F&B 腐向け転生パラレル二次創作小説:Rewrite The Stars 6
薄桜鬼 昼ドラオメガバースパラレル二次創作小説:羅刹の檻 10
黒執事 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧の騎士 2
天上の愛 地上の恋 転生現代パラレル二次創作小説:祝福の華 10
黒執事 転生パラレル二次創作小説:あなたに出会わなければ 5
YOI火宵の月パロ二次創作小説:蒼き月は真紅の太陽の愛を乞う 2
薄桜鬼 現代ハーレクインパラレル二次創作小説:甘い恋の魔法 7
火宵の月 転生オメガバースパラレル 二次創作小説:その花の名は 10
薄桜鬼異民族ファンタジー風パラレル二次創作小説:贄の花嫁 12
薄桜鬼ハリポタパラレル二次創作小説:その愛は、魔法にも似て 5
天上の愛地上の恋 大河転生パラレル二次創作小説:愛別離苦 0
火宵の月 BLOOD+パラレル二次創作小説:炎の月の子守唄 1
PEACEMAKER鐵 韓流時代劇風パラレル二次創作小説:蒼い華 14
黒執事 異民族ファンタジーパラレル二次創作小説:海の花嫁 1
火宵の月 韓流時代劇ファンタジーパラレル 二次創作小説:華夜 18
火宵の月×呪術廻戦 クロスオーバーパラレル二次創作小説:踊 1
薔薇王韓流時代劇パラレル 二次創作小説:白い華、紅い月 10
薄桜鬼 ハーレクイン風昼ドラパラレル 二次小説:紫の瞳の人魚姫 20
天上の愛地上の恋 転生昼ドラパラレル二次創作小説:アイタイノエンド 6
鬼滅の刃×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:麗しき華 1
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:鳳凰の系譜 1
薄桜鬼腐向け西洋風ファンタジーパラレル二次創作小説:瓦礫の聖母 13
コナン×薄桜鬼クロスオーバー二次創作小説:土方さんと安室さん 6
薄桜鬼×火宵の月 平安パラレルクロスオーバー二次創作小説:火喰鳥 7
天上の愛地上の恋 転生オメガバースパラレル二次創作小説:囚われの愛 8
天上の愛地上の恋 昼ドラ風時代パラレル二次創作小説:綾なして咲く華 2
ツイステ×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:闇の鏡と陰陽師 4
天愛×腐滅の刃クロスオーバーパラレル二次創作小説:夢幻の果て~soranji~ 0
ハリポタ×天上の愛地上の恋 クロスオーバー二次創作小説:光と闇の邂逅 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:月の国、炎の国 1
天愛×火宵の月 異民族クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼と翠の邂逅 0
陰陽師×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:君は僕に似ている 3
黒執事×ツイステ 現代パラレルクロスオーバー二次創作小説:戀セヨ人魚 2
黒執事×薔薇王中世パラレルクロスオーバー二次創作小説:薔薇と駒鳥 27
薄桜鬼×刀剣乱舞 腐向けクロスオーバー二次創作小説:輪廻の砂時計 9
火宵の月×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想いを繋ぐ紅玉 54
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生パラレル二次創作小説:最愛~僕を見つけて~ 1
バチ官腐向け時代物パラレル二次創作小説:運命の花嫁~Famme Fatale~ 6
FLESH&BLOOD×黒執事 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧の器 1
腐滅の刃 平安風ファンタジーパラレル二次創作小説:鬼の花嫁~紅ノ絲~ 1
天愛×薄桜鬼×火宵の月 吸血鬼クロスオーバ―パラレル二次創作小説:金と黒 4
黒執事×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:悪魔と陰陽師 1
火宵の月 戦国風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:泥中に咲く 1
火宵の月 地獄先生ぬ~べ~パラレル二次創作小説:誰かの心臓になれたなら 2
PEACEMAKER鐵 ファンタジーパラレル二次創作小説:勿忘草が咲く丘で 9
FLESH&BLOOD ハーレクイン風パラレル二次創作小説:翠の瞳に恋して 20
火宵の月 異世界ファンタジーロマンスパラレル二次創作小説:月下の恋人達 1
天上の愛地上の恋 現代転生パラレル二次創作小説:愛唄〜君に伝えたいこと〜 1
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ風パラレル二次創作小説:黒髪の天使~約束~ 3
火宵の月 異世界軍事風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:奈落の花 2
天上の愛 地上の恋 転生昼ドラ寄宿学校パラレル二次創作小説:天使の箱庭 5
天上の愛地上の恋 昼ドラ転生遊郭パラレル二次創作小説:蜜愛~ふたつの唇~ 0
天上の愛地上の恋 帝国昼ドラ転生パラレル二次創作小説:蒼穹の王 翠の天使 1
名探偵コナン腐向け火宵の月パラレル二次創作小説:蒼き焔~運命の恋~ 1
FLESH&BLOOD ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の花嫁と金髪の悪魔 6
火宵の月 和風ファンタジーパラレル二次創作小説:紅の花嫁~妖狐異譚~ 3
天上の愛地上の恋 昼ドラ風パラレル二次創作小説:愛の炎~愛し君へ・・~ 1
黒執事 昼ドラ風転生ファンタジーパラレル二次創作小説:君の神様になりたい 4
天愛×火宵の月クロスオーバーパラレル二次創作小説:翼がなくてもーvestigeー 2
魔道祖師×薄桜鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:想うは、あなたひとり 2
火宵の月 昼ドラハーレクイン風ファンタジーパラレル二次創作小説:夢の華 0
薄桜鬼腐向け転生刑事パラレル二次創作小説 :警視庁の姫!!~螺旋の輪廻~ 15
FLESH&BLOOD ハーレクイロマンスパラレル二次創作小説:愛の炎に抱かれて 10
PEACEMAKER鐵 オメガバースパラレル二次創作小説:愛しい人へ、ありがとう 8
天上の愛地上の恋 現代昼ドラ転生パラレル二次創作小説:何度生まれ変わっても… 0
薄桜鬼腐向け転生愛憎劇パラレル二次創作小説:鬼哭琴抄(きこくきんしょう) 10
薄桜鬼×天上の愛地上の恋 転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:玉響の夢 5
黒執事×天上の愛地上の恋 吸血鬼クロスオーバーパラレル二次創作小説:蒼に沈む 0
天上の愛地上の恋 現代転生ハーレクイン風パラレル二次創作小説:最高の片想い 5
バチ官×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:二人の天使 3
FLESH&BLOOD 現代転生パラレル二次創作小説:◇マリーゴールドに恋して◇ 2
YOI×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:皇帝の愛しき真珠 6
火宵の月×刀剣乱舞転生クロスオーバーパラレル二次創作小説:たゆたえども沈まず 2
薔薇王の葬列×天上の愛地上の恋クロスオーバーパラレル二次創作小説:黒衣の聖母 3
火宵の月×薄桜鬼 和風ファンタジークロスオーバーパラレル二次創作小説:百合と鳳凰 2
薄桜鬼×天官賜福×火宵の月 旅館昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:炎の宿 2
薄桜鬼×火宵の月 遊郭転生昼ドラクロスオーバーパラレル二次創作小説:不死鳥の花嫁 1
薄桜鬼×天上の愛地上の恋腐向け昼ドラクロスオーバー二次創作小説:元皇子の仕立屋 2
火宵の月 異世界ファンタジーパラレル二次創作小説:碧き竜と炎の姫君~愛の果て~ 1
F&B×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:海賊と陰陽師~嵐の果て~ 1
F&B×天愛 昼ドラハーレクインクロスオーバ―パラレル二次創作小説:金糸雀と獅子 1
F&B×天愛吸血鬼ハーレクインクロスオーバーパラレル二次創作小説:白銀の夜明け 2
天愛 異世界ハーレクイン転生ファンタジーパラレル二次創作小説:炎の巫女 氷の皇子 1
相棒×名探偵コナン×火宵の月 クロスオーバーパラレル二次創作小説:名探偵と陰陽師 1
天愛×火宵の月陰陽師クロスオーバパラレル二次創作小説:雪月花~また、あの場所で~ 0
名探偵コナン×天上の愛地上の恋 クロスオーバーパラレル二次創作小説:碧に融ける 0
