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「静かにしとしと降る雨のことを小糠雨(こぬかあめ) と言うんやよ」 遠い昔、母さんが言ってたっけ・・・ 3歳の私が乳母車に乗って、 寄り添うように歩く輝男兄さんが5歳で・・・ 町はずれのスナックの雇われママの美雪は、 お昼過ぎから降り始めて、店が看板になる 夜の10時過ぎまで降り続いている闇夜の雨を音で感じていた。 たった一人残った客は輝男だった。 輝男と美雪は兄弟として育てられたが、血はつながって いない。輝男の父が、競馬狂いで多額の借金を残し 消えてしまった。残された輝男の母も、情の薄い女で アパートの隣の部屋に住んでいた美雪の両親に預けて そのまま戻って来なかった。輝男が3歳の時だった。 そんな幸薄い輝男を美雪の両親は、自分の子供同様に 育てた。優しかった美雪の両親だが、輝男が高3で 美雪が高1の時に、相次いで病気で亡くなった。 病床の美雪の母に輝男は誓った 「俺、絶対に美雪を守るから・・・幸せにするから 母さん、母さんと父さんに育ててもらった恩返しやしな」 ・・・ しかし、現実は甘くなかった。 身よりのない無学な輝男は、いくつもの仕事を転々として、 いつしか競馬にパチンコにのめり込み、多額の借金を 作ってしまった。美雪と住むアパートには、毎日のように 借金取りが押し寄せた。 ある日、美雪が高校から帰った時、輝男は強面の男二人に 詰め寄られ、 「兄ちゃん、あんたに傷害保険がかけてあるんや・・・ ここで腕の一本でも切り落としたろか・・・」 男はキラリと光る小刀の両面で、輝男の腕を何度も何度も 嘗めていた。輝男は、勘弁してくれ・・・勘弁してくれ・・ と泣きわめいていた。 「私、学校やめて働くから・・・お兄ちゃんを助けてあげて」 あの日から、もう10年になろうとしている。 いつかは・・・いつかは・・・立ち直ってくれる・・・ そう輝男を信じつつ、美雪は水商売にドップリと浸かって行った。 「美雪、10万でいいんだ」 いつものように輝男は、美雪に金をせびりに来ていた。 「この前、20万渡したところよ・・」 泥沼のような10年間に美雪は心身とも疲れ果てていた。 こんな男の為に・・・ 本当の兄でもない、夫でもない・・・ そんな男のために、美雪はボロボロになっていた。 「もう、これっきりやから・・・頼む」 「ほんとに、これっきりなのね・・・立ち直ってくれるのね」 もう聞き飽きたはずの言葉に返す言葉もなく いつものように、ハンドバックに手をやろうとした美雪は 少しふらついたかと思うと、そのままバタンと倒れた。 びっくりした輝男が、近くの居酒屋に駆け込んだ。 「たすけてくれー」 驚いて駆けつけた居酒屋の店長をしている横田が、 「ほら見てみい、もうスナックなんか辞めろって言うたのに」 倒れている美雪を哀れむように言った。 美雪は、数年前から肝臓をかなり悪くしていたのだ。 そのことを、気心の知れていた父のような年頃の 横田にはうち明けていたのだ。 何にも、知らなかった大バカ野郎は輝男だった。 すぐに救急車で近くの病院に運ばれた美雪だが、 病状はかなり悪く昏睡状態に陥った。 「美雪・・・美雪・・・」 と泣きながら枕元にすがる輝男を横田は病室の外に ひきずるように引っ張りだした。そして、 力の限り、2回3回・・・輝男を殴った。 驚いた看護婦たちが、止めようとするのも聞かず 殴って殴って・・・。 いつしか顔がぐちゃぐちゃになるくらい涙ぐんだ横田は 「これ以上、殴ったら美雪ちゃんに怒られるわ・・」 と言って握り拳を止めた。 「すんまへん・・・すんまへん・・・」 と腫れ上がった顔で、何度も土下座する輝男だった。 そんな輝男に、横田は背中を向けて 「おい、美雪ちゃんはな・・・あの子はなあ・・ おまえのようなヤツの嫁はんになること夢見て、 わしが止めるのも聞かず頑張ったんじゃ・・ おぼえとけ・・・このカス・・・」 そう言い残して去って行った。 あとに残された輝男は、座り込んだまま膝を叩いた 「今度こそ・・・今度こそ・・・」 うわごとのように言いながら叩き続けた。 何やら慌ただしく看護婦と医師が病室に駆け込んで行く。 しとしとと小糠雨が降り続いていた・・・
2005.01.31
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京子は、高校から帰ってくると 愛犬のシロと散歩に出かける。 シロは8歳で、もし人間ならばお爺さんらしい。 それでも、京子はシロが大好きだ。 シロは、自分が大事にされているのが分かると見えて、 京子が帰ってくると、 ワンワン・・・ と飛びまわって喜ぶ。 そんなシロに京子は、 「シロ、ただいま」 と駆け寄り抱きしめるのだ。 シロが子犬の時に京子の家に来てから、 もう7年以上も続いている光景だ。 そんなある日、京子が、いつものように帰ってくると、 あのワンワン・・というシロの鳴き声が聞こえない。 「あれ、シロ・・・どうしたの」 と京子が、心配げに犬小屋を覗くと シロがいない・・・ 京子は、お腹がすいているのも忘れて、近所を探し回った。 「シロ・・・シロ・・・」 でも、シロは見つからなかった。 おまけに、公園のところで、浮浪者たちが鍋を囲んで ・・・今日は犬鍋だ・・・白いヤツを 煮込んだ・・これが、うまいんだ・・・ と、上機嫌で話しあっているのを 聞いたから、もうたまらない。 「まさか、シロは、あのおじさんたちに 捕まって、鍋にされたんじゃ」 そう思うと、悲しくて涙が止まらない京子だった。 家に帰ると、お父さんとお母さんも シロがいなくなったのを気にしていた。 一人娘の京子と三人暮らしだから、 シロは4人目の家族のようなものなのだ。 シロがいなくなって3日目の夜だった。 「ほんとうに、食べられたかもしれないなあ」 と言うお父さんに、お母さんも、 「また、白い子犬もらってきましょうよ」 と、もはや諦めた様子に、京子は、「まだ食べられたって決まったわけじゃないわ」 と、泣きべそかきながら、カーテンを開けて 窓からシロのいるはずだった犬小屋を見た。 すると次の瞬間、京子が 「あれ・・・シロ・・・」 と急に元気な声で叫んだ。その声に驚いた お父さんもお母さんも、京子の側に駆け寄った。 3人の目線の向こうでは、シロと、どこで知り合ったのか メス犬が仲良く寄り添って、犬小屋の前に座っていた。
2005.01.30
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美智子は結婚前、防犯機器会社の 営業部の庶務をしていた。その会社はテレビで有名人をつかって 明るいイメージコマーシャルを 流してはいるが、営業はシビアだった。 営業会議では、大の男が涙を流す くらいは序の口で、 「そこの窓から飛び降りて死ね」 などと営業部長からの怒号が響き 渡るのも日常茶飯事だった。 佐々木という営業部では一番身体が 大きい男も、そこの営業部の 所属だったが、いつも成績はビリで 毎晩のように「バカ」「死ね」 と怒られていた。 美智子も、ちょっと頼りない感じが、まるでウドの大木のようで、 男として魅力薄だなと感じていた。 ある晩、美智子が仕事を終えて 会社を出てから駅まで歩く道中、 ほんの数メートルだが薄暗い路地を通った。 その時、待ち伏せしていたのだろう。 一人の男が美智子の前に立った。 「よー、久しぶりだな」 「誰ですか?」 「忘れたのか・・・この顔」 よく見ると、たしか、半年ほど前に 会社を辞めた藤堂とかいう営業マンだった。 藤堂は美智子に惚れていたようで、 何度かデートに誘ってきた。藤堂は営業成績はトップクラスだったが、 ヤクザっぽいところがイヤだったので、 美智子はいつも断っていた。 その後、藤堂は客とのトラブルの責任を とって、会社を辞めたのだった。 「何か用ですか?」 と藤堂の横を通り抜けようとすると、 「ちょっと付き合ってほしくて」 と、藤堂は無理に美智子の腕を取って 力ずくでも連れて行こうとした。 「やめたください。声を出しますよ」 と美智子が言うと、藤堂は薄笑いを浮かべて、 「どうぞ、誰も助けてくれないよ」 と、近くに止めてある車へ強引に引っ張って 行こうとした。 そこへ、大きな影が通りかかった。 あの頼りない佐々木だった。 おおかた、今日も契約が取れなくて しょんぼり帰ってきたのだろう。 「ちょっと、佐々木さん」 と叫ぶ美智子に、佐々木は気づいたようだった。 「・・・」 佐々木に気づいたのは藤堂も同じだった。 「ハッハ・・おまえ、まだ、この会社に いたのか・・・おまえは、マゾか・・・ 毎晩、ボロボロになるまで怒られるのが そんなに楽しいのか・・・っはは」 と、藤堂は佐々木をあざ笑った。 佐々木は、 「嫌がってますよ・・ 力ずくは駄目ですよ・・・男らしくない」 と、例の頼りなさそうな声で言った。 藤堂は、その言葉にムカついたのか 美智子から手を離して、佐々木に殴りかかった。 一発殴られて、倒れた佐々木は、 体中を殴られ蹴られまくった。 近所の人が呼んだのだろうか。 パトカーのサイレンの音が聞こえてくるまで 佐々木は藤堂に殴られ蹴られ続けたのだった。 藤堂は警察に連行され、美智子は、 無事帰ることはできたが、 佐々木は内蔵破裂で全治3ヶ月の重傷を負った。 3ヶ月後、佐々木は現場復帰した。 それからの佐々木は、トップとは言わないまでも かなり良い成績の営業マンになっていた。 たぶん、何かが佐々木を変えたのだろう。 しばらくした頃、何度か佐々木の入院先の病院に 見舞いに訪れたのがきっかけで親しくなった美智子に 「会社を辞めることにしたんだ。 やっと、本当にやりたいことが分かった」 とうち明けた。なんと、佐々木は、空手の道場を開くと言うのだ。 美智子は、その時、初めて知ったのだが、 佐々木は子供の頃から空手道場通いをしていた。 なんと、佐々木は全国でも5本の指に入るほどの 空手の達人だったのだ。
