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この日、ツアーの予定はパタヤから船に乗ってどこかの島へ行き、そこでマリンスポーツを楽しむというものでした。私たちは当然そのツアーに参加すべく、前日にビーチサンダルや海用の服、水着などをナイトバザールで買ったのだけれど、朝起きてみると、だんなが風邪をひいていたし、娘の生理が始まったりで、結局ツアー参加をまたまたキャンセルすることにしました。予定がなくなったので、朝からホテルのプールで泳ぐことにしました。でもスタッフの子供Jimmy(7歳)が泳ぎたくないと言うので私と娘のみでプールへ行きました。私たち二人は泳ぐのが大好きなので、水温がものすごく冷たいのにもかかわらずザブザブ泳ぎました。ここって日中はものすごく日差しが強くて暑いのに、朝晩は20度前後ぐらいまで気温が下がるのです。その日は朝から雲が多く、風も強かったのでかなり寒かったです。でも一旦日が差すと一気に気温が上がって、短時間で日焼けしてしまったぐらいです。恐るべし南国の太陽よ!泳いでいると日本人の親子がやってきました。彼女たちはクリスマスからずっとタイにいるといってたけれど、日本からタイまでの飛行機代が一人12万円と聞いてびっくりしてしまった。スタッフ家族もプールにやってきたので結構遊んで12時過ぎに部屋へ帰りました。だんなも薬をのんで午前中しっかり休んだので少し回復していました。それからランチに出かけたのですが、ネットでチェックして韓国料理に行こうと決めていただんなと、地図で色々調べてバーガーキングに行くつもりになっていた娘がもめてなにやら険悪な雰囲気になってきました。だんなが機嫌悪くなるとみんなに悪いので、娘をなだめて韓国料理に行くことにしました。ドライバーにKoreanRestaurantに行きたいことを伝えるのに手間取りましたが無事韓国料理屋に到着、でもメニューがあまりなくって、牛肉の焼肉がぜんぜんなく、結局豚バラのみがBBQで、そればっかり5皿ほど食べました。おいしかったけどね。それ以外の料理もまあまあで、みんなたらふく食べて呑んで、これまた安くて驚きました。ホテルに戻るとツアーバスが既に戻っていました。3時半からは午後のツアーにお出かけです。後で聞いたんだけれど、島で遊ぶ時間は少ししかなくってほとんどの人が泳がなかったそうだ。そしてランチはまたまたまずい中華だったらしい。キャンセルして正解だったな。午後はひなびた中華料理屋へ連れて行かれて、今度は自費でおやつを食べろというのだ。どういうこと?私たちは食べたばかりだったので冷えた椰青(椰子の実ジュース)を頼んだ。すんごく冷えていて今まで飲んだ椰子のジュースの中で一番おいしかった。中の椰子の果肉もスプーンで削ってしっかりいただきました。別のテーブルではスープやヌードルも頼んでいたから、よっぽどお昼がひどかったらしい。おやつの後はモンキートレーニングセンターでおサルのショーを見ました。めちゃくちゃさびれたところで退屈でしたが皆おサルと一緒に写真をとって楽しんでいました。楽しめるってことは幸せやと思います。その後、私が一番楽しみにしていた象のいる公園。これもElephant Kingdomというメジャーなところがあるのにも関わらず、猿と同じ系列のさびれたところでした。象の背中に乗って公園を歩くというアトラクションがあったので、一人でも乗るつもりでしたが、Jimmyが一緒に乗るというので二人で乗りました。小さい象にしてねと親に言われてたんだけれど、私たちのはかなり大きかった!象の背中って結構揺れるので、Jimmyを落としては大変なのでしっかり抱きかかえながら乗っていました。私たちは連絡用にトランシーバーを使っていたのですが、この時もトランシーバーを持たされていて、緊張して乗っているJimmyにスタッフから頻繁に連絡が入ります。でも彼はスイッチをおして話す余裕はまったく無し!仕方ないので私がボタンを押して話すように言うのだけれど、言葉も出ないぐらい緊張していました。象のコースはアフリカの草原ようなところでなかなか臨場感があります。途中人間が住む村を再現したような場所もあって楽しいのですが、あちこち象の糞の山がいっぱいあって、その山を見るたびに「好多シー(うんちがいっぱい)」とJimmyが叫ぶのでおもしろかったです。象使いのお兄さんは気さくな人でいろいろと話し掛けてくれますし、象の頭に座らせてあげようかとも言ってくれたのですが、Jimmyは「もうあ~」そしてしばらくすると私たちが乗り込んだ場所が見えてきました。カメラマンの父親とうちの娘が象の山で作った台の上に乗ってカメラを構えていました。最後に象と一緒に記念撮影もしてもらって大満足。象が終わった後はShootingに行きました。よくある人型の的をねらって撃つのですが、結果はそれほど悪くなく満足満足、カメラマンは本業警察官なので、彼が撃ったものは胸についた的のど真ん中を射抜いていました。あっぱれあっぱれ、でもさ、練習で撃てるのにここまで来てお金払ってやることないのにとも思いました。タイの夕方はあっという間に暗くなるのですが、この日も象公園が終わったころ日が暮れ始めました。ディナータイムです。予定ではトムヤムクンのはず。だんなはそのときはまだ風邪のためぐったりしており、猿も象もバスの中で寝ていました。今日のレストランはどこだろ?昨日タクシーに連れて行かれた郊外のレストランかな?と言っていると、ツアーのメンバーが急に騒ぎ始めました。なんとレストランはおやつを食べた、町の小さな中華料理屋だったんです。ディナーを食べるようなところじゃないので一気に食欲が落ちていきました。でも仕方が無いので一旦はバスを降り、レストランに向かったのですが、レストランに入ってすぐにだんなが添乗員のところにかけより、「ああ、もう風邪で熱が出てきてこれ以上我慢できません。悪いけどホテルに帰って寝たいので今夜の食事もパスさせて~」と言い出しました。こりゃディナーをキャンセルするための芝居やなあと思って見てたら、我らのカメラマンがだんなにかけより、「Jima(だんなの呼び名)大丈夫か?ホテルに帰ってすぐに寝たほうがいいよ。」とまじ心配している様子。なので私たち7人はみなにごめんねと言いながらそのレストランを後にしました。一旦ホテルに帰ったほうがいいのではということで、娘がタクシーを止めて交渉していると、「おまえらなんであそこにハードロックホテルがあるのにハードロックカフェにいかへんねん!」とだんなが騒ぎ始めました。やっぱり芝居だったようす。「ええ?一旦ホテルに帰るのと違うの?」とまたまた娘がだんなにかみつきました。なんやかやで、結局私たちはハードロックホテルの光の方に向かって歩きはじめました。でもこの日は大晦日、カフェは予約がいっぱいでカウンター席しかあいていません。店のおねえさん(男だったけど)にどこかこのあたりに同じようなお店ないかな?と聞くと、すぐ隣にもあるよということなのでそっちに行ってみると、なかなかいい感じのアメリカンレストラン、そして屋外の席が確保できて最後のディナーをまたまたシンガービールを思いっきり飲みながら、おいしい洋食をいただきました。めちゃくちゃ量が多いセットメニューだったけれど、全部でHK$500.-ほどでした。やっぱり安いよね!その後、だんなを休ませる為にホテルに戻って、それ以外のメンバーでBigCというディスカウントスーパーが入っているMallへ行きました。すごいでっかい店で天井まで商品が積み上げられているのです。こんな町でもこれだけの店があってお客も結構入っているのが不思議でした。どこに人が住んでいるのかな?買い物をしていると同じツアーの人たちに会いました。彼らも食後こちらにながれてきたみたいで、帰りは一緒に帰ることになりました。トランシーバーで私たちの仲間に連絡をして待ち合わせ場所と時間を伝えました。便利便利!待ち合わせの場所に行くと、結局ツアーの半分以上の人がこちらに遊びに来ていて、残りのメンバーが揃うまで彼らと世間話をしていました。こういう体験があると広東語を使わないといけないので本当に勉強になりました。その後みんなで2台のタクシーにわかれてわいわいガヤガヤとホテルに戻ってきました。なかなか楽しかったぞ!ホテルに戻ってすぐに、私と娘はホテルの近くにあるネットカフェに直行!30分20バーツとめちゃくちゃ安い!幸い日本語も読むことができたのでメールをチェックしたりと久しぶりのネットを満喫!数人の友達から心配のメールが届いており、安否だけでも知らせるようにとのことだったので、さっそく「元気ですよ」と返事をしておいた。心配かけてごめんね。いやあ便利な世の中ですよね。こうして異国の地の小さな町で日本語フォントが読めるなんて!書き込みは日本語ではできなかったのでローマ字と英語でみなさんに新年の挨拶。その頃日本は新年を迎えたはずだったし… そしてホテルに戻り、ホテルの窓から新年の花火大会を楽しんで、急いでパックをして眠りにつきました。
2004.12.31