天愛×F&B 昼ドラ転生ハーレクインクロスオーパラレル二次創作小説:獅子と不死鳥 1
天愛 夢小説:千の瞳を持つ女~21世紀の腐女子、19世紀で女官になりました~ 0
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「一体あなたさまの娘御に、何が起きたのです?」「娘が急に高熱を出しまして・・どうか、お助けくだされ!」 門の向こうから聞こえてくる男の声は何やら切迫している様子で、良安は門を開けようかどうか迷った。「門主様、最近娘が急病だと偽り、押し入ってくる賊がここら界隈で増えているそうです。ご用心なされませ。」「龍平、そなたはどうして人を疑うのや?」「わたくしは門主様の命をお預かりする身でございます。外で賊の仲間が門主様が扉を開けるのを今か今かと待っているやもしれませぬ。」「そんなことはなかろう。」良安は溜息を吐くと、手を閂へと伸ばした。「安心して下され、今門を開けますゆえ。」「ありがたや、ありがたや!」 門が開いた途端、僧兵は外から出て周囲の様子を探ったが、そこには誰も居なかった。「おかしいですな、確かに先ほど人の声が聞こえたのですが・・」龍平がそう言って良安のほうを見ると、彼は薄汚い身なりをした男に刃を突きつけられていた。「おのれ、やはり貴様ら賊か!」龍平は薙刀の刃先を男に向けると、彼は勝ち誇ったかのような笑みを口元に浮かべた。「動くでないよ!」背後から鋭い声が聞こえたかと思うと、男の背後から一人の老婆が現れた。「あんたの大切な門主様のお綺麗な顔に傷をつけたくなかったら、大人しくおし!」「おのれ、門主様から離れぬか、この下郎どもめ!」「あんたの望みを聞く前に、あたしたちの望みを聞いて貰おうか?ここに千尋っていう白拍子が居るだろう?その女をあたしたちの元に差し出しな。そうしたら門主様を解放してやるよ。」「彼らのことを聞いてはならん、龍平!わたしはどうなってもええ!」「ですが、門主様・・」「さぁ、ぐずぐずしている暇はないよ、あたしたちは気が短くてねぇ、さっさと女を差し出さないとこいつが門主様を殺しちまうかもよ!」龍平を脅迫しながら、老婆はにぃっと口を歪めて笑った。「あいつら、お前を買った人買いか?」「ええ。」 一方、門での一部始終を見ていた喜一は、そう言って千尋を見た。「どうしてわたしの居場所がわかったのでしょう?」「誰にも知られていない筈なんだがな・・あいつら、本気で門主様を殺す気だ!」「わたくしが、門のところに参ります。」「やめろ、そんなことしたら・・」「門主様をはじめ、寺の者達はわたくし達によくしてくださいました。ですから今度は、わたくしが彼らを助けたいのです。」千尋はそういうと、喜一に向かって微笑んだ。「座長、短い間でしたが、お世話になりました。」「何を言ってやがる、今生の別れの言葉みてぇに・・」喜一はそう彼女に怒鳴りながらも、あふれ出る涙を袖口で拭っていた。「さぁ、どうする?」「くそぅ・・」 一方、門の所では龍平と人買い達が互いにその場から動かずに睨みあったままだった。「あんた、さっさと殺しておしまい。帝が身罷られた今、この御方が次の帝となる筈だったのにねぇ、残念だ。」「龍平、わたしをここに置いて子どもらを連れて寺から逃げよ。」「それは出来ませぬ、門主様!わたしは門主様にこの命を捧げておるのです!死ぬのなら共に!」「何という師弟愛だろう、感動するねぇ。でもそれも、今宵限りだよ。さぁあんた、やっておしまい!」男の刃が良安の首筋に振り下ろされようとしたとき、千尋が月明かりの下、姿を現した。「門主様をお放しなさい、わたくしはここにおります。」そう言った彼女の瞳は、蒼く光っていた。
2013年09月17日
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その夜、千尋は夢の中で歳三に再会した。「歳三様・・」千尋が歳三に話しかけると、彼は俯いたまま何も言わない。「どうされたのです?」千尋がそっと彼の肩を叩くと、ゆっくりと彼が自分の方へと振り向いた。彼女は思わず息を呑んだ。歳三の顔は死人のように蒼褪めており、全く生気が感じられなかった。「千尋・・」歳三はそう言うと、そっと千尋の頬を撫でた。その手は、まるで氷のように冷たかった。「一体、何があったのです?内裏上空にみたあなた様のお姿は、幻なのですか?」「千尋、許してくれ、俺は・・」歳三が何かを言いかけようとしたその時、彼の背後から鋭い女の爪が現れた。「妾以外の女に目をくれることなど、許さぬ!」いつの間にか二人の背後に、黒衣の女が忍び寄っていた。「そなたが、鬼の末裔か!」女はそう言って千尋を睨みつけ、威嚇するかのように舌を出した。まるで蛇のような二股の舌が、今にも己の首に巻きついてきそうで、千尋は悲鳴を上げて歳三から後ずさった。「ふふ、そのように妾を怖がるか、鬼の末裔の娘が。かつてこの国を思うようにしておった民の血をひく者とは思えぬな!」「黙れ・・貴様、歳三様に何をした!」千尋がそう言って女を睨みつけると、千尋の瞳が蒼く光った。「行くぞ、歳三。この女には用はない。」女は歳三の手を取り、何処かへと立ち去ろうとしたが、歳三は千尋の前から一歩も動こうとはしなかった。「千尋、これを・・」歳三は、そっと千尋の髪に何かを挿した。「お待ちくださいませ、歳三様!」「どうされたのです、千尋さん?」悪夢から目が覚め、千尋が寝床から飛び起きると、そこには良安が心配そうな顔で彼女を見つめていた。「いいえ、何でもありません。悪い夢を見てしまって・・」「そうですか・・それよりも千尋さん、その首の痣は一体・・」良安に尋ねられ、初めて千尋は首に赤紫色の痣が残っていることに気づいた。その手は、女のものに見えた。夢に見たあの女が、千尋を殺そうとしたのだろうか。(一体あの女は何者・・)「誰か、お助けくだされ!」外から誰かが乱暴に門を叩く音が聞こえた。「あなたはここで待っていてください。」「はい・・」 良安が門を開けようとすると、僧兵が警護の為、彼の背後に控えた。「どなた様でいらっしゃいますか?」「お願いです、わたしの娘をお助けくださいませ!」 門の外から、男の切羽詰ったような声が聞こえた。
2013年09月17日
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(まさか、気のせい・・)千尋が内裏上空に見た人影を、もう一度良く目を凝らしてみると、確かに“それ”は居た。 烏帽子を被り、紅い直衣を纏った男は、歳三だった。千尋は声を上げそうになるのを必死で堪え、部屋の中へと戻った。「どうされたのですか?」「いいえ、何でもありません。」「そうですか・・」良安はそう言うと、千尋を心配そうに見た。「門主様、大変でございます!」「どうしたのや?」「先ほど帝が・・帝が身罷られました!」部屋に飛び込んできた僧侶の言葉を聞いた良安の顔が強張るのを、千尋は彼の隣で見ていた。「帝が身罷られたって・・」「そりゃ本当かい?」「こりゃぁ、えらいことになったねぇ・・」帝の急死を知った市井の者達は、そう囁きを交わしながら内裏上空を見た。「ほほ、見よ。あの者達の慌てぶりを。」「ええ、普段は肩で風を切って威張り散らしている連中の慌てぶりようは滑稽でございます。」歳三はそう言うと、女御に笑みを向けた。 数時間前、二人は帝の寝所へと向かった。「主上。」「う・・」病臥に伏せて痩せ細った帝は、恐怖で顔をひきつらせながら女御を見た。「お前は、既に死んだはず・・」「黄泉の国から戻ってまいりました・・あなたに復讐する為に!」そう言った瞬間、女御の全身から黒い瘴気が満ち溢れ、彼女の黒髪が帝の頚動脈を締め上げた。悲鳴をあげ、血泡を噴いて悶え苦しみながら帝が死ぬさまを、女御は嬉々とした表情を浮かべながら見ていた。「もう用は終わったぞ。」「はい・・」「いい気味だ!」女御は高笑いすると、帝の死体を蹴った。「これであなた様の恨みは晴れましたでしょうか?」「まだだ、まだ足りぬ!妾の恨みはまだこんなものでは晴れぬ!」そう言って自分の方へと振り向いた女御の目は、まるで蛇のように赤くなっていた。「さぁ、参りましょう。」「貴様は先に行っておれ。妾にはまだ後宮で用がある。」「は・・」「そなたも恨みを晴らすのじゃ。」女御は歳三の手をそっと握ると、くるりと彼に背を向けて帝の寝所から出て行った。 内裏上空に発生した黒い霧が濃くなり始めたのは、その時だった。
2013年09月17日