2005.01.29
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この春に中学に上がる佐智子の爺ちゃんは、 去年、亡くなった。 爺ちゃんは酒飲みで、酔うと大暴れして、 婆ちゃんや父ちゃんに迷惑をかけた。 佐智子の父ちゃんが酒を一滴も飲まないのは 爺ちゃんのことを見ていたからだろう。 爺ちゃんは働き者だったが、 商才はなかったようだ。 爺ちゃんは寿司屋をやっていた。 朝6時から仕入れに出かけて 11時に開店して夜の11時まで 店を開けていた。お客さんがいれば、 夜中の1時だって頑張った。 でも、時々、お客さんと一緒に酒飲んで ベロベロになってしまうこともあった。 そんな爺ちゃんでも、寿司を握ればピカイチだった。 そのせいか店は繁盛していて、たくさんのお金が 入ってきたそうだが、儲かったお金は 競馬や株や小豆相場などで、全部使ってしまったようだ。 亡くなった後、病院に入院費と葬式代を支払ったら 通帳には1000円しか残っていなかったそうだ。 そんな爺ちゃんだが、佐智子にはとても優しかった。 ある日、佐智子の手を引いて爺ちゃんは釣りに出かけた。 大きな柳の木の下で糸を垂らしていると、 ブーンブーンと音がした。 爺ちゃんと佐智子が見上げると 大きな蛇がもがいていた。 佐智子がキャーと震えながら叫んだ。 爺ちゃんは、もがく蛇をジーと見て言った 「かわいそうに、この蛇は漁師の捨てた網に 引っかかって苦しんでるんじゃ」 と爺ちゃんは、柳の木に登って蛇を 助けようとした。その甲斐なく、もがいた蛇は ますます網に絡まってしまった。 釣りを忘れて汗だくになった爺ちゃんだが とうとう息が切れてしまった。 翌日、佐智子が学校から帰ってくると 爺ちゃんの機嫌がとても良かった。 「佐智子、今朝、見に行ったら 蛇はいなかったぞ。うまく逃げたんじゃ よかった・・・よかった・・・」 そんなことがあって、しばらくして 爺ちゃんは倒れて帰らぬ人になった。 爺ちゃんだって、蛇は嫌いだった。 いつもの爺ちゃんなら、 あの柳の蛇に石でも投げただろう。 そんな爺ちゃんが蛇を助けようとするなんて・・・ 佐智子は、あの時、爺ちゃんは 生き仏さんになっていたような気がしてならない。
2005.01.28
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私の仕事仲間に、大変な鉄道マニアが いまして、自称”特急小僧”と言います。 彼といっしょに新幹線に乗りますと、 「駅で弁当を買って、座席に座っても 発車するまでは食べないよ。電車が 動き始めてから食べないと駅弁って 気がしないからね」 と、もう遠足に行く子供のような 顔をしているんです。 数時間後に、どんなに難しい仕事が 待っていようと、涼しい顔してるのです。 電車に乗れば、すべて忘れられるって感じです。 今はなくなってしまいましたが、 大阪駅に大きな貨物駅があった時代には、 毎週日曜日になると、大阪駅に 集まってくる貨物列車を撮影するために 通ったようなヤツです。 そう、JRの前進、国鉄の全盛期だった頃です。 3歳くらいから彼はお父さんと二人、 カメラを持って、あっちの駅こっちの駅と 飛び回っていました。 中学生になって友達といっしょに駅に 行くようになっても 幼稚園児の小さな子供みたいに 「ガタンゴトン・・ガタンコトン」 と無意識のうちに口に出す、 そんな無邪気な鉄道ファンでした。 いや、30も半ばの今も 「ガタンコトン・・・」 って言いだしそうな気配があります。 そんな彼に、今はお爺ちゃんになっている お父さんは 「特急のように元気な子になるんや」 と、何かくじけそうなことが あるたびに励ましてくれたそうです。 この辺から、彼は 自称”特急小僧”になったのかもしれません。 小さな頃は泣き虫で、 ちょっとしたことで、エーンエーンと 泣いていた彼ですが、今では結婚して 一男一女のお父さんになっています。 きっと彼の子も、元気な特急小僧なんでしょうね。
2005.01.27
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ガチャン。窓ガラスの割れる音。 ある中学校のお昼休みだった。 受験勉強でイライラしている中3の男子生徒二人が 教室前の通路でケンカしている。 その二人の同じクラスの生徒たちが、 いろんな表情でそのケンカを見物している。 ニヤニヤ笑っているヤツもいる。 目を覆っている女生徒もいる。 ヤレヤレと煽っているヤツもいる。 隣のクラスの生徒たちも出てきた・・・ 給食当番で食器を運んで帰ってきた二人のクラスメート の雅也が、ケンカを止めに入った 「何やってるんだ。やめろよ」 そんな雅也を、多くの生徒たちは冷ややかな目で 見ている。せせら笑っているヤツもいる。 何度も離しても、すぐに、この野郎とつかみ合い、 殴り合い、やっと二人はゼーゼー荒い息を立てて、 ケンカを止めた。 「どうして、みんな止めないんだ」 そんな雅也に対して、他の生徒たちは ・・・やりたいヤツにはやらせればいい・・・ ・・・ケガすれば、ライバルが減るのに・・・ そんな眼差しを送って、散っていった。 やっと駆けつけてきた先生も、 「ああ・・・中3になると、ケンカも 殺し合いになるから困るなあ」 と迷惑顔で、二人を保健室に連れて行った。 雅也の心の中には、暗雲が立ちこめた。 クラスメートが傷つけ合っているのを 止めた自分は悪いのか。 自分は余計なことをしたのか・・・ 午後の授業は、そのことで頭が一杯で 上の空だった。 雅也の父は、大工で曲がったことが 大嫌いだ。勉強なんかしたことない人だが、 正義感だけは誰にも負けない。雅也の父は 若い頃、工事現場で、仲間の大工同士の ケンカの仲裁に入り飛ばされた勢いで 足を骨折し今も少し足を引きずっている。 父は、これは名誉の負傷だと 時々、酔って自慢話をするような男だ。 雅也は、こんな父を尊敬している。 自分も、そんな男になりたいと思っている。 そんな雅也だが、時々、自分は間違って いるんじゃないのかと不安になることが 多い。その日の出来事は、まさに それを象徴する出来事だった。 後味の悪い気持ちで、その日の最後の授業が終わり、 校門を出た雅也は一人帰り道を歩いていた。 そんな雅也を数人の自転車通学の生徒たちが 追い越して行く。その中の 一台の自転車がキーッとブレーキをかけて 雅也の横で止まった。振り向くと 同じクラスの理恵だった。雅也は理恵とは ほとんど話したことない。理恵と話すと 顔が真っ赤に熱くなるのが分かるからだ。 理恵は、雅也の憧れの人だった。 「今日の今井(雅也)君、カッコ良かったよ」 それだけ言って、理恵はバイバイ・・・ と言い残して走って行った。 雅也は、キョトンとして 「あっ、バイバイ・・・」 と理恵の背中に答えた雅也の心の底から、 しだいしだいに喜びと自信が沸き上がってきた。
2005.01.26
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「元気だせよ…同情するのはいいけど…おまえまで、幽霊みたいだぞ…」と、健司が落ち込んでいた恋人の幸代を一生懸命に励ましていたのは1年前だった。幸代が落ち込むのも無理はなかった。一ヶ月ほどで、中学時代のクラスメートが二人亡くなった。一人は大腸ガンで、もう一人は乳ガンだった。「二人とも、まだ20代なのに…ガンだなんて」なんとか、もとの明るい幸代に戻してやりたい。健司は、死ぬほど考えた。超一流ホテルのケーキバイキングも試した…居酒屋で浴びるほど飲んでもダメだった…「愛してる」の連呼も空しく響くだけだった…映画にも行った…5年ぶりにテニスもやった…初めてゴルフの打ちっ放しにも連れて行った…ドライブの誘いには返事もしなかった…もう、健司には思い当たることがなかった。トボトボと一人帰る夜道は寂しい。このままやったら、あいつも病気になってしまう…そんな健司の耳に、ダンスのリズムと男女の歓声が飛び込んできた。「こんな所に、ダンス教室があったんや」そう思った瞬間、健司は幸代をダンス教室に誘うことに決めた。大きな壁を突き破るのは、一瞬のヒラメキだ。「ジルバが一番スキ」ダンス教室で幸代は生き返った。「飾りじゃないのよ涙は♪中森明菜の曲でよね。あの曲、ジルバにピッタリよね」…それから一年、週に一回、健司と幸代は二人でダンス教室に通った。発表会の日。健司は、オヤジに連れられて初めて野球を見に行った時と同じくらい興奮した。そして、幸代は、初めてキスした時と同じくらい感動した。
2005.01.25
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芸能界に限らず、才能がパーッと認められて、すぐに消えてしまう人と残って行く人の違いは何だろう。たぶん、消えて行く人は作り物だったのだろう。作り物だから、自分を見失う。無理をしている。だから、いずれつぶれる運命なのだ。反対に残って行く人は本音だったと思う。自分らしささえ見失わなければ残っていけるわけだ。
2005.01.24
