2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全31件 (31件中 1-31件目)
1
目も覚めるような木々の紅葉をジグザグに 抜ける登山鉄道に乗ること30分、 小さな温泉町に辿り着いた。 奈津と夫の雄司、そして、小学校に あがったばかりの雄太郎、この家族3人が、 この温泉町のFホテルに来るのは3年連続になる。 実は、今回の旅行は奈津の童話作家デビュー記念の ささやかなお祝いなのである。 奈津たちが初めて来たのは、3年前のゴールデンウイークだった。 たまたま案内されたFホテルの部屋は、 有名な女流作家の名前がついた部屋だった。 部屋のベッドの横には、彼女の代表作が3冊積まれていた。 旅行気分に浮かれた雄太郎が、走り回って、 どうしようもなかったので、奈津は気になりつつも 本に手をつける間もなく、その日は暮れて行った。 そのころの奈津には、雄太郎が幼稚園に上がって少し暇ができたら どうしてもチャレンジしたい夢があった。 近所の本屋さんが主催している童話作家の養成スクールに 通って、1冊の童話を作ることだった。 夫の雄司も 「へえ、おまえが童話を、それはいい。楽しみにしてるよ」 と大賛成してくれた。 でも、いざスクールに通うとなると、奈津は不安になった 「わたしは、いつも3日坊主。何一つやり遂げたことないし」 そう悩んで、スクールに通うのを延ばし延ばしにしていた時に たまたま、このホテルの部屋に泊まることになったのだ。 「何かの縁かしら」 雄太郎を寝かしつけてから、雄司に話しかけた。 雄司は、窓の外のライトアップされた夜の紅葉を眺めながら ワインを飲んでいた 「縁かもしれないね」 ほろ酔い気分の雄司は、微笑んだ。そして、 「明日は、俺が雄太郎の面倒をみるよ・・・芦ノ湖にでも 連れていくから・・・この部屋で、書いてみたら?」 「ほんと・・・そうしようかしら」 「ひょっとしたら、俺の嫁さんは、 童話作家になるかもしれないな。こりゃ、いいや」 そう言う雄司は、いつも仕事でイライラして表情とは 大きく変わって、久しぶりにリラックスした様子だった・・ 雄司の飲んでいたワインを1杯頂いてグッと飲み干したせいか、 奈津はぐっすり眠れた。 夢の中の奈津は、一生懸命に童話を描いていた。 たぶん、雄司と雄太郎は、手をつないで芦ノ湖に出かけたのだろう。 スラスラと驚くほど筆は進み、1本の童話ができあがった。 アフリカのジャングルに住む勇敢なオス猿とメス猿の恋物語だった。 「できたわ、できた・・・今日の夜には雄太郎に読んであげるの 早く帰ってこないかなあ・・・」 奈津は、胸躍る気分だった。 その時、部屋をノックする音がした 「あら、誰かしら。まだ、帰ってこないでしょうし」 奈津がドアを開けると、 「初めまして」 にこやかな顔で微笑む上品な女性が立っていた。 その女性は言った 「できたかしら?」 「え?」 奈津は何のことか分からない。 「童話よ・・ちょっと見せて・・・」 「は、はい」 奈津は言われるままに女性に、描きあがったばかりの 童話を差し出した。 「あらあ、すてきじゃない・・・あなたなら、立派な 童話作家になれるわ・・・」 ・・・・・・・・・・・・・ 夢から覚めた奈津は、ベッドの横にある本を手に取って、 パラパラと読んだ。 そして、巻末にある女流作家の写真を見て 「ああ・やっぱり・・」 と声をあげた。 そこには、夢で見た女流作家と同じ顔の女性が写っていたのだ。 「おい、俺と雄太郎は行って来るからな」 我に帰った奈津の前には、雄司と雄太郎が リュックサックを背負って立っていた。 「じゃあな、傑作を楽しみにしてるぞ」 「おかあさん、じゃあね」 「気をつけてね」 こうして、夫と息子を見送った奈津は 夢の中で書いたとおりの童話を書き上げた。 その童話が1冊の本になったのは 、旅行から帰った奈津が、スクールに通い 何度も何度も書き直して、当時4歳だった雄太郎が 小学校にあがった3年後の秋のことだった。
2004.01.31
コメント(4)
健太郎と佐知子が結婚した当時、 二人は古い県営住宅に暮らしていた。 トイレはあるが、風呂はなく 近所の銭湯に通う新婚生活だった。 健太郎は、結婚する2年前から 携帯電話のショップを始めていた。 若造が商売を始めてすぐに軌道に 乗るほど世の中、甘くはなかった。 食べて行くのが、やっとの状態だった。 佐知子は、四苦八苦の状態でやっていた頃に 健太郎のショップで働いている アルバイト店員の一人だった。 真面目にコツコツ頑張る健太郎の姿に 佐知子は今時の男の子にはない熱を感じた。 結婚当初は、 「ショップが黒字になるまでは・・・」 と、健太郎が独身時代から使っていた 1枚の煎餅布団で二人肩寄せあって寝ていた。 二人がやっと婚礼の荷の布団で眠れるように なったのは、二人が暮らし始めてから1年後だった・・・ 今の健太郎のショップは、4年余りの努力の せいもあって、かなりの固定客もついている。 女子高校生も大切な客ではあるが移り気が気になる、 その点からすると安定したの固定客は、近くにある 保険会社の支社のように営業マンをたくさん抱える 会社ということになる。 午前中から昼過ぎにかけて、健太郎は、そんな近くの 会社をコツコツ回っている。 その間、店番をしているのが佐知子だ。 今日も面白い電話がかかってきた。 どうやら、そそっかしい主婦らしい。 ・・・どうしよう・・大変大変・・・ かなり慌てている様子だ。 佐知子は 「どうしたんですか?」 ・・・あああ・・・ごめんなさい・・・ 主人が出勤して・・・それでそれで・・・ 「はい?・・・」 ・・携帯電話洗濯しちゃったの・・・ どうしよう・・・ 「ご安心下さい。番号は、そのまま使えると思います。 たまたま、感謝セールやってますので、新しい電話に 無料で番号を載せられるかもしれません」 と優秀なオペレーターの佐知子。 でも、お客様はまだ慌てている ・・・で・・でも、電話番号って洗濯したら使えませんよね・・・ 「?・・・いいえ、洗濯されたのは電話の機械で 番号は濡れてないから安心ですよ」 ・・・ああ・・・本当・・・良かった・・・ ちなみに、翌日、彼女は無事同じ番号で 新しい電話を手に入れることになる。 めでたし・・・めでたし。 このように携帯電話を水たまりに落としたとか 車のボンネットに乗せたまま走ったら、 すべり落ちた携帯電話が後ろから来た車に轢かれてしまったとか・・・ トラブルは後を絶たない。 それでも、ショップの売上げは順調に伸びている。 先日、おかげさまで健太郎と佐知子は、 念願の風呂付きの3LDKのマンションに 引っ越すことになった。 結婚前から4年余り世話になった県営住宅とも 今日でサヨナラだ。お別れとなると この古びた部屋も愛おしくなる。 「お世話になりました」 健太郎は煤けた柱をなでながら 4年間の悪戦苦闘の日々を 思い出していた。うまく行かなくて 日曜日も営業に回っていた。 やけ酒を飲んだ日もあった。 つらくてつらくて・・・ 悪いと思いながらも佐知子に ヤツ当たりした時もあった。 数々のピンチを乗り越えてきたのは やはり佐知子がいてくれたからだ。 そんな最大の功労者を目で探す健太郎が見たものは、 「まだ、あったんやね・・・この布団」 と呟きながら、あの煎餅布団をシミジミ見つめている 佐知子の揺れる背中だった。
2004.01.30
コメント(0)
春になると庭園一杯に花開く 桜の花が自慢の宿だった。 「この旅館の女将(おかみ)でございます」 古都の旅館の名物女将と 呼ばれる美佐は、毎晩必ず その夜泊まる客のすべての部屋に 挨拶して廻る。 ただ挨拶して、廻るだけではない ほんの1分ほどの決まり切った台詞の 合間に客ごとのポイントをつかむためである。 20年も、こんな日々を重ねると 泊まり客が男女であれば 一瞬にして不貞の仲かは 勿論のこと、ひょっとしたら 心中もしかねないと勘づくこともある。 そんなときは、その部屋の担当を 陽気な明るい子に任せて雰囲気を 変えたり、場合によっては長年コンビを組んできた 女中頭に任せたりもする。 こんなセンスの良い女将の 美佐にもピンチはあった。 父から引き継いだ当時、 この宿は借金まみれだった。 庭園の桜の木は手入れが 行き届かず枯れ木が目立つようになり 大浴場も水漏れで苦情が相次いだ。 料理の味だけは、古くからの 板前連中が頑張ってくれたから 何とか対面を保っていたが、 給料が払えなくなったら、 いくら彼らでも 辞めて行くに違いない。 そんな状況だった。 困った美佐は、父の友人で 子供の頃からかわいがってもらった 小谷に相談に行った。 小谷は箱根をはじめ日本中に 旅館チェーンを経営していた。 「お金のことやな。美佐ちゃん」 「うん。オッちゃん・・・ 銀行も聞いてくれへんし」 「そうやなあ・・・ あんたを嫁はんに言うたら 考えるやろけど・・・ 金貸してくれ言われたら ワシかて貸さん」 「20そこそこの娘にねえ」 「違う・・・」 「他に何か?・・・」 「あんたの親父さんに 若い頃、散々世話になった ワシも貸さん意味・・・分かるか?」 「・・・・・?」 「器や・・・ 借りたお金を返そう思うて 頭から離れへん者は その借金程度の器や・・・ あんたの父さんみたいに ガンになって死ぬ・・・ 美佐ちゃんを殺したら あんたの父さんにあの世で怒られるがな。 悪く思ったらあかんで・・ 器を超えよう思ったら、 借金踏み倒しなはれ・・・」 「・・・・踏み倒す?・・・」 「そうや。嫁行ったらええがな・・・ いざとなったら、 そんな方法もあるんや・・・ 無事これ名馬や」 「開き直れって事?」 「ちょっと違うなあ・・・ たとえばなあ・・・ 美佐ちゃんかて経験あるやろ?・・・ 好きな男を他の女に 取られたらどうしよう・・・ 悩めば悩むほど男は逃げていく。 こんな時、女は どんどん枯れるんや。 あんたの宿の桜といっしょや。 浮気するならしなはれ もっといい女なって見返したろ・・ なんて強気の方が かえって気が楽やろ? あんたの仕事は、借金返すことやない。 美佐ちゃんは、日本一の女将に なることだけ考えて頑張りなさい・・・」 当時の美佐には、分ったようで分らない話だった。 でも、この話を聞いてから不思議と 商売が上手く行き始めた。 そして、偶然気がついたのだが 桜の木が枯れ始めたのは 旅館の前を走る道のアスファルトで 水はけが悪くなっていたからだった。 お金がなくて手入れを怠ったからではなかった。 たまたま美佐を始め地域の商店街や役所が 街の活性化と称して アスファルトをレンガ道にした。 すると垂れ下がっていた木々が反り帰ったばかりか、 諦めていた枯れたようになっていた 桜の木までが生き返ったかのように ぐんぐん天に向かって伸び始め 春には大輪の花を咲かせた。