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「おやあんた、帰ってきたのかい。」自分に向ける刺々しい口調とは違い、男に向ける“たき”の声音は甘いものであった。「ああ。思いのほか仕事が片付いたからな。」男はそう言うと、千尋を見た。「この別嬪さんは誰だ?」「ああ、こいつはさっきあたしが買った女だ。」「ふぅん・・」「あんた、もしかしてそいつに気があるのかい?浮気なんかしたら許さないよ!」“たき”は狐のように目を吊り上げると、男の肩を叩いた。「痛てぇな、そんなこと思ってねぇよ。」「本当だね?」彼女は見た目からすれば60歳以上に見えるが、そんな歳でも若い男を前にして好色な視線を送っていた。「さてと、播磨にでも行こうかね。」「ではわたくしもお供いたします。」「ふふ、そうこなくちゃね。折角高い金と引き換えに買ったんだもの、あんたに逃げられちゃ元も子もないからねぇ。」“たき”はそう言うと、再び千尋に冷たい視線を送った。 こうして千尋は彼女達とともに播磨へと向かったが、その途中大雨に降られて足止めを食らってしまい、不機嫌になった“たき”は、千尋に当り散らした。「こんな簡単なことも出来ないのかい、この愚図め!」千尋に雑用を言いつけては、“たき”は何かと難癖をつけ、彼女を殴った。「まぁたあの女にやられたのかい?」外で彼女に殴られた頬を千尋が水で冷やしていると、あの男が彼女の肩を叩いた。「気にしておりませんから。」「あんた、鬼族の末裔だろう?」男の言葉に、千尋の顔が強張った。「ふぅん、やっぱりねぇ。その髪と瞳の色・・何処かで見たかと思ったら、やっぱりそうだったのか。」男は嬉しそうに笑うと、千尋の顔を覗き込んだ。「一体何が望みなのです?」「別に何も。まぁあの婆さん相手じゃ勃たないから、あんたがその代わりを務めてくれればいいんだが・・」男はそう言うなり、千尋に覆いかぶさった。「やめて、離して!」「どうせこんなところで声を上げたって、誰も助けやしないよ!」千尋は男の顔を爪で引っ掻くと、彼は憤怒の形相を浮かべ、彼女が着ていた絹の片袖を破ろうとした。彼女は男の股間を膝蹴りし、彼が痛みに呻いている隙にその場から逃げ出した。「そんなことが・・」「ええ。捨てる神あれば拾う神あり・・わたしは座長に助けられました。このご恩は一生返してゆくつもりです。」千尋がそう言ったとき、突然地の底から轟くような雷鳴とともに、激しく地面が揺れ始めた。「な、なに!?」「地震か!?」「見ろ、内裏が燃えているぞ!」 良安と千尋が外に出ると、内裏から炎の手が上がっていた。「何ということだ・・」千尋は内裏上空に、何者かの気配を感じた。
2013年09月17日
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「帝のご容態、芳しからず・・その上、内裏上空の黒い霧は晴れない・・」「大殿、聡子姫様のご容態も快方に向かわれるどころか、ますます重くなるばかりで・・薬師様たちも皆匙を投げておいでです。」頼道は家人の言葉を聞きながら、深い溜息を吐いた。一体この京はどうなってしまうのだろうか。後宮へと向かってから、歳三の消息が急にわからなくなるし、聡子姫は病に臥せり、加持祈祷の効果も全くない。(歳三め、一体何処に隠れておるのだ!)どう足掻いても何も改善されぬ状況に陥り、いつしか頼道は今回の出来事を歳三の所為にしようとしていた。(あれほどわしが恩をかけてやったというのに、仇で返すつもりか!)頼道の中で、歳三への怒りが徐々に湧き上がりはじめていた。「千尋ちゃん、門主様がお呼びだよ。」「門主様が?」一夜の宿を提供して貰った礼に、千尋が寺の庭を掃除していると、女達に呼ばれて彼女は門主の部屋へと向かった。「門主様、千尋でございます。」「来ましたか、どうぞ中へ。」「はい、失礼いたします。」千尋が襖を開けて部屋の中に入ると、良安は写経をしているところだった。「お話とは、何でございましょう?」「千尋さん、あなたの素性を調べさせていただきました。」良安は写経の手を止めぬまま、淡々とした口調でそう話しながら千尋を見ると、彼女の顔が少し強張っていた。「何故、そのようなことをなさったのです?やはりわたくしをお疑いに?」「いいえ。ただ、座長さんから聞いた話によると、あなたは人買いに売られる途中で逃げ出したとか。何故そのようなことになったのか、わたしに詳しく話してくれませんか?」「ひとつだけ、条件がございます。このことは決して、誰にも口外なさらないと約束してくださいますか?」「ええ、神仏に誓って。」千尋は深呼吸すると、一座に加わった経緯を静かに話し始めた。 あの夜―歳三の帰りを邸で待っていたとき、千尋は数人の男達に黒い布を顔に被せられ、拉致された。彼らは土方家当主である歳三の養父が密かに雇った暗殺者であった。だが、暗殺者達は彼女を殺さず、右京を根城にしている人買いの“たき”という老婆に千尋を売りに行った。「ふぅん、なかなかの上玉じゃないか。成る程、あの陰陽師様が首っ丈になるのも解る気がするね。」“たき”は、千尋の全身を舐め回すように見ると、そう言って金が入った袋を受け取った。「さてと、あんたを何処で売ろうかねぇ・・」「触るでない、この下郎!」千尋は“たき”の手を邪険に払いのけると、怒り狂った彼女は千尋の横っ面を張った。「あんたはあたしに売られたんだ!二度とあたしにそんな生意気な口を利くんじゃないよ!」「おい婆さん、えらく騒がしいと思ったら、客かい?」戸代わりの筵がばさりと上げられ、部屋の中に妙に顔が整った男が入ってきた。
2013年09月17日
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「あの、お願いというのは・・」「大体のことは、町の者から聞いております。わたし達は宿を提供いたします。」「ありがとうございます、もしご迷惑なら・・」「そんなことをおっしゃらないでください。あなた様と会えたのは、御仏がめぐり合わせたご縁です。」良安はそういうと、千尋に優しく微笑んだ。「そうかい、泊まれることになったのかい。」「やっぱり寺の坊さんは貴族の旦那と違って寛大で慈悲深いや。」「そらそうさ。坊さん達はあたしら流れ者にも優しいんだ。」取り敢えず雨風を凌げる宿が見つかったと聞いた一座の者達は、皆一様に安堵の表情を浮かべた。「どうも初めてお目にかかります、わたくしはこの一座の座長を務めている喜一と申します。この度は宿を提供していただき、ありがとうございます。お礼の代わりといっても何ですが、我らの芸をとくとご覧あれ!」喜一の挨拶とともに、軽業師達が芸を見せ、稚児たちは目を輝かせながらそれに魅入っていた。「ささ門主様、酒をどうぞ。」「申し訳ありませんが、わたくしは酒が飲めませぬ。」「何と、そうとは知らずに申し訳ないことを。」「あなた方が来てくださり、本当に助かっております。普段写経や修行に明け暮れる稚児たちの目が、あんなにも輝いているのは生まれて初めて見ました。」良安はそう言うと、猿回しの芸を見る稚児たちを眺めた。「そういやぁ、門主様は大層子どもらに好かれておるという噂ですが・・」「わたくしは子どもが好きなのです。人は生まれながらにして悪党のものはおりませぬ。それと同時に、純真な心を大人になるまで保ち続けるのは難しい。しかし、それだからこそ純真な子どもらの心を守りたいのです。」「ほう・・それはいいですね。わしら一座の者は、貧しい家から口減らしに出されたり、一升枡の白米と引き換えに売られたりした者が多くてねぇ。昼夜問わず芸を叩き込まれ、寝る間も惜しんで鍛錬を積んで・・この歳になるまで色々とありました。」喜一はそういうと、盃を満たしていた酒を一気に飲み干した。 二人が話し込んでいる内に、白拍子たちの舞と今様が始まった。舞い踊る白拍子たちの中で、金髪翠眼をした千尋が一際目立っていた。彼女の声はとても澄んでおり、舞も美しかった。「彼女の舞は、何処か人をひきつけるものがありますね。」「ええ。舞だけじゃなく、所作も美しい。本人は播磨に流れ着くまでのことは一切話してくれませんでしたが、何処かの人買いに売られる途中で、逃げ出したんでしょうなあ。」 喜一はそう言うと、千尋と初めて会った日のことを思い出した。いつものように一座の仲間ととともに芸を披露していると、突然千尋が喜一の背後に隠れたのだった。「どうした?」「どうか、お助けくださいませ・・」そう言った千尋は衰弱した様子で、着ていた上質な衣にはあちこち泥に塗れ、激しく誰かと争ったのか、片袖が取れかけていたし、その上足は衣と同様泥だらけで、擦り傷がいくつかあった。見目麗しい女が人買いに売られる前に逃げ出した、という話をよく聞いていた喜一は、千尋を匿い一座に入れることにしたのであった。「白拍子になる前は、どこかの貴族に仕えていた女房ではないかと思うんですよ。和歌や囲碁にも通じているし、筝や琵琶も奏でられる。ありゃぁ、市井の女じゃねぇ。」「あなたは彼女を播磨で拾ったと聞いておりますが・・」「本当のところはわかりませんがね、門主様。この世にはわしらのように必死に生きている人間も居るってことですよ。」喜一はそういうと、また酒を飲み干した。「今夜はゆっくり眠れそうだねぇ。」「ああ。しかも風呂まで貸してくれるなんて、門主様は素晴らしい方だよ。」宴が終わった後、女達は上機嫌な様子で眠りに就いた。千尋はそっと部屋の外から出ると、内裏の上空ではまだ黒い霧が覆っていた。「さぁ、起きるがよい。」「う・・」歳三がゆっくりと目を開けると、そこは暗闇に包まれていた。「ここは?」「妾とそなた、二人きりの世界じゃ。もう誰も我らを邪魔するものはおらぬぞ。」女御は、そう言うと歳三の唇にそっと自分の唇を落とした。
2013年09月17日