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今日も快晴、目覚めもばっちり、今日はパタヤへ移動日です。バンコクからパタヤまでは車だと1時間半らしいのですが、私たちツアーは途中、お決まりのお買い物に連れて行かれるためゆっくりゆっくりです。まず連れて行かれたのは漢方薬屋さん。こういうのは香港ツアーなどにもつきもので、薬の種類、効能などを一通りDVD(もうビデオではなくDVDの時代)で見せられた後、おばさんがまた薬の説明一つずつしていきます。私たちは薬には興味がなかったのですが、ハーブや他の自然マテリアルがたっぷり使われた枕を買いました。TB1300(HK$260)のこの枕、電子レンジであたためて体の痛いところに20分ほどのせると痛みがとれるという枕なのですが、頭痛などにも効きそうだし、寒いときにはカイロがわりになるのでわりと良さそうです。すぅっとした良い香りなのでお部屋の臭い消しとしても使えそうです。その次はジュエリー屋さん、すごくりっぱなジュエリー屋さんだったけれどまったく興味の無い私たちは一番にバスに戻って休みました。こういう場所に立ち寄りながら少しずつパタヤに近づいているようで、どんどん田舎の景色に変わってきました。途中、アメリカのロードムービーに出てきそうなひなびた中華料理屋でお昼ご飯。味はさておき、見た目は結構ひどく、野菜料理が大半で日本人には到底食べられないようなしろものでした。なのでそこでもシンガービールをグビグビ呑む。ビールも賞味期限切れてたぞ!そこから30分ほどでパタヤの町に入りました。一番最初に連れて行かれたのはマッサージ大型店、ツアー客専門にタイ式マッサージをしてくれる場所で、男女まぜこぜでマットレスがずらっとならんだ部屋に入って1時間ほどマッサージしてもらいました。これはツアーに含まれているのでただ。マッサージ屋に2時間ほどいて、その後パタヤの街中に入ったのですが、今度はものすごく怪しい場所に連れていかれました。Open Eyesという見世物小屋のような場所です。たとえば水の中で生活できる女性、くも人間、男から女に変身する人、首だけで生きている人など、これだけ映像技術が発達した今では何も不思議に思わないような見世物がいっぱいあって、それも中に人が入ってやっているというすごい見世物小屋でした。マジックショーもセットになっているとはいえ、探偵ナイトスクープに出てきた「パラダイス」に匹敵するひどさでした。そしていよいよホテル到着、ホテルに着くまで車窓からパタヤの繁華街を見学。適度にアメリカナイズされていて遊ぶところがいっぱいありそうな場所です。白人の数が半端ではなく、その多くがパタヤの女の子(男の子も?)目当てで来ているようです。ホテルは繁華街から少し入ったところにある汚いホテルでした。最初のホテルがまあまあだっただけにがっかりですが値段が安いので仕方ないかな?たった二晩のことなので我慢しましょう。部屋に上がってちょっとくつろいだ後はホテル内レストランでディナータイムです。着替えておりていくと、スタッフの一人が不満な顔をしてやってきました。「今レストランを見に行ったんだけれど、変な臭いがするし、すっごく汚いんだよ。今夜こそ外食したほうがいいんじゃないかな?」と言うので、私も娘と一緒に見に行きました。既に他社ツアーの人たちが食事をしていたんだけれど、お昼食べたものとほぼ同じメニューだということがわかりました。というわけであわててスタッフのところに戻り、「外食しよう!でもどうやって?」と悩んでいると、スタッフ連中が添乗員のところに行って、「今日のレストラン、今見てきたけれど、ご存知の通りうちのメンバーに日本人がいるでしょう。彼らはこんなところで食事できないんですよ。だから私たち別の場所で食べても良いかな?」すごい理由で断っています。だって、今までも汚いレストランでビールをグビグビ呑みながら食事をとっているところを見られているのに…でもまあなんとか外食できることになりました。行きたい場所は友達から教えてもらっていたタイ料理レストラン、でも地図を忘れてきてしまったのでどうやっていいかわからない。さっそく添乗員面々に聞いてみたけれど誰も知らないみたい。娘が機転を利かしてフロントからパタヤのフリーペーパーをもらってきたら、そこにしっかりのっていました。次はそこにどうやって行くかでした。添乗員のジッティがホテルを出たところでソンテウと呼ばれるピックアップトラックの荷台を利用したタクシーをひらってくれたのでそれで行くことにしました。ジッティが行き場所も告げてくれていざ出発。娘は地図を見ながらチェック!でも車は繁華街から離れてどんどん走っていくのでさすがに私たちはおかしいと感じ始めました。結局ついたところは、タイのダンスショーを兼ねた大きな観光レストランでした。私たちが行きたいレストランの名前はどこにも書いてありません。ドライバーは「ここだよ。ここがPICだよ。間違いないって。」と言います。でも娘はレストランから出てきた女の子に、「ねえ、この場所はこの地図のどこにある?」と聞いています。別の場所を指せばあきらかに違うことがわかるからです。それを見てドライバーが戻ってきました。娘が再度地図を見せてここに行きたいことを告げると、「OK 車に戻って!PICに行くから」ドライバーは場所もわかっていたみたいで次はPICに連れて行ってくれました。娘の話ではジッティに地図を見せるように言ったのに、ドライバーに地図を見せていなかったから、絶対ジッティのたくらみだということでおさまりました。まあPICへ連れて行ってもらえたのだから良しとしましょう。PIC KITCHENはバーを併設しているとてもおしゃれなレストラン。照明もいい感じ、席の用意ができるまで、ジャズを聞きながらゆっくりお酒を呑めます。食事席はアウトドアとインドアどちらも選べます。15分ほどバーで呑んでからレストランへ移りました。お料理は食べやすいタイ料理でサティが柔らかくてとてもおいしかったです。スタッフたちはロマンチックな場所で食事したことがないらしく、ものすごく喜んでくれました。その後、ナイトバザールで買い物したかったので、レストランの人におすすめの場所を聞いてそこまでまたまたソンテウに乗って移動しました。だいたい一人10バーツぐらいで交渉すればいいようです。ナイトバザールはMike Shopping Mallという観光客であふれた場所でした。1階は安い服中心のおみやげ物売り場、それより上は普通の量販店といった感じでした。スーパーマーケットがあったので、翌日のためにパン、缶コーヒーなどを買い込んで、翌日のビーチ用にビーチサンダルも買いました。安いので助かります。うろうろしていると同じツアーのメンバーに出会いました。どうも食事の後、ここに来ているようです。バスの時間を聞いて私たちもバスで帰ることにしました。この日は結構遅くまで遊んだのでホテルに帰ってバタンキューでした。
2004.12.30
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12月29日香港のツアーに参加すると言うと、みんな声を揃えて言うのが、「朝がめちゃくちゃ早く、夜遅くまで引きづり回される上、食事は中華ばかり」という言葉でした。なので、初日5時45分集合からはじまったこの4泊5日のツアーをリタイアすることなく最後までついていけるのかどうかすごく不安でした。ところが、二日目の集合時間は8時半ということで、毎日出かけている時間とほぼ同じ時間だということがわかりました。でも旅先で便秘になるのがいやだった私は、早めに起きて早めに朝食をとって準備万端の姿勢で挑むことにしました。6時半に起きて準備して7時に朝食のためにホテルのレストランへ行ってみると、オープンスペースになっており、チャオプラヤ川に面している部分は窓がオープンになっていて、その窓のすぐ側まで水面が来ている感じです。バルコニーもあって、外で食事もできるようになっているのですが、川が汚いのでそれは遠慮して窓の内側の席に座りました。朝食はよくあるビュッフェスタイルでいろんなお料理があって楽しめました。コーヒーの味がちょっと問題有りでしたが、スープがおいしかったのでGood日本人もちらほら見かけました。ツアー専用ホテルなのかな?さて、8時半に出発、今日はホテルの真裏から船に乗って川下りではじまりました。40人ほどが乗れる小さなボートに乗っていざ出発!どこに行くのかはこの時点では知らされていません。この川の名前はチャオプラヤ川と言います。川の両側には建物がたくさん建っており、中には政府の大きな機関、軍の建物もあったりします。時にはものすごくきれいなお寺が見えたり、洋館建ての住宅が立ち並ぶ場所があったり、水面ぎりぎりに建てられた水上建築の真横を通ったりして、まったく飽きない川下りでした。途中、川の上でおみやげ物を売っているおじさんが私達の船に横付けして、果物やおみやげ品のセールスに来ます。船の後部には何やら袋入りの食パンがたくさんぶら下がっているので、こんな船の上でひょっとして食事させられるのか内心ビクビクしていました。川下りの船がUターンする頃、船がとまり食パン登場!実は、ホテルの側にもいたのですが、クルクル水面の中を縦に回転する魚がいっぱいいて、その魚にあげる餌だったのです。食パンは奈良公園の鹿せんべいと同じで、もちろん有料です。一つ買ってみんなでわけて餌をあげましたが、既に飽きてしまっているのか、他のツアー客にもらっておなかがいっぱいなのか食いつきは悪く、パンを川に捨ててしまった気がして気持ち悪かったです。 魚は結構大きく、なまずのような感じでした。船はUターンして一つのお寺に上陸しました。お寺の名前はワット・アルン(暁の寺)です。