2004.01.29
コメント(2)
大手Y予備校に一筋に勤めてきた総務部長の秀夫は 真面目だけが取り柄だった。20年間無遅刻無欠勤だ。 秀夫は最近機嫌がいい。 というのも、派遣会社から来ている秘書の早苗ちゃんは 明るくて機転がきいて、そして何よりも可愛いからだ。 その早苗ちゃんがやってきた 「部長、お電話です」 「ありがとう」 笑顔で秀夫が電話に出ると、渋い声の見知らぬKという男からだった 「ご活躍なのは、こちらの調べで分かっております」 何のことか分からない秀夫は、少し恐くなってきた。 全然、見知らぬ人が自分のことを調べている。 今の勤め先も経歴も住所もみんな調査済みだというのだ。 その後、何度か電話で話しているうちに これが噂のヘッドハンティングというものだと分かった。 ある土曜日、秀夫はKと駅前ホテルの喫茶ラウンジで 待ち合わせた。依頼主を連れて来るというのだ。 この日まで、極秘扱いで公開されなかった黒幕に やっと出会えるのだ。秀夫の胸は高鳴った。 ヘッドハンティング会社の担当者Kは、 ごく普通の営業マン風の男だった。 Kは、白髪の紳士を丁重に案内しながら 「S予備校から、あなたをスカウトしたい と依頼がありまして、いろいろ調べさせて 頂きました。こちらのお話に寄りますと 是非とも、あなた様を重役候補でお迎えしたいとのことです こちらが社長様です」 S予備校と言えば、秀夫が勤めている予備校とは 生徒数合格実績ともにトップ争いをしているライバルだ。 そのライバル会社の社長が、自分を重役で迎えたいと言っている。 この20年真面目に頑張っても 何も良いことのなかった秀夫にとっては大変光栄な話だった。 それ以上に、S社長の気さくな人柄に惹かれてしまった。 今の真面目なだけの上司たちとは、スケールが違うような気がした。 その話を聞いてから、秀夫の頭の中では 「自分も満更ではないなあ」 と、思ってしまう気持ちと 「今の会社にいた方がいいじゃないか」 という気持ちが右往左往した。 その日を境にして、秀夫の家にS社長から ちょくちょく電話がかかるようになった。 S社長は 「どうですか?荒波を乗り越えるつもりで」 とか、 「君には、私の右腕として活躍してもらおう」 などなど、サラリーマン秀夫の心をくすぐるような 上手いセリフで迫ってきた。 秀夫の心は揺れた。 今の予備校では自分は総務部長止まりだろう。 しかし、20年間世話になった 重役やかわいい部下と別れるのもつらい。 何よりも早苗ちゃんとは出会ったばかりなのだ。 でも、男として一度は重役のイスに座ってみたい・・・ 妻も、S社長のファンになったようで 「お給料も上がるんでしょ・・・転職したら それに、S社長さん優しそう」 と、夢見るように話した。 高校生の息子と中学生の娘も 「おとうさん、プロ野球選手みたい」 「カッコいい」 と、やんやの喝采を浴びた。 こうした雰囲気に押された形で 秀夫は、S予備校に迎えられることになった。 待遇も申し分ない。 たしかに重役のお墨付きも頂いた。 新たな門出に立った秀夫だった。 S社長は幹部社員を集めて歓迎会を開いてくれた。 「みんな、彼をよろしく頼む」 秀夫は、雲にも登る気分だった。 そんな秀夫の目に、見覚えのある女性が映った。 あの秘書の早苗ちゃんだった。 実は彼女はS社長の秘書の一人だった。 秀夫にビールをつぎながら 「おめでとうございます」 と、事も無げに言う彼女はスパイ?だったのだ。
2004.01.28
コメント(0)
安江は、それなりに今の生活に満足していた。 夫の洋司が1年前にリストラで職を失った。 何とかアルバイトで食いつないではいるが 新しい職が見つかる見込みはない。 高校3年生の娘と1年生の息子が居る。 家計を助けるために結婚して20年目で初めて 働いた先が、駅前のシティホテルだった。 このホテルで、安江は客室サービスをやっている。 客室サービスと言えば、聞こえは良いが 簡単に言えば400室ある部屋の掃除だ。 生活の為だが、子供の手も離れたことだし、 そろそろ働きに出たいと思っていたところで ちょうど良かった。それに安江は この仕事が嫌いではなかった。 いつものように、安江は受け持ちの 13階のスイートルームの掃除をしていた。 チェックインは1時だが、時々、 12時過ぎに部屋に入る客もいる。 安江とすれ違いに、中年の男女が ボーイに案内されて入って来た。 「こちらでございます」 「いい部屋ねえ」 「うん、この町ではナンバーワンのホテルだからな」 ドアの隙間から中の会話が聞こえて来た。 安江は、この男女の男の方の横顔にハッとした 「平ちゃん」 思わず口から声が出た。 平ちゃんとは、平治で安江とは幼なじみだ。 今では、有名な俳優になっている。 安江の実家の前には、公園があった。 平治は、子供の頃からいつも、その公園で遊んでいた。 高校生の頃まで毎日のように仲間とたむろしていた。 夏休みには、夜中にフラフラ現れたりもした。 「平ちゃんは、安江が好きなのよ だから、毎日、あそこにいるのよ」 友だちの信子は、安江にそう言ったことがあった。 そんな信子は、平治を好きだった。 安江も平治のことは満更でもなかった。 つまり、三角関係。でも、信子は一方通行なので 正三角形ではなく二等辺三角形だったかもしれない。 しかし、運命は皮肉なもので安江は、ひょんなことで、 学習塾で知り合った男の子と付き合うことになった。 ちょうど、その頃、平治がグレたという噂を聞いた。 「安江、平ちゃんの気持ち知ってるくせに・・・ 平ちゃん、やけになって」 信子は、ポロポロ涙を流しながら言っていた。 いつのまにか、平治の姿も公園からなくなった。 高校を卒業してから風のたよりに信子と平治が 結婚したという話を聞いた。平治が俳優として 成功してからは、仲睦まじい二人と子供の姿を 何度かテレビや週刊誌で見た覚えがある。 と言うことは、平治といっしょなのは信子。 そう思うと、安江は急にイライラしてきた。 いままで、それなりに満足していた生活が バカバカしくなってきた。 かたやリストラでクビの亭主で掃除のおばちゃんの安江、 かたや有名俳優の夫とスイートルームの信子。 トイレの掃除をしている時、なにげなく鏡を見ると自分の姿が映った、 「ああ、汚いおばちゃん」 自分で自分が嫌になった。 もしかしたら、今の信子と安江の立場は逆だったかもしれない。 家に帰ると、夜も8時過ぎのことが多い。 3LDKの公団住宅の一室が安江たちのねぐらだ。 安江は、今日だけは、あのしょぼくれた夫の顔を見たくなかった。 家に入ると、ほんのりカレーの香りがした。 「おかえんなさい」 たぶん、彼女が作ったのだろう娘の美香が一番に顔を出した。 続いて、メガネをかけた成績優秀の息子の太郎。 そして、最後に 「おお、美香がカレーライス作ってくれてなあ」 間抜けツラした夫が、申し訳なさそうに顔を出した。 4人でテーブルを囲む。 「ウフッッフフフ・・ なかなか、いけるでしょう?」 美香が自慢げに微笑むと 「へえ、ねえちゃん。やるー」 太郎が合いの手を入れる。 そんな二人を黙ってニコニコ見ている夫。 決して豊かではないけれど、明るい娘と息子や 気の優しい夫に安江は囲まれている。 「安江、仕事見つかったぞ。給料は3分の2だけどな」 「そう、がんばってね」 いつの間にかカレーライスの雰囲気に飲み込まれた 安江は、やっぱり、自分はそれなりに幸せだと思った。
2004.01.27
コメント(0)
今朝、駅で隣に立っていたワカメちゃん (注:女子高生のミニスカートはご存じでしょう。よく見ると、 普通のミニともっと短い超ミニがあります。この超ミニを着ている 女子高生を普通のミニ派と区別するために、漫画サザエさんの妹役の ワカメちゃんのスカートから取った例えです) の携帯電話が鳴った。その着メロが、たまたま私の携帯電話と 同じ”長い間”だったので、私も一瞬カバンの 中を探った。しかし、そこにはあるはずのものが なかった。つまり、今日は携帯電話を忘れたのである。 1年に1回か2回のことだが、そこにあるはずの ものがないと寂しいものである。 私が初めて携帯電話を手にしたのは6年ほど前である。 モトローラー製の電話だった。回線はアナログで 現在のデジタルほど音質は良くなかった。音も着メロなんて しゃれたものはなく、非常ベルの籠もったような音で 着信を知らせてくれた。最大の弱点は値段が高かった。 通話料ではなく、電話契約料と電話機代が当時は必要だった。 たしか14万円もしたことを覚えている。それにも 増して、重いのにも苦労した。スーツのポケットに 入れておくと、スーツが全体的に曲がってしまうのに 閉口した。その後、ノキアって言うメーカーの携帯電話も 使ったが、これも重かった。いつも思うのだが、 モトローラにしろノキアにしろ、どうして、重いのだろう。 やっぱり、欧米の人は体が大きいから重いのを持つのだろう。 ちなみに今はソニーの軽いのを使っている。 そもそも、10年前には、まだまだ普及してなかった携帯電話を なぜ持つことになったかであるが、当時のガールフレンドに やたら電話をしてくる人がいた。私が、ちょっと帰宅が遅れたり 留守をすると、30本くらいのメッセージが入っている 「お電話待ってます」 それが、5分おきに3回くらいで 「何処行った」 と、態度は硬化してくる。そして 「おーい」 だけが5回くらい続き、怒ってくると 「わたし」が「わしや」になって来るのである。 こんな意味のないメッセージが 留守番電話の記憶テープを毎日占領している。 さすがに困った私は携帯電話を購入したのである。 私が携帯電話を持っていることを知ると 親戚親兄弟を初め、友人という友人が電話を掛けてきた。 「おお、これ、携帯か?聞こえるぞ・・・おーい」 こんなバカが通るくらい普及率は低かった。 それと、当時の私は、商売を始めたばかりで 借金地獄(今話題の商工ローンではないが) だったので、3つくらいのセールスを していたから、とにかく、電話がジャンジャン かかってきた。交通整理に困った私は 一年くらい携帯電話を三台持っていた。 3台ともカバンの中に入れていたので、 ボケーっとしていると、 「もしもし・・・」 って言ってるのに、まだカバンのなかで 鳴っている。もう一度、 「もしもし・・・」 と言っても、まだカバンの中で鳴っている という珍事が起こる。電車の中で、この 珍事が起こると、いつも私は笑い物になった。 経験から行くと、3台の電話のうち1台だけが 鳴るのは少なかった。鳴るときは、順番に 3台ともなった。だから、手早く1台の用件を 済まさないと アリャ・・・アラ・・アラ・・・ と大慌て。 今のようにメールなんて無かったから ほんと、大変な時代だった。 こんな話をすると 「どうして、留守録にしなかったの?」 と聞かれる。もちろん、留守録はしてあったけれど 鳴った以上何とか出ようと悪戦苦闘するのが 私らしい所である。 最近の人は携帯電話を離せない人が多い。 友達と話している時も 何か食べながらも しっかり握っている。 何かを指さす時も、 携帯電話のアンテナで指している。 どうせ、ずっと離さないなら お守り付きにしたら、どうだろう? 安産携帯・交通安全携帯・家内安全携帯 商売繁盛携帯・・・ イメージは、どんどん膨らんだので さっそく、神社の宮司をしている友達に電話した 「おまえは、神様をバカにしているのか。 携帯電話にお守りが付いているなんて 絶対に許せない。お守りに携帯電話が 付いているなら考えるけど。それと、必ず 一つ一つお祓いをさせて頂く」 とキッパリ言われた。 携帯電話で、銀行残高チェックやチケットの予約もできる。 メールニュースも飛び込んでくる。カメラを接続して 写真を転送できる携帯電話も見かけた。もう、パソコン 顔負けである。パソコンに携帯機能がついているのか? それとも、携帯にパソコン機能がついているのだろうか。 朝見かけたワカメちゃんたちが母となるころには、 携帯電話で家の戸締まりや火の元の点検も お手軽価格でできるようになるだろう。 こんなことを考えられたのも携帯電話を忘れたおかげだ。