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後宮で突如発生した黒い霧は、市中にまで及んでいた。「嫌な霧だねぇ、まったく。全然晴れやしない。」「そうだねぇ。一体どうなってるんだか。」千尋達が京を後にしようと荷車に荷物を詰め込みながら女達がそう口々に言いあっていると、霧の中から軽業師の太一が走ってきた。「どうしたんだい、そんなに慌てて?」「さっきそこで聞いたんだけどよ、帝がお倒れになったんだとさ!」「へぇ、そうかい。でもあたし達には知ったこっちゃないよ。」太めの女がそう言うと、仲間の女達も彼女の言葉に頷いた。「それがよぉ、役人が言うには、帝が回復なさるまで京を出るなっていうお触れが出たんだとよ。」「なんだってぇ!?」「それじゃぁあたし達に死ねっていうのかい!?」流れ者である一座は、一定の場所には留まらず、一時期ある場所で芸を披露し、また別の場所へと流れるのが普通だった。つまり、移動できずに京に留まることになると、彼らにとっては死活問題となるのである。「どうしましたか?」「千尋ちゃん、役人がふざけたお触れを出しちまって、京から出られないんだってさ!」「まぁ、困りましたね。あの一件以来、わたくし達に宿を提供してくださる方もおられないというのに。」女達から事の顛末(てんまつ)を聞いた千尋は、そう言って溜息を吐いた。「ねぇ、あの門主様に頼んでみたらどうだい?」「あの門主様と申されますと?」「ほら、あんたが男に殴られて怪我の手当てをして貰った方さ!あの方なら、何とかしてくれるだろうさ!」「ですが、門主様のご迷惑にはならないでしょうか?この前のことは、少し伺っただけでしょう?今回は事情が違いますし・・」「こんなところでグダグダ言っても、状況は変わらないよ。さぁ、行っておいで!」女達に尻を半ば叩かれながらも、千尋は再び京安寺の門前に立った。「あの・・」「貴様、何奴?」寺を警護しているいかつい僧兵が薙刀を握り締め、仁王像のような鋭い目で千尋をにらみつけた。「門主様は、おられますか?」「いや。それよりも貴様、名は何と申す?」「わたくしは・・」「何をしているのや、龍平。」「門主様、この者が門主様に御用だと・・」僧兵の背後から、良安がすっと千尋の前に歩み出た。「お久しぶりでございます、門主様。実は、お願いがあってまたこちらへ伺わせていただきました。」「そうですか。では、こんな場所ではなんですから、どうぞ中の方に。」「はい。」「門主様、なりませんぞ。このような氏素性のわからぬ女を寺に入れては・・」「そなたは黙っておれ。」良安の言葉に、僧兵はムッとした顔をし、悔しそうに唇を噛み締め、千尋とともに彼が寺の中へと入っていくのを見送った。
2013年09月17日
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歳三は蛇女と化した女御から逃げようと、己の首に巻きついている彼女の黒髪を太刀で切り落としたが、それはまるで蜥蜴(とかげ)の尻尾のように再び生えては彼の首を締め付けた。「無駄なことよ、妾の髪からは決して逃れられぬ!」(くそっ、一体どうすれば・・)何とかこの状況を打破する為にはどうすればよいのか、歳三は必死に考えていた。しかし、その間にも女御の黒髪は歳三を窒息させようとますます首を締め付け始めた。「どうした?もう妾に恐れをなし、命乞いをする気になったか?」シューッと息を吐きながら、女御はそう言って歳三の顔を覗き込んだ。紅い目は勝利を得た輝きで爛々と光っていた。「何故、人をいつまでも恨むのです?」「妾には決して落ち度がなかった。それなのにあの女たちに理不尽な目に遭わせられたのじゃ。貴様かて、誰かを憎んだり、恨んだりしたであろう、違うかえ?」「お、俺は・・」あなたとは違う、といおうとした歳三は、その言葉が喉元に出そうになったが、言うのを止めた。その代わりに、彼の脳裏にいつも心の奥底に封じ込めていた辛い記憶が、まるで堰を切ったかのように溢れ出した。―お前なんか、死ねばいい!―あんな子、学はあるけれど可愛げ気がない。幼い頃から自分を密かに傷つけてきた、周囲の心無い言葉。自分だけに向けられた、冷たい氷のような視線。自分は何も悪いことはしていないのに、出自の所為で理不尽に迫害される辛さ。「そうじゃ、もっと憎め、恨め!自分を不幸にし、迫害してきた周囲の者を!」女御の言葉が、無意識に歳三の中に眠る負の感情を呼び起こさせた。―そうだ、自分は何も悪くはない。―悪いのは自分を迫害してきた周囲の者達だ。「滅んでしまえばよいのじゃ!あの女たちも、帝も、この国も!皆のたうち回り、苦しみ、全身から血と膿を流し妾の足元で許しを乞うて死ねばよいのじゃ!」後宮の淀んだ瘴気が、女御の高笑いによってますます黒く、濃くなっていった。「みんな・・死ねばいいんだ・・」「そうじゃ。そなたも妾と同じ気持ちであろう?どんな聖人君子でも、負の感情は抱えておるものじゃ。貴様とて例外ではないはず。」歳三が俯いた顔を上げると、そこには蛇女ではなく、生前の美しい女御の姿があった。かつて帝の寵愛を欲しいままにし、“日の本一の美女”と謳われた花のかんばせを歳三に向けた彼女は、にっこりと彼に微笑んだ。「さぁ、妾の手を取るがよい。」歳三の手は、無意識に女御の白魚のような美しい手に伸びた。「それでよい。そなたはもう妾のものじゃ。」 女御に抱き締められた歳三は、静かに闇の中へと意識を落としていった。
2013年09月17日
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歳三が後宮に足を踏み入れると、凄まじい腐臭が彼の鼻を突いた。 普段は女達の話し声でかしましいそこは、気味が悪いことに静まり返っており、人の気配が全くしなかった。歳三は背後から強烈な視線を先ほど感じながらも、そちらを振り向こうともせずに聡子姫が居る梅壷へと向かった。「誰か、居るのか!?」歳三が御簾の中に声を掛けても、誰も答える者は居なかった。「う・・うぅ・・」何処からか、しわがれた呻き声が聞こえ、歳三はあたりを見渡すと、白い霧の中から一人の老女が現れた。「どうなされた、しっかりしろ!」「どうか・・お助けください・・」老女はそう言うと、ゴボリと血泡を噴いて地面に倒れた。「おい、しっかりしろ!」歳三は老女の身体を揺さ振ったが、もう彼女は息絶えていた。(くそっ、一体どういうことなんだ!)舌打ちしながら、歳三は老女の両手を胸の前で組ませると、静かに彼女の冥福を祈った。その時だった、あの藤原邸の宴で感じた、凄まじい瘴気を感じたのは。ひたり、ひたりと、誰かがゆっくりと歳三の前に近づいてきた。「何奴!」「そなたが、土方歳三か?」 歳三が振り向くと、そこには黒衣を纏った美しい女が立っていた。いや、美しかったのだろう、彼女の右頬には醜い火傷痕が残っていた。「お前は?」「妾は、かつてここを、いや、後宮中を取り仕切った女じゃ。」「梅壷女御様でおられますか?」「覚えておいてくれたか、嬉しや。ここに居る者は、もう妾のことなど忘れておる。あの忌まわしき女達の所為で、妾は後宮を追い出され、国母になるという夢も潰(つい)えた。だが妾を陥れた女達は、のうのうと何の罰を受けずに暮らしておる。憎い、憎くて仕方ない・・」後宮の前責任者である梅壷女御の怒りが、ひしひしと彼女の全身から伝わってきた。「女御様、どうかおやめくださいませ。あなたの怒りや恨みはよくわかります。ですが、今を生きる者達に害をなすのは・・」「黙れ!貴様などに何がわかる!宮廷を牛耳るほどの力を持つ貴様などに、妾の気持ちなどわかるまいて!」梅壷女御の長い黒髪が蛇のようにとぐろを巻いたかと思うと、それは大きくうねると歳三の首を締め付けた。「妾は、そなたのような温室育ちの公達が何よりも憎い!あの女も、憎くて堪らぬ!」女御の顔はもはや人間のものではなく、蛇のように鱗が生え、彼女の目は赤く光っていた。「妾の邪魔をするものは、誰一人として許さぬ!」口から二股の舌をチロチロと出しながら、女御はシューッと息を吐いた。
2013年09月17日
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「あら?」「どうなさいましたか、姫様?」「今、外から猫の鳴き声がしたのよ。」「気のせいですわ。」「そうね・・」確かに御簾の外から視線を感じたが、聡子は幽霊など居る訳がないと恐怖で萎えた心を奮い立たせ、そこから視線を外して御帳台の中へと入っていった。“あれが、藤原家の娘・・綺麗な女じゃ・・妾もかつて、美しかった・・” 御簾の外から、一人の女がそっと醜い火傷のあとが残る顔を撫でた。“憎らしい・・帝も、この国も!”女はそう叫ぶと、その場から煙のように掻き消えた。「おはようございます、姫様。」「おはよう。昨夜の嵐は酷かったわね?」「嵐、でございますか?」「あら、あなた覚えていないの?昨夜激しい嵐があったじゃないの。」「いいえ、嵐などありませんでしたよ。」「えっ・・」昨夜の嵐について聡子がそう女房に話すと、彼女は怪訝そうに首を傾げた。「そう、わたしの気のせいかしら?」「きっとお疲れなのでございましょう?最近は立て続けに宮中行事が続きましたものね。」「ええ、そうね・・」気のせいなんかではない。昨夜、確かに嵐が吹き荒れる音を聡子は聞いたのだ。だが、それを周囲のものは聞かなかった。では、あの嵐は一体なんだったのであろうか。「歳三様、急ぎ宮中に参内なされませ!」「どうしたんだ、一体?」「梅壷の者達が急な病に倒れ臥したとのこと!」「何だと!?」斎藤からの一報に、歳三はすっかり眠気が覚め、慌てて身支度をして宮中へと参内した。「頼道様、歳三が参りました。」「歳三よ、大変なことが起きたぞ。」「大変なこと・・でございますか?」歳三がそっと顔を上げると、頼道は苦渋に満ちた表情を浮かべていた。「今朝早く、梅壷の女房達が原因不明の腹痛に襲われた後床に臥せった。」「聡子姫様も、ですか?」「ああ。倒れ臥す前、聡子は傍仕えの女房に、“黒い衣を纏った女を見た”と言った。」「“黒い衣を纏った女”?」「ああ・・わしは、亡き梅壷女御の呪いによるものだと思っておる。さぁ、そなたは今回の事件をどう見る?」頼道はそう言って険しい眼光を歳三に向けた。「後宮に、入れますでしょうか?被害状況を見ませんと・・」「そうか。あそこは瘴気に満ちておる。特別に出入りを許すが、くれぐれも気をつけよ。」「御意。」 頼道の許しを得て、歳三は瘴気に満ちた後宮へと足を踏み入れた。