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看護婦の幸恵は、市役所に勤める浩一と 結婚して8年になるが、まだ子はない。 夫婦仲は良い方だし、夫婦そろって 子供好きなのに、幸恵は無念で仕方ない。 先日幸恵は、婦長に小児科病棟への 転属を命じられたが、少し考えさせて 欲しいと言った。他人の子供でも、小さな 子供を目の当たりに見るのは辛かったし、 母親たちと接すれば、子を産んだ経験のない看護婦は 半人前のように思って勝手な自己嫌悪に陥りそうだった。 それほど、幸恵は思い詰めていた。 浩一と二人、深夜のニュースを聞いていると 子供欲しさに産婦人科から赤ちゃんを 浚った女のことを報道していた。 「私、分かるような気がする」 そう言う幸恵を 「何を、バカな・・」 と浩一がたしなめた。 「でも・・・このまま、二人っきりだなんて 寂しすぎると思わない?」 「そう言われても・・・こればっかりは・・ 養子でももらうか・・・」 「私、他人の子は愛せない」 「じゃあ・・・」 困って怒ってしまった浩一の頬に 自分の頬をすりつけるようにして幸恵は 「ごめん、困らせちゃったわね・・・ ペットでも飼わない?」 「ペット・・・」 「うん」 ・・・・・ 翌日、病院からの帰り、幸恵はペットショップにいた。 小鳥に、犬に、猫、ハムスター・・・ いろいろ見たが、どれも性に合わない。。。 ふと見た店頭に、小さな生き物がいた。 手に乗りそうなブタだ・・・ 「小さなブタちゃん・・・」 寒さに弱いとは書いてあったが、 とても可愛いと幸恵は思った。 その夜、幸恵と浩一は、その小さな豚の話で盛り上がった。 浩一が質問をして、幸恵が答える。 例えば、 「大きくならないだろうなあ・・・」 と、浩一が言えば 「大きくなっても20センチらしいの」 と、幸恵が答え、また、浩一が 「毛が抜けたりしないのか?喘息はゴメンだからね」 すると、幸恵が 「毛は生えてなかったわ」 と言ったところで、浩一はニッコリして 「そう、じゃあ。今度の日曜に」 「手乗りブタの養子を」 「迎えに行きましょう」 ハハッハハハ・・・ 浩一も幸恵も大喜び、 幸恵は思わず浩一に抱きついた 「だーいすき」 と、言った途端、幸恵は一瞬のめまいの後、 吐き気をもよおした。 幸恵は妊娠3ヶ月だった。 諦めた頃に、とうとう訪れたコウノトリの代わりに 手乗りブタの養子縁組の話もどこかへ 飛んで行ってしまった・・・
2005.01.23
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「うちの夫、また会社辞めたようなんです。 これで、10社目・・・もう、呆れて」 裕恵は、また言ってしまった。 家であったことは言ってはならないと思いつつ、 ついつい言わせてしまう、そんな親しみやすい 雰囲気が支社長の田辺にはあった。 裕恵は25歳、それまでは隣町の支社で働いていたが 1年前に10歳年上の夫と結婚したのを機に転属してきた。 現在は社内でも一二を争うやり手と評判の支社長田辺の 秘書をしている。田辺は裕恵の夫と同い年だが、 頼りない夫と正反対で仕事もできるし、 小さなことではビクともしない男らしさを持つ人だ。 たとえば、数ヶ月前、株主総会のゴタゴタを引きづったのか ヤクザ風の男が、田辺を訪ねてきた。 筋の通らないことを言って、田辺を揺すろうとしたのだが、 その男の思惑通りに事は運ばない。そこで、秘書の裕恵に いやらしい言葉を浴びせて絡んだりしはじめた男に田辺は、 「私の大切な部下に、手を出すと警察を呼ぶことに なりますが、よろしいですか」 と毅然とした態度で対応した。男は、仕方なく捨てぜりふを 残して帰って行ったのだった。 その時、裕恵は中学生の頃の悲しい記憶を思い出した。 裕恵はイジメられっ子だった。 毎日のようにクラスメートから、 いろんなイタヅラをされて泣いてばかりいた。 先生に助けを求めても、知らんぷりだし 友達だったはずの子まで、イジメに加担する始末だった。 誰も味方がいない、誰も信じられない。 裕恵にとっては、地獄のような中学生活だった。 あの頃、支社長のような人がいてくれたら、 そう思うと、胸がキュッと痛くなった。 家に帰れば、新聞の求人欄とにらめっこしている夫に 「30も半ばになって、 そう簡単に仕事みつかるはずないでしょう」 と大声張り上げイライラばかりしている裕恵は、 自分は支社長のような人と結婚すべきだった、 と、密かに後悔もし始めた。その後悔が、 いつの間にか田辺への恋心に変わり、 日に日に田辺への思いが募る裕恵に 悲しい知らせが届いた。田辺が本社に重役として 栄転することになったのだ。外資から迎えた重役が どうしても田辺を本社にとの急報だった。 明日には、本社の重役になる田辺は、引継や身の回りを 片づけていた。そんな田辺に裕恵は 「私、イジメられっ子だったんです。 中学生の時、お弁当を頭にひっくり返されるなんて 毎日・・・髪の毛がご飯まみれになって 悲しくて泣いてばかりでした・・」 と、ポロリと悲しい昔話をした。せめて、自分という 人間を分かってほしい一心だった。 「それで、年上の頼りになる御主人といっしょになったのかな」 「年は10歳も上ですが、あの人、ぜんぜん頼りないんです」 「いろいろあって君は強くなったんだね。 いつかのチンピラにも怯まなかったしね。 だから、気の弱い所もある御主人にひかれたんだね」 と、支社長は裕恵は強くなったと言ってくれる。 でも、裕恵は全然、強くなんてなっていなかった。 頼りない夫と二人、やって行けるだろうかと 不安で不安で死にそうだった。いっそ、夫と二人 心中でもしようかと思うこともある。 こんな状態では、安心して子供も産めない・・・ だから、 「あんな人と、いつ別れるか分かりません」 と、少し感情的に言う裕恵だった。 そんな裕恵に、送別会の時間が迫ってきたようで田辺は 「じゃあ、元気でね。御主人と仲良くがんばって。 また、こっちにも来るから、その時、会おう」 と笑顔で別れようとする。 そのとき、裕恵は思わず 「ほんとうは・・・」 と言い、続けて ・・・支社長のことが好きだったんです・・・ と言ってしまいそうになった。 そんな裕恵の気持ちが伝わったのだろうか、 田辺は少し困った顔をして 「ほんとうは・・・?」 と、問い返すのだった。
2005.01.22
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古びた家が壊され整地された宅地に 新しい家が着々と建造されている。 今時、珍しい純日本風建築の豪邸だ。 そんな立派な家が建つと、やはり色めき立つのは ご近所の奥様たちのようである。 「あーら、立派なお屋敷ですこと・・」 「うらやましいわ。うちの亭主のお尻を 叩いて、私も、こんな家に住みたいわ」 「何言ってるのよ。おたくの御主人は いいわよ。叩けば出てくるものがあるから・・・ うちのなんて、何もないのよ。 私が働きにでるしかないわ」 「ところで、こんな立派な家に住む人って 誰なんでしょう・・・」 「知らないの?」 「ええ」 「内緒よ・・・絶対に内緒よ・・・」 「うん、約束する」 「実はね、あそこの診療所の息子さん」 「えええ・・・どうしてよ・・・あの人は」 「しー、声が大きいわ」 「ごめん、内緒だったわね」 「そうよ、女優の・・・あの胸の大きい・・ 名前は忘れたけど結婚して、隣町で歯科医院を 開業して二人仲良く住んでたのよ。それが・・・ 子供ができてから、人一倍プライドの高い奥さんが女優にカンバック したくなったそうで、カンバックに反対する 旦那さんも息子も捨てられちゃったわけよ・・・」 「それで仕方なく、帰ってきた…」「ありゃー、かわいそうに・・・ 女優なんかと結婚するから・・・」 「美しい花には棘がある」 「ざまあ見ろって」 「人の不幸って、どうして、こんなに おもしろいのかしら・・・内緒よね。この話」 ハッハハ・・・ こうして豪邸が完成する頃には、この家にまつわる噂を 町中で知らぬ者は誰もいなくなるのである。
2005.01.21
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何かの話をして、人を笑わせたいなら自分も笑顔で話せば、聞いている人もいつしか笑みを漏らす。涙させたいなら、悲しい光景を自分の脳裏に、まるで映画のように浮かべ悲しみ一杯で話す。怒りも同じ。書くことも同じ。胸が締め付けられる思いで涙しながら書いた文章には、読む人も涙せずにいられない。
2005.01.20