アユタヤ王朝の頃、中国との貿易がさかんでたくさんの陶磁器を輸入していました。陶磁器は割れ物、荷物の中の割れて売れなくなってしまったもののかけらを利用してこのお寺は建てられています。高い部分の方が古い陶器が使われているそうで、ものすごくカラフルで美しいお寺でした。下の方は修復可能なせいか、比較的新しくきれいなものが使われていました。実は、ジッティの説明がほとんど理解できない私達3人は、めざとく日本人ツアーを見つけて日本語での解説を聞くことができました。ガイドのタイ人は気づいていませんでしたが、日本人はみな怪訝な顔をして私達3人を見ていました。実はこのお寺で不思議な気持ちになりました。お寺の塔はものすごく背が高く、晴れ渡った空に向かって聳え立っているのですが、そこに登る階段はどれも急で登るのも大変だけれど、降りるときは足がすくむような感じなのです。私は以前から高いところから降りられなくなる夢をよく見るのですが、そこに出てくる階段にそっくりなのです。夢では階段の幅が短いため不安定で下りられないのですが、ワット・アルンの階段は足を置くスペースが充分あるため下りられないということはなかったですが、それでも怖かったです。私の夢とこのお寺のつながりってあるのでしょうか?このお寺、ある場所に建つと左右対称になっていてものすごくきれいなのです。青空をバックにキラキラ光る高い塔は本当に美しいです。次はワット・ポーというこれまた超有名なお寺です。何が有名かと言うと、涅槃仏です。全長49Mの金ピカの仏像がどーんと寝ておられるのです。思っていたより大きくてびっくりしました。足の裏には螺鈿の彫刻がほどこされており、108つの仏教思想が描かれています。ものすごくきれいので一見の価値がありますよ。仏殿の出口につながる廊下には黒いつぼのようなものが108つ並んでいて、そこに一つずつコインを入れていきます。本当の目的はよくわからないのですが、観光客はお祈りしながらいれているようです。うちの娘も同じです。スタッフの一人はマーク6にあたるように頑張って入れていました。ワット・ポーを後にして昼食を食べに行くことになりました。今日の昼食はタイ料理のビュッフェです。またまたツアー客専用のしけたレストランでしたが、味はまあまあ 料理の数も結構あったのでそれほど悪くはなかったです。デザートにあったカスタードプリンが一番おいしかったです。おなかがいっぱいになった後、次に連れて行かれたのがツアーにつきものの買い物コース!最初に連れて行かれたのはレザー屋さんです。ワニの皮、ぞうの皮、えいの皮などでできた物がいっぱい売られた場所でしたが興味無いので時間の無駄。約45分の無駄。その次は燕の巣のお店。ここでは私達が日本人とわかったらあわてて日本語のパンフレットを持ってきましたが、まったく興味なし。そしてその後、四面観音のお寺に行くということで、またまた大きなきれいなお寺を想像していたら、銅鑼湾の一角のような場所にある小さなお寺がそれでした。そこへ行く前に線香12本、ろうそく1本、花で作った数珠のようなものが4つセットになったものをバスの中で買わされました。4面あるため、1面ずつ線香とお花を供えていくのです。ここのお寺は中国の寺と同じで、ひざまづいて線香を頭上にあげるタイプのお祈りで、私もみなの真似をしてやってみました。この習慣は日本へ仏教が伝わるどこでなくなってしまったのか不思議です。お寺の中でタイの服装で踊っている人がいたりして不思議な場所でした。その後、その周りにあるショッピングモールを2時間ほど見回っていいというフリータイムがありまして、私達グループも解散して好きな場所をまわりました。ダンキンドーナツでちょっと休憩。他にもミスドもあっていいなあ。31アイスクリームもあります。わりと米系のファーストフード屋が多い国です。 伊勢丹には大きな紀伊国屋が入っていて本の冊数もそごうの旭屋とはぜんぜん違います。一般的な物は香港とほとんど値段が同じでした。おみやげ物屋さんでタイのアルファベットTシャツを購入。だんなは偽物シルクのアロハシャツを高い値段で売りつけられ反省。日本食もそろう場所なので日本人をたくさん見かけました。その後 夕食タイム!ついに中華料理登場!食器も汚く店も汚かったけれど、中華の味はまあまあかな?食べれないことはないので良かった。この日もシンガービールをぐびぐび~ このビールすごくおいしくてはまりまくり~夕食後 Night Marketへ行き、そこでも自由行動をしましたが、香港のナイトマーケットのような感じでものすごくおもしろいものは見つからず、Tシャツなどを買っただけでおしまい。でもワクワクして楽しかったです。またまただんながおかまちゃんに遭遇して騒いでいました。ここって本当におかまちゃんが多いです。集合時間が近づいてきたのでトイレを済ませて出てくると、うちのメンバーがいて、その一人がTシャツを買うというので、私も父と弟のお土産に2枚買うから一緒に買って値切ろうということになりました。Tシャツの値段はたかが70ドルほどなのですが、店の人となかなか値があわず眉間に皺を寄せていつまでも電卓をたたきながら相談しています。私はだんなと娘を違う場所に待たせていたので気が気ではなくなってきて、「いくらでもいいし私がお金を払うから早くして!」と言いました。そんな私の声はまったく届かず、それからも値切りつづけてやっと買い物終了。だんなと娘は鬼のような顔をして待っていました。そして怒られるのはいつも私。この後もこのような場面に多々遭遇。ストレスたまりました。だいたいなかなか値が下がらない場合は店から出るべきなのに出ないんです。値切りは私のほうが慣れているかもね。その後ホテルに戻って、今度はホテル内のマッサージ屋に皆で出かけて疲れもとれてハッピーになって帰ってきたのですが、階上の泊り客があまりにもうるさくてあまりよく眠れませんでした。
2004.12.29
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12月28日私たちが乗る飛行機は「Orient Thai Air」といいます。この航空会社は香港からのツアー客を淡々と運ぶのが目的の少し変わった航空会社です。フライト時間は8時5分、その日は5時45分に空港に集合でした。まず集合場所に行って、預ける荷物に旅行会社のTagをつけて、パスポートを渡してチェックイン完了。その時にタイの入国カードももらうのですが、そこに滞在ホテル名が書かれていて初めてホテルの名前を知ることができました。そして添乗員からの説明(広東語なのでところどころしかわからない。)、それより安いツアーなのに香港から添乗員が一緒に着いてくることを知って驚きました。一人一人旅行会社のバッチとうちわをもらいます。パスポートは旅行会社のホルダーに入れられ自分たちのツアー番号が記載されています。ここまでの注意点ですが、広東語がわからなければ細かいことはまるきしわかりませんが、英語で聞けば教えてくれると思います。まあたいしたことは言ってないと思いました。搭乗時間になって驚きました。信じられないぐらいたくさんの人が並んでいるのです。みんなツアー客でそれぞれバッジを胸やバッグにつけています。無事搭乗、そして娘が第一声を発しました。「あれ?これJALの飛行機や!」 そうです。この飛行機はJALが10年ほど前にハワイ、グァムに使っていたハイビスカスのお古だったのです。中のデコレーションは当時のままで南国風の壁紙です。もちろん日本語のまま!久しぶりにジャンボ機に乗るとすごく広く感じました。ところがこの飛行機、エアラインの雑誌もありませんしヘッドフォンもありません。つまり最初からテレビはないのです。ラジオもありません。各席についているLightもつきません。そして飛行機が飛ぶまでエアコンは送風になっており、それまでは暑い中我慢しなければなりません。旅行社からもらったうちわが役に立ちました。無事予定時間に離陸、日本のエアラインと違って、香港人は傍若無人、みなそれぞれデジカメで写真をとったり、MP3を聞いたりとルールは完全に無視されています。うちのスタッフ一家もテーブルを出してごそごそしていました。ちょっとイライラしたけれどぐっと我慢。実は香港人と5日も一緒に行動してどこまで我慢できるかが家族3人の話題でしたから。飛行機が飛ぶとまもなく飲み物サービスがありますが、オレンジジュース、アップルジュース、コーラ、スプライト、水の5種類しかありません。ビールはありませんのでご注意を…食事はもちろん朝ご飯、スパイシーソースのかかったチキン+ライス、ライチゼリー、マフィンのみです。朝からスパイシーソースはきついのでほとんど食べませんでした。意外だったのがコーヒーがおいしかったことかな?A○Aよりおいしいでした。便所はボロボロ、壊れたところを修理してませんでした。トイレットペーパーがきれても補充してくれないのでティッシュを持っていかなければなりません。2時間半ほどでBangkokに無事到着、入国審査はすぐに終わってバゲージクレームへ行ってみると、3つぐらいのエアラインの荷物が一箇所に出てくるため大混雑!荷物をとるのにかなりかかりました。エアポートで両替を済ませたかったので途中で寄り道して出て行ったため、私たちのグループが一番遅かったです。HK$1000:TB4890 旅行会社の名前がでかでかと書かれた観光バスに乗り込んで出発!