2013年09月17日
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「伯父上様。」「おお、美津子か。どうであった、土方と会って。」 宇治の別荘を歳三たちが辞したあと、頼道が空に浮かぶ月に対して一句歌を詠んでいる時、美津子姫が彼の元へとやって来た。「あのお方は、いつ見てもお美しいですね。御簾越しでも緊張致しました。」「そうであろう。そういえば、あの者と並んでとある寺の門主が、美貌の持ち主だとか。」「まぁ、そうなのですか?」「ああ。まぁあくまで噂だがな。」頼道はそう言うと、溜息を吐いた。今頃入内した聡子姫も、この月を愛でているのだろうかと思いながら、頼道は邸の中へと入った。「まぁ、綺麗な月だこと。」「そうでございますわね、姫様。」 一方、入内し梅壷女御の元に仕えている聡子は、御簾越しに月を眺めながら溜息を吐いた。 入内してから数週間経つが、入内したときについてきた数人の女房達以外、誰も気を許すものは居ない。 時の権力者である頼道の“娘”ということで、迂闊にも口を滑らせるとその首が飛んでしまうと思っているからなのか、誰も聡子には話しかけようとはしなかった。 父のお陰でこんな奥まった世界でも一目置かれる聡子であったが、その所為で一種の息苦しさを感じてもいた。(わたくしは、一体どうしてこんなところに来てしまったのかしら?)何故父が急に自分を入内させようとしたのか、聡子にはいまだに解らなかった。それに入内などしたくはなかった。入内したところで、他の女達のように帝の子を産み、国母となる夢を抱くことなどはじめからしなかった。 何故なら、自分は男なのだから。聡子の実母―頼道の正妻は、聡子をこの世に産み落としてからまもなく他界し、男児であることを頼道は世間から隠し、姫君として名を“総司”から“聡子”へと変え、一歩も外には出さなかった。 しかし裳着の儀を終え、聡子が成人を迎えたとき、帝から早く入内させよとの文が毎日届き、それに根負けした父が聡子を入内させたと、傍仕えの女房から聞いた。「全く、殿は一体何をお考えなのでしょう?聡子様を後宮に、しかも梅壷などに・・」 入内が決まった夜のこと、女房の一人がそうこぼして悔しそうな顔をしていたことを聡子は急に思い出した。梅壷といえば、先の女御が帝の寵愛を奪う為に恋敵に陥れられ、憤死したことで知られていた。その女御の怨念ゆえに、後宮の女達は密かに梅壷を“伏魔殿”と呼んでいる。古参の女房達の話によれば、“夜な夜な女の泣き声が庭の方から聞こえる”、“女御が飼っていた猫の恨めしい声が聞こえる”など、怪奇現象が起こるという。だが後宮の女達が退屈しのぎに怪談話を作り、窮屈な暮らしの憂さを晴らしているのだと、聡子はその話を本気にはしなかった。「姫様、早くお休みになられませ。」「ええ、わかっているわ。」御簾に聡子が背を向けようとしたとき、外から猫の鳴き声と、茂みから物音がした。
2013年09月17日
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「さぁ、どうぞ。」 僧侶によって連れて行かれた寺は、立派なものだった。「あの、わたくしここでよろしいですから・・」「いえいえ、お気になさらず。さぁどうぞ。」僧侶がそう言って千尋の手を引いて門の中へと入ろうとしたとき、一人の稚児が彼らの方へとやってきた。「門主様、こちらにおられたのですか!」「おや慶安、見つかってしまったね。」僧侶―京安寺門主・良安は溜息を吐いて稚児を見た。「今までどちらへいらしていたのです?弘安様達が探しておりましたよ!」「そうか。」良安はやれやれと思いながら、稚児とともに寺の中へと入っていった。「門主様がお戻りになられたぞ!」「門主様!」「門主様~!」 千尋が良安とともに寺の中へと入ると、数人の稚児たちが良安の姿を見るなり彼の方へと駆け寄ってきた。「これこれお前達、離れておくれ。」「嫌です~」「門主様、遊んでくださりませ!」どうやら良安は稚児たちに大変好かれているらしい。「門主様、この方は?」稚児たちの視線が良安から千尋へと移った。「このお方は、偶然わたしが助けたのや。皆、仲良うしなさい。」「はぁい。」「さぁさぁ、もう写経の時間やろ。早う行きなさい。」良安の言葉に、稚児達はちらちらと千尋の方を興味深げに見ながら部屋から出て行った。「すいません、やんちゃな子ども達が多くて。」「いいえ。」「では、あちらで怪我の手当てでも。」「は、はい・・」良安は千尋を自室へと入ると、彼女に薬湯を飲ませた。「もうこれで大丈夫でしょう。」「ありがとうございました。」千尋はそう言って良安に頭を下げると、寺から出て行った。「遅かったじゃないか、千尋。一体どうしたんだい?」「すいません、怪我の手当てを門主様にして貰いまして・・」「門主様ってのは、あの京安寺の?」「ええ。それがどうかしましたか?」「いやぁねぇ、あの門主様、大層お綺麗な顔をしているだろう?だからねぇ、色々と噂があるんだよぉ。」「噂ですか?」「ああ、何でも男色家に尻を狙われているとか、何とか。」「まぁ、あのお綺麗な顔じゃぁ仕方ないねぇ!」「そうでしょうね。」千尋は仲間達の話を聞きながら、優しい顔をした良安が自分に向ける眼差しを思い出していた。「それでは、失礼いたします。」「どうぞお気をつけて。」 結局、歳三は頼道の別荘から辞したのは日が暮れる前だった。「あ~、疲れた。」「そうですね。もしかして、これも大殿様と頼道様の陰謀かもしれません。」「そうかもな。」歳三は牛車の中で溜息を吐いた。
2013年09月17日
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「いえ・・わたくしは・・」「さあ、遠慮なさらず。」僧侶は有無を言わさずに千尋の手を掴むと、寺があるほうへと歩いていってしまった。その途中、彼らは一台の牛車とすれ違った。「歳三様、いかがなされましたか?」「いや、なんでもない。」さっき千尋が歩いていたような気がしたが、気のせいだったのだろうか―歳三はそう思いながら、今朝届いた藤原家からの文に目を通していた。 その文には、聡子姫の遠縁にあたる姫君が病に臥せ、回復の見込みがないというものであった。「それにしてもあのお方は歳三様を何だと考えていらっしゃるのか。何かにつけて歳三様を呼び出してはこき使って・・」「よせ、一。権力者にうまく取り入るのも陰陽師の仕事だってあの人も言ってるじゃねえか。」「それはそうですが・・」何処か不満げな顔をした一はなおも言い募ろうとしたが、歳三の顔を見てやめた。「歳三、よう来てくれた。礼を言うぞ。」「いいえ。」 二人が藤原家の別荘がある宇治へと着くと、主である頼道はそう言って使用人に目配せした。「頼道様、聡子姫様の遠縁の姫君様というのは?」「ああ、美津子姫なら東の対屋におる。一度会うがよい。」「は、はぁ・・」何処か煮え切らない頼道の態度を不審に思いながらも、歳三は美津子姫が住まう東の対屋へと向かった。「すまぬが、美津子姫とお会いしたいのだが・・」「土方様ですね。少しお待ちくださいませ。」そう言うと美津子姫つきの女房は、すっと奥へとさがっていった。「姫様、土方様がお見えです。」「そう。お通しして。」御簾の向こうから、澄んだ声が聞こえた。「失礼いたします、美津子姫様。頼道様からの文によると、最近体調がすぐれませぬとか・・」「はい、そうなのです。」御簾の向こうから美津子姫の声がしたかと思うと、衣擦れの音が歳三の耳元で聞こえた。「あなたに恋をした、あの日から。」 頭上から声がしたと思った歳三が顔を上げると、そこには美津子姫が立っていた。艶やかな黒髪は床に届くほどの長さで、何処となく聡子姫に似ているが、瞳の色は違った。「お会いしたかった、歳三様・・」「美津子姫様?」突然美津子姫から手を握られた歳三は、戸惑いながらも彼女の顔をじっと見た。「何でしょうか、歳三様?」「いえ・・お話とは・・」「お話などありませんわ。ただあなたにお会いしたかっただけですの。お忙しいところわざわざ来てくださってありがとう。」「そうですか・・」美津子姫と話している内に、歳三は頼道が美津子姫と自分を引き合わせようとして嘘を吐いたことに気づき始めていた。(一体、頼道様の狙いは何だろう?)そう思いながらも歳三は、頼道の別荘から辞することが出来なかった。
2013年09月17日