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由美のお父さんは、八百屋だった。 お父さんは3人兄弟の末っ子の由美を 目の中に入れても痛くないと、それは それは可愛がってくれた。 たしか由美が小学校3年生の時、お父さんは 1枚の絵を買ってきた。街で名も知れぬ 画家が描いていた絵だそうだ。 「なあ、母さんや、この女の子、由美に 似てると思わないか・・・」 その絵には、若い男女が仲睦ましく庭で 語り合っている光景が描かれていた。 ある日、由美は、お父さんに聞いた 「ねえ、お父さん・・・小さな女の子、 いないね・・・昨日の夜はいたのに」 お父さんは、驚いて絵をジッと見て 「由美は夢でも見たんじゃないのか この絵には、お兄さんと由美に そっくりのお姉さんが描いてあるだけだぞ」 と言ったのだった。 しかし、由美は、たしかに、たった一度だけだが 女の子をその絵に見た記憶があった。 それから、その絵は、ずっと由美の家の居間に 飾ってあったが、由美の目に女の子が 映ることはなかった。由美が、高校生になった頃、 和生という男の子と同じクラスになった。 由美は何故か、和生のことが気になった。 というのも、和生は、お父さんが買ってきた絵の 男の子とそっくりだったからだ。 でも、和生は別の女の子と付き合ったりして 由美のことは眼中にない様子だった。 由美が高校を卒業して、印刷会社に就職が 決まった頃、お父さんは、急に倒れて入院した。 お父さんが入院すると、あの絵は、いつの間にか 由美の兄たちの手で倉庫に仕舞われた。 お父さんが入院していた頃、由美は、病室で バッタリと和生と再会した。隣のベッドで 寝ていたのが和生の父だったのだ。そんなわけで 由美と和生は自然と親しくなって行く。 お父さんは、1年後帰ってきたが、少しボケて しまったようで、もう八百屋の商売はできない様子 だった。 1年間の交際期間を経て、めでたく20歳になった 由美と和生は所帯を持つことになった。内緒だが、 できちゃった結婚だ。 由美が結婚して3年目だった。 3歳になった娘の菜穂の笑顔を見て、由美は ハッとした。あの女の子だ。一度しか見てないけど 間違いない。あの絵の女の子に菜穂は生き写しだった。 由美は和生と菜穂といっしょに里帰りした日、 お父さんに尋ねた 「お父さん、あの絵、まだ倉庫に残ってる?」 かなりボケてしまったお父さんは、 「あの絵?」 と言っただけで考え込んでしまった。 「あの、私が小学校3年生の時に買った。 若い男の人と私にそっくりな女の人の描かれた絵よ」 お父さんは、思い出したようで手を叩いた 「ああ・・・若い男と女と子供の絵だろ・・ あああ・・・捨ててなかったら倉庫にあるぞ」 由美はびっくりして 「何言ってるの・・・お父さん、あの絵には 子供なんか描いてなかったわよ・・あれは、 私の夢・・・」 そんな話をしながら、倉庫から埃まみれの絵を 引っ張りだしてきた由美は、また、びっくりした。 あの由美が一度だけ見た女の子が、 菜穂にそっくりの女の子が可愛い笑顔で 描かれているではないか。 そして、その女の子の両脇には、由美に そっくりな女の人と和生にそっくりな男の人が 描かれている。由美は、その絵をまじまじ眺めながら 「お父さん、この絵、持って行っていい」 と、お父さんに言うと、お父さんは 「ああ・・・買った時から、由美の嫁入りの時に 持って行かせようと思ってたんだから・・」 と言い微笑むのだった。
2005.01.19
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週末、深夜のファミリーレストラン。 会社でネットワーク管理者をしている晃司は、 恋人の貴子にボヤいていた 「ああ・・・頭痛い。俺、風邪ひいたのかな」 「どうしたの、疲れた顔して」 「今日、会社のパソコンにウイルスが 進入して・・退治するのに一日中 走り回ってたんだよ」 「へえ・・・コンピューターウイルスって、 人間にも移るんだ」 ・・・ そんなに遠くない未来、通話料無料の 携帯電話が発売された!? あんまりお金のないカップルでもある 貴子と晃司は、さっそく飛びついた。 もちろん、無料のかわりに、携帯の 画面には、コマーシャルが常時配信 されているし、インターネットで ホームページを見れば、ヘッダー 部分にもコマーシャルが表示されている。 でも、無料なのだ。24時間話しても 請求書は送ってこない。 そんなある日、貴子がびっくりした 「ねえ、この頃、携帯に送られてくる CM・・・私たちのデートコースの 周辺が多いと思わない」 「でも、便利だからいいじゃないか。 格安のガソリンスタンドは役にたったよ。 ドライブするって分かってるみたいだな」 「その上よ・・・ラブホテルの 格安案内もあったのよ。それも、 この前行ったホテルの隣の・・・」 「ええ、まさか、俺たちがホテルに 入ったのバレてるのかなあ」 「それに、避妊薬のCMも 入ってたわ・・・今日、 私たちが会う約束してるのも バレてるのかなあ」 「ちょっと待てよ。この携帯。 常時、CMが配信されてるんだろ・・ とすると、俺たちの居場所くらい 感知するの簡単だよ」 ・・・・・ 数日後、通話料を無料にした携帯電話会社が 、利益穴埋めに顧客情報をオークションに かけていたことがニュースで報道され大騒ぎとなる・・・
2005.01.18
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大阪で仕事をする時、難波から梅田までは、 地下鉄御堂筋線に乗る。 間にある駅は心斎橋・本町・淀屋橋。 たった1度、この間を歩いたことがある。 10年前、阪神大震災の日である。 その前日は、たしか名古屋で仕事をした。 仕事を終えると、授かった赤ちゃんのいるお腹の具合が 悪くなって病院に入院していた妻を見舞って、 そのまま妻の実家に泊めてもらった。 その翌朝、たしか、5時頃だった。 震度4以上の揺れだった。 びっくりした私は、妻のお母さんと一緒に 病院に急行した。いつも、整然と並んでいる ベッドは、あっちこっちに曲がっていた。 「無事で良かった」 妻の無事を確認すると、私は、そのまま 始発電車に乗り、大阪に向かった。 ラジオやテレビで、大変な地震が起きたことは おぼろげながら分かってはいたが、 何が何でも大阪に行かねばならなかった。 その日は、私が始めた商売の広告が 初めて新聞に入る日だった。 サラリーマンを辞めて、裸一貫から始め 苦節3年余、やっと広告を出せるようになった日が 歴史に残る災害の日に当たるのだから 私は、きっと運がいいのだろう。 是が非でも、事務所に入り、お客様からの電話を 受けねばならない。私は決死の覚悟で電車に乗った。 しかし、電車は動かない。大阪に近づけば 近づくほど、止まっては、少し動き、また止まるを 繰り返していた。私は特急電車に乗っていたが 途中で普通電車に何度も抜かれたりもした。 列車ダイヤがメチャメチャに混乱していたのだろう。 とうとう車中で午前9時を迎えた。事務所が心配だ。 「誰か来てるかなあ」 何度か携帯電話からかけたが、ずっと話し中だった。 焦る気持ちで、窓から外を眺めると、 いくつもの線路が交差している地点では、 多くの電車が立ち往生しているようだった。 駅には、こぼれ落ちそうになるくらいに人が あふれていた。まさに、戦争を知らない私が見た 戦時の混乱の再現だった。 普通2時間ちょっとで着くはずだった難波に 6時間ほどかかった。すでに12時。 地下鉄に乗ろうと思ったが、地下鉄のシャッターは 降りたままだった。地下街のいたるところで 水漏れがしていた。大きな柱には、号外が 貼ってあった。”神戸で大地震” 特大の記事が踊っていた。 「仕方ない。歩こう」 私は難波から梅田まで歩いた。 しかし、ビルの下は歩けない。 地震で割れたガラスが降ってくるからだ。 1時間ほどかかって梅田の事務所のある ビルに着いた。やっと着いた事務所はガラス まみれだった。パソコンのモニターは逆さまで イスの上にあった。掃除のおばちゃんが泣きながら 「・・もう、どうしようもないわ」 と喚いていた。電話機は、床に散乱していた。 隣のビルの工事用クレーンがユラユラ揺れて 下手をすると、事務所に突っ込んできそうだった。 こんな状態だから お客様からの電話などあるはずもない。 なけなしの金をはたいて出した広告は 無惨にも消えてしまった。 でも、当然と言えば当然かもしれないが、 お金のことなんて、これっぽちも 考えなかった。テレビを見れば、 燃え続ける神戸の街や倒れたビル、 倒壊した駅が映し出されていた。 「俺は生きている、いや、生かされたんだ」 たくさんの犠牲者の方々の無念の影で 私は生かされたと思った。 生きる喜び、生きられる有り難さを知った私に、 それから一ヶ月後の2月14日、長男が誕生した。 この子は、もうすぐ小学5年生になる。 この子が、いずれ成人し、愛する人と結婚する時、 忘れてはならないこととして、あの1月17日に 私が悟ったことを語ろうと思う。 ”自分が生きていて良かった、と思わなければ、人を幸せにできない”
2005.01.17
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最近、子供が少なくなってきた。一番あわてているのは役所だ。税金をもらう宛てが少なくなったからだ。そして、年金が崩壊してしまうからだ。マスコミも、いろいろ騒いでいる。でも、少なければ、海外から、どんどん来てもらえばいい。そして税金を払ってもらえばいい。民間の会社は、そうしている。男である私がハッキリ言おう。問題は少子化ではない。日本の女たちは、ずーと我慢してきたのだ。育児は大変だ。給料という見返りのない労働だ。あげくのはてに、男どもに、「誰のおかげで食えてると思ってるんだ」とまで言われ威張られる。私の父も、母に、夫婦喧嘩のたびに、そんなことを言っていた。たぶん、重労働が少なくなった今のビジネスなら、母の方が父よりもビジネスはできるだろう。これは私の家庭の事情ではなくて、たぶん、ビジネスとだけ限定すれば、残念ながら7対3で女性が採用されるのだ。そんなことは、ずっと昔から女たちは知っていたのだ。男たちは、母性本能に甘えてきたのだ。そして、男たちの為に作られた社会の仕組みが許さなかっただけだ。このまま行ったら、日本人はいなくなる?バカバカしい。日本人はトキやイリオモテヤマネコか。人間は知恵のある生き物だ。いらないから、なくなるだけ。必要なら、工夫して作るはず。産んでもらいたいなら、産んでいただけるように社会が変わればいい。問題なのは、いつまでも変わろうとしない男社会なのだ。
2005.01.16