2004.01.26
コメント(2)
「逮捕しちゃうぞ」 なんて、まだまだ可愛さの残る新米刑事の美和子が 初めて担当した事件だった。 「娘が家出したんです」 との110番で、駆けつけた美和子に 手渡された書き置きには、 ・・・探さないで下さい・・・ と書いてあった。 家出をしたのは、小学校6年生の女の子で 父と二人暮らしだった。 父と言っても、女の子には実の両親は亡く、 母親の弟が5年前から戸籍上の父親になっていた。 父は康夫と言い、娘は久美と言った。 康夫は、建設会社の現場監督をしている。 なかなかの好男子で35歳になるが独身である。 近所の評判では、実の親子以上に仲の良い 親子だという。休みの日には、二人で 映画館に行ったり、食事に出かける二人だという。 美和子が康夫に 「何か心あたりは?」 と尋ねると 「いえ、それは私が教えて欲しいくらいですよ」 と康夫は悲しそうに答えた。 美和子は続けた 「失礼ですが、ご結婚は」 「いえ、久美のことを考えると結婚なんて・・・」 「でも、恋人くらいいらっしゃるでしょう?」 「はあ、一応は・・・」 「そのことは、久美さんは?」 「知らないと思いますが・・・」 「ほんとに?」 「隠してきたつもりです」 美和子は、自分の小学校6年生の頃を振り返った。 最近の女の子は、小学校6年にもなると、 クラスの半分は立派な女性である。 その気になれば、子供だって生める。 だから、身近な男性。たとえば、同じクラスの男の子にも 当然、視線を注ぐがハッキリ言って物足りない。 やはり年上の男性、たとえば先生だとか 先輩に注目する。その辺から考えれば、 たとえ、戸籍上は父だとしても 久美が康夫に興味を持ったとしても不思議はなかった。 久美は、3日後に発見された。 友達の家を転々としていたのだった。 久美は、やはり康夫に恋人がいるのを知っていた。 久美は尋問する美和子に、最初は憮然とした表情で 「私を子供扱いするからよ」 と吐き捨てるように言ったり 「お父さんを困らせてやりたかったの」 と美和子に噛みついた。 しかし、最後は 「私、寂しかったの・・・寂しかったの・・」 と久美は泣きながら机を何度も何度も叩いた。
2004.01.25
コメント(0)
あんな事でもなければ、貴子は こんなことにならなかった。 高校二年生の貴子は、中学時代から 憧れの正樹に、ものの見事に振られて しまった。何もかも、親友の彩美が 悪いのだ。 「少し早いけれど、マフラーでも あげたら・・・」 って知恵をくれたのはいいけれど、 真夏の盛りから、悪戦苦闘の末に 編み込まれたマフラーで恋は 成就しなかった。 「僕、好きな人がいるんだ」 と正樹は、言いづらそうに言った。 こんな形で振られて、ショックも 冷めやらぬ貴子に、ダブルパンチ を食わせたのは、他ならぬ彩美だった。 貴子を振った正樹の好きな女の子は なんと、彩美だった。 「駄目よ駄目よ・・・はずかしいから」 と言いながら、小雨の降る中、相合い傘に 納まる二人を10メートル前方に見つつ 「早く歩けよ」 と思いながらも追い越せない傘を忘れて ズブ濡れの貴子だった。 失恋の痛手か、貴子は、夜よく眠れなかった。 そのかわり、学校のお昼の授業中は眠れるのだが・・・ 夜の浅い眠りは、夢を見る絶好の環境である。 貴子は、毎日毎日空を飛ぶ夢を見た。 自分の体から、もう一つの自分が飛び立って 行く幻を見て楽しむようになった。 これを幽体離脱と言うのかも知れない。 もちろん、最初は恐かったけれど、 慣れれば大丈夫。空を飛んで、山や川や 海を高いところから見て楽しんだ。 飛行機の翼の上で、ワッフルやメロンパンを 食べたりもした。こんな夢を見ることが 出来るのも失恋したからなのだ。 失恋に感謝・・・ そんな貴子に、正樹が近づいてきた。 「僕、自分の本心が分かったんだ」 「ええ?」 「僕は、彩美じゃなくて、貴子が好きなんだ」 「そう、うれしいわ。でも、駄目なの私」 「?・・・僕のこと嫌いになったのか・・・」 「ううん。今でも好きよ」 「じゃ、どうして・・・」 「私、空飛びたいから駄目なの・・」 貴子は、こんな意味不明の言葉を 言いながら正樹の横を通り過ぎた。 次の瞬間、ただならぬ気配を感じた正樹が 振り返ると貴子の姿はどこにもなかった。
2004.01.24
コメント(2)
クラブの練習が終わるとヒゲ先生が 「おおい・・・お腹すいてないか」 と大きな声で叫んでいる。 好美たちS校女子バレーボール部は バレーボールなら1回戦か2回戦で 負ける弱いチームだが、 「食べることなら全国レベルよね」 と、いつも冗談言っていた。 何か、ごちそうしてもらえる思って 制服に着替えて校門の所で待っていると、 いつも試合の時に使うスクールバスを 運転したヒゲ先生が現れた。 「先生、何食べさせてくれるの」 と、好美たちが聞くと、バスを 運転するヒゲ先生はニタニタしながら 「10分くらいで着くからな」 と言った。 10分ほどして着いたのは、ブタの マークのラーメン工場だった。 100人くらいが入る会議室に 通された好美たちは、ヒューヒューという 手荒い歓迎に迎えられた。 先に野球部の男子たちが来ていたのだ。 ラーメン工場の会議室は、 一瞬にして修学旅行のような雰囲気になってしまった。 キャーキャーギャーギャー騒いで しばらく待っていると、 白衣を着た研究員ふうの人が数人現れて 二種類の焼きそばが二枚のお皿に それぞれ盛られて一人一人の机の上に置かれた。 目の前に、食べ物が現れると静かになるのは いつの時代でも同じ食べ盛りの習性かもしれない。 シーンと静まるのを見計らって白髪の研究員が 前に立って簡単な説明が始まった。 それと同時にアンケートも配られた。 「どっちの焼きそばが、美味しいか あまり考えずに直感で答えてください」 その説明を聞きながら、好美たちは 「フフフフッフ・・・私たちモルモットなのね」 と、笑いながら顔を見合わせた。 好美は野球部の中に気になる男の子がいたので 最初は遠慮しながら食べていたが、 結構おいしかったせいか、いつの間にか きれいに二皿とも食べてしまった。 困ったのはアンケートの方だった。 帰りのバスの中でも盛り上がったのだが、 「お腹が空きすぎて、どっちも美味しくて アンケート書くとき困ったわ」 と、大笑いだった。 数ヶ月後、コンビニで新発売の焼きそばを 見かけた好美は、すごく得した気分になった。
2004.01.23
コメント(2)
たとえば、あなたが電車に乗っているとして あなたが座っている車両には5人の人が座っているとします。 でも、それは、あなたが3次元の目で見ているだけで 4次元の人から見れば、 あと一人くらい乗っているかも知れません。 「ピエロのような人を見たような気がしたけれど偶然よね」 そんなことを言った彼女は、宝くじで100万円を当てました。 あの、驚いてはいけませんよ。 そこのあなた、トイレに行けなくなるなんて ビビッちゃうなんて、これまた大人気ない。 いや失礼しました。 そんな”あなた”は、素晴らしい感性の持ち主かもしれません。 これは、一つの可能性について、お話しているのです。 異次元への入り口は3次元では、 私達が斜めとか屈折したと感じるところにあります。 もし、あなたが眼鏡をかけているならば、 レンズと接触している分だけ、 屈折した光景を見る可能性が高いかもしれません。 あくまでも、前方に意識を集中して 一瞬の間に、真横に視線を移して下さい。 そして、また、素早く視線を前方に戻してください。 前・横・前・横・・・・・ これをくり返していると 斜めに当たる場所に普通には見えない影が 見えることがあります。 多くの方は、それは気のせいとか錯角で済ましてしまいます。 これを、もう少し応用すれば、 前・右横・後・左横・・・・・ とそれぞれの間に斜に当たる場所がありますので、 4つのポイントで異次元の影に遭遇することになります。 「パーッと飛び立つ青い鳥を見たような気がして、 その後よね、今の彼氏と出会ったのは」 なんて話を聞いたことありませんか? 3次元は、縦・横・高さ、つまり、X軸Y軸Z軸 の3つで構成されているのです。 これに、もう一つ時間の軸を加えれば、 時間を超えて空間を飛び回るタイムマシーンも 可能だという話は聞いたことがあるでしょう。 今回の影の例は、もう一つの軸を光と考えた場合です。 名曲を生み出す作曲家は、たとえば、売れっ子作曲家は、 1年で150曲つくるそうですが、このような 才能は、とても凡人の見える世界とは別のものです。 音楽会の天才は、音がもう一つの次元の世界に 身を置いているのかもしれません。 味覚が、もう一つの次元なら、料理の鉄人でしょうか。 勘とか第六感と呼ばれるものを、意識している人もいます。 初めて訪れた街並みに、不思議な親近感を感じ 「昔、この町に来たことがあるような気がする」 なんて思われた方は少なくないでしょう。 さて、4本目の軸の共通点は、いずれも人間の目に見えない物 であることに気付いている方もいらっしゃるでしょう。 時間 音 光 味覚 勘.......... そうです。4次元の入り口は目に見えない感性なのです。 今、ここであげた例は、ほんの一例です。 もっと、すばらしいことを御存じの方もいらっしゃるはずです。 もう一つ、申し上げれば、感性とは個性なのです。 パーソナリティーです。 ミレミアム(2000年)を間近にして、あらゆる世界に コンピューターが進出し、戸惑われている方も多いでしょう。 「そのうち人間のやることなんてなくなってしまう」 そんな恐怖と戦いている”あなた”、大丈夫です。 それは、あくまで3次元の領域の話で まだまだ私たち人間には可能性は残されています。 あとは、あなたが気づくか気づかないかです。