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腰に太刀を下げた男達が邸に乱入し、宴は騒然となった。「貴様ら、一体何やつじゃ!」「我らは次郎座!そなたらの財宝を奪いに来た!」頭と思しき男がそう言って太刀を振りかざすと、彼の背後に控えていた男達が一斉に邸の中へと押し入った。公達たちの前に置かれた膳はぶちまけられ、舞台で舞っていた白拍子達は悲鳴を上げて散り散りになって逃げ惑う間にも賊達は邸の中から金目になる物を根こそぎ奪っていった。「何たること・・やはりあやつらを家に入れたから、災いを招いたのだ!」公達が吐き捨てるかのような口調でそう言うと、怒りに震える扇で一座を指した。「今すぐその者どもを追い出せ!そやつらは禍事を運ぶ鬼ぞ!」「お待ちくだされ、我らは何も・・」「ええい、黙れ!」家人達によって、一座の者達はまるで野良犬のように邸から追い立てられてしまった。「二度と都に来るでない!」「お願いです、せめて今宵の宿だけでも・・」「くどいわ!」目の前で扉が閉まり、一座は溜息を吐いた。「全く、なんだってんだよ!おいら達は何もしてねぇのにさ!」「はぁ・・」「みんな、余り気を落とさないほうがいいよ!次があるんだからさ!」「そうだね。」一座はそう言うと、すごすごと公達の邸の前から立ち去っていった。 だが、彼らが次の公達の元へと向かうと、芸を披露するどころか門前払いされた。どうやら昨夜の公達が手を回しているらしく、彼らはたちまち旅金が底を尽き、播磨に戻ることも、京に留まることもできずにいた。「あ~あ、腹減ったよぉ。」「一体この先、どうなるんだか・・」「ええ・・」一座の者達は、溜息を吐きながら橋の下に座っていた。「千尋は?」「ああ、あいつなら酒を買いに行かせたよ。」「でも戻るのは遅くないかい?」「それもそうだねぇ・・」 千尋は一座の者達のために酒を買いに戻りに向かっている途中、一人の公達とぶつかった。「すいません・・」「おぬし、鬼憑きの娘ではないか!」公達はそう言うと、千尋の腕を引っ張った。「何をなさいます!」彼と争っているうちに、頭部を覆っていた布が落ち、鮮やかな金髪が露になった。「鬼じゃ!」「何だと・・」公達が騒ぎ始めると、通行人たちがそれに反応して騒ぎ始めた。「お止めなさい!」突然向こうから声がして地面に蹲っていた千尋が顔を上げると、そこには稀有な美貌を持った僧が立っていた。「お怪我はありませんか?」「はい・・」「酷い怪我をなさっておいでだ。この愚僧の寺で手当てでもして差し上げたいのですが、宜しいか?」そう言った僧侶は、花が綻ぶかのような笑みを千尋に浮かべた。
2013年09月17日
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はて、この御仁はどなただろうかと歳三が首を捻って思い出そうとしたとき、公達はそそくさと彼の元から去っていった。(何だ、あいつはぁ?)歳三が陰陽寮へと入ると、聡子姫の一件が広まっていたので、彼は同僚達の無遠慮な視線に耐えなければならなかった。「土方様、聡子姫様の件ですが・・」「是非お聞かせ願いたい・・」その日は一日中、歳三は公達から廊下ですれ違う度に質問攻めにあい、漸く休めたのは邸に戻ってからだった。「今日は疲れたぜ。」「そうでございましょう。何せ聡子姫様の件であなた様の名が都中に広まってしまいましたからね。大殿は大喜びですが。」「ふん、それはそうだろうよ。」歳三は自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。 養父は、歳三のことを疎ましげに思いながらも、その反面歳三の呪力に頼っている。かつては高名な陰陽師であった養父だったが、加齢とともに呪力も衰え、彼の実子たちも高い呪力を持たず、かつての己の地位は歳三にとって代わられていった。「千尋、居ないのか?」「歳三様!」一にたしなめられ、歳三はまたいつもの癖で千尋のことを呼んでしまった。自分の傍にもう彼女は居ないと思っても、何故か千尋の面影ばかりが浮かんでしまう。「そういえば、播磨から白拍子の一座が上洛したようです。」「播磨から?」「ええ。一座の中に、金髪の白拍子が居るようです。」「それは、千尋か?」「さぁ・・その目でお確かめになった方がよろしいでしょう。」何処か含みを持たせたかのような言葉を放つと、一は歳三の部屋から出て行った。(なんだ、あいつは?)彼の言葉が気になった歳三は、一度その一座を見てみようと思った。そんな矢先、彼はあの公達に宴に招かれた。「土方殿、今宵は播磨から白拍子の一座を呼んでおる。皆、楽しむがよい。」公達はそう言って手拍子を打つと、中央の舞台から数人の白拍子たちが舞扇を顔の前に翳(かざ)して登場した。今様の音色があたりを包む中、白拍子の中でやや長身のものがすっと前に出てきて、顔の前に翳していた扇をさっと下ろした。(千尋!) その白拍子の姿は、紛れもなく千尋だった。千尋と歳三の目が合った。彼女は何かを言いたそうな表情を一瞬浮かべたが、すぐさま平静な表情を取り戻し、舞い始めた。「どうだ、美しかろう?」「は、はい・・」千尋がすぐ自分の目の前に居る―その事実に感動で打ち震えながら彼女の舞を見ていた。 宴が終盤に差し掛かったとき、突然数人の男達が邸に乱入してきた。「なんだ、貴様達は!?」
2013年09月17日
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千尋が姿を消してから、数日が経った。「義父上、千尋を何処へやったのです!?」「歳三、あの女のことは忘れよ。それよりも聡子姫様の件はどうなった?」歳三が義道に千尋の事を問いただすと、彼はそれには答えず、頼道から依頼された仕事のことを聞いてきた。「あの琵琶のことでございますが、今は亡き梅壺女御様の怨念強く、一筋縄ではいきません。」「そうか・・では、聡子姫が入内されるまで解決せよ。」「解りました・・」歳三は何処か煮え切らない思いを抱えながら、養父の部屋から出た。「歳三様。」渡殿を歩いていると、一が歳三の方へと駆け寄ってきた。「どうした、一?」「聡子姫様が体調を崩されたと、使いの者が文を。」「そうか。ではすぐに馬の用意を。」「御意。」 歳三が馬で藤原邸へと向かうと、聡子付の女房が歳三の元へとやって来た。「聡子姫様のご容態は?」「先日から高熱を発し、下がりませぬ。どうか、姫様をお助けくださいませ!」彼女の案内で聡子姫の部屋へと通された歳三は、この前の宴の時に感じた瘴気が肌を刺すのを感じた。(これは・・)よく部屋を見渡すと、黒い瘴気が部屋中に立ち込めており、片隅に固まっている瘴気は微かに人型になっていた。「聡子姫に呪詛を掛けているのはお前か?姿を現せ!」歳三が筮竹を人型の瘴気に向かって投げると、女の悲鳴が部屋中にこだまし、瘴気は瞬く間に霧散した。「何だ、今の声は!?」悲鳴を聞きつけた頼道が娘の部屋へと駆け込むと、歳三が御帳台の前に立っていた。「姫様はご無事です。」「そうか、感謝するぞ。歳三よ、これからも聡子を守ってやってくれ。」「御意・・」あの人型の瘴気の正体が何なのか解らないが、取り敢えず聡子の命の危機が去ったことだけでもよしとしよう。 聡子の病は快方へと向かい、数日後彼女は予定通り入内することとなった。「おい、あれは・・」「藤原家の三の姫、聡子様ではないか。」御所へと向かう道すがら、華やかな衣を牛車の隙間から見せた聡子の姿を人目見ようと、沿道に多くの人々が集まってきた。その群集から少し離れたところに、一人の女が立っていた。市女笠を目深に被った女は、憎悪に満ちた視線を聡子へと送った。「これで済むと思うな・・恨みはまだ晴らしておらぬぞ。」女はそう呟くと、すぅっと消えていった。 一方、謎の男達によって拉致された千尋は、京から遠く離れた播磨で、白拍子として一座に加わっていた。金髪蒼眼の芸達者な白拍子はたちまち人々の間で評判となり、一座は上洛することとなった。「京に上るなんて、おいら生まれてから考えてもみなかったよ。」「本当だねぇ。」そう言いながらはしゃぐ仲間達の姿を横目に見ながら、千尋は歳三に想いを馳せていた。「土方殿、おはようございます。」聡子が入内した翌日、出仕してきた歳三に一人の公達が声を掛けてきた。「あなたの有能ぶりは皆口々に褒め称えておりますよ。先の聡子姫様に憑いていた怨霊をお祓いになられたのも、土方殿とか?」「ええ、まぁ・・」狐のような顔をした公達に、歳三は愛想笑いを浮かべた。
2013年09月17日