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ある日曜日の夕方、OLの恵はボーイフレンドの智史に 車で送ってもらい家まで帰ってきた。 「じゃあね」 と言って、家に入ろうとすると、赤ん坊の泣き声が聞こえた。 耳をすますと、どうやら向かいの大作の家から聞こえるようだ。 大作は、20の恵より10歳ほど年上の気のよい男で、小さい頃は、 よく一緒に遊んだものだ。たしか、最近、奥さんをもらって1歳の 女の子がいるはずだ。 家に帰ると、恵の母と高3の妹が噂話をしていた。 どうやら大作の事のようだ。 二人の噂によると、大作は奥さんに逃げられたらしい。 その上、1歳になるかならないかの赤ん坊を抱えて 途方に暮れているらしい。大作の両親は、少し惚けていて とても乳飲み子の面倒など見れるはずない。 夕ご飯を食べると、ちょっと気になった恵は大作の様子を見に行った。 「大作・・・おい、大作・・・」 庭から入って声をかけると大作は泣いている赤ん坊を 抱きながら顔を出した。 「やあ、恵・・どうしたんだ?」 「心配だから、見に来てやったんだ」 話を聞くと、大作は、どうやら1週間も仕事を休んで いるらしい。ただでさえ、仕事のできない大作である。 1週間も休めば、リストラになったとしても 何ら不思議ではない。 「おい、私が見てやるよ・・・赤ちゃん・・ ああ・・・オシメかえてやらなきゃ・・」 そう言いながら、赤ちゃんのオシメをかえる恵だった。 「恵も、気が付いたら一人前の女だな」 大作がしょぼくれた顔で言うと、 「当たり前だよ・・・わたし、20だよ」 ・・・ その翌日である。 恵が会社から帰ってくると、大作の家に救急車とパトカーが 止まっていた。顔なじみの見物人に聞くと、どうやら 大作がガス自殺をはかったらしい。幸い、発見が早かった為、 赤ちゃんも大作も大作の両親も命に別状はないようだ。 恵は、大作の入院している病院に駆けつけた。 「バカ、死んでどうする」 「他に方法なんてないよ」 大作は、また自殺しそうな感じだった。 ガス中毒の大作が退院するまでの2週間、 恵は赤ちゃんの面倒を見ることにした。 その間、何度か智史からデートの誘いはあったが、 仕方ないので断った。智史は、カッコいい男で 恵の好みのタイプだ。だから、デートに 誘われれば飛んで行きたいのだが、 赤ちゃんと大作を捨てて行く気には どうしてもなれなかった。 若い智史に、そんなこと話しても 分かってくれないだろう。 そんなことは分かっていたが、恵は 大作と赤ちゃんのことを話してみた。 智史は、鼻で笑った 「おまえ、幼なじみかなんか知らないが、 そんな子持ちの甲斐性なしのどこがいいんだ」 「そういうのじゃなくて、かわいそうじゃないの」 「かわいそうなのは、俺の方だよ。 女の代わりは、いくらでもいるんだ。 別れようぜ・・・」 「そんな・・・」 「じゃあな・・・」 智史との別れは、あっけなかった。 やっと大作が退院した。 恵にとっては長い2週間だった。 恵は赤ちゃんを抱いて、まだ頭がフラフラするという 大作といっしょに、病院の前に待たせてあったタクシーに 乗り込んだ。担当の看護婦さんが見送りに来てくれた 「こんな、可愛い奥さんがいるんだから、 早く元気にならなくちゃね」 その言葉に、 「違うんです・・・違うんです」 と片手を振って否定しながらも恵は微笑んでいた。
2005.01.15
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寒い夜、深夜にひとり我が家に帰る。 シーンと静かな寝屋、 耳をすませば、 スースーと寝息が聞こえる。 並んだ妻子のやすらかな寝顔を そっと見て、ありがたや。 少し寂しいけれど、 まあ、いいやと、 疲れた身体で、ひとり布団に入る。 ふわふわと、ぬくもりを感じて、 またも、ありがたや。 こんなささやかな幸せを、 どこかの誰かさんに伝えれば、 いずれ、その幸せが別の人に伝わり、 また、別の人に伝わり、 どんどん伝わって、 いつかは、すべての人が幸せになる・・ そんな幸せの系譜を作りたい・・・
2005.01.14
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私は銅像でございます。 背中に薪をを背負い、手には本を持った ご存じ二宮金次郎の銅像でございます。 実は私は、ちょっと変わったところに 立っております。私が立つところと言ったら 昔から決まっております。小学校の校門の あたりであります。ところが、私は、ごく 普通の住宅地にある民家の軒先に 立っております。 もちろん、分けありでございます。 私の御主人は、昨年創立120周年を迎えた 伝統ある小学校の校長先生でございました。 しかし、その小学校、賑やかな繁華街のど真ん中に ある関係で、生徒数が減り、昨年はとうとう 100人を切ってしまいました。かつては 千数百人を数えた生徒数は、その辺りに 住む人が激減したため、この20年で 10分の1以下に減少したのであります。 たしかに、環境の悪い市街地に住むより 郊外に住んだ方が、子供のためにも 良いのは道理であります。もし私に子供が いれば、きっと、そのようにしたで ありましょう。 というわけで、その小学校は創立120周年を もって廃校となったわけでございます。 御主人は、ちょうど定年を迎えておられましたから 「これも、何かの縁・・・」 とおっしゃられ精力的に残務処理をこなされて おられました。そして、とうとうやってきた 校舎を取り壊すという運命の日、 御主人は、校門の前で、ふと立ち止まっておられました。 御主人の目線の向こうには、この学校が 創立した当初から、そこに立っていた私がありました。 私は、てっきり、小学校の120年の歴史とともに 天寿を全うするものと覚悟を決めておりました。 ところが、数々の風雨に晒され、頭のてっぺんに あったはずの髷はなくなり、たしか3年前の卒業生に お尻のあたりに相合い傘の落書きをされた 哀れなボロ銅像の私を見ながら御主人は 黄色いヘルメットをかぶった小太りの現場監督様に 「申し訳ないですが、この二宮金次郎さんを 私の家に持って帰りたいのです」 と言うではありませんか。 なんと・・・なんと・・・ありがたい・・ 私は涙こそ流しませんでしたが、感謝感激雨あられ でございました。 御主人は、こうもおっしゃられました 「実は私も、この小学校の卒業生でしてね。 あの頃から、この二宮金次郎の銅像は ここにあったんですよ。私の恩師たちは みんな亡くなっておられますから、 この金次郎さんが、恩師のような気がして・・・」 と、少し涙ぐみながら話されたのでございます。 「よっしゃ・・わいに任せてな・・校長先生・・ 今日の工事関係者の中にも、この小学校の卒業生が おるて聞いてます。わしかて、金次郎さんを 見殺しにできへんわ・・・任して・・」 と、言って力強く胸を叩いたのでございます。 そんなわけで、私は、トラックに乗せられ、 この庭にやってきたのであります。今では 御主人の長年の趣味であります盆栽たちとともに 悠々自適の暮らしをさせて頂いております。 とくに可愛いのが、御主人の孫の健太君で ございます。健太君は幼稚園の年少クラスで ございますが、私のことを 「ニノちゃん」 などと呼び、親しげに頭などなぜてくれます。 健太君にふれられておりますと、思わず 121歳と言う自分の年を忘れてしまいそうで・・・
2005.01.13
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あれはたしか、法子が高3の1月だった。 短大の推薦入試の合格通知を受け取った、 そう昼頃だった。うれしくって、うれしっくて 雪が散らついているというのに、 オーバーも着ないで外に飛び出した。 そして、思いっきり深呼吸した。 夢を一杯吸い込んだような気になった。 次の瞬間、法子は、ふと視線を感じていた。 法子の目の前に見覚えのある男の子が 立っていたのだ。 「あ、加藤君・・」 法子に会いに来たという加藤大輔という男の子は 法子の中学時代のクラスメートだ。 とは言っても、とびきりの秀才だった大輔と ごく普通の女の子の法子とは、ほとんど 接点はなかった。たった一つあるとしたら 法子の名字も加藤だった。親戚でも遠縁でも 何でもなかった。大輔は、県下ナンバーワンの 進学校K高に進み、法子は中堅のS高で 中学卒業以後は、1回か2回、道ですれ違った ことがあったような気がする程度だった。 「ちょっと、時間つくってくれないか」 そんな大輔の言葉に法子はギクッとした。 大輔と法子は近所の川の堤防を歩きながら 初めて話した。 「俺、K高辞めたんだ。今、進学塾やってる これでも、自分で稼いでるんだ・・・ 弁護士になろうと思って勉強してるんだ」 「弁護士になるんなら、大学行った方がいいんじゃ」 「今の教育に納得できないんだ・・・ いや、挑戦しようとさえ思ってる。 だから、あえて、どこの大学にも行かず 弁護士になろうと思う」 大輔の言ってることは、レベルが高すぎて 法子にはさっぱり分からなかった。 ただ、同じ高校の男子生徒にはない 情熱を感じた。 別れ際、大輔は 「こんな俺で良かったら、つき合ってほしい。 ずっと前から、好きだったんだ」 と、ジッと目を見て告白された法子だった。 そんな大輔と法子が歩いているところに、 買い物がえりの法子の母が通りかかった。 母は、二人の様子を見て、何かを察したようで、 「私を裏切ることだけはしないでね」 と少し身構えて言った。 それから間もなく法子は、大輔のやっている学習塾を 手伝うようになった。 「彼の志に共鳴したの」 普通のかわいい女の子だったはずの法子が、両親に 対して急に大人びた発言をするようになった。 そして、短大に通い始めて、約1ヶ月すぎた日曜日、 「私、大輔君といっしょに暮らす」 と、法子は両親に爆弾発言をした。 母は 「やっぱり、裏切られたわ・・・女はね、 結婚したら、名字は変わるものなの。 あなたは、変わらないのよ」 と、泣きながら喚いた。 父は、母に落ち着くように言うと 「まだ早いんじゃないか」 と、法子を諭すように言うが、 もう法子は、数ヶ月前の法子ではなかった。 「志が同じ二人が別々に暮らす方が不自然だと思うの。 安心して、ちゃんと籍入れるから」 ・・・ その日のうちに法子は、大輔のアパートへと越して行った。 あれから、15年の月日が流れた。 大輔が弁護士になる夢は、まだ叶えられていない。 しかし、大輔と法子の経営する塾は、順調なようで県下に数校の教室を持つようになった。また、塾の ユニークな教育方針は、教育熱心な奥様方の話題にもなっている。 15年前を思い出しながら法子は 「ずっと私が変わり始めたのは彼に告白された日 と思ってたけれど、最近、違うって分かったの。 私が変わり始めたのは・・・ずっと前で、 彼が私のことを好きになってくれた頃なんだって」 そう言う法子は、中学3年生の女の子の母でもある。
