父さんが亡くなってさみしいみたいだけれど、元気にしておられたので安心した。お昼前だったので、デパ地下でおいしそうなお弁当を買って行ったので二人でお昼を食べた。やっぱり大阪のデパ地下は田舎のデパ地下と違っておいしそうなものがいっぱいあるなあ。お義母さんはうちの母といっしょでお姑さんとの関係でものすごく苦労しておられる。今 うちの母がいなくなってしまったので、姑関係の愚痴は2度と聞くことはないけれど、今度はそれが義母にスイッチされたみたいで、「そんな親おると思うか?」と姑さんの愚痴をいっぱい聞かせてくれた後はうちの母の口癖と同じ言葉が飛び出す。どうも私は、いつになっても、親の姑さんの愚痴を聞く運命なのかもしれない。私たちは一緒に暮らしていないので嫁姑のもめごともないし、関係は良好なのでいいんだけどね。途中で、義兄さんも仕事の帰りに寄ってくださって、またいろいろお話をして夕方帰ってきた。もちろんデパ地下に戻って食べたいものをあれやこれやと買いこんで帰りの電車に飛び乗った。そうだそうだ、夏にもらったデパートの商品券が残っていたので服も一枚買ってしまった。今ちょっと、ドンヘンリー風な服装をしようと思って服を探していたので、ちょうどそれにぴったりなコーデュロイのシャツをみつけたのだ。あとは下に重ね着するロングスリーブのTシャツを買うだけやな。明日また買い物に行こうっと。書き忘れましたが、うちのだんなの兄の奥さんは小学校の校長先生をしています。ちょうど修学旅行があったとかで、家には赤福餅が置いてあって私もごちそうになりました。そこで、義母が話てくれたのですが、修学旅行は伊勢でした。なのに伊勢神宮に行かないのです。伊勢に行って伊勢神宮に行かないってどういう事?コースは信楽(信楽焼きを自作するんでしょ)→二見(翌朝夫婦岩+日の出見学)→スペイン村 うーん 二見は私たちも臨海学校で行ったり、信楽は遠足で行ったなあ。それでですね、なぜ神宮に行かないか?と言うと、小学校教育に宗教を持ち込んではいけないとPTAと市のオンブズマンが騒ぎ始めたかららしい。でもさ、お寺や神社を見学するのって宗教観を植えつけるよりも、文化財などに触れる良いチャンスだと思うし、古いお寺などでは思いもしていなかった昔のおもしろい物に出会ったりして、それはそれでエキサイティングなのにな。今の大人はそういう子どもの好奇心を刺激するようなものをすべて取り除いているような気がする。お姉さんの話では、最近の親はなんでもかんでも問題扱いして、すぐに学校に苦情を言ってくるらしいけれど、その話を聞いていると、誰もが自分の子どもと親の主観が中心で、周りの人のことがまったく眼中にないそうだ。もちろん一本筋を通しているタイプのお姉さんにかかったら、そんな苦情も簡単に処理されるんだろうと思う。日本人って周りの人との協調性というか、調和が美徳だと思っていたけれど、それすらなくなってしまったら傍若無人、教養の無いどこかの国の人と同じになってしまいそう。けど、こちらはへんな儒教精神が根底にあったりするから、そのような宗教観がまったくないところでわがまましている日本人のほうが問題なのかもしれないな。お義姉さんが、修学旅行で落胆したのは、子どもたちの食事中のしつけがまったくなっていないそうで、正座はできない、箸の使い方は悪いなど、一世代前の子どもには見られなかった乱れ方だそうで、食事中に説教たれてしまったらしい。この話は初盆の食事の席でも話題になっていたんだけれど、結局その乱れた子どもを育てている親たちのしつけがなっていないから仕方ないみたい。その世代を教えていた義母はまったくもって納得という感じでした。どうも私たち世代から後の子どもたちがひどかったそうで、今その年代が幼稚園や小学校の子どもたちの親だから仕方ないんだって。でもさ、伊勢神宮かわいそうやな。
2004.11.06
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今夜は中学のときの同級生と近所の寿司屋でいっぱい飲もうと約束をしていた。最初にきたのは男前のTちゃん。いつも男前。今日も男前。こんなTちゃんが一番最初に来てくれて私は舞い上がってしまった。2番目にこの会(母をなくしたJunpeiを励ます会)を主催してくれたMくんがあらわれた。彼は音楽のことで盛り上がれる唯一のだいじな同級生。先日行ったジョージリンチのCDをプレゼントしたのだけれど、それを渡す前に、なんとチープトリックのベストアルバムをお土産にくれた。愛しているよMくんと思った。ほんとありがとう。その後で、この会にはいつも来てくれるYくんがHくんを連れてきてくれた。Hくんは結婚するまで一番私と仲良しの男の子で、どれだけ二人で遊びに行ったかわからないぐらいの相手でした。でも男女のなんとかはまったくなしやったな。でもね。さっき心配して電話くれたりしてありがたい友達や。Yくんは幼稚園からずっと一緒だったけれど、あまりつきあいなくて、最近こうして一緒に飲むようになった相手。女の子の友達はいつものメンバー 私が帰ってくるたびにイベントがあって、忙しいのにかけつけてくれるナイスな友達たち。本当にありがとう。私は彼らがここにいてくれるから安心して日本に帰ってこられる。母の悲しみも彼らに支えられてのりきってきた。本当にありがとう。明日は秋祭り。ここでも懐かしい顔にチラホラ会えそうな気がする。明日じゃなくて 今日ねお祭りでした。私は喪に服しているためお祭りに参加することはできなかったんだけれど、自治会長の仕事があって、町を通っている伊勢街道の道沿いにキャンドルライトを並べるのをお手伝いしました。夜になってライトアップされるとすごくきれいかったよ。このライトアップは萩あかりと呼ばれています。駅にある飲み屋に行くまでずっとこのあかりがついていて、本当にきれいでした。お祭りのメインはお神輿が出ることです。