香港からの添乗員の仕事はここまでで、その後は現地添乗員が仕事をします。彼には一人学生アルバイトのアシスタントがついています。ですからツアー客+添乗員3人が同行することになります。タイ側の添乗員の名前はJitti(ジッティ)中国系タイ人ですので広東語はNativeです。このおっさんが曲者で後にむかつくことをしてくれました。声がでかく、ずっとしゃべり通しなのでジッティが出てくると気分が悪くなりました。さて、最初に行ったのは「Dream World」というタイの遊園地(オーシャンパークのような)です。何もバンコックに来てまで遊園地に行かんでもええやんと思うのですが、香港人は日本に行っても遊園地まわりしてるので、これは定番のコースなのかもしれません。時代遅れの乗り物にうちのスタッフと私の娘がはしゃいで乗っていました。ああ忘れましたがその前にその日のランチがありました。遊園地内のレストランでビュッフェだったのですが、豚のえさかと思うようなひどい料理がならんでいて、先が思いやられましたよ。まったく… でもすごく暑かったので、そこで飲んだビールは最高でした。ここには香港からのツアーがひっきりなしにやってきます。みな良く食べてました。びっくり!実は食べている間に添乗員が両替をしてくれます。ここではTB4860でした。たった30バーツですが空港より悪かったので、空港でやっておいて正解?その後も私達以外のツアー客は彼に両替をしてもらっていました。集合時間まで3時間もあったのでゆっくり遊べました。その中の目玉アトラクション、雪の世界!入り口で長靴と防寒ジャケットに着替えて中に入ると、肉屋の冷蔵庫のような冷たさを感じました。寒くは無いけれど冷たい感じ。雪のようなものが足元にありました。ちょっと雪が積もって凍て付いたような雪です。雪だるまやクリスマスの飾りつけがしてあるので、香港人観光客がタイ人に混ざって写真をとりまくっていました。その横は短いスロープが作ってあってそりすべりを楽しめます。ゴムボートに乗って上から滑り降りてくるのです。一度だけやりましたが1度で充分と思いました。さて、遊園地を後にして次に向かったところは、Mr.Ladyのショーでした。性転換をしたであろうおかまちゃん達が、日本のひなびた温泉町にあるようなステージで歌いまくり、踊りまくりのショーです。飲み物がついていてそれを飲みながら見ました。1時間ほどつまらんショーを見せられてげっそり、やっと終わって出て行こうとするとMr.Ladyたちが出口で並んで挨拶をしていました。中にはうけねらいの太って醜いおかまちゃんもいて、その人がうちの旦那を見て日本人だと気づき、「ありがとう」と言いながら追いかけてきました。だんなは冷や汗を流して逃げまくっていました。まじ怖がっていたのでおもしろかったです。早く帰りたいのに、ショーの入り口でMr.Ladyがいっぱいいて、みなが写真をとりまくります。この写真は有料で、1回撮るのに100バーツ(HK$20)とられます。なのにみんな喜んで何枚も撮っていました。うちのスタッフのだんなはカメラ好きなので、今回はカメラマンとして思いっきり働いてくれたのですが、彼が何枚も撮ってお金を使いまくっていた姿にはあきれました。うちからは娘のみがMr.Ladyと写真を撮ってもらいました。興味の無い人にはこのショーは苦痛でしかありません。さて、その後 いよいよディナーです。ディナーの場所につくまでバンコク市内の様子を車窓から眺めていましたが、ほどよく近代化されていて中国に似た感じですが、中国よりもずっと雰囲気の良い街なみでした。たぶん漢字がないせいかな?道行く人々の顔つきも優しいからかもしれません。ディナーは「タイスキ」の店でしたが日本料理屋と書かれていました。「タイスキ」は鍋のことです。タイのからいタレにつけて食べるのですが、私達が行ったタイスキはビュッフェで小さな器に具が入っていて、それが何重にも重ねられています。なくなればまた具をとってくるというスタイルでした。具はつみれなどの練り物が中心で、お肉は豚肉と内臓、あとは野菜、豆腐、ビーフンなどでした。器がプラスティックで安物感があり、心から楽しむことはできませんでしたが、食べてみるとわりとおいしく、特に豚肉が柔らかくておいしかったのと、豆腐もおいしかったです。スタッフたちがどんどん具をとってきて入れるのでまいりましたが、一応日本料理屋ということで日本酒もあったし、ビールも安かったので初日からばんばん飲みまくりました。飲み物は実費なのでその都度払うのですが、他の香港人たちは誰も別料金の飲み物をオーダーしないため、うちのテーブルだけ異常に盛り上がっていました。店の人もどんどんビールとお酒を注文するのでニコニコでしたよ。食事の後はいよいよホテルです。ホテルはMenam Riverside Hotelというまさに川沿いに建っているまあまあのホテルでした。古いけれど部屋も広く、ここならいいかな?という感じでした。スタッフ家族、私と娘、だんなともう一人のスタッフと3つしか部屋を予約していなかったので、添乗員に頼んでもう一つ部屋をとってもらって、だんなとスタッフが一人でゆっくり寝られるようにしました。一部屋TB1200(HK$240.-)なのでかなり安いです。もう遅かったのですが、すぐに近所のマッサージ屋に出かけました。初めてのタイ式マッサージです。タイのマッサージは中国でやってもらうのと違って、まさに「もむ」という感じです。押さえてもらって痛いこともあるけれど、我慢できないほど痛くはなくとても気持ちいいです。あとは、関節や筋をしっかり伸ばしてくれるため本当に気持ち良かったです。お店のパジャマに着替えてリラックスしてやってもらえるのもいいのかもしれません。1時間でTB250なのでたったのHK$50ですよ。安くて嬉しいです。私が日本人とわかったので「いたーい?きもちいい?」を何度も言っていました。そしてタイ語で気持ちいいは「サバーイ」だと教えてくれました。ホテルに帰ってゆっくりお風呂に入って疲れをとって、テレビをつけるとNHKもやっていました。津波の被害が思ったより大きくびっくりしました。日本人の方もたくさん行方不明になっているとのこと胸が痛みました。
2004.12.28
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今年は悪いことばかり起きた年だけれど、こんな年末にもう一つ大きな災害が起きてしまった。津波! 津波って地震のたびに津波警報が出たりするけれど、これだけ世界規模で起きた津波ってそれほどないんじゃないかな?マグニチュード8.9というのも尋常ではない。すべてすごすぎる感じだ。それだけではなく、クリスマスホリデー中に起きたことなので、どのエリアもホリデイをビーチで過ごす為、各地から観光客がいっぱい来ていたことも悲惨だ。その一つ、プーケットは香港から簡単にいけるリゾート地として一番ポピュラーな場所だ。だからたぶん今回もものすごい数の香港人、そして香港に駐在している日本人、韓国人、西洋人が行っているはずだ。既に日本のニュースを見ていると各地で邦人らしき遺体が見つかっているし、連絡が取れない人もいるということだ。楽しいはずのホリデイに出かけて遠い海にながされて命を落とすなんて誰も考えなかったはず。スリランカの大統領も、津波という災害を知らなかったので何の対策もしていなかったと言っていたけれど、本当にそうだと思う。地震が多いエリアなら絶えず津波などを心配しなければならず、それに備えているけれど、関係の無い国では津波の存在自体知らないだろう。私たちは明日からバンコックへ遊びに行くんだけれど、プーケットは反対側といえやっぱり不安だ。怖いとは思わないけれど気分的にね。一緒にいくスタッフはその恐怖だけが新聞やニュースで伝えられているので、大丈夫と言ってもめちゃくちゃ怖がっている。ビーチへ行きたくないんだって。本当に年末なのにえらいことです。できるだけ早く不明者の安否が確認されることを願います。
2004.12.27
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いつもは友達が集まってクリスマスディナーを食べていたんだけれど、その友達が日本に帰国してしまったので、昨日は家族3人静かなディナーを食べました。香港人も家で食べている人が多いのか、スーパーマーケットはすごく混んでいた。うちの隣人もお客がたくさん来ているようでにぎやかに祝っているみたい。毎年クリスマスイブは香港人がチムサーチョイのプロムナードに出かけて徘徊する。その数というのが見るだけで気を失いそうになるぐらいの人出なんですよ。ネイザンロードがホコ天に変身!そして道路と言う道路に人があふれるのです。通行規制されるので10m進むのに20分ぐらいかかったりしてねえ。11年前にこの状態を見てからは怖くて人がいっぱい出てくる日に出て行けなくなってしまいました。それは今でも同じ、なんであんだけ人が集まる場所に毎年毎年出かけていくのか私には理解できません。さっきニュースで見たけれど、やっぱりみんなが帰った後はごみだらけで、人ゴミの引き際を後ろから政府の掃除隊が手際よく本物のゴミを片付けていくのです。最後は散水車の登場!残った汚れを水で洗い流して朝陽が昇るころにはきれいになっていたようです。もちろん夕べゴミ捨てで罰金を払った人もたくさんいたようです。香港をきれいにしようよ!と毎日テレビでプロパガンダがながされているわりに、やっぱり香港人はゴミを捨ててしまうようです。さっき掃除をしていたら、去年、元気だった母が書いた年賀状の原稿が出てきました。母らしいすごくのびのびとした達筆な文字を見ていたら涙が出てきました。毎年母は300ぐらいの年賀状を手書きで書いていましたが、去年は300枚書く力はなく、母が書いた原稿をスキャンで取り込んで絵をつけて、それを父に送って、父が年賀状にプリントアウトして作ったのです。母はもういないのに文字は生き生きと残っていてよけいつらいですね。