2005.01.12
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新妻の明子は夫の忠志を送り出してから、 朝の奥様向けのワイドショーを見ながら 部屋の掃除をしていた。 電話のベルが鳴った。 ・・・もしもし、警察ですが、おたくの御主人が 逮捕されましたので、事情を伺いたいので。 住所を教えてください・・・ 「ええ!!」 明子は思わず絶句した。 ほんの2時間前、目の前で笑顔で食事しながら 話をしていた忠志が逮捕だなんて。 明子は身体がブルブル震えるのを感じた。 「主人が、いったい何をしたんですか?」 ・・・その辺もお話しますから・・まず・・・ 住所を教えなさい・・・ 電話の向こうの男は少し怒ったように言った。 明子は震えの止まらない手で受話器を 何とか支えながら、 「ええっと・・・」 と住所を言おうとしたが、ふと思って 「あの、警察なら住所くらい、すぐに わかるんやないですか?」 と言うと ・・・それが分からないから電話しているんだ。 言わないと、君も逮捕するぞ・・・ と、電話の向こうの男は激しい口調でまくし立てた。 「おかしい、絶対に、おかしいわ・・・ 警察が住所を分からへんなんて・・・ あなた、誰ですか?」 そう明子が叫んだ瞬間、電話はガチャンと切れた。 気が付くと明子は座り込んでいた。 腰が抜けてしまったのかもしれない。 かすかに残った力で、明子は忠志の会社に 電話した。受付の女性が出た ・・・少々、お待ち下さい・・・ 「いてよね。電話に出てよね。お願いよ」 明子は、ほんの数秒だったが祈るような気持ちだった。 ・・・なんや、どうしたんや・・・ 忠志が出た。 「あなた・・・あなた・・なのね・・・」 ・・・そうやけど・・・どうしたん・・・ 耳慣れた忠志のやさしい声は、いつもと変わらなかった。 「だって・・・だって・・・」 ホッとした途端、明子の頬を涙が伝った。 それから数日後だった。 警察を騙った連続強盗犯が逮捕されたのは・・・
2005.01.11
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かつて、伝言ゲームというのが学校で流行ったことがあった。何チームかに別れて、あるメッセージを耳元で囁いて伝言を伝えて行き、正確に伝えられたチームが勝ちというルールだ。たしかテレビ番組でもタレントがやって、伝わって行くうちに全然違った伝言になって、大笑いしたものだ。好子も小学校5年生の時に、昼休みの時間にクラスメートたちとこの伝言ゲームをしたことがあった。その時に、好子にヒソヒソ伝えてくれた一人が卓也だった。牛乳瓶の底のようなメガネをした卓也は、好子の好きなタイプではなかった。でも、卓也のヒソヒソは、耳がくすぐったいけれど、とってもいい気持ちだった。だからってわけではないが、よく伝言が分からないから「ええ?」とか言って何度も聞き返したりした。このことがあってから、好子は卓也のことが好きになった。中学も高校も同じ学校だった。好子の気持ちは変わらなかった。それから、8年後の高校卒業式の日に、好子は卓也に「結婚を前提につきあってください」と手紙に書いて手渡した。その場で、読んだ卓也は、「ええ、結婚前提!」と言って鼻血を出すほどビックリしたそうだ。それから4年、好子は短大を出て幼稚園の先生になっていた。卓也は大学を出て、中学の社会の先生になった。その年の6月だった。結婚式の披露宴で、新婦の好子がこの話をした。その切り出しの文句が、「彼は、ワタシを初めて感じさせてくれたヒトです」だった。
2005.01.10
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学期末になると通知票をもらう。どこそこの小学校では通知票を保護者に渡し、ちょっと話をしたりするそうだ。担任の先生は男前で大人気。で、自称先生のファンクラブの母ちゃんはイソイソと先生に会いに行った。いや、保護者懇談に行った。「中高一貫教育の○○中学校に進学させたいと思います」なんて、いっぱしの教育ママのようなセリフを考えておいた。が、しかし、先生の言葉は冷たかった。「…そんな学校に行って、ついていけなくなったら、6年間はさびしいですよ。それより、鼻水が汚いので、ちゃんとカムように言っておいてください。女の子に嫌われますよ。はい、次の方」たった、これだけ。「おつかれさまです」の一言くらいあってもいいじゃない!!誰それさんは、家庭内暴力が噂される子らしく、30分も話こんでいたという噂。なのに、母ちゃんは、10分かな、いや5分フラットよ。母ちゃん、怒りまくって「鼻水が汚いので、ちゃんとカムように言っておいてください!だって」と父ちゃんにメール送った。父ちゃんからの返信。「そうか、俺も5年まで鼻タレ小僧やった。やっぱり、俺の息子や」と。ちなみに、鼻タレは、人前はばからず、ピーッとティッシュでかむようになる大胆さを身につければ、完治する。(体験談)
2005.01.09
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この春で十(とお)になる良太が大好きな母ちゃんは 紡績工場の正門前にあるうどん屋で働いている。 良太の父ちゃんは、良太が幼稚園の時に、他に女を 作って出て行った。その日から、良太と母ちゃんは 二人ぼっちだ。 良太の母ちゃんは、どんなに仕事が忙しくても 参観日に運動会にバザー・・・と良太の様子を見に 学校に来てくれる。そんな誰のお母さんよりも、 キラキラして、べっぴんな母ちゃんのことが、 良太は何よりも自慢だった。 だから、父ちゃんがいなくても、良太は少しも さみしくはなかった。 ある日、お昼の休み時間に午後の図工の時間に使う 絵の具を忘れたことに気づいた良太が、おもいっきり 走って、家に取りに戻って来たとき、家の奥から 変な声が聞こえた。 「母ちゃん、いるの?」 と良太が声をあげると、ザワザワっと音がした。 不思議に思った良太が奥の部屋に入って行くと ストーブも付いてないのに、妙に生温かい空気 が流れて、布団の上に母ちゃんと知らない男の人が 裸で座っていた。 なんだか分からないけれど、無性に腹が立った 良太は、絵の具ケースを取りに来たのも忘れて 一目散に家を飛び出した。気が付いたら、 良太は公園のブランコに座っていた。 振り向くと母ちゃんがいた。母ちゃんは 申し訳なさそうに 「良ちゃん・・・」 と囁いた。良太は、首を振るだけで声を 出さなかった。そんな良太に、母ちゃんは 「あの人。母ちゃんの幼なじみなの。 偶然、会ってね。昔話しているうちに・・」 良太は振り向くと、堰を切ったように 「母ちゃん、あいつのこと、好きなんだ」 「良ちゃんは嫌い?」 「大嫌いだ・・」 「そう、なら・・・やめる」 と母ちゃんは悲しそうに言った。 「おれ、絶対に母ちゃんを幸せにするから 辛抱しろよ・・・」 と良太が言うと、母ちゃんは溜まらずに 「さみしかったんや・・・さみしかったんや・・」 と泣きながら良太を抱きしめた。 良太もエーンエーンと声を出して泣きながら 「おれ、母ちゃんと結婚する」 と涙声で叫んだ。 すると、母ちゃんは、 「バカな子」 と、さらに強く良太を抱きしめた。
2005.01.08