2004.01.22
コメント(2)
ジンクスとは、”悪い言い伝え” と国語辞典にありましたが、 僕には良いジンクスがありました。 あれは、たしか高校1年生の秋でした。 今では少なくなった電話ボックスで、 僕は震える手で電話をかけていました。 何しろ生まれて初めて女の子の家に、 プライベイト!の用事で電話をかけるのです。 心臓は飛び出しそうだし、血がザーッて体中を 駆けめぐっているのが分かるくらい緊張していました。 僕の家でも何度もやってみたのですが、 両親や兄弟の動きが気になって、 間違えてばかりでした。 それで思い切って家から飛び出して近所の 商店街の端の電話ボックスまで来たというわけです。 プルプル・・・・・ やっと電話がつながりました。 「もしもし・・・☆☆さんのお宅ですか」 「あ・・・梅ちゃん」 僕の声には、そんなに特徴があるのでしょうか。 中学1年生の時に同じクラスになっただけなのに・・・ その時も、照れ屋さんの僕は、ほとんど彼女と 会話をした記憶がありませんでした。 それからは、年賀状を出すだけで学校も別でした。 偶然に高校の入学式で見かけた 彼女に超勇気を出して電話した僕でした。 その彼女が「もしもし・・・」の声だけで 僕と分かるのですから・・・・・。 僕の用件は、映画に誘うことでした。 「今度の日曜日、暇?」 「その日は、用事あるの」 「そう・・・」 「何か?」 「映画でも一緒に行こうと思って」 「ごめんね。」 「また電話するわ・・バイバイ」 「バイバイ」 まあ、1回目は、こんな感じでした。 そのころの僕は、陸上部員として県大会や 近畿大会の予選に出ていました。 少年野球時代は、かなり足が速かった僕ですが、 県レベルの陸上部のランナーたちと走っても、 予選すら突破できませんでした。 当時、僕の出ていたのは400メートルで 55秒56秒くらいで走らないと、予選突破はできなかったのです。 ちなみに、当時の僕は57秒から58秒で、 どうしても1秒か2秒足りません。 この1秒か2秒を埋めるのが課題でした。 そんな僕が、ある日を契機にして予選を 突破できるようになったのです。 あの電話から1週間後の予選会の日、 僕は、いつものようにサブグランドで ウオーミングアップをしていました。 サブグランドの隅には、今では、 もう見かけない赤電話がありました。 何を考えたのでしょう。 僕は、先日の彼女に電話をかけたのです。 こんな日曜日の昼間に家にいるわけがない・・・ そう思ったのですが、レース前の緊張感からでしょうか。 アドレナリンの分泌が、 いつもの100倍くらいになっていたのでしょうか。 何でも良いから、むしょうに彼女の声が聞きたくなって、 電話をかけたのです。 「もしもし・・・☆☆さんのお宅ですか」 「あ・・梅ちゃん」 「今、県大会の予選会に来てるんや」 「ほんま!」 「今から走るんや」 「ええ!!今から・・」 このあと何を話したか、覚えていません。 でも、ドキドキも1回目の半分だったし、 10分くらい話をした記憶だけはあります。 ”ブタもおだてりゃ木に登る”ような話ですが、 30分後のレースで僕は初めて予選突破を果たしたのです。 タイムもベストの2秒以上も縮めて1年生では1番でした。 それから、ここぞと言うときには、 彼女の顔を見れば・・・ 彼女の声を聞ければ・・・ 僕の力が100とすれば、200くらいになる・・・ そんな僕だけのジンクスができあがったのです。 こんなヤツのことを単純バカって言うんでしょうねえ。
2004.01.21
コメント(4)
久しぶりに幼なじみから 手紙が届きました。 封をあけてみると 再婚することになったと 書いてありました。 同封された写真を見てびっくりしました。 その彼女は 彼が高校時代片想いしていた彼女でした。 彼女も再婚でした。 彼が店長をやっているファミリーレストランに 彼女が一人でやってきた時 ジュースをこっそりサービスしてあげたのが 付き合いの始まりだったそうです。 お互いに離婚して 寂しさを紛らす為に会っているうちに 愛が芽生えたようです。写真の彼の顔は バツイチを劣等感に感じていた数年前が 嘘のように明るくなった幸せそうな笑顔でした。 初めあれば終わりあり。 すべての出来事には終わりがあります。 社会の動きのスピードと複雑さが かつてないほどの多くの終わりを 一つの人生にもたらすようになりました。 でも、失敗してはいけないではなく、 失敗しても立ち直ればプラスです。 良い経験と考えることです。 物事は都合の良いように 考える方が楽しいのです。
2004.01.20
コメント(0)
昔から商売するなら角地が良いと言われて 来たが、どうも上手く行かない角地があった。 江戸時代から先祖伝来、その角地の地主の家に生まれた 啓介は、真子を嫁にもらってから2つの店をつぶした。 一つ目は、20代の時に始めたパン屋だ。 「駅も近いし、きっと儲かる」 と思って始めたが3年ともたずに、 あえなく潰れてしまった。 「どうも、俺には運がないようだ」 30分見料10万円という時々テレビに出てくる 占い師に占ってもらった啓介は、30代になって 妻の真子を社長にして、学習塾を始めた。しかし、 隣の駅に大手の予備校が進出してきたために、 あえなく、やはり3年ももたずに倒産した。 「夫婦ともに経営センスがないようだ」 と、商工会の経営コンサルタントにアドバイスされた 啓介と真子は、50歳を来年に控えて 大学の経営学部2年生の娘の里子に最後の夢を賭けた。 里子は半分冗談のつもりで、ワッフルを食べながら言った 「そうねえ、コンビニとコインランドリーを1階に ゲームセンターとカラオケボックスを2階に したビルを作れば、洗濯をするために来た人が ついでにコンビニでおにぎりを買って、そこで 、たまたま会った友達とカラオケに行って、 遊び足らないから、ゲームセンターに寄るなんて 感じで、絶対に儲かると思うな」 「さすが、我が娘・・・ええこと言うわ」 と手を叩いた啓介は、若干20歳の里子を 代表取締役にして株式会社ミックスジュースを 設立した。この複合コンビニ?は、大変な繁盛で 地元の商工会の幹部や政治家も 「地域の不況脱出の参考にしたい」 と視察に訪れるくらいになった。 彼らは、社長が20歳の里子と聞いて、 「足が長いねえ」 と変な所に驚いて帰って行った。 ついに3度目の正直かと喜んだのも束の間、 またも啓介真子夫婦に暗雲が漂った。 自慢の複合コンビニが夜の8時過ぎになると、 パッタリ客足が途絶えるのだった。それもそのはずで 複合コンビニは、暴走族やヤンキーのたまり場に なってしまったのだ。慌ててガードマンを雇って 追い払ったが、なかなか客足は戻らなかった。 「ああ、やっぱり駄目か・・」 二度あることは三度ある。 株式会社ミックスジュースは、倒産寸前になってしまった。 その時である、神風が吹いたのは。 複合コンビニで知り合って結婚した人が現れたのだ。 この二人、コンビニで働いているのではない。 たまたま毎日、コンビニで出会っているうちに 仲良くなってしまったそうだ。 「コンビニ婚だわ。お父さん、ヤンキーの集まりやすい ゲームセンターを閉めて、結婚相談所にしようよ」 里子のアイデアは、みごと当たった。 ゲームセンターの代わりに、大手の結婚相談所と タイアップして作ったブライダルセンターは コンビニ婚で町の話題をさらった。おかげで 株式会社ミックスジュースは大繁盛。 しかも、里子は”20歳の女子大生社長”と銘打って 女性週刊誌などの取材を受けるまでになった。
2004.01.19
コメント(2)
幼稚園からの帰り道には菜の花畑を通った。 春から夏にかけてはミツバチがブンブン飛んでいる、 和夫もミドリも手づかみでミツバチを捕まえた。 不思議と刺されるとは思わなかった。 花に群がるミツバチを小さな手に一杯、 そう10匹くらい握っても、全然、刺されなかった。 「刺される」という言葉さえ知らないから 刺されなかったのかもしれない。 近所のおばさんが、和夫とミドリを見て 「何してるの?」 と話かけると和夫もミドリも両手を広げる。 手には、たくさんのミツバチがムンムンと 手の汗にまみれて飛べなくて足掻いている。 おばさんは 「ぎゃあ」と叫ぶと「刺されるよ」 と言い残して走って行った。 和夫もミドリも 「刺されないよね」 とニッコリ顔を見合わせた。 無知が力となることもある。 「今なら、一匹だって恐いよなあ」 あの頃を思い出すと、ゾッとする和夫だった。 ミドリは、お父さんの仕事の関係で 小学校に入ると間もなくスウェーデンという国に行った。 そんなミドリが戻ってきたのは 中学校1年生の頃だった。 幼なじみの和夫から見ても まぶしいくらい綺麗な女の子に なってミドリは戻ってきた。 久しぶりに和夫に会ってミドリは 「和夫君、あの菜の花畑は、まだあるの?」 「マンションが建ったからなあ」 和夫とミドリは、自転車に乗って あの菜の花畑のあった辺りに行ってみた。 マンションが建ち並んで小さくなっていたが、 やっぱり、菜の花畑はあった。 「スウェーデンの私の家の近くにも 菜の花じゃないけれど、花畑があったのよ」 ミドリは、幼稚園児の気持ちのまま 中学生になっていた。 そのミドリは、1ヶ月だけ日本にいて またスウェーデンに戻って行った。 それから、和夫はどんな女の子と出会っても どうしてもピンと来なかったそうだ。 恋多き多感な年頃なのに 心が時めくことはなかった。 1年過ぎてクラスが変われば また別の女の子に出会うけれど やはり同じだった。 そんな中学3年間を終えた、ある春休みの日、 ミドリがまた帰って来た。 ミドリは、完全に大人の女の人のような 色っぽい女の子になっていた。 とても、同じ15歳とは思えなかった。 「和夫君、あの菜の花畑残ってるの? マンションになってない?」 和夫とミドリが、あの辺りまで行ってみると 菜の花畑は、さらに小さくなっていた。 「もう、あと一つマンションが建ったら 菜の花畑なくなるね」 和夫は悲しい目でミドリを見た 「スウェーデンの花畑は変わらないのに どうして、日本はこんなに変わるの?変なの・・・」 と言うとミドリは首を可愛く傾げた。 見た感じは変わっても、ミドリの心は スウェーデンの花畑と同じで幼稚園児の頃のままだった。 春休みが終わる頃になると ミドリは、またスウェーデンに帰って行った。 ただ、和夫とミドリは、この頃から エアメールで、文通するようになっていた。 高校2年生の時には、和夫がスウェーデンの ミドリの家に行ったりもした。 いつしか、二人は将来を誓い合うようになった。 高校を卒業すると和夫は大正時代にお爺ちゃんが 創業したうどん屋の3代目になっていた。 和夫の店は、ランチタイムや休日には行列もできるほど繁盛していた。 繁盛の理由はお爺ちゃんが悪戦苦闘の末に 編み出したというノウハウのおかげなのだ。 お父さんも和夫も、その恩恵に預かっている。 そのノウハウってのが、今風に言えば、ピザの トッピングようなものなのだ。 「油あげ」や「ネギ」や「たまご」「海老天ぷら」と言った定番の具から 「納豆」「トマト」「きゅうり」「キウイ」「パイナップル」「りんご」 と言った風変わりなものまで30種類、自由に選ぶことができる。 お父さんの時代に「納豆」が加わり、和夫の代になって 「トマト」などの野菜が加わった。そして、「キウイ」などの 果物を加えたのは、何を隠そう色白の美人の奥さんミドリだった。 さて、例の菜の花畑だが、バブルの崩壊が幸いして マンション工事予定が無期延期となり、今でも春になると、 菜の花が咲き誇りミツバチならぬ 和夫とミドリ、そして可愛い4代目?の憩いの場となっている。