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「その琵琶、あの梅壺女御様のものでございましたね。」「ああ、そうだが・・女御様のことを知っているのか?」「知っているもなにも、あの女は己の欲望のために我が一族を滅ぼしたのです。あの女の強欲な顔は、今も憶えております。」千尋は吐き捨てるようにそう言うと、琵琶から視線を外した。 どうやら彼女は、梅壺女御に深い恨みを抱えているらしい。「なぁ千尋、一体何があったんだ?お前の一族を滅ぼしたのは誰だ?」「それは申し上げたくはございませぬ。それよりも歳三様、三の姫様とはいずれ夫婦になるつもりでございますか?」「馬鹿言うな、俺にはお前しかいねぇよ。それに聡子様は近々入内される身だ。第一、頼道様が俺のような身分の男に大切な娘をくれてやるとお思いにならぬだろう。」「それはそうでございますね。つまらぬことをお聞きいたしました。ではお休みなさいませ。」千尋はそう言って歳三の脇を通り抜け、部屋から出て行った。(何だ、千尋の奴・・最近何処かおかしいな。)歳三は首をかしげながら、御帳台に横になった。 翌日、一は一通の文を千尋に届けに彼女の部屋へと向かった。「千尋、文だ。」「どなた様からの文にございますか?」「さぁな。」「そうですか。」一から文を受け取った千尋は、部屋の隅へと向かってそれを読んだ。 その文は、帝の使者からのものだった。「我が家の女房・千尋を入内させよと?」「そうじゃ。近々藤原家の三の姫様の入内に於いて、美しき女子を集めよと主上が仰せでな。我が家には姫がおらぬ故、千尋に白羽の矢が立った。」「千尋が後宮に?」養父・義道の話を聞いた歳三は、思わず眉を顰めた。「何を驚くことがある?千尋のような美しき女子はこの世には居るまい。帝でなくとも何処かの高貴な方の目に留まれば、我が家の誉れぞ。」「しかし義父上・・」「歳三、余りあやつに入れ込みすぎて、陰陽師としての仕事の手が鈍っておるようだな?」そう言って自分を見つめた義道の目が、一瞬険しく光った。「義父上、そのようなことは決して・・」「ならば千尋を入内させよ。」義道はさっと立ち上がると寝殿から出て行った。「歳三様・・」歳三が部屋へと向かおうとすると、千尋が不安そうな顔で彼を見ていた。「心配すんな。お前のことは俺が守ってやる。」歳三はそう言って千尋を抱き締めた。「どうなさいますか、父上?」「千尋を入内させても歳三とは別れぬだろうな。人買いにでも売らせるか・・」義道は口元を歪めて笑うと、実の息子と共に渡殿から去っていった。「今夜は少し遅くなるから、先に寝ておけよ。」「わかりました。では行ってらっしゃいませ。」千尋はいつものように出仕する歳三を見送ると、自分の部屋へと戻っていった。 その夜、彼女が自分の部屋で寝ていると、足音が渡殿の方から聞こえた。「歳三様、もうお帰りになられて・・」千尋が外を見ようとした時、誰かが自分の顔を布で覆った。悲鳴を上げ、暴れまわる千尋の鳩尾を、別の誰かが殴った。(歳三様・・)愛しい人の笑顔を脳裏に浮かばせると、千尋は意識を失った。「千尋、帰ったぞ。」 帰宅した歳三がそう千尋に呼びかけても、返事はなかった。「千尋?」不審に思った歳三が千尋の部屋へと向かうと、そこには誰も居なかった。「千尋、何処に居るんだ?隠れてないで出て来いよ!」歳三は邸中を探し回ったが、千尋の姿は何処にもなかった。
2013年09月17日
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「頼道様、土方歳三が参りました。」「よい、おもてをあげよ。」頼道にそういわれ、歳三が顔を上げると、彼の隣には一人の少女が座っていた。年の頃は十五,六といったところか、艶やかな黒髪はまるで鴉の濡れ羽のように美しく、その髪と同じ黒い双眸はじっと歳三を見つめていた。「頼道様、そちらの方は?」「こいつは、わたしの三の姫、聡子じゃ。こんな時間にそなたを呼んだのは、聡子について色々と困ったことがあってのう。」「困ったことにございますと・・?」「実はな、聡子は近々入内する身でな。だがそれを阻もうとする輩がおるのだ。」頼道はそう言って扇を開くと、溜息を吐いた。「都で聡子についての悪い噂が広まってしまってな・・その噂によれば、“聡子は鬼憑きの娘”じゃと。事実無根も甚だしいわ。」「そのようなことがございましたか・・」歳三は頼道の話に相槌を打ちながら、これまで一言も発さない聡子を見た。「聡子様。」「あ、はい・・」歳三に話しかけられ、聡子はそう言うと恥ずかしそうに顔を伏せた。「一体何故あなた様が、“鬼憑きの娘”と呼ばれるようになられたのでございますか?」「それは、この琵琶の所為でございましょう。」聡子は壁に立て掛けてあった琵琶を歳三に手渡した。「少し拝見いたします。」聡子から琵琶を受け取った歳三だったが、それは何の変哲もない琵琶だった。「何ら変わらぬ琵琶のように思えますが?」「そうであろう。じゃが、その琵琶の前の持ち主は、帝に呪詛をした梅壺女御のものらしいのじゃ。」「梅壺女御様の?」歳三は頼道の言葉を聞いて眉をひそめた。 梅壺女御といえば、かつて後宮を牛耳ったほどの有能な女性だったが、敵対する藤壺女御の讒言(ざんげん)により、土佐へと流刑となり、そこで憤死したといわれている。その梅壺女御の琵琶が、何故聡子の元にあるのか。「ある者が、この琵琶を聡子に渡したらしいのじゃ。」「ある者、とは?」「御簾越しで顔は判りませんでしたが、墨染めの衣を纏っておられました。」墨染めの衣を纏っていたということは、何処かの寺に務める僧侶なのだろうか。「他に何か思い出せるものは?」「いえ、何も・・」「そうですか。ではこの琵琶を暫く預からせていただきます。」歳三は聡子の琵琶を預かると、邸へと戻った。「お帰りなさいませ、歳三様。その琵琶はどなたの?」「頼道様の三の姫、聡子様のものだ。何やら曰くつきのものらしくてな、暫く預かることにした。」「そうですか。」千尋は少し肩眉を上げて歳三を見たが何も言わずに部屋へとさがっていった。(まだ一の言ったこと気にしてやがるのか?)「歳三様、お帰りなさいませ。」「一、まだ起きてたのか?」「ええ。少しお話したいことがございまして。」「千尋のことなら、もういい。」「いえ、その話ではなく、その琵琶のことでして・・」一はそう言うと、歳三が持っている琵琶を指した。「お前、この琵琶を見たことがあるのか?」「ええ。何でもある寺の僧侶が、今は亡き梅壺女御様と昵懇の仲であったという噂を小耳に挟んだことがございます。」(梅壺女御様と昵懇の仲だった僧侶ねぇ・・)僧侶のほうを洗えば、何か判るかもしれない。歳三がそう思いながら部屋に入ると、御帳台を背にして千尋が座っていた。「千尋、どうした?」
2013年09月17日
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「千尋、少し話がある。」「何でございましょう?」 翌朝、千尋が他の女房達とともに針仕事をしていると、御簾の向こうで一の声が聞こえてきたので、彼女はそっと御簾の近くへと向かった。「斎藤様、申し訳ありませんが暫くお待ちいただけますか?」「わかった。」千尋が一に背を向けて同僚達の元へと戻ると、彼女達は好奇心を剥きだしにしながら千尋を見ていた。「何じゃ?言いたいことがあればこの場で言えばよい。」「千尋様、昨夜は歳三様とまぐわっておいででしたね?」まだ土方家に入ったばかりの年若い女房が、そう言って千尋の反応を待っていた。「愛する者同士がまぐわって何が悪い。そなたこそ、想う相手が居らぬのか?」「いえ・・わたくしは・・」千尋の反撃にあった女房は口をモゴモゴとさせ、部屋の隅へと下がっていった。「大殿様は、一体どこの姫君様を歳三様に宛がうおつもりなのでしょうねぇ?」「さぁ・・大殿様は強欲なお方だから、どこぞの公卿の姫君様をとお考えなのでしょうね。」「まぁそうでしょう。いくら千尋様と歳三様が昵懇の仲といえども、所詮は使用人ですもの。」本人の前で悪意ある言葉をぶつける女房達に対し、千尋はふんと鼻を鳴らした。「そなたら、わたくしが世間知らずの生娘と思うておるのなら、それは間違いじゃ。自分の身の程など弁えておるわ。」千尋はさっと立ち上がると、部屋から出ていった。「千尋様、どちらへ?まだ仕事は終わっておりませぬ。」「仕事ならとうに済んだ。手よりも口を動かしてばかりのそなたらとは違うのよ。」口端を上げて千尋がそう言って笑いながら女房達を見ると、彼女達は悔しそうに唇を噛み締め俯いた。彼女は衣擦れの音を立てながら、歳三の部屋へと向かった。「若、いつまであの者をここに置いておくつもりなのです?」「何だ、藪から棒に。」和琴の絃を張り直し、歳三が音色を確かめていると、一が部屋に入ってくるなりそう尋ねてきた。 彼とは幼い頃から共に過ごしてきた実の兄弟同然の存在であったが、一は生真面目で几帳面な性格で、裏を返せばとんでもない頑固者だ。歳三に対して畏敬の念を抱き、彼の命令ならばどのようなことでも従う忠実さがあるのだが、それが少し鬱陶しいと思うことがある。「あの千尋とかいう女、聞けば先の鬼狩りで討たれた鬼の一族の末裔とか。そのような者を傍に置かれるなど・・」「うるせぇな。俺は千尋を離す気なんざさらさらねぇんだ。」歳三がそう言ったとき、千尋が滑るように部屋に入ってきた。「来たか、千尋。」「成る程、お話とはそういうことでしたか。」そう言って千尋はくすりと笑うと一を見た。「お前にははっきり言うておくが、これ以上ここに居られても迷惑だ。歳三様が良いと思うておっても、わたしを含めこの家の者達はお前を歓迎せぬ。その事を覚えておくがよい。」「承知いたしました。ですが、男と女のことは一様には解かりますまい。」「どういう意味だ?」一の眦が上がると、千尋は彼を見た。「わたくしと歳三様との事に、口を挟まないでいただきたいのです。」「一、 もう下がれ。」「ですが歳三様・・」「下がれと言っている。」「わかりました・・」苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら、一は歳三の部屋から出ていった。「まぁあいつの言うことは気にするな。それよりも千尋、縁談のことだが・・」「わたくしは気にしておりませぬので、ご安心を。」「そうか・・ならいいんだが。支度を手伝ってくれるか?」「ええ。」 歳三の身支度を手伝い、彼の艶やかな黒髪を千尋が柘植の櫛で梳いていると、従者の実道(さねみち)が部屋に入ってきた。「失礼いたします、歳三様。頼道様から文が届いております。」「そうか。」実道から文を受け取った歳三が頼道からの文を読み進めてゆく内に、徐々に表情が険しくなっていった。「どうかなさいましたか?」千尋がそう言って歳三の顔を覗き込むと、彼は文を読み終わるとそれをくしゃくしゃに丸めて床に捨てた。 千尋がそれをそっと拾い上げて文を読むと、そこにはとんでもないことが書かれてあった。「これは、一体・・」「全く、ふざけた爺だぜ。」歳三は苛立ちを脇息にぶつけるかのように、それを拳で殴った。文には、今すぐ自分の邸に来るようにとだけ書かれてあった。「どうなさるのです?もう出仕のお時間が・・」「行くさ。どうせ大した用じゃねぇんだろ。じゃぁ、行ってくる。」「行ってらっしゃいませ。」 三つ指を突いて千尋は歳三を見送ると、邸の中へと戻っていった。