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八百屋のおかみさんの峰子さんと 床屋のおかみさんの千代さんは 幼なじみで同い年の55だが長い間、 犬猿の仲だ。もとを辿れば、10代の ころは、姉妹のように仲の良かった 二人だった。その二人がどういう経緯 だったか分からないが、峰子さんは千代さんの 好きだった人と結婚し、千代さんは 峰子さんの好きだった人と結婚してから、 なんとなく気まずいまま心持ちのまま 二人とも今の年になった。 運命とは誰が考えたのか、不思議なもので 峰子さんのご主人も、千代さんのご主人も 相次いで昨年亡くなられた。互いの家の 葬式にまいるうちに、 「千代ちゃん、元気出してね」 「峰子ちゃんこそ、心細いでしょ」 いつしか二人は40年ぶりに仲良しになった。 そんなおり、悲しみに暮れてばかりいられない 峰子さん、いままでご主人がやっていた 仕入れを自分でしなくてはならなくなった。 そこで、55の手習いで自動車の運転免許を とることに決めた。 「清水の舞台から飛び降りるつもりで チャレンジするの」 その話を聞いた千代さんも、 「じゃあ、私も運転免許とろうかしら」 と教習所に通いだしたから、さあ大変。 せっかく40年ぶりに仲良くなった二人だが、 また変な雲行きになってきた。 「絶対に峰子ちゃんには負けられないわ」 「わたしは生活かかってるんだから」 と互いに引かない。お二人とも、 運転免許を取るには、いささか年を 取りすぎているので、補習・・・また 補習で悪戦苦闘しながら、ちょうど同じ日に 仲良く筆記試験も受かって晴れて免許証を 手に入れた。 ニコニコ顔の峰子さんは、千代さんを 捕まえて、 「せっかく、二人ともドライバーになったんだから 記念に、どこかにドライブに行かない?」 「いいわねえ・・・」 「で、どっちが運転するの・・・私がするわ」 「いや、私よ・・・あなたが運転して私が 助手席じゃ、まるで清水の舞台から飛び降りる気分だわ」 「なんですって、それは私のセリフよ」 「なにさ」 「なによ」 「ふん」 「ふーんだ」 やれやれ、お二人さん、またまた仲良く喧嘩しているようだ。
2005.01.07
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公平は、この十年間超一流の保険会社で なりふり構わず頑張ってきた。 5年目で結婚し、係長。 6年目で長男 8年目で長女が生まれ、課長。 そして、10年目の昨年、 とうとう同期入社トップで幹部候補生のキップとも 言うべき支社長補佐になった。 「カンパーイ」 と田舎の両親や妻の両親も呼んで ちょっとしたパーティーで盛り上がったものだ。 ある日、会社帰りの公平は、主任の板垣から 電話をもらった。二人は居酒屋で落ち合って 久しぶりに話をした。 5歳年上の板垣は主任で公平より立場的には下になるが、 公平が入社した10年前は教育主任として いろいろ公平の面倒を見てくれた人だ。 立場が変わったこの数年でも公平は板垣を大変尊敬していたし、 家族ぐるみのつきあいも、ずっと変わらず続いていた。 「辞めることになったよ」 「ええ!どうしてですか?」 公平は板垣の一言に思わず絶句した。 「いやあ、はっきり言えば、リストラかな」 「どうして、板垣さんが・・・」 「分かるだろう?もうすぐ支社長になる君なら 保険業界がどんな状態にあるのか・・・」 気さくで面倒見の良い人柄が社内外問わず評判の 良かった板垣だが、お人好しが災いしてずっと 営業成績が悪いのが今回のリストラの主因だった。 かつては、潤沢な資産を背景に黄金期を誇った 保険業界だが、バブルの崩壊による資産の激減、 そして、外資系保険会社の国内参入などにより、 効率的な経営への変革が迫られている。 かつてのように絶対につぶれない会社であれば 社内円満の為になくてはならない人柄の人間ではあるが、 効率という言葉を優先させれば、営業成績は悪く いまだにインターネットも使えない板垣は劣っていた。 板垣には公平と同じように、奥さんも育ち盛りの二人の 子供もいた。そんな彼から生活の糧である仕事を奪って しまう会社、そんな会社の幹部になろうとしている自分 がたまらなくイヤになった公平だった。 肩を落として 「田舎に帰って考えるよ」 と言う板垣と別れた帰り道、公平は電車に揺られながら 中学生時代を思い出していた。公平の両親は 教育には夫婦そろって大変熱心だった。 そんな両親の期待に応えることにプレッシャー を感じたことも何度となくあった。とくに テスト前になると、体中に湿疹ができるほど ストレスがたまった。つらくてつらくて 雨や風にわざと打たれて病気になろうとしたものだ。 その時と同じ気持ちの公平だった・・・ それから、半年が過ぎた。いつしか板垣のことも 忘れかけたある日、久しぶりに板垣から電話が 入った。そんな久しぶりの懐かしさより公平を驚かせたのは 電話の声からして、かつての板垣とは比べものに ならないほど張りのある彼の声だった。 待ち合わせの場所になったシティホテルのバーに 現れた板垣は明らかに変わっていた。 着ているスーツからして、かつての安物のスーツではなく 見てすぐにオーダーメイドのブランド物と分かるものだった。 しかも、着こなしも少しラフにしたところが、 なんとも粋な感じだった。 開口一番、公平の 「変わりましたね」 の言葉に板垣は 「ちょっとした出会いで人は変わるものだね」 と笑った。 板垣は、公平の会社が最も警戒している 外資系保険会社の社長室長になっていた。 板垣の任務は、日本の保険会社の優秀な社員たちを スカウトすることだった。その外資系保険会社は、 公平の勤める保険会社が軽く見た板垣の人柄を高く買ったのだった。
2005.01.06
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スマトラ島沖地震に伴う津波被害は歴史的な大惨事となってしまった。そのなかで、不思議な出来事があった。スリランカ南東部の国立公園では、野生動物の死がいが一匹も発見されていないそうだ。同じ地域では人間が少なくとも数十人は亡くなったというのに。この国立公園には、ヒョウや数百頭の野生のゾウ、野ウサギがいるのだ。動物には、危険予知能力がある。動物たちは、その力で危険を事前に察知して逃げたと言われている。どうして、人間は危険を予知できなかったのだろうか。いや、助かった人々の中には、動物たちと同じように危険を感じて逃げた人もいたはずだ。おそらく、普段の生活の中で、この能力のことを意識しているかいないかの違いだろう。人間は身体はバラバラだが、意識でつながっているという説がある。この力を使えば、私たちが、身近な人を助けたいと思えば、どこかで誰かが誰かを助けたいと思うようになる。そんな連鎖があっちこっちで起きれば、世界中が平和な心で一杯になることも可能というわけだ。いろんな醜い出来事や悲惨な災害は、人間が作った法律や権力では平和的に解決できない。もしかしたら、人間が理想とする平和な世界の実現は動物の時代から持っている力を使うことでできるかもしれない。こんなことができるかできないかは、人間には、まだまだ不思議な能力があることを信じ切ることなのだ。
2005.01.05
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「健ちゃん、明日、成人式行くのか」 「いやあ、あほらしくて行かないですよ」 「そうか、そんなら、赤線連れて行ったろか」 「赤線って廃止になったのと違うんですか。 ああ・・・でも、今でも、あるところにはある ・・・」 4歳年上の飯田は、明日成人式を迎える健司を こう言って誘った。 飯田と健司は、同じ新聞配達をする仲間だった。 飯田は新聞奨学生と言って、新聞社から奨学金を もらって新聞配達や集金など新聞屋さんの仕事を やりながら大学に通っていた。健司は、朝の朝刊 だけの配達で、他のバイトをしながら大学に通っ ていた。 飯田は、22歳には思えないほど、遊びの世界には 通じていた。もちろん、その世界の女たちとも 頻繁に関係を持っていた。そのころの健司は、 ぞっこん惚れ込んだ有紀という女がいたから、とくに 女には興味がなかった。でも、昔の映画やドラマで 見た赤線という世界に、とてつもなく興味を持った。 そんなわけで、健司は成人式ではなく、飯田といっしょに かつての赤線地帯に行くことにした。 夕方7時頃、二人が電車を降りると、普通にどこにでも あるような商店街があった。 飯田は健司と並んで、商店街を歩きながら 「ここに、昔の赤線があるなんて信じられへんやろ? でもな、あるんや」 そう言いながら、飯田は商店街を曲がって出ると、 慣れた足取りですっと路地に入った。 そのまま直進すると、古い旅館が立ち並ぶ街に入った。 その街に足を踏み入れた瞬間、 「にいちゃん、いい子いるよ」 「ねえ、おにいさん・・こっちこっち」 という女の声が右からも左からも聞こえてきた。 それぞれの旅館の格子から、女の人が座って 手招きしているではないか。 「ほんまや・・・」 健司は、そう呟いた途端、数十年前にタイムスリップ したような気がした。 飯田は、格子の奥をのぞき込んで、女を見定めたり しながら、値段の交渉までしていた。 この人は慣れてるんや・・・ 健司は、そう思いながら、あっちこっちの女に ペコペコ愛想笑いをしたりしていた。 とても、見定めている余裕もなかったのかもしれない。 飯田が選んだ店に健司もいっしょに入った。 飯田は自分の好みの女とサッサと部屋に入ってしまった。 で、健司は、というと、 「おにいさん、おいで」 と、どんな女か、さっぱり分からないまま部屋に 引きずり込まれてしまった。 健司は、その女を確認したのは、しばらくしてからだった。 彼女には失礼だが、その女は、健司の母親より年上では ないかと思われるおばちゃんだった。 とても、その気になれない健司は、電気を消して 布団に入ろうとするおばちゃんに、身の上話だの・・・ この街のことだの・・・赤線のことだの・・・ あれこれ聞いてばかりいた 「そんなこと聞いてどうするの」 と言うおばちゃんに 「僕、その辺が興味あったから来たんや」 と健司は言った。 「変わった子だねえ」 と言いながら、おばちゃんは、いろいろ話してくれた。 これで、1時間1万5千円だった。 寒空の下、店の外で待っていた飯田は 「どうや、健ちゃんの成人式は?」 と健司に聞いた。 「うん、最高でした」 と健司は笑った。すると、飯田は、 「へえ、それでこそ、俺の後輩や」 と健司の頭をなでながら 「よっしゃ飲みに行こうぜ」 と歩き始めた。 飯田といっしょに歩きながら健司は、店を振り返ると ちょっと、この話はあいつには話せへんなあ・・・ と思い、ぞっこん惚れ込んでいる有紀の顔を思い浮かべた。