2004.01.18
コメント(0)
まだまだ、肌寒いですが、暦の上では春がやってきました。 日本は四季があるから 発展したと言う人がいます。 なるほどと思いました。 どんな人でも 最低1年に4回の 小さな変化を経験するからです。 経験は、進歩の種子ですから。 しかし、こんな変化は 実は小さなことで 人間レベルの寒暖にすぎません。 何が起ころうと 人間なんか 影も形もなかった頃から 変化の根源である 太陽は輝きつづけてきました。 不変のものは 人間の心の根源です。 心が大きく揺れるように 感じられるのは 卵で言えば殻の部分だけを 見つめているからで 黄味や白味に当たる部分は 太陽のように不変です。 肝心なのは その不変の存在に 気づくか気づかないかです。 あなたの心にも 太陽があることを 気づくか気づかないかです。
2004.01.17
コメント(0)
「あなた、何やったの?」 義則は会社から帰るとすぐに 妻の亜佐美から問いつめられた。 「何って、別に・・・」 わけの分からない義則は答えに困ってしまった。 「じゃ、これ何よ」 亜佐美から渡された封筒は裁判所からの物だった。 「えー!」 ごく普通のサラリーマンの義則30歳にとって 裁判所は、ぜんぜん縁のないものだった。 高校卒業してすぐに勤めた食品会社で ひたすら新しいインスタントラーメンの研究を していて、そこで同僚だった亜佐美と結婚した。 そんな普通のサラリーマンの義則に裁判所からの 封筒は寝耳に水だった。 「あなた、まさか女の子にセクハラしたんじゃ」 亜佐美は疑いの目を向ける。 そう言えば、この前の忘年会で、オールドミスのKさんに 酔った勢いでキスをしてしまった。でも、それだけだ。 まさか、そんなことで・・・でも、女は恐いからなあ。 義則は後悔しながら”特別送達”と判の押された封筒を ブルブル震えながら開けた。 「ええ・・・まさか、こんなことで訴えられの・・・」 亜佐美は、いきなりお尻でキックしてきた 「やっぱり、セクハラね」 「ちがうよ、読んでみろよ・・・ほら・・」 「えええ・・・工務店?」 そうである。 1年前、義則と亜佐美は、 お父さんから譲り受けた土地に家を新築したのだ。 銀行ローンを組んで、近所の工務店に 設計施工全てやってもらうつもりだった。 前金で300万円を払って、設計図を見てビックリ。 内装も外装と頼んだものと全然違うのだ。 「もっと、木を使って欲しい」 と義則と亜佐美が言った。 しかし、工務店側は 「そんなの古いです。これからは、鉄筋コンクリートです」 と言って譲らない。 「私たちの住む家です」 と義則と亜佐美は工務店との契約をキャンセルして、 お父さんの昔友達の隣町の大工さんに建ててもらった。 その時の工務店が訴えてきたのだ。 理由は、家の新築のために臨時の職人を2人ほど雇ったので その職人の給金分を義則夫婦に払えと言うのだ。 「ああ、あなた、どうしよう・・・私、牢屋に入るの?」 亜佐美は泣きそうだ。 「おれも、いやだよ・・」 義則も困ってしまった。 結婚して5年、やっとできた赤ちゃんが、亜佐美のお腹の中に いるのだ。ああ・・・妊娠3ヶ月、どうしよう・・・ 翌日、二人は知り合いの紹介で弁護士に相談に行った。 弁護士さんは義則と亜佐美を交互に見ながら 「最近、こんな裁判が多いんですよ。でもね、 これは民事と言って、ケンカの仲裁を裁判所が やるようなもので、お二人が牢屋に入れられることは ないですよ・・・でも、黙っていたら、お金を取られますから お二人もキャンセルした理由を裁判所に言わなければいけませんよ」 牢屋に入れられることはないと聞いて、 義則も亜佐美もフーっと一息ついたが、 「この手の裁判は、2年はかかりますよ」 と弁護士さんに付け加えられて、 「こんな不安な日々が2年も続くのか・・・」 と思うと、気が重くなる二人であった・・・いや、三人か・・
2004.01.16
コメント(0)
中学一年生の時の最初の数学の授業だった。 「女だてらに数学教師って変わってるって言われるけど 私は数学が好きや・・君はどう?」 「僕も」 教壇に一番近い席に座っていた健司に同意を求めた 竹内先生は、とっても色っぽいハスキーボイスで 今で言う女優の中山美穂を太らせたような明るい先生だった。 この授業は大学を出たばかりの竹内先生にとっても、 初めての授業だったらしい。 この頃の健司は、とにかく根暗で世の中を斜めに見ていたから 好きな科目などあるはずなく、ただ何となく学校に来ている バカな野郎だった、もう一言付け加えるなら問題児だった。 先生を殴ったこともあるなんて噂も流れていた。 そんなことはしてないが、やりかねないヤツだった。 だから、竹内先生でなければ 「僕も」なんて答えなかったはずだ。 ある日の放課後、竹内先生は、あまりにも成績の悪い健司を 一人教室に残して、一生懸命に話をしてくれた。 今から考えれば、どうしようもない不良という噂の健司に、 なぜ、あんな話をしてくれたのだろうか。 いつものチャーミングな笑顔で話を始めた竹内先生だった 「先生は、トマトが嫌いや。何でと思う?」 「?」 「分からへんやろなあ・・・先生はジャンケンも 嫌いや・・・何でと思う?・・・先生の家は 貧乏でなあ。五人兄弟やった。夕飯の前には いつも五人でジャンケンや。ジャンケンに勝った 三人だけが夕飯を食べられるんや・・・ 不思議な家やなあ・・・」 もう、この時、竹内先生の目は真っ赤だった。 私は先生の話をボケーッと聞いているだけだった。 先生は涙をポロポロ流しながら話を続けた 「先生の家は農家やった。トマトと西瓜を作ってたんや。 だから、貧乏でも西瓜とトマトは一杯あった。 でもなあ、売り物やから、食べ放題ではなかったや。 西瓜かトマトどっちか選べと言われたんや。 先生が小学校五年生の時に亡くなった先生のお父さんは いつもトマト食べてたんや。お父さんはトマトが好きやから 食べてると思ってた。でもなあ、お父さんが死んでから 兄ちゃんに聞いたんや。ホントは、お父さんは 西瓜が大好物やったって。西瓜が好きな私ら兄弟に 食べさすためにお父さんはトマトばっかり食べてたんや」 竹内先生の話の記憶は、ここまでで途切れている。 それから相変わらず、時々授業をさぼったり ケンカに明け暮れ、やる気のある時とない時の差の 激しい健司だったが、不思議なことに数学だけは 高校卒業まで、ほとんど誰にも負けなかったと 言ったら、どなたか信じてもらえるだろうか。
2004.01.15
コメント(0)
目薬に関する逸話がある。 どうやら目薬によって味が違うらしい。 クールミントの味がするもの。 味の素のような味のするもの。 味のないもの。などなど 目薬の効き目についてもある。 半分以上使うと効き目が落ちると言う話。 人の目薬を使うと眼病になると言う話。 ところで、子供の頃は目薬をさすのが たいそう難しいことのように感じたことを思い出した・・・ 4歳のマー君が目薬をつけるのが下手なのは、 目も体も小さいせいもある。 幼稚園のプールに毎日入っているうちに 結膜炎になったマー君、夏休み前までは、 お母さんにつけてもらったんだけど、 「マー君、歯磨きもできるようになったんだから 目ぐすりもできるよねえ」 と言われた。 仕方がないから、自分で子供Vロートを目にさしてみた。 頑張って勇気を振り絞ってみても、どうしても恐いから目を閉じてしまう。 瞼の上についた目薬が伝って、小さな鼻の横を通り口に入った。 「母ちゃん、マズイ」 と、大泣きしてしまった。 結局、お母さんの膝の上で、さしてもらうことになった。 マー君は言った 「子供用にはな、ホットケーキに塗るハチミツの味がいい」 目薬を作っておられる方、これは売れるかも知れませんよ。 そんなマー君が、お父さんに連れられて ディズニーランドに行った電車の中だった。 マー君の目の前で、お父さんと同じくらいの年齢の おじさんが、サッとメガネを外したかと思うと ガタコト揺れる電車の中で ポケットから取り出した目薬を差し、 そのままメガネをかけてしまうのを見た。 1滴ずつ右目と左目に、キッチリ。 目から、ダラリーと全然こぼれない。 1回か2回、目をパチクリしただけなのだ。 これには、マー君驚いた。 ドラエモンやピカチューの絵のハンカチを 手に持ちながら、お母さんに助けてもらって、 5滴か6滴目に、やっと目に入るマー君とは大違いだ。 「すごいな。父ちゃん」 と、隣のお父さんに言うと お父さんも、少し驚いているようで黙ってウンと頷いた。 「はあ、世の中には器用な人もいるものだ」 と4歳のマー君が思ったか思わなかったかは 定かではないが、不思議なことにマー君、 翌日からは、自分で目薬をさせるようになった。 人は強烈なイメージで、何かをつかむのかもしれない。
2004.01.14
コメント(4)