2013年09月17日
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「今宵は早いお帰りでしたね。」湯殿から女房達を締め出した千尋は、そう言うと歳三の方へと向き直った。「ああ。あの爺の相手なんざしたくなかったからな。去り際にやつに手を撫でられて気分が悪いったらありゃしねぇ。」「我慢なされませ。頼道様との繋がりは重要なものですから。少しお戯れなど気になさらずに。」「そうか。それよりも千尋、俺が居ない間何があった?」「実は、大殿様がこちらにおいでになられて、歳三様にいいご縁談があるとおっしゃられました。」「縁談か・・暫くは結婚したくねぇんだけどなぁ。でも親父殿は俺に期待していやがるから、無理か。」歳三はそう言って溜息を吐くと、湯船に浸かった。 幼い頃両親を亡くし、父方の親戚筋である土方家に養子と引き取られた歳三は、陰陽師としての天賦の才能を持っていた。それもその筈、彼は母親を妖狐に持つ、半人半狐の身なのだから。何でも歳三の母は齢三千年の美しい妖狐で、その色香で敵である父を誑かし歳三が産まれたと、何度も親戚達から聞かされているが、当の両親が既に亡くなっていたため、歳三にはいまいちその話が何処か遠くの出来事のように思えてならなかったのだ。 やがて物心つく頃に、次第に親戚達が自分をどう思っているのかを歳三は嫌でも感じるようになった。家を裏切り、一族から破門された父親と、彼を惑わした妖狐との間に生まれた罪の子。忌まわしき害悪の種。 彼らが自分を見る目は、いつも侮蔑に満ちていた。養父である義道は何かと気をかけてくれているものの、彼の事を快く思わない義道の息子達に何かと嫌がらせをされたことがあるが、今では歳三の事を完全に恐れている。 義道が自分に縁談を持ち出したのは、いずれは自分を土方家の次期当主にしようと思っているからだろう。別に家督など継がなくともよいと、歳三は思っていたが、周囲は違うらしい。「顔が曇っておられますね。何か考え事でも?」ふと我に返ると、千尋が歳三の顔を覗き込んでいた。「いや、もし結婚したらお前はどうするのかなぁって・・」「愚かなことを。わたくし以外の女を娶らないと申し上げたのは、何処のどなたです?」千尋の翡翠の双眸に見つめられ、歳三は溜息を吐いた。「そうだったな。」「まぁ大殿様のお気持ちは解らないでもありませんが、使用人としてわたくしをお認めになられても、土方家の嫁としてはわたくしを決してお認めになられないのでしょうね。」千尋はそう言うと、鬱陶しそうに前髪をかきあげた。金髪に翡翠の双眸という、人ならざぬ容貌を持っている千尋は、鬼の血をひいているからだ。彼女の両親は熊野と奥州、それぞれの地を治める鬼の一族に名を連ねる者達だったが、先の鬼狩りで彼らは一族もろとも討伐されてしまい、一人だけ生き残った千尋は盗賊まがいのことをして日々の糧を得ていたが、歳三と出逢い、彼の元に身を寄せるようになった。「親父殿からは俺が言っておく。当分俺は結婚するつもりはねぇとな。これで安心しただろ?」「ええ。」千尋はそう言うと、歳三の唇を塞いだ。「あなた様なら、そうおっしゃると思っておりました。」「言ってくれるじゃねぇか。」歳三は千尋の衣の合わせ目に手を入れて胸をまさぐると、彼女は甘い喘ぎを漏らした。「わたくしはずっと、歳三様のお傍に・・」 湯殿の中から男女のまぐわいと思しき声が聞こえ、外に控えていた女房達が顔を顰(ひそ)めた。彼女達は先ほど千尋から締め出しを食らった者達だった。「何よ、あの女。歳三様のご寵愛を一心に受けていい気になっていない?」「そうよ。まるで歳三様の北の方様(本妻)のようにお振る舞いになられて・・」「お前達、油を売っている暇があったらさっさと仕事をしたらどうだ?」千尋への不満を漏らしている彼女達の前に、歳三の乳兄弟である一が現れた。「申し訳ありません、一様。」衣擦れの音を立てながら、女房達はそそくさと湯殿の前から立ち去っていった。一は中から漏れ聞こえてくる音に耳をすませ、溜息を吐いた。(若はまだ、あの女と睦み合っているのか・・)一の美しい紫紺の瞳が、憂いで曇った。「すっかりのぼせちまったな。」「ええ・・」湯殿から出た歳三は、そう言いながら御帳台の上に寝転がった。「そうですね。」「千尋、久しぶりにお前の筝(こと)が聞きてぇな。」「ではわたくしも、歳三様の和琴が聞きとうございます。」「しょうがねぇな・・」歳三はふっと笑うと、ゆっくりと起き上がって壁に立て掛けてあった和琴を取りに行った。「あら、今の和琴は・・」「歳三様のではなくて?珍しいこと。」女房達は、千尋と歳三が奏でる楽の音に仕事の手を休めて聞き惚れていた。
2013年09月17日
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平安の華やかなりし頃、京には魑魅魍魎(ちみもうりょう)の類が跋扈(ばっこ)していた。なかには宮中での権力争いに破れ、怨霊と化した者が政敵を呪い殺したりした。それらの災いを退け、魔を滅するのは、陰陽師の役目であった。彼らは帝がおわす清涼殿に近い陰陽寮に属しており、卜占(ぼくせん)(占い)や祈祷、退魔などを行い、京の都を魔物から守っていた。その中でも際立った存在である陰陽師の名は、土方歳三といった。「ねぇ、あれが・・」「土方様だわ・・」「いつにもまして素敵な方だこと・・」 ある紅き月の晩、権力者・藤原頼道の宴に招かれた歳三は、御簾越しに交わされる女達の会話を聞きながら、うんざりとしていた。だが切れ長の黒き瞳を曇らせ、柳眉を少ししかめるその姿だけでも、まるでかの光源氏のような美しさと優雅さを醸し出していた。(早く帰りてぇなぁ・・)そう思いながら池に咲き誇る睡蓮を眺めていると、そよと風が吹き、結い上げた歳三の艶やかな黒髪を覆っていた烏帽子があっという間に吹き飛ばされた。歳三は舌打ちしながら、烏帽子が飛ばされていったほうへと駆けていった。「ったく、ついてねぇなぁ・・」彼は溜息を吐くと、烏帽子が落ちている木の下へと向かった。烏帽子を拾い上げ、土ぼこりを払っていると、ざわりと背筋に悪寒が走ったような気がした。 歳三が振り向くと、そこには誰も居なかった。たが、この木の周辺―いや、邸全体に淀んだ陰の気が全体を包んでいる。(一体、何だ?)彼は、先ほどまで寝殿の方から響いている宴の喧騒が全く聞こえないことに気づいた。(くそ、魔物に誘き寄せられたか!)歳三は舌打ちし、印を結んで呪を唱えると、式神を召喚した。すると、急に宴の喧騒が戻ってきた。(なんだったんだ、さっきのは。)怪訝そうに彼は首を傾げながらも、その木の前から立ち去った。「殿、わたくしはこれで失礼仕りまする。」「ほう、そうか。それは残念なことじゃ。気をつけて帰るのだぞ?」「はい・・」頼道がそっと歳三のしなやかな指に手を這わせたので、彼は咄嗟にそれを払い除け、彼に笑顔を浮かべながら頼道邸から去っていった。「男の癖にべたべた触りやがって・・気持ち悪いったらありゃしねぇ。」馬に乗って自分の屋敷へと帰る道すがら、歳三は頼道が自分に向ける熱いまなざしを思い出して吐き気がしてきた。「あら、殿がお戻りになられたわね。」「そうね。」一方、歳三邸では彼に仕える女房達が主の帰宅を知り、衣擦れの音を立てながら慌しく動き回っていた。「帰ったぞ。」「お帰りなさいませ、殿。」帰宅した歳三を出迎えたのは、女房達の中でも一際華やかな衣を纏った金髪の女だった。「ただいま、千尋。」「今日は頼道様の宴があるから遅くなるかと思いましたが・・どうやら違ったようですね?どこぞの姫君と遊ばれたのでは?」女―千尋の金色の眦が少し上がるのを見た歳三は、やれやれといったように溜息を吐いて、彼女の髪をそっと梳いた。「そんな訳ないだろう。」「そうですか。お風呂の用意ができております。」「歳三様、わたくし達も・・」湯殿へと向かう歳三の後を、数人の女房達が慌てて追いかけると、千尋がじろりと彼女達を睨んで、こう言った。「ここはわたくしに任せて、そなたらは仕事に戻るがよい。」あっという間に、湯殿の扉が彼女達の前で閉ざされてしまった。
2013年09月17日
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