2004.12.25
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Merry X'mas!クリスマスですね。みなさんは特別な予定入っていますか?うちは何もなし。今日はおうちで何か作って食べようと思っています。ゆうべは家族3人で焼肉を食べに行ったし、来週はタイ旅行やからクリスマスはおとなしくしてようと思っています。昨日はタイのことで知りたいことがあったので、仲良くしているアメリカ人の友達に電話をかけたら、「今オフィス?」と聞くので「そうだよ」と答えておいたら、それから1時間ほどして急にオフィスにやってきたのです。彼はパタヤへ休養のためによく行くのでパタヤ通、というわけでパタヤの地図と地元の観光雑誌などを持ってきてくれたんです。それでパタヤやバンコックの話を早口でして、また嵐のように去って行きました。それから私と娘は彼女のクリスマスプレゼントを買うために銅鑼湾まで行きました。リクエストはIpodMini 実は父が娘にIpod用のお小遣いをくれていたので私はふところがいたみませんでした。ありがとうサンタ爺ちょうど彼女が欲しがっていたPinkのみ残っていたので良かったです。その後、そごうの本屋が新しくなってから一度も行ってなかったので行ってきました。フロア全体が暗いような感じです。たぶん書棚の背が高いこと、家具の色、そして天井が低いことなどのせいかもしれませんが、暗い分落ち着いた感じになっていました。それに座って本を読めるように椅子などもおいてあり、中にはそこで寝ている人もいました。なんとなく暗い感じが昼寝するにはちょうど良い感じです。中国語、英語の本のコーナーもあってローカルのお客さんも入りやすくなったし、隣には喫茶店も併設しているので良い感じですが、どうも本の冊数は減ったようです。その分、参考書や児童書など子供向けの本は増えていたような気がします。パトリシアコーンウェルの新しい本が出ていたので買いたかったのですが、またもや上下にわかれており、文字のサイズもいつもより大きくなっていて損な気がして買いませんでした。バンコック用の地球の歩き方も情報の割りに値段が高いような気がして、これまた我慢しました。娘も日本円の高騰で本の値段が上がっていると言ってたし、ひょっとしたらタイへはガイドブック無しで行くことになるかもしれないな。うろうろしてたらだんなから電話があって、アメリカ人の友達がまた来るらしいということで、あわててオフィスに引き返しました。お土産に買ってくれてあったビールホルダーを持ってきてくれたんです。2回もオフィスまで来てくれてありがとよ。というわけで、午後からは買い物に行ってきます。
2004.12.24
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昨日で2学期の同好会が無事終了しました。香港人コーチがなぜか来なかったので一番泳げるクラスを担当しましたが、こちらはとても刺激的で結構楽しく教えることができました。一人抜群に早い子がいて、彼にバタフライの練習のコツを反対に教えてもらったりしてとてもありがたい存在です。練習の合間に私もジャブジャブ泳いで、バタフライの練習もやってみましたが、段階を踏んで最終的にバタフライのフォームへ移していくことはできるようになったけれど、プールの半分ぐらいまで泳いだら息が切れて死にそうになってしまうので、結局25m泳ぎきることができるのにはもう少しかかりそうです。その子のアドバイスだけれど、バタフライの手の練習はとてもしんどいのでいいかげんにかいてしまう人が多いけれど、いいかげんにかくことで次の動きがもっとしんどくなってしまうらしく、しんどいけれどしっかりかくことで楽になるし、うまくなると言われました。なるほど~と妙に感心してしまいました。やってみたらわかるよ。最後は同好会全体を3つに分けてリレーをしましたが、自分が泳ぐときは必死になって泳ぐわりに、人が頑張っているのをぜんぜん応援しないんですよ。もっと熱くなってわいわい応援したらもっと楽しいのにな。バタフライの練習のし過ぎで腕が痛いです。夕べ見つけたいやなニュース電車の中で大阪造幣局の職員が、前に座っていた女の子の買い物袋の中におしっこをしたんだって。目の前でおち○ち○を放り出されおしっこをかけられた女の子の精神状態を心配してしまいます。それにこの話にはしっかりオチがあるんです。そのおっさんがおしっこをした買い物袋はシャネルの袋で中には買ったばかりのバッグが入ってたそうです。どう思う?ショックやで~おしっこをかけられた女の子もショックやけど、高級バッグとして生まれてきておしっこをかけられて終わったバッグの身を考えたら本当情けないですよ。このおっさん、58歳ってことは定年間近だったのかな?酔って覚えていないそうだけれどもったいない話です。連れて行かれた警察は実はうちの実家のある町の警察でした。
2004.12.22
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夕べは忘年会でした。ここで知り合ったお友達いつ会ってもおもしろい話でどこまでも盛り上がれる会なんですが、夕べは新メンバーの参加でいつもより激しく盛り上がりました。まさにClose Encounterを体験した感じでした。それにしてもよく飲んだなあ。最初に行ったお店はGermanRestaurantということでしたが、何の変哲もないローカルのバーでした。そこで飲んだビールが不思議な味でまた飲みたくなるようなそんなビールでした。名前は何でしたっけ?2軒目はQuarryBayの飲み屋街にあるピーナッツの殻だらけのバーの銅鑼湾店 こっちは食べるものが充実していてレストランとしても機能していました。オニオンリングのソースがおいしかったよ。ここでも変わった味のアメリカンビールを飲みました。アメリカンビールと呼ぶのに思いっきり抵抗を感じる味でした。ほんまおもしろかった。
2004.12.21
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前からずっと見たいなと思っていたこの映画、昨日近所のDVD屋さんで見つけたのでさっそく見てみた。イギリスヨークシャーの田舎町に暮らすアニーとクリスはごく普通のどこにでもいるイギリス人のおばさん。でもアニーのだんなさんジョンは白血病になって亡くなってしまう。ジョンが入院中、お見舞いに訪れていたクリスは待合室のソファーがあまりにも座りごこちが悪いことに文句を言っていた。彼女達はWomen's Institute (W.I.)といういかにもイギリス婦人が入りそうな会に入っており、そこでFund Raiseをやって病院にソファーを送ろうと計画をたてる。そして仲間が集まってさっそく家具屋にソファーを見に行くのだけれど、通常の基金ではとてもじゃないけれど買えないことに気づく。ある日、クリスは息子の自転車を修理にいった店でヌード写真カレンダーをみつけて、「これだ!」とひらめく。仲間達を説得して自分達がモデルになってカレンダーを作ることが決まる。ぴったりのカメラマンを見つけてさっそく作品にとりかかる。アニーの夫ジョンは生前ひまわりが好きだったので、カレンダーはモノトーン、ひまわりだけに色をつけるというのがテーマだ。これがすごくいいんですよ!結局、このカレンダーが大ヒットしてソファーのお金どころか、ジョンの命をうばった白血病の患者を支援するための基金集めにもなって大成功をおさめる。クリスはこのカレンダー作りのリーダーで仕事も忘れてカレンダー作りやスポンサー探しに取り組んでいて、そんな母親の態度に悩まされる息子の苦悩も組み込まれてなかなか良い話におさまっている。状況におぼれるクリスととても冷静なアニー、すごく良い友達関係を築いていてうらやましい。カレンダーがイギリス国内で成功をおさめるあたりで映画が終わるのかと思ったらまだその続きもあるわけで、そこがちょっと余分かなと思ったけれど、実話だから仕方が無い。久しぶりに後味のよい素敵な映画に出会った気がしました。イギリス人独特のアクセントも耳に心地よく響くし、何よりとてもきれいなイギリスの田舎町を見るのが楽しいです。イギリスに行ってみたくなるよ。落ち込んだときに見るとあっという間に元気になれそうな、そんな映画です。特に私たちの世代には響くものが多いかもしれません。映画で作ったカレンダーも素敵だけれど、実際にモデルになった人たちが作ったオリジナルのカレンダーもすごく素敵です。アニーはハリーポッターのロンのお母さんでした。とても素敵でしたよ。彼女達がハリウッドに行ったときに、「彼らはアンスラックスというバンドの人よ」とお互い挨拶を交わすシーンがあるんだけれど、あれは本物のアンスラックス? カラフルなひげはそれっぽいんだけれど誰か知りませんか?