「ひさしぶりですね」 早苗と仁志夫婦がやっている食堂に ひょっこり現れたのは、県会議員富田銀三さんでした。 選挙が終わって1ヶ月、晴れて当選を果たした 銀三さんにとって、仁志の作るカツ丼は 一生忘れられないモノになりました。 1ヶ月前の選挙は大変な激戦でした。 3人のうち2人が当選します。 落ちるのは一人だけ。 立候補した3人は、3人とも現職でした。 議員の世界でもリストラの嵐が吹き荒れ、 この町の選出の議員は3人から2人に減ったのでした。 「この選挙に勝ったら、引退する」 もう68歳の銀三さんにとっては 最後の選挙でした。 親の代から、ずっと守り通した地盤を 渡したくない。その一心で頑張りました。 カツ丼は縁起担ぎでした。 事務所のスタッフは10日間の 選挙期間中は、朝昼晩とかつ丼で通しました。 そのカツ丼が早苗と仁志の店のカツ丼だったのです。 「毎日、カツ丼ばっかりも大変だろうなあ」 と思いながら、早苗も仁志もせっせと出前しました。 結果は、惜しくも落選。 絶対に投票してくれると予想していた団体が 他の候補に投票していた為の敗北でした。 選挙が終わってからの銀三さんは、誰の目にも 明らかなほど老け込みました。 「兄弟で一番できの悪かった三男坊の俺が、 戦死した二人の兄貴の代わりにオヤジの あとを継いで30年。ああ・・・ 兄ちゃん怒るだろうなあ・・・ オヤジも悲しむだろうなあ・・・」 真面目なだけが取り柄の人で、 派手な活動ができない銀三さんでしたが、 町のために骨身を削った30年でした。 銀三さんの功績は町のことを考える人なら 皆知っていました。 「あんな立派な人が落ちるんなら、 やっぱり日本の政治もおわりだなあ」 仁志は早苗にしみじみ語ったものでした。 そんな割り切れないことも日にち薬で 忘れさられるものです。 早苗も仁志も、選挙のことをすっかり忘れてしまった 1ヶ月後の事でした。 トップ当選した人の買収工作が明らかとなり、 銀三さんの繰り上げ当選が決まりました。 内輪だけのささやかな万歳でした。 「これで、なんとか兄貴たちもオヤジも 勘弁してくれる」 銀三さんがホッと胸をなで下ろした瞬間でした。 その翌日でした銀三さんが、 早苗と仁志の店を一人で訪れたのは 閉店前で、酒を飲んでいる客の多い時間に いつものスーツ姿ではなくて普段着で店に 入ってきたので、最初は分からなかった早苗が 「あれ、先生・・おめでとうございます」 と言うと銀三さんが 「カツ丼もらえますか」 とポツリと言いました。 「お待たせしました」 と仁志が作ったアツアツのカツ丼を 「はい、先生・・・カツ丼です」 早苗は銀三さんの前に置きました。 しかし、銀三さんはテーブルに置かれたカツ丼をただただ 眺めるばかりで、いっこうに手をつけようとしませんでした。 気になった早苗が「冷めますよ」と言いながら側によると 「このカツ丼が勝たせてくれたような気がしまして ・・・恐れ多くて食べられません」 銀三さんは、そう言いながら テーブルの下で小さく手を合わせていました。
2004.01.13
コメント(0)
流行り廃りに命を賭ける、そんなファッション業界の 末端を汚しているようで、道代は悲しかった。 「どうしたら、儲かるんやろう」 悩んでもレジの中には1枚の夏目漱石もなかった。 実家の父の援助で始めたブティックは5年続きの赤字だ。 店を始める前の道代は、スタッフとしては業界で少しは 名の知れた存在だった。そんな自信もプライドも あった彼女を海千山千のメーカーの営業たちは見逃さなかった 「君ならできるよ」 「すぐに支店を出したりして」 「よお、女社長」 とか囃子たてられ、調子に乗った自分がバカだった。 彼らは、商品を仕入れさせるカモをワナにはめたのだ。 仕入れ資金がなくなったと見るや 「最初から、この店の立地じゃ難しいと思ったんだ」 と死刑宣告にも似たセリフを吐かれた。 二日前は、「大変、電話が止まってるよ。大丈夫なの」 と実家の母から電話があった。 道代の手元には電話料金を払うお金もなかったのだ。 実家に帰るたびに父からも、 「お金のことは、気にしなくてもエエからな お前に店をやらせるのが、お父さんの夢やった 十分や。もう十分や」 と寂しそうに言われては堪らない。 「どうしようもなくなる前に、店を閉めなくては・・・」 そんなことを考えながらも、なかなか踏ん切りが 着かない道代だった・・・ そんな道代の店の電話が鳴った。 ・・・よお、近くまで来たんで寄ってもいいか・・・ 電話は、和夫だった。 彼は5年前、道代が店を始める時に 破談にした元婚約者だった男で、いまだに時々やってくるのだ・・・ あれは夕方の公園だった。 大きなバラの花束を抱えて悲しそうな和夫、 「どうしても、ダメかなあ・・・」 「うん、店をやるのが夢だったの」 あれから、5年過ぎた・・・ 「いいわよ、どうせ暇だから」 そう愛想良く言いながら電話を切った道代だった。 が、ふと我に帰ると道代は店を始めた頃、邪魔者だった和夫が 今では愛おしく思える自分がイヤだった。 逃げ道の為に和夫にすがろうとする自分が情けなかった。 しばらくして、和夫がやってきた。 ニコニコしながら、手を後ろに回しながら店に入ってくる。 変に思った道代は 「何を後ろに隠してるの?」 和夫は、サーッと手を前に出した。 その手には、5年前と同じバラの花束が握られていた。 「誕生日、おめでとう」 「ええ!」 と、驚きの声をあげた道代は、苦しい店のことで頭が一杯で 自分の誕生日のことなど、すっかり忘れていたのだった。
2004.01.12
コメント(2)
深夜の牛丼屋でアルバイトをしていた頃のことです。 陽が昇り始める午前4時ごろ、 一人で店番をしていると、 バイクの轟音とピポピポっと鳴り響く 耳をつんざくような音が だんだんと近づいて来ました。 そして、暴走する十数台のバイクが店の前で止まりました。 一人で店番をしていた私は、 一瞬襲撃されるのではないかと思いました。 でも、それは勘違いで、彼らも一晩中走り回って空腹になったのです。 「腹減った。牛丼特盛」「俺も…」「俺も特盛や。卵もな」 少年たちは、牛丼をバクバク食べると 茶色い髪に旗をなびかせて また、バイクに乗ってピポピポと走って行きました。 一つ間違えたら犯罪者になるかもしれない。 そんな雰囲気のある彼らも ご飯を食べている時は普通の少年に見えました。 昔、どこかの学者が言っていました。 「人間は固まりながら 流れている物体のようなものだ」 完全に固まるのは死ぬ時で 柔らかい部分がある間は そんなエネルギーを 何かに向けようとする生き物だそうです。 世間で成功者と言われる人の中にも 一つ間違えたら犯罪者になった人がいます。 そのエネルギーを向けるものに出会えたから たまたま成功したのです。 本当はたまたまでは駄目なんですが。 偉人の伝記は 学校や図書館にありますが 普通の人が生きていくための 本音の参考資料はありません。 「こんな場合、 こうしたら、 何とかやって行ける」 そんな生き方の 図書館やデータベースがあれば エネルギーの使い方を 間違える人も減るのでしょう。
2004.01.11
コメント(2)
テレてる場合ではない。 何から何まで沈滞ムードの こんな時代だからこそ、愛を語る必要がある。 「俺は、何をやっても中途半端なんや」 駅前の牛丼屋でアルバイトをする卓也の 口癖だ。高校を中退して、夜間高校に 通い始めたが、それも途中で辞めて、 次は専門学校に通い始めたが、 これも途中で辞めた。そんな卓也も 20歳になった 「辞める癖が付いてるのかもしれないなあ」 「そんなことないよ。この店には3年もいるし」 そう言うアルバイト仲間の未知は、卓也の唯一の女友達だ。 未知は、短大を来春卒業する。就職もお父さんの 勤める会社に内定している。一見して、普通の女の子 かと思えば司馬遼太郎の名作「竜馬が行く」を読む 大の坂本龍馬ファンなのである。だから、卓也が 「未知ちゃんは、幸せになれるよ・・・ 俺は、のたれ死にかなあ」 と泣き言を言えば 「おはんは、それでも男でごわすか? はいずり回っても生きてやると言うのが男ぞ」 と言って卓也を励ましている。 そんな二人は仲良しだが恋人ではない。 今のところ、友達以上恋人未満の関係なのだ。 未知は明るい性格でモテモテだ。 他のアルバイトの男の子からも 声がかかっているようだ。 ある日、卓也と未知が店番をしている深夜、 未知が言った 「ねえ、卓ちゃんは、どうするの?」 この言葉が一番、卓也にとっては悲しい言葉だった。 家に帰れば、両親からも友達からも どうする?って何度も問いつめられた。 みんな卓也のことを心配している 大切な人な良い人ばかりだ。でも、いや尚更、 卓也は辛い。優しく親身に心配されれば されるほど辛かった。いっそのこと バカにされたり、厳しく怒ってほしかった。 未知もきっと同じなのだろう・・・ 「どうするって?」 卓也は、こう言って答えをはぐらかす。 これも、いつもと同じだ。 「だから・・・・・」 「就職とか・・・将来なら考えたくない・・・」 「じゃなくて・・・」 「他に何か・・・?」 「ホントにいいの?」 「・・・・・はっきり言ってくれよ」 「あの・・私ね、付き合ってくれって 言われてるのね。でも、一番近いのが 卓ちゃんだし・・・」 「こんな中途半端なヤツは資格ないよ」 「どうして?」 「いあや、世間の常識で・・・」 「よく言うわ・・・まさか卓ちゃんから 常識って言葉が出るなんて・・・ 20歳前に3つも学校中退しといて・・ 私のこと、どう思うの?好きなら好きと言ってよ 言ってくれないなら、他の人と付き合うし」 「ああ・・・好きだけど・・・」 「もっと、はっきり言え!! 未知を好きだって言いなさい」 「うん・・・未知を好きだ」 「なら十分資格あるよ・・・合格よ・・」 昔からの常識だと、愛の告白は男性が率先して するものだと思われがちだが、最近は、そうでもない。 古い常識にこだわって劣等感に押し潰されている 男たちよりも女性たちの方が、ずっと愛にどん欲だ。 愛は生命力の裏返しだ。愛の力で目に見える常識なんか、 ぶっ飛ばそうじゃないか。 おいおい、そこの不元気印、愛を語れば元気になれるぞ。 愛する人の為にやってやろうではないか。
2004.01.10
コメント(2)