2005.01.04
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「今時、そんな約束守るわけないよ」 多くの友達が、そう言った。 大阪に住んでいる高校2年生の川村達也は 小学校6年生の時に京都に転校して行った 石田良子と5年後の1月3日、つまり今日 に再会の約束をしていた。 会う場所は、二人が通った小学校の校庭で お昼の1時だった。 どうして、1月3日になのかというと 達也も良子も誕生日が1月3日だったからだ。 同じ町内に住んでいた達也と良子は 家が近かったので、幼稚園の頃から 毎年、いっしょに誕生パーティーを 開いていた。 転校した当初は、毎週のように手紙を 送っていた達也だが、いつの間にか 暑中見舞いと年賀状だけとなり、 今年はクラブの合宿で年末忙しかったことも あって年賀状さえも出していない。 良子からも年賀状は来ていない。 「電話番号かメールアドレスでも 分かればなあ・・・そうか!」 閃いた達也はNTTの番号案内で調べてみた。 ところが、 「この住所地には、石田様という方は おられません」 と言うオペレーターの返答だった。 「ああ・・・しまった。こんなことなら 一度くらい会いに行けばよかったなあ」 達也は後悔に苛まれた。 「ひょっとして・・・」 達也は石田良子の名前をYAHOOで検索してみた。 たくさん出てきたが、どれも達也の知っている 良子とは一致しない。 「まさか・・・」 とは思ったが、YAHOOのUSAで検索してみた、 「あれ・・・あるぞ・・・京都出身で・・・ でも、まさかなあ・・・」 そう思っていたところで、もう待ち合わせの 時間になってしまった。 達也は懐かしい小学校の校庭に立った。 ちょうど、約束の1時だった。 30分ほど待ったが、良子は現れない。 「ここで、ドッチボールしたり・・ 鬼ごっこしたり・・・」 そう呟きながら、誰もいない校庭のど真ん中に 向かって達也は何歩か歩いた。 頭の上から冷たいものが降ってきた。 みぞれ雨だった。 「好きやったのになあ」 そう無念そうに言うと、達也はだんだん 激しくなってくるみぞれ雨を浴びながら、 空を見上げた。 会えへんかったら、大後悔や・・・ そう思い諦めて帰ろうとした達也の後ろに ピンクの傘が見えた。 ハッとして振り返った達也の目の前には アメリカ滞在中の父と一時帰国したばかりの 良子が立っていた。
2005.01.03
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酒屋の主人の癖して大酒のみの長助が急に倒れた。 「昔から言われてることやけど、 酒屋の主人が大酒飲みなら身代つぶすってな」 開業当時、世間がそう噂した長助の店は、 開業から40年すぎてた今でも立派に営業している。 それどころか、長男は市会議員に、長女は大学病院で医師に そして、次男が跡継ぎにと将来は順風漫歩である。 世間の予想を大きく覆した立て役者が 妻の節子であることは、誰もが知っている。 「あの長助に、どうして、あんな嫁が来たのかのう」 「昔から、男ってものは、そうは役に立たたないのものよ。 周りが支えてやって、なんとかカッコつくものよ」 長助節子の親戚縁者は、こう陰口をたたいていた。 長助の入院先は、長女が勤める大学病院になった。 検査に立ち会った長女は節子に言った 「お父さん、悪性の肝硬変末期・・・ガンも数カ所に転移していて もう、どうにもならない・・もって1ヶ月」 「気の弱い人だから、そんなこと話したら気が狂うわ、あの人には 胃潰瘍くらいに言っておいて」 節子は、そう言って、 「しばらく一人にしておいて」 と長女に告げた・・・・・ 節子と長助が出会った頃、節子は医者の娘で 名門N女子大学に通っていた才女でもあった。 一方、長助は魚屋の亭主が浮気した末にできた子で 色白で、女の子に間違えられるほど”ひ弱な子”だった。 少年時代の長助は、いじめられっ子で泣いてばかりだった。 長助は節子の実家に酒を配達していた一人の若者に過ぎなかった。 先にアプローチをかけたのは、節子の方だった 「あなた、市川雷蔵にそっくりね。言われたことないの」 「からかわないでください。ただの酒屋の手伝いですんで」 節子は、長助に夢中になってしまった。 当時から飲んだくれで酒臭いことを除けば、見た目も性格の優しさも すべてが理想どおりだった 「長助さん、あなた、私だけ向いててね。 働かなくていいの。私だけ愛してくれたら」 もちろん、両親は大反対だった。 妾の子で酒屋の手伝いに過ぎなかった長助だから当然だろう。 しかし、すでにお腹に長男が宿っていたのを聞いて 節子の両親は、渋々オーケーした。 今で言う、できちゃった婚である。 酒屋の開店資金も、節子の両親から借りた・・・ 亡くなる前の夜、不思議なほど顔色の良かった 長助は、付き添う節子に上機嫌で話した 「おれも、そろそろ酒やめるか」 「そうね」 その日の検査で、長助は1日か2日の余命と宣告された 節子は、出会った頃を思い出して胸が一杯で「そうね」 と応えるので精一杯だった。長助は続けた 「退院したら、二人で温泉でも行こうか」 「そうね」 「おれ、酒ばっかり飲んで、クズ亭主やったけど 約束まもったぞ」 「約束って・・」 「女は、おまえ一人やった」 「ありがと」 「おまえさえ良かったらやけど、今度生まれ変わっても、 もう一度いっしょになろうな」 そう言うとモルヒネが効いたのだろうか長助は眠ってしまった。 最後の言葉だった。 節子は「うん」と頷いた。 次の瞬間、今までこらえていた涙が 節子の目からあふれ頬を伝った 「ゆっくり眠りなさい。私ね、悲しくって泣いてるんじゃないの 嬉しくって、飛び上がりたいくらい嬉しくって・・・ だって、そうじゃない。あなた、ずっと私だけだったんだもの」 長助が天に旅立ったのは、節子が着替えを取りに家に帰った ほんの2時間ほどの間だった。
2005.01.02
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今年の初夢には、仙人のような白髪のおじいさんが出てきた。 その仙人は開口一番、 「正月というのは、その一年を思う日ではなく、 人生を1年に当てはめれば、今年はいつ頃に あたるかを考える日なのじゃ」 「はあ?」 「つまりじゃ、人生にも1年と同じように四季の移り変わり があるということじゃ。たとえば、人生の春に生まれた人なら、 人生は春のおだやかな日差しのような平穏な日々から始まり、 やがて太陽が燦々と燃えさかるような人生の全盛期が訪れ そして、また穏やかな秋が訪れ、いつのまにか挫折の冬が やってくる。苦悩の冬を乗り切ると、また春が訪れ静かに 人生の幕を閉じるのじゃ」 「じゃあ、今の私は人生の春でしょうか?夏でしょうか? それとも冬なんでしょうか?」 「それを自分で考えるのが、正月なのじゃ」 「そう言わないで、ヒントくらい教えてください」 「仕方ないやつじゃ。ちょっとだけじゃぞ・・・ たとえば、人生70年とすれば、だいたい18年で 一つの季節じゃ。もし、君がまあまあの人生から 始まったのなら、それは春か秋じゃな。 次の18年は夏か冬がやってくる。そう言う風にして 人生のもっとも大きな運の波をはかることができるわけじゃ。 たとえば、夏なら何をやっても成功する。 春や秋なら、まあ大体うまくいく。冬なら何をやっても 我慢と考えるんじゃ」 「でも、人生は100年の人もいれば、50年の人も いますよ。長く生きると辛い時間も楽しい時間も長いんですね」 「君たちの時間サイクルで考えるとそうじゃな。 かつて、アインシュタインというすごーく すごーく優れた科学者がおって 彼が相対性理論というすごーい理論を唱えたが、あのすごーい理論で、 人生の長さ短さと運気の関係も超越することができる・・・」 「?」 「つまりじゃ。人生を私たちが生きている時間で考えても、 ただ流されるだけじゃ。光で考えるのじゃ。いや、光よりも 速く動く何かといっしょに考えれば、人生は限りなく 可能性に満ちたものとなる」 「身近に、その辺のところを優しく説明した例はありませんか?」 「浦島太郎じゃ・・・」 「浦島太郎?」 「浦島太郎は、助けた亀に連れられて竜宮城に行って 酒飲んで帰って来たら、何十年も過ぎていたのじゃ。 つまり、浦島太郎は光よりも速いスピードの世界で 酒を飲んで、綺麗な姉ちゃんと遊んでいたことになる。 で、浦島太郎が土産にもらった玉手箱は、現実の世界に 戻すタイムマシーンじゃな。あれを開けなければ、 若いままで何十年も先の時代を彼は生きられたのじゃ」 「でも、光より速いものって?」 「人間のひらめきや感性は、光など比較にならないほどの スピードで動くのを忘れてはならんな・・・ はあ疲れた・・・長話をしてしまった。そろそろ、初日の出の 時間じゃ・・・この夢のことは誰にも話さないように・・ じゃあな・・」 そう言って、仙人のような爺さんは消えた。 目が覚めて、少し気になったので百科事典を見ると、 あの夢の仙人はアインシュタインそっくりだった。
2005.01.01
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