うちのエリアにもお神輿があって、他の地域のものとちがって、布団太鼓と呼ばれるすごく重いお神輿なのです。地域の男の人だけではかつげないので、外に出ている人などが帰ってきてお手伝いしてくれるのです。うちの叔父は喪中なので行ってはだめとうちの父に言われていたのにもかかわらず、新調した法被を着て楽しそうにかついでいました。弟もお神輿が大好きだけれど、今年は喪に服しておとなしくしてました。うちから歩いてすぐのところに神社があって、神輿はそこまで帰ってきてそこで盛り上がって終わるのだけれど、その様子はかつぐ人こそ少しずつ変わってるもの、基本的には昔のままで、「ああこういうのっていいな。」とつくづくお祭りの良さを実感してしまった。同級生なんかにも会えるしね。なにせ10年ぶりぐらいだったからね。これを見るのは…この後はお宮さんの高台から係りの人たちが御餅をまく、「ごくまき」というイベントがあって、秋祭りは終わります。まかれた御餅は土がついていたりして食べる人はいないかもしれないけれど、餅を受けたり、拾うのに老若男女かかわらずキャーキャーみんなで熱中します。これもなかなか楽しいイベントです。田舎暮らしもなかなかいいよ。
2004.11.03
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香港にいると日本のニュースは新聞社のウェブサイトぐらいなのでテレビのニュースがどれぐらいしつこいかって忘れていた。こっちにいるとどこでもいつでも震災のニュースに明け暮れている。伝えることは大事だけれど、それでなくても疲れている被災者(非難を続けている人たち)にとって、しょっちゅうカメラが生活に入ってきて上空をヘリコプターがいつまでも飛びまわることをうっとおしく思っているらしい。報道しても改善されるものでもなく、いいかげんコントロールしたらいいのにと思う。救援物資は置く所がないぐらい届いており、中にはいらないボロ服を送りつける人も少なからずいるみたいだ。それらの物資を各地域に偏ることなく配ることに頭を痛めているようすだ。中には孤立していて物資が届かないで困っているエリアもある。ヘリコプターに積んでいって上空から落とせばいいのにと思うのだけれど難しいのだろうか?今一番急がなければならないのは、ライフラインの復旧で、水、ガスをできるだけ早く各地域に届けてあげることだ。もうすぐ寒い冬がやってくるから。昨日見た老人施設は水もガスもとまっており悲惨な状態だった。そこで働いておられる人たちは避難所で暮らす人も多く、しっかり休むことができずみんなの疲れがたまってきているということだった。こういうところから助けていかないといけないのだろうと思う。田舎で孤立している村では、町の避難所で暮らす人たちに比べて生活は落ち着いている。水は井戸水を利用して、食べ物は畑からとれたもので間に合わせている。たぶん日頃から村単位でやることが多いので、何かあっても統制をとりやすいのだろう。土地も多いしガレージなども広いので、そういう場所に村人が集って団体生活をしていた。電気がないので豆炭こたつを利用して暖をとっていた。田舎暮らしというのは日頃不便に見えて、こういう時には強いなとテレビを見ていてつくづく思った。確かに、うちの実家のあるところも町から近いのだけれど、昔からの風習をたくさん持っている中途半端な村だ。長くここに暮らす人も多く、団結力も町より強い。めんどうな反面なかなか風情のある良い地域だと今だから思えるようになった。震災の爪あとはかなりひどいけれど、日本は底力があるので短期間に復旧するだろう。ただ、やっぱり人同士の助け合いが必須なので、みなさん力をあわせて頑張って欲しい。________________________________________話かわって、今日は久しぶりに晴れたので、朝からキッチンのそうじをしていた。10年ぐらい前にシステムキッチンを入れてあるので使いやすいキッチンだ。ダイニングもかねた広いスペースなのだけれど、母が病気になってからあまり掃除していなかったみたいだ。結構汚れているように見えたのだけれど、洗剤をスプレーして雑巾でさっとふくとあっという間にきれいになった。汚れがこびりつかない材質でできているのだ。タイルもキャビネットの扉などもすべてそんな感じで、力を入れる事無くさっときれいになった。恐るべしシステムキッチン!掃除が楽でいいよ~
2004.11.02
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今日 香港に送金しようと思って銀行に行ったら、なんだかすごい人。次から次へと同じ窓口に人が来て、お金を渡しているのにまたお金を受け取って帰っていく。なんだろうな?と不思議に思っていたら、私の手続きをしてくれていた人が、お金を数える機械が混んでいるから他の用があったら先に済ませてくれと言い出した。他に何も用がないので、「なああの人たちなんで並んでるの?」と聞いたら、新札の両替だということがわかった。どうせ待たないといけないのであれば私も2万円分両替することにした。1万円、5千円、2千円、千円を手に入れた。少しお金のサイズが小さくなっているみたい。ホログラムがついたり、色刷りの数が微妙に増えていて見た目はきれいだけれど、野口英世、樋口一葉の顔があまりよいとは思えない。そのうち流通するだろうし、今両替してもらう意味はないのに、どうしてあんなにたくさんの人が両替してもらいに来るのか私にはわからない。私みたいに少しの金額ではなくて、束で持って帰る人もいるので驚いた。いつも家の中にそんな札束置いているの?と思う人もいた。不思議だなあ。でもこんなイベントのために並びに行くのって香港人も日本人も基本的には同じなんだなと楽しくなってきた。 ヽ(´ー`)ノby kelyu
2004.11.01
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