2004.12.19
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実は今月末にタイへ遊びに行く予定をしている。会社創業10周年のお祝いとして簡単な慰安旅行に行くことにしたのだ。最初は近場のMacauへ行ってのんびりしたかったのだけれど、予算内でどこにいけるかを探していたところ、スタッフが安いタイ旅行を見つけてきたのだ。値段はあまりに安いので書くのがいやになるぐらい。もちろんツアーなので自由なんかはないかもしれないけれど、初めてのところだし大勢で迷ったりするのはいやなのでツアーもいいかと妥協した。こちらのツアーに申し込むと行く前に必ず「茶會」(チャ-ウイ)と呼ばれる説明会のようなものがあって、今日はその日だったのだ。朝早くから旅行会社の茶會会場へ行ってみたら既に始まっていた。何かお茶でも出るのかと思っていたけれどそうではなく、早くくるか、終わってからでもどちらでもいいけれど、会場にある喫茶室(レストランぐらいある)でお茶、コーヒーが飲み放題、そしてパンやケーキも食べられるようになっている。デリフランスのおいしそうなパンがならんでいたので、もっと早く来てここで朝ごはんにすれば良かったといやしくも考えてしまった。ところでその説明会の内容だけれど、たいした話はなく、当日の集合時間、場所、着いてからの話、HK$100がタイバーツでは490ぐらいだとか、電気のコンセントの形状など、調べればすぐにわかるような当たり前のことを早口の広東語で説明されただけだった。ツアーの内容やその日その日のスケジュールなどが説明されて、ホテルの名前などもわかるのかと思って行ったのに、あまりにも情報が無さ過ぎてあきれてしまった。旅行会社の受け付けでホテルについて聞いてみたけれどまだわからないらしい。あっちに行って、予定通りのツアーに参加してもいいし、私たちだけで単独でバスを借りてもらい私たち専用のツアーを組んでもらうこともできるらしいけれど、すべてはタイ側の旅行会社の担当者に言わないといけないらしく、結局向こうへ行ってから聞いてくれということだ。安いツアーだから丸投げなのだろう。だいたいのホテルの名前リストはもらったので検索してみると、どこもまあまあの3Starのホテルだったけれど、それと同等ということなので、良いホテルの名前を出しておいて、実際に泊まるところはぼろっちいのかもしれない。だって飛行機に乗って行って、4泊もするのにあの値段だから(それにツアーも食事もついている)ホテルがぼろくても納得がいくし、ひどい物を食べさされても文句は言えない。様子を見てディナーはキャンセルして自分達で食べに行くことになると思うけどね。航空会社はOrient Thai Airという聞いたことのないエアラインだけれど、香港とタイのツアー客を運ぶバスみたいなエアラインみたいだ。昔は難民送迎チャーター便を出していた唯一の民間会社だったらしい。このエアラインのサイトを見てみるとHistoryがものすごくおもしろかったので読んでみてください。http://www.orient-thai.com/web/home.htmlそうだそうだ、こちらではなじみのツアー参加者に配られる旅行会社の名前の入ったバッグを人数分もらってきた。こんなださいバッグもらってもしかたないけれど、香港のみなさんは捨ててしまうのかな?謎だ。
2004.12.18
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オフィスの近所にLaksaやPrawnMeeなどのマレーシアヌードル屋さんができてからだいぶたつけれど、今日 初めて入ってみた。マレーシア、シンガポールなどのエスニックヌードル中心にメニューがくまれており、店のおじさんにすすめられてLaksaと名前は忘れたけれど甘酸辛という文字が並んでいたヌードルをたのんでみた。Laksaはココナッツミルクがベースになったスープの中に透明のピンピンはねるようなヌードルが入っている。出汁は蝦の風味とピリッとしたさわやかな辛さがミックスされて、そこにココナッツミルクが入るものだからまろやかな辛さというのだろうか、とてもおいしい香りがしてくる。食べる前によだれが出そうになったのは久しぶりだ。そこにえび、その他野菜などが入っておりものすごくおいしい。もう一つのヌードルはビーフンだ。スープは名前どおり甘酸っぱいところに少し辛さをたしたようなチャツネのような味と言ったらわかってもらえるだろうか?そのスープをゆでたビーフンにかけてあるようなそんな料理だ。こちらはゆで卵、もやしなどの野菜がたっぷり入っておりこれはこれで結構おいしい。でもどちらがおすすめかと言えば、Laksaのほうかな?正宗Laksaというメニューでトッピングもたっぷりで48ドルとヌードルにしては少し高い目。でもおなかがいっぱいになるしドンブリもでかいので満足満足他にも小食などのつまみっぽいお料理も多いし、飲み物もいろいろある。店の名前は「加東」場所はG/Fl., 8 Mercer Street, Sheung Wan上環駅A2出口から歩いて3分私の大好きなライスバーからすぐです。
2004.12.17
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日本に帰ったときに「あるある大事典」で見た二重あごをなくす方法。結構簡単なので日本から戻ってから少しずつ続けてきた。テレビのとおりだと1日3回やらなければならないのだけれど、最初は一日2回、たまに1回だったりで結構てきとうに20日ぐらい続けてきたところ、だんなが、あごのまわりがすっきりしたと言ってくれたので、すっかりその気になって、それからは毎日2回必ずすることにしてちょうど1週間が過ぎた。そしたらますますあごがしまってきて、以前は前から見たら明らかにあった二重あごが普通にしている分にはあまり目立たず、横から見た場合もかなり減っているのがわかるようになってきた。触った感じも違うし、2重あご体操をしていても違うなと思えるようになった。恐るべし「あるある大事典」(顔やせを見てみてください)http://www.ktv.co.jp/ARUARU/実は「あるある大事典」で過去放送されたものの中には、おなかがやせたり、お尻がアップしたりといろんな体操が紹介されているんだけれど、全体的に問題のある私なんて、どの体操もすべてやらなければならず、その中からいくつかピックアップしてやってみるんだけれど、結構つらくて続けられないものが多い。やってみて確かに効くなと思ったのはこの2重あごが初めてだ。最近 日本から持ち帰ったビデオで見たお尻をアップさせる体操も結構簡単なので続けているけれど、それでも1日3回はできず今のところ2回がせいぜいかな?10日ほどで効果が現れるらしいけれど、今の私はほとんど変わりなし。うまく行けばヒップアップだけではなく、ウエストも痩せるらしい。いつか効くと信じてもう少し頑張ってみよう。正直、椅子の上に腹ばいになって足を後ろに上げる体操は効きそうな気がする。NO PAIN NO GAINなので痛くても続けるぞ!あの~ ここで見つけた豆乳で痩せるというのも家族でやっているんだけれど、今のところ効果なしあるある大事典も、何人ものモニターがいて、その中から効果のあった人を選んでやっているのかもしれないけれど、もうかれこれ2ヶ月ぐらいはやってるのにちっとも痩せない。でも、これをやりだしてから胃腸の調子がよく、毎朝快便の日々をおくれるようになったのと、だんなが胃の調子が悪くて胃酸過多みたいだったのが改善されたこと、お酒を飲む前に飲んでおくと体調が良いのも夫婦で実感している。
2004.12.15
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さっき 実家の父から電話がありました。前立腺癌の検査の結果が出たそうで、10ヶ所針を刺した中、1ヶ所から癌が発見されたということでした。前立腺癌は高齢者には多く発見されていて、そのままほうっておいても悪さをしない場合もあります。実際、だんなのお父さんは10年前に前立腺癌と言われましたが手術もせず放置してありました。結局別の病気で亡くなりました。でも中には多臓器や骨に転移する場合もあるため、見つかった場合は手術でとってしまうのが一般的みたい。父も治療の説明を聞いて手術することをすでに決心したみたいで、またまた来年早々に日本に帰らないといけないようです。母のときみたいに深刻ではないし、術後の経過も割合に楽なのでそう心配はしていないのですが、母もいないし弱気になっているので精神的なことのほうが心配です。2004年は義父、母が亡くなるという大打撃の年でしたが、父も癌と言われるなんて、本当にいやな年となりました。来年は良い年になりますように。
2004.12.13
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1950年代 アメリカの炭鉱町で育った高校生4人がロケットを飛ばす夢を追い求める青春映画。時代的にはアメリカングラフィティーと同じぐらいだと思うけれど、原色のものが少なくアメリカの暗い部分をこれでもかと見せてくれる作品。1957年10月 アメリカよりも早く、ソ連が人工衛星打ち上げに成功しました。その光る物体が夜空をすーっと動いていく姿を見て、ホーマー少年はロケットを作ることを決心します。彼が生まれ育った場所は炭鉱以外何もない小さな町、住民のほとんどが炭鉱で働き、その町の高校に通う男の子達には何の将来もなく学校を卒業すれば炭鉱で働くしかなかったのです。しかし、その炭鉱は落盤事故が後を絶たず、ストライキ闘争があったりと決して安定しているわけではなかったのです。彼の父親も炭鉱の責任者として山(炭鉱)の男と呼ばれ皆に頼られている存在でした。息子達も卒業後は自分のあとを継いで炭鉱で働くものと決め付けていました。しかしスプートニクを見たホーマーは友人に声をかけてロケット作りをはじめたので父親はそんなホーマーにまったく理解を示しません。ある日、ロケットの試作品を持って学校へ来たホーマーたちは校長先生に注意をされるのですが、そこへ科学の先生がやってきて、州の科学コンテストに出るために私がやらせていると嘘をついて助けてくれます。ひょうたんから駒で、本当にコンテストに出場することになり、そこから一気にロケット作りが加速していくのです。