「お母さんは、そんなの嫌いよ」 17歳で高校を中退して1歳年上のケンタと 結婚したマーの一人娘の絵里香は高校2年生になった。 「だって、お母さんだって、茶髪だったんでしょ」 多感な年頃の絵里香は、短いスカートに ルーズソックスで学校に行く。 「お母さんは脱色したの」 「もっと、悪いわよ・・・それに私が 黒い髪にしたら、下品な松たか子って 言われもの」 「下品は余計だわ・・・その靴下だって」 「ルーズソックスって言ってよ。 だって、上品ではないわよね。私の歳には お母さんのお腹に私がいたんだから」 こんな調子だ。 たしかに絵里香がお腹にできて高校中退して、 当時、暴走族のケンタと結婚したのも事実で、 マー自身も茶髪だったのも事実だ。 でも、自分が母親になってみると、 娘には、無事高校を卒業して、せめて短大くらいには 行ってもらいたいとマーは思っていた。 「血は争えないってこと・・・」 今では、百貨店の食料品売場の主任になっているケンタは 笑うだけである。昔は、パンチパーマだった頭も 今では、キレイに七三に分けて真面目な主任さんのケンタだ。 「だって、わたしが、あんなだったから 絵里香には、ちゃんと高校出て、せめて短大に・・・」 「ちゃんと、ちゃんとの味の素」 「冗談はやめてよ・・・援助交際でもやってたらと思うと 眠れないのよ私・・・」 「♪あなたは私のお好み焼き・・・ ♪私はあなたをアイスクリーム・・・」 ケンタはGLAYの何とかって曲を替え歌にして 忘年会用に練習している。 「もう、真面目に聞いてるの!・・・」 マーが怒るとケンタは、 「そうだ、名案がある・・・ おまえ、いっそのこと、何にも言わなかったらどうだ。 言うから反抗して、絵里香が意地はるんだ。 俺たちだって、そうだったじゃないか」 と言うわけで、ケンタの意見に同意した マーは何も言わないことにした。 「お母さん、今月ちょっと携帯使いすぎたわ」 「そうね」 「ちょっと、染め過ぎかな・・・この頭・・・」 「いいんじゃない・・・目立って」 「紺のハイソってのもあるのよ・・・お母さん・・ ルーズソックスじゃなくて」 「好きな方になさい」 「・・・・・・」 絵里香は、少し怪しむようにマーを見た 「お母さん、何か考えてるでしょ?」 「別に」 「うそ・・・変よ・・・急に、あんなに 怒ってばっかりいたくせに・・・」 「だって、怒っても同じだから・・・」 「それって・・・つまんない・・・ねえ・・ また怒ってよ・・・ほんの少しなら言うこと聞くから・・ 怒ってよ・・・」 どうやら、絵里香はマーが心配するほどでもないようだ。
2004.01.09
コメント(2)
朋子が中学生の頃に担任になったH先生は、 保健体育の先生だった。 彼はハンドボールの県代表チームの選手だった人だ。 しかし、レギュラーではなく、補欠の選手だった。 それでも、H先生は体育授業には 県代表チームのワッペンの付いたジャージを 着て颯爽と現れた。 口の悪い男子生徒に 「補欠の癖に」 と言われても 「補欠でも、代表は代表だ」 いつも、細い目をさらに 細くしてニコニコしている先生だった。 「言うとくが、俺は女の子が好きだからな 男には冷たいぞ」 と、H先生は最初の授業の時に堂々と公言した。 ブーブー・・・・・ 男子のブーイングが響き渡ると 「じゃがあしい」 と怒鳴り散らす。 それでも、男子生徒にも人気があった。 なんだかんだ言っても、男子生徒の悩みや ケンカの仲裁なんかも一番やってくれたのは H先生だった。 もちろん、女生徒には人気抜群で 運動会でH先生が走ると キャーキャーと黄色い喚声がなり響いたものだ。 人気の秘密は、もう一つある。 H先生のペーパーテストは簡単だった。 いつも「下記の語句を選んで記号で記入せよ」 という問題で答えを並べると必ず文章になった。 たとえば2学期末なら 「クリスマスナノニケイキワルシ」 と言う感じだった。 そんなH先生は、堂々と同じ学校の美人の誉れ高き女の先生を・・ 「あの先生は、無理よ。きっと彼氏いるわよ」 と朋子たちが止めるのに・・・ 何度も振られながらも、デートに誘い出したりしていた。 美人教師から 「当時、超人気歌手Tのコンサートになら行くわよ」 と無理難題を言われらしく、 「なんとしても、チケット取ってやるゾ」 と息巻いて放課後、 「これは、俺の人生がかかっている」 と言って、自分は職員室の電話から、そして、 朋子たち女生徒10人は学校周辺の公衆電話に 配置して、チケット受付時間と同時に チケットぴあへ一斉に電話をかけさせた。 見事、公衆電話からの1本がチケットをゲット! 朋子たちは、自分のことのように喜んだ覚えがある。 結局、H先生は努力の甲斐なく、 美人教師に振られることになる。 生徒の前で 「俺は悔しい」 と本当に悔しそうな顔をして見せた。 そんな良いことも悪いことも生徒の前で パーッと見せてくれる先生は今でもいるのだろうか・・・ ちまたで話題の 「学級崩壊なんて・・・」 夢にも思わなかった当時だった。 もうすぐ、小学校にあがる長男を見守りながら 「H先生なら、どうするんだろう」 と思う朋子であった。
2004.01.08
コメント(2)
「人間は100歳くらい生きる人がおる。 でもなあ、200歳生きる人はいるやろか。 おらんやろ。でもなあ、芸術作品はなあ・・ 100年でも200年でも生き続けるんや。 考えようによっては芸術作品の方が 人間より価値があるんや」 酔うと人を小バカにするような口調で 知美や母に年から年中口癖のように このセリフを言っていた知美の父が亡くなった。 葬式には、多くの有名画家や著名人が訪れた。 盛大な式だった。 美術館の職員として40年勤めあげ、 最後は館長として定年を迎えた 一人の男の人生としては、まずまずの結末だった。 父が死んでも知美も母も涙はなかった。 世間の人は知らないだろうが 酒を飲んでは暴れる酒乱の父のおかげで 母は生傷が絶えなかった。 「男ってのはね。威張ってるけど 昔から大したことないのよ。周りの人間が 支えてやるから、なんとか家長としての 地位を保ってるだけでね」 父に殴られた翌朝の母は、紳士の中の紳士 我こそはジェントルマンなりという 面構えで出勤して行く父を送り出すと いつも言っていた。 「知美は、生まれた時代が良かったのよ お母さんの時代は選んでなんかいられない。 とにかく嫁に行けるだけで、ありがたい。 そんな風に思っていた時代だからね」 何人かの男性との交際の末、今の夫を 選んだ知美を羨ましいそうに見つめていた母だった。 知美だって、父を好きではなかった。 「表の顔と内の顔が、こんなにも違う人間って いるのかな」 とジギルとハイドのような二重人格のように いや、それどころか、精神分裂症ではないか と疑ったことさえもあった。そんな一人娘の知美にも 父は何度か酒を飲んでは手をあげた。 中学生時代から数え切れないくらい 家出をした。自棄になって 高校時代は非行グループに入り 人生を踏み外しかけたこともあった。 気の弱い人で酒なしでは生きられない父だった。 酒さえ飲まなければ、本当に優しい人だったのだが・・・ 葬式の最中もたんたんと母娘は 涙もなく形式的に動いていた。そして、 無事、式も終わりに近づいた頃、知美はふと母に 「でも、お母さんって、やっぱり、 お父さんの奥さんだったのよね」 「どうして、いまさら」 「だって、お父さんが危篤の時、 私が病院に行くの遅れるって 言ったとき・・・お母さん、なるべく早く 来てやってなんて泣きそうな声で言うんだもの」 「そう・・・」 「なんだかんだ言っても、愛してたのよ あの飲んだくれを・・・」 「もう死んでしまうと思ったら可哀想になってね」 そこへ酒屋がやってきた。 「ここに置いておきますね」 と日本酒を10数本置いて行く。 母がビックリして 「このお酒は誰が?」 「私が注文したのよ。どうして?」 「菊正宗の辛口ばっかり・・」 「だって・・お父さん好きでしょ・・・・・」 「これしか飲まないのよ・・・でも、こんなに たくさん・・・・・」 「最後だから、好きなだけ飲んだらって・・・ でも、いないのよね・・もう・・・」 「そうね・・・もう・・・」 やっと、それらしい雰囲気になった母娘だった。
2004.01.07
コメント(2)
「おれの税金かえせ」 こんな電話が毎日何本もかかってくる。 晴香の勤める銀行は、数ヶ月前公的資金の 導入をうけて、何とか立ち直った。 数年前、新入社員の頃は 「銀行員でしょ。いいなあ」 なんて、友達に言われたのと大違い。 今では 「大変でしょう」 と同情されるようになった。 結婚前提に付き合ってる彼氏にグッチっても 「そんなら、辞めろよ。食うだけなら俺の給料で 何とかなるだろう」 と言う。男に寄り添って生きるなんて・・・ そんな時代じゃない。 これからは女性の時代なんだ。 結婚してから 「おまえは食っていけないだろう」 と夫に偉そうに言われる母のような人生は晴香はイヤだった。 かと言って、今の銀行も外資が入ってきて、どうなるか。 将来の不安は募る。 「私は、本当は何がやりたかったんだろう」 まだ夏の暑さが残る初秋のお昼過ぎ、 晴香は役所に提出する書類を持って、銀行の外に出た。 公園の横を通ると幼稚園児が黄色い帽子をかぶって 遊んでいる。先生らしき女の人が2人、子供たちと 走り回っている。 「そうだ。私は保母さんになりたかったんだ」 数日後、晴香は退職届を提出した。 1年や2年くらいなら、アルバイトをすれば、何とかなる。 いくら不況でも食べて行くくらい大丈夫だ。 頑張って勉強して保母さんになるんだ。 引継が終わる月末で、晴香は銀行を退職する。 もう未練はない。それどころか、夢を取り戻した この月末は、晴香の退職記念日なのだ。
2004.01.06
コメント(2)
満員電車の中で 女子高生がつき合っている 彼氏のことを話していました。 「最近、ムカツクことが 多くて、あいつと別れようかと 思って・・・・・」 「そう、そうだね。もう半年だモンね。 飽きてきたね」 「リセットしちゃえ」 「あっ、ひょっとしたら 別の男ができたなあ」・・・・・ ここ10年くらいで、ゲームは 大変進化しました。10数年前に 社会問題にまでなったインベーダーゲームは ポケットの中に入る時代です。 たぶん、あれはゲームのうちに 入らないかもしれません。 誰でもどこでもゲームを 楽しめる時代は、すばらしい時代です。 しかし、どんなに楽しくても いつの間にか目の前に起こることが すべてゲームのように 思えるようでは考え物です。 知らず知らずのうちに ゲームに動かされている 人が多くなりました。 たとえば、仕事も恋愛も勉強もゲーム化しつつ あります。コンピューターが 筋道を考えてそのレールに 人間が乗っています。 機械と人間の違いは リセットにあります。 機械はうまく行かなくなると リセットできます。 でも、それ以前より進歩する事は ありません。その機械は そのレベルで組み立てられて いるからです。 でも、人間は失敗しても それをやり直し、経験として 少しずつ進歩します。 いろんな秩序が崩れて その犠牲者が後を絶ちません。 世の中にはリセットできるものと できないモノがあることに 忘れていませんか。
2004.01.05
コメント(3)