この先生の存在がこの映画ではものすごく大きいです。このお話、実話です。ロケット作りに取り組んだ4人の少年の一人が書いたお話を映画化されたのですが、彼は科学コンテストで優勝、奨学金をもらって大学へ進み、後にNASAで働きました。実話だと言っても信じられないほどこの映画はDepressionに支配されています。とにかく暗いです。途中真っ赤なスポーツカーが出てくるのですが、その時初めて原色が出てきたような気がして、本当に良い演出だと感じました。それぐらい暗いのです。その暗さに耐えられず途中で何度も涙が出ました。特に、ロケットの打ち上げが成功して町のみんなから支持されたと思ったところで、濡れ衣だったのですが火事の犯人にされて警察につかまったり、その後、炭鉱の事故で父親が大怪我をして、本来なら長男がいるのに、長男がアメフトで奨学金をもらって大学入学が決まっていたため、ホーマーが働きに出ます。炭鉱の中におりていくリフトに乗りながら、スプートニクが飛んでいる姿を仰ぎ見る姿はものすごく悲しいです。しかし、ここで働く間に彼はロケットが飛ぶ距離と時間の関係を自分で計算して、友人と一緒にロケットが落ちている場所を突き止め、火事の犯人ではなかったことを証明します。そしてもう一度科学コンテストに出場することを決意して復学します。怪我からなおって戻ってきた父親が、息子に学校に戻ることをすすめず、炭鉱で働くことをすすめたシーンはものすごくつらかったです。最終的に科学コンテストで優勝して、最後の打ち上げの現場に父親が来てくれてハッピーエンドとなるのですが、この最後の10分以外は本当に重苦しい映画でした。本のタイトルはRocket Boysですが、これを並べ替えてOctober Skyとしたことを著者のサイトで知りました。スプートニクが飛んだのも10月 上手いこと作ってるなと思いました。音楽がアメリカングラフィティーと同じ物が多く、暗いアメリカングラフィティーに位置付けられると思います。最後に4人の少年、家族、先生がその後どうなったかを見せているところもアメリカングラフィティーと同じだったので、意識してそう作られているのかもしれません。良い作品ですが、暗い映画が苦手な人には向いていないかもしれません。
2004.12.12
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娘といろいろあってその結果、娘が急に合気道のレッスン見学に行くと言い出しました。ちょうど友人が合気道を長い間やっていて、彼女が通っているクラスが曜日的にも時間的にもちょうどいいということで、家族3人で見学に行きました。実は見学は2度目なのです。練習風景を一度見ていたので、娘がやっぱりやめとくと言い出すのではないかと心配していました。ところが、ちょっと武道のたしなみのあるだんなの解説を聞きながら娘は興味を持って見学しているようす。結局おもしろそうなのでやってみるということになって来月から参加することになりました。そのことをレッスンが終わったあとで師範に伝えると、今からみんなでディナーに行くんだけれど一緒にどうですか?と食事会へ誘われたので、友人も行くということなのであつかましくお邪魔しました。全部で20名ぐらいはいたかな?すごい人数が大きな円卓二つをくっつけたところを囲んでワイワイがやがやと食事会は始まりました。師範がものすごく気配りのきく方で、私とだんなの間に座っていた娘を師範の娘さんの隣に座らせてくれたので、他の方とお話すると言うきっかけになりとてもありがたく思いました。私は友人の隣だったので、友人を通して合気道メンバーとも英語、広東語をまじえながら楽しく会話ができて、たった一晩でみなさんと打ち解けることができました。だんなは柔道をやっていたので、その事つながりで黒帯クラスのメンバーとも楽しく会話していました。料理はいかにも香港の人が頼むものが多く、食べたことの無いような料理も出てきて、それをあてにビールをたくさん飲みました。場所はジョーダンという観光客も多いエリアにあるんだけれど、レストランの雰囲気は思いっきりローカルで、香港サイドではなかなか見られない雰囲気の店でした。やっぱりカオルンサイドと香港サイドは違うんだなと実感しました。メンバーのうち3分の1ぐらいは白人達で、長くやっている人も始めたばかりの人も既に打ち解けている様子。この食事会はメンバーの家族は気軽に参加してもいいということで、娘が入会したらいつでも参加してもいいんだって。師範や他の人に声をかけながら内気な娘は他の人とも会話をしていたので、この機会に少し引っ込み思案な性格が刺激されるといいんだけれどな。来年からさっそく始めるので あとで胴衣を買いに行こうとだんなが楽しそう。
2004.12.11
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最近、うちのだんなはアンティーク時計の収集に夢中になっている。RolexやOmegaなどの高い時計ではなく、小遣いで買えるような安いC級品中心に集めている。主に香港のYahooオークションを利用しているんだけれど、結構いろいろあるのでおもしろい。私はほとんど興味が無いのだけれど、もしお気に入りの時計がみつかったときは譲ってもらうか、時々貸して貰おうと密かにチェックしていた。そしてその時計はついに私のところにやってきたのだ。だんながオークションを通じて知り合った香港人の時計コレクターから手に入ったTudorのアンティーク時計だ。初めて見たとき12時のところに大きくバラのマークがついているのに目が行ってすっかり気に入ってしまった。でも私より前にその時計を見たスタッフがすごく気に入って、だんなに譲って欲しいと言い出した。ちょうどスタッフのだんながオフィスにいて、彼にも時計を買ってと頼みだした。でもそのだんなは今カメラに夢中で時計など眼中にないようだ。それに900ドルという金額はさっと払うのには少し高いのかもしれない。というわけで、結局だんなの手元に残ったんだけれど、気に入った私はだんなにおねだりをして、結局私が使ってもいいことになったのだ。ネットで調べたところ、TudorはRolexが高すぎて買えない人たちのために作られたディフュージョンブランドで、パーツの多くはRolexのものだ。そしてバラのマークが使われているのはだいたい1971年ぐらいまでで、それ以降はご存知の盾マークに変わっている。私がもらった時計はだいたい1950年~60年ぐらいの間に作られたモデルのようで、でっかいバラがついているから日本のコレクターの間ではデカバラと呼ばれているんだって。シンプルな時計だけれどすごく気に入っています。だんなよありがとう。
2004.12.09
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今日はJohnの命日だな。さっきImagineがラジオからながれてたよ。もしJohnが生きていたら何をしてたかな?多くの高齢ロックミュージシャンと同じように活躍してたかな?Paulだっておじいさんになっても頑張っているし、Beach BoysのBryan Wilsonだって苦境を乗り越えて今また頑張っている。去年見たRollingStonesのコンサート、おじいちゃんになったミックがステージを右へ左へ走り回っていた。Johnの頑張っている様子を見られなかったことは悲しいけれど、こうして心に残っているのは確かだ。Live AidのFreddieを見ていると彼がこの世に存在しないことを本当に悔やまれる。20年後の彼を見たかった。でも存在しないからこそこうして恋焦がれてしまうのかもしれないな。
2004.12.08
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昨日 クッキーを食べていて突然折れた私の歯さっそく 朝からデンティストに行きまして抜いてもらいました。このデンティスト、長いつきあいである。初めて住んだコーンヒル近くのアパートから坂を下っていったところにある小さい小さい歯医者さん。待合室は1畳半ほどしかないんじゃないかな?診察室も似たようなもので、初めて行った時はびっくりしたな。あれからもう10年経ってしまった。娘も私も引っ越した先で新しい歯医者を見つけたけれど、だんなはしぶとくここに通っている。なので今回私も久しぶりに行ったわけだけれど、歯医者さんは10年経って髪がうすくなりました。この歯医者さん、月、水、金はクォーリーベイのクリニック、火、木、土はシャウケイワンのクリニックで診療している。今日は火曜日ということではるばるシャウケイワンまで行ってきました。クリニックに入ると4人も人がいるではないか!え~っ?4人もいるの?私が来て一人が呼ばれて残りは3人。そのうち一人は化石かと思えるほど高齢のおばあさん。たぶん90歳はいっているにちがいない。90歳でも歯があるの?待合室に座っているお婆さん、寝ているのか起きているのかわからない。結局 このお婆さんだけが患者で、残りの二人はお婆さんにつきそってきている息子さんとその奥さんだった。というわけで20分ほど待たされて名前を呼ばれました。D「どうしたんですか?」J「昨日クッキーを食べていたら歯が折れたんです。」D「じゃあちょっと見てみましょう。う~ん わかりました。こりゃひどいですね。根まで真っ二つに割れてますよ。こうなったら抜くしかないですがいいですか?」J「お願いします。」ということで麻酔の注射をしてもらったあと20分ほどでばきばき、ごりごり 私の歯はきれいさっぱり抜かれました。2ヶ月ほどしたら歯茎がもとにもどってきれいになるので、その後差し歯(先生はFalse toothと呼んでた)を作るのなら作って、もし食べるのに支障がなければなくてもいいってことでした。いいかげんやな。でも見えないところなのでいらないかな?でもさ、結構抜いた場所が大きく感じて気持ち悪い。やっぱり歯をいれたほうがいいかも。食べにくいし、飲み物もこぼれそう。
2004.12.07