帰省先の駅で、数人のカメラを持った 少年たちに出会いました。 彼らは鉄ちゃんと呼ばれる鉄道マニアです。 彼らは、赤ちゃんの頃から、毎日、お父さんやお母さんに 乗り物絵本を読んでもらいます。 そのうち、2歳か3歳になると本物に興味を持ち始めます。 彼らの多くは、乗るより見る方が楽しいそうです。 見晴らしの良いところで、両親に手を引かれた 小さな子供が電車をジーと見ている姿は、 どこの町にもある光景です。 小さな子供が、マニア向けの鉄道雑誌を 読み始めます。もちろん字は読めないですから 写真だけですが。 日本中で走る電車の名前を覚えてくると 雑誌では、物足りなくなり、お父さんと一緒に 自分のカメラで写真を撮りたくなるのです。 ミニ鉄道博士の誕生です。 彼らは自分で写真を撮り、アルバムを作るのです。 中には、鉄道マニアの雑誌に投稿している子供も います。ミニ写真家なのです。 もちろん、このままプロになれる人は ごくわずかです。大半の作品は下手でしょう。 それでも、暑くても寒くても、 駅や線路の近くで、何時間もたった一本の電車を 待ったり、そうかと思えば、お目当ての電車に向かって 一目散で突っ走って行くのです。 ものすごいエネルギーを感じます。 こんな子供たちは、鉄道だけに限りません。 自動車や音楽、スポーツ、絵画、最近はコンピューターにもいます。 いろんな分野にいるのです。 他のことは何も知らないけれど、 そのことなら、朝から晩まで目をこすりながらでも頑張る。 最近の子供はひ弱だと言われますが彼らは違います。 平均点の子供より、アンバランスな子供の方が 生命力は強いのです。たくましいのです。 このことは、大人も同じです。 これからは、平均点でナヨナヨ生きるより アンバランスで貪欲に行きぬく時代です。
2004.01.04
コメント(2)
5年ほど前に会ったY君の話です。 当時、サラリーマンを辞めて商売を 始めたばかりの私に対して、Y君は すでに有名企業の取締役でした。 同い年の私に対して、彼は、 憎たらしいほどの自信をギラギラさせて言いました。 「私に追いついてください。追いつけるものなら・・・」 こんなY君の就職活動時代の話です。 大学卒業を控えた頃の Y君は体力には絶対の自信がありました。 でも、勉強には全然自信ありません。 とりあえず、三流大学は卒業できそうですが 問題は就職です。 家に帰ると、お父さんは酒で赤くなった顔で。 「毎日、新聞の証券欄に社名が載る会社に入れ。 入学試験は勉強だが、就職試験は情熱があれば 何とかなるはず」 「オヤジの時代とは違うよ」 Y君は逃げるように自分の部屋に飛び込みます。 とは言え、 昭和30年代に大学を卒業して 大手新聞の記者になったお父さんには、 どうしても気が引けます。 実はY君、どうしても入社したい会社がありました。 Sという外食チェーンです。 会社説明会で社長の話を聞いて、 「これだ」 と思ったのです。 当時、5つしか店を持っていない小さな外食チェーンに 賭けたいと思ったのです。 「この社長の会社なら、きっと新聞の証券欄に、 毎日、社名の載る会社になる」 そう思って入社試験を受けたのですが、 あえなく不合格。 しょんぼりしていると、息子の様子が変だと 思ったのでしょう。お父さんが、また真っ赤な顔で。 「本当のこと、教えてやろうか。 ワシは、今でこそデスクと呼ばれて 社内で威張っているが 入社試験は落ちた。貧乏で アルバイトばっかりで勉強なんか できなかったからな。 それでも、新聞記者になりたいからな。 ワシ、新聞社の前で座り込みした。 1週間くらいたった日。 当時のデスクが、ワシの肩を叩いた。 天丼を食べさせてくれた。 それで、教えてくれた。 どうしても、この会社に 入りたいならロシア語をマスターして 来年来い。 ワシは、その言葉に賭けた・・・ それから、1年、必死で ロシア語を勉強した。 若い頃、5年間ほど、ソ連に飛ばされたりしたが 夢は果たした・・・」 その話を聞いたY君。 翌日から、志望する外食チェーンの 受付で朝9時から社長が出社するのを 待つことにしました。ガードマンに 追い出されたりしたこともありましたが 「一度でいい、あの社長会うまでは・・・」 Y君は意地になって毎朝受付の所に行きました。 1週間2週間過ぎても社長に会えません。 なんと1ヶ月ほど過ぎた日、 Y君はやっと社長に会わせてもらえました。 社長室に通された彼は、 この会社を志望した理由を一生懸命に話して 「情熱だけは負けません」 と締めくくりました。 このY君は、10年後、同期では 一番早く27歳でこの会社の取締役になりました。 そして、この会社はY君入社15年目のある日、 新聞の証券欄に社名を載せました。
2004.01.03
コメント(0)
「ああ・・・暑い暑い、ここは極楽ですね」 汗だくになって事務所に入って来た武田に 「はい、これ」 里子は自分のハンカチを渡した。 それを見て、口の悪いの部長が バーコードのようになった頭をなでながら 「俺には、そんなことしてくれなかったな」 と言うと、反射的に 「娘の婿にと思って・・・」 里子は嘘をついていた。 同じ職場で外回りをしている15歳年下の武田は 好みのタイプだった。 少し内気な所があるのも、可愛く感じていた。 「申し訳ないです。お借りします」 武田は里子から借りたハンカチで顔から吹き出るような汗を拭いた。 実は、里子は1日おきに、このハンカチを武田に貸している。 武田は借りたハンカチを翌朝には、きれいに洗濯し アイロンをかけて返してくれた。そのハンカチを 里子が1日使って、きれいに洗ってアイロンをかける。 そして、また武田に手渡す。この単純な繰り返しが もう恋など諦めかけていた里子にとっては ささやかな武田との恋のキャッチボールのつもりだった。 まだ入社1年目で、部でたった一人の20歳代の武田は 部の誰に対しても頭が上がらなかった。 しかし、営業成績は3ヶ月目からトップクラスで、 「滅多に人を誉めない社長がニコニコだぞ」 と本社の会議から帰ってきた部長が感心して いる優秀な社員でもある。 そんな実力にも関わらず、部内ではペコペコして 先輩たちのタバコを買いに走ったりしている。 里子は15年前に夫に先立たれてから、娘を育てながら この会社で事務員をしている。そんな娘も、来春、 高校卒業だそうである。再婚の話も何度かあったが、 娘のことを考えて踏み切れず、もうすぐ40の声を 聞くところに来てしまった。 ある日、里子は武田を飲みに誘った。 「武田君は、若いからいいねえ。 こんなオバちゃんとデートして楽しい」 「あ、これってデートだったんですか。 はい、光栄です」 武田は飲んでも、まったく変わらなかった。 里子は、かなり酔ったようで 「おんな一人で子供を育てるのが、どんなに 大変なのか知ってる?」 など言って、若い武田を困らせた。 「はい・・」 と返事をしてはいるが、半分逃げ腰である。 帰り道、フラフラになった里子は、武田とともに タクシー乗り場まで歩いた。タクシー乗り場の 手前で里子がつまづいた。武田が支えてくれた。 武田の手が里子の手に触れた。 「大丈夫ですか」 と武田は里子の背中を支えている。 武田の手の感触が、電気のように ジリジリ里子の体内に染みてくる。 里子は、武田の手を払いのけた 「放っといて・・一人で帰れるから 女一人だと思ってバカにしないで」 どうして、そんなことを言うのか 里子自身にも分からなかった。 かなりキツイことを言ったと あとで後悔した。 「すみません」 と言うだけで武田は、申し訳なさそうに 里子の乗ったタクシーを見送っていた。 それから数日後、武田は辞表を提出した。 どうやら、自分で小さな会社を始めるらしい。 会社の近所の居酒屋であった送別会、里子は 「少しだけ時間いいですか」 と武田に呼び出された。会社の近くの公園には 白衣を着た女の子が待っていた。 彼女は同じビルに入っている歯科に勤めて いる女の子で里子も何度か見かけたことがある 「どうしても、里子先輩には会って頂きたくて」 と里子に言うと武田は白衣の彼女に 「僕の憧れの人・・・」 と冗談っぽく微笑み、里子に 「来春、結婚するんです僕たち」 と言った。 里子は、「そう、おめでとう」と言いながら たぶん20歳くらいに見える白衣の彼女の 若さが羨ましかった。 翌朝、里子が出勤すると里子の机の上には 昨日武田に手渡したハンカチがきれいに畳んで 置いてあった。そのハンカチを手に取ると里子は ふと何かに気づいたらしく 「武田君がハンカチにアイロンなんかしないよね」 と呟いた。
2004.01.02
コメント(0)
中だるみって言葉がある。 まさに美由紀はそうだった。 成績優秀で医師になっている兄と ミスコンで優勝した一つ年下の美人の妹に挟まれた 美由紀は、これと言って取り柄のない女の子だ。 子供の頃から、優秀な兄と比較されて嫌な思いを したモノだ。そんな兄が独立してから、今度は 妹と比較されるようになった。 「見た目だけは、私の責任じゃないわ」 学校が終わってからすぐに家に帰るのも 面白くないので、美由紀はアルバイトを始めた。 アルバイト先は駅前にあるシックなバーだった。 「自分から言うのも変だけど、しゃれた名前のバーで、 常連客も付いている。客の質もいいので、酔っぱらいに 絡まれる心配もないよ」 と面接の時にちょび髭のマスターに言われて、 「そんなら・・・」 と軽く始めたバイトだった。 「この頃、遅いんじゃない・・」 「どこ寄り道してるんだ・・・」 と両親に心配げに言われながらも、 うまく誤魔化して何となく続けていた。 マスターはレゲエが死ぬほど好きで 朝から晩まで、準備中から閉店まで、 あのチャラチャラチャチャ・・・ のリズムがバーに流れていた。 最初は、何て変な曲だと思っていた美由紀だが 毎日毎日聞いている内に、だんだん好きになり はまってしまった。 初めは、週3日のつもりだったが、 毎日行くようになり、 とうとう学校も休むし、 友達を放って日曜日も行くようになり、 ついでに、美由紀はマスターも好きになってしまった。 さらに悪いことに、大学も単位が足らなくて 両親に無断で辞めてしまった。 「もう、何て子でしょ」 事情を知った美由紀の母は、大泣きした。 父も苦虫を噛みつぶしたように渋い顔をしていた。 しかし、たった一つ幸いしたことは、 マスターはちょび髭で不真面目そうだが 実に律儀な人間で 「娘さんを下さい。必ず幸せにしますので」 と畳に頭をすりつけて、両親にお願いしてくれた。 そこまでされると、両親も弱い。 無事結婚する事になった。 新婚旅行? 「もちろん」と美由紀は言った。 二人の旅行先はレゲエの故郷ジャマイカだった。 ヘイ!チャラチャラチャチャ・・・
2004.01.01
コメント(0)
全31件 (31件中 1-31件目)
1