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今日のお昼はマクドナルド ダブルチーズバーガーのセットを買ってきて食べていると、ポテトの硬い部分が歯にがちっとはまりこんだみたいですごく痛かった。てっきり歯が折れたのかと思ってあせってたんだけれど、その時はどうもなくて、そんなことがあったのも忘れてた。夕方 娘とアドミラリティーで会うことになっていて待ち合わせ場所に行くと娘がクッキーを買って待っていてくれた。ママの好きなホワイトチョコのクッキーがあったから買っといたよということで椅子に座ってクッキーを食べていると、お昼おかしくなった歯がまだ痛いのだ。なんかいやな感じと思ってたら、やっぱり歯の一部がぽろっと折れた。えらいこっちゃ。だんながちょうど歯医者に歯を抜きに行ってたので急いで電話をいれて予約してもらった。たぶん明日はこの歯はきれいさっぱり抜かれるのだと思う。前と後ろにきっちり割れている感じで、折れたのこりの歯がぐらぐらしているのだ。私は歯が弱く、食べていて折れるのは2度目だ。家に帰ってさっそくLiveAidのDVDを見てみた。めずらしいことに欠陥品だった。4枚組なのに1枚抜けている。こんなんあり?懐かしいクリスマスの歌とWe are the worldを見た後、大好きなQueenの入っている2枚目を見てみた。Queenが出てくるとオーディエンスの反応がまったく違っていて鳥肌が立ってしまった。友人がちょびっと泣いてしまったというその気持ちがものすごくわかった。だって私も涙目になってしまったよ。フレディーは相変わらずかっこいい。彼のステージはDVDやビデオで何度も見ているけれど何回見ても興奮してしまう。ほんま最高。
2004.12.06
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見たかったこの映画 今ごろになってやっと見ました。ロック(それも昔のロック)きちがいのデューイーは自分のバンドなのに仲間と主旨の違いで追い出されてしまう。収入の無い彼はルームメイトとその彼女からも冷たくされ部屋までも追い出されそう。そんな時、そのルームメイトであり元バンド仲間でもあるネッドのところに臨時教師の仕事が入ってきて、そのオファーの電話を受け取ったデューイーはネッドのふりをしてその仕事を受けてしまう。勤め先は名門Prep校、さっそく教室にとおされたデューイーは教える気持ちはまったくなく、学校が終わるまでずっとRecess(休み時間)をやっていろと無茶なことをいう。翌日、たまたま音楽の時間を見てしまい、クラスに有能なギタリストとピアニストがいることを発見。あわてて車にギター、キーボード、ドラムセットをとりにいき彼らにそれらの楽器を演奏させて、自分の夢だったバンドコンテストに出ることを決めてしまう。そしてそれをプロジェクトだと子供たちに伝える。そしてプロジェクトの名前を"Rock Band"と名づけてバンドコンテストの日をめざして練習をはじめる…最初にギターをひいていたZackという少年にエレキを与えて簡単なフレーズをひかせるのだけれど、一番最初にひかせるのはブラックサバス、2曲目はディープパープルと、古い曲ばかり登場するところが笑える。こんな先生がいたら大変だろうと思うけれど生徒達も毎日音楽と練習にあけくれる日々を楽しむ。最後は無事 コンテストで演奏することができて思いっきりハッピーエンド。結構 デューイー中心に作られすぎなんじゃないかとも思うんだけれど、その中にはギタリストのZack少年の心と現実の葛藤などもからんでいてそれを歌にすることで生徒の気持ちは主張されているのかな?太っているから歌えないという女子生徒をはげますアドバイスも軒並みなんだけれど結構好きなシーンだな。彼が本物じゃないってことがばれて親たちがショックを受けるわりに、彼らのステージを見て丸くおさまっていくところはちょっと薄っぺらい気もしないわけではない。そう終わるならそれなりに、それ以前に子供が持っている家庭での問題をもっと取り入れることで、作品は厚みを増すことができたんじゃないかな?そのあたりは残念だけれどミュージカルと思ってみるならこれぐらいかな?結構好きだと思えたシーンは彼のルームメイトであり元バンド仲間でもあるNedが、彼が最終的にコンテストで演奏することを知って、それまでガールフレンドに遠慮してデューイに冷たかったのに、急に音楽を聴きに行くよと彼女をふりきって出て行ったところかな?あの俳優 見たことないけれど、この役にぴったりの俳優だったよ。子供と一緒に見るにはぴったりの映画だと思う。でもうちの娘はデューイ役の俳優、Jack Blackがあまり好きではないようでそれほど気に入ったということはなかった。彼が授業の一つとしてロックの歴史、ロックの理論なんかをやるんだけれど、それを映像にしてたらもっとおもしろかったんじゃないかな?私はそれが見たかったよ。まあおもしろいけど、期待しすぎてたから80点ぐらいかな?
2004.12.05
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今日は気の合う仲間達と食べて飲んで、そして好きな音楽のビデオを見まくりました。休みだったので6時ごろから集まって、銅鑼湾にある沖縄料理でおいしい料理をいただいて、おいしい泡盛いただいて、音楽の話や旅行の話に花を咲かせました。初めてOrionBeerを飲んだのだけれど地ビールみたいな甘いような軽いようなそんな味でした。飲みやすいけれどちょっと物足りないようなそんなビールなんですね。泡盛はシークワーサの果汁を少したらして飲むとおいしいんだよね。前回飲んだものよりおいしかったな。その後は友人のお宅に場所をうつして、そこで別の友人が持ってきてくれたメタル関係のDVDを見まくりました。ちょっと私にはきつかったのだけれど間に別の音楽も聞かせてもらったので間が持ちました。Chicagoのビデオも見たんだけれど、電リク大会みたいなものでなかなかおもしろかったです。大好きなChicagoと言えばこの曲と思う、Saturday in the parkを久しぶりに聞かせてもらいました。良かった~締めくくりはなんと、「俺たちひょうきん族」のビデオでした。あのころおもしろいと思って毎週見てたのに、今見るとすごくくだらなくてびっくりしてしまいました。笑えるのは笑えるけれど、脈略の無いTakeちゃんマンには正直言ってびっくりしてしまいました。懐かしかったけれどむなしいDVDだったな。音楽三昧のみにしておけば良かったかな?飲んで騒いで気がつくと12時でも家まで近いところなので良かった。次は忘年会かな?
2004.12.04
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今日は気分がめいることがあって落ち込んでいたけれど、夕方には解消。水泳だったので生徒と一緒にザブザブ泳いできた。バタフライの練習はなんとなく前に進むようになってきたけれど、足の練習のみで、手はまったくだめそう。しんどいだけでいやな泳ぎ方やなあ。昨日の読書感想文日記には一つもレスがついていない。ここをロムっている人にとってやっぱり香港情報が一番なのかな?私は書評は大好きなので書評を時々のせているサイトにはたびたびお邪魔している。今読んでいる本は山田詠美の「姫君」死をテーマにした短編を集めてある本だけれど、好き嫌いが別れる文体と内容があって、今までちょこっと読んだ詠美の作品と違う感じがする。そして、ペーパーバックを一つ読み終えたので、今日新しく本を買いに行ってきた。KATHY REICHSという聞いたことの無い人の本で、Death Du Jourというタイトル。直訳すれば犯罪科学人類学者であるDr Templeが主人公のミステリー本 パトリシア・コーンウェルのドクタースカペッタシリーズみたいなのかなと思って買ったんだけれど、無事最後まで読みとおせるかどうかはわからない。もう1冊、娘のリクエストでとうとうダ・ビンチコードを買ってしまった。彼女が読んだら私も挑戦しようかな?
2004.12.02
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本を読むことが結構好きでいろいろ読んでいるのですが、つい最近読んだこの本、おもしろかったので書き残しておきます。もともとどうしてこの本を選んだのかと言うと、Sunday Morning Postの本特集のページで、長い間ベストセラーに名をあげていたから。数学が得意な15歳のクリストファーは子供のころから自閉症だ。黄色が極端に嫌いで赤いものが好き。食べ物もこの法則にしたがうので、黄色いものは絶対食べず、赤いものを好んで食べる。人に触られるのが嫌いで、それを知らずに彼に触れた人はえらい目にあう。人ごみが嫌いなので繁華街やショッピングモールには行けず、乗り物にも乗れないので自分が住んでいるエリアからほとんどが出たことがない。こんなクリストファーの隣の家の犬が何者かにフォーク(農具)で殺される。そして彼はその犯人を見つけるために、聞き込み調査を始める…このあたりは高校生探偵のマーダーミステリーなんだけれど、読み進めるうちにまったく違う展開になっていく。彼の母親は2年前に心臓発作でなくなり、今は父親と二人暮しをしているのだけれど、聞き込み調査をしていくうちに、母が犬を殺されたおうちのだんなさんと浮気をしていたことを近所のおばさんから聞くあたりからどんどん話はおもしろくなってくる。後半は人ごみが苦手、大きい音が苦手という数々の自閉症の症状を乗り越えて、一人でロンドンまで行き着くというアドベンチャー小説になっていく。パニック状態に陥る彼を救うのは頭の中で2をかけ続けて行ったり、数学的な法則を見つけてそれを計算するのに集中したりする。それがすべて本の中で絵になったり数式になったりして、数学の弱い私には結構つらい。一見、このアドベンチャーのおかげで病気を克服するのかと思いきや、そうではない。でも彼の人生が明るく開くきっかけとなったのは確かだ。最後はハッピーエンドですっきりと読み終えることができた。私はクリストファーの両親の立場から読んでしまいがちで、途中とてもつらくなってしまう箇所もあったし、クリストファーの信用を無くしてしまった父親の扱われ方もとても悲しかった。でもそういうつらさや悲しみがすっと解けてしまうようなすっきりとした終わり方がこの本の魅力かな?英語もシンプルで読みやすいので英語の勉強をしている人にはぴったりなレベルだと思う。そういえば、クリストファーの視点から一人称で淡々と書かれた文体は「アルジャーノンに花束を」に似ているかもしれない。ねずみのペットも出てくるしね。
2004.12.01
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